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バースデーパーティのドレスはキラキラピカピカして、それはもうすごいものでした。
でもまさか。
デビュタントのドレスは別にあっただなんて。
レティシアはさすが私のそばにいるのが長いだけあり、ネルと合作でつくりあげた様々な試作品から同時にデビューを迎える少女たちのドレスのデザインを調べあげてふさわしいアクセサリーを送ってくれた。
その調査力。オシャレ力。そしてありとあらゆる対応をするために作ってあったドレス、アクセサリーの数々。
一体いくらしたのかと気が遠くなりつつも、デビュタントではこちらを着ていただきます!と当日の朝にお披露目されたドレスはバースデーパーティとはまた別の意味で凄かった。
そしてその凄さに感服すると同時に、あーこれはここで使っていたのねと感動もした。
バースデードレスは黒地で大人っぽさを作り出すデザインだった。
それが一転、デビュタントのドレスは白の下ドレスの上に薄紅色の生地に黒糸で鳥と竜と多分カールなのだろうか。実物よりだいぶ神秘的でかっこいい獣の刺繍や魔石なのか宝石なのか分からないが透明度の高い石が宝石のようにカットされたものが施されていて。
一見すると白とピンクのドレスに見えるだろう。
だがしかし。
一番下に着るドレス。白いフリルが裾と袖に少ししか見えないソレ。
ドレス自体が発光していた。
それが上ドレスに透かされたり、上ドレスの宝石が光を当てられてキラキラしたりと。
明るい室内のデビュタント会場でもバッチリ輝ける仕様だった。
あーそうね。刺繍に使っただけにしては魔光石で作った糸、頼まれた数が多いと思ったんだ。
あの糸、糸に魔法陣刻むとかいう血反吐を吐く精密作業の上、出来た糸は硬めでしかも糸の端と端を繋げて魔法陣を循環しないといけない面倒くささ。刺繍くらいにしか使えないと思ったら、メインドレスの下の盛り上げ役に使ったかーと笑いが込み上げる。
もちろん、カラ笑いだ。
「社交界デビューされる方は基本的に白色に近いドレスが王道とのことで頑張りました!」
「うん…すごい頑張ったね…私の想像をはるかに超えているよ…」
超えすぎててもうね。いくら他の令嬢にも光り物渡したからって、これじゃ動く電球じゃないか。光らないデザインでいいのに。と内心でこっそりため息を吐く。
「どうですか、着心地は」
「思ったよりも動きやすいねえ。これなら大丈夫そうかな」
「そうですか。ではダンスも大丈夫そうですわね」
ダンス。そうだ、ダンス。
グサッと頭に言葉が突き刺さるようだ。
ダンス。それはリズム感と、記憶ゲーム。
音ゲーのように決められた時に決められた行動をすればいいだけ……なのだが。
ダンスの曲は有名な楽団に試作品として発音機の録音を頼んで、仕事中ずっと聞いていたので完璧だ。だがしかし、しかし、曲は覚えても。
曲に合わせて身体を動かすのは困難だった。
一つステップを踏んで次のステップに備えると、二つ先のステップがなんだったかの記憶が飛んで。
記憶が飛ぶと、次のメロディでの動きも飛ぶという悪循環。
半年ほどエルク様と猛特訓をし、さらに録画装置で録画したダンスの見本を何度も何度も真似して覚えて。
ようやくメインの一曲を覚えたのだ。
密談などはダンス中がセオリーだが、このぶんでは私は無理だ。
遠い目をしながら、真っ赤な髪に銀色の鎖と真珠のような宝石とレースを絡めて緩く編み込まれる。
言わずもがな察している。
どうせこの白色真珠みたいなものも、光るんでしょ。
着実に進められる身支度と引き換えに失われる羞恥心。諦めて私はエルク様は今度はどんな服装かなと期待を寄せて現実逃避する。
「リリア、今日もとても可愛らしくしてもらったね」
「はう…!」
今日のエルク様は深い深い、黒と見間違う深みのある赤いタキシードだった。
美しい。それだけでも嬉しいのに、私の髪色を纏ってくれることが何よりの愛情表現で、たとえテンプレートと言われる愛情表現行為だとしても喜びが隠せない。
「深紅と淡い紅色の組み合わせも良いわあ」
「お二人共とてもお似合いですわ!」
ルチルとレティシアにはにかみ笑ってから、エルク様にエスコートされて部屋を出る。
玄関ホールには既にドレスアップをした母様と父様もいてくれて。
「リリアもついにデビュタントか。よく似合っている」
父様も母様もぎゅっと抱きしめてくれた。
「これであなたも大人への第一歩よリリア。いい、決してエルクか私たちの傍から離れないように。エルク、リリアを守ってあげてね」
「必ず」
「父様?」
突然父様に抱き上げられて、しがみつく。
父様は複雑な表情で笑った。
「最後かもしれんから、馬車までは抱かせておくれ」
「もう、貴方ったら。なら早くしてちょうだい、せっかくのドレスがシワになるわ」
「ああ、すまないな」
エルク様も母様もくすくす笑いながら足早に馬車に行くのに。
父様はいやそーに嫌そうにゆっくりと歩くから、またおかしかった。くすくす笑って早く早くと肩を叩くと父様はまるで獣のように低い声で呻いたので、それを聞いてまたみんなで笑ってから馬車に乗り込んだ。
時刻は夕刻と少し。
招待客の中から爵位が低いものから順に呼ばれていき、最後に王族。そしてさらにその後に本日の主役のデビューを迎える少年少女と、そのエスコート役が入る。
両親と一緒に王宮入りはしたものの、私とエルク様はデビューを迎える者達の控え室に通されて。
そこで待っていたのはキラキラ輝く瞳の乙女たちだった(いや同じ歳なんだけどね)
「リリア先生!デビューおめでとうございます!あと、このペンダントありがとうございます!とても、とっても素敵です!」
「おめでとうございます先生!私もこの髪飾りありがとうございます!」
「本当に、本当にありがとうございます先生……ぐす、私、わたし…こんな、素敵なドレス、着られるなんて…」
「……みなさんもおめでとう。それから、泣かないのよ」
乙女たちはペンダント、髪飾りと来てもう一人に至ってはドレスを貰ったようだ。ドレスの子は確か……どこかの伯爵家の親戚筋で、一代限りの男爵を賜った家の娘だったかな。
確か同年代の中で一人だけ家が貧しいという情報は聞いていた。
「先生、おめでとうございます。だけどごめんなさい、せっかく髪飾り頂いたのだけど私、デビュタントは母様から引き継がれてきたこれがつけたくて…」
「私もごめんなさい先生、お祖母様がコーディネートをしてくれたので…」
「気にしないで、贈りはしたけれどつけるも付けないも貴女達の自由よ」
女子が6人。男子が7人。これが今年の秋産まれのデビューする貴族の子息たちのようだ。当然ながら全員が学校で見知った顔で、だからなのだろう。
この控えの間で一番の高位の身分は私とエルク様なのだけれど、気さくに話しかけてきたのは。私はそれで構わないのだけれど、社交の場で学園同様の態度をして恥をかくのは彼女たちだ。
「それよりも、気を引き締めなさい。ここは学園の外、わたくしたちが今日からデビューする貴人の戦場ですわよ。今のは見逃して差し上げますが、今後こういった場で目上のものに話しかけるにはきちんとした手順を踏みなさい」
エリース様を見習ってキリッと言うと、それまでキャッキャしていた少女たちが一瞬で切り替わった。
「申し訳ありませんキャロル様。分を弁えず詰め寄ってしまって」
「皆さんの謝意しっかり受け取りましたわ。こちらこそ喜んでくれてありがとう。今日はお互いに頑張りましょうね?」
「はい!!」
「ああそれと……学園の中では、自由に話しかけて良いからね?」
最後にいつもみたいにニコニコ笑って言うと、少女たちの雰囲気は程よいやわらかさと緊張感になり皆が笑って頷いた。