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シリアスシリーズ

おせっかいティーチャー


 ツッコミは おせっかいに入るんでしょうか。

 作者、それを取られると生きていたくありません。




 子供の教育に お困りの奥様へ。吉報だ。

『救世主』が現れた。真っ昼間から堂々と、恥を知らずに。

 人は彼女を こう呼んでいる。



『 おせっかい ティーチャー 』と……。



 俗に言う、『引きこもり』。

 部屋から一歩も出てくる意志の無い人間を言う。子供なら登校拒否といった所だ。

 理由は個人それぞれで、いじめか、面倒臭がりか。他にも ごまんとあるだろうが、だいたいそんな所だろうか。


 槇村(まきむら)菜湯(なゆ)は ため息をついていた。

 西洋風に小洒落(こじゃれ)たオープンカフェの奥の、カウンターからは一番遠い席。スラリと伸びた綺麗な脚を組み座り、大人の女性を意識して、腕を軽く組んで白く小さく丸いテーブルの上に置いていた。

 目の前のコーヒーカップには黒い水 もといコーヒー。朝なので砂糖を入れて糖分を体に摂り入れる。

 タバコは吸う。でもマナーは守る。

 落ちているゴミは拾う。近所の奉仕活動は絶対に遅刻しないし、ちゃんと行く。ゴミの日はきちんと守る。

 テレビのニュースは民放嫌い。ドラマは観ない。

 音楽は洋楽かクラシックしか興味が無い。

 人付き合いは苦手な方だ。あまり話しかけたりしたくない。


 菜湯は、どちらかといえば潔癖であった。

 しかし。


 好きな人が居た。


 今、待ち合わせている。

「お待たせしたね。真央」

 片方の手で“キツネ”の形を作り、「コーン」と鳴いてみせた。

「真央って誰。私は『菜湯』よ、高理(たかり)

「ああ、さっきフィギュアの大会結果観てたから。適当に呼んじゃった」

 はははと笑いながら菜湯の真正面の椅子に腰かける。

(適当すぎ……)

 菜湯は頭を抱える。いつもこうなんだと、諦めている。


 島村高理。25歳。冬生まれ温室育ち。

 女だが、男のように振る舞い 力によって支配しようとする。俺のオーラは金色だぜと言いふらしている適当な性格だ。

 タバコは吸わないが、吸っている奴は容赦なく追い払う。自分の肺を守る為に。

 近所の奉仕作業には気が向いたら行くが、弁当を持参する。

 テレビはアニメと時代劇しか観ない。

 音楽って何。

 人付き合いは自覚が無い。気分による。


 思考や理屈は苦手であった。思った事をそのまま口にする為 理解に苦しむ。

 しかし。


 結構、人からは好かれている。


 菜湯も、その一人。

 自分と正反対な気質な割には上手くいっていた。知り合ったのは高校時代、同じ演奏学部に所属してい……たのは、3日間だけである。

 本人曰く、「サックス吹いてみたかったから」だそうだが、楽譜を読む事に嫌悪を感じて見切りをつけたらしい。そもそも「音楽って何」と言っている時点で気づけよ、と菜湯は思っていた。

 そこから不思議と縁があり、菜湯と高理は他にも委員会や体育祭などのイベントで一緒の種目になったりなど、繋がって、繋がって……。


 現在に至る。


「悩みって何さ。そんなナスかピーマンみたいな顔をして」

 あごをテーブルにつき、手を下にブラブラとさせている。

 行儀が悪いってばと思いつつ、菜湯は また ため息をついた。「ごめん高理。意味わからない、ナスの」

「あー、青い顔って言いたかっただけ」

 話が進まない。菜湯は返事をせず、次の本題へ入った。

「ちょっと知恵を貸してもらいたくてね……高理。あんまりアテにはしてないけど、とにかく脳を刺激しようと思ってさ。考えても煮詰まるばかりで」

「ふうん。まあいいけど。ちょうど俺も菜湯に会いたい頃だったし」

 オヤ、と菜湯は反応した。ちょっと嬉しかったかもしれない。変な意味では無く。

「知り合いのとこづてのお家の子なんだけどね……」

 菜湯は簡単に説明した。


 小学校で、トイレに閉じ込められたり靴箱に生ゴミを入れられたり机に油性マジックで落書きされたりネットで中傷されたりと。

 屈辱的な いじめを受けていて、名前をシホといった。

 その為、登校を拒否し全く行かなくなってしまった。

 母も父も最初は懸命に優しく部屋の外から呼びかけるも会話にすらならず。部屋からは一歩も出てこなくなってしまったという。

 父は仕事に逃げ、母は弱り神経も参ってしまって。

 誰もシホを相手にしなくなってしまった。


「その子の担任の先生が私の友達なの。で、相談受けちゃってさ……どうしたらいいんだろう、って。ねえ、高理はどう思う?」

 両手を組み、チラッと前の高理の機嫌を見る。高理は耳に小指を突っ込んで耳穴の中を掻いた後、フ、と突っ込んでいた指を吹いた。

(高理……)

 もう何も言うまいと菜湯は目を伏せる。

 すっきりした顔で高理は言い放った。


「俺が行ってやろうか?」


 ……。


 菜湯は「は?」と顔を しかめた。



 高理は言い出したら聞かない。なので仕方無く菜湯はシホという子の家の住所を友人に聞き、向かう事にした。

 徒歩で充分行ける距離。2人は横に並んで大通りを歩く。道路に沿って街路樹が、歩道に沿って商店が並んでいる。

「行って何するつもりなの高理。まさか無理矢理押し入ろうってんじゃ」

「無い無い。人ん家だぜ。無礼だろ」

 ならいいけど、と菜湯は またため息をつく。これで何度目だろうかと考えながらも つい出てしまうのだ。

「そうそう、菜湯。馬券当てたんだ。今夜ラーメン食べに行かない?」

 誘われた菜湯は「何でラーメンなの」と聞き返す。

「地元で美味いトコって あそこしか無い」

 冷ややかに高理は言った。高理の絶賛する『あそこ』とは、菜湯と昔からよく行くラーメン屋。菜湯も味には唸るほど納得していた。

「落ち着くし、慣れてるし、美味いし。最高のディナーでしょ。わざわざ高いトコ行って不味いかどうかもわかんないの食べて気を張って疲れたいわけ」

 ズバズバ言われている。

 菜湯は「はいはい、わかったわかった」と高理をなだめた。


 いつもこんな調子。しかし、本質を見抜く。

 菜湯は それが うらやましかったのだった。


 さて、馬券を当てて上機嫌らしい高理と一緒に菜湯は。庭付き一戸建て、駐車スペース2台、年収は300万円ぐらいだというのはただの憶測に過ぎない家に着いた。ココがシホという子の暮らす家である。

 玄関のチャイムを鳴らし、2人は事情を話して中へ招かれる事になった。

 出てきたのは母親だった。とても線の細い体質と声。たくましさからは ほど遠い。

 引きこもりの子供を持つ親とは、こんなにも痩せてしまうのだろうか。菜湯は いたたまれない気分になった。

 母親の話を切々と聞けば聞くほど、帰りたくなってしまう……。

「あの子は本当は、明るい いい子なんです……」

 和室に通され湯のみに注がれたお茶を正座して飲みながら、かける言葉も無く菜湯は黙って聞いていた。内心、隣で同じようにお茶を飲んでいる高理に「どうすんの」と思いながら。

 お茶を飲み終わった後 湯のみを置いた高理。

「んじゃ、行きましょか」

 そしてスックと立ち上がる。

「高理?」

 菜湯も母親もキョトンと、立ち上がった高理を見上げた。

「子供さんの部屋は何処」

 言われて「は、はぁ……」と母親は慌てて2階へと高理を案内していった。


 嫌というほどでも無いが、奇妙な予感が菜湯にはした。


 暗めの廊下。白い木造のドアに かかっているプレートには、『SHIHO』と。その前に3人は並んで、まず母親がシホを呼んだ。

「シホちゃん。お客さんよ。学校の先生のお友達の方たち。シホちゃんの事を心配して、見に来て下さったの……」

 か細い声で、トントンと戸を叩く。しかし返事はドアの向こうから返っては来なかった。

「居るんですよね。間違いなく」

 菜湯は心配そうに母親に確かめる。「はい……」

 玄関に子供くらいのサイズの靴があったのを菜湯は思い出した。外には出ていないだろうと、勝手に予想する。

 やはり、引きこもりか。返事すらしないという。

「シホちゃん……」

 母親が小さく呼びかけ続ける。

 すると、部屋の中からカタンと音がした。物を落とした音だった。

 中に居るのは間違いないと、菜湯は確信したが だからといってどうする事もできず。目は高理へと移っていった。


 すると突然だ。

 高理はぺタぺタとドアを触ったかと思ったら。「せえの」



 バキィッ!!



 ……。

 蹴ってドアを破壊した。

 ドアがヤワだったのか高理の足が最強だったのかは不明。ドアは割と簡単に、高理の一蹴りで蝶番が外れて中へバタンとそのまま倒れた。ドアの真ん中には高理の足ほどの穴が開いている。そこから少し木くずが飛び出し外廊下に散った。

 呆然とする母親と……「高理ぃい!」。

 パニくる菜湯。真っ赤な顔でグシャ、と両手で激しく髪を掴みつつ頭を抱えた。

 そして すぐに菜湯は高理の襟首に掴みかかる。

「何やってんのよおおっ!? 押し入らないって言ったじゃ」

 掴む手はブルブルと震えている。一方 高理は、菜湯よりも部屋の中に目線を向けていた。


 昼間で明るいが何となく薄暗い部屋の中で。

 ベッドの上の隅の隅に、白いシーツを頭からスッポリと被り縮こまっている少女が居た。すぐ側には携帯電話と、食べかけのポテチの袋がバックリ開けられた状態で置いてあった。恐らくは慌ててシーツを引っ張り出し身を隠しているのでは、と一同は思った。

「さて」

 高理はフームと唸った。後の事を考えて無かったというのか。

「高理……」

 心底弱った顔をして、肩を落とす菜湯。


「んじゃま、後は よろしく」

「は!?」


 シュビ、と手刀を掲げて いきなり場を去ろうとする高理に菜湯も母親も呆れ返った。ついに母親がキレる。

「ちょっと あなた! どういうつもりなの、いきなり!」

 かなり怒っている。当たり前だと菜湯は思いながらも、横目で高理の様子を窺う。

 すると開き直った顔で高理は「まあいいんじゃない。ドア代修理代は、払うし」と腕を組んで答えた。

 母親の手が固く握られ震えている。

「お金の問題じゃないでしょう!」

 叫び声が廊下中に響き渡った。高理は……。

 表情が無い。


「じゃあ どういう問題?」


 母親に詰め寄った。

 高理の顔が真に迫る。ジッと、相手を見据えた。

(高理……?)

 菜湯はゴクリと唾を飲み込み成り行きを見守った。

 緊迫。しかし構わず高理は次々と言葉を吐く。

「結局さぁ、ドア代だけの犠牲で済むんじゃないわけ。あんたらがそうやって考えて考えてばっかりいたってさ。何も変わらんでしょ。いやむしろ事態は もっと良からぬ方向に行くんでないの。例えば……言ってほしい?」


 冷ややかな目だった。母親は高理から背けられない。目も顔も。身が すくんで固まってしまったようだった。ヘビに睨まれた何とやらだと菜湯は見て思う。

 一歩、前に足を踏み出す。

 そうやって、菜湯は高理の真正面から近づいた。眉を吊り上げて……そして。


「……もしシホちゃんが窓から飛び降りてたら、あんた どうするつもり?」


 睨みかかる。

 それから菜湯はクルリと方向を変えて部屋の奥でガタガタと震えている、シーツに(くる)まれたシホの元へと急いで駆け寄った。

 そして肩に手を強く添え、「怖くないよ」と声をかけてあげる。

「ごめんね 怖かったでしょう。後でブン殴っとくから、あの人。だから安心して」

 肩の震えは、段々と治まってきていた。それからしばらく、菜湯は そのままシホに語りかけながら優しく肩を抱いていた。

 シホは黙ってジッとしていたままだと思っていたら、時間をかけて最後はシーツを自らの手で取っ払い、子供らしい あどけない可愛い顔を見せてくれた。


 母親は廊下に居続けたが、菜湯達が部屋から出てくる頃には高理の姿は何処かに消えてしまっていた。



「高理」

 菜湯は名を呼んだ。シホを母親に任せた後、お礼を言われて帰ろうとした。玄関の扉を開け、門を出た所で。すぐ側の電柱に もたれかかって俯いていた高理を見て声をかけた。

 一瞬 高理の暗い顔に驚いたが、いつもの調子で取り繕おうと菜湯は思った。

「よ」

「よ、って。ずっと待ってたの そんな所で」

「行こ。ラーメン屋が待ってる」

 体を預けていた電柱から起こして、高理は菜湯を誘った。菜湯は高理の隣に並んで一緒に歩き出す。

「どうなった、あの人達」

「もう大丈夫かな。間に入って話し合ったから……またそのうち様子見に伺いますって言ってきた」

「そ。んじゃ メデタシメデタシだ」

 まだ続くってば、と菜湯は思ったが引っ込めた。「高理」

「ん?」

 高理のひょうひょうとした顔が菜湯の方へ向く。あまり何を考えているのかが掴めなかった。


「さっきは……睨んじゃって ごめん……」


 少し冷たい風が2人に吹いた。まだ春と言うには早い季節。何処にも桜は咲いては いなかった。

 歩いている歩道の2人の前を、一匹の白い猫が横切って道路を渡って行った。高理は猫を目で追いかけ、菜湯の方へと視線を戻す。

「『おせっかいティーチャー』っていう奴知ってる?」

「?」

「居るらしいよ。この近辺に」

 口をニッとさせて高理は菜湯へ意味ありげに笑う。そのせいで菜湯は何じゃい、と考えてしまった。

 とは言っても考えた所で高理の真意は読めそうには無いので、菜湯は すぐ降参だと高理に両手を広げた。

「菜湯、お前だろ」

 高理は菜湯を指さした。

「はあぁ!? そんなの知らないわよ!」

 すごく嫌な顔で高理を睨んだ。さっきの言葉は何処へ。


「少なくとも、俺にとっては菜湯がティーチャーだ。誰でもティーチャーに なれる」


 青空にポッカリと浮かぶ雲の陰から太陽が姿を見せた。光が高理にも菜湯にも当たり、高理は「眩し」と笑いながら手で顔を隠したがった。高理が見せた笑顔は。

(高理がドアを蹴破らなかったら……私)

 何も出来なかったかもしれない。そう思った。そして、

(私の先生は、高理、あんただよ)

 菜湯の心に高理の笑顔が眩しく印象づいた。


 後日談。

 ラーメン屋で、支払いは高理のオゴリかと思われた菜湯であったが。見事に裏切られる。

 競馬で稼いだ お金は ほとんど、ドア代だと言って去る時にシホの母親に渡してきたと言う高理。

 しかも そう言い出したタイミングが満腹後。会計寸前であった。

 結局 菜湯がラーメン代を払う羽目に。

(まったく、もう……)

 明日も晴れる。



 明日の菜湯は、今 付き合っている大好きな彼とデートするつもりだった。




《END》





【あとがき】

 何気なく書いてみたら可も不可も無いような短編に なりました。今から思い返せば、作者は過去 意地悪されても笑いに変える力で立ち向かっていたような気がします。

 バスケのジサツ点とか(ボケるつもりも全くなく何故だぁ)。

 結局 打破するのは自分の力でだと思うけどなぁなどと思いつつ。


 思う所 色々ですが、感想などあれば お気軽にどうぞです。

 ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[一言] 可もなく、不可もなくかぁ… 思うところはありました。 大切なことを言ってるなぁ…とw 私は基本を覚えてチキンと型破りだと言えるようになりますね。「 。」とかw
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