< 05 この世界に就任した神 十一柱目 02 村の人たち >
ドパン!!!
大きな音がして、地面が揺れた。
びっくりして、飛び起きた。
「ごうごう」という音が聞こえる。
初めて聞くその音に、恐怖を覚える。
しかし、何が起こっているのか、俺が確認しなければならない。
村人たちの為に。
それが、村長の役目だ。
例え、多数決で押し付けられた村長であろうとも。
外へ出た。
まだ暗い。
暗い中、「ごうごう」という音が聞こえる。
膝が恐怖でガクガクする。
音のする方へ向かった。
村の北の端まで来た。
村のすぐ北で、大量の水が「ごうごう」と、音を立てて流れていた。
これほど大量の水が流れているのは、見た事も聞いた事も無かった。
「ごうごう」という音が、とんでもなく恐ろしく聞こえた。
走って逃げ出したい気持ちになった。
しかし、俺は村長だ。
震える足で踏み留まった。
決して、足が震えて動けなかった訳ではない。
数人の村人がやって来た。
皆、無言だ。
恐怖で声が出ないのだろう。
俺だってそうだ。
恐怖で漏れそうだった。
「…大…丈…夫…だ…。」
誰かそう言った。
「…大…丈…夫…だ…。」
もう一度聞こえた。
「…大…丈…夫…だ…。」
自分の声だと気が付いた。
自分に言い聞かせている声だった。
でも、何が大丈夫なのか分からなかった。
目の前で起きている事か?
漏らしそうな事か?
分からなかった。
村人たちは戻って行った。
大丈夫だと思ったのだろうか?
多数決で押し付けた村長の言葉を信じたのか?
お前たちの頭は、大丈夫か?
俺は大丈夫じゃない。
何がとは言わないが。
どれだけ立ち尽くしていたか、分からない。
下半身が冷えたら、頭も冷えてきた。
俺は家に向かって歩き始めた。
足は動いてくれた。
震え過ぎて、感覚が麻痺したのだろう。
俺は家に戻った。
しなければならない事が出来たからだ。
パンツとズボンを履き替えて家から出る。
村人が集まっていた。
もう、日が登り始めて、明るくなっている。
調査に人を向かわせる事にした。
調査に向かう者を指名するが、みんな嫌がった。
そこへ男が一人、遅れてやって来た。
そいつは「どうしたの?」と、訊いてきた。
呆れた。
「お前は、あの大きな音や、地面の揺れに気付かなかったのか?」と、言いそうになったが、ちょうどいい。
そいつに調査に行かせた。
そいつは、すぐに戻って来た。
とても慌てて、「とんでもない事が起きてる!」と、言って、大騒ぎした。
俺たちは暗い内に大騒ぎを済ませていたので、そいつの姿が滑稽に思えた。
そいつのお陰で、皆が落ち着いてきた。
調査に立候補する者たちが現れたので、その者たちに調査を頼んだ。
調査に向かった者たちは、昼過ぎに戻って来た。
「大量の水は、北から真っ直ぐ流れて来て、村の直前で急に向きを変えて、山を貫いて、その先に流れていっている様だ。」
「あの山は落石が多い。近付いてみたら、山を貫く穴の中で、落石の音がしていた。」
「やがて、落石であの穴は埋まってしまうのではないか?」
報告を聞いて、頭の中が真っ白になった。
ずっと聞こえている「ごうごう」という音で、意識が戻って来た。
そして、想像した。
山を貫く穴が埋まり、行き場を失った大量の水が、村の周りに溢れる様子を。
村の周りの畑が、大量の水で流される様子を。
何とかしなければならない。
村人全員を集めた。
村を捨てるか、村を守るか、多数決を採ることにした。
畑を頑張って作り上げた者たちが、村を守る方を選んだ。
村を守ることに決まった。
村の東側に、海まで伸びる水の通り道を作る事になった。
大変な作業だ。
鍬を何本使い潰すことになるのか、想像も出来ない。
しかし、やらなければならない。
いや、やり遂げなくてはならない。
すぐに、作業を始めた。
計画なんて後回しだ。
「とにかく、手を動かせ!」
「南に向かって掘り続けろ!」
「手を動かし続けるんだ!」
そう言って、村人総出の作業が始まった。
近くの村に状況を説明しに行き、応援を要請した。
まったく相手にされなかった。
その村の村長を、強引に村の近くまで連れて来た。
そして、流れる大量の水を見せて、「ごうごう」という音を聞かせた。
「この大量の水が行き場を失えば、お前の村だってどうなるか分からんのだぞ。」
その村長は膝をガクガクさせながら村に帰って行った。
近くの村から応援が来た。
予備の鍬も持って来てくれた。助かる。
他の村からも応援が来てくれた。
水の通り道を作る作業は、着実に進んでいった。
その後も、他の村から鍬や食料が届けられたりした。
ありがたい。
村人総出で作業を続けた。
何日経ったかなんて、誰も気にしていなかった。
ひたすら、鍬を振るった。
南へ。南へ。南へ。南へ。
何日も。何日も。何日も。何日も。何日も。何日も。
そう。
何日も。何日も。何日も。何日も。何日も。何日も。
南へ。南へ。南へ。南へ。
その日が来た。
海に繋がった!
俺たちの作った、水の通り道が!
それを知らせる者が村へ走って行く。
俺たちは海を見ながら、その時を待った。
水が流れて来た。
どんどん近付いて来る。
「来い、来い。」
誰かがそう言っている。
「来い、来い。」
「来い、来い。」
「来い! 来い!」
「来い!! 来い!!」
流れて来た茶色い水が、俺たちの目の前で海の水と混ざり合った。
「やったー!!」
「やったー!!」
「やったぞー!!」
俺たちは歓喜した!
俺たちはやり遂げた!
俺たちは村と畑を守り切ったのだ!!
あの夜から二年経った。
”水の通り道”は”水路”と名前を変えている。
長くて呼び難かったからな。
「ごうごう」と言っていた大量の水は、いつの間にかゆっくりした流れに変わっていた。
いつ、そうなったのか、村人の誰に訊いても分からなかった。
村人総出で、鍬を振るっていたからな。
村の北の、水路が急に向きを変えていた場所には、大きな池を作った。
氾濫が起きない様にと考えてだ。
今、そこには”舟”と言う、水の上を移動する為の乗り物が、沢山浮かんでいる。
これを作った事で、他の村との交流が盛んになった。
遠く、北の森の近くからも、人が来る様にもなった。
そんなところに森が在る事も、人が居る事も知らなかったが、それはお互い様だったらしい。
今では笑い話だ。
笑い話と言えば、最初に”水の通り道”を作った人。
誰かが”神”と言っていたらしいが、あの人にも困ったものだ。
”水の通り道”を作ってくれたの良いのだが、村の北で急に向きを変えた事と、山を貫いて”水の通り道”を通した事は、とんでもない失敗だった。
その失敗の所為で、俺たちは大変な苦労をさせられた。
あの時は、ものすごく大変だったが、頑張って村と畑を守れたので満足している。
今では、神という人の失敗を、俺たちは笑い話として話す事が出来ている。
水路のお陰で、この村が栄えることになった。
その事は、神という人に感謝している。
損得を考えると、まだ損の方が多いけどな。
笑い話を提供してくれた事を足すとトントンかな。いや、まだ損しているな。
数え切れない程の鍬を使い潰したからな。
まぁいいや。
今夜も、北の森の近くから来たという人たちに、あの笑い話を披露するつもりだ。
あの夜から五年経った。
村の西側に、新しい水路が完成した。
石の護岸で出来た、立派な水路だ。
この水路は、大雨で氾濫が起きそうな時に水を流す為に作り上げた。
護岸を石で作ったのには理由がある。
その理由は、これから俺たちが作り上げる物を見て、納得してほしいと思う。
あの夜から十八年経った。
村を囲う立派な石の防壁が完成した。
大勢の村人たちが協力して、頑張って作り上げた。
”あの夜”を経験した俺たちが、作り上げたかった物だ。
村の西側の水路の護岸を石で作ったのは、これを作り上げる為に、技術を磨きたかったからだ。
俺たちの努力の結晶が、目の前に在った。
俺たちは、感動した。
俺たちは、喜びの涙を流した。
俺たちは、”あの夜”の”あの恐怖”を、乗り越えたのだ。
俺は村長を引退した。
やるべきことを、やり終えたから。
そう言ったら、皆、納得してくれた。
余生は、畑を耕して過ごすつもりだ。
あの、村人総出で作り上げた東側の水路を眺めながら。
あの夜から五百年後。
神の失敗の笑い話は、今も語り継がれている。
あの村長のことも伝えられている。
しかし、”村長”とは伝えられていない。
曰く、高い防壁を作り上げ、その権勢を周囲の権力者たちに示し従わせた、偉大な男。
曰く、後の街の形を、最初に作り上げた、偉大な男。
曰く、難攻不落の都の礎を築いた、偉大な男。
そして、一番よく知られている彼の呼び名は、”この大陸に現れた最初の王”と、言うものだった。
大量に流れる水に恐怖し、その恐怖を振り払うことに全力を傾けた、あの村長の実像とは、少し違っていた。
< ??? >
私に出来ることを見付けました。
神さまのお役に立てることを見付けました。
私の中に、ある感情が芽生えます。
知識としては、知っていました。
これは、”喜び”なのだと。
私は、これまでに蓄えた力を使い、湖の端に土を積みます。
川の水の量を抑える為に。
神さまが、しようとしていた事です。
神さまのお手伝いが出来ました。
私は喜びます。
”喜び”という感情が、私の中で大きくなりました。
神さまは、気付いてくれましたでしょうか?
神さまは、喜んでくれましたでしょうか?
神さまの存在を探します。
神さまの存在を探します。
神さまの存在を感じられませんでした。
神さまは、私のしたことに気付いてくれていない様です。
私の中に、ある感情が芽生えます。
知識としては、知っていました。
これは、”悲しみ”なのだと。
私は力を集める事にします。
次の機会があった時に、神さまのお役に立てる様に。
次の機会があった時に、神さまに喜んでいただける様に。
次の機会があった時に、神さまに気付いてもらえる様に。
”悲しみ”とは、これほど苦しいものなんだと、初めて知りました。
知識としても、知りませんでした。
私の知識は十分ではない様です。
力だけでなく、もっと知識も集めることにしましょう。
私は、力と知識を集めます。
これは、”苦しみから逃げている”のだと、感じながら。