女勇者と男聖女の冒険
『ファーストファンタジー~始まりの旅』
それは日本で生まれたゲームで、世界中の人々に愛されるゲームだ。
昨今ではアプリゲームが主流でカセットゲーム系の売れ行きは低下するばかりだが、このファーストファンタジー……通称『ファファ』はそんな逆境の中爆発的ヒットしたゲームだ。
王道的な戦闘・ストーリー。その時代の最先端なグラフィック・CG。何より魅力的なキャラクターたち。
最初の売り上げは低かったが、ゲームユーザーから高い評価が続出し徐々に人気が出ていき、二作目の時は七ヶ月間ゲーム売上一位を取り続けた。
ファファを作ったプロデューサー『チャーリー・吉川』は世界中に名を知られるようになった。
僕はそのファファのファンの一人であり、そのファファの世界に転生した人間の一人である。
「エレン大丈夫? 少し休憩する?」
「ううん大丈夫。王都まで後少しだからもう少し頑張れるよヒルダ」
僕事エレンは元は日本人の転生者である。そして彼女は僕の冒険者の仲間であるヒルデリカ、愛称ヒルダは僕と同じファファのユーザーである転生者である。
彼女との出会いは僕等が五歳の時。僕は親がいない孤児で、彼女はとある商人の娘だった。
僕等はとても顔がそっくりで、慈善活動で僕がいた孤児院に訪問したヒルダの祖母が僕の顔を驚いて、そのまま引き取った程だ。
そのまま僕はヒルダの使用人として暮らしていたが、使用人と言うより『兄弟』の様に育っていった。それ程僕等は馬が合った。
前世の記憶を取り戻したのは殆ど同時だった。何故なら落とした物を取ろうとしてお互いの頭をぶつけあったからだ。
意外な事に前世のヒルダは十八歳の頃に事故で死んだ僕とは違い、五十代の頃に心臓麻痺で死んだそうだ。
彼女曰くファファは外伝を含めて二十作も続く大長編作品となったそうだ。僕は三作目が制作決定の時に死んだからそこまで続いてくれた事に嬉しさ半分、それ等プレイ出来ず死んだ悲しさ半分の気持ちだった。
それから僕と彼女の情報の交換し合い、この世界はファファの世界観で、それも五作目まで。(何と宇宙を舞台の作品もあるとか!)
初代の主人公や仲間達が大昔の英雄として、子供達の寝る前の昔話で語られる様になっていた。
ファファの大ファンだった僕等が目指した夢。それは『冒険者』だった。
ぷっちゃけ主人公ポジションを夢見ていた時期は確かに僕等にはあった。だけど僕等が十歳の頃に王様達が住んでいる城のバルコニーに『勇者様』が民衆に手を振っていた。
勇者様は女性で、奇麗な黒い髪に黒い瞳。可憐な顔立ちの勇者『ユリヤ』
僕達は彼女の華憐な笑みを見て『所詮は脇役の存在でしかない』と理解した。
ならば脇役なら脇役らしくファファの世界を堪能してやろうと思い、十五の時に神殿に行き冒険者になるには必要な『職業』を見て貰った。
嬉しい事に僕等が生前好んで使っていた職業だった。僕が『魔導士』で、ヒルダが『戦士』だった。
僕達はお互い協力しながら旅をし続けて、大陸全ての国々を周りきり一度故郷である王都へと帰る事にしたのだ。
「そう言えば勇者様達はどうしているかな?」
「五年も経っているからもうゲームクリアしている筈……?」
「分からないの?」
ゲームを全てやり遂げたヒルダが首を傾げて言うので何だか少し意外だった。
「最初は兄がゲーム操作するの。兄がゲームクリアした後私が操作して、分からない所で兄に助言を貰うスタイルだから。……だけどあの勇者様、顔と名前はすっごい覚えているのに肝心のゲームの内容が思い出せないのよね……? 他のは外伝まで全部覚えているのに?」
「ヒルダが死ぬ前の新作じゃないかな? 本当にヒルダが物語だけじゃなくて僕が死んだ後の新しい『魔法』や『モンスター』の事を覚えて大助かりだよ」
お陰で僕が知らなかった新しい回復魔法や防御魔法を入手できるルートを覚えてくれたので、少なからず全部覚えたと思う。ヒルダもヒルダで攻撃魔法やお得意の剣術もかなりの数を習得している。
恐らく勇者様よりは弱いが、そこらの冒険者よりも力があると自負している。
ヒルダは一度勇者様と手合わせしたいと願っている。何処まで自分の力が通用出来るが試したいと言っている。(まぁ瞬殺だともヒルダは苦笑いしながら言ったが)
「それより久しぶりの故郷だね」
「ええ。お父様達とは手紙でのやり取りはあったけど、顔を合わせるのは五年ぶりだもの。案外大歓迎で迎えて来るかも」
「流石に他の人の迷惑になるからやらないと思うよ?」
「そうね!」
だけどヒルダの言葉が半分当たってしまった。王都に入ると家族・使用人だけではなく……
『わぁーーー!!!!』
国民全員に出迎えられた。
僕等が思わず口を大きく開いてぽかんとしてしまった。
「……何これ?」
「僕に言われても……」
余りの出来事に茫然自失していると僕等の目の前に豪華な馬車が現れた。そうして馬車から御者が恭しく僕等の前に膝をついた。
「勇者様、聖女……いえ、聖人様。どうか一緒に城にお越しください」
「ゆ、勇者!? もしかして私の事!?」
「確かに僕は男だから聖女なんて称号は間違いだろうな……と言うか勇者様は『ユリヤ』と言う名前の人では!?」
「……城で全てお話します」
城に連れて来られた僕達は、王様だけではなく偉い人達が僕達を囲む様に左右に鎮座していた。
緊張する僕等に王様はニコリと緊張を解く様に笑った。
「勇者ヒルデリカ・聖人エレンよ。よくぞ邪神を滅ぼし各地を救ってくれた」
「え、あ、あの……何か勘違いでは?」
「勇者は『ユリヤ』と言う女性の方では? 僕等はただの冒険者です」
僕等の言葉に王様だけではなく重鎮達も溜息を吐いていた。
「やはり自覚がなかった様だのう……そもそもただの冒険者が『神殺しの剣』と『死者蘇生』を会得するなんて出来ん!! そんな事出来たのは『勇者』と『聖女』だけだ!」
『神殺しの剣』って、その昔ダンジョンの最深部に刺さっていたのをヒルダが引っこ抜いてそれ以降ヒルダの愛剣になっているのが?
『死者蘇生』って、魔物が跋扈する樹海の奥に暮らしていた魔女の依頼を全て完了して会得した、『死んでまだ腐敗の症状が出ていない遺体のみ、どんな状態でも元の状態で生き返らせる事が出来る』あの術?!
だって冒険者になってまだ一ヶ月も経っていない頃に会得したものだから、てっきり初級者用のものだと……
「……そもそも勇者に成れるにはある特殊能力を生まれつき会得していた者しかなれん。あの女狐はその逆の能力を得ていたからこそ勇者と詐称出来たのだ」
「ある能力?」
「そう。『洗脳解除』が勇者に成れる条件の一つ。魔物の中には洗脳や魅力を使うモノもおる。そういった攻撃から守る為に必要な物だ。洗脳解除がある者しか勇者やその仲間になれん。そなた達は『職業』だけを調べただけで『能力』の方は調べていないみたいだから、今の今まで誰も……本人ですら気付かなかったのであろう」
「と言う事はユリヤ様、いえ偽勇者は……」
「うむ。アレは魔のモノにしか会得する事が出来ない『洗脳』を得ていたのだ。その力は魔のモノよりも強くお陰で我々だけではなく、尊き存在にも被害となった。……それを解除したのは他でもない貴殿達だ」
如何やら僕等が通った町々で先に偽勇者が来訪、又は来訪した後だった。
偽勇者の洗脳はただ洗脳に掛けるのではなく、質の悪い事に『コミュニティに敵を必ず一人作らせる』事だ。
最悪な事にその敵はその人物達の大切な人……例えば恋人や妻や娘等(何故か敵になるのは女性が多い。偽勇者が女性だからだろうか?)
共通して彼女達を『とんでもない糞な性悪悪女』に性格を改悪。彼女達の急な悪人ぶりに困惑し悩んでいる所を偽勇者が近づき、魅力の力を使いながら彼等を堕とし洗脳された彼女達を排除しようとした。
しかし洗脳解除の特殊能力を持っていた僕達が一歩町の土を踏み入れば、洗脳に掛かっていた人達がまるで風船が針に刺さって破裂する様に、パァッンと弾けた音をたてて解けていった。
洗脳を解除された男達はまず女達に『何故急に酷い性格になったか』と聞いた。
洗脳を解除された女たちは男達に『勇者様(偽勇者の事)と話していたら急に頭が真っ白でここ数日の記憶がない』と答えた。
どう言う事だと頭を傾げていると、ある者が『そう言えばあの勇者様は何かしたか』と皆に問い掛けた。
すると悪役に仕立てられた女性以外の皆はウンウンと腕を組んで思い出そうとしたが。
『そう言えばあの勇者様は特に魔物を退治した事も、我々が困っている事を解決していないぞ』
『あの勇者様は見目が良い男達を侍らせて、贅沢な食事と歓迎会を楽しむだけ楽しんで去って行ったぞ』
『我々の問題を解決してくれたのは二人組の男女の冒険者達だぞ』
『そう言えば……あの冒険者達がこの町に来てから変に頭がすっきりしたような……』
『…………もしかしたらあの冒険者達が……?』
『としたら、我々が勇者様だと思っていたのは偽物?!……』
そんな話が行く先先の町々で話が出れば流石に神殿や王家から調査員が派遣した。改めて偽勇者と関わった人達を調査すると全員が何らかの洗脳を受けていた事が発覚。解除すると今まで偽勇者を妄信していた
人達が嘘の様に大人しくなっていった。
そして今まで偽勇者の数々の功績はとある二人組の冒険者達が偽勇者の代わりに解決していた事が発覚した。しかもその二人組の女の方がバッサバッサと敵を斬り倒し、男の方は次々と傷ついた人達を癒していった。邪神退治に必要な剣と死者蘇生の術をいとも簡単に入手したのだ。それを習得しただけで冒険ランクの最上級SSSランクに上がる程。
果てにはあらゆる国と国が『この二人の為ならば』と軍隊を結成し、世界に名を馳せる冒険者達も邪神退治に参戦し、ついに世界を恐怖に陥れた邪神を倒す事が出来たと言う訳だ。
いや、邪神退治はギルトの依頼にも来ていたから『もしかしたら勇者の戦う姿が見られるかも』と言うミーハーな気持ちで参戦しただけで、邪神退治だから国と国が協力し合ったり有名な冒険者が参戦するのは当然だと思っていたけど……そう言えば参戦した国は上層部と何らかの理由で親しくなったり、有名な冒険者も僕達と一度パーティーを組んだ人達だった様な……ヒルダも同じ気持ちなのか、冷や汗をかきながら僕と目線を合わせる。
「……貴殿達が邪神と戦っている間、偽勇者はとある小国の王室で複数人の男娼達と懇ろしていた所を取り押さえた」
「「うわぁ……」」
流石にそこまで聞けばユリヤと言う人物が勇者ではないと僕等でも分かる。その偽勇者は以前この城の地下牢に閉じ込められていたそうだ。そして『勇者』の名を偽った大罪人は問答無用で死刑となる事が決定された。
そして僕等が王都に戻る前に偽勇者は処刑された。
処刑される時はそれは酷い物で、怒り一色の見物人達に罵声や物を投げられて美しかった偽勇者の顔は見るも無残な姿になり、その姿のまま偽勇者は火に炙られた。
偽勇者の姿が炭と化した時に何と降臨したのだ。この世界の唯一神が。
『この女は邪神によって作られた混沌の申し子である。このまま野放しにしていたら世界は破滅の道に進んでいた筈だ。この混沌の申し子は私が処理しよう。本物の勇者達はこれから王都に来る二人組だ。彼等を温かく迎え入れる様に』
そう言うと唯一神は偽勇者の死体を連れて天へ還って行った。……だから僕等の事をあんなに歓迎したのか。
夜に祝賀会を開くので用意された部屋に休んで欲しいと言うので、お言葉に甘えて僕等は用意された部屋に休む事にした。
「ヒルダ、これはどう言う事? 何で僕等が勇者と男の聖女になっている訳? 僕等は主人公に成り代わったの?」
用意された豪勢な部屋の中、二人っきりになったのを確認すると僕はヒルダに詰め寄った。
ヒルダはベッドに腰を掛けて片手で頭を抱えていた。
「………………思い出した。私達がいる時代は悪名高い『ユリヤ・メアリー・スー』の時代だわ……」
「はぁ何それ? あの偽勇者は本当はファファのシリーズのラスボスの一人なの?」
「ううん。アレは主人公だったモノよ。……ファファシリーズの汚点とされたゲームのね」
「えっ?」
チャーリー・吉川を嫌っているとある男がいた。
嫌っているのはチャーリー・吉川が男が嫌っているオタクと言う人種だからとか、その男より容姿も学力も劣っているのに人望は男より上で、しかも彼の身内が経営している会社の稼ぎ頭だから男より重宝されていたからだとか、色々噂されているが定かではない。
男には愛する女性がいた。
女は『才色兼備』と言う言葉がピッタリな才能ある美しい女だった。女の為なら何でもしてあげた。
高級レストランに連れて行ったり海外旅行にも何時でも二人で行ったり欲しい物は何でも買ったりもした。女が男の腕に寄りかかって男の勤めている会社の上層部に入りたいと願えばそれも叶えた。
そして女が『自分が大好きなゲームの新作を自分がモデルの主人公で作って欲しい』と願った時も二つ返事で答えた。
早速プロデューサーに命令したがチャーリー・吉川は断った。
当たり前である。仕事が忙しいのに、何が悲しくて自分が嫌っている男の彼女を主人公のゲームを作れなんて誰か聞くか。しかも我が子同然でもある『ファーストファンタジー』シリーズの主人公だと聞いて思わず鼻で笑ってしまった。
それにチャーリー・吉川は男だけではなく女の方も嫌っていた。いや、男以上に女の事を嫌っていたと言っても過言ではない。
何故なら女が上層部に入る為にチャーリー・吉川の恩人である人物が、難癖付けられて追い出されてその後釜に彼女が居座ったのである。嫌うのも無理もない。
チャーリー・吉川が頭を縦に振らない事に業を煮やした男はとんでもない暴挙に出た。
何とチャーリー・吉川を山奥のとある別荘に監禁したのである。
そして他の社員達に『ファファの新作のプロデューサーの権限をチャーリー・吉川から譲られた。今回は自分がファファの新作を手掛ける』と嘘を付いたのだ。
社員達は殆ど懐疑出来だったが、男がこの会社を経営している社長の身内のと一度権力乱用していた前科があるので誰も異を唱える事が出来なかった。
そして女の願い通りに作られたゲームが『ファーストファンタジー ユリヤ・メアリー・スーの冒険』が作られた。因みに何故そんな題名かと言うと『ユリヤ』は女の名前が由来で、『メアリー・スー』はファファのチーフスタッフの提案から。……後にネットでは『これはチーフスタッフの戦犯達への無言の反抗だ』と噂されている。
世界的にも有名なゲームだった為、発売日は同時に発売された。
ファファの熱狂的なファンは発売されるのをとても楽しみにしており、発売日には仕事を休んでゲームにやり込もうとしたファンもいた。……ただし、タイトルに『メアリー・スー』がある事やゲームの情報があまり公表されない事に不安視するファンも確かにいた。ただ、チャーリー・吉川の事を信用していたファン達は気のせいだと言い聞かせながら発売日を待った。
……その予感が最悪な形で当たってしまったが。
ヒルデリカの前世の話によると、ヒルダはその日は遅くまで部活をしていた。
ルンルンとした気分でヒルダは家路を歩いていた。大好きなファファの新作が家に届いていて、今頃兄がゲームを中盤まで進めている筈だ。ヒルダの兄はファファに関しては神がかり的な才能を発揮し、発売日から長くて三日でゲームクリアする人だ。
新作は普段よりも沢山宣伝していたし、ゲーム雑誌では満点を取っていたから楽しみに家に帰っていたそうだ。
……帰って直ぐに兄がコントローラーを投げ捨てる姿を見るまでは。
ヒルダもゲームを初めからしたのだが……コントローラーを投げ捨てた兄の気持ちがよっっっっっく分かった。
まずゲームの起動が重かった。
ゲームを起動するまでヒルダ達の場合は二時間も掛かった。他所では酷いで一日経ってもロード画面から次へ起動する事がなかったそう。
ゲームのバグが酷く、キャラの顔が変に歪んでいたり操作しても言う事を効かなかったり、最悪なのは戦闘の時に全く操作出来ず、なのに敵は自動で攻撃してくるからそのままゲームオーバーになった事も。どんなに改善のパッチを出しても公式が匙を投げてしまう程次々とバグが出ていた。
何よりファンが許さなかったのが、主人公の『ユリヤ・メアリー・スー』に対する異常なまでのひいき的な対応、それに伴う歴代キャラクターの改変だった。
ファファの特徴の一つに前作のキャラクターが登場する。
その彼等をあろう事が『ユリヤ・メアリー・スー』を上げる為に酷い性格改変をしたのだ。
例えばあるライバルポジションのキャラクターがいる。
そのキャラクターは仏頂面のクール系イケメンで、ファファの中でも一、二を争う人気キャラクターだった。
彼は一匹狼で人間不信な所があったが、ただ一人幼馴染の恋人にだけは心を開いていた。この恋人が敵側に誘拐され、洗脳された状態で彼と戦う事になったシーンは涙なしでは語られない名場面となった。
その後洗脳を無事解除された恋人と結婚し、その子供が次のシリーズの主人公になっていくのだが……
何とその恋人の存在を無視してひたすら『ユリヤ・メアリー・スー』を甘い言葉で口説いだのだ。恋人の事を言及してもソレは悪口で、しかも『ユリヤ・メアリー・スー』褒める時の対比として出た言葉だ。
これが他のキャラクターにも同じ様にするのだ。
ずっと『ユリヤ・メアリー・スー』を褒めて他の既存キャラクター(しかも全員人気のある女性キャラクター)を貶す場面ばかりで、自分が大好きな愛妻家子煩悩のキャラクターが妻や子供を扱き下ろしながら『ユリヤ・メアリー・スー』に求愛するシーンを見た時、流石のヒルダも耐え切れず拳で床を叩きつけた。
その後は兄と交代交代で何とかその日のうちにゲームクリア出来たが、直ぐにゲーム屋に売り飛ばした。ゲーム屋には沢山の人が列をなしていた。無論その客全員がファファを売る為に列をなしていた。とあるゲーム屋はあまりにもファファを売りに来る客が多いので、買取を中止にする店もでた。
これが日本だけではなく、世界各国でほぼ同時に起きたのだ。時に過激的な人が多くいる国では暴徒が出てしまったのだ。
『クソゲーと言う言葉すらこのゲームには誉め言葉だ』と評価されたこのゲームに全世界の『ファーストファンタジー』ファンが激怒した。
会社のホームページは怒れるファン達の抗議でサーバーがダウンし、会社のコールセンターは抗議の電話でパンク寸前。直接会社の従業員に抗議する猛者もいた。
この大騒ぎをマスコミが見逃す訳がなく。毎日の様に特集した。
ゲームを作ったとある男は焦った。
チャーリー・吉川に全ての責任を押し付けて自分は逃げるつもりだが、とある動画サイトのせいでその計画が絶たれた。
投稿したのはとある男の専属の秘書で、生放送で全世界の人達に男が何故このゲームを作ったのか、チャーリー・吉川が監禁された場所で衰弱死寸前だった事を公表した。
何と男はチャーリー・吉川の世話を手下に命じず、そのまま縄で縛ったまま放置していたのだ。
一週間後、男に雇われたとある破落戸の男が、チャーリー・吉川が縛られた縄を外し水や食料を与えたが、聞いてたよりも衰弱していたチャーリー・吉川の姿に恐れ、何も知らない秘書に密告した。
初めてその事を知った秘書は直ぐ病院に秘密裏に運んだ。チャーリー・吉川はエコノミー症候群を発症していて、あと少し病院に運ばれていなかったら死んでいたと医者に診断された。
この事を秘書は糾弾した。しかし男は反省する所か『そのまま死ねば良かったのに』と吐き捨てたのだ。
流石にこれには秘書も愛想が尽き、男がゲームの全責任をチャーリー・吉川に擦り付けようとしているのを知って批判覚悟で告発したのだ。
ゲームだけではなくチャーリー・吉川が殺されかけた事を知ったファン達は激怒した。とんでもなくブチ切れたのだ。
会社の前には世界中からやって来たファン達が連日抗議集会を開き、一部が窓を石で割る等の暴徒化し自衛隊が派遣する程の騒ぎとなった。
結果男の身内だった社長は責任を取って辞任。男も逮捕された。男の場合は警察に保護して貰わないと熱狂的なファンに殺されると恐怖を覚え自首したのだが。
「何てこったい。僕が死んだ後そんな大騒動が起きているなんて……」
「私はその集会には行かなかったけど、抗議の手紙を認めたわ。確か……『ゲーム制作の基礎知識を勉強して、同人ゲームとして売れば此処まで騒ぎにならずに済んだのに……あまりにも私達ファーストファンタジーのファンを馬鹿にし過ぎです』だったかな?」
「おおぅ……意外に辛辣だね……気持ちは分からなくもないけど」
「言っとくけど兄さんの方が凄いよ? 直江状並みの長さの抗議文を送ったんだから」
「………………お兄さん相当ブチ切れているね」
「それでチャーリー・吉川が復帰して本当のファファの新作を作ったのだけど、前作については『邪神が世を破滅する為に混沌の申し子を世に放った。一時混沌の申し子のせいで世に混乱を齎したが、心有る真の勇者達によって討伐された』てモノローグで語られるだけで、後は全く前作について言及はなく、ファンも公式も黒歴史ならぬ闇歴史として存在其の物を忘れているわ」
「うん。僕も生きていたら同じ事をしていた筈だよ」
本当にそのゲームの存在を知る前に死んで良かったのかもしれない……アレ?
「そう言えば……ゲームを作った一番の原因である『ユリヤ』って人はどうなったの?」
「ええっと確か……あっ」
ヒルダの美しい顔が歪んだ。それは嫌な記憶を思い出した感じだった。
「『ユリヤ・メアリー・スー』のモデルになった人の話は胸糞悪い話になるけど……聞く?」
僕は少し考えて一つ頷いた。躊躇いがちにモデルになった女の末路をヒルダは語るが、正直聞いただけで僕は不愉快な気持ちで一杯だった。余りにも胸糞悪い話だった。
恋人の逮捕後、女の人生は激変した。
そもそもこの女の我が儘によって作られたゲームなのだから、この女が元凶と言って間違いない。男の逮捕後直ぐに一部の狂信者達の怒りの矛先が女に向かった。
女は会社を解雇され(そもそも自分の能力では不相応な地位にいたからだ)、高級マンションから田舎の実家に出戻ろうとした。が、家族・親戚によって拒否された。
女のやらかした事が何もやっていない家族・親戚にまで悪意の余波として襲ってきたのだ。
女の実家には毎日窓に石を投げ込まれ、壁には落書き、悪戯電話が鳴り止む事が一度たりともなかった。ご近所や同僚達からヒソヒソと遠巻きにされるのがまだ良い方で、親戚の中には仕事を辞めたり、家庭が崩壊したりで人生が無茶苦茶になった者がいた。
疫病神同然の女を温かく迎えるなんで出来る筈もない。それ所か集団で暴行した後故郷から離れた土地に捨てられた。
女の顔はマスコミやネットで多くの人に知られてしまい、何処にいても針の筵だった。
高がゲームでと思う人がいるかもしれないが、ファファは世界中の人達に愛されたゲームだ。その中で犯罪行為を易々と遣って退ける者が必ず出る。それが世界中にいるから例え少数派だとしても百人近い狂信者達が彼女の敵だ。
そして例え狂信者ではなくても中に『犯罪者(若しくは犯罪者の家族だから)』と言う存在を、何しても許される愚か者が必ず存在する。
そしてヒルダが女の事を知ったのはとあるニュースで。
とある半グレ集団に襲われて何十人もの男達に性的暴行を受け、まるで肉塊みたいな姿でゴミ捨て場に捨てられていた。
遺骨は家族から受け取り拒否されてそのまま無縁仏として何処かの寺院に入れられたそうだ。
そして女の死を知った男は発狂、刑務所の中で舌を噛み切って自殺したと言う、何とも胸糞悪い終わりを迎えたそうだ。
「いや……自業自得にしては酷過ぎない?」
「うん。正直ネットも同情的な書き込みばかりだったから、よっぽどよ」
コレは本当に聞いてて気分が悪くなる話だ。何故そこまで惨い事が出来るのか犯人達に問い詰めたくなる。本当に女の人が哀れで……ん? 待てよ?
「……ねぇヒルダ」
「何エレン?」
「あの偽勇者『ユリヤ・メアリー・スー』……そのモデルになった女の人が転生した姿じゃあないかな?」
ヒルダは大きく目を見開いた。
「そう。そうね。私達も転生したのだから私達以外の転生者もいても可笑しくはないけど……」
「うん。もしその女の人が自分がモデルになったゲームの主人公に生まれ変わったら人生をやり直したいと思わないかい? それこそあのゲームの主人公の様にやり直したいと思わないかい?」
「うん……私が彼女だったら多分そうするかも……でも」
ヒルダは眉を下げて苦悩している。
「……結局彼女は『ゲームとしての自分』から逃れなかった、て事?」
「或いは、生前から人を洗脳に掛ける事に抵抗感がない性格だった……まぁコレは可能性の話。あの偽勇者が転生者だって証拠はない。本人はもう死体事消え去ったのだから」
お互い思わず溜息を吐いた。
偽勇者の事もあるが、何より意図せず『英雄』になってしまった僕達の今後を考えると頭が痛くなってきた。
別の短編で『ヒルデリカ』と言う名前の登場人物がいますが、別人です。ただ単にこの名前がお気に入りなだけです。
『ファーストファンタジー』の名前の元ネタは超有名なあのゲームです。どうしても良い名前が思い浮かべなかっただけで、本作とは一切関係ありません。ファンの方は御不快な思いをしてしまったら本当に申し訳ありません。
ただ、『ユリヤ・メアリー・スー』と言うゲームの内容を作成している最中に思い浮かべていたあるゲームがあります。
そのゲームはプレイしていませんが、内容がとても面白そうだったので何時かやってみたいなと思っていましたが、何故かそのゲームの新作があまり評判が宜しくないみたいで、自分で調べてみたら何とも言えない気持ちになりました。(勿論高評価している方もいました)
そんな事を思い出しながらこの作品を書きました。