|世代の差《ジェネレーションギャップ》
「キングス様は、今回はサブノックやヘンルーダの方からお戻りになったんですよね」
「遠路遥々お疲れさまでした。どうでしたか、向こうの仕立物とかは」
「ええ、極彩色の色鮮やかな糸から布までとても素晴らしかったですよ。
以前も、尋ねたのですけれど、あの時はまだ”スタイナー”の名前を継いだばかりでしたから、顔合わせと必要な事を覚えるので精一杯でしたから。今回はじっくりと見る事が出来て良かったです」
セリサンセウム王国国王ダガー・サンフラワーから、諸外国からの侵略を退け、更に世界規模の天災の原因を突き止めた、英雄グランドール・マクガフィンへの報奨にと賜った、広大な領地とその中に立つマクガフィン邸―――。
と、本来は呼ばれるべき場所で、仕立屋と農場主の両腕と例えられる青年、合計3人で館の主の部屋に向かいながら、そんな話をしていた。
現在でも"グランドール・マクガフィンの館"で間違えは無いのだけれども、現在の役割としては、王都近郊に住居や保護者のいない、マクガフィン農場で就労している若人、男性限定ではあるが、独身者の"寮"の様な物になっている。
寮となっている屋敷は、日中という事もあって、殆ど人も おらずに閑散としており、部屋の扉は、ドアストッパーを使って大きく解放されいてよく風が通っていた。
その部屋の中を、"家政婦"として屋敷の主であるグランドールが賃金を出し、農場で働いている中でも掃除が好きな子育ての経験がある御婦人が簡単に掃除を行っている。
農場近郊に住む場所がない若人に殆ど無償で、"住居"として使わない余っている部屋を屋敷の主のであるグランドール提供をしてはいるが、規則がそれなりにある。
代表的なのが、今行われいる、問答無用で数日に一度、家政婦の手によって部屋は掃除され整頓をされる事。
出来れば個人的な事に関しては、屋敷の主も踏み込みたくはないが、人によっては就労は出来るけれども、未成年の立場の者もいる。
一応、国王から賜った屋敷を住居として提供している、"普通"に使う分は兎も角、個人を尊重してだらしない生活の為に、屋敷を痛ませてはいけないという理屈をこねて、監視も兼ねての規則ともなっていた。
他にも飲食物は持ち込み食べても良いが、その後の片付けをしない事も厳禁とされていたりもする。
昨今の王都近郊に、一般的な家庭で育った立場の者からしたなら、結構な窮屈な生活になるが、保護者から監視されているのとはまた違うのか、これまで特に問題もなく、この規則は平等に使われている。
また家政婦の仕事を熟す、御婦人達も一通りの子育てを終えているので、掃除の際に様々な物を発見したとしても、"整頓した机の上に判り易く置く"という形で終わらせている。
大体の者が、複数名で共同で部屋を使っているので、1日の仕事が終わってから部屋に戻った際に机の上を見て、心の底から安堵するか、若しくは身悶えるかは、その日の部屋の清掃を担当する家政婦の腕によった。
ただ、これまで問答無用で片付けをしてきた家政婦達ではあるけれども、1人だけどう扱ってよいかわからない物があって、掃除はするが同じ場所に戻す物があった。
それは自分達の雇い主でもある、グランドールの私室に最も近接している、特徴的な八重歯に癖っ毛の少年"ルイ・クローバー"の部屋である。
この農場に連れてこられた当時から、少年はある意味異質で、"真っ当な家庭"に育った者、特に婦人からしたならとても手に負える物ではなかったので、当初から拾い連れ帰った当人が面倒を見ていた。
少年と例えるよりも、野生の猿と例える位が妥当に思える位の暴れ様だったので、最初は世話をするのは食事を正しく作る程度の事で、他はグランドールや、その両腕となるフクライザの兄さんが世話を行っていた。
やがてそれが功をそうして、少年はぎこちないながらも普通にマクガフィン邸に世話になっている未成年の少年達と同じ様に生活出来るようになる。
ただ、それは生活面での事であって、同じ様にマクガフィン農場で就労出来ていたかと言えでそうではなく、日中は拾って来たグランドールと行動を共にする事が殆どとなった。
そして、国の英雄でもある大男と行動を共にしていく内に、八重歯に癖っ毛の比較的落ち着いた少年は不思議と、俗ににいう"もてる"状況になっていく。
それを象徴する様に贈られてくるのは、その好意を告げる為の文であるのだが、野生の猿からクソガキ、そして何とか"やんちゃ坊主"になれた位の少年には、いまいち価値の分からない物となる。
ただ"やんちゃ坊主"なりに、価値は判らないけれども雑に扱ってはいけないというのは直感で理解していたので、ルイの中では"全く興味がない"物の中では、最上級の"放置"という処置をしていた。
でもただ部屋に放置しておいたなら、家政婦の婦人達に"ゴミ"として勘違いをされるかもしれないからと、農場の余った資材置き場から、板切れを数枚と釘を数本、許可を得て貰う。
その場で金槌を借りて、適当な木箱を作成してそこに寝台の下に放り込み、更に貰った手紙もその中に放り込む事になる。
勿論、ルイの部屋には、他の部屋と同じ様に机があるのだが、そこには保護者となるグランドールから出逢った当初にもらった筆記具や、簡単な学習道具が布袋に仕舞われてしまわれている。
机の中に仕舞う物は、大切な物という考えはやっちゃ坊主の中にも固定観念としてあるようだが、好意を込められ貰った手紙はそれにはそぐわなかったので、その判断となった様だった。
なので、部屋を強制的に掃除をされる際には普通なら寝台の下に、木箱に無造作に突っ込まれている物は、家政婦さんの手によって、発見される。
普 通なら、机の上に箱ごと置かれておく物なのだろうが宛名は兎も角、"送り主"の名前が露わになっている状態なのでそれは、躊躇われた。
屋敷の掃除に関しては主を除いて問答無用で、個人の尊重などはないのだが、それを除けば、個人の部屋に心配りは存在する。
だから、ルイ自身は幾ら手紙を貰った事は、誰にしられてもても良い位の扱いをしてはいたが、"誰から送られてきたか判る"事にもなりかねない恋文を、机の上に置くという所業は家政婦の方が躊躇われた。
家政婦の役割を熟してくれている、農婦の方達もかつては"少女の時代"があったわけで、少なからず似たような経験も行動をしている。
折角恋文を書いたのなら、好きな人物にそれを渡す事が目標となって、それが達成されれば取りあえず、返事は来て欲しいけれども、6割ぐらいの気持ちの方はつけられていた。
ただ、手紙が渡された"その後"に関してまでは正直気持ちが回らないけれども、少なくとも"ルイ・クローバー"に送ったものであって、他の人に見られたい物でもない。
そういう手紙を渡した側の少女の気持ちを、家政婦している農婦さんが理解していて、清掃をしたとしても、未開封の手紙が日々増えて行く木箱を人目につく机の上に置くことはなかった。
だが、最近、その未開封の手紙が開かれる出来事が起きる。
しかも、その手紙が処分する為に、"一度は眼を通した"という義理を通す為だけの行動だという。
「ルイ君は、思い立ったなら結構大胆な行動をとるんですねえ」
屋敷の中に入った事と、"仕事"に関する事になったなら不思議と日頃は耳まで真っ赤になってしまうのが平気になってしまう、恥ずかしがり屋の仕立屋は、懐に般若の面を仕舞いながらそう応える。
シャムとシエルは"仕事"としてもあるが、その出会いからしても随分と年数が過ぎているので、仮面を外しても会話を行える相手でもある。
屋敷の主の部屋に向かいつつ、双子から、昨夜から今朝に起きた"やんちゃ坊主"の出来事を世間話として聞いていた。
実を言えば、キングスは前回のグランドールから英雄の服を調整を終えて届けに来た際の帰り際に、どういう流れか、家政婦の仕事も終えて一息 ついている御婦人達にお茶を誘われた事がった。
その際、やはり世間話にルイの"木箱のラブレター"の話しをされていた。
ただ、キングスはグランドールと共に工房に訪れたルイの印象から言ったなら、異国巡りで土産や客人に振る舞う菓子類に大いに喜ぶ、東の国の諺に言う"花より団子"の子どもとなっている。
グランドールが甘い物が苦手である事で、一緒に行動していると、どうしても菓子類とは縁遠くなってしまうので、キングスが
『お好きなだけどうぞ』
と、勧めたなら、大いに喜んで栗鼠かハムスター等の齧歯類を思い出させるほど、頬袋を膨らませて嬉しそうに菓子を詰め込んでいた。
ただ、勢い良く食べ過ぎたせいもあって、案の定喉を詰まらせ、キングスが緑茶を進めて、グランドールが逞しく大きな手で背中を叩き、事なきを得ていた。
「ルイはどうやら、とっても好きな子が出来てしまったらしいんですよ」
「その好きな女の子以外に眼もくれないって、決意表明みたいな感じで今まで貰ったのを"処分"するつもりらしいです」
「ルイ君は、リリィさんの事が本当に大好きみたいですからね」
仕立屋から、やんちゃ坊主が惚れ込んでいる存在の名前が、面を取った事で更に良く聞こえる様になった嫋やかな声に伴い、実に流暢に出される。
その発言は、何気に案内の為に先に歩いていた双子の脚を揃えて止める事に成功していた。
「へ?キングス様」
「"リリィ"っていう子知っているんですか?」
そしてまるで鏡合わせの様に、内向き双子揃って振り返ったなら、出逢ってから十数年経つというのに年を重ねている様には見えないし、実は自分達よりも年上だという、やや釣り眼の仕立屋の眼を丸くさせる事に成功させた。
「……ああ、そうか、そうでした。シャムさんととシエルさんは、あの時"名前"までは知らないのでしたね」
自分達から注目されて、キングスが随分と驚いているのは解るのだが、どことなく含みのある物言いをしてから、直ぐにニコリと微笑む。
ただ、それはそれは察しが良くて交流に置いてはある程度の鋭さを携えている双子には直ぐに、仕立屋の営業用の"笑顔"だと判別で来た。
「……ええ、実を言えば、私は今日はリリィさんがお 世話になっている賢者様のお屋敷から、マクガフィン農場に赴きましたので。
"私も"という、表現はおかしいのですけれども、昨日からこの国賢者殿のお屋敷にお邪魔していたんです。
だから、朝にルイ君ともお会いしましたよ。
私の立場からしたなら、ルイ君とリリィさんの両方を知ってはいたのですけれども、2人が御一緒しているのを見るのは、初めてでしたね。
ルイ君がリリィさんの事を大好きと言うのは見ているだけでも判りましたけれど、ただ、シャムさんとシエルさんが仰る様に決意表明をしている程とは、存じ上げませんでした」
「はあ、そんなに"リリィ"ていう女の子にルイの奴は惚れてるんですか」
「グランドールの大将の話からしたなら、相当な美少女らしいですけれど」
ただ、大将であるグランドールからその美少女は
『キングスが、仕事でこちらに来る際に、身に着けている面の1つに、文化を越えて"怖いという印象を与える"般若という面に、怒った時はそっくりになるかのう』
という情報も貰っているので、 うっかりそのまま信じて良いかどうか、双子は迷う。
しかも丁度振り返っていた事で、先程仕立屋が胸元に仕舞った、件の般若の面が少し覗き見える。
ただ、双子には美少女と般若が混在するという所を想像するのが、難しかった。
シャムとシエルの不可解そうな表情に、仕立屋は勿論気が付いたいるけれども営業用の綺麗な微笑みを湛えたまま、更に"リリィちゃん"の話しを続ける。
「ええ、ルイ君が惚れ込むのも納得の、少々強気な性格と目元のとても可愛らしい、巫女のお嬢さんですよ。
お世話をしている賢者様も、諸事情があって教会から預かり保護者と言う手前とても露骨に可愛がるという事は出来ませんが、とても大切に育んでいらっしゃいます。
ルイ君の事は、とても良い"お友達"として認めていらっしゃいますよ」
突如として提示された、ルイの想う相手の詳細の情報に双子は、暫くの間同じタイミングで、同調して瞬きをしていた。
だが、ルイが惚れている相手の保護者となる賢者が"お友達"として認めているという仕立屋の言葉に双子は互いに、長い前髪に隠れていない方の眉を上げて反応する。
「"友達"としてですか……」
「中々手厳しいいですね……」
ルイの本命に対する恋路に関しては、やんちゃ坊主次第だと考えているのだが、その保護者を知っているだろうに、"友だちとして認める"という言葉にムッとする。
少なくとも彼の保護者は、この国の"英雄グランドール・マクガフィン"である。
リリィが世話になっているという存在が賢者と言う事は、グランドールとルイがロブロウに出張に行っている間にも、聞いている情報でもあったし、朝のシエルとの打ち合わせで語る調子もごく親しいのは窺えた。
やんちゃ坊主の事は一旦置いておくにしても、褐色の大男の好漢が"後ろ盾"となるというのなら、この国の民なら諸手を上げて喜びそうな物だと、少なくともフクライザの双子は思っている。
やがてルイはグランドールの養子にするつもりだという話も内々にされている位の、やんちゃ坊主が好意をよせているというなら、子ども同士かもしれないが"恋人"位は、認めてやっても良いのではないかと、やはり揃って考えていた。
「ふふふふふ、シャムさんとシエルさんも、何気にルイ君の事は気にかけてくれているみたいですね」
双子の表情から、当人達ですら気が付いていない胸の内を拾い読んで、楽しそうに仕立屋が笑う。
「いえいえ、俺達はどちらかと言えば、グランドールの大将の事を気にかけているんであって、その賢者殿ことは良く、存じ上げませんが何かよく知りませんが」
「お世話をしている巫女のお嬢さんに、うちのグランドールの大将が弟子にしているルイが好きって言っているんだから、もっと受け入れてくれても良いかなと」
「受け入れるという事は、友達以上の関係を認めるという事ですよね?。友達の上……というのなら、それは親友という事でしょうか」
嫋やかで優しい印象の強い仕立屋が、茶目っ気を出して敢えて外した言い方をしたなら、今度は双子は揃って両眉を下げる事になる。
「恋人を望んでいるのに、親友だなんて」
「それはある意味、一番辛いですよ」
双子が総意を口にした時に、住居となる屋敷の1階層で、清掃時間にも関わらず唯一扉が閉められているグランドールの部屋に辿り着く。
「そうでしょうか。親友であると同時に、恋人であるなんて、とても頼り甲斐と頼られ甲斐両方あると思うのですけれど」
そう言いながら、この屋敷の主 の部屋に、一番間近にありこれまで見てきたものものよりも一回り小さいが、1人用となる扉が開かれた部屋に黄金色の瞳を向けて、紅の引いている唇の端を上げていた。
双子に確認はしないけれども、不思議とそこが先刻、本日好きな女の子と行動を共に取れるとわかって、はちきれんばかりの笑顔を浮かべていた少年を思い出す。
「なるほど……。そう言う関係の進め方もありますか」
「思い付かなかった。そう言えば、それも悪くないかもしれません」
キングスの提案の全て受け入れている様子ではないが、否定するには勿体無いといった様子で、先ずはシャム鍵を取り出し、ドアノブがある方にいるシエルに渡し、鍵を開ける。
これもマクガフィン邸の決まりで、主が不在時にその部屋を開ける際には、前以て連絡確認ができた上で、少なくともシャムかシエルのどちらかにを、伴い二人一組で開けることになっていた。
その理由といえば、屋敷の主人ということでの個人的という事もあるが、国の英雄という事もあってそれなりに管理がややこしく、且つ面倒くさいものを保管しているという事もある。
先日のロブロウへの出張の時などは、"両腕"のフクライザの双子にルイを加えて、4人係で改めて整頓して扱いに関して確認も行っている。
元々は、現在ルイが使っている小部屋にそれらの荷物を置いていたのだが、やんちゃ坊主を"拾ってきた"時にいい機会だとして、寝るのと書類作業ぐらいにしか使わない、グランドール曰く、無駄に広い私室兼寝室にそれらの荷物を引っ越しさせていた。
管理・保管するものを私室に運びいれた事で、グランドールとしては確認の為に定期的に小部屋を開けて行っていた作業の手間が省けて楽になったので、ご満悦となる。
家政婦にも、面倒な物を管理している場所には短い柱を数本立て紐を引き、その箇所の清掃無用という通達を徹底していた。
そして、一応保険をかけるようなつもりで柱と紐を利用して、簡単な魔術の結界を張ってもいる。
ただ、結界を張っていてもそれでも、グランドールが長期的に不在になる場合には管理が難しい物もあったのでそう言う場合はやむ得なく携行をしていた。
その代表的な物と言えば、ロブロウの出張時に結果的には使用する事になり、どこかの 耳の長い賢者が"グランドール携行しといたから、楽ができた"と、宣う劇薬の"塗香"がある。
本来なら持つだけでも色んな制約縛られ、まず扱うに至るまで国に申請書を出したり、許可証をとったりもしなければならない。
所有する人物の人柄も、申請用紙を役所に取りにきた時から素行調査を密かに始められ、持つための内定が下るまででも、随分な手間暇がかかる。
30人申請して、通るのが1人ぐらいという噂もある程で、それらを経て所持する許可を獲得し、塗香を手にしたとしても保管するにあたっては、普通の人には手が及ばない安全な場所に安置するのが常套とされていた。
もし、持ち歩いたとして紛失や若しくは盗難にあった場合は、管理者の方に責任が来ることになる。
グランドールの場合は必要に迫られ、持ち歩くときの保険のように、"呪術"を何重に施した黒塗りの皮袋の中に保管しており、さらに暗号を打ち込んだ色々な形をした精霊石を飾りにしたような紐で、袋の口を堅く絞めていた。
そんな劇薬や扱いが難しい物を線引いている柱の横に、やんちゃ坊主宛の恋文が詰められた箱が無造作に置かれている。
日頃は余計な詮索はしない質の仕立屋ではあるけれども、この部屋に辿り着くまで行っていた世間話の主役でもあるその"ルイ・クローバー宛の恋文"が詰められた箱に、黄金の瞳で一瞥してしまう。
そんな、キングスの視線を農場の主であるグランドールの両腕とされている双子の青年は見逃さない。
国軍を任期契約から、退役して直接てきな武芸からは遠退いてはいるけれども、"農業は体力資本"と、農場の主で国の英雄でもあるグランドールが、収穫した農作物を納める格納庫で、やけに大きく作り過ぎて余ったものを修練場として設えなおしている。
農場の主を筆頭に、軍隊経験者の農夫や、双子も二日と置かずに基礎鍛練はしていたので、そういった方面の"勘"は鈍っていないつもりでもあった。
ただ、仕立屋の方も気がつかれた事に確り"気が付いている"ので、直ぐに笑顔を浮かべる。
しかしながら、今回浮かべている笑みは先程の様な、営業用の作り物の笑顔ではなく、"気がつかれてしまった事を察して恥じ入る"というもので、目元を赤く染めており、見るものが見れば非常に魅惑的に見える物だった。
「す みません、先程話に聞いてからどうしても興味を持ってしまって、下世話とわかっていながら、部屋の中を探してみてしまいました」
その恥じらいの様子は、双子にもそれなりに効果は出していて、少しばかりドキリとさせた後に、胸元で両手を振るって"気にしないでください"と発言させる効果を引き出す。
そんな短いやり取りの後に、本日は"マクガフィン農場のカレーパーティー"を建前に、自分しか食べることの出来ない大好物の"マグマカレー"を作製する為に必要な、香辛料を調達する為に奔走する、"英雄の服"を双子が指示された場所から取り出す。
「―――承ります。それと、こちらの机をお借りしますね」
仕立屋は自分の"作品"を受け取りながら、先ずは全体の点検を行った後に、部屋の中央に置かれている恐らくはグランドールが作業や自身の道具の整備する為に置いている卓に服を広げた。
それから背に抱える形に手を加えている行李から、携帯用の筆と帳面を取り出して早速書き込みを始めていた。
その時には既に仕立屋は"仕事中"と例えるしかない、鋭い面差しになり、周囲の雰囲気も張りつめた物とし、余程空気を読めない者でもない限り、迂闊に声をかけられない圧を醸し出す。
「――――――」
帳面と筆を1度置き、般若面をしまっている胸元から、拡大鏡を取り出し、近づけ群青色の"グランドール・マクガフィン"の為だけに仕立てた己の作品に不備がないか、声もなく細かく丹念に目を通す。
表面的のものが終わったなら、肩から肘まで部分を裏返して確認した後に今度は、袖口から裏返し肘までを同じように拡大鏡を使って隈無く点検しては、何かしら気になった所があるならば、帳面に書き込んでいた。
ズボンに関しては、表が終えたなら全て一気に裏返して確認をし、やはり拡大鏡を使い特に縫い目を見ている様子だった。
仕上げの様に1度大きく頷いた後に、"ふぅ"っと息を吐き出しにこれまで使っていた道具を1度片付けた後に、グランドールの物となる英雄の服を丁寧に畳む。
それから行李から、大きな風呂敷とりだし、卓の上にひろげて、そこに畳んだ英雄の服を包み込んだ。
「グランドール様の英雄の 服の方は、特に大きな損傷とかないようですね。
ただ、水分―――結構な雨に直接ではないにいても、結構濡れてしまったようです。
しかも、水の精霊が随分と乱れている時のようですね、浄めた水で禊洗いをじっくりした方が良さそうです。
何はともあれ、1度持ち帰らせて頂きます、預かり表も認めますので、グランドール様にお引き渡し宜しくお願いします」
嫋やかで優しい響きを持った声ではあるのだけれど、それが少しばかり早口と緊張を伴って、風呂敷に包んだ英雄の服を、やや釣り眼元で見つめながらグランドールの"両腕"となる双子の青年に伝える。
「了解しました、ところでグランドール大将の英雄の服の損傷っていう位ですから」
「もう1人の英雄のアルセン様の英雄は、結構損傷は激しいという事ですか?」
「……ええ、そういう事です。でも、暫く自由にさせて貰っていたので、今回はじっくり工房に腰を据えて、手入れをさせていただこうと思います」
この国の英雄の服の調整を一手に請け負っている立場の仕立屋は 行李の中に英雄の服を包んだ風呂敷をしまった。
それから行李の蓋を閉めたなら、改めて息を吐き出した、漸く普段の仕立屋と言うよりも、"接客状態"のキングス・スタイナーとなる。
国最高峰の仕立屋との付合い"初心者"には、仕事に専念する状況―――職人状態の張りつめた雰囲気と、接客状態の嫋やかで優しい空気との差で戸惑う者も多い。
シャムとシエルも、"御多分に漏れず"で驚きもしたのだが双子の相棒がいた事で、動揺は極々抑えられたのだった。
ただ、今回は仕立屋の話しの中で、軍隊に残った親友の上司の話しが出てきて少々気にかかる。
フクライザの双子も、親友のロマサ・ピジョンも軍隊経験を得た後、シャムとシエルは退役してマクガフィン農場再就職、ピジョンは軍人としての本採用試験を受けて、階級昇進もした。
しかしながら、それぞれの職場で仕事を熟しつつも、3人が行っている主な役割は、この国の英雄となっている存在、グランドール・マクガフィンとアルセン・パドリックの補助であった。
シャムとシエルとピジョンの3人が親友であるように、上司となった褐色の好漢の大男と、軍人で貴族の美人も親友であるので、何かと情報を共有する事で流 れがスムーズになる事が多々ある。
そこの所の事情は、最初の出会いが出会いだけに、仕立屋も把握していることもあって、たまに機会があったなら話題にする事もあった。
そして、今回の仕立屋の仕事を含んだ事の情報に関しては、多忙の事象が重なると時折流れてこない情報もあるので、気の回し使える仕立屋が振ってくれた様である。
「今回、アルセン様はロブロウへの出張は緊急のものであったのですけれども、軍人としての礼服と、万が一に備えて英雄の戦闘用の服も携行されていました。
シャムさんとシエルさんも、それなりにお話は伺っていると思いますが、その後向こうで結構大変な自然災害が発生しかけたと。
そこでグランドール様とルイ君は、当時領主だったアプリコット・ビネガー様のご要望もあり、それらを未然に防ぐためにお手伝いをなさったそうですね」
キングスが確認をする様に尋ねたなら、本当に触りの程度ではあるけれども、話と"成功"の結果を双子も聞いていた。
「ただ、大将は詳細は話してくれず"大変は大変だったのう"位しか口にしなくて」
「ルイの方は、"手伝ったけれど、魔法使っている間の記憶がねえ"とか言っていましたし」
予定の期日よりも、随分と遅れて帰ってきた事自体は、双子が確りと農場の状態を把握している事もあって、特に問題もなかった。
ただ戻って来てから、表に出してはいないのだが、大将が何かしら落ち込んでいるまではないけれども、考えている物があるような所が窺がえた。
けれど、その"何か"に引きずられている様子にも見えないし、それを話したい様子でもなかったので"両腕"は黙っている事にしていた。
「でも記憶のないなりにルイが言うなら、準備からして本当に大掛かりな物がばかりで」
「大将とルイについては、出張先のロブロウの領主さんが、手伝うから道具に関しては全て向こう提供だったと」
「ええ、そうですね。農業の研修に協力をしていた賢者殿の使い魔を使って、異国の神の多邇具久、ロブロウの領主様が久延毘古したそうです。
そしてグランドール様が、大己貴命で、ルイ君が少名毘古那神の能力をその身体を器として神を降ろして、浚渫の儀式を行ったそうです」
仕立屋が相変わらず嫋やかに滑らかに言葉を、紅を引いた唇から紡ぎだして、普段の双子の兄さんなら、大抵その内容を理解出来るのだが、今回は全く以て揃って理解が出来ずに、丸く口を開く事になる。
「……!、申し訳ありません!。
その行われた儀式が、私の故郷の神様を、降臨といいますか、御力をお借りしてとの事だったので、つい、懐かしくて」
キングスもキングスで、己の失態でに赤面し、手甲を嵌めた手で自分の顔を隠してしまう。
本当なら、面を被ってしまいたいところだけれども、それをしたなら本当の意味で失礼になりそうなので、何とか堪える。
昨夜までウサギの姿をした賢者や、蛇の様な眼をした同僚と、成人に関しては相手の知識量と理解力を考慮せずに気楽に話せていた。
その事を含めて、フクライザの双子にはこれまでの付き合いもあって、シャムとシエル相手にも"常識"を慮る事を忘れ、口にしてしまった内容を恥じ入る。
商をするにあたって、贔屓にしてくれている客人に、何にしても非礼がある事はキングスにとって、あってはならない事と考えていた。
「ああ、でも"すくななんとか"はルイから聞きましたよ」
「簡単にいうなら、東の国の精霊術の、物凄い奴だって言ってました」
仕立屋が必要以上の反省をし、落ち込みそうなのをいち早く察し、双子がルイに聞いたあらましを続けて口にする。
「それで難し過ぎるし、子どものルイには負担がかかるからって、儀式には参加したけれど難しい部分は、大将達に任せたと言ってましたし」
「ロブロウの領民達も、殆ど同じ様なもんで、大きな儀式の準備と、その東の国の神様の力を借りて浚渫した以降の所には、関われていないとか」
双子が、仕立屋が気にして落ち込んでている事を気づいて、フォローの言葉をかけてくれているのが判る。
キングスもこれ以上は、馴染みのある御贔屓さんに迷惑をかけられないと、顔を覆ていた手を外した。
これは自身でも本当に不思議な事なのだけれども、"仕事"に関してなら、気持ちを切り替えられるのに、個人という物が関わると、途端に自信を逸してしまう。
言葉にしたなら、"商いだから冷静に対応出来る"という言葉にしたなら冷たく響くかもしれないが、それで"大切にしたい関係"を保てて継続できるのなら、それに越した事ないと考える。
(取りあえず今は、シャムさんととシエルさんの親友でもある、ピジョンさんの上司で あるアルセン様の英雄の服の損傷激しい事で、多忙になっている事を気にしている。
それで、ロブロウでの話になっているのですから、話して不都合でない情報でお知らせしましょう)
親友を大切にし、心配している姿は、少しばかりでしか年上ではない立場であるけれども、微笑ましくもあった。
(そうですね、アルセン様の英雄の服の損傷が激しかった理由を話しましょう)
「はい、その通りです。それで、ルイ君曰く"手伝ったけれど、魔法使っている間の記憶がねえ"部分は、浚渫の儀式の後の事ですね。
不測の事態が発生したということだけ、"仕立屋"として窺っております。
不測の事態を補助する為に、急遽出張に加わったアルセン様が、英雄の服を纏って参加してくれたそうです。
ただ、あちらではご存知の通り天候が荒れて、災害を起こさない為の儀式を、グランドール様に手伝いを願ってまで行う程です。
それに血液の型が、"水"であるアルセン様は激しい雨天の影響は特に受けて、その時も少なから不調だったでしょうけれども、そんな中で、英雄の服が少なからず役に立てた様です」
先程風呂敷に包み込んで仕舞ったグランドールの英雄の服が入っている行李のほうに、黄金色の眼を向けつつ、キングスは更に話を続ける。
「私は国王陛下から許可を得て、英雄であるグランドール様にアルセン様、その場所や役割に見合った専用の服を仕立てる際に、その服を纏う事に、何を一番希望するか尋ねています。
グランドール様は着心地が良くて、それ以外は、好きな様にやっていい、私の裁量に任せるとの事でした」
「流石グランドールの大将」
「希望した内容も納得です」
英雄グランドール・マクガフィンが仕立屋にしたという希望は、自分達の大将が如何にも口にしそうな内容奈なので、いつもの様に二人で感想を述べた。
ただ、仕立屋の方からしたなら、この希望は思い出しただけでも、苦笑物になるようで、ごく自然に合わせて肩をすくめて見せる。
「ある意味任せられるのは、腕を信用されてもらえているのだと判ってはいるんです。
けれども、少しでも希望から逸れてしまったならという、怖さがありますね。
そしてアルセン様は、具体的に要望を述べてくれました。
やはり動き易いのは前提ですけれども、アルセン様の最も得手とす るスピード戦であり、侵略戦の防衛戦の際と同じ様に、現在でも戦となったなら先陣を熟せるような、服の仕立てを仕立てる事を望まれました。
何にしても、次世代のこの国の英雄に役割を引き継ぐ、若しくは衰えて英雄の役目を果たせなくなるまでは、身体の状態の不調があっても先陣で戦えるように、服を仕立てて欲しい。
そう注文を受けましたので、今回の物もその通りに仕立てたつもりです。
それでロブロウから戻られて、連絡があった事で私も国に戻ってから、工房に届けられている物を見ました。
余程激しい活躍をなされたのが容易に考えられる程、戦闘用の服は日頃の調整ではどうしようもない程、痛んでいました。
だから、ロブロウで御一緒だったというグランドール様のものも傷んでいるのではないかと考え、調整に預かる際に、通信機越しに話しもしたんです。
それで、グランドール様とルイ君は儀式に参加する際の道具と言いますか、装束一式もロブロウの方が支度してくれたものだそうです。
なので、グランドール様自身の服は然程傷むことなく済んだという事です」
「それじゃあ、儀式で使ったロブロウが用意した装束っていうのは」
「結構傷んだというよりは、もう使い物にならないくらいになっているんでしょうか?」
双子の質問に、仕立屋が直ぐに頷くかと思ったのだけれども、それはな口元に緩く拳にした手を当てて考え込んでいた。
それから、視線は双子の方には向けずに、視線は空に向けたままゆっくりと喋り始める。
「それはどうでしょうか、ロブロウの方の装束の仕立てをこの目で見た訳ではないので、はっきりとは言えません。
でも、先程も言いましたが、儀式に行うにあたって力を借りたのは私の故郷、東の国の神様の力。
だから、装束も恐らくは、そのロブロウの領主であるビネガー家が所蔵している東の国、由来の物を使ったと思います。
ロブロウのビネガー家には先代のシャクヤク様の極々若い頃に、少しばかり縁があった様で、備忘録にほんの数行ですが認めてありました」
「へえ、そいつは」
「奇遇ですね」
実を言えば、"フクライザ"の苗字を持つ縁戚が、大将とルイが出張先であるロブロウにはいる双子であるが、そう言った話は知らなかった。
簡単に言えばその程度の 付き合いというか、親戚関係の付き合いはまだ親世代が主に管理をしているので、そこまで知らないのが正直なところではある。
ただ、グランドールのロブロウ出張から始まり、帰って来てからも話に聞くとなると、少しばかり気にかかる所もある。
双子の少しばかりの微妙な雰囲気に、察しの良い仕立屋は気が付いたけれども、先程以上の相槌以上の言葉が出てこないようなので、そのままやり話しを続ける。
「その備忘録の短い数行にも、"ビネガー家は東の国を贔屓にしている"という旨も含まれていたので、自分の腕を過信しているつもりはないですけれども、使った装束も、それなりの加護あると思います。
だから、私がアルセン様の英雄の服を徹底的に調整をする様に、ロブロウの方で、同じ様に徹底的に調整を行えば、使い物にならないという事はないと思いますよ」
そこで、一区切りをいれる様に小さく息を吐き出してから、ニコリと笑う。
「だから、シャムさんとシエルさんの親友であるピジョンさんは、忙しい事は忙しいかもしれませんが、心配するほどでもないと思います」
そして忙しいというのなら、ピジョンの直属の上司であるアルセン・パドリックの方で、ロブロウで"予定外"の行動をとった事で、国王直々から、報告書を出せと命じられている。
執務机が書類で埋まる量と"戦って"いると、昨夜、耳の長い賢者から寝物語に聞いていたが、それは話している相手《賢者》も同じなので、寝床の中でフワフワとした毛を撫でながら苦笑いを浮かべさせてもらった。
そんな英雄の忙しい話を思い出したなら、双子の親友ののっぽのお兄さんは多忙にあるしても、いつも通り上司である美人で貴族の軍人の補助に、時期を見計らってお茶を出す機会が増えている位だと思える。
そこの所は話さなくても、双子の兄弟も察している様なので、特に更に尋ねるような事ははしなかった。
キングスの方も、双子達が自分の話した内容で納得と安心が出来たのを感じ取れたので、今の状態に区切りをつける為に、再び口を開く。
「それでは、セリサンセウム王国英雄グランドール・マクガフィン様の英雄の服を預かった事で、本日の仕事はこれでしまいです。
でも、明日からは一段落がつくまで、忙しくなりそうなんで、気合を入れないといけません。
暫くは、郊外の工房に泊まり込みになりそうです」
城下街の東側にある富裕層の居住区に"国最高峰の仕立屋"として、国の迎賓館のすぐ隣に、国王から賜り、代々受け継いでいるスタイナー邸という屋敷もあるのだが、"公用"の時でない限り使わず、最低限の使用人で管理を任せている。
屋敷には代々引き継いでいる道具も確りと揃い、作業を行える広さも、資料もあるのだけれども、"主人"が在宅しているのが判明すると、スタイナー邸に"来客"が押し寄せる。
仕立屋が服を仕立てるとなると、国王の許可がいるのでそれが目当てでもないのだが、取りあえず"国最高峰の仕立屋と親交がある"という地位が欲しい富裕層の方々は、まだまだ多い。
先代のシャクヤク・スタイナーは"客を客と認めるのはこっちの勝手だよ"と素晴らしく高圧的な、"接客"と世間の評判など気にしない振る舞いで、余程精神が逞しいものでない限り、訪問出来ない状態でもあった。
それが、恥ずかしがり屋ではあるが人当たりの良いキングスが"スタイナー"を襲名してから、これまでの高圧な先代の対応の反動もあり、訪問客が当初は凄まじかった。
先代の様に素気無く断っても良かったのだろうが、そうする事は細やかな気遣いを得意とするキングスには心苦しい事となる。
気に病むことが、仕立屋の仕事の手を鈍らせることになる。
"だったら最初から不在状態にしてしまえばいい"
そんな、親友の提案に則った仕立屋は郊外の竹林が生い茂る閑静な場所に、極秘で土地を購入し、故郷の庵という建造物を参考にして、それなりの広さのある工房を建造する。
それからは必要最低限だけスタイナー邸に戻り、国最高峰の仕立屋は、親友が設計をしてくれた工房で、日々を過ごす様になっていた。
流石に国の行事の参加を来賓として求められたりする際には、都合さえ合えば参加する様にして、国の"貴族"としての外交の役割も熟してもいる。
ただ、正直に言うなら生業にもなってしまった、仕立ての仕事に没頭していたい常々考えていたりもす る。
だから、工房に籠る様に作業をすること自体は、全く苦ではないけれども、一応"責任"の伴う仕事でもあるので、気合を入れるという言葉を使い、明日からの様子を表現していた。
仕立屋の言葉に、趣味とは言えないけれども、マクガフィン農場でグランドールの両腕として世間には認められ、やり甲斐のある仕事を行っている双子も、農場主の代わりに行った仕事を口にする。
「ああ、それなら俺達も同じです、今日は、マクガフィン農場カレーパーティーの手配」
「それに合わせて、お役所に連絡して、必要な道具の手配や、会計の所に予算の計算を依頼とかしていました」
「ああ、そうですね。食べ物を扱う場合は、役所に連絡をして許可証も発行して貰わないといけないのでしたね。
今度のカレーパーティーは、どの位物が要り様なのですか?」
何気なく会話を続けるつもりでキングスが口にしたのだが、双子が揃って苦笑いを浮かべる事になった。
「それが、予想外のところで」
「物要りになりそうなんです」
そして、いつもの様に双子で揃って口を開く。
その時、農場の主部屋という事もあって置かれている柱時計が、昼を報せるチャイムを鳴らした。
次の間には、農場主の部屋の窓越しに手持ちの鐘の音が連続して響き渡る。
「じゃあ、話しの続きは食事とりながらしますか、キングス様も、寮で用意された昼食で良かったらどうですか?」
「それとも農場の営業している、食堂で食べたい品あったらなら、買ってきますけれど」
マクガフィン農場で食事を取る方法は、現在3人がいる"独身寮"扱いになっているまくマクガフィン邸で、掃除をしてくれている家政婦と同じ様に、料理を当番で用意してくれている物がある。
これは育ちざかりは越しているが、食べ盛りの若人向けに本当に大量に作っているのもあって余程大人数でもない限り、余剰はあるので、農場を訪れた客人などに提供しても障りない。
もう1つは、農場の野菜や飼育している家畜を使った食事がとる事が出来る、本来なら喫茶店と呼ぶに相応しい食事処がある。
外観は、王都の城下街にある"壱-ONE-"程洒落てはいないが、農場の入り口と同じ様にそれなりに洗練されていて、喫茶店と呼んでも構わないのだろうけれども、農場の面子が武骨な男性が多数を占めている所もあって、"飯を食べる所"として、"食堂"と呼ばれている。
また、農場は本格的にはないけれども酪農も行っている為、そこから取れ生産された物を使った甘味物も一緒に扱っているので、何気に子どもや婦女子に人気の場所でもあったりもしている。
近年では、国が運営している学校の課外授業に選ばれる事も多く、事前の調査に長時間滞在する者は、農場の受付からこちらに移動し、農場の担当者と打ち合わせをする事もあった。
仕立屋は、そのどちらにも"ご相伴に与った"事はあるけれども、両方とも十分に美味しかったので、正直どちらでも構わない。
強いて違いを言うならば、雰囲気と言う位物だが、寮内となるマクガフィン邸で食べる料理は良い意味で所帯じみていて気楽に食べられる。
食堂の方は料金が発生するだけであって、使用されている食器も盛りつけも、少なくとも寮内の食事よりもそれなりに洒落ていた。
「それでは、寮内のお食事をいただけますか?」
そしてフクライザの双子と少しばかり世間話をするにしても、どちらかと言えば"男性的"な視線で行われるだろうから、そこに洒落た雰囲気は必要なさそうに思えたので、そう応える。
「それじゃあ、俺等の分も含めて貰ってきます、グランドールの大将から」
「部屋で飯は食って良い許可は、貰っているんで留守番お願いします」
「了解しました」
1人で3人前の食事を運ぶのは難しいのと、キングス・スタイナーは十分信頼できるので、双子は客人を残して、食事を取りに行ってしまった。
「さて、適当に椅子でも借りて……ん?」
小作りな鼻を小さくスンと鳴らして、この部屋の匂いに気が付く。
「ああ、そう言えば、グランドール様と同じ物を嗜まれていましたね」
部屋の主が愛煙家であるので、その匂いは確りと染みつき部屋に残り、仕立屋の鼻孔を入室した時から擽っていたけれども、気にする程の事はなかった。
けれど改めて1人になってこの匂いを嗅ぐとウサギの姿をしている時には、決して吸わないが、人の姿に戻った際には吸っている上司を思い出す。
"減煙している"と公言しているが、禁煙には至っていない鳶色の上司も吸っている、喫煙する人々にとっては、 昔から伝統的銘柄の物である。
匂いに釣られるようにして、一度浮かんだ上司の姿は消えてはくれずに、更にどうしても
結びついてしまいそうな、代物がこの部屋にはあった。
「もし、この場にいらっしゃったなら真っ先に確認をしてしまいそうな、ものですよねえ」
そう呟きながら"処分待ち"となっているルイ・クローバーに寄せられたという、"義理はとおした"と開封し一度だけ眼を通された恋文の山が詰まっている木箱を見つめる。
「……特に、カレーパーティーに"ルイ君の大切な友だち"として、アルス君を護衛につけてリリィさんを参加させると決意をした後には、最も気にかかる代物にもなりそうですね」
キングス・スタイナー自身は、勝手に部屋の者に触るという無礼は勿論しない。
けれど、"鳶目兎耳"としてのの際には、その対象の行動の先を拾い"読む"為に、個人など関係なく、突き進んで行く。
時には、人には絶対に見られたくも思い出したくもない過去にも必要があったなら踏み込む。
キングスにとっては、"仕立屋"が生業であると同時に、鳶目兎耳も本業という、"比べるものではない"という概念で向き合っている。
それは鳶目兎耳の同僚であるロドリー・マインドも、貴族で軍人である事を同じ様に考えていると思う。
そして上司という立場であるけれども、親友である鳶色の人は賢者と言う役割をこなしつつ、平衡して、鳶目兎耳の仕事も熟している。
でも、鳶色の人に関していうなれば、鳶目兎耳の仕事を利用しつつ、賢者としての探求心を満たしている所も、無きにしも非ずっといった状態になっている様に、部下としても親友としても見受けられた。
今回の"ルイに宛てられた恋文"に関して言うなれば、賢者でも鳶目兎耳でもなく、"目に入れても痛くない"という故郷の故事に当てはまる、リリィの保護者として、気にかかる物なのだと想像するのは容易い。
農場でこちらに赴いた、鎮守の森の魔法屋敷で、本来なら賢者《自分》の護衛騎士になる少年と、マクガフィン農場の主からのカレーパーティーの招待状を貰った際には、参加させる当たってそれは理知的に説明を行っていた。
その説明の中にも、"ルイは農場の女の子に人気がある"という、ロブロウでアプリコットを介してグランドールの口からも齎されていた情報に関しても冷静に向き合い、若人達に忠告も行えていた。
「……"ウサギの賢者"の姿でいらっしゃる時は、"ネェツアーク・サクスフォーン"という御自身すらも、第三者的に冷静に見れているという事なんですかね」
その分人の姿に戻った時に、姪っ子への溢れる愛情が過度になっている様な気もするが、フクライザの双子と再会した事で、過度ではなくて"通常"だったのを思い出す。
「余程の事がない限り、人に戻ってリリィさんと会う気はないと仰っていましたが、ロブロウでは出逢ってしまったようですし」
姪っ子が誕生し、引き取る時に彼が決意した事を、まるで"証人"の様に傍らで、"人として関わらない"と聞いていた。
いつ、どこか、誰かが、姪の耳に"英雄殺しの英雄"の話しを耳に入れるかもしれないから。
だから、記憶が残らないと言われる3年間だけ、慈しみ育てた。
ロマサ・ピジョン、シャム・フクライザ、シエル・フクライザの3人は、鳶色の人に最愛の姪との"記憶に残らない3年間"の内で、偶然出逢ったに過ぎない若人達だった。
けれど城下街の西側で、親友が編んでくれたウサギの帽子を被った姪と、自分の姿を見て、"微笑ましい、羨ましい"という感情を含んだ視線を注いでくれていた。
その事に気が付いた、諸事情があって人を辞めてウサギの姿に逃げてしまう様な、捻くれた人は、本人でも理由がよく判らないくらい"上機嫌"になってしまう。
上機嫌となった捻くれている人は、初対面の若者達を視界の隅に捕らえつつその様子と、微かに聞こえた言葉で、日々諾々と過ごしているのを察する。
加えて、決してずっとそのままで良いとも考えていない、何かしら"きっかけ"というのも、求めているのもその短い間で勘付いていた。
だから、ほんの御礼というわけでもないけれども、出来る事なら"良い方向"に向える様に、出会いも欲しているようだったので、それを提供する事にする。
機会が良かったのもあったのだろうが 、丁度いい2人が西側にいた。
"羨ましい"と視線を向けられ、一度は素知らぬ振りをしてそのままやり過ごし、伯父は色々と目論見、姪を抱っこしたその足で"のっぽと双子"の、聞き込みを行った。
すると、西側ではそれなりに有名で直ぐに3名の情報は拾えたと、後にキングスは聞いている。
話しによれば、そこそこ優秀で人当たりも良い3人組で、色んな所で日雇いで働いており、最近では旧友の農場にも行った事があるという。
その話を聞いた事で、伯父と姪が更に上機嫌になって戻ってきたところに、自分の"親友"に何やら不届きな感情を以て接触をしようとする、ノッポの姿が視界に入ってしまう。
その事で少しばかり悪戯心を起こした鳶色の人は、実に判り易く因縁をつけつつ、"記憶に残らない"としながらも、最愛の姪の教育に悪いからと、親友に預けその場から離した。
それからは鳶色の人は何らかの手段を使い、褐色の大男と美人の後輩がその場に召喚し、3人と顔合わせをさせ、その後を決めるような切欠を提供していた。
ただ、唯一目論見が外したところがあるとすれば、想定外に悪戯心を起こした応報は随分と素早く回ってきた事だった。
嫉妬心を起こして、因縁をつけた"ノッポ"のロマサ・ピジョンの上司となる、後輩から、(多分何かしら余計な事を口にしたと思われる)受け身は確り取りつつも、人間橋を喰らった。
そんな話を聞かされて、先にリリィと共に鎮守の森の魔法屋敷に戻っていたキングスは、黄金色の眼を満月の様に丸くすることになる。
『何にしてもちょっと痛かったけれども、今日のお出かけは楽しかったねえ。ねえ、リリィ?。さあ、約束通り、でんでん太鼓を作ってあげようね』
赤ん坊は、大好きな人が戻ってきたことに上機嫌に笑っていた。
「シャムさん、シエルさんは、あの時の出逢った赤ん坊がリリィさんだと知ったら、きっと驚くでしょうね」
そして、きっと可愛らしい赤ん坊が健やかに成長した姿に、物凄く喜んでくれた後に、鳶色の髪と眼をした不貞不貞しい、"オーロクローム"という人物について、悪気なく尋ねる事になると思う。
(でも、"オーロクローム氏"について告げる事は出来ない し、万が一話したとなったなら、リリィさんは混乱しかしないし、もしかしたら記憶の断片を掘り返しかねない。
記憶が出てきたのなら、その不思議を、それにその人物が、どうして自分の事を手放したかを、先ずは"最も信頼するウサギの賢者"様に尋ねる事でしょう)
でも、それが現実に起きたなら、残酷過ぎる。
「……巧く、いかない物です」
―――オーロクロームと名乗った、鳶色の人と毛糸のウサギの帽子を被った可愛らしい赤ん坊の事については、覚えていますか?。
そう尋ねたならきっと3人とも口を揃えて、覚えていると口にしてくれるのは、仕立屋は確信している。
ピジョンにフクライザの双子の3人が軍学校の教育を修了のした後、仕立屋と再会し、それなりに会話ができる様になった頃、数少ないが"オーロクローム"氏に尋ねたい雰囲気を醸し出していたのは、感じ取れていた。
けれど、それには敢えて気が付かない振りをしていたし、話題に上らないような雰囲気をキングス自身が造りだし、3人の口を塞ぎ、自分は仕事を多く抱え込んでいて自ずから、多忙になっていた。
そうやって、忙しさに身を委ねていないと、"3年"という蜜月と例えられる時間が容赦なく過ぎ、打ちひしがれている親友の姿が気になって仕方がなかった。
姪がこの世界に、誕生した時の約束通り、両親の姿は知らないけれども"普通の幸せを手に入れる"事を信じて、大地の女神信仰の教会に引き渡した。
それから、姪がいなくなった事で、一気に人の姿でいる事での負担が増し、"ウサギ"の姿に戻り、再び研究に引き籠る賢者の姿を思い返してしまい、親友としての不甲斐なさにキングスも気が滅入る。
"自分と関わらない事が、きっと一番の幸せになる"
自身の素性も、普通の家庭を知らない自分が育てるよりも、道徳心の高い、国の教会で育てられる事。
そして、互いに"親子"と知る事も滅多に見かける事も出来ないけれども、"父親"の存在が側にいる、教会の近くで生活する事が良い。
そう信じて、1度は手を離したのだけれども、それが姪にとって一番の不幸になり、その命まで落としかけたことで、再び賢者の庇護の元に戻る。
引き取られていた教会で、随分と根深い人間不信に陥ってしまった姪の為に、賢者は最初から"人"としての立場や権 利を放棄していた。
ただただ少女を守る、その為に絵本の世界から出てきたウサギの姿を選ぶ。
引き取ってからは、赤ん坊の頃から、大好きだったと思われるウサギの姿の効果もあっただろうが、何よりも日々の慈しみの想いが通じた様に話しを聞いた仕立屋には思えた。
姪はゆっくりではあるけれど、心の傷は塞がって、ウサギの姿をした賢者に心を開き、信頼をよせてくれるようになる。
そして漸く落ち着いたころ頃、仕立屋は賢者から"自分の秘書の巫女の女の子"にあって欲しいと頼まれ、快諾する。
『初めまして、リリィさん。私は賢者様の親友の仕立屋のキングス・スタイナーと言います。
宜しくお願いしますね』
そんな言葉とともに、再会した。
産まれてから、3年間の"想い出"はやはり残っていない。
加えて、やはり賢者の元に保護される事になった心身共に大きな傷となった"事故"の影響で、引き取られた当時の年齢的に相応の一般的な常識は覚えていた。
けれども、引き取られた先の教会での記憶の方は殆ど朧気になっているのだと、前以て賢者に教えてもらっていた。
『自分の心を守るために、傷ついた記憶は心の底に押し込み、見ない様にしたのでしょう。こんなに幼いのに、痛ましい事です』
唯一信頼して引き取る前に、治療に加わってくれた、貴族で隠居間近の医術博士であるシトラス・ラベルの診断をそう伝えられた。
ただ、仕立屋は忘れてしまった方が、賢者が引き取ったリリィの為に良いとも考る。
過去を振り返る事が、少女の為にならない記憶でしかないのなら、思い出さなくても良いと信じる。
それは、無自覚に自然と自身の幼い頃の環境に少女を重ていたところもあった。
少女程幼くはないけれど、かつて異国からやって来た、鳶色の人、そして紅い髪と眼をした、強気な目元をした女性に、東の国で、"地獄"とも例えられる奈落の底にいる状況から、助けられる。
その奈落に存在している間に、少なからず得た嬉しい幸せな記憶が幼い自分を縛り付ける鎖ともなっていた。
それを惜しむ気持ちと共に振り切り、先代のシャクヤク・スタイナーを後見人として養子となり、故郷《東の国》を新たな自分の居場所を手に入れた。
新しい場所は、慣れるまでに大変な事にはなると思うけれども、少なくとも不幸になる事もない。
リリィにとって、鳶色の髪と眼をした"伯父さん"との想い出は本当に大切な物だと思うが、未来の事を考えたのなら、無暗に記憶を掘り返す様なことはせずに、新しい記憶で塗り替えれば良いと思えた。
その考えが間違っていないとキングスが確信を得たのは、賢者が少女の為に護衛騎士を迎え、やんちゃな坊主な少年を友達として受け入れたと話に聞いたと時になる。
少女のお兄さんのようにもなった護衛騎士になった少年と、遠慮なく口が利ける様な少年のルイなら、新しく記憶を塗り替えても、親友も寂しいだろうけれども、受け入れている様に思えた。
(それに、思わぬところで縁が繋がるものですしね)
ウサギの帽子を被っていた赤ん坊が、マクガフィン農場で主の養子にしようとしているやんちゃ坊主の本命であることは、フクライザの双子は勿論知らない。
そしてピジョンの方も、軍学校に残って教育専門の軍人となり世話をした新人兵士が配属先になった場所に、自分を軍学校に入れた原因となる存在《賢者》と、共にいた赤ん坊がいる事を知らない。
「あ、でも、御三方ともあの時赤ん坊だったリリィさんが、そもそも"女の子"と気が付いているのでしょうか?」
そんな独り言を紅を塗った唇から、零した時、靴底から僅かな振動を感じて、神経を研ぎ澄ましたなら気配を、閉じられた扉の向こうから感じとる。
それから農場主の部屋にある時計を見たなら、双子が昼食を取りに行って戻って来ても、おかしくはない時間だった。
「予想以上に、考え込んでいてしまったみたいですね」
正直にいうのなら、ルイに宛てられた手紙に着いて、鳶色の上司で親友に報せるかどうか考えようとも思っていたのだが、予想以上に思考が脱線してしまった。
この考えが脱線してしまう癖は、どうにも不貞不貞しい上司の影響を受けてしまっている様に思える。
(考え方が狭量にならないのは良いことだと思うのですが、纏める事が出来ない程広気すぎない様にしたいですね)
もう口から出して言葉にしたなら、軍隊経験者で実は軍の方から引き留め受けた程に勘の良い双子には聞こえてしまうので、胸の内で考えている内に扉をノックされる音がする。
「キングス様」「入りますよ」
「はい、どうぞ 」
双子が揃っていないと、注意深く聞いていないとまるで1人の人物が普通に喋っている様に聞こえる不思議を断りの言葉を聞きながらキングスは返事を行う。
滑らかに扉は開き、双子の左眼が隠れているシャムが2人分の食事が載ったトレイを抱えて佇んでいた。
扉を開いたのは、右眼が隠れているシエルの方でで1人分のトレーと併せて水差しと醤油差しとグラスが3つ載ったトレイを抱えている。
「本日は焼き魚定食です。今年最後の春大根の"おろし"です」
「好物でしたよね。それにロブロウからの土産のカボスもあります」
「本当ですか?。それは嬉しい限りです」
仕立屋の素直な反応に、互いに髪から隠れていない眼を細めて、同時に口の端を上げてニッと笑う。
それから手際よく双子は、先程仕立屋が英雄の服を確認する為に使った机に食事の支度を始めつつ、話しを続ける。
「ロブロウはどうも"自然災害"を防ぐために行ったみたいになってますけれど」
「農家の大将の本来の目的は、コイツ……農業研修の為に行ったんですよねえ」
客人の分も含めて、椅子も用意して昼食の支度を終えた双子がそんな事を口にすると、仕立屋も、ああ、と声を漏らした。
「本来の目的?。えっと、シャムさんとシエルさんは、グランドール様から"農業研修"について、どれくらい話しを聞いているのですか?」
如何にも”仕立屋”として、興味を持った風に装い、今までの関係から決して他言にしないという信頼は築けている。
そして双子の方も、国王にも直に繋がりがあるキングスになら話しても障りないだろうと、目配せをした。
実は"鳶目兎耳"として、国王から表向きは英雄のグランドール・マクガフィン宛に"ロブロウへの農業研修"としているのも、内密に"ロブロウでの貴族の処刑の調査"が出された事は知っている。
ただ"内密"の具合は、調査任務を委ねられたグランドールの裁量に任せられているので、褐色の好漢の大男が己の身内にどこまで話しているのか、少しばかり興味を持った。
それに"ロブロウで行われた貴族処刑"については、この国の法に則ったもので、国王がとある事情で危惧してしまう様な物ではなかったという報告書が、既にグランドールから上がっている。
ただ、"貴族の処刑の調査"が終了したと同時に、報告書として仕上げるのには、その数倍の量に及ぶ出来事が起こってしまって、主題だった筈なのだが、正直、影は薄まってしまっていた。
鳶目兎耳として、キングスは"報告書として仕上げるのには数倍の量に及ぶ出来事"の内容と内訳は掌握している。
そして、これまでの双子の話し方の感触からして、"グランドール・マクガフィンの両腕"とされている青年は、"報告書として仕上げるのには数倍の量に及ぶ出来事"については聞かされていないのが感じ取れた。
(グランドール様なら、この双子さんに説明するなら、大己貴命や少名毘古那神についても、簡単にでも説明する筈。先程の反応から見ても、本当にしていないのでしょうね)
「それじゃあ食事を」
「しながら話します」
「ええ、そうですね。それでは大根おろしが、辛みが抜ける位、ゆっくり話しながらいただきましょうか」
営業用と双子には知られていながらも、穏やかな印象を与えてくれる仕立屋の笑みと共に提案に頷き、受け入れた。
昼食の主菜は焼き魚で、それに合わせたのか、主食はパン食が多いセリサンセウムにもここ暫く普及し始めている米に、副菜は葉野菜と胡瓜の漬物だった。
ただ主食は、米だけではなくて、大麦も混ぜて炊かれている。
故郷にそれ程未練はないけれども、食については少しばかり譲れない所がある仕立屋には、昨夜の夕食から昼食にかけて十分嬉しい物となり、上機嫌で頂くことにした。
「偶然なんでしょうが、朝も昼も米で、個人的には有難い限りです。
それでは、いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
流石に食事の挨拶は双子でも等分せずに口にして、農場主不在の部屋で食事が始まる。
"話し乍ら食べよう"としていたが、米に合わせて出された食器、箸に、双子が些か苦戦を強いられているのには、キングスも直ぐに気が付いた。
他の使い慣れた食器もあるのだが、箸に慣れたいと揃って口にしたなら、仕立屋が簡単な助言をしたなら、直ぐに双子はコツを掴んだ。
それから漸く箸談義を挟みつつ、仕立屋 が器用に箸使っているのを、双子は参考にしながら昼食は続く。
「東の国じゃあ米が主食でしたね」
「箸の使い方は流石です、俺達は今少しって所です」
最近では農場の食堂でも少なからず米も出るので、それに併せて食器に箸もだされるというのも、それぞれ反対の利き手で巧い具合にぶつからない様にして食べて見せながらそんな話をする。
「私の故郷だけの文化ではありませんが、箸は巧く使えるようになっているのに損という事はないですよ。
手を汚さずに魚の骨を取るのにも便利だし、こうやって、カボス等は"種"だけ摘まみ取るのにも便利です」
仕立屋は例えを出す度に、それに合わせて魚の骨だけを綺麗に身から外し、花の柄の様な断面から種だけを摘まんで持ち上げていた。
「何だか物凄く融通の効くピンセットみたいですね」
「それか、特大の鑷」
これは双子がふざけているのがわかったので、仕立屋は上品に微笑んで、種を除いたカボスを手に取り、その果汁を焼き魚と大根おろしに搾ってかけた。
搾ったと同時に柑橘類ではあるのだが、直ぐに"カボス"だと解る独特の芳香が広がると、双子もそれに続くよう濃い緑の皮に包まれた果実を搾る。
「それで、話を戻しますがグランドールの大将は、元々はこのカボスって言うのをロブロウでの農業研修で、調べるって話だったんです」
「似たような柑橘類はあるんですけれども、このカボスというのはロブロウしか扱ってなくて、詳しい来歴が不明ということらしいので、興味をもったそうで」
箸の使いに慣れてきた双子は、まるで鏡写しの様に、箸と米と大麦の入った器を手にして"農業研修の詳細"を話してくれるを、キングスは興味深く耳を傾けていた。
更に詳しく双子が話す所によれば、セリサンセウムに置いてはカボスはこれまでロブロウでしか生産されていないらしいが、必要とされる生産量は十分賄えているらしい。
王都の城下街の東側の食料市場で扱われているその殆どが、国の西の果てにある領地から仕入れている物だという。
「そうなんですね。
思えば私の記憶があっているなら、カボスは東の国でもごく一部の場所で生産されているのですが、その詳細の来歴はよくわかっていないそうで す。
曰く、暦にはどこかの医術たけた人物が東の国の生産地に持ち込んだのが"初め"と言われてもいます。
しかしながら、その人物が持ち込んだとされる暦より前から生えている樹齢のカボスの木が現存しているそうなんです。
それだと、"始まり"の辻褄が合わなくなってしまいますよね」
カボスの果汁と醤油を含んだ"おろし"を、焼き魚の解した身にたっぷり載せて、上機嫌で口に運び仕立屋がそう口にしたなら、双子も実に興味深そうに頷いて漬物に箸を伸ばしていた。
「大将もそういったところを気にかかったかもしれないですね、苗木を結構貰ったのも合わせて」
「育て方の資料も写したのを持って帰っていらしたのですけれど、それがの何だかんで結構な量なんで」
そう言いながら、双子は揃って視線を部屋の主であるグランドールの机がある場所に向け、キングスも咀嚼しつつそちらを見る。
褐色の大男の体躯に合わせて作ったのもあるのだろうが、結構な広さがある机の半分とまではいかないが書類で埋まっている。
(あの卓上にある書類全てが、カボスに関する資料なんでしょうか?。
それにしても、本当にグランドール様は、ロブロウに訪れたのはのは"農業研修"だけが目的なのかが、少しばかり考える所がありますね)
件のロブロウに向かっている途中で、"ウサギの賢者"が大農家グランドール・マクガフィンが馬車の中で行ったとされる会話も、上司の報告書には、それは細かく記載されていた。
今回サブノックへ出張していたこともあって、少しも手助けが出来なかった事もあり、キングスは報告書を丹念に読み込んで、記憶に刷り込ませている。
そして記憶に刷り込ませているその会話と、つい先程、双子と交わしていた話題と、自分の故郷に関する逸話を思い出し、まるで喉元に小さな骨のような"引っ掛かる"感覚が拭えない。
(折角、シャムさんシエルさんに、魚の骨を取るところを披露したのに……)
早い所、この引っ掛かりを解消しようとキングスは今一度、記憶に刷り込ませるように覚えた、報告書の賢者と農家の会話を思い出す。
『"ウサギ"はロブロウの事は詳しいか?』
賢者と農家は、ロブロウに向かう馬車の中で" 2人"だったが、グランドールは旧友の要望通り、本当の名前とは呼ばず、敢えて"姿"の名前で呼びかけていた。
『少しだけかな、確か先々代の領主殿が異国の魔術の研究をしているとか、しないとか。あ、でも鶏肉料理が美味いのははっきりと聞いた事がある』
地図を眺めながら、自身が調べられる限りで知っていたロブロウの事を、ウサギの姿で告げたなら褐色の大男は少しばかり呆れた様な表情を浮かべて、反応をしたという。
『お前も陛下も、食べ物に関しては抜け目ないのう。あとライムに似た緑の柑橘系の果物が有名だ』
(この時は、グランドール様はカボスに関して、名前までは明言をしてはいない。でも、その存在はちゃんと存じ上げてはいらっしゃる)
まだ、どこで、何が"引っ掛かる"のかが掴めない鳶目兎耳は、頭のなかに刷り込む様にして覚えている、鳶色の上司の癖字で書かれた報告書を見直す。
『グランドールはそちらの方に興味があるのかい?』
『うむ、今回の農業研修ではそちらに関してが主になりそうでな。正直、ワシは貴族の処刑の調査はどうでも良かったりするのが本音さ』
それ以降の報告書は、グランドール・マクガフィンが貴族が如何に嫌いで興味がないかの会話と、ウサギの賢者の"好物"の話へと移動していたし、引っ掛かりにも反応をしない。
(だとしたら、私が"引っ掛かり"を感じているのは、名前を知りはしないけれども、グランドール様はカボスの存在が気にかかっていたという事。
でも、現状ではロブロウには本来は農業研修で赴かれた筈なのに、フクライザの双子のお兄さん達が感じている通り、まるで自然災害に関して未然に防ぐ役割をこなした事の方が本題のように取られている。
もし、ロブロウで自然災害を未然に防ぐという、突発的な出来事がなかったのなら、あの場所では貴族の処刑の調査は賢者様行ったとして……。
グランドール様が行った、農業研修の結果はどういう事になっているのでしょうか?)
"貴族の処刑の調査"という国王からの命令を、言わば隠蓑の様にする為に"ロブロウでの農業研修"を使っていたとばかりに一見、見られている。
でも、大嫌いな貴族の事などどうでも良いグランドールからすれば、それこそ旧友でもある賢者に任せて、農業研修を実に綿密におこなったのが、卓上にあるその書類の量からも窺がえた。
(ああ、でも、卓上にある書類が"全て"ロブロウで行った農業研修に関係あるかどうか尋ねてみましょう)
ゆっくりと咀嚼していた物を飲み込み、視線はずっと農場主に卓上に向けたままだったので、そのまま双子に確認する様に尋ねる。
「それでは、あの机の上に載っているのは、その全てロブロウでの農業研修のものなのですか?」
仕立屋がゆっくりと咀嚼をしている間に、"早飯も仕事の内"と言う軍隊経験者の双子は、七割ほど食べ終えながら、これには揃って頭を左右に振った。
「いいえ、半分くらいですよ、それで、残りの半分は」
「今度行われカレーパーティーの物です」
「え?!、半分もカレーパーティーに関する者なのですか?」
頭の中では農業研修とグランドールについて相変わらず考えていたのだが、思わず口に出して尋ね返してしまうが、
『それが、予想外のところで』
『物要りになりそうなんです』
と、昼食を取る前に双子が話してくれていた事を思い出す。
(思えば、シャムさんもシエルさんも、その事について話したそうにもしていましたよね)
話しが長引きそう且つ、聞いて欲しい事があったからこそ、双子は食事を進めてくれたのだろうとも、食べている今更ながらに思い至る。
(どうしましょうか)
自問する様に自分に疑問符を浮かべたなら、引っ掛かりは残るのだが、ここまで考えを整頓した事で、とても物凄く気になって夜も眠れないという程でもなくなった。
(カボスの事については、賢者様に話したなら、存外直ぐに"引っ掛かり"については解消できるかもしれない。
少なくとも、私1人で考えるよりも、早い。
それに、今は香辛料集めに忙しいだろうけれども、一段落ついたのならグランドール様自身に尋ねたなら、案外ひょこり教えてくださるかもしれません)
これまでの話しの流れから考えたなら、グランドールは農業研修の"成果"については特に隠している様子もないので、尋ねたなら本当に、そのまま教えてくれそうな気がする。
机の上にカレーパーティーの書類と合わせて、無造作に置いている限り、隠しているという事の無いというのが窺がる。
(勿論、見られたなら拙い物は隠しているんでしょうけれど……ん?)
仕立屋が一般的な食事の速度で半分程終えた頃、双子は終 えて、シャムが2人分の食器を片付けシエルが、グランドールの方の机の方に動いていた。
「キングス様はどうぞ、最後までゆっくりご飯を食べていてください」
「俺達は、カレーパーティーの書類の説明したい部分を、キリの良い所までしますんで」
「そうですか、では、遠慮なくそうさせていただきます」
(シャムさんとシエルさんは、先程私の発言は、"カレーパーティーの書類の量"について驚いたと思われたのでしょうね)
キングス自身は、ロブロウでの農業研修でのグランドールが調べている事に興味を持っていたのだが、現状口に出して話した事を考えたなら、話しの流れはカレーパーティーの事になっている。
(そうですね、賢者様……ネェツアーク様も、リリィさんの初参加となる、カレーパーティーについての情報があった方が落ち着かれると思いますし)
こうなると仕立屋の中では、優先順位としてはカレーパーティーの方が上回るし、正直に言って興味もあった。
実をいえば、キングス自身は食べ物に関して言えば、辛い物が大変苦手なので、ある種の祭の様な催しには、参加した事はない。
勿論、食べ物はそれ以外の農場で作られた野菜や畜産を使ってだされるのだけれども、それを目的に外出するよりは工房で趣味で生業の仕立ての構想を……という所もあった。
そして何より、仕事ならば平気では素顔を晒す事は全く平気なのだが、個人を楽しむ為で多くの人々が訪れる場所に、仮面をつけて参加するのでは、恥ずかしがり屋の仕立屋にとってはストレスにしかならない。
農場主であるグランドールを筆頭に両腕となるフクライザの双子の双子も、十分そこの所を存じ上げているので、招待状を送る事なんてまずしなかった。
ただ、仕立屋が好きそうな祭の時ならでは用意が出来る、作るのに少々手間のかかる甘味や料理で日持ちする物は作って置いて、赴いた時に贈って喜ばせてもらっている。
なので、仕立屋にとっては直接的ではないのだけれども、間接的に恩恵を受けて楽しませてもらっているので、相談があるというのなら、乗りたいし、愚痴をこぼしてスッキリするなら、拝聴しようと思っていた。
農場の主にしてもその両腕と例えられる双子の青年にしても、愚痴を零す事で考えを整理してる所もあって、それ以降はさくさくと動くので、話しを聞いて能率が良くなるのなら、キングスは付き合える範囲で付き合うつもりである。
(でも、"予想外の物要りになる"ということでしたけれども、何かしら大掛かりな国の方針で変わった事はあったのでしょうか?)
そんな事を考えている内に、器に入っていた米に大麦の一粒も残すことなく器用に箸で摘まんで口に運んで、仕上に冷たい緑茶を呑みながら考える。
その頃丁度、双子の方も農場主の机の上に載っている"カレーパーティー"大量の書類を、何やら選り分けるの作業を終えた様だった。
どうやら仕立屋に見せたいのは、大量にあった物内の何十分の一だったらしく、枚数的にはそれ程ないように見える。
「取り敢えず、強烈な奴を選んでみました」
「客観的な意見を聞かせて貰えると、有難いんですけれど」
今度はシエルが客人の食器を片付けて、シャムが書類を差し出しながらそんな事を口にする。
「私の意見が、客観的になれば良いのですけれども」
少しばかり、困ったような笑みを浮かべたなら仕立屋は書類に視線を向けた。
(でも"取り敢えず、強烈"という表現が、少し気にかかります)
双子はの方といえば仕立屋が浮かべていた苦笑から笑顔を差っ引いて、見事に困った表情を浮かべていた。
一通り読み終わった後に、読み始める前に浮かべていた苦笑に更に"困った"という部分を色濃くしたものを浮かべた後に、キングスは自身の爪を見る。
「これはある意味では私も"批判"される対象になりますね」
双子から渡された数十枚の髪は、以前に行われた"マクガフィン農場のカレーパーティー"についての調査用紙だった。
先程言われた"強烈"の意味が伝わってくる部分と言えば、渡された全体的に調査用紙には、文字がびっしりと認められている事だった。
ただ全ての文字を読むには結構な時間を使うのをだ老を見越して、恐らくフクライザの双子が、後に眼を通すであろう農場主に気遣って主要だろう部分に赤いインクで、定規を当てただろう真直ぐな下線が引いてある。
抜粋をしたのだろうが赤い下線が引かれている箇所は大量にあり、仕立屋が注目してしまうのは、色々と衛生面の事を細かく書いている所で、自身にも当てはまる" 爪"を見ながらの先程の一言となっていた。
「体に全く無害な自然の物を使った染料だと証明したとしても、やはり嫌な方は嫌なのでしょうしね」
赤い線の上に記されている文章を簡単に言うなれば、仕立屋が口にした通り、"爪化粧をした物がカレーパーティーの調理兼配布にも関わって欲しくない、不潔"というものだった。
マクガフィン農場のカレーパーティーは調理に関しては、農場に勤める人々の協力で成り立っているが、一部、無償の料理好きの御婦人等が、前以て申請してくれていれば自由に参加できる。
前回のカレーパーティーの時も、有志を募って、御婦人が快く協力をしてくれていた。
だが文章によれば、その有志の中に華美で派手な装飾ではないけれども、明らかに化粧と解る物があって、不快だったという感想がある。
爪化粧を施した指を折り曲げ、見つめて仕立屋は小さく溜息を吐き出すと、双子が口をひらいた。
「でも、衛生面で言うなれば道具の洗浄や消毒は徹底してます、下手な食中毒でも起こしたなら次のカレーパーティーが開けなくなりますからね」
「それに衛生面に関しては、事前事後のお役所の確認が入りますから、絶対に不備はなかった筈ですし、結局は個人の感想ですよ」
「そうなんでしょうけれども、やはり料理を提供する側としては、化粧をしている事で不快な思いをさせてしまっては、本末転倒という気もします」
昨夜から今朝にかけて、鎮守の森の魔法屋敷でも調理に携わって、親友も新人兵士も清潔にしてさえすれば、爪化粧を施していても食材に触れても、自分達は構わないという口を揃えて言ってくれた。
「俺達としては、御婦人や淑女が余程派手な装飾さえしてなければ」
「爪化粧をしているのは、お洒落で身嗜みを整えているっていう風にみえるんですけれどもね、キングス様も含めて」
親友とその護衛騎士が言った事と同じ様な事を口に出されて、仕立屋が申し訳なさそうな表情を浮かべ自身の爪を見つめているのを、双子は見てから揃ってニッと笑い話しを続ける。
「そんな爪化粧を施したままで、料理を作られたら幾ら清潔が保証されていても嫌だという意見が、数点纏って出てきていましたので」
「それに関しては今回から、ファレノシプス商会が扱い始めた無菌樹脂の手袋を調理担当の方々に全員に着用してもらう事で解決できそうです」
「ああ、既にそういった打開策出来ているのですね」
キングスが安堵した表情を浮かべていたなら、双子も笑みを浮かべたまま頷き、更に続ける。
「ええ、最初は衛生的で使いやすい半透明な物をしようと思ったんですけれども、ああやって調査にびっしり"意見"を書いてくる方ですから」
「半透明である事で、指先の"色"が解るような物にしていたならそこにまた文句というか"意見"をしてくるでしょうから、不透明なタイプにしました」
「ああ、"予想外の物要り"というのは、そこの所です何ですか?」
笑みを引かせ、仕立屋が確認するような言葉を口にしたなら、今度は双子の方が苦笑の形を作って頷いた。
「地味に、色付きの方が染料を多少使っているから値段は高いんですよねえ、朝に品物の確認の連絡をファレノシプス商会にしたなら」
「"色付きも半透明も衛生面では効果の差はありませんよ"と易い方を案内をしてくれたんですけれど、事情を話したら、"同情"されました」
「もしかしたなら、似たような案件があったという事ですか?」
思わず自身の唇に爪化粧が施している指先を当てて、満月と同じ様に黄金色の眼を丸くして口にした言葉に、双子は再び頷いた。
「ええ、マクガフィン農場のカレーパーティー程ではないですけれど、仲の良い個人の集団とか、大人同士の集まり、特に多いのが子ども習い事での親睦会」
「そう言った集まりで、合同で食事を造ったりするのにあたって、似たような問題があって、殆ど同じ内容の問い合わせがあったそうなんですよ」
苦笑いを浮かべる双子に、仕立屋は少しばかり呆れた様な感情が滲み出るのは抑えきれなかった。
「私も、衛生的に綺麗な方が当り前だと思いますし、口に入る物は清潔な方が良いとは思いますけれども……」
唇に触れていた手を降ろし、故郷の服を基礎にして、仕立てている服の袂と呼ばれる場所の前で、仕立屋は腕を組む。
「百歩譲って、爪化粧をしている手で直に食べ物に触れているというのは、危険かもしれないし嫌だというのも、感覚的にも判るような気もします。
それでも、消毒をした上で半透明の樹脂の無菌の手袋さえ嵌めて調理をするのなら、それ はそれでもう十分だとも思うんですけれども、最近ではそうでもないんでしょうか」
自分は本来なら異国の出身者で、セリサンセウムという国には地位も権力もある先代のシャクヤク・スタイナーに才能を認められ、後見人になって貰えたから来ることが叶ったと思っている。
自分の衛生面に関する価値観が、この国の一般的な"普通"に当てはまるかどうかは自信を持って言える程なのかは判らない。
けれども、この国の役所が定めている衛生的管理や、日常生活で気を付けるべきと言われている、食中毒が起こりそうな要因に最大限注意を払っているつもりはある。
以前は、料理にするのにわざわざ手袋まで嵌めてする物なのかと、感じていたのだが、調理する状況ではそれが便利で有効であるというのも知った。
屋外で不特定多数の大人数であったり、作った後にある程度時間があったりと理屈を知ったなら、そう言った消毒した上で無菌の手袋をするという過剰にも思えた予防の意味も理解出来る。
でも"爪化粧が見えるのが不潔で食欲が失せる"というのまでは、正直良く判らない。
「いやあ、俺達だって手を消毒して無菌の樹脂の手袋するだけで十分そうですよ」
「軍学校時代なんて、給仕の係りの時なんて、手袋で手づかみで配ってましたし」
互いに利き手は逆の為に、今回まるで鏡合わせの動きをして、胸元で手を左右に振って仕立屋の価値観に同調してくれた。
ただ、それから双子は後半に当たる台詞(今回はシエルの模様)で、ふとある事を思いついた様に先程振っていた利き手を顎に当てたが、今回は揃って視線を左上の方を向けていた。
その視線の向ける方向は、"過去の事を振り返ったり、記憶を掘り起こしている"と言うのは鳶目兎耳という、諜報の仕事柄、知っているので、双子が何やら思い出しているのを察して、仕立屋はその傾向を見守る。
「ああ、でも、俺達を含めてマクガフィン農場で働いているのは皆軍隊経験者だから除菌とか衛生には」
「凄く気を遣っていましたけれども、視界的な事に関しては全体的に無神経と言う事も、あるんでしょうか?」
この双子の意見に、今度はキングスの方が自身の過去に関して振り返る為に、僅かに左上を見たのだが、こちらは直ぐに視線を戻して、僅かに赤面をすらする事になる。
「それ に関していえば、私は仕事で世界中を旅をする事が多いのですが、状況によってに野宿すらしてしまうので、それこそ食事に美味しさを求めても、繊細さを求めたりはしてないので……。そう言った事で、意見をするのは烏滸がましいかもしれません」
細やかな気遣いや忠告を仕立屋に貰う事がある、双子にしては中々野性的な言葉に思わず顎に当てていた手を外したが、揃って笑っていた。
「いや、マクガフィン農場のカレーパーティーも、元々はグランドールの大将のカレー好きから始まって、農場内で働く者、"身内"の親睦を深める程度の物だったのに」
「いつのまにか、何やかんやで国の祭みたいになってしまって、"楽しめるなら"と大将が許可をして一般公開をしたなら、最初の内は良かったんですけれどね」
笑った表情のままなのだが、どことなく残念そうな感情を滲ませた面差しになって双子は、びっしりと意見が認められている調査の方に視線を向ける。
「きっと、間違ってもない意見なんでしょうけれど」
「そこまで、考えないといけないのかなって気もします」
マクガフィン農場の身内だけで、多少の融通が利いて気楽に楽しめていた物が、少しずつ規模を広げ、形を変えて行っている事に軽く不安を抱えているの伝わってくる。
「俺等がマクガフィン農場に就職した頃はもっと、気楽な物だったような気がするんですけれど」
「ここ数年は、カレーパーティーが終わった後にさっきの調査みたいな意見が多くて」
双子が多少演技も入っているのであろうが、実に判り易くうんざりと言った表情を作ってキングスに見せるので、これには思わず笑ってしまう。
「それは、何とも気苦労が多い事になりますね……グランドール様は、この件については何と仰っていらっしゃるのですか?」
カレーパーティーの始まりであり、主催者で出資者で、この国の英雄でもある褐色の大男の意見は未だに耳に入れていないと記憶していたので、キングスは尋ねた。
そうしたなら、今度は例えるには何とも難しい表情を揃って浮かべてしまう。
「大将も一応この調査を取る様になってから、今回のはまだですが、こういった報告を知ってはいらっしゃいます」
「俺達の見解ですが"物凄くつまらない物"を見るような眼で、前回の調査《 アンケート》を一度目を通してくれていました」
それから双子は互いに視線を交わした後に、意を決した表情となり、いつもの様に片割の方が口を開いた。
「それで大将は『マクガフィン農場のカレーパーティーを準備してくれている、農場で働いてくれているお前達が支度が大変というのなら、いつでもやめるか」
「参加者は、農場限定かその縁者としても構わん、とその止める縮小する理由も"農場主である、ワシが決めたとすればいい』と、仰いました」
「グランドール様にしてみれば、御自分の楽しみの延長に、いつも共に働いてくれている方々が楽しんでくれればいいという、姿勢でしょうからね。
自分を含めて、農場の皆さんがこれからも仕事を頑張ってくれるように、英気を養う意味でやっている事で苦労を増やすぐらいならば、あっさり止めてしまえという考えなのでしょうね」
シャムとシエルが言った言葉を受けて、仕立屋が返事を返したなら双子は揃って頷いた。
「聞き入れられる意見は耳を傾けるでしょうが、不必要と思える意見には歯牙にもかけたくもないのでしょうね」
そこで仕立屋は、フクライザの双子が選りすぐったという調査を改めて観察しようとした時、東の国の出身という事もあって"高く"はないのだけれども、筋の通った鼻をひくりと動かした。
調査を認められている紙が、かさりという音共に何かしらの匂いを舞い上げて仕立屋へと届く。
「おや?少し、失礼しますね」
断りをいれて早々に、キングスは文字がびっしりと書かれた調査を自身の鼻孔にギリギリまで寄せると、今度ははっきりと嗅ぎ取る事が出来る薫りがあった。
「キングス様いったい何の」
「匂いがついているんですか?」
仕立屋が鼻を使っている事で、自分達の選りすぐった調査に何かしらの匂いが付着している事を察した双子は、直に尋ねる。
すると仕立屋は、先程食事を終えて片付けを終えている食器の方を見つめながら、近づけていた書類の束を漸く鼻先から外し、視線を双子の方に戻して応える。
「これは柑橘系の香料ですね。それでいて、カボスではないのは確かです―――」
匂いについては、本日の昼食で使われた物ではないと断言をした後に、双子が選りすぐった調査の束を 次々と捲った後、今度はそれを卓上に並べる。
それから爪化粧が施されている両手の一指し指を、文字が認められている部分に添え、いつもの嫋やかな雰囲気とは異なり、鋭い視線で見比べながら、唇を開く。
「書体や、字の癖は変えて書くことが可能ですけれども、これだけの文章量からしたなら、これは多分別々の人が書いたと考えた方が良いでしょうね。
シャムさんシエルがさん、確認したい事があるのですけれども、この調査はどういう形で取られたものですか?。
もっと、端的に言うのなら、"どうやったら、この調査を手に入れる事が出来ますか"?」
仕立屋の何時になく鋭い視線に若干戸惑いながらも、双子は自分達が掌握している情報を、キングスに告げる。
「この調査自体は、農場のカレーパーティーが後半になった辺りに、受付の場所や、食事処と人が集まり易くなる場所におかれています」
「本当は、簡単な感想とか改善点とか、気楽な意見を貰えたならと思って、直ぐに書けるようにペンと共に台を設置しておきました」
「それなら、この紙を持ち帰る事は可能なんですね?」
仕立屋の言葉に双子は揃って、頭を縦に振ると同時に、並べられている調査に揃って視線を向けた。
「でも持ち帰る事は出来ても提出というか」
「意見を出せるのは、カレーパーティー当日だけです」
いつもの様に、2人でまるで1人で話している様に更に説明してくれることには、先程も述べた様に人が集まる場所に纏めて置かれており、"カレーパーティー"開催中は、誰でも調査用紙は取れる。
そして、ここ数年は用紙の形式は変わっておらず、全く同じ物を使っているという事。
加えて、調査を書き込んでから、投函するという簡易の木箱はカレーパーティーが終了と共に、撤収をしてしまう。
それらの事を仕立屋に伝えたのなら、双子達は口に出した自分の言葉でこれまで起きた事と照らし合わせ、不可思議さに気が付く。
「思えば、こんなに意見を書くなら、パーティーをやっている農場でなら目立ちますよね」
「でも一応、パーティー中は、迷子等の保護も兼ねて役員になっている農夫が回っています」
「そう言った状況下で"誰かが調査を書ける場所を独占して意見を書いている"。若しくは窺が わせる、そう言った状況を見かけたという報告は、シャムさんシエルさんは受けてはいないのですよね?」
自分が確認する事で、今日でもう幾度目かになる双子の同時に頷く姿に仕立屋は、了解したという調子でこちらも小さく頷いていた。
「カレーパーティーの当日は、"両腕"の自分達が開催本部の詰め所にいて、農場の古株の皆さんと一応の指揮を取らせてもらっています」
「グランドールの大将にとっては、半年に一度の個人的な息抜きの時間ですから、こういった時ぐらいは、好き勝手して貰ってます」
カレーパーティーの当日、主催者であるグランドール・マクガフィン氏の仕事は唯一、農場で行われる開会の式典にて、開始の演説を行う事。
ただ、それも
『楽しくやってくれ』
文字数にして8、時間にして5秒の言葉のものを残し、マクガフィン農場の広報担当者がペンを圧し折るで、終わらせる。
そして、そのまま"マグマカレー"を半年分大量生産する為に、何故かしら制作中に炎の精霊が集まる為に、親友が結界の魔法を仕込んでくれた天幕に直行していた。
取りあえず、誰もがそれなりに楽しんで欲しい"催し事"と考えている、主催・運営側としては、調査に関しても、開催中には伝えきれない簡単な意見を聞けたなら位に捉えていた。
なので、マクガフィン農場のカレーパーティーを全否定というわけではないのだが、批判的な意見がくるというのが、主催・運営側としてはやはり気分が良いものではない。
それも、回数を重ねるごとに最初は聞き入れるのにも、特別な労力も要らなかったが、立て続けに出される長文の意見に、苦笑いを浮かべる事になる。
徐々に、意見の受け止め方について首を傾げ始めた所で、取りあえず今回も"誠実"に受け止めようと考え行動に移し始めたと同時に、少しばかり気になる情報が耳に入った。
そのまま受け止めて良いものかどうか、迷いが出たところで、今回は仕事で赴いていた仕立屋に何気なく話題にした事で、"不可思議"な点を発見してくれる。
お陰で、調査の意見を受け入れる方向で動いていた予算案を、一度差し戻し、農場の古株のオッサン達に伝えた上で、もう一度考えようという事で双子の中では決まった。
「それにしても、キングス様は良く匂いについて気が 付きましたね」
「俺達なんて、自分で調査回収していたのに気が付きませんでしたよ」
仕立屋が卓上に広げていた調査を双子は回収し、自分達も鼻で匂いを嗅ぎ、感心しきりでそんな事を口にすると、恥ずかしがり屋の仕立屋は例の如く照れつつ、謙遜を行う。
「いえ、それは偶然といいますか、シャムさんシエルさんのお手柄でもあると思うし、カボスのおかげというか、そもそもはグランドール様の煙草の事もあるとも思うんですよ!」
「まあまあ、落ち着いてください、お茶をいれるので」
「良かったら、落ち着て説明してください」
ただ、照れながら言う為、少しばかり乱暴に纏めてしまったので、双子が宥めて説明を頼む。
「……はい。そうさせていただきます。
そうですね、それでは説明するにあたって、先程の調査とは違う物を良かったら貸していただけますか。
私も少しばかり、検証をしたい事が出てきましたので」
そう言って、仕立屋は胸元に手を入れて再び先程使っていた拡大鏡を取り出していた。