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少年の決断①

「よし、片づけるか!」

少年は箱一杯になった、自分宛の"恋文"を抱え立ち上がりました。


挿絵(By みてみん)



これまで開きもしなかった"ルイ・クローバー"宛に送られてきた恋文を、やんちゃ坊主は、セリサンセウム国の西の果てにある領地ロブロウから帰って来てから、開封する。


そして一通り、少年なりに眼を通したので、義理は果たしたつもりである。

少なくとも、手紙を読む以上の事は、ルイにはどうにも出来ないと思っている。


眼を通した、手紙に添えられた文章には、全く気持ちを揺れ動かされずに、たまに挟まれている押花にも感動せずに、結果、全く感想が抱けない。


興味が、持てない。


だから、手紙の最後の方に(したた)められている、気持ちや想いに添えられた、"付き合ってください"、"恋人になってください"という願いに応えることは出来ないと、結論も出した。


手紙の中には"友だちでいいから"という文もあるけれど、ルイにも"友だち"という物に、理想は持っている。


それは一番尊敬して、世話になっているオッサンこと、大農家グランドール・マクガフィンの友人関係を(なぞら)えていた。

確りと対等というのは難しいかもしれないが、何にしてもどちらか一方的に力関係が偏る様なの友人を、ルイは望まない。


絶対にありえそうにもないが、もしこんな手紙を送って来る女の子と友だちにでもなったなら、相手がルイのいう事を聴くか、ルイが面倒くさいと思いながらも合わせるかになると思う。


それなら、グランドールに"世話を焼いてやれ"と指示された方が、義務感で丁寧に接してやれる自信がある。

だから、やんちゃ坊主にとって後ろ向きの気持ちを抱かせるしかない手紙は、必要ない。


「もういらないし、正直あっても困る物でしかないしな。

恋ってもんに限って言うなら、オレはリリィ一筋だし、今度からは貰う前に断ろう」


そう決断して、抱えた箱の縁にまで貯まっている手紙に"別れ"を告げる。

それらの手紙は自体は、師匠で保護者でもあるグランドールに引き取られ、ルイが"野猿(のざる)"と呼ばれる状態を終え、八重歯が特徴的な"やんちゃ坊主"になった頃から、1年程前から、渡される事が増えた。


大体が行動を共にしている、褐色の大男が、仕事の関係でルイと離れた隙に、顔を真っ赤にさせて、"読んでください"や、無言で押し付けられた手紙が殆どだった。


たまに手紙を渡しにきた女の子を応援する様に、他の女子の集団が着いて来ている時もある。

まだルイにとっての"一番"だと思える女の子であるリリィと、出逢う前でもあったので想いを伝えるために渡される手紙を断る理由もなく、取りあえず黙って受け取っていた。


だが、手紙という紙ながら何かしら"重い"物も、やんちゃ坊主でも見るだけで感じとれるものがある。

顔を赤くし、震える手で渡そうとされる手紙を、目の前で断ったなら厄介な事になる。


そういったことは、グランドール・マクガフィンという表向きは"好漢"とされる人の日々の振る舞いを見て、学び取っていた。


褐色の大男も、手紙ではないが、何かしら感謝や御礼の延長で、出先でよく"貰う"立場であって、ルイはその荷物を預かっていたりもしていた。

頂き物は、色々あるが、例えどんな物でも礼を言う。


ただグランドールが匂いだけでも苦手とする、甘い菓子の類いは貰う時は笑顔で礼をいうが、直ぐにルイに持たせ、帰った後に"適当に分けあってくれ"と、他に貰った物共々、農場で働く人々に譲ってしまう。


しかし、やんちゃ坊主の場合は受け取った後は、礼も言われず、無言か若しくは高い声を出して走って、集団で訪れていた場合それを伴って"逃げて"行く。

当然声を出して逃げ去る場合、グランドールも気が付く事もあるわけだが、褐色の大男は苦笑いの様な物を僅かに浮かべるだけで、次の瞬間には何事もなかった様に、弟子を伴って再び仕事に取り組んでいた。


ルイにしてみたなら、手紙を受け取りつつも、その行為事態は、まるで自分に手紙を渡す事を楽しんでいるか、若しくは度胸試しに自使われている様な気持ちすらしていた。

それは、なんとも言えず消化不良の様な気持ちにさせられる行動にもなっていた。


「まっ、これからは手紙を受け取らないって、決めたんだからいいよな」


一度開封したのと、"片付け"しやすい様にと、便箋を封筒から出している為に、(かさ)の増した様に見える手紙の箱を、抱えたままドアノブを掴む前にその動きを止める。


「あ、でも火を扱うからな。

どっか、燃やす場所を考えないと、迷惑かけてしまうかもしれねえな。

うーん、それに一応オレは"ガキ"だし……。

仕方ない、やっぱりオッサンが帰ってくるのを待って、理由を話して一緒にする方が無難かあ。

勝手に1人でやって、ロブロウの時みたいに、オッサンに迷惑かけたくないしな」


挿絵(By みてみん)



2週間程前に、ルイは師匠で保護者で、この国の英雄でもあるというグランドール・マクガフィンと、そのグランドールと一番付き合い"は"長いという賢者の一行と、セリサンセウムという国の、一番西にある領地、ロブロウから帰って来た。

ルイ自身は、グランドールの弟子ということもあるけれど、ロブロウに連れていかれた役割は、一種のカモフラージュであったと思っている。


それは主にグランドールというよりは、同行した賢者の為に使われた様な物に近い。

普段は尊敬するオッサン以外のいう事を聴くのは、真っ平御免のやんちゃ坊主ではあるけれど、このロブロウでの役割は喜んで受け入れていた。


何せ、今の所グランドール・マクガフィンと同じくらい大切に思える女の子、リリィと行動を共に出来る事になったのだから。


余り外見に拘るという自覚は、ルイにはなかったが、リリィという女の子は少々目元が強気な印象を与える事を除けば、世間的に、"美少女"と例えて障りのない容姿だった。


一般的に言われる、容姿が良い者を好む"面食い"と言われたなら、それも当てはまるだろう。

けれども、やんちゃ坊主から意見を言わせて貰えるなら、何より気にいっているのは、強気な目元と揃えた様な少女の強気な態度でもあった。


かといって、高圧的という物でもなく、リリィなりに考えた上で"納得できない"ものに対してはっきりと意見を言う所である。


その考え方も、ルイより年下の筈なのに、周りの状況や自分の立場を慮って"これは文句を言っても良い事だ"と、自分に自信を持ってから口にしている。


それを一番に感じた取とったのは、初めてにリリィあった時だった。

グランドールが数か月ぶりに、ルイはまだあった事のない親友と深酒をして、城下町の下宿にまで迎えに行って、そのまま昼食を取る流れになった。


グランドールは昼食を買いつつ、最近農場が扱い始めたライスと、試験的に造って配った発酵物である"ツケモノ"の評判を聞きに行くと言う。

ルイは、食べる場所となる食堂を確保するべく別行動となる。


昼を告げる、王都の丁度中心にある鐘が鳴り響いた後だけに、随分とどの食堂も混んでいた。

グランドールに指示された前に寄った事もある、肉の出汁が効いて旨いスープを出す店に急いで向かう。

だが、やはり時間が時間なだけに、ほぼ満席状態で、席はないように思えた。


(これはオッサンに最悪の場合、相席だな)


ある意味では、王都周辺では何処に行っても顔を知られている大農家の立場でもあるグランドールは、これまでも食堂などで相席になったなら、それはもう容赦なく話しかけられる。


褐色の大男で、武器も目立つ大剣を腰にさしている特徴を伴うので、大農家グランドール・マクガフィンとしてはなしかけられたなら誤魔化すという手は使えない。


尚且つ、好漢の英雄としてもまだ知られている事を弁えてもいるので、余程の二日酔いでもない限りグランドール話しかけられたなら、丁寧に応対する。


(というか、オッサンは根本的に、話しかけられやすい体質というべきなんだろうな)


稀に田舎から”英雄グランドール・マクガフィン”を知らないで、訪れる旅行者なども城下町でもしも迷った場合、偶然通りかかった褐色の大男に、すみませんと声をかける。


街には数か所の案内所や警邏をしている兵士もいるのだが、人が良さそうでこの王都に詳しそうに感じられる褐色の大男に旅行者は、話しかけ、呼び止め、手にした地図を差し出して教えて欲しいと口にする。


最近では、大男の姿に隠れて見えなくなっている、弟子のやんちゃ坊主のルイの方が、”人の良さそうな褐色の大男に尋ねたい”という空気を敢えて読まずに、横から割って入っていた。


それからグランドールに拾われてから2年で、王都やその周辺の地図はほぼ掌握している情報で、旅行者の行きたい所を、地図を指さしながら的確に案内する。


もしも地図を持っていない旅行者なら、腰の鞄から手帳を取り出し、目印に特徴といったものも手早く地図に描き上げて、差し出す。


そして仕上げに”急いでいますんで、すんません、オッサン行こうぜ”と、その場を閉めてしまう。


こうしておけば、もし後に褐色の大男の正体、大農家で国の英雄でもあるグランドール・マクガフィンと知られたとしても、不評を買うのは、側にいる生意気そうなやんちゃ坊主―――ルイの所為で、話が済む。


ただ旅行者の話を打ち切り、グランドールが時間を取られなくなることについては、マクガフィン農場の動かす立場になる、オッちゃんや”(あに)さん”と呼ばれる立場の人々からは、大変喜ばれた。


それまでは、2年前に人の良いグランドールが拾って来た、猿みたいなクソガキ程度の眼で見られていたのが、その活躍で、少しは見直されたのを感じる。


大事なマクガフィン農場の”大将”になるグランドールの評判を落とさずに、それでいて時間を有効に使わせる事に役に立つガキ位には、認識が変わったのも、ルイも表に出さないながらも少し嬉しかった。


またグランドール自身からも、”ルイのお陰で随分久しぶりに自分の時間が取れる様になった“と、実際に感謝を口に出して告げられた。


ただ普通の子どもなら、周囲に褒められ、国の英雄である褐色の大男にも感謝をされたなら、照れてしまってそれで終わってしまいそうだったが、やんちゃ坊主は間に挟まれた言葉を聞き逃さない。


“久しぶり”という言葉が使われたということは、前にもグランドールは己の為に使える時間を悪気なしに搾取されている様な状況から、助勢していた存在がいた事になる。


やんちゃ坊主が、遠慮なしにその事を突っ込んだなら、どうやらグランドール自身は深く考えずに、その言葉を自然な感想として口に出していた事に、言われた事で初めて気が付いた様だった。


そして“久しぶり”に関して、特に隠す事はなく簡単に経緯を話してくれる。


ルイがこの世界に産まれる以上前に、よくつるんでいた友人が、やんちゃ坊主と同じ様に何かと人から頼まれたり、尋ねられたりするグランドールを助けてくれたらしい。


『ただ、奴のやり方は、出会いからしてお世辞にも巧いもんとは言えんかったぞ。

その時はワシがある人物に絡まれていた。

丁度ルイと同じくらいのガキでもあったし、上手い振り切りや断わりが出来んかった。

どうにかならない物かと思っていたところに、そいつはクルミのパンを飲み込みながら、ワシの頭に病人の為に用意していた粥をぶっかけた』


『……それは、オッサンを助けたって事になるのかよ』


やんちゃ坊主は自分もそれなりに”クソガキ”の自覚はあるけれど、そんな初対面の人物の頭に粥をかけるような”悪ガキ”ではないと思うし、同じ様に扱われるのは不服である。


飛んでもないやり方と、素気なくはあるが確りとグランドールの評判は落とさない様にしている事を同列の様に扱われるルイの不満を、グランドールは機敏に察していた。


『その時の相手がワシに抱き着いていて、丁寧に言っても離れてくれんし、本当にしつこかったのもあったからのう』


『抱き着いた……って、絡まれていた相手は女か。

オッサン、今でもそれなりにもてているもんな』


その話を聞いたなら、少しばかり納得出来るものもある。

実際、もし冷静な第三者が入って来ても、中々上手く納まりが付きそうにない。

グランドールは困って断っているのだろうが、そう言った事は傍目から見たなら男女の駆け引きの場面に見えなくもない。

当時の褐色の少年が迫られていて本当に困っているのだけれど、横から入るのは余計なお世話になる時もある事は否めない。


『でも、オレがその場になら、オッサンが濡れないように頭から水をぶっ掛けていた。

あー、でもこれもあんまり巧いやり方でもないか』


弟子が過去の友人と少々張り合っているのが判った師匠は、金の腕輪を嵌めている手を癖っ毛の頭の上に置いて撫でる。


『まあ、どちらにしろ"強引"に引き離して貰わん事には、離れくれん状態だったからのう。

折角めかしこんで、着ている服が粥で汚れるのも、たまらなかっただろうしな。

それから、まあ粥をぶっ掛けられた事で勿論喧嘩になったしのう。何やかんや後に、色々縁があって、暫く行動を良く共にした。

そいつとは、凄く仲が良いというわけでもなかったが、何かと互いに足らない分を補うような関係だったからのう。

今はこの国におるのはしっているが、特に用事がないから会う必要もないからあっとらん。

まあ、連絡がないのは元気な印と思って、放っておいている』


この話を聞いたならルイ自身もそうだけれど、グランドールの友人観も”好漢”と周囲に言われる割には、非常にあっさりとしていて渇いている物だと思えた。


『そいつはどんな風にオッサンの事を、頼ろうとする奴から追っ払ったんだ?。

例えば、いつも城下で道案内してくれとか、言われたらさ』


やんちゃ坊主にとって肝心な事を訊いたなら、人が良いと言われる男にしては、珍しく随分と意地の悪そうな表情を浮かべる。

だが、その表情の中には珍しく懐かしんでいるグランドールの心も含まれていた。


『何もせんよ、ただ睨む。

そいつの面構えが、眼が悪いこともあって、相当眼光鋭くてのう。

それで怯まんかったら、具体的な指示をだす』


『睨むだけで……それって目付きが悪いんじゃなくて、全体的人相が悪いんじゃねえのか?』


日頃から歯に衣着せぬ物言いをする少年の言葉に、グランドールは意地悪そうな表情から、そのまま笑いを堪えきないといった様子で漏らし、話を続ける。


『ワシはそうは思わないが、世間的に見たなら、ルイの言う通りなのかもしれんのう。

奴も意識的に、そういった時には、面相は悪くしておったからな。

日頃ふざけている様に見えて、―――これは友人としての憶測だが、裏で結構な努力をしている奴だから、まず自分で考えないという態度というか、心構えが大嫌いなんだろうな。

だから道案内だったら、地図が貼ってある場所と方角を短く言ってそれまでだ。

だが、調べても判らず困っている旅行者には、ルイと同じ様に必要な分だけ丁寧に地図まで描いて、教えてやっておったよ。

ワシが表に出さないだけで、断りたい気持ちを拾い読んで、綺麗に後始末をしてくれた事の感謝を、ルイが似たような時間を過ごさせてくれたお陰で、久しぶりに思い出した。

まあ、そういうわけだな』


そこまで言ったならまた頭を撫でられ、表に出さないけれど”褒められ、感謝された”のを理解したやんちゃ坊主は照れを誤魔化す為に、少しだけ悪態をつく。


『ま、まあ、オッサンの絵の下手くそ加減は、壊滅的だからな。

どうしても付き合って案内させるよりは、描いてやった方が早いから、その人もそうしたんじゃねえか―――いってええええ!』


"グランドール・マクガフィンは絵が下手くそである"


照れを誤魔化す為とは言え、農場の者から最初に親切に教えて貰った事を忘れて、"逆鱗"に触れてしまったので弟子は容赦なく拳骨を喰らっていた。



記憶に刻み込む様な後引く脳天への痛みは、昼食の相席を避けたいと思っていたやんちゃ坊主が、思い出したなら無意識に、拳骨を頂いた頭部に手を回させていた。


『やっぱり、どっかの誰かと相席になるかなあ……無口な人とかって、1人がいいなら1人向けの所に食べに行くだろうし』


癖っ毛の髪を、かきながらのその構図(ポーズ)が、"困っている"様に見えなくもなかった。


『あの、もしかして、食べる所捜していますか?』


ろくに音楽なんて聞いた事がないのに、"鈴が鳴る様な声"という例えがルイの頭の中で浮かぶ。

しかも、城下では珍しいことで自分の背よりも低い場所からだった。


城下町では稀に見る、この国の宗教に携わる巫女の装束を纏った小柄な、ルイにとって”最高に可愛らしい”と思える女の子が、綺麗な緑色の瞳で見上げていた。


(うわあああああ)


心が声に出来ない歓喜を上げながら、産まれて初めて、”穴が開くほど見る”という行為、この可愛い女の子を見る事で体感したような気がした。


少女は自分が急に呼びかけた事で、きっとルイを驚ろかせてしまったのだろうと、行儀よく頭を丁寧に下げ、話を続ける。


『すみません、あの、この汁物屋の食堂は私達が取った貸し出しの食卓が、4人で座れたので最後だったみたいで、でも、わたしはアルスくんと2人だから、あなたが2人で良かったらだけれども、相席で―――』


初対面の相手に失礼にならない様、薄紅色のフワフワとした長い髪の可愛らしい女の子がその頭の中で、言葉を選び、小さな唇から出すのを聞いていた。


どうやら、男のものらしい名前も聞こえたが、やんちゃ坊主は聞き流し、自分の胸の中で湧いてくる気持ちを抑える事が出来なくて、言葉を割り込ませる。


『オレの名前は、ルイ、ルイ・クローバーだ』


どうしてだか、この女の子に”あなた”なんて他人行儀な呼ばれ方をされるのは、とても胸が苦しくなる様な思いが伴った。


『え、えっと、ルイ……さん?』


それに初対面の自分を知らないという当たり前の事なのに、嫌だという理屈に合わない想いが止められなくて、更に言葉を続ける。


『”さん”なんてつけなくて、いいからルイって名前で呼んでくれよ。

それで、そうだそのええっと、名前、名前を教えてくれよ!』


いつもなら、”お前”やら"あんた"と呼びかけるのに、この女の子に対してすることは、とても失礼な事だと、柄でもない考えが頭に浮かんで、貼付いていた。

でも”お嬢さん”と呼んでも、この可愛い女の子を変に警戒させてしまうかもしれないと、変に冷静なルイ・クローバーもいる。


何はともあれ、この少女と出来ようとする繋がりを絶対に逃したくはなかった。


『えっと、私の名前はリリィです。

じゃあ、ルイ……私達で良かったら、相席に―――』

挿絵(By みてみん)


リリィという名前を噛みしめながらも、相席の提案に直ぐに同意しようとした時、”ごちそうさん”と4人ばかり、客が食事を終えて出て行く。


『あ、もう、相席にしなくていいみたいですね―――』


―――やっぱり、どっかの誰かと相席になるかなあ……無口な人とかって、1人がいいなら1人向けの所に食べに行くだろうし。


ルイが汁物屋の食堂に入ってきた時、リリィは代金を支払い、食器を受け取り並べながら、その独り言を、拾って聞いていた。


(あの男の子も、誰か出来るだけ静かなのが好きな人と、ご飯を食べる予定でもあるのかな)


丁度、この食堂に来る前。



少女の同僚で、大切な賢者さまの護衛騎士となる新人兵士がお世話になっていたという、工具問屋の女将さんの言葉を思い出していた。



“まあ誰にも知られず、ひっそりと静かに集中して研究したい気持ちは、判らないでもないかねぇ”


リリィが知っている賢者さまは、”ウサギの賢者さま”だけれども、他の”賢者さま”もこの世界にはいるのだという話は、知っている。


勿論、癖っ毛の頭に手を乗せ、首にスカーフを捲いている男の子の連れ合いが賢者とは限らないけれど、あんな言葉を口にする位なのだから、きっと”静か”な事を好むのだろうと思う。



そう思い込んだなら、出来るなら賢者さまと似たような考えを持つ人の連れ合い持つ男の子に、協力しようと小さな胸の中で考え始めていた。


この時少女の方もルイに不思議な親近感を抱いていた。

でも、その事にリリィが気がつけるのは、この出逢いから随分と先の事になる。


ただ、この汁物屋でルイに出逢った時、リリィはウサギの賢者に引き取られてから、3年程過ぎて、初めて自発的に自分と余り年の変わらない、”子ども”に声をかけていた。


しかしながら、声をかけたまでは良かったのだけれど、相手の―――癖っ毛に八重歯の男の子が想像以上に自分に”がっつり”と来たので、相当慌てる事になる。



でも全く”嫌だ”とか”怖い”という気持ちを抱かず、ただ自分(リリィ)に元気よく向けられる言葉や要求を受け取るのが、精一杯で少女は言葉を中々返せない。


そんな中で、互いの名前と呼び方が決まった頃、”相席”にしなくて良い状況が浮上してきてたので、ルイの大切な人が嫌な思いをしなくて良いのだと安心する。


(余計な”お節介に”なったかも)


少し恥じ入りながら、俯いたならいきなりルイに手を握られた。


『―――おい、汁物屋のオヤジ!オレとリリィと、他2名で、合計4名で席取ってくれ!』


いきなりの行動に、呆気に取られ、手を握られたまま、言葉も出せずに少女が前髪に隠れていた、ややきりりとした形の良い眉を上げて、綺麗な瞳を丸くして驚いている。



『肉のスープ4人前で頼む、それで領収書は前と同じで2名分の料金で書いてくれ』

『あ、あの、ルイ』


驚く顔も可愛らしいと思いながら、リリィの小さな手を握っていてもいない方の手で、鞄の中を(まさぐ)ったなら、感触だけで革袋の財布から銀貨を4枚摘まんで取り出す。


側に来た店主の方を見向きもせずに、代金を払った。


以前にグランドールと訪れた事があった店なので、店主のオヤジの方は、褐色大男で大農家の事は覚えているので、頷いて了承してくれる。


その時、癖っ毛の頭の中では"このまま別れてなるものか"そんな考えでいっぱいに詰まっていた。

強引にでも、これからもこの少女との関係が続けられる様に、頭を回す。

一方の、食堂のオヤジや、少年と少女の周囲にいる大人達は"興味があるけれど無い振る舞い"をしながら、この流れを見送っていた。


『え、その、ルイ、私達と相席にしたいの?』


確認する様にリリィが尋ねたなら、八重歯の見える口の端を上に上げてルイは力強く頷き、話を続ける。


『そうだ、リリィは腹減っているんだろう?で、ここは飯が出ないから、連れの人が飯かパンを買ってくるのを待っているんだろう?』

『う、うん、そうだよ、ライスボールと、簡単なおかずを買ってきてくれるって』


何とか返事をしてくる女の子は、驚いて戸惑っているけれどルイの事を嫌だとは思っていないのは、その様子で伝わってくる。

それに"ライスボール"と聞いたなら、丁度グランドールも向かっている先でもあったので、そんな"縁"でリリィと繋がっている様な気がして、本当に嬉しかった。


『そっか、じゃあ、オレもちょっとしたおかずを買ってくるから、リリィは待っていてくれよ、肉で良いよな?!』

『あの、その』


その時丁度、新しい客が連れ立って数名入って来た。

狭くはないけれど通路にいたので、場所を移動しようと、やんちゃ坊主が提案したなら、まだ勢いに呑まれている少女の方はただ言われるがまま頷いた。

その時、ルイは自然に庇う様にしてリリィが取ったという席に一緒に付いて行く。


『あ、でも、ここ、武器の安置場所がないですけれど、大丈夫ですか?』

『うん、知ってる。でも安置場所がなくても、外しておいておけば、いいからさ』


そう言ったなら、ルイは宝物でもある、帯剣の許可する試験の合格時にグランドールから"すばっしこい、ルイに向いているだろう"と、貰った自分の武器を見る。


革の鞘に納めていて、左右の腰に分けて付けている、貰った刃先が弧を描く短剣なので、たまに"飾り"と勘違いをされる時もある。

リリィもそれに当てはまったらしく、何度目かの驚きの表情をまた浮かべていた。


『ルイ、子どもなのに武器を持っているの?』

『武器って言うのなら、リリィだってその鈴蘭の飾りに着けている、荊の蔓みたいなのはそうなんだろう?。

ああ、お守りみたいなものなのか?』


ルイとしてはそちらの方に軽く驚いたが、刃物でもないし巫女の装束を身に着けているから、簡単な魔法が使えるのかなという考えが浮かんだ。


それから、直ぐに"しまった"という考えも頭に浮かぶ。


(オレが武器を持っている事でリリィが、怖がってしまうのかな)


そこまで意識はしなかったけれど、見た目も中身もやんちゃ坊主のルイ・クローバーは圧倒的に強いグランドール以外には、どちらかといえば"尖った"態度を取る事が多い。


ルイの事をあしらえるのはグランドールか、それに継ぐ、力をもった農場でも力のあるオッちゃんや、年が一番近くても6以上離れている"兄さん"達だった。

その殆どが若い内に国の軍隊の所属をしていて、その確りとし過ぎた生活が肌にあわず、任期が終わって退役する。


だが体力自慢で、どちらかと言えば外で働きたいという希望で、マクガフィン農場に就職するという流れがある。

そのオッちゃんや兄さん達は、軍隊にいただけあって刃物の武器を帯剣する試験を合格していて、日頃の作業に持ってきたりはしないが、大切にしているのを見たり聞いたりはしていた。


なのでルイが軍隊が取り仕切る、帯剣の試験に合格した時は、クソガキの扱いはかわらなかったけれども、"おめでとう"の言葉をかけて貰えた。


そして行く先々であう、オッちゃんや兄さん達に


"武器の扱いに気を付けろ"

"出来る事なら、抜かないのが一番だ"


と、武器を必要以上にひけらかさないように注意を受けた。

ルイもグランドールから武器を貰った事は嬉しかったけれども、そもそも自慢するつもりはなかったから、"判っている"とぶっきらぼうにその時は応えていた。


"武器を持ってない人にとっては、刃物なんて向けられたなら、恐怖でしかないからのう"


そして締めくくる様にグランドールから言われたなら、それ以上は周囲の大人達は言わなくなってそれまでだった。

だが、その後大人達が、口酸っぱくもそう言った理由を、やんちゃ坊主だけれども気が回る子どもは程なく察する。


どうやらルイだけに注意している事ではなくて、マクガフィン農場でも試験に通った若人に満遍なく"帯剣出来る事を自慢しないように"と注意を促しているのだと判る。

正直、剣を持てるという事で試験を通った者はよく言えば自信を身に着け、悪く表現するなら気持ちが大きくなっている輩をちらほらと見かける様になった。


そして試験を通り、帯剣を始めた側としては、それまで日頃は意識しなかったけれども、少しばかり周囲の自分を見る目が変わったのを感じ取れた。


ルイはグランドールから貰った事もあるのと、短剣である事でそこまでサイズも大きくないので目立たないが、大体試験を取った者は、腰に一振りのそれと判る剣を携えることになる。


そうなると、先ず視線が武器向けられた後に、付き合いがある物同士なら会話を交わすのだが、それもどことなくいつもと空気という物が、悪い意味で違う。


それまで穏やかだった雰囲気を、ただ武器という物があるだけで不穏に変化させてしまう。


(ああ、でも"命を奪える道具"を、友達が持っていて直ぐ傍にいるなら、こんな空気になるのも仕方がないことなのかな)


そこまで親しい友だちがいない少年は、自分が武器を持つことで委縮してしまったり、相手が抱くであろう恐れや戸惑いをうまく想像できなかった。


でも、もしも"ルイ・クローバー"に親しい友達が出来て、自分が武器を持っている事で怖がられたり、嫌な気持ちにさせてしまうことは、嫌だと思えた。

そして今、リリィと名乗る、自分より小さい、可愛く思えて仕方のない女の子が、自分の武器を見ている。


(リリィを怖がらせてしまうのかな)


でもそれは、ルイがこの世界で唯一尊敬出来るオッサンから貰った物であるから、それで嫌な顔をする少女を見たくなくて、武器と少女の距離を取りあえず取る事を選択する。


『じゃ、じゃあ、オレ、肉買ってくるから』

『あ、ルイ、"ちょっとだけいいですか?"』


肉を買いに行こうと、店の出口に身体の正面を向けたなら、急に堅苦しい物言いで呼び止められて、少しだけ肝が冷える。


どうしてだか、この少女に拒まれる発言を聴くことになるかもしれないのが、やんちゃ坊主には怖くてしかたない。


『なんだ、どうかしたか、やっぱり相席は嫌か?』

『そうじゃないよ、今更何言っているのよ』


今度はリリィの方が、改まった態度で振り返るルイに驚き呆れながらも、小さい自分の手を唇にあてて"コホン"と息を吐き出す。


きっと偶然の出逢いなのだろう。


けれど、自分から話しかけた男の子と、少しばかり言葉を交わしながら、殆ど驚くばかりだったけれど、小さな胸に浮かんだ言葉を頭に移して考え、唇から紡ぎだす。


『"相席は構いませんが、もう少し礼儀正しく出来ないんですか?"。

その、私は本当に構わないけれど、言葉遣いは気を付けた方が良いわよ、ルイ』


少女は自分でも、"余計なお節介"だと思ったけれど、我慢できずに口にしてしまっていた。


『その、ここで待ち合わせる人が、ルイの乱暴な言葉で評判を落としてしまうかもしれないし―――』


自分と同じ様に、離れていてもいつも心の中にいる存在がいると思える少年に、確りと聞いて欲しくてそんなことを口にしたのだが、ふと気が付いたなら、ルイはまた八重歯を見せて笑っていた。


『ルイ、どうしたの?』


伝えなければいけないと、思っていた言葉を止めたなら、やんちゃ坊主は口を大きく開いた。


『リリィは、可愛いくて、本当に良い奴なんだな』

『な、何でそうなるのよ?!』


でも、"お節介だ"と言われなくて、自分の小さな胸がほっとするのもリリィには判る。

その少女の顔を見て、ルイはまた笑う。


『待っていてくれよな、オレ、肉の美味しい店、知っているんだ、じゃあな行ってくる!』


返事も聞かずに、そのまま駆け出して、野菜を食べない事で叱られるからオッサンにも、まだ話していない、とっておきの店に向かう。


ただ、汁物屋に残された女の子は、自分でも理由は判らないけれど、顔を真っ赤にしていると汁物屋の店主が、追加の食器を運んできてくれた。


そして、"ごちそうさんだ、お嬢ちゃん"と一声かけられる。


この言葉の理由も意味も判らない。

けれど、考えるまでもなく店の主人を含め周囲の大人達が、暖か過ぎる雰囲気を、先程の少年と少女のやり取りを見て出しているのを感じていた。


これが、"普通の女の子"だったら、恥ずかしさの余りに泣き出すというものかもしれない。

だが強気な女の子の中に、泣くという選択肢はない。


(どうして、いきなりあんな言葉になるのよ!)


前に破落戸(ごろつき)みたいな兵士に絡まれて"可愛い"とからかわれた時とはまた違う怒りが、リリィの中でこみ上げる。


丁度、昼休みの時間でその食堂に訪れていた軍の魔術師達は、少年と少女のやり取りは席が離れている為よく解っていなかったが、何らかの気配を察していた。


1人が同僚の肩を叩き、行儀が悪いと思いながらも、スープを飲む為使っていた(スプーン)で奥の座敷に1人で座っている女の子の頭上を指さす。


後ろ姿しか見えないが、巫女の装束を着けた小さな薄紅色の髪の頭の上で、一般的には見え辛い筈の精霊が色だけを伴って姿をこの世界に現していた。


魔術師達は揃って、集中して瞬きをしたなら"視界"を切り替え、その頭上を見たら風の精霊が2割、火の精霊が8割の比率で、1つの塊になって少女の頭上で(たむろ)っている。


量としては少ない風の精霊の筈だが、それが程よく火の精霊の力を煽っている状態で魔術師達はこの状態が出来た過程に興味を持って、店主を呼び、少女の身に起きた事を話聞いたなら、納得をする。


今度は魔術師達が、店主に少女の頭上に集まる精霊の話をして、魔法の才能がないオヤジは、両方の眉を上げて、行儀よく座っている、先程自分もからかったこの状態は悪い事かどうか尋ねた。


魔術師達は、まずい事は特にないと口を揃えた。


けれど、とりあえず小さなお客さんは、風の精霊―――恋に関する事と、火の精霊の怒りで、あの様な状況になっている様に見受けられるので、店としてどうにかしてやったら、どうだろうと意見して、再び連れだって店を出て行った。


そこで考えた店主は、リリィに先程ルイが勝手にスープを決めていた事もあったから、それで良いか尋ねなおす事にする。


こればかりは長年の勘というしかないのだが、小柄な女の子は肉というよりは、野菜の方を好んでそうな気がしたので、せめてもの気遣いだった。


それにあの少年が前に来た時に、褐色大男―――この国の英雄というよりも、大農家として馴染みがあるグランドール・マクガフィンに小突かれながら、野菜のスープを飲まされていた。


最初、少女は注文を変える事に戸惑っていたけれども、店主がまだ時間があるから変えられると伝えた。


ついでに、あの少年は肉ばっかり食べているみたいだから、野菜を食べさせたほうが良い、前に一緒にきていた保護者の人物も気にしていたというと、少女も安心した様に頷く。


『いろいろ、ありがとうございます』


そう言ったなら、落ち着いたのか、行儀よく座っていた脚を少し崩して息を吐いていたのを見たので、店主も少しだけからかった事を反省し、折角なので提供する野菜にスープにもう一品、付け加える事にする。


材料となる香草は、風通しの良い日陰の店の外に置いてあるので取りに行くと、余り見かけない、けれど国が"警邏"と定めている恰好をした、3人の兵士にいきなり声をかけられた。


そして、店の中に"薄紅色の髪""緑色の瞳""巫女の服"という特徴の子供がいないかと、乱暴に尋ねられる。


その粗暴な態度に嫌気がしたが、その尋ね人の姿は先程から店にいる女の子に見事に当てはまった事に驚きつつも、ここで商売人のプライドを働かせ、全く平素の振る舞いを行い、頭を即座に左右に振った。


『いいや、知りません、稼ぎ時なので失礼しますよ』


と、平然と返事をし、香草―――セロリを掴んで店主は背を向ける。


兵士で警邏の恰好をしているから、 本来なら多少胡散臭くても告げるべきなのだろうけれども、信用できるというのなら、先程この店を飛び出て行ったやんちゃ坊主の方だった。


後ろから、舌打ちが2つと"サブノック"という異国の名前が聞こえたが、店主は気にせずに調理場に戻って行く。


それから、そんな時間をおかずに、褐色大男と金髪で整った顔立ちの、こちらは安心して信用できる兵士の姿をした少年が、2人で、料理とライスボールの乗った大皿を抱えて戻ってくる。


その直ぐ後に肉の皿を抱えたやんちゃ坊主も帰って来て、何やら女の子と今度は盛大に揉めていたが、不思議と店の常連にあたる客からも一切苦情は出なかった。


そして、どうやら金髪の兵士の少年の方は、あの女の子の"護衛騎士"だという話が、耳に入ってやはりあの3人に伝えなくて良かったと店主は安堵する。


一応、食事を終えて店を出ようとする、褐色の大男―――グランドールに、一言伝えたなら、濃い大地の色をした眼を細めて短く"有難い"と礼を言われた。



それから、巫女の女の子がどうなったかは、知らない。

しかし、やんちゃ坊主は相変わらず元気よく生意気に、褐色の大男と数日おきに訪れるので、元気なのだろうと思っていた矢先、今度はその大農家共々来なくなる。


自分の店の汁物の味が落ちたつもりもないし、流石に少しばかり心配していると、丁度、農場の主であるグランドールの側近でもある"兄さん"が食材を店に運んできてくれたので、世間話のつもりで尋ねた。


するとあのやんちゃ坊主は、この国の西の果てにあるというロブロウという領地の農業研修に、グランドールの付き添いとして行っていると話してくれた。


ついでに、最近気にしている女の子も、理由は判らないが同行しているらしいので、喜んでついて行っていると耳に入れて、店主のオヤジは笑いながら安堵する。


しかしながら、その領地でやんちゃ坊主は何やらしでかした事と、研修中にそのロブロウに置いて局地的集中豪雨に見舞われて、そこから何やかんやあり、帰りが遅れているらしい―――。


そんな話を聞いてから、20日ばかり過ぎ、もう春の季節の暦は残す日数が少なくなってきた時期に、やんちゃ坊主は王都に戻って来た。


普段通りに客としてやって来たとばかりに思っていたら、いつもなら会釈位の挨拶しかしなかったのが、確り"久しぶりっす"と言葉でくれた事に驚く。


店主のオヤジがあからさまに驚き、稼ぎ時なのに動きも止めてしまうので、やんちゃ坊主は照れで赤くなりながら、横を向いてしまっていた。


『まあ、"義息子(むすこ)"なりに、ロブロウで色々あって成長したんだと察してやってくれかのう、店主殿』


独身の大農家が"息子"と言葉をした事で、今度は店中の視線が褐色の大男とやんちゃ坊主に集中する。

店主は片付けの為に、客が食べ終えて空になっていた土鍋を落として割ってしまったが、精々慌てるのがやんちゃ坊主ただ1人という事実に、慌てる当人が戸惑う。


それから、グランドールは


『これから色々忙しい事となる、取りあえず義息子に飯を食わせといてくれ』


それだけ言って、ルイだけ残し仕事があると城の方に行ってしまった。


ロブロウでは"養子にするつもり"という旨の話を聞いても、余り感じるものもなかったが、こうやって王都で何気なく、グランドールが口にするだけで、かなりの大事になっているのだと、ルイは初めて実感する。

ただ実感はするけれど、別に恐れ入る事でもなく、純粋に驚いているだけだった。


『オッサンが凄いのは知っているつもりだったけれど、汁物屋が商売道具の鍋を落とすぐらいだから、やっぱり本当に、凄いんだなあ。

オヤジさん、鍋はオレが片づけるから、肉と……野菜が入ったスープ作ってくれよ』


気の利いた言葉に加えて、"野菜を食べる"という言葉には、思わず近寄り、少年の額に手を当てると、店の脚の間から、笑い声が広がる。


『熱なんてねーよ!』


そんな言葉が八重歯の覗く口元から吐き出されたなら、漸く汁物屋のオヤジは大農家の言っていた" ロブロウで色々あって成長した"という言葉に納得していた。

稼ぎ時で忙しかったが、店主のオヤジはやんちゃ坊主の土産話を聞く。


他の客もやんちゃ坊主と大農家に纏わる話に興味はあるが、店主の性格に似たような気性の客―――先ずは仕事を(こな)してから―――が、集まる店なので、時間が来たなら潔く戻って行った。


翌日、店主に頼めば、常識の範囲内で情報を話してくれると、信頼している事もある。


そしてやんちゃ坊主―――ルイはルイで、この汁物屋のオヤジが、自分の好きな女の子との馴れ初め知りつつ、興味を持っている事は察している。


それでいて冷静に観察もしているだろうと"読み"をつけていたので、客観的な意見を聞く為の、ロブロウであった事を少年が関わった範囲で、オヤジが仕事をしている間に、タイミング良く話していた。


稼ぎ時の時間が終わり、"休憩"の旗を店の入り口にかけたなら、夕刻から持ち帰りとして主に売り出す汁物や煮物に使う根菜の革を向きながら、大体の話を聞き終える。


魔法の才能がないので、汁物屋をやっているオヤジとしては、ロブロウの自然災害を防ぐべく行われた大掛かりな儀式の話よりも、ルイが野菜を食べる事に興味を持った話が興味深かった。


ルイの方も儀式に参加はしたけれど、グランドールの補助を受けて当たり前の状況で、自分の役割になってからは殆ど意識がない状態になっていたという。


最終的には、全てが終わった後に眼が覚めて、グランドールの肩に担がれて、ロブロウの領主の館に戻っている所だったという。


『結局ロブロウに行って記憶に残っているのは、オレも馬鹿な失敗をしたのと、儀式の間留守番していたリリィと殆ど同じ様に思えるんだ』


ルイの言う自分の失敗―――リリィを悲しませたロブロウの領主に怒りを覚えた瞬間に意識をなくし、斬りかかってしまったという。

それは大変な事だと、平民のオヤジからしたなら思うが、だが医師に治癒術師もかかり"問題なし"と診断がおりた。


斬りかかられた領主の方も結構な武芸者でもあったらしく、意識がないながらも短剣を振るったルイを容易(たや)()なし、"気にしないから"というので大事にしないでくれたという。


それでも"やんちゃ坊主"の反省を促し意識を改めるのに十分な出来事になっているのは、その様子から眼に見えて判った。


『何がどう繋がって、結果的に大切なものを傷つけてしまうか分からないって事が、身に染みた』

『……坊主、その言葉はお前が考えたんじゃなくて、誰かに言われただろう?』


ルイが何気なく口にしたことに、オヤジは芋の皮を剥きながら言葉を差し込んだなら、大いに驚く。


『な、何でわかるんだ?!まあ、確かにそうなんだけれどさ』


それはオッサン―――グランドールの親友であるアルセン・パドリックが、治癒術師の診断を終えた後に教え諭すように口にした言葉だった。

オヤジは次の芋を手に取りながら、剥き始めの箇所に視線を向けながら笑う。


『ガキが使うには、まだまだ重みが足りない言い回しだ。ただ実感して、使っているのは伝わってくるけれどな』

『へえ、そうなんだな』


前なら生意気に言葉を挟みそうでもあったのに、今は素直に言葉を聞いている事に、汁物屋のオヤジも少年の成長を感じていた。


『ただの飯屋の店主が口にする言葉でもないかもしれんが、人にもよるが、意味も判らないで格好良く言葉を使おうとすると、外からみたなら、凄く恰好悪いから気をつけろ。

特に好きな人の前で使った後の恥ずかしさは、半端ないぞ』


軽い調子ながらも、暗にリリィの事を言っている事が判るやんちゃ坊主は、ここでも素直に頷いていた。


『うん、リリィの前ではしたくないから、気を付ける。そんでさ、リリィにも最後の方が、きつい事がロブロウの研修でもあったんだよなあ』


そこからは、一緒に研修に行っていたらしいあの巫女の女の子、リリィの話がかい摘まんで行われた。

ルイも殆どリリィと同じなのだが、その研修に参加した事で親しくなった、2人の人物との別れがあったという。


1人は、農業研修先に向かう途中の宿場町で偶然出会った、ロブロウ領主が用心棒として雇ったという少年2人の師匠に当たる人物。


その人は女性で、元々彼女がロブロウ領主と幼馴染であったのと、"傭兵"という昨今では随分と廃れてしまった職業だったという事で、弟子の2人の少年を用心棒として紹介したという事だった。


女性は傭兵稼業と、孤児院から引き取って育てていた弟子が一人前になったと"子育て"を終了し、まだ年若いながらも、隠居生活を幼い頃過ごしていたロブロウで始めていたのだという。


『で、これはリリィが親しくなった用心棒のお兄さんから聞いた話―――又聞なんだけれどさ、その師匠さんは弟子さん達を引き取る前に、恋人がいたらしいんだ。

事情があって生き別れになっていたけれど、ロブロウで凄い雨が降った時に、何の偶然かわからないけれど、再会したらしい。

で、日頃世話になっていたけれど、ロブロウって土地は、オッサン曰く保守的で、外からの人には冷たくはないけれど、素気ない。

領主の家で働いている人や、領地の子どもや若い人はそうでもないらしいんだけれど、住みやすいかといえば、そうでもないみたいだった。

その人は優しい気を使う人だから、自分がいる事で古くからいる人達に気を使わせたくないのもあったそうなんだ。

領主の幼馴染として過ごすのと、恋人と夫婦になって新しい領民として暮らすのは、何かとあるかもしれないからと、結局儀式で騒がしい内に出て行ったそうなんだ。

勿論、領主様はそこの所の事情は知っているみたいだった。

数日して落ち着いた時に、儀式の疲れがまだ残っているのもあっただろうけれど、リリィと一緒に話を訊いたなら、静かに笑って余り話してはくれなかったけれど、頷いてくれた。

リリィは出来るなら、挨拶ぐらいはしたかったみたいだったな』


ルイがやんちゃ坊主なりに、1つ目の別れの話をそう締めくくった。


『あの子なら”幸せになってくださいね”と、可愛い声で伝えそうだな。

で、2つ目というのはなんだ?』


感想を口にして次の話を促しながら、剥き終わった芋の皮を纏めようと椅子から腰をあげると、ルイも手伝う様に立ち上がったので、遠慮なく手伝って貰う。


『これもさ、本当に、仕方ないことなんだけれど。

ロブロウで、領主の館でずっと執事をしていた1人のお爺さんが、老衰で亡くなったんだ。

オレ達が来た時には、普段通りだったんだけど、オレが馬鹿をしちまったあたりから、天気が崩れるのと合わせる様に、調子を崩している感じだったんで、休んでいた。

それで、儀式でロブロウ全体が騒がしい時に、安静に休んでいるから気にしないで欲しいって言っていたみたいで、その間に眠る様になくなったって、オレは話に聞いた』


ルイが生ゴミとなる芋の皮を、汁物屋の親父が集めている桶に拾い集めながらやや口早に会話を続ける。


『やんちゃ坊主が、老衰なんて言葉を知っていたか』

『言葉は知らなかったけれど、オッサンや、リリィの世話になっている賢者様がさ、教えくれた。

オレも"老衰"って、難しい言い方は知らなかったけれど、意味は知ってる。

マクガフィン農場でも、たまに誰々の爺さんや婆さんが死んじまったから、今日は休むみたいな話はよくあったし―――これはどうすんだ?』


賢者という聴き慣れない言葉に、汁屋のオヤジが驚いているのに気が付いたが、取りあえずは気にしないで剥き終えた皮は、使い込まれた汚れた布袋に全部詰め込んでルイが尋ねる。


『後で纏めて庭の穴に捨てるから、厨房の入り口に置いてくれ。

それと、"聞いている"という言い方だと"旅立った"執事さんとは坊主や巫女のリリィちゃんは、会えなかったんだな』


一方のオヤジも、賢者という言葉が少し気にはなったが話の流れに関係ないから、訊くにしても後回しにし、ルイが何回も" リリィ"と口に出すから自然に覚えた女の子の名前を口に出して尋ねる。


『うん、オレ達はさ、農業研修で一応"客人"扱いだし。

なんていうんだっけか、ああ、そうだ遺言書も、年も取っていたから前からあったらしくてさ。

それを領主さんが預かっていて、それには出来るだけ静かに、騒がずに"送り出して欲しい"って書いてあったそうなんだ。

領主様も、長年勤めてくれた執事さんだから、その意志を"(あるじ)"として尊重したいって、言っていた』


『そうか、"旅支度"は、確りとしていた執事さんだったんだろうな。

俺もあと10年もしたら準備を考えないといけないな。

で、リリィちゃんは泣いたのか?』


その言葉には、傷跡の多い、グランドール程ではないけれど日に焼けた腕を少年は組んで、悔しそうな、でも仕方ないとも考えている様に、汁屋のオヤジに見受けられる表情を浮かべていた。


『絶対泣いたのは確実なんだけれど、その、オレは泣いた所は見せねんだよ。

領主様が、執事さんがいなくなったことを寂しいと思っても泣いても良いけれど、絶対に悲しまないで欲しいって、言われて、そこには素直に頷いていた。

リリィは優しいし、賢者の旦那から勉強とか見て貰っているから、領主様が言った言葉の意味は理解出来ていたと思う。

それで、ロブロウを出る時には、寂しいのも乗り越えてて、執事さんのお墓は教えて貰ったから、好きだと言っていた秋桜の花束が手にはいったから、帰りには農業研修の皆で行ったんだよ』


そこまで言い終わる頃には、頼まれた仕事を終えて、八重歯の見える口を閉じて、今度はレンコンの皮を剥き始めるオヤジの側に戻っていた。


『言っとくけれど、別の所でオレが不注意で泣かせた事があったから、好きな子の泣き顔を見たことがないとか、そんなガキっぽい事で、拗ねているわけじゃあないからな』


『じゃあ、何にそんなに、グランドール・マクガフィンの養子に選ばれたやんちゃ坊主は拘っている感じなんだろうな』




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