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「メルトスごめんね、急にこんな修羅場にして」
「いつもお嬢様の思いつきで動くことに慣れていますので、問題ないですよ」
疲れきった顔でそんなことを言われて心底申し訳なくなった。
が、そんな罪悪感もギリギリとコルセットを締めあげられて内臓が出そうになり目の前が真っ白になる。
「そんなことよりもこの部分のこれですがさ……」
「レティシアまった、まった、骨がミシミシ言ってる」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃない」
淑女のドレスアップの場にわざわざ衝立まで持ち込んで仕事を進めようとするメルトスの情熱はわかるが、差し出された書類を見る余裕はない。
魂を出しながら何とかコルセットをつけ、シンプルな黒地に金の刺繍のドレスを着る。レティシアの割に思いのほか地味なデザインだなあと思ったら肩にイェスラが乗った。
尾羽を長く伸ばし、某火の鳥のように長く優美な鳥になったイェスラは私の肩から背中にかけてを麗しく彩る。
「……イェスラ、今日はアクセサリーなの?」
『おう。俺がやられた噂も出回ってるから、俺の元気な姿も見せたいんだって』
「ああ、なるほどね。思惑が多すぎて主催者なのに全然追いつかない…」
「お嬢様!!エルク様とトーマ様がまもなくご帰宅されるようです」
情報の持ち主キター!!
軽く化粧も整えて貰ってから、メルトスの書類を片手に部屋を飛び出す。
「わたあめとポップコーンの方はサロンで提供用の分は何とか間に合いそうです。実演も料理長がギリギリで作り方を会得致しました」
「手土産の方はどう」
「はい。インクが不要なペンとインクを落とせる瓶を各家分御準備を致しました」
「あら、それではダメよ。公爵夫人も来るのだから、夫人のためにわたあめのお土産も用意したいわね……わたあめの機械をもう一台作ったら何とかできるかしら?」
「可能でございます。ですがお嬢様、苦ではないのでしたらあと三台程作っていただきたいです。作成が容易ですので、客人方にも体験なさってもらうとより一層楽しめるかと」
「そんな名案はもっと早く言いなさい!!」
「申し訳ありません、お嬢様が機械を持ち込んできたのがギリギリでしたので」
「本当にいつも突然でごめんなさいねえ!!」
「慣れてますので」
「三機だと手持ちでは素材が足りないわ」
「ネルとレティシアと庭師の持っていた鉄を執務室に準備してあります。外側の囲い部分は私どもで何とかしますのでお嬢様は核心部分をお願いします」
しれっと毒を吐かれたがその方がこちらとしても謝りやすくていい。
謝罪など使用人には不要と言われているが、私の従者のこき使いっぷりは通常ではないそうなので私たちの関係は『普通』にとらわれなくて良いだろう。
玄関ホールへ向かうのを取りやめて方向転換をし、執務室に急ぐ。
その間もメルトスは書類を差し出し、それらを対応しながら執務室へ入り急ぎでわたあめ機の中心を作っているとマイクが木版をもって突っ込んできた。
「マイク、入室時はちゃんとノックをなさい」
「あ、すいません「染料持ってきたわよおおお!!」」
「レティシア、ちゃんと入室の許可を貰いなさい。それで君たちは先程のようにこれに囲いをお願いします。貴人たちが見るものですから、デザインもしっかりお願いしますねレティシア」
注意をしながらも緊急事態なせいかメルトスは指示を優先した。
しかしその指示の内容に顔を青くさせながらも即座にデザイン会議をしだす二人。
申し訳ないが、そちらは任せても平気と判断し網状の部位に集中する。
それから少し考えて、掃除もしやすいように分解可能な形で温度変化と送風の魔法陣を刻んだ魔石を、さらに電池替わりの魔石に繋いで二重構造の網の内側に設置する。
中心から魔石→網→砂糖投入箇所→網になるようにする。
「お嬢様ああああああ」
と、そこでまたノックもなしで使用人が突っ込んできた。
マイクとレティシアは作業に没頭し、メルトスは私を庇うように動きながらも侵入者を睨みつけた。
「見て、見てください!!お嬢様これどうですか!!」
そう言って侵入者……料理長が興奮気味に差し出してきたのは薄紅色のわたあめだった。
ただの白でもいいけど色つきもまた可愛らしい。
しかも乙女心をくすぐる薄紅色だ。
「色味が濃い完熟したファウの実の果汁を混ぜてみたんです。味は変わりませんでしたが、どうですかこの色」
「とてもいいと思うわ。料理長これは量産可能なの?」
「今の時期ならばかろうじてファウの実の収穫に間に合います!!推測ですが砂糖を染色して乾燥させればしばらくの間は持つんじゃないでしょうか!」
「メルトス!!」
「は、砂糖と合わせて大量に買い込んでおきます」
白わたあめに桃わたあめ。絶対売れる。いつかは某場所のレインボーわたあめなるものも開発してみたい。
この国でも虹は幸を呼ぶものと言われているから。
「お前料理の世界でも暴走すんなよ」
「不可抗力ですー。そもそも私は料理は苦手だし」
「へー、ん、これふわっと溶けて消えて面白いな」
「顔とか手がベタベタになるから気をつけてね」
「先に言えっつーの」
トーマにわたあめとポップコーンの試作品を渡してエルク様と最終調整を擦り合わせる。
最終目的:王太子の派閥を作り王太子の政権を支持していくとともに、派閥の一員としてアイザック様にもよその家にも陛下の陰謀から護ってもらう。冤罪や無茶ぶりもこれでそうそう出来なくなる!!
手段:派閥加入の見返りとして魔道具などの優先権を餌に派閥に加入希望者を増やす(加入の許可はアイザック様に丸なげ)
今回のサロンの目的:既に悪評が出回っているのでそれの払拭と、派閥加入希望者の見極め。
今後も含めたサロンのテーマ:学園とは違った魔法関連の勉強会のようなもの。
「……え、私の教職は今年度まで、ですか?随分と急ですね」
「今年でアイザック様も卒業だからね。トーマもフェルの結婚式と同時でそのまま国に帰るそうだし、二人がいない学園で陛下に言われるまま教鞭を持つのは危険ということでアイザック様が判断したんだ。僕もそれには賛成だ。幸いフェルの結婚式の時のための代理目的ではあったけど、操作魔法学の教師の育成はちゃんと進んでるからね」
そうか。トーマももう帰っちゃうのか。予定よりも早いのはきっと私が陛下に狙われていることから、この国の安全性に疑問を感じたからだろうか。
ーーーーー素直に、寂しい。
別れは決まっていたのに、それでもやっぱいつまででもこのままでいたいと希望を抱いていたようだ。
「……わかりました」
悲しみを堪えて、笑みを浮かべればエルク様は困ったように笑って軽く私の頭を撫でた。
甘えて抱きつきたくなったが、ぐっと堪えてサロンの準備の進捗状態の紙を渡す。
殴り書きに近いものだったが、それを受け取ったエルク様は頷いて執務室から出ていった。
「なーリリア、俺様のすごい意見言っても良いか」
「何?」
「今日確か織物が特産のショールディン夫婦とダッテバルダ夫婦も呼んだんだよな。来るんだよな?」
「うん、参加のお返事は貰っているよ」
「ならさー、このわたあめをリデュケの花っぽく飾ったり小さなトゥルルのぬいぐるみみたいにすればどっちの夫妻も喜ぶんじゃないか」
「天才だな!!」
「すぐに料理長にいいつけてまいります」
親友の提案で悲しみも吹っ飛び、再び私は激サロン準備の中へと引き戻されたのであった。