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「よお、リリアにエルクに……ショールディンか?なんだ、珍しい組み合わせだな」
「おはようトーマ。彼は新しく私の従者見習いになったの」
「へえ。大変だなショールディン。頑張れよ」
「ありがとうございます」
この二年で抱っこスタイルが無くなり、エルク様にエスコートされて昇降口に向かっていると少年から青年へと羽化して来たピンクキラキラ王子が真っ直ぐこちらに向かってきた。
別に約束をしている訳じゃないが、トーマは毎朝校門で私たちを待っている。
「ジャック、帰りは先程も言ったけど好きに帰っていいわ。帰ってからの指示はメルトスに従うこと。あと学園では従者ではなく個人として好きにしていいわ」
「わかりました」
ぺこりとお辞儀をするとジャックは歩調を上げて先に昇降口に向かっていった。
なんとなくそれを見送り、歩くように促されてエルク様とついでにトーマと共にゆったりと歩き出す。
「良いのか、あれ。一応次期公爵じゃなかったか?」
「社会見学だそうよ。昨日はまだ反骨精神があったみたいなんだけど、なんか一晩メルトスに預けたらすっかり躾られてるのよねえ」
「ああ、あの笑顔でお前に色々要求してくる従者か」
従うものとはなんなのだろうか。いやまあメルトスは有能だ。仕事を丸投げしても上手く振り分けてきっちりこなさせるし、書類のミスもほぼないし欲しい情報も添え付けてくれるし。
「そういえばトーマ……今度ちょっと相談しなきゃいけないことが出来たんだけど」
「……今度は何をやらかした」
「なぜやらかす前提なのか」
「だってリリア、いつもならコレやってアレやってって普通に頼んでくるだろ。お前の相談事とか、絶対俺を巻き込むものだ」
「……否定しきれない」
未だに開発が成功しきれていない、呪いを防いで魔法を使える結界。
実はその魔法を模索して色々と試した結果。
ちょっとやばいものが出来てしまった。
賢者たちとトーマに相談しないとこれはヤバそうだ、と私が危機感を感じるレベルのものが…出来ちゃったんだ。
「まあいい。聞くだけ聞いてやるよ」
「ありがとう。じゃあ明後日に魔術棟に行くから、そこでお願い出来る?」
「おう、良いぜ」
靴を履くために違う靴箱の方に向かっていったトーマを見て、改めて思う。
出会った頃はやんちゃ王子だったのに、すっかり頼もしい王子様になっちゃって。ときめきは微塵もないけど。
学園に入った時から友達として交流しているためか、最近は色付いた乙女たちの嫉妬や仲を取り持って欲しいと言うお願いがよく来る。
全く趣味の悪い話だ。
「リリア?」
こんなに綺麗な旦那様より素晴らしい男性は居ないのに。
癖のないつややかな黒髪は天使の輪が出るほど綺麗で。
硬質な儚さを持つ少年だったエルク様は出会ってから七年の歳月で大人の色気と、甘えん坊な可愛らしさと、確信犯な甘やかしさを持つまさに小悪魔に成長した。また声変わりを迎え声も少し低くなり、それまでの必死に大人になろうした少年の硬い声も好ましかったが今の低い声で愛を囁かれるのも甘くとろけるようで好きだ。
身長も、ようやく少し追いついたと思ったのにまた少し背が伸びて足も長くてスラリとしているのに剣術も嗜んでいるせいか姿勢も良くて本当に全てがいつだって私の心臓の真ん中を貫いてくる「おーいリリア戻ってこーい、遅刻すっぞー」
「無理、好き、大好き」
靴を履き変えてエルク様を見つめてその美しさの再確認をしていると、悶絶して口を手で押えて震える。
推しが好きすぎて、死にそうです…!
「ほらリリア、行くよ」
じっとエルク様を見つめたままハートを飛ばしていると、エルク様がふっと笑って腰が抜けそうになる。それを見越されたのかふわりと抱き上げられた。
お ひ め さ ま だ っ こ でね!
最近は片手抱っこをされることがなくなり、エスコートがメインだけれど。
抱かれる時はこっちになることが増えた。
斜め下から見上げるエルク様のまつ毛の長さまで堪能できるし、この角度も好き。
「ダメだ話聞いちゃいねえから行くわ」
「またお昼にでもどうぞ」
「ああ。そうだフェルから手紙を預かってるんだ」
「いえ、それは後でリリアに直接渡してあげてください」
「ん?そうか、わかった」
職員会議開始のチャイムでハッと我に返ると、何故か周りの席のヴァン先生やカーラ先生もげんなりしていた。
でも。
エルク様はいつも通り綺麗だからふっと笑ってキリッとして会議に臨んだ。
「リリア先生、見て見て!」
「よく出来ていますね。これなら発動しても問題は無さそうですね。後で演習場でやってみるといいですよ」
「はい!」
現在の授業は四年生。二年も教わっていると子供たちも大なり小なり魔力塊は出来るようになっていた。
魔力塊で魔法陣を作れるほどの技量を持つものは、まだ少数だけれど。それでも各学年に数人は初期魔法を使えるものはでてきた。
どの生徒も目に見えて成長がわかるのが楽しいのか意欲的な子が多い。
また卒業した生徒も個人的にまだ学びたいという希望が多く、卒業生向けの特別授業枠も増えたけれど。
特別授業に来ている生徒から来年、下級生向けの魔力操作を行う教師を雇う予定だ。
後継者は徐々に生まれてきている。
キャロル領の子供たちも頭角をどんどん表している。
これで私が教師をやめても、後続は大丈夫になりつつある。
そんなことを考えていると部屋の隅で悲鳴が上がった。
振り返れば悲鳴のあった方向の机が燃えていて、慌てて即座に火を魔力塊で包み込んで水球の魔法陣を発動する。
すると水は火を包み込んで消火し、そこにふわりと浮いた。
「今の火魔法を発動したのは誰ですか?」
講堂の中央よりの左側。
水球の元へ行くと、男子生徒がおずおずと手を上げながらごめんなさいと謝罪した。
「あなたは…キクルスさん、でしたっけ?魔法陣の発動経験はまだなかったはずですよね」
「はい…すみません、どうせまた失敗かなって思って発動したら、火が出ちゃって」
「まずは成功おめでとうございます。けれどもし火災になったら大変ですので室内で火属性の魔法はやめましょうね」
「リリア先生、そこは魔法の発動自体を止めてください。発動は演習場で、ですよ」
「演習場で、だそうです。気をつけてくださいね」
やってみたい気持ちがわかるので譲歩した注意をすると速攻でヴァン先生に注意された。くすくすと笑いながら年の変わらない生徒と笑いあって頷き合う。
「さあみなさんも頑張りましょう。発動は演習場で、ですよ?」
「はい」
そして各々が魔力塊を作ったり、作った魔力塊を伸ばしたりする。レナード様も近くのご友人に色々とアドバイスをしていた。
彼もフェルナンド様ほどではないが早くから学んでいただけあって魔力操作はもう上手だからね。助かるわーと思いつつ生徒たちの間を回って、順番に質問に答えたりアドバイスをしたりして授業を進めた。




