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感知魔力を飛ばしながら、これは探索魔法としても優秀そうだなとぼんやり考える。
魔力を込めたら発動して、紙にマッピングが行われる魔道具とか作れたら冒険者とかに売れそうだな。
そんなことを考えつつ、あっという間に時間が経過してお昼休憩は終わった。
トーマは結局一回も成功することなく悔しがりながら教室に戻って行った。
『アイツ、見込みないわ』
「まあまあ。リェスラの求める基準はかなり厳しめだからね?」
『でも、リリは出来たじゃない』
『リリと他のやつを一緒に考えること自体がおかしいぞリェスラ』
「リリアは色々と規格外ですからね」
「どういう意味ですか二人とも」
他愛ない雑談をしながら準備室に戻ると、中で作業をしていたヴァン先生がすぐに軽くおられた紙を持ってきた。
「ガキ、昼休み中に来客があったぞ。五年のファルルゥ・レティーズと六年のディア・ルクタールって生徒だ。ディアの方は放課後にまた来るそうだ」
「……分かりました」
ルクタール様の親戚の方?はいいけどレティーズ嬢は嫌だなあ。
まあ生徒として先生に用があるなら受け入れるしかないかな。
軽くため息をついて午後の授業の準備を整えた。
「うちの叔父が申し訳ありません!!」
放課後に準備室に来たディア・ルクタールと言う男子生徒は、室内に入るなり頭を下げた。
突然のことに謝られる理由が見つからず、困惑しながら頭を上げてもらう。
「叔父様と言うのはショウ様のことでしょうか?」
「はい……。叔父はリリア先生に無理な値段で魔道具を売ってもらい、新製品の利益もたいして渡していないと聞きます。恩人であるリリア先生にこんな失礼な行為、有り得ません!」
「無理な、値段?それにルーズリーフの方は本体の制作を魔道具ギルドで行っているので利益は出ていますよ?」
「けれど、うちで作っている紙製品の方は提案料すら払っていないと聞きます!」
「そんなもの加算したら紙の値段が上がって誰にでも買えなくなってしまうので払わなくていいですが」
なんだろう。どうも噛み合わない。
彼もそう感じるらしく、2人で話し合いながら二人とも首を傾げて行く。
「その心意気はうちとしても嬉しいですが、リリア先生は本当に大丈夫なんですか……?」
「特に問題はありませんが、何か懸念事項がありますか…?」
ん?え?
二人で訳が分からないと言う顔をして、何故かゴクリと唾を飲み込んだ後ディア君は爆弾を落とした。
「失礼ながら、キャロル家は新事業の立ち上げに失敗をして資金繰りが厳しいと聞きました……」
「はぇっ!?」
え、なにそれ。
慌ててエルク様を見るも彼も目からウロコと言った様子で首を振った。
とは言え火のないところに噂はなんとやらと言うので、ディア君の言う失敗事業について考える。
母様が行っている学校経営は初期投資はかかったものの、今では有能な人材が欲しい魔道具ギルドや冒険者など各所からの寄付が行われて現在では大した負担は無いはずだ。
むしろショールディン領を主として、様々な他領からも寄付するからうちにも就職ルートを繋いでくれという話が来ているという。
母様はキャロル領の教育が万全になるまでまだ受けないと言っていたが、とりあえず失敗はしていないはずだ。
父様は騎士団長は辞したので収入は減ったものの、毎日笑顔でリズと騎士団員をしごいているときく。こちらも減収はしても特に損害なんてない。
私は言わずもがな、色々とガサガサやっているが特にそんな問題報告もないし。
領土内での災害なども、小規模なものは起きても大規模なものは起きてないし。
調査した結果どの都市部でもそこそこの蓄えもあるので万事に備えては居るはずだ。
人間だから、不満不平はそこそこ上がってはいるもののそこまで問題のあるものは報告にはない。
「……どこで聞きましたか、その話?」
「失礼ながら、貴族の子女子息達の中ではかなり噂になっております。これを機にキャロルの技術を買いに行こうとも。ルクタールに光魔石の販売をしているのも、その、てっきり資金繰りが厳しいからかと……」
新事業のせいで誤解されたのか…!!
そうか、他所から見たらお金が無いから技術の切り売りに見えるのか…。不名誉な噂を立ててしまったことに頭を抱えながらだからのレティーズ嬢か!と納得はした。
噂を真に受けて見下してきたわけだ…。
「もちろんそんなことは無い、キャロルは今一番栄えていると言う噂もございますがその…リリア先生の新事業、殿下も関わっていらっしゃるでしょ?負債が大きいので王家に助けを求めたと言う噂も…」
私フルボッコじゃないか。
アイザック様との共同開発までそんな風に取られるなんて。
「誤解ですわね。うちの経営も新事業も全く問題はありませんわ。ルクタール領とショールディン領に光魔石を販売しているのは単に、作りたいものが多すぎて人手が足りないからですわ」
少し凹んでため息をつきながらそういうと、ディアくんは慌てて謝ってくれたが彼は悪くない。むしろ教えてくれて感謝をしている。
しきりに頭を下げる彼をなだめて、準備室から出ていくのを見送ると……自然とため息がついた。
「申し訳ありませんエルク様。まさか新事業がそんなふうに取られてしまっているなんて……もしかしたら、影響って出ていますか?」
「……ここ数日、確かに貴族からの無茶ぶりは増えていましたね。でもこれは……恐らくリリアのせいではありません。誰かが悪意をばらまいていますね」
「悪意、ですか?」
「ええ。そんな話がうちに回ってこないなんて不自然です。それに噂とはいえ多少は影響が出ているので嫌がらせとしては効果的ですし……少し、調べてもいいですか」
「ええ、お願いしますわ」
「イェスラ、ちょっと」
『ん、俺の出番?』
悪意、か。
私はずっと目立っているし、悪意と言われてもその出処に心当たりはない。
ものを売って欲しくて、私たちを困らせているかもしれないし
ショールディン様やルクタール様の邪魔かもしれないし
他の何かかもしれないけれど。
エルク様がやると言っているのだから邪魔はできない。
とりあえずここは、話題払拭も兼ねてちょっと大きくお金を使って財政難という噂を払拭して。
商売の方も領地経営の方も、いっそう気を引き締めてやろうと決めた。
今の私に出来るのは、それぐらいだから。
風の上位聖霊であるイェスラは、下位精霊などとも交流をしながらいつも欲しい情報をくれる。
災害が起きたとか、ピンポイントの場所や情報をくれるし。
届けられた書類の現地確認もすぐに行ってくれる。
しかもすごい速さで。
それなのに。
私に纏わる悪い噂の出処を調べに行ったイェスラは、その日
学園での仕事が終わっても。
家での仕事や食事が終わっても。
それこそ、いつも寝る時間になってもイェスラは帰ってこなかった。
「ごめんなさいエルク様、ちょっとイェスラを呼びます」
「うん。こんなに帰りが遅いと不安だから一度戻ってもらった方がいいと思う」
『イェスラなら大丈夫だと思うわよ』
『兄貴は強いんすから!!』
「……でも、このままじゃ心配で眠れないよ……」
ずっと一緒だったから。
長時間離れると不安でならない。
ましてや私に悪意を抱いている者を調べてくれているのだから何かに巻き込まれたのかもしれない。
怪我をしているかもしれない。
次から次へと込み上げる不安を押し殺して……
『……イェスラ、帰っておいで』
私は声に魔力を込めた。