行きはよいよい、帰りはどうだ?その③
さて、やっとこさ帰れるでしょうか。
「アプリコット様、お祖父さんが賢者って、どんな感じっすか?。というか、お祖父さんと孫ってどんな距離感ですか?」
短時間ではあるけれども、共に店番をする事になったやんちゃ坊主のルイの唐突な質問だった。
それに対して、上着を羽織ったアプリコットはマーガレットの店のビスケットをコーヒーと共に飲食場所で、それなりに上品に食しながら、眼を丸くしていた。
ただ、驚きはしたけれども、食べ物を喉に詰めるという程の事はなくて、サクサクと小気味いい音を一度止めたが、直ぐに再開して最後まで食べ終えてから、どちらかと言えば小さな唇を開く。
「いや、別にお祖父様は、お祖父さんでしかないんだけれど。
それにお亡くなりになる前の数年は、寝たきりとまではいかないけれど、自室に籠ってどっかに現役の賢者みたいに、引きこもりの様な生活で、お会いする事も少なかったわ。
そうね、世間に一般的にいう"祖父と孫"の生活なんていうのは、本当に小さい頃位で、後はねえ……。
というか、ルイ君て私の幼少時の話はロブロウで、それなりに聞いているでしょ?」
どこかの耳の長い賢者の様に、朗々と結構長めの返事を行った後 に、以前ルイは自分の生い立ちを知っている筈なので、確認する様に視線を向けたなら癖っ毛の髪を揺らして少年は頷いた。
それから、左上の方に視線を向けながら、牙の様な八重歯を見せつつ口を開く。
「えーと、結構悲惨な幼年期?」
例え貴婦人であろうとも、惚れている女の子以外には気を使うのが面倒くさいルイは、ロブロウで話に聞いていた"アプリコット・ビネガー"逸話を耳に入れて率直に抱いた感想を口にした。
しかしながら、その率直な感想は、言われた当人も振り返っても、間違ってないとは言えない物なので、苦笑いを浮かべながら取りあえず肯定する為に頷いた。
「間違ってないけれども、ともう少し語彙増やして、柔らかくに尋ねること覚えた方が良いわよ、店番の"お兄さん"」
「へーい」
店主であるマーガレットは、本日最後の焼き菓子の具合を見る為に、厨房に入っていて、極短い時間ではあるけれども、店番をルイ・クローバーと、先程到着していたアプリコット・ビネガーが行っている。
どうしてそうなったかと言えば、アプリコット、シュト、そして荷物持ちのお手伝いのライヴ到着してから色々あってこうなったとしか、例え様がない。
喫茶店"壱-ONE-"を出る際には、店主のウエスト氏は、昼前から様々な注文をしてくれていた客が、退店するとあってわざわざ見送りもしてくれた。
ただ、アプリコットの上着を使って隠している、"不貞不貞しい印象を与えるウサギのぬいぐるみ"に対し、
『確かにぬいぐるみも汚れないいで、何を持っているかわからないですけれども、結構目立ちますねえ』
という、実に客観的な意見を、"お上り貴族"が気に入ったと持ち帰りに注文していた(となっている)クルミパンと共に進呈してくれた。
その目立つ状態で、取りあえず荷物持ちのシュトとライがアプリコットを庇う様にして、王都の城下町の東側を進んで行く。
昼時も過ぎて、少々早い時間だが、恐らく夕食の買い物に来ている客や、これからが観光だといった雰囲気の旅行客でそれなりに賑わっている中を足を運んでいた。
そんな中で、2人に庇われながらアプリコットがウサギの賢者を抱えて、進んで行くのだがやはり少な からず、視線を集めていた。
主に感じるのは"あの隠している様に抱えている荷物は何だろう"というごく普通の視線と、もう1つ"上着をかけているウサギの賢者の大きさ”と抱えている"アプリコットの外見"も相俟った予想外の物となる。
それはある意味で、それなりにの知識があり、加えて互いに察しの良いウサギの賢者とアプリコット、抱えられている方と抱えている方だったので、
"|そういう《赤ん坊を抱っこしている》誤解だけは、受けるのは嫌だ"
と、早々に1人と1ッ匹は訴え出て、東側でも人通りの少ない方に早々と移動し、"作戦会議"が始まる。
『こんな調子で言ったなら、"ウサギのぬいぐるみ"の姿を隠しても、これではお子様達と新人兵士君の注目をどちらにしろ、集めちゃうわね……』
『"アプリコットさま、何もってますか!?"と、お子様達がアッちゃんを発見した途端に揃えて口にするのが、簡単に想像出来るニャ~』
『アルスなんか、目敏いから上着被せてても、"あれ、あの大きさって賢者殿じゃないかな?"って、言葉には出さないけれども、表情に出されそうじゃないっすか』
対若人包囲網に対し、作戦会議が始まって、あの4人相手に30秒も過ぎない内に"ばれない方が不可能だ"という結論が出た。
それにアプリコットによれば、リリィとルイがマーガレットさんのお店に行く際に"護衛"として一緒に付き添っている"シノ・ツヅミ"も、中々鋭い所もあるので、やはりこのままではいけないという事に、会議は決着した。
『ニャ~、賢者殿、"賢い者"なんか知恵だせにゃ~。そもそも見つかったら拙いのは賢者殿の方で、ワチシらとしてはリリィちゃんが気まずい思いしたら嫌だろうから、手伝っているのに過ぎないんだニャ~』
ライが極正直に意見をしたなら、アプリコットから抱えられて上着から耳を曲げた状態で顔だけを出し、眼を線の様にしている賢者はモフモフとした口を動かす。
『……というかさ、ワシ、調べ物したいのに狭い場所に入るからウサギの姿が丁度良いのと、昼間だから人通り多いから喫茶店"壱-ONE-"では、この姿でいたんだ。
まあ、アルセンがやってくるのは完全に予想外で、大人としての尊厳を踏みにじられそうになったのは我が身の不幸だった。
本当に世の中は何が起こるか、わからないねえ~』
小さな鼻をフコフコとさせ髭を揺らしながら口にするけれども、アルセンに関しては話しを訊く限り、3人揃って"自業自得だ(ニャ~)"と思ったが、会議が長引きそうなので、敢えて突っ込まずに置く。
『じゃあ、目立たない場所で人に戻って貰って、賢者殿はここに放置しすれば良いって話でオッケーなわけ?』
『放置は酷いな』
立場上、賢者に友人として口が利けるのがアプリコットだけの為に、代表して評決を取る形で口にしたなら、歌って踊れる王族護衛騎士も皮肉屋の用心棒も揃って胸元で挙手し、案は可決される。
『まあ、放置されても一向に構わないんだけれども、少しだけ協力をして欲しいかな。
何やかんやでここにいる皆が言う通り、あそこにいる子ども達は鋭いし、唯一の大人も十分用心しなければいけない相手だ。
全く気が付かれない様にする為に、彼等を分断して欲しいんだよねえ』
『分団っすか。どういったとか、具体的な希望はありますか?』
ウサギの賢者は放置される事をあっさり受け入れてた代わりに、頼みごとをしてくるので、これにはシュトが確認の言葉を口にする。
『そうだねえ、先ずはリリィとアルス君は、マーガレットさんのお店から結構な距離を離して欲しいかな。
今回、リリィには"ネェツアーク"でもウサギでも見つかったら、拙い状態だからね。
それにリリィが離れたなら、必然的にアルス君も行動を共にする事になる。
最初は、アプリコットさん達について来てくれているシノさんというお嬢さんも、この場合はついて行くだろうね』
『にゃあ~、じゃあ、そっちは私に任せて欲しいニャ~。前にリリィちゃんが欲しいって言っていた雑貨が、ちょっと戻った所にあるし、マーガレットちゃんのお店からは、離れるにゃ』
ライが護衛騎士の鎧を外している事で、ことさら目立つ比較的平らな胸元をトンっと拳で叩きつつ、自信一杯に口にすると、賢者はフンフンと鼻を鳴らして頷いていた。
『おお、ライさん頼もしいねえ。リリィは最近お洒落というか、漸く同年代位の女の子が興味を持つようなのに目を向ける様になったから、よろしく頼むよ。
ワシ、女の子の喜ぶセンスが全くわかっていないからね』
かつてライの相棒である、リコリスにも殆ど同じ言葉を口にしていた賢者は、"アルス君に可愛い物を期待するのも、悪 いしね~”と言って、自分の護衛騎士の親友に円らな眼を向けた。
『そんでもってアト君に関しては、シュト君に一任』
『まあ、そうなりますよねえ』
この中で、自分が一番巧く担当出来るとしたなら弟しか思い浮かばないし、苦手事を頼まれているわけでもないので、気持ち的には気楽であった。
安堵しているシュトに、一応注意を促す様に耳の長い賢者は小さな口を開く。
『アトの気持ち的には、マーガレットさんのお菓子を食べて、リリィも会えて、今日はロドリー・マインド卿のお家にお世話というか、お泊りで、気持ちで"キャッキャッ"しているだろう。
多分、ロドリーの方も、性格的にも時間的にも確り準備は出来ていると思うから、これから行っても大丈夫。
でも、気持ちが昂り過ぎて、いつも以上に落ち着きがないと思うけれど、移動中に興奮してはしゃいで大きな声を出さない様によろしくね』
『確かにそうっすね、了解です。別に王都の生活でアトの事を隠すつもりもないけれど、大っぴらにする事でもないですしね』
王都付近の生活の先輩でもある賢者の忠告を、皮肉屋の少年謹んで受け入れた。
『それでシュト君、さっき喫茶店"壱"でマインド邸の場所は裏切り者殿から教えてもらっているよね?』
『あら、失礼ね、腹黒貴族の内通者ぐらいにしておいて欲しいわ。シュト、さっきので地図で大丈夫よね?』
性格が似た者同士は、貶し事すらも遊ぶように口から出して、シュトの方に最終確認をするとシュトはズボンのポケットに突っ込んでいた地図を取り出して頷いた。
『それで、ライさんがアルスにリリィお嬢ちゃん、シノさんをマーガレットさんの店から離す。
俺が、弟を連れて、ロドリー・マインド様のお宅に伺う、で、ルイ君はどうするんですか?。
俺的には、リリィ嬢ちゃんが動いたなら一緒に動きそうな気もするんですけれど。
それとも、話しの流れ的にルイ君の相手をするのがアプリコット様がするみたいな感じになっていますけれど、そう言う事っすか?』
今度はシュトが確認するように、雇い主と、その雇い主に抱えられている賢者に視線を剥けると、これにはアプリコットが頷き口を開く。
『あからさまじゃないにしても、折角一度集合した物をまたばらかそうとしているからね。
別に、ルイ君が"何が何でもリリィについて行く"と言ったなら、それを止めるつもりもないんだけれども、それを促す発言ばかりをしてもと考えているの。
何て言うか、ルイ君は今でこそ"リリィちゃんにぞっこんのやんちゃ坊主"という枠に納まっているけれど、"このままいくと"、それだけじゃないような気もするのよね~』
周囲を確認しつつ、そう口にしながらウサギの姿をした賢者を、王都の城下町東側の石畳の上にゆっくりと降ろした後に、再び姿勢を上げた時には、考え込む様に腕を組んでいた。
ただ、シュトにしてみたなら"ルイ・クローバー"の優秀さなら、ロブロウで目の当たりしており自分なりに、よく知っているつもりである。
雇い主が、どうして今更そんなに考え込んでいるのか、不思議に感じながら返事をシュトは行っていた。
『そりゃあ、セリサンセウム王国の英雄のグランドール様が養子にしようって考えているぐらいですからね。
真面目にやっていてさえすれば、下手な貴族のお坊ちゃんとか蹴散らしちまいそうだけれども』
『ええ、そうなんでしょう。そうなんでしょうけれども……』
自分の用心棒が口にする言葉は、何1つ間違っていないしアプリコットも大いに同意する。
この王都で英才教育を受けてきただろう、一般的な選良と表現される同世代よりも、ルイ・クローバーという少年は、きっと優秀だと思う。
ただ、"それだけではない"という引っ掛かりが、やんちゃ坊主と出逢って間もない頃の出来事をアプリコットに思い出させる。
初対面の時も含めて、老齢の執事が集めてくれておいた事前情報から、なかなか興味深い逸材だと思っていたし、実際に言葉を交わして面白いとも思えた。
早朝に屋敷を抜け出しても、バレてないと悪びれない堂々とした態度に、そしてそのあと自己抑制は出来ない程、"大切な人"を揶揄う自分を排除しようとしていた。
その少女がやんちゃ坊主の全てのようでいて(後に、実は2人は出逢ってそれ程経っていないと後に聞き、アプリコットは驚愕する)、世話になっているグランドールへの、恩と義理と尊敬の念を忘れてはいない。
その事は 、ロブロウの領民ながらも誰の意見にも、耳を傾けない、自分の考え方に凝り固まっている者の歪な誇りを粉砕して貰う目論見の際に、ルイを利用させてもらった時に、露見していた。
"グランドール・マクガフィン"を尊敬していると宣っておきながらも、その実は"国の英雄とも親交を持ち親しくなった自身を誇りたい"
そんな利己主義者の為に、オッサン《グランドール》を利用する事を本当の意味で尊敬しているやんちゃ坊主は許さない。
―――グランドール・マクガフィンに近付きたきゃなあっ、自分に与えられた褒賞でもなんでもに執着しないで、分け与えてやれ。
―――死んだら金も名誉も誇りも、何だってもってはいけないんだ!。
―――だったらあんたが世界から消えた時、残った世界で関わった、世話になった人達が苦労なんかしなくて済むようにやってやれ!。
―――そしたら幾らでも"生きていた世界"であんたは偉大な存在だったと残った人達が、あんたを崇めてくれるだろうよ。
激しい舌鋒ではあったが内容は理論的に、やがて"義父"となる存在の尊敬の念を感じさせるものがあった。
(いや、理論的ではあるのだろうけれども……どこか"理屈"っぽい印象も強かったのよね)
その理屈は、今しがた抱えたいたウサギのぬいぐる様な、そして自分の祖父となる若い頃から白髪の目立った賢者と言う存在を、不思議と思い出させる。
けれども、思い出させるだけであって、"重なる"とまではいかない。
ただ、アプリコット・ビネガーの内に、ルイ・クローバーに対して何かしらの似た者というか、類似性と共感を感じてしまっているのも事実であった。
『―――まあ、アプリコット殿には、やんちゃ坊主に対して何やら感じる物があるらしいから、任せて見たらどうだろう。
それに、さっきシュト君やアプリコット殿が言った通り、ルイ君がリリィについて言ったなら、それまでの話しだからね。
流れに任せ見るのも"これ一興"という物だ。
何にしてもライさんにシュト君、それにアプリコット殿が巧くやってくれている間に、ワシはバロータさんのパン屋さんに侵入して、魔法の箒に乗って鎮守の森に戻っておくよ』
アプリコットがルイに対して、少しばかり語り考え込んでしまい、話しの流れが止まった様子になったのを、ウサギの賢者が引継ぎ進める。
シュトとライは自然に視線を下げ、語っているウサギの賢者に注がれ、従う意志を含め無言で頷いた。
それを確認した後に、本当のウサギならありえない肉球のついたフワフワな手を、賢者は正気付かせるように、アプリコットの脚をポンポンと二度叩くと、叩かれた方は伏せていた顔を上げる。
『アプリコット殿、それじゃあ、後はよろしくね~』
そう言い残し、何時の間に受け取っていたのか、ウサギの賢者はお気に入りのモチモチのクルミパンが入った紙袋を肉球の手にしたまま、人の大きさでは入れない路地裏へと姿を消していた。
立場的にはやはりアプリコットが指揮を執る形なので、荷物を抱えなおして、再度出発する旨をライとシュトに告げる。
路地裏に入っていた事もあって、流石にシュトも判らずライに道案内を委ねて大通りに出たなら、再び喧騒に包まれた。
『あーシュト兄に、アプリコットさまに、ライちゃんもいます!』
そして予想的中という所なのだろうが、 マーガレットの店が近くにまで進んで行くと、向かっていた一行が、直ぐに子ども達に先に発見される事になる。
既に"ウサギの賢者"と別行動をとっていたという事もあって、正直に言って"見つかっても構わない"くらいに気は緩んでいたが、想像以上に早かった。
のんびりとした声の響きからして、判別できるのはシュトの弟であるアトであり、背の高さから言っても、一番高い彼が直ぐに視界に入る。
アトの手を引いているのはリリィなのだろうが、巫女の女の子は小柄な事もあって、そこそこの人混みでもあり、その姿は人の姿に見え隠れしている。
その横にルイが適度な距離を取って、巫女の女の子の傍にいる形で後頭部に手を組む様にして、だらしなくは感じる格好に見えながらも、ぶつかりそうになるのを見事に防いでいた。
ただ、アトの声がしたなら直ぐに頭に回していた手を降ろし、左右の眉を上げて判り易く驚いた表情を浮かべている。
すると、その横から背伸びでもしたのだろう、"ひょっこり"と薄紅色のフワフワと髪をした、強気な目元が印象的な少女の顔の上半分だけが先ず見える。
美人の貴族と同じ綺麗な緑色の眼を持ったリリィが、見えている部分だけでも笑顔と解る表情を作っていた。
『あ、本当だ、アプリコット様とシュトさん、えっと、それにライ さんもいるんですよね?、アトさん』
姿が良く見えない程人が多いにも関わらず、鈴なるような少女の声はよく聞こえる。
だが、どうやらリリィからは人通りが多い為にライの姿が巧く見えないらしく、最後の方に疑問符をつけていた。
『はい、ライちゃんもいます』
『アプリコット様やシュトさんはともかく、どうしてライさんまで……って、荷物を抱えている。ああ、そう言えば、アトさんが、荷物を置きっぱなしになったから、それを持ってきてくれたんだな』
リリィがアトにも判り易く質問をしたのなら、正確に返事をした後にルイが追加情報を口にすると、少女は納得した様子だった。
『おーい、リリィ早いよ……って、あれアプリコット様にシュトにライさん?!』
そこに聞こえてくるのは、アルスの声でこちらは人混みでも、シュトの次に高い身長と軍服姿のお陰で直ぐに判った。
そして、アプリコットを筆頭とする3人の姿を視界に入れると、こちらは空色の眼を丸くしていた。
『えっと、こっちにいらっしゃるように賢者殿から指示でもあったんですか?』
軍学校では発声の訓練も行っている為、大きさもあるのだろうが良く通る声でアルスが呼びかけをされたなら、少しばかり注目を集める事になる。
『あら、そう言う風に言うって事は、賢者殿から何かしら連絡があるのを知っているのかしら?。取りあえず、落ち着いて話せるお店に入りましょうか。
人も多いし、大声で話しても迷惑になってしまうから、はい、マーガレットさんの店に移動、移動~』
注目を集めた事に新人兵士が、少しばかり赤面して慌てている所には、アプリコットが助け舟を出す様に、少しばかり芝居かかった物言いで言葉をかけていた。
ただ、それが貴族の淑女の行動に相応しいかと言えばどちらかと言えば"はしたない"行動にはなるのだが、王都の城下町で彼女の事を貴族の子女と知っている者が少ないので、特に憚る事なく行っていた。
『はい、マーガレットさんの店に戻りましょう!』
『わわわ、アトさん、待って!』
『リリィ、大丈夫か?!』
そしてこの面子の中では、素直さは断トツのアトがアプリコットの言葉を素直に聞き入れ(※マーガレットのお菓子をまた食べられると期待しているのもあるが)て、早速身を翻していた。
勿論手を繋いでい るリリィは引っ張られ、ルイはそれを気遣い、元来た道を戻っていくことになる。
『さて、私達も引き続きマーガレットさんの店に向かいましょうか……って』
《思えば、今ぐらいが賢者殿がバロータ様のパン屋さんに忍び込む機会だったんじゃないかしら。
もう少し、時間を引き伸ばせば良かったかしら?》
勘の鋭い子ども達が街道を戻っていく姿を眺めながら、ふと気が付いたように声を送っても大丈夫なシュトとライに送った。
(うーん、ウサギの格好している賢者殿なら、かなりすばしっこいみたいですから、大丈夫じゃあないですか?)
《でも、お店の扉は"人"の姿じゃないと、開けられないんじゃないかにゃ?。
あの御店《パン屋》、|店主《"バロータ様"》と同じで、見た目は普通ながらも、中身は結構な結界を張っていたんだにゃ……ん?。
思えば、さっきの面子の中に、シノちゃんいたかにゃ?》
シュトとライの返事を聞いて、ウサギの賢者―――ネェツアークはまだ戻っていないという確信を得る。
『いなかったわよねえ……。で、あの娘さんも思えば"鳶目兎耳"だったんだわ』
アプリコットは小さく脱力する様に呟くと、今回は殿の様に一番最後の方になって、先に戻る形になる子ども達の姿を眼と脚で追う。
マーガレットの店に向かう中途、人の多い大通りは抜け、先程よりは人通りが少なくなった事もあって、他の通行者の迷惑にならない様に纏って歩き出す。
そんな中で"どうしてアプリコット一行の達がこちらに向かっているか"の理由を、"勘の鋭い子ども組”は各々、聞き易い相手から聞き出していた。
今回の場合、アルスはシュトで、リリィは手を繋いでいるアトの荷物を持っている事もああり、ライとそれぞれ別れた後の情報を交換している。
そして、残った感じでルイとアプリコットとなる様に思えたが、やんちゃ坊主は、アルスとリリィの話しを聴いていれば必要ないと判断したのか、"お疲れ様です"と会釈をしただけで、それ以上話しかけてくる事はなかった。
(まあ、たしかにウサギの賢者殿がやって来た事以外を除けば、シュトもライさんも、アルス君にリリィちゃんに伝えている内容は概ね同じだから、確かに私に聞くまでもないんだけれどもね)
かといって、気まずい雰囲 気ではないので
『あ、そうだ、荷物持つっすよ』
『そうね、じゃあ、こっちをお願い』
という様な、やり取りは行われていた。
やがて合計7人の大所帯は、比較的和やかな雰囲気で、マーガレットの菓子店の前に辿り着こうとした時、一斉に脚がとまる。
菓子店の斜向かい、バロータさんのパン屋の店の前でシノが実に判り易く、洞察する視線を注いでいるシノ・ツヅミだった。
シュトが先程の雇いぬし声での内容を思い出しながら、親友に"どういう事だ?"という視線を向けると、新人兵士は苦笑いを浮かべて、口を開いた。
『シノさん、こちらについた時からなんだかだパン屋さんの事が気になっているらしいんだ。魔法もある程度使えるって、仰っていたから、何かしらあるのかな』
パン屋の主である老翁は、昔は武芸を嗜んでいた程度の情報はアルスも世間話をして承知している。
でも、見た目は魔法に縁がないアルスにしたなら、普通のパン屋にしか見えない。
『バロータお爺ちゃんのお店、そんなに変わっているかな?』
リリィもそんな事を呟く様に言いながら、ニコニコしているアトと手を繋いだまま、華奢な首を傾けて、不思議そうに未だにパン屋を観察しているシノを見つめていた。
(何か凄く見張っているというか、観察していますね、シノさん)
アルスと同じで、魔法は"からきし"であるシュトは、"ウサギの賢者が密かにパン屋に入らなければならない"経緯を知っている事もあって、言葉には出さずに、拾ってもらう様に頭に浮かべる。
ただ、シノの熱心に観察している所には、呆気に取られてしまう視線を向けてしまっていた。
同じ様に事情を知っている、ライの方は猫の様な眼を数度瞬きを繰り返し、半眼にして"視界"を切り替え、より具体的にシノが何を行っているのかを観察していた。
《……にゃあ、これじゃあ、悪人面というかウサギの賢者殿でも、侵入不可能だニャ~。
パン屋に張っている結界に対して、その上から観察する為の様子見の風の精霊を纏わせた糸を張り巡らせて飛ばしているから、少しでも接触したらシノちゃんにバレちゃうニャ》
『にゃあ、リリィちゃん、シノちゃんはマーガレットさんのお店着いた時から、こんな感じかに ゃ?』
ライは視界を戻しつつリリィに尋ねてはいるけれども、その疑問の視線はやんちゃ坊主と新人兵士にも向けられていた。
『えっと、到着した時は、最初はごく普通な感じでマーガレット姉さんとも挨拶をしていたのだったんですけれど』
巫女の女の子が正確に思いだそうとゆっくりと考えながら、小さな唇を開いてから、先にマーガレット菓子店で"待機"していた同僚のお兄さんであるアルスを見た。
するとアルスの方も、小さな同僚"間違った意見をいっていない"という事を保証する様に、後を続けてくれる。
『リリィが、"あそこがいつもパンを買っているバロータさんのパン屋です"って紹介したときは"そうなんですね"と、最初は極普通だったんですけれど』
そして、同じ様にその状況を見ていたやんちゃ坊主に今度は アルスが視線を向けると、ルイが"心得た"といった風に頷き、牙の様な八重歯が覗き見える口を開いた。
『最初は普通だったんだけど、一回パン屋さんの方を見てから、そのまま驚いて二度見して外に出て行ったんすよ』
それから、"あの状態"になってしまったらしい。
シノが外にいることで、お腹が一杯になってお菓子への拘りが薄れてしまったアトも、今度は外に興味が出てしまった。
それに店主のマーガレットも、お客さんの相手ばかりもしていられない(本当は憧れの新人兵士がいることで、極度に緊張していた)のもある。
それならば、何らかの連絡があるまでは、と"勘の良い子ども連合"は揃って、外出状態になっていたのであった。
アルスは、ロドリー・マインドが何らかの連絡寄越す場所が、マーガレットの店ということなので、護衛対象であるリリィと再会したこともあって、出来るだけどちらからも離れまいとしていたけれども、結局アトに引っ張られる形で、出てきてしまった。
そして、喫茶店から赴いた3人をアトが目敏く発見して、戻ってきたなら相変わらずのシノの状態に、7人は困惑する事になっていた。
『それで、まだ継続中という事なのね。でも、まあ、そろそろ離れないとご近所さんからも何やら余計な心配されちゃうかもしれないから、シノさんに呼びかけましょうか』
《多分、糸の方を魔法事解くようにしないと、賢者殿が誰にも気が付かれずに、バロータ 様のパン屋さんに入れないわ。
解いたら、後は自力で何とかしてくれるだろうから、これからの行動はさっき言った流れみたいな感じでよろしく》
声で以て最終確認の為に、シュトとライに告げた。
(了解です)
《了解だにゃ~。とりあえず、シノちゃんに呼びかけるのだけはアッちゃんに頼むにゃ~》
《オッケー、こちらも了解》
それまで殿の如く最後尾いたのが、今度は先頭に出てパン屋の前で立ち尽くしているシノの肩に、軽く手を置いたなら、ビクリとして、振り返りアプリコットの顔を見たなら更に驚いた様子だった。
『アプリコット様、何時の間に―――』
どうやらこちらが着た事に気づかない程、パン屋の結界の不思議に集中していた様子だった。
アプリコットも数度瞬きをして、先程のライの様に視界を切り換えて見たのならシノ指先から、幾筋もの透けた糸に情報を司る風の精霊を帯びさせて伸ばして、絡ませている。
バロータ爺さんのパン屋に張っている"留守"を守る結界も、シノが伸ばしている調査をする為の糸も、互いに"攻撃"という属性ではないので、目立つ形で具現化していない。
簡単に例えるなら、鼬ごっこを延々と繰り返している形で、シノの伸ばした"糸"が何らかの情報を求めようと、パン屋の結界の"糸口"にまで届こうとしたならそれをひらりと躱す。
それが実に"もうちょっとで届きそう"や"少し掴んだところでするりと逃げる"という、追っている側の競争心を見事に煽る、結界を造った側の術中だった。
アプリコットは頭の中に、東の国の"赤子の手を捻る"という諺を思い出しながら、シノに声でもって、呼びかける。
《随分と集中をしていたみたいだけれど、その結界に関しては、"今は"深く追求するのは諦めた方が良いんじゃないかしら?。
王都の城下町にある御店だから、もしかしたら国王陛下の何かしらの縁がある方が、立場を偽るわけではないけれど、隠れ蓑にしているのもあるかもしれないし》
《そう、ですね。それに皆さん、何時の間に揃っていらっしゃるみたいですし、辞めておきます》
雑な言いくるめだとはアプリコット自身でも思ったが、シノが素直に聞いてくれた事に安堵しながら、精霊の能力を通している眼には見えぬ糸を巻き取るのを、変えた"視界"で見守りながら声を伝える。
《そうそう、その内、きっと解るわよ》
そのパン屋という建造物の正体は地下に通路が通されていて、国王が"見習いパン職人"に扮して出てくる為の物である。
本来は、万が一の際の"逃走経路"なのだろうが、現在の所一番の使用目的は"国王の息抜き"の為に使われているのが、現状であった。
そんな情報も、ロブロウでウサギの賢者と情報共有をした際に知っているアプリコットであったが、シノには今少し伏せている事にする。
(国王陛下自身は、恐らくシノ・ツヅミという明るい根性のある性根の"部下"を気に入るだろうから、鳶目兎耳の長でもある鳶色の人が認めたなら、直ぐに知らされる事実だろうしね)
誰にも拾い読まれない様に、"壁"を作ってそんな事を考えながら、アプリコットはシノに語り掛けていた。
『シノさん、リリィさんとルイ君の護衛ご苦労様!。ところで、これからの事を少しばかり話したいのだけれどもいいかしら?』
『はい、わかりました』
シノも頷いてくれた事で、身体の大きさは揃っていないながらも、合計8人という一般的には大人数とされる数字で、マーガレットの菓子店の中に入る。
店主のマーガレットは最初、再び憧れの新人兵士の姿に一時的に赤面をしたけれども、客人の多さに直ぐに意識を切り換えて、接客を適切に行うべく動き始める。
『人も多いし俺、手伝うわ』
『アトも手伝います』
『あ、ありがとうございます』
ザヘト兄弟がやや強引に手伝いを申し出たのに、少しばかり戸惑いながらも、実際人数も多っかたので、礼を菓子職人は口にしていた。
シュトは、その外見から想像出来ない程、当初から親切だったのと、アトも"手伝いたい"と拘りが良く判ったので、マーガレットはその申し出を有難く受け入れる。
いつもなら、仲良しの巫女の女の子が手伝ってくれるのだろうが、アプリコットから声で、ここまでのあらましと"これから“の協力を求める旨を、接客しつつ伝えられていた。
それで、リリィは"これから"の事を含めてライから熱心に話しかけられていたので、マーガレットは了解の返事を胸の内で”わかりました”と浮かべ引き続き接 客を続ける。
その間に、マーガレットには説明の声を送られていた。
《取りあえず、賢者殿が戻る為にバロータ様の店に入る為には、シノさんも含めてなんだけれども、アルス君リリィちゃんは、店から離しておきたいのよね。
そちらはライさんが確りしてくれると思うので、任せておいて大丈夫。
で、今マーガレットさんと一緒に給仕をしてくれているザヘト兄弟も、この後そのまま東側にあるロドリー・マインド卿のお家に向かう事になるから、こっちも大丈夫。
それで、マーガレットさんのお店をそのまま連絡の中継に使わせて欲しいのだけれどもいいかしら。
賢者殿が無事に鎮守の森に戻ったなら、マーガレットさんのお店に連絡をくれるそうなの。
いつもの魔法の紙飛行機だと、”賢者殿”だと、お子様達は気が付きそうだから通信機を使うらしいから、よろしくね》
(判りました。それじゃあ、皆さんがお茶を飲んでから、リリィちゃんにお土産も兼ねて焼き菓子でも私は焼いておきます)
マーガレットも声にはすっかり慣れたといった感じで、簡単な作業を熟しながら返事を胸に浮かべていた。
『賢者様は、先程は帰る前に店に寄られると仰っていましたけれど、予定が変更となったわけですね』
―――それじゃあ、私は帰る前にまた寄るから、よろしくね~。
厨房で焼き立ての菓子を皿に盛りつけながら、店を出ていく前に鳶色の人が口にしていた内容を思い出しマーガレットはシュトに確認する。
勿論、アトが食器を運んだことで不在を確認した上で、マーガレットの確認に、少しだけ顔を紅くしているシュトが頷き口を開いた。
『ああ、何か色々予想外の事が起きたというか、俺も驚いたんだけれど、俺達が出て行った後に、アルセン様もマーガレットさんの店にアルスと来たんですよね?。
それで、結構色々あったみたいですけれど、大丈夫でしたか?』
出来るだけ"乱暴"な印象を与えない様にしつつも、他人行儀に丁寧過ぎないように親しみを出せるようにと、自分でもややこしい事をしていると考えながらシュトがそんな返事を行う。
ただ、ややこしい事を考えて発言したただけあって、マーガレットにとってはシュトの気遣いの発言は、自然に返事を返せる物になっていた。
『はい、本当に色々あったんですけれど、そこはロドリー様とアルセン様がいらっしゃいましたから、身の危険の心配は全くありませんでした。
アト君も良い子でしたし、その、アルスさんもその後いてくれましたし』
懸命に顔が赤くなるのを抑えようと努めながら、マーガレットが言葉短く反応しようとするのに、気が付いたけれども、素知らぬふりでシュトは話しを続ける。
『後で弟がそれなりに話してくれるとは思うんですけれども、多分要領を得ないんで、今度良かったら、教えてもらえますか?。
今日からロドリー様の家に世話になるにしても、いきなりだと馴れ馴れしいし、アルセン様とは、なんかあるみたいで訊き辛い。
それに明日からは、2人共普通にお仕事みたいだから。
"親友"のアルスにも話しを聴いても良いと思うんだけれども、仕事があるだろうから機会が合うかどうかも分からない。
その現場にいたマーガレットさんに、良かったら詳しく訊いておきたいんだ。
弟は少なからず、興奮した場面になったみたいだから、家族として状況は掴んでおきたい』
勉強は苦手だけれども、回る頭でマーガレットとの間に生じた繋がりが少しでも確りとしたものになる様に、そんな言葉を口早に出していた。
マーガレットはシュトの思惑など知るよしもなく、早口に言われた内容ながらも確りと聞き取り、優しい温かい笑みを浮かべ頷きながら口を開く。
『はい、わかりました。その方が、アト君とシュトさんにとって、これからの王都での生活にとって良いというのなら、私で覚えている限りでお話しますね』
粗野な恰好が趣味であるけれども、大変家族想いである事は、シュト・ザヘトに本日出逢って数時間でもマーガレットも感じ取れていたから、喜んで協力をの言葉を口にする。
そして、次の瞬間には先程は抑えられていた頬を確りと赤くしてしまいながら、今度はマーガレットの方が早口となりつつも、更に続ける。
『それにアルスさんも、シュトさんの事をロブロウで出来た、大切な友だちで、それで生まれて初めての親友だと話して貰えました。
ちょっと、皮肉屋で口も乱暴な所もあるけれど、本当に弟のアト君想いの、優しい人だって。
だから、私みたいなので良かったら、いきなりかもしれませんけれど、シュトさんの友達みたいに、これからは気楽にして話しかけて貰っても構いませんから。
その、王都の事とか、アルスさんに訊き辛い事があったなら、それもシ ュトさんが良かったなら私に聞いてくださいね』
リリィとルイがシノと共に訪れるまでのほんの短い間、アトがいた事と、マーガレットも面識があるということで、アルスとの話題は、自然に"シュト・ザヘト"という人物についてが主になってもいた。
―――自分の人生の中で、初めて出来た親友だと思っています。
―――その、マーガレットさんも良かったらシュトの事よろしくお願いします。
―――アト君は、マーガレットさんのお菓子の事が大好きみたいだからきっと、これから沢山話す機会があると思います。
―――本当に、優しくて良い奴だって、親友として自信をもって言えますから。
少しだけ照れくさそうにしながらも、はっきりとした笑顔を浮かべて、"親友"について語るアルスを、眩しい物を見つめる様な気持ちでマーガレットは見ていた。
"シュト・ザヘトいう存在が、憧れの人にとって、とても大切な存在だと判ったから、マーガレットの中では決してぞんざいに扱われることはない"
そんな"事実"が、頭の良く回る少年には直ぐに理解が出来た。
(……ま、今はそんなものでも、仕方がないか。俺だって、"アルス・トラッド"をマーガレットさんとの繋がりに利用させてもらっているし)
そして、その事を正直に親友に告げたとしても、ちっとも怒る事もなく、寧ろ
"自分をきっかけにシュトとマーガレットさんが仲良くなるなら、幾らでも話題に使ってくれて構わないよ!"
と、きっと満面の笑顔を浮かべて、親友である自分に言ってくれる。
その言葉が、結構な鋭さを持って、シュト・ザヘトの誇りも、マーガレットさんの"アルスへの想い"を切り刻んでいるだなんて、微塵も思いつかない調子で口にする。
けれども、そんな見様によっては残酷なアルス・トラッドの行いや思考を、親友として、理解出来るし受け入れてしまえる。
"そこ"が"アルスの良い所"だと、判っている。
(ただ、マーガレットさんにとって、この事が辛くてきつい事になった時には、アルスと一回位喧嘩はしないといけない状況になるかもしれない)
不思議と親友と喧嘩をする事になったとしても、そこまで怖いというか、恐ろしさや後ろ向きな感情は全く浮かばない。
"喧嘩をしても、仲直りが出来る"不思議な自信が、シュトの内にあった。
(ロブロウでは先輩の親友達の、凄まじい"夫婦喧嘩"して普通に仲直りしているのを見てしまったのもあるかもな。
でも、まあ、あそこまで互いに良い面も嫌な面もまだもせてねえから、何とも言えないけれど)
心と顔に苦笑いを浮かべて、そんな事をシュトが考えていたなら、マーガレットの方はその"笑み"の方だけをどうやら好意的に汲み取った様だった。
『それじゃあ、この後はライさんがリリィちゃんとアルスさんを連れて行った後に、賢者様がバロータさんのお店に人知れず入って、それから無事に鎮守の森に戻ったという連絡が、私のお店にくる。
その時合わせて、お土産に出来る様に焼き菓子を作っておかないと。
御代金も先に頂いていますし』
そう言って、マーガレットは仕事の時に着けているエプロンのポケットから、小金貨1枚を取り出し、微笑んだ。
アルスについて口にする様な赤色はその表情には全くないけれども、シュトの心を掴むのには、十分効果のある自然な笑顔だった。
『ああ、そうですね、思えばそんな事、言ってしましたね』
笑顔に見惚れない様に、自然な振る舞いを意識して、シュトはそんな返事をしていた。
―――ほんの数時間前に、ウサギの時と人の時の声を聴き分けた菓子職人には事情を話し、それを秘密として共有する必要があるとして、真実を告げた。
そしてそれを菓子職人は、やはり必要があるのならと引き受けてはくれる。
けれども、仲良しの巫女の女の子が、ウサギでも人の姿でも、その存在を慕っていると知ったなら、直接にが難しいなら何かしら伝言はないかと尋ねていた。
丁度、シュトを引き連れて人の姿で、マーガレット菓子店を出て、探し物をしようとする時だった。
"あの、リリィちゃんが此方にくるというのなら、何か一言でも伝えないですか?"
リリィの親友として、マーガレットなりの勇気を振り絞って尋ねてみたけれども、"うん、何もないかなぁ"という言葉であっさりと否定される。
ただその後、言い訳なのか本音なのか分からない、判別の難しい話を続けられていた。
"鳶目兎耳のネェツアークは、忙しくて出張先で出逢った可愛い女の子の事を覚えてはいても、気の利いた言葉をかけられる程余裕 がある人でもない。
ああ、でも、好きなお菓子を買って帰ってくださいと言って、小金貨1枚位は出したかもね"
最後にそんな言葉と共に、小金貨を一枚取り出して、姪っ子が心を許して接する事が出来る、優しい菓子職人のお姉さんに渡していた。
マーガレットが取り出し、自分に見せているのはその時の小金貨だというのは、シュトは直ぐに判る。
『あ、そうだ、ロドリー様にはお土産にお菓子を既に渡してはいるんですけれど、シュトさん、何かありますか?。
私、ロドリー様がよくお土産に買ってくださっているものばかりを包んだので。
沢山いれたつもりですけれども、シュトさんの好みは判らないですから。
今からなら、手の込んだ物じゃなかったならできますよ』
金貨を仕舞い込み、8人の客人のお茶菓子の準備を終えた所で、マーガレットが思い出した様に確認すると、シュトは傭兵稼業でも接客時に浮かべる愛想の良い笑顔作って、頭を左右振っていた。
『俺は、自分で買うよ。"これから"、沢山くるだろうから、新しい味を楽しみにしておくよ』
(いきなり強い主張して、引かれたなら元の子もないもんな)
"それじゃあ、ガトーショコラで"
そんな言葉が喉元まで出かかっていたけれども、抑え込んでそう答えていた。
『……そうですね、それじゃあ、アト君と来てください。凄くじゃあないですけれど、サービスはしますよ』
マーガレットの方も、少々"アルスの親友"に急に馴れ馴れし過ぎただろうかと、少し顔を紅くし、潔く引いて接客用の笑顔を浮かべていた。
『それじゃあ、運びましょうか』
『お茶のカップや皿の方は俺が運ぶから、マーガレットさんはお菓子の方を運んでくれよ。お菓子だって、優しそうなお姉さんが運んだ方が良いだろうし』
まるで傭兵稼業の初代にあたる、キザでも有名だった存在が乗り移ったかの様だと思いながら、惚れた相手が手にする前に自分から重い方の荷物を抱えつつ、シュトは厨房後にした。
店が狭いわけでもないのだけれども、8人共なるとやはり店の中は、"大繁盛"という状況なのだろうが、その面子がよく見かける巫女の女の子を除いたなら、個性が強い。
アルスもリリィやマーガレットから、少しばかり紹介をされてはいるが、まだ新参者なのと軍服なのでやはり目立つ。
そして何にしても、商売の邪魔になってはいけない(のと、多分どこかに潜んでいる耳の長い賢者がパン屋に侵入できないから)と、早々と各々《おのおの》が次の行動に移していこうと、この場で年長者のアプリコットが話を進めた。
"銃の兄弟"の方は、弟のアトの方が"ロドさん"の事を話したなら、お菓子も食べてお腹も満足で、直ぐにでも移動したがる始末でとなる。
『シュト兄、ロドさん待っています、行きましょう!リリ、ルー、バイバイ、またね!明日ね!。
アプリコットさま、アルス、ライちゃん、シノちゃん、まがれっとさん、さようなら!』
『ロドリー様の所で、落ち着いたならこちらに連絡をします!、今日はありがとうございました』
律儀に全員の名前を出して、アトが挨拶をしている間、シュトは責任者となるアプリコットに話しかけて、最後に確りマーガレットに挨拶をした後、親友に片手を上げる。
するとアルスも手を上げて、明るい笑顔で頷き、随分と慌ただしい様子で菓子店を後にした。
『ニャ~、じゃあ、次はワチシ達の出発ニャ~!。リリィちゃん、アルスちん、ルイ坊、シノちゃん行こうにゃ~!』
シュトとアトがマーガッレトの店から無事に退場(?)をした後に、自分の分とリリィとシノが茶菓子を確り食べ終えたの確認してから、歌って踊れる護衛騎士がそんな声を出していた。
『はい、楽しみです』
『自分は店の外の目立たない所で、待機をしておきます。何かあったなら遠慮なく呼びかけてください。
軍服の男が入ったら護衛と断ってはいっても、店員さんも利用する方も御婦人が多いでしょうから、気を使わせてしまいますので。
それで、済みませんけれど、シノさんとライさんその間、リリィの護衛をお願いします』
リリィが元気よく返事をして、その隣でアルスが申し訳なさそうに2人の武芸の心得があると聞いている御婦人に頼んだなら、シノは"はい"と短くもはっきりと返事をした。
ライは猫の耳の型にも見える黒髪を揺らして頷いたのち、ルイの反応がないが、取りあえずはアルスからの頼まれ事に返事を行う。
『にゃあ、上司で本来の護衛対象のユンフォ様からも、確り許可を貰っているから、堂々とリリィちゃんを シノちゃんとエスコートしてあげられるんだニャ~。
任せるんだニャ~って、ところで、ルイ坊、さっきから無反応だけれども、どうしたんだニャ?。
何にゃ?一緒に、行かないのかニャ?』
先に自分の呼びかけに反応をしてくれた見習い巫女と新人兵士に、仕立屋の弟子に返事をした後、どういうわけだか無言になっているやんちゃ坊主に呼びかける。
やんちゃ坊主事、ルイ・クローバーはマーガッレトが出してくれた菓子には手を伸ばし、食べつつも、目に見えて何やら考え込んでいる雰囲気が、実に判り易く漂っていた。
《にゃ~?、アッちゃんの予想的中って事かにゃ?》
《的中だとしたら、これからこのやんちゃ坊主の少年の行動が気になるわね~》
そしてアプリコットが理由を尋ねるまでもなく、ルイの方が先に口を開いていた。
『え~と、ライさんが進めてくれるそこって、オレみたいなタイプって、悪目立ちする場所じゃあないすっか?。
その護衛騎士でもなく、付き添いでも"そういった可愛い物が好きな奴"って一目で違うのがわかるオレが行ったなら、空気悪くなったなら悪いなって、思って』
マーガレットの店で合流してから、ライがリリィに語りかける内容を傍ら耳に入れながら、どうやらずっとやんちゃ坊主なりに考え込んでいるらしかった。
『にゃあ、特に空気は悪くないにゃあ、皆自分の買い物に夢中になっていると思うけれどにゃ~。ああ、でもリコにゃん曰く、ワチシは気にしすぎない面があるらしいからニャ~。
もし同伴したなら、気分は悪くしないにしても、ルイ坊は女の子専門の店に男ってだけで注目は確かに集めるかもニャ~』
楽しみたい欲求に正直すぎる己の性分を、相棒から指摘され覚えている魔術師は口角を上にあげてそんな事を口にする。
やんちゃ坊主の方は、"この意見は参考にならないかもしれない"と、どうやらこれから向かおうとしている、若い女の子がよく利用している店を、既に利用した経験があるらしいシノ方に視線を向けた。
少々落ち着きはないけれども、師匠のキングス・スタイナー仕込みの"気回し"が可能な成人したばかりのお姉さんは、"自分が頼りにされている"と理解すると、これまでの事もあって挽回しようと口を開く。
『そうですね、私もキングス様のお使いで、流行を掴む資料の意味や、特に若いお客様の利益を考察する為に、そういう可愛らしい小物を店を利用させてもらいます。
それで殿方がいるかいないかでいうなら、いますし、決して空気は悪くしてませんよ。
でも、やはり見る限りたぶんお付き合いをなさっている御婦人の連れ合いの方達なんでしょうけれども、殿方の方に前以て知識と理解と服装でないと、居辛い場所だとは思います』
仮にも仕立屋の弟子として、"専門"分野でもあるので、シノが自分が考えられる限りで丁寧にやんちゃ坊主に説明する。
『知識と理解と、"服装"っすか……。因みに、今日のオレの恰好からしたなら、仮に行ったならどんな感じになりそうですか?』
尊敬するグランドール・マクガフィンの恰好を模倣した格好を自分で眺めながら尋ねると、目に見えてシノの眉が"ハ"の形になってしまっていた。
『えっと、そうですね』
『ああ、いいや。オレ、今回は留守番をしときます。
どうせ帰り道は一緒になるんだし、アルスさんも店には入らないで、待機って感じみたいですし』
困り顔のシノに皆まで言わせずに、やんちゃ坊主は行かない事を宣言していた。
『ルイ、一緒に行かないの?』
『リリィが寂しいとか、心許ないっていうなら行くけれど、ライさんとシノさんが一緒だから、そんな心配はないだろ?』
"一緒に行かない"とはっきりと口にした事で、リリィが戸惑った様に隣にいるルイに尋ねるけれども、やんちゃ坊主の方は全く動揺もせずに、さも当たり前の様に応えた。
『それとも、ライさんシノさんがいるの関係なしでで、オレにもリリィがいて欲しいんなら、喜んでいくけれどさ……』
僅かに揶揄う様な調子を出したなら、負けん気の強い女の子はちょっとだけ、ムッとした表情を作って、軽く頬を膨らませ、続けて可愛しい小さな唇を開いた。
『る、ルイがいなくても寂しくないし、私は平気だよ。
でも、ルイの方が今日だけだけど、魔法屋敷から私と殆ど一緒だったから、ここでいきなりその寂しくないかなって』
巫女の女の子が懸命に言葉を選び、顔を少しばかり紅くしながらそんな事を言うと、やんちゃ坊主の方はとても嬉しそうな表情をした後に八重歯を見せて笑う。
『ああ、オレは"リリィが寂しくないなら、ちっとも寂しくないから"安心してていいぞ。
それにオッサンと行動を一緒にしている と、結構1人で待っているって、いうか、待機か。
それも多いから、慣れてる。
あと、年齢的な制限もあるから入れない場所とかもあるから、今回のもそれと似たようなもんじゃねえか?。
何にしても、時間つぶしに適当に自分のやりたい事やっているから安心して良いぞ』
"寂しくないし、慣れている"とはっきりと言われ、リリィは緑色の眼を丸くしつつも、そう言われてしまったなら、これ以上誘う様な言葉を口にしたなら無理強いをしている事になると少女は考える。
それに、"自分のやりたい事"と言われたなら、リリィの性格からしたならもう何も言えなくなってしまう。
けれども、少なくともルイとは"友だち"として仲良くはしているつもりだから、勇気を出して尋ねてみる。
『ルイは、私達が買い物している時間に何かやりたい事があるの?』
『……まあ、大したことはないけれど、ちょっとした考え事かな。
今度のマクガフィン農場でのカレーパーティーの時には、リリィに農場のどこから案内してやろうとか。
どういった順番で回ったなら、リリィが疲れないだろうかなとか。
想像以上に広いからなあ、オッサンの農場』
僅かに間を開けて答えたのが正直、気になる所ではあるけれどもルイの"農場を案内するにあたって道順を考えたい"いう言葉に嘘をついているとは、リリィには感じられなかった。
それにリリィも果物が好きで、今いる菓子店の店主であるマーガレットに教えて貰った"マクガフィン農場のフルーツの格安売り"の際には、受付辺りまでだが行った事もある。
その際には、マーガレットに見習いパン職人のダン・リオンも"荷物持ち"として同行してくれたのだが、兎も角、その広大さに驚き圧倒されてしまったのを覚えていた。
リリィが少女であり身体が小柄というのもあるのだろうけれども、農場の看板や、それを更に上回る大きさの地図の案内板に、月周りで農場での予定表。
巫女の女の子にとっては、どれも産まれて初めて見るようなものばかりで、果物を買う時も人の多さに瞬きばかりする事になる。
ただ、どれ程人が多くても"フルーツの格安売り"の販売場所となる農場の受付付近は十分な広さがあって、混雑による不快感は一切なく、楽しそうな雰囲気に満ち活気に溢れていた。
城下街の東側も、十分賑や活気に溢れているが、その場所が農場という事もあって建物で区切られていないという不思議な解放感溢れるのが、少女の中では印象的に残っている。
結局あの時には、賢者が好きだという果肉がオレンジ色をしたメロンや、リンゴなど日頃は持ち帰るのに重たくなりそうな物を、巫女の女の子は見習いパン職人がいた事で買って帰っていた。
菓子職人マーガッレトの方は少しばかり料金はかかるけれども、配達にして大量に注文して、その日は持ち帰れるだけ購入する。
翌日から、マーガッレトの菓子店では果物が主役の彩も味も美味い、菓子が、こちらも日頃の値段より格安で販売され店も賑わう事になっていた。
農場で果物が格安で販売できる理由の一つとして、その広大さを利用して農場施設を屋内に作り、その屋内だけ気温や土壌の状態を、精霊石によって管理し実験的に作った農作物であるからだという。
薬品等も使うにしても、国から認められている、通常とを同じ物を使っているので、普通に口に運べ、精霊石で徹底的に状況を管理された農作物は質の高い物になる。
無論、農場の方でも試食もされているから、安心し格安で販売されているのだと賢者に"社会"の時間に教わった。
"まあ、それもマクガフィン農場の広さがあってこそ出来る事だがね。
本当なら領地の1つぐらいの括りで扱っている場所を、現在も畜産の為に牧場にしたり、農場に開墾して行っている様な状況だからね。
これからも農作物の格安市は、農場の実験施設を建設する度に行われるだろうねえ。
天候に左右されない事で、生産量を安定させることも出来て良い事尽くしだが、何だか風情がないというのは人の傲慢かねえ……って、ワシ、ウサギだった。
アッハッハッハ"
大好きな賢者さまが、"先生"となって一度教わっていた話ではあるのだけれども、こうやって農場に深く関わっている友達が話してくれたことで、改めてリリィはその広さを思い出していた。
『そうだね、確かに何も考えないでマクガフィン農場を回っていたら、楽しむ前に、ルイの言う通り疲れちゃいそう。
私も、何回かグランドール様の農場にはマーガッレト姉さんとダンさんと入り口の受付?かな、そこまでなら果物の格安市で入った事があるよ。
それでその時に農場の案内の看板を見たことはあるから、奥までは行った事はないけれども、本当に物凄く広いのは知っているつもり』
リリィがルイの"別行動の 間にどういった具合で農場を回ったなら良いかと考える"という提案を素直に受け入れて納得していくれた事に、やんちゃ坊主は得意そうに笑顔を浮かべた。
『そうだろ?。農場内の移動手段に小さい馬車も通っているけれど、時間待ちとかもあるからさ、出来るだけ時間配分を巧くしてやっていきたいんだ。
それにどうせなら、全員で楽しめた方が良いだろうから、アルスさんも護衛だけれど、楽しんで欲しいと思っているからさ』
『え、ルイ君、自分の事も考えてくれているの?』
突如として話に自分の名前が登場した事に、今度はアルスが空色の眼を丸くしたなら、それにもやんちゃ坊主は元気よく頷いた。
『オレ、これまでオッサンの許可はとった上で、"ろくすっぽ"農場の催し事には参加はしてなかったけれど、一応予定については、把握してたんすよ。
農場のカレーパーティー中は、中にいる事で何処彼処で何かしら行事あるから、見つかったらオッサンに世話になっている手前、農場の人達からは参加しろって絶対注意されるし、向こうも注意をする事が義務みたいに思っているだろうし』
ルイの"大人の都合を弁えている"発言には、アプリコットが思わず言葉を挟み込んでいた。
『マクガフィン農場の従業員としては、理由もなく参加をしていないやんちゃ坊主を見かけたなら注意を口にしなければいけないという、義務感は確かにあるでしょう。
本音は、やんちゃ坊主が、馬鹿な事さえしなければ休もうがサボタージュしようが構わないと、思っていたとしてもね』
アプリコットが苦笑いしながらそう口にして思い返しているのは、故郷のロブロウで、マクガフィン農場のカレーパーティー程、賑やかではなく、規模も大きくはないけれども季節の行事や催事の事だった。
当時は領民との交流は皆無に等しいのだけれども、その際にはその行事を取り仕切る側として、否が応でも、指示を出さねばならないし、語り掛けもしなければならなかった。
その当時の事を思い出し苦笑いを浮かべている大人に、やんちゃ坊主は悪びれることなく頷いて更に話しを続ける。
『参加してないのを見つからない様にする為に、特に農場の人の見周りとかの流れは掴んでいたんすよ。
オッサンの両腕になる双子のシャム・シエルの兄さん達に見つかったなら、2人係なら、オレはまだ勝てねえし。
見つからない様に、カレーパーティー開催中は、全体の流れを把握して行事については、覚えきっていたかな。
その中で、アルスさんの好きそうな休日大工の木工品を扱っている場所もあったから、どうせ参加するなら見た方が楽しめるだろうと思って。
これまで覚えているだけでも、4回あったカレーパーティーのなかでは毎度やっているから、人気があって楽しめる物だろうと思って、それも回れたらなって』
やんちゃ坊主のその発言に、これまでの"農場の人に見つからない様に行動する為に全てを掌握する"という努力の方向が間違っている気が、新人兵士も巫女の女の子もしないでもない。
しかしながら、初参加となるリリィやアルスが楽しめる様にルイが考えてくれるという事は正直有難い。
『思えば、自分はマクガフィン農場に関して言えば、カレーパーティーがおこなわれていたのも住所の情報は知っていても、現場には一度も行った事がないから、本当、知らないんですよね。参加する前に、一度地図を見ないとな』
良い意味で生真面目を部分をアルスが露呈させ、思わず考え込むように腕を組む。
『それなら、これから私達が行く店の近所に大きな書店がありますから、アルスさんは待機の間はそちらで地図も扱っているから、購入したらどうですか?。
それを読みなが待機していたら、時間の無駄になりませんし。
最近は観光の面での視点からのものが出ていて、地元の方でも知らない楽しそうなお店とかも、載っているみたいですよ』
『にゃあ、シノちゃんの言うとおりだにゃ~。最近では"見る"、"食べる"、"楽しむ"の概念で、王都周辺の地図や観光案内誌もスゴく面白くなっているって話、ワチシも聞いたことあるにゃ~。
そんで、面白かったらワチシにも教えてにゃ~。
好きだった劇画の連載が終了してしまって、面白くにゃいから、新しい刺激がほしいんだにゃ~。
お勧めだったら買って帰って、寮内で読むんだにゃ!』
シノが提案して、ライがそれに乗るという具合に、アルスにグイグイと進めるけれども、
『地図と案内誌を話を聞いて休憩時間に買おうとは思いますけれど、ライさんとシノさん、それにリリィが買い物をしている間 は待機中の課業中なんで、読みはしませんよ』
と、困った顔をしながら断りを入れていた。
『それじゃあ、これからの方針は決まったみたいだし、外出組は早速行動に移したらどうかしら。あ、それと私も興味を持ったから地図と王都の観光案内誌買ってきてもらおうかな。
アルス君、御使いを頼んでも構わない?、お釣りはお駄賃にどうぞ♪』
アプリコットが指揮を執るようにそう口にしながら、新人兵士が返事をする以前に、既に手に財布を取りだし2冊の購入するには十分な銀貨を3枚程取り出し、差し出していた。
銀貨までを差し出されたなら、流石にアルスも断れなくて困った顔に笑顔を加えながら頷くが、ふと"あっ"と小さく声を漏らし、とりあえず銀貨を受け取りながらある気がついた事を口にする。
『アプリコット様、自分も地図と観光案内誌は、購入することは決めているんですけれど、同じもので構わないんでしょうか?。
その、色んな種類とかあるものかどうかは、自分はそんなに知らないのですけれど』
そう言いながら、空色の眼を向けるのは、先に観光案内誌の事を紹介してくれたライとシノとなった。
すると歌って踊れる魔術師の方は、まるで猫の様に口の端を"ニュッ"と上げた後に再び艶やかな唇を開いた。
『にゃあ~、確かに昨今は色んなタイプの観光案内誌出ているからにゃ~。
さっき言ったみたいに概念はあるけれども、その内の1つだけに特化したのも多いからにゃ~』
『それならトラッドさんの分は兎も角、アプリコット様の分は何かしら主題を伝えていた方が、購入しやすいかもしれませんね』
『そうね、じゃあ、ちょっと待って考えてみるから』
先程とは逆の順番に、ライとシノが忠告を終えたなら、それを受けてアプリコットは身嗜み程度に紅を引いている唇の下にある小さな顎に、曲げた人指し指を当てて、ほんの短い間考えた後に、新人兵士の方を見て口を開く。
『じゃあ、地図はアルス君が購入したものと全く同じも物を。
それで観光案内誌は"アルス君が良いな"と思って買った物の次点、2番目の物を。
記載されている記事内容が重っていても構わないから、お願いするわ。
それで良かったなら、後日、交換して読んでみない?。
記載されている紹介文でも、読み比べたなら違う面 もあって楽しめると思うのだけれども』
耳の長い上司を思い出させる、唆す口調で、"御上り"の貴族が提案すると、新人兵士の方はその内容をこしの強い金髪の頭の内で吟味する。
(地図が全く一緒ということは、これから何かしらあった時に王都やその周辺で打ち合わせをする際に、この地図を使うという事になる。
同じ物なら、待ち合わせの場所の間違えや勘違いが起こりにくくなるから、合理的。
観光案内誌を2通り買うという事は、扱う店は同じで代表的な物は同じだとしても、違いを出すために差異の情報は細かい筈。情報を念密に調べたいなら丁度いいだろうな)
『―――解りました、御使いは承ります。でも、お釣りはお駄賃ではなくて領収書と共にお返ししますから、そこはご了承ください』
『あら、真面目ねえ』
アプリコットの揶揄う口調には、尊敬する恩師を見習って、笑みを浮かべ、流していた。
『それじゃあ、買い物に向かおうか、リリィ』
『はい、アルス君。―――じゃあ、後でね、ルイ』
お兄さんな同僚と、お姉さん3人のやり取りを始めてから、既に腰に付けている革の鞄からメモ帳と筆記具を取り出しているやんちゃ坊主に、リリィからの呼びかけに返事をする。
『うん後でな、リリィ、行ってらっしゃい。
あ、アルスさん!、もし観光案内誌の付録とかでマクガフィン農場の地図とかついてても買わなくてもいいぞ。
農場で作って受付で配布しているのが、最新のものだから、明日アプリコット様の分も合わせても持ってくるよ。
オッサンきっと、明日もカレーの調味料と香辛料と睨めっこだろうからさ』
書店に対して、少々営業妨害になりかねない言葉を、牙の様な八重歯を見せながら、ルイが口にしたなら、アプリコットから預かった銀貨を自身の財布に仕舞いながら、アルスは頷く。
『わかった、明日じゃないにしても、待っているね。
マクガフィン農場の地図、自分も出来れば単調なのがいいから、ルイ君、よろしく。
それでは、ライさん、シノさんにリリィ、自分が買い物の間は護衛をしますのでよろしくお願いします』
『にゃ~、アルスちんよろしくにゃ~。
ルイ坊、素敵なカレーパーティーの行動予定表 を頼むにゃ~。
そんで、マーガレットちゃん、また後でニャ~』
《じゃあ、アッちゃん、ワチシが天然騎士と強気な巫女の女の子と、油断のならない仕立屋さんの弟子のシノちゃん連れて行くからよろしくにゃ~。
何やかんやで、アッちゃんの予想通りで、ルイ坊残るみたいだから後はよろしく頼むんだニャ》
いつもの様にチャーミングな調子で、外出の挨拶を行いつつ、声の方では残留するアプリコットに伝言を送っていた。
『まだ今回のカレーパーティーの流れが解んないから、詳しく組み立てるのって無理っすよ。
取りあえずカレー食べる以外の行事を書き起こしてときます。
それで、戻って来てからリリィに見せて行きたい奴を、選んでもらいます』
ルイがライからの挨拶に返事をする傍で、アプリコットは掌をヒラヒラと振って"行ってらっしゃい"と手を振っていた。
《ライさんは何やかんやで、3人も相手を任せてしまうけれど、よろしくお願いするわね》
《任せとけニャ~。でも、ルイ坊は何かと勘が鋭いから、頑張ってにゃ~》
互いに声で声援を送り合いながら、"ウサギの賢者(若しくは人)を、勘づかれずに、パン屋に戻す"という任務は漸く動き出していた。
勘のする子ども達としている、アト・ザヘトは兄であるシュトがロドリー・マインド邸に連れて行った。
僅かに時間を置いて、ライヴ・ティンパニーがアルスと、一番接触を避けておきたいとするリリィ、そして唯一の成人のシノ・ツヅミを伴って、マーガレットの菓子店を出発した。
そして、確信はないのだけれども、アプリコットが予想は的中をして、やんちゃ坊主はマーガレットの菓子店に残留する事となっている。
(でも、ルイ君は"御姫様"が絡んだなら、素晴らしく鋭くなるけれども、それ以外はどちらかと言えば無関心だから、そこまで心配はしなくても大丈夫かな)
《適当に話をして、バロータ様のパン屋から大きく気持ちを逸らせば、その隙にウサギの賢者殿は戻ってくれるでしょう……というか、戻ってよね、賢者殿》
頭の中で自身でも楽観的に思いつつ、不思議それで大丈夫だという自信を感じつつ、付近に 潜んでいるだろう人か、ウサギの姿に扮しているだろう友にだけに伝わる形の声で語り掛けていた。
リリィ、アルス、シノがライに案内される形で菓子店から出てからその後は、やんちゃ坊主は宣言した通り、マクガフィン農場のカレーパーティーの情報についてまとめる。
だが、それは早々に片付いてしまったようで、少しばかり自分に視線を向けられたが様な気がしたが、アプリコットはわざと気が付かない振りをして、マーガッレトから出された茶菓子を摘まみつつ、読み物を始めていた。
普段のアプリコットなら、気さくにやんちゃ坊主に"何か聞きたい事でもあるの?"とする所だが、今回はない。
そうする事で、多少ルイが苛つくかもしれないが、集中は珍し察しの悪い自分へと注意が向くと考える。
(でも、これだけだと注意を逸らすには弱いかな?)
そんな事を考えている内に、ルイはマーガッレトに店番をしても構わないかと尋ねていた。
『えっと、私的には構わないし、焼き菓子の様子を見たいから寧ろ助かるけれども……』
(アプリコット様、宜しいですか?)
応用力がある菓子職人は、客人が自分の意志をはっきりと頭に思い浮かべたなら、必要があれば拾い読んでくれる要領を掴んでいた。
《ええ、マーガレットさんが良かったら、そうして貰える?。店番して貰った方が、ルイ君の集中力は更に分散するだろうからこっちも寧ろ助かるわ》
『じゃあ、お金を扱う事だからちょっと説明をさせてちょうだいね』
『オッサンの信用を失うような事、しないっすよ』
少しだけルイが渋い顔をするけれども、そこはマーガレットが"お姉さん"の部分を見事に醸し出し柔らかく宥めて、やんちゃ坊主に説明を始める。
そこに読んでいた本を畳んで、身軽に立ち上がったアプリコットが割り込んだ。
『あ、私も少し商売の事について興味はあるかも、一緒に見てもいいかしら?。王都にいる間にもしかしたら、私もたまにお手伝いしたくなるかも』
先程までルイの視線に気が付かない振りをしながらも、今は興味を持っている様な気まぐれな反応に、ルイは少しばかりを呆れた様な表情を浮かべたが、事情を知っているマーガレットの方は、少し戸惑いながらも頷いた。
『……!、それじゃあ、今回はルイ君が主にして貰 おうかしら。
仕切り台に入って貰って、それでアプリコット様はお客様の役割をして貰いましょう。
それで注文から代金と品物の受け取りまでの、一通りをしてみましょうか』
(そうしたら、ルイ君の視界は、私とアプリコット様の2人が壁になって、バロータさんのお店に向いているのを妨げる事は可能ですよね)
成人でも小柄なアプリコットは何とかルイの背丈とはほぼ変わらない状態だが、マーガッレトは平均よりもわずかながらに高いお陰もあって、2人並んだな菓子職人の告げてくる通りだった。
アプリコットは表情には出さないし、状況が許すならマーガッレトにハイタッチしたい気分で、声を返す。
《マーガッレトさん、ナイス!。賢者殿、これはルイ君の遅い成長期と、マーガッレトさんの機転に感謝しなさいよ!》
再び聞いているかどうか判らない友に告げて、提案に則って仕切り台を挟んで、ルイに早速購入する客に扮する。
『じゃあ、この焼き菓子、頂戴。持って帰るんじゃなくて、お店で頂くわ』
カウンターにもなっている硝子ケースの中にある焼き菓子を指さしながら、注文する。
『へいへい』
『あっ、待ってください―――』
ルイが身を屈めて、硝子ケースの扉に手を書けようとするこ所で、止められる。
『ルイ君、"はい、承りました。少々お待ちください"でよろしくお願いしますね。
後、お出しする前に、再度、求められている商品を確認をする事。
直前に、気分で変えてしまう方もいらっしゃいます。
出来るだけ品物に触れないで、掌で示して確認をしてください。
それから、相手がどんなに悩んでも後にお客様が待っていない限りは、笑顔で苛ついている雰囲気を出さずに対応する事。
"待っていると思わず、待つ"が、苛々している事を、相手に感じさせずに気持ちよく商品を選んでもらうコツね。
もし急いでいるお客様がいらっしゃったなら、前にいらっしゃるお客様に失礼のないように断りをいれて、了承を得てから先に回してもらう事もあるから、よろしくね』
菓子職人であるけれど、店の主人として接客も熟しているマーガレットの指導に、お上り貴族とやんちゃ坊主も揃って眉を上げて驚く事になる。
それからも、マーガレットの"接客"の事細やかな指導は、生ものでもあるので当たり前でもあるけれど、衛生方面の事も含んで、会計に関しては帳面につけて計算した後に、十露盤で確認の計算と、結構な量になった。
『ちょっ、待って!、オレ、メモをとっておくわ』
先程マクガフィン農場のカレーパーティーの予定を組む時に使っていた道具を取り出して、やんちゃ坊主は要点だけではあるけれども、認める。
アプリコットの方も、接客にしても新鮮な感覚であってので興味深く耳を傾けて、こちらは認めずに、暗記をしておいた。
『―――ケーキや甘味を前にすると、どうしても迷う人は出てしまいます。
食事の一部ではあるのですけれど、本来なら取らなくても構わない贅沢品、嗜好品とされますからね。
それに御金を払ってまで求めて貰うのを、商いといとさせて貰っているのだから、出来る事なら、快く購入して欲しいですからね』
結構な内容量となるの接客指導を終えて、菓子職人は、優しく微笑んで指導した2人を見つめる。
ただ、指導されたやんちゃ坊主の方はぶつぶつ言いながら、帳面に認めた内容を復唱して、万が一にも自分の接客でオッサンの迷惑が掛からない様にと意識訓練を行っていた。
『思った以上に興味深かったし、やはり本に書かれている事と、現場で実際に行われる事は違うわよねえ』
アプリコットの方は、ルイ程懸命ではないけれども、マーガレットの話を至極真面目に聞き入ってしまう状態になっていた。
一般的な教養や、雑学やそれこそ魔術に至っては"並み"以上の知識を蓄えているつもりのアプリコットだが、こうやって品物を扱い販売するというのは、貴族が来賓を館に迎えてもてなすというのと、また違う感触を感じる。
好奇心は、国最高峰の賢者に負けず劣らず強い御上りの貴族は、菓子職人が言葉にした内容は、接客業の経済について文字で読んで想像していたものとまた、一味も二味も違ったものになっていた。
そんなこんなで、すっかり夢中になっていたことあって、賢者がやんちゃ坊主に勘付かれる事なく、パン屋に入れるようにしなければならない役割を失念していたのだが、結果的にはルイと共に菓子職人の話に真剣に耳を傾けたので、結果的には"大丈夫"なものとなっていた。
そして一通りの菓子店の店番を行うにあたっての講義を終え、店主が厨房に戻る。
それからそんなに時間を置かず、馴染みの客が訪れてやんちゃ坊主の店番と、店では見たことがない小柄な読物をする婦人に少しばかり驚く事になった。
この菓子店の贔屓として、薄紅色のフワフワとした髪の、巫女の服を着た店主と友だちという気の強そうながらも可愛らしい少女なら見たこともあったけれども、この2人は初見となる。
しかしながら
『"いらっしゃいませ、どうぞ、ゆっくり選んでいってください"』
という快活な少年ながらも、やんちゃな印象は拭えないが、牙のような八重歯が見えている口からの出迎えの言葉で客人達は、自分達が"菓子店"に訪れた目的を思い出し、菓子が飾れているケースに視線を向ける。
やんちゃな印象の強い少年ながらも、言葉遣いは店主に指導された成果と、オッサンの評判を守る為にという自負で、丁寧で聞き取りやすい物になっていた。
加えて日頃なら、マクガフィン農場で会働く"仲間"に対しても、オッサンでもない限り、ぶっきらぶな口調なのだが、今回は店番の責任もあって、ルイは客人達がいる間、徹頭徹尾、見事な接客をこなす事になる。
ルイ自身、言葉遣いと、態度さえ友好的なものに意識して振る舞いをできていたなら、やんちゃ坊主の普段を知らない客達には、十分な魅力的な接客態度となった。
それに菓子店の初見の"店番"の少年は、癖っ毛や素肌に上着を羽織っている様な恰好ではあるけれども、顔立ちは中々整っているので、笑顔を向けられたなら客人―――主に御婦人達は悪い気はしない。
国の英雄でもある、美人の貴族で軍人とまではいかないだろうけれども、もしこの少年が成長して身嗜みを整えたならという希望を抱かせる"有望株"という感想を抱かせるものとなった。
中には数人、積極的に話しかけ、"臨時の店番の少年"の情報を求める婦人もいて、ルイは相手に不快を与えない接客態度で、知られても構わない程度の情報を口にしてのらりくらりと躱す。
そんな珍しいルイの態度を、小柄な婦人は寡黙に見守っていた。
そして、昼休み終了後から続いていた客人が引いて幾らか落ち着いた時、やんちゃ坊主は、それまで浮かべていた愛想の良い笑みをぶち壊す様に、左右から両方の手で挟む。
それから、自分の顔をもみくちゃにして、仕上の様に"パンッ”と張りのよい肌を鳴らして掌で頬を鳴らしていた。
それから菓子店の客人が暫く来ないだろうという事を見越して、少しばかり物理的に頬を紅くしたやんちゃ坊主は客人が来ている間も気配を消していた、小柄な婦人、アプリコットに語りかける。
『アプリコット様、お祖父さんが賢者って、どんな感じっすか?。というか、お祖父さんと孫ってどんな距離感ですか?』
店番をする事になったやんちゃ坊主の唐突な質問で、小柄な婦人はそれまでの動きを止めて眼を丸くすることになった。
それから、やんちゃ坊主はいつもの調子を取り戻す為に、少々ぶっきらぼうで失礼にも感じて取れる質問を行っているのをそれとなく察した御婦人は、暫く付き合った。
「―――で、結局の所、ルイ君は"祖父が賢者のアプリコット"の話しを訊きたいの?。
それとも、一般的な祖父と孫の話しを訊きたいの?」
そしてある程度落ち着いたように感じた時、そう尋ね返していた。
「えーっと、最初は"一般的な祖父と孫"だったんすけれども、そう言う風に話されると"賢者が祖父だったら"どんな感じなのかの方の、話に興味を持って訊いてみたくなりました」
この会話に至るまでに、やんちゃ坊主が自分の調子を取り戻す為に行ったのだろうがアプリコットに少々無礼な口を聞き、
『もう少し語彙増やして、柔らかくに尋ねること覚えた方が良いわよ、店番の"お兄さん』
といった注意をされながらも、あっけらかんとして質問されていた事に応えていた。
「別に答える分には構わないけれども、その代わりどうしていきなり家族に関して質問なんかしてきたのか、教えて貰えるかしら?」
アプリコットが条件付きで"答える"と口にしたならば、八重歯を覗かせていた口を閉じた後に、仕切り台ともなっている硝子ケースの上で、組んだ腕を乗せる。
更にその組んだ腕の上に、癖っ毛の頭を少々だらしなく見えるけれども、暫く客人が来ないだろうと見越し、やんちゃ坊主は載せて少々首を傾けながら答えた。
「特に大した理由じゃないですよ。
その、カレーパーティーをマクガフィン農場を一緒に回るにあたって、 リリィ位の年齢なら、オレとアルスさんは正確にいうなら違うだろうけれども、友達同士で回る事もあるんだろうけれどさ。
本当なら、家族で回っている事も多いんだろうなって考えたんすよ。
そうしたなら、家族で回るのってどんな感じなんだろうなって思ってさ」
「もしかして、リリィちゃんと別行動をとる前に、軽く考え込んでいたのってこの事があったから?」
首を傾けている少年が、大好きな少女の前で考え込んで返事をするのが少しばかり印象的だったので、その様子を思い出しながら返事をする。
『ルイは、私達が買い物している時間に何かやりたい事があるの?』
『……まあ、大したことはないけれど、ちょっとした考え事かな。
今度のマクガフィン農場でのカレーパーティーの時には、リリィに農場のどこから案内してやろうとか。どういった順番で回ったなら、リリィが疲れないだろうかなとか。
想像以上に広いからなあ、オッサンの農場』
少しばかり、誤魔化す様に言葉が多くなっていたので、何かしらあるのだろうとアプリコットが勘ぐってはいたけれども、その時は"役割"の事もあって、特に気が付かない振りをしていた。
今は"役割"も(恐らくは)終了しているので、後は買い物を終えて合流するだけで"暇"という事もあってアプリコットはじっくり話を聞いてみる事にする。
(本当なら、グランドール様に相談したいんだろうけれど、今は”オッサンの貴重な充電期間"とか、考えているんだろうな。
ルイ君は身内には結構甘いというか、大切に接するのね)
穏やかな気もちで、そんな事を考えつつアプリコットが口にした、確認の言葉には未だに仕切り台上で、だらしなく見える恰好ながらも頷いた。
「リリィは、誰かに強く言われない限り、保護者になる家族と行動を共にしないことなんて、特に気にしてはいないとは思うんすけれどね。
でも、まあ、農場のパーティーに行ったなら、そういったのを沢山みるというか、それを見てそれとなく気が付いて、誰にも言われなくても、考えてしまうというか。
ロブロウの時みたいに出来れば、リリィは一緒に回れる事が嬉しくてちっとも気にしないと思うんすけれど、何か今回はしないみたいな話を魔法屋敷ではなっていたんで」
一応、マーガレットの菓子店の中という事で、"ウサギの賢者"の部分については伏せて、ロブロウではぬいぐるみを装いながらも、行動を共にしていた部分を醸し出しながら、ルイが口にしたなら、アプリコットもその可愛らしい様子を思い出して笑顔で頷いた。
「それにしても、11歳かあ……。
思春期には、まだ早い年齢だろうけれども、リリィちゃんは確りしているからなあ。
まあ、確かに"普通"にその頃の年代だったら、確りしている子は友達で回って、家族と仲が良い子なら、それらを断ってでも家族で回ったりするでしょうねえ。
うーん、意見を求められても、先程クソガキが言ったように、"結構悲惨な幼年期"の私には全く当てはまらない事案だわ」
一転して渇いた自嘲しながらも、自身の経験を当て嵌める事は出来ないけれど、ロブロウで"代理"領主として季節の催事を取り仕切る側として子ども達の様子は見ていたので、そこについては意見を出していた。
「それで、家族の仲が良くても親が働いて忙しかったなら、祖父母に連れられて見ている奴もいたよなあというのも、これまでのマクガフィン農場のカレーパーティーをサボる為に回っていた時に見たのを思い出したんです」
「ああ、それで私なわけね。
確かにロブロウじゃあ、代理領主の祖父に当たる、非常に優秀だったことで有名な"ピーン・ビネガー"の名前を連発というか、頻繁に登場していたものね」
ただし、その登場の理由は今やんちゃ坊主とお上り貴族が話題にしている"マクガフィン農場のカレーパーティー"の内容からは、程遠いかけ離れた物だった。
ルイもアプリコットの祖父母に当たるピーン・ビネガー、カリン・ビネガーの名前と姿を知った際には諸事情で随分と肝の冷える思いをしていた。
なので"お祖父さんと孫との距離感"を尋ねておきながら直ぐに、当てはまらないと思い直し、"賢者が祖父だったらどんな感じなのか"という質問内容を変更したのだった。
「オレとそれなり親しい知り合いで、祖父母まで家族がいるのってアプリコット様だけなんすよね。
でも、さっきの話しをしている内に、"アプリコット様には普通の家での感覚というのは当てはまらない"って気が付いたから、質問の内容を変更したってわけです」
少々だらしなく見えていた姿に、けじめをつける様に、ルイは仕切り台の上に重ねて置いていた腕の上に載せていた癖っ毛の頭を起こして いた。
それから、まだ視線は自分に注がれている事で、やんちゃ坊主は相変わらず、"賢者が祖父だったらどんな感じなのか"という感想を求めている事を察し、取りあえず口を開く。
「でも、賢者が祖父であるっていう事は、特にそんなに意識をする事なかったのよねえ。
そりゃあ、孫からしたら物凄く物知りなお祖父様ではあるけれども、ビネガー家は"判らなかったら、先ず自分で調べなさい"の方針だから。
私も判らなかったら、人に訊くよりは先ずは自分で調べるの姿勢が染みついているし。
それでどうしてもわからない事があった時に、初めて御父様や、御祖父様に助言を貰う位で、それが一般的に家族らしいといわれたなら、多分違うという意見が多数でしょうねえ。
ごめんね、参考にならなくて」
外見は祖母、内面は祖父に似ているとされている人は、苦笑いを浮かべながら、それなりにある胸元の前で腕を組みながら更に続ける。
「孫として言えるのは、祖父は賢者というよりは、ロブロウ領主というのが思い出としては残っているという事ね」
この言葉に、やんちゃ坊主は下唇に牙の様な八重歯を食い込ませて、口元を"へ"の字にする。
「アプリコット様からの家族やお祖父さんの話を諦めて、賢者の話しを聞こうと思ったけれども、それもダメか。
それにお祖父さんが領主としての話しも悪くはねえだろうけれど、リリィからしたなら賢者の話し程興味は示さないだろうし」
"へ"の形の唇から小さく息を漏らした後に、仕切り台にかけていた上半身のすっかり起こして、眉間にまだ当分できそうにない縦のシワを片眉を使って作った。
それから明らかに"ダメ元で訊いてみよう"という感情を表情を浮かべて、再びアプリコットにやんちゃ坊主は尋ねる。
「アプリコット様、オレ達の周りで普通の家族について知りたいなら、誰に話しを訊いたなら良いと思うっすか?」
「そうねえ、知識として知りたいのならそれこそ、リリィちゃんのお世話になっている賢者殿に尋ねたなら、セリサンセウムの歴史に則って、家族形態や成立ちについて語ってくれると思うわよ」
"ダメ元で訊いてみよう"という期待に応えるべく、正解している様でルイの求めている答としては間違っている内容を、アプリコットは返答していた。
やんちゃ坊主は自分の些か失礼な思惑を見透かされていて、それに相応しい態度で返事を返された事で、罰が悪そうなのに加えて、反省の色も浮かべる。
相手が揶揄ってきたのなら、性根が非常によく似ているという祖父か若しくは、最近出来た鳶色の友の様に全身全霊でおちょくり返そうとするけれども、反省をしたなら、アプリコットも彼等と同じ様にそれ以上は突っ込まない。
やんちゃ坊主が、好きな女の子に関する事で、それなりに真剣に考え悩んでいるのはアプリコットにも判る。
(ただ協力してあげたくても、私も、"そっち"方面の忠告はまともに出来そうにないし)
個人的には応援してやりたい類の事なのだが、語れる程経験というものをしていない。
(取りあえず、余計に悩まないで言い様に、私なりの意見をしときますか)
「何にしても、個人的にはルイ君が知りたい様な普通の家族の情報って、凄く漠然としている物よ。
多分、いざ事細かく聞けば聞くほど、ルイ君は納得が出来なくなってしまいそうな気がするわ」
「漠然として納得ができないっすか……まあ、確かにそうかもしれないっすね」
アプリコットの助言に、自分でも簡単に影響を受けているとは思いつつも、告げられた言葉を元に色々と考えてみる。
そうすると、ルイの中ではやはり"家族"という言葉は巧く想像に繋がらないし、纏らない。
普段は、どちらかと言えば小さな破片の様な言葉からでも、目敏く発想を広げて繋げ、それが必要としている答になっていたりもする。
けれど、不思議と家族という言葉に関しては苦手意識が働くのかいつもの様な広がりが浮かばない。
(家族って言っても、オレ自身が、自分の歴史っていうか、父親や母親も全く分からないからなあ)
思い出して辿り着くのは、昨日偶然のよう記憶から掘り起こされた、自分という名前を貰う前に、世話をやいて貰った青い髪の垂れ眼の商人。
しかも"……私のことなんて、忘れてしまいなさい"という言葉が、まるで魔法の力が働いていたように、すっかり忘れていた。
(恩知らずって事に、なんのかなあ)
やんちゃ坊主にしては珍しくぼんやりと考え込んでいる面差しに、何かしらアプリコットの中で琴線に触れる。
(助言が助言になってなかったし……やっぱり私だと、説得力というかそう言ったのが足りないなあ。
じゃあ、せめてというわけではないけれど……)
"賢者に訊けば良い"と口にしていた内容を、賢者を祖父に持つ婦人は口にする事にする。
勿論それでやんちゃ坊主が納得出来るかどうかと言えば、多分出来ない方が強いのだろうけれども、今は黙ったままでいるよりは良いと思えた。
「あくまでもセリサンセウムでの文化圏で、私の感覚の話だけれども、家族というのは、現在の所、他人である数人が縁があって一緒に暮らすのを基準としていると思うわ。
そこに子どもを授かることで家族が増えたり、何かしら事情があって加わったり逆に減ったりもするかもしれない。
その集団の中で世代の差とか、価値観で揉めたりするかもしれないけれど、意志や情を通わせている事が家族だと思うわ。
血の繋がりは大切で、判り易い繋がりだとも思えるけれども、そればかりに囚われたいたなら、側にある貴重な御縁を見逃してしまうかもしれないから、気を付けた方が良いかも」
特に、ルイ君みたいなやんちゃ坊主はね 。
最後に、浮かんだ一言は流石に失礼かもしれないと、婦人は出さずにいた。