とある治癒術師の悩み④
《陛下、その、英雄の妹さんが”人間不信”なのは判りました。
だから、人の姿してはいない”ウサギの賢者殿”を推したのも何となく、理由として判るような気がします。
でも、やはり、そのいきなり過ぎませんか?。
その年齢的にも賢者殿は確かその当時なら、成人したて位の御年ですよね?。
それに何よりもあのぬいぐるみの様な御姿ではありますけれど、ウサギの賢者殿は”殿方”ですよね》
―――酷いなぁ。ワシ、こう見えてもアルセンより2つ年上ってぐらいなんだよ。
数時間前に、賢者自身の言葉と今改めて思いだし、当時の状況で当てはめたならそれはそれで随分と剣呑な状況だとも思えて仕方がなかった。
このリコリスによる数時間前の記憶の掘り起こした賢者の声を含んだ物は、どうやら国王にも聞えていた様で、それでいて治癒術師の疑問も"最も”だといった感じで頷いていた。
《そうだな、奴も当時成人して数年過ぎた程度であったが、”ある事"がきっかっけで、人付き合いが苦手過ぎるのも含めて、自分の姿をまるで御伽噺に出てくるような、ウサギの姿に変えてしまっていた。
でも、本当は本人自身はそこまでウサギに思い入れがあるわけがないから、肉球のあるウサギなんて御伽噺というよりは、ありもしない幻想の世界のバケモノになってしまった。
ウサギの肉球については、本物のウサギ好きな愛好家にしたなら随分と憤慨する案件でもあるのにな。
人の姿から"逃げる"為に、余程慌てていたと思える。
だが、本来何かの姿に変化したり姿を変えたりする場合どうしても"実際に存在"を手本にしなければ余程の事がないと難しい事でもある。
そんな魔法が使えてしま賢者の元に、魔術の才能が伸び盛りであろう英雄の妹を置くことは、その成長につながるのが、本当に有益にシトロン・ラベルには思えたのだろう》
それから国王ダガー・サンフラワーにしては珍しく、眼に見えて困ったような表情を浮かべられた後に、テレパシーを続けられる。
《後はな、年齢を理由に断られたのもあるのだ》
《……年、ですか》
大叔母が、それを理由に使って断るのがどうも腑に落ちないでいたなら、国王も大きく頷いていた。
《それは今でも、リコリスの感想に私も大いに同意する。
ただ、当時はまだまだ矍鑠としてはいたが、兄シトラスには孫を授かる様な年齢に確かになっている。
寄る年波の体力や気力の減少というのは、実際年を取って見ないと判らんものだろうから、勝手にまだまだ大丈夫だろうと、決めつける事も出来ん。
それにシトロンも"普通の女の子"―――今、賢者が世話をしている強気ではあるが、基本的には素直で優しい娘で、セロリが嫌いなくらいならならまだいい。
だが、あの"ウサギの賢者"が元気の良いじゃじゃ馬という例えを使う位だからな。
それにもしかしたら、グレイプニルを使って英雄の妹を掴まえる際に相当苦労をしたかもしれんしな。
何んにしても、若さや魔力で言ったなら確かに賢者の方が勝っていた。
後はあれだな、リコリスも下調べしたとおり”賢者になって10数年、本来『賢者』なら護衛部隊の1つを引き連れて、最低でも年に一度は演習調査をする筈なのにしていない”。
その理由の一部は、この英雄の妹の世話を見る事に関係もしている。
というか、まあ、”取引”みたいなものだった。
それ程、世俗に関わりたくないという事への気持ちが強かったという事もあったのだろうがな》
《……それ程、世俗に関わるのを嫌がっていたのに、どうして英雄の妹さんの事はウサギの賢者殿は引き受けたのでしょう?》
どうしても苦手な、嫌な事を引き受けるにあたって、それに大きさがあり、”大”か”小”という大きさ容量があるとしたのなら、人として仕方なく小さな方を選ぶのは判るような気がするし、共感できる。
でも、それでも何だかリコリスには納得が出来なかった。
―――最初に尋ねますが、賢者殿はリリィちゃんのお母様をご存知なんですよね?。
この事に関わるにあたって、色んな意味を込めて最初にウサギの賢者に確認をしていた。
―――悪いけれど、彼女については何もワシは語らないよ。
返事ははっきりとした"拒絶"で、そこに厭なものに対する大小なんて、全くなかった。
"嫌な物は絶対に嫌だ。例え自分の不利に繋がったとしても、それだけは貫き通す"
まるで鋼の様にも感じさせ強い意志を、ウサギという可愛らしい姿をした存在ながらも発していた。
英雄の妹の面倒を見る事と、その過去を語る事で、そもそも"嫌な事"に対する度合いが違うから自分が抱いた見識が間違っている可能性がある事も判っている。
けれども、自分の見識が間違っているというと真っ向から否定出来る材料もない様な気がした。
《英雄の妹さんの世話を引き受けるにあたって、演習や調査が論文や魔法の応用をレポートを熟した上で免除してもらえるにしても、不完全な形でも、ウサギの姿に逃げる方です。
そこまでして、人との関わりを絶とうしている様な方です。
そんな方が、どうして元気の良すぎる人の女の子を受け入れたのですか?》
リコリス自身、無自覚に軽く意地になってその事について言及していた。
だが、冷静沈着な護衛騎士が珍しく熱くなっているのに対照的に、国王の方は先程から呼び寄せている炎の精霊の気配を周囲に纏いながらも、不思議と涼やかな眼元で少しばかり考え込んでいる。
それから至極落ち着いた様子で、テレパシーを治癒術師に伝える。
《……リコリス、1つだけ確認しておこうか。
俺……いや、"私"は一度でも"ウサギの賢者の了承を得て、英雄の妹を世話させることを決めた"と一言でも口にしただろうか?》
ここで暫く、間が産まれる。
何かしらのもっと複雑な取引とか、入り組んだ色んな思惑があるとか考えていた。
貴族社会の社交界の様に、言葉の裏の裏の裏を探るような事かと少しばかり思い込んでいた。
(……えっと。それじゃあ、その、えっと)
理性的に考えていた前提が、いきなりひっくり返された様な感覚に リコリスは激しく瞬きをする。
《いや、ウサギの賢者は成人を迎える前に賢者になれた優秀な存在だがな、何やかんやでそれこそウサギの様に"脱兎"して逃げ出すような奴だ。
それなら、元気な娘を監視代わりに置こうというわけだ。
対外的には、今秘書をしている、巫女のリリィと同じ役割をして貰おうという感じだな。
まあ、今の穏やかさとは天と地程の差があったろうが》
《天と地ほどですか……。あ、でも、そのそれなら英雄の妹さんの方も、了承を得ずにという事ですか?》
自分の想像していた前提があっさりとひっくり返されて、正直とても戸惑ってもいたけれども、確かに”そうしたなら”相手の気持ちを置いて行ってはいけないとも思うのだが、話しは進む。
《ああ、そちらはあの魔法屋敷に連れて行くまでは、大いに文句を言っていたし―――。
彼女も、シトロン・ラベルが”賢者に任せる”という言うまでは、てっきり自分を捕獲した魔術師が新たな生活を送る上での、保護者になると考えていたらしい。
だから、彼女が断わり賢者に任せる事を口にしたなら、ここは心を拾い読める能力のお陰だがな、正直、残念がっていたのがよく伝わって来たよ。
でも、年の事をシトロン・ラベルが理由にしたなら口にしたならば、膨れっ面ながらも、仕方ないとも心の中では理解っていた。
……強気で、負けん気があるかもしれないが、なんやかんやで理由があって納得できたなら、受け入れてしまう。
そういった話さえわかれば、素直な所は、今、ウサギの賢者が預かっている娘となる巫女にも見られるそうだな。
賢者の秘書として預かっている巫女でもあるので、定期的な連絡に、そう記されている。
……さて、話しが進み過ぎたみたいだから、少し戻そうか。
こういった言い方はどうかと思うが、セリサンセウムの英雄の妹殿を保護した事で、国として何とか義理を立てて世話する事になった。
他の英雄達も"ウサギの賢者が預かった"という話を聞いたなら、各々忙しく、英雄の妹に接見出来ずにいたグランドール、アルセン共に安心していた》
《ウサギの賢者殿は、アルセン様や、グランドール様とも面識があるのですか?》
リコリスのこの質問に、国王は整えられている髭が伸びている大きな口元に指を添え、再び考え込むという態度を示した後に治癒術師に向け、テレパシーを伝える。
《そうだな……アルセンの方は、ウサギに賢者とは結構それなりに付き合いはあるらしい。
引き籠りながらもなんやかんやと面倒を見ている様子だな。
グランドールの方は完全に現在は没交渉らしい。
しかしながら、”ウサギになる前”の姿なら馴染みがあるみたいな話は聞いているな。
優秀な賢者といえども、ウサギの姿になる禁術を使ったのはつい最近らしいからな》
《そうなんですね……。確かにアルセン様は、ウサギの賢者殿とは随分と親し気にお話になってはいましたが、リリィちゃんの母親に当たる方がいた頃からの付き合いなら、それも納得できます。
グランドール様は英雄の仕事が一段落ついたなら、マクガフィン農場を始めた事もあって御多忙なのは、有名なお話ですから。
隠遁生活を好む方とは、それまで交流があったとしても、直接会う機会がなくなってしまうのは仕方がないかもしれませんね》
《うむ、まあ、そういう事になる》
ここで、リコリスはどことなく国王が何かしら安堵していた事には、少なからず気が付いてもいた。
けれども、当時リコリスは、これまでも説明に数度質問を差し込んだ為、グランドールとアルセンという英雄達とウサギの賢者の関係に、更なる"質問"がされると構えているのだと解釈していた。
護衛騎士の仕事上、護衛に不備があったなら大問題でもあるので、手順によって不明瞭な所があったなら質問がある際には、遠慮なくしなければいけない、職場環境でもある。
国王もそれは十分に弁えているので、今までの自分の説明でリコリスが納得ない部分に確認がくるものだと考えているのだろうと、思っていた。
だが、そこまで聞いたなら国が英雄の妹を保護し、またその妹が産んだであろう娘を引き続き保護しているのも、国側の事情としても理解も出来ていた。
そして、その娘に"異性の保護者では、手が回らない部分”が出た為に、特別な事情を背負っている事もあり、王族護衛騎士でもあるけれど、身近な同性の治癒術師としても的確な助言を自分がする事になった。
それに、何ら疑問も不満も、リコリス・ラベルには無い。
『―――ディンファレが言っていたが、"リコリスなら、どういう経緯があって巫女リリィが誕生したのか"という事について、全く興味がないし、尋ねないというのは、本当だったな』
『ディ、ディンファレ様がそんな事を仰ってくださっていたのですか』
いきなり沈黙を破った事よりも、そこに出された名前の方に反応する治癒術師に、今度は声を含んだ苦笑いを国王は出していた。
『ああ、そして彼女もリコリス・ラベルが世話をしてあげる事になった女の子の、出生の詳細を知っている数少ない1人―――というのは、この前の人攫いの件で気が付いているかな?』
―――もう良いだろう。
そんな伝わり易い雰囲気を醸し出しながら、国王は更に言葉を口にする事でリコリスも少しだけ躊躇いながら、時間にしては短かったけれども、感覚的に久しぶりに意識して口を開いていた。
『―――出生や、巫女リリィのお母様となる、英雄の妹さんに関わっている等の事は、今国王陛下に伺って初めて話に聞きましたし、こうやってお話していただけるまで本当に一切存じ上げませんでした。
ただ、ディンファレ様がリリィちゃん……巫女のリリィを大切に思っている事は、その事と今回の世話をさせていただくことになる際に、お話した時から、感じとれるものがありました』
この前のディンファレの行動は、彼女の護衛対象である法王ロッツーーー今、玉座に座り、自分に語り掛けている人物の腹違いの弟にも協力をして貰っていた。
本来なら、法王の助力を得るなど処断されていてもおかしくはない行動だけれども、そうまでして現在の保護者である国最高峰の賢者に、巫女の女の子に対する護衛態勢を考え直すべきだと”意見”する意思の強さに、益々憧れ惹かれた。
それ程思い入れがあるのだから、少女に何かしらのそこまで行動を起こさせる理由や事情を持っているのも、想像は出来ていた。
そしてリコリスは尊敬し、憧れている先輩が"大切"に思っている存在なら、理由を教えて貰えて貰わずとも、自分も同じ様に、大切に思う事が出来る。
言葉を口にしつつも心拾い読める能力のある国王に、自分の心情を胸の内に浮かべる事で告げ、仕上に声に出す。
『余り共感してもらえる事が少ない感覚ではありますが、私の正直な気持ちでもあります。それと、陛下最終的な確認としてお伺いしたいのですが―――』
加えて声という音が解禁された事で、それらを制限してまで守りたかった情報が"英雄殺しの英雄"についての事だったのという疑問を心に思い意浮かべる。
国王はリコリスの言葉を肯定する無言の頷きと共に、残せない情報でもある為にテレパシーでリコリスの頭の中に響かせる。
《まあ、そういう事だ。奴は現在は、錯乱の状態から持ち直してはいるが、自身の才能を使って出来る事とそれなりに役割を果たしながら、穏やかに暮らしているから放っておいてやってくれ》
暗に"関わるな"と言われている事は、”言わずもがな"で判ったが、何よりに国王として十数年前に、国を侵略から防衛してくれた英雄への、労りを持っているのが伝わってくる。
(多分……今でも臣下の間でもあるだろうけれども、陛下としては御友人でもあるのでしょうね)
治癒術師のその心情も国王は拾い読んでいたけれども敢えて応えず、友人についての返事を更に続ける。
《少なくとも、自分の姿や情報が、万が一にも伴侶の妹の娘―――巫女のリリィに知られて関わる事で、傷つかない事を願いながら、その姿を極力表舞台から隠すつもりだそうだ。
もし何かしらあの娘に危害が及ぶことが起きそうになったなら、その姿を仕方なしに現す事もあるかもしれない。
それに奴は天涯孤独という事もあって、そこまで調べ上げようという親族もいないから、そこは隠遁した生活を送る上では、過ごしやすい状態にもある》
そこで"英雄殺しの英雄”の話題から離れる為か、国王は再び声を出して話を続ける。
『 また巫女の方も、自分の事を身寄りのいない孤児だと、保護した賢者の話によって信じている。
それは"孤独"であるかもしれないが、家族という縛りのない"自由"ということでもある。
英雄の妹の子どもという事は、公にしていたなら少なからず波風も起こるだろうという意見は、賢者からもあったな。
それにあの娘は、目元は母親に似ているらしいが、それ以外は一般的には結構整っているのだよな?』
人の外見の美醜に拘るよりは、その人の持つ"強さ"に惹かれる王様が、自分よりはそう言った価値観については詳しそうな治癒術師に尋ねると、それには迷わずにリコリスは頷いた。
顔は人の好みによりもするだろうが、整っているかどうかで言うのならリリィは間違いなく、整っていると断言できる。
それを確認したなら、国王は更に話を続ける。
『諸事情で公に名前の公表をふせている、行方は分からないが英雄の妹の娘。
整った容姿の付加価値。
それらを利用して、"養子に迎えよう"という貴族がいてもおかしくはない―――と考えたなら、貴族出身のリコリスの前で口にしたなら、失礼になるだろうか?』
『……そうですね、正直に言って良い気持ちはしませんが、ありえなくない話と思います。特に、権威や名誉が欲しい貴族の貪欲さは一般の方には測り兼ねます』
決して貴族という位を嫌悪するまでもないけれども、息苦しいと思えるところは成長して王族護衛騎士として家を出るまでは、リコリスは自身は数多くあった。
尊敬する大叔母ですら、貴族社会に辟易としていたし、かつてはその因習の波にのまれようとしていたという。
―――グロリオーサ・サンフラワーが齎した平定の時代には、誰にも聞かれちゃいけないだろうけれど、お前達には話そうかね。
―――世間にも暦にも”暗愚”とも言われている、今は名前さえ出す事も控えられているクロッサンドラ・サンフラワーとその片腕とも言われているシャルロック・トリフォリウム。
―――私はこの2人に、1つだけ感謝している事があるんだよ。
そう言って、膝に黒い子猫を乗せて治癒術の指導を受けに来た、兄の孫娘に孤高の魔術師が語った事。
―――あの方達が国を傾けたという政策だけれどもね、私はその1つのお陰でしたくもない結婚をしないで済んだんだ。
―――当時じゃ、当たり前だったけれども一度も会った事がない婚約者だったけれども、いきなりその相手の家が、政策の1つで取り潰された。
―――相手には悪いけれどもあった事もなかった所為もあってね、特に悲しいとも思わなかったよ。
―――正直、ほっとしたし、まだ魔術の勉強が出来るって嬉しくもあったんだよ。
―――でも、権威に拘る貴族って言うのも、まるで台所いるだろう油虫並みにしぶといからね。
―――直ぐに次の嫁ぎ先を捜してくるんだよ。
―――でもねえ、次々と出される国の強引な政策に、そう内流石のラベル家でも結婚どころではなくなった。
―――そこまでする余裕が、王都に居住を構える貴族たちにはなくなっていった。
―――ただ、兄のシトラスは流石にラベル家の永続の為に無理を通して結婚をさせた。
―――こちらは、兄さんと昔からご縁のあった、それにシトラスに足りない部分を補う様な、私も知っている貴族の令嬢さんだったからね。
―――国から、眼をつけられないか極々小さな式にはなってしまったけれども、兄夫婦はそれでかえって家のためでなく、自分達の為の式が出来た”と喜んでいた。
―――私は”国の機嫌を取る為に”と親族に嘯いて、そのまま学校の魔術の教官になった。
―――貴族のこういった所から、結果的に”逃して”くれた所だけは、本当に感謝をしているんだよ。
やがて、グロリオーサ・サンフラワーが仲間の平定の四英雄を率いて、暗愚を倒した事で、新たに政権が始まった。
その政権では、国王が自ら選んだ平民の娘---平定の英雄の仲間で親友を王妃に迎えたという事もあって、昔程強引な、貴族同士の姻戚関係を結ぼうとする婚姻は少しばかり勢いは弱まった。
でも、弱っただけっであって再びそういった話が自身に及ぶ前に、勘の良い貴族の淑女の肩書も(一応)持っている魔術師は、実地調査を理由に王都を飛び出したという。
―――その後はね、一応、"恩"は返してあったから、王都の復興でごちゃごちゃとしている内に躊躇わずに王都から離れる事が出来たよ。
最後に少しだけ”意味深長"の一言を魔術師は漏らしていたけれども、その意味をリコリスは聞くことは叶わなかった。
『フム、それは確かに気になる一言を大叔母殿は残したのだな』
心を拾い読める王様は、貴族の生活に関連づいてリコリスが思いだし、心に浮かべていた思い出もさっくりと拾い読んでいた。
その思い出自体が、リコリスにとってとても鮮明だったものだから、拾い読む力は左の紫の片目ながらも、過去の話ながらも、とてもよく聞こえていた。
そして、リコリスが意味深長に感じた様に、国王も"恩を返した"という言葉に興味を抱いたようだが、このままつづけたなら話しがずれてしまう。
謁見の時間も限られている事もあって、取りあえず現時点で進めるべき話を続けるべきだと考えた事を口にしていた。
『何にしてもだ。シトロン・ラベルでさえ窮屈に感じている世界なら、尚更貴族の世界にあの子を近づけない方がいいだろうな。
まあ、あの子が望んだなら別だが、リコリスはまだ接している時間は短いだろうが、どうだ?。
治癒術師としてでもあるが、リリィという女の子は貴族の社会に向き、不向きで言うのならどう思う?』
そんな事を尋ねているが、その浮かべている表情から、国王は既に答を出しているし、リコリスも概ね考えている事は同じだと判っていた。
『向き、不向きで言うのなら、正直言って不向きですね。
とても気持ちの素直なお嬢さんです。
だから、裏表が当たり前の社交界でも―――いえ、もしかしたなら、同世代の女児にありがちなグループでの行動も苦手かもしれません』
リコリスの断言に少しばかり困ったような表情を浮かべつつも、どこか安堵をしている事を感じさせる表情を浮かべて国王は頷いた。
『……成程、そう言った所は英雄の伯母に母親と似ているというよりは、引き継がれたというべきなのかもしれないな』
国王のその発言で、英雄であった人も、その妹でリリィの母親になった存在もどうやらそう言った"人付き合い"という物が、どちらかといえば不得手だったのがリコリスにも判る。
『……陛下、どうかされました?。
私の顔に何かしらついていますか?』
困り、安堵した国王の顔に今度は自分を見る事で、懐かしむ感情が浮かぶのを治癒術師は見逃さずに尋ねる。
『英雄の妹を引き取った時にな、やはり似たような話は一度は出たのだ。
侵略からこの国を守り、天災の原因解明の調査を行ってくれた英雄にはな、国として王として報奨を与えるとしたなら、貴族の爵位という物がある。
まあ、先ず殆ど押し付けている様なもので、貰った方―――押し付けられた方が、望んではいない限り有難迷惑する様な代物だ。
大戦の四英雄は、歴史は浅いが父親が貴族に当たるアルセンを除いたなら全員が平民の出で、しかも家族どころか、親類縁者がいないのでな。
彼ら自身が"始まり"という事になるのだが、結局受け取った―――爵位を押し付けられたのはグランドール・マクガフィンだけだった。
他の2人は無事に帰ったなら、纏めて押し付けようとも思っていたのだが、それもかなわない。
だが国としても、少しでも彼等の功労に報いたいとも考えていた。
だからせめて、残った親族にその爵位を―――そのままという訳でもなくて、それで得られる"得"になる部分、生活の保障をしようかとも思ったのだが、今しがたと同じ様に、リコリスの大叔母殿にばっさりと否定された。
似ているかどうかはわからないが、少しばかり思いだしながら真似してみよう』
そう言って国王が大叔母が発言したとされる事を真似をする。
”このじゃじゃ馬が、貴族の社交界でやっていけるわけがない”
”そりゃ綺麗な可愛らしいドレスに、憧れ位は持っているだろうけれども、一度身に着けたなら、それだけで満足出来てしまうくらいだろうよ”
”仮に、もし貴族にさせて社交界にでも押し込んだなら、心を病んで窮屈な生活に嘆いて逃げ出すのが関の山だ”
『と、まあこんな感じだったかな』
まるで壮年期の魔術師が、しれっとしながら発言しているのを間近で聞いている様な心持になり、何故だか少しばかり照れ乍らも、リコリスは気持ちを落ち着かせることに努め乍ら口を開く。
『私は、正直に気持ちを口にしてしまうリリィちゃん―――。
巫女リリィにはお愛想でも嘘を口にしなければいけない場所である貴族の社交界が、合わないと思うとは言いましけれど、逃げ出すとまでは思いません。
ただ、大叔母様がそう仰ったのなら、巫女リリィの母親となる方は、その表現に当てはまるかただったのでしょう』
国王が思いだしながら行った、歯に衣着せぬ大叔母殿の発言は、例え本人《リリィの母親》が目の前にしても、口にしてもおかしくはない内容だとリコリスにも十分思えた。
(そう考えると、リリィちゃんのお母様って本当に”じゃじゃ馬”……活発な御方だったのね。それで、大叔母様は多分そんな”女の子”の事を気にいっていた)
そんな風に考える治癒術師の姿にも、懐かしむ表情を浮かべて国王は話を続ける。
『ああ、シトロン・ラベルは大層その女の子事を気に入っていた。
それで、十数年前に、この場所で同じ様に行われていた話し合いと、似たような内容で繰り返さている事に、むずがゆくなるような不思議と嬉しさを感じている。
……本当なら、英雄としての姉妹、英雄の妹とその娘に、平定され、侵略を退け、天災を乗り超えたセリサンセウムで健やか且つ、穏やかに暮らして欲しかった。
けれども、それは叶えてやることは出来なかった。
だが、これから思春期に差し掛かるという時期に、親の存在すら知らない英雄の妹の娘にも、こうやって心配してい気遣ってくれる人物が、この国にいる事を国王として有難いと思う』
日頃天然だとからかわれている治癒術師でも、今自分が国の王から”褒められ”、感謝もされているという事が判って俄かに頬が紅潮する。
『いえ、私は時期的に本当に偶然に気が付いただけなんです。
この前初めてあってリリィちゃんと、話しをしてみて、年齢を尋ねたなら二次成長の始まる時期でしたし、保護者に賢者という立派な方もいらっしゃるけれども、護衛騎士のアルス君を含めて、異性だったので。
その、お節介かもしれないですけれど、もし教えてあげられる人がいないなら、私で良かったらと思って』
"大きなお世話だ"と、例え国最高峰賢者から叱責を受けようとも、どうしても確認をしておきたかった。
もし、成長を迎えるにあたってそれらの正しい知識を与える保護者が側にいない場合、事情があって異性の親とだけの家庭等になると、相談も難しい所になる。
本当なら喜ばしい身体の成長を忌まわしい物と捉え、”変な病気では”と勘違いしも仕方がない状況になってしまいかねない。
リコリスは実際そうなってしまった話を、無償活動で幾例か見かけていた。
その発端には周囲の大人達がそれとなく気が付いていたりもするのだけれども、最も私情で、日常でも言葉に出す事も憚れるからと、結局誰も口を出さないという所にもあったと思われる。
―――きっと、もっと身近な誰かが教えてやるだろう。
そこで、考える事も思い遣る事も止めてしまった。
そんな中でも普通に成長をしてしまった子どもが、何の予備知識もなく二次性徴を迎え身体の変化に驚き戸惑う。
子どもが戸惑い不安になっている所で、異性の保護者が慌てて、自分の子どもと同性の大人に尋ね、処置を行ったという話の顛末を多く聞いていた。
ただ慌ててフォローされて、落ち着ける子どももいるが、繊細な者の場合は、そういった自分の身体の変化を受け入れられず、少しばかり塞ぎこんでしまうという事もあったそうだった。
また親にも誰にも相談も出来ずに、成長の変化でしかないのだが”自分がおかしいのではないか”と、もしも普通じゃなかった場合に周囲の反応に怯え、最初の内は必死に隠していたという話も耳に入れている。
特に思春期にも差し掛かっていることもあって、”悪い方向”への想像は坂を転げ落ちる様に進むし、それでも異性の親にはとても話せないでいる事で、軽く引き籠ってしたという話も、極わずかだが聞いていた。
ただ、これは性差というべきなのかどうかはわからないが、男性―――男児の方は比較的簡単に先輩にあたる殿方に、相談なりなんなりしてしまったなら、笑い話で済ませてしまえる傾向が多かった。
リコリスが無償活動を行っている地域が、主に城下外や比較的田舎で農村地域という事もあるかもしれない。
そして反対とも言うべきなのか、女性―――女児の方がもしも前以て教えて貰っていない場合、その後のケアが大変だった。
"最初が肝心"という言葉が、ある意味では最もよく当てはまるのが女性の二次性徴へのかかわり方だと、リコリスは考えてもいる。
全てを閉鎖的にするべきでもないけれども、必要のない限り決して公にするべきでもない、それ故にそのバランスが本当に難しい、繊細な問題だとも捉えていた。
そして、リコリス自身はこの件に関して、多少お節介と見られても同性の保護者が身近にいない、女児がいた場合には踏み込むくらいの心構えで、治癒術師として活動を行っている。
幸い治癒術師と医術の両方の免状をもっているので、口を出したとしてもお節介であるにしても、”まあ、仕方がないか”という周囲の反応でいてくれていた。
現在の所、リコリスの活動は誰にも否定はされないが、一部眉を潜められている所があるのも自覚している。
ただ、これは自分でも少しばかり意地の悪い見解だとも思うのだけれども、眉を潜めるような一部の人々に限って、二親揃っていても実はそこまで詳しく子供に対し、二次性徴についての教育を行っていないという所が窺がえた。
そして、眉を潜める親の子が、隠れる様に治癒術師としてのリコリスの所にやってきて、相談されたのなら意地の悪い見解を超えて、軽く呆れてしまう。
その子供―――女児は、ただ処置の仕方しか教えてもらっておらず、"どうして二次性徴には身体にこういった変化がおこるのか"という仕組については、殆ど皆無に近かった。
改めてリコリスの丁寧な説明を聞いたなら、実にすっきりとした表情になって自分の身体に起きている変化に"納得"した表情を浮かべ、礼を述べて立ち去っていた。
後で話に聞いた事によると、リコリスの活動に眉を潜める方々は、どうも"開かれた"形の多いコミュニケーション(リコリスの訪問往診など)を好まないという。
ただそのコミュニケーションを取らない事で、個を尊重するあまりに、孤立とまではいかないが地域周辺に布告の内容を知らないままでいるという事もあると、相談間に耳に入れたりもしていた、
『……時代の流れと言うべきなのかどうなのかわからないが、平和な時代が続くと個人の意志や尊重される、その事自体は本当に、素晴らしいとも思う。
だが、個人を大切にするあまりに外から介入を行えば、単純に解決できることも拗らせている様な事案も増えているみたいだな』
少しばかり残念そうな響きを含ませて、回顧する事で心に浮かべたこれまでのリコリス・ラベルが行ってきたという無償活動を眺め拾い読み、国王が息を吐く。
リコリスも、これまでの自分の経験が読まれる事を承知で思い浮かべていた。
出来る事なら、庶民の生活を身近に知らないだろうし、特にこういった方面には意見も口にする事も憚られるだろう内容でもあるのだろうから、尚更読んで欲しいという気持ちである。
でもリコリスの心の声の聞いた上での国王からの返事に込められている感情は、予想以上に"理解している"という印象を受ける。
そして心に抱いた感想も拾い読んだ、王様は穏やかに微笑んでいた。
『本当なら、私が"王妃"となる伴侶《相棒》を娶り、リコリスの意見を共に聞き、そう言った方面の政の場で発言をしてもらった方が、国の為には良いのだろうがな。
特に、多少お節介な位に世話をやくことで、周囲に同性の先輩がいない事で、身体の成長について戸惑い困っている子ども達が、助けられて確りと知識を持った大人になる例を見ているからな。
だが、そこは我儘だとも判っているのだが、自分の両親やパドリック夫妻を見ている分、出来る事なら好きな人物と、出来れば相思相愛でありたいと考えてしまっている。
若しくは、惚れた相手と一緒になれないか、それとも惚れた相手が一緒になる事で不幸になる位なら、生涯独りでいようとも考えている。
ああ、これはさっきの話でもないけれども"他言無用"で頼むぞ。
この心情がばれたなら元宰相のチューベローズに強制的に、王妃になれるのなら愛情など要らないという、相手も私も不幸にはならないかもしれないが割り切りの強すぎる御婦人を、今以上に進められかねん』
話しの流れが変わった事に少々戸惑ったが、国王が口にした"王妃がいた場合の政に提案してもらう"という内容には、リコリスにも確かに賛成出来ることは多くある。
『ご安心ください。私もこの話を漏らしたなら、陛下からのラベル家の心証が悪くなることをは重々承知しておりますので、決して他言無用にはいたしません』
そう考えながら謁見で行われた話のまとめを頭の中で行っていた。
(私ががリリィちゃんと治癒術師としての関わりとして、知っておくべき情報の交換は十分に行われた)
そしてこの話の流れで、かつて大叔母に譲られた素敵な可愛らしいドレスの”正体”を垣間見た気がした。
『……知っているのなら話してやりたいが、俺も全てを知っているわけでもないので、すまないな』
国王も確信とまではいかないが、リコリス・ラベルが幼い頃から抱いていた大叔母への"謎"の部分が、解明された気持ちを拾い読み、そう告げると、彼女にしては珍しく友好的な笑みを浮かべる。
これは当人にしたなら、親愛の関係を持っている存在を考えたならごく自然に浮かべる表情だけれども、無自覚であるので使い分けというのは出来ていなかった。
『もしかしたらそこはシトロン・ラベルと英雄の妹、巫女の母親との女同士の秘密というものかもしれませんから。
そこは、"女子"の繋がりを尊重しておこうと思います』
まるで世間話を行うように返事をするけれども、少しだけ一度も言葉にされない存在の名前について影の様なものを感じとる。
『それに、もし知る権利があるとしたら、それは娘さんに当たる巫女のリリィ……リリィちゃんだけかもしれません』
大叔母から一度も"仲の良い女の子がいた"話など、リコリスはされた事はないし、この国の王様ですら、この国を救った英雄と、その妹の名前を口にしない。
現在は母子揃って、保護者の対場となっている賢者も"悪いけれど、彼女については何もワシは語らないよ"と名前を公に出さない強固の意志を見せている。
そして、巫女のリリィは自身は自分は"孤児"だと信じ、疑ってもいない。
そこまでして名前を伏せる配慮を行う事で考え至るのは、英雄にしても、その英雄の妹の名前を公にする事が、残された巫女の女の子に何かしら不都合に繋がりかねないという事。
だから少しばかり気が早い様な気もしたけれども、国王に最後の確認をするつもりで尋ねていた。
『……陛下、もしも、もしもですがリリィちゃんが、これから大きくなって、何かしらをきっかけにして、自分の生い立ちについて詳細を知りたいとなったならどうなさいますか?』
『その時の事については、実を言えば、賢者に一任している。
もし、シトロン・ラベルが存命なら彼女にも相談はしただろうな。
だが思うのだが、もしかしたなら、その巫女の娘の方から、リコリスに相談してくる可能性はないかな?』
その言葉がリコリスにとっては本当に予想外で、思わず激しく瞬きを繰り返す。
『私に相談ですか?』
『ああ、まだ賢者に世話をする事の了承を得たばかりで、詳しくは話してはいないだろうが、恐らくは巫女の少女にとっては頼りになるお姉さんの1人にリコリスはなるだろう』
国王の言葉に再び自然な微笑みを浮かべつつ、これには頭を振った。
『それなら、ライちゃ……私の相棒となる、ライヴ・ティンパニーの方が、既に巫女のリリィと距離は近いし、相談しやすい様に思います。
本の貸し借り―――とはいっても劇画の類ですけれども、そう言ったやり取りも既に行っているみたいです』
『そうか、現在進行形で行われているというのなら、それは喜ばしい事だ。
ライヴなら巧い具合に、巫女の年頃に添った話題や、流行りの事に誘導してやることが出来るだろう。
だが、お前の相棒が巫女に行っている事は、あくまでも"友だち"についての付き合い方の初歩だとも思うがな。先程、お前自身が巫女の性格について言っていただろう?』
『ええ、そうですけれども……』
そう言いながら、自分自身が口にした事を思い返す。
―――向き、不向きで言うのなら、正直言って不向きですね。
―――とても気持ちの素直なお嬢さんです。
―――だから、裏表が当たり前の社交界でも―――いえ、もしかしたなら、同世代の女児にありがちなグループでの行動も苦手かもしれません。
そして思い返した言葉が済んだと同時に、続ける様に国王が口を開いていた。
『実は、この話を始める前にあの賢者から速達で紙飛行機がきてな。
出来る事なら、同性同士……友達同士に付き合い方の練習というのは大袈裟だが、既に行っているというライヴとの付合いを、続けられるようにして欲しいと連絡があった。
ついでに、俗にいう巫女のリリィの年代位に相応な一般的な感覚に促して欲しいともな』
『一般的な感覚というのは、随分と大雑把な言葉ですね。でも、そういう抽象的な言葉でしか表現できないところは確かにありますけれど』
リコリスの言葉に頷きながら、国王にとっては少々神経を使う話になる為なのか、腕を組みながら更に続ける。
『本来なら、国の運営する学校や、近所に住む同世代の友人の間で学び取るべきものだろうが、リコリスの抱いた感想を賢者も持ったのだろう。
恐らく何かしらの補助か、前以て予行練習でもしておかなければ、巫女のリリィはいざ同世代の女子のグループと接したなら、ぶつかり易い性質がある様だ。
まあ、賢者にしてみたなら子育てが2人目だから前よりも、出来る事なら丁寧にしてやりたい気持ちもあるのだろう。
ただ1人目の方は保護した当初からじゃじゃ馬で、元気な妹を見るような気持だったそうだし、"子ども当人《英雄の妹》”も人間不信な分、精神的に強い所があったからな。
その影響もあって、賢者の方が鎮守の森に引き籠っているのは止めてはいないが、当初よりも少しは世間との繋がりを持つ様になった。
ある意味、その恩返しの意味もあって、出来る事なら巫女《英雄の妹の娘》には、穏やかな友人関係を築いて欲しいのかもしれない。
それに件の人攫いの法改正のきっかけの1つになったのは、リコリスも面識がある菓子職人のマーガレット・カノコユリと、巫女のリリィとの意識の行き違いと報告が上がっている。
確かアルセンがマーガレットに事情聴取するにあたって、同席の協力をしてくれた女性騎士がリコリスとライヴと聞いているが?』
そこで組んでいた腕を解き、少しばかり窺うような視線を向けると、リコリスは肯定する為に頷いた。
『はい、そうですね。ただ、アルセン様―――パドリック中将が調書を取るにあたって、主にマーガレットさんに尋ねる事に当たって補助をしたのは、ライちゃ―――ライヴです。
独得な語尾のお陰もありますが、そのお陰でマーガレットさんの緊張している状態も解けました。
それに訊き上手でもあるので、繊細な部分も、巧い具合に掘り下げて核心に至る部分も判ったと思います。
これはある意味でリリィさんとマーガレットさんの友人関係では起こっても仕方がなかった部分でもあると思いますし、何にしても一番の元凶は人攫いです。
けれども、リリィさんにしても、保護者となる賢者殿にしてもマーガレットさんにしても、そして何より、新しく入った護衛騎士の新人兵士君も、この出来事のお陰で、それぞれの価値観みたいなものを掴めたと思います』
何やら意味ありげな視線を注がれているのも判っていたけれども、リコは自分で判る範囲で至極冷静に、当時の様子を自分なりに分析した事を口にした。
『その言い方は、いかにも治癒術師というべきか、何においても冷静なリコリス・ラベルらしいな。
今回の法改正の発端にもなった事象なので、アルセンが取った調書も眼を通したが実際に現場にいたリコリス・ラベルの言葉で、どうしてあの事態になったのか雑感で構わない。
聞かせて貰えるか?』
『……大して内容は変わらないと思いますが、御命令ならば』
何の目的があって話させているのかが判らないけれども、国の王の命令とも会って話を始める。
『元々巫女のリリィとの関係は、斜向かいに住んでいらっしゃるパン屋のお爺さん、マーガレットが季節祭でその才能を認められて、店を構える際に最初に仲良くなってくれた老店主の紹介だそうです。
負けん気は強いですけれども、基本的に礼儀正しい巫女リリィで、それでいてやはり初対面には緊張します。
それでも、マーガレットは雰囲気の優しい面倒見が良いところを見込んで―――といった形で紹介されたそうです。
実際、今回の事があるまで巧く行きすぎる位で、マーガレットにとっては少し年の離れた妹で、巫女リリィもお姉さんの様に仲良くやっていました
ただマーガレットさん……、マーガレット・カノコユリは王都に来たばかりの頃から新人兵士―――当時は訓練生のアルス・トラッドに恋とも、憧れとも近い気持ちを持っていました。
でも、それは傍目からみて眺めているだけ満足できる物で、気を許した相手になら話にも出来るものでした。年下の女の子友達、巫女のリリィにもマーガレットは話していました。
ただ、調書を取る際に冷静になって思いだしたなら、そのアルス・トラッドの容姿や凛々しさについて口には出した事はあったけれど、名前は口に出した事はなかった様に思うと。
ただ、憧れている格好良い兵士か騎士の見習いの人物がいると話してはいたと。
そこが、どうやら行き違いの起きたポイントにもなっていると、調書を取っている際には誰も口にはしませんでしたが、判っている様子でした』
『そこについては、私もウサギの賢者から後に報告が上がって来ていてそれとなく話に聞いている。マーガレットにしても巫女のリリィにしても、結局どちらも”自分が悪い"となっているそうだ』
そこから国王がリコリスに告げる、ウサギの賢者が告げる注釈は、ある意味では十分人間らしいというべきかもしれないが、はっきりしないという部分では、気持ちはすっきりしない。
マーガレットは憧れの人について名前までを知っていて、その身体的な特徴や評判については、良く世間話に交えて仲良しの女の子に話していた。
ただ、名前については恥ずかしくてはっきりと口にした覚えはないという。
でも、いつも楽しそうに世間話をしてくれていたので、何かの拍子に出たかもしれないという気もするとマーガレットは語った。
一方の巫女のリリィは、マーガレット姉さんが楽しそうに話していたのはよく覚えているという。
でも、正直にいって"恋"という感覚が判らないのだけれども、仲良しのお姉さんが話す事で嬉しいなら、それでいいと思っていた。
マーガレットはそうやって憧れの騎士について語りはするけれども、ちゃんとリリィの話も聞いてくれたし、流行り物の話を教えてくれたりもしてくれたからそれで済ませる。
だから、その"憧れの騎士”というのがまさか自分の上司の賢者の護衛にやって来た、新人兵士とは想像にも及ばなかったという。
『どうにも、リリィには"騎士"様という言葉の方には、注目していたというか、ある印象的な出会いがあって、マーガレットが話していたその人物についても、その姿を重ねていた様だな』
そう語る王の言葉には、リコリスも思い当たる人物がいると同時に、少しだけ顔が紅潮しようとするのを懸命に堪える。
その心を拾い読めもしたけれども、堪えている心情を尊重して敢えて気が付かないふりをして、国王が話を進めた。
『だから、軍服が常でもある自分の上司にの元に配属された、優しそうなお兄さんとは、菓子職人マーガレットが、日頃話してくれていた、憧れの人とも何とも結びつかなかったとも、ウサギの賢者は報告してきていた。
後は、リリィという娘にとって"カッコイイ"という感覚が、やはり以前人攫いにあった際に助けて貰ったその騎士の姿―――まあ、早い話がデンドロビウム・ファレノシプスと王族護衛騎士の甲冑の姿が強く残っていたのだろう。
……大丈夫か、顔が真っ赤だが?』
敢えて気が付かない振りをしようとしていたが、情報で上がって来て知ってはいたけれども、リコリスにとっての憧れの騎士の名前が出たなら抑えきれないようだった。
『も、申し訳ありません、説明の途中で』
冷静になろうと懸命に自分に言い聞かせるけれども、丁度リコリスの中でも巫女の子と同じ様に、憧れの人デンドロビウム・ファレノシプスーーーディンファレに抱いている、先ず第一の気持ちは"カッコイイ"という単純な解りやすい物だった。
それにリコリスにとっては不思議な事なのだが、ディンファレを憧れるという人物が何気に少ないという中で、自分と同じように"カッコイイ"と想っている人物がいる事が判明した嬉しさに体温が急上昇してもいる。
国王の方は、少しだけからかう位のつもりで出した言葉で、いつも冷静過ぎる位の護衛騎士が予想外に熱い反応に、戸惑う事になる。
『いや、話しとしてリコリスがディンファレに憧れているのは知ってはいたが……。
お前自身は数名の王族護衛の後輩達から小鳥が囀る様に慕われているというのに、その当事者は、自分の憧れの人の名前が出たなら声を失くしてしまう程なのだな。
それで、やはりどうだ、敬愛し尊敬する人物の話を年下の親友に結構真面目に伝えていた思っていたのに、聞き流されていたなら腹はたつ物なのかな?。
お前の場合は、ライヴ・ティンパニーに話していたのに、スルーされていたという具合に考えればいいのだろうか?』
相棒の名前を出された事で幾らか落ち着きを取り戻したリコは、ポニーテールに結っているシルバーブロンドの毛先を左右に揺らし否定する。
『あ、その、そこは、やはり反応は個人によると思います』
マーガレットの調書を取った際、個人的に抱いた感想を改めて口にする。
ただ先程体温の急上昇した名残か、普段の冷静な言葉遣いが崩れてしまっていた。
『マーガレットさんは、リリィちゃんにそれは親身になっていたんだと思います、リリィちゃんもそれに関しては同じだと思います。
だから、その繋がりの強さを信じていたからこそ、自分が報せていた情報が伝わっていなかった事が、腹が立つというよりも凄く残念というか、哀しい―――。
私には、気持は伝わっていなかったという寂しさと、悔しさがの気持ちが強いと思いました。
だから、そのわかってくれていた、本当に信頼していたのにって気持ちが強い程、その反動っていうのでしょうか、気持ちを拗らせてしまった』
リコ個人の意見を口にした後は、調書を取る際にマーガレット当人が口にした事を箇条が書きを読み上げる様に口にする。
―――菓子店の入り口の硝子、城下街の東側の比較的幅広い煉瓦の道、その斜向かいに見えるパン屋の硝子扉の向こうに、仲良しの女の子に幾度も語った憧れの人がいた。
―――でも、何度も話に聞かせていた妹の様な女の子は全く気が付かずに、それでも自分に久しぶり会えたことを喜びながら、暫く会えなかった人たちに挨拶があるからと出て行こうとする。
―――自分から改めて憧れている人の事を話す勇気もなくて、何とかお土産として前から作っていた飴をお土産に渡すのが精一杯だった。
―――それから、立ちよる場所も都合もあったのだろうけれども、店の前を通りすぎる事もなくて、ただ後ろ姿を眺めていたら、どうしても落ち着かない所に店の扉が開いた。
『それで拗らせている最中に、例の人攫いに加担にしている兵士達がやって来て、暫く姿を見せていなかった巫女のリリィが訪れた事を察したという所、という訳だな。
普段のマーガレットなら、素知らぬ顔でやり過ごせたと、リコリスは思うか?』
『はい、それはあったと思います。今回の事は本当に間が悪かった事だったんだと、考えていますから。
それに先程も申し上げましたが、一揉めした事があったからこそ、これからはもう余程の事がない限り、揉める事はないと思います。
それで、賢者殿が巫女のリリィに学び取って欲しい友人関係の機微な部分もライヴと交流すりだけに関わらず、マーガレットでもこれから十分感じ取れるものだと思います』
求められていたリコリス・ラベルの個人の見解を確りと取り込んで、この国の王様は満足そうに頷く。
『そうだな、細かい交友関係的の相談事については、確かにこの2人で先ずは良いかもしれない。
だが、交友関係で"友人"という位の2人に、もしも自分の複雑な生い立ちを知った時に相談をしようとは、考えるだろうか?。
自分の伯母がどうやら国の英雄で、しかもその妹らしい人物が自分の親という人が情報を耳に入れたなら、巫女のリリィは先ずは誰が相談しやすいだろう』
『その件については、保護者となるウサギの賢者殿に一任ではないのですか?。それに巫女リリィは先ずはそれこそ、ウサギの賢者殿に相談をするでしょう』
巫女の女の子が信用し、信頼しているのもこの謁見の前に立ち寄ったで見て取れたから、そう返事をすると不思議と作ったもの伝わる笑顔で頷かれた。
『それはそうだろうな。それに賢者になりたての頃は引き籠っていたのが、あそこまで不貞不貞しく成程、持ち直したから、尋ねられたとしても、表面的に動揺も見せもしないだろう。
それにどんな生い立ちを持っていようと、巫女を預かる保護者として接する覚悟があったから、親子二代で世話をしている事もあるだろう。
ただ、私の知っている限り親について話して欲しいとリリィが申し出たなら、酷な事になると思うので、出来る事なら知らない方が、両者の為だとも考えている。
そして賢者の方も話す事を頼まれたなら、先ず一通りどうして聞きたくなったのか、冷静に理由を聞きだした後に、言葉は悪いが言いくるめるだろう。
その巫女の方も、最初は賢者に聞き出そうとするかもしれないが、話している内に言いくるめられて、納得して諦めてしまうとも思う。
すくなくとも、今までの成長の報告を受けている限りそう思う。
まあ、余程"親についてしらないのか"と、焚きつけられない限りは、な』
"焚きつける"という言葉の所で、凛々しい眉の下にある色の違う両眼が今まで一番鋭い物となる事で、国王の意志を汲み取る。
『それでは、これからも―――いえ、出来る事なら、リリィさんについては、賢者殿が言っていた通り災害孤児のままでという事ですね。
私も、もしも、万が一そう言った相談をされたとしても、賢者殿の様に出来るかは分かりませんが、今側にいてくれて方達を大切にしたらいい、という流れで進めようと思います。
それに色んな事情を知る権利があるにしても、受け止めるべき年齢も考慮するべきだとは思いいます』
正直"大人にとって都合が悪い"という部分もあるのかもしれないが、聞いて不幸な気持ちになる、負情報なら耳に入れる必要はないという考えには、リコリスは賛成だった。
治癒術師の賛同を得たなら、漸く鋭くなっていた眼元を緩める、再び口を開いていた。
『そうだな、私も個人的に今の環境はあの少女にとって、最適であると感じている。
自分を孤児ではあると信じ込んではいるけれども、賢者に引き取られている事で全く不幸とも思っていないし、どうやら新しい"同僚"となった新人兵士も、孤児院出身という事らしいな』
国王のいう新しい同僚という表現される新人兵士を思い返し、リコは直ぐに頷いた。
『軍学校の履歴書には、そう記述されていました。
実際に会って言葉を交わしましたが、軍学校に入る前に世話になっていた孤児院や工具問屋の躾もあると思いますが、最近では珍しいくらい、礼儀正しい好青年です。
一応軍人になるのでしょうが、軍服を着ていなければ、兵士と言われても中々信じられくれない気質も優しい様ですし。
少しばかり負けん気の強い巫女リリィにとっても、優しい彼は相性はいいみたいですね』
剣の才能は眼を見張るものがあったが、それに加えて教官となるアルセン・パドリックもとても気にいっており、軍学校で2番目の成績という情報も、王族護衛騎士の権限で閲覧できる情報で得ていた。
国王もこれから巫女の身体的な成長を見守る立場となった治癒術師に、これからの事もあるからだろうと新たに情報を流す。
『ああ、賢者は自分の護衛騎士に関しては、それなりに選好みや巫女との相性も考えもしただろうが、出身まで吟味したわけでは訳ではないから、孤児院の件は偶然かもしれない。
いや、もしかしたらそこはパドリック中将―――アルセンの配慮があったかもしれないな』
ふと思い出した様に国王が口に出した言葉にも、リコリスは得心がいったという風に頷く。
『そうですね。巫女リリィは大戦の四英雄の仲間の縁者でもあるわけですし―――』
軍学校の人事についてはそれなりの権限をアルセン・パドリック握っているのは、貴族社会でも武闘派を目指している家の中では有名な話でもあるので、情報通の妹を通してリコリスも知っていた。
ただ、この時はリコリスはアルセンが、巫女の女の子が英雄の仲間の縁者という事もあるけれども、再従兄妹という事まではまだ知らない。
国王もいずれは報せようとは考えてはいたけれども、その時は取りあえず"英雄の縁者"という方面で話を固めようと話をスライドさせる。
『それに、リコリスとライはまだ逢った事はないだろうが、英雄―――というよりも今は大農家グランドール・マクガフィンの方が浸透しているか。
ここ2年程で何かしらの縁があって拾って帰ったという坊主、ルイ・クローバーという者がいる。
その坊主も孤児という立場だが、巫女のリリィと随分仲良くなっているそうだ』
まるで実際にそのルイ・クローバーに会った事があるような口ぶりで国王が告げる事にも驚いたが、リリィの周囲に相性の良さそうな"友だち"は存在するのだという事に、安堵をする。
序にグランドールとウサギの賢者に任せた農業研修にも、そのルイという少年は同伴するという事で、主にリリィと共に行動を共にするという。
ただのやんちゃ坊主なら不安だが、どうやら大層リリィの事を気にしてくれているというよりも、惚れ込んでいるらしいという話も告げられ、日頃はそういう話には淡白であるリコリスも、微笑ましい気持ちになる。
(―――でも、どんなに相性が良くて、仲が良いとしても、アルス君も、グランドール様の所のルイ・クローバー君も、リリィちゃんとは異性なのよね……)
けれども、そこで気を抜いてもいけないのだと、胸の内で決意しているリコリスの心を拾い読んだ国王が締めの言葉を玉座からかけた。
『そうだな。
今回は、あくまでも
"農業研修でウサギの賢者の秘書の巫女としての同行する、それに偶然縁があった、医術も嗜む治癒術師が巫女の少女の二次性徴の時期に気が付いた。
お節介ながらに意見をして、保護者となる賢者からも了承を経て、責任をもってリコリス・ラベルが指導をする事になった”
という形で話を進めてさせてもらうし、賢者にも正式にそうするように伝えよう。
本来なら、巫女リリィの実情などを報せなくても良かったことかもしれないが、万が一の事があった時に、”知らなかった”ではお前の方が嫌な思いをするかもしれない。
それは世話を頼んでおきながら、何も報せていないこちらが不誠実の様にも思えたので、報せた次第だ。
後は厚かましいかもしれないが、国の王として、例え血の繋がらない"家族"の元でも、互いに思い遣りがある場所と状況でなら、十分に幸せになれる証明をしたい。
そんな変な意地もある―――よろしく頼むぞ』
『解りました。それでは、陛下が望む様にライヴ・ティンパニーと共に"一般的なセリサンセウムの王都に住む女児"と同様に、巫女リリィが成長を迎えられるよう、責任を以て関わらせていただきます』
そう返事をして、治癒術師は巫女のリリィの世話を相棒のライと共に行った。
そして治癒術師はとしての、リコの見立てとこれまでの研究の記録に当て嵌り、農業研修中に巫女の女の子は二次性徴を迎える事になる。
ただ、迎えた状況は平穏という物ではなくて、結構な騒ぎの様な形になった。
これはグランドールの所のルイが、農業研修先のロブロウで行った早朝の散歩(と、言い張っている)と、それに加担(同じく言い張っている)したウサギの賢者が原因とも言える。
しかしながら、リコリスとライによって行われた"事前学習"と、その研修先にいた領主の幼馴染でもあるという成人女性が、それは丁寧に教えてくれたとあって、何も問題なく済んだのだった。
そしてそれで終わったなら、万々歳なのだが、どちらかといえば"それから"が随分と色々とある事になる。
結局リコリスを含め、相棒のライヴ・ティンパニー、英雄のアルセン・パドリック、そして憧れのデンドロビウム・ファレノシプス、ディンファレと共にロブロウに所要が出来て赴く事になる。
所要を済ませた後に、それまでの価値観が揺らぐ様な出来事が連続して治癒術師リコリス・ラベルの身に起きはしたけれども、少なくとも巫女の女の子の成長に翳りを与える様なことにはならなかった。
そして何やかんや無事に王都にも戻り、所要で赴いたロブロウで起きた事の大量の報告書をまとめて、また普通の日常に戻る―――そう思っていたのだが、そうもいかない出来事が起きる。
相棒が集中しやすい様にと、本来の勤務先の城に近い喫茶店"壱-ONE-"に準備をしてくれていた。
そこで、書類作業をする時と同じように集中して書き物をしていた。
普段なら、ライに止められるまでペンが止まる事もないのだけれども、自分が責任を以て世話をする事なった巫女の女の子の声には、少しばかり注意を向ける。
しかも敬愛する先輩の女性騎士の名前が出たものだから、思わず手を止める。
『それなら、ディンファレさんもアトさんと仲良しですよ!……、あ、でもお仕事中で、法王さまの護衛ですよね』
それに丁度喉も少しばかり乾いていたので、カップに手を伸ばしてディンファレの名前が出てきた話の続きに少しばかり意識を向けていると、何かしらの既視感を感じさせる、左目に眼帯をつけた大男が、リリィの後に話しを続ける。
『うむ、今日は無理だろうな。確か今日は公休日で、ついでに"見合いの打ち合わせ"とか噂で聞いたぞ』
―――え?。
本当に一瞬の間に、いつもは理路整然と動き回る頭の中が真っ白になった。
それまで、次に報告書に纏めよとしていた言葉が"ミアイノウチアワセ"の7文字の言葉でギぎゅうぎゅうに埋め尽くされて、弾けたと思った瞬間には、リコリスの手の内にあった空のカップも弾ける。
次に"ミアイノウチアワセ"が”見合い話の打ち合わせ”という意味のある言語になって、尊敬する上司が自分の見た事の無い殿方に、手を引かれる姿を想像する。
憧れのディンファレが、騎士の姿ではなく彼女に相応しい凛々しくも美しい婦人の装いで、リコリスには影でしか想像できない殿方《野郎》と一緒に歩いている。
"ディンファレ様、素敵です"という溢れでる先輩への憧れの気持ちと、"貴方は誰ですかすか"という未確認の影の殺伐とした気持ちがマーブルの様に入り混じる。
当初は精々頭で考えている程度の筈だったのに、いつの間にかディンファレに憧れ漕がれる気持ちに惹き付けられた風の精霊が、喫茶店の店内で吹き荒ぼうとする。
《リコにゃん、落ち着いてにゃ~》
風の精霊が本格的に集まろうとする寸前に、頭の中に浮かんでいた考えを押し出す様にして相棒《親友》の言葉で満たされる。
《取りあえずリコにゃんは、自分のお仕事と向き合っておくニャ~。
煩そうなのは、ワチシが追っ払っておくから》
その後、少しに間沈黙が喫茶店を占めた後に、
『余計なことくっちゃべっている時間があるなら、アトちんを捜しにとっとと行け、にゃ~』
と、リコリスが報告書と向き合っている事で色々あったらしい状況を、相棒が色々と纏めてくれていた様だった。
《リコにゃんは、取りあえずご飯までお仕事し解くニャ。
……ディンファレ様の事も、いきなり現れた見習いパン職人のオッチャン兄ちゃんが噂話で支度段階と言っている程度なんだから、確定じゃないニャ~》
そう言葉を結ぶ。
すると程なく、リコリスは集中していた為に気が付かなかったけれども、いつの間にか喫茶店に集まっていたらしい、見覚えのある面々は見習いパン職人の采配した組み分けで、迷子探索で再び出て行った。
それから、どうやら迷子になっていた人物は直ぐに見つかり、時間も昼という事で、食事を取る事になる。
そして治癒術師は大いに落ち込んでいた。
その発端は、勿論敬愛する上司の突然の見合い話でもあったのだが、出来る事なら"確りしたお姉さん"の振る舞いをしなければいけない立場なのに、動揺しきりの姿を見せてしまっていた。
(国王陛下に、直々に頼まれたというのに……)
―――ああ、まだ賢者に世話をする事の了承を得たばかりで、詳しくは話してはいないだろうが、恐らくは巫女の少女にとっては頼りになるお姉さんの1人にリコリスはなるだろう。
―――国の王として、例え血の繋がらない"家族"の元でも、互いに思い遣りがある場所と状況でなら、十分に幸せになれる証明をしたい。
―――よろしく頼むぞ。
ロブロウに出発前に聞いたきりの国王ダガー・サンフラワーの声の筈なのに、まるでつい先程《見習いパン職人の発言あたりで》、実際にその声を聞いた様な感覚で思い出して身もだえそうになるのを、必死に堪える。
―――解りました。
―――それでは、陛下が望む様にライヴ・ティンパニーと共に"一般的なセリサンセウムの王都に住む女児"と同様に、巫女リリィが成長を迎えられるよう、責任を以て関わらせていただきます。
(あんなことを陛下の御前で言ってしまったのに、リリィちゃんに思い切り、動揺している場面を見せてしまった)
《にゃあ~、気にすることないにゃあ。
それにリコにゃんが気にしたなら、リリィちゃんも気にしてしまうから、気にする位なら、報告書の方に力向けるにゃ~。
ワチシがそれまでリリィちゃんの方は何とかしとくからにゃ~》
相棒の発言通り、見事に巫女のリリィの相手をしてくれて、食事に至っては実に和やかに進み始める。
途中、大叔母についての話題が出て軽く沈み気味にもなるけれども、話題はどうやら相棒の誘導により、話題は"ツンデレ"という若者言葉に移り変わっていた。
「んじゃ、日頃はそんな事を全くしそうにない人が、特定の人にだけ甘えて見せるところって奴が、ツンデレって事になるんすか?」
ルイがそれまでの話を聞いて、自分の中でまとめて"ツンデレ"に対する見解を口にする。
「そうだにゃあ~。それにワチシからすれば、ルイ坊はリリィちゃんにだけ"ツンデレ"だにゃ」
自分がツンデレと断言されて、リリィのいる手前、何とかサラダをむしゃむしゃと食み終えた後に、ルイは八重歯の覗き見える口を大きく開いて反応をする。
「ええ?!そうなるんすか?!。あー、でも"特定の人の前でだけ態度を変える"って事になるんだったら、確かに当てはまるんだよなぁ」
フォークに平たい麺を巻きつつ、ルイが斜向かいに座る特別な想いを抱いている女の子が、行儀良く食べている姿を見つめながらやんちゃ坊主は納得している。
「――――!」
日頃はどちらかと言えば恋愛方面には鈍いリリィではあるけれども、今回は流石に見つめられながら告げられる事で、意味は分かった。
いつもなら大好きな賢者さまからの教えを守り、よく噛んで食べるのだけれども、珍しく急いで”もぐもぐ”とパスタを噛んだ後に、"ゴクン"と音が聞こえる勢いで飲み込んで、少しばかり周囲を心配させる。
だが負けん気の強い少女は、そんな周囲の気遣いを全く気付かずに、名前が似ている2人《ライ&ルイ》の年上の友だちに反論する。
「で、でも、"デレる”のって、甘えるというか、その物凄く打ち解けるって事ですよね?。
私、ルイとはその結構仲良しだとは思うけれど、甘えてまでいませんし、結構張り合ってもいます!。喧嘩もしてます!」
好きな女の子のこの反応には、流石にやんちゃ坊主もフォークを咥え、八重歯を下唇に食い込ませたまま面白くなさそうな表情を浮かべた。
(うん?、もしかしたらリリィちょっと勘違いをしていねえか?)
だが、直ぐに"ある事"に気が付いて、ルイは咥えていたフォークの切先を自分に向け乍ら再び口を開き話を続ける。
「いや、だから、”オレ”がリリィにデレているんだって」
"リリィにデレている"を発言する箇所で行儀が悪《違反》いと思いながらもその切先をリリィに向けていた。
「へ?、男の子がデレるっていうか、甘える?。特別な態度をとるんですか?」
ここで少女に、劇画を貸しているお姉さんが、言葉の受け取りの違いがあるのに気が付いて、会話に参加する。
「にゃあ~、そう言えばリリィちゃんに貸してる劇画の内容は、どっちかと言えば、女の子の主人公ががアルスちんや腹黒貴族《アルセン様》みたいなタイプにデレるっていうか、甘えている描写が多かったにゃ」
「え、男の子が甘えるっていうか、特別な態度を取るのも"デレる"って言うんですか?」
ルイとライの名前の似た者同士の予想は的中していたらしく、少女が華奢な首を傾げる。
「でも、ルイってそこまで私に特別な対応してくれているの?。普通に"友だち”って感じじゃない?。
その、褒めてくれる言葉は言ってくれているとは思うけれど」
ルイと出逢ってから、やんちゃ坊主から”可愛い”という表現を自分に使ってくれているのは良く聞いているし、それが純粋に褒めてくれているのだとも判る。
聞いた時は、素直に照れもしている。
けれども、”褒《可愛い》め”がと自分に対し表現される単語として、多いとリリィは感じ始めてもいるので、正直に言ってルイが特別な態度なのか、良く判らなくなり始めてもいた。
少女は自惚れているわけでもないのだが、目付きは少々勝気な所を除いたら顔立ちは整っているし、礼儀正しい態度で接するのでこれまでも、”可愛い”と言葉にされる事は多い。
特に以前一度だけ出逢っただけなのだが、アルセンの御母堂、バルサム・パドリック公爵夫人などは、締め上げる程言われたし、同僚が現在赴いている工具問屋の女将にも言われている。
これは正直に言って何が悪いという訳ではないのだが、リリィがそういう風に扱われてしまう環境ばかりなのと、ルイというやんちゃ坊主が少女以外に振る舞っている態度見る機会がない為でもあった。
「ええ、結構オレにしたら特別なんだけれどな。でも、リリィはオレが他の同じ位の女と話している所って、見た事ねエんだよな」
リリィの反応に少々渋い表情を浮かべたけれども、地頭が良いやんちゃ坊主は、直ぐに少女のこれまでの事を考え想像もしたなら、そう感じても仕方がないとも思う。
(でも、オレが普段、マクガフィン農場で女にしている態度とか見せたなら、ぜってえリリィは引くよなあ)
農場では現在ではまだ師弟関係であるグランドールに迷惑が掛からない様に、無愛想な態度ではあるけれども挨拶や返事は行っている。
けれど、手紙を送られたり物陰からなんやかんや少女の集団から言われる事に関しては、心の底から"鬱陶しい"、"黙ってくれ"とも思っていた。
多分、師匠の事が無ければ暴言を口にしている。
(本当の事を話しても、リリィのオレに対する印象が悪くなるようなこと言ってもなあ)
「どうしたの?、何とも言えない表情して黙ってしまって。
でも、思えば本当に私はルイが同い年位の女の子と話している所、見たことないよね」
(うわ、やっぱりそう思うよなあ)
リリィの反応は十分予想の範疇のものでもあるのだけれども、このままの流れでは知られて欲しくないというべきか、知ったとしても両者にとっては、損にはなっても得な事はない。
(でも、今度のマクガフィン農場のカレーパーティーの時には、オレが他の女達に対応が悪いことなんて、あっさりばれてしまうというか、判ってしまう事だよなあ)
「それにしても、ルイとは少しだけケンカもするけれど、イジワルなんてされたことなんてないし、これからもされそうもないし。
ルイの性格からしたなら、考えてみたなら、こうやってお肉大好きなのに分けてくれているって、結構優しい事だよね。
”デレる”という言葉の意味が、"女の人が好きな男の人に対して、いつもと違う部分という見せる”意味に限らないのなら、ルイは私にだけに、違う面を見せてくれているのだろうし」
てっきり"自分以外にどんな様子で接するか、話して欲しい"位な発言をするだろう―――。
それくらい考え、腹を括ろうとしていたのだけれども、思いの外あっさりしてと巫女の女の子は自分に、それ以上の他の人物に対する接し方を追究してこなかった。
(……もしかして、リリィってそんなにオレに興味がない?)
ルイが人知れず軽く落ち込みつつも、しっかり自分の食事をとっていると、結構な速度で食べ終えようとしているアプリコットが話に加わって来た。
「"デレル"というのが、"甘える"って状況に限定しなければ、結構ツンデレは世間に溢れていると思うのよね。
ほら、ライさんだって愛嬌の良い口調だけれども、甘えているっていうか、より親しげなのはリコさんに対してだけでしょう?。誰かに対してだけってのがあると思う」
「にゃあ、アッちゃん、ワチシとリコにゃんが相棒なのは認めるけれども、ワチシのはツンデレと表現するまではいかないと思うだけれどにゃあ~。
ツンとしているのがデレっていうのは、物凄く態度を変えるって事だとワチシは定義しているにゃ~」
そこからはアプリコットとライがふざけながら、中々突っ込んだ若者言葉の言語やツンデレの派生について、元々の意味合いについて討論の様な物を始める。
内容自体は本来難しい物が多そうな感じだったのだろうが、耳の長い賢者と限りなく近い性質と、一応賢者の孫という立場でもあるアプリコットと、稀代の魔術師シトロン・ラベルの弟子で、歌って踊れる魔術師を自称するライヴ・ティンパニーが、最年少のリリィにも判る言葉で話を続けていた。
ただやはり、最年少は話を聞いているだけで精いっぱいでもあり、取りあえずこの話が終わったなら、魔法屋敷に帰った後に、ウサギの賢者に話しを聞こうとも考えながら、その賢者の教えを守りながら再び良く噛んで食事を続けていた。
「―――じゃあ、誰かに凄く甘えるというよりも、その特定の人に対してだけは”良い意味で気持ちが素直”で態度が柔らかくなるって感じなのが、ツンデレなんすかね。
でも、普通に素直とかいう例えでも、良いんじゃないっすか?」
そして、ルイがアプリコットとライの話を話を一通り拝聴して、そんな感想を口にする頃には、皆は食事を終えていた。
ただルイのこの感想には、アプリコット苦笑いを浮かべて応対する。
「だって、”良い意味で気持ちが素直”ってつけないと、ルイ君の場合はある意味では誰にでも素直というか、正直で直球過ぎる言葉を口に出しちゃうでしょう?。で、言った後に相手の態度が硬化した覚えはない?」
それには比較的早く空になってしまったパスタと、何とか頑張って空にしたサラダの皿の前でルイが腕を組んで、思い当たる事があるのか”あ~”と声を漏らす。
「にゃあ~、リコにゃんも仕事の時は兎も角、私情の時は素直というか、正直すぎて、たまに周囲の状況が硬化する時あるニャ~」
アプリコットの言葉にルイが反応を示した後に、ライが滑り込む形で先程から会話に入ってきていない相棒の名前を差し込ませた。
「え?、私?」
アプリコットとライの話を聞きながらも、頭は既に次の報告書についての纏めについて考えていたリコリスは、自分の名前が出されて驚く。
「リコさんが”デレる”って事あるんすか?。ディンファレさんに続いて、オレには想像出来ないけれどな~」
そして早速やんちゃ坊主の素直過ぎる反応に、軽く周囲が凍える。
「ルイ!」
「へ?どうしたんだよリリィ?」
リコリスの名前は兎も角、最年少でもそれとなく感じ取っている”ディンファレ”の名前をルイが出したので、グランドールに真似して身に着けている上着を、小さな手で引っ張られる。
しかしながら、慌てるリリィに当惑するルイ、それとなく緊張する周囲に対して、当の本人は食事が始まってか会話から、色々思い返した事もあった効果もあり、少しばかり精霊がざわつく程度ですでいた。
発言したやんちゃ坊主は、まだ魔法の勉強等は行っていない為もあって精霊が騒いだ変化に気が付けず、また騒いだ精霊が先程に比べたなら本当に僅かでもあったから、自分の上着を引っ張るリリィの方を見つめていた。
またリリィの方は、ロブロウで王族護衛騎士の3人と数日間寝食を共にして、結構密接に過ごしたので、ディンファレに対してリコリスがどことなく憧れの様な気持ちを抱いている事は、気が付いている。
なので、今回この場でリコリスがディンファレに対して強い憧れや尊敬の気持ちを抱いている事を知らないのは、やんちゃ坊主とまだ落ち込んで大人しく沈黙を続けているシーノ、それに食事は終わっただろうから食後のお茶を準備を始めている、喫茶店の店主のウエスト氏となっていた。
リコリスも自分がそれなりに落ち着いているのを自身で感じ取り、これまでの話しの流れも聞いて掌握は出来ていたので、気遣ってくれているのに感謝しながら、ごく自然に会話に参加する。
「私や、ディンファレ様の”デレる”ですか。でも、個人的に先程のライちゃんや、アプリコット様のお話を伺っている事で当て嵌めて、”良い意味で気持ちが素直”になるというのなら、もう結構お見せしていると思うんですけれどね。
特に、ロブロウとではそういう場面は多かったと思うんですけれど」
不思議と話している内に更に気持ちは落ち着いて来ていて、リリィはいつの間にかルイの上着から手を放していた。
ルイも上着を引っ張られたり、放されたりと慌ただしいけれども、リコリスの発言に眼を丸くする。
「え、そんな所あったっすか?」
「いつもの様に、普通に親切で優しいリコさんと、綺麗でカッコイイディンファレさんでしたよ?」
どうやら、リリィも気持ちはルイと同じ様で、強気な印象を与える目元を可愛らしく丸くして、”デレた”様な部分を見た覚えがない為に、そんな言葉を口にする。
「ディンファレ様が勘違いかなんかで怒って、アプリコット様に剣向けたりするのは見たっすけれど……痛ッ!」
「よけいな事を言わないの!」
同じくデレた部分は見た事はないけれども、今までに見た事がないという意味でディンファレの姿として、元ロブロウ領主に斬りかかるという珍しい場面を目撃していたやんちゃ坊主は、思わずそれを口にする。
すると以前にも似たような状況で、余計な事を口にして足を蹴られていた少年は、今回は斜向かいで更に角度をつけられた状態で蹴られていた。
「あはははは、まあ、"あれ"はデレるとは違うけれど、珍しいかどうかで言えば、とっても珍しい場面だったと思うけれどもね。
でも個人的には、リコさんが見たし、出していたっていう言う"デレ"の話の部分を私としては聞いてみたいわ。
でも、その前に、店主さんが食器の片付けと、食後のお茶のタイミングを見計らっているみたいだから、そちらを先にしましょうか。店主さん、お願いします」
巫女の女の子が澄まして、やんちゃ坊主が俯いて脛を抑えているのを眺めてから、アプリコットが振り返りもせずに、こちらに食後の"お茶”の準備を終えて出す機会を伺っていたのを察したアプリコットが呼びかける。
店主のウエスト氏は確かに機会を伺っていたが、てっきりこの店を予約した猫の語尾をつけるチャーミングな魔術師に呼びかけられると思っていたので、少々驚いて準備を終えた台車に手を置きながら、瞬きを繰り返していた。
「あ、じゃあ、食べ終えた食器を纏めますね」
そう言って立ち上がるのは、これまで"反省”という言葉の元に、沈黙を続けていたシーノ・ツヅミで、座っていた椅子から立ち上がり、次の瞬間にはそれは見事に食後の食器や器を、発言の通り纏め始めていた。
それは初見の一同でも十分”手馴れている”というのが、伝わってくるシーノの手際で、家事に興味のある巫女の女の子は感心し、”見学”をしていた。
「シーノさん、凄いですね」
「ええ、キングス様に”先ずは内向きの事が出来てから”って事で弟子入りを認めてもらいましたから」
シノは得意な事の為なのか、これまでの沈黙と大人しさからは結びつかない、それはテキパキと卓上にあった食後の器や皿を重ねて行く。
喫茶店の店主のウエスト氏が、台車を推して辿り着く頃には全てを纏め終えていた。
「それではお茶をお出ししてから、食器を下げましょうか」
予め食後の飲み物の注文は受けていたので、店主はそれぞれ配膳を行おうとするけれども、ふと気が付いたようにシノの方に視線を向ける。
「お客様に申し訳ないですがそれではお茶の方もお手伝いをお願いできますか?」
「はい、承りました!」
本来なら決して客に頼んだりはしないのだけれども、店に訪れた時から長らく落ち込んでいた客人が、恐らくは彼女の得手事に関わることで、元気らしさを取り戻しているのは、その場にいる全員に見て取れた。
特に"はい、承りました!"の部分で、やんちゃ坊主と巫女の女の子は顔を見合わせ、て"あ?!"という表情を浮かべる事になるが、取りあえず状況的に他の話題を突っ込んだなら話が少しばかり面倒くさい事になるのが判るので、取りあえず黙っている事にする。
それから各々が頼んでいた飲み物を、店主とシノで配膳し、食器も片付けられた。
食後の”お茶”とはなっているけれども、ルイとリリィが飲だされものは、"食事で身体も温まったでしょうから"店主に時期的に旬だと勧められた桃香味のアイスティーだった。
珈琲や紅茶というよりも甘くジュースの感覚に近いので、お好みでという事でシロップもおかれていた。
リリィは、ロブロウ似たような物を飲んだことはあるけれど、ルイは果物のお茶といったら精々リンゴの物しか飲んだことがないし、甘すぎないという不思議な感覚で、ストローで一口で含んでから、へえ、と感想を漏らしていた。
それから大人達も各々が頼んだものを口にして、全体的に喫茶店に訪れる前よりも落ち着いた雰囲気になったのを感じとる。
「そんじゃあ、ディンファレさんの"デレる”の話を教えてもらえますか?」
”仕切る”という訳ではないけれども、ルイがフレーバーティーを殆ど飲み終えた状態で尋ねる。
「そうですね、別にそこまで大袈裟な事をするという話でもないびですけれど……。ああ、因みにディンファレ様が所謂デレる相手はリリィさんです。私もですけれどね」
「え、私がデレるの相手なんですか?。そのリコさんとディンファレさんも?。でも、そんなに変わっている所はありませんでしたよね?」
疑問符を連続させながら、リリィが緑色の眼をパチパチとさせていると、ルイが飲み終えたストローを咥えたまたまま、横目で見てその様子を観察する様に見つめている。
「にゃあ~、普段と物凄く様子を変えるだけが、デレという訳でじゃないにゃ~。分かりにくいデレというのも、あるんだニャ~」
「判りにくいデレですか……」
「でも、わかりにくいなら、尚更具体的なデレ具合の所を言って貰わないと話が分からないっすよ」
ライのリコリスの補助する様な言葉に、リリィが感想を漏らしたなら、今度はそれルイが補助する様な言葉を口にしていた。
ルイの言葉は、リリィからしたなら年上の人物にするのには乱暴に聞こえるけれど、言ってくれている通りだったので、思わずうんうんと頷く。
「そうですね、具体的な事を言うなら……。普段なら、ディンファレ様は、先ず殆どご自分の事をお話にはなりません。
話すとしたなら上からの命令があるか、何かの必要な事があって私的な時間を報せる必要があった場合のみです。それで、リリィさんはロブロウでディンファレ様のご趣味とかそう言った話をしたのですよね?」
リコリスから眼鏡のレンズ越しに、確認する様な視線と共に何やら意味を含んでいる物を注がれたのを感じ取りながら、リリィは頷く。
(多分、アトさんも一緒にした時の話だから、その事は黙っていて話の続きをっていう事だよね?)
ディンファレの"デレ"の部分を語るにはそこが必要な件かもしれないが、確かに、その時一緒に現在は、迷子から保護されているアト・ザヘトがいた。
序に、言うならリリィの同僚のお兄さんも、諸事情があって気を喪い、ディンファレに横抱《お姫様抱っこ》きをされていた。
だけれども、もしもまたその名前を出したなら、折角気持ちを持ち直した仕立屋の弟子のお姉さん(十中八九宿場街で出逢った元気なお姉さんでもある)がまた落ち込むのが、リリィでも流石に判る。リコリスの視線に含まれている視線の意味を、正しく汲み取れた少女は頷いて返事を行う。
「はい、えっと、そうです。ちょっと、待ち時間が出来たんでそれでお話をしてくれたんです」
「普段のディンファレ様なら、その状況で必要ないと思えたなら、沈黙で押し通すでしょう。
例え相手が、目上日の方や幼い婦女子であってもです。
"仕事ですから”、”私語は禁止されていますから”と話しかけられても、そう断ります」
「ツンデレのツンじゃあないですけれども、そこまで”ツンツン”してて平気なんすか?」
リコリスがリリィに向けて話しているのは判っているけれども、思わずルイが言葉を挟んでいた。
やんちゃ坊主にしてみたなら、日頃好漢としてはいるけれども、本人の努力もあって愛想良い振る舞いをする師匠を思い出したからでもる。
グランドールが愛想を良くしているのは、国の英雄である事もそうなのだが、マクガフィン農場という場所の”経営”にも関わる評判に携わる所があった。
農場の経営が順調なのは、働いてくれている農夫達のお陰で質の良い農産物が出来ているお陰であるのは十分わかっているのだけれども、それだけではないのもそれなりに知っている。
2年前から拾われて傍らにいて、褐色の大男がが経営者として取引をしてくれている商売相手に、気持ちの良い取引をという形で、必要とあらば恐らくは気の合わない相手にも笑顔を作って対応しているのを眺めてきた。
『ワシの気分や態度で、マクガフィン農場の評判を下げるわけにもいかんからのう。
代表であるからある意味では顔でもある。
余程の事がない限りは、出来るだけ愛想は良くして置かんと農場で働いてくれている者達に迷惑がかかる』
そんな話をも聞いているやんちゃ坊主、思わず言葉を挟まずにはいられなかった。
「ディンファレさんが、そんな態度だと、その護衛をなさっている方の評判とか、王族護衛騎士隊の評判とか下がってしまったりしないんすか?」
「クローバー君位の年頃なら、最も抱きそうな感想だ。
それでいて、常に人の良いグランドールの傍にいるというのなら、王族護衛騎士の無愛想過ぎる様に聞こえた振る舞いは、尊大な態度に感じても仕方がない」
ルイはリコリスに向けて言葉を発していたが、その返事をしたのは、これまでの会話でそれとなく”ツンデレ”という若者言葉を理解した、ユンフォ・クロッカスだった。
やんちゃ坊主は思わぬ方向からの返事に瞬きを繰り返したが、自分の行っている格好が少々行儀悪いのに気が付いて、少し姿勢を正す。
だがやんちゃ坊主の行儀の悪さ位なら、可愛い物だとユンフォは思えてしまえる。
かつての軍学校の教え子など、「ちょっとからかうつもりだったんですよ」と盗賊の一味を褐色の同期と、ユンフォが後見人にもなっていた美少年の後輩を連れて、壊滅してしまっていた。
不貞不貞しい笑みを浮かべて、そんな事を言う奴に比べたなら、ゆったりと微笑みを浮かべて話を続ける余裕もある。
「”澄ましている”という表現は、王族護衛騎士隊が、部隊として編成されたと同時に出来た様な、大げさにいうなら”定め”の様な物だから気にしなくても良い。
王族護衛騎士の役割は、あくまでも護衛対象の護衛であって、誰それの評判を保つための存在ではないからね。
ただ一応冠に国を代表する縁戚の護衛騎士となっている。
強さは最も必要な所でもあるけれども、出来る限り"見た目"も国の代表ともなる騎士なのだから良くしている。
だが、そうやって襟を正しキリリとしている分、反応が冷たく素っ気無いものだったなら、どことなく、その外見から惹かれた立場なら、残念な気持ちは抱いても仕方ないかもしれない」
ユンフォの"王族護衛騎士の誰かの評判を保つためではない"という説明は、やんちゃ坊主なりに"腑に落ちる"という感覚を味わう。
(多分、オッサンも"自分1人の農場"だったら、確かにあそこまで愛想良くはしねえよな。やっぱり必要かどうかって、ことなんだろうな)
「まあ、確かにオレの知っている王族護衛騎士の人達は、皆女性で美人なんだから、もう少し笑った方が良いだろうなくらいは思っていたすけれど……。そんな事情があったんすね」
ルイはユンフォの話に納得出来たので、聞いた上で感想を口にしたなら庶民派で有名な貴族議員でもある人は再び落ち着いた様子で、口を開いた。
「護衛して貰っている立場から言わせてもらうのなら、もし、話しかけた王族護衛騎士の愛想が良いのなら、それは護衛対象がそれを許しているからに他ならないんだよ。
だから、その態度だけで、護衛騎士の性格を判断をしない方が良いだろうと、護衛してもらう立場から言わせてもらっておこうか」
「えっと、んじゃ、ライさんがこんなに友好的なのは、ユンフォ様が許しているからって事なんですか?」
ルイの発言にはリリィも同じ気持ちだったようで、何かと話には聞いていたけれども初対面となる庶民派の貴族の"お爺さん"を見つめながら、頷いていた。
それには、当の本人である知り合った当初から"友好的"なライが話に参加する形で参加してきた。
「勿論優しいユンフォ様が許してくれているのもあるけれど、ワチシの場合は"地"の部分があるニャ~。
あと、ワチシの猫な部分は自己同一性に関わって来るからニャ~」
「あいでんてぃてい?」
「あいでんてぃてい?」
流石に11才と14才にには馴染みのない言葉で、少女と少年は揃って鸚鵡返しをしていると、先程食器を台車に乗せて厨房に戻っていた、店主が姿を現していた。
特に気配を消しているわけではないので、注目は勿論一斉にそちらに集まる。
「お話が盛り上がりそうな所、申し訳ありません。
リリィさん、工具問屋さんの方から通信機で連絡が来ているのですが……。
そのお店の方からではなくて、アルス・トラッドさんからです」
「そう言えば、来る前に連絡をくれるって言っていた。……あ、どうしよう?」
店主が若干申し訳なさそうに 話に割って入ってきたけれども、それ以上にリリィが少し慌てる。
―――それじゃあ、アザミさんのお店を出る前に、もう一度通信機を借りて連絡するね。
―――最終的には城門の近くで落ち合う筈だけれども、それまで一緒に行動するか、別々にした方がいいか、ルイ君や他の皆さんと話しておくといいよ。
アルスに先程の通信機の会話で言われていたのだけれども、食事の途中から始まった"ツンデレ談義"に気を取られて”全く”、その後に関しての話をしていない。
それらをリリィなりにかい摘んで、一生懸命に話したなら、周囲の年上の方々はあっさりとその話を理解してくれていた。
「だったら、アルスさんとアルセン様の行動に合わせるって事にすればいいんじゃね?。
最後の集合だけ合わせればいいといいんだし。
アプリコット様やリコさん達は、暫くこの場所にいるのは変わらないだろうし、ツンデレ話はまた機会があったら出来るだろうし。
とりあえずの優先順位的には、賢者の旦那の指示された買い出しとかだろ?」
「そうね、またいつでも話せるから、そうしたらいいわ」
やんちゃ坊主の意見に、自分の抱えていた悩みも幾らか軽くなった治癒術師も賛成していた。