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騒がしい午後

挿絵(By みてみん)

喫茶店"壱-ONE-"で昼食をとって十分休息した後、"迷子になった友人を迎えに行く"という事になって、ルイとリリィ、それに保護者代わりとしてシノが同行する事になる。



本来ならロブロウから行動を共にしている、アプリコット・ビネガーが行くべきなのだろうが、少しばかり調べ物をしたいと告げる。



喫茶店が王都の中心に近いだけだけあって、近所に案内所や掲示板もあるから夕方、皆で集合するまで丁度良いと言う。


「それに、今夜泊まる場所も下調べしたいしね」

「え、アプリコットさま、うちに泊まらないんですか?。お屋敷、お部屋もあまっていますし、きっと賢者様も泊まって行けばいいのにっていいますよ」


ロブロウからの一行が、泊めている場所を決めていないのなら、是非とも泊まっていって欲しいと思っていたリリィがそう口にした。

すると申し訳なさそうにアプリコットが微笑みながら、リリィの頭を撫でる。


「うん、でもいきなりお世話になるのもなんだし、多分長い間王都の方に住む事になりそうだからね、ちゃんと調べておきたいのよ。

アトの事も含めてね、リコリスさんには申し訳ないけれど、病院の事もちょっと時間を貰って詳しく教えてもらおうと思ってね。

それに、これからは毎日逢おうと思えば会えるから、心配しないで。

時間は一杯あるから。

だから、今はアトのお迎えに一緒にルイ君とシノさんと一緒に行って、少しでも東側を案内をしてあげて。

迷子になっても、目印になる場所とか教えてあげて」


「……判りました。そうですね、これから一杯会えますもんね」


アプリコットのどことなく大好きな賢者さまと似ている言い回しに、リリィは素直に納得をして、従い頷く。


その頷いた瞬間に、アプリコットが幾らか鋭くしたしせんをシノとルイに向けたなら、2人は意味を了解した様に頷いていた。

それから直ぐに、3人を送り出したと同時に、王都の城下では昼休憩が終了の目安の1つとなっている、時計台の鐘の音が鳴り響く。


そしてその姿が、人混みにすっかり消えたのを確認してから、アプリコットが喫茶店"壱-ONE-"の付近に感じる気配の方に向き直ると、物陰から見慣れた1人と1匹が姿を現した。


「……で、アトの事を保護してくれた事は嬉しいし、感謝もしているのだけれども、どうしてそんな恰好でこちらに来たんですか?」


挿絵(By みてみん)


立派な青いコートを身に着けたモフリとした毛の印象が強い"ウサギのぬいぐるみ"を、何とも言えない表情で、脇に抱えているシュト・ザヘトが立っていた。

傍目からみたなら、アプリコットはシュトに話しかけている状況になるのだろうが、向けられている視線は、その脇に抱えているぬいぐるみに向けられている。


「いや、それが、何と言うかアプリコット様」


シュトはシュトで、自分の脇に挟む様に抱えているぬいぐるみと雇い主を見比べていると、周辺をぐるりと見まわし、僅かに膨らんでいるぬいぐるみの上着のポケットを見る。

その視線に気がついたアプリコットは唇に指を当てて、辺りを見回してから小さく頷く。


「まだリリィちゃん達がいる内から喫茶店の周囲を散策していたみたいだけれども……。

まあ、何にしても中で話しましょう。

小さな女の子ならともかく、シュトがぬいぐるみを抱えている姿は非日常的シュールだわ。

それと、状況を整理したいから、お話よろしくね」

そう言って、喫茶店の中にアプリコットが戻っていくのに、シュトも慌てて、ウサギのぬいぐるみを抱えたままついて行った。





「"おっす、ワシ、ウサギだニャ~"」

「……ら、ライちゃん!?」


喫茶店の、王族護衛騎士達の暫く定位置の様になってしまった奥の席に場所に、シュトが辿り着いた途端に、比較的作業の量が少ない自称歌って踊れる魔術師のライが、ウサギのぬいぐるみに目敏く気が付いた。


それと同時に、午後からの書類作業をライはあっさりと放棄して、


"ワチシが持つニャ~。その方が変じゃないニャ~"


と言うので、脇の間に挟んでいるウサギのぬいぐるみが、無言の抵抗をしていたような気がしていたが、シュトも自分の様な野郎が持つよりも、チャーミングな女性が良いだろうあっさり渡した。


そうしたら早速、ライが相棒リコリスに向かってウサギのぬいぐるみを使ってふざけてみせる。

最初は視線を一度向けて元にも戻したが、それがコートの色が変わったこの国の賢者だと気がつき、大いに驚きながらも、相棒ライ名前を呼ぶにとどまった。


「いやあ、最近のぬいぐるみは精巧な造りだね。

ただ、折角ここまで精巧な造りなのに、本来のウサギにない肉球を装飾してつけてあるのが不思議だねえ。

しかも、相当忠実に作ってあるようで相当ぷにぷにしてそうだ」


先程喫茶店に着いた時は、挨拶をした程度の老紳士―――リコリスとライの護衛対象だというユンフォ・クロッカスという老紳士が、ライが"ぬいぐるみ"を扱っているのを、楽しそうにそう語る。

それから、シュトの方に方に向き直ったなら、人当たりの良い笑みを浮かべて穏やかな声をかけてくる。


「やあ、おかえり、シュト・ザヘト君。

その様子だと迷子になった弟君には、無事再会で来たようだね。

良かった良かった」

「あ、ありがとうございます」


それからウサギのぬいぐるみで、遊び始めている自分の護衛騎士ライちゃんを見守り様にそちらの方に視線を向けてしまった。


「……えっと、アプリコット様」

「まあ、シュトも昼からドタバタしたから、飲み物頼んで取りあえずゆっくり休みなさいな」


先に喫茶店の中に入っていたアプリコットに視線を向けると、護衛騎士達の作業をしている机から少し離れた場所に座っている。


どうやら、雇い主(アプリコット)の方も何やら書き物や読み物をしていたらしく、よくよく見ればその足周辺に、ロブロウから訪れた一行の荷物を置いていた。

シュトはその正面の席に腰掛けて、取りあえずメニューを眺めるながらも、少しばかり荒んんだ雰囲気を醸し出している、ウサギのぬいぐるみで遊んでいるライとそれを見守る老紳士を観察する。


リコリスは、明らかに戸惑いながらも、再び自分の仕事の方に再び集中を向けようとしていた。


(このお爺さんっていうか、老紳士さんの前ではどんなふうに、やればいいん……ですか?)


多分、アプリコットなら以前ロブロウで多用したテレパシーの調子で考えを浮かべたなら拾ってくれるだろう、そう思って行って見たなら、その考えは当たり、返事をくれる。


《ああ、ユンフォ様に関しては"ウサギの賢者"の正体については、気にしなくてもいいわ。

何せ、軍学校時代のグランドール・マクガフィンとネェツアーク・サクスフォーンが教官を務める班に、アルセン・パドリックを途中から編入・入隊させた御方だから。

後は、そうね、アルセン様の御父様とも深いご縁があった方だから、シュトの予想以上に情報は持っている方だから、色々話しても大丈夫だとは思うわよ。

勿論、ウサギの賢者殿に関しては、大っぴらには出来ないけれどもね》


(そうなんですね)


アプリコットからのユンフォ・クロッカスの詳細を知らされて、返事を返しながら思わず瞬きを繰り返す事になるけれども、そこまで気を付けて話をしなくても良いと判ってシュトは軽く安堵する。


(ああ、それで、賢者殿的には、丁度良いって事になるんだな)


現在ライに遊ばれているウサギのぬいぐるみ―――ネェツアーク・サクスフォーンと共に、マーガレットの菓子屋を出てから、シュトを伴いに王都の城下街を調べて仕入れた情報。


それはシュトが、ロブロウで偶然知る事になり、"一応"と考え、賢者ネェツアークに伝えた、世間的には事故として片付いてしまっているアルセンの父、アングレカム・パドリックの死の真相と思われる物だった。


その調査にシュトを半ば強引に連れて行った理由わけは、公には馬車の暴走に巻き込まれたとされているが、間接的、結果的に、アングレカムに死をもたらしたものが、彼が武器としている"銃"という武器が関係している為である。


その銃という武器自体が、攻撃の手段として魔法と言うものが成立されているこの世界では殆ど浸透しておらず、当時"事故と見せかける凶器として使われた"という考えを誰も抱かない。

事故として片づけてしまった背景の1つに、直接的な死の原因が不惑を超えて授かった最愛の息子アルセンを、暴走する馬車から身を呈して守った上での"偶然"ものだからという見解もあった。



ただ事情を知る者からしたなら、その馬車の事故の原因を誘発させたのが、十中八九、ネェツアークの師匠に当たる賢者が造った4丁の銃の内の、シュトとアトが引継いだ後に残し、盗まれた2丁になる。


この世界に殆ど認識されていない"銃"という武器は、元々シュトとアトが"3代目"としている傭兵稼業の初代ジュリアン・ザヘトに、ネェツアークの師となる賢者が縁があって、魔法が全く使えないが、ジュリアンの才能を見出し、授けたと伝え聞いている。


ただ、ジュリアンに授ける2丁と共に、もしもの時の為に、賢者の師となる人は万が一の為にと”2丁”を作っておいたのだが、それがある時、盗まれてしまった。


銃の威力と言う物が浸透していない世間では、扱い事態では大惨事になりかねないし、何よりも危ういという考えた賢者の師だったが、当時既に高齢であった為、自分の弟子ネェツアークに、回収を頼む。

銃の捜索は、盗まれた直後から途中までは、ジュリアン・ザヘトも偶然知る所となり、協力していた。



しかしながら、賢者の師となる人は、当時(ジュリアン)が背負っている運命さだめが余りに重責に見えた為、死の間際に、"弟子に一任するのでもう探さなくても良い"という遺言を残していた。


その遺言をジュリアンに伝えたのが、当時セリサンセウムの軍人でも賢者でもない、"悪童"のネェツアークとなる。


それを以て銃と言う武器については、ネェツアーク自身は"ウサギの賢者"として、ロブロウに赴き、"銃の兄弟"として、シュトとアトに出逢うまでは、殆ど関わるという事がなかった。


ただ、師からの遺言は確りと覚えており、シュトから"残った2丁の銃が起こした凶事"―――アングレカム・パドリックの死について関与あるかもしれないとして、話しをきいて、今回動いている。


話を聞く限り、シュトがロブロウで知らされた、"アングレカム・パドリックの死"の原因も結果だけを見たなら、原因は"息子を庇った為のものである"という結論もネェツアークは出していた。


また、シュトが"ジュリアン・ザヘト"から伝えきいた、執拗に息子―――アルセンの方を標的にしていた話もその根拠になっている。

そして、今回ネェツアークと共に、当時、パドリック父子が馬車の暴走に巻き込まれたという事での現場検証というものを行ったのだけれど、"先回り"というものをされていた事が判明した。


『―――とりあえず、この事件の当時の事を詳しく知っていそうな人に話しを聞いてみようか』


そう言って、今回の迷子騒動の副産物の様に仕入れた、ユンフォ・クロッカスの所在地に加えて、"別件"になるかもしれない用事も片付けようとして、喫茶店に向かったネェツアークとシュトとなる。

ただ、途中"ついでに調べたい事があるから"と、勝手知ったる城下町の東側の死角でウサギの姿に戻って、何やらガサゴソと"人の身体では調べにくい事"を調べたりもしていた。


その調べ物も終わった時に、丁度リリィ、ルイ、シノが喫茶店から出発し、そのまま合流する形になる。

しかし、シュトからしたなら、ネェツアークに言われるがままについて行っているだけでもあるので、ユンフォ・クロッカスの経歴には正直驚いてもいた。



(あの人の良さそうな老人のユンフォ様が、アルセン様のお父様の副官をしていたんだ。

でも、今更というか、上司だった人が故意に狙われたって知ったなら、どんな気持ちになるんだろうな……って、狙われたのはアルセン様か。

……それはそれで、嫌な話だな)


落ち着いた雰囲気の喫茶店なので、子どもなどは見かけないけれども、先程ルイに連れられて菓子店に赴く途中には、手を引いて歩く親子の姿は多く見ていた。

希望的なシュトの視点だけれども、どの親もきっと自分の子どもに危険が迫っていたなら、己の危険を顧みず助けるという行動をとると思う。


(まあ、"誰が"”何が"悪いかっていえば、子どもを狙う様な奴だよな。それにどんなに守りたくても、立場が子どもだったら無理やり守られる側に回されてしなうからな)


そしてその守られ方も、勝手に決められてしまって、子どもは感謝という気持ちを抱きつつつも、大いに不満を抱く事になる。

少し考え込みそうになった時、気配を感じて顔を上げたなら、店主のウエスト・リップ氏がやって来ていた。


「何か飲まれますか?」


(飲食屋流石に注文しないと、不味いよな)


とは言っても、正直にいってこういう場所には慣れてないし、シュトの価値観で言ったなら"お高い場所"であるのでメニューの一番上に載っている物を注文する。


「じゃあ、アイスコーヒーください」

「シロップとミルクは?」


「あー、お願いします」

「承りました」


日頃は飲み物は、あっさり目の味を好むけれども、これからアプリコットに情報を伝達するにあたって、栄養を補給するつもりでシロップも頼む。

シュト自身がテレパシーを使っているわけでもないのだが、考えて"頭"を使うので自然と疲れるのは自覚している。


「ニャ~、ワチシも同じのでストローつけて、ついでに小腹が空いたからクルミパンがあったなら欲しいニャ~」


すると、丁度店主マスターが背を向けている状態になっているライが、追加の注文を口にする。

店主マスターが振り返ったなら、確か店に入った直後はピンとしていた長い耳が、半分に曲がっている、青いコートを身に着けたウサギのぬいぐるみを膝に乗せていた。



(気のせいか、ぬいぐるみぐったりしている?)


「おや、そうですか。それではそちらも、承りました」


商売人の店主マスターは胸に浮かんだ疑問を、微塵も顔に出さずに下がっていった。


「あら、"ライさん"も疲れたの?」


アプリコットがライの名前を呼んで尋ねるけれども、それが"ウサギの賢者"に置き換えられるのは周囲にいる一同は察している。


「にゃ~、ユンフォ様と久しぶりにテレパシーで、会話をしたなら、頭もお腹も減っちゃったんだニャ~。

あと、少しばかり昔話に関して、お説教も兼ねての返事で耳が痛くなってしまって、長いのが曲がってしまったんだにゃ~」


ライが耳の曲がったウサギのぬいぐるみの片手を持ち上げて、膝の上で挙手をする形で短い腕をぶんぶんと振り回していた。


「……思えば、昔話と言っていたけれども、お二人はどれくらい久しぶりに再会なるのかしら?」


周辺には身内しかいない状態になったのと、ウサギのぬいぐるみ―――賢者はライの膝の上に乗っかっている事で、声に出して会話をするにしても、ぬいぐるみが声を出すという行為さえしなければ怪しまれない。


どことなく鋭そうな店主マスターに気をつければ、この調子で会話を続けても良いだろうといった調子で、アプリコットを含む周囲は、ほぼ暗黙の了解で話は進み始めていた。


「そうだにゃ~、"ちゃんとこうして会うのはえーと、20年くらいになるのか?”ニャ~」


ライが、今度はウサギのぬいぐるみの短い腕を器用に組ませる形にしながらそんな事を口にすると、老紳士ゆったりとカップの皿を手に取りながら、穏やかな印象を作ってもいるシワの多い口を開く。



「正確にいったなら、18年ぶり位になる。

まあ、何かとアルセンを介して情報を交換しているし、姿だけというのなら互いに見かけているからね、そこまで久しぶりという感じもしないがね。

それに、元々、うちの国の賢者殿は素気ないという訳ではないが、必要が無いのなら直接会いに来ることもない。

だが決して、無情というわけでもないのだな。

ただ、余り一般的な友好関係においては、そこの具合を理解される事は少ないみたいだがね。

個人ならそれで構わないが、保護者として振る舞いたいのなら、もう少し気をつけなさいとね」


そう言ってから、カップの縁を口につけて静かに紅茶を含んでいると、今度はウサギのぬいぐるみの腕を万歳の形にしながら、艶やかな唇を開く。


「にゃ~、”それを言うならグランドールのオッチャンも似たようなもんですよ”にゃ~」


「そこで、マクガフィンを巻き込むから、アルセンが怒るのだよ」


ユンフォがに短く言い返した時、少しばかり周囲の空気に"張り"の様な物をシュトが感じたなら、店主マスターが、注文オーダーした物を運ぼうと、カウンターから出ようとしている所だった。


「おっと、これじゃあシュトのアイスコーヒーを置く場所がないわね。


ちょっと、待ってね片付けるから」

「あ、手伝います」


アプリコットは故郷のロブロウでも書き物をしていた際によくしていたように、卓上一杯に調べもの資料を広げていたので、慌ただしく片付け始める。


シュトも雇い主曰く"秩序あるちらかり"の片付けは、ほんの短い間ではあるけれども、ロブロウの領主邸で見習い執事をしていた事もあったのと、最初に仕事として教え込まれた事もあり、それなりに慣れていた。


一見、滅茶苦茶に広げているだけのように見えるが、使用者―――アプリコットにしたなら、一番解りやすい位置で広げているとの事で、書物は畳むことなく、資料のページを閉じることなく準々に重ねていく。



雇い主(アプリコット)にしたなら、十分手際よく片付けを手伝ってもらっているぐらいに感じていたが、シュトの胸の内では、自分に対する不甲斐なさが少しばかり浮かんでいた。




(……リコリスさんやライさんは、アルスも言っていたが、騎士や兵士の中でも選良エリートだったから、護衛騎士で気配とかに鋭いのは当たり前だとしても。


アプリコット様って一般的に言えば貴族の御婦人で、ユンフォ様も議員という程度なのに、一応傭兵である俺が一番反応が遅いって言うのは少々なさけないよなあ)









「御待たせしました。


ミルクとシロップは置いて起きますのでどうぞお好みで」


「ありがとうございます」


何かの植物の蔓を編み込んで作られたコースターの上に、注文オーダーされたアイスコーヒーとミルクとシロップが置かれる。


それから振り返り、シュトと同じ注文オーダーに加えて、クルミパンも注文したライの前に同じ様に配膳する。


偶然なのだろうけれども、ライの膝の上に乗っていることで、まるでウサギのぬいぐるみに対して、アイスコーヒーとクルミパンが配膳された様な形になっていた。


先程は、ライがぬいぐるみで遊んで(?)いたので、ウエストは良く見えなかったが、今は膝の上にいることで良く見る事が出来る。


客の所持している物に対して、感想を口にする様な事は普段は決してしない控えめな店主マスターなのだが、ライの膝の上に鎮座するぬいぐるみには不思議と興味を惹かれていた。


先程、長い耳が曲がっていたのが、今は伸びているのもあるかもしれないけれども、細かい造りの人形やぬいぐるみならば、それくらいの細工もなくもない。


それに細工に関して言うならば、まるで人が使うものと同じような、レンズを嵌め込んだ眼鏡がその小さな鼻の上にのせ、その付近に伸びる髭は立派にピンとしていて、コートの袖から出ている"手"には、フワフワとした毛のなかに隠れるよう確りと五指もあり爪もある。


その中で一番店主の興味を引き付けたのが、ぬいぐるみが纏っている衣服で、特に視線を惹くのが、これから気温が暑くなっていく中でも、見苦しくない涼やかな印象を与える青い色が鮮やかな立派なコートだった。


高価な人形やぬいぐるみになると、そのサイズに合わせて、専用の衣服を仕立てるという事が、貴族の趣味の1つとしている、収集家コレクターもいることも、店主マスターは知っている。


時おりそういった趣味の貴族の集まりの帰りか、若しくは早くつきすぎた為の時間潰しに、自慢のコレクションを店で取り出している所見かける事もあるし、語られることもあった。


その中で"服"を着せることが、特に難しいのだと語られる。


どんなにデザイン的に人形やぬいぐるみに合わせたものを作った物を着せたとしても、最初は"着せられている感"が出てしまう。


やはり身に付けている中身が"動く"という事で、馴染むというものがあるらしい。


"着せられている"という感覚を与えない印象の服を、自分達の人形やぬいぐるみに着せる事が、そういった趣味を持った方々にとっての課題であり醍醐味でもあるという話を、店主マスターは、拝聴していた。


「―――そちらのぬいぐるみは、随分と立派ですね。

それに、細かいところも丁寧に精巧に作られている、とても素晴らしい。


私も店の空いたスペースや、表のメニューを乗せているイーゼルに装飾として、季節に合わせた縮尺模型ミニチュアや、ぬいぐるみを飾ったりもしますけれど、この子は、どんな季節にも主役となれそうです」


思わず浮かんだままの賛辞を口にしたなら、ライがぬいぐるみの片手をその後頭部当てて、"照れる"しぐさを作る。

「にゃあ、"看板娘"ならぬ看板ウサギになれるかにゃ〜?」


「ええ、少しばかり不貞不貞ふてぶてしい感じも、また良いですね。

今度お時間がある時にでも、そのウサギさんを作った職人さんを教えてください。

それでは、ごゆっくり」


にこやかにそう告げたなら、控えめな店主マスターは客人達が作業をするにしても、話し合いをするにしても邪魔をしない為に、カウンターへの方へと戻って行った。



すると先程、わずかに張りつめた雰囲気は、再び緩んだと同時に、ライが左右の手でミルクとシロップが入っている小さな水差しの様な器から、2つ同時にアイスコーヒーへと注いだ。


「にゃ〜、ウサギのぬいぐるみに徹したとしても、ついに不貞不貞ふてぶてしいと言われるようになっちまったにゃ〜」


そんな事を言いながら、2つの小さな器を置き、今度はストローでを摘まみ、もう片方でグラスをしっかりと掴み、ミルクとシロップそしてコーヒーをゆっくりとかき混ぜる。


すぐにコーヒーはキャラメル色になり、その中で氷と透明な器がぶつかり、もうすぐ窓辺に吊るされる、風物詩のにな涼しげな音を奏でた。


シュトはライのように1度ではないけれども、シロップとミルクを注いで同じ様に混ぜて、一足先に口につける。


「……旨い」


(これくらい美味しいと感じる事が出来る味なら、メニューに書いてある値段でも、余裕がある時になら、金を払ってでも飲みたいかも)


最初の一言は兎も角、出しにくい内容は、胸に押し止めたつもりではあったけれども、アイスコーヒーを口に含んだ途端に浮かべた"意外そうな表情かお"からして、おおよその考えが想像できたアプリコットが、テレパシーを飛ばす。


《日頃から、高い物は敬遠しているみたいだけれど、ちゃんと値段に似合った味とか価値とかあるからね。

これまで、納得のいかない出来映えで交渉することも多かったかもしれないけれど、王都で生活するとしたなら、物と価値と釣り合った値段だから、今までみたいにそこまで気を張らなくても良いと思うわよ。

ああ、でも王都までに運ぶ為にかかった運賃料金とかで、販売している土地代金とかで値上がりしてしまう品物とかもあるけれどね》


(そうなんですね。何にしても、これまでの生活と違うところが出てくるのには、注意しておきます)


「―――て、あ、もったいね」


アプリコットの伝えてくる内容に関心をむけていたなら、シュトは危うくアイスコーヒーを飲みほしてしまいそうになってしまっていて、思わず声にまで出してしまっていた。


皮肉やの自分シュトが旨いのを素直に認めた味でもあったので、できることならじっくりと味わいながら飲もうと考えていたのに、予想外に早かった。


「シュト君、おかわりをしても構わんよ。ここを出てから、東側を随分と歩いたみたいだし、どうやら軽く王都の城下街を半周したのだ、加えて色々調べてきたというのなら、喉が渇いていても全くおかしくはない。

"ライちゃん"は、既にシュト君さえよければ、アイスコーヒーについてはおかわり待機スタンバイ状態だ。

君の具合で良いから、お代わりが欲しい時は言っておくれ」


「そうなんだにゃ〜」



相変わらず"ウサギの賢者"の代名詞に、ライは使われているようだったが一行に気にしている様子はなく、膝の上に乗せている。


シュトの位置からは、その膝の上で極力体モフリとした身体を動かさずに、クルミパンを食べ終え、小さな口にストローをくわえて、アイスコーヒーを飲みほし見事に食事を終えていた。


ユンフォはそれを見届けた後に、ゆっくりと頷いてアプリコットとシュトに視線を向けて口を開く。


「アプリコット殿にシュト君、とりあえずこれからなんだがね、飲み物のお代わりを頼んだ後に、少しばかり話そうと思っている」


《―――とりあえず、私が纏め役になって、声とテレパシー賢者ネェツアークと、アプリコット殿とシュト君を合わせて雑感を纏めていこう。

そこから、情報が拾うのが巧いとお墨付きがついている賢者に、雑感から有益になりそうな物を拾い上げてもらおう》


老紳士の声とテレパシーで伝えられた内容に、シュトはしっかり頷く。

それから、少しだけ疑問に思っているところを試す意味も込めて、シュトはある考えを頭に思い浮かべてみる。


(わかりました、ユンフォ様 。


ただ、知ってはいると思いますけれど、俺も賢者殿のところのアルスと一緒では全く魔法みたいなのは、わかりません。


だからアプリコット様ネェツアークさんが、考えを拾い読んでくれたなら、見たいな感じで今も、ユンフォ様なら読んでくれるだろうな気持ちで、考えを浮かべています)


「了承した。それでは、報告をしてもらおうか。

ただ私はライちゃんの正面に席を移動しようか。

私とライちゃんの間に挟まれていたら、集中しているリコリスの仕事の邪魔になりそうだ」



そう言って、ユンフォは立ち上がると、リコは手を休めるまでもないが、小さく会釈をしたのを確認してから、席をライの正面―――ウサギのぬいぐるみの眼前で、通路を挟んでシュトの隣へと移動を開始する。



「じゃあ、その移動の間にお代わりお願いするにゃ。アトちん兄ちゃんは、またアイスコーヒーでいいかにゃ?」


「その"アトちん兄ちゃん"ってのどうにかなりませんかね……。はい、それでお願いします」


自分への微妙な呼称と、アイスコーヒーを今度は味わって飲もうと考えながら、シュトが返事をしたなら、ライが快活でよく通る声で注文する。

普通なら喫茶店では大声なら他の客に迷惑になりそうなものだが、不思議とライの注文オーダーする声は、わずらわしさを感じさせなかった。



程なくして、店主マスターがお代わりを運んできてくれる。



「喉が渇いているなら、お冷やも出しますんで、遠慮なく言ってください。それでは」



気遣いの一言を残して、再び立ち去ってから本格的に報告が始まる。


ただライヴは、"ウサギのぬいぐるみ"を膝に載せたまま、今度はミルクは同じ様にいれたが、シロップは半量だけをいれてストローをかき混ぜて仕上げる、朝のお使いでアルスが運んできた書物を取りだし、そちらに視線を向け始めていた。

シュトは真似をするつもりはないのだが、今度は同じ様にシロップを半量にして作って一口飲んでから、誰かしらが拾ってくれると、思い疑問を浮かべる。



(ライさんは、参加しないんすか?)



すると、先程まではライに口許までストローを誘導して貰ってはいたけれども、今はウサギのぬいぐるみは自立して、飲み始める。


その姿に、シュトはアイスコーヒーをかき混ぜるストローの手を思わず止めてしまっていた。


《もし知ったなら、後々もしかしたらライさんに迷惑がかかるかもしれないからね~》



けれども、聞こえてくるネェツアークのテレパシーには、今度は両眉を上げてしまう事になる。


聞こえた当初は"ネェツアーク"と思ったのだが、何処と無く"何か違う"という自分シュトの中の直感が、違和感を訴える。


その頭に浮かべた違和感を拾い読んだウサギの賢者は、直ぐに返事となるテレパシーを、上機嫌にアイスコーヒーをストローで吸い上げながら、送ってくる。



《ああ、思えば、シュト君にはどちらかと言えば、"ウサギの賢者"としてよりも、人としての"ネェツアーク・サクスフォーン"と私―――いや、ワシと接している事の機会の方が、多いからね。

そういう風に感じ取っても、仕方がないかな。

ウサギの姿の時は、こんな感じが多いから、よろしくね~♪》



正しく飄々とした感じのテレパシーで、答えた後に、ウサギのぬいぐるみの姿をした賢者は、知り合い以外から姿を見えない事を良いことに、注意しながらも動き出す。



おかれていた紙ナフキンで、特に汚れてもいないけれども、フワフワの口許を拭いていたりもする。

その仕種を眺めていたなら、アトや、小さな子供(リリィ)が如何にも好みそうなもので、"ネェツアーク・サクスフォーン"では決して与えることが出来ない信用や安心感があるのが、皮肉屋の少年にもわかった。



(リリィ嬢ちゃんが、実際にこんな光景見たなら、喜びそうなんだからたまにしてやったら、どうですか?。


こちらの喫茶店 凄く雰囲気良いですし、今みたいなやり方なら、出来ないこともないでしょう)



《―――今回は、あくまでも"非常事態"だからしているだけだからね。有り得ないことを考えるのは、非効率的だよ》


皮肉を込めはしたけれども、限りなく本音に近いものを含めてシュトは頭に浮かべたが、直ぐに被せるように、ネェツアークのテレパシーもって、否定をされた。



「―――それでは、報告もありますけれど、話を始めましょうか。ユンフォ様は、産まれも育ちも王都なんですよね?」



《じゃあ、"非効率"になりかけているから、私から話を進めさせてもらいますね》


シュトと、ウサギの賢者と言うよりはネェツアークの間で、悶着が起こりそうだったので、アプリコットはさっさと切り上げてるように、言葉とテレパシーを挟んでいた。


「正確に言ったなら、産まれた場所は異国らしいが、物心着いたときには王都で父と暮らしていたよ。

それからは、セリサンセウムのここ50年の近代史の教本テキストの貴族の成り立ちを読んだ方が分かりやすい、ユンフォ・クロッカスという人物の人生だ」


ユンフォの方も、アプリコットの提案に乗って振られた話題に答える。



《ただ一般的には、近代史にも載っているような人生であるかもしれないけれども、ユンフォ・クロッカスとして、そこそこ貴族議員として名前を残したのも、アングレカム・パドリック様との出会いがあったからこそだとも、思っているよ。

あの方との出会いがなければ、今の私はない》


そして、テレパシーで届けられる内容は、今でも"アングレカム・パドリック"という人物への尊敬が、決して途絶えていないのが感じてとれる響きがあった。


(で、どうして、そんな人の子供であるアルセン様が、狙われる事になるんですかね。

物凄いゲスな考え方ですけれど、アルセン様の子供の頃なら、そりゃあ可愛らしいでしょうから、金にしろそうでないにしろ、"生きている"事で利用価値がありそうじゃないっすか?)


"傭兵"という仕事をしていたことで、俗にいう"キナ臭い"という事件も結構近距離で、弟子時代に見てきたシュトがそんな考えを浮かべたなら、老紳士は少しばかり眼を丸くしたが、直ぐに苦笑いを浮かべた。



(……あ、いけね)


何かしらの会話をしながら報告会でなければいけないのに、テ レパシーに関してだけに露骨に反応してしまった事にシュトは慌てる。



《まあ、シュト君は皮肉屋シニカルかもしれないが、腹芸をするにはまだ若いというか青いからねぇ。

だから、アプリコット殿に入って貰ったんだけれどもね。

あとは、現状での信頼できる情報共有者が、欲しかった所があるかな。

グランドールは半年に1回のリフレッシュの期間だし、アルセンには……ねえ、これは正直に言って迷っているんだ。

というわけで、アプリコット殿、フォローよろしく》


ウサギの賢者がそんな事をテレパシーに今回会話に参加しない王族護衛騎士を除いた面子に伝えた後、心得たという訳でもないのだろうが、アプリコットが言葉を口にする。



「西の果ての領地のロブロウではありますが、クロッカス様のお名前は存じ上げております。

私は遊学に王都に訪れ、最初に出会えたのが貴族の方が軍学校の責任者も勤めたことがあり、国の英雄グランドール・マクガフィン様、アルセン・パドリック様を育てたとも言われる方にユンフォ・クロッカス様というのは、武芸をたしなんでいる身としては喜ばしい限りです」


《"どうして、幼いアルセン・パドリック"を狙ったかだけでの考えをいうなら、もう1つ不思議があるわよ。


シュトが言おうとしたことと少し被ってしまうけれど、アングレカム・パドリックを狙いたくても、悪魔の宰相という例えにもあるけれども、一番活躍していた年代を越えていたとしても、"平定の四英雄"。

狙っても返り討ち、若しくは"倍返し"になる確率の方が高いわよ。


それで"だから"子供のアルセン様を狙ったとなったなら、それはそれで、それこそ"命知らず"だと、個人的には考えるわ。

独身時代は、それは王都の屋敷に寝に帰る位だったけれど、奥様のバルサム様と結婚したなら、余程の事がなければ帰っていたそう。

それで、御懐妊した際には、何がなんでもお屋敷に帰っていたそうだから。

アルセン様が産まれてからは、語るに及ばないわね。

もし、そんな大切にしている息子の命を狙っているような情報を仕入れていたのなら、何も処置をとっていないことは先ずないと思う。

自分が狙われていたなら、御自分を餌にすることぐらいは簡単になさりそうな方ではいらっしゃったんでしょうけれど。

あ、ちなみに、これ全部ユンフォ様からのアングレカム・パドリック様の情報を伺ってからの、私の私見ね。

アルセン様に知らせる知らせないかの意見については、現状では私も意見は保留にさせてもらう。


何せ、もう過去の事だし、正直に言って"今更"の様な気もするのよね。

今は報せる事で、デメリットの方が多い気がしてならない。

それで、これは勝手な憶測だけれども、もし"知った"のなら、アルセン・パドリックという人は、絶対に動く。

例え、"自分アルセンを狙われた"としても、"結果としてアングレカムを死なせてしまった"という事を知ったなら、黙ってはいられない》


言葉に出した以上の、大量の情報と意見をアプリコットは、共有者に提供をする。


(……何か、そんな話を聞くと、子供のアルセン様を狙っていた相手って、不思議を通り越して、本当にどうして狙ったんだって気持ちになりますよ。

子供のアルセンを殺してしまったなら、ある意味、因果応報以上の報復を父親アングレカム・パドリックから受ける。

それでアプリコット様の意見に乗っかったなら、今ばれたなら、英雄にまで成長した標的(アルセン様)にこっちは産まれて来たこと後悔しそうな、父親を殺された復讐を受ける)


"腹芸"に関しては、アプリコットの補助サポートしてくれるということで、シュトは極力自分は"使わない"と決め、自分の考えを拾い読んでくれる3名に向けてそんな意見を浮かべていた。


その"聴き手"に徹すると決めたシュトの考えを拾い読みながら、意見を口にするのは、アプリコットの発した言葉に反応するのに不自然ではない、ユンフォが答える。



「何、英雄の方々に関われた事に関しては、私として本当に運が良かったという事もあるのですよ。

グランドール・マクガフィンについては、先王グロリオーサ・サンフラワー陛下が、目にかけていたというのは、少しばかり遡れば有名な話ではある。

アルセン・パドリック、彼に至っては夭逝ようせいという言葉を使うには、不惑を越えた方にはは相応しくはないかもしれないが、父親であるアングレカム・パドリック様に憧れて研鑽けんさんを積んだとしか言いようがない。

私も指導する立場として、間違った事は決して行ってないつもりだが、何にしても先ずは彼等の努力あってからこそだ」



《―――ただね、報復される倍返しにされるという可能性がありながらも、"アングレカム・パドリック"が狙うというのなら、 あの方の副官をさせていただいた立場としては、無きにしも非ずというのが本音でもある。

あの方は家族を愛する有情の方でもあったけれども、親友でこの国の王であられたグロリオーサ・サンフラワー陛下の為になら、非情の悪魔の宰相でもあったのは事実だ。

あの方の執政は、決して潔癖ではなかったが、徹底的ではあった。


傾いていた時代を、物陰にひっそり隠れる事で遣り過ごしていた貴族が、平定をされた事で、我が物顔で大腕振って歩こうとする事をよしとはしない。


その事で御自身が憎まれる逆恨みをされたとしても、アングレカム様は事を決して恐れることはなかったよ。

ただ、家族が狙われる事がないように配慮をしていた所もあった。

まあ、奥方のバルサム・パドリック公爵夫人についていえば、狙われたとしても、御自分で降りかかる火の粉なんぞ、お手持ちの扇子で吹き飛ばせる方。

そして、彼女も"自分の身は自分で守れる位強くなければ、アングレカム様の伴侶として相応しくない"と、研鑽を重ねた方でもあられた。

だから、パドリック家としては弱点という言い方を使わせてもらうなら、幼い息子(アルセン)だったというのも、事実だな》


そこでテレパシーを1度区切り、自分の護衛騎士膝の上に乗せている、ウサギのぬいぐるみのふりをしている、教え子の1人を見つめた後に続ける。



《しかし、弱点として気にはしているけれども、それ以上にも愛しんでいる方でもあった。

そんな所は、多分親友のグロリオーサ陛下、当時は既に旅立たれていた王妃トレニア様、先々代の法王バロータ様の影響を受けていたんだろう。

ただ、今回の報告を聞いて、思い出した事がある。


当時は、グロリオーサ・サンフラワー陛下の為に徹底した執政を行ってい為にほぼ毎日の様に"脅迫"めいた手紙が送り主の名前なしで、宰相の執務室に届けられていた。

本来なら慣れるものではないのだろうが、アングレカム様は呆れた様に一読したなら必要がないものは放置し、必要があったものは差出人を突き止めて、牽制もされていた。


まあ、本人(アングレカム様)に面とし意見を向ける勇気がないから送り主の名前無しという手紙という手段を取ることにしてはいるのだろうが、当人が来たならまず怯えるな。

取り敢えず、見逃せない手紙の文言の意味の確認をとったなら、それ以上の事はなかった。


そんな中で、極秘で1日有給を取られた事があった。


元々、有給を強制消化せねばならない時期になっていて、その1日だけ予定していた前日にずらしてとっても障りがなかったのだけれども、本当に直前なって取られたので、その情報を知っているのは私だけだった。

ただ、その翌日に別に日頃からしかめ面という訳でもないのだが、非常に機嫌の良いのが伺えたから話を聞いたなら、"息子ととてもよい休日を過ごせたのでね"とお答えになられた。

確かに、息子アルセンの事を、とても可愛がっているのは知ってはいたけれども、個人的にはそれ以上の事があった様に思えたが、深くは追求しなかった。


国の英雄で、宰相でもあられるけれども、そこは個人アングレカム・パドリックの楽しみとして、無闇に立ち入ってはいけないと思ったのだよ。


―――それから有給を無事に消化され、丁度平定を終えてからのまつりごとの基盤もしっかりし、いよいよ本格的に国の建て直しが始まると思った矢先に、あの事故だった。


私が"事故"を全く疑わなかったのは、そこがあるのだ。

アングレカム・パドリック様自身は、全く身の危険を感じていなかった。

あの方の勘が、鈍っているとも思えなかった》


老紳士は、"平定の英雄アングレカム・パドリックの勘が、息子を庇う為とはいえ鈍っていなかった"という所は、譲らないという意思をその風体から感じさせていた。

シュトは丁度通路を挟んで隣に座り、テレパシーで伝えてくるユンフォの意見に、概ねの納得出来ていた。


(副官をして現役を見守っていたユンフォ様からしたならアングレカム様自身は、狙われてもおかしくはなかったし、本人もその事を十分理解していた。

それでも危険な文句つけてくる相手がいたなら、名前を名乗らなくても突き止めて、牽制を行っていた。

それだけ鋭いんだから平定を終えて、戦いから遠ざかっていたとしても、自分に向けられないにしても、大切な息子に向けられていた殺意に気がつかないって事がない、という意見は俺も十分納得出来る。

でもなあ、銃を扱う身としては"殺意"以外で、あんな低い位置に狙撃するという事が、あるんだろうか)


"先回り"をされ回収もされてはいたけれども、恐らく銃弾がめり込んでいた場所は、おおよそに見ても、その"位置"は、子供が被弾し、貫通をしたなら致命傷になってもおかしくはない箇所だった。


シュトなりに悩んでいる内に、少しばかり間が空いてしまっている会話をアプリコットが続けてくれる。


「そうなんですね。

英雄になられた方もたゆまぬ努力をなされたということは、何にしても結果を出すためには、欠かせないという事になりますね。

今度の春の季節祭の武芸大会まで、まだ時間がありますから、どちらか婦人でも訓練するのを受け入れてくれる場所を御存知でしたら、ご紹介してくださいませんか?」



《ユンフォ様は、アングレカム様の勘はに鈍ってなかったと仰る。

シュトは銃を扱う身として、殺意がなければ、狙われないような場所に銃弾があったのを賢者殿と共に、現場検証をして確認している。

個人的には、どちらの経験からの勘は外れていないと感じるのよね。

と、言うわけで、どう思いますか賢者殿》


腹芸をこなしながら、アプリコットが 暫くぬいぐるみの如く沈黙をしている賢者に意見を求める。

俄に3つの視線を集った賢者は、小さく鼻をヒクリとさせた後に全体的に聞こえる様にテレパシーを飛ばす。


《ん~、副官のユンフォ様がアングレカム様は荒事に関しての勘が鈍っていなかったというのなら……》


そこで普通のぬいぐるみなら仕掛けでもなければしない、円らな瞳をギョロリと動かして、老紳士を見つめつつ、少しばかり伝え難そうにしながらも続ける。



《身近にいたからこそ、"アングレカム様は、これに関しては、鈍かったなぁ、苦手だったなあ"と自信をもって言えるものはありません?》



(え~、アルセン様似の美形で、頭良くて魔法が使えて、国の英雄で宰相、年下の幼妻もらっておいて、苦手なことなんてあるんですか?)



ウサギの賢者がユンフォに行った質問には、これまで親友アルスからも聞いている"アングレカム・パドリック"の情報を含めて、シュトが先に思わず反応をしてしまっていた。



《ちょっと、シュト。美形で魔法が使えて、英雄だからって、皮肉半分の茶々をいれないの。

それに"アルセン様似の美形"って何よ。アルセン様が、アングレカム様に似た美形なんでしょうよ。

姿は親子だから似ていても、中身が違うことなんてよくあることなんだから》


外見は祖母カリン・ビネガー、中身は祖父ピーン・ビネガーだと事あることに例えられる貴婦人アプリコットは、少しばかり遠い目をしながら、テレパシーで、シュトにそんなことを伝える。


《そういった"血縁のあるある話"は、今度見習いパン職人のオッサン兄さんを交えてでもやってよ。

先王の鬼神グロリオーサ・サンフラワーと、今の暴君(ダガー・サンフラワー)の違いで盛り上がっても楽しそうだから。

で、ユンフォ様どうですか?。思い当たる所ありますか?》


普段なら、どちらかといえば会話をかき回す賢者なのだが、本日は時間がないので、面白そうな素材だけを提供して、話を進める。


《……アングレカム様の"鈍かった、苦手"だったものか》


これには非常に解りやすく、 老紳士は腕を組み"考え込んでいる"という振る舞い(ジェスチャー)を行っている。


「……御婦人が武芸の鍛練を行う場所、最近は嗜みに武芸を行っている御婦人がすくないですし、同世代は引退している者が多いですからな。

取り敢えず知り合いを通じて、訊ねてみましょう」


《……鈍いという所でいうのなら、思い当たる部分がある。

だが、当人であるアングレカム様がご不在の時点で、恐らくは私だけが知っている事を口にするのは、正直にいって憚られるものがある》


どうやら"腹芸"の返事も兼ねていたらしく、先程アプリコットから質問された事も、ユンフォは口に出して答えるという器用さも披露させていた。


どちらにしろ"本当に悩んでいる"というのは、とてもよく伝わってくる仕種でもあって、シュトとアプリコットが、思わず視線を合わせて激しく瞬きを繰り返す事になる。


「そうですね、私も故郷のロブロウで、婦人で武芸を嗜みとしても学びたくても、幼年期は運動として道場もあるのですけれど。

成人して、大技を使うとなると適した場所が見つからず困っていましたから、時には誰もいなお広い川原で周囲に迷惑をかけぬようにして行っていました」


《私だけ……という事は、奥方であるバルサム・パドリック公爵夫人も御子息のアルセン様も、御存知ないとうことですか?》


(え、凄く大切にしていた最愛のお嫁さんと、息子さんになるアルセン様でも知らない事ってなるんですか?)


アプリコットが腹芸に対して、返答しつつも高まる好奇心を抑えられない調子でテレパシーで尋ね、シュトもそれに引き摺られる様にして、反応し、殆ど鸚鵡返しのように心に気持ちを浮かべてしまっていた。


《こらこら、そんな事いったならユンフォ様の中で、見つかった心当たりを伝えてもらうのにハードルが上がってしまうでしょうが。

……うーん、一昔前に一緒になって囃してていた方の立場なのに、宥める側に回るときが訪れようとは……ワシも年を取ったものだねえ》


そこで割り込んできたのは、ウサギの賢者の呆れ返ったテレパシーながらも、伝えている内容と同じで、自分が行っている事に戸惑いを感じているのが、十分伝わって来ていた。

だが、その戸惑いを含んだぬいぐるみのふりをしている賢者のテレパシーには、老紳士の穏やかさを含んだ笑みを作らせる。


《ふふふふ、どうやら"ウサギの賢者"でいる時は、優秀だが回りを敬遠させていたひねくれ者の悪童の時期を越えて、"保護者"としての振る舞いを十分に弁えているようだ。

そういった配慮の言葉を出来るようになった所もみると、リリィちゃんとは、少しばかり話をさせてもらったが、"賢者さま"の事を、この世界のどんな存在よりも信頼しているのが、どことなくわかるような気がするよ。今の"ネェツアーク"になら話しても、大丈夫だろう。

もし、機会があったならアルセンにも、話してやってくれ》


それから、席を移動するのと共に運んでいたポットから、自から空になっていたカップに紅茶を注いで、一口含むんだ後にゆっくりと語る。


「とりあえず、この王都の北側には軍の中には軍学校もありますし、そこの体育館や兵士が訓練でも使っている闘技場では、城下町の掲示板にも表示していますが、一般解放している日もあります。

前もっての申請は必要となりますが、訓練の器具も使えますから、どうぞ使ってみてください」


《これは多分、現在は私だけが知っているだろうアングレカム・パドリック様の"鈍かった、苦手"はの部分だ。

それがあの"事故"の話にどう繋がるかがわからないが、ネェツアークはともかく、ウサギの賢者なら、見つけられるかもしれないな。まあ、最初に一言で片付けてしまうのなら、それは"恋愛"事という事だ》


ユンフォがテレパシーで告げる、その一言で片付ける内容は、不思議と静寂をもたらすことになる。


《……出来る事なら、この話を聞いても必要のない限りは、その心に留めて表に出さずにいてやってくれ》


それから語られるのは、ユンフォがアングレカムの副官となって漸く慣れ始めた頃で、バルサムが平定のゴタゴタの最中ながらも、国の運営する魔術学校を無事に卒業してからの話となる。


《アングレカム様自身は、バルサム様に慕われていることは、幼少の頃から一目惚れをされた事を含めて、十分存じ上げておられたよ。

でも、それは時期的な物もあるし、御自身の顔の造りの為だと思い込んでいる節もあった。

ただ、親友となる先王グロリオーサ・サンフラワー陛下の姪という繋がりもあってか、何の繋がりのない、御婦人マダム淑女レディよりは、それは丁寧に大切に接しておられた。

ただ、それが"もしかしたなら、アングレカム様のお嫁さんにしていただけるかも"という希望になってしまっている事には、全く気がつけていなかった。

物凄く頭も良くて、はかりごとになったなら、人の心裏の裏まで読んでいるようなかたなのに、そちらの見事に方面はからっきしという感じでな。

私も人の事を言える立場でもないのだが、その気がないのなら何にしても、優しくし過ぎない方がいいと思った事はあった。

口には出さなかったがな。

それに結果的には、お二人は結婚をして、アルセンを授かった》


(それって、結局、アルセン様のお母様が猛アタックして、その恋が実ったという話じゃあ、ダメなんすか?)


シュトが拍子抜けという表情を浮かべて意見を浮かべ、思わずユンフォを見たなら、その横顔は苦笑しきりと言った調子で、大きく頷いた。


《そうだな、結果からしたなら、本当にそう例える方が、短く簡潔なのだろう。

ただ"当時"の、その時現場を見てきた立場からしたなら、アングレカム・パドリックがバルサム・サンフラワーと結ばれたという事は、本当に奇跡の様にも思えたのだ。

……どれ、確かテレパシーで応用出来るとは聞いてはいるが、私は初めての事だから巧く伝わるかどうかわからんが、ユンフォ・クロッカスの記憶の中に残っている"アングレカム様の声"で聞いてみるといい。

その方が、幾らか私の言葉の意味が判り易くはなるだろう》


「は?……と、クシュン!」


ユンフォのテレパシーでの提案に思わず声を漏らしてしまったのを、シュトはやや強引に"くしゃみ”をした事で誤魔化した。

多少強引ではあるが先程からの腹芸の効果もあってか、特に注目と言うものも集める事もなかったけれども、ユンフォの苦笑から、"笑み"の部分を差っ引い しまっていた。


それと同時に心配の面持ちで、シュトを見つめつつ新たにテレパシーを、ユンフォはこの場で情報を共有する者達に送る。


《シュト・ザヘト君、君はこうやってテレパシーに関しても躊躇なく受け入れてはくれてはいるけれど、元来魔法に縁が余りないのだったね?。

改めて確認はしなかったが、賢者もそちらのビネガー殿も、君にテレパシーを全く躊躇なく使っているので、私も便利が良いので使わせてもらってはいるが……大丈夫なのか?》


元々、テレパシーは、"記録の残らない伝達手段"として、犯罪の打ち合わせ等で使われる可能性が危険視され、防衛の意味も込めて王都での―――特に城や宮殿では使用禁止されている。

更にまつりごと携わるに王族や貴族にの居住する区域や宮殿には、テレパシーに反応する風の精霊石が、建造物の何処彼処に仕込まれていた。


ただ、それと同時に全ての人には当てはまらないが、テレパシーという意思伝達の魔法は相性が悪い者に関しては、身体に多大な影響と負担がかかるという事も、広く知られている事実でもある。


特にテレパシーと相性が、良くないと該当する人物は、激しい頭痛―――俗に"頭が割れるような"痛みを伴うという報告も国の医術研究所に上がっていた。


また頭痛に限らず、それまで魔法の素養や素質があった者が、何気なくテレパシーを使用していて、身体に不調を感じた時、先ず第一にその原因として考えられる扱いにもなっている。


しかもその身体の不調は、それからテレパシーを使おうとするならば永続的に付属する物となり、それまで何気なく使っていた者ほど難儀をする事になっていた。


だから、魔術に秀でている者ほど、例えテレパシーを使えたとしても、使い方は慎重になっているというのが、常になっている。

特に、現在ウサギのぬいぐるみ状態になっている賢者を膝に乗せている、"歌って踊れる魔術師"をしている、ライヴ・ティンパニーはその筆頭でもあった。


彼女位の魔術の使い手なら、テレパシーの延長として、今話し合っている内容も、応用さえ行えば簡単に聞き取れる事でもあるのだけれども、万が一にでも己が使う魔法に不具合が出てたまらないので、決して必要のない限り使わない。


そんなテレパシーに関して、非常に慎重なライヴが護衛騎士がある事と、これから自分が行おうとする少々特殊な魔術に、"魔法が全く出来ない"と公言するシュトに対し、ユンフォは心配を抱く。


特に、これまでテレパシーを行い、並行して"腹芸"をしていても動揺もみせなかったのに、突如として声を出し、シュト自身は"誤魔化し"のつもりでくしゃみをした事が、老紳士には、心配の種となってしまったらしい。


《あー、シュト君なら、大丈夫ですよ。

魔法に縁がないかもしれませんが、彼は魔法や魔術、特に不思議系に関しては東の国の魔術とも相性が良いみたいですから。

何せ、テレパシー分類カテゴリライズするべきか判りませんが、そこのビネガー殿の祖父の賢者殿が、付喪神ツクモガミ状態にした先々代、初代の傭兵ジュリアン・ザヘトの心と言いますか、信念を刷り込ませた奴の意志もツルっと拾って、答えてましたから》


(何すか、その喉越しが良い食べ物みたいな例えは)


だがライの膝の上にいるぬいぐるみ状態の賢者が、フワフワの手から爪を出してシュトを指さしながら言う言葉と、当人の返答を拾い読んだなら、少し当惑はしたけれど、安堵が出来た様だった。


ユンフォが安心したのを確認した後に、ぬいぐるみ状態の一部を放棄した賢者が小さな逆三角形のヒクヒクさせ、それに伴い髭も揺らして短い腕を上げたまま続ける。


《シュト君も、今更ながらに動揺しすぎだよ。

個人的には、ロブロウで付喪神ツクモガミという、こちらでは希少レアな状態に半日以上も付き合ってケロッとしているのに、今更(テレパシー)の応用にそんなにビビらないでよ。

確かユンフォ様今から行おうとしているのと、類似している様なのも、あの時散々聞いていたじゃない?》


(いや、ロブロウのあの時は状況的に、俺も含めて皆さん、自分の心境なんて拘っている場合じゃなかったじゃないですか。なりふり構ってられないってやつですかね)


斜向かいに座っているぬいぐるみ状態の賢者からのテレパシーに対して、返事を考えている内に、無意識にではあるが、王都に入ってから上着に隠す様に胸元のホルスターに納めている銃に、シュトは手を伸ばして撫でていた。

当然というべきなのかどうなのか、他にその3人はその動きを見逃すわけもなく、自然と注目を集めている事に気が付いて、そのまま誤魔化す様に手を上に運び、シュトは首を掻いた。


そして今度は、現状で雇い主であるアプリコットが、自分の祖父の名前が出てきたこともあって、確認のテレパシーを送って来る。


《シュト、これまで敢えては尋ねなかったけれど……。

ウサギの賢者殿が言うには、御祖父様が、銃の兄弟の初代であるジュリアン・ザヘト殿の心を"付喪神ツクモガミ状態にした銃は、あの出来事以降は、貴方にテレパシーみたいなもので、語りかけてこないの?"》


このアプリコットからの質問には、シュトが少しばかり目元を鋭くして斜向かい座っているぬいぐるみ状態の賢者に視線を向けると、再び小さく鼻を動かして髭を揺らし、返事のテレパシーを飛ばしてくる。


《こちらの貴族議員ユンフォ・クロッカス様も、ワシが書いたロブロウでの報告書に眼を通す事になるから、起こったままの事を話しても大丈夫だよ。

何せ、生前の平定の四英雄と直に関わった、数少ない1人だ。

そして、ユンフォ様は、平定の四英雄である当人達から既に、幼馴染で親友のジュリアン・ザヘト殿の話は、少なからず聞いていると思うよ。

ああ、聞いている思うはあくまでも、ワシの憶測で予想だから、そこの所よろしく》


ぬいぐるみを振る舞うウサギの賢者のかなりふざけた言い回しではあったけれども、どうやら憶測も予想も十分的中しているらしく、ユンフォは穏やかに頷いていた。


位置的には通路挟んで間隣になるシュトとユンフォだが、互いにはっきりと"ジュリアン・ザヘト"についての情報は通じているのが感じて取れる。


《ジュリアン・ザヘト”様"の事なら勿論直接の面識はないが、アングレカム様から数回ではあるがお話に伺った事がある。

それに、お名前を聞いた回数で言うのなら、先王グロリオーサ・サンフラワー陛下の方が、どちらかと言えば多かった。


これも少しばかりテレパシーに関する話になるのだが、グロリオーサ陛下自身は大層、テレパシーに関しては不得手でな。

少しでも、テレパシーを使って何らの伝言メッセージを送ろうとしたならば、それはもう激しい頭痛に見舞われたそうだ。

ある程度の魔法の素養は一般的な魔術師並み以上にあった御方だが、どうしてもテレパシーとの相性は最悪のものだったと、ご本人から伺った。


ただ、その幼馴染で親友であるジュリアン・ザヘト様……、ジュリアン殿は魔法に関しては全く才能というものを持ってはいなかったのだが、テレパシーは全く平気だったそうだ。

加えて、魔法を全く使えはしないのだが、その仕組みについてはよくよく理解をされているらしくて、その裏をかいて見事に戦っていたという話も聞いた。


"下手な魔術師"なら、歯牙にもかけない。


とても頼もしい、幼馴染で親友であった方でもあったと、陛下の生い立ちの暦に刻む上で、その方の名前を、とても懐かしそうに口に出されていた。

ただ、"ジュリアン・ザヘトという名前を、暦に刻む事は避けよ"という旨も合わせて、アングレカム様、グロリオーサ様の両名から、これは命令されていた。

……国が傾いた際にグロリオーサ陛下自身が始まりとなった、レジスタンスの決起軍の最初の仲間だと言うのに、どうして名前を刻まないのだろうとも、当時小賢しい副官は、勿論考えたよ。

そうしたなら、真実を教えてくれたのは、バルサム様だった。

バルサム様も、平定の四英雄の方々と同郷であられたから、勿論、ジュリアン・ザヘト殿については御存じだった。

それで、幼馴染で親友であったのにどうして袂を別つ事になったかも、その理由も簡単にはあるけれども、聞かせてもらった》


ユンフォが当事者に近しい人物から、ジュリアン・ザヘトが幼馴染で親友達と袂を別つ理由を知っているという事なら、例え言葉にしないという形になっても、シュトは表に出したくはなかった。


(……あの、ロブロウでの後以来、少なくとも俺は、この銃の―――"ジュリアン・ザヘト"の声は聴いてはいないです。

アプリコット様、俺の主観だけれども、もう、この銃からは、ジュリアン・ザヘトの声は聴くことは多分―――いや、絶対にないと思う)


ユンフォから"平定の四英雄"の中に、ジュリアン・ザヘトの名前が入る事の無かった詳細な理由が語られる前に、シュトは、拾い読ませるというよりは、押し付ける様に自分の気持ちと考えを頭の中に押し出していた。


《そう、それでその調子だと、こうやってテレパシーで会話を続けていても、大丈夫みたいね。

ユンフォ様、私の用心棒を気遣って貰っていただき、ありがとうございました》


「シュト、季節の変わり目だからって、今日は薄着だったんじゃない?。荷物の中から何か上着を取り出す?」


雇い主でもあるけれど、正直、用心棒の兄弟保護者と同じ様な気持ちを抱いてる貴婦人アプリコットは、先程の流れからおかしく腹芸を兼ねてシュトに語り掛け補助フォローしつつ、ユンフォにはテレパシーを返していた。


それと同時に、小柄な身体を屈めて足跡に置いてある荷物から、ごく自然に何かしら上に羽織る物を探し出そうとする。


「―――いえ、大丈夫です。でも、そうですね、少し大人しくしておきます。

歩き回って、正直少し疲れていますから」


(そんじゃ、俺は大丈夫って事で、巧く言葉もこれ以上誤魔化せそうにないんで、大人しくしておきます)


「そう?じゃあ、私も書物があるから少しばかり、そちらに集中をさせて貰おうかしら。多分、その内誰かしら戻って来て合流するでしょう」


《シュトは多少特別なテレパシーを使っても大丈夫のようですし、私も大丈夫です。

……賢者殿は、自身にウサギの姿になってしまう禁術をかけてしまえる程の好奇心と、行動力があるのですから、心配するまでもないですね》


シュトの全体的に向けられてた返事を、屈めていた身体を起こした正面に座っているアプリコットが拾い、"書物"をするという言葉と併せてペンを取り出しながらユンフォに返事も行っていた。


《好奇心と行動力は、テレパシーと関係ないんだと、ワシは思うんだけれどもな~。

まあ、いいや。

それではユンフォ様、"当時"の、その現場を見てきた立場として、アングレカム様がバルサム様と結ばれたというのが奇跡の様にも思えた理由。

記憶の中に強く残っているという"アングレカム・パドリック"様が仰った、言葉をテレパシーで飛ばして貰えますか?。

悪魔の宰相アングレカム・パドリックの副官ユンフォ・クロッカスから見た、"鈍かった、苦手"だったものを教えてください》


アプリコットからの自分への評価に少しばかり文句を言いつつも、"ウサギの賢者"はぬいぐるみの逆三角形の小さな鼻の上に乗っている、玩具の様な眼鏡のレンズ越しに、円らな瞳をかつての恩人に向け、更に続ける。


《丁度、アプリコット殿から会話が中断してもおかしくはない発言をしてくれました。

ですから、どうぞ集中をして、"家族を持つつもりがなかった人"が、語った内容を記憶から掘り起こしてください、ユンフォ様―――》


ぬいぐるみの円らな瞳である筈なのに、二十数年前によく見た鳶色の眼を思い出させる。


そして、二十数年前にウサギの姿になってしまって青年と、ユンフォが丁度同じ年代であった四十数年前、この国の宰相となった英雄の副官になりたての頃の思い出を探る。

ただ、賢者の言うように"記憶を掘り返したり"はしない。


アングレカム・パドリックの記憶(思い出)なら、心の中で直ぐにでも取り出せる場所に綺麗に整頓して、置いてある。


ただ、それは何重にも包み込んでいるので、ある意味では掘り起こしすよりも、心なし手間をかけて、当時語られた言葉を心にユンフォが浮かべたなら、それはウサギの賢者、アプリコット、シュトに伝わる。


【私は、家族をもつもりはありませんから、非常と言われようが、悪魔と言われようが、全く構いません。

家族は支えにも成りますが、良い意味で枷にもなりますから。

でも、枷があると、やはり動き難いこともあります。

スピード戦が得意とする私が枷をつけたなら、結構簡単にやられてしまう自信があります。

だから、私は"家族"を持ちません。

自分の弱くなった理由を、大切な家族のせいにしたくはありませんから】


(……アルセン様の声が、ちょっとだけ低くしたみたいな感じっすね)


《だから、さっきも言ったけれども、アルセン様"が”御父様のアングレカム・パドリック様"に"似ているのでしょう?》


シュトが前回抱いたのと同じ様な感想を考え、浮かべるとある意味では"お約束"の様にアプリコットが表現を修正する。


《……でも、シュトの言う通り、アルセン様"だけ"を実際知っているを身としたなら、記憶の中のアングレカム・パドリック様の声は、本当によく似ていらっしゃいます。

交互に聞かせられたなら、まだ付き合いの浅い私は、注意深く聞かなければ区別は出来ないかもしれません》


アプリコットからしたなら、"アングレカム・パドリック"人物と言う人の情報については、顔は息子のアルセンとそっくりだが、肌の色は、この国のもう1人の英雄グランドール・マクガフィン並みに褐色であるという事。


髪も金髪のサラサラとした息子と違って、やはりグランドールと似たような濃いブラウンで少々癖もあったらしいが、長髪だった為に殆ど直毛ストレートだという情報を―――"ウサギの賢者(ネェツアーク)"から貰っていた。


恐らくは王都付近で生活している事と、アルセンとも交流がある事で何らかの形で、彼らの両親である、アングレカム パドリック、バルサム・パドリック両名の事を"伝達"の情報で承知の上だと、アプリコットは考えていた。

けれども、今のユンフォの記憶のアングレカム・パドリックの声を聞くことで、そのウサギの賢者(ネェツアーク)から情報を貰った当時の事思い出したなら、少しだけ違和感を覚える。


―――アルセンは、ある意味ではいい具合に両親の特徴的な部分の血を引いているよ。

―――まだ"幼い"部分が残っている軍学校時代は、金髪に白い肌、顔の造りは本当に母親譲り美少年だったからね。

―――でも、不思議なものでね、年齢を重ねて成長して身体つきや顔の造りが父親のものに似てくる。

―――かつて、先王グロリオーサ陛下にもかましたであろう、お説教もきっと御父上のアングレカム・パドリック殿とそっくりなんじゃないかなぁ。


ロブロウで、王都に戻る前に数日間休養していた際にこれから親しくなる面子メンバーの情報を、それなりに教えて貰っていた。


―――結果はまだわからないけれども、"アプリコット・ビネガー殿"には何れ必要になる情報だろうからね~。


あの時は事前情報をとして有難く受け取っていたけれども、こう言った形で、アングレカム・パドリックの情報を見つめ直すと、ウサギの賢者(ネェツアーク)からの情報は、やけに具体的だった気がする。


特に美人の軍人(アルセン・パドリック)についての例えは、肌と髪色以外は、まるで実物のアングレカム・パドリックの顔立ちを見ているようなニュアンスすら感じていた。


(賢者殿……ネェツアーク殿はアングレカム・パドリック様、それに軍学校以前の幼い頃のアルセン様と接触した事がある?)


ロブロウでの出来事で、ウサギの賢者から人の姿に戻ったネェツアーク・サクスフォーンと諸事情と特別な魔術(血の契約)によって、結構な量の情報を共有したが、流石に彼の未成年の頃まで辿事は出来なかった。


(年齢的な関係で数えで36と28じゃあ、8年間の情報量の違いもあるし、"あちらさん"は諸事情で一部分記憶を欠落している部分もあるから……。

何かしらの関係で追究するにしても、今でなくてもいいか)


テレパシーで情報を拾われない様に、心に器用に"壁"を作り、アプリコットはそんな事を考えていたなら、ユンフォの返事が送られてくる。


《そうだな、実際にアングレカム・パドリック様と接触をせずに、ただ声を聞いただけならば、アルセンとは別物だとは区別をつける方が難しいだろうな。

何にしても、アングレカム・パドリックという方は、私の記憶の中の言葉通り一生結婚しないものだと信じてもいたから、バルサム様の成人を兼ねた誕生日バースデーパーティーで、求婚プロポーズした時には、大層驚いた》


再びユンフォが苦笑いを浮かべ、シュトの"アルセン様にそっくりなアングレカム・パドリック"の考えに対しての感想を口にすると、比較的"一般的な感性の持ち主"という思いこんで知る、少年は。


(その、アングレカム様の、アルセン様の"お母さん"になるバルサム様への求婚プロポーズは本当にいきなりの事だったんですか?。

予兆というか、気配とかいうか、準備しているな的な事は、無かったのですか?)


《なかった……と思わずには、いられなかったな。

アングレカム様は御多忙で縁戚の方も、王都からかなり遠方で御高齢、それに中々に複雑な出自でな。

僭越ながら、副官の私が新郎側の婚礼の手伝いをさせてもらったんだが……》


苦笑いを持続したまま、老紳士は"結婚が決まった時期のアングレカム様"を思い出し、笑いの部分を表現シワを更に深く刻んで、テレパシーを続ける。


《君達にはアルセンの様に聞えるかもしれないが―――まあこのまま良かったら、結婚式当日の話も聞いてくれるだろうか。

そうしたなら、私がアングレカム・パドリック様の、恋愛方面が苦手で弱点とした意味も、求婚プロポーズは、本当に予定外の事だったと感じる事が出来ると思う。

私が、会話した形式で覚えているので思い出す事で、少しばかり変な感じに聞こえるかもしれないが?》


《是非ともお願いしますわ!》

(俺も、俺も!)


表面上は書物をしていたり、王都の城下街の案内パンフレットを取り出して、何もない風を装っているけれども、テレパシーと頭で、結構な反射と勢いで向かい合って座っているロブロウ組は反応した。


アルセンではないけれども、アルセン(腹黒貴族)と肌と髪色以外が殆ど同じで、声色を出す人物のそういった話(恋愛方面の話)が聞ける。


"アルセンみたいに聞こえる"というユンフォの表現には、アプリコットとシュトの好奇心を結構擽くすぐられる事になっ ていた。


《ワシも、自分の性格がやじ馬で結構捻くれていると思うけれど、|君等《アプリコットとシュト君》も結構いい性格していいるよね?》


ウサギの賢者が、2杯目ののアイスコーヒーをストローで最後まで吸い上げつつ円らな瞳を、玩具の様な眼鏡のレンズの奥で線の様に細めて呆れていた。


飲み終えたグラスを横にずらして、正面に座っているユンフォを見上げながら、小さな逆三角形の鼻をヒクヒクと動かす。


《それじゃあ、ユンフォ様お願いします。ワシも、正直に言って興味はありますから》


ウサギの賢者が本物のぬいぐるみの様に動きを制止してから、ユンフォはゆっくりと頷き、テレパシーで話を始める。


《先ずは求婚プロポーズからかな。

時期的に言うなら、平定を終えてから南国への長期出張が終わって直ぐに行われた、バルサム様の成人の誕生日の贈り物をした。

それは、バルサム様自身がお願いした金の指輪だった。

俄かには信じられないかもしれないが、国の宰相を務め、あらゆる知識をもって国を安寧に導く執政をしている方が、

"金色の指輪を贈ることがプロポーズになる"

という一般的に知られている事を、全く知らなかった》


(あー、でも、男側なら、興味がなかったなら全く知らないとかあるんんじゃないんすか?。

特に装飾品とか、しかも結婚とか全く意識してなかったら、そんな情報入って来ても流して(スルー)しちゃうんじゃないすか?)

《うん、そうだねえ。ワシも興味がなかったら、とことん頭に入ってこない事とかあるし》


極力アングレカムを庇う旨をテレパシーに乗せて送って来るユンフォに、シュトやウサギの賢者という、"男性陣"は概ね同調する返事をすると、老紳士は穏やかな笑みを浮かべる。


《当時、君達がいて、そうやって話してくれていたのなら、何も知らずに求婚をしてしまったアングレカム様への大層な励ましになっていただろうな。

当時はまだ若造の副官だった私は、アングレカム様の親友グロリオーサ陛下の姪っ子で、よくお茶を淹れに来てくれたバルサム様に、求婚した事は悪い事ではない位しか、言葉をかける事が出来なかった。

ただ、先程アングレカム様が、副官になりたての頃の私に言ったという言葉があっただろう?》


(……ああ、あれですよね?。何というか、凄く凛々しい感じの声で言っていた内容ですよね?)


シュトが律儀に思い出したなら、ユンフォも今一度思い出してしまったようで、テレパシーではあるけれども、"アングレカム・パドリックの声"が響く。


【私は、家族をもつもりはありませんから、非情と言われようが、悪魔と言われようが、全く構いません。

家族は支えにも成りますが、良い意味で枷にもなりますから。

でも、枷があると、やはり動き難いこともあります。

スピード戦が得意とする私が枷をつけたなら、結構簡単にやられてしまう自信があります。

だから、私は"家族"を持ちません。

自分の弱くなった理由を、大切な家族のせいにしたくはありませんから】


《実を言えば、アングレカム様自身もご自分で言った言葉を確りと覚えていたのでね、私にバルサム様に求婚した事を報告した後に、随分と身もだえていらした。

アングレカム様の褐色の肌でも色が判る赤くするのを、私は初めて拝見した。


「ユンフォ、"あんな話"をして貴方にしておきながら」

そんな事をアングレカム様が赤面しながら随分と恥ずかしそうに言うのに、

「いいじゃないですか!。バルサムお嬢様は、ずっと昔からアングレカム様の事、一筋でしたから」

そんな気が利かない言葉を返したかな》


アングレカム・パドリックが身もだえる―――己の発言した言葉に相反する行動をとってしまった事に、悶絶する壮年の褐色肌の美形イケメンという姿に、今まで味わった事の無い種類の感動を覚えながら、シュトはふと思いついた疑問をユンフォに向ける。


(あの~、アルセン様のお父様である美形のアングレカム様が、お母様になる方に惚れられるっていうのは、十分理解出来るんですけれど、どれぐらいの期間惚れられていたのですか?。

その、これまでの話しの内容からしたならアルセン様のお母様がすごーく小さい頃からみたいなのは窺えるんですけれども、実際はどれくらいですか?)


《ああ、それについても、丁度求婚(プロポーズ)の後に話しで聞いている。確か……


「私も、赤ん坊の頃から知っている女性を娶る事になろうとは。

誕生日に"金の指輪"を欲しいと言われて、贈ったらまさかそれが求婚プロポーズになるなんて」


と言う様な事を、仰っていたからその通りなのだろう。

先程も言ったが、バルサム様は先王の姪―――年が上の方で随分と離れた、御母上が違う、先王グロリオーサ陛下の姉上に当たる方の娘だ。

アングレカム様の立場からしたからしたな ら、"親友の姉さんが女の子を産んだ" だな》


(でも、それならそこまで接点ありますかね?。その、世間的にはありえない話でもないとは、思うんですけれども)


シュトはユンフォからの説明でもそれとなく判った様な気がしたけれども、少しばかり腑に落ちない部分があったので、そこを確認するつもりで尋ねる。

ユンフォの方も、シュトの質問には感じ取れるものがあったらしく説明となるテレパシーを続けれてくれた。


《グロリオーサ陛下と、姪に当たるバルサム様のほうが、母親となる姉上よりも、年齢が近くてな。

感覚的には、"産まれた時から知っている親友の妹"と行った所が妥当かもしれん。

後、これも大きな理由わけになるかな、グロリオーサの伴侶となる、当時は幼馴染であるトレニア様。

今の国王ダガー・サンフラワー陛下の御実母だな。

やはり親友であったのだが、それは赤ん坊や子どもが好き方で、当時は、幼馴染4人、グロリオーサ陛下、トレニア様、アングレカム様、そしてジュリアン殿で集まる時は、バルサム様が産まれた時はそれは良く、邪魔にならない程度に伺っていたらしい》


"トレニア"の名前が、テレパシーではあるけれども伝わった時に、アプリコットは少しだけ緊張したのが周囲は察した。

ただ、その緊張してしまう理由わけをそれとなく感じ取る事が出来る情報共有者達でもあるので、そこの所は流す。


《トレニア様が赤ん坊好きなのもあったし、後はそうだな。

先王陛下が、トレニア様を慕っていたという所もあって、その事をグロリオーサ陛下の姉上も翌々承知してくれていたそうだ。

年の離れた弟が、友達と仲良くしているのも嬉しいものもあったし、トレニア様が本当に子守も巧い事もあって、招かれること自体は結構な頻度があったそうだ。

だから、一般的というよりは密に接してはいたのだろう。

ああ、そういえばアングレカム様はあまり話してはくれなかったけれども、年下の妹や弟もいらした事もあって、それでトレニア様がやはり良く面倒を見ていた事もあったそうだ。

だから、アングレカム様自身もどちらかと言えば比較的、子どもや赤ん坊の面倒を上手だったのだろう。

"赤ん坊の頃から知っている"と仰っていたのは、正しくその通りだったんだろうな》


(って事になると……、アルセン様の"お父さん"が凄く格好良いか ら、お母さんが惚れ込んだっていう表現も、何だか少し変な具合になるような気がするんですけれど。

あ、その、個人の感想ですけれど)


シュトのこの考えには、ユンフォは頷いていた。


《そうだな。多分そこの所は、アングレカム様ご自身も判っていただろうとは思う。

平定の活動を始まる前、そして終わってからも、その整った容姿については色々あった。

だが、後天的に植え付けられる美意識の価値観というもので、バルサム様はアングレカム様を"好き"というものでもなかったのだろうな。

そして、折角平定を終えた後にすぐ南国に出張中になっていた間も、会えなくてもアングレカム様にあててバルサム様が手紙をまめに出していたし、私は副官として、その手紙を預かっていた。

ただ、この話だけ聞いていると、大変淑やかで直向ひたむきな淑女を想像するだろうが、実際はそうでもない》


《ああ、そこは暴君ダガー陛下から、色々逸話というか、伝説レジェンド話を聞いていますよ。

というか、英雄の奥方になる人だけあって、やっぱりそれなりの強さと言うか、信念は持っている方なのは、知っているつもりですよ》


ぬいぐるみに扮する賢者がテレパシーで以てそう伝えると、ユンフォも頷いた。


《ああ、だから、ある意味ではアングレカム様がバルサム様に―――"誤って"求婚プロポーズをしてしまったと聞いた時には、彼女の粘り勝ちだとも私は正直に思いもしたかな。

アングレカム様には淑女レディの部分しか見せなかったけれども、その伴侶となる為にしてきた努力は、副官として間にいて、誰よりも見てきたつもりだったからね。


それに、求婚プロポーズ自体、その場で否定して断ろうとすれば出来ない事もなかった。

アングレカム様自身は、女性が欲しがる物に疎いからと、ただ"欲しい物を教えて欲しい"とバルサム様に手紙で尋ねられて、それをそのまま贈ってしまっただけの事。

ただ、成人の誕生日を祝うパーティーで、贈ったその瞬間に、喜びで涙を流す少女に、戸惑いしたけれども本当に可愛らしくも思えたそうだ。

それで、アングレカム様はバルサムを娶る事を決意した。

まあ、決意して結婚する事にしたは良いが、今度はそんな意味も知らずに求婚プロポーズした事に対しての罪悪感や、自分のしていた決意に対して気恥ずかしくなっていたみたいだったな。


だから、こう言った所が、アングレカム・パドリックという人物という人の"苦手な部分・鈍かった部分"だとも私は思ったよ。

後は……、そうだな、"オマケ"となるが、これから恐らくは、結婚という物を身を以て体験するかもしれない若人に、少しばかり思い出話を提供しようか》


穏やかなテレパシーは平等に、情報共有者の間に響いたけれども、"一番"結婚話が身近になりそうな人物に視線は集中する。


《……なんですか?》


俯き書物を続けているふりをしながらも、耳まで真っ赤にしたアプリコットのテレパシーが、情報共有者の間で響く。


《いやいやいやいや、別にィ~。ユンフォ様も"若人"に向けてしているだけだしね、ねえ、一番の若人のシュト君》


(そうですよ。俺も若人ですから、気にしないでください。ユンフォ様、思い出話をどうぞ、教えてください)



ただ、これ以上からかったら面倒くさい(倍返ししてくる)相手という事も弁えているので、ぬいぐるみに徹する賢者と、昨日鼻フックを躱していた傭兵の若人は、視線を老紳士に逸らし話の先を促した。


軽く若人をからかうつもりで振った"結婚"という言葉だったが、思っていた以上の反応と、異常に赤面して意識しているアプリコットの姿に、少しだけ懐かしい人がユンフォの中で重なる。


《まあ、思い出話というよりも、悪魔の宰相とも呼ばれたアングレカム・パドリックという人物の、情のある面を話して……、いや、知って置いて欲しいと思ってでの話となる。

何度目かとなるがあくまでも、私と"アングレカム"様の会話だから、声が似ているからとアルセンとは勘違いをしない様にお願いして置こう。

―――アングレカム様は結局、結婚式の当日の、花婿の控室でも意味も知らずにバルサム様に金の指輪を贈った事をまだ気にしていた》



(へえ、こういう言い方すると失礼かもしれませんけれど、結構引きずるんですね。何というか、凄く切り替えとか早そうに思っていたんですけれど)


ユンフォが話を始める前に諸注意と前置きのテレパシーを伝えていたなら、その内容の意外さにシュトは思わず感想を浮かべてしまう。


ただ、シュトが思い浮かべるのも最もだという風に老紳士は頷いてくれていた。


《"仕事"に関しては、畏敬の念を抱くほど本当に切り替えは早かったが、御自身が主体になる事になると、どうしても情を絡めて考えてしまう方だった。


だから、情に囚われるというか、シュト君の言うように、引きずってしまうように見られても仕方ない部分もあるだろうな。

ただ、少しばかり違った方向で引きずってもいたのだがな……。

まあ、私の記憶の中での声だが、よく覚えている事でもあるので、鮮明に残っているので聞いて見てくれ……》


そうテレパシーで伝えた後に賢者達一向にしてみたなら、アルセン・パドリックの声にそっくりなアングレカム・パドリックの声が、ユンフォから伝わってくる。



《「とりあえず、子供が出来たなら"金色の意味"と"指輪"には贈り物をする際には、注意しなさいと真っ先に教えなければなりませんね」》


(……結婚式当日に、既に子どもの話?!早っ!)


《何やかんやで、結婚することで確りバルサム様との"子ども"に、自分と同じわだちを踏ませまいと、がっちり考えている所は、流石アルセンのお父さんって感じだね。

というか、この内容でアルセンの声っぽく聞こえるのはやっぱり変な感じだねえ》


その内容の驚きでシュトの胆を抜き、このまま予定がなければ、姪っ子が1人立ちするまでは独り身を貫こうとも考えている賢者としては、扶養家族を積極的に増やそうという後輩アルセン(に似た)の声は複雑な心境になれる。


ただユンフォにしても、2人の反応リアクションは満足できる物だったので、表情は穏やかさに、笑いを加えて更に話を続ける。


《私も、子どもの事を考えているのには、内心呆れてはいたが、多分バルサム様に既に何らかのことを言われていたのだとは思う。

それでも当時若造の副官ユンフォ・クロッカスは励ます意味でこんな事を言ってみていた。


「アングレカム様とバルサムお嬢様のお子さんが、"女"のお子さんだったなら、金色の指輪を"贈られる"立場になりますよ」とね。

不思議とアングレカム様は、産まれてくるお子様が、どうも男の子―――実際産まれたのは、男児のアルセンだったのだが、その時、女の子が生まれるという可能性は全く考えていなかったご様子で、私の言葉に成る程と頷いていらっしゃった。

ただ、それからすぐに悩まし気な表情を浮かべられて、こう続けられた。


「成る程、バルサムに似た女の子なら、その可能性も十 二分にありますね。

というか、おしかけてきてもおかしくはないですね。

いや、例え男子が産まれたとしても、バルサムに似た容姿となったのなら」》


(……本当マジっすか)


シュトの中では、冷静沈着な印象イメージが強い褐色の壮年の美形イケメンから、少しばかり天然という具合に偏りつつあった。

ただ、アングレカム・パドリックの身近にいた副官であったあった人は、十分拾い読めるシュトの感想にはやはり穏やかな笑みを浮かべて反応する。


《アングレカム様は、決して冗談やふざけているのではなく、至極真面目な顔をして、バルサム様に似た男児を想像した、結果可愛い息子の姿を想像していらっしゃった。

そして、また心配を積もらせているのを見て、流石に私も呆気に取られたのを顔に出してしまっていた。


「いっ、いくら何でも、バルサムお嬢様似でも、男の子なら、金の指輪を贈られる事なんてありませんよ、アングレカム様。

それに、金の指輪の意味も知らずに、しかも男に贈る男なんていませんよ」


そんな事を言って、励ましたつもりだったが、失敗してな》

《ああ、それは軽く皮肉扱いになってしまいますね》


ユンフォのこのテレパシーには、賢者の方が長い耳を曲げて少しばかり同情した様な視線を、円らな瞳から注いだなら老紳士も、苦笑いを浮かべ頷き続ける。



《アングレカム様は、私の言葉に額に手を当てながら、自嘲なさってしまわれた。


「私は全く意味を知らなくて、プロポーズをしてしまったんですが」


"金色"の意味を知らずに、バルサム様はそれでも喜んでくれたにしても関わらず、成り行きみたいに求婚プロポーズをしてしまった事に、気持ちにしこりを残してしまった様だった。


「アングレカム様は、確り責任とっているじゃないですか。

何も知らなかったにしても、作ってしまった縁にちゃんとケジメをつけて―――バルサムお嬢様を、幸せにして差し上げれば、それでいいんで すよ。

それに、バルサム様の事は嫌いじゃないんですよね?」


私がそう言ったなら、アングレカム様は額から手を外し、眉の両端を下げて困った様な笑顔を浮かべて、更にこう仰られた。


「それは好きだとはっきり言えますね。いつも凛としているのに、私の前でだけ、どういうわけだかいつも緊張していて。

それでも、私が紅茶が好きだと知ったら自分の試験がある前日でも、紅茶を入れる練習をして。

だから、そんな"女の子"にはもっと良い縁があると考えていましたし、"用意"も国王と話してはいたんです。

私はそちらの方が、彼女の幸せに繋がると考えていましたから」


それからは困ったような笑みを、寂しそうな笑みに変えながら更に続けられる。


「つまるところ。私は可愛らしい彼女を、バルサムを"英雄"の妻にする事が、幸せ過ぎて怖いんですよ。

"英雄"なんて、綺麗な言葉で誤魔化したとしても、戦で人をあやめただけなんです」


そう仰られて、ほんの少し空気が重くなりそうになった時に窓際で、小さくカタンと何かがぶつかる音が聞こえて、私は一応"護衛"の役目もあるので、慌てて窓を開けた。

それで、偶然なのだろうが心地好い風が、花婿の待合室を満たす様に吹き込んだ。

「"―――アングレカム、とーっても、可愛い花嫁さんがお待ちよ!"」》


そこでユンフォの記憶をから取り出したテレパシーから、新たな声が、情報共有者の胸に響き渡る。


これまでに聞いた事の無い、溌剌とした女性の物と思われる声。


《―――》

《―――》

(―――)


ユンフォの記憶を伝って聞こえてきたテレパシーでの、アングレカム・パドリックの口にしたという言葉は、十分印象に残り、家族を作る事を避けていた理由わけも、3人は察した。

大切に考えているからこそ、バルサムに対して"代わりになる人物"まで捜していた事に、驚きを覚えつつも、それよりももっと大きな驚きが最後の女性の声となる。


《―――これで私が感じる、アングレカム・パドリック様の"苦手な部分・鈍かった部分"の話は終了だな。

だが、どうやらそれよりも、最後の"声"の方に意識は持って行かれてしまったらしいな。

まあ、私もついでの計らずも、アングレカム・パドリック様にの結婚に至るまでの思い出話の区切りに、懐かしい方の声まで出てきてしまった》


ユンフォも自分のテレパシーの中で、何が聞き手になる2人と1ッ匹に驚きを与えたかを十分気が付いている様だった。


(えっと、あの最後の声って、どちら様の声なんですか?。

そのアングレカムの結婚式に出ている位だから、立派な方と言うか、相当上の方というか……)


幾許か情報と歴史的の背景バックグラウンドを掌握している賢者と、アプ リコットはそれとなくその人物を察していたが、シュトには"偉い"と言う位しか、考えが及ばない。

シュトと言えば保護者となる師匠に当たる存在から、一通りの教育を受けていたけれども、正直に言って勉強は嫌いなので、必要最低限の物しか学びとっていない所があった。


もしも真面目に勉強をしていたなら、頭が回る少年ではあるので、その知識からその人物の見当ぐらいはつけることぐらいは出来ていたと思われる。


《ああ、シュト・ザヘト君の予想通り上の方。

何せ先王グロリオーサ・サンフラワー陛下の伴侶で、現在の国王陛下の御実母のトレニア様だからね。


……思えば、どちらかと言えばアングレカム様よりもトレニア様の方が先に"旅立たれて"いるから、もっと知っている方が少ない事になるのだな》


ユンフォが今更ながらに気が付いたといった風に、テレパシーを飛ばす。


少しばかり、場の雰囲気が重くなったのは、会話に関わらないとしている、2人の護衛騎士―――ライヴ・ティンパニーとリコリスラベルにも伝わり、思わずその手を止めていた。


だが、それについては、ユンフォが視線を向けた事で、2人の護衛騎士は無言で、それぞれ自分に"仕事"の方に戻る。


《―――すまないね、思いがけず出てこられたトレニア様に、話しの興味が移っても仕方がないが、これは私の配慮が足りない所為だ。

それなりに興味を持ったかもしれないが、取りあえず、その前に私は賢者に尋ねられた事については、答えたつもりだ》


ユンフォがやや強引にもとれるテレパシーを送って来るので、シュトは眉を上げて驚いたけれども、元々話の"流れ"としてはそういった物だと思い出していた。


(そうだよな、確かアルセン様のお父さん―――アングレカム・パドリック様の死因が、結局要領が掴めないから、賢者殿がユンフォ様に提案してからの、さっきの話だったんだ)


―――身近にいたからこそ、"アングレカム様は、これに関しては、鈍かったなぁ、苦手だったなあ"と自信をもって言えるものはありません?。


かつては世話にもなった人物にも不貞不貞ふてぶてしい態度で、本来なら迂闊には立ち入れない私的空間プライベートのな場所スペースにまで、必要があるからと踏み込んでいた。


《それで、この話から何かしら情 報は拾えたかね?、ウサギの賢者ネェツアーク・サクスフォーン殿?。

私も、敬愛する方の"死の原因"が判るかもしれないという事もあって、この情報を開示をしたのだ。

ただの思い出話として済まされたのなら、少々腹立たしい思いとなるのだがね》


ウサギのぬいぐるみの正面に腰掛ける老紳士が、今までにない圧力プレッシャーを醸し出しつつも、ただテレパシーはまだ穏やかな形で尋ねる。


《そうですね~。

ワシの個人的な見解になりますが、やはり、アングレカム様の死にはアルセン・パドリックが関わっている様な気がします。

それでですね、まだ巧く言葉は纏められませんが、少なくともアングレカム・パドリック様が"旅立たれた時"には、ユンフォ様が意見なされた通りだったとも感じるのですよ。

"アングレカム・パドリック様自身は、全く身の危険を感じていなかった"

"あの方の勘が、鈍っているとも思えなかった"

正しく、その通りだった》


そこまで、テレパシーで情報を共有者の間に伝えた時に、ウサギの賢者の鼻がこれまでになく盛大に動いたかと思ったなら、続いてその賢者を膝に乗せているライの鼻も動いていた。


「……おや、突然だが匂いに敏感なライちゃんが、鼻を動かしているという事は、何かしら嗅いだ事の無い匂いでもしているのかな?」


ウサギの賢者の方は兎も角、ライヴ・ティンパニーの方は主張を通すべき場所と、控えておくべき場合を弁えている。

それを敢えて行っている所から、主張しているという事は、する必要があるからだと考えたユンフォが呼びかけていた。


「にゃあ~、例えよ様によっては、芳ばしいという匂いだけれども、こりゃ食べ物じゃあないにゃあ~」


それから、遠慮なく"スンスン"と小さく形の整った鼻を、ライはそれこそ猫を連想させる仕種で鳴らす。

そしてライが鳴らしているの合わせる様に、ウサギの"ぬいぐるみ"の恰好ながらも、同じ様に鼻をスンスンとしていた。


「ライさんを"含めて"、ひとが認識出来る以上の嗅覚で、何かの匂いを嗅ぎ取ったという事で良いのかしら?」


「にゃ~、アッちゃんその通りだニャ~」

《あんましテレパシーは使いたくにゃいけれど~、仕方にゃい。賢者殿、これってアレにゃ、火薬の匂いにゃ~?》


アプリコットが少しばかり申し訳なさそうに話振って、どうやらいち早く、日常には無い匂いを嗅ぎ取った魔術師と賢者に尋ねて、ライは言葉とテレパシーで答える。


ただライが視線を向けている先は、シュトで、向けられた方はいきなりテレパシーによって伝えられた内容に、実に判り易く"へ?"という擬音符が似合う表情を浮かべていた。


《うーん、ライさんや、確かにこれは確かに"火薬"の匂いではあるけれども、少々具合が違うね。


少なくとも、銃を使ったことによって出てきた火薬の匂いではないから、シュト君見ても、驚いた声と反応リアクションぐらいしか出てこないよ》


《にゃあ。喫茶店こっち来る前に、一発ぶっ放してきたとか考えてたけれど、そうしたらもっと匂いしているだろうしにゃ~。

ロブロウの時に、銃の火薬の匂いについては、嗅ぎ過ぎたから、少しばかり鼻の具合がおかしくなったかにゃ~》


賢者と魔術師が至ってマイペースで交わす情報に、シュトが軽く呆れていると、モフモフとした短い腕が動いて、自分の青いコートポケットを叩いていた。



(あ、確かあの中には―――)


王都、城下町の東側、パドリック父子が事故にあった現場を後にして、リリィ達がいる内から喫茶店"壱-ONE-"の周囲を散策して見つけた物。


わざわざネェツアークの姿から、ウサギの姿に戻り、シュトにリリィ達には見つからない様にと、動くぬいぐるみが目撃されない様にと見張らせながら、地べたに這いずって調べて見つけたものが入っている。


シュトも、賢者が見つけた"物"は見ていたのだけれども、それが意味する事が今のところ判らない。

ただ、それは見た目からして少々物騒な物でもあるので、直感的インスピレーションで、賢者ネェツアークの許可が出るまで口にするべきでもないのだと、弁えていた。


賢者が行ったその動きで、"喫茶店"壱-ONE-の付近で見つけた物"については、今はまだ内密にしておけと、テレパシーも使わずに念を押されたのだと、察する。


(……今までしていた話と関係はするのか?)


ただ、その動きを露呈することで、この場にいる人々には少なくとも賢者の上着であるコートのポケットの内に、なにかしらあるのだという認識はつける役割も果たせていた。




「―――おや、アルセン様、いらっしゃいませ。


本日は私服という事は、お休みなんですね。


休みにまで御贔屓にしてくださるとは、有り難い事です」


そして店主マスターのウエスト・リップ 氏が呼び掛ける声で、喫茶店の新たな来客の正体がようともせずに、はっきりと知れた。


「ええ、ここに来たなら友人―――いいえ、ちょっとばかり問い詰めたい知り合いに逢えると思いましたので、寄らせてもらった次第です。


後、ロブロウへの出張から戻ってから、挨拶をしたかった方々も、丁度こちらのお店で休んでおられるという情報も、聞きましたので寄らせて頂きました。


少しばかり運動して、喉が渇いているので、サイズ的な事はよくわかりませんが、一番大きいものでアイスコーヒーでいただけますか?」



非常に明朗で快活に響くアルセンの声は、先程までユンフォのテレパシーを通して聞こえていたアングレカムの声と本当に よく似ていた。



そして、ある程度付き合いのある者なら、その声の成分に"怒気"という成分が滲んでいるのもよく伝わって来るものがあった。


「はい、それではお持ちしますので、お好きな席でお待ちください」


無論、接客業の玄人エキスパートである店主マスターのウエスト氏も美人の軍人の怒気と―――本当に微量な匂いを察していたが、自分が出る幕ではない、何も気が付かない様子で注文を承っていた。


わざわざネェツアークの姿から、ウサギの姿に戻り、シュトにリリィ達には見つからない様にと、動くぬいぐるみが目撃されない様にと見張らせながら、地べたに這いずって調べて見つけたものが入っている。



シュトも、賢者が見つけた"物"は見ていたのだけれども、それが意味する事が今のところ判らない。

ただ、それは見た目からして少々物騒な物でもあるので、直感的インスピレーションで、賢者ネェツアークの許可が出るまで口にするべきでもないのだと、弁えていた。


賢者が行ったその動きで、"喫茶店"壱-ONE-の付近で見つけた物"については、今はまだ内密にしておけと、テレパシーも使わずに念を押されたのだと、察する。


(……今までしていた話と関係はするのか?)


ただ、その動きを露呈することで、この場にいる人々には少なくとも賢者の上着であるコートのポケットの内に、なにかしらあるのだという認識はつける役割も果たせていた。





「―――おや、アルセン様、いらっしゃいませ。本日は私服という事は、お休みなんですね。

休みにまで御贔屓にしてくださるとは、有り難い事です」


そして店主マスターのウエスト・リップ氏が呼び掛ける声で、喫茶店の新たな来客の正体がようともせずに、はっきりと知れた。


「ええ、ここに来たなら友人―――いいえ、ちょっとばかり問い詰めたい知り合いに逢えると思いましたので、寄らせてもらった次第です。

後、ロブロウへの出張から戻ってから、挨拶をしたかった方々も、丁度こちらのお店で休んでおられるという情報も、聞きましたので寄らせて頂きました。

少しばかり運動して、喉が渇いているので、サイズ的な事はよくわかりませんが、一番大きいものでアイスコーヒーでいただけますか?」


非常に明朗で快活に響くアルセンの声は、先程までユンフォのテレパシーを通して聞こえていたアングレカムの声と本当に よく似ていた。

そして、ある程度付き合いのある者なら、その声の成分に"怒気"という成分が滲んでいるのもよく伝わって来るものがあった。


「はい、それではお持ちしますので、お好きな席でお待ちください」


無論、接客業の玄人エキスパートである店主マスターのウエスト氏も美人の軍人の怒気と―――本当に微量な匂いを察していたが、自分が出る幕ではない、何も気が付かない様子で注文を承っていた。


「おや。ライちゃん。


ぬいぐるみが膝から落ちて、滑って私の座っている椅子の後ろまで来てしまったようだが……」

「あにゃ~、喫茶店の床の掃除が隅々まで行き届いているから、よく滑ってユンフォ様の方まで行っちまったかにゃ~」


護衛される王族の貴族議員と、護衛をする護衛騎士が大変わざとらしい、説明ともとれる会話をシュトとアプリコットが聞いたなら、その言葉通り"ウサギのぬいぐるみ"の姿は忽然と消えていた。


(………賢者殿、アルセン様に何をしたんすか?)


どういう理屈や通りがあるかはわからないが、美人で貴族(アルセン)の怒気が向けられている相手であろうと思われるウサギの賢者に、シュトがアイスコーヒーに残っていた細かい氷を口に含みながら、尋ねる。


《………ワシ自身が直接した覚えはないのだけれども、回り回って巡りに巡って、腹黒貴族アルセンへ、損害というかダメージを与えてしまった事が、身に覚えがありすぎて、反射的に本能で隠れてしまうのだよね》


普段以上にくどい言い回しを以て、(一応)この国(セリサンセウム)で最高峰の賢者は通路側から、人ならリリィ位背が低くなければ、姿が見えないユンフォが腰かける椅子の脚の位置に移動する。


《あら、でも、今回はもう少し"隠れていた方がいい"と思える確証があったから、ぬいぐるみなのに、そこまで"大移動"をしたのではなくて?》


アプリコットが、再び何やら書き物を帳面にしたためながら、問いただす。


《………アッハッハッハ。いや、確かこの火薬の臭いに身に覚えがあったというか。

ワシの記憶が確かならば、若かりし頃に造った、"催涙ボール"と同じ火薬の臭いだなーっと、思い出してだね、うん》


《やはり、そうでしたか。実物は喰らった事がありませんでしたが、グランドールからは話に聞いた状況に酷似していたので、見当をつけて来てみましたが、大当たりでしたね》


このテレパシーが頭の中で響いた時、シュトは老紳士が先程の記憶の続きでアングレカム・パドリックの物を何やら引き出して、聞かせてくれているのだと一瞬考えた。

だが、通路を挟んで横にいる老紳士が頭を左右に振る事で、今しがた響いた声がユンフォの記憶物ではなく、本人ホンモノ―――アルセンの物だと掌握する。


「―――それでは奥に"知り合い"がいらっしゃったみたいなので、そちらに失礼します」


カッ、カッ、カッと本日は軍靴を履いてはいない筈なのに、規則正しく靴底を鳴らしながら、アルセン・パドリックが喫茶店"壱-ONE-店内を移動を始めたのが伝わる。



《にゃッハッハッハ、これじゃあ、お得意の"脱兎"も出来なくなるにゃあ》


《くううう、ライさん、他人事ひとごとだと思って……。ウサギさん、泣いちゃうぞ》

《にゃあ~、三十路後半が泣いちゃうぞはないにゃ~》


ウサギの賢者は比較的窮地(?)に追い込まれているのだろうが、シュトがテレパシーを聞いている限り、歌って踊れる魔術師と茶番を行っている様にしか見えない。


《……まあまあ、賢者殿。

アルセン様も理由を聞いたなら、幾らなんでもウサギの姿をしている所に、あんまり御無体な事はしないでしょう。

それに、どういった経緯と理由で昔、賢者殿が造った"催涙ボール"の被害にアルセン様が遭遇する事になったのか、その話をする必要もあるのではないかしら?》


アプリコットが極々真っ当な意見を、テレパシーで、この場にいる一同に提案する様に広げる。


(……アプリコット様、冷静だな)


シュトが感心する様に、そんな考えを浮かべていたなら、ユンフォの腰掛ける椅子の脚の傍に、殆ど俯せ状態でいる、ぬいぐるみの形状に徹しているウサギの賢者の長い耳が、ピクッと動く。


《……もしやアプリコットさんや、ワシの事をアルセンに既にバラしているね?!。

あれだよ、ワシの性格と似ている所から、考えを推し量ったなら、ワシの居場所を話して、何らかの利益を得ているね?!》


そこで、何かしら帳面にしたためていたアプリコットの手が止まる。


《……前に血の契約の時に賢者殿は、"立っている物は王様でも使う"という方針モットーを拝見したので、私はこれから王都ではやっていくのなら、"這いつくばっている賢者でも利用する"位の気概モチベーションを考えた次第なの。

あ、アトとシュトが泊まるのに丁度良いお家を紹介してくれるって言うんので、そのお礼を兼ねて、ぬいぐるみの振りをしている賢者殿が、ツルっと床を滑って、ユンフォ・クロッカス様の所にいますよと、暗号モスで送ったら即解読してくださったわ。


で、シュト。

こちらが暫くお世話になる、ロドリー・マインド様のお屋敷の地図ね》


「あ、はい、どうも……」


中々小気味よい音と共に、帳面から紙が破り取られ、余りにさり気なく差し出されたので、シュトは素直に受け止めるが、それから直ぐに慌て始める。


「って、え?、俺達って王都ではマーガレットさんの店であった、あの、アトを保護してくれた、ロドリー・マインドさんの所でお世話になるんすか?」


シュトにしたなら、意外過ぎる人選に激しく瞬きを繰り返しつつも、渡された紙きれ―――メモを見る。


渡されたメモは、どうやらアプリコットが書物を始めてから書いていた物で、側に置かれている冊子は城下の東側についての詳細な地図マップだった。

それを参考にして、手際よく目印になるものを抜粋して作成しているので、東側を結構歩き回って喫茶店も戻って来ていたシュトには、見たならおおよそ理解出来るし、マインド邸にも迷わず辿りつけると、思える。


「ええ、下宿についてはアルセン様が既に話はつけてくれていて、アトに関して言えば、この王都の中でも一番の御理解をなさってくださっているご家庭だから、安心してもいいわよ」


アプリコットがそう言った時、先程から規則正しく聞こえてきた足音がいつの間にか間近にまで及んでいて、馴染みのある軍服とロブロウで見た姿とは異なる私服姿で、親友アルスの恩師とシュトは再会する。


「お久しぶりですね、シュト君。アルスが、貴方のとの再会をとても喜んでいましたよ」

「そうなんですか、あんまり話す前に別行動になったんでよくわからなかったんですけれど―――ああ、でも俺もアルスと互いに元気で会えたのは嬉しかったです。それで、えっと」


相変わらず男性なのだが、美人という形容が似合う人物で、整った顔の上に上品な笑みを浮かべてはいるが、少しばかり例えるのには複雑な語彙を必要としそうな圧力も伴っていた。


「……安心してください。

私もマーガレットさんのお店にお邪魔し拝見しましたが、アト君はとってもロドリー・マインド卿に懐いているし、もう"泊まりたい"と決めてしまっている様子です。

アト君の中で、決まった事の変更が心にとっては、大きな負荷ストレスになる事も、理解してくださっているので、もう今更変更はしないでくれるでしょう。

今頃、お屋敷に戻って早速準備をしてくれている事だと思いますよ」


「そうなんですか、判りました」

(うーん、準備をしてくれているのなら、今更断るほうが失礼になるよな。

でも意外だな、見た目が凄く怖いというか、厳しそうなタイプだったから……。

ああ、でもやっぱりアトが懐いているのがある所は、世話焼きって所はあるんだろうし)


言葉には素直に従う旨を口にするけれども、胸の内ではこれから世話になる事への戸惑いと躊躇いを、これまでのテレパシーを拾ってくれた時と同じように、考えシュトは浮かべてしまっていた。

それを拾い読み、これまでの微笑びしょうではなく、判り易く、はっきりと笑顔を浮かべたアルセンが、シュトを見つめながら頷いていた。


「シュト君、下手に遠慮をしてしまったら、折角の親切な心を無碍にしてしまうという物です。

お世話になる事は確かですが、それに感謝する事を忘れずに、屋敷の中で男手で手伝いが必要そうな所があったなら、直ぐに手伝うくらいしたなら、喜ばれますよ。

そうです、人間素直が一番です」


《だから、さっさとどうして、異国の方に貴方《賢者》が悪ふざけで作った"催涙ボール"が、改良されてサブノックに流れているのか、説明していただきましょうか?。

大分改良もされていて、とっさに風の精霊(ジルフェ)で防護しなければ、顔面が酷い事になりそうでしたから》


そうテレパシーと共に靴底をはっきりと鳴らし響かせながら、賢者が伏している場所―――ユンフォの傍へとアルセンは移動する。


先ずは笑顔から、品の良い表情に戻して、父親が不慮の事故で"旅立った"後に、成人するまで後見人を勤めてくれた老紳士に対して恭しく頭を垂れる。


「ユンフォ様、お久しぶりです。もう暫く、挨拶も出来ませんで、申し訳ありませんでした」

「そうかな?、最近ではないけれども、この前、マインド邸での夜会ではなしたから、そこまで久しぶりという気も、私はしないでもないが」


「―――?」

《この前の"マインド邸での夜会?"》


少しばかり、記憶違いを起こしているのかとも、ユンフォの挨拶にアルセンは考えるが、取りあえずは現在の目標に白い手袋を嵌めた手を伸ばす。


「……おや、珍しいお人形、いいえ、可愛らしいウサギのぬいぐるみが落ちています。ユンフォ様、代わりに拾わせていただきますね」


そう口にして、身を屈めアルセンは、ウサギのぬいぐるみを青いコートの襟の部分を掴んで拾い上げると、その長い耳は諦めきった様に根元からへたりと曲がり垂れている。


「いやはや、これは立派なぬいぐるみですね。おや?耳を根元からこんなに曲げて?一体どうしたんでしょうね?。

それにしても、とってもモフモフで、揉み甲斐がありそうです。

中身も詰まってて、まるで心も詰まってそうで本当に揉み甲斐がありそうです」


そう言って、美人の貴族の白い手袋を嵌めた手を、ウサギのぬいぐるみの両脇に添えてそして挟み込んでいた。

抱えているアルセンにはぬいぐるみの中身がビクッと蠢いたのを感じ取っていたけれど、何事もなかったように笑みを浮かべ続ける。


《……後輩アルセン、私《先輩》に何をするつもりだい》


垂れた耳を細かくぶるぶると震わせ、眼鏡越しの円らな瞳に不安の色を浮かべながら、綺麗な後輩の顔を見つめる。


だが後輩は応えず、取りあえず背後からは覗き込まれない限りぬいぐるみの動きが見えない様に、配慮は行う。


「母上もこういった、ぬいぐるみは好きな方なので、少しばかり触らせていただいて、今度の何かしらの時に贈り物の時の参考にさせていただきましょう」


貴方ネェツアークの場合、どちらかと言えば痛みに強いですからねえ。

敢えて、"笑いたいけれども笑えない状況"にして、耐えて貰った方が身心共に応えると思いましてね。

それでは、覚悟して下さい――――》


垂れていた耳を半分程浮かせて、賢者は最後の抵抗を試みる。


《ちょっと、待ちなよ。アレだよ、"催涙ボール"の詳細を知りたいんだよね?。

ウサギさん、どうして自分の造った催涙ボールが、サブノックに渡ってしまった理由みたいな物を、思いついた》


「……後で、じっくり聞かせてもらいますよ」


自分の両脇腹に当たる、五指それぞれに力が入るのを感じた次の瞬間、


《いやあああ!、キングスにお婿に貰って貰えなくなるぅううう―――アッヒャヒャヒャヒャヤヒャヒャヒャヒャヒャ!》


声は出さずとも、テレパシーが通用する一同には、ウサギの姿をした賢者の嘆きが十分伝わる。




(……?、あら、騒がしいと思ったら、アルセン様が何時の間にいらしていたのね)


それは、日頃なら余程の事がない限り集中を途切れさせない治癒術師の興味を持たせるほどのものとなっていた。


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