南国の英雄の頼み事
「……済まなかったな、私が頼みごとをしたばかりに。
ただ、どうしても、回収しなければいけない物があって、あの童の事を軍人でも、責任感ありそうな人物に、委ねたのは良いが、気になってしまった」
「……」
王都の東側でも、人が滅多に通る事が少ない路地裏。
褐色の肌に整い過ぎた顔に、緑色の眼をした人物が異国の国の青いローブを羽織った人は、極彩色が印象的な全身サブノックの民族衣装を纏い、地べたに座り込む、眼元だけが覗ける人物を介抱していたなら、無言で頭を左右に振られた。
《元々スパンコーン様にアルス・トラッドを追跡する様に命じられていましたから。
ただ、あの迷子君と、目的地が結果的に同じ場所になっている事には、正直に言って驚きました。
けれども、随分と元気になって、しかも兄弟で暫くお世話になる先も決まった様で、私も少しばかり気にしてはいたので、何よりでした。
それに、"記憶"の方も大丈夫そうでしたよ》
サブノックの民族衣装を纏い、言葉を口に出す事が出来ない人物―――サルドは、褐色の肌の顔の整い過ぎた人物に声で、返事と頼まれていた事の報告を行う。
その間も、褐色の肌をした整い過ぎている面差しの人物は、サルドに治癒術を施していたけれども、報告をして貰った内容に、表情に出さないまでも、安堵しているのが伝わって来ていた。
《ただ、恐らくは私がアルス・トラッドに探っていた事に関しては、私が"追跡を始めた"時から気がつかれていたと思います。
あの弟君の方は、最初から目的地が判っていたので、時間も空けて水晶を飛ばしていいたから、極力察知はされていなかったと思います》
さらに声でそう告げたなら、何処からともなく、風にのるシャボン玉の様に水晶の球体がサルドの側にやって来て、フワフワと揺れながらもその場に待機する。
《ありがとうございます。でももう、大丈夫です。後は、自分で治療ができますから》
「……そうだな、サルドにしてもここまで負傷させられた相手と声も姿も似ている存在から、介抱をされたのなら、気分は良くないだろう」
少しばかり自嘲気味に笑う、南の国では英雄として知られている人物は、治癒術の為にサルドに掲げる様に向けていた掌を、降ろしてゆっくりと立ち上がる。
そうすると、それまで動きを制止していた為に、停滞していた周囲の空気が揺れ、火薬の臭いが薄くではあるが上昇し、2人の鼻孔を擽った。
自然とつい先程まで、火薬の臭いと大量の色鮮やかな煙が蔓延する状況が、装束に覆われた頭の中を過るけれども、まだ話題にするには落ち着く為の間が、必要だとそれとなく察する。
少なくとも、口がきけぬ魔術師は完全にこの火薬の臭いが消えてしまってから、その事については話した方が良いという思いが強く、今は先ず、こうやって助けて貰った事への礼を、考え声を飛ばす。
《いえ、治療をしていただいた事に関しては、感謝しかこの胸にはございません。
それに、私もこれでもサブノックを代表する魔術師の端くれです。
直接的な戦闘で劣る事は兎も角、己に治癒術をかけて、回復する位は出来なければ》
物心ついた時から、言葉を出す事が出来ない人は、声で以て、精一杯の感謝を述べ、自分の立場という物があってそれ以上の他意はない事を告げる。
《それに、本当に"命拾い"という物をさせて貰ったと、考えています。
それと―――余計なお世話だとは思いますけれども、貴方様は確かにあの方と御容姿は似てはいらっしゃいますが、接してみたなら、私には同じには感じる事が出来ません》
褐色の肌の人物が言葉にした通り、顔立ちは瓜二つではあるけれども、先程サルドが対峙する事になったセリサンセウム王国の英雄と、殆ど同じ造作の眼元と色の眼から注がれた、視線はは全く類が違うように思えた。
一番の判り易い違いというのならば、肌や髪の色なのだろうけれども、思慮深い魔術師にはそれだけで区別すことが、短慮に思えたのでそう告げる。
「……」
サルドが纏う唯一民族衣装から覗き見える目元から見上げる形で注がれる視線には、南国の英雄は無言で身に纏っているローブの口元の部分を引き上げて、極力自分の姿が表に晒さない様にする形で"返事"をしていた。
(本来なら、あの端正な御容姿は幸も不幸も招くこともあるだろうけれども、使い方次第では、その人生でとても有意義な物になるでしょうに)
今自分が見上げている南国の英雄の役割を熟している人物は、その整った容姿を、十分使いこなせる賢さもと器用さ兼ね備えていると、サルドには思えた。
けれども、短い期間の付き合いながらもサルドからしてみたなら、その整い過ぎている容姿―――というよりも、"父親"となる存在から引き継いだその身体の造形は、南国の英雄となっている存在にとっては、呪縛として受け入れている様にも思えた。
(でも、その父親にあたる方から引き継いだ感覚と勘―――それに、なんやかんや"面倒見の良い"、性根の優しさが恐らく、今回私が国の英雄を相手にしても、軽傷で済んだ恩恵になっている)
南国の英雄が迷子のその後を気にしていた事と、それ程手間もかからず、主でもあるスパンコーンと損得勘定ではあるけれども、手を結んでいる相手の依頼ごとなので、サルドは承った。
どちらかと言えば、主とも、良く言えば冷静な、悪く例えたなら冷めきった割り切りの関係ではあるけれども、何かしらの相手《南国》への、恩を売り、買ってもらえるならそれくらいの考えで選択した行動だった。
無論、主であるスパンコーンの許可を得て行っている活動ではあったので、特別に拙いという事もない。
だが、結果的には主の指示で、行った追跡で大きな怪我をしそうになっていた所を、南国の英雄が、"アトのその後"を連絡した事で礼を述べる為にサルドの元に赴いた事で、窮地を脱する事が出来ていた。
(これが、スパンコーン様が贔屓にしているセリサンセウムの仕立屋が口にしていた、"情けは人の為ならず"という表現に当てはまるという事なのだろうか)
サルドにとっての一番の主は、サブノックの英雄であるスパンコーン・ストラスではあるのだけれども、一時的に協力の関係を結んでいる南国の英雄にも、助けて貰った事もあるだろうが、敬意を少なからず抱えている事は自覚している。
《―――私としてはセリサンセウム王国の英雄相手に、サブノックの一介の魔術師でしかない己が、よくここまで保てた物だと思います。
何より、貴方が助勢に来て下さらなければ、私はまだまだ死ぬつもりはありませんが、瀕死に近い状態にはなっていたと思います。
まだ、主スパンコーン・ストラス様への恩義を返してもいないのに、ここで再起不能をせずに済んだことを、重ねてお礼を申し上げます》
「……まるで恩義を返したいなら、自分が死んでも良いみたいな言い種は、止めろクサクサーソーン。
ワンの個人的なカンガエルンだが、そういったソーカニも止めたほうがいいと思うぞ」
多少感情的になっている為に、恐らくは南国の方言交じりの言葉は、それなりに博識で物知りのつもりがある魔術師も、訛りの強さに理解できない。
眼元しか覗き見えない、サブノックの民族衣装の内でもサルドでも、易く激しく瞬きをする。
けれど、その上からの物言い―――実際英雄という立場と、年齢的には年上ではある人物ではあるのだけれども、本人は絶対に意識はしていないのだろうが、"兄"という印象を強く感じさせるものがあった。
そして、サルドの中で唯一無二の、兄という存在の代表である、スパイク・ストラスと重ってしまう。
―――サルドが、私に恩義を感じているのは有難いけれども、自分を犠牲にする程してはダメだよ。
―――サブノックの文化で武人の心得の様に、主の為に自己犠牲が当たり前の様になってはいるけれどね。
―――これから私が、君を連れて行く場所は弟のスパン コーン・ストラスの元で、更には従者になって貰おうと考えている
―――まあ、個人的には従者云々よりも、先ずは友達になって欲しいと考えている。
―――サルドは控えめな所があるけれど、スパンコーンもとっても引っ込み思案だから、ゆっくり気長に付き合っていくことを考えたなら、互いに丁度良いと思うんだ。
―――そして、その弟の教育係になっているのは、この国の賢者殿だ。
―――私がさっき言った"自分を犠牲にする"っと言った考えを最も嫌っている方だからね。
―――私の弟、スパンコーンの従者になるという事は、ある意味では賢者殿の、配下になるという意味でもある。
―――少し気難しいと感じる所もあるかもしれないけれど、根っ子的な所は本当に良い方だから大丈夫、きっとサルドも"ここにきて良かった"と思える場所になるよ。
―――私と、同じ様にね。
(もし、スパイク様が御存命なら、私の行動は、この南国の英雄殿と同じ様に、お叱りを受ける行動だったのだろうな)
方言はさっぱりわからないけれども、自分の命を軽く扱ってしまった事で、叱責をされているのだと気が付き、そんな思いを浮かべていた。
ただサルドの考えを知ってか知らずか、その間も南国の英雄の"説教"は続いている。
それは見る者が見たなら―――アングレカム、アルセン、どちらかの説教を受けた存在が見たならば、血の流れという物を体感させる"紛うこと無き特徴"を持った言い回しであったけれども、流石に一見の魔術師にはそこまでは判らない。
「どうせ死ぬ程役に立ちたいと考えているのなら、生きて、守りたい相手が先に旅立つのを見送ってくらいからにしろ。そうでないと、守りたい相手にも失礼だ」
《……はい、全く以てその通りだと思います》
南国の英雄からの"説教"が終わる頃、サルドは何とか自力で立ち上がれるくらいにはなっていた。
本来は追跡だけの役割だったが念の為に、己の魔力を増幅させてくれる水晶を多めに用意していたのが功を奏し、治癒術が巧く利いた。
また魔力の増幅の関係もあるかもしれないが、この南国の英雄とのやり取りが、サルドにとっての初心を思い出させてくれる事にもなって、気力による所も大きいと、立ち上がりながらに考えた。
《……これなら、本日ゆっくりさせてもらえれば、明日には普段通りに働くことが 出来るでしょう》
声でそう告げると、南国の英雄が顔を隠す様にしていながらも、その褐色の肌の中にある緑色の眼を驚いたといった感じで、大きく見開き、序に口も開いていた。
「……サブノックの男は勤勉なのだな。
南国の男なら、こういった事があったなら数日休めと言うか、母親や女性達が、先ずは|ヨーンナー シミソーレー《ゆっくりして下さい》と、口々にィユン。
……と、私がィユンことワカユン」
散々、南国の方言で話しておきながらも、至って普通に尋ねてくるあたりに、少しばかり天然と言える物を感じながら、サルドは肯定も否定もしない。
《……正確には判りませんが、意味合い的には、仰っている事は解るつもりです。
声だと、言語と言うよりも感情を優先して情報が伝わってくることが多いので、私は話せない分、どうも普通の声に関しても、そこに含まれている"情"で理解をしている部分があります》
サルド独特の感性と、己の方言が通じていた事に、少し驚きつつも説明を声で受けたのなら、南国の英雄は納得をしていた。
「そうか、それは良かった」
それから少しだけ、考え込む様に頷いたまま、声はサルドに向かって褐色の綺麗な青年は語り始める。
「私の……私の故郷には、
"行逢りば兄弟何隔てぃぬあが"
という言い回しがある。
国の方言で、"出会った人は皆、兄弟みたいなものだ、そこに何の隔たりがあるのか"という意味だ。
私は故郷のこの文化は、"人の良すぎる"所もあるけれども、決して嫌いではない」
そこで俯いていた顔を上げ、目元しか見せていない、協定相手の従者に視線を向ける。
「その……スパンコーン殿の、本当の腹積もりは正直に言って、未だにどうだかわからん。
今回の協定は持ち掛けられた時、正直こちらも勘ぐっていた。
ただ、一通り流して考えてみたなら、互いに利があると思ったから、結ばせてもらった。
サブノックが仲の良いヘンルーダを避けて、南国にこの話を届けてきたのが、不思議でもあった。
時期的に本当に、有難い話だったから、私が産まれて程ない頃の歴史ではあるけれども、侵略して来ようとしてしていた国でも、国王に口添えをして、協力をさせて貰った」
"侵略して来ようとしてしていた国”という箇所の声には、流石に険を含んでいたし、サルドも視線をそらさないまでも、唯一覘き見える目元の眉間に縦シワが刻まれているのよく見えた。
《……それに関していえば、私も産まれて程ない頃の、今更ながらの釈明となって言わせてもらえれば、サブノックの国の間でも、その侵略に関しては賛否があり揉めた事でもあります。
少なくとも、我が主であるスパイク……スパンコーン・ストラス様の一族と縁のある方々は反対をされておりました。
そんな力のない、遠方の国を侵攻するよりも……》
そこで、サブノックの魔術師の声は途切れる。
流石に"今"地に足をつけている国を対して憚る言葉を、その場では声でも出さぬ様に魔術師は気遣った。
「"平和ボケをしている、女神に愛されているという大国の大陸を、武人の国の誇りを以て戦いを挑み、その大地を手に入れる”か」
ただ、南国の英雄の方は特に憚る事もなく、声を潜めずに形の良い唇から言葉にして出していた。
「……スパンコーンの従者殿の方は、仕事もあるだろうがこの国にそれなりに馴染んでいるし、どうやら多少は情が出来てしまっている様ですね」
今度は、微塵も南国の方言も訛りも感じさせずに、淡々とこの国では標準語とされる言葉を、整い過ぎた顔立ちの褐色の英雄は唇から滑らかに紡ぎだす。
その声を聞いた同時に、先程、自分の故郷が、かつて南国に侵略を仕掛けようとしていたという話題の時以上の、苦々しい思いで眉間に深くシワを、サルドは刻む事になる。
『―――これ以上、戦っても"無駄"だと思うんですけれどもねえ』
先程、"絶対に自分では勝てない"と、思い知らしめたセリサンセウムという国の英雄の記憶を勝手に掘り起こされてしまう程、南国の英雄の物言いは十分な程"そっくり"だった。
それでも南国の英雄が、"セリサンセウムの英雄に似ている"という言葉に対して、心や動きを鈍らせてしま程、本来自分ではどうしようも出来ない程の呪縛に、囚われていると判っているから、 主の協力者でもある存在に、失礼のない様に接していくと魔術師は決めていた。
"それと―――余計なお世話だとは思いますけれども、貴方様は確かにあの方と御容姿は似てはいらっしゃいますが、接してみたなら、私には同じには感じる事が出来ません"
(先程、私は、南国の英雄殿にその様に告げたというのに、今は全く同じ様に感じてしまっている)
でも、確かにその言葉を口にした時には、セリサンセウム王国の英雄と、南国の英雄は"違う"とサルドは感じていた。
けれども、"今"は全く同じ様に感じてしまう疑問と共に、再び先程の記憶が掘り返されて、自分に鋭い視線を向ける人物と同じ眼の色の、この国の英雄が注がれていた視線が重なる。
『―――平和ボケをしているかもしれませんが、セリサンセウムの英雄も舐められたものですね』
(ああ、そうだ。解った、なんやかんやで"この感情"―――"怒り"の表現は、とてもよく似ているんだ)
でも、アルセン・パドリックは怒りを向けていたのは自分で、南国の英雄が向けている存在は、この国。
少しでも、"セリサンセウムを贔屓する様にも取れる意志を示している"事に対し、南国の英雄は、どうやら大変機嫌を損ね、そして大きく怒りの感情を持ってしまった様だった。
(でも、きっと元来冷静な方でもある筈だから、私に向けている感情が、一時のものだと直ぐに気が付ける筈)
そして、この南国の英雄にとっては、堪えがたい古傷に己が無意識且つ不用意に触れてしまった事にに気が付いた。
《―――諸事情は存じ上げませんが、機嫌を損ねるような事を行ってしまった様で、大変申し訳ありません。
貴方様の仰った通り、私はこの国に少しばかり縁もありまして、情を持っている事に確かです。
でも、何かしらを決断し考えねばならない時にあるのは、主のスパンコーン・ストラス様に故郷のサブノック事だけです》
声を通じて、未だに自分を睨むという形容が似合う眼差しを注いでくる南国の英雄にそう告げる。
「……、済まないどうやら私情を挟んでしまった。
言い訳に聞こえてしまったなら、申し訳ないが、ここ暫く多忙だったので気が張っていた様で、日頃は何気ない事でやり過ごせるのに、過剰に反応してしまっていた様だ」
サルドの声で、瞬く間に冷静は取り戻せた南国の英雄は、激しく瞬きを繰り返し、そう謝罪を行うと後に思わずと言った様子で、口元を褐色の色の手で抑えていた。
《いいえ、挟んでも仕方のない事でしたのでしょうし、それに、"初めて自国から"出てこられた事の緊張もあるでしょう。
スパンコーン様から、事前に随分と異国の情報を買い上げて、勤勉に学習を為されていたのは伺っています。
本来なら、多少は外交になれた南国の方と行動をしていてもおかしくはないのに、何らかの理由があって、単独の行動をなさっているとかで》
「……スパンコーン殿には、話しを持ちかけられた時に、こちら側の事情も私の個人の内情も話していたが、サルドは聞いていないのか?。
スパンコーンの一番の腹心と聞いていたので、てっきり聞いていると考えていた」
そして、南国の英雄のこの発言には、サブノックの英雄の従者が少しばかり"ムッ"とする事になる。
《……"商い"には、信用第一です。サブノックの英雄ではありますが、商人としての我が主を見くびられては、困ります》
眼元しか覗き見えない極彩色の民族衣装ながらも、それまで比較的温和に対応していたサブノックの英雄の従者の雰囲気の変わり具合に、今度は南国の英雄の方が軽く慌てる事になる。
それに先程の己と違って、口に出してしまった言葉は、敬愛する主がいるのなら十分な侮辱になるという事は、少しばかり考えたなら十分に慮れる事でもあった。
《スパンコーン様は、協定相手に内密にして欲しいと頼まれた事は、本当に必要に迫られない限りは、腹心と言えども、口になどは出しはしません》
「……今度はこちらが、済まなかったと謝らなければいけない状況だな。
だが、スパンコーン殿は、私が抱える事情は、はどうして必要に迫られなければ出してはいけない理由があるという事は、腹心の従者であるサルドに報せてはいる。
それなら、その理由を話したなら、少しは許して貰えるだろうか?」
従者の怒りの方は少しばかり尾を引きそうだと思えた、南国の英雄が幾分か申し訳なさそうにそう口にしたなら、従者の方は少しばかり押し黙る事になる。
驚きもあるのだけれども、南国の英雄が何かしら、誤解として受け止めていやしないかという気持ちが不意に胸に浮かび、再び声を飛ばしていた。
《……私はスパンコーン様の事に関して、侮りと受けて眼てしまえるような発言に、個人的に腹を立てたのでって、南国の英雄殿の、いえ、南国の諸事情を知りたいからと持ちかける様に怒りを向けた訳ではありません》
声ながらも、はっきりとしたサルドの物言いに、南国の英雄は褐色の肌の上にあるその整った顔に苦笑いを浮かべて口を開いていた。
「……別に打算的に話しているつもりもない。
自分で故郷の"行逢りば兄弟何隔てぃぬあが"を自慢気に話しておいて、こういった事になっているのが情けないのだ。
良かったら、私の自己満足でしかないが、罪滅ぼしと謝罪を兼ねて聞いて欲しい。勿論、付き合う気がないというのなら、それで構わない。
本来なら、スパンコーン殿に黙っておいて欲しいと頼むのも不必要な事だった。
でも、南国の英雄という立場と、今回1人でここまで赴いてしなければいけないという事に、少しばかり意地になっていた」
申し訳なさを十分滲ませる声色で、南国の英雄がそう言ったなら、確りと聞いているという事を体現する為に、サルドは深く頷き、極彩色の装束は揺れる。
《……私の気持ちは兎も角、商人でもある我が主の客人でもある南国の英雄殿が、このような従者に話して気持ちが楽になるというのなら、是非お聞かせください》
あくまでも自分の主を立てる事を前提にして、サルド話の流れを進めようとすると、南国の英雄はそれを承知する形として、全身を覆うローブの内側で小さく頷き話を始めた。
「気持ちが楽……それはそうかもしれないな。
本当に大した事ではないし、スパンコーン殿にも話してはいるから、これからは気軽に"南国の英雄"としての話のネタ程度に聞き流してくれると有難い。
それに、サルドの主である、青い髪ので垂れ眼の商人も、私が英雄にはなっていたが、外交に関して一度も関わらなかった事に関しては、少しばかり不思議には思ったと、正直に話してはくれていた。
それで、私と直接対面したと同時に"これ"を見たことで、あの垂れ眼を大きく見開いて驚いた。
流石に この顔の意味が、それなりに直ぐに判ったようだ。
ただ、サブノックという国が一夫多妻の文化圏であるから、驚いたにしても、直ぐに"そう言った事があってもおかしくはない"程度に考えたみたいだ」
そう方言をふんだんに交じえつつも、サルドには十分通じる言葉を口にしたなら、サブノックの魔術師は頷いた。
《そうですね、スパンコーン様自身も、一夫多妻という事で、御父上が娶った多くの御婦人の末子としてお育ちになりました。
それに極幼い時に御生母様から離れ、教育係となる方と日々過ごしましたから。
親から離れて生活をするという事に関して、環境さえ整っていれば、あの方は特に偏見と言うか、考え方に拘りはない様にお思いの筈です》
「ああ、そういった所もあるからあの商人は、特にこの顔を見ても特に何も言わなかったという所もあったわけだ」
サルドの声を聞き、褐色の肌の上に造形されている整い過ぎている顔を、ローブの袖から出ている同じ色の手で撫でて薄く笑い、続ける。
「昔は兎も角、現在は、国の英雄の情報は各国の王が弁えて置けばいい話で、公式の情報として諸国に流通するとしても、その特性や特徴はあったとしても、"文字"だけ。
しかも、英雄本人が望めば情報は制限できるし、南国は小さな島国であるからセリサンセウムの様な大な国でもないから、正直統制はし易い。
まあ、南国には実を言えば私の様にまではいかないが、眼や鼻がはっきりとしている者も、肌が褐色も多い。
だから、現在の私の顔が、誰かさんに似ていても、昔どこかの大な国から来たという、悪魔やら化物みたいな官職の人物を覚えている者がいないと判らないだろう。
……そう考えて故郷を出て、王都の城下町で出逢った初対面の童から、ごく当たり前の様に言われた時には、流石の私も驚いた」
―――?!、"アルセンさま、どうしてグランさまみたいなお肌の色になっていますか?!”。
本当は気が付いてもいたし、故郷の"昔"を知 っている人々が向ける視線の意味も、そして敢えて沈黙している事も、南国の英雄と認められる程の青年は知っていた。
そして、南国で一番賢いとされる呪術師だけが、"お前は分別があるから、知っていても障りがないだろう"という事で、唯一真実を"正確"に、思春期と言う最も心が揺れる時期を迎える前に話してくれた事を思い出す。
呪術師が話してくれた事は、今まで子ども心に感じていた違和感や、不具合を十分解消できるの出来る内容だったけれど、納得が出来る物でもなかった。
ただ、教えてくれた呪術師も、やがて南国の英雄になるだろうと期待をかけられている少年が納得が出来ていない気持ちを、既に拾い読んでもいたし、それを彼の人生の不利益にもしたくなかった。
『納得はせんでもいい、今はただ知っているだけでいい。
いつか自分で納得が出来る様になった時に、納得すればいい。
納得が出来なさそうなら、また別の落ち着く落としどころを捜しなさい。
ただ、出した答えで自分が不幸になる事がないように。
どんな縁があって産まれたとしても、その人の生が終わるまでの旅路はお前のものだ』
その呪術師は、南国の英雄が物心ついた時には身近にいたけれども、を覚えている限り、方言については指の本数位の回数しか、使った所を聞いた事がない。
そもそも呪術師が、海を渡って訪れた異国の旅人というのは、本人は隠すことなく口にしていたし、年をかなり召しているが、肌や顔立ちからも察していた。
ただ、昨今では南国では殆どの若人は使わなくなっているの方言の意味や成立ちを、故老達よりも良く知っている。
そして、誰もが認めるとても賢い呪術師だが、絶対に国の"政"には関わらないとも、公言しているのは南国の幼子でも知っている位有名な話でもあった。
それでも、南の国の民が知恵を乞うたなら、やはり政以外に関しては、的確な助言をしてくれていたから、それに添ってそれぞれ自分の意志に添う答を選んでいた。
南国の英雄も、ある意味では国を代表する立場ながらも、"政"に関するという部分を呪術師から学び取った話術で掻い潜りし、個人的な相談として"今回"のような事態を、仮定として過去に相談していた。
『……もし、セリサンセウムとに入る事がこの先あったとして、顔をその国の民に見られたのなら、英雄殿が思っている以上にその事について簡単に言われて、そしてその国の英雄と比べられる"だろう。
そうなる事を避けたかったなら、如何にも他者との交流を絶っている意志を表現している様な格好をしていた方が、良いだろうな』
そして今回、色んな事情が重なり、実際に助言に活かす機会となって、実行はしたのだけれども、"その名前"を聞かされた時、想像以上に胸が痛み、見事なまでに"嫌な気持ち"になった。
もし、この顔を、この国で晒したのなら自分がどういった形で、国を超え、世界で認識される存在なのかも理解出来た。
「―――ただ、私にとって、幸いかどうかわからんが出逢った童がああいった子だから、助けられた。
その後で、サルドの主の商人は、ふざけてや変な笑い声や剽軽者の振る舞いをするけれども、本当《フント―》は、優しいというのも判ったしな。
そうでなければ、商いの補助もしているサルドに迷子の追跡なども許可せんだろうしな」
己の主の本当の意味で理解してくれているとも、受け取れる発言に、サルドは極彩色の装束に包まれた姿ながらも、伝わってくる喜びの雰囲気を滲ませていた。
《ええ、スパンコーン様は、商人として客人の方々に、こちらが提供する品物を快く受け取ってもらう為に、垣根を造らぬ様に明るく陽気になさっていらっしゃいます。
商いの時の印象がお強いのなら、想像し難いでしょうが、本来は、どちらかと言えば、大人しい静けさを好む性質の方でもあります》
「……そうか、まあ、そういった事は初めて聞いたけれども、スパンコーン殿が英雄として、サブノックに認められるまでの苦労と経緯は、それなりに聞いている」
南国の英雄が、自分の主を調ていたとも取られる発言に、従者の魔術師は先程の雰囲気から一転して、警戒しているといったものになる。
《南国がどうして、スパンコーン様の事を御調べになるのです。確かに特に隠している事はありませんが、どちらかと言えば踏み込まないと知る事の無い情報だと思うのですが》
サルドの険のある声と視線に、直ぐに気が付いた南国の英雄は、小さく"ああ"と声を漏らした。
「別に南国がサブノックを調べていた訳ではない。でも、これまでの南国の動向からしたなら、知っていること自体が"調べた"と受け取られてしまっても、仕方がないだろうな」
セリサンセウムの国内の傾きを均し、平定した後の新しい国王の"披露目"の後は、南国は2年程、その大国の植民地となっていた。
その統治形態は、外交権や駐軍権のみをセリサンセウムが獲得し、極力内政は先住民南国の民に統治を任せて必要に応じるが、干渉はほぼしなかった。
殆どが現地の南国の王侯や部族長を通じて支配する間接的統治も言える形で、セリサンセウムの本国から宰相のアルセン・パドリックが代表として赴き、その2年間を過ごす。
その赴任中の間にアングレカム・パドリックが行った主な仕事と言えば、身体の力に優れ優秀な武人は多くいたが、軍を持たなかった南国に、組織を編成したこと。
セリサンセウムが植民地支配というの名の"保護"をしなくても、大丈夫という認識を周辺諸国が抱いた後に、アングレカム・パドリックはあっさりと本国へと引き上げた。
それからの南国は、軍が出来た成果もあってか、セリサンセウムという形式上ではあったが植民地であった影響も受けることなく、周辺諸国からも一般的外交の範囲内の接触しかない。
元々温暖な気候を生かした観光業を発展させ、セリサンセウムという大国が平定されたと同時に、世情も温和になった事で南国への、旅行客は大いに増え始めていた。
順調に南国の経済は右肩上がりに成長していき、徐々に周囲との環境は友好ながらも何にしても、中立の立場を取り始める。
ただ、数年後に世間的には"世話になった"と見られている、セリサンセウムの宰相が不慮の事故で急逝した際には、何処から見ても立派な弔辞の書状を贈るだけにという行為に関しては、少しばかり不評を買ってしまう。
その数年前に、平定のお披露目を南国の王を招いてまで行ったセリサンセウムの国王グロリオーサの王妃であるトレニアが病で身罷った際には、南国の使者が、王都まで赴き弔問を行っていた。
しかしながら、国の宰相が亡くなったとしても、弔辞の書状で"挨拶"を済ませた事は、ある意味では南国のこれからの外交姿勢を表明した形になった。
流石に諸国外国の"代表"となる王や、文化によって異なるが正式な伴侶―――一般的に第一夫人と認識されている存在が"旅立った"場合には、正式な使者を弔問に向かわせる。
けれども、国の要人階級に関してはセリサンセウムの宰相をの時を習うように、全て立派な弔辞の書状を贈るだけの形になって行った。
そういった南国の外交が、一般的だと世間的に浸透を始めた頃に、セリサンセウムという国は"平定"から、諸外国から侵略を前提とした"大戦"へと時代は流れる。
そして、いよいよ大規模の戦が始まろうとしていた時、南国は中立の立場を取るという事を表明した。
例え嘗て世話になったセリサンセウムにも、実は世話になった切欠となる、圧力をかけられていたサブノックに対してもそれは変わらないと、はっきりと書状にして諸外国に使者を使って公布する。
但し、"戦いの意志"がないのなら、どんな国であろうと受け入れもするという文言が結びに使われていた。
早い話が、旅行、観光で訪れるのなら、セリサンセウム、サブノック、ヘンルーダ、遠方とはなるが、東の国だろうが諸外国受け入れるという事であった。
それは徹底して行われ、結局大戦の最中もその後に起きた世界的規模の大災害の間も変わらなかった。
大災害に関しては、南国にも少なからず何かしらの被災はあったと思われるが、大戦で疲弊をしていた諸外国よりは、圧倒的に被害は少ない―――とされている。
当時は世界中が、大戦、大災害からの復興へと動いてこともあって、他所の動きにそれなりに注意を払ってはいたが、あったとしても確りとした対策が出来るという物でもなかった。
そして南国は、海を隔てて距離もある事で、復興の動向は特に不明瞭となる。
だが、そんな世情でも旅行を行う富裕層もいる事で、その土産話によれば、流石に奉仕の質は落ちてはいたが、それなりの観光業は行われていたそうだった。
南国は中立を公布していた事で、諸外国が復興に向かって動いている中でも、比較的"余裕"を持っている者が集まっていることもあり、自然と情報の交換の場となっていた。
ただ、集まり交換される情報もあくまでも、大まかなもので個人的な情報に関して有名なものであっても、名前を公にする事を認めている、国の英雄の情報でも、世間一般に知られても構わない程度の物となる。
なので、セリサンセウムで言うならば"英雄グランドール・マクガフィン公爵が農場を開く"、"英雄アルセン・パドリック、軍学校の特別顧問に就任"等になる。
他の諸外国も、"サブノックの英雄スパンコーン・ストラス、商人としての販路を順調に拡大"や、"ヘンルーダの英雄新たな夫人を迎える"等の経済的な物や大衆伝達なものなら、十分一般にも興味をもって調べたなら、入手可能な情報となる。
だから対外的に商人スパンコーン・ストラスが剽軽で、少しばかり変な調子の笑い声を出しつつも、見事な手腕で商いを手広く行っているという情報なら、知っていてもおかしくはない話になる。
けれども、そこに至るまでの彼の抱え続けている、言葉では表現し難い"苦難"に関しては、徹底してその情報の管理はされている筈だった。
国の枢機に関わる者に関しては兎も角、南国の英雄が主の抱えている苦渋に関して知っているというのは側近、従者となるサルドからしたなら簡単に納得は出来ない。
サルドの剣呑な雰囲気を感じ取り、南国の英雄は少しばかり慌てて"詳しい理由"を口にする。
「南国や私が、サブノックをそこまで調べていたわけではないんだ。いや、調べていたという表現もおかしい。
正確に言えば、連絡があって知っていた。知っていたのは、いや、知らされていたのは、うちの国の呪術師だ」
《ジュジュツシ?、呪い事を得意とする方と言う事ですか?》
南国の英雄の説明に、正直に言って虚を突かれた魔術師はそれまで空に浮かせていた水晶を手に取って、両手で抱え込む様にして撫でていた。
サルド自身が魔術師であるので、分類的に流石に知って入るのだが、正直に言って余り聞き慣れない、術師の種類ではある。
一般的な魔法とは違う系統を専門としているのは、知っているけれども詳細は知らない。
ただ南国の英雄から発せられた発音された言葉、含まれている感情やニュアンスで、サルドがどことなく懐かしい人物を思い出している内に、話は更に進められていた。
「その呪術師は世俗を離れて暮らしているし、世間話に興味がなさそうな方だったのだが……。
詳しくは知らない のだが、どうやらうちの呪術師とサブノックのある方と親交があったらしい。
誰かいう事に関しては"昔の仲間"という表現をして、それ以上の事は話してはくれなかった。
連絡の仕方は、何かしらの魔法……、確か"網"とか言う独特な連絡手段で、かつては交流を取っていたけれど、久しぶりに連絡がと言っていたよ。
……それで、実を言えば"サブノックの英雄スパンコーン・ストラス"の話自体は、随分と前に聞かされている。
私が南国の英雄として認められるぐらいの話だから、二十年近く前の事になるかな。
でも呪術師からこの話を聞いた時、"例えここれから、サブノックやその英雄と関わりがあるとしても、知らんふりをしておけ”と言われた。
……"知ってはいても、「知らないふり」が出来るくらいの技量と優しさは、お前なら持っているだろう?"とも珍しく方言を混ぜて一緒に言っていた。
そこの所は、初対面の時、私の顔を何も言わないでいてくれた商人殿を見て、少しばかり思い出したよ」
そう言って南国の英雄は、自分の顔を撫でる。
《……》
そこで何かを考える混む様に、声を止めて、未だに両手で抱える様にしている水晶玉を撫でているサルドに、南国の英雄は声の調子を一変させて顔に手を添えたたまま、視線を斜め上の方に向けつつ、やや申し訳なさそうに口を開く。
「まあ言葉ではこうやって、サブノック、南国の英雄、良い話風に言ってはいるけれども……。
実を言えば、こうやってサルドと合流する前には、商談を行う為に貸し切った武器屋で、結構きついな言葉で、喧嘩にはならないまでも、口論をしていた。
スパンコーンも、その際にはこの"顔"については、この国の英雄の名前を直接に出されたし、その関係を結構突っ込まれた。
まあ、私もそれなりにの言葉で返したから、友人で従者のサルドが聞いていたなら、その撫でている水晶玉を投げつけられても、仕方がない内容だったから気にしないでくれ。
それにセリサンセウムに滞在して、数日過ぎている。
サブノックは南国と違ってて、きっと色んな情報を集めている事を、"私が知っていてもおかしくない時期"には入っている。
それに、スパンコーンは情報の価値や扱い方を知っている。
前以て頼んで下調べをして貰ったセリサンセウムの情報も、とても上等なものだった。
"知ってはいても、知らない振り"をするにも、限界があるだろう。
だから、"南国の英雄もそれなりに知ってはいるのだぞ"と、報せる意味を含めて丁度良い切欠もあったから、少しばかり挑発する様な言葉の応酬を2人でさせてもらった。
ただ、少々、スパンコーン殿に対しては鋭すぎて、抉るようなところがあったみたいだ。
顔には出してはいなかったが、私の口に相当応えてしまった所は感じ取られてた。
この後戻ったなら、サルドには言わずもがなだろうが、励ましてやって欲しい。
多分……、"これからが"、サブノックと、スパンコーンにとっては一番大変な事になるんだろう?。」
一気に南国の英雄が語り終え、最後にサブノックの英雄の名前を口にし、"大変な事になる"とした時、抱え込む様に持っていたサルドの水晶の球体が音もなくスッと、空に浮かんだ。
《それも、南国の"呪術師"殿に、ずいぶんと前に、知らされた内容に含まれますか?》
声でそんな事を尋ね乍ら、浮遊する水晶球を、全身を色鮮やかなサブノックの装束から、唯一覘き見える目元で追っていた。
先程は水晶を撫でていたが、今度は浮遊させて弄ぶ事で気を紛らわせている様にも感じられる。
ただ注意は南国の英雄が発するだろう言葉に向けられていた。
それを承知している、褐色の整い過ぎている顔の持ち主は顔に触れていた手を放して、そのまま腕を組む形にして、口を開く。
「そうだなあ、呪術師殿から知らされた内容と、それから過ぎた年数を加味して……。
セリサンセウムに来てから、独自に調べた事を重ね合わせて考えて見た、私の個人的な意見だ。
正直に言って、これからスパンコーン……、サブノックの英雄のスパンコーン・ストラス殿が考えている、これから取ろうとする行動の意味するところがが判らない。
ただ、ここ近年は、やけにセリサンセウムと友好関係を作る事に身を粉にしているみたいだな。
日報を読むだけでも、サブノックの"商人"として、ヘンルーダや南国の仲介役とを買って出ている。
それに"大変な事になる"とは言ったけれども、別にその意味が悪い事ばかりでもないつもりだ。
でも、先程言った呪術師殿から聞いていた話の内容と、スパンコーン・ストラス殿が今回進めている話―――セリサンセウムの富豪の娘との見合い話が、私の中では、合致しない所がある。
それの合致しない部分を、解決してから南国に戻りたかったが、もうそろそろ時間がない。
まあ、私の当初の目的の1つは解決出来たから、今回はこれで満足しようと思っている」
そう言ってサルドと共に、走り抜けてきた人通りの少ない王都の城下町の東側の道を振り返り、少しばかり残念そうに苦笑いを浮かべる。
《ああ、そういえば、本日の夕刻に南国へ引き上げるのでしたね》
サブノックの魔術師は、この客人が本日で、目立たぬ様にと帰国する事は主から報告は受け承知している。
今回、南国の英雄が、自分が関わった迷子が、無事に保護されたかどうかの確認を頼んでおかなければ、"道中御無事で"の五文字程度の別れの挨拶を行い、それきりの縁かと考えていた。
《思えば、こうやってお話をした事で、"南国の呪術師殿"というお方の不思議もありますが……。
私個人としては、今まで外交は王族や為政者の方に任せてこられて、決して表に出まいとしていた英雄殿が、どうしてセリサンセウムまで出てこられたですか?。
私もその"お顔"事情については、存じ上げていますが、ならどうして今となってこちらに?という疑問が出来ています》
主の詳細な経歴を知っている事が、従者として些か気になる所ではある。
けれども、南国の英雄が口にする"呪術師"とい存在を耳にする度に、どうしても随分と世話になった自国の"賢者"という存在が頭を過っていく。
言葉遣いは異性の立場からも含めて乱暴で、文化的に男性優位と認識されている国で、もう少し自分の評判や立場を気にした方が良いと心配をしていたけれども、サルドが注意をしている内はついぞ改める事はなかった。
武人が基盤となる文化の中で、実際に物々しい猛者を眼前にしても、全く怯みも動じずもせず、更には不思議な事でもあるけれども、相手にも性別と言う物を感じさせずに、サブノックの賢者と言う役割を担う人。
サルドにとっては、物心がついいた頃には身近な存在ではあるけれども、普通に国の民として生活をしていたなら、実際に接する事が稀なのだと判ったのは、主に従い異国に出た時となる。
賢者と言う存在については、皆が揃って"国に1人はいる"という事は知ってはいるのだけれども、実際に見たことがないし、性別だって知らないというのが、常識になっていた。
サルドの交流の手段として声を、滑らかに使ってくれる存在は、立場からして最初から限られていたので、少々失礼と考えながらも当人に”賢者”という存在について尋ねていた。
賢者の方も、いつも控えめな教え子の従者で友人が緊張していたのが、興味深ったらしく、楽し気に答えてくれる。
『確かに国に、私達となんて会った事がない人の方が圧倒的に多いし、その役割を正確に知っているのなんて極々一部だけれどもね。
決して、孤独というわけでもないんだよ。
まあ、賢者は"なりたくてなれるものではない"。
私らの界隈じゃあ、良く使われる例えだけれども、これを別の言い方をするなら、"やりたくてやっているという物でも無い”になる』
サルドの恩人で、元賢者の護衛騎士である当時は有能なサブノックの武将となっていた、スパンコーンの腹違いの兄であるスパイクに、発見される度に
『健康の為に控えた方が良いですよ、賢者殿』
と、諫められながらも吸い続ける煙草を煙管に詰めて吹かし、そんな事を笑いながら口にしていた。
それから、至極愉快そうに話を煙管を幾許かのシワを刻んだ、指に器用に挟んで揺らしながら話しを続けてくれる。
『それで、賢者のそれなりの恩恵―――所属する国の補助を受けながら好き勝手研究をしつつも"やりたくてやっているという物でも無い" になんて、言葉にする奴は、仲間内でも特に捻くれ者だ。
自分で言うのも何だけれども、賢者と言う存在自体が、世間的には変わり者として見られているだろう。
そんな変わり者の仲間内でも、"捻くれ"と思える物が加わる御仁だからね、一般的に見たなら相当だよ。
でも、その個性的過ぎる同朋が時折届けてくれる、賢者でも突拍子がないと思える情報のお陰で、変わり者達も退屈しないし、独り身で孤独という気持ちを抱くこともない。
そんな奴だから、これまでの"なりたくてなれるものではない"で賢者 になった存在よりも、"やりたくてやっているという物でも無い"と宣う賢者が、これまで出来なかった事をやらかしそうで楽しみでもある。
でも、そんな奴でも変な所で真面目に律儀で、衛生面という理由ではないけれど、心の方で潔癖な所があってね。
その賢者が行う突拍子のない事で、理不尽な形で巻き込まれるという事は先ずない。
その上"迷っている"時に、それとなく話しを振ったなら、少しばかり自分の恥をさらす事にはなるけれど、潔い忠告を何気なくくれたりもする。
なんやかんやで、私が腹割って連絡を取り合っている数少ない1人さ』
そう思い出の姿の賢者は穏やかに語り、煙草を吹かしていた。
サルドの覚えている限り、主の身の上に起こった事は、世話係として傍にいた、表面上は飄々としていた賢者にも、迷いを与える物だったと思う。
少なくとも、主は大いに苦悩して、サルドは己の不甲斐なさに苦渋の想いが胸を占めた。
もしも、賢者が表面上だとしても平静を保てていたのは、腹を割って話していた存在がいたからではないかと、今更ながらに思い至る。
その友人《賢者》が、南国に渡っており、何らかの理由で"賢者"とは名乗らず"呪術師"としている。
―――突拍子のない事を行うというのなら、賢者を辞めてしまうという事も無きにしも非ずなのではないのだろうか。
確認を取っているわけでもないけれども、サルドの考えている事が合っていたなら、あの"どうしようもなかったような出来事"を、自分の中で抱える事が困難になった賢者が、信頼できる存在に話していてもおかしくはなかった。
時期的にも、"どうしようもなかったような出来事"が起こった時と、南国の英雄が呪術師に聞いたというのと合致する。
(でも、賢者殿が話した―――相談した事と言うのなら、普通なら内密に扱う物だとも思うのだけれども、呪術師殿にしたなら、直ぐに南国の英雄殿に伝えてしまっているという事になる。
そう言った話を内密にするという価値観が無い方なのか、それとも南国の英雄殿だから告げた事になるのか……?)
もし、賢者を通じて知り得たサブノックで起きた"どうしようもなかったような出来事"を呪術師が"人を選んで話していた"と言うのなら、その人選はサルドからしたなら、正しいと思えた。
出逢ってから、既に別れ際になる 程の時間となってはいるけれども、南国の英雄が、主でもあるサブノックの英雄の過去を知っている事に少なからず安堵をしている己を、少しだけ不思議に感じている。
そして、今はその安堵を踏まえた上で今度は南国の英雄が、今の今まで―――恐らくは"父親"が不慮の事故で、腹違いとはなるのだろうが弟を庇い、早々にこの世界から旅立った時にさえ、その姿を現さなかった兄《南国の英雄》が、どうして姿を現した理由を求めていた。
南国の英雄の方も、別れ際になって怒涛の様に行われた互いに抱えている事情と情報の交流に少しばかり戸惑っている様にも思えたが、自分が知らされていた話《情報》が思わぬ鍵となって話が進んでいる事は理解っている様で、サブノックの魔術師び疑問に応える。
「……簡単にいうなら後始末、汚い言葉で言うのなら尻拭いというやつだよ。
私には、父親も、弟もいない。
唯一の家族の母の為に、遠路はるばる心残りを解消しに来た」
そう言って少しばかり胸元をゴソゴソとしていたなら、褐色の拳を取り出し、それを開き掌の形にしたならば、魔術師は見たことがない金属の"粒"みたいな物が2つあった。
《これは……。一体何なのですか?。どうやら金属のようですが》
主が商人として活動を始めた時から、それに伴って世界中の様々な物を見てきたつもりだったけれども、サルドには見た覚えがなかった。
翌々観察して伺いしれることは、金属の塊であるのとそれが何らかと衝突したか、何かしらあって原型とされる形から、潰れる様に歪んでいる事。
「流石に見当がつかないか」
南国の英雄はそんな事を口にしながらも、サルドが自分の掌の上にある金属の塊の正体がわからない事に心から安堵している様だった。
「サルドにすら見当がつけられないのなら、大丈夫だろう。絶対に落とさずに注意をして持ち帰るつもりだが、何かあって落としたとしても、銃について知らなければ大丈夫だろう」
《テップー?》
南国の英雄が、また方言を口に出したのだけれども、今回は魔術師でも意味を解する事が出来ない。
これまで声に 含まれている感情やニュアンスで、それとなく理解が出来た上に通じていたのだが、今回初めて聞く、恐らくは何らの名称の意味する物が判らなかった。
サルドが褐色の掌の上に乗っている、金属の正体が分からない内に南国の英雄は掌を閉じようとする。
《―――!、ああでも、すみません!もう少し見せて貰っても宜しいですか?》
けれども南国の英雄は褐色の指を、掌に何らかの2粒の金属片を乗せたまま包み込む様に拳の形にしようとすると、同時にサブノックの魔術師に声をかけられて、仕舞い込もうとしていた動きを止める。
「……これの、正体がわかったのか?」
《いえ、正体の方はさっぱりと解らないのですが、その見せて頂いた金属の粒の様な物に"黒い靄"みたいなものがかかっているのが見えたような様な、気がして》
サルドが最後まで口にする前に、南国の英雄は閉じかけていた掌を大きく開く。
「何だ?!」
先程はただの形の変形した金属片に過ぎなかったものだけれども、今は南国の英雄の掌にあるのはそれは、サブノックの魔術師が声で伝える様に、黒い靄に包まれていた。
そして、直ぐに南国の英雄の緑色の眼を大きく見開き、震える声で呟く様に形の良い唇を開く。
「……何たること」
《その、すみませんが……もし、宜しかったですけれども、こちらの金属に触ってみても、宜しいでしょうか?》
南国の英雄が震える声で、思わずと言った形で呟いていると、サブノックの魔術師は声ながらも、"震え"を感じさせるもので尋ねる。
サルドからの申し出に、南国の英雄は黒い靄が見えていた事で既に作っていた眉間のシワを、更に深くしたけれども、少しだけ逡巡した後、魔術師に向かって、無言でその手を差し出した。
《ありがとうございます。それでは、失礼したします》
指を延ばして、褐色の掌の上にある黒い靄を纏った金属片に、サルドは手を伸ばし、先ずは1つ摘まむと同時に、声とは違った調子で言葉が響く。
―――どうして?。
(これは、女性の声?。それで、南国の方言が入っている。でも、一体、誰のものなんだろう……)
精神を集中する為に、空中に待機状態にさせていた水晶を側に寄せて、更に声を遮断する。
恐らくは変形した金属というよりは、突如として現れた黒い靄の方が、発しているのだろうと魔術師としての勘で、意識はそちらの方に集中させると更に声が聞こえてきた。
―――貴方は家族を作らないと言っていたではないですか。
―――私と同じで、王の為に、国の為に自分を捧げると約束をしたではないですか。
(……何と言うか、物凄く悲しんでいるというか。でも、それだけではないというか、難しいものだな。
それに"国"や王の為に自分を捧げる"家族いらない"とはどういった意味合いがあるというのだ?)
最初は地言葉の内容から単純に男女の恋愛感情の物かと、魔術師は考えもしたのだけれども、言葉が進むにつれてそれだけではない単語が出てきて、黒い靄として、纏わりついてる。
(もう少し、掘り下げて、探れるだろうか?)
サルドが今触れているのは、2つある内の1つで、残った方にも同じ様に黒い靄が纏わりついている。
(……こちらは、どうなんだろう。同じような、内容だろうか?)
1つ目を手放し、ごく自然に残りのもう1つの黒い靄を纏っている金属片の方に視線を向ける。
(方言があったから、恐らく南国の方で、英雄殿と何等の関係がある方の言葉なのだろうとは思うけれども)
それに次いで、先程褐色の顔の整っている青年が口にしていた言葉を思い出す。
『……簡単にいうなら後始末、汚い言葉で言うのなら尻拭いというやつだよ。
私には、父親も、弟もいない。
唯一の家族の母の為に、遠路はるばる心残りを解消しに来た』
その中に登場していた唯一の女性で、南国の方言を流暢に話せそうな存在として思いつくのは、彼が母親として語った人物のみだった。
(これは、南国の英雄殿の御母堂の声……になるのか?)
思慮深い魔術師は、先程の話の流れからして、この変形した金属の固まりに纏りついている黒い靄が聞かせている、女性の物の声が、今は呆然としている褐色の美しい青年の母親の可能性はあるとは思うけれど、決定付ける事は避 ける。
(南国の英雄殿は、御母堂の"心残りを解消しに来た"と仰っていた。
そして、本日南国に帰るという事なのだから、"後始末"自体は終わっている筈なのだろう。
そうでなければ、帰るとは言わない―――それに)
恐らく自分に聞こえているのなら、誰の声かは断定が出来ないけれども南国の英雄にも聞こえているのだと思う。
その褐色の肌の美しい顔立ちの英雄は、どういう理屈や仕組みで、若しくは魔法か解ってもいないけれども己が、国を出てきてまで回収してきたものがこのような状況を引き起こしているのか、激しく戸惑っていた。
それは、"母の心残りを解消しに来た"事を、為し得た人の表情にはとても見えない状況にもなっている。
《……それでは、もう1つの方も失礼します》
集中を途切れさせぬようにしつつ、声で断りをいれる。
だが、もう1つの歪んでいる金属片に触れようと先に摘まんでいた物を離した瞬間に、丁度載せられている台座の役割を果たしていた、南国英雄の掌がグッと閉じられてしまう。
「……済まないが1つだけにしてもらって良いだろうか?」
《……わかりました》
これまでになく、重たい調子で聞こえてくる南国の英雄の声と要望に、その存在が主の客人でもある事を弁えている魔術師は承諾の言葉しか出せない。
集中する為の傍に寄せていた水晶球をふわりと高い域まで浮かせて、南国の英雄の言葉を従い聞き入れるの体現させるように、スッと身を引く。
《でも、1つだけ、御意見宜しいでしょうか》
「何だ……」
既に、黒い靄を纏っていた歪んだ金属片を懐にしまい直しながら、南国の英雄は言葉短く尋ねる。
至極機嫌が悪い―――実際には黒い靄が出てきた歪んだ金属片のことで、大いに何かしらを心を思い悩み、苦渋の表情を浮かべている南国の英雄に魔術師に提案をする。
《南国の英雄殿はこのままセリサンセウムを去り、御帰りになられて、後悔をなさいませんか。
先程の金属片を回収をすることだけが、セリサンセウムを訪れた目的かもしれませんが、その状態で持ち帰ったとしても、その事が心残りにもなりませんか。
せめて、その黒い靄の原因の様な物が掴めるまで、日にちを延ばす事は―――》
魔術師として、主《サブノックの英雄》の客人《南国の英雄》に、出来る事なら心残りがなくして戻って貰いたいと考えていたし、幸いにもこの国の図書館にある蔵書には、魔法や呪い物の文献が多くある。
それらを活用すれば、"黒い靄"の正体はもしかしたら簡単に解明できるかもしれないと、思えた。
「それは出来ない」
けれども大きく頭を左右に振って、南国の英雄はサブノックの魔術師の提案を拒んだ。
「サルドの話は有難いが、今は後悔する事になっても、戻らないといけない。
レナンセラ王にも、そういう期日の約束で、このセリサンセウムにやって来た、英雄としてそれを違えるわけにはいかない。
それに、持ち帰った方がもしかしたなら、存外早く解決出来かもしれない。
多分、これは魔法や呪いの類のものだから、それならうちの呪術師殿に尋ねるのが妙案かもしれない。
―――それに、もう1人、とても優秀だが新入りの老人に私の代役を無理に頼んでいる」
そう語る南国の英雄の表情は、歪んだ金属片に突如として現れた黒い靄によって、少なからず受けた影響の翳りを潜ませ、元から持っていた凛々しさを取り戻していた。
どうやらあの黒い靄を通じて伝わって来た声については、この場でどうこう出来る物ではないと、己の中で区切りをつけたらしい。
義理堅くもある南国の英雄は、自国の王から受けている信用を裏切らず、その上で呪術師に寄せている信頼を、信じて下手に自分だけ抱え込むよりはと柔軟に考えを切り替えていた。
それらを南国の英雄の言葉から察した、サルドはこれ以上は自分が引き留めるのも野暮な事だし、ある意味では主の評判を下げかねなので、あっさりと引くことにする。
ただ南国の英雄の話に新しく出てきた、"とても優秀だが新入りの老人"という新しい登場人物に、少しばかり興味を持つ。
《新人の老人というのも、少しばかり失礼を承知で例えますが、何だが興味深い響きですね。
でも、南国の英雄殿がそういうのなら、本当に優秀な方なのでしょう》
声でそう告げると、南国の英雄の方はサルドの例えに全く気にしなかったようで、寧 ろ喜んでいる様に頷いた。
「ああ、老人なのだが背筋が確り伸びていて、南国では私も長身の方なのだが、それ以上に高い。
ただ髪の毛が見事に白髪で、シワも年相応のものだから一目で老人と解る」
そこから少しだけ苦笑いと言った形の表情を作り、更に続ける。
「丁度、月が一回りする前に、私がどうしてもセリサンセウムに向かわなければならない状態になった。
ただ、突然の事で、仕事の調整にをしてからいかなければならなくてな、頭痛を感じていた。
サルドならスパンコーン殿との付き合いで知っているかもしれないが、南国は全体的に"ゆっくり"でな。
他国と接する観光産業について働く者は、比較的普通というか……まだ大丈夫なのだが。
セリサンセウムや、サブノックや、ヘンルーダや、東の国にはなかなか受け入れがたい位、ゆっくり"なものでな。
その、指導役が巧く采配をしていないと、恐ろしく仕事が滞る」
《ああ、はい、大丈夫です。"存じ上げて"いますので、どうぞ、その頼りになるご老人の話の続きを》
南国の英雄が少しばかり語り辛そうにしている、自国の文化に関して、サルドは十分に察する事が出来るので、そう先を促す言葉を口にする。
商売を行う上で働き手の指導もを商人としての、手腕が問われる物でもあるので、主と共にそれなりに学んでいる。
南国に販路を延ばし、開拓する際には、指導に関しては苦笑い浮かべるしかないような文化的衝撃に、主と共に、中々苦難したのは身に覚えがあった。
ただ"魔術師として優秀"としてサルドの事を認識をしてはいけれどもが、商いに関してもそこまで通じているのは、南国の英雄としては大層意外な事になる。
今度は魔術師の方が興味を持った視線を、南国の英雄の綺麗な緑色の眼から注がれる事になったので、"これも何かの縁だろう"と、自分が培い、学習した事を簡単に話す事にした。
《……南国の何事に対してもゆっくり、ゆったりとした"余裕"が、観光で訪れる方々は魅力を感じ、癒しを求めて訪れる。
そんな外からやって来た、異国の客人の"夢"と根付いている価値観を崩さずに、奉仕の形態はあちらの文化に合わせるという事を、奉仕側―――現地の方に仕事として"当たり前"の様にするには大変な仕事だと思います。
ある種の文化変容―――。
異なった文化をもった人の集団が、互いに持続的なに直接的接触をした事で、その一方または両方の集団の、もともとの文化型に変化を起こす現象と言えばいいでしょうか。
実際、南国の文化を基礎にだけで観光業を起こしていたなら、余程南国の文化に理解を示してくれる方でなければ、客として根付かなかったでしょう》
「驚いた!、サルドは水晶を飛ばしていたりして、魔術師として頭がいい人とは思っていたけれども、そういう商売の勉学の方も出来るのだな」
南国の英雄がセリサンセウムの美人な英雄では見せる事の無い様な、感嘆するという気持ちを込めて"大笑い"の表情に、サルドは恭しく頭を下げた。
《私の主のスパンコーン様は、サブノックの英雄ではありますが、表向きの認知度が高いのは"商人"ですから。表向きのお仕事も、助力できるように私も務めています》
サルドは説明は最もだとも思うのだけれども、極彩色の全身を包み込むような姿で、魔術師の雰囲気としては十分だけれども、接客をする商いの様子は、南国の英雄は巧く想像が出来ない。
けれども、現在己がしている格好も、南国では考えられない全身や顔が見えない様に覆い隠している姿でもあるので、"商人"としての主を手助けをしている際の、サルドの姿はまた別かもしれないと考えいたる。
南国の英雄が再び自身の中で考えの区切りをつけているのが、伺えたので、察しの良い魔術師は再び話を進める為にに、語りかける。
《それで……、その大変頼りになるというご老人も、そう言ったお仕事の面で、南国の英雄殿を助勢してくださっているのでしょうか?》
サルドの声で、ああ、と小さく声を漏らしたなら、少しばかり話が逸れていた事を思い出した様に、"とても優秀だが新入りの老人"を初めてくれた。
「話を繰り返す事になるが、月が一回りする前に、私がどうしてもセリサンセウムに向かわなければならない情報が入って来た。
突然の事 で、仕事の調整にをしてからいかなければならなくてな、頭痛を感じていた時に、呪術師がその背の高い白髪の老人を紹介してくれたんだ」
《その、背の高い白髪の翁の方は、その、呪術師殿の知己―――昔ながらのご友人なのですか?》
サルドは少しばかり、南国の呪術師に関して探りをいれる様に、背の高い白髪の翁について尋ねる。
正直に言ったなら"背の高い非常に優秀な白髪の人物"なら、主の遠い縁戚に当てはまる存在がいると記憶していたが、直ぐに"その方"は既に"旅立って"いるので当てはまらない事に気が付いた。
(確か御葬儀の書状を受け取って、スパンコーン様は"世話になったから"とお悔やみの言葉と共に幾らか包み、早馬を出す様に指示されていたし、手配をしたのは―――私だ)
その当時は世間的にも"大災害"が治まり、どこもかしこも復興に忙しく、主も国から英雄の役割を賜りつつも、商人として活動を始めたばかりの時期でもあった。
(あの頃は、本当に忙しかったから……こうやって、南国の英雄殿が"背の高い白髪の老人"を話題に登場させてくれていなければ、うっかり"旅立たれた"事すら、忘れてしまいそうだった。
それにご存命なら、確かの国の賢者殿よりは年下だけれども、相当な御高齢の"セリサンセウム最高齢の賢者"という事になる)
ただサブノックの魔術師が、昔日の多忙さの余りに曖昧になっていた所を、少しばかり記憶を掘り起こし、改めて整頓をしている最中にも南国の英雄の話は続けられていた。
「いや、昔からのお友達でもなんでもないそうだ。
でも、出逢って間もなくして大層気が合っている様子で私に紹介してくれた時にも、
『2・3日前に知り合った。
とても物知りで、世の中を叡智をこの白髪の頭に納めている、序にとっても先読みが得意な存在だ。
どうやら、ある方を捜しにセリサンセウムの西側から、遠路遥々やって来たらしい。
でも、途中で旅券や、身分を証明する物を落としたらしくてな。
まあ、そこは役所さえ誤魔化しておけばなんとかなるさの精神でやっている所で、呪 術師である私と遭遇した理由だ。
こういう時にこそ、素晴らしい南国の寛容の心!。
"行逢りば兄弟何隔てぃぬあが"
"出会った人は皆、兄弟"』
と、滅多に使わない方言を使って、かなりの上機嫌で言う。
で、紹介して貰った。
私からしても、とても賢い人と思える老人だと感じたよ。
―――ただ、その老人は賢いだけではなくて、強いとも思えたよ。
手合わせはしなかったが、魔術も武芸も出来るな。
杖を持っていたけれども、あれは補助でも飾りでもなくて、武器のためのものだったな」
自分《英雄》の役割を補助してくれているという、白髪の翁の姿を思い出すと同時に、英雄に相応しい、鋭い眼元にしつつそう語る。
《……それで、英雄殿は呪術師殿が紹介されたその方に、御自分のお仕事を一時頼んだのですか》
サルドが確認する様に尋ねた時、南国の英雄は深く頷いた。
「ああ、そう言えば"アレ"も、老人が改造したんだ」
南国の英雄は深く頷いた後に、思い出した様に続けたが、魔術師の方が"アレ"の意味が解らないし、"改造"という中々物騒な単語が出てきた事に、驚いてしまう。
《すみません、その南国の英雄殿が留守を委ねる方が改造したという"アレ"と言うのは何の事ですか?》
サルドが思わず尋ねてしまうと、褐色の美人の英雄の方は直ぐに思い至った様子で、更に応えてくれる。
「―――ああ、"アレ"では意味が通じなかったか。
"催涙ボール"、……この国の英雄を正に"煙に巻く"と言った調子で、私が使った道具だ。
物凄い煙の量だったし、風の向きに気を付けて使ったが、少しばかり火薬を弄って、涙が出る量を増やす様にしていたと聞いている。
まあ、流石に英雄だけあって、不意打ちにも関わらず向こうもとっさに風の精霊を呼び出し、防御をしていたみたいだがな」
"この国の英雄"については、やはり複雑な物があるらしく、少しばかり語り辛そうにしていたが、その後は南国の英雄は滑らかに説明をしてくれた。
それと同時に、魔術師の方も少々忘れそうになっていたが、ど うして"この場"にいるのか思い出す。
―――主のスパンコーンに"アルス・トラッド"、眼前にいる南国の英雄に"アト・ザヘト"についての追跡を頼まれ、自身の水晶を使って行っていた。
けれども、どうも途中から相手方に気が付かれてしまっていたが、感じ取れてしまっていたのだけれども、主の欲していた情報が何かしら聞き出したい。
そう考えて粘っていた所が、日頃冷静な魔術師にとっての悪手となる。
"逃走経路"に、城下街の東側でも、休憩時間中の為に特に人通りの少ない場所で、更に人が寄らぬ様に無意識に働きかける結界を張ってあった場所に逃げ込んだけれども、セリサンセウムの英雄アルセン・パドリックにはいずれも効果はなかった。
『―――平和ボケをしているかもしれませんが、セリサンセウムの英雄も舐められたものですね』
瞬く間と言う時間で追い詰められ、サルドなりに抵抗をに抗したけれども、魔術にも剣術でも敵わない。
特に武力に関しては、武人が祖となるサブノックの並み兵士くらいには鍛えている魔術師ではあるけれども、素早さでは、アルセンには到底及ばない。
"父親の形見"でもあるという、魔法の力を宿す事が出来る細剣に、得意としている炎の精霊を纏わせて、魔剣として自分の脚を狙ってきているのは理解できた。
脚を負傷させ動きを封じ、自分を捕らえ、情報を吐かせようとしているのは、十分考えつく。
(情報も吐かせたいところもあるのだろうが、最も知りたいのは"あの2人の少年をつけていた理由"を知りたいだけなのだろうな)
ただ、残念ながらサルド自身は、ここ数年の従者としても仕事は正直に言って商人としての主を支える事に重きを置いていた。
恐らく自分を追い詰めている状態の、美人で綺麗なこの国の英雄が考えている様な、裏で暗躍する様な情報は持ってはいないし、情報を仕入れるしても主に命じられて、断片的な情報のみである。
そして魔術師として戦う為の能力も、あくまでも主を補助する事に特化しているのが殆どだった。
(でも、私が2人を追跡していた理由だけ知っても、困惑するだけだろう)
―――アト・ザヘトの方は南国の英雄の純 粋な"心配"からの物。
―――アルス・トラッドに関しては、主がある時期を境に何かと気にかけ始めた、セリサンセウムの賢者の存在があった。
けれども、サルドはそれ以上も以下も知らないーーーが、ふと連なる様にある事を思い出す。
(思えば、丁度"あいつ"が来た時期にスパンコーン様が、セリサンセウムの賢者の動向と、"あの方"の様子を気にし始めていた―――?)
そうの考えが魔術師の胸の内で浮かんだ時、"それ"を最も知られてはいけないのだと、不意に気が付いた。
そして、今この場で捕まったなら、情報を何らかの形で結び付けて、その事も含めて相手も、勘づきかねない。
(それだけは、いけない)
自分の身にも危険が及ぶ事になるけれども、確実に逃げる方法を取る為に、念には念を入れて隠していた水晶を浮遊させて、そちらに意識を集中させた瞬間―――。
極彩色の民族の装束の、その色合いを超える派手な濛々とした煙によって、サルドの視界は覆われた。
眼元まで覆っている装束の効果もあって、煙に含まれている刺激物の効果が最大限に抑えられる。
ただそれでも、僅かに煙に触れた肌は、燃え盛る炎に近づいた時と同じ様な”チリチリ”とした痛みが走る。
(避けなければ―――って、うわあ?!)
《何をやっている!、早く逃げろ!・このまま、涙が止まらなくらなくなるぞ!》
つい先程まで、自分を追い詰めていた声ととてもよく似た響きを持った声が、頭に響いたかと思った瞬間には腕を掴まれ、風上の方向へと身体を引っ張られる。
自然と風の流れに乗る、色鮮やかすぎる煙との距離が開いたかと思ったなら、その内側が蠢いたのが判った。
その頃のはサルドも腕を引かれながらも自力で走り始めており、濛々としている煙の中に多くの風の精霊が集められているのも直ぐに察する。
けれども、煙のほうもまるで内側にいるだろう、本日は私服姿でもあったアルセン・パドリックを揶揄う様に纏わりついている。
何はともあれ、南国の英雄が投げた煙幕のお陰で、サルドは到窮地の状態から、逃げ切れる事が出来たのだった。
《―――あれは、どういった物なのですか?。煙幕であるにしても、軍事や戦 に使う物にしては、煙の種類や量がが少々違う様に感じられました。
スパンコーン様も、仕事でそう言った類を扱いはしますが、あそこまで煙の量と―――色鮮やかなのは、初めて見ました。
その優秀なご老人は、そう言った方面の知識もあるのですか?》
サルドの質問する気持ちは南国の英雄も判るので、解る範囲で答える。
「私も出発の際に、その老人が、"何かの時の為に"とくれただけで詳しくは知らない。だが実際役に立った」
―――……今はもう旅立ちましたが、伴侶だった人が昔世話になった道具の模倣品を、私なりに作成してみました。
―――話しを聞くと大戦中にどこかの国の、賢いけれどイタズラが好きそうな方が、作ったそうで。
―――それで調べてみたなら、セリサンセウムのオーロクロームと言う方が、有料ではありますが、資料も出版しているのでそれを参考に。
―――それでは、お気をつけて。
「何にしても、南国に戻ってからになりそうだ。"コイツ"を含めてな」
胸元に納まる黒い靄を纏う歪んだ金属を抑え方言を口にしながら、南国の英雄は小さく息を吐いた。