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「ねえ、カーバンクル。貴方、私じゃなくてエルク様と契約したいんじゃない?」
思わずそう言ってもカーバンクルは私の方を見なかった。
けれど尻尾がフリフリと揺れている。
どっちだ。猫反応で嫌なのか、犬反応で嬉しいのか。
「リリア……無器は精霊と契約できないんだよ?対価をあげられないから」
困ったように笑うエルク様には申し訳ないが。
エルク様がそう言った瞬間、カーバンクルわかりやすくしょぼくれましたが。
エルク様に擦り寄ったまま、顔を地面に落として甘えた鳴き声あげてますが。
明らかに契約できないって聞いて、すごくがっかりしてますが。
「おい、いいか……。ああ、おいエルク、これお前の手からあげてみろよ」
突然トーマが魔石を作って投げてきた。
色は桃色。トーマの髪色と同じだ。
戸惑いながらもそれを受け取ったエルク様が「食べますか……?」とカーバンクルに差し出すと、急に元気になったカーバンクルがそれを嬉しそうに食べた。
『赤いのも美味いけどこれもおいしーい』
そう言って尻尾を振って起き上がってエルク様の膝にすりすり頭を擦り付けるカーバンクル。
いやこれ思いっきり懐いてますやん。
「カーバンクル、対価を魔石でエルク様と契約は出来る?」
『魔石って味が濃厚でいいよねー?エルクが食べさせてくれるんなら僕良いよ。色んな味の魔力が楽しめるってのも斬新だし!!』
「だ、そうですよ」
カーバンクルは嬉しそうに尻尾を振りながら彼を真っ直ぐ見上げた。
『んー。お嬢?のそれのお陰で喋れるし。魔力無くても魔石食べれるし、おやつも食べれるし、エルク契約しよーよ』
「いやでも、その魔石は私は作れないから……」
「おいカーバンクル許可なく食うなよ」
トーマがカーバンクルに釘をさしてから、エルク様の膝の上に桃色魔石がじゃらららとたくさん現れた。その意図を察して、私の赤色魔石もエルク様の膝の上でたくさん作る。
「精霊と契約祝いだ、貰っとけエルク」
「魔石は今後魔力操作技術が発達していったら販売もされるようになると思いますし、作れなくても大丈夫にしてみせます。そもそも私もエルク様の為なら魔力の限界まで作りますから」
「待てリリア。俺がエルクに魔石をやるからお前のはちょっとこっちによこせ」
「ごめんなさい私の魔石便利すぎて気軽にあげられないんですー」
「大丈夫だ交換だから」
ほら、よこせ。そう言って手を出すトーマに渋々、嫌々、小粒の魔石を作ってあげるとトーマはニンマリ笑ってさらにエルク様の膝の上に桃色魔石を作り出した。
エルク様はそれらをずっとポカーンと見ていたが。
「ありがとう、ございます」
俯いて、魔石を集めながら小さな声で呟いた。
顔は見えないけどその声は震えていて。
魔石を拾うのを手伝いながら、エルク様にぴったりと寄り添った。
『じゃあエルク、僕にも名前つけてつけて。リェスラとかイェスラみたいにかっこいい名前!』
「……良い名前をつけますから、しばらく待ってもらっても良いですか」
『わかった!!よろしくなエルク!』
『じゃあエルクの護衛は任せるぞカーバンクル』
『ん、任せてイェスラ!!』
張り切るカーバンクルと、エルク様の肩から私の肩へ移動するイェスラ。そうか、これからはカーバンクルがエルク様の指示を聞いて守ってくれるのか。
エルク様が私の手を離れるような感覚に寂しさを感じないと言ったら嘘になるけれど。
嬉しそうにカーバンクルを抱き上げて膝に乗せるエルク様の姿を見たら、そんな感傷些末な出来事だ。
「本当にありがとう、リリアにトーマ。魔法が使えるようになるだけじゃなくて契約も出来るなんて夢みたいだ」
「あーでもエルク、出来たらカーバンクルとの契約の日々を今度教えてくれ。他の無器のやつも魔石があれば契約できるかもだからな」
「わかりました」
「こういう感じのを…」
『こうかー?』
絵では説明が出来ないので、魔力塊で形を見せるとカーバンクルがそれと同じような形状の物を石で作った。
エルク様に頼まれてカーバンクルは私の望みのものを作ってくれることになった。今までのイェスラとエルク様のように、簡単で主人ののぞみに反さない程度なら手伝ってくれるらしい。
部屋から持ってきた土嚢とクリップの計画書類と、鉄線と工具。
エルク様はイェスラに頼んで現地の状況を調べて貰いながら、ネルを従者に言って呼び出して真剣に書類をみていた。
トーマはすげえこれ面白いと言いながら鉄線をくねくねと曲げて遊んでいた。
私はカーバンクルとはさみクリップ作りだ。
現物があると他者への説明が格段に楽になるからね。絵を描かないで済むし。
「うんうん、あとはここを平にかつ丸みを帯びさせて」
『んーんー、こんなんでいい?』
「ちょっと待ってね」
出来上がったふたつの材料を噛み合せると、挟み部には隙間が空いた。これではダメだ。
「カーバンクル、こうするとここの隙間がなくなるようにお願い出来る?」
『ん、それ持ったままにしててー』
言われたとおりにしていると目の前で石が柔らかくなって隙間がぴったりなくなった。
あとは鉄線を巻いてバネ状にしたものを仕込んで、最後に穴に短い鉄線を入れて端を曲げて抜けないようにして。
「出来た!ありがとうねカーバンクル」
『なにこれ面白いねえ』
挟みクリップに興味津々のカーバンクル。リェスラも興味を持って、二匹で机の上で仲良くクリップを開いて閉じて遊んでいる。
「指とか挟まないように気をつけてね、結構痛いから」
『いたっ』
言ったそばからリェスラが挟んだようだ。
痛がるリェスラから慌ててカーバンクルがクリップを外すと痛みを飛ばすように手を振るリェスラを抱き上げる。
「大丈夫?」
『驚いちゃった。面白いわねアレ』
傷はない。まあ竜の鱗だしね。
痛みも一瞬で驚いただけだったのか、またクリップに興味深々だったので机の上に戻すと『大丈夫ー?』と言うカーバンクルと一緒にまたクリップを開いて閉じて遊びに戻った。
そして土嚢の書類を書き込んでいたエルク様がその様子を見て、リェスラとカーバンクルと一緒にクリップをにぎにぎして、書類を噛ませ始めた。
なんだろう。
エルク様本当に素敵だよね。
「お、リリアそっちのそれなんだよ」
「巻いた鉄線を利用した挟みクリップです。そっちのクリップより枚数の多い書類をまとめておくのに役に立ちますよ」
そしてクリップを作っていたトーマとトーマのフェアリーもそこに混ざった。
しかしそうだな。
バネで何か作れないかな。
バネ、バネ、バネ
浮かび上がるのはびっくり箱。
いやこれは面白いけどもっとこう役に立つ……考えていると、突然目の前にエルク様の顔が現れた。
「ひゃ、な、なんですか」
「……リリア、そこまで。とりあえず仕事を片付けてから次に行こうか?」
急に現れたエルク様の美しい顔で動揺をしていると釘を刺される。何故、バレたんだろう。
目を逸らすと腰を抱かれて引き寄せられた。顔前にはにっこり笑う素敵な旦那様。
「とりあえず最低でもこれとそれが終わりが見えてからね?」
「はい………」