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一連の流れをダッテバルダ公爵夫人は目を細めて見ているだけだった。
けれど取り巻きたちの賑わいが落ち着いてきた瞬間。
「それで?」
と一言、呟いた。
「それで?光る布の方はどうですの?」
お前もこっちが狙いか!
お前もかブルータス!
ショールディン夫人もダッテバルダ夫人も光布が狙いか!
うーんと再考して見るも、うん。やっぱこれの量産化は無理だ。
「申し訳ありません。こちらは色々と作成している中の一つの試作品に過ぎなく、生産性が困難を極めており販売の目処は立っておりません」
ダブル公爵夫人に睨まれるくらいなら生産方法を見つけたいところだが、現状無理なもんは無理だ。
それこそ、私が全ての仕事を放棄して集中して作らないと行けないレベルだ。
「何故、困難なのかしら?」
「現状、糸に魔法陣を刻み込んでいます。魔力操作の能力で賢者の称号を頂くわたくしでやっとできる技術ですので、量産は不可能かと」
「……」
まあ、そんな技術が
そのようなことが出来るのね。
ザワザワとざわめく取り巻きたちだったが、黙って考え込むダッテバルダ夫人の邪魔をしないようにかすぐに静かになった。
「リリア、今度時間をとってくれないかしら?うちはトゥルルから取れた糸で、最高品質の絹を作る工房を持っているの。もしかしたら、うちの技術が量産への何か、キッカケになるかもしれないわ」
「あら、それでしたらうちはリデュケで紡いだ糸で最高品質の布を織っているわ。うちに来なさいなリリア」
ダッテバルダ夫人が招待をした途端後ろから別の声がかけられた。
そこには艶やかな黒髪のご婦人が佇んでいた。
その目元、あと何となく似てるから彼女の正体はすぐにわかる。
「ショールディン公爵夫人…今はわたくしがリリアと話しているのよ。無礼じゃないかしら?」
「あら?リリアはうちの娘と主人の親友でしてよ?大切な身内が絡まれて困っていたら、助けるのが普通ではなくて?」
いつの間にそっちも親友ですか。
アイザック様と言い、トーマといいみんなして人を親友親友勝手に言ってくれるものだ。
というかこの状況、ヤバくね。
ダブル公爵夫人の仲は控えめに言っても悪そうだ。ありのまま言ったらなんか笑顔のご婦人たちなのに、背景に虎とか龍とか雷が見える気がする。
「助けるとは物騒ねえ。わたくしたち、仲良くお話をしていただけよ?」
「取り囲んで、尋問の間違えではなくって?」
怖い。逃げたいけど、逃げれない。どうすべきか困ってエルク様を見るもエルク様も苦笑していた。エルク様も困っているんだ。
ふむ。
「あの、よろしいでしょうか」
「あら、どうしたの?」
「問題ないわ、どうぞ?」
「トゥルルは確か魔獣の一種で、リデュケは植物の一種ですよね。それらを布に起こす工程って似ているのでしょうか?」
「全く違うわ。トゥルルの糸は水を吸わないからそのまま扱うのよ」
「リデュケは水で浸して柔らかくして繊維をほぐしてから扱うのよ」
「でしたら、どちらも見学をしてみたいです。正直私はこの生地にたいした興味を覚えていませんでしたがお二人がそこまで興味を持たれるのならば何とか、量産が出来ないか色々な事を手がかりにして考えてみたいです」
何がヒントになるのか分からないから、情報は多い方がいい。似てないのならばどっちも見たい。そう言い切ると、二人の貴婦人は扇で口元を隠してクスクスと笑いだした。
「嫌ねえ、貴女本当にオシャレがわかっていないのねえ。その布は本当にすごいわよ。良いわ、ショールディンはダメって言うかもしれないけどうちの工房をお見せするわ」
「あら、言いませんわよ。良いわリリア、うちの工房の技術も見せてあげるからその布の開発をすごく頑張ってくれる?」
「はい。頑張ってみます」
コクリと頷くと、二人は楽しそうに頷いた。
公爵夫人達もなんだかご機嫌そうだし。話は終わったし。
さて逃げるか、と思い。
エルク様に擦り寄……ろうとすると、何故か仲良く見つめあって笑いあった公爵夫人に「「リリア」」とハモって呼ばれた。
嫌な予感しか、しないでござる。
「それで、なにか面白い作品は無いのかしら?」
「わたくしたちが好きそうな、欲しくなりそうな作品よ」
に、逃げられねえぇぇええええ。
好きそうなものか。一つ興味を引けそうなものは先日考えたものの中にある。
「香油の香りを全身に纏える、魔道具をご存知でしょうか」
「ああ、数年前に流行ったアレね」
「もちろん知っているわ」
「アレを応用したもので、冬は暖気を。夏は冷気を纏える髪飾りとか…ああでも髪飾りだと使用回数が終われば割れてしまうから、髪飾りに添える小さな飾りとかを考えてはいます。寒さはまあ我慢できても夏場は汗を堪えられないじゃないです……ふぇあ!?」
ホッカイロとは少し違うか。うーむ。
よく真夏と真冬はイェスラにお世話になっています。
範囲を自分の周り程度なら結界と同じくらいだから楽ーーーと思った瞬間、右腕をダッテバルダ夫人に左腕をショールディン夫人に掴まれた。
「冬用も夏用も注文するわ」
「アイザック様には絶対頷かせるから、どっちも作ってちょうだい」
二人とも目が真剣だった。
優雅な二人らしからぬ剣幕に驚いて固まると、何故か二人が慌て出す。
と言うか二人だけじゃなかった。周りの令嬢も、真剣だった。
そして令嬢の人数も増えていると思ったけどそうか、ショールディン夫人が連れてきたのかな。
「開発にかかる経費も全てうちが負担しますわ!」
「販売ルートも、なんならアクセサリー加工も手配しておきますから!」
「あら狡いわよ。うちでも加工は出来ましてよ」
ぼんやりしていると、また険悪そうになってきたので慌てて我に返る。
「ではアイザック様の許可の説得をお二人に任せます。お二人共許可を取って、素敵なデザインに加工をお願いしますね。ちなみに人気の色とか、御座いますか?」
「……原色は人気があるわね。それと透明度が高ければそれだけいいわ」
「でも添え物程度ならば、逆にメインの飾りを食わない程度のものがいいんじゃなくて?」
「そうね…ならば髪色に多い金か茶色かしら?」
「地金の色にも近い方がいいわね」
ふむ。ならば私の石は使えないのか。せっかくだからサイズも聞いておくか。この二人の回答は、社交界のオシャレの総意と言ってもおかしくなさそうだから。
サッと手を振って、せっかくだから小粒サイズの魔石に弱めの暖気を纏う魔法陣を刻んだ状態で作る。
この魔法陣は元から存在するものだから楽だ。最も本来の用途は灼熱地帯や豪雪地帯での活動用のものらしいけど。
「では、サイズはどれくらいがいいと思いますか?」
そう言って掌の魔石、10粒ほどを見せると夫人は私の手を見て目を丸くさせた。
「また、現時点で寒さを感じる方は居ませんか」
そう言うと一瞬で我に返ったショールディン夫人が一人のご婦人を指名した。
「こちらのデイジーは暖かい地方の出身で、王都の寒さにとても弱いのよ」
「わかりました。ではこれを持ってみてください」
石は一度夫人達に全て渡し、夫人たちが選ばなかった魔石を渡すと、デイジー夫人は目を瞬かせた。どうやら効果を既に体感しているようだ。
「どうですか?」
「今の時分ならこれでちょうどいいと思います…あの、リリア様!これいただけませんか!」
「私の魔石はちょっと特異なため差し上げられませんが…代わりに一時間ほどの効果の魔法でもいいですか?」
「はい……」
魔石を返してもらい、すぐに同じ効果の魔法をかけるとデイジー様は嬉しそうだけど少しガッカリしていた。
この分なら本当に早めに作ってあげた方が良さそうだ。