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「……写真の、普及対策ですか…」
「ええ。わたくしの家が公共事業として任されたものの、どうもいまいち普及ができないんですの。絵画の方が、より美しく表現できるからって人気が出なくて」
より美しく。そう書かせた時点で本人とは別物じゃ…とは思っても口には出さない。誰だって自分をよく見せたいものだしね。
「そうですか…」
ツッコミを心に秘めて紅茶を飲む。そして隣のエルク様を見て、エルク様はありのままが素敵だと思う。ああでもより美化されたエルク様も頂けます。
目が合って唇の端を上品に上げて笑うと、エルク様も目を細めてそっと微笑んだ。
いつもの蕩ける笑顔じゃないけどこれはこれで美味しーーーー
「聞いてますの?リリア」
「もちろん聞いてますわエリース様」
「じゃあ今何を考えてましたの?エルク様を見ながら」
「そのままのエルク様も素敵だけれど絵画でより麗しくなったエルク様も素敵でしょう。何をしても美しいなんてさすがエルク様だと思っ「もういいですわ!話を聞いていたのはわかりましたから!」」
聞いてきたのはエリース様なのに。
もっと語れたのにとしょんぼりとしたが、隣のエルク様が困った顔をするから自重して再度紅茶を一口口に入れる。
「とにかく!このままでは魔石の購入費で赤字ですの。それで父様が困っていたらザック様がリリアに頼ればいいと仰るので……」
「つまり、この茶会はエリース様のお父様とアイザック様の策略ということですね」
「人聞きの悪いことをおっしゃらないで下さる?」
「初めて、初めて友達に誘われたお茶会でしたのに………」
母様に招待状を貰った時、とんでもなく嬉しかったのに。
初めて会った時から清く正しく、そして幼くして教師になった不甲斐ない私を叱咤激励し厳しい言葉で支えてくれた『友達』のエリース様。
彼女がアイザック様の婚約者に確定し、アイザック様のエスコートで卒業式に出る姿を見た時は泣いた。寂しくて泣いた。
卒業してからはエリース様は王太子妃教育で忙しく、たまに魔術棟に行くくらいの私では会うことも出来ず。
ずっと手紙での交流を続けて続けて、
初めて貰ったお誘いだったのに。
手土産もイェスラとリェスラと、カーバンクルもといカールと念入りに相談し。
エルク様に却下をされつつ決めた逸品を持ってきたのに。
エリース様の意思じゃなかったなんて詐欺だ。
「あ、貴女という人は!リリアは忙しいと思いお誘いは控えておりましたのよ!」
「友達の誘いを断るなんて、エルク様が絡まなければしませんよ」
「じゃあまたすぐに誘いますから、子供のようにむくれるんじゃありません。淑女としてあるまじき行いでしてよ」
「わかりました」
学園にいた時と同じようにたしなめられて、すぐに気分は浮上してふふふと笑う。
その笑い方も貴族のレディとしてははしたないと叱られたけれど、エリース様は安心したようににこりと笑った。
「そもそもリリアはもっと友達を作るべきだろう」
急に聞こえてきた聞き覚えのある声にすっと立ち上がり声がした方向に頭を下げる。
音からしてエリース様とエルク様も頭を下げているのだろう。
どうでもいいけどエリース様とエルク様ってなんか語感が似ている。
エリース様がもっと好きになった。
「楽にしていい。リリアの斬新な意見が欲しいからな、全力で楽にしてくれ」
「ザック様、そういうことを言ってはなりませんわ。リリア、礼儀は忘れずに」
「わかりました」
楽にしていいと言われて喜んだが、エリース様が正しいのはわかるので令嬢モードを保ったままアイザック様がエリース様の隣に座るのを待って着席をした。
「と言うかザック様、本日いらっしゃるとは聞いておりませんでしたけど」
「ああ、言ってない。言ったら逃げ出すやつが居るから」
「リリアはそんな無礼な方ではありませんわよ」
そうだもっと言ってください。
アイザック様も来るとわかっていたらテンションがダダ落ちる程度で、いやいや参加はちゃんとしていると思う。多分。
「どうだか。エリィ、スチュアートも家には居るのだろう?余計な遠回りは無用だ、話をサクサク進めるよう」
「ザック様!もう、父様が直接意見を求めたりしたら外聞という物が障りますでしょう!?」
「娘の交友関係を見に来るだけだ。ほら、早く呼ぶんだ」
この二年。学園で再会した時はまだ可愛かったのに、
王太子として立太子するとアイザック様は少し俺様になってきた。まあレナード様よりマシだけれども。トーマに近いかもしれない。
「全くもう、ザック様は勝手です!」
淑女とは何なのか。
頬を赤くしてむくれるエリース様はとても可愛らしい。
淑女の鑑のエリース様といえど、婚約者には甘いのか。
二人の甘い空気を感じながら、当てられて少しづつエルク様に椅子を寄せる。
するとテーブルの陰でそっと手を取られ、ふふふと笑い合う。
その笑顔は私の大好きな蕩ける蜂蜜のような笑顔だった。
「もう!お父様をお呼びしてちょうだい」
「ありがとうエリース。助かるよ、リリアは絵が壊滅だから一人でも理解するための人が居た方がいいからな」
「そんなこと言うのであれば何も言いませんよ?」
「ははは、そんなことを言うな。俺たちも友であろうリリア」
「違います。殿下の気の所為です」
こんな可愛くない友達はいらない。会う度に「これどう思う」と聞かれて答えたら「そうか。じゃあ製品製造ルートを作ってくれ」「じゃあその提案を纏めたものを書いて寄こしてくれ」「そこをこうすることは出来るか」「それなら他領に技術依頼をすればいい」とか無茶ばかり言うんだから。
だから最近はアイザック様を回避するようにしていたのに、ついに婚約者まで使ってきて!
これじゃまるで、側近みた……いやなんでもない。私はただの次期侯爵。王太子の側近なんかじゃない。
「そう言うな。リリアの友達が少ないから俺もなるしかないんだ」
「王太子様と友人なんて恐れ多いですわ。というわけで辞退します」
「俺はトーマやエルク、リリアと言った良い友人がいてとても嬉しい」
おのれ。おのれ王太子。
アイザック様の発言で喜びを堪えきれないと言った顔を一瞬見せたエルク様が尊くて良くやってくれた!
俺たち友達発言肯定はしないけど、とりあえずこれ以上の否定はしない。
踊らされているとわかっていてもね!!
傍に控えていた公爵家の使用人さんがどこかへ行ってすぐに、壮年の細身の男性が来た。
エリース様と同じ濃紺のショートヘアーで、これぞ文人!と言った眼鏡をかけた彼は……出会った時のエルク様のような硬い感じがして、とても好感が持てた。まあうちのエルク様の方が素敵ですけどね!
「ご機嫌麗しゅう、キャロル御夫婦にアイザック様。……アイザック様、先触れの無い訪問は困りますので控えてください。ましてや許可もなく客人に逢われるなど迷惑です」
見た目で好感は持っていたが、第一声でアイザック様を叱り飛ばしたことでさらにぎゅーんと好感を持った。
さすがエリース様のお父様、きっと礼儀に厳しくそれを注意出来る人だ。
「悪いが許せ。事情があったんだ」
「事情があればなんでも許されるということではありません」
そうだもっと言って公爵様!と思いながら背筋を意識して、ゆっくりと紅茶に口をつける。と、そんな私を一瞬見て公爵様は使用人に新しい紅茶をと指示を出してこちらを見た。
「御挨拶が遅れて申し訳ない。スチュアート・ショールディンだ。リリア・キャロル嬢、エルク・キャロル殿。此度は娘の招待に応じてくれて感謝する。是非とも娘と今後も仲良くしてやって欲しい」
「初めましてショールディン様。リリア・キャロルと申します。お優しいお言葉ありがとうございます、エリース様は優しくて素晴らしい方でして、彼女の友という誇らしい立場を今後も続けさせて頂きたいと思っております」
「お久しぶりですショールディン公爵。この度はリリア共々お招きいただきありがとうございます」
きちんとした人にはきちんとした挨拶を。そう思い、立ち上がって礼をとって話をしていると座って紅茶を飲んでいたアイザック様が「硬すぎる…」とボソリと呟いた。
それがいいのに、真面目の良さが分からないとはお子様が。