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ようこそ マクガフィン農場へ

挿絵(By みてみん)



ウサギの賢者の住居となっている鎮守の森の魔法屋敷、加えて王の居城となる王都からも方角的には南の方向にあるマクガフィン農場に、仕立屋のキングス・スタイナーは旅の際には愛用する脚絆を身に着け、歩いて向かっていた。


顔には馴染みのハンニャ面を身につけており、国が整備したマクガフィン農場への、馬車なら3台ほど並列で進めそうな幅の広い石畳の街道の歩道の部分を、一般的には速足と感じられる速度で進んで行く。


「今頃リリィさんもルイ君、それにアルス君もロブロウから訪れる皆さんと再会出来ているでしょうか……。

シーノの事は気になりますが、アプリコット様は賢者様……ネェツアーク様と御性分が似ているということなので、大丈夫でしょう、うん、そうです」


最初は親友であるウサギの賢者の屋敷で出逢った子ども達の事を考えていたけれども、最後には弟子とはしているけれど、心情的には"妹"としか思えないシノ・ツヅミの事を考えてしまう。

そして歩く速度を落とす事はないけれども、ハンニャの面の内側で、本日数度目の溜息を吐き出していた。


実を言えば、魔法屋敷を出てから最初は別の事を考えていたのだけれども、最終的には弟子に迎えた ばかりの年頃の婦人でもある弟子の事を考えては、溜息を吐き出すという事を何度も繰り返している。


「考えても仕方がないとは思っているですけれど、どうしても心配になります」


幼い頃から知っているだけに、どうしても妹に向けるような心配しか出来ない情を持ってしまう。

そんな己を叱咤しつつ、本日の目的の場所であるマクガフィン農場に仕立屋向かっていたなら、本日何度目かの馬車とすれ違う。


その8割が、マクガフィン農場の商号ロゴが記された荷馬車で、時には向かい合わせですれ違う時もあり、馬車を操縦する馭者ぎゃしゃとなる農夫達は手を上げて挨拶を交わしてもいた。

そんな中で、"仕立屋キングス・スタイナー"を知らないどちらかと言えば、新米となる馬車の馭者達は、向かい合わせで遭遇したなら大きく眼を見開き、その姿を見つめ、通り過ぎてその姿を見た者は、思わず振り返るという行動をとるので直ぐに判った。


今日は"新米"の馭者はいないらしく、農場の主でこの国の英雄でもあるグランドールに用事があるのだろう仕立屋に、皆、最初は少し驚くが親し気に会釈をしてくれていた。

だが本日は、会釈の"その後"が少しばかり様子が違う。


会釈を返したなら、馭者ぎょしゃ達は”ハッ”とした表情を作り慌てた様子で、手綱を手にしたまま大きく口を開く。


「キングス様!、今日はグランドールの大将は農場にはいないですぜ?!」


馭者ぎょしゃが馬車を進めながら、馬の蹄と馬車の車輪が石畳とぶつかる音に、負けじと伝わる様に大きな声を出し、農場の方向に歩いている仕立屋に、農場主(グランドール)の不在を告げる。


ハンニャの面を着けている仕立屋キングスの方は、面を着けている事で表情での交流コミュニケーションは限られるので、先ずは聞き取った事を報せる為に、大きく頷く。


それから大声ではないにも関わらず、面越しにでも他の音の間を通り相手に届く、高くもなく低くもないたおやかな印象を与える声を出して返事をする。


「ええ、承知しています、今日は"英雄の服"を取りに行くだけですので。ありがとうございます」


仕立屋のこの返事を聞く度に、馭者ぎょしゃ達は安心した表情を浮かべて、日頃農具を手にして仕事をこなす事で、皮は厚く肉刺マメが出来ている掌をヒラヒラとして通り過ぎて行った。


そして、その人の良い農夫達に接し、ほのぼのとした交流コミュニケーションを交わす度に、穏やかな日常の生活を"良いもの "だとしみじみと実感する。


このセリサンセウムの英雄であるグランドールがぬしとなっているような、明るく朗らかとした職場で、日が当たるような場所で弟子が働いた方が良い様な気がしてならない。


「農業でないにしても、普通に城下町で"仕立屋"としてなら、シーノも十分やっていけるのでしょうけれども」


仕立て屋として弟子でもあるけれども、もう1つの生業でも弟子になった年頃のお嬢さんでもあるシノへの心配を繰り返していた。


「今の"鳶目兎耳(あちら)"の仕事が物騒な物がない……というか、物騒な事はロドリー殿が片づけてくれているから、回ってこないだけの事ですけれども、いつ回って来てもおかしくはない職場ですし。

それに今回は、アプリコット・ビネガー様という陛下が気に入った程の強い方だったから手加減をしていただいて、無傷で済んだわけですし。

やはり、今回の事がありましたから、シーノには当面リリィさんのお裁縫の先生をして、基礎をもう一度"おさらい”ですね」


何度目かのそんな発言を繰り返した後、仕立屋はこの国最大の農場であるマクガフィン農場に、徒歩で辿り着いた。

農場の入り口付近は国が造った、石畳の街道を更に広げた形状になっていて、赤煉瓦を柱として大きな門が出来ている。


そこから煉瓦の壁が少なくとも視界で確認出来る距離の間は続いており、その後はその場の状況に応じて柵になっていたり、煉瓦の壁になったりしていた。


そんな農場の門の扉としての役割を果たすのはその鉄の柵で、開閉をするのではなく、多分偶然なのだろうが、耳の長い賢者との書斎と同じ横にスライドさせる形の”引き戸”となっている。

昼が近い時間となっている今は、勿論開かれ解放されていた。

煉瓦の門の片方に、成人男性の背の高さと大きさはあるけれども農場の広さに比べれたなら、小さすぎる様に感じる木製の看板があり、”マクガフィン農場にようこそ”という言葉が、焼鏝(やきごて)で捺され刻まれている。


そして更にその横にその農場の看板を二回り以上大きくしたような看板が設置されておりマクガフィン農場の地図が描かれている物が貼られていた。


その横に月の巡りに合わせて、予定の日程表が貼り出されている。


そこに真新しく、一枚”マ クガフィン農場のカレーパーティー、予定よりも早まるお知らせ!”と赤文字で大きく見出しをつけた後に、詳細がしたためられていた。

キングスもハンニャ面越しに、黄金こがねとも例えられている瞳でその文章を読んだのなら、何にしても“数日中に新しい日程を決めて発表!”との事だった。


「これは恐らく、グランドール様のマグマカレーの作成具合に合わせて決まるのでしょうね。

調味料や香辛料スパイスの集まりが本日中に済んでしまえば、それだけ期日は早まるのでしょうけれど。

でも、そもそも思えば材料の一式が一番集めやすい時期に、農場のカレーパーティーを設定していた筈ですから、本日中に集める事が出来るのでしょうか?」


面の縁と僅かに出ている素肌の頬の箇所に、手甲を嵌めている掌を当てて、しなやかなうなじを傾ける。


それから、大きな地図の右下の端となる場所には、嵌め込み式の場所に木製の大き板に


”本日 農場主グランドール・マクガフィン不在”


と文字を掘った上で、重要な事を報せる時同じ様に紅い塗料が色づけられていた。


「グランドール様は、本日不在なのは承っていますが、”両腕のお兄さん”達のどちらかに話しかければ、英雄の服をしまっている寝室へと案内をしてくれると、連絡をいただいていますけれども……。

何にしても、先ずは受付に行けば、シャムさんシエルさんのどちらかご都合のつく方に、連絡して貰いましょう」


そう呟きつつ、大小の看板の前から移動を始め、"大将の両腕のお兄さん"とも例えられる様になった、双子のアニさん達との初対面を思い出したなら、面の内で少々困った表情を浮かべてしまう。


面の上から思わず唇の上の箇所を抑えつつ門を通りすぎた過ぎたなら、そこから足元は国が整備した石畳ではなく、整地された土の道となる。


門を通り過ぎた仕立屋を正面としたなら、左手側の道に沿うように、結構な大きさの平屋の建物があり、その前に"農場受付"という看板が解りやすく設置されていた。


左手にある受付の建物から、国道へとつながる農場でも主要道路となる幅の広い道を挟んで右手には、馬車が数台停められていたり、若しくは馬だけが休ませるような場がある。


馬車の方向転換も出来る様に、場所を広くとっており、そこは農場の若い衆が対応して いて、恐らく当番制で決められているのだろう、"案内"と大きく判り易いたすきを身に着け、馬車や馬の誘導や案内をしていた。

キングスも大荷物がある際には、馬を使ったりもするが、今回は徒歩で赴いているので、そちらの方に面越しに視線を1度視線を向けた後に、受付の方に進む。


受付となる平屋の建物は、最初から"大きな農場の受付"としての役割を果たす為の構造として設計されて建築されていると、前に農場主であるグランドールに話しに聞いていた。

普通な壁がありそうな、建物の側面は丁度中央から、左右にスライドして開く戸口は端まで大きく開かれており、更に設計から自然光を取り込む形で造られている。


そのお陰もあって、農場の受付の屋内は十分光を取り込めて、晴天の本日は精霊や精霊石、魔法を使った照明器材を使わずとも、十分明るかった。

更に屋内は、待ち合わせの場所としても使われる事もあるので、床は色のついた煉瓦で幾何学的きかがくてきの模様がデザインされ、椅子と卓、ソファーとそれに高さを合わせたテーブル等も設置されている。



また季節が夏に向かっている事もあり、強くなってきた日差しを和らげる為に、日除けとなる藍色の天幕タープにマクガフィン農場の商号ロゴが、デザインされているものが入り口に張られてもいた。


そういう仕様の為に"農場の受付所"の筈なのだが、露骨な土の匂いもせず、自然を感じさせるものとしたら、内装インテリアを意識して設置された観葉植物や、活けられた花などとなる。

なので、それだけを見たのならちょっとした、喫茶店の様にも錯覚しそうにもなる。


けれども、先に受付に訪れている人々の格好が"外出"の物ではなく農作業を行う為の野良着であったり、入り口に過ぎ横に、床を汚させぬ為に泥落としの水道やブラシと、拭きとる為の雑巾ウエスが置かれていたりもしていた。


そんなあわった様子に、農場とばかり意識していたなら、初見に訪れた者には少しばかり戸惑う場所になるかもしれない。


ただ初見ではないキングスからしたなら、どちらか言えば受付の建物が、夏支度を始めている事の方に気を取られていた。


(そういえば、まだ梅雨も前ですが、うちの工房アトリエもそろそろ夏仕様に、部屋の中に御簾みす、縁側にすだれを 準備をしなければいけませんね。シーノにも手伝って貰いましょう)


鳶目兎耳としてはともかく、家事全般に対しては信頼して委ねられる腕前の、快活な弟子を思い出しながら、受付の建物の中に入る。


農場の主がこの国の英雄である事で、必要があったなら仕立屋が赴いてくることが年に数度はある事なのと、酷く"恥ずかしがり屋"であるというのは 、"受付"に勤務する際には前以て知らされている。

なので、農場の受付の仕事の責任者となる古株の人物は、面を着けた仕立屋が入ったと同時に椅子に座り何やら帳面を認めていた手を止めて、わざわざ立ち上がって慣れた調子で声をかけてくれる。


「スタイナー様、本日はどうしました?。何か、グランドールの大将から荷物の受け取りでも頼まれましたか?」


受付の責任者となる農夫は、これまでの付き合いもあるので、農場主が不在でも仕立屋がやり取りを行っている事を知っている。


「ええ、先日ロブロウの出張でご使用になられた英雄の服の調整メンテナンスの為に受け取り参りました。

"両腕のお兄さん"のどちらかに連絡願いますか?」


相変わらず面越しでも不思議とよく通るたおやかな声でそう告げたなら、責任者となる農夫は受付の壁の方に移動する。


そこに設置されている、風の精霊石を利用した通信機を再び慣れた調子で操作し、どこかに連絡をつけてくれている様子だった。


キングスも農夫も流れる様に行っていた作業だが、いきなり異国の"モンスター"の一種を表現する面を着けた人物が登場し、責任者は慣れた調子で行う動作に、受付内の空気は一瞬固まってしまった。


けれどもそのまま"凍る”という事もなく、先に受付の方で責任者程ではないけれども、仕立屋の来訪に慣れている、農場の受付で働いている農夫は直ぐに自分の業務に戻る。


当番で回って来る事で初めての受付業務となるマクガフィン農場の従業員も、この業務着く前に一応連絡されている、この国最高峰の仕立屋の外見情報の記憶が合致したなら”ああ”と小さく声を漏らしたなら、”先輩”を見習って仕事に戻る。


農場で働くことで定期的に訪れる仕立屋の事前情報は、受付業務が輪番ローテーションで回ってくる事で、従業員には万遍無く知られる事になるが、農場を私用や商用で訪れる人々は無論知らない。


少しばかり物騒な印象の面を身に着けているが、その内側から聞こえてくる声は、たおやかで、紡がれる言葉は至極丁寧で穏やかである事のギャップに、先ず驚き戸惑う。


その間に、農場の受付業務の従業員から、その面をつけている人物と農場主との関係について説明されることで納得したなら、自分が農場に訪れた目的を思い出し、用件を済ませる為に再び受付に向かっていた。


中には縁があるのか、以前同じ状 況になった者は従業員と同じ様に、最初に驚く程度で自身の用事を済まそうと努める。

そんなマクガフィン農場の受付内で起きている出来事には、面の内側で苦笑いを浮かべつつ気が付いておきながらも、素知らぬ調子で仕立屋は、連絡してくれている責任者の人物の反応を待つ。


「―――はい、わかりました。それではどちらかが迎えにくるまで、少しばかりこちらで、お待ちして貰っている様に伝えます」


仕立屋と言うよりも、受付の施設内ににいる全員に聞こえるような大きな声で責任者は通信機を使って、知り得た情報を口にしていた。


「―――スタイナー様、お聞きの通りです」


責任者の方は最初はなっから仕立屋に聞かせるつもりで、通信機での応対を大声で行っていた様だった。


「承知しました。ここで待たせていただきます―――本日は、忙しそうですね」


キングスは大きく頷き、内容を理解したことを示す。


表情が自分の性分の為に晒せない分、その代わりに声や仕草で己の意志が伝わる様に、仕立屋はやや"大振り"にも感じさせる動きで示す。

声の方は幸いにも、面越しにも良く通るものなので、普通に会話を行う時分の声量で済んでいた。

仕立屋が了承したのを見てから、笑顔で頷いて仕立屋が言葉にした疑問に答える。


「ええ、カレーパーティーが前倒しになりましたからね。

でも、何時も良くしてもらっている、大将の数少ない楽しみみたいなものですから、農場全体で全面協力体制ですよ。

まあ、単純に私も含めて農場の連中もお祭りが好きだという奴もいるだろうけれども。

後は子ども達も、楽しいことが早まる分は、大歓迎で喜んでいますよ。

それと――――」


「それと?」


責任者の農夫はキングスが声をかけるまで行っていた帳面の方に視線を向けるので、仕立屋の方も自然とそちらに向けられる。

農夫がしたため ていた帳面は、どうやら農場の予定の草案みたいなものらしいが、その横に封書があり、開封されているものが見える。


(おや、あの封筒は……)


流石に封書の文字までは距離もあるし、細かいのでそれなりに視力はある方だが読み取れない。


ただ、仕立屋キングスの方は見えない中身よりも、封書の入れていただろう封筒、更に細かく言うのなら、封を閉じていた封蝋シーリングワックスの方に興味を惹かれる。


(あれは、確か国が公用に使っている印璽いんじのもの)


今回は特に伝わり安い様に仕種をしたわけで もないのだが、責任者の農夫の方も、自身がある意味では振りをしたことで、仕立屋キングスが意識を向けているものが理解わかった。



「今年から、季節祭に併せて行われていた新人兵士の大会の仕様が変わるそうなんで、それの連絡が軍学校から届いたんですよ。

うちの農場は、軍に任期契約で退役して再就職したのが多いから」


「ああ、確か若い独身の方にはグランドール様の御屋敷を寮として改装して貸し出しているから、連絡を寄越すとしたなら、こちら(マクガフィン農場)が住所となるのですね」



自分の席に戻った受付の責任者の農夫が、軍学校から届けられた封書を持ち上げそう口にするとキングスの方も頷いて、そう返事を返す。


(……考えてみれば、グランドール様の両腕とも言われるようになった、双子のお兄さん―――フクライザのシャムさん、シエルさんも軍学校に入校いえ、"入校させられ"たんですよね)


そして、ついでに仕立て屋が思い出すのは、現在は軍学校では新人兵士になるべく、入った訓練生に"お兄さん"の様に世話をやく、ロマサ・ピジョン曹長である。

この3人が"軍学校に入校させられるきっかけ"となったのは実は、キングス・スタイナーが関わっていた。


とはいっても、関わっているだけであって、直接的にそう仕向けたのはウサギの賢者―――ネェツアーク、グランドール、それにアルセンという事になる。





経緯を説明するとなると、時間は10年程前に遡り、フクライザの双子、ピジョン曹長が国が定めた教育機関で一通りの物を終えた時代の話となる。


本来なら、就職するなり更に上の学問を修める為に進学する事になっているのだろうけれども、この3人組はどちらも選んでいなかった。

決して学力がなかったわけではなく、寧ろある程度努 力をしていればそれなりの国の定める大学にも入れる頭を、3人は有していた。


人付き合いが苦手かと言えば、そう言う物でもなくて交流コミュニケーション能力も悪くなく、寧ろ良い方で加えて運動神経も当時の同年代の平均の上の方となる。


それなら容姿の方に難でもあるのかと言えば、好みによりけりという物なのだろうけれども、決して悪い姿ではなかった。


この3人の"悪い"という所を敢えて出すのであれば、"気持ちの問題"と言う所となる。


その頃の時勢と言うなれば大国セリサンセウムは、"平定"も"大戦"も"天災"も無事にではないけれども乗り超えていた。

世界を巻き込む大きな天災を乗り超えたその数年後、国も民も復興に向けて懸命に勤労し、その成果はゆっくりではあるのだけれども、確実に出ていた。


国王ダガー・サンフラワーは、先王グロリオーサ・サンフラワーには及ばずとも、三十路手前(※当時)の雄々しいその姿で、後は異国でも国内でも構わないので、どこかの貴族の淑女を伴侶として迎えれば安泰という話も良く出ていた。


そして弟であるロッツは世界的宗教の"大地の女神信仰"のいただきとなる法王に、歴史上最も若い年齢で就任をしていた。


周辺諸国からは最年少である事で、色々と言われる事になっていたのだが、就任したと同時に見せた儀式で披露した奇蹟とも謳われる精霊術で、その大いなる才能を認めるしかなくなる。


実際、その儀式を成功させたことで、大きな災害に繋がりかねない、世界中で頻発していた精霊の乱れは落ち着いた。

もし、法王ロッツが行った儀式が成功していなければ、数年前に大戦の後に突如として起こった世界規模の天災が再び起こったとも噂がされていた、そんな時勢―――。


進学もせず定職にもつかず、3人の同級生は"昔は大変だった"という面影がすっかり廃れてしまった、城下町の西側の方を連れ立って歩いていた。


『世界や国が亡びるかもしれないとか言うけれど』

『結局残っているし、簡単には滅びないなよね』


『シャムもシエルも相変わらず、2人で一緒にいる時は1人で文章読んでるみたいな喋り方をするな』


双子の喋りは学生時代から聞き慣れてはいるピジョンだけれども、実際に並んで聞いていると少しばかり戸惑ってもしまう。


『だって、同 じこと喋るなら』『いっぺんに済んだ方が喋るほうも聞く方も楽だろう?』

『まあ、そうだけれどもな』


数日前、結構割りの良い日雇いの仕事についていたのと、元来の要領の良さのお陰で、思っていた以上の報酬を手に入れていた3人組は、西の一番端の方にある歓楽街がにぎわうまでのの時間を潰す為、宛てもなく歩いていた。


『早く時間過ぎねーかな』『退屈で死にそう』

『……』


それなりの一般常識も、誰かに迷惑をかけなければ、何をしても良いなんて浅い価値観も持っていない。

それに自分がする事で、誰かが嫌な思いをする事で優越感を感じるような感性もしていない。

でも自分で動かなければ、どうにもならないのも判っている。


"普通"に考えたのなら、進学して、就職して、惚れるか惚れられるか、周りから紹介されるかして伴侶を見つけて、家族を作るのが一般的なのも判っている。


(でもなあ、そんな普通に拘り過ぎるのも……)


ピジョンがそんな事を考えていたなら、すぐ側を鳶色の髪をした男が帽子を被った赤ん坊を抱えて通り過ぎる。



『―――リィ、今日は早く帰ったなら、"でんでん太鼓"って玩具おもちゃを造ろうねぇ』


西側に子連れが珍しいというわけでもないが、向こうが成人はしてはいるが少し年は上なくらいで、恐らくはそんなに年齢も変わらないだろう男性が、赤ん坊を抱えている。


特に赤ん坊となると、こちらでは住居地域でもない限り、しかも母親が抱えていないという事もあって、そこは珍しいと言うのもあって、3人揃ってそちらを方を思わず"観察"する。

それなりに観察眼のある3人組は、鳶色の男が最初に呼びかける様にしていた言葉は、恐らくは、抱えている赤ん坊に向けたもので聞き逃した最初の部分は名前だと思い至る。


鳶色の男に語り掛けられている、赤ん坊はとても上機嫌で、少しばかり距離もあった3人から見ても判る緑色の瞳を笑いの形を作り、言葉ではないがはしゃぎ声を上げていた。

赤ん坊は身に着けている衣服は色が男女の判別はつけられるようなデザインではないけれども、その時期ならでは可愛らしさを十分引き出すような仕立てになっている。


それは、日頃赤ん坊等に全く馴染みのない3人組にも、十分可愛らしく思える物でその小さな頭に柔らかそうな茶色の毛糸でウサギをモチーフにした、恐らくは既製品ではなく手編みと思われる帽子を被らされている 。


その隙間から伸び出ているフワフワとしている髪は、赤ん坊を抱っこしている鳶色の物とは違い、薄紅か桃とも例えられる色をしていた。


向かい合わせに"抱っこ"をしている、鳶色の人物の肩のを小さいながらも、可愛らしい手で確りと掴んでもいる。


もしかしたら赤ん坊と呼べる時期は、少しばかり過ぎているかもしれないが、子どもとは縁がない生活をしている3人組は、その印象を与える大きさと可愛らしさだった。


ウサギの帽子を被った可愛らしい赤ん坊の保護者となる人物は、フワフワとした鳶色の髪を揺らしながら、3人が思っている以上に脚が早く進んで行く。

その姿は、夕方の込み合う前の疎らな道を進んで行ってしまっていた。

思わずその姿が見えなくなるまで、その姿を追っている3人はそちらの方に視線を向けたまま口を開く。



『ああいうのは、正直いいなあと思うし』『羨ましいとも、思うけれども』


『あそこまで進められる勇気は、"まだ"ないよなあ』


先程、普通に拘る必要はないと考えながらも、普通それを地道に積み上げる努力を重ねてたからこそ、辿り着いただろう姿に素直に憧れていた。


『ピジョンはさ』『最近恋人とか、良いなって思う女性ひといないわけ?』


『出来ていたら、先ずお前達に話して、真面目に働ける場所を探しているよ』


双子の質問に、素気なくのっぽのどちらかと言えば"優しくて頼り甲斐のあるお兄さん"がタイプの御婦人から、どちらかと言えば好まれるし、交際した事もある青年はそう応える。


『そう言うお前達はどうなんだよ』


『俺達はいつも通り、"良いな~"と思った相手が丸被っている内に』『そのが彼氏作ったり、俺達の興味が失せちゃったりだよ』


ピジョンが尋ねたなら、少しばかりおふざけが入っている双子は、喋り方は相変わらずだが、まるで鏡合わせの様な動作ジェスチャーをしていた。


『学生の頃は、学校行っておけば、それが"仕事"みたいな物だから普通に付合いとかで来たんだけれどもなあ』


『今は上級の学校に通っているわけでもないし、就職しているわけでもない』『この状態で恋人を作っても、相手に不誠実にしている様に俺達は思っちゃうもんね~』


もし3人が1人ずつ、若しくは双子は2人だけだったなら、もう少し無鉄砲の行動もとれているかもしれない。


けれども3人集まって冷静に考えると、無鉄砲に―――感情のままに動いて失敗したなら、相手をきずつけるかもしれないし、互いに不利益だし、自分にとっても損になる所しか、想像がつかない。

だから、互いに家族に負担にならない程度に日銭を稼いで、周囲に迷惑を行動をして、同性の友人と気楽に過ごしたいと思う、そんな日々ばかりを3人は貪っていた。


でも、それが良いとしつつも、先程の様な"普通の幸せ"を権化させたような物を目の当たりしたなら、崩してしまっても良いかもしれないという気楽さでもあった。

その"鳶色の髪をしたウサギの毛糸の帽子を被った赤ちゃんを抱えた男性"を目撃した時が正にそれに当て嵌る。


『久しぶりに真面目に恋人捜そうかなあ……』


そうすれば、少しは"気楽さ"ばかりを優先している自分の心構えが変われるような気がして、ピジョンはそんな言葉をポロっと呟いた。


『へえ、自分から捜そうってことは、前に告白された事があるような』『ピジョンの事をお兄さんとして頼ってくるような事がない、タイプのお嬢さんって事?』


双子の質問に、ピジョンは頭を縦に振る。


『"お兄さん"として頼られているのも、悪くはない。けれども、たまには対等というか、同年代か少し位年上とかとも付き合って見たいんだよな』


これまでの友人の恋人遍歴を存じ上げている双子も、この発言には揃って頷いていた。


『確かにピジョンがこれまで付き合っているのが、ノッポだからって事もあるけれど、殆ど背が肩より小さいくらいだったし、大体向こう側が年下で告白してくる』

『ある意味それが様式パターン化してて、ロマサ・ピジョン先輩は、取りあえずフリーの時の告白をすれば、オーケーを貰えるって、ゴシップになっていたしな』



学生時代から付き合いがある親友2人が、本人ピジョンでさえ知らなかった、先輩に憧れる後輩によるロマサ・ピジョン攻略法を口にして、笑う。


だが知らなかった当人は、呆気にとられる事になる。

学生時代の謎―――それ程長い間でないにしても一定の期間付き合いをした"恋人"と自然消滅か、向こうからそれとなく別れを告げられたなら、そんなに間を置かずに新たに告白される"からくり"が今になって理解したピジョンは口をへの字に曲げていた。


『お前ら知っていたなら、教えろよ!』

『だって 、折角告白しようと勇気出している後輩(女の子)の気持ちに水を差すのも悪いし』

『それに、ピジョンも恋人になった後輩に配慮はするけれども、なんやかんやで結局男友達《おれ達》とつるんでいたじゃないか、それで自然消滅』


少々人の悪い笑みを浮かべる双子に、ピジョンは"へ"の形にした口から溜息を吐いたけれども、それ双子に怒っているという様子もなかった。

2人が語っている事は概ねあっている。


『……だから、今度はそんな行動をとる事がないように、"自分から好きだっ"ていうか、"ついていきたいなあっ"て思える相手と、付き合ってみたいって考えているんだよ』


そうすれば、悪くはないとは思っているけれども、今のこのような状況が少しは変わるような気がした。


『まあ、俺達大体行動範囲が被っているけれどもさ、ピジョンが"恋したい"って気持ちは応援するからさ』『"対等というか、同年代か少し位年上"以外の、ピジョンの希望みたいなあったら聞かせてくれよ』


双子が親友の新たな恋路を見つけようとしている事を応援するべく、左右から挟み込むしてピジョンの肩を叩く。


『2人で挟み込んで叩くな、痛いだろ!。ん、だから、その年齢は出来れば年上で、これまでどちらかと言えば妹系というか、"可愛い系"だったから、綺麗系。

美人な人が良いよなぁ……、でも、シャムにシエルも俺より年上で背が高めの美人って、そんな知り合いいるのか?』


『勿論!』『いない!』


2人の答えは判り切ってはいたけれども、一応尋ねたなら、即答で返事をされてピジョンは、左右対称の髪形以外は本当によく似ている親友達の前で改めて溜息を吐き出していた。


『それに、現状俺達3人は特定の彼女がいないから、こうやって今は時間を潰して』

『心置きなく歓楽街のお姉さんと、遊べる時間がくるのを待っているんじゃないか』


『まあ、そうだけれどな……』


シャムとシエルがある意味では開き直る様に言う言葉に、概ね同意しつつも、自分だけが新たな女性の好みを口にしたのを思い出したので、同じ様に聞き出そうと考える。


『それじゃあ、お前達はどんな感じが良いんだよ?。

毎度好みが被ってしまうとしても、好みとかはある程度時期過ぎたなら変わっていたりするじゃないか。

今回も被ってしまうにしても、どんな感じのか教えてくれよ。

もしかしたら別行動の時に出逢うかもしれないし、その時には教えるからさ』


特に回りくどくすることもなく、直球ストレートで尋ねたなら、フクライザの双子もピジョンが質問返しをされる事を凡そ予想出来ていたのか、タイミングを合わせたかのように視線を交わしていた。


それから叩いていたピジョンの肩から双子は揃って手を離し、やはりそ揃えたようなタイミングで腕を組んで、今回はシエルの方から口を開く。


『俺達の好みって、被ってしまうのはまあ、もう産まれたと同時に始まった様なものだからさ、ガキの頃は喧嘩もしていたけれども』『成長したなら、喧嘩するよりも、分けられる物は分けてしまえた方が良いと思えるようにもなったわけなんだよなあ』


シエルがそう"好みの物が被った際に対する双子の結論"をしめると、今度はピジョンの方が腕を組みつつ口を開く。


『でも、恋人を2人で分けるというか、共有なんてできやしないだろう?。

異国のヘンルーダやサブノックでは一夫多妻は聞いてはいるけれども、その逆は流石に聞いた事がないぞ?』


そう言った逆の文化がこの世界に全くなという事もないし、徹底的に否定するつもりも別にない。

けれども、少なくともセリサンセウムという大国の文化圏では受け入れ難い事には変わりないと思うので、親友の2人がそんな事を口にするので、少しばかり心配になる。


ただ、この考えは流石に杞憂であったらしく、2人は同時に笑って、ピジョンに対して今度も鏡合わせにする様に、並んで立ってる互いに外側になるほうの腕をぶんぶんと振っていた。


『サブノックやヘンルーダの文化が少しぐらい羨ましいっていうのは正直考えた事はあるけれど、あれって少なくとも養う側が経済的甲斐性があって、相手の了承あってのことだろう?』


『それでさ、俺達双子が仮に求めるとしたなら、2人相手でも構わない両手の掌で転がせるくらいに、魅力的で、女性相手の例えでなんだけれど、逞しい人なのが望ましいんだよ』


双子のそんな"希望"を持っていたのは予想だにしていなかった、ピジョンは激しく瞬きをする事になるが、シャムとシエルがふざけて話しつつも、半ば本気でそれを望んでいるのも察する事が出来ていた。


だが、それを実現する事が、文化が云々もあるけれど現実的に難しい事 であるのもピジョンには十分わかっている。


でも思春期という気難しく究極に扱い難い時期に、ある意味では育ての親以上に、裏も表も見せもしたし見せられもした時間を共過ごしたからこそ、本来なら胸の内で納めておくような事も口に出す。


『でも、シャムとシエルの双子を手玉に取るっていうか、掌で転がせる御婦人―――いや、人だってういないんじゃないか?。

話はちょっとずれるけれどさ、その友人の贔屓目から見ても、お前らそれなりに優秀じゃないか。

それで、納得できないやら興味無くしたら、冷たすぎるくらい素気なさすぎる所あるじゃないか』



義務や国が定めた法律や、親や保護者となる存在に迷惑になるからと、責任が自分以外に及んでしまう時期は、素直に従う気持ちもあった。

けれども、自分だけの責任で人付き合いが始まるとしたなら、納得できない存在に必要以上に頭を下げたり、相手に従わせる従う様な人徳や魅力のない限り、従う気にもなれない。


多分、捜したならそんな人物は就職した先や、進学した場所にもいそうな物だったけれどもそれを行う位の"根気"を当時の3名は持ち合わせていなかった。

根気をという物を多分持ってはいるのだけれども、その"根をはる場所"を出来る事なら間違えたくなくて、無自覚に臆病に自由なであっても許される日々を過ごしている。


恋愛においても仕事においても、根を下ろしても構わないと思えるような存在や場所にそれなりの将来ビジョンを描きながら3人の若人はその時も、駄弁だべっていた。



『それに、ついては、"ロマサ・ピジョン"も同じだろう?』

『優しいお兄さんだけなら、女の子だってもう少し長続きする』


『優しいから、執着しないで相手の別れたいって気持ちを尊重しているんだろうが』


ある意味、いつもの様に結論が出ないが、燻っている胸の内の言葉をふざけるように吐き出して時間を潰していた。

そこで時計台の鐘が鳴り響き、早いところなら歓楽街の店の方も開いている時間に漸くなる。


3人揃って、少しばかり安堵して鐘が鳴り響く中、歩みを進め始めると小さな金物屋と言うか、刃物の研ぎ直しを専門に行っている店を通り過ぎようとしていた。

丁度、店主であるだろう老人と長いローブを纏っている人物が何やら会話を行っていて、まだ時計台の鐘が鳴っている事もあって、互いに声を大きく出して いる。


だが店主の老齢の為か、鐘が鳴るまでは何とか聞こえていただろう客人の声が聞こえなくなった様で、店主は首を傾けていた。


夕刻の鐘は良く響き、暫く音が反響していて普通に会話をしていても聞き取りづらい所もあって、この時間帯は誰も会話を行おうとはせずに身振り(ジェスチャー)で済まそうとしている所も多い。


そんな中、ローブを纏っている人物は急ぎの用事でもあるのか、声を出して賢明に語りかけていた。




『―――仕方ありませんね』


丁度、長いローブを纏った人物の真後ろを通った瞬間に、3人が耳に捕らえたのはこれまで聞いた事がない様な、嫋やかな響きを持っていた。


一番に反応したのピジョンで、丁度注目した時に頭―――というよりは、顔を隠す様に身に着けていた頭巾を取り外していた。


『あの、"オーロクローム"という方から、研ぎに出されていた品物を受け取りに来たのですが』


先程以上に聞き取れる状況で、嫋やかな声と共に現れたのは、艶やかな黒髪に、この国では見られない少しばかり釣り眼ではあるけれども、美人だと思える顔立ちの人物だった。


頭巾を被っていた事で籠っていたかもしれない黒髪美人の声は、外した事で十分通り易くなり時計台の鐘の残響の中でも、はっきりと聞こえる。


特に先程から注目していたピジョンには、良く聞こえたし、双子の2人も親友が動きを止めたのに合わせて、その視線の動きを読み、その先に異国の美人がいると認識したなら聴力は更に増す。


異国の黒髪の"美人"ということもあって、それとなく注視をしていたなら、距離があっても判る肌理きめの細かい肌の顔を紅くし、今もなお一生懸命説明をしているが、金物屋の爺さんは聞き取れていないようで首を傾けていた。


鐘の残響があるにしても、偶然通りがかった美人に釣られた野郎が聞こえているのに、ここまで聞きとれない、爺さんの方が何かおかしいと3人は気が付く。


『ああ、あれだ』『ピジョン、教えてやれよ』


一番最初に"美人"に気が付いたのっぽの親友に案内する様に、双子は、揃って利き手の人差し指を金物屋の爺さんの足元を指さす。


『……ああ、爺さん、あれを落としているから聞こえなかったのか』


丁度位置的に、顔を紅くして賢明に説明を続ける美人の、黄金こがね色をした目の視界には、金物屋の爺さん の足が邪魔になって入らない所に、緑色の石を金属で囲む様にしたで空豆の形をした器具を見つける。


それはこの世界では、風の精霊の力を閉じ込めた精霊石で、特に"音"を力を利用する事で拾い集めて、耳に届ける所謂"補聴器"の役割をするものとなる。


『―――"お姉さん"、爺さんはこれを落としたから、貴女の良く通る声も聞こえないんですよ』

『―――え?』


余程金物屋の爺さんに語り掛ける事に夢中になっていたのか、黒髪の美人はピジョンが真横に立つことで初めて気が付いた様だった。


ピジョンの方は身を屈めて、黒髪の美人の視界には入っていなかった精霊の補聴器を摘まみ上げて、掌に載せて差し出す様に見せる。

すると黒髪の美人も金物屋の爺さんも同時に、"あっ"と声を漏らしていた。


『兄さん、ありがとうよ。おかしいと思ったんだよ、いつもは鐘がやかましく鳴っていても聞こえる、キングスさんの声が聞こえなくて』


先ずは"補聴器"の持ち主である爺さんがそう礼を述べ、ピジョンの掌から取り、慣れた仕種で自分の耳に装着する。


『はい、どうぞ、キングスさん』

『はい、"オーロクローム"という方頼まれて、研ぎに出されていた品物を、代わりに受け取りに来ました』


金物屋の爺さんの爺さんが尋ねたなら、顔はまだ赤いままだけれども漸く自分の言葉が痛した事に明らかに安堵して、黒髪の美人―――金物屋の爺さんが呼ぶには"キングス"さんが要件を告げる。

キングスが告げた要件を、確り聞き取れた爺さんは満足そうに頷いていた。


『ああ、出来上がっていますから、少々お待ちください』


それから身を屈めたままのたピジョンに向かってにっこりと笑い、改めて礼の言葉を口にする。


『そっちの兄さんもありがとうな、このままコイツを落としていた事に気が付かなかったなら、この後随分と難儀をしたよ』


金物屋の爺さんの感謝を口にして店の奥に"オーロクローム"という人物が頼んだ品物を取りに姿を消すのを見送りながら、ピジョンがゆっくりと立ち上がる。


『あの、本当にありがとうございました。

"慣れない"事をしたなら、とても緊張をしてしまって、お爺さんが補聴器を落としている事にも気が付けなくて、話しかけ続けるなんてお恥ずかしい限りです』


横に立って入る黒髪の美人が、先程から紅い顔を更に赤みを増している自分の顔を、両掌を包み挟み込むようにしながら礼を口にする。

礼を口にしているのだが、その視線はピジョンには向けられず、足元の方に注がれている。


だが、先程の赤面に加え、困った様に両端が下がっている、どちらかと言えば短めの眉、浅く眉間に出来るシワ、綺麗にはみ出さない様に紅が塗られている唇の口角が下がっている所から、ピジョンの方が気になる位緊張しているのが伝わって来ていた。


そしてピジョンにとって少しばかり意外だったのが、黒髪の美人―――キングスは、横に並んで立ってみると背の高さは流石に"のっぽ"と例えられるピジョンの方が高いが、今まで付き合って来た御婦人に比べたなら、かなり高く近距離となる。


一通りの事は経験をしているのだけれども、これほどまで初対面でここまでの美人と近距離で、じっくりと見たことがないので、流石に"ドキリ"として、まるで相手の赤面が伝染したみたいにピジョンも少しばかり紅くなってしまっていた。


『いや、別に気にしなくて大丈夫です。その慣れない事したなら、誰でも緊張はするでしょうし』


定評のある"優しいピジョン"の言葉に、黒髪の釣り眼の美人は少しばかり黄金色の眼を丸くしたけれども、ほんの少し顔から紅みを引かせて小さく微笑む。


『……お優しい方なのですね、ありがとうございます。

私、こちらの王都に来てからもう数年過ぎようとしているのに、未だに仕事以外での人付き合いが苦手で……。

それじゃあいけないと思い、一念発起して人見知りを少しでも克服できたならと思ったのですけれど、この有様です』


再び恥じ入る様に俯いてしまう。


その立ち振る舞いは、ピジョンが今までご縁のあった御婦人では見た事がなく、どちらかと言えば"お兄さん"として、甘えられる事の方が多い立場としてはとても新鮮な物だった。

確りしたいと思っていて、自分の力でどうにかしようと努力している姿は、どちらかと言えば頼られてばかりいるのっぽの男の心を打つ。


『ああ、それで頭巾みたいなのを被っていたんですね』

(今までに、接した事がないタイプの女性ひと……、ん?。御婦人だよな、キングスさん?)


これまで美人という印象が一番強いのと、声の音程も高さもどちらともとれるが、響きの良い物だったので、大して気にもしなかった。

だが 、互いに顔と顔の位置が近い事で、"キングス"さんが御婦人にしたなら結構、背の高い部類ではあるけれども昨今では婦人でもなくはない背の高さだと思い至る。


『……あの、どうかなさいましたか?』


顔に紅色を戻しながら、しなやかに首を傾けながらキングスはピジョンは尋ねる。


『いえ、何でもありません』


(それでもって、すみません)


言葉で告げた後に、少しばかり罪悪感を抱きながら素早く視線をピジョンは走らせる。

目の前にいる異国の黒髪の美人は、やはり特に印象的なのは漆黒で艶のある髪で、結う事もせずに降ろしているのだが、綺麗なまとまりをしており、毛先は鎖骨に届くほどの長さだった。

だが視線が進む先は失礼なのは重々承知して、艶やかな毛先にある胸元だった。


(これは、また、微妙だな……)


先程、頭巾を取った事で、全身を覆い隠す様に身に着けていたローブの上半身の箇所は、大分開けていた様に見えていたが、その下には勿論衣服を身に着けている。

しかも、それは恐らくは異国の美人の故郷での衣服で非常にとてもゆったりとした物で、胸元で性別を推し量る事は出来なかった。


(でも、性別とか関係なくて、魅力的な人《存在》ではあるかな……)


『あの、俺、ロマサ・ピジョンっていうのですけれども』


今はもう、性別や恋人でも友達でも構わないので、この人物と出来れば何かしらの縁を繋いでおきたいと考えて、先ずは自己紹介をしようと自分の名前を口にする。

すると目の前にいる異国の黒髪の釣り眼の美人がから、再び紅みが引いて、不意に見上げる様に顔を上げて、黄金色の眼を見開いた更に自分の背後が翳り、人の気配を感じとった。



『性別が判らないからって、初対面の人物の胸元を見るって伯父おじさんどうかと思うなあ~♪』

『あ~♪』


『どわあ!?』


気配を感じ取り、ピジョンが振り返る前にそんな声が背後からかけられた上に、少々後ろめたくも思っていながらも行った行動を言い当てられて、驚きの声を伴って振り返る。


すると、そこには見覚えがない親子―――に見える2人の人物がいた。

親の方と思われる人物は、のっぽのピジョンと同じ程の背丈で、フワフワとした鳶色の髪に、顔の印象と言えば目付きは悪いし鋭いし、悪人面と例えても障りなく思える。


けれども、鼻に乗っけるという形でかけている丸眼鏡が少しばか り道化染みた印象を添えていて、鋭さは拭えないが、話し辛いという雰囲気ではない。


そしてその鳶色の人が、片腕で軽々と抱えているのは柔らかそうな、毛糸で編まれたウサギの帽子を被った、赤ん坊でこちらはそのまま普通に可愛らしいと思える。


『……何なんですか、あんた?!』

(―――って、この人、確かさっき見た人?)


"―――リィ、今日は早く帰ったなら、"でんでん太鼓"って玩具おもちゃを造ろうねぇ"


"いいなあ"とも"羨ましい"とも思える、人生を進める勇気と普通を地道に積み上げる努力を重ねなければ、手に入らない大切な物を抱えて、楽しそうに家路に向かっていた人。


『え、貴方、さっき、その赤ちゃんと家に帰るって、言って東側に……』


ピジョンが思わずそう言葉にしたなら、可愛らしい赤ん坊を抱きかかえている鳶色の人は、"保護者"として浮かべる笑顔には不穏過ぎる、口の端をあげる"ニィイ"としたものを浮かべる。


『―――ああ、やっぱり、君。"私とこの子"の事を見ていたんだね?、あちらの2人の友達と一緒に』


鳶色の人は左の片腕に、上機嫌の赤ん坊を抱えたまま、右手の長い指先で、少し離れた場所にいる双子の親友達がやはり、"何が起こったか分からない"と驚いた顔で、固まっているのを指している。


それから示していた長い指先を戻して、確りとウサギの帽子を被った赤ん坊を確りと抱えなおしながら、愛おしくそうに赤ん坊に頬ずりをしながら語り続ける。


『私の社会復帰のリハビリと、この子のお散歩デビューに久しぶりに城下街に来て何事もなく終わると思っていたのに、最後の最後にこんなんだもんなぁ~。

ちょっとだけ視線を感じたと思って戻って見たなら、案の定少しばかり"3人"とも気にしているみたいだし、何より私の大切な友人に声をかけている。

でも、これも勘が鈍っていない事なのかなあ』


赤ん坊に頬ずりし、頬ずりされているウサギの帽子を被った子も、あの時と同じ様に本当に嬉しそうに、可愛らしい声を出して喜んでいる。



傍目から見たなら、偶然出会った知り合いと立ち話をしている様な気軽さで、鳶色の人は自分ピジョンに話しをする。


けれども、自分に語り掛けている人の関心は、横にいる異国の黒髪の釣り眼の美人に―――"キングスさん”に向けら れてるは不思議と解った。


そこで空気が揺れるような感じを受け、その"キングスさん"が動いたのが判り、少しばかりではあるけれども、自分と距離を詰めた事に表所には出さないが、ピジョンは胸がドキリとする事になる。

だが、黒髪の美人の方は"それどころではない"といった様子で手助けをしてくれた恩人越しに、ウサギの帽子を被った赤ん坊を抱える鳶色の人に語り掛けていた。


『あの……、えっと、"オーロクローム"さん違うんです。

私が、オーロクロームさんが姪子さんと折角出かけているのと、研ぎに出していた刃物を一緒に持ち帰るのが危険だろうからって、私が出しゃばってここの金物屋さんに、代わりに取りに行って。

それで、私がいつもの様に、赤面症になってしまって、巧く金物屋のお爺さんと交渉出来なくて―――』


余りに懸命に、半ば訴える様に語る"キングスさん"に、自分が間にいたなら邪魔になるだろうと、ピジョンは場所を開けていた。

すると、鳶色の人はいかにも当たり前と言った感じで、その開けた場所を詰めて、丸眼鏡のレンズを通さない鋭い眼差しを注ぐ。

普段の人の良い優しいピジョンなら、そんな視線を向けられたなのなら、直ぐにその身を自分から引くような態度を取るだろうと、自部自身でも思っていたのだけれども、その時は違った。


(もしかしたら、こちらの黒髪の美人さんの―――恋人、いや"旦那さん"かもしれないが、ここまで馬鹿にされたわけではないけれども、排他的な態度取られる謂れはないよな?)


つい先程まで、可愛らしい赤ん坊を抱き、楽しい家路に向かうことに、軽い憧れをみたいなものを持っていた存在(鳶色の人)が、こんなにも余裕がないのが、日頃穏やかな人の心を不思議と乱していた。


その事には、親友の双子も気が付いていたし、少なからず親友の気持ちに同調もしている。

もしかしたなら、親友が話しかけた黒髪の美人は鳶色の人の恋人か、若しくは伴侶かもしれない。

けれど、その恋人か伴侶が理由があったして、不在の間に困っている間に親切を行って、その後に会話を楽しむぐらいの交流位が、のっぽの親友にあっても良いだろうとも揃って考えていた。


ほんの少しばかり空気が、荒んだのを黒髪の釣り眼の美人は直ぐに察して、慌てているが、鳶色の人は、寧ろ少しばかり楽しんでいる様に、今度は片方の口の端だけを上げる。

そして抱えられている赤ん坊は、ちょっとだけ"伯父さん"の雰囲気が変わったけれども、怖がっている様子はなく、紅葉の様な小さな手で、その頬をぺちぺちと叩いていた。



『ごめんね、ちょっとだけ待っててね』


鳶色の人は穏やかな声でそう告げて、3人を品定めをする様に眺める。


ここで3人組が"引いて"いたならば、

アルセン・パドリック中将の優秀な副官で軍学校の"お兄さん"的存在のロマサ・ピジョン曹長も、

グランドール・マクガフィンの両腕と例えられる、マクガフィン農場ではなくてはならないと呼ばれるフクライザの双子は、

セリサンセウムという国に、恐らくは存在しなかっただろうに、完璧に眼をつけられてしまっていた。


『―――大丈夫だよ、キングス。

金物屋のお爺さんが風の精霊石の補聴器を落としてしまって、それにいつもなら、細やかな気遣いが出来るキングスが、頑張っていたけれども、緊張していて気が付けなかった。

そこで、あちらにいる双子の親友さんが気が付いて、それを此方のピジョンさんに教えて、補聴器を拾い上げてくれたから、お礼を言って、今はただ待っている状態だよね?』


『はい、その通りです。それだけですから……』


キングスが"オーロクローム"と呼びかけた人物が、まるでどこかで一部始終を見ていたかのような言葉は正しくその通りで、特に反論も否定もする所はなかった。

けれども可愛らしい赤ん坊を抱えつつ笑みを浮かべながらも、鳶色の人が醸し出している雰囲気からは物騒な物しか、周囲にいる人物達は感じられない。


更に、ピジョンが気を利かせて避けた事で空いていた距離を鳶色の人が詰め、抱えているウサギの帽子を被った赤ん坊を挟むような形になる。

それから自分の頬を叩いていた赤ん坊の頬に自分から頬を摺り寄せ、また喜びの声を上げさせて、そのまま黒髪の人物に渡す。


『ちょっと、お願いしてもいいかな?』

『……はい、わかりました』


朗らかにの感じられる声色で、鳶色の人は黒髪の美人話しかけているのに、有無を言わせない圧力を出している。


ただ赤ん坊そんな圧力よりも、黒髪の美人に受け渡された事に緑色の眼を丸くさせていた。

しかしながら泣き出すという事もなくて、黒髪の美人とウサギの帽子を被った赤ん坊は馴染みがあるのか、不思議そうな顔をしながも、素直に抱っこをされる。


それにどちら かと言えば、心配そうな表情を浮かべていたのは赤ん坊を受け取った黒髪の美人の方で、先ずは赤ん坊と視線を合わせて、互いに認知を行った。

どうやらウサギの帽子を被った赤ん坊をは黒髪の美人に馴染みもあるけれども、懐いてもいるようで、実に判り易く"知っている人だ"という表情を浮かべたなら、次に鎖骨まで垂れている纏っている艶やかな黒髪に手を伸ばす。


"今日は髪を結んでいませんから"、とキングスは嫋やかな声で慌てながらも頭を振って、器用に黒髪を肩の後ろに回した。


ウサギの帽子を被った赤ん坊が少しばかり不満そうな声を出していたけれども、小さくキングスが慣れた調子で、小さな調子リズムをとってその身を揺らしていたなら、直ぐに機嫌を直す。


そして落ち着いた所で、漸く場面が動き出してしまったのも感じた黒髪の美人は眼前にいる"鳶色の親友"と、自分と出逢ってから何かと気を効かせてくれた、のっぽの人を見比べる。

それから今一度訴えるような眼差しで、鳶色の人を見上げつつ唇を開いた。


『無茶と言うか、おふざけ過ぎない様に……』

『いやだなあ、私何時だって真面目だよ。

それにふざける時にしても不真面目になるにしても、真面目に全力でふざけるよ。

私は、怪我もしないし……』


それから、髪と同じ色をした鳶色の眼を判り易く動かし、ピジョンと後方に控えている双子を見た後に、殆ど抱き寄せると言った形で、赤ん坊を抱え上げる異国の美人を引き寄せる。

今は黒い艶ややかな髪の内側に隠れてしまっているけれども、耳のある位置に口を寄せて、何やら呟いていた。


だが、それは一般的に見たなら、仲睦まじい恋人同士の振る舞いの様に十分窺えた。

これまで鳶色の人(と、ウサギの帽子を被った赤ん坊)の突如としての登場と、発言に色々と不穏な空気も雰囲気になっていたけれども、それ意味する事は、現在は聞き役(背景)になっている3人は理解出来る。


『……!』

『……ピジョン残念だったな。一緒に』

『酒を呑んでやるよ、支払い公平だけれども』


その様子に双子は、"親友ロマサ・ピジョンが秒速で失恋した"と受け取りで憐れみの視線と言葉をかけ、かけられた方も、それなりに失恋とまではいかないつもりなのだけれども、少なからず衝撃ダメージを受けていた。

けれども、そ の衝撃ダメージを覆す勢いで、少々不可解な状況をピジョンは目の当たりにする事になる。


鳶色の人が黒髪の美人の耳に口を寄せ―――


"この子達3人に、怪我をさせないから"


そんな言葉を口にしていた。


それだけなら、何となく”気に入っている、若しくは恋人である黒髪の美人にちょっかいを出した"為に、嫉妬深い鳶色の人が、余程腕に自信があるのか、自分ピジョンを含めた3人を相手に立ち回ろうとも捉えられる。


ただ、それよりも、不可解すぎる事をピジョンは目の当たりにしてもいた。

ウサギの帽子を被った赤ん坊を受け取った黒い髪の美人の耳元に寄ってた、鳶色の人の顔が離れた時、あれ程、恥らいに染まっていた顔からは紅が抜けていた。



抱えて真横にいる赤ん坊の健康的な肌色よりも白いけれども、真っ白ではなく東の国人特有の肌理きめの細かさが際立ち滑らかさが良く判る。

その事で初めて、この黒髪の美人が左の眼元だけに紅の化粧を施しているのに、ピジョンは気がついた。


『―――"御2人"がくるのはもう少し先です』

("御ニ人"って誰だ?。それに―――)


多分、僅かばかりではあるけれども距離の離れている、双子の親友達には黒髪の美人の声は届いていない。


先程は嫋やかで決して大きくはないキングスの唇から良く通る事で印象的だった、黒髪の美人の声が、近距離でない限り、聞き取り辛い声色に変わっているのに気が付いた。

けれども、それは黒髪の美人の"あくまでも鳶色の人にだけ聞こえればいい"という配慮をしているからだということも察し、ピジョンは紅の色の引いた横顔を見る。


先程まで赤面していた状況からは伺えない程、至極冷静に見える姿に軽く戸惑いを感じてしまうけれども、赤面で顔を紅くしている時と、また違った形で魅力的に見えてもしまう。

でも、そう見える状態にしているのは鳶色の人が、黒髪の美人に何かしら囁いた一言の効果なのだと察すると、先程の"失恋"程ではないけれど軽くショックを受けている。


(……出逢って数分の俺と、出逢ってから数年は多分過ぎているんじゃ、差があっても仕方がない)


それから自然と、鳶色の人から今は黒髪の美人の腕に移った"ウサギの帽子を被った赤ん坊"に視線を移す。


(少なくとも、このウサギの帽子の赤ん坊が 産まれてくる前くらいからの付き合いの時間は、この2人の間には過ぎているんだろうな)


ピジョンの前に3人見て、その付き合いの長さを抱えられている赤ん坊を使って推し量ると、ふと引っかかる言葉を思い出す。


(……でも、"親子"ではないみたいな話し方をしていたな)



"―――ああ、やっぱり、君。"私とこの子"の事を見ていたんだね?"


(多分、実の子どもだったら、その事をはっきり言いそうだ。じゃあ、どういった関係だ?、親戚?)


鳶色の人自身はウサギの帽子を被った赤ん坊を可愛がっている様には見えるが、とてもじゃないけれども、本心から"子どもが大好きで仕方がない"という種類の人物でもなさそうに思える。


今、黒髪の美人の手に移っているウサギの帽子を被った赤ん坊は何らかの繋がりがあるから、仕方がなく―――と言うよりは、大層喜んで関わっているという考えが、ピジョンの中では納得出来るものであった。


『ねっ!』


そして、ウサギの帽子を被った赤ん坊の方も、素直に黒髪の人物に抱っこはされているが、今は鳶色の人の方に腕を伸ばしていた。

鳶色の人は自分に対して、小さな手を伸ばされた事に直ぐに気が付いて、それこそ相好を崩すと言った形で、その手を握り返すというよりは、長い指のついた手で包み込む。


『―――ごめんね、帰ったなら、でんでん太鼓も作ってあげるし、美人なお兄さんに見つからない所でちょっとだけ、気を付けて躍動的ダイナミック高い高いしてあげるからね』


それから鳶色の人の方はウサギの帽子を被った赤ん坊をの頭を撫でたなら、数歩下がり距離を開き、黒髪の人物に少しだけ頷いて見せて、そのままピジョンと双子の方に見向きもせずに店の奥の方に進んで行ってしまう。


それ程広い店ではないので、十分に鳶色の人の後ろ姿は確認出来るのだけれども、黒髪の美人はそちらの方ではなく、ピジョンの方を向いていた。

その顔は最初程ではないにしても、少しばかり紅みを顔に浮かべている。


『……その、本当に御親切にしていたのに、何だがおかしな具合の話になってすみません。

言い訳に使うつもりでは、無いのですけれども今日は初めての外出に、結構の時間が過ぎているので、この子をそろそろ連れて帰って休ませないと』

『ああ、そうですね、子ども―――っていうか、赤ん坊なら大人と違って体力もないでしょうし』


鳶色の人から託された赤ん坊の様子を伺いながら、キングスが言う言葉にピジョンも頷いた。

キングスの口にする通り、"おかしな具合"ではあるのだけれども、鳶色の人の後ろ姿を追いかけている、自身の掌の大きさよりも小さいウサギの帽子をかぶった後ろ頭をピジョンは見て考える。


(あの鳶色の目付きの悪いやつには、正直文句の1つもつけたいけれども、何にしてもこの人や、赤ちゃんを巻き込むのは本意じゃない)


逆に言えば、この黒髪の美人とウサギの帽子を被った赤ん坊がいなかったなら、荒事はしない(つもりだ)けれども、文句の一言も鳶色の某に、普段穏健派のロマサ・ピジョンも口にしたいわけでもある。


『……それでは、えっと、そのこういうのは何なのですけれども、"御無理"はしないでくださいね』

『……無理ですか』


先程、鳶色の人に対しては"無茶と言うか、おふざけ過ぎない様に"と口にして、自分ピジョンには"無理をしないで"と口に出されて、少しだけ苦笑を浮かべてしまっている所に、キングスの言葉が続く。


『オーロクローム様は、悪い方ではないのですけれど……』


『"良い方"でもないですよね、少なくとも、俺にとっては』


思わず言葉の最後の方に被せる形で、ピジョンはそんな事を口にしてしまっていた。

すると、今度は黒髪の美人の方は黄金こがね色の瞳が丸い月が2つ並んだかのように、大きく眼を見開いた後、直ぐに細めて困った様に微笑みを浮かべるた後に、一度目を伏せた。


キングスが眼を伏せたなら、不思議と顔に浮かべていた紅みをこれまで以上に引かせて、左の眼元にだけ施している化粧がはっきりと解る。

それからピジョンと話す際には僅かに残っていた紅みを引かせ、次に伏せていた眼を開き、これまでにない至極冷静な雰囲気を纏った黒髪の美人から、視線を向けられる。


『"ロマサ・ピジョン"さん、中々の御明察です』


鳶色の人が話に乱入してくる前に、何とか繋がりが欲しくて告げた名前フルネームを、相手が覚えていてしかも、あの嫋やかな声で呼ばれる事に、今度はピジョンが眼を丸くしてしまう。

でも"キングスさん"はウサギの帽子を被った赤ん坊をあやしつつ、驚いたままののっぽの人の良いお兄さんにお構いなしに、話し続けていた。


『……オーロクロームさんは、最初は"良い方"とは、とても思 えないでしょう。

私も最初はそうでしたし、何て悪戯いたずら好きな方だと感じました。

でも、今回の事は"良い方”ではないとしても、結果的に出逢った出来事自体は悪くない物になると思います―――取りあえず、現在の状態のピジョンさんと、あの双子のお兄さん達にとっては』


『え?シャムとシエルにも?』


双子の親友の名前を耳に入れたならば、思わず口に出しながら振り返ったなら、振り返られた方も,自分達の名前がピジョンの口に出された事に軽く驚くことになる。

そして振り返ったままのピジョンに、黒髪の美人は特に拘るという事もなく話しを続ける。


『ああ、あの双子さんはそういうお名前なのですね、―――すみませんそれでは先に失礼をいたします。また出会えた時は、よろしくお願いします』


視線も何も動かしはしないけれども、少し離れた距離にいる双子にも伝わっているのも判っている調子で、黒髪の美人はウサギの帽子を被った赤ん坊を抱え丁寧に頭を下げる。


そしてそのまま、先程一度は鳶色の人が赤ん坊と姿を消した東側に姿を消していた。

親友が一目惚れしただろう、異国の美人が赤ん坊を先程突如として戻って来た鳶色の人に渡されて、それから軽く何かしらあって、自分達の双子のことを口に出し、そのまま東側に行ってしまった。


更に勘の鋭い双子は、"親友ロマサ・ピジョンの軟派が空ぶった"以外にも結構色んな出来事が短時間で起きた事を掌握できてもいる。

ある意味では鏡で顔を見合わせるような感覚で互いの顔を見て、側により少しばかり呆然友している友人に話しかける。


『えーと、軟派は失敗してけれども、結局、名前くらいは互いに交換出来た感じになるのかな?』

『ピジョンの名前も呼んではいたし。でも、あの黒髪の美人さん"相手"というか、随分と親しいのがいるみたいだな』



『いやあ、私個人としては親友で、そろそろその上の関係も望んでいるんだけれどねえ。

君達の親友君が一目惚れする位美人だから、友人だけだと、どうしても他にも一杯友人出来ちゃうしねえ』


『うわあ!』

『うわあ!』


『---!』


いつもは同じ意見を2人で分けて口にする双子も、自分達の後に続くとばかりに思っていた親友ピジョンの言葉ではなく、視界にも十分入っていた店の入り口に現れた人の言葉に 、今回はそれぞれ声を出していた。


ピジョンに至っては、正しく声も出ないといった具合となる。

そんな3人にお構いなしに、鳶色の人は金物屋に頼んでいたらしい品物を懐にしまい込みながら、話しを続ける。


『やあ、さっきはどうも。私の大切な友人キングスを助けてくれていたのも、状況から鑑みて判ったつもりなんだけれども抑えきれなくて。

ごめんねえ、私は自覚もしている位、友人関係というか、気に入っている人物に対しては嫉妬深くて。

さっきのキングスもそうなんだけれども、抱えていたとっても可愛い子どもがいるでしょう?。

あの子も、ロマサ・ピジョンさんに懐いていたなら、それこそもっと大人気ないことしていたかもしれない。

いやあ、私の本当に悪い癖~』


最後に"アッハッハッハ"と笑った腕を組んで、それを傍観する3人は何とも言えない感じで視線を交わす。


(こういう人って、深く関わらない方がいい感じじゃないか?適当に)

(話しを合わせて、適当にわらって、さっさと歓楽街の方に行こう)


双子は魔法の才能がないわけでもないが、テレパシーを使うまでもなく意思の疎通が視線で出来ていた。

もう1人ののっぽの親友も、双子程ではないけれどもこの位の程度の疎通は出来る―――筈だったのだが、どうやら調子が違う。

今度は反応しない事で双子から視線を注がれる事になるのだが、ピジョンは自分の傍に寄って来た親友達の疑問の意志も感じてはいるのだけれども、先程の言葉が気にかかっていた。


(さっき、キングス(あの人)は、双子こいつらには聞こえない様にしていた言葉の意味は何なんだ?)


"―――"御ニ人"がくるのはもう少し先です"


(その2人がここに来る前に、俺はシャムとシエルを連れて"とんずら"した方がいいのか?。

それとも、残っていた方がいいのか)


だが、ここで少しでもピジョンが考えてしまった事は、鳶色の人の口を開く間を与えてしまう事になってしまっていた。



『まあ、私個人の話を聞いてもつまらないだろう?。それよりも、君達の話しを聞かせてくれないかな?

君達さ、見た限り国の定めた義務教育は終わっているだろうし……就職か進学している?』


のっぽの親友が少しばかり全体的に鈍い調子になっている事を、機敏に察した双子は、その隙をつく様に言葉を挟んできた鳶色の人物の探りの言葉に、素早く反応する。


『 どうして、初対面の人にそんな事を話さなくてはいけないんですか?それに』

『親から、名前も知らない人に、色んな情報を話してもいけないと教えられてるんで』


ただその双子の答えに対する、鳶色の人の反応の素早さは更に上を行くものとなり、帰って来ていた。


『ああ、それは本当に良いことだ、素晴らしい親御さんの教育だね。

私も、あの子にそう言う風に教えてあげられたのなら、良いのになあ。

それでね、名前を知らない人と話してはいけないというのなら、私の名前はオーロクロームだよ。

私の話に興味なんてないと思ったんだけれども、こういう場合は名前を伝えないと帰って失礼になっちゃう場合もあるんだねえ。

いやあ三十路を前にまた一つ勉強になった』


鳶色の人の少しばかり大袈裟にも感じる言い種に合わせて、"あの子"という言葉を出した際には、それなりに鋭い3人は微量ではあるけれども"悲哀"が含まれているのを感じ取れていた。


けれども、その抱かせた悲哀の疑問を尋ねさせる暇も与えず鳶色の人は語り続ける。


『それで、どうなんだい?。就職か進学はしているのかな?』


玩具の様に愛嬌のある丸眼鏡の奥から、髪と同じ鳶色の鋭い眼で自分を含めた3人とも見据えられているのを感じ取ったピジョンは、親友達からの了解を得る前に口を開く。


『……、俺達は就職も進学してはいません』


『おいピジョン?!』

『勝手に言うなよ?!』


了解を得ずに、自分達の個人情報を勝手に口をする親友に怒りの言葉をいつもの調子を取り戻して、双子は当然の様に怒りを口にする。


『悪い、シャムにシエルでも―――』


『ああ、でも』

『……もう、いいか』


けれども親友が応えた様子と、自分達が対峙している鳶色の眼を携えている人物の雰囲気で双子もそれとなく"隠してもいても、無駄な気がする"と察していた。


『で、俺達の就職や進学をしていないと聞いて、知ってどうするつもりなんですか?。

確かに別に誰に迷惑をかけているつもりはないし、親の胸の内は知りませんが、それなりに日銭は稼いで納めているから、文句とか言われてもいませんけれども』


まるで3人の意志を代表する様にピジョンが口にしたなら、それまで比較的笑顔に近い表情をしていたけれども、少しばかり"笑み"の部分を差し引き、鳶色の人の顔は真面目な物となる。

ただ、その 笑みを退かせたその顔は、眼に見えてこれまで以上に鋭さを増しているのを感じさせるが、鳶色の人はお構いなしに3人に対して答え始める。


『……そんなに警戒しないで欲しいなぁ。

でも、流石に"キングス"の眼鏡にかかったというか、興味を持ったところは鋭いというべきなのかな。

私は、今から正しく君達を勧誘しようと考えている。

少しばかりハードで時間の融通が利かなくて、時々命を張ったりもする、やり甲斐のある職場なんだけれどもどうかな?』


最後の方には再び笑みを浮かべ、鳶色の人は勧誘をしてくるがその文言が、どう考えても物騒でここは3人の意思の疎通関係なく、"ダメだ"と思えたので、そのままを口に言葉にする。


『聞いている限り、ちっとも魅力的ではないので遠慮させてもらいます』


『俺達も』

『同じです』


『そっかあ、じゃあさ、"魅力的な上司”がいたなら、働きたいと思うかな?。

仕事の内容や規則とかは、正直私も嫌な場所だったから、直ぐに辞めちゃったしね。

それにあの時は上司が本当に最悪で、時期的に辞めたくてもやめれなかったし……』


就職を薦めつつも、自身の記憶から掘り返して仕事内容も相俟ってか案外あっさりとそれに関しては引き、更に感情の籠った迫真の言葉まで鳶色の人は出していた。

だが"魅力的な上司"という言葉に、3人は少しだけ目配せをするのを、鳶色の人は見逃さずに、片方の口の端だけを上げて更に続ける。


『君達は、私の主観を含めて親友の判断もあるだけあって、それなりに結構優秀なんだろうね。多分、仕事という物についたのなら、何にしてもそれなりの成果は出すのだろう』


それから口の端を上げたままだけれども、般的に"眼が笑ってはいない"という表情を浮かべて話しを続ける。


『でも、君達は3人は就職についたとしても、改めて学問を修学したとしても、それなりに自分の仕事の分を納めるが、何にしても決してその"筆頭”になりたいとは思わないのだろうし、そうなる様にはしない。

それでいて"一番"や"いただき"や"最高峰"は、決して簡単になれるものではないと弁えてはいるのだけれども、その候補の圏内に入れるくらいの力量も才能も持っている。

繰り返しになるけれども、君達は絶対に"それは嫌だ"とも考えている。

だから、絶対的に自分達が超えられないだろ う人《存在》が上司―――若しくは、恋人だったなら、これから安心して付き合っていける……そんな風に考えているだっけ?』


眼は笑っていないけれども、器用に笑っている形を作ってそこまでを口にして、鳶色の人は3人を観察を続けていた。

3人も観察を続けられているのを察しながら、喋る事はピジョンに委ね、鳶色の人に対して洞察を行っているような、互いに探り合う様な状況になっていた。


『一体、いつから俺達の3人の話を聞いていた……って、通り過ぎた時に俺達が見た時から、って言ってましたっけ』


その言葉には、肯定する為に浅く鳶色の人は頷くと同時に、その口が出していた言葉をピジョンは思い出していた。


―――ああ、やっぱり、君。"私とこの子"の事を見ていたんだね?、あちらの2人の友達と一緒に。

―――私の社会復帰のリハビリと、この子のお散歩デビューに久しぶりに城下街に来て何事もなく終わると思っていたのに、最後の最後にこんなんだもんなぁ~。

―――ちょっとだけ視線を感じたと思って戻って見たなら、案の定少しばかり"3人"とも気にしているみたいだし、何より私の大切な友人に声をかけている。

―――でも、これも勘が鈍っていない事なのかなあ。


『……勘が鈍ってないっていうのも、あるんでしょうけれど、"恋人"のくだりまでを聞いていたって事は、多分”魔法"か何かを使っていたんですよね』


3人を代表する形でもピジョンの確認と己が口にした事を思い出した鳶色の人は再び頷き、魔法を使っていた事はあっさりと認めて、更に朗々と語り続ける。


『そうだね、魔法が使える人が使役している"使い魔"って存在で君達が、私をちょっとだけ注視している事に気が付いて、話しを聞かせてもらった。

まあ、近くにいたキングスに夕ご飯の相談しようと思っていたのを、そのまま併用していたから、殆ど偶然という事もあるみたいなんだけれどもね。

さて、それでだ、"偶然"聞いてしまったことなんだけれどもロマサ・ピジョン君の希望は"対等で、同年代か少し位年上"みたいな感じが良いんだよね?』


話しを認められた上で、"偶然"を強調しながらも自分が口にした事を言われて、正直戸惑いと馴染みの親友である双子だから話した内容に、先程立ち去った人物程ではないが黒髪の美人程ではないが、赤面する。

だが"親友"の赤面以外興味のない、鳶色の人は全く構わず話 しを進めていた。


『それで、これまでどちらかと言えば妹系というか、"可愛い系"だったから、綺麗系が良いわけだと。

それでさ、丁度、私の知り合いで美人で綺麗な……、あ、キングスじゃあないよ?』


それまで流れる様に語っていたのに、"美人"の話に自分の親友が絡みそうにそうになった時に、わざわざ話しを止め、表情はこれまでのものとは打って変わらせていた。


それに合わせているのか、それとも無自覚なのか鋭さをともなっていた圧を含んでいたような雰囲気ではなく、どちらかと言えば親しみの空気にいつの間にかしらになっている。

そんな"空気"の中、鳶色の人は"美人"の話の続きを始めていた。


『キングスとはまたタイプが違うけれども、確実に美人と呼べる容姿の人物で年齢も私より2つ下ぐらいだから、同年ではないけれども君達よりは年上だよ。

まあ、見た目がそれだから付き合いが進んで行ったなら、多分見た目年齢は君達の方が年上になっちゃうかな~。

でも、ロマサ・ピジョン君のご希望には結構沿える相手だとは思うんだけれどもね』


鳶色の人がやたらと"美人"と強調をしてはいるけれども、ピジョンはある部分を明確にしていないし、少しだけ話が違う方向に進んでいる事にも気が付き口を挟む。



『今までの話の流れで言ったならまるで、新たに"恋人”の事を紹介してくれるみたいな感じに聞こえますけれど、その美人の人って男じゃないですか?。

それで、一度は断ったつもりの就職先をまた繰り返していますよね?』


ピジョンがそう言うと、少々わざとらしい反応リアクションで鳶色の前髪に隠れている両眉を上げて、大層感心したといった感じで声を出し


『おや、これまた鋭い!。確かに繰り返しになってしまってもいるし、君達の期待に応えられないのは申し訳ない。

ただね、相手は恋人ではなくて、上司で同性であるけれども、ロマサ・ピジョン君に限らず、そちらの2人のお兄さん達の希望も叶えてあげられそうなんだけれどもな』


それからまるで標的を変える様に、鳶色からの視線を丸眼鏡越しに見つめるのはピジョンの親友の双子となる。

これまで鳶色のオーロクロームなにがしの方を見てはいたのだけれども、どちらかと言えばピジョンに注がれていた物が、自分達に向けられて、当 たり前の様に揃って狼狽えた。


『おや、動きまで同調シンクロしますか、仲がよろしい事で何よりです』


揃った動きにそんな感想を漏らしてしまう鳶色の人物は、双子と言う存在ともう一組縁があるのだけれども、そちらは姿はそっくりだが性格がまるで違うのが印象的だった。

だからシャムとシエルの様に、”仲良く”似たような同じ動きし、感覚フィーリングも揃っている2人に、興味深い視線を注いでいたりもしたが、自分がやっている事を思い出し、続行をする。



『ええっと、確か君達双子が言っていたのは、サブノックやヘンルーダの一夫多妻のみたいな文化が羨ましいと考えた事はあって、まあ、今のセリサンセウムでは無理とは判っている。

ただそんな感じで、君達双子が仮に上司にも求めるとしたなら、2人相手でも構わない両手の掌で転がるくらいに、魅力的で、逞しい人。

それなら、私の古い知り合いに良い方がいます。

多分、その方はこれからが忙しくなるから、今からある程度鍛えてたなら丁度良い。

君達がセリサンセウムの軍隊に入って鍛えられ、仕上がった時ぐらいに、その上司に会ったなら最高の機会タイミングだ』


『セリサンセウムの』

『軍隊?!』


『おや、3人とも承諾してくれてから就職先の事を話そうとも考えていたのだけれども、思わず口から出してしまいました。

でも、国規模の職場ですから色んな種類の方々の出会いがありますから、少なくとも暇にはなりませんし、鍛えて貰えますよ。

それに、運動神経も良さそうですけれど、皆さん帯剣の許可証はもっていないのなら、国の金で無料で免状が取得可能。

それに入隊をするにしても、軍人人生確約の本採用ではなくて、給料は少々下がりますが最近出来た2年ごとに更新の任期契約にしておけば、その後も結構融通が利きます。

軍隊の新人教育は正直に言って辛いですが、考えようによっては、最初がきつすぎるという所もあるぐらいで、その峠をこえたなら後は2年に一度の検閲前が厳しいくらいですかね。

その時期さえ除けば、通常課業を熟しさえすれば、空いた時間に仕事関係で取得出来る資格や免状を取れるだけ取って、退役する事も可能です。

そうですねえ、だといっても最初の2年の内、最初の半年は基本教育に時間を取られてしまいますから、4年程いた方が色んな物を吸収出来て良いかな』


ちっとも"思わず"ではなく、わざとら しく暴露したとしか思えない調子で口にして、自身は帯剣をしていない癖に、長々と喋った上に具体的な計画プランまで口にしてくる。


それだけでも十分呆れられるのだけれども、長々と計画を述べる前に口にしていたのと、任期契約を退役をした後、最高の機会タイミングという言葉を、双子は聞き流してはいなかった。

瞬きの様な時間の間に、互いに目配せをして鳶色の人物に向かっていつもの様に双子は口を開く。


『一体、俺達に入隊して辞めるまで軍隊に鍛えて貰って、その経験が誰にとっての』

『最高の機械タイミングになるか出来れば、教えて貰いのですが』


『……』


正直に言って半ば敵わない憧れの様な状態で口にしていた、"2人相手でも構わない両手の掌で転がせるくらいに、魅力的で、逞しい人"が存在するのなら、興味はある。


けれども、少しだけ、まるで言いくるめられる様にこの話に付き合わされるのが癪に触ってもいた。

その場では沈黙しているピジョンであるけれども、気持ちはやはり双子の親友とほぼ同調シンクロしている。

そんな3人の感情を、表情から拾い読んだ鳶色の人物は、不貞不貞ふてぶてしく笑う。


『まあ、本人が来たみたいだから話してみてよ……あ、グランドール、じゃなくてマクガフィン殿!。

こちらですよ~……、って何だアレ、珍しく凄く機嫌が悪いな』


丁寧と馴れ馴れしさを綯交ないまぜにした言葉で、オーロクローム某は3人組の後方に向かって長い指のつい掌をヒラヒラとさせて呼びかけていた。


鳶色の人物が姓名フルネームを分けて口にする物は、日頃を諾々《だくだく》と過ごしているだけと自覚している若人が揃って眉毛を上げる程のものだった。


『グランドール』

『マクガフィン』

『……って、え、本物?!』


自分達より数年年上であるのだけれども、その存在はセリサンセウムという国の民であるのなら、勿論知っている。


3人の若者が産まれてくる前に国が傾いた事での平定させた英雄、次いでその英雄が姿を消してしまった事で、自国を侵略しようと諸外国が攻め込んできた際に、それを退けた。


そして、諸外国の侵略を退けた後には世界規模の天災の原因を調査して解明し、セリサンセウムという国に盤石を齎したとされていて、それが3人の中で、教本テキストで学び記憶に残っている英雄の概要である。


英雄の姿を直接見たことがな いわけでもなく、特に、今鳶色の人が呼びかけている褐色の大男は、距離はあったけれども日雇いの労働バイトの際には幾度か見た事すらある。


この国の英雄は実際3人の若者達より"数年年上なだけ"と、一般的には思われるのだろうが、若い時分の"数年年上"と言うのは、何気に色んな意味で距離があった。


それは例えるなら国が運営する、子どもが希望をすれば通う事が出来る学び舎で、最年少の低学年と、大人からある程度の仕事も委ねられる最高学年といった感じの距離感と似ている。

低学年から見たら最高学年は、殆ど大人と変わらない―――決して届かない様にも思える存在。


ピジョンにシャムとシエル3人も、似たような想いと、しかも、相手が国の英雄となったなら本当に自分達からは遠い存在だと、無意識にそれは強く思いこんでいた。

そして、3人揃って振り返ったならオーロクローム某を介してある意味初めて、間近に接する事になる"好漢"と名高い、褐色の大男の英雄は、鳶色の人が言うように大層機嫌が悪かった。


『……何じゃ、いきなり呼び出して仕事以外の引きこもりは辞めたのか?』


そんな事を頑丈そうな歯を覗かせながら、褐色の大男は丁度3人を鳶色の人と挟み込むような形で背後に佇み、逞しい腕を組む。


それから溜息と共に、夕闇の中でも不思議と輝く、金の腕輪を嵌めている左の手首の方を、逞しくて太い首に回し、掻いていた。


その仕種からして、"不機嫌"と言うのもが伝わって来るし、それグランドール・マクガフィンが隠すつもりがないのも挟まれている、3人も察する事が出来る。


ただ察しながらも、"英雄の不機嫌な状況"に若人3人は戸惑ってもいた。

これまで数は少ないがは、英雄グランドール・マクガフィンと接した事はあるが、世間の評判通り"好漢"で、若者3人には、その印象が強く固まっている。


(え、こんな顔するの?)


この時ばかりは、双子と言わず、ピジョンを含めて3人揃ってそんな感想を声に出さないまでも、思い浮かべていた。

この時期のグランドールは国王からはこれまでの活躍で賜った土地を、王都近郊で多くの農家の理解と協力得て"農場"にしようと開墾整地を行っていた。


大きな作業になる時には、臨時の日雇いをグランドール自身からの資産から出して、指示を出したり日当を支払う時などに、簡単な"礼"を直接本人からかけられてもいる。


聞き取りに相手に関して配慮を意識している様にしか思えない程の、落ち着いた響きを持ったグランドールの低い声で、同性ながらに"良い声"で魅力的にも感じることの出来る物だった。


だがその声は、今は低く良い声なのだけれども、オーロクローム某が口にした通り"不機嫌"さが十分伝わってくる程、その中に滲み溶け込んでいる。


その不機嫌の原因は、どうやらこの場所に英雄を招いたと思われる鳶色の人物も判ってはいない。

オーロクローム某自身も珍しい物を見つめる様に、視線を無遠慮に丸眼鏡の内側から注ぎながらも、褐色の大男が口にした不機嫌そうな理由に関しても、鳶色の人物は先に尋ねられた事を応えていた。


『別に引き籠っているつもりはないけれども、いいや、ある意味、今も仕事の様な物。

と、いうか私の事はそれなりにやっているからいいとして、グランドールにしては珍しく、どうしてそんなに機嫌が悪いのさ?。

西側にいるって、キングスから聞いてきたから呼びかけて見て、今日はアルセンと呑みに行くから機嫌も良いし、"いい物件"を紹介しようと思っていたから』


『……その、飲み会が潰れそうなんじゃよ。何やら軍学校の訓練生3名程が、逃げ出してしまったらしくてのう。

軍学校の教育専門の部隊は、最低限の人数を残して皆捜索じゃ。

勿論、アルセンもそれに加わっているからのう。

で、良い物件ってなんじゃ?』


オーロクロームと英雄グランドールはそれなりに親しいのは言葉の調子でよくわかるが、今まで"好漢"という強いイメージを抱いていたものにしてはやや乱暴な言い回しにも、3人は聞こえた。


そして鳶色の人物に続いて褐色の大男が口にした"良い物件"と言う単語も気になったが、オーロクローム某が出した、3人の若者が聞き覚えがある名前に胸の内で首を揃って傾けていた。


『おやおや、それなら尚更"いい物件"をお薦めしたいねえ。

それに何しても、互いの唯一のストレス発散の日が潰れそうなら、好漢のグランドール・マクガフィン殿も不機嫌になるわけだ。

それで逃げた3人は見つかりそなの?……って、噂をすれば影っというか"鳩"だね』


オーロクローム某がそんな事を言いながら上を見上げたなら、それと同時に羽音が響かせながらそれなりの喧騒がある西側の街の上空を、白い鳩が舞い降りる。


鳩は当たり 前の様に舞い降りたその先は、いつの間にか腕を折り曲げた褐色の逞しい腕の金の腕輪を嵌めている手の先だった。


『今日は、本物リアルではなくて、"使い魔"の方だね。グランドールに、逃げ出したの3人を掴まえて本日酒盛りオッケーになった事を、早く報せたかったんじゃないの?』


オーロクローム某が口にした"使い魔"という言葉に、反応する様に白い鳩は今一度羽ばたいて、今度は逞しい肩の上に移動していた。


『私用の連絡かもしれんが、どこぞの賢者が造った、魔法の紙飛行機でも使えば良いだろうに』

『時にぶっとんだ事をするけれど、変な所で真面目な所があるからね』


グランドールが自分の肩に停まっている鳩の足首に美しい銀の輪と、手紙を収める為の小さな筒に太いが中々器用な指を伸ばして摘まんだと同時に、白い鳩はスッとけるようにその姿を消した。


間にいる3人は魔法はそれなりに見てきたけれども、動物を象ったものでこうやって姿を現したり消えたりする物は初見となり、思わず凝視ししてしまう。


『どうしたの?。その顔から見たなら、良くない報せみたいだけれども』


"そろそろこの状況から解放して欲しい"という考えが、間に挟まれ、使い魔の驚き硬直していた3人の間に浮かんでいた。


だが、それは鳶色の人の発言が聞こえた後に、使い魔からの便りを受け取ったこの国の英雄を見たなら、瞬く間に失せる。

鳶色の人も口にした"良くない報せ"の褐色の大男への効果は抜群の様で、普段なら凛々しく逞しい表情を表現する眉が、見事に眉間に縦に皺を刻み付ける作用を齎していた。


『……やれやれ、3人全員が、軍学校を抜け出した後に身内の所……、保護者の所と言うよりは、庇って貰える所に逃げて匿ってもらっていたらしいのう』


金色の腕輪を嵌めている左の手で、乱暴に褐色の肌よりは濃い茶の色をした髪が乱れる事も構わず掻き乱し、使い魔を使って送られてきた銀の輪と筒と手紙をズボンのポケットへとしまう。


それから、大きく息を吐き出して再び逞しい腕を組んでいたなら、漸く自分の前に固まっている3人が、以前自分が開墾作業していた時に日雇いにいた面子である事を思い出す。

特に双子の方は、同じ顔という事もあって特徴的だったし、その2人と仲が良さそうなのっぽの人の3人組は、日雇いの臨時ながらも特に仕事が早く、感心 した覚えがあった。


3人の組み合わせ(コンビネーション)が良かったのもあったのだろうが、当初の予定以上に作業が進んで大変助かったから、あの時は上機嫌で礼の言葉もつけた覚えがある。


自分が英雄という立場もあるので、3人組の方は十分自分に見覚えがあるらしく、それと日頃はそれなりに考慮して露骨に感情を出さないでいるのを、直面した事で驚いて固まっているらしい事にも、漸く気が付いた。


(それにしてもネェツアーク……"偽名使用オーロクローム"の状態で、良い物件という事は、人の紹介で、それがこいつらという事か?。

それにしても、3人の面構えから見たなら、"一切の了承"をとっていないで、話しを進めている可能性が高いのう)


"あの事"から旧友が随分と立ち直っている話に聞いてはいたが、予想以上の回復だったので、逞しい胸の内で驚きつつ、今は何かを認めている鳶色の人をグランドールは見つめていた。


『ああ、現実リアルや、親戚や、友人を含めて"お姉さん系"の所に逃げていたわけだ。不思議だよね、何故だか逃げだすとしたらそっちの方をみんな頼るよねえ』


そんな旧友グランドールや固まっている3人の考えなど素知らぬ感じで、鳶色の人は胸元から取り出した紙と携帯用の筆を使って何かを認め終えていた。

それからその書き終えた紙を手早く折りながら、今度はもう完全に友人に語り掛ける調子で話を続ける。


『それで、アルセンは―――というよりは、軍学校は見つけた3人を一度は連れ戻すの?』


『……それが、どうも物凄く難航しているらしい。

兎に角、軍学校というよりはその生活に戻りたくはないそうだと、さっきの手紙に書いてあったのう。

軍学校を辞める―――軍隊を除籍するにしても当人が戻らんと、手続きがどうにもならんと言うのに。

最近の若い者には、軍隊生活はどうも耐え難い物らしいのう』


好漢と名高い国の英雄が口にする言葉は、軍学校の生活へ耐えられる若人に辛うじて理解を示す様な旨を含んでいるけれども、醸し出している雰囲気は、落胆と共に呆れかえっている。


間に挟まれている、それなりに鋭い3人でも察する事が出来る位なので、付き合いが長い旧友でもある鳶色の人は、それを感じ取っていた。

ただ、鳶色の人も同じ様に呆れている部分もあるけれども、少しばかり思案している様子も滲 ませている間に、先程から紙に認めて折っていたものが仕上がる。


それは紙飛行機で、褐色と鳶色の間にいる3人は"どこぞの賢者が造った"という先程話に出ていた物だと直ぐに思いついた時には、オーロクロームとなっている人は、既にそれをすっかり夕闇になった空へと飛ばしていた。

紙飛行機は直ぐに夕闇の中に吸い込まれるように消えてしまうが、それで大丈夫らしく、飛ばした当人は視線をおろす。


『……まあ、平定されて侵略戦もあったけれど、その後の王都の城壁の内側だったら、生活苦があったとしても、人並みの生活は出来ていただろうからね。

家族が揃っている所で育った"お坊ちゃん"達には、余程強い志や規則の厳しい習い事でも経験していないと、縛りが多くて自由のなさすぎる軍隊生活なんて意味が解らないし、受け入れがたいのもあるだろう。

それにそんな心の弱い子は、軍の兵士にならない方が良いし、向いてない。

でも、それでも"耐えられるように"育てる、指導していく"側が研鑚けんさんしていく必要があるのだろうけれども』


今までの中でも一番淡々とした語り口で、そんな事を言った後に褐色の友人との間に挟み込んでいる様にしている3人を見つめた後、意味あり気に笑顔を浮かべる。


『じゃが、これ以上、規律を緩く、甘くしたら流石に軍隊としてどうかのう?。

公言こそされてはいなかったが、先の侵略の戦も、平和ボケをセリサンセウムがしているとの事だっただろう?』


鳶色の人に意味あり気に笑みを向けられドキリとしている所に、好漢の人の不機嫌そうな声が続き、結局所在ないまま3人組は挟まれた状態で、話しを聞かされ、付き合わされている事になる。


その話の内容に、まだ確信を得る事は出来ないままなのだが、妙な流れになっていて、その流れから離れたいのだが、この挟まれた状態では殆ど不可能なのはピジョンを筆頭に双子も判っていた。

そして、俗に言う"外堀を埋められている"状況を作られているのを犇々《ひしひし》と感じながらも、"外側"の話は尚も進んで行く。


『だから、平和な国の軍隊には、"一般市民の日常からは信じられない位厳しく管理を去れたとしても、軍に残っていられる精神メンタルを作る"っていう役割も、軍学校の生活の中で必要だっていうことさ。

それにしても今回は、多分相当考え込んだ上で、上官等には全く相談等もしないで、あの軍学校の鉄柵を乗り超えてまで会いたい、優しく匿ってくれる"お姉さん系"のその3名は逃げたんだよね。

じゃあ、その"逆"を考えないとなあ。

軍学校の指導者の皆さん、まだ"私たち時代"の姿勢スタンスでやっているのは時代遅れ……と言うよりは、"時代に合っていない"のを、そろそろ現場が把握しないと。

ねえ?』


『え?』

『ねえって』

『言われても』


褐色の大男の英雄グランドール・マクガフィンの登場から、黙っていた3人は、鳶色の人から同意を求められる様に、視線を向けた後、久しぶりに言葉を口にしていた。

ただピジョンは兎も角、双子の話し方にグランドールが少しばかり驚きながらも、旧友の話に応える様に頑丈な口を開く。


『そういう意見は、現場におらん者が言うのは"酷"じゃろう。

だが、時代に遅れと言うよりも、時代に合っていないという表現は妥当かもしれないのう。

……成程、そういう意味も込めてのこの3人か』


それ程相性という物は良くないのだが、付き合いの長さなら一番で"一緒に死にかけた"回数もそれなりに多い褐色と鳶色は、言葉もテレパシーを使わずに互い意志をそれなりに察していた。


グランドールは普段は好漢として、"常識人"として振る舞っているけれど、それはそれが都合がよくて、周囲も―――親友も安心してくれる"グランドール・マクガフィン"だと思えるからでもある。


そして、今一番付き合いの長い旧友が、一番大切な親友がこれからの”軍学校の教官”という日常を贈る上で、急な事故(アクシデント)に息抜きを潰されなくなる"案"を提案している事を理解していた。

旧友グランドールが己の提案を受け入れている事を理解した、オーロクロームと偽名を使っている鳶色の人(ネェツアーク)は、後輩アルセンからは冷ややかに注がれる様な笑顔を浮かべて続ける。


『そうそう、時代遅れの時代合わせに、内側からてこ入れが難しいなら、外側からぶち込めばいいんじゃない。

昔、どっかの美少年さんも軍学校を途中から、入隊したという"前例"があるんだ、今回も途中入隊があっても良いじゃないか。

それに、今回も3人抜けたというのなら そこの補填をしないといけないし、更に教育する側の訓練計画カリキュラムも組み直さないといけない。

それは組み直しする人が物凄い苦労する事になる。

今回途中で除隊する若人に文句を言う事もないだろうけれども、夢に見て怯えるような蛇の様な面構え浮かべて、超不機嫌で組み直しをするだろうけれども、その時間も勿体ない。

ついでに組み直しをする事になる人の、職場の同僚さん達もその雰囲気、気まずいだろうし』


そう言って更に、上機嫌そうに笑って褐色の大男との旧友に挟む様にしていた3人の若人を改めて観察する様に眺める。


『今回除隊させたとして、新たに3人入れたなら、今までやったのに追いつけるように詰め込みをするか、それとも別で3人を教育するしかないよねえ。

でも、君達優秀だろうから、普通の人なら月が一回りで仕込む基本教練も、いつもは補助に回っている美人の年上教官に、七日程みっちり教えて貰ったら余裕で追いつけそう。

ああ、でもそれならいっそ、飛び級式に出来るのとかも良さそうだよねえ。

今度、ロドリーに新しい教育課程カリキュラムとして、提案しようかな?』


意味あり気に"美人の教官"という言葉をオーロクローム某が口にするけれども、流石に3人とも、軍学校というのなら、その教官が"男性"という事は思い至ったので今回は揃って無表情となる。

その反応に"流石に美人でも"男"って判ったかな?"、という鳶色の人の揶揄いにも、冷静な3人の姿をに苦笑いを浮かべながらも感心しつつ、グランドールが返事を口にする。


『飛び級式は兎も角、確かにこいつら3人を途中入隊をしても、お前の言う通り集中して基本教練をして追いつかせたなら、除隊した奴らの穴も埋められて後の訓練も十分についていけるだろうのう。

前に農場の作業を日雇いでしてくれた時も、それは見事に段取りを説明した以上に状況を把握をして、割り振った以上の仕事をしてくれておった。

にしても、お前らは2人揃っているとそんな喋り方をするんだのう、あの時は離れていたから、普通……というのは、変かのう?』


『俺達の事覚えて』

『いたんですか』


双子は驚いていたけれども、まるで要求リクエストに応える様に、独特な喋り方をしたなら、褐色の大男と鳶色の人を"おおっ"と声を揃えて出させることに成功していた。

それからグランドールは"当然のお前の事も覚えている"という態で、ピジョンの方に視線を向けて更に口を開いていた。


『それで、残りの1人も併せて3人で仕事を見事に回していたからのう、農場が落ち着いたなら、働いてみないかと日雇いの時の履歴書もあるから誘おうかと、頭の隅で考えていたんじゃよ。

なんで、こういった形で再会する様になるとは、予想外だったのう』


最初は、親友との息抜きの飲み会が潰れそうだと不機嫌状態で全く気がつかずにいたのだが、顔を合わせて思い出したなら丁度良かったとばかりに、そんな言葉を今は農場を大木薬事に努めている英雄は口にする。


『え、何?。グランドール……マクガフィン殿も、既に眼をつけていたってことなのですか?』


今更感満載で、オーロクロームがこの国の英雄に対して親し気な 口調を改めて、丁寧な言葉で確認を取ったなら、躊躇いなく頷かれた。


『じゃが、ネ……オーロクロームは、何にしてもこ奴らを先ずは軍隊にいれようと目論んでいるというわけじゃな』


『ああ、使える人材なら、―――マクガフィン卿のお墨付きもついたなら、多少の融通を聞いてくれると思いますので』


まるですっかり決まってしまった様に話しを進めるこの国の英雄と"オーロクローム"という名前以外、詳細の知れていない人物のやり取りに、ピジョンは口を挟んでいた。


『ちょっと、待ってください。俺達、というか、少なくとも俺はまだ軍隊に入る気はないですよ?!』


正体の知れない鳶色の人物は兎も角、褐色の大男でこの国でもあるグランドール相手には、反対する意見を口にするのに勇気を使いながらも、はっきりとそう意見を口にする。

ただ、親友でもあるシャムとシエルのフクライザの双子がこの国英雄から自分達の事を覚えていてもらっていた事に、少なからず感動をしているのも確りと気が付いていた。


"前に農場の作業を日雇いでしてくれた時も、それは見事に段取りを説明した以上に状況を把握をして、割り振った以上の仕事をしてくれておった。

にしても、お前らは2人揃っているとそんな喋り方をするんだのう、あの時は離れていたから、普通……というのは、変かのう?"


(悔しいというとかいうわけでもないけれども、このオーロクロームっていう人の言っていたシャムとシエルの理想に、確かにグランドール・マクガフィン様は叶てっているんだよね)


"ただ そんな感じで、君達双子が仮に上司にも求めるとしたなら、2人相手でも構わない両手の掌で転がるくらいに、魅力的で、逞しい人"


(俺は、1人でなんとかなるけれども、シャムとシエルは産まれた時から双子で、しかも"仲が良い"し、恋人じゃあないけれども、理想の上司で、しかも"両想い"になりそうなら邪魔したくはないな)


今の様な気楽な状態も悪くはないとも考えてはいるけれども、一生このままではいけないというのも弁えている。

だから、"少なくとも俺はまだ軍隊に入る気はないですよ?!"という言い方になってしまった。


『いや、ピジョン。一応、正直に言って、俺達も少しは』

『考えてもいるけれどもまだ、軍隊に入ると決めた訳でもないぞ』


『おや、双子のお兄さんはそれなりに前向きになってくれそうですね。

でも、のっぽお兄さんの方は、まだまだ乗り気ではないみたい。

何にしても今回は3人が入れ替わる様にする、途中入隊は色々とお得な事になりそうだから、本当にお薦めなんだけれどもなあ。

色々な手続きはすっ飛ばせますよ?』


気心が知れている親友でもあるので、気持ちが揺れている事をズバリと出されてたが否定はせず、だが決心はついていないという、正直な考えを双子がいつもの調子で口にする。


付合いとしてはほんの数十分だが、双子の心の揺れを機敏に感じ取ったの鳶色の人物は、それから"もしも普通に軍学校に入隊するとなったなら"書類、役所からの手続きなど事細かくそれは丁寧に説明をする。


それは聞いているだけでも"うわあ、面倒くさい"と言葉を思わず口から漏らしてしまいそうな内容だった。

そして双子の方は実際に"うわあ、面倒くさい"と珍しく言葉を分ける事はなく揃って口にしていたので、その手続きのややこしさを際立たせ、褐色の大男に苦笑いを浮かべさせる。


『さて、双子君が口を揃えて面倒くさいと口に出して認めた事を、途中入隊で入るなら省略出来ると言ったとしても、それでも、ピジョンさんの方は軍学校に躊躇う物があるみたいだね。

確かに、面倒くさい手順を省くだけであって、時間の短縮にはなるけれども、内容量としてはきっちり基本教練も基礎の訓練も受けて貰う事になるから、それは仕方ないのかな。

現にその訓練がきつくて、これは性に合わなかったというべきなのかもしれないが3名程逃げ出しているのが現状です。

その後処理に、英雄であるマクガフィン卿の親友で、同じく英雄で軍隊に残っているアルセン・パドリック卿までが、捜索に軍学校から出ている始末です』



『ああ、そうだ、聞き覚えがある名前だと思ったら』

『そうだ、もう1人の英雄の名前だった』


双子が、先程褐色の大男がごく自然に口にしてい出していた名前と、その人物がグランドールと共にこの国で担っている役割について、思い出し、いつもの調子を取り戻して口を開く。


『……ワシも強く薦めるつもりはないんだが、この前の日雇いで働いて貰った時の、お前達3人の動きは本当に素晴らしかった。

それが軍に入り、色々学び密に接する事で、更に素晴らしい事になると思う。

もし、この先、時間の使い方や道の進め方に、お前の中で予定や志が決まっていないのなら、親友達が乗ってみようという流れに、付き合ってみても悪くはないと思うのだがのう』


好漢と呼ばれる英雄までも勧めてくれている、でも、ピジョンの決心はつかない。



『でも、この方が不貞不貞ふてぶてしく笑っていたなら、乗りたい流れにも乗れないものですよ、グランドール』


新しい声が割って入って来る。

それは直ぐに"男性"の声と解るもので、耳触りの良く、先程鳶色の人物と入れ替わりにこの場から"退場した"、黒髪の美人の嫋やかさとはまた違う、強い魅力があった。


『最初が喧嘩腰と言いますか、自分がお気に入りの親友と話していたからと嫉妬心丸出しで相手をされていた人物に薦められたら、好条件を提示したとしても気の良い優しい方でも承諾しにくいというものです』


その声の人物は鳶色の人の後方から姿を現し、視線は自然とそちらの方向に集中する。


鳶色の人と褐色の大男の間に挟まれている状態の3人は、この国の軍服は城下も警邏する兵士の物や、事あるごとに国の行事の際に見かけてもいたので記憶にある。

けれど、オーロクローム某の後方から姿を現した人物が身に着けている物は初見だとしても、"軍服"と思えるのだけれども、誰も身に着けている事は見た事がない。



ただ"見たことがない"という表現に当て嵌めるとしたならばその軍服よりも、それを纏っている中身の方が印象が勝った。


(本当に同じ人なのか?)


そう感じ、考えてしまう程、顔立ちが整っている初見となる人物だったけれども、その名前の方は直ぐに思い至る 存在がいる。

義務の教育の、この国の歴史を学ぶ上で最後の方、一度読む程度で聞いた事はあったし、日報でも若人向けの物には偶に記事になる事もあり、その姿はいつも賞賛されるものだった。

だからある程度、名前とその姿は知っているつもりだったけれども、直に見る事はこれまでない。


『何じゃ、てっきり西側の方から姿を表すかと思っていたなら、東側から来るとは意外だったのう』


褐色の大男がごく親し気に話しかけているのが、本人自身がおおやけにする事を了承している、残りの英雄であるアルセン・パドリックだった。


"澄ました"とも表現できる綺麗な顔の眉間に縦シワを刻んで、眉毛の両端を下げて至極"困った"事を感じさせる表情を浮かべた後に、小さく息を吐き出し、胸の前で腕を組む。

そこで何時も見かける軍人たちと明らかに違う、白い手袋を嵌めているのに3人は気が付く。


『除隊なさるだろう3人の所在は掴めましたからね、後はお任せして、帰り道のすがらに使い魔を飛ばして連絡をしました。

後は説得して、手続きをして貰おうという事なんですが、そこからが連絡した通りです』


少しばかり大袈裟にも見える様子で溜息を吐き出している、その様子を見ながら丁度横並びの状態になっている、鳶色の人が口を開く。


『まあ、アルセンから見たなら"根性足りない"っていうか、逃げだすなら入って来るなって感じだろうねえ』


その言葉には困っている表情から、澄ましている物に変えて横目でチラリと鳶色の人を見つめながら形の整った唇を開く。


『そんな事はありません。ただ、逃げ出す勇気を持てるなら、一言辞めたいと相談でもしてくれる勇気を、軍学校の誰かしらに出してくれれば良かったのです』


それから少しだけ目を伏せて俯き、恥らうといった雰囲気の表情を浮かべながら再び唇を開いた。


『でも、勇気を出してまで、相談を出来るような相手が軍学校にはいなかったようです。

だから逃げ出したい3人で話し合って協力して……という顛末だったわけです。

不甲斐ない限りです』


『……ふむ、アルセンは気が付かなかったのか?。

その逃げだしたいと思っとる3人の様子とか、お前なら気が付きそうだがのう』


今度は褐色の大男が話しかけたなら、更に落ち込むのと恥じ入るのを加えた調子で、話しを続ける。


『……一度だけ、その3人に、私なりに出来るだけ緊張感を与えない様に話しかけたのですが、その、"大丈夫です"と3人共に言われてしまいました』


『ふむ、この国で唯一軍隊に残った綺麗な最年少の英雄には、意地を張りたかったという所かのう。

まあ、意地の張りどころを間違えておるのを教えてやるのは、お節介過ぎると思って口には出せなかったというところか?。

それとも、それ以上お節介をする事で、彼らの誇り(プライド)を傷つけない様に変に気遣ってしまったという事かのう。

そしてその結果が、これか』


"好漢"と評判の人にしては、随分と冷淡に感じられる声でもって同じ立場でもある綺麗なこの国の英雄に語り掛けている事に、驚いてこれには3人が揃って見てしまっていた。


『お恥ずかしい限りですが、その通りです』

『そんな相手こども誇り(プライド)まで気にしなくていいのに……』


褐色の大男が冷たくも感じる言い様に対し、鳶色の人の方は、冷たさよりも呆れているといった様子で、そんな返事をこの国の英雄に対して行っていた。


(殆ど、礼儀を払うのを忘れてはいるけれど、この鳶色の人、グランドール様に確か……アルセン・パドリック様……と、親しいのか?)


ピジョンを筆頭にフクライザの双子を含めて、そんな疑問を思い浮かべながら、感覚的にはいつの間にかに集まっていたこの国の英雄達と、その2人と親し気に話す得体のしれない鳶色の人に視線を向けていた。


何にしても、英雄相手に軽口をきいている事は、"今時の若者"で、世間から礼儀がなっていないと言われもする年代の3人でも、畏れ多いとも考えはする。

ただそんな3人の考えを知ってか知らずか、英雄2人を含む鳶色の人は軍学校、どうやら彼等自身の過去の話を進めていた。


『私は軍学校の訓練生時代に、とても気を遣って頂きました。

辞めたいと思っている方の心の強さは足りなかったか、軍隊生活が性に合わなかったか判りません。

でも、一度は決心し、セリサンセウムの兵士になろうと軍学校に入校してくれた青少年に私も、昔していただけた様に接しようと考えたのです』


少しばかり落ち込み、そう語る見たことがない様式の軍服を纏った美人は、組んだ腕から白い手袋を嵌めた指を、唇に当てながらそう言葉を漏らしていた。

落ち込んでいる美人に、先程までは冷たくも聞こえる物言いした褐色の大男の方は、逞しい右手は腰にあて、金色の腕輪を付けている左手で 、後頭部を髪が乱れるのも構わず掻く。



『アルセンと今時の若人では、軍学校に入る前提も覚悟も全く違うだろうに』


片眉だけを動かし眉間に寄せて、困っているとも不機嫌とも言える表情を作り、頑丈そうな歯を覗かせながら大きな口を開きグランドールがそんな事を告げた。

その言葉に鳶色の人は軍服美人の横に佇みつつ、盛大に頷いている。


『そうそう、アルセン……パドリック様が、入校時分に教官をなさっていたマクガフィン卿が気遣ったのは、先程仰った通りですよ。

前提と覚悟が本当に大違いですから。

というか、アルセン・パドリック殿の場合は、"死んでも軍隊やめるものか"って勢いもあって、教官の立場になるマクガフィン卿が見張っていなかったならいつも無茶していたでしょう?。

訓練で急に動かなくなったと思ったら、大体が体力の限界で失神してて慌ててマクガフィン卿が横抱き(姫抱っこ)で医務室に運んでいたのですから』


一応、立場という物をを思い出したのか、ほんの僅かだけれども口調を改めて少々人の悪い笑顔ではあるけれども、懐かしむ様に鳶色の人はそんな事を口にしていた。

ただ、そんなふざけた物言いながらも、それがとても具体的であり"情”が籠っているもので、鳶色の人が、2人英雄が訓練生と教官の時代を間近に見てきたことを伺わせる。


それは挟まれた状態になっている3人共に、感じ、考える事になった様で改めて鳶色の人を観察する事になる。

オーロクローム某は、先ず成人はしているだろうし、少しばかりふざけた飄々とした調子だけれども、自分達3人みたいに日々を適当にやり過ごしている感じは、不思議と感じさせない。


先程”いやあ三十路を前にまた一つ勉強になった”と公言していたので、多分にその通りだとも思えた。


3人が教本テキストから学んだことと併せて考えたなら、年齢で言うのなら、この国の英雄であるグランドール・マクガフィンと同じ位に感じさせる。



―――多分、面識以上の繋がりや友好関係はあって、年齢の予想が当たっているのならこの鳶色のヤツはグランドール様と、軍隊の同期。


―――話し方の具合から見ても、アルセン様は今は英雄という事で、立場は上だけれども、後輩と行った所。




3人の考えが大体同じように纏った頃、男性ながらに美人の印象が強いアルセンが自分の横に佇む、鳶色の人を綺麗な緑色の瞳で睨みつける。


『……確かに私から軍学校時代の話を口にはしましたが、現場にいたかもしれませんが、貴方の口から私の失敗談を話されるのは面白くはありませんね』


極めて"不快"といった表情と感情を隠さずに、美人の軍人はオーロクローム某を睨み続けながら、そう告げる。

美人という印象は強いけれども今はそれ以上に、"いきどおり"の感情を醸し出し、鳶色の人に対して向けていた。


当時は、基礎の基礎位しか魔法については学んだいないピジョンとシャムとシエルの3人でも、美人の軍人の周囲に、その憤りの感情と、そして"セリサンセウムの英雄"の強さに惹かれて、炎精霊が集まっ来ているのを感じられる。


ただ、初対面の3人ですら美人の軍人が非常に憤っている事を弁える位の状況なのに、鳶色の人に関して言うなれば、至って飄々とした様子であった。

アルセン・パドリックの"憤り"に全く気が付いていないが如く、長い指が付いた掌をヒラヒラとしてしてみせた上で、更に話を続ける。


『いやいや、これは失敗談ではないですよ』

如何にも真面目な表情を浮かべ、極真剣な面差しで中指で丸眼鏡を押し上げながら鳶色人は、美人の軍人の怒りに気圧される事なくそんな事を口にする。


それから不貞不貞ふてぶてしい笑みを浮かべて、ヒラヒラとしていた手を腰に当てて悪びれることなく更に続ける。


『今でも類稀たぐいまれと表現しても障りがない、秀麗の面立ちの英雄アルセン・パドリック様ですが、当時、それは美少年と例えられるのが当たり前で、天使とも一部では呼ばれていました。

でも、その天使みたいな外見から考え及びもつかない、がむしゃらな努力で目標を掲げて、それに向かって軍学校で驀進していました。

少なからず才能等はあるでしょうけれども、先程言った様な訓練中に失神する程の努力あってこそでの、今のお立場です。

でも、そこにいる3人、いえ、逃げ出した3人や、その他の周りの人々も、アルセン・パドリック様の軍学校時代を見ていない方々は、そんな風には思っていないかもしれない。

"グランドール・マクガフィン様、アルセン・パドリック様はきっと9割くらいの才能と1割くらいの努力で、英雄になったのだろうなあ"

そんな位の事を、もしかして思っているかもしれませ んね』


不貞不貞ふてぶてしいながらも、丸眼鏡の向こう側にある髪と同じ鳶色の眼は、鋭いままで、相変わらず間隣から注がれる美人の睨みをものともせずにそんな事を、はざまにいる3人に向かって口にする。

その3人は、美人の軍人の醸し出している憤りの圧力プレッシャーと、怒りの感情に呼応する様に集まっている炎精霊の影響に恐れ入りながらも、鳶色の人が言葉にした内容も確りと聞き入れていた。


鳶色の人から"英雄は最初から英雄になったわけではない"という旨で、ある意味では当たり前の事を念を推す様に言われたのも、理解をしている。

だから、"そんな事は解っています"と、3人の内の誰でも返事をしても良かったのだろうけれども、誰も声に出す事がなかった。


そして出せない事で、ほんの僅かではあるけれども、"グランドールにしてもアルセンにしても特別な部分があったから、この国の英雄になれたんだ"と考えている己に気が付く。


日々諾々と過ごしている、自分達にはない物を生まれながらに持っているから英雄になれたのだと、無自覚に逆差別の考えを抱えていた。

英雄の間に挟まれた3人の察した面持ちに、鳶色の人は、顔から不貞不貞ふてぶてしさは退かせたなら、今度は冷静な眼差しで胸の前で腕を組むんで、再び話を始める。


『そんな"努力の話"、アルセン様からしたら御自身の恥、"恥ずかしい"話かもしれませんが、それを伝えて、何度も医務室に運ばれた話も、訓練生達には有効な交流コミュニケーションとして使えたと、私は思いますよ。

世間的には美人の軍人、しかも英雄だという認識が、一人歩きをして、その姿に似合う洗練された印象イメージが強くて、逃げ出した情けない訓練生《自分》の心情を相談したくても出来なかった。

若しくは、軍学校に入ったのは良いけれども逃げ出したい自分の気持ちなど、産まれた頃から優秀で、しかも容姿まで端麗な英雄に話しても惨めなだけだとも、思っていたかもしれない。

簡単に英雄になれないという事を十分弁えた上で、教官にも迷惑をかけ、それでも血反吐を吐くような努力を続けていたからこそ、辿り着けた目標という、"情"に訴える部分を利用したなら、逃げだす前に……。

……って、アルセン、どうして私の背後バックに回っているのかな?』


不貞不貞ふてぶて しさを取り除いたオーロクロームの最初の方の言い様は、多少上からかもしれないが、結構真面目に、"アルセン・パドリック様"に対して助言アドバイスをしている様にも見えた。


だが、当のアルセン・パドリック様は鳶色のオーロクローム某が言う通り、憤りの雰囲気オーラを醸し出しながらも、いつの間にか気配なくその背後に回っており、3人とも驚くことになる。


ただ美形の軍人が、移動していたのに気が付いた事で、自分達《3人》が鳶色のオーロクローム某の話しを集中している注目していたのを自覚する。

そんな中で、次に続いた声は、この国の英雄であるアルセン・パドリックの平坦な声だった。


『……オーロクローム"さん"によれば、私が情の面を隠しているつもりはありませんが、表に出さない事が、相談をしたくても相談されなかった要因ファクターだと仰る。

それなら、今、私が抱えている正直な気持ちを曝け出すことで、除隊させる3人の代わりに入ってくれるという、そちらの3人の方も、私には色々相談しやすくなるということですよね?』


『え』

『え』

『え』


端的に起こった出来事を表現するのなら、アルセンがオーロクローム某の背後に回り込んで腰を両手で抱え込み、自身アルセンの両手を相手《オーロクローム某》の、凡そ臍のあたりでしっかりと掴む(クラッチさせる)


『今なら、後ろは誰もいないから大丈夫、問題ないのう。

受け身もとれるだろう』

『ちょっ、え?!何!?物騒な―――ってえ!』

『―――っ!』


間に挟まれた3人が一言しか言えない間に、その背後にいる褐色の大男が滑らかにそんな言葉を口にしたなら、鳶色の人は俄かに慌て、美人の軍人は何やら腹に力を入れるような声を漏らしていた。


美人の軍人は見慣れない軍服を纏った身体を勢良くオーロクローム某の体を抱えたまま後方へと反り投げ、よく運動の際に柔軟ストレッチで見かけるブリッジの姿勢をとる。


アルセンは自身よりも背は高いオーロクローム某を抱えておきながら、全くフォームを崩さず揺るがさずに落下フォールをさせ、肩口から鳶色の人の身体を街道に砂煙を上げて叩きつけて人間橋スープレックス決めていた。


場所的に主道路メインストリートである石畳を外れた場所で店の前 は、金物屋の店主の趣味であろう、柔らかそうな土に植えられた芝生の為に、砂煙こそ上がったが、音はそこまでしない。

ただ近くにいたなら、人間橋スープレックスがオーロクローム某に決まった直後は、十分その衝撃は足元から伝わって来ていた。


『ふう』


そんなに間を置かず、アルセンがクラッチしていた腕を外して、天に向かって伸びていたオーロクローム某の脚は横にずれ、身体はそのまま横たわった状態になった所で、アルセンが反った身体を起こす。


『最近、体術の方は組み手をしてなかったのですが、巧く行ったようで何よりです』


小さく息を吐き出し、そんな言葉をを形の良い唇から零しつつ少しだけ乱れた軍服や金髪でサラサラしたものの乱れを、白い手袋を嵌めた手で手早く整えた。

そんな美人の軍人に助言アドバイスする様に、グランドールが茫然としている3人の後ろから声をかける。


『ふむ、アルセン。出来る事なら踵を上げて爪先立ちになるよりも、ベタ足で着けておいた方が良いと思うのう。

踵を上げると落とす(フォール)時に、その分ベタ足よりブリッジとしての安定感は減少してしまうからのう』

『はい、グランドールに、次の機会があった時にはその様にしたいと思います』

『……毎度思うんだけれども、アルセンってグランドールには素直だよね』


褐色の大男と軍服の美人のやり取りに、鳶色の人が横たわったままそんな声を出し、意識がある事に、ピジョンとシャムとシエルは揃って口を丸く開けていた。

ただ言われた軍服の美人の方は、はまるで子供の様にツンと澄ました表情を浮かべ、腕を組み、褐色の大男の方は苦笑いを浮かべている。


『さて、私の世界はちょっとまだグラグラするけれど、身体は起こすかなあ』


相変わらず横たわったままそんな言葉を口にして、オーロクロームは先ずはゆっくりと上半身を起こして、軽く頭を振ったなら恐らく三十路手前の二十代だろうに"よっこらせ"と立ち上がった。


結構大掛かりな事が行われたのだが、出来事自体は非常にスピーディーだったこともあって全てを見ていたのは、当事者以外では正面にいることになるグランドールを含めた3人、合計4名となる。


なので、多少人目は引いたが殆どの人物が家路に戻る時間と言う事もあって、西側は殿方が大勢いうのもあり、

"ちょっと早い時間に出来上がった酔 っ払い(鳶色の人)を窘めた軍人アルセン"

という風に捉えて再び足早に進み始めていた。


それから軍服の美人が、鳶色の不貞不貞ふてぶてしい人に人間橋スープレックスを決めたのを目撃してから、呆気に取られている若者3人に向かって、オーロクロームは口を開く。


『……と、ここまでを見てわかる通り、まあ、英雄と言えども、本来は非情に人間臭いというか、普通の仲の良い人付き合いの中では、親しき仲にも礼儀あったり、著しくなかったりもする。

というか、私が言いたかった"自分の情を曝け出す"って、こういう意味である様で、無いんだけれど……アルセン……様』

『おや、私としては本当の意味で、"正直な気持ちを曝け出す"を行ったつもりなんですけれどね』


気のせいでなければどことなくスッキリとした表情を浮かべ、とても綺麗な良い笑顔を作り、この国で英雄アルセン・パドリックは、褐色の大男の親友の前で固まっている若人3人を見つめて、改めてにこりと笑う。


『ここまで、"見たのです"。どうですか、途中入隊の、任期契約となりますが軍学校に入ってみませんか?』


アルセンは3人に向けて語りかけてはいるのだが、その言葉を主に向けられているのも、特に影響を受けているのもピジョンであるという雰囲気を、その場にいる一同は当人を含めて感じ取っていた。


加えて語り掛けているアルセンの方は同じ様に感じつつも、のっぽで優しそうな青年の両隣にいる双子の"兄さん"達の心中から滲み出ている物があるのを、察していた。


シャムとシエルはどちらかと言えばその後ろにいる、自分の親友グランドールに興味を持つというのもあるけれども、尊敬と憧れという感情を抱いているのを感じ取れる。

それはかつて、アルセン自身が訓練生の時代に、今は親友だが当時は、敬愛するアングレカム・パドリックとそっくりな肌の色という事もあるけれども、"憧れる先輩"であった相手グランドールに、似た様な想いを抱いていた過去があるからこそ、察するものがあった。



(ただ、双子のお兄さん達はグランドールの役に本当の意味で立ちたいと考えているのなら、やはり一通り軍隊の生活を体験をしておいた方が良いでしょう。


丁度任期契約が4年程で終わる頃には、今は順調に拡大をしている農場の経営状態を一度見直す時期になる。

そこ に、グランドールの補佐的な立場になれるように、軍隊生活の間に実績を積ませておくことも出来る。

それに、マクガフィン農場で働いている農夫の方々は、平定や侵略の大戦で兵役について、その後退役なられた方が多い。


一度軍隊の生活を熟せた―――というよりは、耐えた方の方が、グランドールの農場で仲間に認められて、働きやすい事になるでしょう)


美人の後輩(アルセン)が無自覚に、"親友グランドールにとって一番有益な人選を考えている"のを、それなりに受け身を取ったけれども痛む後頭部を、鳶色の人が撫でながら呆れつつ髪と同じ色の眼で見つめ、これまでの流れを省みる。



(グランドールの名前を使ったら、あっさり"釣れて"くれるのは、訓練生時代から変わらないなあ)


"Because useful human resources were found for a best friend, let's incite together.

(親友グランドールの役に立ちそうな人材を見つけたから、一緒に唆さない?)


敢えて日常的な言語を使わずに、回り諄く旧友グランドールを異国の文字で表現し、魔法の紙飛行機を使って連絡をしたなら間を置かずに後輩アルセンは姿を現した。


そして姿を現したのと同時に、3人の若人の向き不向きを選り分けている事に、目論み唆した当人《オーロクローム/ネェツアーク》なのだが、心中では人間橋スープレックスを久しぶりに喰らった事もあって苦笑いを浮かべていた。


(暫く、"育休"貰っているからって、私も少しばかり平和ボケをしてしまっているかもしれないなあ。

後輩アルセンに簡単に背後取られて技を決められるようじゃあ有事の時に、巧く身体を動かせないかもしれないし、暴君《ダガー・サンフラワー陛下》にどやされかねない。

かといって、"あの子の育児"には絶対手を抜かないけれど……って、そろそろ戻らないとなあ。

キングスが折角ご飯作ってくれているし、でんでん太鼓も作ってやるって約束したのに)


賢者としてまつりごとに関わる事は出来きず、"英雄殺しの英雄ネェツアーク"という責任からも逃れているつもりもないけれども、今自分ネェツアーク・サクスフォーンが、国王ダガー・サンフラワーから課せられている役割はやり遂げたいと、不貞不貞ふてぶてしいながらも考えている。


けれども、曲がりなりにも英雄という立場でもあるのに、その役割を果たせない事を全く気にせずに、何よりも大切な"姪"の世話をやけるのは、残った2人の英雄アルセン・パドリックとグランドール・マクガフィンのお陰でもあった。


だから、その2人が少しでも効率的に、セリサンセウムという国の英雄の役割を熟した上で、親友達の個人の(自由な)時間を持てるように、補助サポートに特化した人材をいれられたならと、常々考えていた。


そして今日という日に、"見つけて"、国最高峰の仕立屋(キングス・スタイナー)英雄達グランドールとアルセンの、"お眼鏡にかなった"。


(ここまできたなら、後はグランドールとアルセンに任せておけば大丈夫だろう。

というか、多分ここから逃げたら、このお兄さん達、城下でもう気楽につるめなくなるだろうし)


オーロクロームーーー偽名を使い、久しぶりに"人"の姿に戻っているこの国の賢者ネェツアークに、幸か不幸か眼をつけられた3人の若人は、諦めを含んだ覚悟を決め、口を開いていた。


『いや、何と言うかここまで見せられて』


『軍学校に入隊しませんって言える程』

『空気読めないわけではないので』


まるでピジョンにまでも双子の以心伝心が通じてしまったように、3名で返答を行う。

賢者が目論んだ通り、"ここで、断ったならこれから城下街で万が一自分の国(セリサンセウム)の英雄と遭遇した際の空気に耐えられない"というのが、3人の中で共通する結論に至ったらしい。


了承した事で、これまで3人に(いきなり)軍隊への就職を薦めていた鳶色のオーロクロームに代わり、話の主流は、自然と見慣れないが、軍隊に所属している事が判る"軍服"と解るもの身に着けているアルセンに移る。


自分に注目が集中しているのを、確認してから軍服の美人は話しを始める。


『そうですか、先ずは、いきなりとなりますが、こちらのオーロクローム氏の提案を受け入れてくれた事、ありがとうございます。

あなた方3人が、この度除隊される方の代わりに入ってくださるという事で、取りあえず大きな教育課程カリキュラムの変更をしなくて済みそうです。

先に入校された方よりも、遅れている分に関しては追いつけるまでは、私が責任をもって指導しますので、よろしくお願いします。

基本教練のみなので、及第点を超えたなら取りあえず次に進んで、今入校している方に追いついたな ら、そのまま合流していただきます。

最終的に試験もありますが、その時には公平を期すために同期生と共に教練に励んでください。

評価と言うよりも、適正で配属される先が決まるのですが、どうせなら選択の幅が広い方が良いでしょうから成績が良いのに越したことはありませんから、頑張ってください。

あと、一応、結構強引に誘っている自覚はあるので、一度話を持ち帰って家族にご相談、いえ"ご報告"しても構わないのですよ?。

数日間は無理ですが1日2日なら、3人分の訓練生が不在の事は、どうとでも理由はつけられますので』


アルセンがそう口にすると、そこの所は後で何らかの連絡をすれば大丈夫だと、3人揃って口にする。

義務の教育を終え、就職も進学もしなくても特にうるさくない、のっぽと双子の親であったが、娘ではなく息子ということもあるのだろうが、余程天候が荒れてない限り、家に留まる事は良しとはしてくれなかった。


『だから、そこらへんは大丈夫だと思います』


『寧ろ、就職を決めてから落ち着いた頃に戻った方が』

『喜んでくれると思うので、ご心配なく』


2人の英雄と、鳶色の人は3人の親の話について少し興味深い視線を向けていたが、特に何も意見をすることなく頷いていた。


『解りました、それでは今から軍までご案内させていただきます。

それと、グランドールは兎も角、オーロクローム氏は"家族"が家で待っているので、そろそろご退場になる様です。

そうだ別れる前に、簡単に彼の素性を説明をさせていただきましょう。

多分、もう暫くはお会いする事もないでしょうから』


"暫く会う事もない"という言葉には、揃って若者3人の視線が向けられると、未だに後頭部を擦りながら鳶色の人は比較的、人当たりの良い笑みを浮かべていた。


『最初にも言ったけれども、私は社会復帰のリハビリというのもあるけれども、まだ暫く"育休"中なんでね。

勘を忘れない為に、今日は久しぶりに外出していて、預けていた荷物も受け取れたし、君達と出逢って鈍ってないようなのも確認できて何よりだよ。

それにアルセン言う通り可愛い家族がまっているんでね、そろそろ城門も閉まる時間だから、御先に失礼、それじゃあ、御達者でね』


そう早口でもあるけれども、活舌良く言ったなら、実にあっさりと纏っていた緑色の長いコートを翻して、鳶色の人は城門のある東側に向かって言ってしまった。

それから再び呆気に取られている3人にアルセンが説明を続ける。


『オーロクローム氏は別に国の役人というわけではないのですが、"仲介ブローカーみたいなこと"を生業にしていらっしゃいます。

ただ、一般的な仲介とは少しばかり違う所もあるのですが、まあ、私やグランドールと話していたら立場忘れて、慣れた口調になる事で各々《おのおの》察してくれると、有難いです』


『その、高い身分の方が何気に多いという事ですか?』


ピジョンが代表する様にそう質問すると、美人の貴族も褐色の大男も少しだけ顔を見合わせて、ニヤリと微笑んで頷いた。


『ええ、自分で言うのも烏滸がましいですけれど、あの人と付き合う人物は何気に驚く方が多いので、気を付けた方が良いですよ―――』


それから、アルセンを先頭にして殿しんがりがグランドールと言った具合で、軍の入り口となる中央に向かい、鉄柵を抜けて軍学校の門を5人は潜った。

グランドールが"今夜はどうせ酒をのめんから、手続きを手伝うわい"と、大きな体躯とは似合わぬ細やかさで、書類を次々と仕上げていった。


そして翌日から、早速その綺麗な顔から考え及ばぬ様な"教官アルセン・パドリック"の"特訓"が途中入隊の3人に課せられる。

先に教育を受けている者達に追いつく為の、"詰め込み"と言う事もあったのだけれども、相当厳しい(ハード)な物となる。


何かしら仕事があってか、王宮帰りのグランドールも詰め込み期間中に、差し入れを携えて、ついでに指導をしてくれた事もあって、3人は無事に同期となる訓練生達に追いつくことが出来ていた。


やがて、訓練を全て終えて軍学校の最終試験も終え、3人とも結構優秀な成績を修めて、訓練生修了式の式典が王宮の庭園で行われる事になる。

天気にも恵まれた式は、軍服でも式典仕様の物を身に着けて、日頃は身につけない制帽に白い手袋を全員が嵌めていた。


いざ式典が始まり整列をしていたなら来賓の席に、見知った顔の人物が着席をするのを3人は揃って、眼を丸くすることになる。

それは、ある意味ではピジョンにシャムとシエルが軍学校に入隊するきっかけの出逢いとなった、"キングス"という人物で、恰好は式典に合わせて礼服でそれは品の良い華やかさを伴っていた。


ゆったりとした仕立てでもあったので、黒髪の美人で もあるのだが、あの時も判らなかったけれどもやはり性別は今回も判別をつける事が出来ない。

ただ、黒髪の人物の素性もついては、来賓紹介の際に"セリサンセウム王国最高峰の仕立屋"として進行役の目付きが蛇の様な軍人が述べる事で、簡単に知る事が出来た。


"ええ、自分で言うのも烏滸がましいですけれど、あの人と付き合う人物は何気に驚く方が多いので、気を付けた方が良いですよ―――"



数回月が回る前で、軍学校に向かう直前、アルセンが言葉にしていた内容の意味がこの時になって3人揃って理解出来て、式典の最中であるにも関わらず、 思わず目配せをしていた。

兵士として自分達が身に着けている軍服のデザイン、短くはあるが腹に響く声で訓示を述べた国王が身に着けている衣服の仕立ては、キングスの手によるものだと知って更に驚く。


やがて、国最高峰の仕立屋キングス・スタイナーは、式典が終わると同時に、他の来賓と共に、会食が行われるという事で、そちらに行ってしまっていた。

残った軍学校の卒業生達で以て、自分達の為に行われた式典の片付けを同期生と共に行いながら3人は同時に苦笑いを浮かべる事になる。


『キングスさん……と言うよりは、キングス"様"は物凄い高嶺の花の御方だったということか』


『ピジョン、幸いこの後は休暇だから外出届を当直に申請して』

『一緒に酒を呑んでやるよ、支払い公平だけれども』


前にも一度したような会話を行い、それから"こんな調子なら、あの鳶色のオーロクロームさんにも再会するかもな"と3人で口にしていた。


けれども、4年の年月が過ぎ、ピジョンは軍に残る事を決め、フクライザの双子は任期契約を期に除隊して、マクガフィン農場に再就職をしても、フワフワとし鳶色の人、オーロクローム某と再会する事はなかった。

ただ、"高嶺の花"とするキングス・スタイナーは、ピジョンがアルセンの副官、フクライザの双子がグランドールの"両腕"の役割を熟すようになってからは、随分と遭遇エンカウント率が上がる。


美人の軍人も、褐色の好漢の農家も、4年の年月が過ぎても相変わらずこの国(セリサンセウム)の英雄ではあったので、その役割に伴う衣服を担当するのが、キングス・スタイナーであるので、それは必然的な物ともなっていた。


最初こそ3人とも緊張をしたけれども、キングス・スタイナー自身は人当たりの大変良い人物 なので、直ぐに普通に会話を出来る様になった。

加えて、補助サポート的な役割の仕事の上で、仕立屋と出逢う頻度は上昇し、アルセンやグランドールが不在時には、代わって念密にやり取りを行わなければいけない。


それを繰り返していると、英雄と仕立屋のの生活サイクルに少々踏み込み気味の会話も行うようになり、最近ではキングスの抱えている極々私的(プライベート)な事情や、副官と双子の世間話などもする様になっていたりもしていた。


ただ、不思議と鳶色の人オーロクローム氏と、その人が幸せにそうに抱きかかえていた"ウサギの帽子を被った赤ん坊"の話は、仕立屋の世間話には出てこない。

最も話題にし易そうな存在でもあるけれども、その2人について語られない事で軍隊生活で先を読んで補助サポートをする事を、主な仕事とする様になった3人はそれとなく察し、自分達から言葉にする事はなかった。




「―――キングス様、お待たせしました」

「大将から、鍵も預かっているんで、どうぞ屋敷の方にきてください」


そして出会いから10年も過ぎたなら、恥ずかしがり屋の仕立屋が面を着けている事も、双子も十分承知をしていたのだった。




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