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とある治癒術師の悩み③



”公の資料がダメならと、御祖父様に尋ねましたがリコちゃんが困った時みたいな顔をして、「私は恥ずかしくて、シトロンの許可がないとその頃の話ができないなあ」と仰られました”


(……御祖父様が”恥ずかしい”?。それで、大叔母様の許可がいる?)


胸の内で疑問符を浮かべている内に、続く妹の報告の内容は平定を終えてアングレカムとバルサムの婚約話しへと続く。


セリサンセウムの平定を終え、周辺諸国を招いて新たな王と国の誕生を報せる。

それから突如、セリサンセウムは南国を占領下に置いたと布告し、南国の方も全くの抵抗をせずに、承服する。


2年間南国はセリサンセウムの支配下となり、その統治者として宰相のアングレカム・パドリックが赴き、武人はいても"軍隊"という概念がない国で、その基礎を築き、水軍を主たる軍を作った。

その間、バルサム・サンフラワーはまだ成人をしておらず女学生しつつ貴族としての役職を熟し、ある人物にほぼ毎日の様に南国に"出張"中のアングレカムへの手紙を託していた。


そしてここで、リコリスにとっては、託していた相手として出てきた人物が、護衛騎士とし護衛する対象でもある、”ユンフォ・クロッカス”の名前が出てきて、「そう言えば」と呟き思いだす。


温和な庶民派の貴族が前に話してくれた彼の経歴は、普通の貴族議員から見たなら、中々特殊な物となる。

ユンフォの父親はかなり遠いが王族の縁戚でこの国の軍人だったらしく、母親は仕事で異国に赴いた先で出逢い、縁があって産まれたのが彼だった。


やがて父親はセリサンセウムに戻らなければならなくなったが、母親の身体が元来丈夫でない事と、国元を離れたくないという希望を聞き入れ、ユンフォだけを連れ帰る。


しかし残念なことながら、母親はセリサンセウムに帰国して程なく、病気で亡くなったという訃報が届き、形見として肖像画が届けられ、それを大切にしていると話をして貰った。


リコリスもそこまでの話は聞いていたが、その後については「父親も軍人だったし、一応王族だったので運よく目上の方に眼をかけて貰ったことで、そのまま出世もさせてもらったよ」としか聞いていない。

すると報告書のこの箇所にも、仲良しの姉の考えを見越した妹の手書きの文字があった。


"何事にも控えめなリコちゃんに、簡単に護衛対象の御方の補足情報をつけておきますわ"


(……控えめ過ぎても、いけないってディンファレ様にも注意を受けたのだったわ)


敬愛する上司と大好きな妹に感謝をしながら、少々長文の説明に眼を向ける。


―――セリサンセウムに父親と共に戻り、少年から青年に至る時期にかけて国は既に傾きを始めており、親に習い軍人となったユンフォは、やがてレジスタンスに敗戦した国軍の捕虜の1人となる。

そこで詳細は判らないけれども、アングレカム・パドリックに副官として拾われ、重宝されたと認められている。


重宝されたという部分には、当時は漸く少しばかり"淑女(レディ)"としてアングレカムに意識して貰えるようになっていた為、積極的(アクティブ)になっていたバルサムの応対も任されていた所にも表れていたという。


幼い頃からバルサムがアングレカムに一目惚れをしていたという話は、社交界では有名な話で、現在でもパドリック公爵夫人について尋ねたなら、まず最初に出てくる特徴でもある。


バルサムも大人しくしていれば昔は美少女、現在ではとても三十路過ぎの息子アルセンがいる様には見えない可憐な御婦人なのだが、アングレカムの事に関しては気性は激しく色々揉めを起こした事は結構あるようだった。


その想い人でやがて夫になる方と言えば、国王である親友を支える宰相の役割で生涯を終わらせるつもりでいて家庭を持っても、その相手となる伴侶に申し訳ないと結婚の意志はないと公言していた。


仮にバルサムが伴侶にするにしても、年齢が開き過ぎている事を理由に、バルサムの判り易い好意を受け流していた。

ただはっきりと断ると、眼に見えて泣きそうになると、親友の姪という観点から見たなら十分可愛いし、大切にしたいと思える存在で、時間をおくことで相手が冷静になるのを待っているという感じでもあったという。


ただ、ここでアングレカムが見落としているというべきなのか、日頃は恐ろしい程頭が回るというのに、バルサムの性格という物を掌握していなかった。 


バルサムが淑女(レディ)であるのは、あくまでもアングレカムに関連する事であり、そこから外れたなら、結構な"じゃじゃ馬"で、南の国への出張の2年間、ユンフォはその対処を行う事になる。



"その南国出張中の逸話を認したためるとしたら、小説の一冊で仕上げられそうな程ですので、また別の機会にいたしますわ。

ただ、リコちゃんが護衛為されているユンフォ様は、随分と苦労人でお優しい御方みたいで、妹として嬉しいですわ"


(ユンフォ様の寛容で面倒見の良い所って、もしかしてアルセン様のお母様とのお付き合いで培われたのかしら)


治癒術師と王族護衛騎士を志した時期から、社交界については妹から伝聞で"必要最低限"の情報だけしかリコリスは知らない。

そんなアングレカムとバルサムではあるが、2年間の南国の出張の後、無事に(?)に結婚した。


"生涯独身"を公言していたアングレカムだったのだが南国からの出張の後、直ぐ迎えたバルサム・サンフラワーが成人の誕生日の催事パーティーで、あっさりと求婚プロポーズして、そのままの勢い(?)で結婚してしまった伝わっている。


"ここで不思議な噂がありしましてね、金の指輪を贈って求婚プロポーズした方のアングレカム・パドリック様の方が、凄く驚いていたという、当時、数少ない参加者の言葉がありましてよ”



達筆ながらも、妹が少しばかり楽しんでもいるのが伝わってくる文字でそう注釈をいれていた。


そうして、年は離れているけれども仲の良い夫婦に一人の男のが生まれた。

ただ、そこからの妹の(したた)める文字が僅かばかり、緊張している物となる。


先程のまでの明るい話題と比べ、文字が”沈んだ”理由は近代史でも学んだ覚えのある内容で、直ぐにリコリスにも思い当たった。


父親となったアングレカム・パドリックが、不幸な事故―――暴走する馬車から息子を身を呈して守り、落命する。

その事で、今でこそ信じられない話になるのだけれども妻であるバルサムは一時心神喪失に近い状態になり、アルセンは幼いながらも気丈に振る舞っていたらしいが、子どもである事に変わりはなかった。


そこからは”平定の英雄”から起こされた歴史の浅い貴族のパドリック家の斜陽が始まるが、周囲の支えもあって、何とか沈み切る事を防ぐ。

その”支え"になるのが、リコリスの現在の護衛対象であるユンフォ・クロッカスであったり、大叔母のシトロン・ラベルとなる。


大叔母シトロンは本来ならバルサム・パドリックが勤めるはずだった、国の運営する魔術学校の責任者となり、ユンフォ・クロッカスは宰相アングレカムの引継を次の宰相となる人物に行い、アルセンの後見人となった。

特にシトロンなどは、それまで魔術の研究の為にと、セリサンセウムの平定がなされてからは、王都を離れて実地調査(フィールドワーク)に国中を回っていたにも関わらず、直ぐに帰還した。


(……思えば、これらは全て"私が産まれる前"の話しなのよね)


もしこの出来事が無ければ、いずれ大叔母が王都に戻るにしても、自分が産まれた後でも、まだ戻っていなかったように思える。

だがリコリスの物心がつき、思い出にある大叔母の住いは、すっかり王都に腰を据えている様に思える物で、とても実地調査フィールドワークに赴いている様子は窺えなかった。


そこからはアルセンの青年に成長に伴うにつれ、"セリサンセウム侵略"へと、時代は動いているのが窺がえた。


この報告では省略をされてはいるけれども、アルセンが生まれて間もなくして先王グロリオーサ・サンフラワーの妻で、平定の四英雄の1人でもあった王妃トレニア・サンフラワーが"旅立って"いる。


国の英雄1人が、一騎当千としての影響力と戦力を持っているという例えを使っても障りない中で、短い期間でアングレカムを含めれば半数を、セリサンセウムは喪っている事になっていた。


トレニアは平定直後から、徐々に体力が落ちて当時の医療と治癒術を以てしても原因も掴めず治療できない、不治の病という話をかつて治癒術師の免状を取る為に学校で耳にしたことは、リコリスにはある。


王妃の原因不明の不治の病の件は仕方がないとしても、アングレカムの突然の旅立ちはセリサンセウムだけではなく、周辺諸国に影響を与えたものと思われた。

そして、その喪失の影響を最も受けるのは、その家族であるという事も医術に携わる立場として、リコリスはそれなりに解っているつもりはある。


それは年に数度、治癒術師としての勘を鈍らせぬ為、国の運営する急患の専門医療施設に出向する時期の時に学んだ。

負傷者の治療に、相手の痛みを慮る必要はあるのは弁えているが、時間を争う処置や治療を行う際に、優しい言葉をかけるなどの思いやりは、状況によっては不要だとリコは考えている。



だから相手から"冷たい"とか"感情がない"と罵られながらも、痛みを訴える患者を冷静に観察し、抑えつけて、粛々と治療を行ってきた。

その為に、”腕は確かだけれども冷たい、治療に思い遣りがない"という評判がリコリス・ラベルは背中合わせの様に付きまとう。

でも、それを否定してくれる人もいた。



それは出向先の医療施設に勤める、共に処置を行う際に言葉を交わした事もあった、まだ年若い衛生士で、その"遺族"となる両親だった。


―――ラベル"先生"の事を、とても尊敬していました。


こちらも不幸な事故であったが、亡くなった若い衛生士は仕事を終えて家に帰り、両親によく語っていたという。

衛生士は自分が活発で過ぎて失敗も多いことから、だからこそ冷静なリコリスに憧れ、その治療の様子をよく観察していたらしかった。

活発だけれども、衛生士の仕事も大好きで、自分達の仕事の指示を出す事になる治癒術師の中で、それでいて王族護衛騎士でもあり、特に憧れて尊敬していたという。


そして、本人でも気が付かない特徴を掴んでいた。


―――ラベル先生が治療の際に、少しでも冷静に粛々に行わない時は、それはもう"間に合わない"という事。

―――だから、患者が痛みに喚いる事に全く反応せずに、冷たく見えたとしても冷静に治療をしていたなら、それはもう安心しても良いことなんだ。

―――冷たく見えるかもしれないけれども、冷静に対処できるという事は、医術や治癒術師として最も信頼出来る。

―――あ、でも、助かる見込みがないとして、少しだけ冷静さが失われた様に見えたとしても、決して最後まで処置の手は止めないし、その動きは間違ってない。

―――だから、助からなかった時は本当に仕方がなかったんだって、側で補助する衛生士として思える。


だから、その衛生士が急患で運ばれ、偶然ではあるけれども処置をするリコリスが"焦っていた"事で、その家族は、"覚悟"をしたという。


そして衛生士が、"旅立った"しまった後でも、まだ処置を続けていたリコリスの姿を見たなら、早すぎる子どもの"旅立ち"は、哀しくて仕方がないけれども、"治療"に関しては、納得もしてしまったという。

自分達の子どもが口にした言葉を信じていた。


―――哀しい事には変わりはないのですけれど、"落しどころ"というんでしょうか。

―――あの子を喪った哀しみが薄れる事はないんですけれども、前から話しを聞いていました。

―――だから、家族としてあの子"旅立ち"を受けとめようと思います。


死因を冷静に説明した後に、唐突に始められた話でもあったけれども、リコはそれをやはり冷静に受け止める。


"この御両親なら、大丈夫だろう"


そう思えてた。


リコリスの診断が当たっていたのを証明する様に、暫くは消沈していたが他の家族もいる事もあったし、季節が変わるぐらい時間をが過ぎた頃、両親は"衛生士を目指したいけれども学費が足りない"という子ども達を支援する団体に寄付を行っていた。

そして、アングレカム・パドリックという人を喪った家族を考えた時 、治癒術師の胸は焦れる。


幼い、当時は天使の様に可愛らしいと評判だった男の子と、最愛の人を喪った事に泣き崩れるまだまだ十分可憐という印象を与える貴夫人が、容易に想像することが出来た。


不思議と男の子が泣いているという姿が想像できなくて、でも"泣いていない"という事に、想像ながらもリコリスの心は焦れ、心配が渦巻いた。

"アルセン・パドリック"という国の英雄になる人物についての情報を、丁寧に浚いあげた当時は、まだ数時間しか接してはいないのに、美人と例えられる軍人が背負ってきたものを考えてしまっていた。



(国の英雄を―――しかも、自分が庇われた事で命を助けられたのなら、きっとアルセン様は、子ども乍らに"自分の所為せいだと考えてしまうでしょうね。

出来ることなら、贖あがないとしてもし"自分"に出来ることならと、"英雄"を目指すかもしれない)


ただ、目指したとしても、それはとても大変なことのようにも思えると同時に、どれだけ心の負担になっているだろうと思えた。

そんな少年の目標を支えたのは、宰相の副官の仕事から、軍部の新兵の教育係への移動願を国王に出して承諾されたユンフォ・クロッカスとなる。


アングレカム・パドリックはの元々の出自は、先王グロリオーサ・サンフラワーが幼少期を過ごした田舎の農家の次男坊だったという。

ただ、その次男坊という立場としても中々複雑な物で、他の兄弟と唯一母親が違うという事で、その整い過ぎた容姿も、元を辿ればその母親のものとされている。


そしてそのアングレカム・パドリックの母親となる存在は平定後、国を挙げて調査をされた民の籍を辿る物でもその故郷を捜しだす事は叶わなかった。

ただ噂によると、先王がレジスタンス活動を始めようとする以前、セリサンセウムという国が、傾きを始める前の時代に、一日にして大火事が起き、焼き祓われたという宿場街が存在しという噂が残っている。


グロリオーサやアングレカムが幼少時を過ごした田舎の領地か、離れた場所に現在ではただ平原が広がっているという。

手本の様な妹の字を見ながら、少しだけ姉であるリコの胸にある疑問が浮かぶ。


(……アルセン様の来歴の調査を確かに頼んだけれども、普通、ここまで調べるかしら?)


妹は魔術や学問については必要最低限しか興味が無いとはっきりと口にし、そして、もって生まれた才能は確かに社交界向きの物である。


ただ、その才能の延長なのかどうなのかはわからないけれども、ある種の"勘"が鋭い所があるのは、姉としてリコリスが感じている所である。

ただ、この時はこれ以上の情報はなく、妹が"アルセンの父方の血の流れ"の延長として、調べてくれ事に感謝をして、貴族の中でも王族の血を引きながらも、アルセンが一般の軍学校に入隊した理由わけと再び向き合う。


その理由はごく単純シンプルで、元は"農家の次男坊"だった父と同じ様に、何もない所から、登りあがる形の叩きあげの軍人を目指したという物だった。

そして何年も前からある意味では、下準備をしてくれていたユンフォの権限を使って多少ながらも、少々"狡い"と思われる方法で入隊をする。


アルセンが軍学校に入隊する当時、セリサンセウムは2人の英雄を喪った上で、残っていたいたのは国王グロリオーサ・サンフラワーに加え、法王バロータだった。

ただ、バロータについては"法王"という役割は、老齢を理由にしてその座を既に勇退してから数年経っており、新たにサザンカが法王となっている。


しかしながら、法王サザンカは次に法王となるだろう、グロリオーサと側室で、第一夫人でもトレニアが旅立ったならそのまま王妃となった、スミレとの間に産まれた第二王子でもあるロップが、僧籍に入り、成人するまでの中継ぎと専ら噂されていた。

鬼神と呼ばれたグロリオーサも、身体は堅強ながらも齢は五十路の中頃にして随分と髪にしても、髭にしても白い物が一気に増した風貌になっていた。


それは短い期間に計らずも伴侶と片腕、そして何よりも親友と呼べる存在を2人を喪った影響だとも噂が流れていたという。

英雄が残り2人になった事と、寄る年波を重く見たかどうか定かではないが、アングレカム・パドリックの後に宰相の役割を継いだチューベローズ・ボリジは、前宰相が組み立てていた英雄の仕組みを動かし始める。


最も、新しい英雄"候補"についてはグロリオーサ・サンフラワーが既に眼をかけていた若人が既に2人程いて、それがグランドール・マクガフィンとその時はリコリスはまだ名前を知る事がなかったネェツアークであった。

ただ同時に、英雄が欠けた事で、肥沃な大地を持つセリサンセウムを狙うと周辺諸国に備えて一時徴兵を制度を採り入れ、それに合わせて偶然入隊したという事とも、史実ではなっている所もある。


加えて、嘘か真かという域レベルを出ない話でもあるのだが、グランドール・マクガフィンが、公おおやけの英雄として入隊に当たって語ったとしている話があるとして、妹が記してくれてもいた。


"機嫌の悪いの見習いパン職人と賭けをして、悪友が、珍しく負けて仕方なくのぅ"


("見習いパン職人"と賭けをして、負けたからセリサンセウムの軍に入隊?。でも、賭けに負けたのは悪友という方なのに?)


この時は"悪友=ネェツアーク"という情報がリコリスにはないので、学科の試験を受けている時の様に、"時間がかかりそうな問題"を飛ばして、先に進むことにした。


後日に悪友(ネェツアーク)の正体が解ったのと、諸事情を理解したなら、リコリスは産まれて初めてグランドールが口にした内容が"府に落ちる"という体験を身を以て感じる。


そして、ユンフォの配慮で、アルセンが軍の訓練生の1人となり、途中入隊し際、グランドールが世話係とし教育部隊で関わったのが、今では親友とされる英雄2人縁の始まりであると記されていた。

ただ、当初はグランドールとアルセンの間にはどうやら溝の様な物があったのは確かだと、当時アルセンの途中入隊を知っている人物は語ったという。


ここでも妹の注釈が達筆な文字で、加えられていた。


"ここからは、私わたくしがリコちゃんに頼まれたアルセン・パドリック様の情報を、早朝に宮殿での御仕事があって、その待ち時間に贔屓にしている喫茶店で纏めている際に、仕入れたものです。

その方は"夜勤明け"と口にしながら、いきなり吹き込んできた風の為に舞ってしまった資料を機敏に拾い上げてくださいました。

それでその際に、"アルセン・パドリック"、"グランドール・マクガフィン"という字をお見かけした様でした。

「なつかしいなあ」という言葉を口にされました。

お年は30才中頃といったところでしょうか、リコちゃんが調べて欲しいと頼まれたアルセン・パドリック様に近い年代に思えました。

オーロクロームさんと自己紹介していただいたその方は、話を聞いてみたなら、軍学校で同期とまではいきませんが、当時の軍隊経験者で、後に英雄になった2人をよく存じ上げているそうです。

優秀なので、やはり当時から有名な方々だったそうです。

ここから、覚えている限り、その方が口述された事を記しておきます"



『当時から有名でしたよ。今は美人とか例えられていますけれども、あの頃は眼を見張る美少年でしたからね。

あの頃は、天使だなんて野郎ばっかり―――おっ、ご婦人に失礼な言葉申し訳ありませんね。

でも、殿方ばっかりで殺風景の軍学校の中では、"天使"なんて呼ばれてもいたみたいですよ。

で聞いた話によれば、アルセン―――様の方は、グランドール、様の事を、最初に出逢ったときから、凄く慕っていたみたいなんですけれどね。

何か、グランドール……様は、一般的には好漢とはなっていますが、実は結構過去に拗らせるような出来事があったらしくて。


それにアルセン……様に一部当てはまってもいたらしいんですよ。

ああでも、そこは仮にも好漢と名高い方だ、世話する方は、世話される方に、露骨な嫌がらせなんて全くしない。けれど、偉くドライな接し方をしていたそうですよ。

世話はするし、試験で優秀な成績を修めれば、笑顔で誉めもする、でも本当に、"必要な分"だけなんです。

そんな様子を、当時の2人の関係に気がついた人は呆れ心地でその"世話やき"を眺めていた。

そしてそんな"世話"をやかれる当人、アルセン……様は、途中入隊ながらも、賢さは同期の中でも群を抜いているんで、そんなに時間はかけずに気がついたそうですよ。


でも、世話される方は、そんな世話する"好漢"で有名な人物に、何も文句言わないで素直に従っていた。

まあ、世話する方は必要とされる義務を果たしてはいるんですけれどもね。

ただ、その関係が判るものとしたなら、見ているだけでも心が焦れる思いをしたそうです。

それに世話される方も、しっかりしていても、まだ世間じゃ子供の域を出てないし、自分が悪いことをしたわけでもないのに、慕っている存在に無下にされたら、心が強くても痛むものは痛みますよ。

稀に天使みたいな綺麗な顔を、誰も見ていないと思われる瞬間に、泣きそうになるほど沈ませていたとか。

それで、そこは間が悪いと言うべきか、さすが英雄候補とも言うべきなのか、"その時の顔"に世話する方も気がついてしまうんですよ。


で、過去を拗らせているかどうかなんてしりませんが、自分が傷つける様な態度で接した癖に、その泣きそうに見える顔に一番ショックを受けているんです。

そんなショックを受けるなら、拗らせた事とは別に考えて、世話する者を受け入れてやればいいのに』

報告書の丸々1(ページ)を占めたオーロクローム某の口述での話が、そこで一旦止まる。


この喫茶店で出会ったという、アルセンやグランドールと同時期に軍学校で生活を送った人物が"口述"したものは、妹が極力正確に筆記してくれたものだと、姉として信じられる。

その上で浮上してくる疑問が、結構出てくる。


(それにしても、オーロクロームという方はアルセン様やグランドール様と今でも親しい間柄なのかしら?。

この口述を見ると、どうも呼び捨てになれていて、"様"をつける事が、とても難しいみたい)


話の途中からは、どうも"様付け"が厄介になったのか、軍学校に入った件くだりになってからは、"世話はする方、世話をされる方"と、様付けをしないどころか、名前を省略をしている。

でも、それだけでも、十分に話の内容は伝わって来るのは不思議なものであった。


(最初の頃は、好漢と呼ばれている方でも、過去に何かしらある事でそんな"大人げない"態度を―――)


そこまで頭に思い浮かべて、この時期はグランドールも未成年であることに気がつく。

そして、"セリサンセウム侵略"とする周辺諸国から国を護ろうと努めたのは、丁度傾いた国を平定したした頃に誕生した、若い世代が主だっていたのだという近代史の講義も思い出す。

親世代が、平定の四英雄の活躍があってこそ、国が住み良くなったという話を、恐らくはもっとも話として聞かされた世代となる。

その影響もあってか、侵略の攻防が尤も活発の頃には臨時的に徴兵も為政者達が行ったが、国の兵士に志願するべく軍学校に自ら来た少なからずいたらしい。


(グランドール様とアルセン様、それにこの事を話してくれたという、オーロクロームさんも、当時は未成年だった)


妹が聞いたという話を聞く限り、まるで"普通の学校"通っていて、そこで起きた先輩と後輩の擦れ違いに気を揉む友達の話を、聞いている気持ちにもなれる。

けれども、この"少年達"は軍学校にいる事と侵略が始まる時勢に合わせて、時を置かずにして、戦場に立った事になる。


(……まだ、思春期や思春期を終わりかけであって、決して精神的に成熟も出来てもいないのに)


そんな事を考えながら、口述で満たされた報告書の次の頁ページをリコリスは捲った。

次の(ページ)は、オーロクローム某と妹の言葉で、報告書も閉められていた。



『それで、ここなら普通は大きく喧嘩でもして仲直りとするのが、俗に言う男らしい決着のつけ方なんでしょうけれどね。


世話する方がもう負い目を感じまくっているし、世話されている方は拗らせた事情を知ってしまったなら、仕方がないって更に落ち込んでしまって、距離まで開こうかってする勢いだったから。


なんやかんや2人の間を見かねた同期の人達が、所謂いわゆる荒治療を行って、何とか仲直り……いや、漸く纏って先輩後輩から友人として、始まったという感じになったそうです。


最初が酷過ぎた分の反動みたいなものも多分あったんでしょうが、軍学校の初期の基本教練が終わる頃には、それはもう"先輩後輩"の分別はつけていましたけれども、親友になっていましたよ。


―――そのお陰もあったんでしょうか、”アルセン様とグランドール様の御両人”は、良い具合に”天然”で、気が付いていなかったかもしれませんが、軍学校の教官含めて、訓練生も団結が取れましてね。


教育期間が終わって、防衛一方の侵略戦の戦地に心置きなく、軍学校の皆、この私も含めて向かう事が出来ましたよ。

それでアルセン……様は、普通の新人兵士なら行くはずもない、当時一番の激戦区に英雄候補達と向ったと聞いています。


無論そこに向かわせても大丈夫だろうという"成績”なら、軍学校で修めていましたし、それに魔術に関しては、教官よりも正直に言って勝っていましたからね。

軍学校に入る前から、学校長で後見人となるユンフォ・クロッカス様と、当時は既に英雄候補になっていた、教官兼世話係になっていたグランドール・マクガフィン様達には、その目標を口に出していたそうです。


何よりも、先ずは少しでも早く実戦経験を身につけたいからだとの事ですが、初陣の時には最初に敵陣に突っ込んだのは、良いですけれども、その後は周囲を敵に囲まれて死にかけたそうです。


それをグランドール様を含めた他の英雄候補達から、助けて貰った。

こういった言い方は、パドリック家の方々に失礼になるかもしれませんが、ある意味じゃあ軍学校に入ってグランドールと打ち解けた時から、幼い頃に止まってしまった”家族”の様な時間が、”アルセン"には再び流れはじめたのかもしれません―――おっと』


"オーロクロームさんは、そこまで語ったならまだ薄暗い星も見える空を背景にする、時計台を見上げました"


『思っているよりも、時間が過ぎてしまったようですね。


それでは、私もこれで失礼します。


一応、家族を扶養している身なんですよ。


とはいっても、血の繋がっていない姪っ子と、私が不在の間留守番をしてくれている下宿人のお兄さんですけれども』



"尋ねてもいないのだけれども、そうご自分の家族の事を紹介なさって、早朝から開いている喫茶店の店主さんに慣れた様に持ち帰り注文していました"


『店主マスター、持ち帰りでクルミパンお願いします。

―――それではお嬢フロイラインさん、"偶然"はありますが、有益な時間、ありがとうございました。

懐かしい事もありますが、国の英雄の名前を拝見して、ついお喋りが過ぎてしまいました。

また、御縁がありましたなら、良かったら相手をしてください。

夜勤の明けと、お嬢フロイラインさんも貴族としての早朝の務めが重なるなんてことは、滅多にないことなんでしょうが』


"それまでどちらかと言えば穏やかな表情だったのですけれど、別れ際に不貞不貞しくも見える笑みを浮かべ、緑色のコートを羽織っていたその方は城門の方に行ってしまわれました。

後日、オーロクロームという方を城と併せて宮殿の方に問い合わせて見ましたら、そういった方はいらっしゃらないとの事でした。

眼鏡をしていたので、そう言ったお仕事の方と考えていましたけれども、身体は大きい方でしたのでそれでは、軍部の方に問い合わせたなら、その名前の方はいらっしゃらない様でした”


(”その名前の方はいらっしゃらない”という事は、完璧に否定はされてはいないという事ね)


リコリスの考えを裏打ちにする様に、妹からの補足の"オーロクローム"と名乗った人物の情報が認したためられている。


”受付の方によれば、軍隊としては職務的に偽名を使い分けて、公おおやけにしない特技資格モス部門の方もいらっしゃるそうです。

もしかしたなら、私がこの国の英雄でもあるアルセン・パドリック様の事を調べていたから、その調査にいらっしゃた方だったかもしれませんね”


調べていたこちらも、いつの間にか調べられている事実に、リコリスの肝が冷える。

社交界に精通している妹ではあるけれども、流石に軍の事情や、やや強引すぎる部分がある所までは知らないだろうし、出来れば知って欲しくはない。

もし、知ってしまったなら、彼女の社交界での活動に影をおとしてしまうかもしれない可能性を、軍部の事を少しばかり知っている護衛騎士の立場として否定出来なかった。



ただ、調べている事が"オーロクローム"と名乗っている人物にとって、都合の悪い事だったなら、何かしら阻まれていただろうに、妹の調査に邪魔をされた様子は窺われない。


(アルセン・パドリック様の情報を、制限しようというつもりはない?。

それとも今回調べても貰った内容が、公おおやけに出しても障りがないものばかりだったという事なんでしょうね)


妹の方は、偽名を使われて接触をされた事で、喫茶店で得た情報の信憑性の方に疑念を抱いたらしい。


”本名を名乗って貰えなかった事で、少しばかりそれまで話て貰った内容に不安を持ちました。


けれども、どうやら、お話自体は、昔の事を存じ上げている方に複数人尋ねたなら、"オーロクローム”という方の話してくださった事に関しては、真実に近く、間違っている物はないそうです。

軍部にも、同世代の方が幾人か残っていらっしゃっいましたが、その世代の方々は結束が固く、軍部でも出世頭になっている方々が大勢でした”


(それが先程の、オーロクロームさんが仰られていた事の延長という事なのかしらね)


『―――そのお陰もあったんでしょうか、”アルセン様とグランドール様の御両人”は、良い具合に”天然”で、気が付いていなかったかもしれませんが、軍学校の教官含めて、訓練生も団結が取れましてね』


環境が与える人の成長に関する影響の、判り易い例えを目の当たりのした気分になり、終わりの近い報告書にリコリスは視線を走らせる。


”そこからは、近代史で習うように大戦を防衛で終結させ、天災の原因の調査をグランドール・マクガフィン様を含めた他の英雄の方々と解明し、王都に戻られて英雄の役割を熟しつつ、軍学校で教官職を続けているようです。

貴族のお仕事の方は、大戦が終結してから、身体の調子がお戻りになられたパドリック公爵夫人が主となってなさっている様です。

それと、シトロン大叔母様が丁度魔術学校の責任者を勇退なされたのを、交代する様に着任されてましたわ。

貴族の立場から調べたなら、これくらいが限界でした。リコちゃん―――姉上の役にたてれば幸いです”



最後に妹の名前で以て、報告書は終わった。



前以て妹が調べてくれたおおやけにされている、大戦、天災後のアルセン・パドリックの情報。



そして"英雄殺しの英雄、ネェツアーク・サクスフォーン"が錯乱したという事で、王都に戻って来てからアルセンが取った適切ではあるけれども、情の厚すぎるとも思えた行動の理由。


特に、妹が名前を偽って姿を現したオーロクロームという人物が、語ってくれた軍学校での情報を含めてリコリスにとっては、納得出来る形になる。


―――こういった言い方は、パドリック家の方々に失礼になるかもしれませんが、ある意味じゃあ軍学校に入ってグランドールと打ち解けた時から、幼い頃に止まってしまった”家族”の様な時間が、”アルセン"には再び流れはじめたのかもしれません―――



(英雄として、親友としての繋がりもあるだろうけれども、それよりも何よりも―――その中で見出みいだしてしまった関係を、アルセン様は大切になさった)


後見人となったユンフォにも、きっと絶対的な信頼を寄せてはいたのだけれども、多分"父の腹心で副官だった人"という事もあって、幼くとも聡い少年は、本音を口にはするけれども、どうしても本当の意味で甘える事も出来なかっただろうと想像出来た。

そんな考えが、リコリスの頭の中によぎると、その考えを心を拾い読める国王も頷きテレパシーを送って来る。


《そうだな、殆どリコリスが資料を眺めて考察しての通りの事だ。

今のアルセンからは、想像もつかないだろうが、グランドールもそうだったがネェツアークも、そして残りの1人も、丁度アルセンが一番年下と言う事もあって、まるで兄弟の中でも末っ子の弟の扱いをしていた。

ただ、本人はそれは嫌だ、認めて欲しいと頑張ったなら、益々末っ子の弟扱いとなり、グランドールなどは、リコリスの妹が接触したという偽名の人物が、口述した通りでな。

最初に酷い態度してしまった事で、アルセンからしたなら”過保護”に感じるレベルで仲は良かったが、逆にそれで喧嘩になった事もあるし、今でもそうだ。

そしてネェツアークが惚れ込んでいた、伴侶という事で女性という事は解ると思うんだが、可愛い物が本当に大好きでな。

特に、フワフワした動物でウサギも好きなんだが、肉球?といったものか。

それが付いているのも好きな人物で、アルセンはその可愛いという表現に引っかかるとも思えないのだが、弟の様に可愛がった》


グランドールとアルセンのやり取りに、これまで自身の過去にやってきてしまった事を悔やみ、後輩で教え子を過保護に大切に接するというのは、リコリスにも判らないでもなかった。

ただ、それに続いてなされた、”女性という事は解ると思うんだが、可愛い物が本当に大好き”という話について、正直に言って"拍子抜け"という感情を沸き上がるのを抑える事が出来ない。


《はあ、アルセン様を可愛いですか……》


(当時は天使って例えが使われるくらい美少年だったそうだから、可愛いという表現が当てはまっているといえば、言えるのかしら?)


思わずテレパシーで伝える感想と、その話を聞いて個人的に抱いた感想を器用に分けてはいたが、リコリスの心に浮かんだことは、心の拾い読める王様に両方と伝わってしまっていた。


そして、その両方に納得した様に、国王は深く頷いている。

未だ、名前を伏せられている英雄―――ネェツアーク某の伴侶の”最期”と思われる情報を知ってはいる。


けれども、”可愛い物が好き”という逸話を聞いてしまったなら、今は少しだけ身近に感じる事も出来たし、僅かではあるけれども緊張していた雰囲気は和らいだ。

国王もその心地は同じ様で、強さに惹かれる炎の精霊は未だ謁見の間に揺蕩たゆたっているけれども、その力は少しだけ弱まった様に思えて、次に脱力する様に息を吐き出した。


《そんな中で、ネェツアークもアルセンを弟の様に接してはいたのだがな、ある意味で一番望む形で接してやれていた。唯一容赦なく、あの綺麗な顔の拳を向けたり、顔面を泥塗れにしてやれるのが、ネェツアークだったからな》


《―――そうなんですね》


その話には、リコリスにも心当たりがあった。

一度だけ国の英雄としてのアルセンと手合わせをしていた。


"アルセン様は、戦場で剣や魔法だけの戦いをしてきたわけじゃないんですね”


その言葉に、英雄は懐かしそうに目を細めていた。


"そうですねぇ。剣を構えていても、拳で殴りつけられたり腹に蹴りを入れたり、とても泥臭い戦いの方が多かったような気がします。

剣術なんて、スポーツでしかないんだと思い知らされました。

でも、スポーツでもやっているのといないのではやはり、戦場では生きるか死ぬかの時に"差"がでます。

どんな事にも言えるかもしれませんが"型"に囚われないのも、囚われ過ぎるのもいけないんでしょうね"


当時は妹からの資料も何もなく、アルセン・パドリックに対しては"自分よりも綺麗で優しい国が認めた、強くて当たり前の英雄"というリコリス当人も無自覚の偏見を抱えていた。

だから、国王から教えて貰った"大戦の四英雄"の身に起こってしまった事を、必要があるからと知らされた今なら絶対に口にしないような、無遠慮且つ無神経になる言葉を口にしてしまってもいる。


”アルセン様には失礼ですが、力での"腕っ節"はそれ程強そうではありませんよね。

どうやって、そんな泥臭い戦場といいますか、戦い方を経験なさったのですか?。先程の"狡い"はウサギの賢者殿からだとしても”


リコリスが言葉にしたその質問には、綺麗な笑顔を浮かべて、アルセンは答えてくれている。


”簡単な事です。貴女にライさんというパートナーがいるように、私にも苦手な部分を補ってくれる、ちょっと過保護な、そんな"人"の友人がいてくれたんです。

後は口ばかりではなく、腕もたつ、武道家のようには見えないような人から、武術の手解きも受けました。何より、1人で生き抜けるほど、私は強くありません”


《それが、ネェツアーク……様だったのですね。今、思えば、そっとしておきたい古傷の思い出を私は遠慮なく、触れてしまっていたのですね》


謁見が始まり、それなりの時間が過ぎ”心を拾い読める”国王の能力の具合で、自分の記憶から掘り返し、心で考えている事も伝わっている感覚もリコリスには掴めていた。


だから、外見も含めて弟の様な可愛さもあるけれども、アルセン・パドリックに遠慮なく且つ容赦なく接してくれたという人物に、思い当たる部分の記憶を取り出して心に思い浮かべる。

そして、思い浮かべる上で自分が知らぬとは言えやってしまった事を悔やみ、何かしらきっかけがあったなら詫びの言葉を口にしたいと決意する。

だが、それも拾い読んだ国王が、手を掲げ、”詫びる”事を押し留める。


《そこまで、気にするまでもない。その指導を貰った思い出は、アルセン・パドリックにとっては悲しい記憶に繋がりはするけれども、決してそれ自体は悪い物ではない。

今は恥じ入るというよりも、これからは決してせぬ様にしようという、自分の感情ではなく相手を思い遣る気持ちの方が強く出てくる優しさと強さは、治癒術師リコリス・ラベルだからだろうな》


眼に見えて判る程の苦笑いを、キリリとした太い眉を使って作り上げた後に、先程の和らいだままの雰囲気で、テレパシーでの話を国王は進める。



《まあ、ネェツアークが遠慮なくアルセンに指導した様に、錯乱したネェツアークを今度はアルセンが母親と共に面倒を見た訳だ。

アルセンが英雄候補から”英雄”になった位の時期には、アングレカム・パドリックが旅立っていた頃から塞ぎ去んでいたバルサム姉さん―――バルサム・パドリック公爵夫人も何とか立ち治っていたからな。

流石に両親の代わりは出来ないけれども、家族の様に兄や姉の様に、自分の息子に接してくれていた者達に、感謝をしていたから、息子アルセンがネェツアークの面倒を見るとしたなら、了承してくれた。

それにバルサム・パドリック公爵夫人もアングレカム・パドリック以外には容赦のない方だから、治療は荒治療ながらも成功したが、それでも、時間はかかったが持ち直した。

それからは、本人の希望もあってひっそりと人目につかない場所で、何かしら魔術の研究をしている。

私もそれが良いだろうと承認したし、アルセンが気にかけて、時折手紙を送っているらしいから、心配はしていない。

―――さて、結構長い前置きとなったのだがでも、ここまでしなければこれからリコリスに治癒術師として関わって貰う、”リリィ”という巫女の女の子の話に進めないのでな。

これからもテレパシーを続けるが、休憩を挟まないで、大丈夫かな?》


心が拾い読める分、一般的にテレパシーを使った場合よりも、魔力の負荷が軽い国王が配下に配慮し確認したならリコリスは直ぐに頷いた。


《はい、それで名前を公にされず、旅立ちが確認が出来ない、英雄の方の妹とリリィさんの話になるのですね。

そのもしかして、元々、侵略戦が終わり、セリサンセウムが平和になったなら、極力目立つことをやめようとしながらも、多少無理をして英雄になろうとした目的というのは、その妹さんを捜しだす為に?。

折角妹さんを見つけ出したとしても、国が侵略されていたり、世界が天災の最中だと、折角再会が出来ても、意味がないという訳ではないのでしょうけれども。

だから、国の侵略を防ぎ、天災の原因が掴めて世界が落ち着いてから、英雄でも伏せていた名前を公にして、妹さんの方から見つけられやすいようにと》


これまでの話を聞きながら、リコリスが思い至った事を告げると国王は頷いた。


《ああ、概ねその通り。


元々にグランドール、ネェツアーク、そしてその英雄が王都を訪れていたのも"妹"を捜す為だった。


それまでも名前を伏せている英雄は、妹を積極的に探してはいたんだが、途中でグランドールとネェツアークが加わってな。


グランドールの方が、公にして捜すとしたら国が落ち着いてからの方が良いと助言アドバイスしていた》


そこで一度言葉を切り、考え込むように黒と紫の瞳を閉じたが、息を吐き出すと同時に開いてリコリスに告げる。



《いづれ何らかの形で判ると思うから伝えておくが、グランドールは侵略、大戦前に妹を亡くしている。

今回の話に関係ないし、私事プライベートだから詳細は省略するが、異国での出来事だったそうだ。

それもセリサンセウムと、余り相性のよろしくない国でな。


国同士が親交を持っていれば、何らかの手だてを以て、国に引き取る事も出来たのだろうが、その前にその異国で"旅立って"しまったらしい。

そして、その亡骸を引き取る事も、弔う事も出来なかった。

せめて引き取り、両親の墓と共にとも考えたが、そうこうしているうちに侵略戦が始まってな。

グランドールは英雄候補として、多忙になってそれどころではなくなってしまった。

それに併せて、同じ様に妹を捜しているその英雄に、


"妹を捜しだすとしたなら、セリサンセウムという国が、世界に対して有利な状況になってからの方が良い"

"もし、侵略戦の途中で異国で見つかったなら、きっと人質なりなんなりで利用されるだろう"

"勿論、国内で探すなら幾らでも協力をする"


そう助言したなら、グランドールの妹の話は、英雄―――もう彼女と言おうか、彼女も知っていたから、素直に従う事にしたらしい。


何にしても生き別れになった妹を無事に保護をする事が、彼女とネェツアークの目標だった》



《そうですか。それで、妹さんの方はリリィちゃん……巫女リリィの母親に当たる方は見つかったのですよね?》


そうでなければ、リリィはこの世界にいない事になってしまうし、リコリスが謁見の部屋に呼び出される事もない。

すると、そこまで緊張しつつ和やかだった空気に新たな雰囲気が加わり、国王は逞しい腕を組んだ。


《ああ、まあ、無事に見つかったんだが……うん、なんだ、姉が英雄になるくらいだから、妹も、な》


テレパシーで"口ごもる"という、何とも珍しい形でそれまで比較的スムーズに進んでいた国王の言葉が微妙な感じになったので、それまで礼節に則って伏せ気味だった視線をリコリスは上げる。


《―――陛下、どうかされましたか……?》


(……ああ、そう言えば!)


こうやって、謁見の間に呼び出される直前に、赴いていた場所とそこであった存在について思い出す。


"―――いやはや、あの娘こは元気者のじゃじゃ馬だったから、あんまり生育手帳をつける事もなかったが……"


《その、英雄の妹さんは、その、凄くええっと、元気の良いお嬢さんだったのですか?》


数時間前の記憶から掘り返したウサギの賢者の声と、微妙に口ごもった国王の調子が感染うつった様に、リコリスがたどたどしいテレパシーで確認する。

すると、昨今では珍しくなった成人男性では長髪にの黒髪が揺れる程、国王陛下は深く頷いた。


《まあ、元気なのも何よりだったんだがな。その、長い事、家族と生き別れて1人で生きてきたから、それはもう色んな意味で逞しくもあったんだが、疑り深いというか、その……》


国王はここでも再びリコリスに伝える内容に、考え込みつつそれでも話を進める為にテレパシーを行う。


《国の為に尽くしてくれた、その英雄が懸命に探していた家族で、妹だ。出来る事なら酷い表現を使いたくはないのだがな、表現するにはどうも、な》


そこで言葉にはしないけれども、大きく溜息を吐き、組んでいた腕を解いて整えて伸ばしている髭を大きな手で撫でていた。

それから意を決した様に、再びリコリスに"英雄の妹"について情報を続けた。


《英雄の妹は、大戦の停戦、天災が落ち着いて直ぐ見つかったわけでもない。

セリサンセウムも、天災の被害がなかったわけでもないのでな。

それで、私の直轄の諜報部隊も人員が少しばかり欠員が出た事で、思うように探せなかった。

そうして、見つける事が出来た時には災害が終わってから、既に数年経っていた。

それに、英雄の情報を伏せていた事で、目安はついていたのだが確信が持てずにいたのも、時間がかかる原因となってしまった。

それで、見つけた頃には"セリサンセウム"という国に対しての、信用も信頼も、英雄の妹からしたなら地に落ちていた》


《……多分、人間不信でもあったでしょう》


リコリスは王族護衛騎士としてもあるが治癒術師として少しでも成長しようと、先ず経験として場数を踏む事だとして考えていた。



その為に色んな場所に身分を隠して、一介の治癒術師として休日に王都の付近をライと共に回っている。


その活動は一般の無償ボランティア団体に登録して行っている物で、最初に調査アンケートが行われて、"派遣される場所は、どういった場所でも大丈夫ですか?"という項目があった。



最初、リコリスはよくわからなくて白い首を傾げていたが、"無償ボランティア活動をするなら、一緒に行動するニャ~"という事で同行していたライが、猫の様に気配もなく後ろから覗き込む。



黒目の大きな瞳を半眼にして"ニャ~"と声を出して、こちらもいつの間にか持っていたのか携帯用のインクのペンを取り出して、"可"の部分にサッと"〇"をつけていた。



勿論いきなりの事なので、リコリスが驚いて振り返ったなら


"リコにゃん現実リアルが見たくて成長したいにゃら、こっちの方が良いニャ~。


まあ、にゃにがあってもワチシがリコにゃんを守るし、リコにゃんなら大体の事は大丈夫だと思うんだけれどにゃ~"


と、いつもの様に気まぐれな猫の態度で、その時はリコの傍を離れた。



そして、いざその無償ボランティア活動の派遣先―――孤児院に行ったなら"派遣される場所は、どういった場所でも大丈夫ですか?"という設問の意味をどことなく、リコなりに理解する。



教会の門に着いた途端に、卵を右横から投げつけられた。



一般的なら、見事にぶつけられてしまうような良い投球だったのだが、そこは如何せん"リコリス・ラベル"である。

恰好良く避ける事も可能だったのだろうけれども、丁度観察する様に派遣先の孤児院でもある教会を見上げたなら、燦燦さんさんと輝く太陽を直視してしまう。


『クシュン!』

『甘いニャ~』



リコリスは身体を前かがみに予想以上に素早くくしゃみを行い、ライは比較的平らな胸を活かして(?)背面を反って、投げられた卵を避ける。


『ぎゃ?!』


『やだ、汚い?!』


2人の間を正に”擦り抜けた”卵は放射線というよりは、真直ぐに投げられていた為に、反対側で"派遣された治癒術師にぶつかり、慌てる様を楽しみにしていた"者達に直撃する。


それはどれも子どもの声で、ライは半眼になって呆れた様に眺めていたが、リコリスは正直に驚いて眼鏡越しに激しく瞬きを行っていた。


『え、一体何?!』

『にゃ~、リコにゃんはやっぱり本物の天然ニャ~』


左右で騒いでいる子ども達に驚きながら、ライが呆れていると教会の扉が開いて、まだ年はリコリス達とそんなに変わらないだろう、神父の服を身に着けた青年が出てきた。


『―――あ、こら、診療があるから部屋で待っていなさいと言っていたのに!』


その声をすると同時に、子ども達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ始める―――が、結局は卵を直撃してしまった子どもと、投げた子どもだけが残っていた。

神父に続いて、成人の婦人が身に着ける巫女の衣装を纏った女性が出てきて、一緒になって駆け寄ってくる。


『あら、大丈夫?卵は、匂いからして腐ったりしてないから、大丈夫だと思うけれど。

でも、すぐ水で洗わないと卵で硬くなっちゃうから、診察の前にお風呂に入った方が良いわね。

巫女シスター、お願いしても宜しいでしょうか?』


リコはもってきていた診察鞄から清潔なタオルを取り出し、拭ってやっている内に神父と巫女が直ぐ傍にやって来て、そう告げたなら直ぐに頷いて、子どもは巫女に手を引かれて教会に戻って行く。


"申し訳ありません”、"いえ、大丈夫です"と神父が頭を下げて、リコリスがやり取りをしている横では、ライが少しばかり威嚇を含んだ視線で、卵を投げた少年を見つめていた。


『にゃ~、あんたは逃げないのかにゃ?』

『あんた、大人なのに猫みたいな声だすんだな』

予想外の返答に視線から威嚇を引っ込めたなら、猫の様な印象を与える瞳で卵を投げた少年に向ける。


『にゃ?……さては、坊主は猫派かにゃ?』

ライが尋ねたなら、直ぐに頷いて少しばかり顔を赤くして、早口に少年は喋る。


『猫は好きだ。だから、卵をぶつけようとしたことは、あんたには謝るけれど、でも澄ましているこっちのねーちゃんには謝らん』

『澄ましている?、あ、私の事ですか?』


『こら!』


リコリスが不思議そうに自分の事についての"澄ましている"意見を受けとめていたなら、神父が慌てて卵を投げた少年を叱る。


それから、何やかんやで診療の前に卵襲撃に関わった子ども達から揃って頭を下げられるけれども、リコリスはそこまで気にしなかった。


一通り子ども達の診察を終えたなら、これまで訪れた治癒術師や医術者とは”一味違う”、シルバーブロンドと、艶やかな黒髪の語尾に”ニャ~”と猫の鳴き声をつける、どちらも魅力的な容姿の持ち主でもある無償活動従事者ボランティアに子ども達は興味深々でもあった。


そんな中で、卵がぶつかった子どもも、巫女に風呂に入れて貰い、1人遅れてやって来たなら、まず最初にリコとライに頭を下げて謝る。

それに続く様に他の子ども達も謝り始めて、最後に卵を投げた少年は神父から引っ張られてきた。


けれど俯いたままで謝ろうとはせず、そして神父の青年は決して、”あやまりなさい”と謝罪の強要はせずに、自分の教育不足を詫びる。

リコも神父が無理に謝まらせようとしないところと、そして少年が意地を張っているのではなくて、ある行動をとっているのだと、子どもの治療に携わる事前に調べていた事に当てはまるので気にしていなかった。


ただそうなると、”気にしていない”事を、それまで意地を張っている風に振る舞っていた子どもの方が、返って気にして、焦りを含めた表情で平気そうな顔をしている治癒術師の方に向ける。

だが幾ら複雑な感情を絡めた視線を注いだとしても、受け取り方が最初ハナっから違う治癒術師は、まるで“参考資料”を眺める様にその子ども表情を観察していた。


それから続ける言葉も至極冷静な物となる。


『多分、子どもで言う所の"試し行動"でしょうから。何気に私は初めてだから、興味深いです』

『―――にゃあ~、リコにゃん、"ためしこうどう”ってなんだニャ~?』


リコリスの気のせいでなければ、ライが多分わざとそれを聞いてきたのだと判ったけれども、答えていた。


『"試し行動"というのは、"自分をどの程度まで受け止めてくれる?”というのを、確認する為、わざと困らせるようなことをすること。

大人を信頼していない"子供”には、特に強く見られる行動で、その試し対象者の顔を見ながら、アピールするように注意されそうなことを繰り返すの。

注目する所は、子ども自身が"悪い"とわかっていることを、大人の顔色を見ながら、気を引くように、あえてするところね。

これは大きくなったから自然に消滅するというものじゃなくて、相手からの愛情が確認できるまで、形を変えて行われるの、でも、私にしても無駄ですよ?』


ライにそこまで答えたなら、真正面に見据えて子どもの方がビクリとする。


『私は大人で、あくまでも無償活動ボランティアとして、貴方達の健康と発育に関わっているだけです。

もし怪我をしていたり、成長になにかあったなら、貴方が悪いことをしても、良い子じゃなくても、どんな子どもでも、治癒術師として受け入れるつもりであります。

でも残念ながら、貴方の心の成長までは役割として関われない。

だって、そこは貴方自身が自分でしなければいけない事ですからね。

それに、まず心を開くなら、私なんかをとっかかりにしないで神父さんや巫女シスターさんにしなさい。幸い、神父さんも貴方に何が何でも私に謝りなさいとは口にしないでしょう?。

それは"試し行動"をする貴方のままでも、受け入れてくれているからですよ』


リコリスがそこまで言ったなら、その子どもは唇を噛んでしまっていた。


(ここまで言ったなら、自発的に謝って来るとおもったのだけれども……。思った以上に、根深い物があるかもしれないわね)


多分、もう自分がした事が十分悪い事だと判っているけれども、"謝れない"子どもを見てから、神父を見たなら、少しだけ躊躇った後に、少年の生い立ちを口にする。

実を言えばこの子どもは、両親として死別してこの孤児院にいるわけではなく、夫婦としての関係は解消しており、その際に、どちらもこの子どもの引き取りを拒否したという。


『……だから、この子にとって、"大人を信用する事がとても難しい"んです。

ある意味では、これ以上”自分が傷つかない為”にやっている事でもあります。

ラベル先生の様に、ちゃんと理解してくれて、押しつけがましく愛情を押し付けもしない、ある意味では心に傷を負っている子どもたちでも、信用しやすい方でも、まだダメなんです。

幸い、こちらに来てからは"子ども達"同士なら幾らかは打ち解けてきたといいますか……』

『にゃあ~、そりでもイタズラするのにリーダーになれる位の回復はしたという訳だにゃ?』


ライが神父の話が終わる前に、割り込んだなら神父は申し訳なさそうに頷いた。


『ええ、でも、助手の貴女には……』

『にゃあ、ワチシはリコにゃんの相棒ベストパートナー、歌って踊れる魔術師の"ライ”だにゃ!。

大人は苦手なら、まあ正解だニャ、ワチシはまだ未成年だからにゃ~』


比較的なだらかな胸を"エッヘン"と張り上げて、ライがそう言ったなら子供は"ポカン"とした表情を浮かべて少しばかり固まってしまっていた。


ただそんな雰囲気に関係なく、未成年の魔術師は更に言葉を続ける。


『にゃあ~、こんなでもワチシでも、後一回季節が廻ったなら大人になってしまうにゃ。


そんで、坊主も多分あと何回か知らないけれど、きっと大人になってしまうんだにゃ~』


『……わかっている』


話しを聞いているにいしても、てっきり無言のままだと思っていたのに、少年が素直に返事をする事に神父と巫女が驚いていたが、反応をそれに留めて流れを見守った。



『にゃあ~、ここにいる坊主が友達になった子達も大人になるニャ』


『……うん』



これにも返事をしたけれども、まだ顔は俯いたままだった。

それからライがリコリスに視線を向けたなら、無言で頷いたのでライは続ける。


『”坊や”は、今は子どもの友達が大人になってしまったなら、もう、その友達も信じられない?。

もし、"私が"明日誕生を迎えてた大人になったなら、もう、それでおしまい?』


不意に猫の語尾を止め、呼び方も一人称も改め、雰囲気までをすっかり”大人の女性”に魔術師に変えてしまったなら、俯いていた顔を上げる。

でも、語り口も雰囲気も大人のものになったけれども、最初からずっと印象に持ち続けている”猫”のように感じる部分は、不思議と変わらなかったから、少年は沈黙せずに語る。



『ここの友達がいきなり大人になったなら、やっぱり最初は口を聞けないと思う。でも、その、試すような事はしない。

みんなも”大変な思い”して、教会こじいんに来ているの知っているから。

でも、やっぱり信じられるかどうかは、判らない。ただ、ライ……さんは、明日あした大人になっても平気だと思う。その、まだ猫っぽいから』


少年がそこまで答えた時、それまで診察の為に丸椅子に座っているリコの横に並んでいるように立っていたライが前に出てきたなら頭を撫でた。


『……そうかにゃ、ありがとうニャ~。心をいきなり開けって言うのも難しいし、一番身近な大人に置いて行かれてしまって、信じられないのも判るニャ。

でも、猫みたいな”ねえちゃん"から忠告アドバイスしておくにゃ。

ここの神父さんと巫女さんは、試すのもいいけれど、後で”なんであんな事してしまったんだろう?”って思える方達にゃ』


頭を撫でられると同時に、ライを見上げている少年はその言葉にやはり少しだけ唇を噛むと、ライにしては珍しく苦笑いを浮かべて、それから身を屈めて視線の位置を合わせた。


『にゃ~、だから"今から、いきなり"じゃないにゃ。

坊主が大人になるまでも時間をかけても良いと思うニャ。

心の傷は眼に見えないからニャ~、傷ついた本人でも回復具合も、それとももっと悪くなっているかもわからにゃいだろうけれど、坊主の場合はきっと大丈夫。

ワチシが保証するニャ~』


『……うん、わかった』

『それでニャ、一個お願いがあるんだニャ~』

『”お願い”?』


視線を同じにしたままライがふと真面目な顔で少年を見つめ、更に続ける。


『ワチシの親友に卵を投げようとしたことを、謝ってほしいんだにゃ~』

『……』


『リコにゃんは、ワチシの恩人のお孫さんなんだニャ~。ワチシが本当に辛くて、"もう、生きていなくてもいいや”って思っていた時に拾ってくれたのがリコにゃんの恩人の妹さんなんだニャ』


『……そこは、そこの眼鏡の姉ちゃんの祖父ちゃんか祖母ちゃんかで恩人じゃあ、ねえのかよ』

『あら、さっきの会話でそこまで人間関係を掌握出来るなんて、理解力があるんですね』


ライの説明に少々文句をつける様に少年が口にしたなら、リコが少々角度がななめうえった言葉を口にする。

その反応に少年が呆気に取られていたなら、その頭をライが髪をぐりぐりとかき回す様に撫でた。


『にゃあ~、坊主。リコにゃんが言うなら、坊主はきっとかしこいにゃ。

なら、きっとそんなん時間をかけずに、ここにいる”大人達”になら、試すような行動をしなくても済むはずだにゃ。

その後で、さっきワチシが言っていたみたいに”なんであんな事してしまったんだろう?”と思えるはずだにゃ。

というか、リコにゃんは既にそんな感じになっている筈だニャ?』


ライが本物の猫の仕種の様に眼をパチパチとしたなら、少年は”ウっ”とした表情をしたが、それでもゆっくりとリコの方に顔を向けたら、くしゃくしゃになった髪で頭を下げた。


『……卵、投げつけて、ごめんなさい』

『そうね、食べ物はいけない。腐ってたらぶつかった子どもに何かしら健康被害があるかもしれないし、食べ物だから勿体ないわ。

私に投げるなら、手頃な小石にしなさい。

訓練で、投擲とうてきを躱す訓練はしているから、避けられるから』



『……あの、教育上、ぶつけようとすることは否定して、”何かに向かって投げる止めましょう”と言って貰えますか?』


『あ、そうですね。


皆さんが皆さん、投擲とうてきや弓矢を避ける、裁く訓練なんて受けていませんものね』



『にゃ~、リコにゃん、やっぱりおばあちゃんの言っていた通り天然だニャ~』


基本的に無償活動ボランティアという事以外は、その身分を隠しているリコとライ以外が、全員眼を丸くするという状況でその場は収束したのだった。

自分リコリス・ラベル相棒ライヴ・ティンパニーと遭遇した、人間不信の状態は、どちらかと言えばまだ軽い物で、それこそライの助力があって最善ベストな形で治まったとしても過言でもない。


前例という訳でもないが、言葉が通じない動物、または植物なら信じ、信頼するという話は、人を信じる事が苦手な人にはよく見かける傾向でもあるというのは、リコリスも身近にいたの、でそれなりに知っているつもりだった。

そして、その人は―――大叔母シトロン・ラベルは当初は植物ばかりだったが、晩年になって"黒い子猫"を飼っていた。



《そうか、やはり何らかの原因が有る無しにして、人に対して心を閉ざす傾向がある者は、植物や動物になら心を開きやすいというのはあるみたいだな。

―――私は、どうしても人の心の方に遠慮なく入って、聞いて欲しいのも、聞いて欲しくない部分も両方聞いてしまうのでな。

そういった繊細デリケートな感覚は正直に言って、わからんのだ》


先程、"公には名を伏せている英雄"の妹が漸く見つけ出した時の状態を伝えた事で、リコリスは自身が経験した記憶を掘り返し、心に思い浮かべた事は、心を拾い読める国王にもやはり知られていた。


《その、妹さんは保護される事を拒んだのですか?》


そう口にしながら、国王が珍しく躊躇いながら伝えて来たことを改めて思い返す。


―――英雄の妹は、大戦の停戦、天災が落ち着いて直ぐ見つかったわけでもない。

―――そうして、見つける事が出来た時には災害が終わってから、既に数年経っていた。

―――それで、見つけた頃には"セリサンセウム"という国に対しての、信用も信頼も、英雄の妹からしたなら地に落ちていた。


国王は、部下リコリスの心に浮かぶ自身の告げた言葉に、凛々しく太い眉で立派な縦シワを作って頷いた。


《もう過ぎた事なのだから、どうこう出来る話でもないのだがな。

あの頃は、私もそれなりに武芸には自信はあったのだが、執政の方は成人して数年過ぎただけの若造の王様であってなぁ。

それで、グランドールとアルセンは英雄として公の役割を熟してくれていて、多忙の極みでもあったし、”ネェツアークは”これ以上刺激したくなかったのでな。

それでも折角見つかった、忘れ形見の”英雄の妹殿”だ。

国の重鎮というか、代表的な立場に迎えに行って貰ったなら、少しでも不信感を拭って貰えると思ったのだ。そんな事で、私なりに悶々と考えていたなら、”ぬるい”と、とある魔術師から一刀両断ばっさりされた》


そこで眉間に縦シワを刻んだままだが、顔は苦笑いを浮かべてリコリスの顔を見つめる。

見つめられる方と言えば、聞き覚えがある言い回しの言葉に思わず眼を大きく見開いてしまう。


《……え?》

("ぬるい"?)


そして顔を見つめられながら、国王が自分リコリス・ラベルの顔越しに大叔母シトロン・ラベルを思い出しているのを察する。


《も、もしかして、その英雄の妹さんを迎えに行ったのが、大叔母シトロン・ラベルだったのですか》


今度はリコリスがテレパシーの中で口ごもるという状態になって確認をしたなら、国王は深く頷いた。


《ああ、何せ"英雄の妹"殿は、最初の国からの迎えに行った使者に素直に従ったと思ったら、隙を見て逃げ出していた。

一応、迎えの使者もそれ相応の腕の者だったのだがな。

何の力を使ったか知らないが、本来は護送の為に念の為に張っていた魔法の結界を、内側から破り、逃げ出していた。

姉であった英雄に関しても、特に特別な能力ちからを持っているという話は聞かなかったのだが……。

まあ、姉妹で違う魔術の才能もあるかもしれない。

ただ、英雄の妹を保護するという事は、国としても面子も多少はあるが、姉とその伴侶なる存在の念願でもあった。

その2人は英雄になって公に名前を公表するという、本来なら避けておきたい事を行ってでも保護したかった存在だ。

上に立つ者として、2人の想いにせめて報いと思って、私も少々意地になって連れ戻したいとした時に、久しぶりに実地調査フィールドワークを行いたいと口にしていた、魔術師殿が"参戦"してくれる事になった》


"参戦"という表現に、表現にリコリスは恐らく大叔母シトロンが結構派手な動きをしたのだろうと察すると同時に、その理由わけを考える。


日頃冷静で時に冷淡な振る舞いすら見せて、世俗を絶っている事で世間で例えられる賢者の様な日常を大叔母は過ごしていた。


ただ、稀に祖父で双子の兄であるシトラスとカードゲームや、何らかの勝負事をし負けたのなら、それなりに負けん気を起こしているのを見た事もある。

しかし、リコの記憶にある限りに負けた事が悔しいのも多少なりともあるかもしれないが、その"負けた原因"の解明に興味を示している様にも思えた。


(でも、大叔母が英雄殿の妹さんを保護して連れて帰る事に関して、"負けた原因"に興味を出すものが何かあったのかしら?。

興味にしても、大叔母様の性格からして、余程直接自分に関係のある事でないと、何かしら言われても、聞き流す程度だと思うのだけれども)


そこまで考えた時に、リコリスはある可能性を思い至ってそれをそのまま。


《陛下、もしかしたその英雄の妹さんが破ってしまった魔法の結界というのは、大叔母様が開発と言いますが、発明するに関わっていたのですか?》


大叔母シトロン自身は、自分の事をどうこう言われても気にしておらず、言わせたい儘にしている所は、所謂大人の対応はとれていた。


プライドが高いというものでもないのだが、世間に認められる功績を出せている人が、それなりに努力と誠意をもって作った作品を、壊されたならそれなりに衝撃は受けるのは想像するのに容易だった。

そしてリコの想像は的中していたらしく、今回は言葉にはせずにその複雑な感情を胸に浮かべていたならそれを拾い読んだ国王は深く頷いていた。


《まあ、そういう事だ。

魔術師シトロン・ラベルが、魔術学校の責任者として最後に作った護身の魔法が、英雄の妹という事が少なからず関係もあるのだろうけれども、こうもあっさりと逃げられてはな。

"何が何で捕まえて見せる"という意気込みを見せてくれていたので、こちらも頼らせて貰った。

後は彼女自身が、年齢や体力的にも最後の実地調査フィールドワークという事もあって、国王として少しばかり協力をさせて貰った―――。

というよりも、彼女から王族で管理しているある魔法具を貸して欲しいと言われたのでな貸しておいた》

それまで幾分和やかだった雰囲気だったものが、炎の精霊の熱気が増し漂い始める。


《結界の魔法がダメだというのなら、相手をいかに傷つけずに枷を填め、拘束するかという事で、シトロン・ラベルに一時だがそちら方面の"禁術"の使用許可を出した。より正確に言うのなら、”禁術を施した道具”を造りだす事に許可を出しただな》


そうすると国王は右手の指先をくるりと丸く描いたなら、再び国王とリコの間に炎の精霊で記される文字が浮かび上がる。


"猫の足音"

"女性のヒゲ"

"山の根"

"熊の腱"

"魚の息"

"鳥の唾液"


浮かび上がる炎の文字の文言を確認する度に、リコリスは結構な当惑を覚える事になる。

その言葉が表現する事の意味は解るんだけれども、どうも現実的に想像する事は出来ない。


出来て相棒ライヴ・ティンパニーが特技としている、劇画のイラストで描いている二次元的なイメージだった。


今回はリコリスが思い浮かべたイメージを特に拾い読まなかった王様は更に説明を続ける。


《これらはな、その禁術の道具を制作する為に必要とされた”材料”だ。

読んで見て判ると思うが、”実際に存在”しているかどうか、良く判らない物ばかりだ。

……実際に”あるなし”で言うのなら、存在するものはあるのだろうが、日々の生活の中では、殆ど”見かけないし、聞いた事もない”といった存在だ。

実際、リコリスも頭に浮かべるにしても、想像の域でしかない。

これはまあ一説に過ぎないんだが、そもそもの”見かけなくなった理由”というのがが、"ある学者”によれば、この世界で大地の女神信仰が始まる以前のいにしえの時代に材料にして使われてしまったからだとされている。

世界にあったそれらをかき集めて、"地を揺らすもの”という意味をもつ大きな狼の姿をした、神話時代を傷つけずに捕縛する為に、魔法の紐・グレイプニルは造られた。

まあ、この世界に確認出来ない物ばかりで作ったから、その姿を定着する為の特別な道具を、こちらから貸したという訳だが。

……その道具は、今の所明かす事は出来ん。

済まないな、色々頼み込んでいる立場ながらに、リコリス位には教えても良いとも思ったんだが、少しばかり色々な理由のある道具でもあるのだ》


《いいえ、構いません。それで大叔母は、英雄の妹殿を連れ帰る事は出来たのですよね?》


リコリスの確認に国王が頷き、大きな手を掃うようにしたなら"禁術"に必要とされる材料の文字も、先程と同じ様に空に紛れて掻き消えた。



《そこで、リコリスが言う所の"人間不信"という奴になっていてな。

捕獲した―――掴まえた英雄の妹は、全く口を聞かなかった。

先ずグランドールとアルセンにも会わそうとも考えたんだが、どうも極度の、特に男性不信でな》


その伝えられたテレパシーの内容に、俄かにリコリスが表情を曇らせると、国王は苦笑いを浮かべ、先程浮かんでいた炎の精霊の文字をかき消す様に、手を払うように動かす。


《スマン、これはテレパシーにしても私が、考えなしに伝えた言葉が悪かった。大丈夫だ、リコリスが心配していたような事は、全くなかった》


自分の言葉で、治癒術師が思い浮かべて拾い読んでしまった事を、否定する。


《それこそあれだ、シトロン・ラベルの作った結界を破って逃げる位のしたたかさを持っていたから、それを言うなら、保護された集落にいた男達の方が一目置いていた。

というかな、どうも、その保護された場所でどうにも男に失望する様な事が多かったらしい。

そこは本当の意味で繊細な事なので、ここでは告げないが、どうにも仲良くなった年上の同性の友人―――御婦人が子どもを授かっていたのだが、それに伴って色々とあったらしいんだ。

それで、その御婦人が臨月間近でもあったらしくてな、セリサンセウムに戻るのを渋った理由もそこだ》


《帰るの拒んだり、大叔母が張った結界を破ってまで一度逃げ出したのは、ご友人のご出産に付き添いたいという事だったんですね。

でも……》


少しだけ疑問の言葉を、リコリス口はする。

そう言った理由なら、大叔母シトロン・ラベルなら、少なくともその友人の出産が終わるぐらいまでは付き添う事を許すどころか、寧ろ、相手が落ち着くぐらいまでを、待つことを進めるに決まっていた。


《そうだな、シトロン・ラベルは厳しさと同じ位、優しさも持っている人だったから、本来なら、そういった配慮を行っても何らおかしくもなかっただろう。

だが、"敢えてそうしなかった”のなら、彼女なりの理由もあったとして私は、シトロン・ラベルが英雄の妹をやや強引にでも、捕まえて連れ帰ったのだと判断した》



リコリスの気持ちを拾い読むまでもなく、当時から気高い魔術師の指針を知っている国王は、そう言い切ると、血縁の配下の騎士も頷いた。



《それで、だ。そういった状態で"姉の親友で、国の英雄だ"とグランドールとアルセンに会わせても、"それがどうした!"は、簡単に言い返しそうな位、気が強そうだったからな。

私も接見はしたのだが、話しを聞いて貰う為に、申し訳ないが少々圧力を出させて貰った。

気が強いとあったが、先王に似ているという鬼神の面構えのお陰で、少しは恐怖心を抱いて大人しく話は聞いてくれた。

だが、私が簡単に話した内容はは判らないでもないが、納得は全くしてはくれないという、心境だったな。

先ず、姉が英雄云々は兎も角、それに伴って行っていた救済活動―――主に力のない子どもや婦人に対して行っていた物は、妹の方も聞いていたらしい。

容姿はそこまで似ていないが、身体的な特徴が良く似ている姉妹だった。

妹の方は侵略戦、天災時期に避難する箇所等で、"もしかして"という事で、姉に助けられた人々に声をかけられていたそうだ。

そして―――その恋人、"ネェツアーク"の事も知っていた》


そこで何度目かの考え込む仕種となる、眉を動かし強く瞼を閉じ、テレパシーを続ける。


《ネェツアークは彼女に惚れ込んでいたからな、彼女が救護活動で物資が足りないと困っていたなら、何処からともなくそれを調達して、渡していたらしい。

その度に、姿を見られていたし、機会があったなら"自分の恋人である"と自慢げに口にしている存在がいたという話を、聞いていたそうだった》


《……それで、彼女は何と?。その、お姉さんの事を含めてですけれども》

(多分、"英雄殺しの英雄、ネェツアーク・サクスフォーン"の部分については、伏せていたんでしょうね)

テレパシーにはせずに、思い浮かべた分の合わせて、国王は頷いた。


《―――うむ、結果からして言うのなら、姉が天災の調査で行方不明になり、恋人という存在はその事に、心を乱してしまったと伝えたなら、何と言うべきか、更なる人間不信というか、男性不信に繋がった。

"それだけ恋人とか言っておいて、姉さんの事は守れなかったの?"とな》


そこで、テレパシーだからこそ味わえる珍しい体験をリコリスは味わう。

大体のテレパシーの会話も、頭や心で思い浮かべた言葉が発した人物の”声”で聞こえるのが常である。


けれども、心の部分に作用するのか、それとも記憶の部分に関わるのかは、まだまだ詳細は研究され続け解明されてはいない。

だが、直接聞いた言葉をありのまま伝えたいと強く考えている場合、若しくはとても強く印象に残っている場合には、聞いたそのまま―――発した人物の声その物で伝わる事がある。


そしてリコリスに国王のテレパシーを通して聞こえた声は、数時間前に聞いた少女の声ととてもよく似ていた。


"それだけ恋人とか言っておいて、姉さんの事は守れなかったの?"


英雄の妹の子ども―――巫女のリリィは決してそんな物言いはしないけれども、リコリスの頭に伝わって来た声は、あの少女がもう少し成長したなら、きっと同じにすら思えた。


《それでだ、そこまでその娘が私に言いかえした時に、魔術師シトロン・ラベルがその妹の後頭部を引っ張叩いた》

《大叔母様が?!》


英雄の妹の人間不信になってしまいそうな事情を抱えていても仕方がなかった事と、思い出の中の物とはいえ、その声がつい数時間前に聞いた少女に重なってしまう事に少々心を沈みそうになったのが、一気に浮上する。


リコリスは一度も大叔母に手を上げられた事はなかったけれども、昔からのシトロン・ラベルの馴染みになる方々《ほうぼう》からどちらかと言えば手が早い方ではあったらしい。


だが、落ち着いて話の流れを思い出したなら、ある意味では"それ位で済んで良かった”という冷静な感想も浮かんでくる。

国王として玉座に座り、相応しい仕立ての立派な服に阻まれている所も多少あるが、親しみやすい雰囲気、そして惹き付けるカリスマをダガー・サンフラワーは携えていた。


それが良くも悪くも、礼節な態度を取らねばならぬ相手から、緊張を抜いてしまう時がある。

恐らく、その妹も先程伝えられた父親である先王に似ているという鬼神の面構えのお陰で、当初は大人しくしていたが、慣れたなら、気安く”素直”な口を聞いてしまったんだろうとも思う。

でもそれは、”セリサンセウムの国王”に対して許される行為でもなかった。


《まあ、確かに不敬な態度ではあったけれども、諸事情を掌握している、極々内密な人物のみでの接見だったのでな。ただ、その面子は、全員穏やかな気質の人物が多かったのもあって驚いたよ》


それから一息を吐いて、リコリスの顔を見つめやはり大叔母であるシトロン・ラベルの面影を思い出しつつ、国王は話を続ける。


《そうした英雄の妹とシトロン・ラベルのやり取りを見ていたならな、彼女が引き取った方が―――保護者となった良いだろうという意見が出てきた》

《え、でも―――》


リコリスのの疑問が最もだという感じで、国王は頷いた。


《ああ、実際には"ウサギの賢者"が引き取った》


そこで"漸く"と言った形で出てきた名前に、リコリスは国王に雰囲気とカリスマとはまた違った形で、リコリスの心が不思議と安堵する。

国王にも、提案に出された魔術師の親戚でもある治癒術師の気持ちは、伝わったようだったけれども、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。


《だがなあ、私―――個人的な意見として、"俺"もシトロン・ラベルが引き取るというのが良い考えだと思ったな。

英雄の妹は、この世界に誰も縁者がいないから、血の繋がらない第三者となるのは仕方がない事でもあったが、"血が繋がらない"からこそ気楽に話せるし、相談できるという事もある。相性も、悪くないと思った。

どっちも、負けん気が強くてある意味では似ていた様に思えたよ》


そう伝えてくるダガー・サンフラワーのテレパシーの"声”にも、実に実感の籠もったもので、その事で少しだけ彼の逸話について思い出す。


《……それは。陛下の実経験からですか?》

《まあ、そうだな。繋がりがないからこそ、最初から自分で紡いだ縁の自信は良いものだぞ?》


そう伝え悪戯っぽく笑った。


国王の幼少期、実母の王妃が病気の為に寝込みがちになり、父親とその親友が宰相となり国を平定したばかりで忙しく、ダガー・サンフラワーはある意味では一番やんちゃな時期に、”良い子”でいなければいけなかった。

それは小さな子どもには重荷であったけれども、ダガー・サンフラワーはそれを"出来てしまう子ども”で、周りは”流石国王グロリオーサと王妃トレニアの息子だ”と安心する。

そして、その周囲の心とも空気とと呼べるも物を、母親譲りの紫の左の眼も合わせて拾い読んでしまう。


全てが納得ずくの様に思われるそんな固められた壁に囲まれた生活の、幼年期のダガー・サンフラワーに手を差し伸べたのは、平定の四英雄の1人でも法王であるバロータという。


法王バロータは平定の活動の際に唯一の家族の妹を喪ってから、血縁の意味では天涯孤独であった。


妹を喪った事に関し、その際には深く哀しんだが、親友、仲間とも呼べる存在と共に、傷跡は残る形になったけれども、時間をかけて確りと受け止める。

宗教家が伴侶を得てはならないという戒律も法の縛りもなかったけれども、神父---やがて法王となったバロータは生涯を独身をとおしていたとされていた。


大叔母のシトロンは数度ではあるけれど、神父・法王時代のバロータと接触していた事もあるらしい発言をしているのを聞いた事がある。

ただ、バロータが法王という立場で、シトロンも実家は貴族という事もあって、特に魔術師の方が親しくすることで、法王に迷惑がかかる事も嫌がった。


何よりも血縁者達が、法王と自分が親しくすること―――例え魔術に関して意見を交流させる事ですら、法王と繋がりがあるのだと貴族社会でのし上がる為の伝手にされるのは特に嫌悪する。

なので、平定直後以降、殆ど接触はという形では没交渉だったが、何らかの魔術を使って少なからず、シトロンとバロータは交流はあった様子だった。


”自分で望んだ、望まずに限らずに、本当の孤独を知り、享受している者はね、不慣れな孤独で”苦しんでいる”者は、ほっとけないんだよ”


リコリスがまだ幼くて、貴族のしがらみなどの意味が良く判っていない時期に、”このくにのおうさまといんたいしたほうおうさま”の話を一度してくれた。


恐らく、法王バロータの方も何らかの形で魔術師シトロン・ラベルについて、病に伏せる母親トレニア、国王の役割に追われる父親グロリオーサ、信頼できる大人アングレカムに気遣い、孤独を選んだ王太子ダガーに折に触れて話していたのだと予想出来た。



法王も魔術師も特に意識があって、バロータやシトロンという人物の話をしたわけでもないのだろうけれども、ダガーにとっては、孤高の魔術師にとって十分信頼につながる話になったと思われる。


《彼女は自身で孤高を望み、貫いてはいたけれども、素晴らしい指導者でもあったからな。

人間不信の少女でも、見事に往なしてくれると思ったから、出来る事なら彼女の弟子にでもなれば良いと思っていた。

英雄の妹でもあるけれども、一度シトロン・ラベルが作った結界を破った魔術の才能も持ち主だ。

だがな、彼女自身にすっぱりと断られた》


”私なんかよりも、もっと適役の存在やつがいるだろう?。

どうしてあいつにやらせないんだ?。

どうせ引き籠って、魔法の研究ばっかりをしているんだろう?。

それに料理がろくに出来ない状況なら、この小娘にさせれば良いじゃないか?”


そこで再び国王のテレパシーを通じて、懐かしい大叔母シトロン・ラベルのまだ幾らか若く勢いのあった頃の声が、リコリスの頭の中に響く。


ここで、ある純粋な疑問がリコリスの中に浮かんだ。



《陛下、その、英雄の妹さんが”人間不信”なのは判りました。

だから、人の姿してはいない”ウサギの賢者殿”を推したのも何となく、理由として判るような気がします。

でも、やはり、そのいきなり過ぎませんか?。

その年齢的にも賢者殿は確かその当時なら、成人したて位の御年ですよね?。

それに何よりもあのぬいぐるみの様な御姿ではありますけれど、ウサギの賢者殿は”殿方”ですよね》



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