11
雨が降った夜のような、艶やかな漆黒の髪。
蜂蜜のような金色の目はしかし、色味とは対照的に固い輝きを見せ。
生真面目で、笑うことが苦手そうな彼の
不器用で困ったような微笑み。
その姿を直視出来ないでしゃがみこんで顔を伏せる私のーーー隣にしゃがみこむ気配。
『リリア嬢』
「うっきゃああああああああ」
『ちょっ、リェスラ斜め上!斜め上に逸らせ!』
『無、無茶言わ、』
「グルオオオオオオオ!!!」
ちゅどーん!
その朝、キャロル邸には竜の咆哮と爆発音が響いた。
今でも心臓がバクバクする。
神に名前を呼んでもらえた歓喜で、全身が震える。
寝台に横になったまま、空を見上げ。
あの方には空色が似合うだろう、と思う。
いっそこの美しい空を切り取って差し上げられないだろうか?
そこまで考えて、ふと気づく。
なんでベッドに寝てる状態で空が見えるんだ。
私の部屋に天窓は無かったはずだが……。
「リリア!どうかしたの!?」
「賊か!?」
急に飛び込んできたお父様とお母様と使用人たち。
とりあえず寝台の上で上半身を起こし、夢の余韻か回らない頭でぼうっと考え。
「えーっと、ごめんなさい」
魔法陣を寝ながら暴走させたことを知った。
ちなみに私が放った魔法陣はそのままの軌道だと我が家の使用人を巻き込む軌道であったため、隣で疲れ果てているリェスラが水魔法で必死に軌道を変えてくれたことは後で知った。いやもう本当にごめんなさい。
夢がすっごくて興奮して無詠唱魔法を無意識で放った。
朝の騒動を把握した瞬間当然の事ながらお母様はお怒りになった。
ちなみに父様は笑いながら私の部屋の荷物を別室に移していてくれている。
「リリア。なんの夢かは知りませんが貴女はもう強い魔法使いです。昨日のこともそうですがもっと心を落ち着けなくてはいけません」
「昨日…あ、あう、えっと、ご、ごめんなさい」
「ですが。少し安心しています。貴女はまだまだ子供なのだから。一人で抱え込まないでもっと母様や父様を頼りなさいね」
「はい…」
さすがに部屋を半壊させた失態で反省してしょぼくれていると、母様が目の前にしゃがみこんで腕を広げて笑った。
引き寄せられるように抱きつくと、そのまま頭を撫でられる。
うん。ちょっとちゃんと落ち着こう。
「さあ、少し遅くなったけれど朝ごはんにしましょうか」
「はいっ!」
父様がサンドイッチを持って城へ出勤し。
母様とのんびりご飯を食べている時。
「奥様、申し訳ありません火急の事態です」
執事が急ぎ足で食事中の母様に駆け寄った。
この執事さん、執事オブ執事って感じで配慮もサポートも完璧な人だ。
ちなみに名前は『爺と呼んでください』と言って教えてくれない。母様や父様も爺と呼んでいる謎の人物だ。
「あらまあ。そう…リリア、少し母様は席を外すわね。すぐに戻ってくるわ」
「わかりました」
爺と母様が部屋から出ていき。先に食べ終わっちゃうのもなんか寂しいなと思い手を止める。
「イェスラ、リェスラ」
『なにー』
『ごはんー?』
「うん、食べていいよ」
手を差し出すと、今まで隠れていた2人がポンッと現れた。
2人に魔力塊を差し出すと、イェスラは喜んで受け取ったけどリェスラは不機嫌そうに尻尾で床を叩いた。
『足りないわリリ。わたし、朝にリリの暴発被害が出ないように頑張ったのよ?』
「あ、そうなの。ありがとうリェスラ」
リェスラにも迷惑をかけたのか。申し訳ない気持ちでさらに魔力を込めて密度を高めると、リェスラはそれを受け取りながら私の手に乗ってシュルリと肩の上に乗った。
リェスラは私の肩がお気に入りだ。
『でも初めてだなー。リリの暴走は』
『そうね。どんなに無茶な実験でも暴走なんてさせたこと無かったのにね』
「情けない主人でごめんね」
『何言ってんだよ。こんなしっかりした幼児見たことないぞ』
『幼児って言うよりもう熟女みたいな落ち着きよね』
リェスラ、大当たりです。精神年齢だけで言うならもうアラサーです。
とは流石に言えないのであいまいに微笑みながら、膝の上で座ったイェスラの羽根を撫でる。
そんな風に精霊とじゃれていると、扉が開いて母様がひょこっと顔をのぞかせた。
「ねえリリア、朝の食卓にお客様を招いてもいいかしら?」
「構いませんが、お客様ですか母様」
「ええ。我が家の爆発をみて心配で城から確認に来てくれたのだけど朝食がまだって言うから、ね?」
顔だけを覗かせるおちゃめな姿の母様を珍しいな、と思いつつも精霊に隠れてもらう。
流石にお客さんと食事をするのに出しているわけは行かないからね。
「よかったわ。じゃあ爺、急ぎ朝食を1人前お願いねーーーーーーーーどうぞ、エルク様」
「にきゃあああああ」
そして私は椅子から転げ落ちた。