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リリア・キャロル今日で12歳。
産まれて初めて絶望というものを味わっています。
「リリア様!もっと息を吐いてお腹を引っ込めて!!」
「もうむ……ひぎゃあああ!!」
メイドとルチルとレティシアの三人掛かりでコルセットを締めあげられて、ミシミシと肋骨の悲鳴を感じる。
お腹、痛い。涙を流そうが痛みを訴えようがきつい締めつけは更なる高みへ強制的に登らされて。
こんなのを毎回やらなければならない夜会へのデビュタントへの絶望を今更感じた。
ギッチギチに締め上げたコルセットと、魔光灯を改造して作った宝飾サイズの魔光石(レティシアに強請られてその小ささに涙目で作った手作り品)をふんだんに飾られた漆黒の生地と光る赤い糸で編まれたレース(原理は魔光灯と同じだよ!)
フリルは少なめで、大人らしさを強調させるデザインのそれは、私の肋骨ブレイカーだ。
着ただけで背筋が伸びる物理的で魔法のようなドレスを着て、数歩歩いてくるりと回る。
「リリア様、髪飾りも色々と試したいのでお座りになってください」
「座ったらコルセットが痛いんだけど」
「淑女の嗜みです」
座るとお腹ってたるんとするよね。
それすらも許されない締め上げに悲壮感を漂わせながら、高めのイスに浅く腰かける。
するとクシで髪を引っ張られて、引っ張られて、引っ張られて巻かれて。
振り回されると、ルチルに身体を固定された。
夜会の支度って、ここまでしないと行けないとか不参加で通したいです。
当然ながらそんなことが許される訳もなく。
本日はキャロル邸でのデビュタントとは別のバースデイパーティのために着せ替え人形にされた。
今日の夕方に行われるのが私のバースデイパーティで、来週が秋産まれの12歳の子達のために王宮で開かれるデビュタントである。
その二つを終えると晴れて社交界では大人とみなされて毎週末に色々な方々が開催する夜会への参加が認められるのだ。
開催は毎週末だけれど、夜会が多いのは気候が安定している春と秋が多い。
春と秋はシーズンと呼ばれて、社交界の戦いだそうだ。
既に現在着替えとの戦いに負けている私はそんな所で戦えるのだろうか、いや無理だ。
「ねえレティシア、コルセットお願いだからもう少しだけ緩め「ダメです」」
おねだりは一瞬で一蹴された。
肩を露出するこの衣装では、肩にリェスラもイェスラも乗せられず二人は鏡の前で私の化けっぷりにワーワーと感動している。
『リリ、すごくピカピカしているのね』
『夜中とか明かりがいらないな』
「私は照明じゃないのよ」
とは言うものの、私が光ることが嬉しいらしく二匹とも大喜びだ。可愛いのだけれど何となく面白くなくてつんつんと二匹をつつくと二匹は嬉しそうにきゃあきゃあと笑って転がった。
「リリア様、姿勢をしっかりしてください」
「あ、はい」
そしてしばらくして、完成した装いの自分を見て
危機感を覚えた。
黒地に明るく輝くレースと魔光石。更には体感ではギッチギチなのにゆるふわで盛られた髪の、髪飾りまで光っている。
襟が大きく開いたデザインのそれは肩が露出していて大きめに赤い石のハマったネックレスと黒地のドレスが白い肌を強調しているが。
これはアカンと思う。
ものすごく目立つ。派手。インパクト激大だ。
自信満々なレティシアとルチルには悪いが、個人的にはこれは無しだ……いや、もう間に合わないけど。
仕事、仕事で確認もせず一任をしていた私が悪いんだけど。
それでもこの光り輝くド派手な衣装は、ちょっと……。
鏡を見て、ちらっとレティシアを見る。
そのどやあ!と言った笑顔に何も言えなくなって自分を見る。
…………光っとる。めっちゃ光っておる。
「とても良くお似合いですリリア様!」
「ええ、とても美しいです」
目を細めるのは、眩しいからかな?
いや、光らなければまあおとなっぽい素敵なデザインだなーで済むんだけどこれはもうどうすれば。
とりあえず、このままで行けばデビュタントもこの路線を走るだろうということはレティシアの様子からして確実そうなので。
同じ日にデビュタントする令嬢に、光る髪飾りを送ろう。
木を隠すために森を作ろう。何がなんでも時間を捻出して作ろうと密かに決意をした。
「ああ、とても綺麗よリリア」
「見違えたな、美しいよリリア」
「姉様きれいー。私もパーティ出たかったなあ」
心で涙を流しながらその後お化粧も施してもらっていると、両親とリズが入ってきた。
母様も父様も対になる綺麗な装いで、私と一緒で服のどこかに光る部位があるのは笑った。
母様は刺繍が、父様は胸元のブローチが光っていた。
それに比べてパーティ不参加のリズは、普通のドレスだ。
「12歳になるまで我慢よ、リズ」
綺麗なドレスにうっとりしながらもむくれようとするリズを抱き上げたかったが。腰元の肋骨粉砕装置のせいで屈むことも出来ず頭を撫でるとそのままリズが抱きついてきた。
繊細な腰への衝撃で、一瞬意識がクラっとしたが気合いで持ち直してポンポンと小さな背中を撫でると母様がリズを引き離して回収した。
「ほらリズ、エルクも来たら記念撮影よ。と、噂をしていたら来たわね」
そして、ノックの後に部屋に入ってきた神。耳を見せるように片方だけかきあげてセットされた髪。
黒のタキシードに赤い光る糸で刺された鳥と竜の刺繍。その胸元には金色の鎖が垂れる美しいルビーのブローチ。
いつもと違いうっすらと化粧を施された顔も長い足もすべてに神様ありがとう!と叫ぶしかない。
その美しさに、肋骨粉砕装置で締めあげられて上手く動けないなりによろよろと近づいて見上げると。
「待たせてすみません。リリア、変かな?」
首を傾げて、甘やかに笑ったから。
もう涙を堪えるのが辛かった。化粧が崩れるから泣いちゃダメなのに、叫びたい泣きたい大好き。
「すき、好きです!もうダメ好きです!」
「うん、気に入ってくれたようで良かった。リリアもすごく綺麗でいつもは可愛いけれど今日は美しいね」
レティシア良い仕事をしてくれたぁぁぁぁあ!
シワになるから服に掴まれないので、エルク様の手を取り何故か分からないけれどコクコクコクと頷くと手を取られてゆっくりとエスコートされて、家族の元へ連れていかれる。
「ほら二人とも写真を撮るわよ」
そして両親とエルク様とリズと五人で家族写真を撮り。
出来上がった写真の、エルク様の横で嬉しそうに笑う私を見たら。
フッと意識が飛んだ。
「り、リリア!リリアしっかり!」
「コルセットを緩めなさい!締めすぎよこれ!!」
「大丈夫?」
目を覚ますと、エルク様の膝枕で寝ていた。
くわっと目を開いて飛び起きようとすると手で制するようになだめられて、ゆっくり起き上がる。まだ頭は少しクラクラしていた。
「ごめんなさい…」
「酸欠で興奮して倒れたんだよ。大丈夫、締め付けすぎた御令嬢にはよくある事だから。レティシアも令嬢のドレスなんて担当したことないから加減がわからずやりすぎたって謝っていたよ」
「そうですか…今は?」
「ちょうどちらほらお客様が来たところだよ。義母上と義父上がお客様を迎えていて、リリアの出番はまだだからギリギリセーフだね」
そう言われて窓の外を見ると。
空が夕暮れで緋色に染まり、魔光灯が明るく庭を照らしていた。