12
「え、え、なんで、なんでぇ…!」
彼がここにいるのか。
ダイニングに敷かれたカーペットの上に這いつくばり、ずるずると後退をする。
そんな私をエルク様は困ったように見ていた。
「キャロル家に何か襲撃があったのか、陛下が確認してこいと…驚かせてすみません」
悪くない。エルク様は何も悪くない。
動揺して涙がにじんできたのをこぼれないように堪えて、全力で首を振る。
言葉は、はくはくと息が漏れるばかりで音にすらならない。
いつもご飯を食べる我が家のダイニングに
居る。エルク様が。目の前にいる。どうしようどうしよう
「……リリア。お客様の前よ、しっかりなさい」
混乱頻りの頭を落ち着かせたのは母様の厳しい声だった。
そうだ、落ち着かないと。落ち着けないならそれはそれでなんとかしないと。
すう、と息を吸って吐いて。
立ち上がりスカートのすそをもって頭を下げる。
「お、おみ、お見苦しいさまをおみせ、して、もうしわけありません…」
「いえ、こちらこそ突然の訪問失礼しました」
私の前に、エルク様が片膝をついて視線を合わせてくれた気配を感じ。
頭はあげられなくなった。
顔上げたら目の前直視する無理!!!
「朝の爆発は魔法の暴走と聞きましたが、問題はありませんか?」
「ありませ、ん。ごしんぱいありがとうございます」
「ふふふ、さあ朝食の支度が整いましたわ。エルク様どうぞこちらへ」
母に誘われて遠ざかる気配に力が抜けて、それを気力で踏ん張ってぷるぷる震えながら顔をあげる。
待って母様なんでエルク様私の横なのおおお!
母様と私は向かい合って座っていた。その私の隣の席に着席したエルク様。
魔力を体中に循環して強化し、気合で歩いて
自分の席に着いた時にはどっと力が尽きそうだったけど、もう無様なさまは見せられないので何とか踏ん張る。
「ではエルク様は陛下の補佐官をしていらっしゃるのね。まだ15歳なのにしっかりしてらっしゃるわ。でも学園にはいかないのかしら?」
「補佐官の見習いです。私は魔力が皆無でしたので、学園の方には縁がなく」
「あら、失礼しましたわ。でもその若さで城で働けるのなら魔法に縁がなくてもとてもすごいですわ」
味が全くしない。
恥ずかしくてエルク様の反対を向きながら食事を食べているのだけれど、耳が全力で彼の声を情報を集める。
「ただの縁故雇用ですので」
「そんなことないわ。ねえリリア。エルク様はとても賢いそうで陛下の使いの役目もきちんとこなしていてすごいわよね?」
「エルク様は存在そのものが神が遣わした奇跡のようなお方です」
振らないでー話し振らないでお母さま―
なんかもう頭が回らない。
「ふふふふふふ、リリアはエルク様が大好きなのね」
「好きとかそんなものではありません。尊すぎてそのすべてに感謝しています」
ああ、尊い。
でもそちらは向けない。
顔を見ないことで、なんとかやっと平静を装っているのだから(※だいぶ言ってることがおかしいと気づいてません)
「………」
「………」
「………」
まって、沈黙まって。
母様もエルク様もなんで何も言わないの?何かミスったの!?とふきんをナイフで切り分け、食べる。
……?ああ、なんで私布を食べてるの。
自分でも意味が分からない謎の行動が恥ずかしくて、こっそりと布を口からだして握りジュっと魔法で証拠を隠滅する。
「ありがとうございます、リリア嬢…ああそれと昨日のパーティの……」
『リリア嬢』
『ありがとうございます、リリア嬢』
な、名前よば、よばばばば、
ガシャーン!!!!!
必死に保っていた糸はぶちっと切れ。
私はそのまま食べ終わった食器に突っ込む形で気絶した。