7
今までとは違う、実感を伴った生々しい感触。
何かが消えていく実感とともに、
高鳴る鼓動と共に、溢れていく新しい感覚。
ドクンドクンドクン
エルク様が。
男性が。
欲を持って『私』に触れている。
口付けは止まらぬまま不意に背中を抱き寄せている、私よりも随分と大きくて、硬くて、優しい掌が
さわりと、意図を持って腰を撫でた。
「ひゃっ…!」
「リリア…?」
ビクッと身体が跳ねて、眩しいくらいの色気を放つエルク様が見ていられなくって、目をつぶって俯いた。
それを許さないとばかりに、頬をなぞられて顔をあげさせられたが……硬く目はつぶった。
ドキドキと高鳴る胸。
どれほどの時が経ったのか分からないが、エルク様が黙って何もしないので、ゆっくり目を開けると。
そこには呆然とするエルク様がいた。何事かと思って驚いて目を瞬かせながら見上げると。
輝きはキラキラでそのまま。
エルク様は楽しそうに破顔して、むぎゅーっと色気も何も無く、本当に捕まえるだけといった様子で抱きしめてきた。
「え、エルク様!?」
驚いて裏返った声で呼ぶと、私を抱きしめる身体はプルプルと震えて。すぐにアハハと楽しそうな笑い声が聞こえた。
「うん、そっか。そうだよね、リリアはまだ12歳だしね。可愛い。すごく可愛い」
「エルク様!!な、なんなんですか!!」
「いや?リリアが可愛い少女だって再確認しただけだよ」
「エルク様!?」
まるでぬいぐるみのように、ぎゅーぎゅーと抱きしめられて、ムッとして背中をポンポン叩くと手を離されたが、代わりに頭をポンポンされた。
子供扱いは嫌だけれど、先程のキラキラした輝きと違い、今のエルク様はお兄さんのような、変わらない年頃の少年のような。
とにかくいつもの優しげで頼もしい様子とは違い、キラキラも良かったけど、今のエルク様にも胸が高鳴る。
結局、エルク様だったら私はそれだけでいいんだ。
かがんだエルク様が、コツンと額どうしを合わせて笑う。
「ごめんねリリア。大人びた君がどこかに行っちゃうと焦っていたみたいだ。困らせてごめんねリリア」
「い、いえ、だいじょうぶ、です…」
触れ合う額が熱い。
頬に添えられた手が大きい。
近い、近い、近い!!
「……リリアが大人になるまできちんと待つから。愛してるよリリア」
胸が不整脈でバクドゥンで上手く呼吸ができない。
神様。
最強のタイプの男性が、生身の人間だったらどうすれば良いんでしょうか。
「さて、今日は夜も遅いし寝ようか、リリア。もちろん一緒にね」
「あ、あのエルク様、男女が同衾するのはいかがかと…」
今更とか言わないでください。
一人で寝れる気は全然しないんだけど、だ、男性と一緒に寝るなんて…!
「私たちは夫婦だよ、リリア?」
「いや、それでも…」
「僕を意識してくれてありがとうリリア。でもまだまだ足りないからガンガン攻めるからね」
だ、誰これえええ!!
にこにこして、柔らかくてとろける優しいエルク様が…。
ガラガラ崩れる今までのエルク様。
それと入れ替わる、ちょっと強気で可愛らしくて小悪魔で、とにかくキラキラで直視できないエルク様。
あうあうあう!!
素敵な男性に言い寄られて、頭がぐるぐるしている間にベットに引きずり込まれて。
しっかりと。
とてもしっかりと抱き込まれて、眠れるわけなんてない!!と思ったのに。
今までずっと一緒に寝ていた身体は、心に反して安堵で力が抜けてあっさりと眠りに落ちた。
たっぷり寝たせいで、次の目覚めは快適であった。
ただ快適な目覚めとは引き換えに、心臓がバックバクであった。
初めて一緒に寝た頃もやばかったが、あれは偶像崇拝で心臓破裂しそうであったが。
あどけない寝顔を見るだけで胸がときめく。ぎゅっと締め付けられる感情。
なんということだろう。
私は旦那様に恋をしてしまったようだ。
高鳴る胸と締め付けられる胸。
落ち着かない感情。そして誰かに吐露したい叫びたい。
そう、この恋を相談したい!!
そう考えた時、ぱっと思い浮かぶのはただ一人であった。
今日は仕事を禁じられている。
ただ、禁じられたのは仕事だけだ。
『リリおはよー。体調、大丈夫か?』
「イェスラ。もうすっかり平気」
まだ陽も登っていない朝方なのに、イェスラは寝ぼけた鳴き声をあげながら、パタパタと飛んできて私の肩に止まった。
そのまま目を瞑ったので、おそらく私の体調を診ているのだろう。
イェスラはそのままにして、テラスへのガラス戸を開ける。
そしてそこに椅子を運んでーーーーすうっと息を吸って、魔力を放出した。
魔力で、空気を響かせる。
響かせるためには、どうすればいいのか。
風を、作り出せばいいんだ。
魔法陣で作る風じゃない。自然に漂う風だ。
魔力で風をーーーー否、空気を作る。
精霊は、魔力で色々な物を作り出して操る。
人は作り出すことは出来ないはず……であったが。
それはそもそものやり方が違ったから、できなかったに過ぎない。
私に師匠と呼べる存在がいるとすれば、それはイェスラとリェスラだ。
精霊に色々な使い方を教わった私ならーーーー出来る。
音を響かせるための波紋の方が難しい。
魔力を空気に変えるだけならーーーーほら、こんなに容易い。
細かな魔女の魔力は、ふっと空気と馴染み。
空気であるのに私の魔力でもある。といった不思議な形状になった。
空気になった魔力は、元の魔力に戻らないみたいなので、出した分使い切りになってしまう。
けれど、精密なコントロールがいる分、魔女の魔力はコストが低く。
そして、空気に変えると人への影響が無くなったことを感じた。
これにより、先日試した時のように、数タイプの魔力を操らなくて良くなったぶん、難易度は下がった。
空気を作り
空気を操り、風を作り
その風をあちこちに飛ばすと、音の波紋をたくさん感じた。
私が作った空気であるならば、波紋をここまで繋げるのもまあ容易い。
ソコからココまで。
直線距離で波紋を繋げると
即座にピィピィとここには存在しない鳥の声がなき響いた。
『リリは本当は精霊なんじゃないかって、俺思ってる』
テラスの手すりに、本性の大きな鳥になったイェスラが座りながらそんなことを言う。
「その場合は水?風?」
くすくす笑いながら『私の空気』をゆっくりとトーマの借りている王城の離宮に飛ばす。
離宮の中はもちろん禁域なので、出入口でスタンバイさせるつもりだ。
『もちろん風!と言いたいとこだけど、言ったらリェスラが怒るかな?』
『あたりまえでしょ。リリはわたしのものでもあるのよ』
聞こえた声に振り向くと、ベットからリェスラがよたよたと歩いてこちらへ来ていた。そんなリェスラを抱き上げて、一緒にテラスの方へ行く。
リェスラは寒いのか、きゅうと1度鳴くと縮こまって私の手の中に収まった。
『うんうん、だよなー。リリは俺らので、俺らはリリのだもんな』
バサッとイェスラが飛び上がり、小鳥になると暖かい空気と共に、私の手の中に飛んできた。
そしてイェスラがリェスラに寄り添うと嬉しそうに二人はじゃれ始めた。
椅子に座って、二人を撫でながら。
目を閉じて緩やかに空気へと意識を寄せる。