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相談に乗りますよ⑤

『えっと、スミレちゃんは別に女性が好きというわけではないのですけれど、その、"格好の良い女性"が憧れなんです。

その女性だけれども、強いといいますか、凛々しいと例えれば宜しいのでしょうか。

今でも王妃様、トレニアねえ様の支持者ファンで憧れているという風に仰れば、ユンフォなら察してくれると思うですけれども。

御自身でも少しばかり表には出すべきではない所だと、感じているので、必要のない限り口には出しません』


バルサムの"親友スミレ"を誤解しないで欲しいという気持ちに、同性の年上に憧れて尊敬するという気持ちは十分にくみ取れたので、ユンフォは直ぐに"納得した"と、意志表示をする為に頷いた。


『確かに、あの美しさで、これまで全く浮いた噂がなくて、異国の美女に詳しいとなるという情報だけ並べると、それだけで誤解を勝手に受ける人はいかねないでしょう。

それに、バルサム様も一般的に見て、十分に見た目麗しい御婦人ですからね、スミレ様が側室に入ったから、もう滅多な噂はたたないでしょうけれども』


ユンフォが遠回しに"既に誤解らしきものはありましたよ"と伝えると、心当たりはどうやらあるらしく、淑女フロイラインは品の良い笑みで流された。

ただ学生時代に、下世話なやからが流そうとしていた噂は、ユンフォの友人チューベローズ・ボリジが流れた直後に、絶っていたの事までは察していないだろうというのもその笑みからは読み取れた。


(まあ、これは、バルサム様に伝えたら伝えたで、私がチューベローズから毒針で刺されかねない。話しを、本筋に戻そう)


『それで南国のレナンセラ王の直属の護衛騎士様が、とても美しい女性の騎士だとして、今回のお披露目に来るかどうかを、どうしてそこまで気になさるのですか?』


"美しい女性騎士"とまで自分の口で出しておいて何なのだが、敢えて強調して尋ねてみると、今までに少なくともユンフォの見た事がない表情をバルサムは浮かべていた。


一番判り易く言うなれば、"泣きだしそう"とも例えても障りのない表情となる。

流石にこれにはユンフォの方が慌ててしまいそうになるけれども、そんな気持ちは意に介さずに、淑女フロイラインは更に続けた。


『スミレちゃんが言うには、その方はとても美しいだけではなくて、トレニアねえ様には、及ばずとも、とても凛々しい方だそうです。

それに南国という事もあって、その、アングレカムと同じ様な、褐色の肌の方だそうです』


『えっと……』


今度はユンフォの方が、少しばかり言葉が詰まる事になる。


(ええっと、こんなところで、このお嬢さんは、他の御婦人との事を気にするってことなのか?!)


副官の青年が言葉が詰まった最も重要な要因は、バルサムの言葉を聞いた上での感想と感情になる。

感情の方は一文字で表すのなら"驚"で、ついでにいうのなら内蔵の肝くらいは抜かれた様な衝撃だった。


(それにしても、バルサム様が、そういった事を気にするとは……。

あ、もしかしたなら、褐色の肌については、アングレカム様に何かしら言われているのかもしれない)


バルサム・サンフラワーがアングレカム・パドリックに惚れているという情報は、セリサンセウムが平定され、決起軍が王都に入り、まつりごとに携わったと同時に、"公然の秘密"といった物として、王都一帯では認識されている。


その認識の広がる経緯は、ある意味では起こるべくして起こった事象でもあった。


王都に褐色の肌ながらもこれまで見かけた事がない様な、美丈夫が現れたことでそれまで息を潜める様に社交をしてい貴婦人達は、正しく色めき立つ。


決起軍の噂話として、耳には入れてはいたけれども、実際に目の当たりにするのではやはり差があるらしく、民衆の前にグロリオーサが現したのとはまた違った悲鳴の様な女性の歓声となる。

しかしながら、その女性の歓声は直ぐに小さな、悲鳴なと共に引っ込められる物となった。


結果から先にするなら、バルサム個人がどうこうしたわけではないのだが、起こった事象は、アングレカム・パドリックの整い過ぎた容姿に色めきたつ御婦人達に、ちょっとした牽制を与える事になる。

その"事象"と"牽制"を起こしたのは、日頃バルサムの魔力の御相伴にあずかる"魔"達だった。


先ずは何にしても平定を成し得て、王都の民に新しい政権を報せるべく、何とか廃墟ではない程度の城に王都の民を、形ばかり片づけた城へと招き入れた時だった。


時期的に王都に残っている、若しくは戻ってきている者達は格段に少ない。


けれども、身分立場関係なく大勢の者が、平定の四英雄のそれぞれの姿に色めき立っている中で、歓声が悲鳴になるのは、これは身分立場関係なく、若い女性ばかりとなっていた。


当然、何かしら起きたと考えて、周囲の視線が集まるけれども何が起こっているかはパッと見て判らないが、悲鳴を上げている女性達は一様に何かしらを追い払う仕種をしている。


別に側にネズミや虫と言った類の物がいないが、それこそ蛇蝎を嫌うが如く悲鳴をあげた後に、今度は我に返り、追い払う仕種の後に、自身に何もついていない事に気が付く。


周囲から心配と訝し気の視線を向けられ注目される事に併せて、皆それなりに年頃なので、頬を染め引き下がる。


ただそれと同時に、悲鳴を上げた自分達と同じ様に、周囲には認識されない何かに驚いていたのに、その驚いていた対象が消えている事にまた驚いている"仲間"がいた事に気が付く。


その事実に更に驚きつつ、そのままの表情で、口を開閉させながら、互いに自然に集まり身を寄せて、周囲には自分達にしか見えなかった物と、多分自分達にしか"聞こえなかった"事象を確認する。


幸いにも周囲は、平定の四英雄を目の当たりにする事で興奮しており、いきなり悲鳴というよりは、奇声を上げた婦人に構ってられないといった調子で至って普通の歓声を上げていた。


そして、そんな中で判明するのは"悲鳴"をあげた御婦人は、揃って"悪魔の参謀"とも例えられる褐色の美丈夫アングレカム・パドリックに"熱い視線"を注いでいたという事になる。


その整い過ぎている容姿に心が揺れるように、感情が昂り、その波に逆らわずに歓声をあげたと同時に、その相手アングレカムに少しでも気が付いて貰おうと振るう"腕"に何かしらの感触を味わせられた。


ある者には冷たく、ある者には熱く、ある者には温く、そしてへばりつく様にして、その当事者達にとっては不快の極みの様な感触を感じさせた後に、その正体を確める為に視線を向ける。


つい先程まで、褐色の美丈夫ばかりを見つめていた視界に、自分達の最も嫌いな生き物のシルエットの形で映り込んでいた。


それを確認したと同時に嫌悪の悲鳴を上げ、更に嫌な感触を重ねる様に、耳の掃除をしたとしても、決してその道具を伸ばしても届く事が出来ないような場所の奥深く。


既に"頭の中"と例えても障りない内側に、極めて不快な温度の生ぬるい水が張り付くような感触を伴って、硝子に金属の爪を引き立て音で造られた声が刻まれる。


"アレ(アングレカム) ハ バルサム ノダヨ"

"トッタラ ダメダヨ"

"ソバニ イッテモ ダメダヨ"

"ウウン イッテモ ムダダヨ"

"ムダダヨ ムダダヨ ムダダヨ ムダダヨ ムダダヨ"


一斉に響いた声の筈なのに、そのどれもが不思議と理解出来てしまう。

その声を聞いた瞬間に、得体のしれぬシルエットと感触と恐怖に叫んでいた悲鳴も、止まる。

声を出す余裕も無くなり、固まったと同時に、その不快も恐怖も一切が瞬く間に消える。


褐色の美丈夫に"好意的な視線を向けた者"一同が、似たような事象に遭遇していた。

その場では判らなかったけれども、根性ガッツのある御婦人方が、壮年に差し掛かろうとしている褐色の美丈夫に、熱い視線を送ろうとする度に、似たような事が起きる。


アングレカム・パドリックに好意を もった(そういった)視線を向けたのなら、何度でもその恐怖は起きていた。

その恐怖の中で、理解出来る事と言えば"アングレカム"という今しがた目の当たりにした美丈夫と、"バルサム"という恐らく名前と思われる単語だった。


結局、同じ経験をした淑女達は後日に集まり話しをしたなら、程なくして"バルサム"の名前も意味も直ぐに判明する。


殆どの淑女がアングレカム・パドリックを諦めた方が、己の人生が無難だと察する。


しかしながら暗愚の王(クロッサンドラ)の孫なら、恐れ多くて誰も文句は言えなかったが、公平を謳う鬼神グロリオーサならという作用もあったか、一部の根性のある方々で、


"どうしてあんなことをしたのか!?"


と、女性同士であるという事もあり、少々粗目の口調で修復中で開放中の宮殿の裏手に呼ばれて詰問を行っていた。


当時のバルサム・サンフラワーの外見といえば、まだ成人までに数年って髪形が、幼い頃に想い人(アングレカム)


『かわいいですね』


と褒められてから、ずっと2つ結い(ツインテール)をしていた為、十分似合ってもいたのだが、小柄な彼女バルサムを余計に幼く見せていた。


一般的に見たなら、可愛らしい美少女の姿も相俟って、可愛さ余って憎さも百とまではいかないが、身分差関係なく幾らか増した様子で少しばかりお姉様の怒りを助長する事になっていた。


その時、親友の美女スミレと行動を共にしていたのだが、詰問内容とその怒り雰囲気に2人揃って首を傾げる事になる。


ただ同時に細く華奢な首を傾けながらも、美少女の親友スミレの方は、傾きを戻して素早く瞬きを繰り返し、バルサムを庇う様に前に出ていた。


『あのお姉さま方、お姉様方が嫌な目に遭った事は、ご愁傷様です。

でも、バルサムを責めるというの筋違いという物です。

そのお時間でしたら、私を含めてこちらのバルサムは、グロリオーサ・サンフラワー陛下とトレニア・ブバルディア様のご子息を預かって、後宮にいました。

嘘は言っていません、確認を取られてもかまいません。

トレニア様のご縁戚、何よりグロリオーサ陛下の御血縁は現状のところ、姪で御子息が人見知りを起こさないバルサムしかいません。

私の乳母ばあやの助言を元に、一緒に面倒を見させてもらいましたから』


親友バルサムが何か言っても揉めるだろうと、判断しスミレの方が先に事実 を告げる。

いつも控えめの行動をする美女が、はっきり明言するという効果もあってか、それに直ぐに暴かれる偽り事を口にはしないだろうという思慮もあって、御婦人達は一度押し黙る。


けれども、直ぐに再びそれならどうしてあの気味が悪いシルエットが、自分達を、脅す様な事を"アングレカム"の名前と共に"バルサム"を言葉にしたのだと尋ねられる。

それにも国一番の美女スミレが上品さと、ある種の凄みを感じさせる笑みを浮かべて、更に対応する。


『ああ、それは"魔"が"宿主"を守る為です。お姉様様方に、魔術の心得がある方はいらっしゃいます?』


だが、唐突な言葉の内容にお姉様方の方が、首は傾げないが互いに視線を交わす事になる。

返事が返ってこない内に、スミレの方が目敏く婦人の群れの中から、昔数度見かけた顔を数名見つけた。


『……あら、そちらの方は、確か以前の学校でお見かけした事がありましたわね。

ああ、だから、バルサムの事が直ぐに判って、こうやって集団なら大丈夫と思いましたの?。

それとも、バルサムが今とは違ってあの頃は、パドリック卿がいない事で大人しかったから、何もご存知ないという事でしょうか?』


最初は凄みもあったものの、言葉を進めて行く内に、語尾の方には疑問符が付け加えられる形になる。

そして、スミレの"読み"は的中していたらしく、お姉様達は少々はしたない行動とは思いつつも、自分達が喧嘩を売ろうとしている相手の本質をご存知ではないのだと、スミレは解釈する。


"バルサム・サンフラワーは先王クロッサンドラの孫で、現王グロリオーサの姪"という位の一般常識は持っているのだと推測は出来る。


ただ、平定直後には先王クロッサンドラの保護下にあったサンフラワーの縁者は、その殆どが、国内だとしても王都から離れた静かな場所で余生を過ごす事を望んでいた。


また、決起軍の参謀から国の宰相となったアングレカム・パドリックは、先王クロッサンドラの縁者が、これからのまつりごとの一切に関わらない事を、まじないかかった洋紙に調印サインさせていたと聞いている。

ある意味では、バルサムもその1人だと、お姉様方思っていてもおかしくはない。


(……こういった場合、どこからお話をすれば、お姉様方が"納得"して、"引いて"くださるのかしら。絶対に引いた方が、お姉様方の身の為だと思うのだけれども)


背後に美少女の親友の"異形の友達"が、彼女の小さなシルエットの中で何かしら蠢いているのを、それなりに魔力を有している事でスミレは足元から感じ取ってもいる。

スミレ自身はトレニア・ブバルディア"様"の熱烈な支持者ファンなので、"異形の友達"も特に宿主バルサムに害をなさない為に、全く深刻に感じた事がなかった。


ただ、平定間近の頃、彼女バルサム想い人(アングレカム)を思う余りに、"異形の友達"の制御コントロールが、難しくなっていた時期も、親友としてスミレは見ている。


(もし、"異形の友達"がふざけても、私じゃ抑えるのに手間取ってしまうから冷静に……)


『……話題が重複しますがお許しくださいませ。

お姉様方が文句を仰りにバルサムをお訪ねになったのは、先日の平定の四英雄の方々を、王宮で目の当たりにした時―――。

宰相アングレカム・パドリック様を見つめた際に、得体の知れぬ魔法で大変不快な思いをされたからですよね?。

それで、その原因がというよりは、お姉様方からしたならバルサムが魔法を使って牽制をしたと"勘違い"をなさっているからでもあります』


"勘違いしている"という言葉に、俄かにまたお姉様方は騒がしくなるけれども、スミレは、バルサムにも己にも不在表明アリバイはあるのだと譲らなかった。

しかしながらに、流石に不在表明アリバイに関して、証明する相手が平定の四英雄となると、確認しようという意見は出てこない。


『それなら、魔法があるでしょう?!。

魔法でそこのバルサムに、意思でもなければ、ああやって名前をわざわざ頭に刻み込むような事など、出来るわけありません!。

それに貴女も先程、"それはまが"やどぬしを守る為"とか、小難しい事を仰って誤魔化そうとしたでしょう?!』


バルサムを庇おうとするスミレにも矛先が向かおうとしていた所で、敢えて向けられよう灯している当人は、にっこりと笑っていた。



(このお姉様方には、少々荒事位がいいかもしれません)


"小難しい"という言い回しと、スミレが口にした『"魔"が"宿主"を守る為』という内容に文句クレームをつけようとしている事で、お姉様方に対する対処が美女の中で定まる。


(バルサムは学校で一度、シトロン・ラベル教授とアングレカム様の事に関して大喧嘩というか、決闘をなさっているけれども、時期もあって表向きには意見の相違になっている。

でも、その有名な出来事も一定数の魔術に興味がある学生か、あの世情で鬱憤が貯まっていた男子学生が筆頭に騒いで祭の様になったに過ぎないのが事実か。

心的外傷トラウマにならない程度に、これからの社交界を過ごす為にバルサムの本質を教えておく方が、親切ね、きっと)


『……そちらのお姉様は、同じ学校に通っていましたけれども、どうも御父様の御力添えがあって、入ってこられたみたいですね。

思えば、シトロン・ラベル先生の魔術学科の時には一度もお顔も拝見した覚えがありません。

それとも、学問の方で進学をなされたというのなら、バルサムの事を知らなくても仕方がありませんね』


少しばかり馬鹿にしている様な旨を含んでもいる響きもあるが、実際には学力や魔力と同じ位に"親の権力"も、王都の学生生活を過ごす上では能力ステータスとなる。

平定がなされたばかりで、まだ貴族の価値観としては社交界で年頃の娘がいるならば必要な教養を身に着けたなら、親が進める良縁の相手に直ぐに嫁ぐというのが常識だった。


平定間近の王都の学府に残るとなると、当時の宰相トリフォリウムの指針で、魔力や学力、親の権力といった能力ステータスが、国の人材として役に立つレベルではないと先ず残れない。

ただ、学力や魔力の秀でている事で学府に在籍している者と、親の権力で残っている者と比べたなら、心構えと価値観の差や溝は大きい。


眼前に親友に迫っているお姉様は、これまで会話から察するに、同じ学校で見かけたにしても、保護者の権力で入った者の役割として、正しく淑女に必要な教養だけを学んでいたのだろう。

それが国が傾いている時勢でも娘を、学府に高い金を出して在籍させた親が望んでいることで、そうする事が一番の親孝行という事にもなる。


その考えに至ってしまうと、美女スミレの思考は少しばかり速度を減速する事になった。


(あら、でも、そう考えるなら、この国の宰相となるアングレカム・パドリック様に淑女としてお近づきになろうとしているのも、ある意味では"親孝行"になるのかしら?)



どちらかと言えば、スミレは親の権力という能力ステータスで学府に入ったと見なされがちなのだが、それが心底嫌でたまらなかったので、魔力に関して秀でてい る緑の瞳もあり、成績にして上の中程度で学府に入っていた。


ただ、それはスミレが極端に親族に血縁に関しては乳母ばあや以外には、嫌悪の気持ちを持っていたから、必死に努力をした為でもある。

学府で見かけた事のある相対しているお姉様は、少なくとも親に無理やり入れられているという風には、とても思えなかった。


正直に言って親の言う事を聞ける―――少なくとも親に素直に従える、そんな関係を持てる大人がいることが、羨ましくもあった。


(でも、それなら、尚更アングレカム・パドリック様と御縁がない方が、きっといいかもしれないわね。

やはり、バルサムでないとアングレカム様の心に寄り添えないし、万が一の偶然があって嫁げたとしても、親の庇護の元で育ったならいざという時に、1人では立ちいかなくなる)


親友バルサムには伝えてはいないけれども、彼女が決闘を行ったシトロン・ラベル女史が常々口にしていた


"調子いい時だけ助けて欲しいと口にする友人などいらない"


という言葉には、スミレは随分と感銘を受けている。


少なくとも、今、親友バルサムの前に立ちはだかっているお姉様方は慣れ合っているからこそ、この場に群れている事になる。


でも、自分の手に負えないどころか、何かしらの出来事で己に火の粉が降りかかってこようなら、友人の事など忘れ、振り返りもせずに離れて行くようにも思えた。


(最も、お姉様方が熱い視線を注いでいた、アングレカム様を含めて、この国を平定させた御方達は、そういう事は最も嫌悪しそうですけれども)


お姉様方が"被害にあった"と宣うのお披露目の際に、ダガーの世話を短時間だけ親友バルサムと見るという事で、ほんの短い時間ではあるけれども、スミレは平定の四英雄と面会する。


これが初対面となり、スミレとしてはトレニアと直接ダイレクトに言葉を交わす事で舞い上がってもいたけれども、そんな状態でも親友の想い人を少しばかり観察させて貰っていた。


多分、親友の想い人(アングレカム)の方も、トレニアの事で緊張していた自分スミレの事を、"親友グロリオーサ姪っ子(バルサム)"として、それなりに観察をされていたと思う。

スミレが、アングレカムに抱いた感想は、親友バルサムの言う通り、理知 的で本当に整った顔立ちながらも、決してそこに自惚れぬ様な事もなく、寧ろ有効な道具として扱っているというものだった。


ただ、初対面の挨拶というのもあって、親友バルサムが熱く語る、アングレカムの内面までは時間が短い事もあって流石に判らなかった。


けれども褐色の美丈夫が、親友バルサムの事に関しては、紳士的ながらも昔から馴染みがある上での親しさを込めて接しているのが、見て取れる。


バルサムの方も、いつも元気と威勢の良さが、想い人(アングレカム)を目の当たりにして、全て淑やかさに代わっているようでもあった。

それと同時に彼女のシルエットに潜む様にしている"異形の友達"もまた、喜ぶを通り越して"歓喜"しているのが、バルサムと並び取っている事で足元から感じ取れる。


これまでも、平定前にバルサムと隠れて平定の四英雄―――特にトレニアとアングレカムの事について、盛り上がって話している時にも"異形の友達"はシルエットの中で、とても活発に蠢いていた。

スミレの一方的な見立てではあるけれども、"異形の友達"はバルサムの魔力の"御相伴"に与っている。


そして多分、その御相伴の魔力には、宿主バルサムの感情が味覚として結びついているのだと思いつく。


(ああいった"異形の友達"でも、宿の主の嬉しい感情をこういった形で共有をしているという事なのかしらね)


アングレカムに逢えた事で、自分達が御相伴に味わう"魔力の味"が格段に上がる事を、"異形の友達"はきっと覚えて"学んで"しまう。

思い返せばこれまでも自分スミレ想い人(アングレカム)と話す事で、それなりに"|"異形の友達《彼等》"が親友バルサムシルエットの中で活発に蠢いていた。


きっと、その時もアングレカムを思い出す事でバルサムの心は弾み、実際に出逢えた時程ではないけれども、魔力の御相伴はそれなりに美味しい物になっていたのだろう。


そして、平定間近の、アングレカムを気遣い心配する余りにバルサムが不安定になる事で、落ち着かない時期にもシルエットも同じ様に不安定になっていた。


もしスミレの予想が当たっているのなら、アングレカム・パドリックを心配するあまり心の乱れた親友バルサムのその魔力は、さぞかし"不味く"はなっていたのだろう。

きっと"異形の友達"は、そこでも"宿主バルサ ム想い人(アングレカム)の事で苦しんだのなら、魔力の味が不味くなる"事も学んでしまったのだと思う。


それで、今回勝手に"動いた"。


"異形の友達"とバルサムは互いに意思の疎通を行っているわけでもないのだが、互いを邪魔とも思っていないので、日頃は放置だと聞いている。

一応バルサムは自分の魔力を糧にして、側にいるという自覚がある様で、目の届く範囲で"イタズラ"をしたなら、簡単に叱ったりもするが、それまでのようだった。

別に"ネコを被っている"わけでもなかったのだが、"アングレカム様"がいない王都での生活で親友バルサムが活発になる事もなくて、魔法の才能と美少女の外見以外に関しては、目立ってもいない。


(お姉様方の文句クレームから考えると、これはやっぱりバルサムの"異形の友達"が、どういう思考回路なのかはわからないけれども、御相伴が不味くならない様に牽制したに過ぎないのよね。

でも、それをバルサムが魔法を使ってしたのだと思い込んでいるのだから……。

バルサムが凄いという事を教えて差し上げて、それでいて、この際アングレカム様にも近づかない方が良いという方に話しを進めましょう)


スミレの中で、考えが纏り改めて口を開く。


『バルサムは先王様の孫でもありますが、この度王になられたグロリオーサ陛下の姪で、そして御同郷でもあります。

それこそ、バルサムは産まれた頃から、グロリオーサ陛下を筆頭に、アングレカム様とトレニア様とお付き合いはあるのです。

流石にバロータ様とは先日挨拶をした際が、初御目通りでしたけれども』


親友バルサムが平定の四英雄と同郷という情報を知らない可能性があるとして、お姉様方に前置きの言葉として、使い、スミレがニコリと笑う。

美女が発言を終えると同時に、あからさまに相手方の空気が変わってしまったのも感じ取れた。


"サンフラワー"の姓である事で、血縁という確信はあったのだろうけれども、バルサムがそこまで縁深かったという事は、やはり知らなかったという確信を得る。


《……バルサム、ごめんね。ちょっとだけ、貴女に話してもらったグロリオーサ(叔父さん)の昔話を改変させて貰うわね》

《アングレカム様が、貶されず、尚且つ格好よければ全く構いませんわ》


自分が出しゃばった事で、後ろで控えてくれている親友バルサムテレパシーで断わりを入れたなら、澄ま した声で快諾を得られたので、スミレは早速始める事にする。


『それでは、どうしてグロリオーサ様が幼くして、バルサムの故郷に……王都からは馬車を休まず走らせても、一両日はかかる場所です。

そこに行かせられたといえば、その大きな力に先王様が恐れを抱いたからだと、私は聞いています。

それで、先王様の娘でありますがバルサムの御母様で、グロリオーサ様の腹違いの随分と年上のお姉様に預けたそうです。

バルサムの御母様もかつて王都の学府で、父上が先王様という事もありましたが、随分と優秀な方で、ある意味では"見張り"の意味も兼ねて預けられたそうです。

まあ、けれども結果的には、現状の様な形になっているみたいですけれども』


そう言ってスミレが振り仰ぐ様に見るのは、自分達がいる場所から後方にある、先王現王が決戦を行い、損傷した事で修復が急がれる城の方だった。

人と人とが戦って、どうしてそこまで壊す事が出来るのだろうという疑問を思い浮かべるのには、十分な惨状となっている。


『それでです。どうしてそんな田舎にいたバルサムが、わざわざ王都に呼ばれたのだと、お姉様方は考えますか?』


そうスミレから言葉を向けられて、誰も答える事は出来ないのだけれども、"不安"を伴った疑問符を、それぞれ精一杯にお洒落に結い上げている髪の上に浮かべる。

視線は復旧作業を続けている、城の方に向けられたままだった。


『先王様は他の御子様や縁者は、保護者となる人物、若しくは成人をされたなら本人の望む様に生活させていました。

バルサムの場合は先王の御息女に当たる御母様が、学府で学問を修め成人をした後、王都での喧噪よりも、田舎での静かな生活を選びました。

本来なら保護者であるお母様に従って、バルサムはそのまま田舎の方にいた筈です。

それがどうして、王都に呼びよせて、自分の意見が絶対の場所に侍らせたのでしょう』


スミレがまた淡々と語り、まだ"お姉様方"の誰もが言葉を口にはしないが、表情には実に判り易く不安の中に、悔しさともとれるものを滲ませて浮かべていた。

恐らく、同じ学府での生活でバルサムの存在を知っていて、今回の"宮殿裏呼び出し"の出来事の発端ともなっただろうお姉様の方は、スミレが言わんとしている内容は、具体的に理解出来ている様に伺える。


(流石にこれだけ話したなら、御父様が貴族としての社交で平定 前から残っているだけあって、バルサムが田舎から呼び出しされる理由を察せられるくらいの勘が働くちからはある御様子です)


その確信を得てから、美女の方は一気に話しを進める事にした。


『グロリオーサ陛下とは"逆"の意味で、先王陛下の御役に立つだろう。

だから田舎で静かに暮らしていた、一般的に言うのなら魔術と容姿に秀でている小娘をわざわざ王都に無理やり呼びよせたのですよ。

自分の意識とは別で、その纏う魔力に惹かれてシルエットの中に、魔法で言うのなら使い魔に準ずるような、高等な独立した意志を持った魔の存在が住み着いたりしてしまう魔力の持ち主』


ここまで説明をしたのなら、流石にスミレが最初に口にしていた"筋違い"の意味が、お姉様方もそれなりに察したが、語りはまだ続く。


『多分、一般的には"天才魔術師"とでも例えた方が周囲の方々は理解はし易かったでしょう。

けれども、先王陛下は才能ある、国の人材として孫娘を王都に置いておけばそれで良かった様子で、それ以上は特に何も言いませんでした』


わざと含みを持たせた言い方をしておいて、一旦ここで話を止める。


ここまで話し終える頃には、お姉様方が文句をつけようとしている相手バルサムへの認識が、敗戦の先王の縁者でまつりごとに関わる事を生涯拒まれた立場ポジションではなく、現王の姪で天才的な魔術師という状況になっていた。

少なくとも現国王の"サンフラワー"以外は、立場が弱い者ばかりという"思い込み"については払拭出来た様に思える。


実を言えば、先王クロッサンドラの部分は勝手に脚色をしたようなものなのだが、そういった側面も、公言されてはいなかったが、きっとあったのだろうとスミレは考えている。

実際、親友バルサムは魔力としての才能のランクは、このセリサンセウムという国では両手の指の本数の内の入っているいう確信は、同じ様に魔力に秀でた緑の瞳を携えている身としてあった。



ただ、先王で暗愚の王(クロッサンドラ)と呼ばれる親友バルサムの祖父にもあたる存在は、孫娘の才能を知っていたのだろうが、そこを利用する素振は微塵も見せずにいた。


最終的に決起軍が王都に攻め入る事がなければ、寧ろ一般的な容姿が良く教養も修めてい る淑女として、成人を前にして嫁がされる話が決定していた事も親友バルサムに聞いている。


《そうそう、私が無理やり嫁がされそうになる時期が間近に迫った時。

颯爽と三十路半ばを超えても身軽なアングレカム様が、それは素敵に城壁を乗り超えてやってきてくださいましたの。

私に渡してくれていた、銀細工の鳩の根付が場所を掌握する為に役に立ったと仰ってくださって。

そしてそのままグロリオーサ叔父様と共に、王都を制圧する為に城下に向かわれてしまいましたけれど》


そこまで考えた時にどうやら、いつの間にか闇の精霊の力と魔法を使って、スミレの心を読んでいたバルサムがテレパシーが唐突に割り込んできて、激しく瞬きを繰り返す事になる。


しかも、想い人(アングレカム様)の名前が前のお姉様方を含めてもう何回も思い浮かべている事もあって、スミレのフワフワとした桃色とも薄絹の髪の伸びた頭の中で軽く意味飽和(ゲシュタルト崩壊)を起こしていた。


《……バルサム、もう少しでお話は終わらせるから、もう少し待ってくださるかしら》

《だって、スミレちゃん、さっきから全くアングレカム様の事をお話にだしてくださらないじゃない。

わたくしの事はいいから、アングレカム様の麗しい御容姿ばかりではなくて、精錬で気高く考え抜かれた、グロリオーサ陛下を支える為に考え抜かれた、政治学の話をしてくださればいいのに。


あっ、良かったらわたくしがしましょうか?》


《それをしてしまうと、纏る物もぶっ飛んでしまうんで止めてちょうだいね、バルサム》


互いに|憧れの対象《アングレカム様とトレニア様》の話題になったら少々"ずれて"しまう事も弁えている美女と美少女は、テレパシーと互い異なった色合いではあるけれど、緑色の眼で視線を交わしていた。

正直に言うのなら、スミレは相手側から呆れるにしろ、勘違いにしろ、おののくにしても、"自主的に引き上げる"事を待っている。


もうバルサムに文句クレームをつけている状態から、理由わけも判明したのだから、例え心が籠っていなくても、謝罪の言葉を一言でも口にでも引き上げたなら、万々歳で後腐れなくこの場は治る。

2人(バルサムとスミレ)複数人(お姉様方)という状況、そこまで持ちこんだつもりではあった。


けれども、スミレが沈黙した後に、瞬きを繰り返し、後方に控えようにしている天才的な魔術の才能を持っているという美少女と視線を交わした事で、空気は再び微妙な物となる。


別に内緒話をしたわけでもないのだが、行った様な雰囲気になってしまっていた。


(……もう一言、二言、口に出した方が良いかしら)


場が膠着状態になったのを感じ取ったスミレが、動きを加えようと再び口を開こうとした時に、お姉様方の方に動きが起こる。

それは"異形の友達"の発言から、バルサムという美少女の存在の特定が出来た、学府だけは同じくだんの淑女だった。


『……それじゃあ、あの時の、こちらが大変不快な思いをした出来事は、そちらのバルサム・サンフラワー嬢が命令したわけではないというのは判りました。

けれども、そちらのバルサム・サンフラワー嬢は、宰相のアングレカム・パドリック卿をお慕いしているという事で宜しいかしら?。

何せ"魔"が"宿主"―――バルサム・サンフラワーを守る為とまで、口にしたのだから』



『―――あ』


お姉様方の代表の淑女が"アングレカム・パドリック"の名前をはっきりと口にしたのなら、美女が思い切り、残念そうな表情かおをした。

悲しいや、悩ましい、というのではなく、何故だか"残念だ"という感情がそれは見事に伝わる表情かおだった。


そして気が付いたなら、いつの間にか後ろに控えていた美少女が、スミレとお姉様方に挟まれるようにして立っている。


『―――勿論です、お慕いも仕上げております、アングレカム・パドリック様』


何気にお姉様方の方は、バルサムが声を聴くのは初めてで、その質は可憐な外見の美少女を裏切らない物だった。


『初めて御目通りしてから、今までずっと、これからだってずっとお慕い申し上げておりますわ!。

それに出逢った頃は、本当に褐色肌の美少年という言葉でしか表現できない程、凛々しく逞しい殿方でした!』


後方に隠れて控えている様にしていた美少女が、美女の止める間もなくその前に進み出て、お姉様方を驚かせる事になるがそんな事お構いなく、バルサムは語り始める。


"アングレカム・パドリックを慕っている"という言葉には、これまで親友スミレから抑えて置く様に言われたいたのだが 、これだけは襁褓むつきをしている頃から惚れ込んでいる身として引くに引けない。

スミレの方も、親友バルサムがこうなってしまったなら、自分の努力ではどうしようも出来ないと、学生生活で確りと学び取り弁えている。


それは美しい諦観ていかんの微笑みを浮かべて、サラサラとした金髪の可愛らしい二つ結い(ツインテール)を揺らす後頭部を見つめていた。

アングレカム・パドリックについて語りだしたなら、最低でも300秒程は止まらない(※過去に一度計測した)親友の唇は閉じる事はない。


(早く引き上げておけば、少なくとも時間の無駄は省けたのですけれどもね……)


美女が少々悩まし気に小さく溜息をついている間も、美少女はアングレカム様と自分の歴史ヒストリーを朗々と語っていた。


『アングレカム様と運命の出逢いをしたほんの数年後に、空気が読む事が不得手なグロリオーサ兄様……国王陛下に誘われて、レジスタンスである決起軍に誘われて、参謀として参加!。

その頃のわたくしでは、まだ幼過ぎて何も役に立てないと歯痒い思いをしていました』


『あ、貴女、先王様が統治していた世情で、宰相のアングレカム・パドリック卿と連絡を取っていたって……。

それに貴女の御母様は、見張りの意味も兼ねてグロリオーサ陛下の側にいたと、そちらの方が……』


それ以降は言葉にならないといった調子で、口元に薄絹の手袋嵌めた手を当てて、その表情はひきつっている。

バルサムの演説の如き発言を誰も止める事は出来ない様に思えたが、その内容に、"信じられない"と言った調子で思わず口を挟み、表情をひきつらせているのは同じ学府で学んだくだんの淑女となる。


他の連れ立っているお姉様方の方は、バルサムの熱弁に言葉を挟めた事に大いに驚きつつも、どうしてそんなに顔を引きつらせている理由が判ってはいない。


ただ、お姉様方の方淑女が大いに驚く理由となるのは、貴族というまつりごとと隣り合わせの王都での生活を、過ごしていた故だとという事になる。

現在いまは、傾いたセリサンセウムを平定に導いたグロリオーサ、アングレカム、トレニア、バロータは4人は英雄とされてはいる。


けれども、平定それを為し終えるまで、セリサンセウムという国にとっては、暗愚の王(クロッサ ンドラ)の政権を揺るがす"大罪人"という認識だった。


例え恐怖と王都では不穏の空気が充ち、大国の領地が次々と内政が破綻して取り潰されても、国として保っている状態の、国王クロッサンドラを倒すというのなら、一般的な見解はそうなる。


その政権を打倒するべく、グロリオーサが立ちあげた決起軍という名前のレジスタンスの活動に関わるなら、一族郎党それこそ平等に当時の暗愚の王(クロッサンドラ)に執政を一任されている、傾国の宰相シャルロック・トリフォリウムの采配によって断罪をされても仕方なしとされていた。


この淑女が、極々幼い頃親達が密やかにしている話が、幼心に恐ろしくてよく覚えていた。

当時はまだ"平定の四英雄"という表現の言葉はなかったが、神父バロータがレジスタンスに参入したての時期だったという。

バロータの唯一の家族である実の妹で巫女であった女性が、兄がレジスタンスに参入した事によって、その情報を何らかの方法で仕入れた国軍によって殺されたという話をしていた。


しかも国軍が、神父の家族を庇う様な行動をとった村人数名を容赦なく手にかけられ、数名は逃げた事で行方不明となったという。


その後、村人達は国軍に殺された村人や神父の家族など元からいなかった様に振る舞っていたとの話だった。


その事もあって、もしレジスタンスである決起軍の味方をするとなるならば、己を含んだ縁者も巻き込むことを覚悟の上で、命懸けで行わなければいけないという様な話となる。


親は親類縁者に見張りをつけて、少なくとも大罪人達レジスタンス国王陛下クロッサンドラを倒すまでは、下手な動きをしないようにと連絡を達していた。


もしも、手を貸そうとするのなら、その際には"セリサンセウム"の王として成り立っている方に差し出す。

親は何とか王都での生活を送ってはいたけれども、それも傾国の宰相シャルロック・トリフォリウムの采配があって、辛うじてながらも貴族としての生活の質(クオリティ)を落とさずやってこれたに過ぎない。


家の方針は、クロッサンドラだろうがグロリオーサだろうが自分達(貴族)としての生活を保障をしてくれる、王がいる国を支持する事で、淑女もそう言う風に良い含められて育てられた。

だから、今は英雄であるし、その事で褐色の美丈夫であるアングレカム・パドリックを支持するが、 "国を滅ぼそうとする立場"の人物を慕うという感覚は許容量キャパシティを超えていた。


大罪人から英雄となった途端に、掌を変えしてその容姿の端麗さに惹かれて慕うという行動は、呆れる物があるかもしれない。

けれども、貴族の出自の淑女が代表となるような形になってはいるが、他の娘達もそれは同じである。


決起軍のレジスタンスの褐色の美丈夫の悪魔の参謀を、遠目で見る分には、好意を口に出さなければそれで良かった。


けれども、実際に慕う様な行動を表に出したなら、決起軍の方に協力をするという事がばれた時には傾国の宰相シャルロック・トリフォリウムに、兵を派遣され一族郎党断罪されても文句は言えない。


でも、目の前にいる美少女は、当時の国王クロッサンドラの孫という事もあって、命を断ぜられる事はなかったかもしれないが、自身の母親を巻き込んで幽閉されておかしくもなかった事を、平然と続けていた様だった。


『―――影ながら応援のお手紙や、魔力を込めたお守りを贈ることしか出来ませんでした……でもそんな私でも、御役に立てそうな時が来るのですが、それにはもう少し時間が必要と』


ただ、美少女はそんな狼狽えや、戸惑いに全く意に介さない。

相変わらず演説をするかの如く、活舌良くはっきり記憶にある限りの"アングレカム・パドリック"との思い出を喋りつづけていた。

そんな美少女の様子に、いよいよ圧倒され始めるお姉様方は、意志の疎通を行っているわけではないのに、自然と揃ってその身を後退させる始める。


だが、それを阻む"物"があった。


『―――?』


後退するに当たって、視線は朗々と語り続ける美少女に向けられたままであるけれども、靴底に感じのは地面以外の感触だった。

味わった事のない筈なのに、身に覚えがある。


"不快だ"と感じたと同時に、美少女から外れた視線は一斉に地面に向いた瞬間に、"ニヤリ"と何かが笑った。

バルサムに文句クレームをつける為に呼び出した場所は、下を向くことで見えるのは屋外という事で、自身の影で、それを確認した後にその下に更に黒くて、不快な感触がある。

真っ黒で表情という物がない筈なのに、不思議と心に得体の知れない何かが"笑っている"と心に刷り込まれた瞬間、お姉様方の方の顔面に足元にある黒い物が、"吹き出し”、貼り付いた。



"アングレカム ハ バルサム ノダッテイ ッタノニ!"

"トッタラ ダメダッテイッタノニ!"

"ソバニ イッテモ ダメダヨ ムダダヨ ムダダヨ"

"ゼンブ ムダダヨ ムダダヨ ムダダヨ"

"ムダダヨ ムダダヨ ムダダヨ ムダダヨ ムダダヨ"

”ムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダ”



今度は耳の奥を通り抜けて、頭の中にいびつな響きを伴った声が頭に貼り付くのではなく、み好んだ。


復旧作業の急がれる城と王宮の裏手で盛大に上がった女性の悲鳴に、勿論直ぐに警邏をしていた兵士達に見つかり、美少女バルサム美女スミレ以外が、腰を抜かしている姿に唖然とする事になる。


それに続く様に、心の声を拾い読める王妃が大人しそうな淑女と女性の騎士を伴って現れた。


”いったい、どうしたの?!”


そんな言葉をトレニアは口にする事はなく、共に連れていた淑女と騎士の女性に声をかける。


『マインドさんに、アザミ、悪いんだけれども、出来るだけ沢山の侍女さん達を呼んできてちょうだい。

……それで、バルちゃんとスミレは、"ちょっと"お話しましょうか?』



彼女を除いた平定の四英雄や、この国の西の果ての領地の領主や、伝説の傭兵とも言われる存在達も、逆らえない気迫を伴った笑顔を浮かべながら、美少女バルサム美女スミレから、事情聴取を任意で行う。


とはいってもバルサムの方は、全く悪気はなく事情説明というには言葉が足りず、スミレの方とは言えばトレニアを前にして(喜びのあまり)緊張仕切りで、結局話しをするよりも心を拾い読む方が早かった。


勿論、片方からだけ話しを聞くのではなく、腰を抜かして座り込んでいるバルサムが言うには"いきなりやって来たお姉様方"の方にも話しを訊こうとするのだが、これは一斉に口を紡がれてしまう。

ただ、心の拾い読める能力ちからを持つトレニアは、腰を抜かして座り込んでいる婦人達を、共に連れていた淑女と女性騎士達が、連れてきてくれた侍女と共に介抱をしながら断片的に心を拾い読んで、凡その事は掴んでいた。


確かに口には出しずらい内容だろうとは思えたので、深追いはせずにそのままにして置いたが、"お姉様方"の代表の様になっていたバルサムと同じ学府に通っていた淑女の心を拾い読んだ時には、流石に複雑そうな思いを抱いていた。


勿論、 表情に出す様な事はしないが、トレニアの心に少しばかり影を落とす事になる。

それでも、わざわざ呼び出して時間を取ってもらっていた、マインド家の淑女に悪いと考えていたなら、逆に気遣われてしまう。


実を言えば、彼女もバルサムとスミレと同じ様に同じ学府にいたのだが、彼女はそれこそ本当に本の虫と言った具合で、学術の方で秀でている事で王都に残れているという人物だった。

彼女も、美少女と美女(バルサムとスミレ)の事は知っていたが、トレニアが心を拾い読める限りで考察するに、酷く自己評価が低い所があった。


トレニアからしたなら、王都の学府に学問に関する事で女性ながらに残っている事は十分に凄い事で、本の虫で言うなら仲間内に|1人2人《ピーン・ビネガーにアングレカム・パドリック》がいるので、年若いながら彼等に匹敵する読書量だった。


けれども、彼女にしてみたなら一応貴族に産まれたものの、容姿も可もなく不可もなく、十分に恥ずかしくない行儀作法も身に着けたが、社交性がどうしても身に着ける事は出来なかった。

ただ本についてなら、何処までも集中力を発揮できて王都の図書館の蔵書に関しては司書と同等位に掌握している。


しかしながら、それも社交界にしたなら話題の1つに使える程度で、しかも話題として伸ばすには困難な物となる。

マインド家の親も、弟となる長男が誕生していた為に大人しい娘を年上の貴族の後添いに位に考えていた所で、国が傾きを見せ始めて、人畜無害の娘の事など御座なりとなっていた。


取りあえず学府にでも入れておけば、身の安全は守れるだろうという選択だったがそれが予想外に功を奏し、学生生活は華やかではないけれども学問では一廉ひとかどを現し、結局平定後も自身の身を立てる事に繋がった。


その経緯と言えば、平定直後でトレニアは、まだ正式に王妃としての公布はしていなかったが、世間も国王グロリオーサも早晩、正式に発表される事を期待している。

トレニアも覚悟を決めては入るのだが、王妃としての振る舞いや公務については一から学ばなければならず、けれども一朝一夕で身につくわけでもわけでもないのも判っている。



なので多少狡いと自分トレニアでも思いながらも、心が拾い読める能力を使って礼儀作法に関しては、一応元"王子様"という立場もあってグロリオーサが側にいれる場合には忘れた場合には、その都度助言ア ドバイスをくれる。

女性限定の公務等の場合には、バルサムがその役割を買って出てくれた事で、ひとまずその形で落ち着いた。


そして公務の方なのだが、こちらはそれなりに学を伴う物がおおく、こればかりは平定前に故郷で受けた基礎の物と、その故郷に隠遁する為に姿を現した"賢者"と呼ばれる存在から施された物の程度である。


ただ、平定に助勢をしてくれた故郷にいたのとはまた違う、白髪の賢者から


『トレニア自身は地頭は決して悪くはないので、一からわざわざ学問を身に着けるよりも、"辞書"の様な存在が側にいれば、それでやっていけるだろう。

それに公文書を作成する際には、引用の文献を多用もする事にもなる。

これからの生活を考えたなら、宮殿にある図書館の蔵書について詳しい御仁―――それで、やはり御婦人がいたらいい』


と、助言アドバイスを貰った。


更に助言アドバイスをした事で思い出した様に言葉を続ける。


『ああ、そうだ。決起軍が王都へ潜入する際に手引きをしてくれた、あの学者みたいな蛇の様な眼をした青年に誰か適当な人がいないか、聞いたならどうだろう』


結構なわざとらしさを含んだ発言だったので、既にそういった人物に目星をつけた上でしているのだろ次期王妃となる婦人で、英雄でもある人は察した。


でも直接自分でその人物を紹介しない不思議さに、少々首を傾げたが、わざわざ心を拾い読んで迄確める事もないだろうと、仲介となる王都潜入の際に手引きをしてくれたというチューベローズ・ボリジ青年を自ずから尋ねた。


トレニアはチューベローズとは、平定直後のそれこそバルサムとスミレが息子ダガーの世話を頼んだ時に行ったお披露目の際に、姿を確認する程度で見知っている。

けれども、名前は良く知っている。


彼は、平定の決戦の際には平定の英雄達を城内に手引きをするという、ある意味では命がけの橋渡しを請け負ってくれた存在であった。

だから、こうやって私的な時間では正式に対面するという時、感謝と共に不思議な緊張を伴ってもいた。


『初めてではないですけれど、初めましてという気持ちなので、初めましてで挨拶させていただきますね、ボリジさん』

『そうですね、おおやけ出逢うのと私的プライベートで出逢うのは、違うという物でしょう』


お披露目の挨拶の時にも時間がないなりに姿を確認したが、話しに聞く通り蛇を連想させる面持ちだった。

けれども、一般的に嫌われる事の多い生物ではあるが、彼には嫌悪感というものを全く抱けなかった。


ただ、決して愛想が良いというわけでもなく、どちらかと言えば年齢に関係なく気軽な言葉をかける事が自然と憚られる雰囲気を纏っている。

それでも、礼節を以て接する相手には、立場や年齢関係なく公平に接してくれる気構えをしているのが、心を拾い読むまでもなく伝わって来ていた。


不思議な緊張感、厳かと感じるのだけれども嫌悪感を抱かず、親しみはあるのだけれども気軽に声をかけてはいけない雰囲気は、チューベローズを信頼が出きるという感想を齎す。

まだまだ、行儀見習い中の次期王妃 はその思い浮かんだ感想の直感インスピレーションから、気が付いた時には思わず言葉を漏らしていた。


『ああ、そうだ。チューベローズ、貴方、先生みたいなんだわ』

『……は?』


平定の四英雄の中では、平民の出自で俗に言う一般的な感性を持ち、穏やかで優しく一番話し易い雰囲気の持ち主ではあるトレニアだが、たまに突飛な事を口にする。



それは本人トレニアも弁えているし、自分が口にした言葉で動揺しているのは、心を拾い読むまでもなく伺えた。


ただ、チューベローズはどうやら、"先生みたい"という自分を例えるのに使われる言葉に慣れてはいるらしい、動揺は直ぐに治まった。

でも、ここで肯定も否定も言葉にするのも変だというのも慣れている故か、取りあえず"先生"と例えられる事にチューベローズは区切りをつける為に軽く空咳をしたならトレニアの方が、


『何にしても、いきなりごめんなさいね』


と、間の良い謝罪を口をしたなら、言葉もかけられた方も無言で会釈して、時間が勿体ないとばかりに早速話が始まった。

トレニアは"辞書の様な存在が側にいれば、それでやっていけるだろう"という助勢者となった賢者の言葉を、相手に不快を与えな形で言い直して伝えると、


『それなら、マインド女史が良いでしょう。

丁度いまなら蔵書の確認を作業を手伝ってくれていると思うので、案内いたします』


本当に直ぐに思い至った様子で、即答される。

善は急げといった調子で、トレニアは一応時期王妃という立場もあって、アングレカムが副官ユンフォをつけた様に、護衛騎士に女性では一番優秀 とされる、アザミという騎士を伴って移動する。

そうして案内をされて、宮殿や城と同じ様に修復工事中で、普段ならあり得ない騒がしさでもある図書館に移動をする。


図書館の復旧作業は、宰相(と当時はなる予定)のアングレカムが、心の底から楽しみにしていた前宰相シャルロック・トリフォリウムの蔵書が、失せられていた事でせめて残っている物だけでも気合を入れている所でもあった。

流石にアングレカムは多忙の為にいないけれども、彼の副官であるユンフォが適切な指揮を執っていた。

そしてどうやら、ユンフォとチューベローズが極親しいのが、指揮を取る青年の姿を確認したのち警戒を解いた蛇の様な青年の心を拾い読んだ、トレニアには判る。


『ユンフォ、仕事中済まないがマインド女史はいるか?』


『ああ、奥に行って子供向けの本を仕分けてくれている。

何か不思議なんだけれども、思っていた以上に蔵書の量が多かったんで彼女がいて助かっているよ。

"俺"にはどれもこれも同じ絵本にしか見えない……って、どうされました?。

トレニア様に護衛騎士までつれて』


最初は友人チューベローズだけと思って話しかけていたのだが、連れてきたのが平定の英雄で次期王妃と言われている、しかも護衛騎士を伴ったトレニアだったので口調を途中で改めていた。

周囲も図書館の修繕に集中していたが、指揮者ユンフォに面会に部屋に護衛の騎士を引き連れ現れた人物の姿に少しばかり騒然となる。


『ごめんなさい、ここに来たのは公務でもあるけれど私用みたいなものだから。どうぞ気にしないで、作業を続けて』


トレニアがそう声をかけたなら、再び作業を始めたがやはり落ち着かないのは読み取れるので、出来れば早めに用事を終わらせた方が良いだろうと考える。

チュベローズの方も同じ様に考えた様子で、友人ユンフォが教えてくれた場所に向かえば、言っていた通りにマインド女史がいた。


それまでは図書館の中でも奥の方に設置されていた児童書向け書籍の場所スペースに、指揮者ユンフォが口にしていた通り、不思議だけれども一杯残っていた絵本を並べていた。

酷く集中もしているらしく、振り返りもせずにチェックボードを手にして何度も確認して、並べた本を置き換えている。


どうやら、大きさ(サイズ)に合わせ て整頓するべきか、それとも絵本の対象年齢の基準によって合わせるかを迷っているのが、トレニアには拾い読むつもりがなくても、心の声として聞こえてくる。


それは理路整然とした考えながらも、幾度もトレニアが大好きな幼い子ども達が登場してきては、本の大きさに四苦八苦するか、内容が難しくて困った顔をしているのが浮かんだなら、打ち消していた。


次に浮かんだのは少しばかり成長した児童で、絵本を読んで疑問を抱くことがあって図鑑を捜す姿なのだが、どうやら側には無いらしく司書の姿をした大人に尋ねる姿を浮かべていた。

そこで考えが一段落がついたらしく、チェックボードを抱えたままマインド女史は相変わらず振り返りもせずに口を開く。


『クロッカス様、やはり幼児向けの書籍の場所コーナーは入り口の方に移動をお願いするのには、パドリック様の許可がいるのでしょうか?。

入り口に近い方が、司書の方が傍にいるし、大人が調べ物をするという事で直ぐに使える様にと置いている図鑑や辞典もそちらの場所です。

入り口には近衛兵の方に立っていただければ、子どもの飛び出しは防げるかと……』


トレニアはチュベローズがマインド女史と呼んでいた婦人の詳細な情報を知らないので、この語り口から、とても理知的ながらも確り者という印象を受けていた。


そして子供が大好きな立場として、またこれからの事を考えたなら、なかなか時間は取れないかもしれないけれども、是非彼女が提案している読書の場(スペース)を使ってみたいとも思う。


『そうね、それはとても良いアイデアだと思うから、私からもアングレカムにお願いしてみるわ』


なので今の自分の立場ポジションからしたなら、少しばかり積極的過ぎるかもしれないと思いながらも、トレニアが自分から声をかける。

先程のはきはきとした物言いから、直ぐにでも返事が返ってくるとばかりに思っていたのだがマインド女史はその動きとビクリとして、チェックボードをに視線を上げたままその動きが固まった。


『……えっ?』


語尾に疑問符がついた声は、先程までのはきはきした物言いではなくてゆったりとした声になっていたし、トレニアが拾い読んでいたマインド女史の心の声の"張り"は急激に緩んだ。


そして自分トレニアを案内してきた蛇の様な印象を与える青年の心の声に至っては


"まあ、これは 仕方ない事だろう。

マインド女史は、図書に関してはとても優秀だが、対人関係はとても引っ込み思案だから、初対面はどんな人物でも少しばかり動揺してしまう"


という声が、拾えた時にはそのマインド女史は振り返っていた。


そして、賢者がトレニアに助言アドバイスをするにあたって"辞書の様な存在が側にいれば、それでやっていけるだろう"と話していた時に少しばかりわざとらしく、仲介にチュベローズ・ボリジを紹介してきたのか理解する。


マインド女史は、こちらは完全に初対面となる次期王妃と護衛の騎士の姿に最初に純粋に驚いた後に、直ぐ横に控えるようにいるチュベローズ・ボリジ氏を見た瞬間に、再び驚いた。

ただ、再びの驚きの方にはトレニアにとっては慣れた心の感触を味わう事になる。


それは、具体的に例えるならグロリオーサの姪となる美少女バルサムが、親友アングレカムを見かけた時に、急激に膨れ上がる物と似ていた。


似ていたと表現するのは、バルサムの浮かべる想いの"大きさ"に比べたならマインド女史の浮かべる物は小さい。

けれど"クオリティ"で言ったなら決して引けを取らない。


大きさの違いはどうやら、表面───表情かおに出すかどうかに繋がるらしい。

マインド女史はほんの気持ち程度、目元を赤くさせて、"直ぐに失礼しました"という言葉を口にする。


それは余程観察に神経を尖らせて置かなければ、思いがけず姿を現した(トレニアはその気がないが)身分の高い人物に、口を利いてしまった事に過度の緊張をしている様にも見える。

実際、チュベローズ・ボリジにはそう見えてしまっているらしく、その緊張を解すべく言葉を口にする。


『こちらが突然現れて、貴女は仕事をしていた。

そして勘違いをされても仕方がない状況で、語りかけられた上でのご返事だ。

次期、王妃に当たる方から御返事をいただいて、恐縮をするにしても、必要以上行う事もない』

『……はい、そうですね。申し訳ありません』


(ボリジ教官……じゃなくて、もうボリジさんだ、どうしてこちらに王妃様になる方をつれて、私なんかの所にいらしたんだろう)


とても小さな消え入りそうな声をだし、傍目からみたなら緊張して縮こまっている様にしか見えない姿に、それに合わせるように心の声も、震えながらも少しだけ"嬉しさ"で弾んでいる。

ただ、一方チュベローズの 方と言えば、"申し訳なさ"で表情かおには出さず、胸の内で息を息を吐く。


(仕事に真剣に向き合っている所に、申し訳ない事をした。

非常に優秀だが気質の大人しい御婦人だとユンフォも言っていたし、私の厳めしい様な面相だと余計緊張してしまうだろう。

早い所、トレニア様のご用件の橋渡しをしてしまってから私はこの場を退散した方が良いだろう)


チュベローズが気遣いの言葉をかけると同時に心に思い浮かべている気持ちは、マインド女史の気持ちからは遠く離れている。


その事が心が拾い読める事で、如実に判る立場としてトレニアは複雑の気持ちになるのだが、流石にここでは口を挟まない事を選択する。


(うーん、こういった時、私はお節介をすれば良いのか。それとも自然の流れに任せればいいのか、判らないのよねえ)


自分が王妃としての役割を熟す要件があってこの場所に訪れた筈なのに、短いやり取りで十分に"マインド女史の片想い"をしらされてしまって正直にいって、戸惑っている。

でも、決して迷惑ではないというのもトレニア自身としては不思議に思いながらも、本音である。


ただ、チュベローズもマインド女史も次期王妃そんな事を知ってしまって軽く悩んでいるという事など考えもしないのだろうし、話は進んで行っていた。


『 それに、あと数ヶ月もしない内にトレニア様とグロリオーサ陛下の御子息も読み聞かせが大切な時期になるだろう。いや、もう読み聞かせていますか?』


チュベローズなりに気を使い、流れをマインド女史の得意な分野に進め、そこにトレニアに繋がる話題を出してくれている。

何にしても先ずは当初の目的を果たしてからした方が、区切りとしても良いだろうと思ってトレニアも話の流れに乗った。


『ええ、絵本などはそれなりに。内容に飽きは来てはいないみたいなんだけれども、手持ちの月齢に合わせて絵本は一通り読み終えてしまっているので、ダガーに新しい絵本を読ませたいとは、親として考えています』


それから昔から仲間内からは、優しい慈愛に満ちていると評される笑顔を浮かべて、マインド女史にトレニアから語り掛けていた。


『図書館が落ち着いたのなら、マインドさんのお薦めを是非とも教えていただきたいわ。

神父バロータ様からも絵本は、頂いたのだけれども、随分と昔からあるお話らしくて内容が難し くて、私には読むことが出来なくて。

って、ダガーは一才にもまだなってはいなかったんだわ』


少しだけ自分でも"親バカ"を出しているのが判りながらもトレニアが口にすると、マインド女史はそれを快く受け取ってくれたらしく、拾い読むまもなく伝わってくる気持ちは温かい物だった。


『大丈夫です、興味がある物さえ解れば、そこをからどこまでも広げていけますから。

それに誰か判りませんが、平定の決戦の前に図書館の児童向けの本ばかりを幅広く保管してくれています。

これなら十分、あらゆる角度や目線から子ども達の好奇心を満たしてあげられるし、更なる興味を引き出せる事だと思います』


そう語る声は恐縮しきりだったつい先程とはちがって、非情に聞き取りやすい声となって、振り返り先程マインド女史が並べた本達を"紹介"する。


『……それは頼もしい限りだ。

だがマインド女史、如何にも本の紹介をして欲しいという風に話を進ませて置いて済まないが、トレニア様はまた違った頼みごとをしたいという事で、話を聞いて貰えるだろうか?』


(やはり、私の様な厳めしい面相だと緊張してしまうのだろうな。後は大丈夫そうだから、早々に退散しよう)


マインド女史と自分に"渡り"をつけて、早々と立ち去ろうとしているロドリーに"そうじゃないのよ"と声をかけたいけれども、この機会タイミングにかけたら、色々面倒になるのも明白だった。


(それに、マインドさんがチュベローズさんに想いを寄せているにしても、貴族の結婚は一般的な感覚と違うっぽいし。

これから、もう少しお話をして親しくなってからしても、多分遅くはないだろうから)


殆ど表情には出ていないけれども、チュベローズが立ち去るという事にマインド女史の心の方は実に判り易く落ち込んでいた。

けれども落ち込んだ後に、伝言される内容に大いに驚いてしまってトレニアとチューベローズをマインド女史は、何度も見比べる事になった。


『―――とはいっても、貴女がしてくれている仕事は、子どもを持っている親としては、一日も早く完成して欲しい物です。

私が王妃としての役割を熟す為には、マインドさんの協力がどうしても必要ですけれども。

私も出来るだけ早く、王妃の役割を熟すのに必要な事を覚えたいと思います』


結局作業的にも一段落がついていたので、休憩の時間を取ろうと指揮者となるユンフォが告げて、そのまま友人でもあるチュベ ローズと共に自然とその場を立ち去ろうとする。


トレニアは、"少しばかりこのままで良いのだろうか?"という思いを浮かべ、どうやら少しばかり表情にも出ていたらしい。


幼馴染で親友アングレカム・パドリックが、平定直後に捕虜にした多勢の兵士の中からわざわざ指名して、副官にした青年がニコリと微笑む。


《少しずつ、距離を縮めて行けばいいと思いますよ。

チュベローズの友人として、彼との巧い距離感を取らせたいのならあくまでも、自然な感じが良いと思います。

無自覚の天邪鬼で、"押してダメなら引いてみる"が最も巧く聞くのがチュベローズです》


しかもテレパシーまで使って、こちらに助言アドバイスまでしてくれていた。


《チュベローズと元々付き合いがあるユンフォが言うのなら、それに従いましょう。

それに私も協力をしたくても、マインドさんの事を良く知りませんから、丁度これから休憩ですし、親交を深めさせていただきましょう》


褐色の肌よりも黒い腹をしていると自分で嘯いている親友アングレカムが、わざわざ副官に迎える程の青年を信頼して、その場はそのまま見送った。


そして、いざ王妃としてに役割を熟す為の協力を求める為にマインド女史と話を進めようと、適当な場所がないかと、護衛のアザミに尋ねた所で、件の"お姉様方"の悲鳴が響き渡るのを聞きつける事になる。

正直に言って声の発生場所の方向は判るが、城内や宮殿の様子はトレニアはまだ確りと判っていない。


しかも、平定の決戦時に随分と(主に英雄の男性陣と白髪の助勢者が)破壊した箇所も多く、修繕復旧作業の為に、所々"通行止め"になって一種の迷路の様にもなっていた。


その事もあって、城内の造りに詳しく、女性騎士の中では最も有能とされているアザミを案内も兼ねて護衛として連れていることになる。


『城の裏側の方向です、案内してください』

『解りました!』


トレニアが口にしたならアザミが先頭になって案内をしてくれて、現場に辿り着いた。

既に、警邏をしていた兵士達がいるが状況を掴めていないみたいだが、トレニアからしたなら、一目瞭然に加えて、お姉様方の悲鳴に瞬きをしているグロリオーサの姪っ子見つける。



『マインドさんに、アザミ、悪いんだけれども、出来るだけ沢山の侍女さん達を呼んできてちょうだい。

……それで、バルちゃんと スミレは、"ちょっと"お話しましょうか?』



結局その事で時間がとられてしまった為に、トレニアからマインド女史への頼みごとは、後回しになってしまう。

ただし、どうやらバルサムとスミレの方は事情聴取もそこそこに終わらせたなら、トレニアが珍しく侍女ではなく、年若い貴婦人を伴っている事に、興味を抱く事になる。


この場合は特にトレニアの支持者ファンであるスミレの方が、特に興味を抱いた様子になるのだが、引っ込み思案のマインド女史は、絶世の美女とも例えられる同期生から、やや鋭さを伴った視線を受けて、その日何ん度目かの恐縮をする事になった。


図書館の作業の方は休憩時間は、騒ぎを治めたなら既に終了し、作業再開する時間に至ってしまっていたが、そこはユンフォが配慮をしてくれて、トレニアがマインド女史に説明を行えるくらいの時間を融通してくれた。


その後、トレニアが指揮者であるユンフォにお礼も兼ねて、彼の上司アングレカムと"お姉様方"とバルちゃんの話をしてくれた。



『でも、あの娘(バルサム)が、恋の好敵手として意識する相手なんかいるのかしらねえ』


トレニアは姪ともなるが、産まれた頃から知っている娘に対して、そんな感想を親友アングレカムの部下に漏らしていた。

その延長で本来、バルサムはセリサンセウムの平定を終えたなら御母堂のいる故郷の方に戻ってもおかしくはない立場ではあったけれども、アングレカムが王都に留まる(当たり前だが)となると、"石に齧りついても"という勢いで、王都に残ったいう話も併せて聞かされる。


そしてこの様な出来事があって、バルサム・サンフラワーがアングレカム・パドリックに惚れているという情報は、セリサンセウムの社交界の、"公然の秘密"として浸透して行くことになった。

やがてトレニアが王妃として国内外に公布され、上司アングレカムに託された図書館の整理の指揮も終わり、そちらにも置かれていない書籍を、副官の役割に戻ったユンフォが整頓している所に、()さえあれば淑女は、宰相(アングレカム様)の部屋に入り浸る事になる。


この頃になると、想い人のアングレカム様に直接訊くことが、"大人"の淑女として憚れるという事がらに関しては、部下として信頼している副官ユンフォから尋ねるようになっていた。

だが、実際 のその行動を見たならば、"尋ねる"というよりも、聞き出せばいい、若しくは得意な魔法で探りだせばいいという強引な考えが定着していた。


そして新たなグロリオーサ政権を、諸外各国に正式にお披露目するに当たって前準備に追われ、平定の四英雄達が他の為政者を交えずに連日会議している時期。

その事に、不思議と不安を積もらせていた淑女は、少なくとも"国内では好敵手ライバルなし"と、王妃トレニアが評しもした状態でありながらもやや強引な方法を使って宰相アングレカムの副官の心を探っていた。


一応王妃(トレニア)の予想は的中している事になるのか、淑女フロイラインはどうやら"国外の美女"に関して、何やら危惧を抱いているのを、ユンフォにしては珍しく上司の圧力を以てして聞き出していた。



『スミレちゃんが言うには、その方はとても美しいだけではなくて、トレニアねえ様には、及ばずとも、とても凛々しい方だそうです。

それに南国という事もあって、その、アングレカム様と同じ様な、褐色の肌の方だそうです』


そして、漸く聞き出した不安の正体に、ユンフォは激しく瞬きを繰り返す事になる。


(それにしても、バルサム様が、そういった事を気にするとは……。

あ、もしかしたなら、褐色の肌については、アングレカム様に何かしら言われているのかもしれない)


『あ!、言っておきますけれども、アングレカム様は確かにわたくしの肌が白すぎて少しばかり肌の事は気にはしてはいましたけれど、わたくしは全く構いませんからね!』


その言葉に、先日自分(ユンフォ・クロッカス)の前で嘆息を吐き出した王妃トレニアと同じ様に嘆息する。


『……だから、心を読まないでくださいねと言いましたよね?』

『……でも、ユンフォ、貴方読まないでくださいって言う割には、"読まれても構わない"程度の所まで、魔法で壁みたいなものを作っているじゃない』


成人迄にもう数年となっているが、まるで幼子の様に両方頬を膨らませて文句クレームを美少女は口にする。


今度はユンフォの方が澄ました上に涼しい表情を浮かべて、本日の分の本の整頓が終わった事で次の仕事である書類を行っていた。


『アングレカム様から、"私の副官をするのなら必須の魔術です"と言って、バルサム様に出逢う前に直々に会得マスターするまで、教えて貰いましたからね 。

トレニア様……王妃様も出来る事なら、ダガー様の事もあるので、覚えて欲しいと頼まれましたから。

それに王宮、城の復旧作業が終わったならテレパシーに関しても大分規制が入る様です。

そういった事を加味した上で、前以ての資格取得みたいなものです。

それに私の造った壁を突き破って調べても、その美しい南国の王の護衛騎士の情報は基本的な事しか判りませんよ』


(何せ諸外国に対してのお披露目は、数名の侍女と平定の四英雄の方々が行うそうですから。

……個人的な見解ですが、平定の四英雄の方々でもアングレカム様を筆頭にはかなり際どい事を行うからこそ、内々に行うみたいです。

でも、失敗をするつもりもないみたいですから、全てが終わって報告をしてくれるまで、私達は待っている方が"好印象"だと思いますよ。

それとも、アングレカム様が"信用"が出来ませんか?)


言葉にしても構わない程度の事は口に出した後に、表に出したなら憚れる事は"壁"を作った上で、どうせまだ探ってくるだろうという諦めの境地で淑女に対して、ユンフォは答えていた。


『信用は勿論しています!。でも、こちらは信頼して、"頼って"くれてはいないから、私には何もお手伝いも、相談にすらしてはもらえないのでしょう?』


殆どむくれているのと変わらない、"アングレカム様"の前では絶対にしない表情かおで、伝えもしないだろう本音を口にする。


『それは、バルサム様に限らず、副官の私もですよ。それに信頼とかではなくて、今ここで私が言うのはおかしいかもしれませんが、もしかしたら万が一にでも"荒事"を行うのかもしれません。

その、前以て言わせてもらいますけれども、王妃のトレニア様は御婦人ですが、"平定の四英雄"でありますし、歴戦を重ねて戦いの"勘"という物は、下手な兵士よりありますからね?。

バルサム様も、魔術の腕で関して言うなら国が認めているシトロン・ラベル殿と張り合える程です。

けれども、実戦とはやはり勝手が違いますからね』


そこで膨らませていた頬を、元に戻して、再び澄ました顔になり扇子を口元に当てた。

それから半眼でも十分大きいと表現しても障りのない、上司アングレカムと同じ緑色の眼で、自分ユンフォを見つめる。


『……それでは、ユンフォはアングレカム様から、何も話 も、相談をされてはいないけれども、実戦と変わらないような出来事が、今度の周辺諸国のお披露目の際に起こる。

そういう予想と想像は出来ているのですのよね?』


(……しまった)


感情的な振る舞いにすっかり気を取られてしまっているうちに、時折こうやって冷静に掻い潜るようにして 引っかけてくる。


これまではどちらかと言えば、失敗したと思っていても返上が利く内容だったが、今回のは自分の説得だけで言いくるめ事が出来るかどうか、危うく思えた。

それと同時にどうして、"南国の王の美しい褐色の肌の女性の護衛騎士"に拘っているのかもどことなく察すると、結果は判らないけれども思った事をそのまま話す事にした。


『そうですね、それでこれも私の想像でしかないし、南国の情報もも詳細は知りませんけれど、異国ではありますが王の護衛騎士という位です。

その立場にいるという事は、バルサム様と同じ、女性でもありますが成人もしているし、実戦経験も重ねているでしょう。

それ程、国王からの信頼も信用も厚いから、"実戦みたいな事があっても対処できる"というのもあるかもしれません』


その答えには澄ました表情から、淑女は再びムッとして唇を尖らせる。


『じゃあ、わたくしも実戦経験があれば、アングレカム様に相談して貰って、そういった場所に一緒にいさせてもらえるというわけですの?』


『普通は、"大切な女性ひと"には安全な場所にいて欲しいと、考えると思いますよ。

後は、自分達がしようとしている事が危険と判っているなら、最初から協力を求めない傾向タイプの方だとも思いますけれど』


他にも色々、この淑女を言いくるめる言葉が浮かびはしたけれども、一番利くのはやはり"アングレカムはバルサムを大切に考えている"系統の言葉なのでそこを敢えて強調する。


『……それじゃあ、トレニアねえ様は……』


と、口に僅かに出したけれども、その唇は直ぐにしぼんでしまった。


トレニアについては、先程もう実戦の経験があり、何よりそういった外交のに"王妃"として王の傍らにいる義務があるのは、バルサムだって弁えている。


わたくし、アングレカム様の奥さんになれたのなら、宰相の妻として、そのお披露目に多少危険でも、御一緒出来て、お手伝いも出来るのかしら』


相変わらず"飛んでいる"思考ではあるけれど 、付き合いが短く浅いながらも十分真剣に口にしているのも判るので、ユンフォは真面目に応える。


『今回は、例えバルサム様がアングレカム様の奥様になっていたとしても、御同席はさせないと思います。

宰相の外交としての仕事として、予定スケジュールだけは掌握させて貰っています。

セリサンセウム王国の新政権のお披露目として招いた来賓の誰1人として、伴侶として御婦人を伴う来賓はいらっしゃいません。

御婦人は接待を行う侍女と、王妃のトレニア様と南国のレナンセラ王の護衛騎士だけですし、御返事いただいているだけでも判明しているのも"軍人"の方ばかりです。

……そういった事になりますから、今回は何にしても、"諦めて"ください』


『もう!ユンフォは私の相談に乗ってくれているのか、乗ってくれていないのか判りませんわ

!』





「あ、あの、アルセン様!、それではご相談に乗っていただいているのか、乗ってくれていないのか判りません!」


過去、自分にかけられて言葉を、かけた人(バルサム)息子アルセンが、自分の部下にかけられている事で、老紳士は自分がウトウトしていた事に気が付く。


「おや、話は何だか楽しそうな形で纏りそうかね?」


「ユ、ユンフォ様、ここまでの話をお聞きになって、どうして"楽しそう"という感想を持つことになるのですか」


とりあえずウトウトしていたことを誤魔化そうと適当な事を口にしてみたなら、いつも涼やかで凛としている自分の護衛騎士リコリス・ラベルは、珍しく顔を真っ赤にしていた。


真っ赤になっている護衛騎士(お嬢さん)理由わけを話させるのも、酷だとという気持ちになった老紳士となった、元副官の青年は、自分に散々(母親バルサム的には)相談してきた人の息子に、シワに囲まれる形になっている目元から視線を向ける。


丁度20年程前には教え子でもあった、未だに十分青年という形容詞がまだまだ十分通用するアルセンは、母親から受けついだサラサラとした金髪に白い肌に父親そっくりの面差しで笑顔を作っていた。


彼が"美少年"という形容が一番ふさわしい頃には、表面化しない賢さを何らかの形で目の当たりにしなければ、母親バルサムの血だけを強く引いたのだろうとばかりに感じたものだった。

ただ、父親アングレカムの方は、自分の褐色の肌に似るよりはバルサムの 金髪と白い肌の色に似た事に大層喜んでいた。


『大切な伴侶に似ている事も喜ばしいことですが、親子で揃って、共通の緑色の眼が似ているだけでも、私は十分嬉しいですよ』


本来なら生涯独身を貫き通すつもりだったという話は、アングレカムの副官になった当時から聞いてはいたが、執務室ほぼ日参してくるやがて伴侶になる淑女バルサムを相手をする側にしたなら随分酷な事をすると感じてもいた。


上司アングレカムにしてみたなら"幼い頃に出逢ったお兄さんにした初恋"程度に捉えていた所もあるのだろうが、想いを寄せている側にしたなら決してそれだけではないというのも、傍で見ていたからこそ判る。

ウトウトしている最中に思い出してもいた、平定直後の新政権の周辺諸国の"お披露目"の直後に南国へと2年間の出張を行った時にも、上司アングレカムはいないというのに、淑女はやはり執務室に日参していた。


『アングレカム様はお仕事をしているんですもの、わたくしは何にしても応援させて頂きますわ』


そう言いながら毎日と言って良い程、"アングレカム様に"と手紙を副官ユンフォに押し付けていた。


それでも、"平定"の時期よりも距離が離れていた事もあったのだろう。



南国に出張中の2年間に一度、喧嘩にもなっていないかもしれないが、"らしきもの"を傍目で見ていた時には当事者達よりも、正直に言ってやきもきもした。


ただそれがきっかけで、南国への2年の出張を終えて、まだまだ国をならす中途の為、結婚など全く意識はしていないけれども、淑女の事は親友グロリオーサの姪っ子ではなく、1人の女性というのは意識をしているのを副官として感じ取る。


しかしながら、今度は1人の女性として、尊重するあまりに逆に自分アングレカムの伴侶ではなく、相応しいと思える相手を模索して、その縁談を進めようとしていた。


そんな所に、再び副官の青年としていたやきもきしていたなら、"求婚プロポーズとは知らずに求婚プロポーズしてしまった"という事案が発生してしまう。



もし、立場が対等であったなら

"勝手にした事ではあるけれども、ユンフォ・クロッカスの心配した時間を返してください"

と、笑顔で怒るという顔芸を熟しながら、パドリック夫妻となった2人に申し上げたかった。


結婚式も、バルサムの方は兎も角、アングレカム の方は血縁を招きはするけれども遠方であるのと、少しばかり複雑な事情があるという事で、上司自身が副官に"花婿"側の世話を頼まれ、快く引き受けた。


『―――ユンフォは、本当に頼りになりますね』

『勿論ですわよ、だって私とアングレカム様の家族になる前から御世話をしてくれてますもの』


そして結婚式の終わった後に、"ありがとう"と告げられて不思議と、国から認められて勲章を与えられるよりも、この"家族"に感謝された事の方が嬉しかった。


それから直ぐに赤ん坊を授かり、夫婦で昔から考えていたアルセンという名前を名付けて更なる幸せに繋がる事を、夫妻も、一番近くで見守って来たユンフォも願っていた。

けれども、全てが巧く行くわけがないという、世の条理とも不条理とも受け取れるものが、大きな波の様にしてやってきて、アングレカム・パドリックという人を攫ってしまった。


それでも、淑女バルサムとの間に授かった最愛の息子を庇ってこの世界から旅立った事に、人して敬服し、副官としての最後の務めとして、上司アングレカムの"旅立ち"の式を、親友の国王を差し置いて執らせてもらった。


そして自ずから、上司アングレカムのいなくなったパドリック家に関わる。



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