表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

人類共通説

執筆者:影峰柚李

こたつを出した途端猫が出てこなくなりました。

私もコタツから執筆しております。

電灯や街の灯りの届かない場所でも月の光だけはしっかりと

真黒な空と(ほの)かに紺の色で揺れている海の境界を照らしていた。

さざ波の音がその他の小さな物音を消し去るせいか、無音の中に

放り出されたような感覚になる。

その無音を遮ったのは隣に座っていた僕の尊敬する友人だ。

彼の横顔はどこか哀愁を漂わせていて、この海の波に攫われて

しまいそうに儚く、透明に見える。

だが、そんな印象とは違ったはっきりとした声が僕に問いかける。

その問いは数分前僕が彼にしたもので、彼も、僕自身でさえも

答えにたどり着けていないのだ。

「僕はどうして君になれないのかな」

この人気のない静かな海に来て僕はそう言った、いや、彼も言った。

そもそも、その問いは僕が彼になりたくて零した言葉だ。

彼が僕に言う言葉ではない。

また長い沈黙に入りそうだったので彼は別の問いを考えた。

「どうして君は僕になりたいの?」

その問いに対する答えはすぐに浮かんだが、言葉にするには少し時間が掛かった。

出会ってからずっと思って来たことなのに、なぜだか

それは彼にとって不快に思えたのだ。

一分くらいの間を空けて、僕は思いの丈をぽつりぽつりと零し始めた。

「君は、頭が良い」

「うん」

「運動も出来る」

「うん」

「それに加え、かっこいいし優しいし、非の打ち所がない」

「それで?」

「え? 君になりたいのには十分じゃない?」

彼は繊細に光を放つエメラルドグリーンの目を細めて、

それでもってしっかりと僕を見て、落ち着きのある笑みを浮かべた。

その笑みは僕の心に不安と安心の両方をもたらす。

一体、何が言いたいんだろうと彼の目を見つめ返すと

もう一度、先程の問いを口にした。

「僕はどうして君になれないのかな」

同じようで違う問い。

彼と僕とでは、全く違う。

不思議だね、と彼は続けた。

「僕らは生まれて来る前は全て同じ宇宙の子だったのに

人という器に入った途端、全く違うものになるんだ。

もしかしたら僕が君で、君が僕だったかもしれないのに」

そう言われると、突然不思議に思えてきた。

僕が彼で、彼が僕だったかもしれないし、

全くの別人だったかもしれない。

たった一つの分岐点で別れてしまった運命の末路が現在の僕。

仮に、僕が彼だったとしたらどうだろう?

それでもここで僕とこんなことを話し合っているのだろうか。

「人類は皆同じなのさ、隣のおばさんも、地球の裏側に住む

見ず知らずの外国人だって、皆同じ、同じ人間だよ」

「でも、今の僕は君じゃない」

「僕だって君じゃないよ」

それでも同じ人間だ、と彼は月明かりに揺れる海を見て言った。

つられて僕も海を見たが、相変わらず紺色に染まったまま

何も代わり映えしない風景が広がっているだけだった。

きっと、彼と僕では見ている景色さえ違う。

彼と僕は、違うんだ。

「ねえ、君は今何を見てるの?」

せめて知りたかった。彼と僕の違いを。

だけれど彼はまた消えそうな笑顔で言った。

「君と同じ景色だよ」

そんなはずない、と僕が口を尖らせると逆に彼は聞いてきた。

「じゃあ君は? 君は何を見てるの」

僕が見てるもの、それはこの紺色の海だろうか。

なんとなく、それは適切な回答には思われなかったから

思わず彼と同じ答えを返してしまった。

「ほらね、同じだ」

「違う、違うよ、やっぱり僕は君じゃない」

「そうじゃない、君と僕が同じかどうかじゃなくて

人は全て共通かどうかの話なんだよ」

「うーん、言っていることが分からない」

「僕もだ」

そう言って彼が笑うので、つられて僕も笑う。

もはや答えなんてどうでもよかった。

でも、この時初めて、彼が彼で良かったと思えた。

彼と僕の共通点があればそれでいいんだ。

「どうだった、僕の人類共通説は」

「どうって、結局何も確かなことなんてないじゃないか。

それに、君が言いたいのは人類同一説だろう?」

「それは君に否定されたからね、共通に格下げだ。

それに、正直なところどうだって良いんだ。

元は君が言い始めたことだしね」

「そういえばそうだね、でも、僕もどうでも良くなった」

「はは、同じだ」

彼の目と僕の目が、無くなったピースを埋め合わせるように

ぴったりと重なると、彼の目がきらりと瞬いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ