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相談に乗りますよ⑦





『英雄候補と鳶目兎耳えんもくとじの弐足の草鞋わらじはきついかもしれませんが、元々この国の偉人の方々は国王や宰相王妃で法王も、英雄という役割を熟してこられました。

私にはサクスフォーン君……いえ、ネェツアーク殿は十分、今はまだ公布は出来ていない英雄候補と諜報部隊の鳶目兎耳をこなせる事だと思います。

今は亡き先の宰相のアングレカム様から、"優秀な人材なら、自分の手腕で引き抜いてください"とも、この部隊に誘われた時に、仰せつかっております』


"アングレカム"という名前が出されツヅミが鳶目兎耳えんもくとじになった経緯を軽く口にした事で、ネェツアークは今回どうしてこの場所にこの御仁が、協力をしてくれたのかを察する。

多分、メイプルからアングレカムの息子アルセンについて、何かしらの情報を得てツヅミ自身から、今回のネェツアークの目論見に協力をしてくれている。

そしてツヅミの方は、ネェツアークが察したのを察 した様子で、今までにない鋭さを含んだ笑みを浮かべていた。


『スタイナー家の従者を行いながらの、二重の働きは中々忙しくはありますが充実もございます。

加えて、"鳶目兎耳"に入ったなら、こういった国のどの機関よりも情報は先回りして、仕入れる事が出来ますよと、再び唆しをさせてもらいます。

ネェツアーク殿が国の太子を害してでも手に入れたいと思っているお嬢さんが、捜しだしたい妹さんを探し出すのに、鳶目兎耳えんもくとじは有益だと言わせて頂きましょう』


『ツヅミさんも、凄くい人なんだろうけれど、やっぱりこの暴君側の人なんだよねえ』


皮肉たっぷりにネェツアークが暴君と例えたダガー・サンフラワーといえば、眼帯を外した状態で、今も鼾なく寝入っている褐色の大男の髪形を手櫛で真似ていた。

薄暗い店内の中で見たならば、殆ど体躯が変わらない2人のシルエットは、どちらがどちらだか俄かに見る分には区別がつかなくない。


『……私はどちらの味方というよりは、シャクヤク・スタイナーの従者ですので。スタイナー家の当主が従う方に、従うまでです』


『成程、ツヅミさんみたいな優秀な人を味方につけたいのなら、スタイナー家の人と仲良く……って、シャクヤク様と仲の良い人っていますか?』


卒なく応えるツヅミの返答に、最後に疑問符を伴った返事を鳶色の青年は行いながら、紅黒いコートを纏った人の"主"となる、この国では平定前から王族の専属の仕立屋の一族の当主となる、国でも高位トップクラスの高齢の人物を思い出す。


灰白色アッシュグレーの長髪に老齢で年齢に相応なしわを顔に刻みながらも美形で、若い頃はさぞかし賑やかしただろうとも思えるのだが、性格的にきつい所もあり、それを全く隠そうともしてもいない。

婉曲な言い回しが必要があれする事もあるけれども、大体いつも直球ストレートな物言いで、そんな意味でも良くも悪くも賑やかすことになる。


ただ多くの者が、仕立屋の直球ストレートな言い回しを喰らった物は、余程丈夫(タフ)な心構えがない者以外は、スタイナーの名前を聞いたならそそくさと隠れてしまうという現象があった。


外見の印象イメージで何が一番強いかと言えば、高齢ながらも自身がデザインした衣を纏っている事もあるが、華やかで絢爛という形容 詞が一番しっくりくる。

ネェツアークがそんな国最高峰の仕立屋を思い出していたならば、髪形を旧友グランドールの形に真似て整え終えたダガーが口を開く。



『誰が仲が良いかどかうかは知らんが、シャクヤクはメイプルやお前のような、心根の奴は結構気に入っていると思うぞ。

後は、綺麗なものというか、一応誤解がないように言っておくけれども鑑賞するに当たって美少年も好きだ。

最近はロッツがいるから、まあまあ機嫌よくやってくれているみたいだがな』


"美少年が好き"という言葉に、ネェツアークが直ぐに思い出すのは後輩アルセンで、彼の出自を考えなら、シャクヤク・スタイナーと縁があってもおかしくない。


『ああ、じゃあ、ツヅミさんがこうやって手伝っているのって、アルセン(そっち)方面の意味もあるわけなんだ』


『ええ、何にしても主であるシャクヤク様のご機嫌がいい事とに従者として、それに最近、シャクヤク様のお気に入りのお嬢さんでもあるメイプルさんにとっても良い事だと思います』


"恋人が気に入れられている"という言葉に、髪と同じ鳶色の眉を上げる事になるが、不思議と心配の気持ちはネェツアークにはわかない。

ただ別の意味での心配が少しばかり浮かんできて、ツヅミを見たならその意味もやはり察したのか、少しばかり困った表情を浮かべつつ、口を開く。


『メイプルは家庭的な事は一通りできますが、"お洒落"と言った方面に関しては、はっきりいって皆無とシャクヤク様が断言されましたね。

それを鍛えて仕込むのが、楽しくて仕方がないそうです。

あのは、貴族の子女が箔を着ける為に巫女になったとかいうのではなくて根性があるから、シャクヤク様のはっきり過ぎる物言いにも、全く怯まない。

これは指導のし甲斐があるとそれは上機嫌に、最近は休憩時間になったならメイプルを呼び出して爪化粧の指導しながら煙管を吹かしていましたから』


『えっと、メイプルの仕事はロッツ様のお世話ではないんですか?』


少し婉曲に"どうして、メイプルがシャクヤク様の御世話みたいな事をしているんですか?"とも尋ねている。

するとそこは流石に情報を汲み取るのが巧い鳶目兎耳えんもくとじと言うべきか、意味を直ぐに解して、更なる説明を行ってくれる。


『不思議と、メイプルがシャクヤク様とそういったやり取りをしていると、ロッツ様が落ち着いていらっしゃるんです。

メイプルがシャクヤク様の"指導"を受けている間は、ニコニコとしながら、サザンカ様がロッツ様の状態に合わせて出された課題を大人しくしてくださいます。

だから、決してロッツ様の面倒を見ていない状態というわけではない様子になりまして』


ネェツアークとしては恋人メイプルの状況を心配しているが、ツヅミは従者として主の行動が決して鳶色の少年の恋人の不利益になっていないと口にする。


だが鳶色の少年が、国最高峰の仕立屋相手でも、事と次第によっては全く怯まずに、けれどもそれなりに周到に文句クレームをつけようという気概を感じて、ツヅミは気に入ってもいた。

そして、これから彼が考えた目論見を行う事を助勢するに当たり最後に私情を伝える為に口を開く事にする。


『これは個人的な意見になりますが、昨今では"情報を拾得するのが任務"という事が特化した部隊故に、私利私欲の為に近づこうとする人や、為政者、軍人が増え過ぎました。

だからダガー陛下が、現在は一般の兵や訓練生を含めて、"鳶目兎耳"に相応しい功績を納めた者だけが、部隊配属を認められる形に定め直しました。

私も隊の長としてその方が良いと思います』


そう口にすると、紅黒いコートの袂からネェツアークには見慣れた、恋人メイプルの武器である荊の鞭を取り出していた。


ネェツアークからしたならどうして恋人の武器をこの人物が持っているかという事よりも、発言した内容の方が気にかかっていたが、時間の制限があるのも察した。

荊の鞭は恋人メイプルが主に武器として使っているけれども、それ以外の用途も応用して出来る物でもある。


メイプルが応用して使っている所も良く目撃しているので、それを今回は褐色の大男に対して使えばいいだろうと、彼女が快くツヅミに貸したのだろうという予想が伺えた。

ツヅミの方は目配せで、シルエットだけなら寝入っている人と殆ど見分けのつかない状態となった、ダガーに合図を送ったのなら、恐らくは心を拾い読んだのもあったのだろう、"心得た"という具合で未だ深く寝入っているグランドールのに傍らによる。


『ネェツアーク、お前も手伝え』

『勿論手伝いますよ。今回は、ツヅミさんにグランドールをここの秘密の通路から、軍学校の方に運んでもらうんですから』


もし飯処で"眼帯のお兄さんダン・リオン"に飛ばした、魔法の紙飛行機にしたためた目論見の助勢の要求が色よくなかったなかったなら、本当は個人で行おうとしていた事でもある。


『ツヅミさんなら大丈夫と思いますけれど、グランドールを支えられます?』

『ええ、その為にメイプルが鞭を貸してくれたという事もありますから。

それに私も一応軍隊経験者でシャクヤク様との仕事では、結構な大荷物を持ちますから、大丈夫です。

それでは―――』


グランドールの間隣で身を屈めて、逞しい腕を抱え上げて頭を潜らせ支えるように腕を回し、確りと支えられるように、寝入っている為に脱力している褐色の大男の身体を密着させる。


『それで荊の鞭をつる状にして固定したら、ツヅミも運びやすいだろう。―――ネェツアーク』


『ヘイヘイ。じゃあ、グランドールとツヅミさんの身体を固定しちゃって~』


まるで童謡の合いの手を入れるように、手をパンパンと軽く叩いたなら、荊の鞭は"シュルシュル"とした摺れた音をたて、紅黒いコートを纏ったツヅミの脚から登っていく。

それからネェツアークが口にしたように、褐色の大男と壮年の人を密着させて固定する様に巻き付きその動きを止めた。


ツヅミが屈んでいた身体を起こすと、それに釣られるようにしてグランドールの身体も起き上がる。


先程は眼帯のお兄さんと鳶色の青年で半ば引き摺るようにして、この場所まで運んできたのにくらべたなら、紅黒いコート纏った壮年の人物のグランドールの意識はないのに、まるで介助される事に身を委ねるようにして立ち上がった。

そういう風に振る舞えているのは、荊の鞭がグランドールとツヅミの身体を要所ポイントを抑えて密着させて、見方によれば副木ふくぼくをするかの如く結び付けているお陰でもあった。


『体が離れない様にする為の力を使わなくて済む分、思いの外楽ですね。

身体の重さの方も気にしていましたが、鞭……というよりは、蔓で固定されているので考えていた以上に運ぶ労力は使わなくて済みそうです。

それではダガー様、私は抜け穴を使って戻って、軍学校の教官室の方にグランドール・マクガフィン様を教官室の寝台の上に寝かせた上で、撤収させて頂きます。

この荊の鞭というより、現状は蔓ですがそのまま回収して、メイプルに戻しておきます』


『おお、その按排でよろしく頼む。ああ、そうだその前に、念の為にグランドールの心を拾い 読ませて貰っておこう』


そう言って眼帯を外した事で、剥き出しになっている左の紫色の瞳を大きく見開き、遠慮なく、俯き僅かに寝息を立てて続けている自分とほぼ同じ体躯を持っている褐色の大男に視線を注いだ。

暴君なりに丁寧に拾い読みながら、先程心を拾い読んだ結果をツヅミはは掌握してはいないので、ダガーは伝える事にする


『ネェツアークが言うには、普段は呑んで寝たなら轟くような鼾をかくらしいんだが、今回はまだかいてもいない。

さっき見た時には、深く寝入っていたと言ったが、他の例え方をしたならまるで心を閉ざす様に寝てしまっている状態だ』


『……まあ、今日アルセンにした態度から考えたなら、確かに殻かぶって隠れてしまいたいのも、判らなくもなっても仕方ないくらい、グランドールという人にしたなら情けない姿だったからなぁ』


ダガーに続いてネェツアークの説明を聞いたのなら、ツヅミは日頃は落ち着いていて信頼が厚いとされている背の高さも自分を越している大きな青年も、本来の姿を年長の物としてとして垣間見た様な気がした。


『だが、大分眠りは浅くなっている様子だな』


眼帯を外したダガーが左の眼を大きく見開いてそうツヅミに告げtなら、ネェツアークは自身の上着におもむろに手を突っ込んでごそごそとしていた。


『眠りが落ち着いてきているか……んーじゃあ、ツヅミさん。グランドールが鼾を発した場合を想定して、"これ"を持って行った方が方が良いかも。

今日は使うつもりで持ってきていたんだけれども、使わなくて費用が浮いてラッキー位に思っていたが、そうは上手くいかないかな。

あ、でも、部屋についてから鼾出したなら、もう使わなくても良いですよ』


だがそんな事を言いながらも、鳶色の青年はまだ"コレ"を取り出す事が出来ていないので、褐色の大男の青年を支えている壮年の御仁と、右眼は黒く左眼は紫色となっている青年から視線を注がれる。


『ネェツアーク、またどこ直したのか忘れたのか?』

『……あんた、人の心を拾い読めるのなら、私が捜している物がどこのポケットに入れておいたか、拾い読んでくださいよ』


心は拾い読めるが、人の記憶が見えるわけではないと、いつも上機嫌な雰囲気のダガーにしては珍しく不機嫌そうにそんな講義をされた時に、ネェツアークは探し物を見つける。

自分の軍隊の身分証 明書を突っ込んでいる箇所と同じ、上着の内側のポケットから出して、旧友グランドールを支え経つツヅミに見せる。


薄闇の中なので色や形ははっきりと解らない分、神経を鋭くすることでネェツアークが取り出した物が、魔力を帯びている魔法の道具と感じ取れる事が出来た。

そしてその道具の形状は、短い期間ではあるけれども軍に携わっていた立場として直ぐに察する。


『これは精霊石の種類は、風と土の水のもの?。でも形だけを見たなら、軍の通信機によく似ていますね』


通信機に使われるのは、普通は風の精霊石単独だが、3種類も使われている事に少々驚くことになる。

特に土と風は相性が本来悪いので、一緒に使われている水の精霊石が調整をしているのも判るのだが、それを配置するには酷く手間のかかる。


そういったツヅミの抱えた疑問を醸し出している空気も感じ取った上で、通信機の形をした物を手にしたネェツアークが口を開く。


『しかも、調整する為に金属が相性が良い物を探していたら、結構お金もかかってしまって……』


非常にわざとらしく、涙を拭う様な仕種を行っている。


『で、話しの流れから察するに、これは鼾をどうにかする魔法の道具なのですね』


気性の激しい仕立屋の従者もある人は、そんなそのわざとらしい鳶色の小僧の仕種を全く真に受けず、流して正確に機械の役割を理解していた。

ネェツアークの方も、恋人メイプルの"女子力"を向上させる為にスパルタ形式で指導してくれているシャクヤク・スタイナーの従者を長年している御仁に、調子の良い反応リアクションを求めているわけではないので、素直に応える。


『そうそう、万が一にも運んでいる最中にグランドールの爆音みたいな鼾がしそうになったら使ってください。

風が誤魔化して、水で押しやって、土が受け止め吸い込みます。

とはいっても、時間にして精々30分くらいです。

けれどもこの店の隠し通路から、軍学校の私達の居室に到着するまでは十分持つと思いますので。

さっきも、言いましたグランドールが鼾をかかないのなら、使わない方向で結構です。

一応1つ作るのに、小金貨1枚程度の費用なんで、普通の兵士の賃金からしたならちょっと厳しい』


『だったら煙が出る草を吹かしたり、ちょっと体温が上昇する成分を含んだ飲み物を控えたなら、結構直ぐにそれく らいの小金は貯まると思うがな。それに健康は金では買えないとバロータ師匠は言っているぞ』


ネェツアークが知る限り、どちらも嗜まない左目が紫色の王太子がこともなげに言うと、それはある意味図星でもあるので、鳶色の未成年は口元を"へ"の字にしていた。

ツヅミはツヅミで、一般的な成人男性として本来ならネェツアークを窘めるべきなのだろうと考える。

けれども、自分が抱えている青年の呼気からも窘めるべきと知っている匂いを感じ取っていたが、彼等の育ってきた環境と、熟してくれている役割を考えたなら、注意をする事を躊躇ってしまう情もある。



『ツヅミ、"悪いもんは悪い"と言葉に出してネェツアークに言う位には構わんと思うぞ。

現状のグランドールは兎も角、ネェツアークなら捻くれた性格はしているが、筋の通っている相手ツヅミの言葉なら素直に受け取るからな。

"聞く"かどうかは知らんがな』


その言葉に"へ"にしていた唇を”瓢箪”のような形にして、薄闇でも十分判る位の勢いで鳶色の青年は、心が拾い読める王太子を睨んでいた。


『最後、一言余計ですよ。


取りあえず自分の健康は兎も角、仲間内には迷惑かけない、他人には文句言われない様にやっていくつもりではあるので。

じゃあ、グランドールを運ぶのよろしくお願いします―――』


これ以上、心に無遠慮に入り込んで座り込んで居座りそうな、セリサンセウムの王太子の言葉をそう言って遮り、話を切り上げて"鼾遮断器"を手渡して、率先して王宮、宮殿に繋がる隠し扉を開いていた。

流石にそこまでされると、ツヅミも苦笑いを浮かべて"それでは"と恭しくダガーに頭を下げた後に、ネェツアークが開いた扉を通って、平定の王都決戦にも使われたとされる通路を、褐色の青年を支えて進んで行った。


そしてツヅミと旧友グランドールの姿が確りと見えなくなってから、"瓢箪"の形にしていた口元を"へ"の形状に戻し、隠し通路の扉を閉め、鍵をかける。

横に並び立つ様にして一緒にツヅミを見送り、表面上はにこやかにしているけれども、恐らく怒っているだろうダガーに尋ねる。


『何すか、そんなにさっきの言葉が嫌だったって事ですか?』


先程自分が口にした言葉が、旧友グランドールとほぼ同じ体躯をしているこの国の王太子の心をどうやら軽く引掻くいた自覚を改めてしながら、横目に見た。


”……あんた、人の心を拾い読めるのなら、私が捜している物がどこのポケットに入れておいたか、拾い読んでくださいよ"


『ああ、何気に”心を拾い読める”っていう能力ちからは万能だと思われがちなんだが、それがそんな能力ちからを持つ方としては、腹立たしい以外の何物でもないんでな』


眼帯を外した事で更に特徴的になった、父親であるグロリオーサ・サンフラワーと特に瓜二つと伝えられる眉毛の両端を上げて、眉間に浅くではあるけれどもシワを作っていた。


『……すみませんでした』


視線を合わせるような事はしないけれども、心を拾い読むまでもなく、声の調子で鳶色の青年なりに心から反省をしている事は確りと判っていたので、眉間のシワだけを除いてそのまま笑顔浮かべる。


『メイプルの言う通り、ネェツアークは変な所で本当に素直なんだなあ』


そう言って、メイプルの名前を出した途端に反省の気持ちを引っ込めたフワフワした鳶色の髪をクシャクシャとして力一杯した後、もうすぐパン屋となる店の扉を開く。


『ほら、急ごう。アルセンは起こすのに手ごわいから、手伝ってやろう』


これ以上"自分ダガー・サンフラワー"についての会話で後腐れがないように、そんな発言をしながら、鳶色の人も退出した店の扉に確りと施錠を行う。

鳶色の人もそういった所は心得ているのと、後輩アルセン親戚のお兄さん(ダガー)がした発言にも興味を惹かれていた。


『アルセン、寝起きが悪かったかな?』


一応担当教官として、旧友グランドールの事もあり、他の世話をしている班員よりもネェツアークの方がアルセンには、気を配ってもいる。

他の班員に関してはネェツアークが"如何に楽して仕事を済す事ばかり考えている"と常々公言している影響もあって、班員達に素気なくても気を配ってくれているのを承知していた。


教官という立場もあって、面倒を見る班員の健康状態も掌握しておくのも"仕事"なので、起床の集合・点呼の時など様子を見ているけれど、美少年は少しだけ寝癖が出てしまう事もあるが、寝起きが悪いという様子もなかった。

寧ろ他の朝の弱い班員のフォローすらしている所も見られるし、眼帯を外している王太子の発している言葉の内容を計りかねる程の疑問となる。


眼帯がない事で、いつもより格段と心を拾い読みやすくなってい るダガーはネェツアークが疑問に思った同時に、内容を理解していた。

施錠した鍵をグランドールの纏っていた上着に仕舞いかけたのを、自分の衣服に慌てて直しつつ説明を始める。


『ああ、さっきの言い方だと確かに"寝起きが悪い"みたいに聞こえるな。

えーと、こういう場合は、ありのままを言えば良いのかな?。

アルセンはな、あの見た目からして結構繊細そうに見えて、根性ガッツがあるのはネェツアークは知っているだろう?』


『ええ、少なくとも標準以上の根性ガッツがなかったら一般の軍学校に入ろうなんて考えませんし、自分を邪険に扱う教官に突撃は出来ませんよ』


上着を着ているだけの事だけなのだが、今は街灯の薄明かりに眼帯も外し髪形も似せているので、ダガーだと判っていながらも、暫くらしくなかった旧友グランドールの意識をしてしまう。


旧友グランドールの事情を知っているから、敢えて態度や素振に完璧に出さなかった後輩アルセンに接する態度への批判が、不思議とダガーの前では浮かんでいた。


多分、暴君の左眼の能力を知っているのもあり、隠そうという気持ちが無駄だという意識も影響している。


そこもダガーは汲み取ってくれたようで、いつもの様な豪快な笑いではなく、2歳年上の先輩の様な微笑みを珍しく浮かべていた。


一番付き合いの長い旧友グランドールとして、未だに癒えていない過去の心の傷に抱えているのも知ってはいるが、そこに固執しすぎていると、ネェツアークは心配をしていた。

本来ならアルセンに対しても、ネェツアークはもっと積極的に動いてもおかしくはなかったけれども、"初対面(過去)"の事があって、不貞不貞ふてぶてしい男にしては珍しくらしく意識的にも無意識にも、行動に制限をかけている所がある。


ただ魔法に秀でているネェツアークなので、ダガー・サンフラワーという王太子が、母親であるトレニア・ブバルディア・サンフラワーの能力を引き継いでいると知った時から、もし会ったなら"パドリック父子との初対面"に関しては、絶対に知られるわけにはいかないと"壁"を作ってもいた。

一瞬、心に作って置いた"壁"を旧友グランドールの振りをしているダガーに見こされたのかと動揺する。


けれども街灯の薄明かりでシルエットだけは、旧友グランドールにそっくりな状態になっている王太子が口にするのは、そういった事に関してではなかった。


『そうだなあ。ただ、俺からしたなら付き合いの長いネェツアークならグランドールにしてもアルセンにしても、間を取り持ちたいのなら、もう少し強引で説得みたいな事をするか、話し合いの場を儲ければ良かったとも思うかな。

個人的に言わせてもらえば、らしくもない遠慮をしているようにも見える。

何にしても取りあえず、今回はこの様な形になっているから、それで上手くいくようにしようか』


普通に極一般の意見を、旧友グランドールの上着を纏っている王太子はしていた。

ただ、産まれてから自分の意志を持ってここまで育つまで"普通"という環境と、無縁でもあったネェツアークには、何気にその意見は新鮮な物にも感じる。

自分のした発言に"新鮮"という感想を持たれた事に、一応時間のことも気配りつつも豪快に笑いながら、眼帯を外したダガー足を進めていた。


『これは"パドリック家"と縁が深く長い者なら知っている事なんだが、彼等の眠りは深いんだ。

それはもう、横で賢者と神父が酒盛りした挙句、その後に説教を受けている間も、一度寝たなら余程の事がないと朝まで起きない』



『……それって、例の如くあんたがよわい零歳の時の話ですよね?』


そろそろ城下町と宮殿や軍隊を区切る事になる鉄柵が視界に入る中で、ネェツアークが口にしたなら、ダガーは満面の笑みで頷く。





―――ダガー・サンフラワーが"産まれた直後"からの記憶をある程度保持している話は、王都に連れて来られる前に、グランドールとネェツアーク2人係でも倒された際に打ち明けられた。


普通なら俄かには信じられない話ではあるのだけれども、育ちが普通ではない2人の少年は、それはあっさり信じたので思わずダガーの方が尋ね返す事になる。


『お前ら、俺の―――私の話が嘘だと思わないのか?』

『……世界は広いですからね、そんな人、たまにはいるんじゃないですか?』

『ワシも、貴方は物凄く強い御仁だから、必要のない嘘はつく事はないと思いますのう』


そして、心が拾い読めるが故に、彼等が本心からそう思っているのが判りながらも、今度は自分の拾い読む力が、何かしらあったのかと信じられなくて、やはりさらに確認をしてしまう。


『ネェツアークもグランドールも俺が言った事を、本当に信じてくれてるんだな』

『ワシにしたら、貴方の様な方は疑うより も信じる方が、楽ですわい……ん?。

ネェツアーク、ワシらはこの兄さんにちゃんと名前を出してまで、自己紹介をしたかのう?』


鳶色の少年に限らず、"下調べ"で年下と判明していたが、自分ダガーとそう大して体格も変わらない、褐色の身体の大きな少年が口に出してくれた言葉も嬉しかった。


そして何気に少しばかり天然な具合の反応と、自分の正体について打ち明けた後、褐色と眼帯の少年が、2人の体格が似ている事に気が付いた鳶色の少年が提案した内容にも、軽く乗ってくれる所も気に入った。

それはやがてこの国の王となるだろうダガー・サンフラワーの影武者となること。


『ワシも妹のかたきの命を狙っておるからのう。命を狙われる方の気持ちを知っておった方が"いざ"という時には、役に立つこともあるかもしれん。

ワシで良かったなら、よろしく頼みますわい』


そう言って、普通なら暫く日数を貰って考え抜いた末に決めるような事を提案されて2秒で受け入れた。


ネェツアーク・サクスフォーンとはまた違った意味で、ダガー・サンフラワーはグランドール・マクガフィンの事を気に入っている。


だから、出来る事なら腹違いのロッツと同年で、2人目の弟のようにも思っているアルセン・パドリックと、仲良くして貰いたいとも心の底から考えている。


グランドールが貴族が嫌いなのは、出逢った当初から心を拾い読むまでもなく、自己紹介の中に含まれていたので知っていた。

ただし、ダガーがした少なからずの杞憂は、出会った時の恰好が砂埃に塗れた旅人の恰好であって、全く貴族らしからぬ考え方をしていた事もあって、正式に自己紹介をした後に拭われた。


"父親グロリオーサ・サンフラワー"は貴族の中の貴族ではあるのだが、"母親トレニア・ブバルディア"の出自が片田舎の農家というのも手伝って、憎むという気持ちが浮かばない。


更に、まだ家族が全員存命中に、妹であるジニア・マクガフィンが"平定の英雄トレニア・ブバルディア"にそれは大層憧れていて、兄であるグランドールに事あるごとに話していた。


ただ、当時はグランドールも子どもという事もあるし、"うるさい!"と言って妹と何度も喧嘩したという思い出もある。


それに王妃トレニアが病で身罷ったと公布された時には、親戚が亡くなったわけでもないのに、それは大きな声で泣かれて、グランドールから再び"うるさい"と言って怒った。


ただし、その時は妹も黙ってはおらず、


『グランドールの、グラン兄のばかああああああ!』


と、し掛かられ、大喧嘩になって当時既に同年代に比べて身体の大きいグランドールでも不意打ち(?)という事もあって、それまでにない大喧嘩となった。


それがきっかけで、マクガフィン兄妹は少しばかり溝が出来、それが埋まらない内に家族は天災によってりになってしまったという。


やがて妹を捜す際、特徴として伝えるのには自分と同じ様な褐色の肌に、そして前王妃であるトレニアに憧れを持っているという事を伝えていた。


そうしたなら、セリサンセウムという大国のどの場所に行っても


"トレニア・ブバルディアに憧れている女の子なら、きっとどの場所にいても余程の事がない限り、良くしてもらえるでしょうよ"


という旨の励ましをして貰ったという。


後に、行動を共にする事になるネェツアーク・サクスフォーンも、妹に関してトレニア・ブバルディアに憧れていると説明したなら同じ様な反応をする。


それまで大して一般社会に関してそこまで興味を持っていなかったグランドールではあるけれども、世間に対して不貞不貞ふてぶてしい態度をとっているネェツアークですら、トレニアに敬意を払っている事に、少しばかり考え方を改める。


そして、ネェツアークと共に行動を共にしたなら物知りな悪友を通じて、トレニアという人を知るにつれて、彼女が生涯をかけて行った事を学ぶ。


傾いていた国を平定に導くという活躍だけではなく、寧ろ平定を行ってから、本格的にこの国に住む子供達の生活が幸せな物であるようにと務めたのだと、旅を続けて行く内に知る事になる。


気が強いけれど、優しい妹が憧れても仕方がない人だと思えた。

もっと、ジニアの話を真面目に聞いておけば良かったと思えた。


そんなトレニア・ブバルディアの息子となる人物がダガー・サンフラワーというのは知っていた。

しかしながら、"実物"と出逢った時、その名前と対峙している存在を結びつける事は、王太子の申告があるまでグランドールには出来なかった。


しかも貴族が嫌いだと最初の挨拶に際に口にしてもいたのに、堂々と自分の正体を王太子だと口にし、更に旧友ネェツアーク の影武者をしてみたならという、怒涛の予想外過ぎる流れにグランドールは身を任せる事にことにする。


貴族は全て大嫌いで憎む対象であるというのが、自分グランドールの内に信念でもあるけれども、それをダガー・サンフラワーという相手になら分別する事が出来る。

そう出来る事で、これまで然程さほど罪悪感という物を抱くことはなかった。


けれども、あの綺麗な少年を見た瞬間に覚えてしまったあの"痛み"は、妹を喪った時に見て感じた苦しみをまざまざと、思い出させた。

それは落ち着いた王都の生活で、英雄候補に選ばれ、国の為に活躍出来る事で充足感を得る事で、少しだけ自分の心が緩んでいた事を自覚する事に繋がる。


だから、あの美しい綺麗な貴族の少年は"憎まなければいけない"と考え、"思い込んで"しまった。

綺麗な緑色の悲しそうな眼を向けられる度に、自分が無力だった為に妹を喪った事を何度も思い知らされる。



―――ソンナニ、ワシヲ、責メナイデクレ。

―――ゴメンナ、ジニア。


『多分、自分が幸せになっている自覚と共に、掘り返してしまった助けられなかった記憶、"そこ"でグランドールは痛みの種類を、取り違えてしまったんだ』


いびきをかかぬほど寝入ってしまった褐色の大男の心を覗き込み、拾い読んだ王太子は、グランドール親友ネェツアークにそう告げる。


『もし、妹との事がなかったなら、グランドールとアルセンの出会いはある意味では、かけがえのない存在、まあ、ネェツアークとはまた違った"親友"との出会いになったんだと思う。

グランドールは今のところ、俺の母の出自が田舎の農家という事で、父親が貴族でも受け入れてくれているみたいな事を辻褄合わせに考えている所があるな。

ただ、それを言うのならアルセンの父親、アングレカム・パドリックだっ田舎で農家出自だ。

ついでに肌の色までそっくりだ。

もし、アングレカム・パドリックが生存していて、グランドールと出逢っていたなら、アルセンに抱いた痛みの種類のはき違えを、厳しくも優しく、説教して諭していただろう。

グランドールもきっと、アングレカムの話しなら素直に聞いて、アルセンを見た時の、自分の本当の気持ちに気が付いていただろうさ』


"アングレカムが説教をしていただろう”という言葉に、ネェツアークの方は、"心の壁"の内側で、長々と説教している人の腕の中で眠っていた少年を思い出して、思わず"ああ"と声を漏らす。


そして、暴君ダガーが"アルセンは起こすのに手ごわいから、手伝ってやろう"と口にした意味を理解をする。

けれども、理解したのを告げたなら自分の"黒歴史(悪ガキ時代)を晒さなければいけなくなるので、適当にダガーが興味を持ちそうな話で誤魔化す事にした。


『あー。色んな細かい所が違うかもしれませんが、グランドールにしてみたなら可愛さ余って憎さ百倍みたいな話になるんですかねえ。

確か、アイツの初恋は凄い小さい頃、家族で来ていた冬の季節祭の王都出逢った……。

というよりは、保護をした金髪のそれは可愛いけれど泣き虫の天使みたいな女の子だったそうなので。

泣き虫と女の子なのを除いたなら、グランドールの好みには当てはまりますからね。

アルセンも、グランドールが父親の褐色な肌の事もありますが、逞しい身体に憧れていましたからね。

ご飯とか一生懸命食べて、身長は標準に届いているんですけれど、筋力をつけようともいるんだけれど、全く太れないという、一部の女性兵士とメイプルの怒りを買いそうな事言っていたし』


先程のダガーの発言を受けた上で、旧友グランドール後輩アルセンが話を聞いていたのなら、2人係で首を絞められそうな事をネェツアークが口にする。


そうすると、予想通りではあるが時間的な配慮がされた、笑い声を眼帯を外したダガーは出していた。

ただ、笑い声を出した後に"冬の季節祭"というネェツアークが行った発言に含まれた一言に何かしら引っかかる物があり、ダガーは笑いを止めて軽く首を捻る。


それから小さく"……まさかな"と呟いた頃には、それまでも視界にも入っていた、十分高かった城門の鉄柵が更に天高く伸び、太さは倍以上になり、堅剛な物になっていた。


王族の住居となる宮殿、民と為政者の交流の場ともなる城、それから一般の民が目に触れる場ではないが、国軍が駐屯及び新兵を育てる為に軍学校が、その城門の向こう側に設営されている。




『それじゃあ、そろそろ中に"戻り"ますけれど、こっちの考え読んでくれました?』


城門を潜ったなら"テレパシー"は使えない。




相当の"裏"をかけば使えない事もないのだが、それには鉄柵よりも方位的に北側にある敷地にある施設の仕組みを理解し、全てを掌握していなければ大変危険な行為で もあった。


平定以前は、そういったテレパシー関連については王都全体で"緩い"所があったのだが、平定した後に宰相になった人物、くだん後輩アルセンの実父であるアングレカム・パドリックが厳格に取り締まる。


安易にテレパシーが出来ない様、平定の決戦の際に破壊された施設には復旧時についでにと言った具合で、外から見ても判らない様に埋め込みに式に精霊石を設置した。


軍学校関連の施設は元からの造りが頑丈な事もあって、平定の決戦の際にもそれ程損壊せず残った為、後付け式にテレパシーを取りしまる風の精霊石を設置を行われる。


今回"ダガー・サンフラワーがグランドール・マクガフィンの振りを行う"事になったのは、単に王太子の都合が丁度よかったのと、一応、自分ネェツアークと同じ様に英雄候補の立場でもある旧友(グランドール)の面子を保つ為でもある。


いずれパン屋となる店内で、ダガーとツヅミに告げた様に、ネェツアークは本来は今回の後輩アルセン旧友グランドールなかだちを1人で熟すつもりだった。


その際には大変な作業とはなるが、恋人メイプルに調合して貰った薬で鼾をかきながら眠る事になるだろう褐色の大男を、1人で運び居室に戻すつ算段を立てていた。


ただ色々な手段を考えていたが、その予想は良い意味で裏切られ結果的には協力者が2人集まり、しかもその内の1人は、旧友グランドールが"影武者"の役割を勤めている存在、王太子ダガー・サンフラワー


"眼帯兄さんダン・リオン"に変装し、いつもの様に色々な手筈を行ったの後に城を抜け出し、ネェツアークが待機している飯処に姿を現した事で、前から試してみたい事でもあったのが鳶色のフワフワとした頭に浮かんだ。


考えついたなら好奇心が旺盛すぎる人(ネェツアーク)は、取りあえず"いずれパン屋になる店に入店すると同時にテレパシーでもって、先ずは協力者達に提案をしていた。


これには提案された"王太子ダガー"の方も乗り気になって、やってみようという事になる。


当事者となるダガーは2つ返事で了解をしてくれ、もう1人の当事者は鼾をかかない旧友グランドールを介抱しつつ、"鳶目兎耳えんもくとじの司令官"が良ければ"と、テレパシーで静かに返事がくる。


―――あれ、バロータさんかと思ったんだけれども。

―――師匠はこの”パン屋”に使うのに丁度良い調度品がないか、買い付けに行っているからな。

―――お久しぶりですね、ネェツアーク殿。そろそろ鳶目兎耳えんもくとじに興味をもっていただけましたかね?。


実に挨拶の様に交わしていたこの会話の30秒後には、ネェツアークが試したいこと決行するのが決定していた。


そして好奇心が旺盛すぎる人(ネェツアーク)が試したかった事は

"王太子ダガー・サンフラワーの影武者がグランドール・マクガフィン"

ならば、その逆である

"眼帯兄さん(ダン・リオン)が英雄候補グランドール・マクガフィンに成りすます"

事も可能なのかという物である。


ただ、影武者と言っても日頃直ぐ傍にいる側近や近習を騙すという事ではなくて、あくまでも

"王太子ダガー・サンフラワーを仇なす存在から謀る為"

というのが役割が本来の物でもある。


という理由わけで、"逆"が成立するかどうかは、本当にネェツアークの興味以外の何物でもなかった。


もうすぐ城門を通るという時になって、王太子ダガー・サンフラワーと英雄候補の青年は、最終的打ち合わせ(リハーサル)(?)に余念がなかった。


城門付近は特に警戒が厳しくて、テレパシーは使えないので、魔法ではなくダガーが母親から受け継いだ天然(?)の"能力ちから"である、"心を拾い読む"に頼る事になる。


ネェツアークの心に浮かべた言葉を、眼帯を外したダガーが普段以上に身軽に拾えるが、一方通行という手段に頼る事になる。


それでも、普通ならテレパシーでも使わない限り、示し合わせないと出来ない行動や、予想外の事象が起きたのなら、辻褄を合わせる事は心が拾い読む能力ちからがあるのなら可能だった。


ダガーによれば、この"テレパシーと心を拾い読む能力の差異"については前宰相アングレカム・パドリックも少しばかり興味を持っていたという。

実際、復興作業中の休憩中に当時赤ん坊の息子ダガーを抱っこするトレニアに協力を仰いだなら、彼女とそのグロリオーサも興味を持って、快く承諾し簡単な実験を行った。


結果として、やはり風の精霊石の探知機は、テレパシーには、城門という事もあっ て精度の高い物を使っているだけあって、微力な物でもすぐさま反応した。


そして心を拾い読む方に関しては、全く無反応という結果になる。

これは後に設営される王都の魔術の研究所ラボトリーでも、研究される事になるのだけれども、"テレパシーには反応、紫色の眼の力には無反応"、という位の結果しか未だ出せていない。


とはいっても、この"本物ダガー・サンフラワー影武者グランドール・マクガフィンの影武者になれるか"を試みるに当たっては、未だ詳細は不明の状態は"正直助かった"という物になる。


『ああ、心を"読んでいく"から細かい所は頼んだぞ、いや、"頼むのう"』


眼帯を外して髪形も旧友グランドールに似せ、シルエットだけならほぼ完璧な、褐色の大男の状態のダガーは、少しだけわざとらしく口真似をして見せる。


『そこは"頼むのう"、ではなく"頼むかのう"というのが、グランドールらしい』


そして、聞いている方(ネェツアーク)と言えばは、その旧友グランドールが物真似に関しては、長年の付き合いもあって極真面目な助言アドバイスを行っていた。


それから暫く小声で、旧友ネェツアークによる、グランドールの独特の癖のついた話し方を練習させたなら、ぎこちはないが少しは様になる。


そして、ダガーがグランドールの口調を真似をすると不思議とそれっぽく聞こえてくる程になっていた。

最初は、身内贔屓の気のせいかとも思ったけれども、完璧ではないけれども親しい者は誤魔化せなくても、2・3度あった事がある程度や、空耳程度なら勘違いをしてもおかしくない程度にはなる。


『ああ、そうか。ある意味では身体も楽器みたいなものなのかな。

体格が殆ど同じ様な物となると、出てくる声の質も何かと似てくるって事か』

『"ふむう、理屈ではそうなるということかのう"』


幾度か練習を重ねたダガーが、渾身の物真似を披露した瞬間は、結構な不意打ちとなり、鳶色の人の"ツボ"に嵌り、思わずしゃがみこんで腹を抑える事態になる。


普段の表面的な付き合い位ネェツアークを知っている者なら、彼がまるでふざけて、更に嫌な見方をすればダガーを笑っている様に見えるかもしれない。

ただ、"笑われている"状態の方のダガーと言えば、鳶色の人が、自分の声とグランドールの声が同じ様に聞こえる事に驚嘆し、身体の方が声は出さないが"爆笑する"という反応しているという事が判る。


決してネェツアークは自分を馬鹿にしているというのではなく、気管に唾が入って咳が止まらなくなった様な感じにダガー自身は受け止めていた。

実際に、笑い過ぎて息が切れている様な具合になる頃には、ダガーがその背を擦ることになる。


『……ああ、どうも。いや、何というか、心も驚いたというか身体の方が凄く驚いたみたいな感じになってしまったな』


普段は恋人メイプル絡みなら、物騒な事ばかりを考える相手ではあるけれども、今回は素直に、心配して貰った事を感謝を言葉にしていた。

ネェツアークが落ち着いたのを確認してから、物知りでもある配下にダガーが疑問の言葉を口にしていた。


『"ワシからすれば……"、俺からすれば、ダガー・サンフラワーとして自分で聞いている自身の声と、グランドールの声は結構違って聞こえるんだが、実際に聞こえる声は似ているということなのか?』

『ああ、それは一般的にもありますよ。

簡単に言うなら自分が発した声を普通に聞いている時、頭蓋骨や口腔などいろいろな部分を介して聞こえているからとか』



愈々城門が近づいてきているので、手短に説明をしようと考えつつネェツアークはこれまで自分が学び取った事を掘り返し、言葉を選ぶ。


実を言えば、"クソガキ"と呼べる時代に、同じ様に自身の声が自分で聞こえているものと、世間が"鳶色のフワフワとした髪の目付きの鋭い子ども"として認識している物の違いを不思議に思って、結構突き詰めて調べていた過去がある。


幸いなことに、調べるに当たってはクソガキ時代に(とっ捕まえて)保護してくれた存在も、そういった一般的には、毒にも薬にもならないような知識を好んで蒐集するタイプの人物で、子どもにしては結構な立派な結果が得られた思っていた。

加えて、軍学校の教官となる事で訓練生が、入校する当日に行う健康調査で聴力検査を行う際には、医術局から器材の説明耳にし、時間的にも最近思い返してもいた。


懐かしい気持ちと共にかつて入念に調べていた事を、同じ様に疑問と興味を抱いたダガーに解説したいという欲が膨れた頃には、口を開いていた。。


『随分前に興味をもって、自分で調べた独学みたいなもんで、正式な物とは間違った解釈があるかもしれない。

それを前提に聞いて欲しいんだが、"自身の声"と当人が思って聞いているのは"気導音"と"骨導音"っていうのが、2つ組み合わさった音なんだ。

まず気導音というのは、空気を伝って耳の中の鼓膜を振動させ聴覚神経に伝わる音。

それでもう1つの骨導音ですが、こいつは声帯などの振動が頭蓋骨は、頬骨、顎の骨などを、自分の骨を震わせて通じて直接聴覚神経に伝わる音。

気導音と骨導音とで更に違いを言うのなら、頭の中に音という情報として伝わるルートが、それぞれ違うんだ。

それでここは、少しばかり説明を省くが、"気導音"は耳に入ってから数本の神経のルートを幾つか通りぬけて届く。

骨導音というのは骨を震わせて、ダイレクトに響いて伝わる。

それで、精霊石やらの器具を使って声を記録した場合、録音されるのは空気を伝って耳の中の鼓膜を振動させ聴覚神経に伝わる表に出てる"気導音"だけ。

”自分の声"だと思ってを初めて聞くと強い違和感を覚えるのは、空気伝導によって伝わる音のみが聞こえる"気導音"だけだから。

自分では違い過ぎると思っても、世間一般で自分で認識されている声は"気導音"だけなんだよ』


既にここまで口に出しておきながら、十分長い話題になっているのは判った。

見張りとなる警衛として佇む兵士達も、こんな時間に私服で城門に近づいてくる若人らしいシルエットを見たなら、それは直ぐに宿舎に戻って来る独身の兵士だと察しているだろう。


もうテレパシーでやり取りするのにも、城門周辺に設置されている探知機に危うい距離になっていたので、このままの流れで行った方が自然の様にも思えた。


それに、"旧友グランドール"と共に外出し、互いに楽しく盛り上がる飲食した影響で高揚した気分で、訳の分からない無駄に語り合って盛り上がっている様に振る舞うには丁度良い雰囲気でもある。


何やかんやで、最終的打ち合わせ(リハーサル)の予定通り、テレパシーを自重して、早速旧友(ぐらグランドール)の影武者になってくれているダガーの、"心を拾い読む力"に向けて言葉を胸に浮かべた。


(―――今日は幸いにも教育隊とは余りなじみのない部隊が、城門警衛勤務についているみたいです。

ネェツアークやグランドールの名前や特徴をを知っていたとしても、実際に接触は殆どしていないし、こちらも見覚えがある人はいません。

多分、身分証を見て初めて顔と肖像画の人物正式に認識するぐらいだろうと思います。

と、いうわけで話をしながら帰ったなら、私が最初に促す形で揃って敬礼をして身分証提示を求められる前後で、灯りとしてともされている精霊の力を不安定にさせます。

私が場所を選んで、出来るだけ貴方の上半身が城門の何かしらに影に覆われるようにも手配します。

大方のことが終わるまでは照明の力を弱めますので、その隙に酔っぱらったふりをして、スタスタと軍学校の方へと行ってください。

私が、グランドールの身分証を預かって適当に世間話して気を引いておきますから)


結構な量の要求を、旧友グランドールの影武者を行うことになった王太子ダガー・サンフラワーに向けたのだが、鳶色のフワフワとした髪の青年はまだまだ大丈夫だと、思えた。


『"成程のう、その理屈でいくとワシらは、自分自身には聞こえている筈の自分のものと思っとる声は、外には全く聞こえておらんという事なんだのう。

そうなると、世間に知れ渡っておる自分の本当の声に一番戸惑うのは、自分っていうのは妙だのう"』

『しかも、自分にだけ聞こえている声は顔や顎の、頭蓋の骨を振動させた上で聞こえているっていうんだからね、結構考えてみるとホラーだよね。

自分だけに聞こえる自分の頭蓋の声なんて、何か恐怖ホラー小説とかの題材にありそう』


旧友グランドールの特徴的な訛りを見事に模倣しているのに感心しつつ、ネェツアークが返事を行った時、城門前に立つに門番が気が付いて、接近してくる。

時に西側で住居を構えてる者が、東側の飯処で食事に行ってそのまま帰り道に通る事もあるので、そういった際にも門番によっての声かけの確認は積極的に行われていた。


夕刻などは国の学校が終わった後に習い事している子ども達や、仕事終えて西側から東側に帰る御婦人などには、安全だからという事で、余程遠回りにならない限りは利用する者が多い通りでもある。


ただやはり軍服に、警衛という事で目深に身に着けている軍帽に時間的にはもうすぐ深夜に差し掛かろうという時間もあって、城門の照明が強く注がれる事で出来る影が深く、少しばかり迫力が増す。

しかしながら、今回は兵士が何やら"声"についての話題から頭蓋などという物騒な話題をしている2人組の若人に語り掛 けようとしたなら、ふっと照明が暗くなる。


思わず門番の兵士が振り返ったなら、直ぐに明るさが戻ったと思ったら、少し瞬く様な動きを灯りは繰り返す。

交代で門番に立つ為、受付控え場所で休息していた兵士が出てきて照明の場所に駆け寄り見上げたが、また照明は瞬くような動きをしていた。


『"お、なんじゃ?"』

『何か、照明の調子が悪いのかな?、取りあえず身分証見せて敬礼して中に入ろうよ』


2人の人物がそう言って既に、帽子を着用していない場合の敬礼の所作を行うので、門番の兵士の方も、帽子を着用した際の敬礼を実行し、取りあえず自身の職務を全うを行うとする。

けれども、照明が落ち着かないので自分も敬礼をして見せた所で、確認をしたいのだが目の前にいる2人の人物の姿はシルエットでしかなかった。


一応敬礼の所作を行った事で、互いに緊張を解く様に敬礼の所作を止めたなら、門番の兵士の前に立つ2つのシルエットは互いに顔を見合わせる動きをした。


それから2つのシルエットの内、背の低い方が門番の方に、親し気にといよりも馴れ馴れしく語り掛ける。


『門番さん、何か照明の調子悪いの?』


『いえ、どうしてだか、いきなり……』


一般市民の前では取れないが、同じ職場という事もあって、少しばか警戒を解き、門番は素直に急におかしな動きを始めた照明について、感想を述べた。


急に瞬きを始めたのは、城門を過ぎる前に通る箇所だけで、他は確りと灯りを点している。

何度も瞬きを繰り返すので、少々眼が痛くなるような感覚を伴い、門番とシルエットを合わせて3人共自然と、表情をしかめていた。


『"ふむう、こいつはいかんのう、何ができるわけではないが、ワシもちょいとみてこよう"』


もう一方影シルエットが、身分証を取りだそうとしている間にも、照明は瞬く。

ただ門番の兵士は、独特の訛りの調子で眼前に立つのが年若いが国の英雄候補となろうとしている青年の2人だと気が付いた。


『"ネェツアーク、さっき上着脱いだ時にワシの身分証を渡しとっただろう?。ワシは照明の方を見てくるから、ワシのも確認作業をしておけ”』

『オッケー、というわけで、セリサンセウム王国軍、軍学校教育隊所属、ネェツアーク・サクスフォーン中曹とグランドール・マクガフィン中曹、只今帰還しました!』


最初の"オッケー"という言葉にはふざけるような言い回しだったけれども、その後は活舌良くはっきりと口にしていた。


『さっき、グランドールの奴、飯処で上着を汚してしまって、ちょっと洗ってこようってなって、私が身分証を預かっていたんですよ。

という事で、確認を2人分お願いします。

で、グランドール、どうだ?何か変な所があったか?』


馴れ馴れしいから不貞不貞ふてぶてしい口調に変わった時には、再び灯りが瞬いて、左右の手にしている身分証を開いているのが、門番の兵士には見えた。

片方の証明書に載っている肖像画のフワフワとした髪に丸眼鏡をかけた目付きの鋭い人物は、確かに身分証の人物だった。


『うーん、灯りが落ち着かないなあ。これじゃあ、身分証明にならないから、そうだ、認識番号も言おうか?』


と、門番の兵士の返事も聞かぬ内に、ネェツアークは軍隊で識別番号(コード)となる番号を口にする。


『グランドール、お前も言っとけば?』

『"おお、そうだのう、えっとワシの場暗号は―――"』


照明の元で、シルエットだけの状態になっている"グランドール"も滑らかに自身の識別番号(コード)を応えていた。


門番の兵士は、少し慌ててネェツアークが預かったままになっているグランドールの身分証を見つめつつ、耳に入って来る数字と照らし合わせる。


未だにシルエットの姿しか見えないが、グランドール・マクガフィンが独特の訛りをもって口にした、文字と数字は肖像画の下に書かれている物と完全に一致していた。

実を言えば褐色の大男で好漢で有名な、グランドールの姿がはっきりと確認できない事に、少しばかり不安の気持ちも門番の兵士の胸の内には出てはいる。


軍隊の方でも敷地の奥にある教育部隊の方なので、日頃接する事が先ずないのと、国が英雄候補としている人物という事で軽く緊張しているのもあった。

ただ、最終的にかなり気合を入れて覚えなければならない識別番号(コード)、15文字以上の数字の羅列を訛り交じりながらも、滑らかに応えた事で、不安の気持ちは萎む事になる。


他の軍人も滑らかに言えない事でもないのだが、東側の飯処で飲食をしてきて"出来上がっている状態"を伺わせながらも、身分証を見ずともそらんじる事が出来た事に素直に感心していた。


それに照明が不調という事になると、"その後"についての方の諸々が心配にもなる。

特に何もなければ”申し送り事項はなし"ですむのだが、こういっ城門の入り口に設置されているた照明が不調となると、報告する事は絶対に免れない。


軍でもあるが城門は国の物でもあるし、ある意味では一般とまつりごとの境界をつける象徴でもある。


象徴を表現する箇所が、一部でも不備・不調があるというのなら、当番交代制ではあるけれども、その場所の警備で警衛の責任者となっている上官が、報告書をしたため報告しなければならない。

場合によっては、不備・不調の原因が解明されるまでは"警衛の任務"が延長される事になり、そちらの方に心配の気持ちが湧いてもいた。


日中は交代はあるけれども城門に直立不動で見張りに立ち、夜は仮眠は取れるにしても、時間も短いので、警衛任務を下番(※軍隊などで、当番勤務を終了すること)引継した後には、出来れば直ぐに休みたいのが本音でもある。

気にはなるが、現在の門番の持ち場を離れるわけにもいかいず、調子の悪い照明の方を振り返り見上げていた。


『そんなに心配しなくても、単純に、照明に使っている精霊石の調子でも悪いんでじゃないかな。それじゃあ、警衛お疲れ様』


いつの間にか両手に持っていた自分ネェツアーク旧友グランドールの身分証を畳んで仕舞い込んだ、鳶色のフワフワとした髪の青年が、心配している門番の兵士の肩を叩いていた。

そしてスタスタと証明を見上げる形になっている、同僚の横に並んだなら、同じ様なシルエットの状態になる。


『"グランドール"、原因わかりそう?』

『"特に何も乱れている様にもない様子じゃからのう。案外単純に、精霊世紀の燃料エネルギー切れかもしれん。

こういう場合は後方支援の部隊か?、それとも整備課かのう?。まあ、何にしても警衛の部隊が責任を負う事はなかろう。

それじゃあ、『ご苦労』……さんかのう』


普通の会話にも感じていたのだが、最後の発言だけ少しばかり取ってつけるようにして、”さんかのう”という言葉は付け加えられる。

褐色の好漢である筈の人物の声は兎も角、発言はつまるし随分と重厚な響きを携えていた。

ただ、その響きは重厚であるにしても尊大と言った感じは一切与えず、不思議と聞いていた者全員に、”相応しい"という印象を与えていた。


『……さっ、早く帰って寝ないと。

明日は休みだけれど私、新人の訓練兵達の起床・点呼の当番だからね。グランドールはゆっくり寝てなよ』

『"そんなに怒る事はなかろう。それじゃあ、ささっと軍学校のワシらの居室に戻ろうかのう"』


少しばかり慌てた雰囲気でネェツアークの声が響いたと思ったなら、"グランドール"はやはり東側で飲食してきたせいなのか、返事としてかみ合わない言葉を口にする。

何にしても軍学校の方へと、2人の英雄候補連れ立って進んで行ってしまった。





『そんなにビビる事はないだろう、ネェツアーク。不思議には思ってもバレてはなかった』


最後の最後で"グランドール・マクガフィン"らしからぬ発言をしてしまったダガーが、既に真似る状態を放棄し、手櫛で髪形を戻し眼帯も元の様に身に着け乍ら、横で嘆息している鳶色の青年に語り掛ける。

眼帯を外している事で、確りと心が拾い読めているので、自分が行った"影武者グランドールの影武者に関しては、成功したと思っているダガーがそう口にする。


ただそう告げた後に、自分の隣を歩くネェツアークがまた違う事を心配しているのに、眼帯を着けなおしている事で隙間の左眼から拾い読む事が出来た。


拾い読まれた方もその事には気がつき、既に読まれているのだから、別に説明するまでもないのだろうが、取りあえず自分の言葉で考えを口に出していた。


『警衛に疑われたのなら、バレてもとことん誤魔化す覚悟ですよ。

でも、警衛をしている兵士達は誤魔化せても、十中八九照明が不調という事で絶対に報告書は上がる。

それにチューベローズさんが高確率で気が付いて、目をつけたなら警衛の責任者に根掘り葉掘りを尋ねて、これはもう絶対にグランドールではなくて、ネェツアークが疑われる』


『普通は、あの状況の報告を念密にされたのなら、グランドールの方を疑うんだろうけれどもなあ。

警衛で聴取されたほうも、グランドールじゃなくてネェツアークの方に注目する宰相様に驚くだろうな』


ダガーが朗らかに笑っている所を仏頂面で、ネェツアークが頷いた。


『説教される危険性が限りなく大きい。それと薬を提供してくれたメイプルにも、迷惑というかお説教がいくかも知れない可能性に、今更になって気が付いてついたんですよね』


『でも、事情が事情なだけに今回は見てみぬふりをしてくれると思うぞ。

チューベローズなりに、"教え子達"の心情に 関しては宰相(本業)の間に、結構気にしているからなあ』


蛇のような眼をした壮年という時期が終わろうとしている、いつも自分ネェツアークに特に厳しい人物が、馴染みグランドールとメイプルを含む複数系ながらも、気にかけているという言葉に、少々複雑な心境になり口角の両端を下げる。

ただその頃には完全にダガーは眼帯を装着していたので、鳶色の青年の心境など、知ったことではない状態だった。


好奇心が旺盛な性分としては、そこで自分ネェツアークの心境に踏み込んで来ないことを、少々不思議だとも思いもする。


(まあ、興味を持たれても、この暴君に相手にしたならこっちの身が持たないか)



『取りあえず、居室に向かいましょうか。グランドールが、"鼾をかいて寝てくれている事を願って"』


と口にしながら向かうのは教育隊の関係者でも、独身若しくは単身赴任が、その期間が終了するまでの間の住居となる建物である。


"軍学校"という事で、学校みたいな建物があると誤解されることが多いが実際はそうではない。


複数の軍施設の建物があって、その中で新人の訓練兵を兵士として教育する機関と部隊があるという事である。

なので、軍関連の施設は王都の本部に限らず、セリサンセウム王国という大国で重要拠点に街と共に併設されて、駐屯する軍隊の建造物は大体は同じ造りをされていた。


傍目から見ても一様に同じ造りをしているので、転属として配属先が国の北の端から南のから端に移動になっても、軍施設の周辺なったならとても似た光景を目の当たりにする事になる。


転属の多い職種となると、既視感デジャビュもどきを赴任先で何度も繰り返すし、配置も似たような物になっていた。

これは例え転属したとしても、似たような場所という安心感と共に直ぐに馴染める様にという、配慮を込められている所もある。


ただ実際に施設内外はよく似ているとはあっても、やはり土地柄に合わせ、軍隊としても役割や設備しているものは、変わる所があった。

時勢と世相によって環境の変化が著しい職場(軍隊)でもあるので、状況の変化に強い精神メンタルを持ちつつ、施設が同じ形状ならば、どんな場所であっても国を守る兵士としての本分を果たせることに考慮しての仕様となる。

それに配属に関しても、大きな軍が駐屯するわけではない、一般的に分屯地と呼ばれる小規模の軍隊基地でも、転属は決して個人1人というわけではなく複数人同時にとはいかなくても、ほぼ同時期にという配慮もされていた。



滅多なことがない限り、部隊と聞いているのに、実際のところ1人だったりするというとんでもない配属は、人ではないような上司と、暴君が許可しない限りあり得ない事である。




『―――おい、ネェツアーク。確か、軍学校に所属する者の生活宿舎の入り口はあっちだろう?』


似通った建造物ながらも、確り見分ける事が出来る王太子は突如足を止めたネェツアークにそう呼びかけた。

声をかけられた方は、自分の口元に長い指で覆うようにして左上に鳶色の眼で視線を向け乍ら唇を開いた。


『いえ、多分時間的にツヅミさんが先にグランドールを運んで戻ってくれていると思うんで……。外出許可証は明日の朝にでも当直に返せばいいから、それは良いんですけれど、多分入り口は普通に通ったなら、また褐色の大男と同じ体格の野郎が通り過ぎる事になると思いましてね』


一般の兵士は兎も角、訓練兵はほぼ強制的に"規則正しい生活"を叩きこみ管理される事も軍学校として機能する部隊の役割となる。

2人が向かっていた訓練生の宿舎となっている軍施設の入り口には、取り外し可能な厚い木工の看板に達筆な堀文字で"セリサンセウム国軍・軍学校訓練生宿舎"と認められ掲げられている。



その看板は精霊石によって灯された照明で、はっきりと照らし出されているその下に、外開きの透けた硝子扉があり、その中は既に暗い。

ただし、少し進んだ箇所から漏れているだろう光が見えた。


それ以外の箇所は見事という位に消灯されており、慣れていない者や初見の人物には、十分怖がる事が出来きそうな雰囲気でさえある。


そのわずかな明かりが漏れている所が、どうやら外出許可証を返納する当直室という場所となる。

一応、日付が切り替わる時間に、軍本部の当直となる司令部に通信機で"異常なし"の連絡をしたなら仮眠ではあるが就寝できる。



『じゃあ、どうする?。当直が確り寝るまで待機するのか?』


ダガーが、再び身に着けたばかりの自身の左目を覆う眼帯を指さしながら、尋ねる。

心を拾い読む力を使ったのなら、当直が仮眠に入ってから 深く寝いったかどうか、確認する事は可能だった。

夜間でも見周りの兵士がいるが、それもダガーの力があったなら、十分やり過ごす事が出来る。


『うーん、そうすると時間が掛かっちゃうしなあ。いいや、窓から侵入しよう。あんた、窓から出入りするの大丈夫?』


何気なく確認するつもりで、ネェツアークは口にする。

ダガーの身体能力からしたなら、そういった"やんちゃ"な行動が余裕なのは判ってはいるが、一応は王太子という立場の人物である。


『――――――』

『……ダガー?』


余り名前を呼びたくはないのだが、反応がないから尋ねると、それなりに付き合いの長さの中で、今まで一番の自信に満ち溢れた笑顔を薄闇の中で浮かべていた。


『ああ、昔から窓から出たり入ったりするのは、とっても得意―――!』

『ちょっ、もう少し声を抑えてくださいよ!、あんたの声は良く響き過ぎるんですから!』


予想外に上機嫌な反応と返事に、思わず手でダガーの口を押えて、そのまま自分ネェツアーク旧友グランドールの 居室の窓際までやって来た。



居室の窓枠の下に身を屈めて揃って滑り込む様にして、火の精霊(サラマンダー)が具現化する際に形どるヤモリのように貼り付く。


『ったく、あんたが上機嫌になるポイントがいまいちわからん!』

『すまんすまん』


幸い、よく通る声は不貞不貞ふてぶてしい人物の肝を盛大に冷やす事には大成功はしたけれども、警邏の兵士にも当直の兵士にも気が付かれなかった様子だった。

身を屈めている事もあるけれども、居室の窓は内側からと外側からでは結構な段差があったが、手を伸ばせば触れられない事もない。

腕を伸ばしたなら十分触れる事が出来たけれども、窓を開くことには慎重になっていた。


『……窓の鍵はいつも大抵開けっ放しにしているから、今日も大丈夫だとは思うけれども。後は開封と同時に、グランドールの鼾が外に出てこないかが、心配でもあるんだよねえ……』


そう口にして指先をに神経を集中させて窓枠を推した反動で、僅かな軋みの音もなく開いたなら、部屋の内側から開き、それと動きを同じくする様にして、カーテンも風きに乗って揺れていた。

音らしい音は、少なくとも居室の内側からは聞こえない。


『グランドールは相変わらず寝ているみたいだし、ツヅミは使った道具も回収してもう撤収しているみたいだ。というか、この場合はツヅミも窓からでて行ったのだろうな、というわけでさっさと中に入って窓を閉めよう、ネェツアーク』


眼帯と顔面の間に指を指し込んで、ダガーがそう言った次の瞬間には、隣にいる鳶色の人は片手を上げていたのを両手にして、窓枠を掴んで懸垂の形でその身をあげていた。

上半身上げた後に、慣れた調子でその姿は直ぐ居室内に消えてしまう。


『……別に、手伝わなくてもいいんですよね?』

『ああ、窓からの出入りは慣れているからな』


幾らか抑えた声が窓の外から聞こえたかと思ったなら、ダガーは直ぐに窓枠から姿を現して、そのまま入り込みそれから窓を閉め、カーテンも確りと閉めた。


『それじゃあ、アルセンを連れてこようかな。朝起きて、一緒の部屋にいたなら相当驚いて、少しは話すきっかけになるだろう』

『ネェツアーク、上着の方はどうする?』


そう言う頃には、ツヅミと打ち合わせをした際から身に着けていた、グランドールの上着を脱ぎながら、尋ねる。

『ロッカーが2つあるので正面から見たならで奥の方の左側……、よかったら、灯りつけましょうか?』


『いや、折角闇に眼が慣れているからな、点けなくていい。

それに、グランドールの眠りも深くもないが、浅くもない状態になっているみたいだ。

グランドールに起きられても、ネェツアークに個人的な相談に来たとでも適当にごまかせる。

だが、ここまできて目論見が失敗したなら、馬鹿らしい。

それに心を拾い読む気がなくても、やる気がないのが伝わってくる声で言われてもなあ』


そんな返事を口にしている間に、上着をしまうべくグランドールのロッカーへと移動して開けたなら、そこには"ダン・リオン"が身に着けたいた上着が掛かっていた。


『これはツヅミがしてくれたんだな、うん』


そう言いながら音を立てない様に服を取り換え、グランドールの上着を衣文かけ(ハンガー)をかけて戻しておく。

ネェツアークの方も、自身のロッカーの方に移動し、就寝時間後の訓練生の宿舎内でしていてもおかしくはない衣服に着替え終えている。

ちなみにロッカーの間には結構なスペースがあり、残念ながら"整頓されている"という表現は使う事が出来ないが、様々な道具が 適当に積み上げられている。


『相変わらず、片付けが苦手なんだな、ネェツアーク……』

『感覚でどこに何があるかは判っているから、構わないんですよ!』


珍しくダガーの方が呆れるように言ったなら、無駄に凛々しく言い切った後に自身ネェツアークの寝台の方に進んで行く。


『別に枕に拘りはないけれど、アルセンは拘るかもしれないから持って行こうかな』


脇に軍で統一されている真白い麻のカバーで覆われた、一般的に"やや硬い"という評価を受けている枕を小脇に抱えて、ネェツアークが支度を終えた頃、ダガーは再びグランドールを見ていた。


『……なあ、ネェツアーク。お前は王都に定住を決める前、グランドールとセリサンセウムに限らず世界中を旅をしていたんだよな』

『ええ、私自身は恩人から頼まれた物があって、それが旅でもしないと探せない物で、グランドールも、天災でりになった家族を捜す事が目的でしたからね』


諸事情で"ネェツアーク・サクスフォーンの旅をする理由"は伏せさせて貰ったが、ダガーが求めているのは旧友グランドールの情報を求めているのが伝わって来たので、そう告げた。


『……そうか。それにしても、本当に灯りをつけなくて良かった』


そう言いながら、眼帯をグイっと上げる。

その視線の先は、履き物を脱がされ上着を脱いでいる程度だが、疲れて帰って寝台に直行したならあり得なくはない恰好で、極自然な形で眠らされているグランドールに向けられている。

相変わらず寝息は普段の褐色の大男の物を知るネェツアークにしたのなら、非情に穏やかなものだった。


『普段なら、心を拾い読む程度なんだが、"夢”と言いう特殊な状況と闇が背景になって、今まで見た事がない状況で、見える。

そうだな、まるで、絵本を読んでいるみたいだ……で、登場人物はネェツアーク・サクスフォーン、お前だ。

それで恰好は、ダン・リオンと出逢った時の様な、旅人の恰好だな。

それに今よりもまだまだ子供で、もしかしたらここの訓練生達よりも幼いかもしれん』


『私が出ていて若いってこと?、それじゃあグランドールは……って、拾い読んでいるのがグランドールの”夢”だから……。

グランドールの視線で過去の私を夢で”今”見ている事になるのかな?』


眼と髪と同じ色の眉を上げて、驚きの声を抑えながらネェツアークが伝えたなら、ダガ ーは深く頷いた。

先程のやり取りで、ダガーは心を拾い読む事が出来ても”過去”や”記憶”は見る事が出来ないのは話しに聞いていた。

だから、今拾い読んでいるのはあくまでも”今”見ている夢の物だという事なのだろう。


『ああ、お前は愛用の二振りの小刀を腰の後ろに隠す様に身に着けているし、グランドールは姿は見えんが、身に着けている装具は、いつも通りの奴だ。

こちらは左の腰に大剣を着けているな、それで何だが、ネェツアーク。

お前は乾燥地帯の草原の様な場所に心辺りはあるか?』


その質問に上げていた眉を直ぐに降ろして、苦虫を強引にかまされたような表情を目に見えて判るように浮かべつつだが、比較的真面目に応えてくれる。


『……ああ、ありますよ。とういか、あんたも旅をしてったって聞いたけれども、本当に国内のみ(セリサンセウムだけ)何だな』

『成程、そう言う言い方をするということは、この夢の中で見ている光景は、ネェツアークが思い出している通り、”サブノック”というわけだな』


国内のみという言葉に少しばかり気を悪くしたのか、ダガーは結論だけを先に口にする。


それから暫くダガーは寝入っている褐色の大男を見ていたが、少々驚いた表情をした後に、腕を組む。


『……だが、夢だけに結構内容が、飛び飛びになっているなあ。ネェツアーク、旅中はいつもグランドールと行動を共にしていたわけというではないのだな』


『そりゃあ互いに目的は違ってましたからね。

求めている情報がありそうな場所を目星をつけ一緒に移動して到着したなら、ある程度期間を決めたなら集合場所となる宿だけは一緒にして後は、個人行動です。

でも、互いに協力が必要な場所とか、得意分野が違いますからそこは協力してましたよ。

まあ、グランドールは当時から身体がデカかったから、おもにそこは特に頼らせて貰いましたよ』


ネェツアークは、明言はしないが、旧友グランドールは"老け顔"というわけではないのだけれども、身体が大きく落ち着いた雰囲気は、余程鋭い"大人"でもない限り、"成人"と勘違いをされていた。

大人に勘違いされる事(そこの所)は"当人グランドール"の前では笑ってはいけないのだが、思い出すだけでも笑いで心が震えているのは、拾い読むに当たって実によく伝わってきていた。


ただ、それを言うのなら"ダ ン・リオン"に扮して、見聞を広める為に少年期の頃から、セリサンセウム内を旅をしていたダガー・サンフラワーにも似たような条件は当てはまっている。

違う所言うとするなら、"ダン・リオン"は未成年ながらも1人旅ができる事を、有難いと思っていたが、グランドール・マクガフィンはそれなりに気にしていたという事になる。


『普通は大人として、確りしていると認められる視線を向けられるのは、そんなに嫌な物なのか?』


『普通といいますか、育った環境とやっぱり当人の心情によると思いますよ。

私は、グランドールが少年という表現に相応しい年代から"大人"扱いされる事で、普段は大抵の事は流す(スルー)出来るのに、ムキになっていたから、面白くて揶揄っていただけですし。

にしても、今見ている夢はサブノックのですか―――』


薄闇の中でもあるのに、その中でも表情とともにネェツアークの心が翳るのが拾い読んだ途端に伝わってくる。


『―――じっくりと見たい気もするが、時間が今日はない。ネェツアーク、アルセンを連れてこようか、起こすのに時間がかかるといかん』


『そうですね、そこは賛同しますよ。私も、明日はそれなりに早いんで』


翳りを敢えてダガーに伝えた鳶色の青年は、旧友グランドールと殆ど変わらないシルエットをしている、国の王太子を連れて居室を出る。

それと入れ替わるように、少し距離がある当直室の灯りが消える。


時期的タイミングには大変ありがたいけれど、どうですか?』

『うん、当直についている奴は、今日は月周りの一度の体力検定だったみたいだから、疲れているみたいだな。さっき司令部に連絡出来て、漸く寝れるという事で凄い勢いで、今寝たぞ』


小脇に枕を抱えたネェツアークが、一応小声で質問したが王太子は殆ど声を抑えることなく平然として返事をする。


『……それにしても、訓練生の宿舎は、時間の事もあるだろうが本当に皆が良く寝ているな』


念の為に他の人物―――当直と教官を除けば、訓練生しかいないのでそちらの睡眠具合を確かめる為に、"聞き耳"を立てるように、ダガーが眼帯をあげてみたが、どの眠りも落ち着いたものだった。

その王太子の反応には、脇に枕を抱えている未成年ながらも"教官"の役割を熟している鳶色の青年は苦笑いを浮かべていた。


『そりゃあ、変な事が考えられないくらい"兵士"としての教育課程カリキュラムを詰め込んでますからね。

訓練がきつくて脱走をするようなら、その後は"訓練が耐えられなくて逃げ出した"というレッテルを人生の後世について貼られますから。

教官として関わったなら、家庭の事情や、身体的事情がであない限りは出来る事なら無事に教育課程カリキュラムを終わらせて、取りあえず任期1年はもたせてあげたい。

それさえ済めば、後は任意で辞めるも続けるのも本人の意思次第です。

後は脱走を笑い話に出来るような器用者なら良いかもしれませんが、まあ、相談せずもせずに思いつめて逃げ出す人がそんな風に出来るとも思いませんし。

かといって、徒党を組んで集団で逃げられたのなら、教育隊としての面子が丸つぶれ。

とはいっても、長年教育課程(カリキュラム)を組んでいたという、退役された大先輩をユンフォ様から紹介して貰って尋ねたなら、

"今と昔では時代が違う"

と仰られましてね。

"合わないものを続けさせても破綻がくる"と忠告アドバイスを頂きました』


『では、無理そうな者はどうやって、脱走させずに続けさせるんだ?』


この純粋な質問には、枕を小脇に枕を抱えている鳶色の人は苦笑いの部分から"笑い"を抜き取った表情を浮かべていた。


『それこそ時と場合と相手によりますよ。

それに今の私が教官として接している班員の子ども達は、これもある意味育った環境によるんだろうけれども、頑張り屋さんが多い。

だから、逃げ出そうって言う子に出逢っていないから、正直に言って応えられません。

1人が落ち込んだとしたなら、班員同士で励まし合って、上手いことやってくれているから、教官わたし要らないんじゃないだろうか、って位に有難い限りですよ。

なので今は、長続きさせる云々よりも如何いかに無茶をさせない様に苦慮してます。

特に、諸事情で普通より遅れて入校した可愛い男の子が健気に頑張り過ぎる物だから、前から頑張り屋さんだった班員が、更に感化されて頑張る物でね。

どちらかと言えば、今は教官として訓練頑張り過ぎて、倒れない様に見張るのが仕事の様な感覚になっていますよ』


『"そりゃあ、親戚アルセンがすまんのう"』


ネェツアークの説明にダガーが、もう一人の教官(グランドール)の口調で物真似で答えた時に、2人の英雄候補が担当する班員の 、横にスライドする形の居室の扉の前に辿り着いた。


2人が担当している班員は、元々6人だったのだが、そこにアルセンが加わって7人となる。


元々訓練生期間の居室は、8人部屋を基準としているので、人数が増える分には支障がない。

居室自体は8人を想定した造りであるので、狭くはないのだが決して広くもなく、成人した大人でも十分横になれる2段寝台(ベッド)で使用している事で、広さを確保しているのもある。


個人的な場所(パーソナルスペース)としたなら、その2段の寝台ベッドの自分の場所くらいなものだった。


しかしながら年代的にも、暇な時間(訓練生時代に然程ないが)は居室で、皆で装具を整備しながら話したりするなどで、特にストレスになっているようなこともない。

それに、入校に当たっては"そういう生活になる"とかさがさね説明する事で、そういった生活が向かない者は、まず入ってこない。


まだ開いてはいない居室の扉越しでも、鼾とまではいかないが、健康的な寝息が複数が既に聞こえてくる。

それ程、日々体力的に限界に近い状態で訓練をしているのが察せられた。


『よく寝ているとは思うんですけれど、万が一に他の訓練生を起こしたら悪いから、闇の精霊さんに手助けを願いましょうかね』


そう言って枕を小脇に抱えていない方の腕から、着替えの際に一緒に忍ばせたハンカチに包み込んでおいた紫水晶アメジストの、極細かい破片の塊を取り出す。

小さい破片がぶつかり合う音がしたと同時に、既に呼び出す用意を前以てしてあったのか姿は現さないが、それ程間を置かずに闇の精霊の気配が2人の周囲に満ちる。


けれども相性というのもあるのか、ダガーの周囲に闇の精霊らしきものが近づこうとした瞬間に、拒絶と例えるよりも、途轍もない熱に触れて、驚き反射的に逃げネェツアークの方によるという現象が起きていた。

その状況にダガー自身は少しばかり申し訳なさそうに太くキリリとした眉で、眉間に縦シワを作りつつも、直ぐに苦笑いの表情を作りなおす。


『うーむ、母上からも聞いていたが嫌われているわけではないんだろうが、どうも"闇"という物と、親父の血筋は相性が悪いみたいだ』


それからネェツアークに指示されたわけではないのだが、ゆっくりと居室のスライド式の扉に手をかける僅かななすき間を作る。


『まあ、屁理屈だと思って言いますけれど、姓からして"向日葵サンフラワー"で、闇の精霊という存在からは、相性が宜しくないというか縁遠い雰囲気は感じますけれどもね。

あ、でも、ロッツ君は殆どの精霊から好かれているから、鬼神殿グロリオーサ・サンフラワー殿の系統の血だけとも言えないと思うんだけれどもなー。

それにしても、あらゆる精霊について好まれる性質?というか、体質?。

いつか徹底的に調査をしてみたいんですよね~、どういう仕組みで摂理なのか非常に

興味深い。

生活を共にして、観察位しないと詳細な情報データは集まらないだろうし……。

じゃあ、そのまままで、闇の精霊さんのご加護を流し込みますんで』


『おう』


音もなく、闇の精霊の蠢く雰囲気だけを感じ、それが落ち着いたと同時にいつの間にか消えてしまった紫水晶アメジストのハンカチをネェツアークがしまう。


『アルセンは何処で寝ているんだ?』

『一番手前の寝台ベッドですよ。本当は寝台の支度(ベッドメイキング)も、2段ベッドの上下のペアで行うんですけれどね。

アルセンはユンフォ様が珍しく謀って、編入させましたから』


そう言って、入った居室の中の一番手前にある二段ベットの下の方で、綺麗な顔をした少年は仰向けに実に行儀よく寝ていた。


その先に2段寝台(ベッド)が3床、規則正しい間隔空けて並んでおり、先程と同じ様に、健康的な寝息がそれぞれのペースで聞こえてくる。

闇の精霊の方も、良く寝付いている"子ども"に気をよくしているのか、協力の報酬として前払いされた紫水晶アメジストの効果もあって、訓練生に普段以上の良質な睡眠を与えていた。


余程の事がない限り起きないだろうという、ダガーの言葉を受けた後、ネェツアークは後輩の側に立った。

親戚ダガーからアルセンの寝付きの良さは聞いていたので、取りあえず肩を揺さぶってみる。


勿論起きない。


次にもう一度、ダガーに他の班員は深く寝ているという保証を貰って、ネェツアークが呼びかけてみる。


『アルセン、おはよう』

『……』


他の班員の様に闇の精霊の助力を受けているわけでもないのだが、美少年は実に健康的な寝息を立てて眠り続ける。

昼間に旧友グランドールに拒絶の言葉を受けて、物凄く傷ついた面差しを見かけた立場の先輩ネェツアークとしたなら、少々複雑な心境にも なれる。


(まあ、そういう事があったとしても"よく眠れる"という度胸があるから、普通なら塞ぎこんでしまいそうな生い立ちでも逞しくやっていけるんだという事なんだよな、うん)


自分ネェツアーク自分サクスフォーンを納得させるという心境を、眼帯を外すまでもなく拾い読めた人(ダガー)は、従姉バルサム息子アルセンの寝姿を観察する。


『うむ、やはり起きないな。隣で、酒盛りと説教が行われていても、眠り続けるアングレカムの血脈がここで生きているな……というわけで、ネェツアーク。

俺が赤ん坊のみぎりに偶然発見した、パドリック家の血筋の者を起こす秘儀を教えよう』


音などない筈なのに、腕を組んでいる王太子の背後に"えっへん"という効果音サウンドエフェクトという文字と共に背負っているのが見えた。


『いや、そんな勿体ぶった教えようじゃなくて、別にあんたがやっても良いんすよ。……って、その言い回しだと、赤ん坊のあんたが"アングレカム・パドリック"にした事なんですよね?』


確認を取るように尋ねると、力強く頷かれた。


『うむ、母上が酒盛りした方々に説教をしている横で、アングレカムがぐうぐうと寝ているんんでな。


いつもなら、赤ん坊の面倒を見てくれる執事みたいなお兄さんは、その時は特に酒盛りが激しくて、後片付けに追われていたから、良い意味で放置されていた。

俺もいつもキリリとしている、褐色の美丈夫が無防備に寝ているんで、当時の小さい手で色々させて貰ったし、赤ん坊が使うという喃語なんごか?。

それで話しかけても、一切起きなかった』


そこまで語ると、枕を小脇に抱えている鳶色の人から、暗闇にも関わらず力の抜けた視線を注がれているのを感じ取る。

不思議と心の方は拾い読むまでもなく、呆れられているのは判った。


『……敢えて詳細は聞きませんが、赤ん坊のあんたが寝入るアルセンの父親に散々色んな事をしたのは判りました。

で、話しかけても、赤ん坊の拳を喰らっても起きなかった。

じゃあ、何をしたら起きたんですか?』

『―――それはだな……』


内緒話をするわけでもないのだが、自然と声を潜められて、王太子が後輩アルセンを起こす方法を、ネェツアークに伝える。

それを聞いて、少しだけその方法に年の頃もあって艶めかしさを 感じて、鳶色の人は閉口する事になる。


ただ幸い(?)にも、後輩アルセンを形容として可愛いとは思うが、そういう意味で意識する対象タイプではないので、比較的普通にダガーに伝授された手段を実行する。


『ゆすっても、声かけても起きないって言うのに、こういったので起きると言われてもなあ』

『あれだ、"騙されたと思って"という奴だ』


少しだけぼやく様に言うと、そんな言葉をかけられ仏頂面で、寝息を立てる唇の側面にある形の良い白いアルセンの耳に、ネェツアークは唇を細めて息を強く吹きかけた。


『―――ひゃっ』


息が掛かったと同時にそんな声をあげ、アルセンは金色の髪をサラサラと揺らして上半身を後輩は身を起こし、緑色の眼を激しく瞬きを繰り返していたが、直ぐに半眼となる。


それから再び、ごく自然に寝ようとするので、ネェツアークが慌てて止めた。


『アルセン!』

『……サクスフォーン中曹?……おやすみなさい』


一度は認識したものの、再び寝入ろうとする後輩を引き留める為、用意していた言葉を慌てて呼びかける。


『"酔っ払い(グランドール)の鼾いびきがウルサくて眠れないから、アルセン、ベッドを交代しろ!"』


一応前以て用意していた台詞ではあるけれども、寝ぼけている教後輩の耳に届いているかどうかで正直に言って不安ではあった。

案の定、ネェツアークの言葉に再び寝入るという様子は止めたけれども、そこから緑色の眼を半眼にしたまま動かない。

もう一度、同じ旨を語りかけようとしたなら、表情はそのままだがアルセンはゆっくりと口を開いた。


『……マクガフィン中曹……、グランドール……判りました。……準備します……荷物は枕だけでいいですか?』

『ああ、それでいい』


普段に比べたらゆっくり過ぎる位の反応リアクションだけれども、寝ぼけている調子は犇々《ひしひし》と伝わってくるので、"まあいいか"という気持ちで、アルセンが支度するのを待つ。


やはりゆっくりとした調子で、寝台から出てきて宿舎内で使用する室内履きを履き、教官ネェツアークと同じ様に枕を小脇に抱える。


『準備……出来ました……』

『ああ、じゃあ、行こうか』


(ねえ、もしかしたら、ダガー(あんた)がいる事、アルセンは気が付いていませんよね?)


近距離に いたなら、テレパシーを使わずとも"気持ち"強めに思考すると眼帯をしていても考えを拾えるらしいので、実行したなら通じた様だった。


『そう様子だが今回はその方が有難いだろう。時間ももう遅いから、そろそろ移動しよう。

闇の精霊も頑張ってくれてはいるが、流石にな』


笑顔を浮かべて、楽しそうにそう口にしたなら先に居室から出て行ってしまう。


『だったら、あんたが声出すなっつーの……ん?』


後輩が自身の枕を取ったことで空いた場所スペースに、自分ネェツアークの枕を投げて続こうとしたなら、手を握られたいた。

ただ、握られているというよりも掴まれているといった方がニュアンス的には相応しい感じだけれども、自分の手を掴む美少年を暗闇の中だけれども、まじまじと見つめる。


『……』

『……まあ、寝ぼけているからな、うん』


再び自分ネェツアーク自身サクスフォーンを納得させるようにそう呟いて、一応握られた手を握り返して、後輩アルセンを伴い居室の外に出る。

外に出たなら、眼帯をした大男が相変わらず笑顔で立っていた。


ネェツアークがアルセンと手を繋いで居室を出た後に、確りと扉を閉めた後に鳶色の人は不満そうに口を開いた。


『アルセンが寝ぼけたなら、こういった行動を取ると判っていたからさっさと出て行ったんですね?』

『一応、数年前までは、家族ぐるみで付き合っていた縁戚のお兄さんという立場だからな。

時間がある時なら、弟と同い年の従姉バルサムの息子の面倒だって、一緒に面倒をみたさ』


王太子という立場の自分に、向けるには真直ぐ過ぎるネェツアークの感情(敵意)の視線を受けて楽しそうに応える。

ただ笑顔はいつもの圧のある物から穏やかなものに変え、鳶色の教官と幼子の様に手を繋ぐ、枕を抱えて寝ぼけた状態の訓練生に唯一表に出している、黒い瞳を向けていた。


『特に、交流コミュニケーションが苦手な弟に、同い年だっていうのに辛抱強く側にいて、"ともだち"でいてくれた、優しい奴のためなら、困って大変な事があったなら本当ならとことん世話だってやいてやりたかったんだけどなあ……。

俺にも―――私にも立場上、熟さなければいけない課題があった。

それに周囲に、私よりも頼れる大人(ユンフォ・クロッカス)がいたからな。

助けるにしても中途半端な力しかなかったなら、"助ける"と期待させた相手を裏切って置き去りにする様な事になるかもしれん。

そんな事は、"二度と"絶対にしたくはないんでな』


『……"二度と"?』


軍学校の責任者の名前を過ぎたあたりから、ネェツアークの知っているダガーの声の中でも、未だかつて耳にした事がない苦渋を滲ませているのを感じ取り、最後の言葉には思わず反応してしまう。

疑問を含んだ鳶色の眼を向けられても、決してその視線から逃げるような事はなく、その視線は変わらず、穏やかに従姉バルサムの息子に向けられていた。


『取りあえず、今のダガー・サンフラワーに出来るだけの事をしようと思っているだけの話しさ。

ネェツアークが大して相性は良くもないのに、縁があったからとグランドールを友達として、助けているのと変わらん。

さて、グランドールもいびきをかき始めたし、そろそろアルセンを連れて行こう』


色々尋ねたい事はあったが、響き轟くような旧友グランドールの鼾が確かに今は小さいが、戻ったなら煩いレベルの物が訓練生の居室まで届いていた。


『うわあ……、アルセンの眠りが深いって言いますけれど、これ本当に大丈夫ですか?』


いつもは耳栓をしたり、飲み物の力をかりて自分も深く寝入ったりして誤魔化しているけれども、改めてここまで届く旧友グランドールの鼾に勢いに、それまで王太子に抱いていた、疑問と不安も引っ込む。


思わず自分の手を掴んでいる後輩アルセンを見るが、こちらは安定(?)して寝ぼけている様子で、枕を抱えてたまま、俯き半眼かそれ以上眼を瞑りそうになりながら、うつらうつらとしている。


恐らくネェツアークが手を離したなら、そのまま沈んで床に眠るか、もしかしたら居室に戻って眠ってしまう様な感じすらうかがわせた。


『何というか、昼間にあんだけグランドールに拒まれた事に傷ついていたのに、こうやっていびき無視スルー出来るっていうのは、どういう心境なんだろうな』


『単にいびきをかいているという事は、グランドールにとっては今は心が安定しているという事なんだろう。

そして、それにはアルセンにも伝わっているんじゃあないのかな?。

お前だって、メイプルが作ってくれたイナゴの佃煮を上機嫌で食ってる横で、

"昨日の夕食のベー コンのアスパラまき食べてて辛そうだったな"

と、俺に励まされても、

"何言ってんだこの暴君"

くらいにしか思えんだろうが』


ネェツアークが、鼾が聞こえてもほぼ夢遊状態になっている従姉の息子(アルセン)に向けて呆れるような発言をしたのに対し、縁戚のお兄さんとして庇う言葉を口にしていた。

そして、その言葉は最もだとも思えたので、改めて自分の手を掴む俯いた状態の美少年に遣る瀬無い視線を注いでいた。


『そんだけ、アルセンの方はグランドールの方を判っていて気を使うっていうのに、グラドールの方はなあ……』

『まあ、そこは仕方ないだろうさ。お前はグランドールが妹を喪ったという現場にはいなかったんだろう?』


そう口にする頃には、ダガーはグランドールの鼾が轟くネェツアークの居室でもある場所に、脚を進め始めていた。


『ちょっ、待ってくださいよ―――アルセン、歩くぞ』

『……はい』


追いかけるべく、自分も足を進めようとする前に自分の手を掴んでいる後輩に声をかけたなら、小さい返事をしたので、いつもの歩調より随分とゆっくりになるが進み始めた。


ダガーもそこは承知してくれていたのか、歩調は普段に比べたら随分とゆっくりで、寝ぼけている後輩の手を引いていたとしても、十分に追いつくことが出来た。


少し遅れる形になりつつも、ほぼ横並びになった時、先程の質問に答える。


『……さっきも言いましけれど、私もグランドールも旅をしてても互いに目的がありましたからね。サブノックに行ったのは、ああ、そうだ。

もうどこかは忘れましたが、東の国境近くの宿場街に立ち寄った時だったかな。

掲示板に迷子の案内板があったんですよ』

『……成程、そこにグランドールの妹の情報が認められていたのか?』


直ぐに返事が返ってくるばかりに思っていたのに、中々返事が返ってこない。

しかしながら、足音は2人分確りと後をついてきているので自分が発した言葉に、いつも理屈を捏ねるのが早いネェツアークが返答をしてこないのも不思議に思い、振り返る。

するとやはり確りとついては来ているのだが、後輩アルセンとは繋いでいない方の手をフワフワとした鳶色の髪の頭を掻いていた。


『いや、それが、その看板を見たなら確かにグランドールの妹の名前は、迷子の所に会ったんですけれど……。それが"迷子の 動物を保護しています"みたいなので』

『―――迷子の動物を保護した、だと?』


薄闇の中でもダガーが十分戸惑ったのが伝わって来たし、ネェツアークも当時の事を思い出したなら、豪胆な暴君でも驚いて仕方がない位に考え、後輩の手を引き続けながら話を続けた。


『その国境に近い宿場街だったから、サブノックからの情報も載っていても、まあ不思議ではないって事で、その場は納得したんです。

でも、乗っている場所が場所だから、グランドールも戸惑っていて、私にも一緒に見て欲しいという事で、取りあえずその掲示板までいったんです』


当時、ネェツアークの探し物の情報は、なしのつぶて状態で、それなら旧友グランドールの妹を保護して一緒に探して貰った方が、楽かもしれないくらいの目論見をしたほどだった。

だがそれを見た時には、流石のネェツアークも少しばかり考え込む事になる。


【保護の知らせ】

名前 ”ジニア”※保護者がつけました

種類 鳥。

特徴 茶褐色の艶の良い羽根 美しい元気の良い声で歌います。

性格 気が強い 甘えん坊 

サブノック王国 西部で弱っているところで保護しました。


 

『名前が"保護者につけました"ってあったんですが、妹さんの物と全く同じという事でやはり眼に止まります。

それから保護しているという"鳥"の説明に当たる他の詳細の部分も、グランドールの妹さんを連想させるとかだったんですよ』


そう言い終える頃には、グランドールとネェツアークの居室の扉の前に辿り着いていた。

扉越しに、今、話題になっている存在ジニアの兄となる人物の鼾が轟いている。

鼾はやかましい程の音量の筈なのに、不思議と耳は互いの声だけを確りと拾い読んでいて、更なる疑問を埋めるべく話を続けていた。


『他の部分の合致とは?』

『鳥の特徴として、茶褐色の羽根とありましたが多分これは肌の色だろうと。


グランドールが言うには、マクガフィン家というか家族揃って肌の色は良く日に焼けた褐色だそうなんです。

それに性格も当てはまると、言っていました。後は、家族がりになった天災の竜巻に被災した場所が、セリサンセウムでいうのなら東側、丁度サブノックからして西側だったんですよ。

グランドールも私も国内は、今も未成年ですが子どもなりに探索尽くした感が当時あったんで、初心に帰ろう見たいな感じで、 それじゃあマクガフィン家が離ればなれになった場所って事で。

最後に、何よりもグランドールの妹さんの夢が"歌姫"だったとかで、それにかけてそういう風に表現していたのではないかって』


『……サブノックの者が保護してくれていて、機転を利かせて報せてくれていたという事か』


ダガーの言葉にネェツアークが頷く。


"どうして迷子を保護したのに、人という表現を使わない"という疑問は、2人の間には浮かばない。


その当時、少しでも社会揉まれて時勢を読める力があったなら、年齢的に二桁を超えて数年過ぎている子どもですら、セリサンセウムとサブノックという国が"仲が良くない"という事は解る事でもあった。

ただ国という立場では友好的に出来ないとしたとしても、その国境付近の土地に住まう住人同士として仲が悪いというわけでもないのは、旅をしてきた経験で身で以て感じてもいる。


ダガーは国内だけにしても、国境間際まで旅はしていたし、ネェツアークもそれ程離れた距離ではないにしても国を超えていたりもしていた。

国の境目という地域は、確かに他の国内に比べたなら緊張感は伴うものだが常時という物でもない。


それに季節の伏目等に絡んで起こりやすい、自然の災害ともなれば国がどうこうということなく、その被災地域で互いに幇助し合う様な関係を国の暦に関係なく築き上げていた。

加えて、サブノックという国は元を辿れば、セリサンセウムの様な昔からの王族の血筋から成り立つという国でもなく、元々は武闘部族系の民族が集まり、そこから成り立った国とされている。


友好関係で隣国であるヘンルーダも、サブノック程武闘系ではないにしても、成立ちは似たような物で、やはり周辺の似通った文化を基盤に形成された国家である。

なので国境際ともなると、国家として成り立つという歴史は知ってはいても、その土地に根付いた生活という物はその暦以上に続いており、容易に代わる物ではない。


ただ、やはり国として属していると、世間では大ぴらに仲が余り宜しくないとされている国となれあっているとなると、それが万が一にでも自国にも他国にも知られたなら中々面倒くさい事になる。


そして、国を超えないと解決が行えない諸問題が起きた場合は、本来ならそれぞれ国の首都とにある政令機関が定めた外交を通しを頼るべきなのだろう。

しかしながら、迷子の保護や明らかに 所持者が判明している落とし物、若しくは旅の途中で賊に奪われたが、現地の警邏によって取り返した金品などは、そういった手続きを取ったなら、軽く月が二回り程してしまう。


だから、所と場所によってそれぞれ方法は土地を治める地域の人々によって、公にはされないが"色々すっ飛ばしたやり取り兼取引"が行われていた。


『それで、保護の報せには続きがあったんですよ―――』


鼾を少なからず阻んでくれている扉を見つめながら当時、一度きりだけ見た文字を思い出す。


"現在はとても健康に、保護した先の家族とも過ごしております"

"特に子息が気に入っており、"家族に迎え入れたい"と考えております"

"飼い主の方がこの案内を見ましたら、是非ともご一報くださることを願います”


その文言から察せられる事は、旧友グランドールの家族である妹が健康的に、しかも保護されている先で、厚遇されているだろうという事だった。


『何はともあれ、グランドールは妹さんの名前をした"鳥"を保護しているという、サブノックでも有名な貴族の一門で、武人でもとても穏やかな人物で有名な、スパイク・ストラスさんに逢いに行ったんですけれどね』


『―――』


名前ではなく"ストラス"という姓に当たる部分に、王太子が何かしらの反応をしていのは気が付いたが、ここからの話は正直に言ってネェツアーク自身、直接には関わっていない。。

ただ、きっと何らかの形―――特に、国王直轄の諜報部隊(鳶目兎耳)がいるのなら国の英雄に据えようとしている存在の情報は仕入れているだろうと考え至り、知っているだけを話すことにする。


『あの時、私も一緒に行けばよかったんでしょうけれど、グランドールは照れもあったんでしょうか、1人で良いと。

それにスパイク・ストラスという御仁の評判がすこぶる良くて。

グランドールが妹さんの名前をした鳥の"飼い主"かもしれないとなると、掲示板の責任者となる方が、それなら直ぐにスパイク様と眼通りって事になって。

いつもの様に、集合場所となる宿だけ口約束して、その時は離れたんですよ』


『―――その後、"妹を殺され、自身も襤褸雑巾の様になったグランドールを誰かが運んできた"のを、ネェツアークが連れて、その土地を離れたという訳か』


そしてダガーの方も眼帯には覆われていない、父親譲りの黒い眼の方を鼾が聞こえる扉の方に向けると、ネェツアーク の方が嘆息する。


『何だ、やっぱり"鳶目兎耳えんもくとじ"辺りから、そういった情報は上がってきているんですね』

『そうでもない。数多くの目撃情報に、噂の様な話を拾った上で、グランドールが行動を共にしていた旧友ネェツアークという存在がいたという事を、"今"繋ぎ合わせて、俺の憶測を口にしたまでだ』


"今繋ぎ合わせた"という言葉に、ネェツアークが鳶色の両眉を上げている内に、ダガーは居室の扉を開く。

すると、当たり前のことだが先程から居室で寝ている人物の鼾が、扉という隔たりを失った事で盛大に漏れ始める。


その事で、鳶色の両眉を上げたまま状態になってしまった縁戚の美少年アルセンの手を引くネェツアークに、顎で"早く入れ"と指示する。

ネェツアークには尊大にしか感じられない態度だけれども、確かにこれ以上を鼾を漏らさせるわけにはいかないと、手を引くことを忘れぬまま、居室へと入った。


『―――過去に平定をした事を周辺諸国に"御披露目"した際。サブノックとヘンルーダとは、少しばかり色々とあったらしい』


直ぐに続いてダガーが入って来る音と、扉が閉まる音、更には旧友のやかましい鼾の三重奏トリオの筈なのに、少しばかり沈んだ調子で発せられた言葉を、ネェツアークは確り拾っていた。


『……それが、グランドールの妹と何かしら関わりが?。それとも、それがあったから、サブノックで保護されたセリサンセウムの民であるグランドールの妹が厚遇までされていたのに、殺されたとでも?』

『"ネェツアークは話しが一気に飛ぶのう"』


鼾が響いている筈なのに、その音が全く聞こえなくなり、聴力の神経の全てを暴君と親しみを込めて呼んでいる、次期にこの国の代表となる存在に向けていた。

ただ帰って来たのは、寝ている筈の人の口調を真似るものでふざけているようにも感じさせるが、"飛び過ぎている"という言葉は自分ネェツアークでも当たっていると思える。


そしてそんな事を思っている内に感じ取り伝わってくるのは、神経を尖らせていた聴力ではなく、自分ネェツアークの手を掴んでいた柔らかい感触が、その手から離れるものとなる。


ダガーが、扉の隔たりがあった先程より圧倒的に声量が多くなった、鼾が轟いている居室だというのに、相変わらずうつらうつらとしている小脇に自分の枕を抱えている、ネェツアークの手を握るアルセンの手を取っていた。


『先ずはグランドールの鼾でも寝続ける、我が従姉の息子殿を寝かせようか。

―――アルセン、寝台ベッドはこちらだ、履き物を脱いで枕を置いて寝なさい』


そう言って慣れた所作で枕だけが欠けている、ほんの少しばかり距離のあいた寝台には大鼾をかいて寝ているグランドールの身体がある寝台の上に、アルセンを誘う。




『……?……サクスフォーン中曹?……ダガー兄さま?。……?……おやすみなさい』

『……おやすみなさい』


結局、"おやすみなさい"という言葉を聞いたなら、自分を誘ったのが誰であるかは判明させずとも構わないといった調子で、綺麗な少年は素直に寝台に入り、軍で統一されて使われいる毛布にくるまるようにして寝てしまった。


『正直に言って、俺―――私にも、わからないんだ、ネェツアーク。幾ら産まれてからの記憶が一切合切あっても、人の心を拾い読めても、結構判らない事は多い』

『……じゃあ、私なんかは判らないことだらけだ』


いつもの様に凛々しさと逞しさを十分に感じさせる声の中に、少しも隠す気のない弱気な本音を滲ませているのを、拾い読めてしまったなら、不貞不貞ふてぶてしい少年もそうとしか言いようがない。


けれども、そこで諦めてしまうのが嫌で仕方なくて、フワフワとした鳶色の髪に長い指を突っ込んで掻きむしながら、苦々しく言葉を続ける。


『でも、取りあえず、判らないだらけだけれども一応目の前には、私の旧友と後輩がケンカとも言えないような事をやっているのが、今は鬱陶しくて仕方がない。

だから、今出来る事からやって、そこから片づけて行くしかないですよ。

そうしたら、求めている"答え"が手に入るかどうかの保証なってないですけれど、気は紛れますからね』



『それは、お前を"拾って"くれたという人の言葉か?。どうも、お前の内側から出て来たような言葉には思えん』


王太子ダガーが、自身の心を心を拾い読む力を使うのではなく、ネェツアークとのこれまでの付き合いから、自分の考えを口に出しているのが判ったからこれには素直に頷いた。

その"拾ってくれた人"がいなければ、"ネェツアーク・サクスフォーン"という名前は存在はせず、精々頭の回る小悪党になっていただろうと自分自身でも思う。


『小さなことでも大切にするし、子どもだというのに浮浪児の私クソガキを憐れまないし、侮らない、”ネェツアークが言うな"と思われるかもしれませんが、変わった人でしたよ。


思い出してみたら、その人との2人旅の"最期"の方でグランドールと出逢ったんです』


そこまで何気なく口にした事で、気が合う時にはとことん合い、互いに気を使わなくて良い相手ではあるけれども、相性という物ではあまりよくない2人で、"友達"として行動を共にとっている理由に今更ながらに気がつく。

そして、それを今もなぞらえるようにして、続けている。


『その直ぐ後に病気―――じゃあない、随分な御高齢でもあったから、あれは老衰ですきっと。


旅だって仕舞われました』


『……そうか、お前がそんな調子で語る人なら、不貞不貞ふてぶてしいなりに、本当に尊敬しても申し分ないない方だったのだろう。

最期は良い旅立ちの仕方をしたようで、何よりだ。

ただ、そんな賢い方なら、私やネェツアークが知る限りの情報を与えたなら、どんな考えをなされただろうな』


そこまで口にしていた時は、ダガーは先程侵入の際に使った窓に向かっている間に、ネェツアークは首を横に振っていた。


『考えはするでしょうけれど、こういった問題なら、先ずこちらの考えた事を聞いてくると思います。

そして、御自身が考えた事を話すかどうかは、ご本人の気分次第ですね。

"出来るだけ、余計な事はしたくないんだよ”とか仰りそうです』


久しぶりに思い出している恩人の姿は、鳶色の少年に懐かしさを感じさせつつ、不貞不貞ふてぶてしい笑みをひっこませさせたうえで、苦笑いを浮かばせる程の影響力を未だに持っている。


『何にしても、俺は従姉の息子(アルセン)の為に、お前は旧友の為の出来る事をやっているのだから、後は目論見が巧く行くように、祈ろうか』


そう言って窓を開く音が居室に響いたと同時に、それまで遮断されていた旧友グランドールの鼾が再び耳に入って来る。


『それじゃあ、明日―――って言っても、逢える保証はないか。

取りあえず、マクガフィン・サクスフォーン班の軍学校の経過報告を楽しみにしておこう』


それだけ口にすると、慣れた仕種で片腕で窓の縁を抑えて、正に飛び出す様にしてダガーは出て行っ てしまった。

見送るつもりなどないけれども、窓のを閉める為に自然と視界に入る外を見たなら、彼の住いとなる王宮の方にその姿は直ぐに消えてしまったのを確認した。


それから普段はどちらかと言えば、戸締りに関しては”緩い”マクガフィン中曹とサクスフォーン中曹であるが、本日は轟くような鼾を少しでも漏らさない為に、確りと閉める。



『それにしても本当に寝つきが良いというよりも、本当によく眠れるなって気持ちになるな』


先程から、容赦なく侵入してくるようになった旧友の鼾の真横の寝台ベッドに、実に可愛らしい寝顔を浮かべて寝ている。


『あ、そうだ。多分ツヅミさんの性格からしたなら……』


そう口にしながら自身のロッカーを探っていたなら、それ程時間を要せずに先程別れる前に使った"鼾遮断器"を取りだした。


『使ってないなら、返してくれると思ったんだよねえ。うん、やっぱり使ってない』


そう呟くと同時に、スイッチを入れたのなら瞬く間に居室内の鼾を装置が吸い込む様にして消える。


『あ、そうだこの音を証拠にユンフォ様に出して、酒飲んだ時はアルセンと部屋を代わって貰おう』


音を消すという役割を果たしはするけれども、根本的に無くということはできない。


"いびき遮断器"としてはその中に組み込まれている、風の精霊石が誤魔化し、水の精霊石で押しやって、土の精霊石が受け止め吸い込み"貯めている"状況になる。

なので"役目"を終えた後に、その音をどうにかしなければいけないのだが今回の使い道は決まった。


『……それと、一応念の為に仕込んでおこうかな』


"いびき遮断器"を機能させたまま、再びロッカーに向かって訓練の際に何かと使う通信機を取り出した。

それを手にし、少々細工を施しながら鼾が有る無しの変化に構わず、眠り続ける自分ネェツアークの寝台で眠るアルセンの枕元に向かう。


『起きないだろうとは思うんだろうけれど、寝ている存在には一応気を使わないとね』


そう言いながら、後輩が持参してきた上にサラサラとした金髪の頭が乗っている頭の下にある枕の下に、細工を施しこした通信機を掴んだ手を差し込んだ。


『……』


(うーん、どんな状況でも眠れるって事は、ある意味では強みではあるけれどもなあ。ここまで凄いと、ある意味じゃあ私やグランドールも超える英雄になれるかもね)


やはり微塵も起きる雰囲気も見せない事に、そんな感想を抱きながら、"アルセンが眼が覚めて起き上がり、頭が枕からは"、起動する様に通信機を細工をしておいて、ネェツアークは退出する。

それと同時に、再び居室からは旧友グランドールの鼾が轟き始めていた。


『野暮な事はしたくはないけれど、情報として掌握していた方が良いだろうからなあ。取りあえず、今日はおやすみなさい』


そう声をかけて、本日の自分の寝台ベッドとなる、教え子達が寝ている場所に向かい、扉を開く。

最小限の物音を立てて後輩アルセンが使っていた、寝台に這入りこんだなら闇の精霊はまだ活躍してくれているらしく、世話する班員達は深くと眠り込んでいた。

そして自分の所にもやってこようとするけれども、謹んで辞退する感情を込めて闇の精霊に伝える。


『眠りはするけれども、じっくりとは眠れないからごめんね~』


自分の枕に頭を沈め、眼鏡を外し胸元のポケットにしまい、本格的に悪人面となりつつ通信機を耳元に置く。


『今度、自分の耳にだけ音が届く様に何か道具作らないとな~』


日が差し込むまでは、闇の精霊が頑張ってくれるから大丈夫だとは思うが出来るだけ他の訓練生が眼が覚める前に事が済んでくれればいいとも思う。


『まあ、ここからは”大地の女神のみが知る”ってね』


そう呟いて、久しぶりに野宿をする様に気持ちで軽く緊張しながら毛布を頭の上まで被って、眼を瞑る。

野宿の時もそうだったけれども、不思議と興奮して全く眠れないということはなく、気持ちは静かで身体も頭も眠る事に躊躇いはない。


けれども、静かに意識もしていて緊張もしている。


"何か"が起こったなら直ぐに、瞼は開き、頭の方は寝る直前まで危惧していた事をそれと同時に思い出し起動する。

だから"カチリ"という音が耳の真横でした時には、眼を瞑った時と全く同じ姿勢のままで、先ずは利き手で通信機を最小の音量にして耳に運ぶ。


次に胸元にしまった眼鏡を取り出しかけ、ゆっくりと眼を開いた。

耳に入って来る情報を吟味しながら、周囲を確認する。

まだまだ夜を感じさせる闇が居室に満ちているが、眼鏡をかけた事でぼやけていたのが幾らかマシになった視界の奥に、閉められたカーテンが見える。


世話と指導をする教官2人の"堅苦しいのが苦手"と公言 している事の影響を受けている所もあるのか、僅かばかりに隙間が開いていた。

そこから見える闇は"黒"というよりも濃紺の色になっている。

闇の精霊の方も大分"引き上げている"の感じ取れて、数時間は"寝れた"というのを実感出来るくらいは頭の中がスッキリとしつつ、耳に届く様になったのは聞き覚えのある怯える声だった。

だが直ぐに被せるように、予想通りの声が聞こえる。


"……私、どうして、この部屋にいるんでしょう?。あ!、それよりも"


次に聞こえてくるのは、慌てた様に置き上がる音に、ネェツアークの勘が外れていなければ、綺麗な美少年は、履き物も履かずに素足で、怯える声を出している旧友グランドールの方へと向かっていた。

そして寝台が軋む音が聞こえたなら、次に肌を軽く叩く音が聞こえて、声が続く。


"―――中曹、マクガフィン中曹!。大丈夫ですか?起きてください!"


『……轟くような鼾じゃあ、起きなかったのに、グランドールが苦しんでいる声になら、一発で眼を覚まして、履き物も履かずに裸足で直ぐにかけよるんだからねえ』


自分で作ったいびき遮断器を起動させながら、結構な拗ねている口調で、旧友グランドールには非常に献身的な後輩アルセンの態度の声に、そんな感想を漏らす。


ただ、後輩アルセンの機敏な反応は功を奏した様で、旧友グランドールの怯える声は、ネェツアークが感想が終わる頃に止まる。

次に聞こえるのは大きく寝台が軋む音と、旧友グランドールの乱れた息だった。


" ―――大丈夫ですか?""ああ、大丈夫だ"


それから少しばかり何かしら身動きをする音が、通信機から伝わって来る。


(思えば、アルセンはグランドール起こすのに直接身体に触れている(ボディタッチ)んだよねえ)


"あっ、その、上の方にすみません!"


考えていたのと同時、それを証明し裏付けるような美少年の声に少しだけ機嫌を直して、再び通信機に耳を傾ける。


"お前も、そんな顔をするんだなぁ"

"すみません"


そこからは、それまでの関係を引き摺るように、美少年の声の方は恐縮してしまっている。


『グランドール、ここは先輩が先行リードしてやれよ』


自分の声が伝わらないという事が判っているから、好き勝手言っていたなら、その気持ちを拾い読んだわけではないのだろうが、旧友グランドールの方が、応える様に声を発していた。


"ワシは、どうやってここにきたんだ?"

"……いえ、そこは私はわかりません"


素直に応えるアルセンの声を通信機越しに耳に入れながら、どうやら恋人メイプルが調合した薬の効果は抜群だった事に、不貞不貞ふてぶてしい笑みを浮かべる。


『メイプルもこの事は気にしていたから、結果を報せないとなあ』


そんな事を口にしている内に、話題が続かなくなった後輩を気遣うように、今度はグランドールの方が、どうしてアルセンがここにいるのかを尋ねていた。

"サクスフォーン中曹が、昨夜訓練生の居室にいらっしゃって。


「酔っ払いの鼾いびきがウルサくて眠れないから、アルセン、ベッドを交代しろ!」


と言われて、私は昨晩からこちらのサクスフォーン中曹のベッドを使わせて貰いました"


『……、どうやら暴君ダガーの事は記憶に残っていないらしいな。

幸運ラッキーといえば、幸運ラッキーだけれども、少しばかり不憫な様な気がしないでもない』



素直に後輩アルセンが応えている内容に、安堵しつつもネェツアークが浮かべている表情は明るくはない。


目論見が満足のいく形で感じ成功しそうになっているのは、実に有難い。

しかしながら、それを可能としたのは、暴君ダガーと鳶目兎耳のツヅミの協力が、あってこそなのは弁えている。


不貞不貞ふてぶてしい性格ながらも、妙な所で潔い性分をしてしまっている鳶色の少年は、口元を"へ"の形にする事になっていた。


(取り敢えず、何かしら恩を返す機会チャンスがあったなら、返す事にしよう)


―――それなら"俺直轄の部隊(鳶目兎耳)"に入ってくれ。

―――そうですね、ツヅミにとっては一番それが恩返しになりますよ、ネェツアーク殿。


恩返しを考えた瞬間に、返す相手に該当する2人が即座ににこやかに微笑み、その返事が浮かんだのだけれども"気のせいだ"の五文字で、鳶色のフワフワとした髪の頭の隅に追いやった。


そして、通信機から聞こえてくる会話に改めて集中をする。


"そうか、ワシが鼾をかくときは凄まじいらしいからな。

ろくに眠れなかっただろう。

それに、終いには呻き声まであげて、スマンな……"


これまで散々、鳶色 の旧友から不満を告げられてはいたから、そこについては、貴族を拒絶するという信念を抱いていたとしても、迷惑をかけただけでしかない。



"―――いえ、別に私は普通に眠れましたけれど"

"―――何?!"


これまでアルセンと関わった事で、聞いた事がないような、グランドールの低く良い声ながらも、随分と間の抜けた声が響いた。

そのグランドールの気の抜けた具合を、手助けをする様に声を一生懸命なアルセンの声が続いた。


"えっと、その普通に。夜、交代の際にサクスフォーン中曹に起こされたのは覚えているんですけれど。

本当にそれ以外は……、あ、その、マクガフィン中曹が苦しそうな声はたまたまというか偶然、私が起きた時に聞こえたので"


『うーん、これは苦しいぞ、アルセン。グランドールの鼾で起きなかったのに、怯える声では起きるなんて』


自分の声が周囲に漏れない事を良い事に、思い切り突っ込んだ後に、ほんの暫く間が空いた後に旧友グランドールの笑い声が響いて、それに後輩アルセンの笑い声が続いた。


『……これ以上は聞くのが野暮だねえ』


そう呟いて、いびき遮断器、通信機のスイッチの両方を切り、眼鏡も外して今度は潰してしまわない様に、寝台ベッドの下に衣服を収納する為に置いている木の箱の上におく。


こうする事で、グランドールやメイプルが言うには朝と夜とで頭と足の場所が逆転しているという寝相の悪さでも、大切な眼鏡を割らずに済む。


『……あ、朝食を配膳する当番私だけれども……、まあ、いっか、早起きの2人に任せておけば』


そう口にして、本格的に寝に入る。

その数時間後に、班員達が訓練生達にとっては比較的ゆっくりできる数少ない公休日に、変な寝息で揃って眼を覚ます。

美少年の同期が寝ている場所に、どうしてだが枕の方に脚を伸ばしている、普段は丸眼鏡をかけている事で何とか誤魔化せている悪人面を晒しながら寝ていた。


"どういう事だ?"と騒いでいる内に、班員分の休日用の朝食となる携帯食をケースに抱えたアルセンと、ミルクが入っている瓶が治まったケースを抱えたグランドールが入って来る。

それが更に、班員達の困惑を産む事になるのだが、鳶色の教官が良く寝ている姿を見て、綺麗な美少年は、褐色の大男を見上げて困ったようにも見えるのだが、心から嬉しそうに笑っていた。


そして、やがて少しばかりの時を経て、年は2つばかり離れているが褐色の大男と美少年は親友となる。

親友となれたのは、勿論鳶色の人の強引なお節介なお陰であるとは、聡い美少年は勿論気が付いていた。


だから、恩返しをしたいと彼と一番の付き合いが長い、新友でもある褐色の大男と、鳶色の人の恋人となる人に、"どうしたらいいでしょう"と尋ねた。

すると、2人は顔を見合わせて困った様に笑う。


『ネェツアークはあれで恥ずかしがり屋だからのう』

『だから、恩を返すよりも、アルセンと同じ様に困っている後輩を見つけたなら、同じ様に助けてあげればいいんじゃないかしら』





そんな助言アドバイスを貰って、気が付けば20年近く過ぎる。

しかしながら、中々自分と同じ様に、先輩に憧れ過ぎて、拗れている存在に縁がなかった所に、少しばかり親しくなった"妹"の様にも思える相手が、その渦中にあると知る。


『リコリスさんのディンファレさんを慕う気持ち、とてもよくわかります、是非ともお手伝いさせてください』


そして、かつての先輩が行ったように、結構強引な解決方法を提案可決させたのであった。








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