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なんだろう。
先程と公爵閣下の表情は同じなのに
エルク様は余所行きの笑顔なのに
緊迫感が走っている。絶対に気の所為じゃない。
「リリアについてこれて、かつ注意も出来て、我が国だけでなく他国の城にも入れる彼女の専属の侍女を探しているんですよ。中々条件に引っかかるものがいなくて困っていましてね」
「……彼女につける、侍女か…」
なんだと思ったら最近困っている貴家出身の侍女募集だった。
うちの家のメイドは代々うちに仕えてくれている者や、貴族籍を持たない親戚、貴族籍を持っていても高齢なものが殆どで。
今度フェルナンド様の結婚式に魔国に行くにあたって身分がネックになってしまったのだ。
ちなみに従者は、母様から貴家出身の者を貰い受けた。もちろん本人の意思で私付きになってもらった。
「それは難しそうだな」
なんでや。私は普通の御令嬢の筈なんですけどなんで難しいんだ公爵閣下。
「ええ、募集はしているんですが選考を抜けられないものばかりで」
そんなに私の侍女って条件厳しいんですか。というか何人か落ちてるんですか初めて聞きましたよエルク様。
真剣な話をする二人の流れ弾ががんがん飛んでくる中、ひそかに凹んだ私を心配してかリェスラが肩に乗ってぺろっと頬をなめてくれた。ありがとう、リェスラ……うん、本当ありがとう……。
「メイドは一人良くなりそうなものがいる」
「良くなりそうですか」
「ああ。伯爵家の娘なのだが弟が事故にあって治療費とリハビリ費で家の資金が底をつき、下手な男に身売りするくらいなら結婚はしないので仕事を紹介してほしいと欲している娘だ。やる気もあるし学園も卒業済みだ。まだ育て幅があるからリリア嬢にはぴったりではないだろうか。紹介をするのなら、うちで再教育はしておくが」
「……後でそのものの調査書を頂けますか」
「ああ。あと学生ではあるが従者も一人如何だろうか。うちの息子なんだが従者というか、社会見学だな」
「そちらは私の一存では決めかねますのでアイリス様にどうぞ」
まあこういう会話は苦手だからいいけどね。黄昏ているとアイザック様が戻ってきて二人の会話を聴きながら何故か気まずそうに目を伏せた。なんだ、アイザック様もなにか噛んでいるんですか。
「しかし実に惜しい。リリア嬢が未婚であったならうちの息子の嫁に欲しいくらいだが」
「愛する旦那様が居ますので」
「ああ、わかっている。だからもしキャロル侯爵の許可がおりたらうちの愚息を扱いてやってくれ。あれは教科書の中の出来事ではこの上なく優秀でおごってもいる。現実は教科書だけではすまないと痛めつけてやってくれ」
……おごった息子さんの性根矯正とか嫌なんですが。
あれおかしいな、提案のお礼だったよね?息子さんの性根を叩き潰す権利ってお礼じゃなくね?
おかしいなーおかしいなーと思いつつ、アイザック様が席を立って「そろそろ時間だ。失礼するがまた城に来いよなリリーにエルク。スチュアート殿もまた城で」と言って出ていったので。
エリース様も戻られないし私達も今日はおいとますることにする。
「あまり遅くなってもあれですし今日はここらで失礼させてもらいます」
「ああ、実に有意義な茶会だった。また来てくれ二人とも」
立ち上がり、エルク様のエスコートで部屋を出ようとした時。
公爵閣下に呼び止められた。
「そうだリリア殿」
「はい?」
「私も友達が少ないので、どうか友達になってくれないか」
……おかしい。友達云々の話題は公爵閣下の来る前の話題だ。
この人、何時から私たちの話を聞いてやがった。
油断出来ないって怖い。本当怖い。
内心ガクブルしながらも、公爵閣下自ら友達が少ないとか言って頼まれたらさすがに『単なる次期侯爵』では断れない。
背筋を伸ばして、凛とした笑顔で振り向く。
「ではスチュアート様と呼ばせていただきますね。今度ともよろしくお願いします」
怯えを寸分も見せず。
きっちり言い切ると、そこで初めて公爵閣下はふっと笑った。
「お茶会って怖い…」
「途中からお茶会と言うかただの密談になってたからね。まあ私同伴って言われた時点で薄々察していたけれど」
「純粋に喜んでました…」
「…家に帰ったら二人でお茶会でもしますか?」
「喜んで!!」
ふふふ、と笑って見上げるエルク様との身長差は昔ほどじゃない。
この二年で身体付きもまろやかになってきて、身長も結構伸びた。ヒールを履けばエルク様の隣に並んでも少し小柄な程度になった。
それでも、私とエルク様は変わらない。
成長したら、扱われ方が変わるのかなと思って色んな意味でドキドキしたけれど今も昔もエルク様の態度は変わらない。
うーん。男は溜まる生き物だけど。
今でも同じ布団で寝てるけどエルク様はいつそういうのを発散してるんだろうか、と最近心配になってきた。
とはいえ、私にそういったものが向けられることがさっぱりイメージがわかない。
なんだろう。大切にされてるし愛されてるのもわかるけど。
溺愛の妹みたいな?
………これ以上考えるのは、やめておこうか。
それから10日ほどして、我が家に二人の使用人が増えた。
「初めましてルチル・ドーリンと申します。これからよろしくお願いします」
「初めましてでは無いけど、よろしくお願いします。五年のレイジャック・ショールディンです。ジャックと呼んでください」
まじで息子きた。さらについでにトーマと同い年かあ。
ルチルちゃんはサラサラの細い金髪に茶色の瞳の、どこか緊迫感のある女の子だ。なんだろう。魔法を覚えようと必死だった時のあの子らに似ている。
その反対でジャック君はお父さん譲りの濃紺の髪で、とても短い短髪だ。でもお父さんは常に真剣な目をしていたけれど、ジャックくんの黒目はとても冷めていた。
わっかりやすく、何故キャロル家に来なくちゃいけないのっていう空気がありありだ。
「リリア、ルチルはレティシアと一緒に貴女づきに。ジャックはメルトスの部下と言う形で貴女につけるわ。二人とも、貴方達の主はこのリリアよ。よろしくね」
「わかりました。二人とも、直属の上司にあたる人を紹介しますので付いてきてください」
母様から二人を預かって。
去年、私に与えられた執務室に向かう。
母様と同じ部屋ではもう仕事はしていない。今はエルク様と、元母様の従者のメルトスと、従者見習いのみんなで仕事をしている。
そう、教師を始めてから二年がたった。
私ももうすぐ12歳のデビュタント。
二年も時間があれば……色々、出来た。
そう、色々と出来たのだ。
二人が来たのは夕方だったので、明かりが点いていない廊下は闇に包まれていた。
一歩廊下を踏み出すとーーーーーーふっと、近くにあった燭台に光が灯った。
「え!?」
「いまの!?」
驚く二人を見て、ああそういえばこれは家にしかまだ無いんだなーとかのほほんと思い出す。
もう二歩歩けば、二つ目の燭台がぱっと光った。
その光源は、魔法。
燭台に興味を示す二人のために足を止めて、
どうぞと促すと二人とも燭台に歩みよった。
「リリア様、今灯りをつけたのが噂の無詠唱魔法ですか?」
「違いますよ」
「リリア、様。本当に魔法を使ったんじゃないんですか」
「違いますって」
ルチルちゃんは一発で信じてくれたのに、ジャック君はまだ疑っている。これは早めに改善してもらわないと面倒臭いな。
そう思いつつ、丁寧に説明をする。
「これは今試運転中の魔道具……人が近づくと自動で明かりが灯る『オートライト』ですよ」
そう、二年も時間があれば色々と出来る。
自動点灯器もその試作品の一つだ。