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逆に私も、彼女たちのおかげで学園と社交界の切り替えが上手くできた。
基本的に床に座り込んで書き物をすることも厭わない適当者なので、正直上手く切り替えられて助かった。
エルク様と共に椅子に座り水で喉を潤していると、今度は男子生徒が数人。エスコート相手も連れてきた。
「御機嫌よう、レディキャロル、ミスターキャロル。まずはデビュタントおめでとうございます」
「御機嫌よう。貴方もおめでとう」
「おめでとう、ディトリッヒ君。そちらのご令嬢は姉君だったかな?」
「はい。今は卒業してしまいましたが先生方にはお世話になりました」
エルク様の記憶力半端ねえ。
国内の伯爵、侯爵、公爵の名前は暗記しているけれど名前だけで顔が一致しないよ私…。
まあそこら辺は人生経験と、国王補佐としての顔を見る機会の多さなのだろうか。
いや待ってよ私学園で逢ってる子の顔と名前全部一致できてないし、これはやはり私の頭の問題か……
内心でそう考えながらも笑顔できちんとした対応はスラスラ出る。それもこれも矯正をしてくれたメルトスやルチル、それから良い見本を見せてくれるエリース様のおかげだ。
男性には何を送ったのか把握していなかったのだけれど、そこはエルク様が噛んでいたらしい。
女性には私の名前で。男性にはエルク様の名前で誕生日祝いとして送られた品々。
男性に送られていたのは光る家紋のブローチであった。しかもカラー対応してある。父親も欲しがって仕方なかったけれど、これは私のものですから!と嬉しそうに力説する目の前の彼は、きっと無自覚に父親の紹介と、父親にも作ってくれと言っているのだろう。
それとも、ただの自慢なのか。
判断つかないが、現時点で量産するつもりもないので喜んでいただけて光栄です、ときっちり濁すエルク様に感心をした。
そして目の前の彼の家紋の複雑さと、その配色を見て密かにうちの使用人達の力量に驚いた。
多分下地に、魔光石を使っている。
その上にカラーガラス?と金や銀で家紋を形どっている。
ガラスは光を通すのでとても綺麗に安定して発光している。
貴族向けにはやはり紙よりこういったものが良さそうだ。
ガラス細工が特産の地域と交渉をしたいな、そんなことを考えているとようやく人の波が途切れた。
するとこっそりと、エルク様に手を強く握られた。
ん?と思い見上げるとニコニコ笑ってはいた。笑ってはいたけれど、その目に甘さは微塵もなかった。
「リリア、集中しなさい。ココは君の味方だけではないんだから、もちろん近づけない努力はするけれど何が起こるか分からないんだから、ね?」
「はい。申し訳ありません」
「ん。でも大丈夫、それ以外はきちんとできているよ」
化粧を落とすことも、髪型を崩すことも許されないためかそっと頬に触れられただけだったけれどその意図は把握出来た。
いつものなでぽだ。
その大きな、節はあるけど荒れは無い手のひらに頬を乗せて笑うと金色の瞳が甘やかに揺れた。
『リリア・キャロル侯爵令嬢とその夫君のエルク・キャロル様の御入場です』
身分のせいか、デビューを迎える少年少女たちの中でも最後の入場となった。
エルク様に手を引かれて、城の近衛兵の制服を着た人がメイン扉を開くと。
煌びやかなシャンデリア。とても繊細な絵が書かれた広い天井に、学校の講堂よりも広い広間。
そして片側に寄るこちらを見て拍手をする大勢の人々に、私よりも先に入った子息、令嬢たち。
ーーーーーーそして、人が居ない方の壁の下には階段の上で優雅に手を叩く………アイザック様がいた。
あまりにも大勢の着飾った人々に、頭に血が上り真っ白になるがゆっくりと礼を取る。
頭を下げてきっかり三秒。模範例の通りに頭を上げた時には上った血も霧散した。
王は、いない。
おそらくアイザック様が名代なのだろう。
デビューを迎える少年少女はアイザック様の前に並び、アイザック様の方を向いて礼を取るが。
一列に並んだ彼女たちの中央。ちょうどアイザック様の目の前に当たる位置が空いていた。紛れもなくそこが私たちの場所なのだろう。
背筋を伸ばして、笑みを浮かべてエルク様のエスコートのもと滑るように歩きーーーーーアイザック様の前で、頭を下げた。
「最後は、リリア・キャロル。まだ少女のうちから色々と活躍し、賢者としても名高い君の12歳の誕生日も祝おう」
短いながらも私個人に言われた祝詞。
おそらく全員が言われたのだろう。
「さあ、頭をあげよ貴族社会の仲間入りを果たしたものたちよ」
言われるままに頭を上げて、真っ直ぐアイザック様を見上げる。
「今宵の主役は君たちだ!おめでとう!我がルクセル家は君たちのこれからの幸福を祈ろう」
高らかな声でアイザック様が言い切った瞬間、爆発するようなほど大きな拍手の音がホールに溢れた。
耳が痛いほどの拍手を始めたのもアイザック様なら、それを切ったのもアイザック様で。
アイザック様がふっと手を上げると拍手は一瞬で止んだ。
「それと本日父上は体調が優れないのですまないがこのデビュタントは私が指揮を取らせてもらう。さあ皆の者!祝いの夜会を始めようではないか!」
そして音楽を奏で出す楽団。
デビューを迎えた少年少女はそのままパートナーと踊りだし、流れに乗って私もエルク様と踊り出す。
そして踊り出す主役に続いて一組。また一組と踊る人が増えていき、広間の中央がダンスホールへと変わった。
「リリア、もう少し動きをなめらかに」
「なめらか、なめらか、なんてなめらか…」
「笑顔が引きつってるよ」
「なめらかに笑顔…ぅっ!」
動きを意識すると笑顔がかたまり。笑顔を作ると一瞬自分の足につまづくが、エルク様に強引にくるっと回されて事なきを得る。
あ、あぶな……
「もう一曲続けていくよ」
「あぃ…」
まじですかい。まあ、婚約者や伴侶とファーストダンスはもちろん数曲踊った方がラブラブアピールが出来て良いのだが。
そのまま三曲連続で踊り終えると、頭の中身が爆発して真っ白になった。
「リリア嬢、私とも一曲よろしいですか?」
そんな時にトーマが声をかけてきた。
ピンクブロンドを流し、白いタキシードにいくつもの勲章をつけて輝く笑みを浮かべるトーマは正しく王子様で。
わたしと仲がいいと対外にアピールするためと、婚約者の居ないトーマのファーストダンスを既婚者にすることによって特別な独身女性は居ないというアピールなのだろうが。
表情筋を酷使してにっこりと微笑んで頷きながらぼそっと超小声で「まじ禿げろ」と呟いて、出された手を受け取った。
王子様キラキラ笑顔が一瞬固まって、ダンス延長戦の溜飲は少し下がった。
「本当に技術を惜しみなく使ってくるな、お前ん家は」
「1,2,3,ターン、ひょいっとくるっとぱっぱっぱ、はいよっとさっ」
「その下のドレスどうなってるんだよ。先日の刺繍が光ってるのも凄かったけど」
「1,2、ばんばんばっ、とっとっていっとびょーんとさっさっさ」
「ダンスくらい覚えておけよ。しかもなんだよその謎の言葉は」
「会話したらころっと、たったっ、1,2,3はいっ、ていっとさ」
「ああもう悪かった。とりあえず転ばないように踊ってくれ」