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小さな時は無理だったけれど。
密かに特訓をしたおかげで、私は言葉に魔力を乗せられるようになった。
とは言え、得意ではないしそんなことはしなくても魔力をあげることはできるし。正直、今の今までまともに使ったことは無い。
イェスラはいつもそばに居てくれたから。
『イェスラ、帰っておいで』
実演は初めてだったから。
声が本当に届いているのか分からない。
聞こえていて、来ないのか。
聞こえていなくて、来ないのか。
ともかく、来ない。
『イェスラ、イェスラ?』
不安がさらに増しながら、呼ぶ。
『お願い、帰ってきてイェスラ』
声が震えて来ると、エルク様がそっと私に寄り添った。
二人並んで、窓の外へ向けてイェスラを飛ぶ。
『イェスラ、帰っておいで』
「イェスラもういいから戻ってきてくれ」
『兄貴ー!!』
『ちょっと、イェスラどうしたのよ!』
しばらく、みんなで呼び続けているがイェスラからの返事はなかった。
「お嬢様大変です!!王宮から今すぐ登城するようにと!!緊急の連絡が届いております!!」
「………わかったわ」
不安でぐるぐるして全然眠れない中『今すぐ来い』と深夜にも関わらず呼び出しが来た。
イェスラから返事も来ないし、もしかしたら王宮で何かあったのかもしれない。
慌ててドレスを掴んで、エルク様と馬車に乗り込む。
結果的に叩き起してしまったルチルなんて寝巻きのまま同乗させてしまったがとりあえず、揺れる馬車の中で着替える。
そして城門で私を待っていたのは、無表情の『王族近衛兵』だった。
王族を守る近衛が、城門まで迎えに来るなんて異常だ。
状況が読めずに促されるままについて行く。
そして王城の中でも奥の奥。
王家の住まいがある宮殿に促されてーーーー。
「イェスラあああああああ!!!!」
難しい顔をして睨み合う陛下と、アイザック様。そして近衛隊の方々とお弟子さんを連れた賢者達。
賢者とアイザック様に守られるような形で、その地面には本性の巨大な鳥になったイェスラが倒れて居た。
血を流して怪我をした状態で。
礼儀とか、無礼とか何もかも放り投げてイェスラに駆け寄る。
身体に魔力を纏って半魔力体になっているイェスラに触れると、イェスラは目を開けてクルルゥと鳴いた。
『悪い、へま打った』
「そんなのどうでもいい!!イェスラ大丈夫なの!」
『だいじょーぶじゃねーって。流石に上位聖霊に群がられたらやばかったわあ。リリ、ちょい魔力ちょうだい』
『イェスラ何やってるのよ!!』
『兄貴ぃ!』
涙が込み上げながらこんなことならカールを使ってもっと治療魔法の修行をすればよかった。
そう後悔をしながら、イェスラにたくさん魔力を食べさせる。
ーーーーーすると、厳しい声が聞こえた。
「無礼であろうリリア・キャロルよ。余の御前であるぞ」
この場で最も権力を持つ国王陛下その人だ。
はっと我に帰れば無礼なのはわかる。
今すぐ挨拶を入れるべきだろうが、こんな状態のイェスラを放ることは出来ない。
イェスラに魔力をあげつつ困ると、すっと私を庇うようにエルク様が前に出た。
「恐れながら陛下、リリアは現在家族の治療中にございます。瀕死の肉親を助けるため御容赦ください」
「肉親?そいつがか?その精霊は王宮を嗅ぎ回っていたのだぞ」
その言葉で。
イェスラにこんなことをした犯人がうっすらわかった。
群がる上位精霊。
上位精霊との契約者が一番多く居るのは、近衛隊だ。
「ですが父上!この精霊が飛んでいたのは大広間の方です。執務棟や魔術塔、宮殿など機密情報がある場所には来ていなかったでは無いですか」
「さよう。我らが張っておいた精霊避けの結界にも何も触れたあともなく発動したままであります」
「禁域を犯したわけでも無い精霊を攻撃するなど、それこそ無礼ではないでしょうか」
エルク様の両横に、賢者達とアイザック様が並ぶ。
思うところはあるけれど、今はイェスラとリェスラに魔力をあげて。
リェスラにはイェスラを癒してもらい、イェスラにも自分で治療をしてもらう。
「黙れ。貴様ら誰に物申して居るかわかっているのか」
「過ちを正すのも、臣下の役目であります!」
「黙れ!リリア・キャロルよ。今後二度とお前の目障りな精霊をここに送るな。次は殺すぞ」
盾になってくれた人達の隙間から。昔見た優しい陛下とはまるで違う、憎々しい殺意が篭った睨みを送られて背筋が凍りついた。
何をした覚えもない。
陛下の言いつけは守り、頼みは聞いてきたはずだ。
それなのに、なんで、なんで、なんでだ。
イェスラが犯人を探して大広間……パーティが行われて居た場所へ行った。
そして、これほどまでに私を憎んだ視線を送る陛下。
悪評の原因は、陛下だったのか。
そう察しながら立ち去る陛下の後ろ姿を見て、慌てて精霊たちの魔力の補充を行った。
「りりたんや、移動はできるかい?」
イェスラに抱きついて、首を振る。
カールに保存してもらった私の魔石も全部出して、イェスラの血肉となるように魔力を供給する。
イェスラは攻撃をされた際だいぶ魔力を失ったらしい。そして流石イェスラと言うか、魔力の許容量がとても多くて私が全力を出してもなかなか満たされることは無かった。
「リリア、これも使って」
「エルク様………ありがとう、ございます」
エルク様も身につけていた魔道具を差し出してくれる。
恐らく全てを差し出してくれたのだろうその魔道具の中から、エルク様の身を守る自動魔力無効結界だけを返して、あとは全て貰う。
ココは、怖いから。
エルク様の身を守るものだけはつけていて欲しい。
そして全ての傷は塞がったが、それでもイェスラの魔力は失われたままで大きさを変えることすら叶わなかった。
「リリー、泊まる場所を用意したからとりあえず移動をしてくれ。傷は塞がったようだから移動させることは可能だろう?」
「……リェスラ」
「カールも頼む」
アイザック様にそう言われた瞬間、思わず嫌悪感が出た。
アイザック様は悪くないのに、それでも彼の父親がイェスラをこんなにしたのだから。
もちろん王宮には精霊が入り込めないエリアが多数存在する。情報漏洩や暗殺などを防ぐためのものだ。
イェスラはそれを知っているから絶対に禁域は犯したりしない。
絶対にだ。
大きな竜になったリェスラと、大きな獣になったカールがイェスラをそっと持ち上げて。
庭園に面した客室の一つに案内をされる。
そこのテラスにイェスラを下ろしてもらい、イェスラの羽に埋もれる形で抱きつく。
もう魔力は切れていたけど。
それでも、側に居たい。
「リリア、ほらこれ」
気がつけば周りの人間はエルク様とメレしかいなかった。
エルク様とメレは客室から掛け布団やマクラ、クッションなどを持ってきてくれて私の下や周り、それから肩に掛け布団をかけてくれる。
そして、エルク様は私の隣に腰を下ろした。
リェスラもカールも、イェスラに寄り添った。
「……山場は、超えました。まだ魔力の回復が追いついてません」
「そう。ならまだ良かった。リリアは明日は学園は休んでイェスラについていてあげてくれないかな。授業の方は私が何とかしておくから」
「……ありがとう、ございます」
みんなみんな、寄り添って。
イェスラの羽毛に顔や体を埋める。
とくん。
とくん。
規則正しく聞こえるイェスラの心音と、呼吸と。
黙ってそれらを聞きながら、やがて私は眠りについたーーーーーーー。




