さすがに『枠』が一杯らしい
作者は乙女ゲームをやった事はありません。
バタバタバタバタ
バタバタバタバタ
誰ですか?校内で走っているのは?
ここは学園内の一番奥、私が最上級生で学年主席でもある特権で、占有を許されている個室です。
壊れるのではないかという勢いで、扉が開かれました。
侍女達が素早く身を引きましたが、ぶつかったらケガをしそうです。
「「ジェラルディン・エスメラウド!」」
おや珍しい、二人同時ですか。
「真面目に仕事しなさいよ!」
「そうよ!あんたが苛めに来ないから、ストーリーが進まないじゃない!」
「「え?」」
ノックも無しに室内に飛び込んで来た、無礼な娘達は叫んだ直後に、お互いに顔を見合わせました。
あぁ、彼女達はそれぞれ別々の扉から飛び込んで来ました、いくら何でも廊下を並走していたなら、お互いの存在に気が付いたことでしょう。
「「なによ?アンタ!!」」
まぁ、息ぴったりですこと。
バタバタバタバタ、ガチャ!バタン!
「ジェラルディン・エスメラウド!ちゃんと悪役の仕事をしなさいよ!」
三人目ですか、今日は千客万来ですねぇ。
初めまして、ラスボスでございます。
あながち冗談でも無いんですのよね、前世で八百万ダウンロードと言われた乙女ゲームの中では、プレイヤーにそんなあだ名で呼ばれておりましたから。
あくまでも攻略上の国内最高の立ちはだかる壁としてですよ、攻撃されても最終形態などありません。
五人いる正規の攻略キャラに対して、それぞれ五人の婚約者が存在します。
私は一番身分の高い王太子レオナルド殿下の婚約者、自身も五人の姫君達の中では一番身分の高いエスメラウド公爵家の長女でございます。
燃えるような深紅の髪と、家名の由来になったエメラルドの様な緑の瞳。
そして、ゲームの中では普通のアニメ顔だったものが外国人俳優で実写化したような彫の深い顔立ちに、転生を自覚した時は鏡の前に崩れ落ちそうになりました。
私自身はこのゲームをやっていませんでしたが、よく知っていました。
前世の私は大学病院小児科病棟の看護師でした。
えぇ、教授方や医師の指示の下看護師の職務として、あちらこちらに医療機器のある病室内で、スマートフォンアプリで遊ぼうとする、入院患者、保護者、見舞客にゲームを止めるようにと口を酸っぱくして注意する立場だったので、ずいぶん嫌がられたものです。
夜間に布団の中で隠れてゲームしていたなら問答無用で没収ですから。
子供達からの扱いとしてはラスボスではなく、ゼーゼマン家の女性執事でしたね。
入院患者の子供達がゲームを我慢出来ないのは理解できなくもないですが、付き添いの親御さんとお見舞いの方は、病室に何をしに来ているのかと呆れてしまいます。
点滴に使う輸液ポンプ一つをとっても狂いが起きたら命にかかわるのに、ねだられて子供にゲームをやらせてあげるのでは無く、自分が我慢が出来ずにスマホに首っ引きになって、回診で訪れた准教授に『子供を殺す気か!』と追いだされていました。
そんなに面白いモノだったのですかねぇ。
まぁ、乙女ゲームに限らず、他の内科や外科の病棟でもスマホ依存ネット依存の患者さんの問題行動は話題になっていましたしね。
「私がこの世界のヒロインなのよ!」
「何の証拠があるのよ、勘違いもはなはだしいわね!」
さて、先程の三人は現在は二人が取っ組み合いの喧嘩中で、残りの一人は私に飛びかかって来ようとしたのでエスメラウド公爵家の護衛に取り押さえられました。
「何でこの部屋にこんなに人が居るのよ、離しなさいよっNPCの癖に!」
「離す訳があるか!公爵家のお嬢様のお部屋に、訪問の許しも得ずに押しかけて来た挙句の罵詈雑言、お嬢様に危害まで加えようとした不逞の輩めが」
国家の要人の婚約者ですから、当然のこと王家から騎士が差向けられています、それとは別に実家である公爵家から護衛と侍女がどこへ行くにも付いて参ります。
プライバシー?私には縁遠い言葉です。
ゲーム内では『ヒロイン』が入学してから、細かい出会いイベントが続きまして。
一学期の中間考査それも筆記では無く、魔法と体術の実技試験の時に『ヒロイン』がケガをさせられる事件が起きて。
王子様達、五人の攻略対象の誰かにお姫様抱っこされて救護室に運んでもらって親密度?を上げて、今後の流れが決定づけられるのですが。
現実には身分と言う厳然たる壁があって、まず日常の学園生活が建物が別で、王太子様達の姿も見られず声も聞けません。
最初の大きなイベントは、五人の『悪役令嬢』達は上級貴族用の別の会場で、『ヒロイン』を自称又は自認している彼女達のような、庶民と下級貴族達とは全く接点も無いまま、事故も起きず『無事』に終了いたしました。
まだまだゲームの初期ですから、地道に挽回する方法もあるのですが、ストーリーが順調に進められなかった時の救済措置が、王太子様ルートでは試験終了から一週間の間に使えたのだそうで、コツコツ努力をするのを嫌った、短絡的な娘さん達の多いこと多いこと。
その救済措置も、この女子生徒特別区に迷い込んだ『ヒロイン』が開いた、五つの扉その先に居る令嬢に迂闊な発言をして、後々まで意地悪される原因になる、と言うもので。
あんな全力で、宣戦布告をしに来るような突撃をしては、台無しでしょうに。
殿下達五人の攻略対象が、揃って二年前に舞台である高等部へ進学してから、毎年この時期には自称ヒロインが大挙して押しかけて来ます。
そもそものゲームの設定がまずおかしくて、一年生のはずの『ヒロイン』と三年生の『攻略対象』では、習得済みの学習内容が異なる訳ですから、実技と言えども学年が上がれば試験の難易度が上がり、同じ庶民同士でも、学年ごとに試験会場は別です。
その他にも私ジェラルディン・エスメラウドが在籍しているのは、王都学園の『魔法学部』です。
騎士団長の子息であるドミニク様とブロワ辺境伯家のエリザベート様の所属は『騎士学部』で建物が別です、馬やワイバーンを飼育する為には広大な敷地が必要で、学舎は王都郊外に建てられています。
騎士とは、馬や竜等の騎獣に乗るからこそ『騎士』なのです、そして騎獣は生き物ですから飼育係に任せっぱなしでは、拗ねてそっぽを向かれることでしょう、言葉を選べば『絆』が弱まるのです。
ドミニク様を攻略するのにはまずご本人様がいらっしゃらず、その婚約者であるエムソン伯爵家ソフィア様は通称『花嫁学部』と揶揄される貴族の女子だけの教養学部でこちらも接点がありません。
それでも
『おかしいじゃない!どうしてドミニク様が校内にいないのよっ?』
と、立ち入り制限をくぐり抜けてソフィア様に食って掛かる娘さんもいて、学内の職員か伯爵家の護衛達に教員室や指導室へ連行されていました。
え?騎士団長のご子息が騎士学部でどこがおかしいか?ですって?
それが、ゲームではドミニク様は騎士学部ではないのです、お父様ご期待に応えられずに、無理な鍛錬で身体を壊して挫折なさって、うじうじなさ・・・もとい、そのコンプレックスを『ヒロイン』に付け込ま・・・ではなく、慰められて知人から友人に昇格するんですけど、
ドミニク様ご本人が、前世はトレーナーとしてスポーツ力学と理学療法士の資格を修得していらっしゃる方でして、お父様の指導を鵜呑みになさらないばかりか、成長途中の子供の身体に根性論で無理を強いるのはナンセンスだと論破したそうですの。
幼いドミニク様だけでしたらその主張は通らなかったでしょうが、彼のお母様で騎士団長様の奥方様が中身が『大阪のおばちゃん』だったそうで、いえ比喩表現では無く本当に・・・怒涛のマシンガントークで言い負かしてしまわれたそうですの。
現在のドミニク様は騎士学部では学生の身でありながら、指導教官としても扱われているそうです。
宰相様のご子息ブライアン様は内政官を養成する『法務・経済学部』で同じ敷地内ですが、彼の婚約者であるエリザベート様がいらっしゃいません。
ライバルがいなければブライアン様にアプローチし放題だと、最初は喜ぶようですが上手く事を運べないらしくて、壁の薄い寮の居室や建物の陰で、
『うまくいかないのはエリザベートが居ないせいだー!』『役割を果たせー!』
とか、辺境伯家の令嬢を呼び捨てかつ大声で中傷誹謗するものだから、舎監や教員に指導を受けます。
エリザベート様のご気性を考えれば、攻撃して来る相手は命以外の保証はありませんけれどねぇ、こちらの刑法には連座と言うものが存在するので、軽挙は控えて頂きたいものです。
ヒロインが入学した時がゲームの開始らしいのですが、一昨年などは本来最高学年の在校生として彼女達を迎えるはずの殿下方も新入生で、主席入学したブライアン様が新入生代表で、挨拶の為壇上にお立ちになった時には、入学式会場がどよめきました、そこで気が付いて下されば良かったのに。
ゲームの通りなら最高学年の代表としてレオナルド様が歓迎の祝辞を述べられる筈なのですから。
当然のことながら私も新入生です。
当時この個室を使用していらしたのは当然三年生で、王妹カッサンドラ姫様でした。
王族女性の警護は、公爵位の私ごときとは比べ物になりません、警護を任されている騎士達が大勢で扉の前を固めているというのに、『多少の誤差があるけど大丈夫』と意味不明の理屈で突撃を敢行して、身柄を取り押さえられました。
カッサンドラ姫はゲームに登場しない方のせいか、前世の記憶などはお持ちでないようでしたから、説明もかばうことも出来ませんでした。
え?それなら今年は危ないのではないか?
この世界は子供が成人まで無事に生きられるとは限らないのですよ。
不慮の死や婚約破棄に備えて、王侯貴族の婚約はあくまで予定です、どんな事態になっても対処出来るように準備をしているものです。
どんな準備をしているのか?ですって? フフフッそれは内緒です。
でもわざわざ知らせに来て下さって、ありがとうございます。
この世界とゲームは少しずつ違いがあるのだけれど、回想エピソードに出てきた、五年前の穀倉地帯である東のスカウド平原から始まる飢饉に繋がる麦の病気も、三年前の大雨とそれによるポルサン大河の氾濫も実際に起きかけたのです、幸いにも対処が間に合いましたけれどね。
私達にはゲーム内容の詳しい記憶はありませんでしたので、一昨年からゲームを何周もプレイしている、マニアな方々の身柄をたくさん確保出来て大変助かっておりますのよ。
中にはシーズン4までコンプリートした、という方もいましてね、レオナルド様やブライアン様を通せば貴重な情報を有効活用出来ます。
貴女も今年職員として採用されたばかりでしょうけれど、その知識や技量を活かしてみる気はありませんか?
雇用条件に希望があるなら・・・
バタバタバタバタ、ガチャ、バタン!
「ジェラルディン・エスメ・・・キャアッッ ちょっと何するのよ!」
ふぅ、レオナルド様は、おモテになりますこと・・・
それでももう毎年恒例ですから、学園側も慣れたもので『思春期の少女特有の心の病』的な扱いになりつつあります。
殿下達が卒業しても、来年またお姿を探して大騒ぎするでしょうしねぇ。
なぜ、こんなに自称『ヒロイン』が多いのか?ですって?
私にも本当のところは分かりませんが、乙女ゲームのヒロインには『名前』が無いからだと思いますよ。
プレイヤー本人が名前を入力して、身分は子爵・男爵・騎士爵の中からランダムで決まるでしょう?
中世ヨーロッパ風の世界なのに、自分の名前をそのまま入力して『絵美香』とか『百合子』とか、名付けている子達もいましたし。
わが国の貴族社会は、上は細く裾野は広いピラミッド型です。
ヒロインが子爵・男爵の設定ならば、妾腹の生まれで下町の平民として育ち。
騎士爵ならば、親世代が存命している内は貴族ですが、貴族家の嫡男に嫁ぐのでなければ、独り立ちと同時に平民となる。
その様な設定の筈ですが、この条件に該当する女性はこの国では、相当数いることでしょう。
院内学級ってご存知?病院内に有る分校のような物だけど、季節の行事で劇をする時、配役枠が足りなくてマリア様が五人その旦那さんも五人、お祝いを告げに来る天使も五人という事になったものだったわ。
あくまでも私の勝手な推測ですけれどね。
ゲームでは『主役』と呼びながら、彼女の視線で世界が映されるので、はっきりした姿かたちが描かれないでしょう?
むしろ悪役と脇役の方が、ハッキリした名前も姿も与えられています。
現実にはエスメラウド公爵家のジェラルディンは、私一人です。
全世界で八百万もダウンロードされていたゲームのユーザー、そして、CMなどで知っているだけの私のような者がどれ程いたのでしょうか。
事故や事件、又は病気や老衰で亡くなったとして、全員が全員転生しなかったとしても、演劇の舞台で例えるならば、役者が多いのに『配役』には限りがあったからかも知れませんよ。
主要な登場人物が、攻略対象が五人、悪役令嬢が五人、それぞれの貴族家の家族や使用人、学校の教師と生徒達、王宮や王都で働く騎士達、『ヒロイン』の生まれ育った下町の住人(私はここら辺の役回りが良かった)挙げれば結構な数になりますが、それでも限りが有るでしょうから。
一番人気のある『役』を増やしたのではないかしら?
世界的に有名な勇者が魔王を倒すゲームが、カセット式のゲームから初めてネットゲームになった時、使えるキャラクターの選択肢が性別✖4~5種類の種族しか無かったのです。
選択肢が多くないと言う事は、人気のある同じ顔と姿のキャラクターがうじゃうじゃいて、見分けがつかなくなるのではないかと心配したものです。
カセット式の時は装備を変更しても、フィールド画面の中で一列行列している時は姿が変わらないので。
ゲームクリエイターに転身した某有名漫画家さんがキャラデザインしたあのゲームですが、「ネットゲームは画面の向こうに、NPCではない他の参加者がいるのだから自分勝手な事はしない様に」と言う注意書きなどされていましたが。
乙女ゲームユーザーの場合は、ゲームにログインして自分と同じ姿の人間がそこら中にいたら、ニセモノ呼ばわりしそうだなぁと思った訳です。