北十五条東一丁目・作【白銀のヘカトンケイル】
長らくお待たせ致しました。久々の投稿ですが宜しくお願いします。
月が変わり、気付けば秋の気配はあっという間に消え去りハロウィンだのと世間が騒ぎ出す頃、俺は少し離れた駅の構内で待ち合わせの時間を潰していた。理由は……新しい担当編集者との顔合わせである。
担当編集者が変わる、と聞いて俺は一瞬(まさかセクハラ疑惑!?)と身に覚えのない冤罪を想像したが……まあ、担当者だった秋山さんのたわわな壮丘を見るなって言う事自体が攻略不能な無理ゲーだと思うんだが……つまり、俺は無罪だ。
……だが、問題は次の担当編集者が誰か、である。ちなみに「月刊・WEBヨモ」編集部は女性ばかりだから、きっと次も女性だろう。
しかし……俺みたいな上昇気流に乗らない作家に付けられるのは、たぶん新人か、もしくは現場にまだ馴染めない中途採用者だろう。気難しく無くて人当たりは柔らかだが、重荷になる金の卵なんて産まない。そんな奴ならば、適当な肩慣らしにはうってつけだろう。
それはともかく、今日がその新人担当者と挨拶の日なんだが……待ち合わせ場所のチェーン店の喫茶店へ30分も前に到着している俺は、もしかして暇な奴だと思われていないか? そう危惧しながら二杯目のコーヒーを注文しようと手を挙げ掛けた時、
「あ! もうお待ちだったんですね! 失礼しました!!」
ありゃ? 前担当者の可愛らしい丸顔で巨乳メガネの秋山さんが、ユサユサとスーツの上着に押し込んだ胸元を容赦なく揺らしながら現れたのだ。
流石の俺も事態が把握しきれず困惑しかけたが、彼女が後ろに女子校生らしき人影を連れて来ている事に気が付き、後輩に職場見学でもさせているのかと思いながら、手を振って答える事にした。
「お久し振りですね! お元気そうで何よりです!」
「ありがとう。君も新しい担当者には慣れたかい?」
「はい! 最初は取っ付き難かったんですが……」
お互いの質問に答え合いながら、俺は後ろに控える人物を然り気無く観察してみる。
年齢は……どう見ても高校生より少し上に見えるが、それは秋山女史のボリューミーなスタイルと比較してしまうからであって、若さなりの女性らしさは持っている。しかし秋山さんが黒髪をキチンと束ねて纏めているのに対し、連れの女性は明るめに染めたショートカットだから、やっと社会人なのかと思える程に若く見えてしまう……ハッキリ言ってしまうと、高校生の自分の娘より背が低そうだ。だが二人ともグレーのレディーススーツを着ているから、多少はそれで補正フィルターが掛かっているんだが。
「……ねえ、センセ! 聞いてます!?」
「んあっ? あー、すまん。違う事考えてた」
「もう……私と居る時は、私の事だけ考えてください♪」
「……えっ!?」
「ふふ! 冗談ですよ~!!」
前担当の気安さか、秋山女史のジョークに狼狽える振りをすると彼女は実に楽しそうに笑ってくれた。
……但し、後ろに控える彼女は、お地蔵さんみたいに固まっていたが。
「あ! そうです!! 今日は引き継ぎでご挨拶に来ただけで、直ぐに行かないとダメなんでした!!」
唐突に思い出した秋山さんはそう言いながら、
「こちらが次のセンセの担当、清水 雪美さんです!」
勢い良くばるんと胸を弾ませながら振り向いて、後ろの清水さんを前に導いて紹介してくれた。
……ん? 何なんだ、この沈黙は……?
「…………あ、あ……始めまして……し、清水です」
かなりの間が空いてから、恐々と絞り出すような声で挨拶する彼女に、俺は内心どーしたもんか、と悩んでしまった。
※※※※※※※※※※
明るく笑顔で去っていった秋山さんの代わりに、全く喋らない清水さんと取り残された俺は、今まで蓄積してきた対人スキルを全投入して対応する事にした。
「……清水さん、だったっけ? そんな固くならなくていーよ」
「……あ、はい……」
こりゃあ、難敵だな。緊張してカチコチな上に怖がりなのか? 自覚しているが、確かに俺の見た目は……怖いか。
仕方ないと諦めて、彼女との親睦を深める事に出来るだけ努めよう。彼女にはこれから暫くの間、お世話になるんだし。
「仕事の話は後でも出来るからさ、今日は少しでも清水さんの事が知りたいな。いいかな?」
まるで年下を口説いているみたいだが、打ち解けるには喋らせた方が早いもんだ。下心が有る訳じゃないからな? っと、俺は誰に言い訳してるんだか。
「……は、はい」
そう答える彼女とキチンと向き合って話す為に、ウェイトレスを呼んで追加注文をした。
「あー、やっぱり中途採用だったんだねぇ」
「……直ぐ、判りました?」
「いや、直ぐには判らなかったけどさ、立ち居振舞いがしっかりしてるし、言葉遣いも丁寧で礼儀正しいからね」
何とか雑談し、少しづつながら打ち解けようと努力した結果、自分の事も話してくれるようになった。見た感じそのままだけど、それとなく彼女を誉めてみると意外にもへにゃりと脱力したように笑いながら、
「あはぁ……そ、そうですかねぇ~!?」
今までの緊張していた姿が嘘のように態度を軟化させて、照れながら小さなテーブルに身体を預け、
「あっ!? す、すいませんダラけ過ぎですよね!!」
そう言いながら直ぐに身体を起こし、照れ笑いしながら、ホッとしちゃって油断しました……と詫びたのだ。
……くそ、何だよ! ……結構、可愛らしいじゃねーか。
「いーよいーよ、俺の担当に慣れるまでは、実家でおとーさんに愚痴るつもりで話していーからさ」
俺は彼女を安心させる為に、いつもと変わらぬ調子で言ったのだけど、清水さんは一瞬だけ間を置いてから表情を変えずに、
「はい、そうさせていただきます!」
そう答えたんだが……もしかして母子家庭だったか? いきなり地雷踏んじまったかなぁ……。
危惧する俺を余所に、しかし彼女は調子を変えぬまま、それじゃ早速仕事の話を、と切り替えてタブレットを取り出した。
【いにしえの昔からヒトは最後の切り札を、常にその身に備えていた。
それは【素手】での攻撃。しかもヒロインの才能はその威力を確実に高める方向に恵まれていた。
ならば無双してヒャッハ~ッ!!になるかって?いやいやそれはない。主人公は泥に塗みれ、辛酸を舐めた末に殺伐としていくのだけど……根底に流れる確かな成長と出会いは彼女を育み、更に強くしていく…。
……タイトルが人気ジャンルに成り得ない?話に救いが無い?そんなの関係ねぇ!!軟弱なチーレムが霞む程のダークファンタジーに酔いしれたいなら、是非に読むべき良作である。
自らを追い込み、更なる成長を目指す健気な細身の銀髪少女……これを読まずして拳で切り拓く拳聖成長譚を語るなかれ。
読む者に必ず何かを残す作品であり、なろうに無くてはならない必然作だと断言する。しのごの言わずに読めッ!!
この作品は生まれるべくして発生した、必読の良作と思い知れ!】(レビュー文から転載)
「……えぇっと、言いにくいんですけれど、このレビューを読んでもあらすじや設定が全然判らないんですが……」
ココアなんちゃれみたいな飲み物を一口飲んでから、清水さんが眉を寄せつつ話し出す。
「銀髪の少女が、拳一つで戦って成長するお話だってのは判りました。でも、それ以外は敵がどんなのか、味方は居るのか、舞台になる世界の環境はどうなのか、全く判らないですが……」
見た目の幼さから一転し、たった四百文字の文章を精読しながら少しでも理解しようと努力する姿は、やはりプロフェッショナルだ。
「そうだねぇ。これを読んでレビューしたのはかなり前で、今はまた異なる展開になっているから、それを加味して書き直さないといけないかもね」
そう俺は同意しながらも、レビューした当時の気持ちを思い出しながら説明した。
「……でも、この作品の魅力は、本当にそれだけでは語り尽くせないんだよね」
そこで一旦言葉を区切り、時計を見ると気付けば夕刻過ぎ。このカフェは駅に近く、経営母体がアルコール飲料も扱う会社だから、当然ながらお酒も扱っている。所謂バルの形式で酒も楽しめるのなら、今からは大人時間で悪くないよな?
「すいません……これとこれ、あと、これをお願いします」
俺がウェイトレスを呼び止めて、メニューからアルコールと幾つかのおつまみを注文する様子を見た清水さんは、スマホを取り出すと会社に連絡しているようだ。
「……あ、失礼しました。会社に直帰する旨、連絡してましたから……さあ、これで大手を振るってお付き合い出来ます!」
くどいようだが、見た目は女子学生な清水さん。別に付き合わなくても構わないんだが……ま、いいか。
俺は作品のレビューについて、当時の感覚を思い出しながら説明した。
あの時は、作品のタイトル(当時は【鉄拳少女の地獄旅】と言うセンシティブな題名だったのだ)について、賛否両論な感想が多く、≪そんな細かい事なんぞ気にするな!! この作品の良さはタイトルの先に有るんだよ!!≫と結構感情的になっていたもので、自然とレビューにも【黙って読め】的な攻撃感が強かったのだ。同時に、多くの投稿作品に見られる読者ファーストな歩み寄りよりも、作者の主人公に対する個性の蓄積が、話が進みにつれて、目に見える層となって確立されていく過程に注目して欲しかったのだが、四百文字では伝えきれなかったのだが……。
「この作品を初めて見た時は、随分と変わったタイトルだなぁ、と思いながらあらすじを読んだんだ。するとね、どうやらタイトル通りの内容だと判り、世間の風潮とは逆に読書欲を掻き立てられてね……気が付けばレビューを書き、タイトルはこのままでも俺は読む! と宣言したもんだよ」
と、俺はそこで一息ついてから、続きを話した。
「女性主人公にありがちな脆弱さは序盤だけで、章が進めばアクションの文章表現は更に尖鋭性を増し、他の登場人物からかけ離れた強さを発揮していくんだが、戦う相手も他に類を見ない強力な敵が次々と現れて展開していく。けれど、卓越した文章力が下地に有るからこそ、破綻せず続いていくんだ。そこは正に良作と呼ぶに相応しい作品だと思うよ」
そこまで話し、清水さんの反応を見ると、何か納得出来たようで、
「判りました! 機会を見て是非読ませて頂きますね!」
と、心地好い返事をしてくれた。良かった良かった……。
「……で、今はこの作品をどんな風に捉えているんですか?」
気付けば彼女はいつの間にか、かなり強めのカクテルを注文し、一口飲んでから聞いてくる。いやはや、いくら直帰するからとは言え、随分とお強いようで……
「うん、基本的に主人公の成長と、平行して語られる内面的な自己解放の経緯が他の作品と一線を画する所だね」
「自己解放、ですか? それって精神的な成長とかですか?」
彼女には、かいつまんであらすじを説明してあるので、切り込んで聞いてくるもんですな。
「いや、それとは若干違うんだ。主人公は特殊な手段で有る一定の感情しか発露していない状況が長く続いていくんだが、それが話数が重なるにつれて、薄まっていくとより人間らしく成長するって感じかな?」
「ふぅん、そうなんですか……でも、それは青年から大人に変わっていく成長と、何が違うんでしょうね」
全話読んでいる訳ではない清水さんに説明するのは、少し難しいかもしれないが、噛み砕いて教えるのもネタバレになるか……ま、それは避けたいな。
「そこは少しでも読んでみて、自分なりの解釈で理解してもらいたいね。俺はその解明も、これからの話で更に解説されていくらしいから同時進行で楽しんでもらいたいしね」
そう説明すると、清水さんは確かにそうですね、と返答しながらタブレットの画面を目で追い、それにしてもと前置きしてから、
「かなりの話数で、手強そうです……でも、序盤の流れはキャラの成長がメインですから難しくないし、ヒロインの独特な感情の起伏が良い刺激になって興味深いですね!」
そう言ってカクテルを飲み干すと、次の注文をする為に手を挙げてウェイトレスを呼び止めて、新しいカクテルを……って、飲み過ぎじゃない?
「……あ、気になります? これはマンダリンって言って……」
「いや、カクテルの種類じゃなくて、清水さんってお酒強いんだね……」
俺が正直に言うと、彼女は少しだけ困ったように笑いながら、
「んーと、家系って言えばいいんですかね……お母さんもお酒の仕事してましたし、私も必然的に強くなったみたいな……」
そう告げる彼女の言葉には、やはりお父さんの話は出てこなかった。まあ、敢えて尋ねる必要も無いか。
「で、この話はこれからどうなるんですか?」
「うん、様々な出会いを重ねながら、自らの恩人の敵討ちを主人公は果たす為に、常識外れな戦いを選択し続けるんだけど……その破天荒さにも注目するべきかな? 結構ビジュアルにしても十分通用する感じだけど、俺はそう思うよ」
俺の説明に満足したように頷きながら、清水さんは再びカクテルを飲み干して、
「了解です! では、改めてこれからも宜しくお願いしますね!」
小さくて細い指先を束ねながら、俺に向かって突き出した。
「こちらこそ宜しくね」
俺は彼女の手を握り返しながら、次のレビューの予定を伝えてアドレス交換をした。
……それにしても、全然顔色も変わらないもんだなぁ。
作者の北十五条東一丁目様、リレビューに快諾して頂き誠に有難う御座いました。