親友の憂鬱
天才は変人が多いとよく言う。
魔法使いでも剣士でも、その分野の最高峰のものは変わり者が多いけれど。
俺の友人は正しく、変人だ。
一言で言うとエルクバカ。
恋に狂った愚かな女だ。
「いやこれ引くけど…」
「トーマが見たいと言ったのに普通に失礼」
媚や裏がゼロのふくれっ面で文句を言われたけど、いやこれは普通に引くって。
カメラで撮影した写真のコレクションを見せてもらったのだが、被写体が全てエルクだった。
年代別にここ2年の物が並んだリリア曰く『アルバム』は7冊あって完全にエルクの成長記録だ。リリアの横にいるエルクもこれは怒っていいと思うのに、苦笑いで済ませているのがまた怖い。
俺なら普通に気持ち悪いから全部焼くけど。
「いや写真コレクション見たいとは言ったけどここまで驚異のエルク率とは思わないだろ」
「でもほら、試作品の時期より今ではだいぶ細かく表現できるようになったんだよ。リュートの魔力塊に出来ないくらい精密な魔力を参考にして、魔石の粉を初めっから作ってみました」
エッヘンというリリアの言う通り、最新の物ではエルクの髪の一本まで目を凝らせば見える。
凄いんだけど、いや凄いんだけど。
「写真のエルクが精巧すぎて逆に怖い」
「失敬な、麗しいと言いなさい」
「ちなみにエルク様の動画コレクションもあるけど」
「エルクしか映ってないんだなもう隠してすらないな」
嬉しそうにはしゃいで笑うリリアは可愛い令嬢なのに、残念すぎる。
天才で、発想力がすごくて、斬新でそれらを作り出す力もあるのに。リリアの頭は8割がエルクで出来ている。
「でも動画に関してはトーマに感謝してるよ。どうしても記録先を一つ一つ別に出来なくって」
録画装置。リリア発案のそれは、俺とリリアの共同作業最高傑作だ。音声と動画を撮影できるそれはいまではこの国の王族と、うちの王族の愛用品だ。色々な証拠としてとても便利なそれをリリアは惜しみなくエルクの記録として使う。
「お前はもっと魔法陣学を学べよ」
「最近リアが頑張ってくれてるから私はこっちの路線を貫こうと思う」
「まあ、色々と抱え込みすぎてるからそれもありだと思うけど……」
文房具から、農具まで。
無器にも優しい豊かな領地と名高いキャロル領の次期領主様。
先月キャロル領に平民向けの魔法学校が出来た。
今は一つだけだが、ほかの街にも建設中ということは聞いている。
魔国に負けないどころか余裕で勝利しているその技術力を求めてうちの親父がかなり本気でリリアを引っ張ってこいと言うけれど、俺はその考えは早期で捨てている。
捨てたおかげで、リリアの親友兼共同研究者という貴重な立場を手に入れられたのに未だに父親はリリアと俺の結婚を諦めていない。
リリアはこの国には然程興味も未練もないだろう。
だが実のところこいつはこれだけ色々なことをやらかしているけど、魔法にすら興味は無いんじゃないだろうかと思っている。
魔法も、名声も、金にも興味を持たないリリアの全ての関心はエルク。
エルク様の隣に立つ立派な人間になりたいから賢者になって
エルク様を幸せにしたいからとりあえず魔道具開発などでお金を稼いで
エルク様に苦労をかけたくないから領地経営も頑張る。
エルク様が王族だから、この国にいる。
気持ち悪いくらいエルク中心なこいつだけど、物好きなことに俺もそんなリリアが好きだった。無論友人として。こいつに恋するとかそんな破滅で絶望的な感情は抱くつもりは一切ない。
だけど。
「リリアは次から次へと仕事を増やしますからね」
「だいぶ各所に振り分けてるんですけどねえ…」
「よくもまあ次から次へと片っ端から仕事を作るよなあ、お前」
此処は心地良いんだ。
此処ではただの魔法陣の天才とエルク狂いの化け物と、リリア依存で居られる。
……我ながらその例えは酷くないかと思うが、まあそれでもここは心地いい。
『そうだそうだ、お嬢そろそろ別料金貰うぞ!』
「今夜はカールだけベッド別ね」
『やだやだー僕だけ仲間はずれとかやだー』
『あんたデカくて邪魔なのよ』
『リェスラの鱗だって冷たいじゃん!』
あまりにも居心地が良くって。
つい、本音がポロッと漏れた。
「なあ、お前ら全員魔国来いよ」
そう言った瞬間全員の動きが止まった。精霊たちも止まった。
やばいと思っても後の祭りだ。
「……もし、トーマが魔法使いで」
だからその返事がそんな言葉で、意味がわからなかった。
「私も魔法使いで、エルク様は剣士で。三人で冒険者とかだったら、すごく楽しそうだよね」
3人で冒険者。もしかしたら他にも仲間が居るかもしれない。
ダンジョンとか森で、三人でパーティで魔物を倒す。
ギルドの依頼を受けて、酒場で酒飲んで、宿に泊まって。
「すごく、楽しそうだな」
絶対に楽しい。間違いなく楽しい。きっと今以上に。
だけどそれは叶わない夢だ。
「トーマがむしろこっちに居着いちゃえばいいのに」
「悪くないなそれも。王太子じゃなくなったらこっちくるわ」
「じゃあ私はエルク様が国外追放でもされたら行くわ」
「どっちも不謹慎ですよ」
たしなめるエルクの顔はデレデレだ。そこまで喜んでたら何も反省しないだろうに、まあ俺もする気は無いけど。
「あー帰りたくねー」
「でもフェルナンド様の結婚式には出るんだよね?」
「当たり前だろ俺の妹だしな。兄で皇太子が出席しない王女の結婚とか無いわ」
「………はっ、妹に先越され…」
「ああん?国に帰れば女なんざ列をなして待ってるわ」
「おきのどくさまー」
気の毒。まあ、エルクバカからしたら気の毒なんだろうな。
でも俺は皇太子だから、きっちり妃教育をこなせるものじゃないと嫁に選べない。
こいつらを見ていると、羨ましいと感じなくもないが。
王太子が嫁バカになっちゃダメだろ。
そう思う反面。
……せめてリリアくらい気軽に話せる嫁が欲しいなと、切実に思った。