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「お嬢様」
「お嬢様」
「え、なんなの一体」
絶叫を聞きつけてワラワラと使用人が集まり部屋に戻される。
そして戸惑うままベットまで戻されると、騒ぎで目覚めたリェスラが脇腹に突っ込んできた。
『リリ!!やっと起きたのね!!』
ここまでざわつかれると、薄々察してくる。
朝に寝て今が夜だと思ったけれど、この分だとかなり寝ていた様子だ……。
「ねえリェスラ、私はどれくらい寝てたの?」
『えっと、二日?いやでももうすぐ三日?』
その言葉に血の気が引いた。
あの決済と。あの嘆願書と、書類の……ああ、学園の授業も…!!
「ダメです!!今医師を呼びましたのでお待ちください」
「ならばメルトスかエルク様を!!」
「お嬢様、今あの二人は動くことができません。私がわかる範囲で必要な情報をいいますのでとりあえず医師が来るまでお待ちください」
レティシアにそう言われて、渋々ベットの上で横になる。
「学園の方はエルク様等がここ数年の授業を元に行いました。補佐として臨時的にトーマ様が学園と協議してとりあえず一週間実技の教育をすることになったとお聞きしています。商会の方はメルトスがとりあえず現状の生産ラインの安定化を重点的に動いております。政務の方はエルク様と奥様が手分けをして行っておりますが……正直お嬢様がお倒れになったということで大量の見舞いの手紙が来ております。それらの対応で手間取っている状況です」
聞けば聞くほど、頭が痛くなった。
これは寝すぎたからでは無い。
溜まった仕事を思っていたくなった。
とりあえず学園はあと数日トーマに頼めるからもう任せてその間に他の仕事を終わらせよう。
学園の方は、私がフェルナンド様の結婚式に行くために代理職員の方を準備しているはずだったが間に合わなかったのか。
隣国の王太子に何をやっているんだと思うが、恐らくトーマが立候補をしたのだろう
『イェスラはトーマの手伝いをしていたのよ。カールはエルクの護衛をして、私はリリを守っていたの』
「…みんな、本当にありがとうね」
「私達はお嬢様を補佐するために居ますゆえ」
リェスラを撫でながらそういうと、レティシアは嬉しそうに笑ってエルク様達に報告をしてくると言って出ていった。
代わりに入ってきたルチルは私を見るなり嬉しそうに笑ってから紅茶を入れてくれた。
身を起こしてそれを一口飲むと、砂糖が多めに入った甘さが体に染み渡るようだった。
美味しい。
そう思えば途端に自覚したのかお腹がぐるると鳴り出した。
「どうぞお嬢様、医師の診察の後で軽食もおもちしますね」
「ありがとう」
差し出された小さく切られたパウンドケーキを行儀が悪いが素手で掴み、半分に割ってから片方をかじってもう片方をリェスラに差し出す。
『リリが食べて、ずっとご飯食べてなかったでしょ』
「うん。でも後でご飯食べるからちょっとだけしか食べないのよ。余らしてももったいないから一緒に食べましょ?」
『仕方がないわねえ』
もう!!とぷりぷりしながらもリェスラは嬉しそうにパウンドケーキに大きな口で噛み付いた。
「でも本当にお目覚めになって良かったです。お嬢様が寝込んでから本当にみんな心配していましたのよ」
「ありがとう。リズあたりは平気?」
「毎日何度もお見舞いに来ていましたよ。不安からか、ずっと旦那様にくっつくようになってしまったようですがお元気です。今はもう寝ている時間ですので明日、元気な顔を見せて上げてください」
「ええ。そうするわ」
他愛のない話をしていると、父様と母様がノックをしてから入ってきた。
そして泣きそうな顔をした母様に抱きしめられた。
父様も私の背中を撫でてくれる。
「リリア、とても心配したわ。良かった、貴女が目覚めて本当に良かった」
「全く、無理をするな。寝込むほどの魔力枯渇など、騎士団でもそれほど使わせないぞ」
「申し訳ありません、父様に母様」
頬を撫でられて、苦しそうな顔でもう一度抱きしめられる。
そして母様が離すと父様に抱きしめられた。
両親にこんなふうに抱きしめられるなんて、いつぶりだろうか。
「とりあえず明日までは療養しなさい。体力も少し落ちたでしょうから」
「はい。家での仕事のみにします」
「ダメよ。貴女は病み上がりなんだから仕事もしちゃダメよ」
「ええ!!そんなあ!!」
「ダメよ、貴女は働きすぎよ。!」
そこをなんとか!とすがりつくもゆっくり休みなさいとニッコリ笑って両親は去っていった。
入れ替わるようにかかりつけの医師が入ってくる。
診断結果は健康。
魔力もすっかり回復しているが2日間寝たきりであったのだから胃に優しい食事をとってゆっくりと運動をしなさいと言われた。
とりあえず明日は身体を動かすしかないか、とため息を着くと今度はパンをスープでドロドロにふやかした軽食が届けられ。
お行儀は悪いが、それをベットの上で食べる。
しかし、エルク様もメルトスも来ない。
それほど忙しいのかと思いつつも来てくれないことに若干の寂しさを覚えながらーーーー体を軽くほぐす。
時間はもうすぐ深夜になるかな、と言った時間だ。
寝てもいい時間だが、今までずっと寝ていたから眠気は全くない。
さーてどうしようかなあ。
母様には悪いけど、紙とさえあれば書類は書くことは出来る。
暇だし、なんかやろうかなと思いベットから降りて机に向かって歩いていると突然部屋の扉は勢いよく開けられた。ノックもなく開けられて驚いて一瞬思考は固まったが。
彼を見た瞬間、身体が自然とーーーそちらに向かって駆け出した。
そして泣きそうな表情のエルク様も私に向かって歩み寄り、定位置に収まるようにぎゅっと抱きしめられた。
いつもの、愛しい香りが胸いっぱいに広がって。
なんでこんなに大切なのか不思議なくらい、彼が愛しかった。
「寝てないんですか。すみません仕事を押し付けてしまって」
「仕事をしていた方が気は紛れましたから」
見上げて、ほんのり黒くなった彼の目元を撫ぜる。
するとその手はすぐに捕まり愛しそうに頬ずりをされた。
若干疲れた顔をしているのに、その滾る魅力ときたら。
なんか、キラキラして見える…!
うっとりと、その輝きに見惚れ。
蕩ける蜂蜜のようなキラキラした輝きの瞳に視線が吸い込まれる。
なんだろう、いつもと違うような。
でも凄く、凄く素敵。
そしてそのとろけた瞳に吸い込まれーーーーー否。
ゆっくりとおりてきたエルク様に、唇を重ねられた。
ちゅ、ちゅ、と何度か啄むようにキスをされ。
その色香にぼうっとしながら受けていると、ぬるりと唇に何かが触れた。
「っ…!」
驚いて口を開けると途端に滑り込んでくる舌。
触れ合う粘膜、力強く抱き寄せられて腰に感じる彼の手が熱い。
急速に高まる、実感。
苦しくなる呼吸。
私とキスをする、男性。
美しい、麗しい、頭の中から出てきた様な理想を伴うーーーーーーー身体を持った、現実の男性。
ドクンと、心臓が跳ねた。