13
「本当に何から何まで、ありがとうリリア」
「昨日は夜遅かったですからね」
くすくす笑いながら、エルク様と馬車の中で朝食を摂る。
ちなみにジャックはいつからか忘れたが、別の馬車で通学するようになった。
御夫婦のお邪魔はできませんと死んだ目で言っていたのが印象的だった。
「でも、次からは起こしてくれていいからね?」
「ダメです。エルク様は普段頑張りすぎてるんですから、たまの寝坊は遅刻ギリギリまで寝かしますよ?」
「寝坊しないように自力で頑張るしかないのか…」
ガックリと肩を落とすエルク様がやっぱり可愛らしくて笑いがこぼれる。
とは言え、やっぱりエルク様はキリッとしていた方がカッコイイので気分転換のために水筒を差し出そうとすると、中がぬるまっていることに気づいたのでさくっと温熱魔法を使って温める。
「はい、気分治しにどうぞ」
「ありがとう」
家族みんなで摂る食事も楽しくて素敵だけど、こうして向かい合って二人でとる食事も素敵だな。
平民になったら毎日こうして食事を取れるのかな。そう思っただけで貴族辞めたくなるから不思議だ。
まあ実際に貴族やめでもした日には、よその貴族に強欲に使われるのがオチだろうけど。
優しく微笑んだエルク様が横を向いてーーーー
カールにサンドイッチをひと千切あげるのを見てハッと我に返る。
慌てて膝の上のリェスラとイェスラにスコーンをちぎって渡す。
二人っきりじゃなかった…!
密かに挙動不審になる私に首を傾げつつも、二人とも突っ込まないでスコーンを食べてくれたので私の密かな夢はエルク様にはバレずに済んだ。
「ああ、製品化したらうちにも流してくれるならいいぜ」
「録音機かー。魔石を使ったのと使わないの両方で作って見ても良さそうだね」
「そうだな。長時間の録音になると人が付きっきりも辛いだろうし短時間が無しで、長時間が魔石付きにすれば良いな」
「良いねー」
校門で少し待って、馬車から出てきたトーマを引っ捕まえたらあっさりと許可は降りた。
トーマはこう言うが、ちゃんとアイディア料金を払うかその分を値引きしようと誓う。
「んで、エルクどうしたんだ?なんかソワソワしてるけど」
「あー…あれねえ…」
いつも私の隣で手を繋いでいたエルク様は、今は私とトーマの少し後ろを歩いている。
ちらっと後ろを見ると、こちらを見ていたエルク様とバッチリ目が合ってエルク様の頬がサッと赤くなった。
そして挙動不審にあっちこっちを見て、虚空で視線が定まった。
あれだな。
恋を自覚した童貞というか…中学生と言うか…。
とても可愛らしいのだが、その純情さは少々目の毒だ。
手も繋げないから寂しいはずなのにエルク様が悶絶可愛い。
貴方本当に22歳ですか!!
「……うん。エルク様のお友達でもある親友のトーマ。エルク様と男友達らしい会話をしてあげて。それが一番良い気がするから」
「え……」
「うん。それがいいね。イェスラ、二人の会話を誰にも聞こえないようにしてあげて。エルク様、トーマが話があるそうです」
「ちょ、おまっ」
「私にですか?何かの権利とか、購入依頼ですか?」
当たり前のように仕事の話だと勘違いをするエルク様の社畜っぷりに切なくなる反面、私もそうだからなんとも言えなくもにょる。
私に促されて、胡散臭そうにエルク様の横に行くトーマ。
そしてトーマに何か話しかけられて驚くエルク様。
……彼の成長を見守りたいところだが、断腸の思いで堪えて前を向く。
見ない、聞かない、突っ込まない。
……もちろんカメラも向けていない。向けたいけど。エルク様青春の一ページとか垂涎写真欲しいけど。
ぐっと堪えて、エルク様の視界の範囲で程よい距離を一人歩いた。
『ねえリリ、エルクまだ怒ってるのかしら…』
「怒ってはないと思うよ?」
『でも、ずっとおかしいじゃない。あのエルクが今日はリリにくっついてないのよ?』
それで判断するのもどうなのかと思うのだが。
まあそれも事実なので苦笑いを浮かべながらリェスラの鱗を撫でる。
リェスラが普段から磨いている鱗は本当に触り心地が滑らかで綺麗だ。
『好き会う雄と雌はくっついて求愛するものじゃないの?竜は首を擦り合わせるけど、人間は手とか口を合わせるんでしょ?』
「うーん。あながち間違ってはいないんだけど…そうか、人以外から見たらそう見えるのか…」
『うん。なのに今日は求愛をしてないからしないほどまだ怒ってるのかなって』
ヒュンヒュンと悲しげな声をあげるリェスラを肩から下ろして抱っこしてあげる。
背中を撫でれば、リェスラ嬉しそうに私にぺたっとくっついた。
「大丈夫、エルク様は怒ってないよ。ただちょっと……うーん。心が大人になろうとして、動揺してると言うか」
『心?エルクは発情期も迎えた立派な雄でしょ?』
「体はね。内面が急成長をしているから見守ってあげて」
『そうなの?体と心が別なんて、人間は変なの』
「ちなみに私は心が成熟しきっています」
『それは知ってるわ。リリは昔からおませさんだったからね』
自信満々にきゅう!と鳴いてご機嫌になったリェスラは長い首ですりすりと甘えてくる。その可愛い仕草にメロメロになりながらどうすればイェスラの守りを掻い潜ってエルク様たちの会話を……
いや、ダメだ。あれは聞いては行けないものだ。
自然にストーキングしそうになって慌ててプライバシー…と呟いてこらえる。
そうだ、夫婦間であってもプライバシーは大事だ。うん。
そのまま昇降口まで歩いていくと、昇降口に立っていた見慣れない少女と少年が私を見て大きく反応をした。
生憎名前の記憶にはないけれど、生徒の誰かで……少年の方が昨夜一緒にデビューした人と言うことはわかる。
「リリア先生!おはようございます!」
「おはようございます。もしかして、私を待っていましたか?」
「はい!先生をまっていましたわ!先生、わたくしにもあの光るアクセサリーを作ってくださいな!お金ならたっぷり払いますから!」
オロオロとする気の弱そうな青年と。
何故か嬉しそうに笑う、見た目だけはそこそこ可愛らしい少女。
しかしその視線にも言葉の節々にもどこか私を見下したような印象があり、正直不愉快だった。
「私は彫金師では無いので、そんなことを言われても困りますよ?」
「でも兄は先生に頂いたって言ってましたよ?先生が作れないなら作った人を紹介してくださいな!もちろん紹介料も払いますから!」
自信満々に語るところ悪いけれど、こんな子をダディやレティシアに紹介なんて出来ない。
納期とか金額とかデザインとか無茶を言いそうだから。それ以上に、嫌悪感を感じるから。
「悪いですけれど、お断りさせていただきます。しばらく待てば買えるお店も出てくると思いますのでそちらでどうぞ」
「何故ですか?私は今欲しいんです!リリア先生って教師やってるくらいなんだから貧しいんでしょ?お金はあげますから、紹介してくださいよ!」
一瞬意味がわからなくて。
呆気に取られていると、サッと目の前にエルク様の背中が突然入り込んできた。まあすぐ後ろを歩いていたわけだし、気づかないはずがないよね。