相談に乗りますよ④
ただ差についての確証は得られないが、レジスタンスとして決起軍の活動は順調とまではいかないが、参謀として考えていた予定よりも遅れるという事はなかった。
しかしながら、順調にいっているからならではとも言うべきなのか、少しばかりでも余裕があれば、自身の至らなさを埋める為に、アングレカムのという人は本を読む。
読書だけが知識や経験を得る術ではないとは百も承知しているが、決起軍としての活動の間、シャルロック・トリフォリウムの存在を知ったのなら、どうしても間が開いてしまうと、考えてしまう。
言葉だけ並べたなのなら、まるで恋をしている様にも取られかねない字面だが、アングレカムの好奇心の向かう先は、"シャルロック・トリフォリウ"という人物が行う政"に尽きた。
セリサンセウムという国は傾いているのは、確実なのだが、何とか"転覆"をせずにバランスを保っているのも事実である。
傾いている国の土壌で生活している民は、その傾きから滑り落ちない様にするのが精々であるのだが、宰相の政にその原因の一端を担っているとは感じていながらも、確信と原因は突き詰められない。
アングレカムも幾度となく考察し、傾いてしまっている原因を見極めようとしたなら、それは民の選択した事という物になっていた。
クロッサンドラ・サンフラワーの絶対君主制(君主が統治の全権能を持ち、自由に権力を行使する政体)という形の政は、国王が無理難題や理不尽を押し付けるの為に国と民が疲弊し、傾いているという物に思われがちだったが、そうでもなかった。
"少し厳しい"と思われる程度の法令を公布し、後はその領地領民に任せる。
ごく簡単に例えるのなら、その様な政だった。
けれど言葉で表現をしたなら、ごく簡単に捉えられる政は、実際にやってみるとなると、実に細々としたことにまで、目を配らなければならず、大なり小なり綻び事が殆どとなる。
中にはその綻びにすら気がつけずに気が付いた時にはどうしようにもない事態になっているばかりで、領地の領民から不平不満が寄せられて、領主となる貴族だけでは事態が収束できなくなっている状態であった。
国は領主から報告を受けて、国軍を寄越して"不本意ながら"と前置きをした後、不平と不満に塗れる領土を、武力で以て鎮静化させる。
しかしながら、勿論それで終わりという事はなく、そうなってしまった"落し前"をつけさせられる事になり、その領地治める貴族で領主は、身分を含めて召し上げられる事になっていた。
ただ召し上げたなら、それだけで新たな領主を据える事もなく、その土地の領民に取り締まりを任せていた。
けれども今度はいざ取りしまる存在がいざいないとなると、それこそ力に物を言わせたり、繋がりの強い者だけが利益を得たりとして、結局揉め事は治まらず、その土地は荒廃する。
若しくは何とかやっていた様に思えたと思った翌日には、闇討ちという形で取れていたように見えていた統制は呆気なく崩れていた。
それと似たような出来事は、セリサンセウムという大国のあちらこちらで起こっていた。
そういう事が頻発して起きたというのなら、その政の形態をとる事を止めればいいのだろうし、国王が指示を出してくれたのなら、それに従うという意見を出したが宰相はその意見を一蹴する。
残念というべきなのかどうか、ごく少数だが"巧く”取りしまっている領主で貴族も確かに存在した。
特にセリサンセウムの一番西にあるとされる領地は、領主が当時若く、新婚ながらも見事に納めていたいう。
他の領地に比べて、特に豊かな資源があるわけではなく、特筆すべきとしたら、秋の季節に紅葉が美しい渓谷と、どの土地にもあるような郷土料理くらいだった。
その事もあって、宰相は”出来ている所があるのだから”と引き合いにだし、手助けをする様な事を一切しなかった。
そして、それは王都にも当て嵌り、同じ様な政の規制はあるのだけれども、全く綻びを出すことなく、少なくとも城下街での生活は平穏だった。
国の中心となる王都で執政を行うのは勿論シャルロック・トリフォリウムであり、王が公布した法令も自分にも課した。
寧ろ他所に比べれば、王都という場所は難易度は上がるものだろうけれども、勿論というべきなのか政を見事に行っていた。
王都ならではの”綻び”になりそうな所を厳しく取り締まり、多少、度が過ぎる物と潔癖すぎるとも感じられる執政ではあったが、”国の王が住まう場所”として文句がつけられない物となる。
そこに住まう民からは、各地から流れてくる荒廃してしまった情報と比べて、自分達が済んでいる地域社会の行政に、厳しさを感じてはいただろうが不平不満という物は、流される事もなかった。
本当は不平不満はあったのかもしれないが、四季の節目の季節祭という国の決まった催事に位にしか姿を表に出さない、漆黒の衣装を好む国王とその傍らにいる宰相の威圧感の前に、文句など表立って口に出来る物でもない。
加て行政の都合もあるのだろうが、この宰相は忽然と民の前に姿を現す事が多かった。
本当に偶然に過ぎなくて、間が悪い、僅かに燻る不満を口にした時に、その姿を現 して話しを聞かれてしまったという、”噂”すら立ち昇っている。
そんな様々な逸話を抱える宰相殿は、辛うじて荒廃せずに残っている国の方々の領地にいる、癖はありながらも国の益となる存在に、慕われていた。
実質的にはその存在は政治とは関係ない、立ち位置なのだが、文化的にしても人々の生活にも根付く様な活動を、シャルロック・トリフォリウムの”言葉”によって続けた事で、傾いたとしても、転がり落ちずにやってこれた。
その事が、平定した後の国の人材になるだろう存在と遺恨にならない様にと、最終的には王都に侵入し国王と宰相を打倒する為に協力を求める参謀には、いつも課題の様に課せられた。
そして巻き戻るように思い出すのは、その課題を熟せたのは、結局”シャルロック・トリフォリウム”自身の”お陰”と思える、気にかかる一言を、交渉相手が口にした事。
その人物は拘りや理屈はそれ程絡まっているとこともなかったのだけれども、どうにも義理堅い人物で、それでも"励まし"のお陰で、傾く国から転がり落ちる事もなく、そんな時勢ながらも"家族"をもてていた。
そしてシャルロック・トリフォリウムと出逢ってから、その人物は"孫"を授かる程の齢を重ねていたが、それでも当時の癖っ毛八重歯の青年よりも、年下でもあった。
セリサンセウムという国の、"平定"と"傾き"を更に遡った世代では、男は家族を養えてこそ一人前という風潮が、主流となる。
僧籍に入るだの、何かしら余程の事情がない限り、男が家族を持てない持たない事に対しての風当たりは相当強いものだった。
そんな中で先が見えない、世間には認められない事を生業にして、極めようとしている人に、縁組の話しは勿論寄越されない。
それでも血縁の者が、その拘りさえ捨てたなら世話をしようという言葉も告げられたが、耳を貸さなかった。
当時はその土地の同年代から"馬鹿な事をしている"、"そんな事をしていたなら一生独りだ"、"家族など作るなど、到底無理だ"。
そんな嘲られた過去は、既に家族を持ち孫を授かっても、思い出したなら唇を噛みしめてしまう程悔しかった事でもある。
けれども、それと同時|励ましの言葉をくれた人も、思い出すと、連日説得と交渉を行うアングレカムに告げる。
最初は、自分が拘り通してやりたい事をやれればそれで良いとも思っていたし、やり遂げるなら家族も要らないと口にしたなら、癖っ毛八重歯の青年は、笑いながら"肯定する"。
それはシャルロック・トリフォリウム自身も、親友の為なら、そうしようと考えていたからだと口にして、更に応援の言葉を贈られたという。
ただ、家族という存在に対して否定の言葉を、癖っ毛八重歯の青年は口にはしなかった。
家族に対しては、シャルロック自身が、出自が孤児という話を聞かされ、言葉と共に、否定のニュアンスを含んだものが出てくるとばかりに思っていたそうだが、決して出てこなかった。
予想が外れて不思議に思っている事を、目敏く気が付かれた時に、八重歯牙の様に出して、ニッと笑いながら高官の青年は
"……嫁を貰って、血の繋がった子どもを授かるばかりが、家族の形でもないと俺は私は、考えている"
と、告げたそうだった。
当時は、シャルロックの事だから、口でなんやかんや言いながらも懐が深い為故の言葉だと思っていた。
けれども、交流能力が不得手な事で、返ってそちら方面の勘の鋭い若い時期でもあった。
懐深く気休め程度で口にしているわけではなく、"良いものだ"と本心でもシャルロック青年が口にしているのが伝わってきたという。
ただ、それは恋人が出来て、近い将来家庭を築こうと浮かれている類のものでは一切ないとも言い切れた。
結局その人物もシャルロック本人に尋ねることはしない内に、癖っ毛八重歯の高官の青年は王都に戻って行った。
結婚して一人前として認められる風潮の国のなかで、家族という物を否定しなかったにも関わらず、結局シャルロック・トリフォリウムは、生涯独身をとおしていた形になっている。
"シャルロック様は、良い意味で「家族」というを弁えていると思えた。
その影響を受けたといえばそれまでだが、私も自分の拘りが世間に認められて評価を得た事で、国が傾いている中でも、周りから勧められた時に意固地にならずに済んだ。
もう少し、御縁があったなら、あの方にとっての"御家族"という存在について尋ねてみたいものだった。
けれど、もうどうやらシャルロック様に、出逢える御縁はないらしい"
そう口に した後、王都の国軍を裏切る事にはならないが、決起軍にとっては有利になる程度の助力を得た。
そして、条件として出されたのはもし平定が巧く行ったとした後、十中八九、宰相は、国王と共に旅立つことになる。
その後、その名を新しい国の暦に刻む時、事実は勿論だが自分が知っている傾国の宰相の事も記して欲しいーーー。
そう頼まれた際、悪魔の参謀とも例えられていた時期の褐色の美丈夫は
『平定が先ず成功させるつもりでいます、でも結果はまだ分かりません。
……成功した際に私個人は善処はしますが、けれどもそれは一存で、貴方の希望がかなえられるかどうかは、決められません。
特に、決起軍の仲間と、執政に携わる事になる民の意見を聞かなければ』
と、要求を受け入れる言葉ではなかったけれども、それはそれで納得をしている様だった。
しかしながら、いざ平定が完了した後、その戦後処理で判った事は、クロッサンドラ・サンフラワーの政に関わった人々の記録が、殆ど残されていない事だった。
その事について調査を行えば肖像画に始まり、クロッサンドラ・サンフラワーが、国王になってからに記録と名付けられるものは、一切合切が処分されていた事実が、発覚する。
平定直後、戦後処理にまだまだ追われる事にはなるけれども、一段落が付いたなら新しい王の親友の暦を作る事になるのは予想が出来たきていた。
―――暦に取り掛かるのは当分の事だとしても、"下準備の下準備"位はしておいても悪くない。
そう考えて資料が残っていないか王宮をくまなく探し、更には上臈が避難する為に使っていたような、隠し地下通路が見つかってもそれらの類のものは全く出てこなかった。
掘り下げ、聴き込み調査をしたなら、肖像画のような判り易い部類の"記録"は、決起軍が王都に協力者の手筈もあって乗り込んだ後に、状況から鑑みて"密かに、"片づけてしまった"という予想が立てられていた。
従って、暦に正確に刻もうにも資料は残っておらず、人の伝聞からしたなら、漆黒の衣服を好んだ国王を筆頭に、癖っ毛八重歯の宰相、それに上臈に当時の法王となる人物の情報は、口伝以外残らないという事になる。
取りあえず、口伝えの情報を軽く調査をしてみたなら、"正確な情報"とアングレカムが感じられる物は、極一部だった。
自身の先入観もあるとは思うのだけれども、どうにも新しい王となる"グロリオーサ・サンフラワー"への"おべっか"的内容が多く感じてしまって、その時期には宰相になっていた人は閉口してしまう。
正確と感じられる情報で、暗愚の国王、傾国の宰相、上臈等のものならをまとめてみようかとも考えた。
けれどもそれではグロリオーサ・サンフラワーの政良くない影響を与えてしまう様な気がした。
そもそもアングレカムの"正確"と感じて受け入れる情報の発信源となるのは、ラベル家や王都に決起軍が侵入する為の手引きをしてくれた、チューベローズ・ボリジと、今後主に為政に携わるような面々が多い。
暦を作る為に調査をしていたのは、公のことで特に伏せてもいなかったので、アングレカム・パドリック個人が造りたい情報で編纂したなら、偏ってしまう。
宰相としての仕事に加えて、少しばかりその事に頭を悩ませていたなら、件の協力者と彼が口にしていた言葉を思い出す。
自分が知っている傾国の宰相の事も記して欲しいーーー。
(あの方の御意見を聞いてから、改めて考えてみるのも、良いかもしれません)
思い立ったが吉日とばかりに、副官のユンフォ青年を”良かったら”と誘い連れ立って、グロリオーサ・サンフラワーの政になってから早速貯まった"有給休暇消化"を名目に、その人物に逢いに行った。
そんなに平定から時は経っていないが、その人物は前回会った時よりも眼に見えて老け込んでいる様に見えたが、
"実際に年寄りなのだから気にするな。労わってくれるなら、遠慮なく甘えてもいいが"
という、拘りと偏屈が、老獪という言葉に置き換えた様な返事をされ、褐色の美丈夫は十分に足りる礼節を以て、後方に控えるユンフォ青年と共に挨拶を行う。
その頃にはすっかり国にも、地元の人々にも認められる文化人にもなっていた人は、屋敷と表現できる住居に応接室にアングレカムとユンフォを案内し、家人に茶を出させた後に、人払いをさせた。
それから早速掻い摘み、シャルロック・トリフォリウムを筆頭に前政に携わった人々に関する記録の状況を報告をしたなら、"そうですか"と短く返事をされる。
但し、アングレカムの勘が外れていなければ、老人となった関係者は、自分の掻い摘まんだ話しを確りと聞き取りながらも、自分の副官となっていた青年に注目をしていた様に思えた。
それから少しばかり、考え込む様に沈黙を続けた後に、
"私が以前に頼んだ事は、撤回します。
シャルロック様が前国王のクロッサンドラ陛下と共に、"親しい方々"の記録をそうやって処分をしていたというのなら、"暦に自分達の事を残さない"が希望なのでしょう。
でも、どうしても、名前程度は残る事にはなるのでしょう、それは仕方のない事です"
自己完結し言葉を口にして、それ以上は語る気はないという雰囲気を醸し出し、"お茶を飲んでください"と口に出された。
上司と副官は"これ以上は会話は進まないだろう"、"そうですね"と、声を使うまでもなく意思の疎通を視線で交わして、出された茶を確りと呑みほした。
それからアングレカムが"突然の訪問にも関わらずありがとうございました"と礼を口にしてその場を辞した。
結局その後、前国王の政に関しては、どこから見ても明確な内容以外は、先ずは記さない形を提案し、議会もそれを承認し可決された。
しかしながら、可決後もアングレカムは膨大な執務をこなしつつその間に、前宰相について、"探って"いたのは副官として、ユンフォは見てきていた。
上司の中で手応えのあったのは、"シャルロック・トリフォリウムの家族"という単語の様だった―――と、かつては副官を行っていた老紳士は考えている。
但し前宰相の"家族"といっても、異性の伴侶を迎えて1から始めるというものでもない。
ここからは一度も上司は明言をしてはいないが、それまでの思案事で独り言を口にしていた際に、副官を務めつつ聞き入れ感じた上での、ユンフォの考察となる。
―――ユンフォ、君が覚えている限り、前宰相殿が重用していた若人はいなかったんですね?。
―――成程。それくらいの年なら、もしかしたならユンフォが産まれる前くらいの昔になら、シャルロック・トリフォリウムにも重用していた若人がいたかもし れないという事ですね。
―――ただ、そんな以前の人の記憶が王都に残っている民の間に保証もなく、記録の方も私達が王都に来る前に焼き払われて、塵芥というわけですね。
アングレカム・パドリックはシャルロック・トリフォリウムに、血が繋がっているかどうかは関係なく、"息子"がいないかを非常に気にかけていた。
そして、それと同時に、大変読書家であった上官が何より惜しんでいたのは、前宰相の蔵書である。
その前宰相が所有していたという、蔵書の数々はやはり王都に決起軍が攻め入る前に、持ち主自身の手によって焼却されている事は判明していた。
正直に言って、決起軍の参謀の立場として、初めて宰相の執務室に入り部屋の両側に嵌めこむ形になっている書棚が、見事に空になっているのを目の当たりにした時。
それまで機敏としか例えようのない動きをしていた。褐色の美丈夫は時を止められたかの様に、その動きを止めた。
案内役としてついて来ていた、副官になりたてのユンフォ青年が思わず、心配して"失礼します"と前に出て緑色の目の前で掌を左右に振った程だった。
『何と、例えれば良いのでしょうか……。
グロリオーサ……陛下に腹に拳喰らって、穴が開いたとしても、ここまではショックは受けないでしょう』
空っぽの本棚を直視できないのか、"がっくり"という擬態語が頭上に浮んでいるのが見えてしまいそうな程、肩の方は確りと落として、アングレカムはそう口にしたという。
その姿を思い出す度に、上司で結構年上であるというのに、ずっと目標としていた目当ての玩具を手に入れる事が出来きなくて落胆している子どもを励ましたい。
その様な気持になっている当時青年のユンフォであった。
なので、執務室の主が不在で、本の類を扱う仕事を任されていると、自然とその時のことを思い出す事になる。
そんな時、"アングレカム様"が不在でも居座る"客人"、当時バルサム・サンフラワーは魔法使って、強引にその事実を知る事になる。
『まあ!そんなアングレカム様が落胆為されるような事あったというのなら、使い魔を使って前以て数冊程頂いておけば良かったですわ!。
どうせ燃やしてしまったというのなら、アングレカム様のご趣味に役立てた方が、本にとっても、"生き甲斐"というものがあります!。
こちらの棚に茶器を置いても良くって?』
平定を終える前までは、上司に惚れているという話は、友人から話に聞いてはいたけれども、ここまで精力的だとは、ユンフォ青年の予想の斜め上辺りを行っていた。
平定を終えた後、殺風景な執務室の調整をする事を許可された、淑女は、ほぼ日参して"アングレカム様に相応しい執務室"にするべく奮闘していた。
勿論、そこに副官の青年の仕事以外の都合を考慮をする腹積もりはコルセットでキュッとしまった細い腰にはない。
『良いですよ。
……あの、もう過去の事なんで、今更言うのも何ですけれど、これから似たような事があっても、使い魔を使って云々は絶対に言葉にも、行動にもなさらないでください、バルサム様。
それに人の心を拾い読む魔法は、物凄く魔力を使う高等魔術だと聞いています。
お尋ねになられたなら、話せる範囲でアングレカム様の事はお話しますので、無駄な魔力を使わないでください。
それに人畜無害な性分だと自覚していますけれども、一応私も"殿方"なので簡単に心を覗き込まないで頂きますか?』
"無駄"と判っていながらも、一応意見と要望を述べたけれども、綺麗な金髪を流行に合わせて結い上げている側にある小さな耳に届いたかどうか、定かではない。
ただ、産まれてから数十年間ずっと慕い続けた人物と、漸く近い場所で生活できることになった事に胸を弾ませて、王族兼貴族としての仕事を熟してから、足繁く通う淑女の気持ちに水を差すのも悪い様な気もする。
しかしながら、羽目を外され過ぎても副官業務を行うにあたってまだ仕事を始めるにあたって精神的に落ち付かない物が正直に言ってあった。
(平定前はこんなに活動的なお嬢さんだとは、思いもよらなかった。
同期生のスミレ殿と一緒に、楚々とした美少女位に思っていたのだが……まあ、スミレ殿はスミレ殿で、トレニア様の熱烈な支持者だったわけだが。
蓋を開けてみれば、平定前では表だって口に出す事は出来ないけれど、2人でこっそり"平定の四英雄"について語り合っていたから、周囲とは馴染まなかっただけという事だし。
多分、チューベローズはこんな一切合切をを判っていたのだろうな)
当事者達の名誉の為かどう かは知らない、友人は、淑女バルサム・サンフラワーや、スミレそういった側面に関しては一切語らず、上級生兼教官として、表情の読めない蛇の様な眼で当時を過ごしていたのを、友として改めて尊敬する。
それに併せて、やはり思い出すのは彼がバルサム・サンフラワーを例える際に使っていた、言葉だった。
"あの淑女フロイラインは、ユンフォの考え及ばぬ以上に情熱的で、苛烈で、私などで、相手が務まらん。
頼まれたとしても、絶対に相手に出来るような御方ではない。
ただ、助力を求められたなら私が出来る可能な限りで、手助けをしたいと考えている"
(見事に的を得ているとは思うし、あの当時は必要だったかもしれないけれどなぁ……)
友人は"助力を求められたなら私が出来る可能な限りで、手助けをしたい"と断言していたけれども、魔法を使って副官の心を覗き見、上司の行動予定を探ってこようとする淑女に、何の手助けがいるのだろうという気持ちにすらなる。
(……仕方ない、無駄としか思えないけれども、一応釘を刺しておこうかな。あ、でも思えば前に許可は得ていたんだったから、お名前を出して使わせてもらおう)
本当ならあまり使いたくない手段ではあるのだけれども、敬する上司から
"もし彼女がいる事で、ユンフォの仕事への意欲を下げるようなら、私の名前を出して、バルサムを執務室から退出させても構いませんからね。
彼女はとても良い子ですからね、私の名前を出したのなら、大抵聞き入れてくれますよ"
という許可を得ている。
(でも、"私の名前を聞けば"と限定しているという事は、淑女バルサムが、”アングレカム様のいう事しか聞き入れない”ということを、掌握なさっているっ事になる。
……、これって、ある意味当分は執務室の整頓が仕事である私に、バルサム様の”お守り”を押し付けていませんか?)
―――そんな事は、決してありませんよ、ユンフォ・クロッカス曹長。
頭に特大の疑問符付きで、尊敬する上司に対するとてもはっきりとした疑惑が浮かんだのだが、淑女ならうっと りしそうな笑顔を浮かべられて、フルネームと階級まで付きで呼ばれて、想像の中ながらも否定された。
『そうだわ、私良い事を思いつきましたわ!。
アングレカム様は、前の宰相殿が血は繋がっているだろうが、繋がっていないだろうが御子息がいらしているかどうかを、ユンフォが考察した上では気にしていらしたのよね?。
だったら、アングレカム様は実際に子どもを持たれればいいのよ!』
その発言を聞いた途端に、ユンフォは抱えていた本諸共、前のめりに倒れた。
辛うじて本は抱えてままで受け身を取るのと、執務室には厚いの絨毯が敷かれていた事で、それ程肉体的衝撃は受けなかったが、心への衝撃は大きかった。
『あら?、ユンフォどうしたの?。
軍靴の爪先でもどこかに引っかかって転んでしまったのかしら?。
だったら、絨毯を変えないと、アングレカム様が転んだのならいけないわ!』
盛大に転んだアングレカム様の部下に束の間視線を向けた次の瞬間には、その原因が自分の大切な人を巻き込み(?)はしないかと、薄絹の手袋を嵌めた手で絨毯を撫でていた。
『幾らアングレカム様にお似合いの、最高級の美しい緋色の品物でも、怪我でもなされたらいけません!』
『……流石に"新国王即位祝いの贈答品"で、検査をした品物には危険な物なんてないですよ。
今のは勝手に私が転んだだけですから、心配をしないでください』
異国最高級品である絨毯の、衝撃のへの吸収性を感謝しつつ、ユンフォは本を抱えなおし立ち上がるが、心に受けた衝撃をへの自己療法を続けていた。
(いきなり突拍子のない事を仰るのにも慣れていたつもりだったけれども、今回のはいつもの群を抜いていたな。
まあ、私の考察を(勝手)に読んだ内容にも影響を受けるにしても、少なからず御親友のスミレ殿が側室に入る事が影響しているかもしれない)
ユンフォ個人は仕事に関係しない限りは、政には事務的な態度しかとっていないのだが、上司が宰相なだけに、情報は行動予定を組むだけで凡そ判る。
最近の国内の話題として一番大きいのは、新国王が新しく側室を"貴族"の出自から迎える事で、その相手がバルサムの親友の国内随一の美女と名高いスミレである。
王妃が、平定の四 英雄の仲間で既に子ダガーを授かってはいるが、出自が平民であるトレニアだと、発表当時は何かと水面下で貴族が不満を口にしていただけで済んでいた。
しかし、意見を口にする場所としての議会が本格的に指導を始めたなら、貴族の"権利"と"立場"として、国王には高貴な出自の伴侶の必要性を述べる強者も出てきた。
無論貴族の権威回復や、派閥問題等もあるのだが、純粋にトレニアをという王妃を侮辱するわけではなく、外交的にも伝統的にその必要性を意見する者もいる。
私利私欲の意見なら、鬼神の王と悪魔の宰相の一睨みで一蹴しようとも考えもする。
しかしながら、外交を行う立場の貴族したなら王室の成立ちや背景すらも、交易を交わす際に一種の手段となるとこともあった。
国を考えて"仕事"をしている貴族の足を引っ張る事になるのは、傾いた国を平定に導いた英雄としても、不本意ではある。
結局、王となったからには、個人の気持ちを抑えねばならない事と、王妃自身からも迎えた方が良いだろうと、本心から告げられて、側室を迎える事は決定していた。
ここからは、国王の側室に相応しい淑女を"用意"する貴族の間で一悶着あったらしいが、受け入れる側、"平定の四英雄"の一行は、全く"素知らぬ振り"で通したそうだった。
そして、貴族の間で散々吟味がされた挙げ句に、決定したのがスミレという事になる。
元々彼女はその美しさから、側室候補に組み込まれていたが、他にも派閥争いに幅を利かせる"傀儡"として自己主張がない、唯々諾々としてくれる性分の者を求められていた。
その話を"素知らぬ振り"しながら聞きつつも、本来のスミレの性分を知っている、特に親友のバルサムからしたなら、"彼女の家族は友達の何処を見ていたのだろう?"という感想をいつも手にしている扇子で、可愛らしい唇に当てながら漏らす事となる。
ただ、スミレからしたならこれ迄性分を審らかに出来るまで、交遊関係を許されたのはバルサムが産まれて初めてなのだという。
それは理由といえば、バルサムが王族でありスミレと親交を結んだ当時は、国王の孫というという繋ぎを持っていたからという事に他ならない。
国が平定されてから も、付き合いがあるのも"国王の姪"というのも含めて、王族貴族としての力があるから、"許されているだけ"なのだという。
そんな話を親友から聞いて呆れ返っている頃に、アングレカム様を代表(バルサム的認識)とする平定の四英雄から、王都の事情に関しては詳しいだろうと、意見を求められ、それならばと親友を進めた。
スミレに関して言えば、バルサムには大いに意外だったのだが、例える言葉は悪いと思いながらも、どうやら本当に見事な"猫被り"だったようで、真摯に政に向き合う貴族達も、派閥の傀儡ならないかと気にかける事となる。
けれども、最終的に"心を拾い読む魔女"ともされている王妃のトレニアが自から目通りして、認めるとしたので周囲からはそれ以上の意見は出なくなった。
そして、側室として王族に入った途端にそれは見事に貴族達からしたなら、スミレは"掌を返す"事になる。
自分達に都合の良い法案を通そうと、スミレを通じて国王を懐柔すると思っていたのに、全くその動きを見せない傀儡に貴族は歯ぎしりをしていた。
傀儡が自分の意思を持つ事は、送り込んだ積もりの貴族からしたなら想定外の他ならない。
面会を求めて王族が住まう事になる王宮の、更に奥向きの後宮に連れだって正しく"押しかけた"。
"正式に側室と公布される前に、国王の心を貴族である私に少しでも寄せておきたいのです"
本来は色々な指示に併せて、貴族の息が掛かった侍女を侍らせて送り出すつもりだった。
けれども珍しく傀儡自身から申しでて、そのやる気に満ちた様子に、"送り込めればどうとでもなる"と思っていた一族は快諾をしてしまっていた。
予定より早く、傀儡と、その世話を産まれた時から行って来た、かなり高齢の乳母の2人を、希望通りに先に送り込んだら、梨の礫という事態になる。
後宮に入る事が出来るのは、そこに住まう事になる王族に許可を申請して下りた者だけなのだが、それをスミレからの反応がない。
そう返事をされ、王宮と宮殿の境目に当たる場所で、主に王宮の護衛勤務となる近衛兵が、許可がないならば通す事は出来ないと、貴族の揉め事すら起きる事態にもなった。
結局その場を治めたのは、平定を終えてからどことなく体調が 芳しくないと噂されている王妃が、"気晴らしに軽く運動をする為に"と、平定時代に愛用していた、衣服に身を包み、その手に愛用の武器である荊の鞭を手にして現れた事で治まった。
騒いでいた貴族も流石に王妃という立場で、しかも自分達が送り込んだ傀儡
で出し抜こうと考えている存在でもある。
"心が拾い読める"とされている紫色の瞳を、にっこりと細めて見つめられて流石に、貴族達は沈黙する。
当時、トレニアは自分の心を拾い読める能力を特に隠さずにもいたのだけれども、実際の彼女を目の当たりにしても、それは半信半疑の物となる。
トレニア自身も必要のない限りは、人の心を拾い読んでそれをどうこうという事はしない。
自分は出来る事かもしれないが、相手にとっては出来ない事を公然とされてしまう事の不快さを弁えており、相手の立場となって考える事も心を拾い読める魔女には容易だった。
ただ、この場所で騒いでいる貴族達が、伴侶が、可愛い姪の太鼓判で"家族"として迎え入れようとしている淑女に向ける"心"は、放置しておくには剣呑だと、一芝居を打ちに出て来たのだった。
『あら……、もしかしたら、数日前に側室入りをなさった、スミレの御縁戚の方々かしら?』
心が拾い読めるなら、する必要のない問いかけを、王妃になる前に
"気が早いかもしれませんが、やっておいてこしたことはありませんから"
と、平定最大の助勢者の執事の青年から、一から学んでいた礼儀作法の基本に当てはめ、振る舞いながら行う。
相手方は王妃トレニアの事については、それなりの情報を得ている筈なのだが、手にしている荊の鞭に、優しい笑みをを浮かべつつっも纏っている、普段の慈愛に満ちた物とは格段に違う雰囲気に貴族達は怯む。
『……御返事がない所を見ると、違うのかしら?』
トレニアが再び声をかけたなら、ここで自分達が相対しているのが、この国の王妃のでもあることを思い出し、礼儀に適った返事を行い、スミレの縁者だとも認める。
それからは、勢いに任せる形でスミレが後宮に入ったのに、連絡が一切ない事を心配をしている。
彼女は貴婦人として見事な立ち振る舞いは出来るけれども、"自己主張"が苦手であるので縁戚として心配になって尋ねに、こうやって一族連れ立って赴いた。
けれども、彼女が面会を拒否をしているので、それも心配なので、近衛兵には迷惑かもしれないが、逢えるように交渉をしている。
そこは流石貴族と言うべきか、"三枚舌"という諺を見事に感じさせてくれる活舌及び口周りで、答えてくれた。
『……そうなんですね。どうしましょう、ここ最近、私、スミレが余りに"可愛らしい"事を考えているので、彼女が後宮に来てくれてから毎日、"遊ばせて"貰ったの。
それから、今は遊び疲れて、ゆっくり休んで寝ているの。
私は、運動量が物足りないから、もう少し身体を動かしたくて、こうやって慣れた武器を手にしてここに来たというわけなの。
でも、安心してくださいね。
本当に"私とのやり取りに疲れているだけ"で、寝ていて、縁戚の方々に逢える体力と気力が残っていないだけだから。
……一応、後宮の管理は王妃の務めらしいから、私のやり方に慣れて貰えるまでスミレも大変ね。
御縁戚に方に会おうと思える余裕がないし、疲れて寝ているから、面会どころではないのでしょう。
ごめんさい、"私のやり方"に慣れたなら、挨拶に伺う様に伝えておきます。
なので、本日はお戻りくださいな』
敢えてスミレの様子は明言はせず、加えて"思わせぶり"な言葉ばかりを紡ぎだして、貴族達に引き下がる旨を口にする。
王妃トレニアの"人の心を拾い読む魔女"の情報は、殆どの者は知っているが、それを実感した経験がある者は無きに等しい。
けれども今回の思わせぶりな発言は、もし心が読めていた事で、傀儡となる小娘に側室に入るまでもなく、日頃から言い聞かせていた内容をトレニアが知ったのならという恐怖は十分に味わえた。
"今は寝ている"という言葉が、そのまま受け取れない程の事を、憚らずに口にしていた自信は、残念ながらスミレに面会を願う貴族達にはあった。
それにスミレ個人が、"縁戚関係者に逢いたくないから、逢わない"ではなく、"トレニアから何らかをされて、逢える状況ではない"というのなら、貴族達に、現状で出来る事はない。
元々、スミレに対しては、絶世とも例えて障りのない美貌をもって生まれた事で、強引に生家から引き取り、家の為に役立て、利用するつもりの程度で育てていた。
魔力と魔法の面に才能があるとされる緑の瞳にも、婚姻の関係を結ぶのに有利になる位の認識でしかない。
もし貴族達の力の及ばな い場所に、傀儡が行ってしまったというのなら、無理に回収をしようとも考えない程には、理性的で合理的でもある。
それに王室に、しかも平民の出自の者が王妃の座についているということだけでも、表に出さないだけで、腹立たしく思っている貴族もいない事もなかった。
そういう事もあって傀儡が手の内から離す事は、有利な手駒を喪いながらも、王室に改めて貴族を王の伴侶として嫁がせる事になる"功績"は、一定の│身内《貴族》から、信頼を得ることには役立った。
それに、スミレがクロッサンドラの孫で、グロリオーサの姪というバルサムが親友という肩書きは継続している。
本来ならまだまだ多くいただろう国王の側室候補から、スミレが優遇されたのもバルサムのお陰でもあるし、"全く相手にされていない"と噂されながらも、彼女は時の宰相アングレカム・パドリックに、唯一過度な接触を許されている。
国王の姪という立場がから仕方なく宰相が付き合っているというのがあるだろうが、万が一にも、バルサムが嫁ぐ様な事があったなら、連絡は取れなくてもスミレとの"繋がり"は役立つ。
だから決して、貴族の出自でグロリオーサ・サンフラワーの側室となる存在を、今は意のままに操る事は出来なくても、その繋がりを手放す事はない。
そして、スミレは育った環境において、自分の縁者という存在が思いつきそうな事が十分に考え及ぶ事が出来ていて、親友と敬愛する王妃トレニアに告げていた。
―――きっと、何十年という時間が過ぎても、貴族の側室に入ったスミレという繋がりを使って、自分達の都合の良い話を推し進める時がくるかもしれません。
そう語る薄紅色にも桃色にも見えるフワフワとした髪の美女が"本心"から、自分の縁者に対して失望している気持ちを拾い読み、自身も肉親と折り合いが決して良いとはいえない王妃は、慈しみの想いを向けた。
ただ、スミレにという淑女にしてみたなら、"貴族社会"で自分の想いなど儘ならない事など、もはや慣れてしまった物で、気がかりと言えば高齢な乳母位な物である。
なので、内心憧れて止まない"トレニア・ブバルディア"の側に来れた事で、縁者に関する憂いは消えないが、頭の隅の端っこに押し込める事が出来ていた。
その切り替えというか、物事の分けて考えられる、トレニアには付けられる事が出来ない心の強さと頼もしさも受け取れる部分には、平定の四英雄ともなっている国の王妃でも感心出来るものがあった。
『貴族社会というのは、平民出身からしたなら本当に理解し難いわねえ。
でも、貴女の言う通り……仰るとおり、確かに"傀儡"を"諦めよう"とは、微塵も考えていなかったから、まだまだ油断は出来ないわね。
ただ、私とグロリオーサがいる間は、名前を好きなだけ使って、"スミレと連絡を取る事が自分達の不利益しか齎さない"という意味を込めてバンバン使いなさいな。
ダガーも、スミレ……まだ、"お姉ちゃん"で良いわね。
出来る限り守ってあげるのよ~。
あと数年時間はかかるかもしれないけれど、絶対可愛いダガーの弟か妹を産んでくれるお姉ちゃんだからね~』
左の紫の瞳以外は、見事過ぎるほど父親に、産まれて一年も経たないのに、キリリとした逞しい眉毛を筆頭にそっくりとなった息子に向かって、トレニアが言うのをバルサムも、後宮に通る事を許されて聞いていた。
そして、ユンフォも実を言えば上司を通じて、この話の顛末は掌握している。
王妃が口にした"赤ちゃん"の件は、トレニアが赤ん坊という存在を両方とも紫色の瞳の視界に入った瞬間に、それこそ"相好を崩す"という表現が、当て余る程になるというのを、楽しそうに話してくれた。
『貴族との派閥関係には、少しばかり留意しなければいけませんが、トレニアの赤ん坊好きは、昔から変わらない所でもあるので、嬉しい事です。
何にしても、赤ん坊を見れば彼女は上機嫌ですからねえ。
ただ夫の方が、それなりに複雑みたいで、そこには少しだけ同情もしますかね』
いつも仕事柄、"笑み"という表情も見事な造った物を浮かべるけれども、その時は眉を"ハ"の形にして困ったような表情を作りながらも、心から嬉しそうに笑っていた。
(ただ、アングレカム様の場合、どう考えても"赤ん坊"の事を考えても、自分と誰かの間に産まれるなんて結びつけて、考える事なんてなされない……というか、出来ないんでしょうね)
はっきり口にしている所を見た訳ではないのだけれども、上司は一生独身を貫き通して、親友で 国王であるグロリオーサ・サンフラワーの為にその生涯を終えようと考えている。
今しゃがみ込んで、結局絨毯を手入れをする為のブラシまで持ち出し、ブラッシングしている可愛らしい淑女の気持ちに、上司が気が付いていないという事はないと思いたい。
(まあ、子どもを産みたいとまで露骨な事を言われたなら、聞き流すにしても、何かしらの心の準備もいるだろうからこっそりとお伝えをしておこう、そうしよう)
今度は魔法で強引に気持ちを探られぬ様に気を付けつつ、ユンフォは本棚に抱えていた最後の一冊を戻していた。
『サブノック、ヘンルーダの高名な工芸師が造った絨毯だとしても、アングレカム様の靴に引っかかるようなら、変えなければだめね。
でも、どこも悪い所はないみたいだし、本当にユンフォが不注意で転んでしまっただけですのね』
『……だから、その絨毯は"グロリオーサ・サンフラワー陛下"の即位祝いですから。
侵略でも考えない限り滅多なものは、贈ってきませんから』
セリサンセウムという国の中では内乱でも、諸外国からしたなら方法と手段は何にしても、"父親から息子へ"と代替わりをしただけの事でもある。
物心ついた頃から、王都で育ったユンフォからしたなら、それなりの教養はあって僅かに知識もあったのだが、あれだけ激しい戦いの後、"代替わりをしただけ"という受け取り方に、少々呆気にとられた。
そんな就任したばかりの頃の副官ユンフォの、ある意味で初々しい驚きぶりと反応に、どことなく気を良くした博識な上司が、
"所変われば品変わる"
という諺が東の国にはあるそうで、血縁だろうが友人だろうが、力がある者がその場所を治めるというのは、当たり前として考えるところがあると話してくれた。
『後は"対岸の火事"という諺も、当てはまる事になると思いますね。
ただ、"セリサンセウムという国の平定"の受け取りからとしてはユンフォに先程言った、統治者が代替わりをしただけのものと感じる方もいるでしょう。
それと同時に大変なことが起きているが、自分の国にはまったく関係がないと興味すら示さない方もいるかもしれません。
堅実な、内政に携わる方なら今回の代替わりは、被害がなかったが、だからといって"対岸の火事"と思わずに十分留意して、自国の政を見直す機会と考えるかもしれません。
若しくは、血気盛んな国な ら、代替わりをしたばかりで落ち付かない国をみてもっと物騒な事を考えるかもしれませんね』
そこまで口にした後は、いつも思案を行う時の癖と同じ様に黙り込んでしまって、今は空席になっている執務室の椅子に腰を掛けていた。
『……ねえ、ユンフォ。
アングレカム様や、伯父様―――グロリオーサ陛下までなら判るけれど、王妃様に法王になられたバロータ様も呼ばれて、ここ連日、時間は極短いけれど話し合いをなされているみたい。
どうしてだか、詳しいとことを知っている?』
『そういう"平定の四英雄"の集まりとなると、完璧に個人的な事ですから存じ上げません。
宰相としてのお仕事なら、副官として行動予定を掌握はしていますが。
というか、今、正に平定の四英雄の方々で御話し合いになっているんじゃあ、ないのですか?。
それで、今回はアングレカム様が不在なのを承知をして、こちらに来たのですよね?。
"バルサム"様、一体何が聞きたいのですか?』
久しぶりに、"世話のやける後輩"として話しかけたなら、後輩の淑女は珍しくもじもじとし始め、少しの間の後ゆっくりと口を開いた。
『その、先日セリサンセウムの国王がグロリオーサ陛下に代変わりをしたと諸外国に、御報せを行いましたよね。
それで、"お披露目"の食事会を王宮で行うにあたって、各国の代表になる方達を王都にご招待なさる書状もお付けになった。
それで、お披露目のお食事会の、返事と共にこうやって絨毯みたいな、"お祝い品"と共に、参加される方のお名前が解ったそうですね』
バルサムが相変わらず珍しくもじもじとしつつ、ユンフォに確認する様な言葉を、いつもは澄まして扇子で隠している口元から並べる。
ただ、淑女は、もじもじとしているけれども、そうする必要が無い様な内容でもあるので、ユンフォは両眉を上げた後、視線は祝い品である緋色の絨毯の方に向け乍ら答える。
『ええ、確かに新しいセリサンセウムの国王や主要な役職の方をお披露目の兼ねての招待状を送って、その送った先からの返信は先日全て揃いました。
それで祝いの品物と共に、贈られてきたのでその扱いに関しては、会議で決まったみたいです』
新王への祝いの品々は、副官ユンフォ・クロッカスと淑女バルサム・サンフラワーがこうやって会話をしている 間も届いているとしても過言でもない。
ただ贈られてきた贈答品は先ずは、一通りの検査を受けた後、国庫に納められる。
贈答品は、ユンフォが口にしている通り国庫に納められ、その今後の扱いも議会の議題にも上がっていた。
基本的に折角贈られてきた道具を使わず、国庫で眠らせてしまうのも"勿体ない"というのが、"平定の四英雄"を筆頭にした姿勢となっている。
だから、何にしてもその贈答品が本来持つ役割の形で、セリサンセウムの国内で使用という意見は纏りかけていた。
その先駆けとして宰相の執務室の絨毯も、最高級品であり、サブノックやヘンルーダでも国の為政者の立場の者が自信の書斎等に使っているという事と、色も好みな事もあって倣わせて貰った。
ただ、祝いの品として貰った物を、全て使用するという事に対し、一部の蒐集癖のある貴族議員から、少しばかりその考えを改めて欲しいという意見も出される。
使用する事で壊されたなら、それこそ勿体ない、確りとそれなりの処置をして国庫に納めたままにするべきだと、精々王都の博物館等で定期的に閲覧出来る位にと、進言された。
余りに真剣且つ熱心に言われた事もあって、装飾品の類や細工の細かい物については贈答品については、専門家の指導と、蒐集癖のある貴族議員の忠告を受け入れ、適切様に扱う事が決定された。
決定をする発言を行った直後、蒐集癖のある貴族議員はそれは安堵した様に、可決された事への礼と共に、更に言葉を続けた。
『私の意見の採用ありがとうございます。
それと敢えて言わせて頂けるなら、宰相パドリック殿の執務室の絨毯の様な使い方には、蒐集家としては、全く文句はございません』
可決の礼かと思ったなら、早速忠告を始めたので、そこには流石の平定の四英雄達も、揃って両眉をあげていたが、それがまるで、芝居の口上の様にも聞こえて俄に興味を抱く。
驚き、興味を抱いたのは議会に参加いている他の貴族達も同じであったけれども、一応議会の進行役となる議長の貴族が冷静に、宰相に伺いの視線を向けられる。
宰相の方は親友で国王、王妃、法王が、興味をもっているのと時間に余裕もあったので、進行役と視線 を交わして、そのまま話を続けさせる事を許可した。
『宰相殿が執務室で使われている絨毯事態は、サブノックとヘンルーダが産業にもしている工芸品で、何処の国にも調度品としても、贈り物としても喜ばれる最高級品です。
それに加えて、私の個人的な調査したなら、それ相応の年数に絨毯を使用をしたなら、本来国の予算で支給される、宰相の執務室の国産の最高級に仕立てた敷物。
耐久性に併せてその見栄えも、金銭的に価値に置き換えたなら、サブノックとヘンルーダの絨毯の方が良いです。
宰相殿の執務室にある事で、異国の国と繋がりの象徴の役割をこなす事になります。
他の贈答品も、丁重に扱える、万が一の場合には変えの利く物は、国の民の眼に触れられる場所に据えて、おくべきでしょう。
ただし、外気に触れるだけでも劣化に繋がり、国を超えて希少価値のあるものは先程言った通り、何かしらの記念行事限定で解禁するべきです―――』
そうして、この会議が終わった後、執務室に戻って来た上司が、その経緯を楽しそうに副官に話してくれていた。
ただ、楽しそうに話しながらも最後は"残念です"という言葉で閉められ、その理由も、上司は丁寧に副官となったユンフォ青年に告げていた。
『これからも、一通り落ち着くまで、周辺諸国からのグロリオーサ陛下への贈答品の扱い及び、忠告に、そういった方面の専門家の紹介もしてくれるらしいです。
しかしながら、まだまだ私よりも若いというのに、"ファレノプシス殿"は今期限りで、貴族議員を辞めて、改めて民間で商売を始めるということで。
そういうのもあって、今回の国の贈答品の扱い方に対して、少しばかり"がっついた"という事なんでしょうね。
しかしながら、貴族ながらに王都の世間の情報に良く通じていそうな人物だけに、貴族議員を続けられないのは惜しい限りです』
上司から預かった書類に目を通しながらも、"貴族議員を辞める"という言葉には、十分驚くことが出来たユンフォは流れる様に質問を返していた。
『どうして、貴族議員を辞めてしまわれるのですか?。
その、次回からは、平定直後という事で簡易で行われた選挙ではなくて、本格的に行われる物なのですよね?。
確か、今期まで、政の要領を得 ているという事で、前回の議員様達がそのまま引き継ぐ様な形でした。
……アングレカム様がそういう風に仰るのは、そのファレノプシス様なら、新たな選挙の形になっても大丈夫だと思っていのですよね』
一通り書類に目を通し終えて、諸外国から赴いてくる"お披露目の来賓"を確りと掌握した後、アングレカムの方に視線を見つめる。
上司がファレノプシスという為政者を、セリサンセウムの政から関わりをなくすことを、心から惜しんでいるのが伝わってきていた。
『……彼は、私や王妃、トレニアと同じで本来の出自は、平民だったらしいのですが、その商才を認められて、貴族―――というよりも、富豪と例えて差し渡りのない家と養子縁組したそうです。
けれども、時勢的にそのまま先王クロッサンドラの政権となって、何にしても今は"商い"として動く時期ではないとして、義両親が築いた基盤を引き継いで、大人しく貴族議員をしていた。
思えば、グロリオーサ陛下の政権になってから前政権からそのまま繰り越して、議員に残りそうだった、ラベル家と併せて勝手に期待をしていたんですよねえ』
期待していたというのは、本心なのだと、ユンフォには感じられた。
いつもは浅く腰掛けている椅子に珍しく深く腰掛けて、背面も背凭れにつけ、滅多に組まない脚も組んで、膝の上に重ね合わせて緑色の眼を半眼にして、小さく息を吐いていた。
『……彼も商いの世界で、やりたい事があるということです。
それを止める権利は、親友の治める国では、あってはならない事ですからね。
それにしても、当が外れまくっててしまいましたねえ。
ラベル家の双子さんは、片方残ってくれましたが、妹さんの方が研究の為に実地調査に出ると報告に上がっていましたし。
正直に言って、まだ目処は経っていませんが、あのキリリとした妹さんに、何れ再開予定の魔術学校の責任者を頼もうと思っていたんですが……。
ファレノプシス殿と同様にこれまで随分と我慢していたでしょうから、余程の事がない限り、満足できるまで研究を辞めたりはしないでしょうし。
代わりの魔導士か魔術師を発掘しなくていけません』
上司が件の考え込む際の"独り言"が始まったと感じた副官は、"お披露目"に招待されて赴いてくれるという人物の一覧を見る。
諸外国からの来賓の一覧を作っておいた方が良いだろうかと、自分の仕事について考えている間も、上司の独り言は続いていた。
『それにしても、あの発言でファレノプシス殿は良い意味でこれまでとは違う見解を、私達に与えてくれる方だと思えたのですけれどねえ。
貴重な人材を見つけたかと思ったと同時に、引退宣言……惜しい限りです。
何にしても、使える物なら使わないと勿体ないと、決起軍時代のからの癖が抜けなくて、"あるなら使ってしまおう"と考えてしまいがちですからね。
道具を大切に扱っているつもりはあるのですが、私達―――世間から、"平定の四英雄"と言われる者達は、どうも"物はいつか壊れる物だから"と考えてしまいがちです。
資金になりそうだったら、グロリオーサ(※強面)とトレニア(※心が読める)の協力をして貰って、本当に欲している人物にあちらの懐が大丈夫な程度で、売り払っていましたしねえ。
でも、貴重な資料になるというのなら極力残す方向で考えなおした方が、これからの国の為……』
『そうです!、その来賓の一覧表に載っている方のお名前、私知りたいんです!。
ユンフォ!貴方はアングレカム様にお仕事を頼まれて、お披露目の際に招かれる御来賓の方々の詳細を知っていますね!.
それを教えてくださいな!』
上司の長い"独り言"を思い出したと同時に、まるで飛び込んでくる様に耳に入って来る淑女の声は、再びユンフォの中から"大人しい美少女"のイメージから、遠ざける事になる。
ただ、そんな所はお構いなく薄絹の手袋を嵌めた手を、利き手には豪奢な扇子を握りしめる形にして拳を作り、慕ってやまない人の副官に、淑女は迫った。
しかしながら、迫られたとしてもユンフォは怯む事もなく、バルサムが目の前にいるのにも関わらず、ある意味では実に判り易く盛大な溜息を吐き出して見せている。
日頃穏健派の、青年からしたなら、仮にも淑女に対して、随分な態度ではあるが、少女はどうやら"目当て"の物が判って俄かに興奮していた。
その状態に、自分の説得では届かないと感じた、ユンフォからしたなら、出来れば"狡い"と思っていたので使いたくはなかった言葉を口にする。
『あれだけ言ったのに、また勝手に人の心の、しかも記憶まで覗き込みましたね?。幾らなんでも、流石にアングレカム様に申し上げますよ?』
上司の名前を言葉にした途端、実に判り易くビクリとし、拳にしていた手を降ろして、まだ"お澄まし"している表情ながらも、綺麗な緑の瞳でほんの僅かに伺うの様な視線を向けるのは見て取れた。
それから少なくとも、表面上は"余裕"を持っている態で、淑女は返事を行う。
『あら、それはユンフォが私が話した事で、勝手に思い出したという事でしょう?。折角、多くの魔力を使った魔法で、"名残"で判っただけですわ!』
先程、バルサムの質問をされた事で、上司とのやり取りを思い出したのは確かなので、そこは認めることにして、どうしてそこまで拘るのか尋ねる。
そこでお澄ましの状態から、何度目かの"もじもじ"の様子にもどり繰り返したのち、ユンフォが腕を組んだ事で、俯いて小さな唇を開いた。
『その……、スミレちゃんが言うには、南国のレナンセラ王の直属の護衛騎士様が、とても美しい女性の騎士の方だというので、今回のお披露目にいらっしゃるのか、気になったのです』
『……はあ、そういう事ですか』
その一言で、それとなく意味を察してしまう事は出来たけれども、側室に入る予定の御婦人がどうしてそんな事を知っているのだろうという疑問が同時に浮かんだ。
ユンフォが抱いた疑問の方には、副官の青年が何とも言えない表情を浮かべたので、これにはバルサムの方が、親友に関して何かしら誤解があってはいけないと、直ぐに察する事になる。
直ぐに、自身のもじもじとした気持ちを引っ込め、いつもの聡明さを発揮して、バルサムが説明を行った。




