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「失礼、少し早すぎたようだ」
「いえいえ、私たちが素敵なもてなしに感動して足を止めてしまったのですよ。リリア嬢、エルク様、またのちほど」
ショールディン閣下を見るなり、笑顔で念を押して中へ行ったダッテバルダ夫妻。
一息吐く間も無い到着に知らず息を飲む。
「ようこそいらっしゃっ「これはなんだ」」
「まあ、貴方」
「お父様」
挨拶も無く、エルク様の持つ籠の中身を凝視するショールディン閣下。
こちらに歩いてくる時は挨拶をしようとしていたのだろう。
私の顔の辺りにあった視線がわかりやすくカゴへと移っていく様はとても面白かったが、厳格な閣下らしくなく夫人とエリース嬢にたしなめられた。
「もう。招待ありがとうリリア。貴女のファーストサロンに招待されてとても光栄だわ」
「ああ、すまない。今夜は招待をいただきありがとう。唐突な招待状に驚いたが、どうやら私どものスケジュールに配慮して頂いたようで感謝する」
「突然で申し訳ありません。ですが閣下も奥様も、エリース様も楽しんで頂けたら幸いです」
スケジュール配慮したのアイザック様だと思うけどね!!
いきなり明日とか言われて驚いたが、そういうことだったのかと納得しつつも顔に出さずに笑みを浮かべる。
「ああ、それであいつの足を止めさせたコレはなんだ」
コレ。エルク様の持つ籠が気になって仕方がない閣下。
ショールディン領で取れる綿花のようなリデュケを模したわたあめを一本づつ夫妻に渡す。アイザック様とエリース嬢からは挨拶を受けてないので別で対応をすべきなのだろう。
「白い部分が食べられますの。中にもご用意してありますが、早く食べて貰いたい人達にだけ、形を整えて準備しました」
「なるほど。あいつや私たちというわけだな」
やはり公爵同士何かあるのだろうか。ショールディン閣下が言うおそらくあいつとはダッテバルダ夫妻のことだろう。
同じ公爵だから似た扱いにしたんだけどダメかー。
やっぱショールディン閣下の方が取引もしているしなあ。
「なんだこれは!!」
「まあ…もう無くなっちゃったわ」
感想は素直に喜んでくれたが、どことなくトゲのある閣下の対応にもめげずに笑みを固定して、メルトスから小さな籠を受け取る。
「ショールディン閣下、夫人良ければこちらもどうぞ。先程のものに色をつけてみたのです」
「まあまあまあ!!とても可愛らしいわ!とても素敵よリリア」
閣下は籠を見るなり眉間に皺を寄せたが、夫人は可愛らしいわたあめボールを気に入ったらしく喜びまたひとつパクッと食べてうっとりと味わった。
「コホン。そろそろ俺たちにも良いかショールディン」
「ああ、申し訳ない。また後でなリリア嬢」
「ええ。中には色々とありますのでどうぞお楽しみください」
ダッテバルダ閣下と同じく念押しをしてショールディン夫婦が中へ入っていくと、最後のアイザック様が興味を隠さずに籠を覗き込んだ。
「無理を言って悪かったな。だが何とか開催してくれたこと感謝する」
「殿下、食べるか喋るかにしてくださいまし」
「エリース、残念ながら口に入れた瞬間に溶けたから同時進行にはなっていないぞ。ほら、お前も食べてみるといい」
「……まあ、これは…」
まだアイザック様に何も言ってないのに、アイザック様とエリース様食べだしたんだが。
まあエリース様は友達だしアイザック様も……腐れ縁のようなものだし良いか。
「とても面白い菓子でしょう?リリアが作ってくれたんですよ」
ニコニコと笑ってもう一つどうぞと差し出しながらエルク様がそう言うと、何故か二人にはどんよりした目で見られた。
「お前の異常性、食べ物にも発揮できるのか…」
「……貴女という方はどこでも凄いものを作るんですわねえ」
パクパクと食べながら言われる言葉ではないと思う。
ついムッとしてぷいっと顔を背けると隣にいたエルク様と目が合って、ニコッと微笑まれたのでにへらっと笑い返す。
「あー。もう中行くぞ。今日はありがとうなリリア。何だか父上は手段を選ばなくなってきたからフェルの式の前に足場を固めないと不安でな」
「……まあ、こんな無茶はこれっきりでお願いしますね」
「時と場合によるな。こんだけのもんパッと出されるなら無茶も言いたくなる」
くつくつと笑いながらホールへ向かうアイザック様をエルク様と先導する。
勘弁してくれよ、とわかりやすくため息を吐くとエリース様にコホン、とわざとらしく咳をされて軽く睨まれた。
淑女として失礼って言いたいんだろうけれども、今回は私は悪くないと言いたい。
アイザック様が無茶ぶりを持ってくるからいけないんだ!
そう心で文句を言いながら、ダンスルームの扉を開けた。
今回サロン……ようは社交会、色々な話をするための場としてダンスルームを選んだのは単純にこの部屋が大きいからだ。決して踊るためではない。
部屋の中央にはテーブルがいくつもあり、そこには料理や菓子とわたあめ機とポップコーン用の蓋付きフライパンが置いてある。
料理長が盛られたポップコーンやわたあめを勧めながらも、早く実演をしたいのか接客しながらこちらをちらちら見ていて微笑ましい。
部屋の壁際には机や椅子が何脚も置いてありゆっくり食べ物を楽しめるようになっていると共に、机の上にはインク要らずのペンやインクを消せる瓶、ほかにも細々とした発明品が使用人とセットで置かれている。
私は社交能力はそれほど高くないので『私個人の発明力』を前面に押し出したサロンにさせてもらった。中にはお気に入りの絵画などを展示して、話題にするサロンなどもあるので何かを展示することはそう珍しくはない。
珍しくはないのだが、私がルームの中に入ると全員が狩人の目でこちらを見たのは気の所為だと思いたい。
そんな視線はすぐ後ろのアイザック様を捉えて、スっと狩人の色を無くした。
さすがに王太子様の前で詰めかける訳には行かないもんねえ。
凄まじい無茶ぶりをふってきたんだから、アイザック様にはせいぜい狩人除けになってもらおうと思う。
エルク様を見上げ、彼が頷いたのですうっと息を吸う。
「皆様、本日はわざわざお越し下さりありがとうございます。ささやかではありますが皆様も実演ができ、楽しめるような催しもありますので御興味がありましたら是非お試し下さいませ」
一息で言い切って、深く頭を下げる。
すると、部屋の中で「パーーーン!!」と昼間も聞いた炸裂音が響いた。
全員がいっせいに振り向いた先には、鍋を熱する料理長とメルトス。
全員が驚く間にもパパパパン!!と大きな音が響き、客人たちがざわめき出す。
しばらくして音がやんでから料理長が皿に出来たてのポップコーンを盛ると、私が来るまでそれを食べていたであろう人達は目を向いて驚いた。
「どうぞ、これが出来たてのポップコーンです」
自信満々にそういった料理長はナイスなドヤ顔だった。
最後に会場入りをしたため、ポップコーンを初めて見るアイザック様が真っ先に料理長の元へ行き、出来たてのそれを貰い食べると「美味い!!」と大きな声で言った。
どうやら身内の盛り上げもバッチリなようだ。