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「……初めまして」
誰だろうこの人。全くもって見覚えがない。多分知らない人なのであろう。私の交友関係は極めて狭い。
エルク様と同じくらい?の歳の頃だろうか。少なくとも学園の生徒では確実にない。
そんなことを考えていると、私に隣に戻ってきたエルク様がコソッと「トーマの兄上です」とだけ囁いた。
うん、すごいめんどくさい立場の人というのはわかった!!
「いやはや、お忍びでアポイントをとるのが困難なリリア・キャロルに出会えるとは私はとても幸運だ。どうだろう、共に茶でも飲まぬか?」
「申し訳ありません、予定が詰まってますので」
「ほう。その予定とは私よりも優先させるべきものか?」
「させるべきものです。では」
言い切って頭を下げて、目的地へ急ぐ。
エルク様は溜息をつきつつも何も言わないので良いのだろう。が、相手はトーマの兄。こんなことで引くわけも無く。
「なあなあ、予定ってなんだ?新しい魔法か?魔道具か?」
しつこいのも血筋か。
ダディの店から戻ってきたイェスラに小声で、今すぐトーマを拉致って来てと指示を出して早歩きでダディの店に向かう。
「なあなあ、おっと、なんだ?私を入れない気か?」
「申し訳ありませんが当店はお客様の情報は守るもので。御用があるのでしたら予約をお願いします」
「そうか、リリア・キャロル!待っているから早く済ませるが良い!」
待つなよ(真顔)
ダディの店に転がり込むと、何となく察してくれたダディは青年を締め出した。とりあえずこれでトーマが来るまでの間、凌ぐか。溜息をつきながら、ダディに進められた椅子に座った。
ダディとの商談は問題なく進んだ。途中外から聞き覚えのある絶叫と、喧嘩の声が聞こえたが。
ロケットペンダントの依頼と、エルク様が同じ仕様のブローチを欲しがったのでセットで頼む。デザインの話や、どう言った状況で使うのか。それらを話して詰めて行き、ダディがデザイン画を今度送る。といった所まで行くと外に繋がる扉からトーマが呼ぶ声が聞こえた。
「おーいリリアーもういいぞー」
「ありがとう。じゃあよろしくねダディ」
「ええ。今度は落ち着いて来てくださいね」
「迷惑かけてごめんなさい」
謝りながら外に出ると、店の前に馬車が止まっていた。
その前には疲れた表情の薄着のトーマ。と、近くに止まっていたイェスラが私の肩に戻ってきた。
「キャロル邸までの間だけ、俺とエルク同伴での会話で妥協させた。あの人うちの王族でもトップクラスの魔法バカだからちょっとだけ付き合ってくれ」
「……わかった」
「っていうか緊急事態はわかったけどイェスラにあれやらせんのもうやめろよな!?でかい鳥に突然ワシ掴まれてさらわれんの本気で怖かったんだからな!?しかも俺一応王子だからな!一国の王子を簡単に誘拐するなよ!?」
「わかった。次はカールに頼む」
「やめろよ!空中か地中かの違いだけで似たようなことになるからな!」
それは約束は出来ないな。
ふっと笑って黙って馬車に乗り込むとワクワクウキウキしたお兄さんが待っていた。全力で待機していたようだ。
「それでリリア・キャロル、君の魔法は今どんな感じなんだ?上級魔法も使えるのか?副属性魔法は?トーマと仲がいいなら色々な複合魔法陣を作っているのか?トーマと結婚してうちに来ないのか?メガネ以外の新作の魔道具は無いのか?どうやって耐久性の高い魔道具を作ってるんだ?特殊な素材を使っているのk………」
トーマとエルク様が乗り込む前から始まったマシンガン質問は、トーマとエルク様が乗り込んで、馬車が出発しても続いた。
あまりの質問の多さに、答えられない質問ばかりだったということもあるが、
マシンガンが終わった時には何を聞かれたのかわからなくなっていた。ただ一つ分かっていたのは。
「私とトーマが結婚することは何があっても有り得ないです」
これだけだった。
「ふむ、そうなのか?君とトーマは仲がいいとあちこちで聞いたから相性は悪くないのだろう?それに魔法の天才と魔法陣の天才、研究の相性だって悪くないはずだ」
「そもそもタイプじゃありません」
「君は貴族だろう?好みでは無く利益で結婚をすべきものでは無いのか?」
「利益なんか、結婚しなくたって産み出せますよ」
「ふむ。しかし信頼関係は婚姻が一番重い契約だと思うが」
「そもそも魔国と信頼関係を結ぶべきは王家であり一個人である私がする必要は無いですよね」
「しかし父上は国よりも王族よりも君という存在を所望しているようだが」
「私は魔国と繋がるメリットは無いので迷惑なだけですね」
「メリットがない?うちの国は大きくまた魔法もだいぶ発展しているから色々と君の助けになると思うが?」
「大きすぎてしがらみだらけですよ。そんなムダでかいもの要りませんよ。私は旦那様だけ居れば良いです」
「君は旦那様が一番価値があると思っているのか?」
「当たり前でしょう?エルク様以上の存在なんて居ません。この細さの艶やかな髪、キメの細かな肌、神が与えたバランスのいい顔。さらに笑うと蜂蜜のようにキラキラと輝く瞳。身長も理想的な高さで、足も長くこう見えて筋肉もついてて武道も嗜んでます。なのに頭の回転も良く、私が望む仕事の先回りは当然のこと隠し事もあっさり見破り、私が望むままにさせてくれる器量の大きさ。まさに神が与えた秘宝ですよ。それも年月の経過とともにその素晴らしさは増す一方で少年時代はガラスのような危うさのある美しさでしたが今はまるで黒曜石のような鋭さも見せる魅力で………」
ついポンポンと討論を重ねるうちに燃え上がってしまい。
うちのエルク様自慢がヒートアップしてきた。
語っても語っても尽きることの無い魅力ある存在。それこそがエルク様だ。
「これが柔らかく笑ってくれた時のもの。これが妹と遊んで戸惑っている時のもの。これが初めて学園に行った時のもの。これが初めて一緒のベッドで共寝をした時のもの。これが悶絶ものの秘宝であるエルク様の寝姿。これが……」
さらにカールに頼んで秘蔵写真数を見せながら熱弁を繰り返していくと。
「そうか、彼は神が与えた奇跡の秘宝なんだな」
「ええ。そんな存在の前ではどんな人間すらも霞みます」
「なるほど。それではうちのトーマなんか蟻みたいなものだな。それならば仕方がないな」
「ええ。トーマなんか眼中にありませんので仕方がないです」
最終的にはエルク様のすばらしさを分かり合える友が出来た。
納得をしあった上で手を握り、うんうんと頷き合う。
「実に有意義な時間であった。謎はひとつ解かれた。また君と討論をしたいものだ」
「ええ。私もエルク様の魅力について語り合えて満足です。また語りたいものです」
この日、心の友が生まれた。
馬車を降りて帰り際、心の友に頼まれてエルク様の許可の元数枚のエルク様の秘蔵写真を渡した。
神の秘宝の魅力とやらを深く理解したいそうだ。いいぞ学ぶが良い。
「なあエルク、あいつら何か共鳴しあったらしいけどお前、あれでいいのか?本当にあれが嫁でいいのか?」
「……リリアの中の私と現実の私が大分異なるのはわかっていますよ。まあ近づける努力はしますが」
「まじかよ。しかもなんで俺、求婚したわけじゃないのにボロくそに言われてんの?俺、なにしに来たわけ?惚気聞いてボロくそ言われに連れてこられたわけ?」