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相談に乗りますよ①

「来た当初から、彼女リコリスさんが落ち込んでいるのは判ってはいたんですよ」


挿絵(By みてみん)


夕刻を知らせる時計台の鐘が鳴り響いて、リコリスは自分の方が小一時間程、アルセン・パドリックを相手に話し込んでしまっている事に気がつく。


(え、もう、こんな時間?)


護衛騎士として、装備品として支給されているこの国では結構な贅沢品とされている懐中時計を取り出すのも忘れていた。


光が当たれば銀色にも見える、リコリスのある意味では特徴にも結っているシルバーブロンドのポニーテールを大きく揺らして立ち上がり外を見ようとする。



喫茶店の立地条件からしたなら、店を出て時計台を見上げなければ長針と短針が指し示す時間を確認することが出来ない。


だが、そんなことをする前に、本日の仕事は切りがいいところで止めてしまった、老紳士ユンフォ・クロッカス


「まあまあ、落ち着きなさい」


と、自身の懐中時計を差し出して時間を教えてくれる。


「ありがとうございます」


しっかりと礼を口にしつつも、上司の懐中時計の針が示している時間に、俄には信じられなくて青い瞳を何度も瞬きさせる事になる。



会話を始める時は、先月から何かと縁が出来て、リコリス・ラベルという王族護衛騎士にしては、珍しく会話もこなしてきてもいるこの国の英雄でもあるアルセン・パ ドリック相手に、非常に緊張をして、時間も長く感じてもいた。


だが話を進めていく内に正しく"気がついたなら、こんな時間?!"といった具合で、リコリスにしたなら、実際に過ぎた物の半分程度の感覚でいた自分自身に驚く事になる。


「私の貴族としても、リコリスの護衛騎士の課業はあと針が一回りしたなら終了だから、とりあえず1度貴族院に戻る支度をしておこうか。

今日は課業さえ終了すれば、残業はしなくても大丈夫だから、アルセンと話があるのなら、その後に話続ければいい。

アルセンも、本日は特に予定はないのだろう?」


「ええ、いつもなら休日はグランドールと深酒するんですが、彼は今はカレーを作成するべく調味料シーズニング香辛料スパイス集めに奔走してますから。

他に友人がいないことはないのですが、皆さんも急に時間が空いたから合わせられるといえる程、暇でないと思いますので。

リコリスさんさえ良かったら、お酒……というよりは、前みたいに夕食を御一緒しながらお話の続きをしますか?。

それとも以前、ライさんと御一緒した時みたいにしましょうか。

そちらの方が、緊張をしないかもしれませんし」


「ちょっと、お待ちください!。私は、出来るだけ早く今回のロブロウの件に関しての報告書レポートを仕上げたいと考えています。

だから、護衛騎士隊の寮に持ち帰って作業を続けたいと考えていますし、するつもりです!。

ですので、この後にお食事だなんて、無理です、もうしわけありません」


あれよあれよと、元軍学校の恩師ユンフォ教え子(アルセン)との間で話しが決まってしまいそうになっていたが、リコリスが正しくギリギリで踏みとどまり”断わり”の返事を口にする。


だが、返事をするにあたり思いの外身体に力が入ってしまっており、冷静な彼女にしては珍しく大き目な声を喫茶店"壱-ONE-"の店内に響かせてしまっていた。


「す、すみません、店主マスターさん」

「いえいえ、うちも朝が早いのでそろそろ店仕舞いのを承知なお客様が多くて、幸いにもお客さんはクロッカス様達だけです。

ですので、お話をこの後するのもしないのも、うちの店では場所を提供できないのは、申し訳ない限りですが」


リコリスがすっかり恐縮して、立ち上がってしまった序にというわけではないのだけれども、店主マスターのウエスト・リップ氏に対して、再びシルバーブロンドのポニーテールを揺らして頭を下げていた。


そしてリコリスへの夕食ディナーへのお誘いを断られた腹黒貴族アルセンは、全く気にしていない様子で、断りの理由に使われた報告書レポートについて、自分も片付けなければいけないのだと思い出していた。


「おや、そういえば私もロブロウでも事を報告書レポートにして、提出しなければいけないのでした。

翌日に響きますから、やっぱり深酒は、マクガフィン農場のカレーパーティーが終わった頃にグランドールと一緒にしましょう」


「おお、そういえば、そうだったね、アルセン。

しかしながら、取り組んでいる内容はリコリスとほとんど変わらないんだろう。

そうだ、アルセンも良かった明日から、|喫茶店"壱-ONE-"《こちら》でお世話になったらどうだね?。

報告書レポートを書く上で、辞典を引くよりも互いの情報を交わした方が早いという事はないかね」


自分の護衛(リコリス)に、夕食の誘いを断れた元教え子(アルセン)に、元恩師で後見人でもある人物はそう提案をした。


「ああ、それは良いかもしれませんね、ユンフォ様。

そうなんです、私のここ暫くの軍学校での業務はロブロウでの報告書レポートを認めるだけの日々でしたので、息抜き……というよりは、環境の変化が欲しくて。

でも、こちらにお世話になるのは、毎日とはいきませんから数日に1度程度にしておこうと思います。

私の副官でもある、ピジョン曹長にも、いつも私の補助の為に軍学校に詰めすぎな所がありますから、外出して作業するのは、良い気分転換にもなると思います。

それに王族護衛騎士隊の、リコリス・ラベルさんと、ライヴ・ティンパニーさんがいるとなれば、彼も同期の親友達に自慢出来ますからね……。

っと、御婦人はそういった事に関して話題にされるのは、不快でしたかね?」


少しばかり表情に申し訳なさを滲ませつつ、先程から慌ててばかりいる恩人ユンフォの護衛騎士となる美しい婦人を綺麗な緑色の瞳で見つめる。


元来はどちらかと言えば細かい方のアルセンだったのだが、約2名の大雑把な先輩グランドールとネェツアークに付き合う内に、影響を受けたのもあり、少しばかり自分でも無神経な発言を自覚しながらも行ってしまう時があった。


勿論、"相手を見て発言"するという区別はしているのだが、先程のリコリスへの対する発言は良好的な意味で距離が縮まっていると認識した上で行った 。

けれども、少しばかり調子に乗り過ぎたという感触を自身の中で受けていたので、改めて尋ねてみると、普段は冴えている印象を強くしている白い顔を、それは紅くしていた。


(うーん、これは"可愛らしい"ですね)


どこで聞かれてしまうか判らないので、アルセンは胸の内で一般的に賞賛とされる感想を留めて置く。


もし厄介な類の人の耳に入ったのなら、面倒くさいゴシップの火種になる事は確実なので、ある程度の覚悟が出来ないと伝えられない言葉でもあった。

でもアルセンの中では、そういった方面での覚悟は全くなかったし、するつもりもこれからも、サラサラとした金髪の毛の先程もない。


(この状況のリコさんに抱いた、気持ちは"可愛い"としか、表現しようがありませんね。

適切な使い方とは思うのですが、もっと他の良い表現が出来ないという事は、私の語彙ボキャブラリーがまだ少ないという為なんでしょうが……。

何にしても、"応援"をしてあげたくなります)


|『応援をしてあげたくなる気持ち』《これ》を、腹黒貴族アルセンのこれまでの人生経験のなかで例えと説明をするとするならば、教官として眺める軍学校の"後輩が先輩に憧れる姿"という状況に当てはまる。

尊敬してやまない憧れる先輩(ディンファレ)に近づきたいし、今以上に親しくなりたいのだけれども、上手い方法が思いつけなくてモジモジしている後輩リコリス


そんな日々を過ごしている内に、憧れの先輩(ディンファレ)に恋人がいる説が浮上(ユンフォの正確なテレパシーの情報によれば、今回は見合い相手)してきた事に、大いに動揺しているとの事だった。

事情が許されるなら、休日の私服姿でも手袋を嵌めている手で口元を隠して、微笑む顔を隠してしまいたかった。


でも実際には|顔にも出すわけにもいかないし、勿論雰囲気にも出すわけにはいかなくて、肩を微量に揺らす程度に留め、極めて真摯にリコリスその話を"可愛いですねぇ"と思って聞いていた。


ただ、暖かな気持ちでリコリスの話しに耳を傾けているアルセン姿にの、斜向かいで更に穏やかな表情をたたえて座って聞いている恩人ユンフォの表情が気になったが、敢えて気にしない様にした。


※ユンフォ・クロッカス氏の心情の代打・先輩ネェツアーク・サクスフォーン氏

挿絵(By みてみん)



ただ、そんな老紳士ユンフォ・クロッカス腹黒貴族アルセンの心情など察する余裕なぞ全くない、王族護衛騎士は相変わらず顔を紅くしながら、返事をしている。


「いえ、別に不快というわけではないんですけれども。

ああ、でも、正直にいうと良い気持ちでもないのも確かなんですけれども、その気にしていたならやっていられないという感じといいますか。

それに、アルセン様とはそれなりにお付き合いと言いますか、その、冗談の範疇として話しを聞けますので、気にしないでください」


そう言い終わる頃には、すっかり俯いてしまっているので、これ以上は何にしてもリコリスを揶揄う言葉を口にするのは、気の毒の事になりそうなので止めておく事にする。



「成程、忍耐の強い御婦人に甘えて、やはり不快する言葉を口にしてしまったようですね、申し訳ない限りです。

そのお礼として、是非ともリコさんのお悩みが、少しでも解消できるようにお手伝いをさせて欲しいものです。

取りあえず、"リコリス・ラベル"さんは、ディンファレさんのお見合いについて、どう思っていて、どうなって欲しいのですか?」


気持ちが高ぶって上手く言葉を口に出来ないリコリスから、1人っ子のアルセンが例えるのはおかしいかもしれないが、まるで"妹"からの聞き出す様な感覚で、"どうしたいか"と尋ねる。


"どうしたいか"という言葉を聞いた時、僅かに俯いていた顔をリコリスはあげる。


「わ、私は……その、正直に言って、まだ具体的に、自分が何をどうしたいかまだわかりません。

その頭がごちゃちゃになってしまって、でも取り敢えずしなければいけない仕事が、報告書レポートの作成があって、今日は、ディンファレ様の話を聞いてからは、ずっともう、取りあえず今は仕事の事を考えよう。

取りあえず、ディンファレ様ご本人がいないのに、勝手に想像を広げてはいけない、そう考えて、仕事に逃げていました」


そして、リコリスの方も不思議と同じ軍に所属する上官というよりも、まるで信頼出来る、縁戚の年長の人物に相談するような思いで、胸に蟠るだけでは留まらない気持ちをアルセンに吐露してしまっていた。


「"仕事に逃げ出す"程、考えたくない内容といいますか、リコさんにとっては、1人で向き合うには不安だったという事ですよね。

自分で1人で考えるには、持て余すと判っ ていたのでしょう。

私は、寧ろ冷静で懸命な判断だと思います。

それに相談をしたくても、話しを聞く限りディンファレさんのお見合いの件は、何かと顔の広くて態度のデカい、見習いパン職人が話して初めて知った話という事ですよね。

その時には、丁度アプリコット・ビネガー殿を含めた"子ども"達が一緒に到着をしてもいました。

親友であるライさんにも、信頼出来る上司のユンフォ様にも、相談をしたくても子ども達がいたなら、出来ない状況にもなりましたしね。

それに、とてもショックを受けたのでしょうに、大人として子供に取り乱した態度を見せなかったこと、その気配りお見事です」


本当は、再従妹リリィがそれなりに察し、リコリスの心配もしていたそうなのだが、ここは知らなかったという態で言葉を返していた。


見合いの話しをディンファレ当人から全くして話して貰えなかったのがショックで、カップを騎士としての握力もあるだろうか、心が乱れた事で、両掌から溢れた魔力で粉砕をしてしまった事に関しては、ユンフォはアルセンに伝えていなかった。


しかしながら、その情報がなくても"憧れの先輩が自分に何も伝えず見合いをする"という事で、後輩リコリスが相当なショックを受けるという心情は、アルセンには十分伝わっているし、それなりに理解出来る。


"憧れて仕方がない先輩"が、結構打ち解けていたと思っていたのに、それなりに重要にも思える"見合い"の話しがまったく知らされていなかった。

その事に、勝手に"裏切り"を感じてしまっている。

勿論それは決して裏切りではないし、自分が勝手に傷ついてしまっているのも、頭でリコリスは理解出来ている。


もしかしたなら、ディンファレ自身が、後輩にあたる”リコやライ達に報せるレベルの話しではないだろうな”と、考えて言わなかった可能性は十分考えられる。


(でも、私がそういった事を知らされてもらえない事を、気にする性分だとはディンファレ様は御存んじなかったという事で……。

それは、私の事に関してはでぃディンファレ様はそこまで興味がないって事になって……)


"1人"で考えたなら、アルセンの言う通り、持て余し、自己処理するには厄介な想像ばかりがリコリスの胸を占めてしまう為、少しでも前向きになれる様にと、仕事である報告書レポー ト作成に取り組んでいた。


「何にしてもリコさんは、仕事としてロブロウの報告書レポートを取り組まないといけませんから、それについては確りと向き合っていた。

決して、逃げていてばかりではなかったということですよ」


励まされているのが理解出来るし、ここでまだ自分リコリスが"ディンファレ様に見合いの話しをして貰えなえなかった"というのは、余りに子ども過ぎる。

だから、励ましとして判っている言葉を素直に受け入れる事にした。


「そうですね、私は先ずは王族護衛騎士として自身の職務と向き合わないといけません。これで、仕事を熟していなかったなら目も当てられませんものね」


「ええ、そうでしょう。それに"わざわいを転じて福と為す"でしょうか、ロブロウの報告書レポートの方は物凄く捗ったようですね」


そう言ってアルセンが卓上に視線を向けると、そこには山の様にと例えても差し支えない、報告書レポートの束が積み上がっていた。

先輩の事を考える事を放棄する代わりに、報告書レポート作成に手中力を向ける事で、凄まじく作業は進むという結果は出していた。


正直にいって、1日で熟そうと思っていた分量以上の報告書レポートを済ませている自分に、感心する様な呆れるような気持ちにリコリスはなってはいる。


(それにしても、これから私は本当にどうしたいのだろう。

取りあえず、暫くはやるべき仕事(報告書作成)がある内は良いけれども、終わってしまったなら、私は護衛の仕事に向き逢う事になる。

ユンフォ様の護衛をするのは、変わらない、だろうけれども……)


ただ、現役の貴族議員ではあるのだが、どちらかと言えば相談役という役割が多く、議員の中では若手(リコリス達世代から見たなら、十分中年)議員が、ユンフォの執務室に赴きの助言を授ける事が多い。

その場合は相手方に護衛がいる場合調整を行い、交代か若しくは共同で行う事になる。

勿論護衛中は周囲を警戒する事で神経を研ぎ澄ましてはいるのだけれども、如何せん交代の時はの暇な時間は出来てしまう時はある。

そしてユンフォの方が立場が上という事が関係している(加えて、リコリスが美人、ライもチャーミング)のだろうが、その場合大抵相手側の護衛が負担を大きい時間を申し出てくる事が多い。


余り回数が多くはないが、"リコ姉様”に憧れる子雲雀隊と例えられる後輩の王族護衛騎士達が、護衛者として訪れた場合は、


"私達が護衛をしますから、姉様とライ様は是非ご休憩なさってください!"


と、丸々全てを引き受ける事を申しだされる事もある。


無論そんな事はさせるわけはないのだが、余りに善意を退けると、逆に後輩の方が落ち込む事になるので、気持ち少しばかり長めの休憩を貰ったりもしていた。

けれども、護衛の休憩中の際には、その場を離れるわけではなく、互いに姿が見える距離で武器も鎧も身に着けたまま、有事には即時反応出来る様に精々椅子に座れる程度である。


それでも起立し、意識を研ぎ澄まして護衛をしている時よりも、確かに楽な事は楽であった。

それからの休憩中の行動も、護衛対象である貴族議員や王族の許可さえあれば椅子に座って行える範囲の物をする事が出来た。

大抵の者は読書をしたり、刺繍を行ったり、若しくは更なる向上(出世)を目指して試験勉強を行ったしている者もいる。

リコリスの場合は、治癒術師の資格を持っている事もあって、国の医術局が発表した論文を持ち歩いてその時間に主に読んでいた。


相棒パートナーのライヴは、不動となったならどうしても直ぐに睡魔が襲ってくる性質で、彼女も少しでも眠気を逸らす為に、いつも何やらメモ用紙に書き込んでいた。

見様によっては、ペンを手にして書き込む姿は、何かしらの学問に取り組んでいるようにも見えるので、リコの性格からして、相棒パートナーが不謹慎と受け取られない行動をする限り容認している。


これまでは、そうする事でユンフォ・クロッカスの護衛であるリコリス・ラベルとライヴ・ティンパニー"空いた時間"は無駄にする事はなかった。

けれども、現状のディンファレの事が気になって仕方がない様子では、ロブロウの報告書レポートを仕上げて、普段の護衛任務に戻り休憩時間になったなら、論文に集中など出来ない。


「ただ、失礼を承知で申し上げますが、ロブロウの報告書レポートを早く仕上げても、いつもの状態ではないリコさんには、通常勤務に戻られても支障をきたす恐れがあるのが見受けられます」


自分が仕上げた報告書レポートの山を見て考え込み、無言で固まってしまっているリコに、アルセンが語り掛けるとハッとして再び動き出し、顔をあげる。

この行動からし ても、いつものリコリス・ラベルらしからぬ行動でもあった。


「アルセン、私としても、いつも優秀というか、良い子のリコリスがそう言った事で心が落ち着かず、その様子で不当な噂を流されかねないのは、前以て判っているのなら、防ぎたい。

良かったなら、通常の様に戻れるように協力してもらえると有難いのだがね」


「ええ、この話を始めた時からそのつもりです。何しろロブロウではリコリスさんに"貸し"がありますから」


ユンフォ・クロッカスがリコリスが、アルセンに本格的に相談する事を躊躇っているのを見越して、ある意味では後押しをする様に、"協力"という言葉を使う。


そして、アルセンの方もロブロウでの”貸し"があった。


ロブロウで行われた浚渫しゅんせつの儀式の際、諸事情で体調不良を起こしてしまった為に、リコリスに代わりに出て貰ったという物が実際にあったので返したいという思いもあった。

ただし、儀式に代わりに出て貰ったのと、先輩への拗らせた憧憬を解消するのとでは、一般的にみたなら、"貸し"の度合いが随分と差があり過ぎる様にも返す側とし、アルセンも思っている。


「というわけで、"貸し"の利息が膨らむ前に、押しかけてでも返済させていただきますよ。

それではリコさんは、上手く考えが浮かばないようなので、これからこちらでグイグイと話を進ませていただきましょう」

「ええ!?」


白い手袋を嵌めた人差指を天井に向けて、少しばかりどこぞの先輩(ネェツアーク)の真似をする様に、芝居かかった喋りをして、リコリスの度肝を抜いた。

その驚ききった表情は、先程まで俯いて考え込んでいる時よりも余程良かったので、引き続き"驚き"きを伴う言葉を、治癒術師の資格を持つ恩人の護衛騎士に語り続ける。


「個人的な見立てとなりますが、リコさんが心配をしている事を具体的にしてみました。

"ディンファレ様は、もし見合いをなさるとして、これからどうなってしまうのだろう?"

という気持ちといいますか、不安が大きく胸をしめている、違いますかね?」

「え、あ、はい、そうですね」


眼を丸くしたままだが、アルセンの例えの言葉を聞いて、納得出来る言葉であったので頷いた。

その頷く姿に、アルセンも頷いて私服でも嵌めている白手袋を嵌めている手を腕を組んで、更に語り続ける。


「でも、決して真っ向から"見合い" という事に反対するつもりもない。

もしも、万が一、そのお見合いというのが"デンドロビウム・ファレノプシス"という大切な先輩にとっての良縁となるものだったら、ショックだけれども、"応援"するのだって吝かでもない」


背丈の関係で、少しばかり上から綺麗な緑色の眼で、まだ驚きの延長で大きく見開いている青い眼を覗き込む形になりながら確認をすると、これにも頷かれ、返事も返される。


「はい、確かにいきなり知った事はショックで、その事については落ち込みました。

それで、その何にしてもお見合いを行う事で、ディンファレ様の人生で幸せに繋がるなら、決して悪い事ではないとは思っています」


その返事と同時に、普段のリコリス・ラベルの冷静さを取り戻し始めた模様で声にも落ち着きの感情が含まれている事は、聞いている周囲の人々は感じ取れた。

そこで己の荷物の片付けを穏やかに進めている、老紳士は独り言の様に呟く。


「アルセンのそういう所は、御母上のバルサム様に似ているねえ。

ああ、店主マスターさん、閉店時間までには必ず退店するので、気になさらず片付けを進めてください」


独り言の様に呟き、視線は微塵も動かしてもいないのに、少なくとも店内の人員の心情を確りと掌握している言葉に、店主マスターであるウエスト・リップ氏は先程の治癒術師程ではないが、驚きの表情を浮かべる事になる。


店主マスターとしては、時間さえ守ってくれるのなら、上客達に加えて、いつも贔屓にしてくれている美人の貴族の軍人に店を利用してもらって何の不満はない。


「はい、承知いたしました。それでは、その様にさせていただきます。

ユンフォ・クロッカス様、アルセン様、それにリコリスさんもどうぞお時間までご利用ください」


老紳士と腹黒貴族は普通の、治癒術師の資格を持つ王族護衛騎士は大変申し訳なさそうな会釈を確認してから、ウエスト氏はいつものこの時間帯に行う様に今は利用客がいない店内の椅子を卓上に上げていく。


まだ客がいるのにこういう対応はどうなのだろうという声は、時折余り贔屓にしてくれては客から上がる。

けれども、よく贔屓にしてくれている客程、気にしないで良いとして、閉店に時間になったら勝手に出て行ってくれる事が多い。


「……昔、それなりに親しくさせていただいた方から、喫茶店"壱-ONE-"を利用する客は肝が据わっている人が多いと聞いたのでね。

さあ、時間一杯まで人目を気にせず話したい事は、アルセンもリコリスも今ここで話して良くといい」


ゆっくりそんな事を語り、元教え子と自身の護衛の礼を確認しながら、少しばかり老紳士は自身の昔を思い出し懐かしむ。

立場や状況はかつて、ユンフォ・クロッカスがこの喫茶店"壱-ONE-"の店内にいる誰よりも若くて、成人したての時期。


現在自分の配下であり、護衛騎士であるリコリス・ラベルに、提案をしている見た目麗しい青年の実母が、まだ小娘と例えても障りない、未成年の淑女フロイラインの頃でもあった。


今は王族の貴族議員で"御意見番エグゼクティブアドバイザー"な立場の老紳士も、当時は傾ききった国の均しを開始を始めた国の軍の新人兵士の様な立場にあった。


とはいっても、その時勢は"平定の四英雄"が国が転覆してしまいそうな程傾けた暗愚と謳われた、国王を打倒し、立て直しを始めたばかりの全ての軍人が"新人兵士"の状態でもある。


平定に伴ってそれまでの絶対君主制、"君主が統治の全権能を持ち、自由に権力を行使する政体”が廃止されていた。


それを制限君主制せいげんくんしゅせい、"君主制の一形態であり、憲法や法律によって君主の権力が法的に制限されている政体"に法改正され、民意を活かしたまつりごとが基本的な概念コンセプトとなっていた。


ただ平定を開始し、新しい王にグロリオーサを据えて王政を始めたにしても、全てを新しくするわけでなく、以前の仕組み(システム)の物で使える物は使う状態でもあった。

それを決定し、執政に移したのは国王グロリオーサ・サンフラワー新政権の初めての宰相となり、ユンフォ・クロッカスの上司となった、アングレカム・パドリックである。

頭脳明晰、必要があれば容赦なく情を捨てられる人物で、それなりに有能な新人兵士であるユンフォ・クロッカス青年を、副官に抜擢する、物凄く優秀な人物。


その優秀という形容詞が使われる才能は、外見や武力に加えて魔力までも網羅していて、正直"狡い"という気持ちが、セリサンセウム王国宰相の副官に配属された当初ユンフォ・クロッカス青年の胸には浮かんだものだった。


だが、日々を副官として重ねる度にアングレカム・パドリックの周囲に何かしらの気配があるのを、直ぐにそれなりに有能な副官は勘付いた。

そして、その正体についても直ぐに気が付くことになる。


当時の国王、グロリオーサ・サンフラワーの年の離れた腹違いの姉の娘であるバルサム・サンフラワーであった。

ただ、ユンフォ・クロッカス青年がバルサム・サンフラワーを知っていた経緯は、アングレカム・パドリックの副官になる以前、彼が傾国セリサンセウム王国ながらも最高学府の学生時分となる。


その下級生に飛び級で当時暗愚と名が通っていたクロッサンドラ・サンフラワーの孫娘、バルサム・サンフラワーが編入するとして話題になったのだった。


国王の孫という事も話題の種になったけれども、それ以上に澄ましたツンとしているのが印象的な金、髪に宝石の様な緑色の眼をした美少女。


更には、国の軍に所属しているだろう魔導士達を超える圧倒的な魔力を有しているのは、流石、国王クロッサンドラが田舎から呼び寄せ飛び級して編入させてくるだけあると周囲を納得させていた。

しかしながら、ユンフォがバルサムを既に存じ上げている理由は、また別の所のにもあって、それは彼の同期生で友人のチューベローズ・ボリジ氏が関連してくる。


友人チューべローズから、言葉にも態度にも一度としてはっきり出された事はないけれども、彼はバルサムに惚れていたのが友人として、傍らで眺めていた判った。


もし、友としてそういった方面で助力して欲しいと一言でも、もしくは彼女バルサムが好きだと察することの出来る振る舞いをしてくれたなら、ユンフォはお節介だとしても、やいていただろうと思う。


けれど、暗愚の国王(クロッサンドラ)が統治し、民を転がり落とすまつりごとをし、セリサンセウムが傾いていたことが周辺諸国に知れ渡っているその期間も、その志を口には出さないが、決して曲げなかった。


ただ、志の方は言葉で出さぬまでも、態度で示していたのに対してバルサム・サンフラワーに抱いているだろう気持ちは、一切出さなかった。


友人チューベローズなら、不器用ながらにも、ある程度の努力を熟し、国に何らかの功績を残しさえしたなら、暗愚の国王(クロッサンドラ)の孫であるという彼女バルサムを迎える事は可能の様に思えた。


当時は、美少女で魔力が凄まじく、国王クロッサンドラの孫娘で、政略の為の嫁ぎ先まで決まっていたという噂も耳に入れたが、ユンフォの主観でしかないのだが、そこまで重要に扱われているという印象は受けていない。


暗愚の王(クロッサンドラ)は多くの側室を迎えていたので、扱いとしては多くいる孫の1人に過ぎない様にも思えたので、一度きりだが何かしらの話しの延長で、彼女バルサムの名前をださないまでも、考えて見たことはないのかと話しかけた事もあった。


堅物で気難しいが、不思議とコミュニケーション能力は高く、教師の資格を持っている友人チューベローズなら、ユンフォが言わんとする事は、かなり遠回しな物でも十分理解出来ている事の確信もあって口にしていた。


そうすると、普段から蛇の様な眼付と不機嫌そうな雰囲気に更に苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべられた。


『あの淑女フロイラインは、ユンフォの考え及ばぬ以上に情熱的で、苛烈で、私などで、相手が務まらん。

頼まれたとしても、絶対に相手に出来るような御方ではない。

ただ、助力を求められたなら私が出来る可能な限りで、手助けをしたいと考えている』


好意を全く口には出していないが、その(好意)の気持ちがなければ口に出せないような言葉を 出された時、少しだけ笑った。


笑った事には、まるで蛇が獲物を一口で丸のみにする時の様な並々ならぬ眼力で睨まれたが、チューベローズも友人ユンフォが呆れても仕方がない所があるのを弁えているらしく、直ぐに苦笑をうかべていた。


但し、その会話から程なくして、チューベローズがバルサム・サンフラワーが"情熱的"と語ったに関しての理由わけは、判明する。


彼女バルサムが編入してそれ程時間は過ぎていなかったと、思う。


学年が違う為、それ程接点はなかったが、何にしても有名になれる素養は豊富に携えている淑女フロイラインゴシップは、放っておいても耳に入って来る。


但し、あくまでもゴシップである為、事の信憑性は判らなかったが、大抵友人(チューベローズ)と共にゴシップを耳に入れた時に、彼の表情を見たなら信じるべきか否かは判った。

特にバルサムに同性の友人が出来た噂を聞いた時には、いつも険しそうな雰囲気が和らいでいたので、良い意味で信じて良いのだと思ったのだが、その友人もまた話を聞く分に驚きを覚えさせる人物だった。


それはバルサムを美少女と例えるなら、成人をしていないながらも絶世の美女と例えるのが相応しい容姿の、階級クラス的は、中の上程度の貴族の淑女である。


名前をスミレと言い、傾国が平定された後、グロリオーサ・サンフラワーの側室となるが当時はそんな話は知る由もなく、美少女と美女が連れ立っている姿は際立つ。

噂に聞く限り、美少女と美女は自分達の容姿に鼻をかけることもなく、ただ極力2人で行動している事が多く、その事で下世話な話も出てきたりもしていた。


ただ、そこは一応暗愚でも"国王の孫娘"という事もあり、連れ立っている2人に直接耳に入る事はなく傾国の王都ながらも、それなりの学生生活を送っていた事になる。

ユンフォやチューベローズは学生ながらも優秀な事と、著しい人材不足の為に当時は最高学年ではあったけれども、低学年相手には簡単な学科の教鞭をとったりもしていた。


その経緯で出逢ったのが、既に成人もしていて魔術師の資格も少輔している先輩教官、シトロン・ラベルという、こちらも美形の貴族の御婦人であった。

この婦人に関して有名な所と言えば、貴族の中でも主に学者を輩出しているめ名家ラベルの出自で兄であるシトラスが家督をとり、妹シトロンは魔術の発展と研究にその生涯をささげる。


そして、少しばかり話しの流れをずらして付け加える事としては、シトラスの孫となるリコリス・ラベルが後に、ユンフォ・クロッカスの護衛になるというのは、当時では全く予想できない話でもある。


加て、説明をするのならリコリス・ラベルの容姿ば、若い頃のシトロン・ラベルを知っているユンフォとして言わせて貰うのならば、とても造りはよく似ていた。


大叔母と大姪の外見上、判り易い特徴的な違いと言えば、リコリスは青い縁の眼鏡をかけているが、シトロンは裸眼で、ポニーテールと片方の肩にかんざしでまとめ髪をしていた。


別の言い方をさせてもらえるなら、もし現在のリコリスが眼鏡を外し、髪をくだんの形に変えたなら、ユンフォは寝ぼけてでもいたなら、簡単にシトロン・ラベルと勘違いが出来る自身がある。


ただ、判り易い部分の特徴を除いたならば、シトロンとリコリスの決定的な違いは雰囲気というもので、当時の成人していないバルサムやスミレでも感じさせた"女性らしさ"という物が、全くなかった。


更に日頃の言動は、爪先ぐらいは実家のラベル家の事を考えていた(と思いたい)が、傍目から聞いていたなら"歯に衣着せぬ物言い"をする。


それは相手の立場がどんなものであろうと、"素直な感想"を口に出し、色んな意味と、顔色で以てで黙らせてしまう事が多い女史でもあった。


ただ、シトロン女子にしたならそういった事で軋んでしまう様な、人間関係なら最初ハナから不必要といった態でいるのは、後輩として見ていてよく感じた物である。


都合の良い時にだけ友人の振りをして、力を貸して欲しいといった流れの"友人関係"を心底軽蔑しているとこれもいつもの調子で言葉にする、御仁だったので、教官時代の当時は孤高を貫いていた姿をよく覚えている。


しかしながら、裏表という物はなく、例え傾国のまつりごとの中でも、仕事においては誠実に熟していたので、手伝い程度ではあるが教官やの仕事や、指導を受ける生徒としてユンフォや友人チューベローズが、彼女について不満を抱くことはなかった。


ユンフォ・クロッカスからしたなら、バルサムもシトロンも教官とその生徒以上の関係性など見いだせない付き合いをしていた様に伺えたのだが、それがある時壊される。


あくまでも老紳士ユンフォ・クロッカスからの主観ではあるけれども、先に吹っ掛けたのはバルサムであった。


何にしてどの話もゴシップの範疇を出ずに、当時聞いた話によれば


"バルサム・サンフラワーはシトロン・ラベルのいつもの、"歯に衣着せぬ発言"に激昂して、手袋と扇子を投げつけ、決闘を挑んだ"


というのが、一般的に知れ渡っている事実である。


ユンフォも詳細が解らないが、美少女バルサム親友の美女(スミレ)が宥めるのも聞かず、女史シトロンに、物凄い勢いで王都の学校のカフェテリアで食ってかかっていたという。


その収集がつきそうにない事態に、両人と面識のある友人チューベローズがその場に偶然居合わせたことで


『……それならば決闘でケジメをつけられては?』


と、提案した事でいったんその場は治まったのであった。


その話を聞いた当初は、巧い方便、"決闘"と少々言葉を大袈裟にしてその場を治める為に使った物だとユンフォは思いこんでいた。


だが、実際に決闘は当時のセリサンセウムの軍隊の訓練場を使って行われることと、聞かされ更に手伝いを頼まれた事で、友として度肝を抜かれることになる。

訓練場の使用許可を申請までして、そして通した友人チューベローズの手腕と理屈に、感心する様な呆れるような気持ちを正直にに告げる。


すると、いつもの様に蛇の様な眼と険のある表情で


『こうでもしないと、ラベル殿は兎も角、バルサム殿は気持ちは治まらないだろう。

無理やり連れてこられた王都での生活に、鬱憤も貯まっているだろうから、ここで一度大きくガス抜きをして貰おう。

そうすれば、当面は大人しくしてくださる』


と言った旨の返事で片づけられた。


確かに、チューベローズがその場を治めなかったなら、孤高を貫くシトロン女史は兎も角、淑女フロイラインバルサム・サンフラワーにとっては、正直に言って余り良くない事態になっていたと思えた。


何やかんやで"決闘"に関しては手伝わされて、無事に終了した後、国は本格的に傾きを始める事になる。

そして、これは後年になって国が、傾いた国が平定された後に聞いた、決闘のそもそもの発端には、ユンフォは更に驚かせられた。


そもそもバルサム・サンフラワーがシトロン・ラベルに激昂したのはやはり、女史の歯に衣着せぬ発言の為だったそうなのだが、その反論の内容は、当時なら"命知らず"と変わりない物だった。


バルサムとシトロンが"決闘"を行った時流、それは当時では判らないけれども、時間が過ぎ去ってしまえば、王都を"舞台"とした、それは平定の決戦が行われる間近の事だった。


それでも当時はまだ暗愚の王様クロッサンドラ・サンフラワーの絶対君主制(君主が統治の全権能を持ち、自由に権力を行使する政体)が横行している時代でもある。


王都ではそれなりに情報制限はされているのが、軍部に所属していないユンフォでもそれとなく不穏さは感じ取っていたが、それでも不安を口に出す事が自身の首を絞めるような物だと弁えていた。


友人チューベローズなどは、国の最高学府において建築に関する研究を行っている事もあって、ユンフォ以上に当時の政権の危うさを身に染みて理解していた様子でもあったが、彼はそれを表に出す事はなかった。


加て、防壁ともなる王都をぐるりと囲む城壁に関して、何やら為政者に新たな形の物を考案せよと要求されている噂も耳に入れている。


そうやって当時の政権に対して、慎重に観察はしてはいるけれども、王都に住まう殆どの物が、不安や不穏さを口には出さないでいた。


それに対して、歯に衣着せぬ魔術師シトロンは、貴族のが通う学校のカフェテラスで、情報制限をされて色々と解釈を考察して読まなければいけない新聞―――日報を黙読していた上で、感想を漏らす。


その日報に記されている記事の内容は、当時の暗愚の王(クロッサンドラ)政権においては、"大悪党"とも謳われる、反政府勢力となるレジスタンスの"決起軍"の記事だった。


特に決起軍の中でも、参謀の役割を果たしていたアングレカム・パドリックの事をその整った容姿と同じ位、悪名高い記されていたという。


ただ、考察の出来る魔術師シトロン・ラベルからしたなら、記事の例えに"悪魔の様な所業"という文章があって、それを鼻で笑って


『悪魔だのなんだのいいながら、アングレカム・パドリックって人は緩い策をしているねえ』


と、名前を口に出して評してしまったと、平定後にユンフォは聞いていた。


ちなみにシトロンを大叔母とするリコリスがによれば、"緩い"という表現は"優しい"の意味だと苦笑しながら教えてもらったなら、十分納得出来ることでもあった。

だが、それを聞いた当時、"アングレカム・パドリック"の惚れ込んでいる少女からしたなら侮辱の言葉にしか受け取れない。


『決起軍の名参謀アングレカム・パドリック様を下げる発言!。

例え教鞭を握り、多くの名士を排出したラベル家のシトロン・ラベル様でも、このバルサム・サンフラワーが許さなくてよ!』


丁度良いと表現するべきか間が悪いというべきなのか判らないけれども、その場に親友スミレがいて、


『名前を口に出されたら貴女バルサムの|アングレカム・パドリック《大切な御方》にも、迷惑がかかります!』


と、懸命に耳打ちして、何とかそれ以上のバルサムによる"アングレカム様"発言を抑えた。


しかしながらバルサムの"アングレカム様を侮辱された!"として、激昂する気持ちは治まらない。


シトロンの方は、美少女バルサム美女スミレは評判の容姿よりも、その優秀な魔術の才能を教官としてよく記憶していたので、当初は"何が起きた?"という気持ちで、左右の両眉を上げながら激しく瞬きをしていた。


その間に彼女が愛用している、どちらかと言えば豪奢なセンスと、薄手の絹の手袋投げつけられるという事態にもなっていた。


それから、ある意味では美女が美少女を後ろから羽交い絞めのするという、人生の内でそう何度もお目にかかれることがない様 な光景に、少しばかり感動もさせて貰う事になる。


次に自分シトロンに向かって憤慨している"バルサム・サンフラワー"という優秀な生徒が、自分が手にしている日報に載っている、当時のセリサンセウム国にとっての大罪人である決起軍の参謀となっている存在アングレカム・パドリックに何かしら、結びつける物があったのかを考えていた。


最初に浮かんだのは、この世界では魔法を得意としている人には共通している緑色の瞳だが、それだけで言うのなら今、美少女バルサムを羽交い絞めにしている美女スミレも同じである。


薄紅色のフワフワとした髪を未成年と伝わる髪形ヘアースタイルに結い上げて髪が乱れるのも構わずに、友人がこれ以上拙い状況にならない様に、耳元で呼びかけている。


それに併せて、産まれついて魔力が多いバルサムの力に惹かれて寄って来る、"魔"を自身スミレの魔力で散らして飛ばしていた。


その様子に、どちらかと言えば大人し印象イメージをスミレに抱いていたシトロンはその意外さに今度は瞬きを繰り返す事になる。


(この綺麗な子は、個性アクの強すぎる美少女……もう、”じゃじゃ馬"でいいか。

じゃじゃ馬に引きずられて、付き合っているだけというわけでは、ないみたいだね。

……と、意外な面を見てしまって忘れそうになっていたけれど、このじゃじゃ馬バルサム・サンフラワー悪魔の参謀アングレカム・パドリックの共通する事とと言えば……。

って、ああ、そうか、答は結構簡単なものか)


スミレの認識を改めつつも、先程自問していた事に関しての答えは、思いの他あっさりとシトロン・ラベルの頭の内に浮かんだ。


(そう言えば、バルサム・サンフラワーはの御生母と、暗愚陛下(クロッサンドラ王)末っ子の鬼子グロリオーサ・サンフラワーと同郷か。

それで、アングレカム・パドリックと出逢ったという事かね。

何にしても、容姿も“悪魔”の様に良いらしいし、性根なんて知りはしないが、もっと幼い時分に”一目惚れ”でもしたって事なんだろうね。

……それで、田舎にいたのに王都に引っ張ってこられたという事は、少なからずじゃじゃ馬の”孫娘バルサム・サンフラワー”に利用価値でも、見出したって事なのかね)


ただ“利用価値を見出した”と考えた際に魔術師シトロン・ラベルの頭に浮かんだのは、漆黒の衣装を好んで纏っている暗愚陛下《クロッサンドラ王》ではなかった。


その傍らに常に立つ、傾国となったセリサンセウムの宰相である、癖っ毛と八重歯が特徴的なシャルロック・トリフォリウムという人物。


確実に時間をかけて国を傾けながらも、セリサンセウムの民が他国に亡命をするまで追い詰めない程度の政策施行、東の国の諺でいう"真綿で首を絞める”という物を行っていた。

どちらかと言えば、何に関しても"鋭い"感覚を持っているつもりではあったのに、シトロン・ラベルが気がつき、"キナ臭さ"を感じた時、ラベル家を既に人質を取られている様な状態だった。


王宮に家督を継いだばかりの双子の兄のシトラス・ラベルと共に呼び出され、兄は国の為に魔術の研究を、シトロンには、国の精鋭が集められているとする学府の教官の役割を命じられる。

まるでやんちゃ坊主が、自分が仕掛けた政策トラップに見事に引っかかったラベル一族が、傾いてばかり行く国にどうやってしがみついて行くのかを見物されるような眼差しを注がれたのが、何よりも癪だった。


(明らかに、"楽しんで"もいたね、あの眼は)


もしかしたなら"自分シトロン・ラベルが行った発言"で、眼をつけられた事もあったのだろうと、思いたくはないのだが、そんな考えが魔術師の頭を、後世になってからも幾度となく過ってもいた。


国が傾き転覆するとは予想できない程昔の、シトロン女史が未成年の時代、ラベル家の体裁の為に、それなりに着飾り渋々夜会の類に参加していた過去もあった。

兄シトラスと男女の双子という事もあって、幼い頃は"可愛らしい"と珍しがられていたこともあるが、ある意味では、社交界では"顔を知られる"という役割においては十分役立つ。


でも、そういった風に双子の兄であるシトラスと共に、ラベル家の社交界における"マスコットキャラクター"の様に使われる事に嫌気もさしていた。


なので、当時既に頭角を現していた魔術に生涯を捧げると、常々その社交の場で公然と口にしていた。

しかしながら、それはセリサンセウムの"貴族の子女は嫁いで当たり前"の風潮の前に、"可愛らしい事を仰る"と一笑される屈辱的な思い出も伴う。


それは社交界に参加する事を、拒否する権利が持てる程、世間一般に魔術師としての地位をシトロンが認められ確立できるまで、ラベル家の一族して強いられた。

ただ、断る権利を得た後でも、兄シトラスが家督を取るまでは、既に成人して魔術の研究の為の工房アトリエで独り暮らしを行っていても、参加を促す書状はシトロンに送り付けられてきていた。


兄が家督を継いで、手紙も必要な物以外は格段と減り漸く落ち着き、そろそろ自身の研究を進める為に、実地調査フィールドワークに出ようかと思った矢先、王宮から宰相シャルロック・トリフォリウムの呼び出しだった。


穏やかな気質ながらも、仕事の関しては機微にも気が回るシトラスが、"ラベル家の家長は自分なのだが、どうして魔術師の妹まで?"と考え、確認を一度取ったなら、やはり何にしてもシトロンと共に、との事となる。


ラベル家のシトロンが不得手する分を、丸々担ってくれた兄から、"共に登城して欲しい"と申し訳なさそうな内容の書状を受け取った時点で、キナ臭さと改めて国の様子を省みた時、大きな胸騒ぎを感じていた。


そして、登城してみればシトラスは国の為に魔術の研究を、シトロンには、国の精鋭が集結させた学府の教官の役割を、最初に短く命じられる。


ただ、兄シトラスが、命じられたと同時に、"恐れながら―――"と言葉を日頃は気質穏やかな"天然"と揶揄される事もある雰囲気を覆す気迫を以て、反論を宰相に対して言葉を返したのには驚かされる事になる。


宰相シャルロック・トリフォリウムにその命令には従えないと、口にした時には、共に産まれてから付き合いながらも、そういった肝が据わった面もあるのだと初めて知った。


シトロンが驚いている間も、"妹"が魔術師を志した頃から、常々願っていた実地調査フィールドワークに向かう支度を現在している事を口にする。

シトラスとしては、長らく妹の夢見ていた事を出来ることなら家長としても応援したいと口に出してくれた。


加て、その方がセリサンセウムの発展に繋がるという言葉にしたけれども、それは途中、宰相の"鼻で笑う"声で遮られる。


話しを止められるにしても、まさかそんな反応で止められるとは思いもしなかった男女の双子は、それは見事に揃て顔をあげた同時に、特徴的な八重歯が目立つ口を宰相は開いていた。


『―――すまないが、俺は私は、"家族"というものを生まれた頃から知らないのでな。

それに、研究の責任者と学校の教官に任命したのは、"クロッサンドラ国王陛下"だ。

俺の私の決定事なら、家族がいない立場として聞き入れる価値のある意見だったかもしれないが、大多数の家族の長でもある国王陛下の直々の判断。

シトラス・ラベル、貴公は貴族の中でも著名な学者や魔術師を輩出しているラベル家の家長かもしれないが、まだ家督を継いだばかりでもある。

妻となる多数の寵姫に加えてお子もおり、少数ながらも孫もいらっしゃる陛下に比べて、先日奥方が懐妊したばかりの貴公とどちらが、聞く価値があるかと言われたのなら、俺は私は、はっきり決まっている。

それに何より、これは絶対君主制である"セリサンセウム"の民として如何な物だろうな?』


『承知致しました。私は、魔法学校の教官となり、兄は研究へ。

古から大地の女神の寵愛を注がれたセリサンセウムの絶対たる国王クロッサンドラ陛下の御英断に逆らうなど、爪の先程もございません』


シトラスが返事をする前に、シトロンが一息で返事を行っていた。

横で異性ながらも良く似た面差しの人が、まるで自分シトロンの心の内側を現している様に眉間に深い皺を刻んで、見つめている事も感じていた。


違う表情を浮かべる男女の双子を"楽しそう"に見つめた後に、世間に傾国の国の宰相と認められた人物は、やんちゃ坊主の様な笑みを浮かべた。


それから、それ以上の興味がないといった風に表情を失せて登城してきた2人に"ご苦労だった"と一言を残し、謁見の間から国王が控えているという王宮に繋がる扉に姿を消す。

それを見届けた後に、ラベルの兄妹は礼儀にならって退室し、その直後相変わらずの歯に衣着せぬシトロンの舌鋒が、王宮の謁見の間の前にも関わらず轟いた。


『シトラス!どうして黙っていた!?。

貴族とはいっても、わざわざ気難しいラベル家に嫁いできてくれた、酔狂なお義姉さんに心労かけてまで、私は自分の研究を通したいとは考えていない。

どうせするのなら、何も心配事をせずに済む時に、研究には没頭させてもらう。

何にしても、ラベル家の後継ぎを懐妊したというのなら、一報ぐらい工房アトリエに届けろ!。

空気は読まんでも、時期は読める位の常識はあるつもりだ!』


謁見の間を出た同時に、実に十数年ぶりにシトラスに向かって、人目も憚らずの行動だった。

そしてそれには、シトロンよりは幾らか人目を気にしているけ れども、珍しく多少"ムキ"になっている状態で、シトラスも返答をする。


『あくまでも、まだ"懐妊したかもしれない"状態だ。妻自身も確信はしていないし、医術師にもかかっていない』


懐妊の可能性があっても確実ではないという兄の発言に更に舌打ちして妹の魔術師は続ける。


『だったら尚の事慎重になるべきだろう?!。

ここで私が我を通して実地調査フィールドワークの研究を押し通しても、私の満足以外に得る物がないかもしれない。

しかも国王の命だと口にしている宰相のトリフォリウム……殿の不興を招いたなら、それこそ目も当てられない』


そこで落ち着く為に大きく息を吸い込んだのなら、示し合わせた訳でもないのだけれども、シトラスの方も息をついていた。

互いに頭が冷えた事を、言葉を交わすまでもなく察して、双子の間ではいつもの様にシトロンの方から口を開く。


『……それに、ここで私達が争っても、それこそ意味がないし、家族がいないと宣った宰相殿にまた笑われるだけだ』

『ああ、そうだな。僕の言葉は、宰相殿には見事に逆手に取られてしまったね』


そう反省する様に口にしてから、シトラスは謁見の間の前にいる近衛兵を見た。

近衛兵達は流石にその場を護衛するのが仕事の為か、兄妹の喧嘩など全く意に介さない調子で直立不動であ目深に被っているヘルメットの影響もあるだろうが、表情の動きは見えない。


『取りあえず、移動しようか、シトロン』

『ああ、そうだな、シトラス』


異性の双子のという割には外見はよく似ているが、正確は周囲が驚くほど似ていない2人は、王宮を出て登城する時にも使ったラベル家が所有する馬車に乗り込んだ。

王宮と城下を区切る鉄柵を超えて、城下街の東側を通り過ぎる頃になって、今度はシトラスの方から口を開いていた。


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