とある治癒術師の悩み②
「どっちかというと、ワチシの方がおばあちゃんに甘えん坊になっていたにゃあ。
隙あらば、抱っこしてもらったり、椅子に座っていたら、膝の上にのせてもらって頭と喉撫でて貰ったりしてたにゃ~。
でも、おばあちゃんはワチシ以外にはそんなことはしなかったにゃ~。
あ、でもリコにゃんと一緒にお昼寝している時、こっそり頭を撫でたりしていた時はあったかにゃ」
「え、そんな事あったの?」
人嫌いで、歯に衣着せぬ物言いをし過ぎていたといっても過言でもなかった大叔母に、不思議とそれなり可愛がって貰っていた記憶はあるのだけれども、直接触れてまで可愛がって貰った"思い出"は、リコリスにはなかった。
それに、直接的に可愛がって貰えない"理由"も、当時幼いながらに理知的な女の子は弁えていた。
大叔母が、ライを、"ライヴ・ティンパニー"を保護する前、リコリスがまだ幼い少女だった時。
わざわざドレスを仕立ててあげる程可愛がっていた、"別の少女"がいたことを、"貴族"の大人達が苦々しく語っていたのを幼心に覚えている。
その事で大人達の間で揉め事もあったような気もするけれども、ライを迎える前、その少女はまるで存在しなかった様に扱われた事に、少しだけ当惑した。
でも、数年後、リコリスの背がその少女に及ぶ位に成長した時、大叔母からある贈り物をされる。
"折角作ったから着てやってくれないかい?"
そう言って、可愛らしい桃色のドレスを広げて渡された。
普段なら性別に偏りを持った考えなど持たない、当時から冷静な女の子のリコリスでも、自然と、"素敵だな"という気持ちを溢れさせ、頬を染めてしまうような可愛い仕立てだった。
国の傾いた時期も見事に乗り越え、名門貴族の長子として、女性でありながらも、そこに含まれる"弱さ"と取られてしまう部分を、決して表に出さず気取られない様に、感情を抑え込める教育を受けていた。
その教育の賜物で堅くしていただろう心を、優しく解きほぐすような魔法でもかけられたドレスを委ねられた時、リコリスは嬉しさと共に頷くのが精一杯だった。
でも、喜びと共に1度袖を通し、可愛らしいドレス纏ってみたなら直ぐに判る事もあった。
着心地も、肌触りも、そしてその可愛らしいドレスの姿も決して悪くはなかった。
寧ろ上等で、普段なら子供ながらに冷静過ぎて"美しくはあるけれど、可愛気がない"と他の家の大人達から陰口を、一斉に翻させるような、リコリスの本来の可愛らしさを引き出してもくれていた。
でも、この可愛らしいドレスはリコリス・ラベルの為に仕立てられたのではないという事が、表には出さないけれども、本来は感受性の豊かな優しいそ心で、柔らかい生地の感触越しに感じ取ってしまう。
"……ごめんね、さようなら、 ……"
聞いた事もない、大叔母の気弱な声に触れてしまった様な気がしていた。
(このドレスには、シトロン大叔母様の、贈る筈だった方への想いが籠められている)
治癒術師を目指していたから―――本当の意味で人を癒せる力を持ちたいと思ったからこそ、そのドレスに籠められている想いに気がついてしまったようなものだった。
"折角作ったから着てやってくれないかい?"
贈るはずだったドレスを委ねられた時、貴族達がまるで最初から存在しなかった様していた少女の事を、大叔母は生涯決して忘れる事はないと、リコリスは理解する。
ただ、誰かの為に作られた事を知ってしまった上で作られた大切なドレスを、自分で纏う勇気もなくて、クローゼットの中で丁寧に手入れをしながらしまっていた。
でも大叔母が心の底から幸せを願っていた、そしてこの世界から消えてしまった名前も知らない少女のドレスを、しまっておくのも忍びないと思っている内に、軽く十数年過ぎてしまう。
その時間の流れの内に大叔母は静かに孤高に旅立ち、リコリスは自分の目標の一つに辿り着くことが出来た。
でも、目標に辿り着いてから、その場所を保つ(キープ)する事も、結構大変な事なのだと思い知らされる。
そして、やっと追いついたと思えたその目標の場所にいた憧れの人は、ある時、不意にリコに何も告げず、今度は道がない様な場所を今度は進み始めていた。
信頼してもらっていると思っていたのに、置いて行かれ、途方に暮れかけた時に、この国で英雄や賢者の役割を担う人の言葉に励まされた。
"大事な部下だから、巻き込まない為に何も知らされていなかった"という事は、本当に上司に恵まれないと経験出来ない事ですよ"
"不安に感じるなら、尋ねればいい"
そんな励ましの言葉と忠告を貰う。
そして無二の親友で相棒は
"ワチシはリコにゃんが進む道に、ただついて行くだけだニャ~"
という言葉をくれたから、勇気をだして追いかけた。
そして忠告された通りに尋ねたなら、少しだけ躊躇いながらも教えてくれた。
―――絶対に幸せになって欲しい人がいるのだ。
―――その為なら、私の命も立場もくれてやる……と言いたいが、私にはまだ守らなければいけない人がいる。
―――リコ、協力してくれるか?。
直ぐに協力すると返事をしたなら、その守りたいという"存在"を紹介して貰った。
(確か……リリィちゃん?)
既に1度会った事のある、しかも忠告をくれた賢者の所で、秘書をしている小さな少女だった。
時間は既に前日になっていたけれども、忠告をくれた賢者の配下となった新人兵士となる少年の腕前を見て欲しいという時に、噂になっていた人攫いもついでに捕らえた際に、会話もしていた。
その子を”賢者の秘書の巫女”をどうして守りたいのかの詳細については、
"互いの為にまだ知らない方が良い”
という事で伏せられたが、尊敬する人を手伝えるだけで良かったから、リコは黙って従った。
そして、その流れが、励ましや忠告をくれた賢者や、自分の国の英雄と対峙する事になってもリコの決心は揺るがなかった。
―――昨夜から直接ディンファレ殿に事の子細を伺って、行動を共にしていると判断していいのですね?。
―――王族護衛騎士、リコリス・ラベル殿。
ただ、励ましの言葉をくれた人から冷たく圧のある言葉をかけられた時には、胸が痛んだ。
そして、ウサギの姿という意表を突かれた姿をした賢者からは、まるでその心を見透かされるような言葉をかけられる。
結局なんやかんやで、敬愛する人―――デンドロビウム・ファレノシプス、ディンファレとウサギの賢者の提案とやり取りで、"命の保証"がある決闘が行わる。
リコリスは国の英雄に当たる人に、まさしく"赤子の手を捻る"と言った状態で、負けたけれども、不思議と悔しさ等は全くなく、寧ろ良い経験にすら、なったと思う。
ただその経験すらもディンファレの配慮だったのだと、英雄との戦いで翻弄されている間に知った。
その出来事の結果の形としては、国の法に大きな見直しと改正を齎す物になったのだけれども、政に関して言えば、結構良い形で落ち着くことになったとリコは思えた。
何より敬愛する人が"絶対幸せになって欲しい人"という少女も、リコも素直に幸せになって欲しいと思えるような、直向きな心を持っている女の子だった。
ただ、出逢ったばかりの女の子だけれども、治癒術師で医術にも携わる自分だからリリィの成長に関して気にかかることがあって、それをディンファレに告げる。
するとリコの想像以上に感謝もされて、合わせて自分達が関わった事で起こった法改正の延長での調査に、リリィを"保護"している立場になる賢者が参加する事になったとも聞かされる。
そして、それを連絡する役目をリコリスと相棒のライヴが担う事になって、報告する事前に頼まれた。
―――出来るだけ、あの子の力になって欲しい。
―――私だと、どうしても感情的になってしまうから。
―――リコなら、落ち着いて冷静に対応出来ると思うから。
その事に関しては、ディンファレ自身が行っても良いと思うし、何事が恥ずかしいといった事があるのなら、一緒に準備をしましょうと勇気を持って提案してみた。
けれども、どうしてだか、それを躊躇い遠慮された。
―――私に、あの子にそこまでしてやれる権利はない。
―――でも、幸せを願っている。
いつも毅然としている女性騎士の、気弱いその姿と様子が、大叔母と重る。
ただ、直ぐにいつもの凛々しい先輩の姿に戻り、それから直ぐにある事に気が付いた様に、ある事を尋ねられた。
―――その事を、賢者に話すにあたって"母親"について尋ねる事にはなるか?。
"参考程度には、聞く事にはなると思います。でも、根掘り葉掘りにはならないと思います"
正直にそう答えたなら、ディンファレは少しばかり考え込んだけれども、その返答に直ぐにに安心した様だった。
―――リコリスなら、大丈夫だろう。
そう言われた意味は、件のロブロウの調査の命令書を運び、賢者の秘書の成長に関する旨で話した際に判った。
ただ話す際には、相手がウサギの姿ながらも"異性"という事での緊張をもったけれども、直ぐに違う意味で更なる緊張をする事になる。
ディンファレに、"母親について尋ねるのか"と言った会話をした際に、それを禁句とする様な旨を言われたわけでもなかったから、話しの切り出しに使わせて貰った。
それがその話題をするのに、"一番"のきっかけに良いと思えたからでもある。
何にしてもその月の満ち欠けに合わせた様な、女性の胎内に起こる血の巡りが無かったなら、誰も人はこの世界に誕生する事は叶わない。
医術に関わる立場として、何もその言葉を使う事に後ろめたく思う事は何もないという自信もあった。
"最初に尋ねますが、賢者殿はリリィちゃんのお母様をご存知なんですよね?"
―――悪いけれど、彼女については何もワシは語らないよ
けれど、圧のある声で牽制し、ウサギの姿をした賢者に断言された時、正直、胸の内で怯んだ。
少しだけ"どんな反応をするのだろう"という興味があってした物は、半ば予想通りでもあったのだけれども、それも敬愛する上司と同等以上気迫を持っていた。
でも、それと同時にこれ以上踏み込んだなら、少女の保護者となる存在に、何かしらの
古傷を抉ってしまうような気がした。
それは治癒術師として、本末転倒になってしまうので、正直に、"リリィの成長を心配している"という事を話したなら、それは"拍子抜け"という表現が合う程、あっさりと緊迫は解かれる事になる。
―――ああ、なるほど。そういった事を心配してくれていたのかい。
―――すまないね。ただ、本当にリリィの事を心配してくれて、ありがとう。
国最高峰の賢者なのだから、もっと威張ったとしても障りがないとも思えたけれども、リコは丁寧に礼すら言われた事に、軽く慌てる事になる。
―――そうか、リリィもそんな時期になったんだねぇ。
長い耳を曲げる程安心と脱力をしながらも、その成長を心から喜んでいた。
それから他愛のない、けれどもリリィの母親の核心には触れない部分は、それとなく話してくれた。
―――いやはや、あの娘は元気者のじゃじゃ馬だったから、あんまり生育手帳をつける事もなかったが……。
ウサギのぬいぐるみの表情なんて滅多に見るものでもなかったけれど、嬉しそうに話していた様に思う。
"賢者殿とリリィちゃんのお母様、仲がよろしかったんですね"
極力出すまいとも思っていたけれども、少女に母親を絡めて言葉を口に出したなら、賢者が醸し出すのは先程の圧とは反対の、優しさに溢れた雰囲気の物だった。
―――ワシにとっちゃ、年の離れた、じゃじゃ馬の跳ねっ返りの妹みたいなもんだったよ。
何らかの理由があって、きっと語る事は出来ないのだろうけれどもリリィの母親となる、"じゃじゃ馬の跳ねっ返りの妹"を、賢者は決して忘れていない。
そして今度は、その姿がまた気弱になってしまった大叔母の―――、孤高を貫いた魔術師の姿と重る。
それから照れ笑いの様な、わざとらしい咳もされた事で、察しの良い治癒術師でもある王族護衛騎士はその話を切り上げた。
それから、リリィの成長についての事を"任せる"と言われた事で、何処までしていい物かと考えて確認を取る。
"後、私とライちゃんで、今回の旅でリリィちゃんに必要なもの仕度しておいても構わないですか?"
―――あ~、そっちの方は本当にお願いするよ。何かワシ、女の子の喜ぶセンスが全くわかっていないらしいから。
賢者からの快諾された事で少しだけ、砕けた調子で語り掛けたなら、"自分にはセンスがない"と言った事を、逆三角形の鼻先にシワを寄せ、ヒゲを揺らしながら話を続けてくれる。
―――『女性』と『女の子』は、別物と見做しましょう、と親友からアドバイス貰っております。
どうやらその親友にこれまで、リリィの"女性"という面に関しての教育は頼っていたらしいのが窺がえた一言だった。
その親友が国の賢者と同じ様に最高峰とされる仕立屋のキングス・スタイナーで、その人物が仕事となれば平気なのだが、日頃はあがり症の為に仮面を身に着けているという話ぐらいは世俗に興味のないリコも聞いた事がある。
仕立に向ける情熱は凄まじく、王都での仕事ない時には常に新たな生地を捜し求め、自らの脚で世界中を回っているという。
ただ、そういった行動は、代々王家の専属の仕立屋である"スタイナー家"では当たり前の伝統として根付いており、先代のシャクヤク・スタイナーは更に活発に活動していたという。
その活発さで東の国まで、赴き後継者となる現在のスタイナー家の当主となるキングスを発掘したというのは、有名な逸話でもあった。
ただ、そのキングスは、丁度その時期にはサブノックの方へと遠征にしており、当分はセリサンセウムに戻る予定はないという事を、王族護衛騎士である事で融通してもらった情報で知る。
更に、今回リコがリリィの世話を任され専属の治癒術師となると決定した事で、ウサギの姿をした賢者の屋敷から戻り次第、直ぐに国王に呼び出された。
そして、人払いをされた上で、声をだしてもいないのに豪快と感じさせる笑顔を浮かべられ、本来なら機密レベル扱われる情報と前置きしされた後、賢者が保護する少女の子細を伝えられる。
まず最初に言われた事は、表向きには"孤児"とされているリリィであるが、その親族は判明しているとの事だった。
『だがなあ、残念な事に、全員が旅立たれている。
だから、天涯孤独の孤児というのも、間違ってはいないのだ。
ただな、あの子を孤児院で孤児として育てるには、国としてあまりに不義理な状況でもあるんだ。
……後は、これを見てくれ』
そう口にすると、国王は大きな掌を重ね合わせ、乾いた音を謁見の部屋に響かせたなら、リコの嗅覚が焦げた様な匂いを捉えたと思えた瞬間に、眼前に緋色の輝く"線"が走る。
それが国王の強さに惹かれて集まって火の精霊だとリコが気が付いたと同時に、国王は再び口を開く。
『形残るやり方で、この情報を伝えるわけにはいかないのでな―――』
そう言うと、まるで演奏の指揮でも執る様に指先を動かし始めると線の様になっている炎の精霊はうねり、文字を形造り始める。
まず最初に、"ある英雄の実の妹の子どもがリリィである"という事が炎の文字によって知らされた。
正直にいって、その時リコリスは"アルセン・パドリックの妹か弟の子ども"という考えが浮かんだのだが、それは直ぐに打ち消される。
アルセンもリリィも顔立ちが整っているのと、眼の色が一緒という事もあるけれど、何より、縁が出来て話した事で、どことなく似ているの物を感じたが、国王が前以て、"全員が旅立っている”と口にしていた。
(それなら、アルセン様がいらっしゃる事で、先程陛下が仰っていた内容が先ずおかしい事になってしまうわ)
それに、アルセン・パドリックの父であるアングレカム・パドリックは、その息子が幼い頃に身を呈して事故から庇い、不惑を超えてはいたが夭逝と思える旅立ちをしていた。
弟妹がいてもおかしくはないが、パドリック公爵夫妻にはアルセン1人しか授かっていない筈だし、"そう言った方面"に煩い貴族社会なら、他所に子どもがいたならどこからともなく情報が流れてくる。
少なくとも、国内でそう言った事があったなら必ず噂になるが、"煙"すら感じさせない程、仲睦まじい夫妻―――特に、バルサムがアングレカムに惚れ抜いていたと、貴族としての社交界の情報でリコリスは耳にしていた。
もう1人リコが知っている英雄は"大剣のグランドール・マクガフィン"であるが、この人物は昨今では英雄というよりも、一般的には大農家、貴族社会では国一番の富豪という事で知られている。
ただ、彼自身は公にされている経歴で、未成年で軍にも所属する前に、過去に頻発していた天災で家族を全て離別していた。
彼にも妹がいたとされているが、その存在も天災に巻き込まれて、行方知れずだったのが、後にグランドール自身が捜索の後に両親と共に"旅立ち"を確認されている。
(それで、陛下の"全員が旅立たっている"という言葉に則ったなら、アルセン様と同じでグランドール・マクガフィン様が、健在である事がおかしい事になる)
国王と話しをした当時は、褐色の大男の英雄の名前と姿を知ってはいても、直に話した事はなかった。
ただ年数度国王主催の晩餐会に、参加している姿を思い出しつつ、リコは考えを纏める。
(そして確か国に公にされている情報では、この2人以外のセリサンセウムの英雄となる方は、"名前を伏せている")
現在の所、セリサンセウム王国には4人の英雄が"いる事"になっている。
ただ、それは有事の際でもなければ、本人の意思がない限り、名前を公にしなくとも良いと法によって定められている為、残りの2名は名前は知られていない。
("魔剣のアルセン・パドリック"様に、"大剣のグランドール・マクガフィン"様以外の方を知っている方がいたとしても、余程の事がない限り名前を口に出す事はないのは、法によって守られている英雄の権利)
ただ、その権利の利用法に”英雄の死を隠す"という事は含まれているのかどうかは、リコリスには判らない。
その時再び、乾いた音が謁見の間に響き、風の精霊の力が一時的に弱まったのを感じとれたなら、今度は頭の中で国王の声が頭に響いた。
《一時的にテレパシー許可をしようか。最初に全てを開示してからよりも、会話を行い進ませていかないと、早速、ロジックに矛盾見つけてしまって戸惑っている様に見える》
《ご配慮、痛み入りますし、その方が私には納得して、話しを進めやすいです。
早速ですが陛下は先程、巫女リリィの親戚は"残念な事に、全員が旅立たれている"と仰いました。
けれども炎の精霊で刻まれた文字には、"ある英雄の実の妹の子どもがリリィである"としています。
このセリサンセウム王国に4人の英雄がいるという事になっていて、情報を開示されているアルセン・パドリック様、グランドール・マクガフィン様には当てはまりません。巫女リリィは、残り2名の方の英雄の方の実の妹の娘》
リコがそう返事を返した途端、炎の文字はシュンっと音を立てて空中からその姿を消す。
けれどそれには王も、王族の護衛騎士も特に反応はせず、形に残らない会話は質問を続けるリコによって続けられる。
《……セリサンセウム王国に4人いらっしゃる筈の英雄は、現在は3名しかいないという事なのですか?。
そして、残りの1人は英雄を辞退したわけでも、他国に渡ったわけでもなくて、旅立って―――亡くなっているという事なんでしょうか》
ある意味では、いつものリコリス・ラベルらしく、疑問に思った事は、本来なら国の英雄に対して無礼になる事でも、愚直に真直ぐにテレパシーで尋ねたなら、国王からの返事は直ぐに帰って来ていた。
《"親戚全員が旅立たれている天涯孤独の孤児""ある英雄の実の妹の子どもがリリィである"
そのどちらも信頼できる者からの、私の直轄部隊からの情報だ。
そして教えてくれた奴も同じ人物。
私は、それを上司として報告を受けている―――が、真実として受け入れているわけでもない。
ただ、旅立ったという―――生死は不明だが"居なくなった"という言葉の捉え方をすれば、その通りになる》
《……でも、今しがた"信頼している"とも仰っていましたよね?。私にはとても、信頼している様には聞こえません》
テレパシーに乗せつつ、リコは国王に"報告した"という存在に対して疑問に溢れた感情もそれに重ねると、心が拾い読める王様はその部分を確りと感じ取っていた。
《……そうだな、信頼はしているけれど、そいつの言い分の全てを信じてはいないかな。何しろ、そいつ1人だけが言っている事でもある。
ただ、これまでも配下として上等な仕事をずっとしてきてくれたし、私―――王でもある俺の事を暴君と呼びながらも、階級を気にしないで友人でいてくれる、稀有な存在だ》
言葉のない空間で、国王から贈られてくるテレパシーを、リコは淡々と聞き入れ、続きを待つ。
《―――それでだ、リコリスの立場なら、多分色々と調べれば"判ってしまう事"なので、そいつの事を先に伝えておこうと思う。
今この国にいる英雄は、先程リコリスが心に浮かべた通り、"魔剣のアルセン・パドリック"、"大剣のグランドール・マクガフィン"。
そして英雄の権利で名前を伏している者の1人を、"小刀のネェツアーク・サクスフォーン"という。
他の英雄を含め活躍した時期は、リコリスもまだ10にも満たない年齢だったろうから知らないと思うが―――この名前、聞いた事はあるかな?》
その問いにリコリスは頭を左右に振る。
《アルセン・パドリック様、グランドール・マクガフィン様、現在の英雄で御両名も、女学校の近代史の仕上げに、一般教養として教わった事で知ったぐらいです。
他のお二方は望まないから、法に則って名前を公にしていないという事も共に習いました》
リコがありのままを言うと、それまで動かさなかった顔面のキリリとした太い眉で、国王は苦笑いを感じさせる形にしつつ頷いた。
《そうか。だが、グランドール・マクガフィン、アルセン・パドリックも英雄として名前を公にしてはいるが、騒がれる事を望んではいなかったから、それ位が望ましい。
そのネェツアークなどは、絶対に表に出る事を好まなかったが、その活躍自体は名前を公にしている2人に負けず劣らずのものだった。
その主な活躍が、最後の"平定の四英雄"でもある私の父、グロリオーサ・サンフラワーが身罷った事で、周辺諸国が、アルセンの父親が発案して結ばせた協定を破り、セリサンセウムを侵略と攻め込まれ、それを最前線に出て退けた”大戦の四英雄”1人という事は、話しの流れで判っていると思う》
それにもリコリスは静かに頷いて、肯定すると、更に続けられる
《さて、それではこれは近代史でどのように習っているのか、良かったなら話して貰えるかな?。
父を代表とする”平定の英雄”がいなくなったことで始まった、 セリサンセウムの侵略戦、その大戦の終結について―――。
いや、正確に言うのなら"2回目の停戦"を齎したのが、グランドール、アルセン、ネェツアーク、そして名前の出ていない4人目の英雄だったというのは、どのように教わっている?》
"2回目の停戦を齎した"という言葉に、今度はリコリスが目に見えて判る程、顔を強張らせ、形の整った眉毛を上げて反応をする。
それから、女学生時代に教わった近代史の内容を今一度確認する為に、リコリスは強く瞼を閉じたが、直ぐに開けられる。
先程思い出した内容に、付け足すようにに習った近代史の仕上げの言葉を思い出すし、テレパシーで返した。
《英雄の活躍で、"2回目の停戦ではなくて"終戦"をた齎したと私―――いえ、私達の女学校では習いました。
一度目の停戦を齎したのが、当時は英雄候補のグランドール・マクガフィン様と、その他えっと》
そこで、流石に一度だけしか聞いた事がなく、余り聞かない響きの名前が出てこなくて、リコにしては珍しく返答に詰まった。
《"ネェツアーク"》
国王が補助する様に、英雄の権利を以て長年伏せらていた名前を告げ、更に続ける。
《そこは、歴史と私の記憶と符合している様だな。
当時、英雄候補であったグランドール・マクガフィン、ネェツアーク・サクスフォーンそして名前を伏せられている―――巫女の母親の縁者の活躍があって、一度目の停戦に持ち込んだ。
それから停戦を終えた後に、アルセン・パドリックが新たに”英雄候補”に加わり、先輩でもあるグランドール、ネェツアークとその人物は英雄に格上げされた。
その時点で、既にネェツアークの方は英雄の権利を、セリサンセウムの侵略戦が片が付いたなら、直ぐにでも使える様に口煩く言っていた。
それから程なくして、うちの国の英雄と英雄候補は、セリサンセウム侵略における最も熱心だった、サブノックとヘンルーダの共同の作戦をぶち壊した。
これは活躍した順にいったなら、アルセン、グランドール、ネェツアークの順らしい―――そこで、2度目の停戦の申し入れがあった》
学校で習った一般的に認識されている終戦と、国王の口にする停戦の齟齬に王族護衛騎士でもあるが、治癒術師としても嫌な胸騒ぎを覚えながら、リコはテレパシーを続ける。
《……終戦ではなかったのですか?。それに歴史をみても、それ以上この世界に戦争規模の争いは起きてはいません―――!》
そうテレパシー告げ終えた後に、"世界規模の争い"が起きなかったのではなくて、"起こせなかった"のだと、その後に教わった歴史と、自分も少しではあるが経験した、世界規模の出来事を思い出す。
具体的な事は思い出せないけれど王都も大きく揺れ、リコも今では滅多に帰らない実家の家族と共に国が指定する場所に避難した。
ただそれでも被害は、大きな揺れで家具が場所によって倒れる程度で、世界中で起こった規模で比べたなら、セリサンセウムという国は比較的被害は小規模だったと記憶している。
それでも、何処となく国が落ち着かなかったのは覚えている。
(……それで、何処の国も戦争どころではなくなったんだ)
これはテレパシーにしたつもりはなかったのだけれども、リコの心に浮かんだ考えを、心を拾い読める王様は確りと、その声を聞いていた。
《その天災が起こる前に、サブノックとヘンルーダに送られてきた書状で以て、俺―――私は”停戦”と受け止めていた。
軍部の方も、慎重派はその様に受け止めていたんだが、一部があの戦を得意とし、武人としての誇りが高いサブノックとヘンルーダの作戦をぶち壊したのが嬉しくて仕方ないらしくてな。
言葉は雑だが"はっちゃけ"の浮かれた者の勢いで、作戦をぶち壊した勝利の祝いの凱旋行進を、セリサンセウムの英雄と、英雄候補であったアルセンの候補を取る理由に行おうとしていた。
それが開始されようとした時、あの天災が起こった。
それこそ、リコリスが思いだした通り、世界の国々は戦争なんかしている状況などではなくなってしまっていた。
だから、結果的に見たのなら"停戦"ではなくて、"終戦"と認識されても仕方がない状況になっていた》
そこから小休止をするように、国王は息を吐き出しtが、更に続ける。
《今となっては、もう確かめようがないのだがな、どうやらサブノックとヘンルーダの共同の作戦を粉砕をした後でも、まだ諦めていなかった節もあるという報告があった》
(その情報も、先程から仰っている、信頼もしている名前を伏せていた英雄のネェツアークという方が、仕入れてきた情報なのかしら)
"親戚全員が旅立たれている天涯孤独の孤児"
"ある英雄の実の妹の子どもがリリィである"
―――そのどちらも信頼できる者からの、私の直轄部隊からの情報だ。
ふとすれば、国王が忘れてしまいそうになる前提を思い出しながらネェツアーク・サクスフォーン某を語りだす前に告げられた事を思い出し浮かべたなら、やはり拾い上げていた国王は、頷いた。
《侵略を諦めようとしているのと、まだ引くべきではないという考えに2分化していたという。
まあ、作戦粉砕後はサブノックとヘンルーダと揉めただろうし、例の世界規模の天災が起こった。
今となっては東の国の諺で言う"藪の中"という物なのだろう》
《藪の中……、"真実は判らず"という事ですか》
その諺の意味は、女学校を出て治癒術師として学ぶために進んだ大学で、文学の物語論の1つの例の題材として、リコリスは軽く学んでいた。
元々はある事件の、真実を求める物語だったと記憶している。
けれど事件の関係者が、それぞれが矛盾している目撃情報を口にする。
情報は錯綜しているために、物語を読み進めて行くほどに真相をとらえることが著しく困難になるよう構造化されていた物語だった。
結局最後まで真相はわからず、その未完結性の鮮烈な印象から、証言の食い違いなどから真相が不分明になることを称して、関係者の言うことが食い違うなどして、真相がわからないことを、事件の起こった舞台を使って"藪の中"という諺が出来たという事を学んだ。
《でも、それも仕方がない事かもしれませんね》
世界的な天災被害ではあったが、その中でもセリサンセウムは大きな地震が、あったもののそれ以上の目立った被害がという物はなかった。
特に建造物は、平定を終えた際に見直しがあった事で頑丈に立て直し、及び見直しが行われていた為、壊滅的な倒壊をした建物は殆ど無かった。
余震に揺れる大地に怯え落ち着か居ない日々となったが、それ以上の被害という物が大地の女神に愛されているという大国には、起きなかった。
やがて余震は仕方ないにしても、日常を生活もままならない程の天災被害にあった他国の民を一時受け入れる事になる。
その事もあって、天災の対策本部をセリサンセウムの王都に置いて、各国の首脳、若しくは代表が集まる事になった。
ただ、南国は遠方という事もあって元々セリサンセウム侵略にも関わらず、天災の被害もあってこちらに来る為の海路も危うい。
そういうという事もあって、参加しないという風の精霊を使った伝達もあり諸国も、不参加は止む無しとなった。
《あの災害時、あの現象を人々は"天災"と表現をしていた。
が、それぞれの国にいるが、殆どが隠遁するように暮らしている賢者達は何かしらの原因があるかもしれない、と、殆ど同時期に各々の国の王に注進もしていた。
だが、彼らは"政に関わってはならない"という絶対の縛りがある。
あくまでも形が残らない様に、今、私達が行っている様な伝達が行われ、伝えられた》
《……彼等ですか》
連絡の手段よりも、賢者を"彼等"とする表現に、リコリスの心に少しばかり違和感を覚えてしまう。
それは、リコリスが生まれてから初めて接した賢者は、人の姿をしてはおらず、耳の長いぬいぐるみの様なウサギの姿していた為でもある。
そのリコの違和感を、母親譲りの紫の左目の能力で感じ取れてしまう国王は、今まで緊張を孕んでいた空気を緩ませた。
《セリサンセウムという国では、リコリスと言うべきか、一般的に賢者という存在を知っていても、直接会った者がいないのが殆どだから仕方がない。しかも、"初めて"があの賢者なら、人間という形で呼びかけたなら、そのような気持ちになるだろう》
無言のテレパシーでの会話ながらも、国王は苦笑いを浮かべたなら、リコにしては珍しく自然に微笑みを浮かべていた。
《そうですね、賢者という方と、それこそ現在関わらせて貰っている"ウサギの賢者"殿が初めてで、他の方を私は存じ上げませんから。
でも、思えば異国にも"賢者"と言う役割をこなしている方はいらっしゃるのですよね。その、"人"の姿をなさって》
《ああ、禁術をかけてウサギの姿をしている賢者の方が珍しい。まあ、禁術をかける許可を出しているのは、国王たる私なんだが》
人という言葉で、緩めていた空気を改めて引き締めるように国王は苦笑いを引っ込めて、話しを再開する。
《さて―――取りあえず、天災の時の話に戻そう》
それからは、国王は先王である父親と瓜二つと言われるキリリとした太い眉の間に、深く縦のシワを刻み、黒と紫の眼を閉じて話は続けられた。
《各国の賢者の進言もあり、セリサンセウムで行われた首脳の会議では、天災の原因解明の為にある場所に各国の少数精鋭の者が向かわせることになった。
……ある場所と表現するのは、これはセリサンセウムに限らず、"世界の機密"となる、悪いがこのまま話を進めさせてもらう》
《はい、存じ上げております。その―――大叔母シトロン・ラベルが魔術と医術両方を使えるという事で、従軍いたしましたので、覚えております》
リコリスの返事に、国王は相変わらず眼を閉じたまま頷いた。
当時は魔術学校の学長を引退していた大叔母のシトロンが、国軍の医術師として従軍する事を、双子の兄でもある祖父のシトラス・ラベルが心配していたのを覚えている。
《ああ、彼女はこの調査で随分と活躍をしてくれたよ。彼女がいたおかげで、負傷者の処置はいち早く行う事が出来た。ラベル家には、国王として感謝しかない》
その"感謝"という言葉がテレパシーで届いた時、リコリスは少しばかり複雑な表情を浮かべることになる。
家族や血族、特に双子の兄となる祖父シトラスは大叔母とても心配をしていた。
けれども、でもシトロン・ラベルがこの世界の一大事に、それを解明する命の保証の出来ない調査に参加する事は、貴族としての"ラベル家"の名誉となるという事に、安全な場所から笑みを浮かべいる大人がいたのも、リコリスは見ていた。
大叔母は、彼女なりには"兄"である祖父が、家長となっているラベル家の為に気遣い従軍をしたのもあるかもしれないが、自身の中に迷いがあったなら動かない人だと知っている。
(大叔母様は、厳しい人でもあったけれども、それと同じ位優しい人でもあった。
だから、災害で苦しんでいる人を助けられるように、進んで従軍したに過ぎない)
でも、何かある度に、ラベルの血を少しでも引いた人は、それを自慢の語り草にする。
テレパシーではないけれども、聞こえてしまう配下の複雑な心中を察しつつ、国王は天災の調査についての話しの続き行った。
《そうだな、命の保証のない"ある場所"の調査に向かった、各国の精鋭達は誰も自身の中に迷いなど抱えていなかった》
人の心を拾い読んでしまう、紫の左眼で、もしも参加する事に躊躇っている者がいたなら、代表―――、天災に対する調査のの総責任者を承った身として、調査の前線にはいかせないつもりだった。
それは例え、侵略戦を進めてきた周辺諸国の精鋭に対しても平等に、友としても付き合ってくれている配下から、"暴君"とも例えられる強引さで行う覚悟をしていた。
どんな国でも、自分の命を惜しむ者に、命の保証が出来ない調査に総責任者として向かわせるつもりはない―――そう思っていたのだけれども、調査に参加する意思を示す各国の代表は既に腹を据えていた。
その中でもセリサンセウムの侵略に一番積極的でもあった2国―――ヘンルーダの英雄と、調査に向かう中では最年少となるサブノックの"英雄候補"の青い髪の少年が、総責任者として印象に残っていた。
ヘンルーダの英雄は、己と同じ黒髪ではあるが短髪の、どことなく曲のある人物だと心を拾い読める距離に接した時から、感じていた。
"大戦の四英雄"とも、侵略戦からして幾度か既に接し戦っているらしく、セリサンセウムの一番年若いアルセン等は、初陣の際に彼に"放り投げられた"という報告を受けている。
加えて、年齢もそんなにセリサンセウムの王の己と変わらないのに、ヘンルーダの英雄は既に結婚をしていた。
しかも、細君は臨月だ調査に加わるという事で、伏せていただろう情報を心に浮かべて、責任者でもあるセリサンセウムの王である自分にに拾い読ませた上で、腹が座っている事を知らせていた。
そして、更に印象的に残ったのは青い髪の最年少のサブノックの英雄候補だった。
心を拾い読める事は承知していたのだろう、ただ、"セリサンセウムへの恩を返させていただきます"と強く心に思い浮かべた上で、それ以上は拾い読めない様に魔術的な壁を作っていた。
そうやって覚悟を決めてくれている事で、総責任者として調査を命じる立場としては、有難いとも思った。
その上で調査の先陣を託すのは、自分の国の英雄となる。
《……自分の国の英雄を自慢するわけではないが、セリサンセウムの”大戦の英雄"となったグランドール、アルセン、ネェツアーク、そして残りの1人の4人も、覚悟は出来ていた。
そして、その4人が先ず、各国の賢者たちが注進した"天災の原因"があると思われる、"命の保証が利かない、"ある場所"に向かってもらった―――》
そこから再び、時間はそれほどすぎていないのに、感覚的には久しぶりとなる炎の精霊の気配をリコリスは感じる。
《さて、もしかしたら、可愛がっていたリコリスには、話さないにしても伝えていたかもしれないと考えていたのだが、ここまで話しても、全く無反応。
やはり、自分の胸に納めて旅立ってしまった様だな、流石シトロン・ラベルといった所かな》
(……ああ、ここからが、本当の意味で"形残るやり方で、この情報を伝えるわけにはいかない"という所なのね)
テレパシーにするまでもなく、リコが思い浮かべた事を拾い読んで国王は頷いた。
《ここからは、結果のみを文字で伝えよう。まあ、皮肉な事に各国の賢者達の言っていた通り、その調査は"命の保証"が利かない場所にになってしまったんだがな。ここからは全て現状を見た者達からの情報だ》
そう言って人差し指だけをスッと水平に引いたなら、国王に惹かれて待機していた炎の精霊が空に文字を刻み始める。
"セリサンセウムの英雄はある場所の入り口に辿り着いた時、4人の英雄は2組に別れた"
"グランドールとアルセン、そしてネェツアークともう残り1人の英雄"
"途中、グランドールとアルセン組は正体不明の"何か"に襲われて、アルセンは足を負傷して、グランドールが抱えて、ある場所に辿り着いた"
"そこは一面の白い花畑だった"
"どうやら、先にネェツアークともう1人の英雄が辿り着いた様だった"
(それなら、これはグランドール様かアルセン様が見た話という事なのね)
国王に読まれても構わない思いで浮かべて考えに、今回に敢えて反応はされずにテレパシーの返事は返される。
《……私は、総責任者としてうちの四英雄達が辿り着いてから、"ネェツアークから、無事に辿り着いた"と報告を受けてから、うちの賢者を含めて他国の賢者が限定的に使える移動手段でそこに向かう事になった。
これからは、私達―――私を含めてた、調査の第2陣がその場所に辿り着くまでに、セリサンセウムの英雄4人の間で起こっていた現象だ。
あくまでも、見ただけの"情報"だ》
そう伝えられた後、これまで形作られた炎の精霊の文字は瞬く間に消え、そして次の文字が浮かぶ。
"小刀のネェツアークを象徴のする、2振りの小刀がのもう1人の身体を貫き、背の方にその刃先は血塗らてれいた”
『―――え』
"形の残るやり方で、この情報を伝えるわけにはいかないのでな”
という命令を忘れていたわけではない。
"気が付いたなら出ていた”
正しくそんな感じで、声を漏らし、その動揺も心が拾い読める国王は読めていたので、一回払う様に大きな手を動かしたなら、先程声を漏らす事になった炎の精霊の文字は消えた。
そしてその場に新たに文字が浮かび上がる。
"ただし、小刀は刺さり貫いていたが、"ネェツアークがもう1人を刺した"という場面には、少なくとも残り2人のグランドールとアルセンには見えなかった"
先程の文字に動揺し、声を出してしまったけれども直ぐに心を落ち着かせて、浮かんだ疑問をテレパシーを送る。
《……陳腐な例えですが何かしらで、仲間同士の争いという事はないのですか?》
《それは、ない。
"仮"にだ、あるとしたなら
"もう1人の英雄なら、ネェツアークを刺し殺せる"だな。
"ネェツアークがその英雄を刺し殺す"という事が、"大戦の四英雄"の間ではありえなかった。
……ネェツアークと、もう1人の英雄は、そう言う関係だった》
リコリスの質問は即答で否定された上で、そんな情報を付け加えられた事で漸く気が付く。
(アルセン様と大農家のグランドール様が親友で仲が良いという事は聞いていたから、それで組を組んでいたと思っていた。
けれども、ネェツアークと言う方と、もう1人の英雄という方が"親しい間柄"でもおかしくはない。
……もしかしたら、アルセン様とグランドール様以上に親しい間柄だったという事?)
考え込むリコリス心の声は聞こえるし、凄く真面目に向き合ってくれているのは解るのだけれども、"今一歩"、到達して欲しい結論に踏み込んでいないようなので、国王はテレパシーを飛ばした。
《……余計なお世話かもしれんが、リコリスはどうやら恋愛の経験の方は乏しい……いや、この場合は"興味が無い"という事になるのかな。
話しを勧めたいから、簡単な例えを使おう。
ネェツアークとそのもう1人の英雄は、私の両親の様な関係だった。
流石に知っているだろう?。
グロリオーサ・サンフラワーがトレニア・ブバルディアに求婚し、平定を終える前に既に夫婦の関係を結んでいた。
まあ、成人していたうちの両親と違って、流石に子どもは授かる間柄にまではいってはいなかったようだが》
そう例えを伝えたなら、少しだけ頬を染めた後に、ネェツアークと、そのもう1人の英雄が辿ったという現実に困惑を極めた様な表情を、その理知的に整った顔にリコリスは浮かべていた。
リコの"どうしてですか?"という言葉を連想させるその面差しは、十数年前、何とか"調査"を終え、天災が納まった後に、残った己が王となる国の、残された英雄達を思い出させる力が十分にあった。
―――どうして、ネェツアークは、こんなことになってしまったのですか?。
調査を終えて、"天災を止めた功労者"として厚遇され、国王である己と同じ馬車の中でセリサンセウムへと向かう帰路の途中。
親友である褐色の大男と併せて3人きりになった時、従姉の天使とも例えられる擦り傷だらけでも美しい息子は、哀しみの為には涙を零せない緑の瞳を限界まで潤ませて、堪えきれない様にそんな言葉を吐き出していた。
そのネェツアークは、様々な"処置"を施されて、直ぐ後続にシトロン・ラベルが指揮を執る医療班の馬車に乗せられていた。
万が一に備えて、"錯乱したネェツアークを抑える役目"としてサブノックの英雄候補の青い髪の少年と、当時王族護衛騎士隊の隊長であったアザミ、そしてシトロンの診療では、恐らく右眼を完全に失明したヘンルーダの英雄も乗っていた。
帰路に就く際、負傷はしたがシトロン・ラベルによって完璧に処置を行われたヘンルーダの英雄も功労者として、同じ馬車の同乗する事を誘ったが、顔の右半分を血が滲む包帯に覆われた顔に笑顔を"へらへら"と浮かべながら断られた。
―――折角、やっと、名誉の負傷っぽい物が出来たんだ、このまま"汚名返上"というか、"挽回”させたまま、天災の調査にも役に立たなかった負傷者として扱ってくれ。
それから、ふと真面目な顔を作って年の近い異国の英雄は更に続ける。
―――セリサンセウムへの侵略戦失敗して、同盟国のサブノックは多くの名将・武人を喪っていながら、ヘンルーダ唯一の英雄の俺だけが五体満足。
―――しかも、故郷に帰ったなら、政略結婚ながらも美人で出来過ぎな嫁さんに、多分子ども産まれている。
それから血の滲む包帯に覆われた自分の右半分の顔面を抑えて今度は弱々しく笑った。
―――面の皮は人の何倍も厚いつもりだが、厚すぎてもいた面を”壊されて”、ホッとしている。
《だから、異国の英雄なんかより、自分の国の英雄を見てやりな、王様》
聞き様によっては軽口にも聞える言葉を出しながらも、心配を込めた込めた伝言を心には浮かべてくれていた。
それから、さっさと後続の医療班の馬車に、待たせていたのか待っていたのか判らない、鍔のやけに広い帽子を被ったサブノックの英雄候補の青い髪の少年を促し、乗ってしまっていた。
"自分の国の英雄"という言葉に、先に馬車に乗せていた友人と親戚で、付き合いの上では配下となる2人の方に、視線を向ける。
両目が紫色で、人の心を具に読めてしまっていた母親程ではないけれど、”どうして”と強く思っている心の声が、左眼を通じて聞こえてきていた。
それは馬車の中に限らず、調査が終わったとして撤収を行っている現場で、自分の国の兵士を含めて、調査に志願してくれていた異国の兵士達の間にも、大小に拘らなかったなら際限なく、抱えている誰もが抱えている疑問の声だった。
―――本当に"どうして"なんだろうな。
それは、現場に赴き起きた事実を取りあえず受け入れた、国王も同じ気持ちで幾度も胸の内で呟いていた。
セリサンセウムの英雄として侵略して来ようとする周辺諸国を退けたと思ったなら直ぐ様に、世界規模の天災が起き、そのまま国の代表として調査の本格的に行う前、仲間内だけで密かに行った"結婚式"。
その事も、調査に向かっている報告のついでの様に、王としてではなく、友として髪も眼も鳶色の友人は、私用の魔法の紙飛行機で以て報せてくれていた。
"帰ってから、「見習いパン職人」と「見習い花屋」を含めた仲間内で、また祝ってくれ"
相も変わらず不貞不貞しい内容だったけれども、何かと気にかけてくれていた腹違いの弟も忘れずに書いてくれていた。
そして、次に届いた軍専用の紙飛行機には配下としての報告があった。
"目的に、到着した。
どうやら、グランドールとアルセンよりも先に着いたらしい。
賢者たちの言っていた通り、白い花畑だ。
取りあえず、残り2人の到着を『夫婦』で待つよ"
という少しばかり惚気が入った連絡が届いた直後、世界中に影響を及ぼしていた天災が一斉に納まったと連絡が入り始め、共に不安定になっていた精霊達が一斉に落ち着きを始めた。
賢者は発言はなかったけれども、精霊術を得手とする各国の魔術師や魔導士が各々の土地から"安全"になったという報告を次々と飛ばしてくる。
この状況に、総責任者として賢者が最初助言した"命の保証が利かない"場所からの調査の引き上げを、各国の代表に告げ提案し、自身も迎えに赴くと口にする。
最初、保守派からは総責任者が自ずから向かう事は剣呑であるとも訴えられたが、1人でも、国に隔たりなく、この調査に志願してくれた人を無事に帰還をさせたいという思いがあった。
かつて父の親友が造った仕組を、セリサンセウムという国に対して良からぬ目論見を持っていた国もありはしたけれども、殆ど強引に近い形で盟約を結ばせていた。
ただ、当時の盟約に結ぶに至った際に、その国の執政に関わって来た人々は現在では、恐らくもう現役を退いている。
今回主力で調査に加わった人々は、当時殆どが未成年若しくは幼い子どもで、最も好戦的な対応していたサブノックに至っては、英雄候補となっている青い髪の少年は、この世界に誕生すらしていなかった。
考え方として正しいのかどうかわからないけれども、吹っ掛けられた侵略戦をセリサンセウムの英雄の活躍のよって退けた終戦より、世界中を襲った謎の天災被害を、各国の英雄とその候補、そして支援してくれた人々と共に乗り超えた―――。
そう言う形で、侵略戦の勝敗についてはそれほど大事にせず、世界に国同士が争うような事はなくなったという事で済ませたいという目論見が、国王として持っていた。
国として戦争以外の手立てで、諸国と外交交渉をこれからも続けて行く事になるが、平定の頃とは時勢も違う。
そして"セリサンセウムは侵略を受けたが、国の英雄が停戦にまで持ち込んだ"という外交手段を、相手方に遺恨を残さない程度に使おうという考えもある。
それこそ、平時の鳶色の友人が傍らにいたなら、"甘いなあ"と言われそうな考えであるのも判っているつもりであった。
ただ、人柄や得意とする事も、まるで違うのだけれども"両親"を感じさせる"英雄の夫婦"となった友人達がいるだけでも、例え国王自身が嫁も迎えず、まだ身を固めていない事を周囲に批判されたとしても平気だと思えた。
親となるグロリオーサとトレニアは、時間をかけ、途中助勢者として加わった賢者の後押し(唆し)があって、漸く互いの気持ちを確認した後に結ばれた。
両親が互いにどんなに相手を思い遣っていたかは、それこそ母親譲りの紫の眼でその想いを拾い読んで知っていた。
そしてネェツアークという人物が、鬼神とも例えられた父親グロリオーサが母トレニアに向けた想いと同じ様に、伴侶となる存在を狂おしい程、愛している事は知り合った頃から、その心の声を聞く事で解っていた。
ただ過去に1度どういう流れか当事者達にも判らないが、一時ネェツアークの伴侶となった人物が、当時まだ王太子だった己の"伴侶候補"という噂が上がった。
その際には、英雄候補であった鳶色の人は本気で数度、王太子の命を狙いに来ていた時期もあった。
しかしながら、当時の王太子だった人は周囲には、"信頼できる配下に頼んで、日常的に暗殺から身を守る為の訓練をしている"と尤もらしく理由を嘯き、予防線を張っていた。
そして鳶色の男の見事過ぎる手際によって、当時は特に決定はされていないながらも、優秀な筈の王の護衛騎士達は翻弄される。
その事を周囲は危惧していたけれども、国王自身は母親譲りの心を読む力と、父親譲りの武芸のセンスのお陰で、"訓練”と言い張り、命を狙うこの国の英雄を往なしていた。
加えて稀に”本当に本物の暗殺者”存在した際に、”先を越されてなるものか”と、鳶色の方は相手をするのが簡単な方―――暗殺を目論む方を始末していた。
ある意味、正気では理解し難い事が、セリサンセウムの王と英雄の間で一時行われていた。
―――命を狙う位の気迫で来られないと、いざ”本番”という訓練の成果が出ずにが役に立たない。
結局、この件については国王が"訓練"という言葉で笑い片付け、済ませてしまっていた。
やがてネェツアークの伴侶となる英雄も、幾度か説得をしていたが、鳶色の人は素直に話を聞くのだけれども、従うつもりが全くないのが心を読める王様には判っていた。
でも、その伴侶への恐ろしい程の執着と愛情が、”鬼神”とも例えられる父親が母親に注いでいた想いにも、心が読める力があるからこそ、とてもよく似ているのが判った。
だから、無意識に両親を重ねて、この2人が並んで傍にいられる日々が続いて欲しいとも勝手に願ってもいた。
そこまで想い"愛しているのが解っている"から、ネェツアークがどういう経緯にしろ、その伴侶を喪ってしまったのなら、"使い物にならない程狂ってしまった"という事になっても、大きな動揺はしなかった。
最愛の伴侶を喪う事で、"成るべくしてなった"結果だと思えた。
ただ同じように鬼神とも呼ばれる父が最愛の伴侶を喪っても、心をこの世界に留める事が出来たのは、自惚れではなく家族で、息子である己と、"母"が望んで迎えた新しい家族となった夫人、さらに腹違いながら、可愛らしい弟が産まれていた事もあったと思う。
母は最愛の伴侶であったけれども、親友でもあって、その繋がりに続く"平定の英雄"と呼ばれ人達がまだ残っていた。
そして、母が何よりも望んだどんな子供でも希望をもって、健やかに成長できる国の"王様"であるのを、父グロリオーサ・サンフラワーは、止める事は出来なかった。
ただネェツアーク・サクスフォーンにも、親友と呼べる人々が―――共に、大戦の英雄と呼ばれる事になった、グランドール・マクガフィンもアルセン・パドリックもいた。
けれども、最愛の伴侶を喪い現実から逃げ出してしまった心を引き留める迄には、その力は及ばないし、追い付くことも出来なかった。
それでも"親友"という役割を弁えている2人は、現実を受け止めることから逃げ出してしまった、仲間の心を多少強引に縛り上げ、留める事には成功する。
奇しくもその方法は、旅だってしまった英雄が"万が一に"と備えてアルセン・パドリックに、託していた方法だった。
""大戦の英雄"の名前の知られていない英雄が、同じ英雄のネェツアークの小刀によって、白い花畑のなかで貫かれ恐らく絶命していた"
"―小刀の持ち主で、絶命した英雄の伴侶であるネェツアークは、その事に正気を保てずに錯乱していた"
"錯乱する直前に、到着したアルセンとグランドールが多少暴れたが組み付き抑え込んで、ネェツアークの意識を失わせることで、取り押さえた"
"そして、そこで世界中で発生していた天災の被害が治まったこと連絡が、入った事で調査に行っていた一同は引き上げる連絡が届く"
"ただ、"命の保証"が出来ない場所において、グランドール、アルセンがみる限り絶命している親友の遺骸を持ち帰る事は、困難に思えた"
"やむを得なく、もう1人の英雄は白い花畑の中に残し、伴侶を喪い錯乱したのを取り抑えたネェツアークを抱えて、撤収することになった"
"ただ、その撤収も"命の保証"が利かないだけあって、撤収の援護に来ていたヘンルーダの英雄が右目を失明させる出来事もあった"
そこまで、国王は端的に炎の精霊の文字でもって、"伴侶を喪い錯乱した英雄"に呆然としているリコリスの眼前の空に次々に記していく。
そして文字を記していく度に、呆然としながらも理知的な印象を与えるリコリスの眼が、眼鏡越しでもその内容を読み取ってくれているのも、心を読み拾い上げる力で把握していた。
《―――最終的な結果として、世界的な天災においての調査で負傷したのはヘンルーダの英雄の右眼だけという形になった》
再び手を払うように様にして、炎の文字はかき消しつつ、最後にテレパシーでそう伝えたなら、リコリスは"ハッ"としながらも、直ぐに怪訝な表情を浮かべる。
《その"小刀のネェツアーク"殿の伴侶でもあり、"旅立たれた"英雄の方の事は、どうして公になさらなかったのですか?》
当時の事を思い出したなら、天災の原因が各国の英雄及び英雄候補の力によって解明され、解決したという事が号外でばらまかれた事ならよく覚えている。
ただ、その功労者達については、感謝はしてはいたけれども、世間はそこまで騒がず、浮かれもせずに、直ぐに世界中で意識は、大災害からの復興へと切り替えられていた。
そんな中で、比較的余裕のあったセリサンセウムという国で、貴族達が誉れだ名誉だと浮かれるなかで、戻ってきた大叔母が冷めた眼で縁戚を眺めていたのを覚えてもいる。
しかしながら、ラベル家の当主と双子の実の兄として祖父シトラスが、幼いリコリスを伴って調査について労いと感謝の言葉を口にしたなら、小さくではあるけれど微笑んでくれていた。
そして、信頼している双子の兄で、ラベル家の家長でもある祖父にも、大叔母は調査については、何も語らず沈黙を貫いていた。
リコリスの掘り起こした記憶を拾い読み、"希代の魔術師"と呼ばれた人に敬意を払いつつ、これまで公にしてはこなかった内情を、今回関わることなった治癒術師に打ち明ける。
《元々、公にしないことが"2人の希望"だった。
侵略戦が終わり、セリサンセウムに再び平和がもたらされたなら、この国に住む者として英雄の役割をこなしはするけれども、必要ない限り静かに暮らしたい。そして、もう1つ希望があった》
もう1つの希望ですか?》
アルセン・パドリック、グランドール・マクガフィンの両名の姿はそれぞ見かけた事があった。
けれども、名前だけはつい先程知ったネェツアーク・サクスフォーンとその伴侶となったという英雄は、男女のシルエットで思い浮かべることぐらいしか、リコには出来ない。
《ああ、元々、その残りの1人の英雄が多少無理をして英雄になろうとしたのも、希望―――というよりも、その目的があった上だった。
極力世俗のことに関しては関わりたがらなかったネェツアークも、惚れ込んでいた相手がどうしても叶えたい、希望で目的の手段として英雄という、名前が世界中に知れ渡る事になりかねない事を不承不承、了承したに過ぎない。
まあ、別の意味で、少しばかり有名になってしまったがな―――》
《別の意味で、有名というのは―――?》
リコが疑問のテレパシーを返した途端、ポニーテールに結ってある、シルバーブロンドの髪が熱風によって舞い上がる。
《―――!》
先程の比にならぬ、セリサンセウムの王の力によって呼び寄せられたしまった圧巻の炎の精霊の気配を感じとった。
それは燃え盛る火に近づき過ぎたのと同じ様に、肌をチリチリとした痒みの様な熱を伴う痛みすら与えてくる。
それなりに場数を踏んでいる王族護衛騎士で、治癒術師の動きを固めてしまう迫力も圧力も与えつつ、炎の精霊は幾度目かの真紅の文字をリコリスの眼前に、これまでになく大きな形状で刻みあげる。
そして、文字が読める形になったと同時に、リコリスの心は読みあげていた。
《英雄殺しの英雄、ネェツアーク・サクスフォーン》
その赤々と熱を発して輝く文字が、謁見の間の中で真紅の炎の精霊で以て紅く明るく灯らせる事で視界に入る影が、先程リコリスが想像し思い浮かべた、2人の影に結びつく。
次に思い浮かべるのは黒い影の男が、二振りの小刀を握っているままで、女性の影に近づいて、その身体を小刀の影で以て貫いた。
けれど、リコリスが連想してしまった"影の劇"を真っ向から否定する様に、国王のテレパシーが続く。
《……だがな、ネェツアークがもう1人の英雄を殺めたという、その"現場"を見た者はいない。
それにその英雄の死を確認したのは、医術に関しては初歩的な医学しか持ち合わせていない、遅れてやってきた英雄達2人だけだ》
《初歩的な医学しか持ち合わせていない、遅れてやってきた英雄達2人と仰りますが、多分"普通の人"よりは、人の死に対面していらっしゃると思います。
だから、そのもう1人の英雄の方に対して接し”亡くなられた”と感じたのなら、その判断は間違ってはいないと思います。
更にネェツアーク……某殿が使っていたという小刀が、"刺した現場"ではありませんが、”貫かれていた"という場面を見ていたのですよね》
リコリスはテレパシーで返答しながらも、"調査"が行われた後に起きただろう出来事の予想に、まだシワには縁遠い眉間に縦シワを作る。
"結局もう一人の英雄をネェツアークが本当に殺したのか"、
"そもそも、確実に死んだのを確認したのか"
といった水掛け論の様なことは、当時散々行われたに違いないという結論も、心に直ぐ浮かぶ。
返答と、リコリスの心に思い浮かべている内容の両方を拾い読んで国王も頷く。
《ああ、その通りだ。
リコリスが言った様な事を言葉にしたのは、どちらかと言えばネェツアークに対して余り良い印象を抱いてはいない者―――というか、彼に色々痛い所を掴まれている輩、しかも複数いた。
そちらが展開した持論だ。
国や世界を天災から救った事に対しては、普通に感謝をしてはいたがな。
だが、何にしても、命あっての物種だ。
その命の安全が保障されたなら、途端に自分の身の保身に意見を翻す》
普段から豪快な印象の強い国王が、珍しく非常に面倒臭そうな表情を浮かべる。
その後に、国の一般的な民や、貴族でも短髪が多い中で、"伝統"という父親も生涯長くしていた髪と同じ様に伸ばしている黒髪を、面倒くさそうに一度掻いて更に続ける。
《けれども、安寧の世の中になったなら、ネェツアークが掴んでいる情報は自分達の息の根を止めるまではいかないが、それまで行っていた、世間的には十分叩かれる"狡い事"の証拠でもある。
ネェツアークという人物の性格を説明をするのは、かなり時間を食うので、特徴的な所をいうなら、"誰にも迷惑かけないズル"は許容はするけれども、その逆は好まないし、嫌悪もしている。
だが、基本的に面倒くさがりであるので、余程の事はない限り、その掴んだズルをちらつかせて、"自分が損をして、相手に迷惑を被らない狡"を行うなら、見逃している節もある。
……まあ、どうしても潔癖な生き方は出来ない性格だな》
配下でもあるが、友人ではあるというのは、これまでの話しの流れで承知している。
恐らくは無意識の範疇で庇うような国王の言葉に、唐突ではあるけれども、安心している自分にリコリスは気が付いた。
そして、国や世界を天災から助ける行いをしたとしても、自分にとって都合の悪い事を行う存在を出来る事なら、排斥したいという考えに嫌悪感を禁じ得ない。
(私でも考え及ぶような事を、思いついた輩はいた訳で、しかも弱味を握っている人物が、最愛の伴侶を喪い、錯乱している状況に、自分達だけの都合の良い様に話を運んで行こうとした。
ネェツアーク某の存在が憎いわけでもないけれども邪魔で、日常で支障のある距離にいたなら、折角平和な国となったのに自分達に都合よく狡など出来ない。
それなら、"仲間の英雄"殺した罪を着せ、永遠に出来る事なら口出しを出せないような立場に関わりもさせない様にもしたい)
《……その者達にしたなら自分の国であるセリサンセウム侵略戦も、世界規模の天災も嫌だったが、それが終わった思ったなら、致命傷はないが弱味を握られている状態。
状況が改善されて、やっと世界が落ち着いたとおもったのに、自業自得で招いた事であるのにそれをどうにかしたいと思っていた。
そこに”運よく”口が回る事でも有名でもあった、ネェツアークが全く状況の掴めないが錯乱状態で戻って来た。
そこにつけ込む―――そういう行動に走るのは、仕方がないという所だろうがな……》
きっと、当時もそう言った人々を相手にしてきただろうし、保身に走る臣下の心の胸の内も夥しいほどその紫の眼で拾い読んでしまっていただろう国王は、思いだしただけでも溜息をつけるのを堪えているのが窺がえた。
《結局、その錯乱したネェツアーク・サクスフォーン殿はどうしたのですか?。
どうやら、大叔母シトロン・ラベルが関わったといった様な記憶は、幼子であった私は少なくともありません》
過去に”行われた水掛け論”に、気持ちを煩わせても何なので、リコリスの知っている事実で話を進めさせて貰った。
《……王都に戻ったネェツアークは、未だに軽く錯乱していた事もあって、残った英雄アルセンが母親で私の従姉でもある、バルサム・パドリック公爵夫人と共に、完全看護の元に引き取った。
パドリック公爵夫人なら、母子の力を以てして魔力込みで伴侶を喪った心の痛みも看てやれた》
《……ああ、そうなのですね》
その名前と、彼の家族についてならつい最近調べて知った事で、過去のことながらも本当に適切な判断をしたものだと、王族護衛騎士でもあるけれども医療に携わる存在としても思える。
敬愛するディンファレを通し、リリィと出逢うまで国の英雄に関しては、一般常識の範疇の"知識"でしかリコリスは掌握してはいなかった。
後は実家の都合もあって貴族としての社交界の情報を、軽く知っていた程度だった。
今回、"人攫い事件"に改めて警鐘を鳴らす手伝いをさせて貰った事で、暦を見れば当たり前なのに、当人を見たなら三十路を超えているというの俄かに信じられない、アルセン・パドリックと縁が出来る。
その事で改めて、僅かばかりながら自分の住んでいる国のアルセン・パドリックという英雄の存在に興味を持って、丁寧に調べた。
父親が"平定の英雄"であり母親は天才的な魔術の才能を携えた婦人で、両親の血の影響もあって、本人の才覚もあったのだろうが、並々ならぬ努力を行ってきた上での、その立場で役割なのだと知る。
また蛇足的情報で、どうしても男性ながらも美人の表現がしっくりとくる、その見た目麗しい姿は、幼少の頃は現在でも可憐な少女の様な母親、現在の凛々しく整った顔は肌の色以外は父親譲りだとされている。
その時点で、アルセンには決して口に出すという事はないけれども、少しばかり自分と"似ている"とも思ってしまっていた。
リコリス自身は、祖父シトロン・ラベルがかなりの魔術師と学者で貴族としても有名ではあるが、その妹で大叔母シトロン・ラベルがそれ以上に魔術師としては国を代表として名前が筆頭に上がる程であった。
そして、祖父シトラスから幼少の頃から、よくリコリスは言われている事があった。
『リコリスはシトロンの小さい頃に、似ているねえ。
それでシトロンは、リコリスの中身は私にそっくりだと言う。
確かに性格は私に似ているかもしれないけれども、魔術の才能はシトロンに似ている思うんだけれども』
勉学の方面に関しては、祖父大叔母の双子共に優秀だったというのは、リコリスも話に聞いてはいるだけれども、どうも祖父の方は性格的に比較的穏やかだったと伝え聞いている。
その代わりという訳でもないのだろうが、シトロンは綺麗な顔立ちながらも、"切れる"という怜悧の印象の方が先に立つ人物でもあった。
その怜悧な印象を、外見を伴いリコリスもそれなりに引き継いだ―――筈なのだが、交友関係に置いては親しくなればなるほど、大叔母の評判には決してなかったが、祖父についてはよく例えに使われる"天然"と言う部分を口に出されるようになった。
家族の誰かに性格が似ているという事なら、きっと誰にでも当てはまる事でもあるのだろう。
けれども、理論的には例えるのが困難だけれども不思議と何かしら縁づいている様な、強い印象を受けてしまっていた。
そして、印象を受けてしまったゆえに、いつもは綺麗な表情を浮かべて紳士としての振る舞いを行っているが、リコの相棒ライヴ・ティンパニーからは"腹黒貴族"という評価をされながらも涼しい顔で受流している人の過去に、心が痛んだ。
幼い頃に最愛の父親を、その命を庇われる形で喪っていた。
それから"平定の英雄"で国の宰相であった父親という後ろ盾がなくなった事で、衣食住にこそ困りはしないが、何かと評判が付き纏う貴族社会の中では非常に生き辛い日々という事は想像するに容易かった。
リコリス自身も、祖父に大叔母に似ていると例えられる性分の為に、治癒術師と護衛騎士を志すと決意して、親族会議で以て決意を表明するまでは"貴族の淑女として"という役割を熟さなければいけない事に、幼心に心が磨り減るような日々を送っていた。
最愛の親を喪うという事に比べたなら、その辛さを比べるものでもないのだろけれども、
"自分には貴族の世界がそぐわない"
と、決意し発言するまでの望まないのに纏う華やかなドレスと、行儀作法ばかりの日々の中での息苦しさは、リコリスにとっては本当に辛くて、苦しかった。
そんな中で、幸いなことはリコの年子となる妹がその事を応援してくれ、彼女は"貴族社会"と相性が良く、そしてそちらの才能を確実に持っていた。
そこは姉のリコリスに魔術師の才能に一族が眼をかけるように、妹の社交術には大人も舌を巻くようなところがあった。
『姉上が治癒術師の上に、王族護衛騎士とまでなる事はラベル家にとって有益以外の何物でもありません。
幸い、私はお勉強は苦手ではありませんが、好きでもないので、姉上にお任せしますわ。
その代わり、私は姉上の苦手な事を社交界の方を補わせていただきますわ』
齢が二桁にも満たない少女が、治癒術師の資格を取り王族護衛騎士になりたいと言葉を口にする姉の横に並んで、悠然と言ってのけた。
それまでも社交に関して、不手際は全くなかったけれど、気疲れをしているリコリスの傍にやって来て、さり気なく助けてくれたけれども、こうやって言葉に出してはっきりと助けてくれたのは初めてだった。
この姉妹の決意表明が親族一同に認められた後に、どうして助けてくれたのかを、リコリスは尋ねると、妹は年下ながらもまるで大人の様に肩を竦めて、滑らかに語り始める。
『姉上は、いつも優しいお姉さんらしくしてばかりで、素晴らしい姉思いの妹らしいことを、私がさせて頂ける機会がありませんでしたもの。
特に季節で限定扱いのあるお食事の時や、お菓子を頂いた時だって、絶対に私が選んだ後でしか選ばないし。
先程、姉上が自発的にご自分の意志を口にした時に、やっとチャンスがきた。
これは滅多にないチャンスだ、それならば自分で掴まなければと、思いましたの。
いつも控えめで、間違った事がない限りご意見の言葉も口にしない従順な姉が、御自分の進みたい道を、勇気を振り絞って口した。
それを応援する健気な妹として振る舞う。
これまでも、精進してきましたけれども、これで私のラベル家一族での株も一段と上がりましたわ。
まあ、そんな物事の表面しか見ない方には、注意をしなければいけませんけれども。
ああ、それとお勉強に関しては本当に苦手でもありませんけれど、私としては社交界で機知に使える程度、頭の中で賄えば良いのですから。
これで御祖父様や大叔母様の様に、何らかの研究で成果を出すまで学問に向き合わなくて済みますわ』
自分より年下で、まだ"子ども”として世間では認識されない姿と年齢の妹の余りにも滑らかな語り口に、大人達が”舌を巻く”という慣用句をリコリスも体感した。
ただ、食事の選択に関しては、本当に選ぶのが苦手で、出来れば家族が選んだ後で残ったものを選ぶという消去法でやっていただけなのだと正直に口にしておいた。
『だから、いつも貴女が先に選んでくれて、本当に助かっていたのよ、ありがとう』
心から感謝の礼を述べたなら、妹は子どもなりにして貰える化粧で綺麗で可愛らしく仕上げて貰った両眉を上げて、少し大げさに溜息を吐かれてしまって、リコリスが首を傾ける事になる。
『私、今度から姉上のことを”リコちゃん”とたまに呼ばせてもらいますわ』
と宣言されて、姉になるリコリスは反対側に首を傾ける事になっていた。
そして、姉妹は互いの目標を達成する形で、立派に成人した。
ラベル家の姉妹は非常に仲良く―――とは言っても、リコリスの感覚的に"とても仲良く"であるので、滅多に実家に帰らないし、そんなに頻繁に連絡のやり取りをするわけでない―――やっている。
幼い頃のラベル姉妹の決意表明を知らない親族や周囲はなどは、王族護衛騎士の激務と治癒術師としての研究に余念がないリコリスが、実家に顔を出さないのは確執があるからだと噂をしたりしていた。
ただ、妹の方もそう言った"根も葉もない噂"を、どう捉えるかで社交界での付き合いに関しての”篩"代わりにしている所もある様で、姉としてリコリスは感心をし、妹を褒める。
『……そういった所が、リコちゃんが大叔母様から天然"だと呼んだ、所以だと思いましてよ』
そう言いながら、社交界に関して随分と顔の利く妹は、頼まれていた"パドリック家"に関しての資料を、久しぶりに実家に赴いた姉に纏めて差し出していた。
『英雄アルセン・パドリックというよりも、大叔母様と御母堂のバルサム・パドリックとの因縁の方がラベル家としては深ったみたいですわね。色々の興味深い事が判りましてよ。
だから平定前の事まで調べようとしましたの、けれど、そこは貴族という位でも、ある御方から許可を貰わなければ、"閲覧不可"とされました。
何でも国王陛下の直轄部隊のえんも……』
そこでリコリスの妹は、ドレスに合わせて身につけている薄絹の手袋填めた右手を頬に当てて黙り込む。
だが昔から、"社交界以外の事の情報は要らない"と公言している淑女はあっさりと思いだす事を放棄して、姉に伝われば良いと思える情報だけを引き続き伝える。
『何かしら、東の国の諺をもじって作ったという難しい部隊の隊長さんの許可がいるとかで、面倒でしたからやめておきましたわ。
それに、安易に踏み込まない方が身の為、ラベル家のためだと思いましたので』
そう言ったと同時に左手に嗜みとして常に持っている、扇子を小気味よい乾いた音とも開いて口元に当てる。
それから、少しばかり鋭い目つきとなって、"家名を守る使命"を背負っている妹は姉を見つめると、リコリスも利害が一致した事もあるけれど、大切な家族でもある淑女に向かって頷いた。
『……ええ、ラベル家に決して迷惑が掛からない様にするから安心して』
そうして妹が調べてくれたアルセン・パドリックについては、彼が生まれた経緯から現在に至るまでの事。
どういう伝手を使ったのか判らないけれども、妹が調べてくれた情報は結構私生活―――特に恋愛に食い込んでいる内容は多かった。
アルセンの両親は、リコも前以て調べていた通りで、父親は”平定の英雄”アングレカム・パドリック、母親は王族の血を引くバルサム・パドリック。
バルサムの母親が、現国王ダガー・サンフラワーの父親でもある、先王のグロリオーサ・サンフラワーの随分と年上の腹違いの姉である。
鬼神とも例えられた先王グロリオーサ・サンフラワーは、幼少時は王都で過ごしていたがある程度物心がついたなら、バルサムの母であり、腹違いの姉の住む田舎の領地で伸び伸びと育つ。
そこに幼馴染としていたのが、やがて父となるアングレカム・パドリックと後に王妃となるトレニア・ブバルディアと、もう1人仲の良い人物がいたと記されていた。
(もう1人というのは……、何か理由があって情報が伏せられているんでしょうね)
妹から情報を融通してのらったのは、ロブロウに向かう前の事だったのでその名前すら公にならない”もう1人”については、後に十分な情報をリコリスは掌握する事になる。
余談として、後日に掌握した理由は、それは伏せられるべくして伏せられた情報なのだと冷徹でもあるが、それに見合う優しさを持っている治癒術師には納得出来るものだった。
そしてその時知ったアルセン・パドリックの父親となる人物や、やがて平定の四英雄も含む幼馴染の4人の育った環境、及び出自。
それらは現在のダガー・サンフラワーの治世からしたなら、所謂"複雑な家庭"と例えられる物で、そういった"平定の四英雄"の幼少時の出来事が、今という時代に影響を及ぼしている印象をリコリスは受けた。
そして青年とも呼べる時期になって、先王グロリオーサの姉が王都の優秀な文官と縁があって、誕生したのがバルサム・パドリックとなる。
(……随分と、アルセン様の御両親は、お年が離れていらしたのね)
アングレカムは祖父シトラスや大叔母シトロンよりも年上で、バルサムは祖父・大叔母よりも年下である。
そこからはリコリスの妹が先述した通り、平定の四英雄が活躍した時期についてのバルサムの情報が殆ど端的な物だった。
ただ予想するに、結婚するかどうかは兎も角、アルセン・パドリックの両親の出会いは、十中八九立場的にはバルサムの叔父にあたるグロリオーサ・サンフラワーがアングレカムと引き合わせたものだと思えた。
そしてグロリオーサ・サンフラワーに誘われる形で、アングレカム・パドリックを含む幼馴染達は、大きく傾き始める国を立て直す為にレジスタンスを起こし、その土地を離れる。
それでも陰ながら支援してくれる腹違いの姉や、親友アングレカムに懐いている姪バルサムがいる故郷となる場所には、密かに連絡を行っていた。
それが知られたかどうかは定かではないが、突如バルサムが王都に、行儀作法や学問を修める為にと連れていかれる。
年齢的におかしなことでもないのだが、表向きには静寂ながらも、水面下ではグロリオーサ・サンフラワーのレジスタンスとしての動きが活発になり始めた時期でもあったので、まるで人質に取られた様にも見えなくもなかった。
バルサムにとっては"祖父"に当たる当時、国を傾けた元凶とも言える国王の命で逆らえるものではなかった。
そしてパドリック家とラベル家の”初接触”は、その平定の騒ぎの最中に行われる。
当時のラベル家は、暗愚とも後に例えられるその王の治世に、貴族と言えども簡単に潰され戦々恐々として日々過ごしている中、祖父シトラス・ラベルが若くして家督を継いでいた。
勿論大叔母に当たるシトロンは、それを補助する様に貴族の1人、また優秀な魔術師として、国の割り振る役割を熟していた。
その役目の1つとして、彼女は王都の著名人の子息が通う、学校の魔術教師という仕事を勤める事になる。
”どうやらそこで、シトロン・ラベルとバルサム・パドリック―――当時は、バルサム・サンフラワーは接触し、何かしらあった様に思います”
報告の途中で、妹のまるで羽根ペンの硬筆で手本で使われている様な文字で、注釈が加えられていた。




