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「まあ挨拶は良いから、早く写真普及について話し合おう。ショールディン公爵、リリアは斬新でずば抜けた発想が得意だ。話を聞くだけ聞いてみてくれ、採用は貴殿に任せるから」
「……しかしこの仕事は当家に振り分けられたもの。他所のお嬢さんの手をわずらわせるわけには参りません」
「良いから。頼んどいといてあれだがスチュアート殿は誠実な仕事ぶりはとても優秀だが新規開拓が苦手なのはわかってるから。ほら、リリアキリキリ話せ!今回話したことは実現するとしたら全部スチュアート殿がやるから!」
アイザック様に無理に椅子に座らせられた公爵閣下に良いのかなーと悩むが向かいの席からエリース様とアイザック様と公爵閣下の視線が来て。
ふむ、と隣のエルク様にもたれ掛かる。
目を閉じて、エルク様にスリスリと甘えて。
深く、深く記憶を探る。
昔の記憶は、ふっと出てくる時以外は頑張って思い出さないといけないくらい遠いものになっていた。
それでも甘く心を踊らせた、あの楽しかった日々は忘れない。
写真、何に使われていたか。何が使えるか。
絵と違うとこ。実物に忠実なもの。忠実な方が、いいもの。
「少々無礼な事をしますが、お許しください」
「許そう」
目を瞑ったまま許可を貰うと意外にも許可を出したのはショールディン公爵だった。
それならまあ怖いものは無い、と目を開いてその場の全員のアクセサリーを見る。
大きめのアクセサリーをつけている人を探すと、アイザック様がネクタイのようなものを大きめなブローチで止めていた。そのサイズはおおよそ5センチ。ちょうどいい。
「アイザック様、その素敵な首元のブローチ貸して貰えますか」
「『アグレット』だ。ほら」
借り受けた青い石が嵌められたそれは魔道具だった。
まあそれはどうでもいい。
「このアグレットを扉のような細工をつけて2枚構造にします。そして中にサイズに合わせた写真を入れます」
「写真を、か?」
「はい。アクセサリーとしつつ、思い出の写真を入れるのです。遠く離れた家族に孫の写真を送ったり、遠征に出る主人に自分の写真を入れたり……愛しい婚約者に愛を忘れないでいてもらうために、二人で撮った写真を入れたり」
言いながら、エルク様を見る。
絶対作ろう。エルク様の写真入りのペンダント、絶対作ろう。毎日つける。
「遠く離れた場所に嫁ぐ娘の写真などでも素敵かもしれませんね。一般の人にはシンプルで宝飾のないデザインにすれば良いですし貴人向けにはアクセサリーにすればいいでしょう」
「素敵ですわ……愛しい人との思い出がいつでも見れるのね」
エリース様がちらっとアイザック様を見て食らいつくところを見ると乙女心のつかみはバッチリなのだろう。
「お父様も、先月産まれたジェスターの写真をいつでも持ち歩けたら素敵ではないかしら?」
「欲しいな」
親戚の子かなにかかな、と思ってるとエルク様が耳元でお孫さんですと囁いた。その囁きで背中がゾワゾワした。腰砕ける。
「あとはショールディン公爵、私は誰だと思いますか?」
「……リリア・キャロル嬢であろう。深緑の賢者の」
「なぜそう思われますか?初対面ですのに」
「それは、娘や殿下やエルク殿が『そう』と言うから…」
「ですが、全員が騙そうとしていたら分かりませんよね。私がどこの誰で、何故ここにいるかも初対面のショールディン公爵は状況把握以外では分かりませんよね」
「嘘か真かくらいはわかるが」
「ですが城で働く兵士は?門番をするものは?見回りをするものは?洗濯婦は?貴方は彼等が、城で雇われたもの達だとどうやって判断しますか?」
「上司のものたちに聞けばわかる事だろう」
「上司に聞かずとも判断できると仰ったら、どうしますか?写真を使ってですが」
そこまで言うと閣下は考え込まれた。隣のアイザック様も考え込んでいる。
城で働くものは裏付けは取れた者を雇っているが、入れ替わられた場合判別はすぐに出来ないだろう。もし同僚か誰かが虚偽の報告で『この人は前から働いています』とでも言ったら顔を覚えている直属の上司でも無ければ分からないだろう。
そこで輝くのが、社員証だ!
「顔写真と、名前、偽造するだけで罰される王家の押印でも押せば完璧ですね。身分証としてそれを持たせていれば『相手』が確かに『その分野で雇われた者』と保証できますし、雇用リストに顔写真を添えつければ顔を覚えていれば相手を探すことも容易にできます」
問題は山積みになるだろうが簡単に言うと公爵閣下もアイザック様も使用人に紙と書くものを持ってこさせて急いで何かを書き出した。
「出入りの商人も許可証だけだと盗賊が盗んだものかも分かりませんし、顔写真をつければ城に入れるの安心そうだねえ。あと、一般の店もお得意様とかに顔写真付きの会員カードとか発行したら、偽造防止にもなるし特別扱いしやすくていいんじゃないのかなあ。貰った方も特別感が出て嬉しいだろうし」
完全にエルク様にもたれかかって、ダラダラと好き放題言う。言うだけはただだ。何せ私が実現しなくていいのだから。
「あと出産とか結婚とか、誕生日とかの祝い事で写真は需要出るんじゃないのかな。絵だと何時間もモデルにならないといけないから、パッと撮れていいと思う。結婚や出産、誕生日割引とかをして誰でも利用しやすくするとか、出張サービスを取り入れるとか。あー証明写真も多人数を撮って、切り分けて使えばコストも抑えられて良いんじゃないかな。貴族も全員写真付きのリストにすればリュートの時みたいな偽装も起きないし、年に1回貴族に連なるものは強制的に写真を撮れば「まった、ちょっと待ったリリア!ついていけてない!」」
急にアイザック様に止められてはっと我に返ると公爵閣下とエリース様は必死になにか書いていた。
アイザック様はとりあえず待て。とりあえず落ち着けと言ってきて一度お口にチャックをする。
「エルク、俺たち今メモしてるからリリアの口を塞いどけ!キスはするなよ!ちなみにリリア、まだ案はあるのか!?」
「犯罪者や盗賊の写真を撮って「まてー!エルク、止めろ!」」
聞いたくせになんなんだ。
ちょっとむくれながらもエルク様に口を掌で塞がれたので大人しく黙る。
「アイザック様、王家の押印は使えませんよね」
「専用の押印を作り直せばいいのだろう。偽造するだけで罪になるものを増やせばいいだけだ」
「記念に写真を残したい日が他にもないか調べてまいりますわ!!」
「待ちなさいエリース。今は茶会中だ」
「はっ、そうでしたわね。お客様の前で申し訳ありません」
「良いですよ、私とリリアはゆっくりお茶と茶菓子を堪能してますからご自由にしてください」
「申し訳ない、なるべくすぐ戻る」
「あ、お父様!リリア、ゆっくりしていってね!」
許可を貰って真っ先に出ていったのは注意をしたはずの閣下だった。
それに突っ込む間も無く、エリース様も出ていって、アイザック様も影をどこからか呼び出して色々と指示をしだした。
すっかり放置されて、目を瞬かせていると口が解放された。
エルク様は苦笑いを浮かべながら茶菓子をカールに与えていたので、私も小鳥姿のイェスラに茶菓子をあげる。
リェスラはお茶を欲しがったので使用人の人に頼んで新しいカップに紅茶を入れてもらう。
お茶会とはなんだろう。
リリア・キャロル11歳にして初めてお呼ばれしたお茶会が、これであった。