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相談に乗りますよ⑥




寧ろ関わらなければ、きっと自分ユンフォ・クロッカス自身が後悔すると思い、上司アングレカム淑女バルサム忘れ形見(アルセン)の後見人となった。


本来ならアングレカムの親友でもある国王グロリオーサ・サンフラワーが、積極的に関わるべきだったかもしれない。


けれども、国王と宰相という臣下の立場になってからアングレカムの方が"ケジメの為に"と国が定めた公休扱いになる時間以外は、少なくとも民の眼に入る前では、積極的な態度は控えていた。


それでもアングレカムが不慮の事故で急逝をする以前、王妃のトレニアが不治の病で、療養闘病の末に、"旅立ち"を迎えた時には、立場に関係なく親友として、哀しみを共有し悼んだ。


そうして、グロリオーサ・サンフラワーの立場からしてみたなら、ごく短い期間に連続して2人の親友を喪なった事になる。


当時、既に法王から隠居をしていたバロータの語りによれば、アングレカムが旅立った事で、平定当初から行動を共にしていたと仲間は全て、グロリオーサの元から旅立ってしまった。


『……グロリオーサは国王とし て、最愛の新友を2人を喪ったと同時に、王妃と宰相という役割を熟してくれた者を喪った事にもなる。

セリサンセウムという国の民は、"国王としての哀しみ"を幾許かは許容をしてはくれるだろうが、それは一般的にしたなら短い物となるだろう。

それこそ、過去に"大地の女神"が愛した"旅人"が、天使と女神の旅たちから眠りについた、世間が法要として認める7日程度。

その時間が過ぎたなら、民は鬼神であり平定の四英雄であるグロリオーサに、"いつものまつりごと"を求める事になる。

……まあ、"前の"王妃も宰相も、グロリオーサに対して物凄く過保護ではあったから、自分達の旅立ちを予感ではないけれども、何かしら会った時の為に既に代理となる存在をしたくしていた様子だが』


老齢のバロータが穏やかに口にする代理の存在が、自分の旧友チュベローズ淑女バルサム親友スミレだと直ぐに判った。


『国は平定され、概ねの復興をしたが安寧というには少しばかりまだ遠い。それでもグロリオーサは王として、まだまだ前を向いて1人でも歩まなければならない』


バロータは法王を引退し、世間的には隠居をしたという位置ポジションにいるが、まだまだ法院には多大な影響力を持ち、この国の英雄という立場でもある。


平定後、彼が法王となってからは、名に残る活躍というものは特にしてはしてはいない。

しかし、その何もしなかった事が平定前に、癒着しきっていた法院とまつりごととの関係が、暗黙の了解になっていた状態の解消に繋がった。


バロータが法王としている事で宰相としてのアングレカムが望んでいた、親友グロリオーサに相応しい、公平なまつりごとを行えている所もあった。


老齢を理由に隠居をするにしても、法王の跡目を何かとまつりごとと繋がりを持ちたがる、法院の意志をばっさりと無視スルーして、神職者でもあるが教育に関して熱心な研究者でもあった、サザンカを据えてしまう。


ただ、法院のまつりごとや権力や権威に興味がないだけであって、法王としてまつりごとと関わる際には、どの立場からも文句クレームの出ない仕事をサザンカは披露する事になる。


そう言ったサザンカの万能性オールラウンダーがあり、応用力と柔軟性を兼ね備えている所は、バ ロータが強引にでも法王に据えなければ、表に出てくることもなかったと思われる。


はっきりとした形に残る物ではないけれども、平定の英雄達は、何等かの形で例え自身が"グロリオーサ・サンフラワー"のまつりごとに直接関与する事がなくとも、手助けを行っていた。


敬愛する上司アングレカム・パドリックが、家族を心の底から愛しているとしながらも、心胆にあるのは親友グロリオーサが王となっている国が、素晴らしい物と暦に刻まれる事なのを、ユンフォは弁えていた。

それを踏まえた上で、グロリオーサ・サンフラワーの唯一残った親友バロータは、同じく親友アングレカムが残した部下ユンフォに言葉を告げていた。


『……ユンフォ、私の例えは嫌な物になるが、君はアングレカムが王都の決戦で出逢って、ごく短時間でも"戦って"、直々に選んだ副官みうちに取り込もうとした存在だ。

多分、君ならアングレカム自身も予想が出来なかった、宰相ではなく"アングレカム・パドリックの不在"をどうにか出来るだろう 。

本当なら私の言葉など要らないだろうが、君がその役目に詰まったなら相談でもして欲しい』


そして本来なら、自分バロータではなく別の人物が"平定の英雄"としていただろうという事も、告げられた。

ユンフォも詳細とまではいかないが、極初期の短い期間ながらも、もう1人の仲間については話しには聞いている。


『そんな立場であるからこそ言わせても貰うが、別に英雄だからとかそんな事に拘らず、いや"遠慮せず"か。

遠慮をせずに、君が必要だと感じて、助けたいと思える形で好きな様に、アングレカムの縁者を手助けして欲しい。

私は私で、出来る形で国王グロリオーサ・サンフラワーの力になりたいと考えている』


そこで、バロータが言葉をきったなら、ユンフォは自然に後の言葉を続けた。


『それも、アングレカム様の希望でもあるのですね』


その後の言葉を聞いたなら、神父も法王という立場を手放した人は、満足そうに頷いてセリサンセウムの、隠居した老齢の民として国王グロリオーサ・サンフラワーを支えさせてもらうと、ユンフォの前から立ち去った。


何にしても、グロリオーサ・サンフラワーを手助けして欲しいというのが希望なら、アングレカム・パドリックに惹かれた立場の者として、手助けを行おうと決心は、関わろうとした時 から出来ていた。


それから様々な形で手助けを行っていく内に流れるように、暦は進んで行き、ユンフォ自身は奇縁とも思うが、初めて出会った上司アングレカムと同年になった時、その息子からこの国の"英雄"になりたいと告げられた。


もしかしたなら、本来は父親アングレカムが伝えただろう言葉を、代わりに伝え、考え直す様にではないが、覚悟があるのかどうかを確めたなら、その決心は硬く、変わらない。


確認の後、ユンフォは自身で出来る限りの協力を行い、彼を軍学校に編入という形で行った。

丁度、友人チュベローズが宰相という立場になって既に数年程の時間が過ぎ、前々から眼をつけていた"次世代の英雄候補達"を、ユンフォが軍学校の責任者となって"預かり"、それなりに鍛える。


かつて、トレニアの護衛騎士だったアザミも教官として、当時は王妃となったスミレとグロリオーサの間に生まれた、アルセンと同年のロッツの護衛の間に指導の手伝いも行ってくれた。


そこからは、ユンフォが相談に乗る、協力するまでもなく、アルセンは自身の力で進んでいた。


ただ、アルセンが進んだ先に出逢った2人の先輩については当時王子であったダガーが、かなり前から眼をつけていたという英雄候補でもあるのだが、"友好的(かなり強引)"に連れてやって来たという事もあって、少しばかり心配もした。


利き腕である右腕に褐色肌の大男(グランドール)、そんなに対して腕力は変わらないが左の腕に鳶色の悪人面(ネェツアーク)頭蓋骨固め(ヘッドロック)を決めて、城門を潜って戻って来た、左眼にしている眼帯以外の若かりし頃のグロリオーサ・サンフラワーにそっくりな、"旅人″はそれなりに王都の民の注目を集める事になる。


しかしながら、グロリオーサ・サンフラワーが王都に姿を現したのは、生まれてから幼馴染となる平定の四英雄達と出逢う為に旅立った幼年期と、その後平定の為に潜入した、三十路後半からのその当時の五十路に差し掛かったとなる。



丁度、当時のダガー少年、若しくは青年にかけてという年頃ではなく、誰もその姿を結びつけることは出来なかった。

そして特徴的な大きな眼帯を左の眼元を含めて、顔を隠す様にしているのあって、(仮にも一応)王子様が、体術わざをかけて2人の鳶色と褐色の少年を引 きずる姿は、注目を集めはしたが


”元気な若者だなあ”


と、平定からの安寧の日々の影響もあって、鳶色と褐色が不満の声を上げていようが笑顔で見送られてもいた。


そのまま"友好的(かなり強引)"に軍学校に運ばれてきた状態で、先ず責任者として面会した当初は、眼帯の青年(ダガー)に対して不満を2人揃って(当然)口にする。


しかしながら軍学校の仕組みや、給与形態を話し、ユンフォの生来の人当たりの良さもあってか、数日軍学校で体験入隊し時間を取れば常識的な態度をとってくれるようになった。

特に鳶色のフワフワとしていた髪の丸眼鏡をかけていた少年は、どうやらダガーに何やら言い含められたらしく、偉く前向きになって軍学校に入隊してくれた。


ユンフォの個人の感想となるが、褐色肌の大男(グランドール)鳶色の悪人面(ネェツアーク)は、"平定の四英雄"を間近に見ている立場として言わせて貰えば、


"種類カテゴリーは違うが同類シミラーだ”


という物となる。


特に褐色の肌の大男は、アルセンが慕ってやまない父親と、とてもよく似た肌の色をしていた。

逆に言えば 、外見的に似ている所はそこだけともいえる。


肌の色の合致など、偶然に過ぎないと思っていたが、入隊と同時に鳶色と褐色の若人は、高齢になった事で、鬼神と例えられたグロリオーサの力の陰りが見え始めていると、あくまで噂の範疇の国の武力の新たな戦力となる。


時期タイミング的にも、互いに才能や身体が伸びがよく張り合う相手としても、また設備が整っている軍学校という事もあって、それは一種の幸運とも言えた。

その結果褐色(グランドール)鳶色ネェツアークも、幹部の軍人にならずして、称号を与えられる事を検討される事になる。


武に秀でた称号"一騎当千"をグランドールに。


よく回る頭に切れのある武術と魔術、情報の拾得の慧眼、そこを含め"鳶目兎耳えんもくとじ"という称号をネェツアークに与えられる噂は、当時かなり軍学校内を賑やかすことになる。


鳶色の上へと努力する動力源モチベーションは、未知な物への探求心と友人グランドールへの純粋な負けず嫌いな心。


グランドールは戦という物が起きる度に、力を持ちたくてももてない、泣きを見る弱者がいなくなるようにと願う心と、やはり友人ネェツアークへの単純な対抗心であった。


そしてユンフォにも入隊の 際にあらかじめ、何時の日にか妹を殺した、異国の"青い髪の貴族"と見まみえた時、懺悔をさせる間もなく斬り伏せる為の力を、軍学校にいる間につけたいとも、告げていた。


鳶色ネェツアークの方はそういった事情も弁えた上で、褐色グランドールがそのかたきの貴族を憎む事で成長を促そうとする事を強いてまで止めようとはしなかった。


そんな事情を抱えた英雄候補達を教官として、途中入隊したアルセンが肌の色だけが似ている筈のグランドールに対して、初対面にも関わらず慕う思いを抱いたのが、直ぐに見て取れてユンフォにとっては正直予想外だった。


抱いている気持ちは種類は違うだろうが、その褐色の好漢を見上げる面差しは嘗てユンフォが青年時代に、宰相アングレカムの執務室で見た、淑女フロイラインを瞬時に思い出させるのに十分となる。


しかしながら、褐色の大男の方と言えば、"貴族の少年"を受け入れる事に大いに抵抗があるのが、普段は穏やかな表情を浮かべているのに、苦虫を潰した様な面差しになり、直ぐに伝わってきた。



褐色の大男の表情から、自分アルセンが拒まれた事を察した、美少年の表情は微動だにしない。

けれども、その固まった表情もかつて褐色の美丈夫(アングレカム)淑女バルサムの関係を見守って来た立場として身に覚えがある物となる。


嘗て、一度だけ目の当たりにした、上司アングレカムが南国に出張中に起きた"ケンカにもならないケンカ"の際に見たものと、とてもよく似ていた。

あの時、南国に出張中の褐色の美丈夫なりに気遣ってした行動が、淑女バルサムの心を酷く傷つけてしまう。


その時、バルサムはいつもの"アングレカム様に相応しい淑女″であるべく、品良い微笑みを浮かべていたけれどもそれが仮面の様に取り繕っているのだと、ほぼ毎日見かける立場として直ぐに判った。

それと殆ど同じ面差しを、まだ美少年という表情しか当てはまらない顔立ちの中でアルセンは、褐色の大男から向けられる拒絶の感情の中で浮かべていた。



ただ、どんなに傷つけられたとしても、どうしても慕う事を止められないのも、母親バルサムと同じ様に伝わって来ていた。

そして母親と違う所と言えば、息子は泣かない―――というよりも、”泣けない”事 だった。


母親バルサム父親アングレカムからの見当違い過ぎる気遣いをされた時に、最初こそ”アングレカム様に相応しい淑女”であろうと我慢をしていたが、直ぐに許容範囲キャパシティを超える。


唇を小さく尖らせるようにして振るわせ、大きな緑色の眼に涙を溜めて懸命に零すまいと努力はしていたけれども、それは全く報われずに直ぐに滑らかな肌の上を滑り落ちる。


それが自分の限界だと悟った淑女というよりも、少女バルサムは、大好きで大切な人の副官と判っていながらも、いつの間にか信頼していた青年の横に、みっともないと判っていながらも、座り込んで声を漏らして泣いていた。


当時のユンフォは男女の機微には、鋭いという事はなかったけれども流石に上司アングレカムのとった気遣いが見当違い過ぎるのは判ったので、文句クレームとまではいかないけれども、意見を送っていた。


それから数日、毎日の様に認められていたバルサムの手紙がなかった事で流石に察するものがあったのか、アングレカムから詫びるように贈られてきた物と手紙で、直ぐに"ケンカにもならないケンカ"の件は片付いた。


あの時ケンカにもならないケンカ”はそれで片が付いたけれども、軍学校の責任者として再びまみえている状況は、あの時とは比べ物にならず、アルセンにとっては状況は悪かった。


褐色の美丈夫(アングレカム)淑女バルサムに対しては無論敵意等は抱いておらず、恋愛と言った意味では歯牙にもかけてはいなかったが、それでも親友グロリオーサの大切な姪という気遣いは行っていた。


ただ褐色の好漢(グランドール)からしたなら、美少年アルセンは妹の命を奪った”貴族”という背景を持った存在で、そういった物を憎む事でこれまで逆境と呼べる状況を、切り抜けて来た。


既に心に根付いてしまった、その″強く成る為の活路(貴族を憎む事)”をいきなり現れた1人の貴族の少年の為に改める気持ちなど、微塵もない。


勿論"全ての貴族が悪いわけではない"という常識位は弁えており、日常的に過ごすに当たって礼節を欠くこともなかったけれども、出来る事なら極力距離を置きたいし、視界にも入って欲しくはない存在だった。


それくらい、”貴族が大嫌い”というのは鳶色の旧友(ネェツアーク)ともう1人の異性の友人には明かしており 、2人はそれを友人として了解し、性分のとして受け入れ、理解していた。


ユンフォも直接グランドールに入隊の際にあらかじめ、何時の日にか妹を殺した、異国の"青い髪の貴族"と見まみえた時、懺悔をさせる間もなく斬り伏せる為の力を、軍学校でつけたいという話を確り覚えていた。


ただこれまでグランドールは、十分分別の取れた態度で貴族に対して振る舞いを行えていたし、かたきを取りたいという気持ちは本物だろうが、それを実際に行うかどうかは別だと、感じている所もあった。


実際、"顔合わせ"ということで美しい貴族の少年を目前にしても表情を曇らせたのは仕方がないにしても、グランドール・マクガフィンという青年が背負ってきた事象をかんがみたのなら、"堪えた"方だともユンフォ自身は評価したかった。


けれども、こちらも仕方ないという言葉で表現するしかないのだが、後見人として貴族の美少年に肩入れをしている立場として、"憎悪"として注がれる視線に傷ついた表情を浮かべる事に、思わず眼を伏せてしまう。


アルセンがアングレカムとした約束を硬く守り、哀しみに関する涙も流さず泣きもしないが、あの時の淑女と同じ表情かおを浮かべるのを見る事に、ユンフォは耐えられそうになかった。


出来る事なら、後見人となった綺麗な少年の気持ちに寄り添ってやりたいが、ユンフォは今回は褐色の肌の人に、文句クレームも意見もする立場ではない。


グランドールという青年は、納得し軍属に所属してはいるのだけれども、あくまでも国を守りたいと想ってくれる彼の意志があってこそでもある。


そして国を守る為、己を更に強くなる為、ある意味では"自分グランドール・マクガフィンを保つ為に、貴族という存在を憎むという手段を続けてきて、アルセンが目標ともしている、国の英雄として認められる程の実力を培った。


天災で家族を喪い、やっと再会できたと思った妹を眼前で殺された少年が、"憎む"事で、心を増す事によって、何とかやってこれたその方法を簡単に否定など出来ない。


(これは、アルセンにとっては"生憎"と言うべきなのか、時期が悪かったという事になるのだろうな……)


正直に言って、当時のアルセンが似ているとえば褐色の肌位のグランドールに、初見 でそこまで、興味を惹かれるとはユンフォは予想が出来ていなかった。


そしてグランドールが、貴族という憎しみの対象となるのが、横に立ち並ぶ同期の鳶色の少年(ネェツアーク)


《こりゃ、訓練生の中に天使がはいってきたね♪》


と、テレパシーでいつもの様に飄々と悪ふざけして例える美少年に及ぶとも、考え及ばず、楽観視した己を恥じる。



(済まない、アルセン、それにグランドール)



もし事情と出逢う場面が違ったなら、もっと良い形を取れたかもしれないのに、尊敬する父(アングレカム)を目指すという少年の焦る心に応えてやりたくて時期タイミングを見誤ったと考えていた。


まるで各々の気持ちに寄り添ったかの様に閉塞感の状態に、新風を吹き込む様にテレパシーがユンフォの頭に響き、顔をあげる。



《おや?ちょいと案配が違うか?》


それは最初から、空気など敢えて読まないてい鳶色の人(ネェツアーク)

物だった。


グランドールはアルセンに憎しみの視線を確かに向けていたのだが、美少年が純粋に慕い見上げる眼差しに、"貴族を無条件の憎む"というグランドールの中の"誓い"が揺らいでいるのを見逃さなかった。


後見人ユンフォが目を伏せている間も、好奇心の塊でもあるような少年ネェツアークは、髪と同じ鳶色の眼でそれを見届けていた。


その事に気が付き、大量の魔力を消費するのも躊躇いなく、テレパシー以上に鳶色の少年の(考え)を拾い読む為に闇の精霊の力をユンフォは借りていた。


勿論"英雄候補"になる程の実力の持ち主でもあるので、読まれて欲しくない箇所には確りと”壁"を張り巡らせおり、立ち入る事を許容している部分は思いの外スムーズに読ませてもらう。


《嫌な結果でも、瞳を閉じてなきゃ打開策を見つける事もあるもんだねぇ》


あくまでも"ネェツアークの独り言"を拾い読んでいるという形なので、その言葉は軍学校の責任者へに対しての言葉づかいではない。


口元には未成年ながらに、それは見事な不貞不貞ふてぶてしい笑みをが浮かべていると、ユンフォが自分を見つめている事に気がつき、わざとらしく笑いを引っ込める。


そんな不貞不貞しさを見逃す事もできなくもなかったのだが、この時は感謝の意味も込めてテレパシーを送っていた。


《|グランドール・マクガフィン《将来有望な優秀な軍人》の心の屈折の解消と、英雄の 血も引いてるのに、|アルセン・パドリック《叩き上げの軍人を目指す少年》の世話を頼んだよ、ネェツアーク》


そんな頼まれ事に、丸いレンズの眼鏡の奥で鳶色の眼を数度瞬きしている所に、更にテレパシーを使って私情ながらも言葉を送る。


《私も年を取ったもんだ、諦めが早くなった。ネェツアークが笑わなかったら、気がつけなかった》


ユンフォは自重するようなテレパシーを鳶色の人に向けつつ、自分が責任をとって世話をすると決めた、美しい少年の希望を叶える事に必死になり、褐色の好漢の気持ちを少しばかり蔑ろにしてしまった。

その結果、2人の出会いを最悪の機会タイミングの状態にしたまま困難だと、諦めてしまおうともしていたことを思いとどまらせてくれた"独り言"に感謝を行う。


《私はグランドールと軍に入る前から、生活をしていますから》


ただ、真正面から褒められるのが実は食わず嫌いのアスパラガス並に苦手な事でもある、鳶色の少年は直ぐに視線を逸らし、照れ隠しのテレパシーを今度は返す事になった。


《司令官殿は、ユンフォ様は資料と数回の面接だけで、奴の、グランドールの心の屈折に気がついただけでも、十分凄い事だと思いますよ》


グランドール・マクガフィンの話をじっくりと聞いたのは軍学校に入校する当たって、面接を行った時のみ。


その一度きりでそれ以上の情報を集めるといった雰囲気も出さずに、旧友の心を察してくれる"大人"という存在にネェツアークは素直に感心し、本心で考えていたのテレパシーでそう返した。


『あの』

『あの』


するとそこで、所謂"放置"の状態になっていた、褐色の好漢(グランドール)美少年アルセンが、テレパシーで何やら意思疎通を行っている、軍学校の責任者(ユンフォ)と一応"教官"の立場でもあった鳶色の人に呼びかける。


それは全く同じ言葉で、しかも時期タイミング同調シンクロする。


美しい貴族の少年と、好漢な体の大きな褐色の青年は、偶然とはいえ言葉が重なった事に互いに素直に驚き、見つめ合ってしまっていた。


見つめ合った時、グランドールの瞳には先程までまるで自戒の様に浮かべていた憎しみなど微塵もないし、寧ろタイミングが重なって笑いさえこみ上げてきそうな、 心地良い"時間"が2人の間で、産まれ流れた。


特に美少年アルセンのほうははそう感じたらしく、困ったようにも見える眉毛を"ハ"の形にして、心から楽しそうな笑顔を浮かべていた。


それは滅多に見せる事がなかったが上司アングレカムが、心から喜んでいる時に浮かべている物とそっくりで、幼い頃から母親バルサム似と言われるアルセンが、整った顔立ちと瞳の色以外で、父親の血アングレカム・パドリックを感じさせるものだった。


後見人となった人は、アルセンが父親を喪ってから数年過ぎてから、初めて心から笑っている事に、自然と穏やかに微笑む。


褐色の好漢は、大嫌いで憎くて憎くて仕方がない筈の存在の微笑みに釣られて、無意識に微笑みそうになってしまう自分の口元に気がつき、ばっと大きな手で抑えていた。


『―――スミマセン』


グランドール自身も、周囲にも理由のわからない謝罪を行う。


そして、心の底から戸惑い、迷い、初めて"貴族を憎む事への葛藤"がグランドールの中に芽生えたのを旧友ネェツアークは察知していた。


―――これは、丁度良いかもしれないな。


そして、それに併せて言葉にもテレパシーにもしてはいないのだが、不思議と不貞不貞ふてぶてしい笑顔の中にそんなネェツアークの思惑が浮かんでいるのがユンフォには見える。

鳶色の少年は、ユンフォが後見するアルセンを利用して、どうやら旧友グランドールの中にある"歪み"にも見える部分を、多少でも緩める事を目論んでいるのが窺がえる。


"グランドールの自由にすればいい"という風な立場スタンスを取ってはいるけれども、旧友の抱えている、強さを向上させている、"全ての貴族を憎む"という動因モチベーションの歪みに、ネェツアークなりに危惧している様子だった。


鳶色の少年の性分からして、"アルセンを利用"させた貰った分の礼は、編入する軍学校で世話をする事で、必ずきっちりと返すのも、数回の月の周り付き合いでユンフォは掌握している。


(ここは、私が"子離れ"してアルセンと、その先輩か友人になりそうな2人に任せるか)


心配でないといえば、嘘になる。


けれども、思春期という自我が子どもから大人に切り替わる準備をする期間には、同世代から同士からしか学び取れない事もある、必 要な放置の時間の様に思えた。


軍学校に入ってしまえば、否が応でもこれまで父親アングレカムを喪ってからは、心が壊れてしまったかのような、日々涙を流すバルサムを気遣う日々とは良い意味で距離が出来る。


それにバルサムに関しては、王子であるダガーが前王妃となるトレニアから引き継いだ"心を拾い読む"能力(ちから)で、"心を閉ざしているだけであって、壊れているわけではない”と明言していた。


当時、王妃して多忙になってもいたがスミレも、”学生時代の恩を返したい”と口添えをしてくれた事で、その世話を心配する事もなかった。


元部下の立場からしたなら、そうでもなかったのだが、アルセンにとってはどうやら、褐色の好漢(グランドール)は、父親アングレカムを思い起こさせる何かがあるらしい。


ただ、グランドールの心の根付いているものは随分と深そうなので、”子ども達”だけでどうにかする事が出来るのかという心配もあった。


しかしながら、褐色の好漢の横に立っている鳶色の少年というよりも、青年の表現が似合って来た存在が楽しそうに目論んでいるのが窺がえたので、取りあえず"大人"は手を引くことにする。


『まあ、お前達ならそれなりに上手くやるだろう。アルセン、送って行くから応接室で待っていなさい』


一応、グランドールとネェツアークの2人に声をかける形をとって、"顔合わせ"を終了させる。

ユンフォに言われて、アルセンは礼儀正しく"はい"と答えて、先輩となる褐色の好漢と鳶色の悪人面に、母の代わりに子どもなりに社交界で学んだ、行儀作法で品よく振る舞う。



『では、これからよろしくお願いします』


当時は母親譲りと例えられる整った顔に、先程とは違った計算されたような微笑みを浮かべてお辞儀をして、アルセンは応接室に戻って行った。

そして、ユンフォの"子ども同士にまかせる選択"と、鳶色の青年の目論見は巧く行くことになるが、それは結果的に振り返ったならという言葉が付く事になる。


振り返ってみたなら、それなりにやきもきする様な事を含めて、軍学校の規律を少しばかりを変更したりと、紆余曲折も十分あって結果に辿り着くまでの道のりが順調という表現は当てはまらなかった。


ただ途中入校したアルセンを介して、褐色の好漢の方は旧友ネェツアークから唆されたり、あれほど憎んでいた"貴族"という存在については、更に分別をつけ て対応できるようになった。


そしてアルセンの方も、父親を喪うという哀しみという事象に囚われていたような生活から、それまで”放棄"をしていた、ごく一般にいう"学生生活"という物を、身を以て体験する事になる。


けれどもそれは当時のアルセンにとっては、少々過酷な物となる。


編入当初、アルセンは勿論教官の立場である"グランドール・マクガフィン中曹"に対して、ごく自然に憧れ感情を抱いていた。


"旅立った"後でも大好きな父親と肌の色が似ているというのも、勿論理由の1つになると思われる。


それに合わせて、"サクスフォーン中層"と"マクガフィン中層"が同じ教官となる、同期で日々の生活を共に行う班員から、散々2人の話を聞かされたのもあった。


班員からしたなら、途中入隊してきた中身はともかく"見た目"は"可憐で小柄な美少年"。

しかもどうも理由わけありで貴族でありながら自分から、訓練が厳しい一般の軍学校に入ってきた。


少なからずパドリック家の父親を喪っていてから、生活は保障はされていながらも厳しい事情を知っている者もいて、励ますつもりもあって自分達の教官の素晴らしさを、少年兵達は、口にしていた。


特に途中から入って来たアルセン自身が、褐色グランドール鳶色ネェツアークを比べるというわけでもないのだけれども、やはり惹かれた方の教官の事を同期生に告げると、大いに賛同してくれた。


同期生達も、どちらの教官も尊敬できるけれども、軍学校の"兵士"の教官としてやはり憧れを抱く傾向として強いのは、逞しいグランドールとなる。


もう1人の鳶色の上官(ネェツアーク)も、それなりに力というよりも、筋力はあるが体躯の素質が違うし、自身で"如何に楽して仕事を済す事ばかり考えている"と公言もしている。


時勢の事もあったが、年若くして軍学校に入校を希望する様な子どもばかりなので、根が真直ぐな者が多く、飄々としたお兄さんのこの発言に揃って最初は眉を潜めた。


けれども、学課や訓練において自分達の班がいつも比較的早く課業ノルマを熟して、自由な時間を得難い軍学校生活の中でも、比較的多く休息の時間を得れるのは、鳶色の教官の教育課程カリキュラムに則って行動しているからだと、日々の生活で子どもなりに察する。


ただ、察したとしてもやはり"判り易い恰好の良さ"という物に惹かれやすい年頃のなので、グランドールが愛用している武器も、訓練生なら使うというよりも抱えるのも難しそうな大剣を、雄々しく振り回す姿に憧れた。


そしてグランドール・マクガフィンは逞しくて、強いだけではなくて思いやりもあって優しい人物だと、同期生は皆口々に告げてくれて、アルセンは初見から抱いた憧れのとおりで、本当に嬉しかった。


更には自分アルセンが目標とする"英雄"という所に、鳶色の教官を含めて一番近いの存在だとも、軍学校の責任者で後見人ともなるユンフォに聞いていた。


一番最初に顔を合わせた時、互いに驚いてグランドールが随分と困惑された表情を浮かべていたけれども、それは杞憂だと同期生との話を聞いている内に思えた。


誰もが皆"良い人だ"と呼ばれる人に疎まれるなんて事なんて、正直にいってアルセンは考えた事がなかったし、自分に人に疎まれる部分が、例え自身の責任ではないにしても、あるとも知りもしなかった。


それが軍学校生活を始めて、アルセン自身が年齢の割に聡い事もあり程なく伝わり、教育課程カリキュラムに支障がない程度に影響を及ぼした。


グランドールは露骨に、嫌がらせなど全くしないのだが、"好漢"と言われる人にしては偉くドライな接し方をしていた。


ただ確りと世話はするし、アルセンが試験で優秀な成績を修めれば、笑顔で誉め、"必要な分"だけアルセンとは接する。


けれども、そこに褐色の好漢の個人の感情が全く窺いしれない。


そんな教官仲間グランドールを、いい加減で飄々とした"如何に楽して仕事を済す事ばかり考えている"と公言する同僚ねネェツアークだけれども、芯の部分で情が篤い人は、呆れた視線で、その"世話やき"を眺めていた。


そして鳶色の眼でそれなりに心配していたなら、そんな"世話"をやかれる当人、体躯は小柄だが賢さは恐らく同期の中でも群を抜いているアルセンも当然気がつく。


だが、貴族の少年はそんな世話係の"好漢"で同期生達が認める人が、自分だけに向ける態度に不満1つ漏らすことなく、素直に従っていた。

ただ稀に、美しい緑の瞳を眩しそうに教官グランドールに向け、それに気がついて見つめ直すと、小さく頭を下げて、アルセンは素早くその前から立ち去って行った。


―――自分ワシは確りと教官の役割はこなしている、気にすることはない。


" 役割"を完璧に果たして、綺麗な貴族の少年に対して後ろ暗い気持ちを抱く必要はない、褐色の好漢は、己にそう言い聞かせて、自分の強さのかてにともなっている信念を手放せずにいた。


―――今までだって、どの貴族とはそう接してきて、微塵の罪悪感もわかなかった。



まだ"若造"のグランドールは自分にそう言い聞かせ、そういった世話係の日々を過ごしていたなら、自然とアルセンは旧友ネェツアークとばかり話すようになる。


2人ネェツアークとアルセンには申し訳ないが、グランドールもまだ若く頑なにもなっていた。


けれども、そうやってやり過ごす日々に遭遇する事になる、まるで自分グランドールを気遣うように相手アルセン側から逸らされる哀しそうな緑色の瞳が、はっきりとした"罪悪感"となり逞しい胸の内を沈ませる。


『気持ち沈ませるぐらいなら、貴族が嫌いでも、アルセンは受け入れてやりゃあいいのに』


ある日、仕事に支障は全くなかったけれども、同僚が余りに落ち込んだ様子に、"鬱陶しい"と悪人面が定着しつつあった、鳶色の人が食事に誘ってそう口にする。


先日、表情かおには出さないけれども、そろそろ美少年アルセン許容範囲キャパシティも限界だろうと、もう一人の世話係兼教官として話しかけた。


案の定、まだ平気そうな振りをするが、過去に諸事情により当人アルセンはすっかり忘れているが、父親アングレカム生存していた"泣き虫の時期"を目の当たりにしている身としては、涙が流せないだけで結構な一杯一杯な状態が教官ネェツアークには判る。


このままでは悪循環デフレスパイラルでしかないと、判断し、


『詳しくは私の口からは言えないけれど……』


そう前置きをした後に、グランドール・マクガフィンには貴族に憎しみを抱かなければいけない事情があり、且つそういった事があったから、英雄候補という位置ポジションまで来れたという事実もあると告げる。


自分にドライに接する理由を耳に入れた瞬間には、美少年は大層驚いた表情を浮かべ少しばかり傷ついた面差しになっていたが、何処か安堵している気持ちを拾い読めた。


―――拒まれる、ちゃんとした理由わけがある。


これまで、形にならない不安が明確化しただけでも、美少年の後輩の気持ちを落ち着かせる事に繋が った事に、世話係の教官として安堵して更に続ける。


『―――そういったのを含めて、もしアルセンが良かったなら、このまま状態で区切りがつくまで、付き合ってやって欲しい』


自覚もしている己の飄々としている部分を抑え込んで、珍しく真面目な顔で後輩アルセンに事情を話したなら、素直に小さく頷いて、美少年は教官の前から立ち去った。




『……嫌な予感がする』


後輩アルセンが立ち去った後、胸に湧いた想いをそのまま薄い唇から外に出していた。


"普通"ならここで、間を取り持つ形になる自分ネェツアークは、今しばらく時間は要するが、旧友グランドールが自ずから自身が後輩に行っている愚行を省みて、穏やかに和解になるだろうと考える。

しかしながら、鳶色の人は自身が過去に経験した後輩アルセン自身は、すっかり忘れている"父上アングレカムとのやり取りを不意に思い出す。


―――アルセンが今よりお兄さんになった時に、さっき言ったみたいに、年上だろうが王族だろうが、上手くお説教が出来るように練習代になってくれる、お兄さんですよ―――


美少年を天使と例えても差し渡りがない幼児期の後輩アルセンを抱っこしながら、細剣の切先を、悪ガキ(ネェツアーク)向けられながら、壮年の褐色の美丈夫にそう宣告される。


思い返してみたなら、国が"平定の英雄"と認めた上に宰相にまでなった人物に正しく"赤子の手をひねる"状態で、"悪ガキ"は転がされていたに等しい。

余り掘り返したくはない、苦い記憶ではあるけれどもその"現場"を思い出す。


天使の様な幼児(アルセン)は、褐色の美丈夫である父親に抱っこされながら屋敷の庭に、理由わけあって潜入していた悪ガキ(ネェツアーク)に対して行われている"説教"を子守歌代わりに昼寝を始めていた。


―――貴方は若い頃のグロリオーサよりは、悪知恵は回りそうな少年ですね。


―――でも、知恵があるお陰で、言葉の意味を理解し、遠回しで染み込むような、長ーいお説教のしがいがありそうです。


当時は褐色の美丈夫がそれは品よく微笑み、可愛い息子(アルセン)を抱えて上機嫌で行う説教の合間から、如何にして逃げ出す事ばかりを考えていた。


だが、こうやって思い出してみたなら、幾ら大好きな父親から抱っこされて嬉しいからといって、細 剣を抜かれて自分アルセンと2歳ほどしか年齢の変わらないお兄さん(ネェツアーク)が説教されているのに、寝る精神メンタルの持ち主である。


それからアルセン・パドリックの人生において辛い事の連続ではあっただろうけれども、根本的に根付いているだろう精神メンタルに部分はそういった所だと考え至る。


そんな精神メンタル父親アングレカムに続いて"英雄になりたい"と口にする根性ガッツのある後輩。


ただ、ここ暫く"久しぶりの再会"に合わせて予想以上に美少年に成長していたその外見で、落ち込んでいた為に思わず励まそうと思い、旧友グランドールの事情を軽く話してしまっていた。


『嫌な予感がする』


再びそう呟いた時には後輩アルセンが姿を消した方へと、先輩ネェツアークは一応気配を潜めて追跡したなら、"時すでに遅し"状態で同僚グランドールへと"突撃"している所であった。


『―――マクガフィン中曹』


夕闇も差し掛かる軍の学校の廊下で、グランドールはアルセンに呼びかけられても、最初は気がつかないフリをして無視をしていた瞬間を見た時には、同僚に呆れつつ素早くその身を隠していた。


そして肉眼で確認する事は出来ないが、軍学校の校舎の壁越しに2人の様子を拝聴する事にする。

幸い、アルセンはグランドールに、グランドールはアルセンに対して全集中を注いでいる様子なので鳶色の人(ネェツアーク)の事など眼中にないし、気配にすら勘付いていない。


ほんの少しばかり寂しい気持ちもしないわけでもないが、旧友グランドール後輩アルセンも、ある意味それ程互いの状況に必死な心持のだというのも弁えている。


それなら多少なりとも、現状余裕のある自分ネェツアークが状況を見守る程度ではあるけれども、手助けするのもやぶさかではなかった。


『マクガフィン中曹』


そんな風に思っている内に、フワフワとした鳶色の髪から出ている耳に、一度は無視をされたけれども、その見た目から窺いしれぬ根性ガッツで再び呼びかける後輩アルセンの声が耳に届く。


ただ、その声は明らかに、緊張で震えていた。


"鳶目兎耳えんもくとじ"から、誘いも来ているその耳は、恐らく旧友グランドール軍服の腕を、後輩アルセンの白い指に掴む衣擦れ音も拾っていた。


流石に同僚グランドールも無碍には出来ないだろう と考えていると、普段は"大嫌いな貴族"に触れられたなら、盛大に聞こえる嫌悪の舌打ちの音が聞こえてこない。


この事で、やはり同僚グランドールの内にも"貴族憎し"でやって来た己の心に、健気な可愛い後輩相手には綻びが産まれてきているのを自覚しているのだと、旧友として考えていた。

後に、後輩アルセンが語るには、十数年、それまでが生きて来た中で一番勇気を使った出来事だったという。


初対面から憧れてしまった先輩グランドールに、"突撃"する事で決定的に嫌われ、蔑まれるかもしれない。


それでも理由わけもわからず疎まれ、あの渇いた眼差し向けられるよりは何かしらがあってその視線を向けられるというのなら、決定的な一言を教官グランドールからアルセンは受け止めたかった。


緊張の為に耳の裏から聞こえてくる鼓動を体感しながら、実際、それなりの距離があるにも関わらず、聞き耳を立てているネェツアークにも伝わってくるような緊張を含んだ声を後輩は再び出す。


『違っていたらすみません。中曹は、あなたは、"貴族が嫌い"なんですか?』


きっと、幾度も自分アルセンがそう言う風に、皆に敬愛される教官グランドールに接される理由を考えたのが、その声の震え具合から窺がえた。


多分、自分自身(アルセン・パドリック)という個人からは、嫌われたり疎まれたりする理由わけを幾度も考えた末に、見つける事が出来なかった。


聡い少年は、父親アングレカム・パドリックという後ろ盾を失ってから、心を閉ざし、涙に濡れる母親バルサムを守る為に、子どもなりに出来る事は精一杯やって来た。


少なくともそういった事に関して人から"可愛げがない"と口にされても、礼儀作法の振る舞いに関しては批判されるような事は決してない自身もある。


そこまで考えた時、そうなると自分アルセン個人ではどうにもならない事で、憧れている人(グランドール)が不快な思いを―――苦しんで知るのかと考え至る。


そして先程何かと気にかけてくれている鳶色の教官ネェツアーク・サクスフォーンが、ある意味では決定的な言葉を教えてくれた。


"グランドール・マクガフィンには貴族に憎しみを抱かなければいけない事情があり、且つそういった事があったから、英雄候補という位置ポジシ ョンまで来れた"


憧れている人(グランドール)も、旅立った後も尚も親愛する人(アングレカム)も英雄になりたくてなったわけではないけれども、自分の中にある信念を辿っていたならそうなっていた。


もし、その信念を貴族アルセンが存在する事でかてになっているなら、嫌われる覚悟も出来ると思ったから、尋ねた。


夕闇の中、旧友グランドールの声は全く聞こえてはこないけれども、僅かに"楽しい事が大好きな"な風の精霊達が逃げるように、褐色の好漢と美少年がいる方向から飛んでくる。


その事で見えず聞こえずとも、突撃した後輩アルセンに潔く"貴族が苦手だ"と同僚グランドール認めた事を鳶色の人(ネェツアーク)は察した。


どちらと言えば、性格的に相性の良い人を見つけた風の精霊達は、鳶色のフワフワな髪を揺らして訴える。


―――ネエ、トッテモ素敵ニナリソウ" "ナノニ、ドウニカナラナイノ?。

―――貴方ナラ、ドウニカデキナイ?。


その訴えに苦笑いを浮かべて、返答を考えていたなら後輩の声が再び耳に入る。


『そう、ですか』


ネェツアークが記憶にしている天使の様な幼児から、軍学校に入って来た美少年の姿の中で、最も"辛さ"の感情が伴う声を、成長期に入ったばかりのまだまだ小柄な身体から絞り出す様に出していた。


幾らいい具合に天然の同僚グランドールでも、流石に己が貴族を嫌いだとはっきり認めた事で、貴族の両親の元に生まれただけで、ドライな接し方をされる後輩アルセンの心を傷つけているの改めて気が付いただろうと、風の精霊を宥めながらネェツアークは考える。


『―――ワシが貴族嫌いってどこで聞いた?。同じ世話係りの……』


ただ、ここで思いもよらぬ質問の声が同僚グランドールから発せられて、少しばかり慌てる事にも繋がった。


確かに同僚の態度に傷ついている後輩アルセンが、見るに堪えない様子と、過去に揶揄って泣かしてしまいそうになった事(これは父親アングレカムによって未遂)で、"お節介"を焼いてしまった。

詳しく丁寧に言葉で説明は出来ないのだが、こういった系統の事で世話ををお節介をした事が、旧友グランドールに知られたのなら、間違いなく真剣マジキレる。


結構付き合いは長いのだが、相手のキレ る部分は未だに明瞭には"コレ"とは判らないのだが、状況と感覚で"勘"で察する事がはネェツアークは出来る。

そして今回のこういった事案は、褐色の好漢と世間には浸透しているグランドール・マクガフィンは、十中八九、おこる。


それはネェツアークが"余計なお節介"をやいた事も含んではいるのだが、それは寧ろきっかけに過ぎずに、何に怒っているかと言えば有態に言うのなら、今回場合はグランドール・マクガフィンの不甲斐なさに怒っていた。


過去に一度、似たような―――お節介をした事で徹底的にケンカをした時があり、その時はケンカをする事で、相手グランドールの気が済むのならというのもあって付き合った。


互いに子供(クソガキ)で武器も持たずに拳のみだったから、負傷をしたとしても程度が知れる。

けれど、今回はケンカをしたなら、旧友グランドール相手に負けるつもりもないけれども、前回の様な"仕方なさ"は生まれずに、自分ネェツアークの徒労だけが蓄積させそうであった。


自分に"グランドールとアルセンをどうにかしろ"と訴える風の精霊は既に無視スルーして、フワフワな鳶色の髪をボリボリと掻いた。

しかしながら、ネェツアークの心配は沈んだ声ながらも、確りと答える後輩アルセンの言葉によって杞憂に終わる。


『ヒントは頂きましたけれど、貴方を見ていて、自分で気がつきました』


小さく悲哀を滲ませた声に、褐色の好漢の男はそれ以上同僚ネェツアークの事は追究を止めざる得なくなる。

それに後輩アルセンの世話を最低限しかやいてはいなかったけれども、綺麗な少年がとても優秀でも努力家であるのは見ていた。


それは教官の立場からしたなら、それはとても嬉しい事で訓練指導を行っている甲斐があるという充実感を。

自分の馬鹿な振る舞いに関しても見抜かれていたとしてもおかしくはないと思いつつも、自分に対して呆れるような気持ちもある。


後輩アルセンは冷静に真面目に訓練をしている様で、見張っていなければ直ぐに無理をしそうな程の無鉄砲さもあったから、見ていない振りをしていながらも視界の隅で追っていた。

けれども、もし無理がたたって綺麗な少年が倒れそうな所を、最終的に手を差し出すのを躊躇う自分の横を、迅速に擦り抜けて同僚ネェツアークが助けてしまう所を何回も見ていた。


自分が勝手に"貴族を憎まなければ ならない"と自戒している事で、慕ってくれている存在を、突き放すという馬鹿な事をしているという自覚は出来ていた。


もし、自戒がなかったなら、この時間だって普通に楽しく馬鹿な会話をしているのが簡単に想像できる。

目の前にいる後輩アルセンは綺麗な笑顔ではないが、眉を"ハ"の形にして困ったようにも見えるけれども、心から自分グランドールとのやり取りを楽しんでいるのが伝わる笑みを浮かべてくれている。

でも、現実には自分が正直に口に出した事で、決定的に傷つけてしまった綺麗な後輩の姿があった。


『そうか、世話係なのに、その、すまん。パドリック士官、いや、"アルセン"』



せめてもの詫びというように旧友グランドールが、後輩を名前を呼ぶ声を耳に入れた時、喧嘩をするかもしれないという杞憂から抜け出て、安堵する間もなく鳶色の人(ネェツアーク)は場所の移動を始めつつ、音を立てずに息を吐く。



『マクガフィン中曹が、貴族は嫌いなのはわかりました。不躾な質問に答えていただき、ありがとうござ、いました。呼び止めて、すみませんでし、た』


もしグランドールにしろアルセンにしろ、どちらに見つかっても、上手い言葉はかけられないと考えて移動している所に、後輩の声が耳に入って来る。

と、言うよりも殆ど"代わり"に泣いている様な風の精霊に、アルセンの泣きそうで言葉何度も詰まらせている言葉を、耳の穴に押し込まれた。


元々、魔力が強いのは後輩アルセンの出自からして、最初の面会を含めて身上書にも記載されているから、ネェツアークと相性の良い風の精霊が釣られて、何かと語りかけてくる頻度は編入してきてから増えていた。


『うーん、こういった場合になら、メイプルも協力してくれるかなあ……』


そんな事を口にしながら、伝わってくる後輩の足音とは真逆の方向に速足に歩みを進めて行くと、"恋人"に会うという事で、風の精霊達は幾許か機嫌を直す。


けれども魔力の強いアルセンが、風の精霊(自分達)の得意分野で、涙は流さないが悲しんでいる事で、フワフワとした鳶色の髪を散々乱してくれたので、恋人メイプルの元へ辿りつく頃には、結構な髪形となっていた。

当時は法王となっているサザンカの数多くいる秘書官の"下っ端"として勤めていた、恋人は鳶色の髪を見て笑ってから 、"目論見"を話したのなら快く協力すると口にしてくれる。


ただ、普段ならあまり積極的には協力してくれないから鳶色の眼を瞬きしていたなら、種明かしをしてくれた。

どうやら最近彼女メイプルが主な世話をする事になった"法王候補"で、王太子(暴君)の腹違いの弟であるロッツから、ここ数日"アルセンが困っている、助けたい"と口にしていたと伝える。


メイプル自身は、当初はまだアルセンとは面識がなく恋人と言い張る友人(ネェツアーク)が休憩時間と嘯いてはやって来て、世間話として話してくれる最近加わった美少年がそのアルセンとは結びつける事が出来てはいなかった。


だから当初は、ロッツが"アルセンが困っている"と口に出しても、頭に疑問符を浮かべる程度だった。

しかしながら、サザンカが法王に就任する前から学問を習っていたという当時の宰相チューベローズ・ボリジの甥にあたる少年が丁度届け物があって同席しており、耳聡く聞きつけ、"アルセン"の説明をしてくれる。


血は繋がってはいないらしいのだが、厳格な雰囲気が伯父とよく似ている少年ながらも、不思議な優しさを感じつつ丁寧な説明をメイプルは聞いていた。



ただ口頭で説明をされても、少しばかり複雑な縁戚関係に再び疑問符を紅い髪の頭に浮かべた為、宰相チューベローズの甥だという少年は、わざわざ手書きでメモを書き図解をしてくれた事で確りと解るようになった。


まだ成人まで随分あるというのに、師範の免状を持てる段位まで達しているという確りとした読みやすい文字で書いてくれたので、メイプルは強気な印象を与える目元を大きく見開き感心したものだった。


『ロドリー君とアルセンと私は、同い年です』


と、ロッツのおっとりとした説明に、2歳年下に随分と優秀な人材がいる物だと、英雄候補の親友ツレがいる女性ひとは感心する事になる。


凄いのねえと、メイプルが素直に感じたままに手放しに褒めたなら、宰相の甥っ子は少しだけ顔を顔を赤くしながらも、礼儀正しく頭を下げてその場を辞して行った。



『それでも、グロリオーサ陛下から平定の新政権になってからは、王族の血縁関係はまだ解りやすくはなっているのよね。


もし、グロリオーサ陛下からの"仕切り直し"がなかったら、以前のままだと法院とまつりごとの癒着が残りまくっているからもっと解りにくくなっていたかもしれないし……。


でも、陛下の"姪"にあたるバルサム様が、陛下の親友であったアングレカム様に嫁いでいるから、そこで一世代とまではいかないけれども、年齢差は開いているから、そこも少しばかりややこしいと言えば、ややこしいのかしら?』


鳶色の人(ネェツアーク)から頼まれた物を手際よく調合しながら、紅い髪の女性ひとは、"アルセン・パドリック"の父親であるアングレカム・パドリックについては、中々実感の隠った懐かしみの言葉を口にしていた。

日頃は飄々とはしているけれども、恋人メイプルに関しては些か五月蝿すぎる面のある鳶色の人は、勿論気がついてそこに突っ込む。


『……あれ、メイプルってアルセンの父親と面識があるわけ?』


『王都にきたばっかりの頃、身内がいない私を当時は司教様であられたサザンカ様が法院に巫女として拾ってくれたの。

恩返しをしたいとはいっても、まだまだ子どもというか、脱幼児位だったから、精々御使いぐらいしか出来ないけれどね。

それで御使いの時に私が荷物を抱えすぎて、当時の宰相だったアングレカム様の背後に激突してしまったの』


一方で紅い髪の女性ひとは、恋人と言い張る親友(ネェツアーク)が、そういった拘りがあるのを、出会ってからの付き合いで十分に承知しているので、ありのままを答えていた。


そして、自分の行った返答がネェツアークにとっては、少しばかり感慨深い物を与えているのに気が付かない。

生前のアングレカム・パドリックを知っていても、直に接しているという"同世代(こども)"は格段に少ない。


ネェツアークは、直に接した事は自業自得のこともあって、これまで惚れ込んでいる恋人メイプルにすら告げずに、腹の底に納めているが"説教大好きな綺麗な中年"という印象イメージが強い。


『へえ……、そうなんだ。

男なんだけれども、凄く綺麗な人で、それでも”悪魔の宰相”とかいう、下らない噂とかあったけれども、どんな感じの人だった?』


ただその印象イメージは事前情報というよりも、諸事情で余計な先入観をもって接触してしまった事もあって、"アングレカム・パドリック"と出逢った素直な感想という物を聞いてみたいという考えもあった。


勿論メイプルはそんなネェツアークの思惑など知らないし、いつもの様に純粋に好奇心を抱いているのだ ろうと考えて、随分を自分の記憶を掘り返すしつつ、当時の事を思い出す。


『えっと、私もかなりのおチビだったから……"大きな人"かなあ。

丁度逆光で、最初は誰だかわからなくて、とっさに謝っていたわ』

『"大きな人"……ね』



恋人が自身を"おチビ"というなら、2歳年下の天使様な後輩にしたなら本当に大きな父親だったのだと考えている内に、メイプルは調合する手を休めず、記憶を掘り返した事でどうやら芋づる式に次々と思い出した事を口にしていた。


『ああ、そうだ、私、近道しようとしていて、普段は人通りが少ない庭園の裏道を進んでたんだ。

多分、時間的にお一人で休憩でもなさっていたんだと思うの。

私も人がいないと思っていたんで、申し訳ないけれど、本当に力一杯でぶつかってしまったけれどびくともしないというか、私が尻もちついちゃって。

"子どもが元気の良い子とは喜ばしいですが、少し気を付けましょうね"って、グランドールみたいな日焼けした手で起こして貰ったんだわ』


そう言いながら、ネェツアークに頼まれた薬の調合を終えて、薬の瓶の口をコルクの栓でキュッとした音と共にしめた。


『顔立ちが整っている方だなあとは確かに思ったけれども……。

今となっては思い出してみたなら、私みたいな子どもにも遠慮なく手を差し伸べてくださって、とても優しい方という印象イメージが強いかな』


そこで言葉をきって、それまで楽しそうに思い出していた表情にメイプルは翳りを浮かばせた後に、更に続ける。


『そうだ、子どもだからまだよくわからなかったけれど、あの後、直ぐにアングレカム・パドリック様は、息子さんを庇って亡くなられたのよね。

でも、私、この国の(セリサンセウム)の宰相様と、あの優しくて綺麗な紳士ジェントルマンを直ぐに結びつける事が出来なかった。

サザンカ様が法王として就任したばかりで、今はネェツアークやグランドールがお世話になっているユンフォ様が取り仕切る形になって、国としての葬儀の打ち合わせで良く法院にいらしてた。

そこで肖像画を見て、初めて"褐色の大きな人"がこの国の宰相様って知った。


それで、小さなお子さんもいるって事も聞いたけれど、私は法院に所属はしていても子どもの下っ端だから関わったりすることもないというか、出来なかった。

ロッツ様と関わるようになったのも、その数年後だしね。

で、その後にネェツアークが"大好きな"王太子様が、昔から眼を着けていた英雄候補になる褐色肌の大男(グランドール)鳶色の悪人面(ネェツアーク)頭蓋骨固め(ヘッドロック)を決めても拾って王都に戻って来た。

それから、こんなふうに私も”仲良し"になれるとは、本当に予想外だった』


自身でも"長くなった"と考えながらそこまで口にしたなら、鳶色の人(ネェツアーク)に調合を終えた薬瓶を放って投げて寄越したなら、相手は危うげなく手に取っていた。

それから、前以て瓶に張り付けてあるラベルに手書きで記載されている使用方法に視線を向けて確認するしながら、口の端を上げて"ニッ"と笑いながら返事をする。


『私だって、暴君にグランドールと捕獲される前に、ちょくちょく見かけるようになってご縁が出来ていた、セリサンセウムの郊外で活躍している"紅い髪のわんぱく小僧"の正体が、法王様の下っ端秘書官やっていたなんて、軍に所属するまで流石に知らなかったさ。

まあ、何にしても今は褐色の大男をどうにかしましょうかねえ』


出逢った当初から何かしら目論見事ばかりしていて、それは今も同じで、しかも今回は自分メイプルも交流がある旧友グランドールに向けて行っている物だと思われる。


『これまでの話してくれた流れで考えたなら、そのネェツアークとお世話をする様になった美少年が、私がぶつかってしまった宰相様の息子さんなのよね。

で、貴族嫌いのグランドールが拗らせているってところを、ネェツアークが何とかししようと思っているというか、今さっき頼まれた薬を使ってやろうとしているって事なのよね』


はっきりと事情を話されたわけではないけれども、ここ暫く、急に姿を見かけなくなった褐色の大男が拗らせているのを、解消させる為に動いていることはこれ迄の付き合いで、それなりに判る。

ネェツアークの方も全く否定する様子はなくて、確認の言葉には頷いた。


『そういう風に思ってくれて構わないよ。

それで私が強力な睡眠薬を頼んだのは、同室の教官のいびきが酷いから、造ったとでもしておいて。

実際酒を呑んでからのグランドールの鼾は強烈だけれども、一緒に酒飲んで寝ちゃえば私はやり過ごせるけれどね~。

最近何やかんやで平和ボケが進んで、薬 の管理が緩いかもしれないけれども、為政者さんは政敵の粗を捜す為には、弁当箱の隅を突くような事をしてくるからね』


"苦手だ、蛇みたいな眼をしているのが怖い"と、ネェツアークは口にするが厳しい態度だけれども自分達を贔屓してくれている、少なくとも"英雄候補(子ども達)"を駒の様には扱わない現在の宰相に、気を使っている事にメイプルは優しく微笑みながら、無言で頷いて書類を書き込む。


ここで、"優しいのね"と言った当の素直に褒めの言葉を口にしたなら、鳶色の人は心情的に逆に困るというのが判っているから、敢えて言葉にせずにしておいて、メイプル自身も気になっていた事を口にする。


『それにしても、いつもならケンカしても、問題起こしても、大体自分で片づけちゃうのに、そうやってネェツアークから出張でばるのは、やっぱり……というか、グランドールにとっては妹さんを殺されたのだから根深い物なのね。

私にしたなら、"妹を捜す"のが目的で日々の目標にしているけれども、それとグランドールの気持ちとでは随分違うでしょうし』

『いやあ私にしたなら、悪ガキ2人利用して、国にはびこる悪人ぶっとばして序に妹さんの情報を集めようとしていた、強気な女の子も結構な豪胆だと思うよ?。

それで王都に引き込もうとしている内に、何か知らないけれど西側に旅に出ていた暴君が不機嫌に戻って来て、憂さ晴らしに悪ガキ連れて行ったていうオチも悪くはない』


決して嫌味ではなく、手玉に取るではないけれども褐色大男グランドール悪ガキ(ネェツアーク)を目的の為に利用しようとしていた、強気な女の子の肝の据わっている所が好きなので、笑顔でそう口にする。


ただ紅い髪の強気な目元の女の子からしたなら、そこは申し訳ないと素直に思っている所なので気まずそうに俯いたなら、それを見てネェツアークは笑った。


『それじゃあ、荒治療となるけれどやってみますかねえ。

個人的な意見の押し付ける事になるけれど、今の状態のままよりは良いと思うんだ……あ、そうだ、通信機借りても良いかな?。グランドールとアルセンの両方に連絡しときたいんだ』


既に薬瓶をポケットにしまい込みながら、爪先はメイプルの職場の通信機ある方向に向かわせていながら、使用の許可を部屋の責任者に尋ねる 。


『法院の方と軍部の両方に記録が残りますけれど、それで良いならどうぞ』

という少しばかり含みを入れた返答を貰ったなら、

『……グランドールには、試作品の紙飛行機で連絡をしようかな』

と、通信機を触れる前に胸元から、まだ軍部が取り入れる事は検討中の魔法の道具を取り出して、馴染みの酒類も夕刻からは提供してくれる飯処の名前を認めて、窓から飛ばした。


それから通信機に手を伸ばしていたなら、メイプルから声をかけられる。


『そうだ、その落ち着いてからでいいから、良かったなら私にも"アルセン"て言う美少年紹介して欲しいな。

えっと、結局ロッツ様の従姉になるバルサム様?の息子さんなのよね?。

思えば、こういった場合はロッツ様とそのアルセン"君"は、親戚間ではどういった関係になるのかしら?。

それじゃあ、何にしても今回はネェツアークの目論見が巧く行くように祈っているわね』


恋人の不意の疑問に関しては、それなりに物知りなつもりでもあるネェツアークでも、正確な答えが判らない。


『取りあえず、ロッツ君に将来子どもが生まれたならその子とアルセンは再従兄弟はとこって事だね』

当時では、"絶対にあり得ない事"と、思いながらネェツアークは恋人メイプルにそんな言葉を告げていた。


その返答に紅い髪の女性ひとは苦笑いを浮かべながら、新たな仕事があるらしく、掌をヒラヒラと"バイバイ"したならあっさりと出て行ってしまう。


相変わらずの恋愛こういった方面の素気なさに少しばかりの唇を尖らせつつも、通信機の内線機能を使い、軍学校の寮に繋ぎ当直にアルセンを呼び出して貰う。



『やあ、アルセン、今日は外出届を出して軍学校から外出する予定はあるかな?。

昼休みの段階までは届は出てはいなかったけれども?』


『……いいえ、今日はありません』


先程の"旧友グランドールへの突撃"から、それ程時間が過ぎてはいないので、まだ持ち直していないのがありありと伝わってくる沈んだ声だった。


『そうなんだね、私は今日は外出するから。それにしても、その声の調子だと、私が話した後にどうやらグランドールに突撃したね?』

『……はい』


少し間があったけれども、いつもの様に素直な返事を美少年はしてくれる。


『そっか、アルセンに突撃されたなら、流石にグランドールも嘘をついて誤魔化したり、言いくるめたりは 出来なかっただろうね。"正直に"、答えてくれただろう?』

『……』


通信機の受話器に声を贈り込み、それを通信機内部で信号シグナルに変えて通して管に流し、遠方にいる人にも認識できる形にしているという仕組みは知っているが、後半アルセンが緊張して、喉を鳴らす音まで伝えてきていた。


『グランドールが正直に話してくれた事に、不満はあるのかな?』

『不満はないです、その、誤魔化さないでくれた事は、本当に嬉しかったです』


"嬉しかった"と口にしている割には、その声は震えていて、通信機相手に苦笑いを浮かべてしまう。


『でも、まあ、何でも"馬鹿正直"に言えば良いってものでもないよねえ。

それなら、一番付き合いの長いグランドールの旧友として馬鹿正直(ついで)に、グランドールが"貴族が嫌い"な理由の核心部分を、アルセンに話してあげよう。

しかも、グランドールの許可なしに』


『?!、ちょっと、待ってください?!許可なしって、え?!』


先程の悲しみは、"許可なし"という言葉で一気に払拭されているのが伝わってくるの反応に、教官の方は口の端をグイっと上げる。

極力できるだけ淡々と、通信機越しに王都に落ち着くまでに"グランドール・マクガフィン"の身の上に起こった事を、行動を共にしていた"仲間"の立場としてネェツアークは伝える。


伝え始めた時にこそ"良いのだろうか?”という戸惑いが浮き出た相槌ばかりだったが、話しが終わりに近づくにつれて治まり、終えた時には再び通信機の向こう側からの反応は"沈黙"となる。

ただ同じ沈黙だとしても、そこに含まれている感情はすっかり様変わりをして、風の精霊を媒介とした通信機を内を通り抜けて、相性の良い人の鳶色のフワフワとした髪を揺らした。


戸惑いは少なからず残っていたけれども、グランドール・マクガフィンの過去を知った事で、今度は風の精霊が司る"好奇心"が、後輩アルセンの心の疼きに合わせて伝わってくる。


『……驚いたかな?』

『はい、とても、驚きました』


戸惑いの沈黙が治まったのを感じ取ってから、ネェツアークが尋ねたなら思いの外確りとした返事があって、更に続けられた。



『ただ、グランドール・マクガフィンという人が”貴族を嫌い"になった気持ちは、私なりに判った様な気がします』

『そうか。それじゃあ、今日は色んな事があったから、疲れただろうから、教官として早く寝る事をお勧めしよう。

ああ、でもアルセンは驚異的に寝つきが良いから、余計なお世話かな?。それじゃ、”後"でね』


『"後でね"?ですか―――……?』


自分でも意味深な会話の締め方をしていると思いつつ、後輩の疑問符が尻切れになるのを構わずに、通信機の受話器を戻す。




『さて、返事は来てないけれど、こういった時はグダグダと呑むだろうから、先に行っている確率が高いかな。

早めに行かないと、食べ物が全て激辛コースになるから私も着替えて支度をしないとね』



一応の門限あるので、軍学校にそれなりに急いで戻ってみれば同室の褐色の大男の行先掲示板の札は、"外出"となっていた。


ネェツアークは静かにそそくさと着替えて自身の札も"外出”にして指定した城下街の東側の飯処に行ったなら、私服姿の褐色の大男もいて料理も卓に並んでいた。


『……適当に注文しといたぞ、ネェツアーク』

『グランドール、お前は適当の前に"辛いの"という言葉をつけるべきだと思うよ……。

ジンジャーエールください』



一応、未成年ではあるので最初の一杯はソフトドリンクを頼んでいた。


どうやら飯処のある限りの辛味の強い料理を、褐色の大男(グランドール)は入店と同時に注文していたらしい。

取りあえず卓上の物を食べてしまえば次の注文は出来るので、食べてしまう事にする。


幸いにも、育ち盛りの胃袋といもの所持している時期なので、4人席の卓の上一杯に一杯にある料理も、一般的な辛みの強いものなのでネェツアークも無理せず食べれた。

ただ向かい側に座る褐色の同僚は、まだまだ辛味は物足りないらしく卓の隅に置いてある薬味に手を伸ばしていた。

一応会話らしい物はしているけれども、他愛のない物ばかりである。


(時間もあるし、さっさと進めようかな)


馴染みの店員を呼び、耳打ちをおこなって、"飲み物のセット"を準備してもらって、辛い食事も全て平らげているので、食器を下げて貰う。

広くなった卓の上にあるセットから、適当にグラスに氷と飲み物を注いで、ネェツアークは笑顔ながらも無言で差し出したなら眉を潜められた。


『少しぐらい水で割らんか』

『どうせ、今日は潰れる位飲まないと、眠るまでうだうだなっちゃうんだから。

家族より付き合いの長い旧友の作る物が呑めないの?』


一滴も口に含んではいないのに、既に 口にしている様な言い回しをして、更にグラスを差し出したなら、褐色の大きな手は受け取った。

割らなかった事もあったのと、"後輩アルセンの突撃"があったのもやはり影響を及ぼしていたのだろう、早速それらに関してグランドールも口にし始めている。


そう言ったのが始まった辺りから、ネェツアークは聞き流しつつも適度なタイミングで相槌を打ちながら、卓下で片手で器用に走り書きをくだんの魔法の紙飛行機に行っていた。


『私も軽く呑もうかな。すみません~』


書き終えてから、店員を呼んで先程と同じ様に耳打ちを行うついでに、書き上げた紙を適当に紙飛行機の形に折って"王宮"の方へと飛ばして欲しいと頼む。


(さてと、それじゃあ毒薬じゃないけれどに一服盛ろうかな)


『……嫌いじゃないけれど、貴族は憎まなきゃ、ならん。妹を、家族を貴族に殺されたワシは、そうしなければ、ならんのだ』


グランドールの方とは言えば、飲み物の力と勢いを借りてついに同僚ネェツアークに、後輩(アルセン)に対する本音を白状する。


『憎い気持ちはさ、人をタフにもしてくれるけれど、巧いこと使わないと自分も駄目にするぞ?』



その頃になると、聞き役に回っている旧友ネェツアークは自分が手にしている、恋人が調合した薬が入っている小瓶にラベルされている紙の文字を、日頃鋭い眼元を更に鋭くさせながら見つめていた。


そんな中でも適当に口にしていた言葉は、褐色の大男の図星も突いており、"自分も駄目にするぞ?"という言葉が思いの他グランドールの胸を抉る。


『……!』


その言葉に反論しようとした途端に、グランドールの大きな身体に一気に眠気が襲われたのが窺がえる。


それでも眠気に抗うように眉間に深く縦シワを刻み込んだが、グラスを掴んでいた手を先ずゆっくりと卓上においてから、そのまま腕を組んで頭をおいた。

極静かに旧友グランドールが"潰れた"様子には、一服盛った方が驚いて思わず声をかけてしまう。


『グラン?グランドール!。あれ?効き目が異様に……?あっ、薬の配合量間違えた』


思わず鼻の上に乗せるようにしている丸眼鏡を上げ、ラベルの文字を見てよみあげる頃には、グランドールは居酒屋の卓上で眠りにおちていた。

ただ、長年の付き合いのある旧友からしたなら、まだ眠りが浅いのが伺える。


『眠らせるのは予定調和だから良しだとして……、こ れからだよね。

それにしても、今日は抜け出てくる事可能かな?。

とりあえず、鼾が出てくるまでは眠りが浅いだろうから、グランドールはそれまでは動かさない方が良いだろうな。

となれば、鼾が出てくるまでは何しても、こっちは時間つぶしだな。

すみませーん、イナゴの佃煮あります?』


漸く自分が食べたい物を注文し、指で摘まんで口に放り込んで堪能し終える頃に、待ち人はやって来る。

飯処の店員は、ネェツアークの"待ち人"が来た時には思わず、すっかり夜になってシルエットとなり店の入り口に立つ"客"と、入店直後に辛い物ばかりを頼んでいた客が座る席を何度も見比べる事になった。


どうしてそうしたかと言えば、褐色の大男のお客さんが何時の間に店の入り口に移動をしたのかと不思議に思ったからに尽きる。

けれども、振り返り店内に視線をうつしたなら、褐色の大男は腕をを枕にして、恐らくは寝ている姿を目撃する事になった。


『おっ、あそこか?。"案内"ありがとう』


案内を全くしていないのにそんな礼を告げて、ネェツアークの待ち人はその客席に歩いて行ってしまった。


『よお、待たせたな』


左眼だけというよりは、顔面の左側上部を覆う様な眼帯をした年齢的は同世代に感じられる、褐色の大男(グランドール)と殆ど同じ体躯の人物が、ネェツアークに向かって片手を上げて挨拶をする。


『……どうも、協力ありがとうございます』


ただ鳶色の色の人(ネェツアーク)の方は、自分で呼んでおきながら、少しばかり複雑そうな表情を浮かべていた。


とても頼りにもなるし、今回の目論見もこの人物がいるだけで格段にスムーズに進む事も判ってはいるのだけれども、いざ側に来られると自然に身に纏っている圧力プレッシャーの様な物に押されて仕方がない様な気がする。

ただ複雑な表情を浮かべるネェツアークにお構いなしに、やってきた人物"ダン・リオン"は飯処から、居酒屋に代わった店内で潰れるグランドールを見つめていた。


『……ふむ』


そんな一言を零したと同時に眼帯が覆っている部分に、痒みでも出たという風に逞しい指をごく自然に指し込んだ。


そうすると視界的に、ダンを見上げる形になっている視界のネェツアークには、眼帯を押し上げ広げた隙間に、彼の母親から引き継いだ紫色の瞳を見る事になる。

その紫色の瞳が見ている先は、どうやら自分ダンと殆ど同じ体の大きさの、潰れるように寝ている褐色の大男だった。


『これは、よく"薬"が利いている様だな。夢も見ていないぐらいぐっすりと寝ている』


そう言い終えると指を引き抜き、手狭な通路を挟んで空いていた客席の椅子を引き座ると、先程案内もしてもいないのに礼を言われて戸惑っていた店員に、良く通る声で呼びかける。


『果物で適当にネクターを頼む。こっちの迎えに来たんで直ぐに帰るから、”前菜(お通し)”は要らんからな』


良く通る声は、どうやら通り過ぎた模様でそれまで少しばかり居酒屋のらしい喧噪になっていた店内の騒がしさは治まり、視線が集まっていた。

ただ視線が集まっても、一向に構わないといった調子で振眼帯の青年は頑丈そうな歯を見せて、ニッカリと笑う。


『ああ、済まない、声が大きいのは"地声"だ。潰れた友人を迎えに来ただけなんで、気にせずに続けてくれ』


先程店員に行ったのと殆ど同じ様な説明を再び繰り返したなら、鳶色の人(ネェツアーク)が感じている様な、圧力プレッシャーが視線を向ける居酒屋の客達を抑えた。


普段なら酒の力も入る事で良くも悪くも気分テンションが上がり、"絡む"という行動をとる者が現れても仕方がないのだけれども、眼帯をしている地声のおおきな青年に興味の視線を注ぐが、それ以上の事は"出来ない"。

ただそんな雰囲気にお構いなしに、眼帯の人物は右側の黒い眼で自分を呼び出した鳶色の人物に呼びかける。


『思ったよりも早く潰れたなあ。最近は忙しくてグランドールの方には逢ってはいなかったけれども、まさかこんな風になっているとは予想外だったなあ』

『まあ、確かにあんたは忙しかったでしょうねえ』


そんな返事をしながら、残り少なくなったイナゴの佃煮を、異国の食器でもある箸で器用に摘まみ口にネェツアークが運んでいた時に、店員が"果物で適当に作ったネクター"をダンに運んできた。


『ああ、御苦労。ついでにこいつらの食べて飲んだ分の支払いも頼む、これを飲んだら戻るつもりだからな。

食器をも下げているみたいだから、食べた量は判らんがこれで足りるか?』


まるで王様の様な礼を口にしたのちに中金貨を一枚を、ダンが無造作に取り出して差し出すと、店員は会計の為の計算を頭の内で行う。

子どもの頃から"手習い" で、異国の発祥の計算機である十露盤そろばんをしていた為に、計算をす時にはその"計算機"を置いて弾くことになる。


2人分の"前菜(お通し)"辛い料理のフルコースにソフトドリンク数杯に、それから客人が大ぴらにはしない形で提供した飲み物一式に、最後に珍味としてのイナゴの佃煮とネクターを加算した。

すると会計は中金貨一枚の値段を超え、あと数枚の銅貨が支払いに必要となり、その旨を伝えようとする前に、銀貨が更に差し出されて、激しく瞬きをする。


『それなら銀貨を一枚足そう。"御釣り"となる銅貨は、入り口にあった募金箱にでも入れておいてくれ』

『……わかりました、毎度ありがとうございます』


"まるでこちらの心を読んでいる様な人だな。

ああ、もしかしたなら、もの凄く店を贔屓にしてくれているお客さんで値段を掌握しているのかな?"


疑問の表情を僅かに浮かべた後に店員は、接客用のの笑顔を浮かべ支払われた代金を受け取った。


それから、店員が支払われた代金を会計所の竹網の笊の中に入れた後に、御釣りをダンに指示された通りに、募金箱となっているブリキの箱に入れるのを、黒い右眼で眺める。


それを見届け、店内び喧噪の中で貨幣が小気味いい音を響かせたのを聞いた後に、機嫌良さそうに口を開いた。


『……"店の商品を全て掌握しているから、代金を予想して払える"か、わたし……じゃなくて、"俺"も大分庶民的な眼で見られるようになったという事だな』


庶民的に見られる事を大いに喜びつつ、ダガーがネクター一気に半分まで飲むのをネェツアークの方が呆れた視線で眺めながら、最後のイナゴを佃煮を食べ終えている。


それを確認したなら、更に満足そうに残りの半分を飲み終えて、すっかり眠り込んでいる自分の体躯と同じ位の褐色の大男の身体を、潜り込む様に腕の下から抱え込む様にして抱え上げようとする。


その行動にネェツアークが両眉を上げ、鳶色の眼を剥く事になるがちっとも構わずダガーが抱え上げようと行動する事で、取りあえず止めるという行動を諦めた。


『……まだ、鼾を出してはいないですけれど、本当に動かして大丈夫ですか?。グランドール、起きませんか?』


同じ位の体躯で共に大きいという印象を与えるのは共通するのだが、不思議と今褐色の大男(グランドール)を抱えている人が、大男という印象を周囲には与えない。


そ れでも、危うげなく支えて立ち上がる。


ただ支えられている方はどんなに巧く支えていても脱力しているので、軽く引きずる形になるので、ネェツアークも立ち上がり2人で挟み込む様にして、漸く安定する。


しかしながら共に支えてはいるけれども、鳶色の人の方は、眼帯をしている人とは目線を合わそうともせずに、一応、旧友グランドールが忘れ物をしていないかを確認する。


幸いにも、一番無くしたなら厄介な軍隊の身分証は確りと着脱防止のチェーンで確りと繋いで、目立たない上着のポケットとにいれボタンホールに金具の輪で止めてあった。

これはこの国で軍人であることもあるが身分証明でもあるので、紛失したらなら軍の監査部に眼をつけられる事になるし、出世を志す人には随分な妨げの響きを持つ事になる。


ただ、ネェツアークは器用な長い指でそれを外して、体躯の大きさが変わらない"城下町の一般人の姿が板についてきた眼帯をしているダン・リオン"に渡す。

手馴れた自然な行動でもあったので、傍目から見たなら酔いつぶれた人を介抱している上での自然な動きに映った。


『上着は後で変えるとして、ところで、本当に大丈夫なんですか?。

まあ、今の状態で鼾かかれたら、物凄く近距離で耳に直撃してこちらが困るんですけれど』


再び尋ねてつつ身分証を眼帯をしている人に渡しながら、いつも鼾の被害に遭っている立場としてはどうしても訝しむ事になる。

鼾の被害にはあってはいるが、その間は相当深く寝入っているのは"どこまで起きないのだろう"と褐色の大男の額の上に、果物の蜜柑を5つ積み上げが成功し、30分無事だった事で立証されている。


今は恋人メイプルが、身体には無害でついでに肝臓に優しい成分を含んだ薬草で煎じた飲み薬で健やかに眠りについてはいるが、ネェツアークからしたなら、目論見の為に朝までぐっすりとしていただきたい。

ただ、今の様に潰れて沈む様に寝入っている姿は、初めて見る。


"仮眠"の状態なら、出逢った当初、宿を取れない時に数度おこなった野宿した際に、見たことがある。


寝てはいるけれど神経を張り巡らせている為、浅い息遣いに少し強い風が吹いて凪ぐ位でも、直ぐに眼を見開き反応できる様な感じだった。

今回は眼は確りと閉じられており、呼吸は深くこうやって2人で挟んで支え るようにしても目が覚めない状況は深く眠っているというより、薬の効果によって眠らされていると表現しても差し渡り困る事もない。


けれども鼾をかいていない事は、昔馴染みの旧友ネェツアークの不安を極わずかではあるが煽っていた。


眼帯をしているけれども、褐色の大男を挟んで近距離にいることで、鳶色の悪人面が板についてきた、部下の心に浮かんだ僅かな疑問は拾い読むと、立派なキリリとした眉で眉間に小さく縦シワを作りながら、苦笑いを作っていた。



『繰り返しになるが、夢を見ない程しっかり寝ていると表現した方が良いのかもしれないな。


……というよりも、夢を見るような余裕が、既にグランドールの心にないのかもしれん。


メイプルの話を聞いてみたなら、"お前(ネェツアーク)"を含めて相当色々悩んでいるみたいだと言っていたからな』


『……あんたの口から恋人メイプルの名前が出てくると、物騒な考えで頭が一杯になるんで、極力出さないんで欲しいんですけれどもね?』



もう何度も頼んではいるのだけれどもダン・リオン―――ダガーは聞き入れてはくれない。


『……』


そこからは笑顔を浮かべるが無言となって、眼帯の男が先導する形で飯処から居酒屋になった店を出た。

周囲も城下町の東側で似たような地域となっているので、暫くは明るい道となっていたが、王都での飯処や居酒屋となるので、精々夜半で店仕舞いとなる。


グランドールを2人で抱えて歩いて行く先から、既に店仕舞いを開始している店も出ていて、そうなると帰宅する人々の姿も多く、少々視線を集める事になった。

ただ時間と場所が場所なので、あんなに身体が大きいのに酒の呑み方を失敗したのだろうという、生温い視線を注がれる程度に済んだ。


ネェツアークが、前以てグランドールから軍人の身分証を外したのも、外から見える分で着脱防止のチェーンが、実は独特な物である為、見る人が見れば直ぐに"軍人"だと判明す(バレ)る。


それで"深酒したんだねえ"見流してくれたのなら構わないのだが、中には軍部の監査機関に酔い潰れていた軍人がいたと、わざわざ連絡をくださる方々もいらっしゃる。

普段のネェツアークからしたなら、酩酊して他者に迷惑をかけるような飲み方をするのならどんな職場でも家庭でも晒され、恥をかくなり反省しろと考える。

若しくはそれが嫌なら、酔っても構わない迷惑をかけるにしても、それなりの代償を払って詫びる支度をするか、そういった事を許容してくれる友人がいるのなら、後始末を頼んでおけばいいとも思う。



そして今回の場合は友人として、本人グランドールに無許可で酔わした上に潰したので、絶対に彼の恥じにはならない様にと、珍しく気を配っているというのもあった。

暫く3人で進んでい行ったなら、日常的な品物を主に扱う商店街の地域に差し掛かると、勿論店は全てが閉店をしており、定期的に街灯が精霊石の力で灯りを点している程度となる。


程なくして、目的の場所である店舗が並ぶ中で一軒の空き家に辿り着いたなら、その内側から扉が開いた。

するとネェツアークからしてみたなら予想外の人物ではあるけれども、暴君ダンが手伝いを頼んでも、おかしくはない人物が待機をしてくれていた。


『あれ、バロータさんかと思ったんだけれども』

『師匠はこの”パン屋”に使うのに丁度良い調度品がないか、買い付けに行っているからな』


鳶色の眼を丸くしている内に、ダンが笑って先に"その内パン屋になる店"にグランドールを支えて入って行った。


『お久しぶりですね、ネェツアーク殿。そろそろ鳶目兎耳えんもくとじに興味をもっていただけましたかね?』


暗い店内で待機をしていたのは、紅黒いコートを纏った壮年の男性はにこやかに微笑みながら、ダンから抱えているグランドールを受け取り、予め用意をしていただろう椅子に座らせた。

それから手際よくグランドールが身に着けていた上着を剥ぎとり、既に自分で上着を脱ぎ始めている眼帯の青年の方向に進む。


"眼帯の青年"はダン・リオンというよりは、2人の"配下"の手前もあって"王太子のダガー・サンフラワー"と言った雰囲気を自然と醸し出していた。


紅黒いコートを纏う壮年の人は恭しくも手馴れた仕種で、グランドールが身に着けていた上着を羽織らせる。

その手馴れた仕種は、壮年の人の"本業"を知っていれば、当たり前の行動なのだが、ネェツアークにしてみたなら、少しばかり面白くなさそうなさそうな調子で、眺めている。


ダガーが然りと親友の上着を羽織った後に、やはり恭しく後退する壮年で、出逢う度に自分ネェツアークに、自身が責任者となっている部隊に誘い(スカウト)をかけてくる御仁に返事を行う。


鳶目兎耳えんもくと じの情報収集に関する閲覧権限とか、そう言ったのは物凄く興味はあるし、魅力的ではあるのですけれども、直轄部隊の上司がこの方になるので踏みとどまっている次第です、ツヅミさん』


ネェツアークは仏頂面しつつも紅黒いコートを纏っている人物に対しては、今は|親友の上着を纏い眼帯をしている人物《ダガー・サンフラワー陛下》に、失礼は承知で長い指を指しながらそんな事を口にする。

どちらかと言えば破天荒な大人が周囲に溢れているネェツアークの周囲で、良識的な御仁であるので、出来る事なら失礼のないようにはしたいのだが、"暴君"の直属の配下という立場はどうにも受け入れる気になれない。


『ネェツアークが望むなら、グランドールと一緒にいつでも、一騎当千と鳶目兎耳えんもくとじの称号をくれてやるぞ。

それにツヅミは最近奥方が出産したそうだ、シャクヤク・スタイナー卿の世話人の仕事は止めないにしても、鳶目兎耳えんもくとじの隊長は子どもが手にかかる時期に入る前に辞したいそうだ。

辞したいとしても、第一線を退きたいだけで、新人が来たなら世話も確り焼いて仕込んでくれるそうだ』


ダガーが確りと旧友グランドールの上着を確りと着こなした後に、ツヅミ当人が言い兼ねていた諸事情をサラっと口にしたなら、ネェツアークは実に判り易い"苦虫"を拳で一掴み程押し込まれた様な表情を浮かべる。


それから腕を組んで、半眼になって協力してもらっている立場ながらも、遠慮せずに口を開いた。


『あんたのそうやってごく自然(ナチュラル)に人の弱点ウィークポイントを抉っていく姿勢スタンスが嫌いなんですよ。

そんな事情を知らされて断ったなら、こっちが罪悪感を抱いてしまう様な事をサラっていうのが、嫌なんですってば』


薄い唇の口元をこれでもかという位に"へ"の字にして、取りあえずセリサンセウムにとっては、英雄候補という立場の青年は、反感の感情をむき出しにしてそう言い返した。


言い返されたと同時に、"王太子ダガー・サンフラワー"は左半分を覆うようにしていた眼帯を取っ払い、眼帯をつけていた事で髪についてしまった痕を誤魔化しながら、こちらも言葉を返し始める。


お前(ネェツアーク)の場合は、ツヅミに罪悪感なんて抱かないし、単にメイプルに嫌われたくないだけだろう?。

最近はメイプルが世 話をする様になったロッツが、仕立屋のシャクヤク・スタイナーが飼っている孔雀に興味をもって、スタイナー邸に入り浸っている。

それでシャクヤクの秘書業務を熟しているツヅミに、内向きの事も教わっている事で彼女が感謝している。

しかも少々晩婚ではあるけれども、彼女が夢見ている"普通の家庭"の権化の様なツヅミに、鳶目兎耳えんもくとじとなる事で恩が売れるんだ、悪くはないとは思うんだがなあ』


悪気は全くなくダガーがが口にした言葉と同時に、やがてパン屋になる店内の空気が一挙に不穏になり、素早く察知したツヅミが、やや強引に宥めるように言葉を挟んだ。


『ネェツアーク殿が希望しないなら、先ずはこちらで後任を捜しますから、気にしなくて良いですよ。

でも、国内でセリサンセウム軍が掌握している人材では、個人的に君が一番適任だとは確信しています』


宥めと純粋に褒める言葉を、恋人メイプルが最近尊敬している人物ツヅミから口されたなら、"まっすぐな"言葉に弱い青年は、取りあえずダガーに対する対抗心はネェツアークは引っ込めた。


鳶色の青年が落ち着いたのを見届けたなら、紅黒いコートを纏った御仁は穏やかな笑みを浮かべながらも、少しだけ真剣味を滲ませながら、誘い(スカウト)をかけている人物に再び口をかけていた。


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