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お散歩 紳士②

『ヒャッハー、どうやら武器を手にさせてしまう程、驚かせてしまったご様子で、申し訳ありません。

こちらの店に御用事だったようですが、午後から店が閉まっています。

本日商談に使う為に、私が貸し切りにさせて貰っているんですよ』


最初に声をかけられて振り返った時から、剣の柄を握りしめたままだったアルスに説明を兼ねてそう口にした。

貸し切り、ですかとアルスが口にしたなら、今度は詫びの言葉を口にする。


『……何かしら御用があったのでしたら、折角脚を向けてくださったのに申し訳ありません』


詫びの言葉にアルスが恐縮の言葉を口にしていたなら、恩師と大農家を感じさせる特徴を兼ね合わせた人は、アルスとの青い髪の人物の横を、すり抜ける様にして、無言で店の中に入って行ってしまったという。


アルスの気のせいでなければ、仄かに甘い匂いはがその人物から漂っていてそれがアルスに、新たな疑問を与える事になっていた。

だがアルスが疑問を考慮する前に、人通りもあって少しばかり移動したと同時に、再び先程から自分に話しかけている青い髪の人の方から、不機嫌の説明がなされる。


『ヒャッハー、どうも私の連れ合いが無愛想で申し訳ありません。

朝から用事を片付ける為に奔走していて、つい先程、それが終わった事への安堵と共に、どっと疲れが出てしまった様で、口数が極端に少なくなったみたいです。普段はどちらかと言えば、愛想は良い方なのですが……』


恩師に似ている人は疲れているという言葉に、アルスは今一度恐縮してつつも、食い下がって情報を求める。

自分の事を護衛騎士だと知っていた理由、若しくは先に武器屋に戻ってしまった恩師に似た人の情報が何かしらでもいいので欲しかった。


『―――連れ合いは、商談には"付き合い"で、参加するだけです。

先程も言ったどうしても片付けなければいけない用事があるからと、慣れない異国のセリサンセウムに赴いて、色々見回って疲れたと口にしていましたから。

それに彼は南国出身なもので、急に変わった環境にどうも喉を痛めてしまったらしく、冷やしてはいけないと、初夏の陽気だというに、あのように顔全体を保護しているんです。

でも、あの肌の色では直ぐに南国出身だとわかってしまいますがね』


すると予想外に、青い髪の人物が恩師に似た人物に事について、情報を与えて貰ったのだけれども、アルスの方は"南国出身"という言葉に大きく戸惑う。

一方、青い髪の人は、"あ、そうなんですか?"というアルスの短い反応に驚いている様だった。


『……おや、異国の方とは思いませんでしたか?』

『服装が違うので、それはもあるかもしれないと考えましたけれど、最近はお洒落というか、様相で異国の服をつける方もいますから』


そして"アルセンに似ている"という情報を、アルスは青い髪の人に対して伏せていた。

それから日頃は、出来る事なら相対した人でさえも、"下げる"印象を与える言葉を使う事を控えるアルスである。

でも、アルセンの名前を出すまいとしてしていると、青い髪の人物から舌打ちの様な音が聞こえた様な気がしたと、恩師と女将さんに話す。



『……そうですねえ、セリサンセウムは世界各国から多様な方々が集まっている。

確かに、異国の服はお洒落の延長、自分の感性や個性を表現する一部分として使われる事も増えているのかもしれませんね』


ただ舌打ちをした相手は、その後も愛想よくそんな話をアルスに続けたという。


再び十露盤をジャラリと鳴らしたのなら、青い髪に垂れ眼の人物は、身体全体を包む様にしている深緑コートから、一目で判る"サブノック"という国の民族衣装を纏っていた。

アルスが国の名前を口にした時、アザミもアルセンも約束どおり声は出さないのだけれども、眼に見えて判るほど"やっぱり"と言う言葉を連想させる表情を浮かべている。


(アルセン様もアザミさんも、"サブノック"の人という事は、自分が最初に言った時からある程度予想出来ていた?)


『ヒャッハー、自分の国の誇りを以てその装束を纏っているとい方々も一定数いらっしゃることは、最近の若い方には判りずらい感性なのかもしれませんねぇ』


『自分の国の、誇りですか』


そんな会話を交わしている内に、サブノックという国の民族衣装を纏った鍔の広い帽子を被った人物が、兵士の自分と同じ様に身体を鍛えているも察する。


そしてこの人物の正体が判らないながらも、ある知り合いの人物を感じさせることに気が付いた。

けれども、どことなく決定的に違う所もあるとも思えた。

その違いが判らない事に、心に靄がかかった様な気持ちになり、無意識にそれを晴らす方法をアルスは模索し、口を開いていた。


『あの、1つ尋ねても良いでしょうか?、どうして自分に最初語りかけてきた時に、その、僕の役目が護衛騎士だと判ったんでしょうか?。その、確かに自分は軍服を身につけてはいるんですけれども』


青い髪の人物と似ていると感じさせるアルスの知人である髪も眼も鳶色の人は、"情報を拾う"という例えを良く使っていた。


でもこの人物、その背の高い身体を(こうべ)を下げる程度にはするかもしれないけれど、"拾う"程、その長い身体を曲げないような気がアルスにはした。

出逢った時には鳶色の―――ネェツアーク某に似ている雰囲気に意識を取られていたが、こうやってアザミやアルセンに伝える事で、青い髪の人物の慇懃で古碑が低いながらも誇り高い部分を抱えている様に感じる。


『そうですね、簡単に言ってしまえば、君がつけているその腕章です』


それでいて、似ていると感じさせる部分として、"アルスが護衛騎士だと判った理由"として説明する為に左の腕につけている腕章を示した、青い髪の人物の指がある。

武器を使い込み、修練は欠かしてはいないだろうから出来ている"タコ"がある。


今話をしているアルセンも白い手袋に覆われているが、その下にあるのは知っている。

何らかの武器を使い込み、修練は欠かしてはいないだろうという事を考えながら、自分の腕章を指さすサブノックの装束を纏った青い髪の人の話を聞いていた。


『君がつけているその腕章に、セリサンセウム王国の"向日葵と獅子"の国家の印が記されているのと、そこにさらに付け加えられている紋章です。

"楓の中に鎮座する金色のカエル"

つい最近ですが軍隊嫌いのこの国の最高峰の賢者殿が護衛騎士を着けた。

その賢者が、自分の護衛部隊の紋章として使っているのが、それだという情報を”買い上げ”ました』


情報を買ったという言葉が、アルスという少年にとっては身近なものではなくて、聞いた当初は、思わず鸚鵡返しに繰り返していた。


『……”買いあげた”、ですか?』

『ええ、私は”商人あきんど”ですから、所謂、商人です。買って”得”だと思える情報は、言値で買い上げる事もあるんですよ』


商人(あきんど)……』


そして青い髪の人が自身を商人(しょうにん)でありながら、それを"あきんど"と呼称した事で、昨晩ウサギの賢者の魔法屋敷に泊まった仕立て屋の話しから、思いだしたサブノックの商人の名前をアルスは読んだ。


『貴方は、もしかして"スパンコーン"さんなんですか?』


それまで青い髪の垂れ眼のサブノックの装束を纏った、武芸を嗜んでいる存在は

"スパンコーン"という名前の人物に変わる


『……えっと、スパンコーンさんではなかったんでしょうか?』


仕立屋の話しとアルスの認識が合致したのなら、眼前にいる人物に名前がスパンコーンであっている筈だとアルスは思った。

けれども、青い髪の人は何も言わず胸元にある装飾品の様に下げている十露盤を指でジャラリと(たま)を滑らせて鳴らして、垂れている眼を薄く開いてアルスを見つめてさらに口を開く。


『ええ、そうです、私は商人(あきんど)のスパンコーン。

そして貴方は国の英雄でもある、アルセン・パドリック卿が教え子としても可愛がっていた、何より気質の優しい、新人兵士のアルス・トラッド君―――』


仕立屋が言っていたスパンコーンという商人が言い終えた時、空色と青色の眼の間にある空間が歪む。



『ゲココココ!』

『わあ、カエル君?!』






【Long time no see.――――Dear, my Lord.】

【Don't touch my brother!.】






突如として現れたのは、ウサギの賢者が使い魔として使っている金色のカエルだった。


『どうしたの、てっきり、リリィの方に行っていると思っていたのに―――』

『ゲココ!』


アルスが穏やかに語りかけても、金色のカエルは人混みの中でもとおる鳴き声を上げる。


『カエル君、あの、スパンコーンさんは別に敵ではないから、落ち着いて』



幸いなことに人通りの多い道で数人、カエルの鳴き声に振り返ったりはするけれども、脚を止めてまで確認する様なことはない。

でも、このまま泣き続けたなら、迷惑ならないとは言い切れないし、"ただ遭遇したに過ぎない商人のスパンコーン"に対しても失礼になる様に思えた。


『ゲココ!』

『一体、どうしたんだろう―――』


(仕方ない)


未だ鳴き止まない、自分の眼前に浮いている使い魔を、空色の眼で見つめてから、恩師からもらった帯剣する際に嵌めている手袋を填めいる手で、包み込む様にして"掴まえた"。


『ゲココココ?!』

『ごめんね、でも、いきなり鳴き出すのは迷惑だし失礼だよ。スパンコーンさんすみません―――?』



(あれ―――?)


姿を現した上司の使い魔を包み込んだ時、アルスの視線は丁度顔よりもさらに上の、スパンコーンの鍔の広い帽子の方に向いていた。


昼の時間帯の、向けている身体の向きもあるけれども、商人も姿は逆光になっていて全体的に影になって見える形になっていた。

そして鍔の広い帽子を被っている事で、また独特の影が出来上がっている。


その帽子から出来上がった影が、アルスの気のせいでなければ、ウサギの賢者の使い魔を掌で掴みこんでいる自分に向かって伸びてくるのを感じた。

そしてそれが丁度アルスにかかる様になったと当時に、再びカエルの使い魔の鳴き声をあげて、アルスが包み込んでいても、お構いなく零れる。


『ゲココ!』

『か、カエル君、ちょっと、本当に失礼だから!。それに、うわああああああ?!』


次に、包み込む様にしている掌の内で、ぴょんぴょん跳ねまわっている。

手袋を填めているけれども、掌の内でその独特のジャンプの感触は、アルスにしてみたなら、新たな驚きだった。



『……ヒャッハー、どうやら私はウサギの賢者の使い魔となる金色のカエル君からは、大層嫌われている様ですね』


『あ、いえ、このカエル君、凄く気まぐれというか。

ええっと、先程スパンコーンさんが買い上げた情報であったみたいに、あの一応自分の上司の賢者殿の使い魔で。ああ、そうだ!』


そこでアルスは、昨日耳の長い上司が口にしていた使い魔の調子を思い出す。


"まあ、疲れはそろそろ取れているんだろう。

後は自分の調子(ペース)を取り戻すのを、最優先みたいな感じにしていて、数時間だけれどもアルス君とぴったりくっついていたから、明日ぐらいから、本調子じゃないかな"


(明日って……)


"昨日の明日"、つまり今日、そして現在進行形の"今"である。


(……じゃあ、今日はもう大丈夫っていう事で、カエル君の行動は、調子が悪いからとかいう訳では、ないって事?!)


アルスにしては珍しく慌てふためき考えを巡らせているが、青い髪の商人は容赦なく追撃をかけるように、言葉を続けていた。


『ヒャッハ、"そうだ"で、どうかしましたかね?。やはりカエル君は、私の事が嫌いなのでしょう?』

『えっと……』


掌の器の中で、未だにピョンピョンと跳び跳ねる感触を受けながら、アルスは耳の長い上司の、"思い出さなきゃ良かった"言葉を思い出し動きが固まる。

もし、忘れたままだったならその精悍な空色の瞳に翳りを見せずに"調子が悪くて仕方がない"と庇おうと思っていた。


けれども、上司の様にフワフワで厚く伸びる毛皮に覆われている程、新人兵士の面の皮は厚くはない。


寧ろ、薄く張りがありすぎて、今でも自分の動揺を見透かされているような気がしている。

新人兵士では、この商人に敵わない。

青い髪で、鍔の広い帽子が特徴的でもあるけれども垂れた眼元で、愛想が良さそうに見えながらも、空色より濃い青は、新人兵士の少年の力量をを推し量られている様に思えた。


―――私は自分より弱い人に守ってもらわなくても、結構ですよ。


そして、推し量られる事で、前に鳶色の人に浴びせられた言葉まで、商人に注がれる眼差しで思い出す。

でも、似ているようで、似ていない様な気がした。

その違いは何だろうと、手の中で跳ねる賢者の使い魔の鳴き声と感触を感じながら、考えたならアルスの思っていた以上に、違いを表現する語彙はスムーズに出てきた。


(ネェツアークさんが不貞不貞しいというのなら、この商人は"不敵"という感じかな)


鳶色と青色の人は、似ているといったなら確かに似ていると思う。

けれど同じと言われたなら、両者の特徴を表現する為に使われるだろう色が違うように、絶対それは違う。

でも、今のアルスでは、ロブロウでネェツアークであしらわれた様に、スパンコーンの相手をするには、新人兵士の手に余る。


(どうしよう)


掌の器の中で、上司の使い魔が飛び上がるのを感じながら、再び考え込もうとした時、カエルの鳴き声以外の音が、アルスの耳に入って来る。


『スパンコーン、何時まで待たせるつもりなのだ』


その瞬間に使い魔のカエルが、掌の器の中で飛び跳ねるのを止める。

アルスも、もしスパンコーンに迫られている事で、動きを止めていなかったなら、それまで行っていた動きを全ての集中をそちらの声の方に向けていたと思った。


『打ち合わせがあるのだろう、早く入ってこい』


先程と同じ様に、"違うのに似ている"という事に、再び遭遇しているのだと判っていた。

だけれども、今遭遇している物が予想以上に本当に"そっくり"で、アルスは心の底から本当に驚いた。

口調や訛りを感じさせ、普段の発音(イントネーション)が全く違う事も、これは寧ろ、わざとふざけてやっているのだと都合よく考えてしまいそうになる。


(アルセン、さま)


この声が聞こえた時に、"実は悪戯をしていたんですよ"と恩師が何らかの方法で肌を褐色に、それこそ魔法を使ってやっているのだと言って姿が現れたなら、無条件で信じていた。

でも、先程商人が商談の為に貸し切りにしたという武器屋の扉から、再び姿を現した恩師を感じさせる人は、アルスに視線も向けずに、スパンコーンを見つめて、そっくりな声でそう云い放った。


『……ヒャッハ、そうですね、話し合いがあったのでした。

すみません、この国最高峰の賢者の使い魔の金色のカエル君に嫌われたというのなら、気持ちが落ち付かなくてたまらなくなってしまったんですよ。

でも、使い魔のカエル君も鳴くのを止めてくれたようですし、私の杞憂だったようです。

それでは―――失礼をいたしました』


あまり見た事はないけれども、演劇の最後の役者の挨拶の様に商人が、コートの裾を摘まみ、深々と頭を下げる。


『あ、いいえ、カエル君も、落ち着いたみたいですから、そのこちらも失礼しました』


南国の出身だという髪と肌以外、声まで恩師にそっくりだと判ってしまった人物と、青い髪の商人の不思議な呼びかけの言葉に、役者の様な仰々しい振る舞い。

その全てに気持を引っ張られるような感じになっていて、あっさりと商談用として借り上げている店の中に消えて行った後も暫く、店の扉をアルスは眺めていた。


『……あ、そうだ、カエル君』


恩師にそっくりな声を聞いてから、大人しくなってしまっている自分の両掌の中にいる耳の長い上司の使い魔が気になり、慌てて呼びかける。

金色のカエルはアルスの手袋を填めた掌の上で、眼を閉じて鎮座をしていた。


『か、カエル君?』

『……』


アルスの呼びかけには返事をせずに、ウサギの賢者の使い魔は、開かれた掌の上で眼を閉じたままピョンと跳ねあがる。

そのまま浮かび上がり、アルスの腕章の紐を通してある左肩に着地したならそのまま固まった様になり、動かなくなる。


『大丈夫、なのかな?』

『ゲコ』


一応、呼びかけたなら鳴き声を上げて返事はするけれども、眼は相変わらず閉じたままだった。

それからは、まるで眠ってしまった様に、動かなくなり魔法に関してはさっぱりな新人兵士でも、使い魔は疲れているという雰囲気は感じ取れていた。


『……取りあえず、アザミさんの所に向かうかな』


上司の使い魔を、部下の自分がどうこう出来るわけでもないのでアルスは気持ちを切り替えて向かう事にする。

そして、かつて下宿していた工具問屋への道を進むうちに、使い魔も静かな事もあって恩師にそっくりな人物の事が気になって仕方がなくなっていた。


だから工具問屋に到着するや否や、出逢ったアザミに


『アルセン様の肌が日に焼けた所を見た事がありますか?』


と、尋ねてしまった直ぐ後に、アルセンと出逢い、その後やり取りで使い魔が鳴き声を上げて起きていたので、もう大丈夫かと思ってしまっていた。


「すみません結局、カエル君の登場ではなくて、アザミさんの店に到着するまでを話してしまいました。

人に説明をしながら話すのって、考えていたよりも難しいですね」


話している間に、軍隊生活をしていた応接室の3人と1ッ匹は、普通の人なら半分ほどの時間で食事を終えてしまっていた。

アルスの説明は決してグダグダした物でもなかったのだけれども、結びとなる筈の"使い魔のカエル君と一緒になった、出逢った経緯"は過ぎている。


「でも、そこまで話して貰えないと、カエル"君"……」


アルスが使い魔を"君"つけをすることで、それが移ってしまったアルセンが少しだけ白い肌を紅くて、カレーを食べても器用に汚さなかった唇に白い手袋を填めた手を当てて、空咳をする。


「ウサギの賢者殿の使い魔が、"カレーをかき込む"程、消耗していた事が判りませんでしたからね。

まあ、アザミさんのアスパラガスたっぷりカレーが、単純に美味しかったという事もあるかもしれませんが」

「ゲッコココ!」


アルセンの"単純に美味しかった"という意見を肯定する様に、皿もコップも空にしてしまった金色のカエルが鳴いた。


「でも、やはり、金色のカエル―――"ウサギの賢者の使い魔"として、その商人としてのスパンコーン殿を警戒をしていたのかもしれませんね。

それを訴える為に、わざわざ、本日は魔法屋敷に連絡する事が無ければ寝ている筈だったのを、空間を飛び越えて、リリィさんではなくて、アルスの元へやってきた」


「……」


ただ、その後続けたアルセンの言葉には反応はせず、アザミがカレーを食べるからと1人に1つ用意をしてくれていた"おしぼり"で、丁寧に全身を拭いたなら使い魔はアルスの左肩に戻ってしまった。

それから先程と同じ様に、眼を瞑って眠るようにして動かなくなってしまう。


「あの、アルセン様、"商人としてのスパンコーン"というのは……。スパンコーンさん、他にも何か違う面を持っているという事なんですか?」


取りあえず"使い魔のカエルが食事をがっつく理由"は、先程の自分の説明でどうやら、応接室いる面々は納得が出来たのを感じ取れたので、アルスは今度は自分が感じた疑問を口にする。

勿論"アルセンにそっくりな南国の人物"にも、興味はあったけれども先に"商人としての"という前置きがあった青い髪の人の話にアルスは興味を持ってしまっていた。


「……」


穏やかな笑みを浮かべて、口を挟まない姿勢を取り無言状態になってしまっている工具問屋の女将は、"アルセンがアルスを話を商人の方に興味を持つ様に誘導した"事に気が付いていた。

そのアルセンに声すらも似ているという、"褐色"で"南国出身"という単語に、ある事に気が付き、思いだした事もあるけれども、この場は聞き役徹する事に決める。


(まあ、アルスに男女の機微は難しい、興味も今はないだろうし。


それにアルセンは、御父上のアングレカム・パドリックが"今"でも大好きだろうからね)

工具問屋の女将としても、元王族護衛騎士としても興味のある話ではあるけれども、個人的に付き合って来た付き合いもあるから、気安く踏み込めない所であるのも判っている。



(……ネェツアーク、あの子なら、アルセンが気が付かない様にしながらも、ずいずいと調べちまうかもしれないから、もし会ったなら注意しないと)


アザミがそんな事を考えている間も、食事を終えた教え子と世話をしてやった男の子は話を進めていた。


どうやらアルスの方は、"違う面"について今は考えている様だったが、あの青い髪の垂れ眼の商人が他にどんなところがあるかと考えても、上手く思いつくことが出来ない。


「……そうですね、最近の軍学校でも余り自国や他国の社会の一般教養は行いますが、掘り下げてまで座学を行おうとはしていませんからね。

それに、そのスパンコーン殿もある意味では、同じ様にしているだけのことかもしれません」

「"同じ様にしている?"。どなたかと、同じことをしているんですか」


アルセンにしてみたなら、結構な"ヒント"を与えたつもりだったのだけれども、どうやらアルスには触れる物がなかったらしい。


「"している"という表現は妥当ではないかもしれませんね。

"せざる得ない状況を仕方なく受け入れている"という方が、しっくりくるかもしれません。

……何だか、勿体着けているとアルスの上司の賢者みたいになってしまいますが、出来れば自分で気が付いて欲しいという欲もあります。

でも、気が付くには言葉が足りませんかね」


ある意味教え子との会話を楽しみつつ、そちらに気持を引っ張り、"自分とよく似ている"という話題から、引き離そうとしている貴族はここはあっさりと答えを出す事にした。


「スパンコーン、スパンコーン・ストラス殿はサブノックの英雄ですよ」

「……え?」


そしてあっさりと恩師から出された答えに、アルスは空色の眼を丸くすることになったけれども、目の前にいる自国の"英雄"の1人を見たなら、"ああ"とういう気持ちにもなれる。


「えっと、それじゃあ、英雄の傍らに商人(しょうにん)というか、商人(あきんど)をなさっているという事なのですか?」


少しばかりたどたどしく思わず、身振り手振りを加えながら恩師にアルスは確認したならば、アルセンは品の良い笑顔を浮かべて頷く。


「ええ、そうです。私が、社会人として軍人と貴族をやっている傍らで、セリサンセウム王国の国民として一応"英雄"という役割を担っていますからね。

"英雄"は活躍が必要となった状態の時には、否応なしこなさなければいけない事ですが、平和な時は、正直に言って特にする事もありませんから。

国から報奨金出ると言っても、季節に一枚、精々大金貨1枚程度の報奨金ですからね。

それだけではとてもこの国では英雄だけでは、生活できません。

まあ、セリサンセウム王国に限らず、何処の国も英雄だけで生活出来ている人はいないみたいですけれども」


「は、はあ、そうなんですか。ちょっと、失礼します」


アルスが思わずグラスに手を伸ばして、レモン水を一口含んで気持ちが落ち付いたのを確認してから、恩師は今度はもと教え子の左肩に止まっている賢者の使い魔を見つめながら話を続ける。


「多分、貴方の上司の賢者殿なら各国の英雄についての情報なら、大体の事は掌握はしているでしょう。

でも、内容は重複しますが、先程も言った通りです。


『"英雄"は活躍が必要となった状態の時には、否応なしこなさなければいけない。けれど平和な時は、特にする事もない』


今、世界はこの国に限らず―――国々が抱えている小さい諸問題はあるでしょうが、落ち着いている情勢ですからね。

正に英雄だけでは、食べていけない状況です。

それに、英雄をの役目を国から賜っている方も、"国の危機を救うわけでもない形で、で名前を広めたくはない"という気持ちもあるかもしれません。

だから、特に自分から"私は英雄だ"だなんて、口には出さないのかもしれませんね。

眼に見えた活躍もしてもいないのに、英雄と宣うとしたら、それは結構自己顕示欲が強い方だと、私は考えます。


さて、それで金色のカエル君は、貴方の上司である賢者の使い魔です。

サブノック英雄殿は自身を商人とした立場を取りながらも、アルスには

"軍隊嫌いのセリサンセウム王の最高峰の賢者殿が護衛騎士を着けた。

賢者の護衛部隊の紋章として使っているのが"楓の中に鎮座する金色のカエル"という情報を買い上げた"

と、アルスに向かって口にした。

これは私には、軽い挑発にも感じます」


「挑発、ですか?。でも、自分に挑発しても―――、ああ、そうか、えっとサブノックの英雄でもある商人のスパンコーンさんは、賢者殿を挑発していた事になるんですか?」


魔法に関して除けば文武両道でもある聡い新人兵士は、自分で口にしている中途で、ある可能性に気が付いた。


青い髪で垂れ眼の異国の英雄でもある人なら、本来なら歯牙にもかけないだろう新人兵士に声をかける理由として妥当な事としたら、アルスにはそれしか思いつけない。


そう考えてから恩師と同じ様に、自分の左肩に止まっている金色の両生類の使い魔を見つめる。


ただ、金色のカエルは単純に疲れているのか、腹一杯で満たされているのか、小さく喉をクツクツと鳴らしながら、眠りに入ろうとしていた。


「でも、賢者殿がどうして異国の英雄から、その、挑発をされるというかえっと……」

「まあ、判り易い一般的な言葉で言うのなら、"喧嘩売っている"という事なんでしょうかね。

どうやら、サブノックの商人というのは、頼んでもないのに喧嘩をまで売ってくれるみたいですね」


綺麗な顔なのだけれども、人も悪さを十分感じさせる微笑みを浮かべ、アルセンもコップを手に取りレモン水を口に含んでいた。


「じゃあ、カエル君は、主である賢者殿がえっと、"喧嘩を売られている"という事を察して、自分の所に飛んできてくれたという事なんでしょうか?。それで、自分に接するなというか、牽制というか……」


ただ、今回は自分で言葉を口にしなが頭の中で、"少しばかり違うんじゃないんだろうか"とう気持ちも浮かんでくる。


(ああ、そうだ。スパンコーンさんが"サブノックの英雄"なのに、"セリサンセウムの賢者"であるウサギの賢者殿に"喧嘩を売っている"状況に、不具合を自分は感じているんだな。

喧嘩を売るとしたなら、同じくこの国の英雄である"アルセン・パドリック"様や、もう1人の英雄である"グランドール・マクガフィン"様なら、何となくだけれども納得出来る)


「でも、それではどうして"サブノックの英雄"が、"セリサンセウムの賢者”に喧嘩を売ってくるのだろう。

売るなら、賢者ではなくては、英雄なのではないのだろうか、腑に落ちないといった表情を浮かべていますねえ」


恩師からあっさりと胸の内を見透かされて、俄かにアルスは真っ赤になる。


「やっぱり、自分は顔に出やすいみたいですね。実は今度から、賢者殿からは、リリィが仕立屋のキングス様にお裁縫を習っている間に、魔法の基礎も兼ねて心を冷静にする訓練をする事になったんです」


アルセンに会ったなら、伝えようと思っていた昨晩の上司と話し、決定した出来事をかい摘んで言葉にしたなら、美人な貴族は微笑んで形の良い、唇を開く。


「私は特にアルスの表情が、そこまで感情を露にし過ぎているという印象は受けませんけれどね。そうですね、どちらかと言えば……」


先程から、アルセンにも理由は計りかねないが、沈黙に徹しようとしている"先生"を見つめたなら、穏やかな笑みを浮かべ、立ち上がり食器を片付け始めようとしていた。


勿論アルスは気が付いて立ち上がろうともしたけれども、"女将"さんからの視線でそれを止められる。


"折角だから、そのままアルセンと話を続けておきなさい。私は一旦片付けてくるから”


2年程生活の面倒を見てくれた、婦人から贈られる面差しとこれまで知っている彼女の”終わったなら直ぐ片付ける”という習慣で、そう言われているのが感じ取れることが出来た。


その先生と元教え子のやり取りの一連の流れが終わりった後、アザミに


「とても美味しかったです、御馳走様でした」


と紳士の振る舞いとして、感謝と礼をアルセンは伝える。

恩師が礼を口にした事でにアルスも、


「ごちそうさまでした!、美味しかったです」

慌てて礼を述べたなら、


「ゲコっ」


と左肩の上に寝ているとばかりに思えたカエルが、眼は瞑ったままだが鳴き声を上げアザミが片付けの為に部屋を出た後に、、アルセンが再び口を開く。


「……アルスの場合は顔に出やすいというよりも、貴方を拾ってアザミさんの所に連れてきた時、それから貴方が上司である賢者の殿の配属された事。

その事で、感情表現が豊かになったというのが妥当かもしれません。

それまでが一般的に比べて、アルスは抑え気味だったんですよ。

それに貴方は元々が”素直”ですから、感情が豊かになったなら表面化するのは、極自然な事です。

素直に表面化した箇所は、アルスと親しい間柄のなら、察したり出来るくらい簡単な事だと思いますよ。

それに貴方の上司の賢者は、感情の"拾い読み"の熟練者(エキスパート)でもありますが、言葉を引き出すのも巧いんですよ」



「はい、それはとてもお上手だと思います。

大体、先に気が付いて貰って配慮してくださったりと、部下としても本当にありがたいこととも思っています」


そう実感を込めて即答をしつつ、アルスがイタズラ好きではあるけれども配慮の巧い上司に胸の内で感謝する。

そしてて感謝しつつ思い浮かんできたのは、自分より職場の先輩でもある小さな同僚の少女のリリィのことである。


彼女も、アルスと同じ様にか、それ以上にウサギの賢者という存在に感謝をしていると思う。


妹の様にも思っている少女は基本的に、素直で優しい女の子である。

そう思うのだけれども、出逢った当初は少しばかり勝気な部分や、少々思い込みが強いところと、極わずかだけれどもムキになって意地になっている所を見ている。


そんな時、耳の長い上司は言葉を交わす事や振る舞いで、ムキや意地になってしまう原因を、リリィ自身から引き出し、素直に向き合える様にさせてしまうのを数度見ている。


素直になれるのは、元々少女が"ウサギの賢者が大好き"という部分も、作用してもいるとは思う。


けれども、何にしてもあの頃の年頃なら一度は経験していそうな、意地を張り過ぎて周囲と拗れてしまう事があってもおかしくはなかった。

アルスの経験と価値観でしかないのだけれども、どちらかと言えばリリィという女の子は、周囲と衝突しがちというか、勘違いをされてしまいそうな所を抱えている様な気もする。


人の事は言えないけれども、ウサギの賢者の様に"気持ちを拾うのが巧い保護者"と暮らしている事で、普通なら躓くような事があっても、リリィは歪まずに成長出来ているという感想を抱いている。


そして、"アルス・トラッド"も少なからず"そこ"に当て嵌っているにも弁えていた。

アルスがリリイの事まで考えているとは、流石の恩師も思いつかないけれども考え込んでいるのは解っている様だった。


「それで、アルスは感情が見透かされてしまう事が、自分でもどうにかした方が良いと考えて、上司である賢者殿の勧めを受け入れたのなら、それでいいのではないですか。

表情を読まれる事で、損得があるなしで言えば、"ある"ですからね。

さて、アルスもあの賢者の影響を受けた為に話が少しばかりずれそうなので、こちらで軌道修正をさせて貰いましょう」


「軌道修正……あ?!、すみません!」


そこでアルスは、自分が無自覚で話をずらしかけていた事に気が付いた。


『でも、それではどうして"サブノックの英雄"が、"セリサンセウムの賢者”に喧嘩を売ってくるのだろう。

売るなら、賢者ではなくては、英雄なのではないのだろうか、腑に落ちないといった表情を浮かべていますねえ』


恩師がアルスの内に浮かんだ疑問が、顔出て読み取れるぐらいになっていたのを口に出した事から話がずれそうになっていた事を今更ながらに思いだす。


(……あれ、でもこれって?)


だが、ここで素直で真面目でもあるけれども、それなりに会話の流れを理解出来る少年は、ある事にも気が付いて、恩師を見たなら綺麗な顔であるけれども、"黒い"何かしらを感じさせる笑顔を浮かべていた。


「まあ、私がアルスの顔に浮かんでいた事を言われなければ、そもそもずれそうな事はなかったのですけれどもね」


それから綺麗な顔のまま、笑顔の部分を差し引き、今度は思案の表情を浮かべるて形の良い唇を薄く開いた。


「それと、アルスが表情に浮かべてしまう程考え込む様に、私の方も同じ様には考えてはいるんですよ。

異国サブノックの英雄で商人でもあるスパンコーン・ストラスが、自国のセリサンセウム王国の英雄で貴族で軍人でもあるアルセン・パドリックではなく、引き籠っている賢者に喧嘩を売るような真似をしているのか。

しかも、サブノックの英雄は、護衛騎士のアルスの情報を買い取ったと宣言をしてまでです」


そこで"ピッ"と白い手袋を填めた人差指を、アルスの腕章の方に向けた。


アルスはアルセンに指さされた自分の身分を証明する為に、身に着けている腕章を空色の眼で見つめながら、食器を下げたアザミがまだ戻ってこない事を確認してから、少しばかり考え込んだ後に口を開く。


「その、色々な配慮を為されている"ウサギの賢者"殿は事は兎も角、一般の新人兵士である自分の事はそこまで秘密扱いでもないとは思うんです。

座学で習った限りでは、軍の中で行われている訓練や必要経費でかかった金額とかも、セリサンセウム王国の民が、必要な手続きを取って求めたなら、情報は開示される事もあると習っています。

そこに付随して考えたなら、"国最高峰のウサギの賢者が護衛騎士をつけた"というのは、買い上げる程の情報なのでしょうか?」


アルスの意見に”賢者の護衛騎士”の腕章を指していた指を引っ込め、食事も終了しており、アザミ"先生"もいないので自身の執務室で椅子に座っている様に、脚を組んで腕も組む。


「ええ、それ自体は"もう少し待っていれば"、金を出してまで手に入れる情報ではないでしょう。

軍の広報部隊も、配属先から贈られてきた書類の整頓を急ピッチで行っているようですが、"新人兵士の配属先一覧表"はまだ出来上がってはいませんからね。

大体が、所属する部隊と新人兵士の肖像画、それと丁度身に着けている腕章と同じ部隊を象徴する(マーク)が共に記されてもいます。

出来上がったなら、軍学校に関わった責任者達が標本を閲覧及びチェックした後に、アルスの言った通り一般への情報開示の際に使われるものとなります。

だから、その商人殿がどうやって標本が出来上がる前の情報までを手に入れたかは、知ってしまった軍属の立場として、報告をしなければいけませんね」


「その、軍の情報漏洩という事になるんでしょうか?」


アルスが少しばかりの緊張と心配をして尋ねたなら、そこには本当の意味での苦笑いを美人な貴族は浮かべていた。


「そこは、どうなんでしょうね……。アルスが言ったとおり、賢者個人の情報は兎も角、"賢者が護衛騎をつけた"というのは時間さえ経てば開示される、"値段"がつけられるような内容でもないのです。

軍としても漏れて困る情報というよりは、そうですね、まだ内緒にしていたかった事が知れてしまっていて、驚いているという所です。

それでも敢えて、"情報を買った"と"賢者の護衛騎士である"アルスに面と向かって言ったという事について考えた方が建設的だと思います。

護衛騎士のアルスにそんな事を言うという事は、間接的にも賢者殿にも、サブノックの英雄が注目しているという事が伝わるという事ですからね。

取り合えず、個人的には異国の英雄で商人が、セリサンセウムの賢者に喧嘩を売ろうとするのが疑問ですね。

……まあ、喧嘩を売りに来たのが正解かどうかは、判りませんが」


腕を組んだまま、フウっと息を吐き出す恩師を見てアルスは使い魔のいない方に首を傾けながら意見を口にする。


「アルセン様、その仰り方だと、サブノックが一方的にという訳でないという風に聞こえますけれど」


「ええ、一方的ではない可能性も無きにしも非ずと考えています。何しろアルスの上司は、"ウサギの賢者"殿ですからね」


「……?、賢者殿が既にサブノックに何かしらをしたという事ですか?」


そこでアルセンは組んでい脚を組み直したが、今度は腕を組まずに両手の指を重ね合わせる様にして膝の上に置いてから口を開く。


「すっかり馴染んで忘れているかもしれませんが、"ウサギの姿"は禁術で変わっているだけですからね。

本来の姿は、一応人です」

「あ、はい、そうなんですよね」


"はい"とは返事をしているが、アルセンに言われる事で、自分の上司の姿が魔法で姿を変えている存在だという軽く忘れていた。


(そうだ、賢者殿は魔法でウサギの姿になっているに過ぎなかった)


ただ、そのウサギのモフリとした体を、アルス自身もかかえた事もあるし、小さな同僚の女の子や(たお)やかな仕立屋さんは、そのまま受け入れている様に抱き占めている所を見ていたりすると"実際この世界の生き物の1つ"の気がしていた。


(それに、魔法や精霊が良く判らない"僕"には、賢者殿の方が余程現実的だしな)


教え子がきっちりと返事はするけれども、そこの所を少しばかり失念をしている事に加えて、当人でも気が付いていない"反抗的"に考えている所に気が付いた元教官は、緑色の眼を半眼にして注意をす促す。


「貴方の上司は"賢者"という立場と"禁術"を使って、ウサギの姿になっているのを忘れてしまっては困りますよ。

それに奴……賢者殿の常套句をアルスも聞いた事があるでしょう?」


「常套句……?。あ、もしかして『とりあえず、誰にも迷惑かけないズルはしちゃうよ、ワシ』という物でしょうか、アルセン様」


"常套句"かどうかは知らないが、決まり文句の様に、口元のヒゲを揺らしながら使っているのなら聞いた覚えがある”ウサギの賢者”が使っている言葉を口にする。


すると半眼だった物を、確り閉じ、長い睫毛が縁どる瞼の上にある形の良い眉の辺りの筋肉を使って、眉間に大きな縦のシワを作り、強く眼を瞑ったまま、アルセンは再び口を開いた。


「"とりあえず、誰にも迷惑かけないズル”、もしかしたならそれをウサギの賢者殿は、国にすら黙って、異国に行っているのかもしれない。

そしてそれに気が付いた、サブノックの商人―――いいえ、"英雄"が牽制をしてきたという事も否定できません」


恩師が自分が思った以上に"誰にも迷惑かけないズル"重く受け止めている事に、アルスは少しばかり困惑していた。

しかしながら、その表情を見ている内に、"ウサギの賢者の護衛部隊"に配属されたばかりの頃、小さな同僚が話してくれた事を思い出していた。


"あのね、アルスくん。正直に言ってウサギの賢者さまの研究って、他の魔法を使う人達には、あまり賛成されていないみたい"


とても不安そうに、小さな唇からそんな言葉をこぼしていた。


"軍を通さずに、何度か直接ウサギの賢者さまに意見するような手紙や、魔法の矢文が届いた事があったの。賢者さまは、全く相手にしなかったけれど"


(―――リリィにこの話を聞いたとき、自分はアルセン様を思い出していたんだっけ)


"強引に研究を進めるから"


口では大層怒っているように見えたが、アルセンが浮かべる表情は形の良い眉を潜めていて"心配"そのものだった。


その時は幼い同僚の不安を解消できる訳ではなかったけれども、何気なしに"禁術でウサギの姿になっている賢者に"ついて訊ねていた。


"リリィ、もし応えられるなら教えて欲しいんだけど。ウサギの賢者殿の研究ってなんなの?"


この国の最高峰の賢者が研究している事は、新人兵士が考えている以上に、その秘書の巫女によって教えてもらった。


"賢者さまは、特に隠しているわけじゃないから、アルスくんには、はっきり言うね。

【魔法がなくなった世界の在り方】

この世界から、魔法を消す方法を賢者さまは、研究しているの"



「―――アルセン様は、ウサギの賢者殿が何を研究しているかは御存知なんですか?」


アルスが問いかけたなら、固く瞑っていた瞼を恩師は開いて、少しばかり形の良い眉を上げたけれども、直ぐに下げ、愁いを帯びた穏やかな緑色の瞳の眼差しを向ける。


それは、不思議なほどに、"この世界から、魔法を消す方法を研究しているウサギの賢者さま"を心配している小さな女の子を思い出させるものだった。

でも、聞こえてくるのは冷静に"友人"の動向を見守ると決めているのが声だけでも伝わってくる人の物だった。


「その前に、その言い様だと、アルスも既に知っているのでしょう?。私は軍の後輩で旧友の(よしみ)もありますが、そもそも賢者殿は全く隠してはいませんからね」


(自分の口からは、もしかしたら言い難いことかもしれないな)


"魔法を使う人達には、あまり賛成されていないみたい"


(アルセン様自身は、賢者殿の研究をどう捉えていらっしゃるのだろう)


恩師はセリサンセウム王国の軍人として、中将という位に恥じぬ体術や剣術を、一般的な兵力の水準域を超えて嗜んでいる。


けれども、何よりも得手としている事は"魔法"というのは英雄としてのアルセンの呼び名を聞いた事があるの物なら、判る事でもある。


母親が稀代の魔術師(ライヴ・ティンパニー女史曰く"天才魔術師")と謳われるバルサム。

過去に"平定の英雄”だった父親から引き継いだという、"魔剣"という技術もあり、ある意味では”魔法"はアルセン・パドリックにとっては、"家族の繋がり"を象徴存在ともなると思える。

けれど、小さな同僚が教えてくれた内容に添ったなら、"ウサギの賢者"は旧友で後輩にもあたる恩師が一番得手としている事を、この世界から消し去る術を研究している事になる。


(なら、せめて自分の方から口して、確認してみよう)


魔法も精霊も、今の所は全く馴染みのない自分だから遠慮なく、アルスは言葉にする。

まだ恩師に対してとても"残酷なことしている"という実感を得るには、新人兵士には魔法は縁遠い存在だった。


「自分はリリィに教えて貰いました。リリィもアルセン様が仰っている様に

『賢者さまは、特に隠しているわけじゃないから、アルスくんには、はっきり言うね。

【魔法がなくなった世界の在り方】

この世界から、魔法を消す方法を賢者さまは、研究しているの』

と、心から心配している声で教えてくれました」


かつてアルセンから教えた貰った暗記術を活かして、当時リリィがいったそのままの言葉を口にする。


「……私の声も"心から心配している様に"聞こえました?」

「はい、その、程度は自分何かが言うのは畏れ多いですけれど、賢者殿の事をなんやかんやいいながらも、やっぱり友人としての心配りは忘れていらっしゃらない様に思えました」

そこまで口にしたなら、アルスからしたなら珍しいアルセンの弱々しい笑顔を見る事になる。


「まあ、私や大切に可愛がっているリリィさんが幾ら心配したところで、ウサギの賢者殿が行っている研究を止める事は出来ませんけれどね」


「リリィが言っても、ですか」


アルスの問いに美人の恩師は静かに頷いていた。


"誰が言っても止めはしない"

"それでも、リリィという女の子が口にしたなら、ウサギの賢者殿は止める事はないかもしれないが何らかの配慮はしてくれるかもしれない"


不思議とそんな矛盾が、当たり前の様に並列してアルスの頭の中には浮かでしまっていた。


(でも、幾ら配慮をしたとしてしても最終的な目的が"魔法がなくなった世界の在り方"、世界から、魔法を消す事だったなら、どうにもならない?)


「―――自分は魔法が不得手だからあまりピンと来ないのですけれども、魔法で生活をしている人にとってはそれってかなり反発を買う研究になりますよね?。でも、今のこの世界で、魔法を無くす事なんて出来るのでしょうか?」


何とも例えようのない不安と共に、気がついたなら魔法を得意としている恩師に質問をしていた。

全く同じ旨の事を、上司と同じ瞳の色をした小さな同僚に、丁度似たような様な話の流れの際にした事を質問を口にしながら思い出している。


「"あの"賢者だから、”この世界から魔法を消してしまえる可能性”を否定する事が出来ない。

だから、研究を行っているのを知っている周囲は気が気でないでしょうね。

出来る事なら止めて欲しいと思っている方も少なからずいらっしゃるでしょうし、何らかの形で文句を出す方もいらっしゃるでしょう」


『"ウサギの賢者"さまだから、周りの方々は色々言ってくるんだと私は思う』


そしてやはり、妹の様に思っている少女が口にした言葉とそっくりな言葉に更に具体的な予想を付け加えて、心の内で兄と思っている人は口にして続ける。


「"ウサギの賢者"はこの国の最高峰の賢者で、自分自身に"禁術"をかけてしまえるような"知恵"と"実行力"を持つ存在ですからね。

"そんな非常識な事が出来るものか"と、一般の研究者がしていたなら笑い飛ばして一蹴するような事が出来ない。

でも、あくまでも研究であるから、止める事は出来ない―――まあ、止める事を直訴した方もいらっしゃったみたいですけれど、それを止める事は出来ませんでした」


「それは、賢者殿が―――その言い方は変になりますけれど、"国最高峰の賢者"だから、許されているのですか?。その、国王陛下はどう思っていらっしゃるのですか?」


かつてロブロウから遠目にだけれども姿を見た、この国の王様。


父親そっくりだという容姿に長い黒髪と同じ色の右眼に、左眼は"心を拾い読める魔女"と謳われる母親譲りの紫色しているという姿。


アルスはアルセンの母親であるバルサムが、改造したという国王専用の精霊を使った通信機で少なからず言葉を交わしていた。


そして受けた一番の印象は、不貞不貞しい国最高峰のウサギの姿をした賢者も、褐色の好漢の大男の英雄も、美人の貴族で軍属の親戚にも引けを取らないどころか、数歩進んでいる豪快な人物だった。


直接逢ったというには距離が開き過ぎていたけれども、遠目からでもアルスが知っている中でも大男になるグランドール・マクガフィンに引けを取らない体躯なのも窺がえた。


ただ、話す内にただ豪快なだけではなく大胆ながらも思慮深い所を感じさせ、人を惹きつける力も携えている御仁でもあるのが伝わってくるのが、短い時間ながらも接したアルスの抱いた感想だった。


「元々、ウサギの方から"魔法がなくなった世界の在り方"の研究を行うと、普通に研究開始する前に許可を国王陛下に願い出た事で、知れ渡った事実でもありますからね。

国王ダガー・サンフラワー陛下は、ウサギの賢者が研究をすること自体は反対をしていません。

勿論、周囲から"国王陛下から、賢者にそんな研究をするのを止めて欲しい"という進言もありました。

けれども"研究をするだけならいいだろ「使わなければ、実行しなければ」それまでの研究でしかない"と、それこそまた一蹴していましたね」


そこまで、一気に口した後に、恩師の綺麗な緑色の眼が、教え子の左肩の方に向ける。

そこには、完全に眼を瞑って眠っている状態にしか見えない"ウサギの賢者の使い魔の金色のカエル”が鎮座していた。



「―――あ」


(そうだ、カエル君は賢者殿の使い魔だから、賢者殿も聞いてしまっている?)


ただ、アルスの表情を見るまでもなく、考えている事を察していたアルセンはそこで少しばかり首を傾げている。


「……その使い魔の性能は解りませんが、四六時中意識を繋げているわけではないみたいですね。

もし聞こえていたなら、何かしらこの時点で言葉を挟んでくると思っていましたが、何もしてこない。

いや、もしかしたら”あちら”も、現在進行形で何かしているかもしれませんね……」


「……アルセン様、もしかして?」


教え子の戸惑う様子にも、関わらず恩師の方は視線はいつの間にか下降しており、唇に手袋を填めた指を当て、考えを纏める為に言葉を並べていた。


「アルスは"今日は寝ている"と言っていましたが、使い魔のカエルがサブノックの商人と接した際に登場してきたことで、ウサギが"アト君の迷子"以降も起きているという予想はついていましたが……。

でも、"ウサギの賢者がしたなら不機嫌になる”、鉄板でもある研究の話しに割り込んでこないどころか、暴君の名前すら出したのに無反応。

やはり、使い魔は独立した”意志”を持っているみたいですね。

日頃は管理をしているかもしれませんが、今はそちらに任せきりで状態という事は、余程、今は何かしらに手を取られていると考えた方が良いみたいですね」


そこで考えに一区切りがついたのか、伏せ気味だった視線をあげて教え子の方に向けて、唇を開く。


「アルス、貴方の上司は今日はゆっくり休めていないかもしれませんから、帰ったら労わってあげたらどうでしょうか。

アザミさんの事だから、多分アルスにお土産を貰って帰るでしょうから、定番のパンプキンサラダと一緒にアスパラガスたっぷりのカレーもおすそ分けして貰ったらどうでしょう?。

それにリリィさんは昨夜はキングスと一緒に食事作りを頑張ったのでしょう、今日ぐらいは、楽をさせてあげたらどうでしょうか?。

ライスなら、アルスも訓練で炊いた事があるから大丈夫でしょう。

ああ、ただカレーの場合はライスで食する場合は水を少なめにして、硬めに炊いた方が美味しいとグランドールに教えて貰いましたから、是非実践してください」


怒涛の勢いといった”言いくるめられている”という認識をしながらも"リリィに楽をさせてあげよう”というアルセンの言葉はアルスも賛成で、”今日の体調”からしたなら、それが良いともアルスも思う。

ただこれまでの話しの中で判明した中で、1つばかり気にかかる所があった。


「えっと、でも、賢者殿って”アスパラガス”、”嫌い”なんですよね?」

「……」


元恩師が極上の綺麗な笑顔を浮かべて、沈黙を保つ。


”それがなにか、どうかしましたか”


それは日頃表情を読まれてしまう新人兵士のアルス以上に、判り易く感情を含ませてアルセン・パドリック中将は浮かべていた。

その微笑みの前に"これは、自分が何を言っても無駄ですね、大人しく硬めにライスを炊いておきます"という気持ちを込めて教え子は笑みを浮かべたなら、恩師の紳士はにっこり頷いていた。


「ああ、でも、アスパラガスは料理に混ざっていれば平気でしたね、賢者殿」


思いだした部分は口に出してしまったけれども、アルセンは相変わらず綺麗に微笑んでいるの見て、アルスの方は少しばかり力が抜けてしまっていた。

恩師は教え子が脱力する理由を察しているので素知らぬふりで、"アザミさんに行儀が悪いと言われてしまいますね"と呟き、組んでいた脚を下す。


(やっぱりアルセン様は大人というか、賢者殿の後輩……というか、まず"友人"であるから、考え方で違う部分であるけれど、似ている所の方が多い。


使える部分があったなら、遠慮なくカエル君だって試すような事をするんだな)


どうやら、"ウサギの賢者"の動向を知る為に使い魔がいる事が承知で、恩師が言葉を選んで口にしていた事にアルスは今更ながらに気が付いた。

そして気が付いてから、更に気が付いた事がある。


―――でも、"ウサギの賢者がしたなら不機嫌になる”、鉄板でもある研究の話しに割り込んでこないどころか、暴君の名前すら出したのに無反応。

―――やはり、使い魔は独立した”意志”を持っているみたいですね。

―――日頃は管理をしているかもしれませんが、今はそちらに任せきりで状態という事は、余程、今は何かしらに手を取られていると考えた方が良いみたいですね


(これが、アルセン様の言う通りなら)


自分の肩に眠る様に鎮座する金色のカエルを見つめる。


(カエル君は、"自分の意志"で僕の所にやって来て、サブノックの"英雄"に怒っていたという事?)


アルスの中で結論が出ない内に、気配を感じて軍人でもある師弟は金色の髪を揺らして揃って視線を扉の方に向ける。


「―――アルセン、アルス、話は一段落ついたかい?」


ノックはされずに、この店の主の伴侶であるアザミが応接室の扉を開いて戻って来てくる。

工具問屋の女将さんの手には見覚えがある"籠"を、手にしていた。


「あれ、その籠?!」

「ああ、前のは色んな事情があって壊れたってアルスは謝っていただろう?。でも、その後で"凄く役に立った、ありがとうございました"と賢者さんから、紙飛行機で手紙が届いてねぇ」


空色の眼を丸くしながらアルスが見つめるのは、リリィを連れて初めて一緒に王都に訪れ、魔法屋敷に戻る際に、城門にある屯所でもらった"荷物を持ち帰る為に使って欲しい"と差し入れされた物と同じだった。

かさりと乾いた音をたてて、あの時と同じ様にアルスが背負うのにちょうど良いサイズに調整されている様で、アザミは籠を持ち上げてみせた。


「工具問屋の女将さんとしては、趣味の片手間に作っている手細工(ハンドクラフト)が、賢者殿の眼に止まって、"役立った"と誉められるだなんて嬉しいじゃないか。前のもそれなりに頑張って作ったけれども、今回も頑張ったからね」


それから、応接室の食事を取った大きな卓の上にその籠を”ドン”と置く。


「前の籠は、私の家でちょっと揉め事があった際に壊してしまったんです。申し訳ありませんでした、アザミさん」


アルスの横でアルセンが申し訳なさそうに、頭を下げるとアザミは掌をヒラヒラとさせて笑う。


「話は賢者殿手紙でそれなりにきいているし、形ある物はいつか壊れてしまうものだから、仕方ないよ、気にしないでおくれ。

それに私が作る物は、少しばかり(まじな)いの成分を試験的に組み込んでいるからね。

アルセンのお屋敷だったら、お母様のバルサム様の魔力もあるけれども、専属メイドのお姉さんも魔力や、犬の姿をした使い魔いるだろうから、相性が悪かったなら、何かしらなくても壊れても何の不思議もないからね」


アザミは大して気にしてなさそうに、笑いながら口にしているが、眼の色以外を除けば兄弟と例えても障りない2人は、揃って困った様な笑顔を浮かべていた。


”アザミの籠”が壊れてしまった理由については、諸事情があって表沙汰にはされていない。


アルスに至っては”壊れた時”の記憶がない。

ただ、パドリック邸で起こった出来事でもあるので、家主であるアルセン、そして住人であるバルサムが大事にしたくないということで、起こった出来事は軍に届けても出していないという。


もし届を出していたなら、軍隊の中でも公共秩序や公序良俗こうじょりょうぞく)を担当する部隊からの、調査や鑑識が入り、更に調書も取る事にになるので、それは行われていない様子だった。


真面目なアルスはそれとなく、出来るだけ”真面目”に日常を過ごしている恩師が報告をしない事に関して、ロブロウに出張中にそれとなく尋ねた事もある。

その時は眼に見えて困った表情を浮かべ、”呼ばない”説明をしてくれた。


『結果的には結構な騒ぎになったし、大きな音が出たので、近隣の方から軍に通報でもされて調査に来るかなとは、少しは予想はしていたのですけれど、いらっしゃいませんでした。別に調べられても困るような事はないのですしね』


アルスはあのパドリック邸で起きた出来事―――事件の際に、大きな音が聞えたのは確かに記憶があった。

ただ、聞えてそこで直ぐにアルスは意識を失い、次に気が付いた時には客間(サロン)がひと騒ぎがあったとだけは判った。


それから直ぐにパドリック邸を後にし、またひと騒ぎがあった後に事態が収束した様に思っていた。

ただ、後で冷静に思い返したなら、それだけで終わる事でもなかったという事だとも新人兵士は気が付く。

勿論事情を話した時に教え子が"それで、大丈夫なんですか?"と判り易く心配しているのが表情から読めたので、アルセンは補足的に説明を行っていた。


『一応、ウサギともアルスが気を失っている間に相談してはいたんですよ。

で、結果的に今回は正規の調査にきたなら、受けるつもりではいたのですが、こないのならそのまま見送ろうと。

別に脅すつもりもないのですけれど、今回の事とは別件で何にしても母を慕って姿を現す"魔"の存在が調査を行う鑑識の兵士達の方にイタズラをしかねないという所もありましたし』


『ああ、そうなんですね』


新人兵士的には、バルサム・パドリック公爵夫人の魔術師としての偉大さ等は未だに実感はもてないでいるけれども、その存在や個性が"ぶっ飛んでいる"のは、初対面の時に十分味わっている。


『あとは母以外に、容赦がないシュガーさんもいらっしゃるので、万が一にも鑑識や調査の方がに何かしらあったらいけませんしね』

『え、そうなんですか?普通に優しい感じの、お姉さんに見えましたけれども』


落ち着いた感じが印象的な、艶やかな黒髪のボブカットの、ウサギの上司曰く”バルサムに心酔して専属のメイドになった元魔術師"らしい。


『……そうですね、基本的にそうですし、母に非礼を働かなければ本当に素晴らしいメイドさんです』


ただ、アルスが不思議そうに口にした言葉に、アルセンは否定をせず、その時はそのままで話を終えていた


「で、予想はついているだろうけれども、いつもの如くお土産を用意しているからね」


そう口にしながらアザミが取り出すのは、前回もパンプキンサラダを包むのに使っていた大きな植物の葉でくるんだものと、最近物を包みに流行っている透明な樹脂の袋だった。


透明なので直ぐに中身が、アスパラガスの緑の色鮮やかさが判るカレーだった。

どうやら既に魔法で冷凍されており、結構な大き目のブロック状の塊になっていて、取り出した際には、白い冷気も漂わせている。


「魔法で急冷凍させたから、このまま持って帰ったら夕方まで自然解凍になって、風味も大丈夫だと思うよ。

カレーは冷まして持たせようとも考えたけれども、最近は温かくなってきたから、何より食中毒が怖いからねぇ。

凍らせたカレーを、パンプキンサラダの保冷剤代わりにしといたよ。だけど、これはカレーに何かしら巻いておいた方が良さそうだね、早速結露してる」


アザミがの言う通り、冷凍したカレーを容れている透明の樹脂の袋は中身が凍っている影響受けて、真っ白に霜が出来ていた。


「適当なハンカチがあるから、それで包んでおこうね。また来た時にでも、返しておくれ」


エプロンから、アルスも見覚えがあるアザミがよくローテーションして使っているハンカチを取り出し、冷凍しているカレーを包み込んで、籠の中にしまった。


「色々、ありがとうございます……思えばアザミがさんて、結構魔法を普通に使ってますよね」

「そうだねぇ、"ちょっと魔法が得意"な一般的な専業主婦レベル位の腕前の自信はあるよ」


アルスがこれまで工具問屋で下宿しつつ生活を共にしてきた女将さんの姿を思い出し、そう感想を口にしたなら、アザミは快活に明るく笑い、それからアルスの横に立つ"元教え子"見つめる。


「何だい、アルセン。綺麗ながらも、呆れきった薄ら笑いは?」


「いえ、アザミさんは、本当に一般的な専業主婦レベルで、至って普通に魔法を使いこなしているご婦人だなと、思った次第です、はい」


恩師が、気のせいではなければ無駄にキリリとした様子に加えて、凛々しく工具問屋の女将さんに返事をする。

恩師と女将さんの漠然とした"白々しい"会話に、天然の新人兵士は特に疑問も思わず眺めていたが、ふと凍っているアスパラガスのカレーライスのブロックを見つめてから、徐に口を開く。



「女将さん、魔法が使える女将さんは、魔法が使えなくなったなら、困りますよね?」


アルスの唐突な質問に、軍人と女将さんは醸し出していた白々しい雰囲気を取りあえず一掃し、魔法が全く使えない少年に注目する。


"どうして、いきなりそんな質問をするの?"


そんな言葉を口にはせずに、アルセンに"この子がこんな質問をするなんて、どういう意味だい?"という視線も向けもせずに、アルスを真直ぐに見返し、口を開いた。


「そうだねえ、私にしたなら、魔法に限らず"今まで使えていた物が使えなくなったなら"、純粋にそれは困る」

「そう、ですよね」


アルスは返事をしながら、普通に笑顔を浮かべていた。

自分自身、アザミが言葉に出したとおり、アルスでもそう思った。


(それなら、賢者殿は、どうしてみんなが"困る"様な研究をしているんだろう?)


尊敬も信頼も始めている存在であるの上司が、"魔法"をこの世界から消してしまう事を、

"みんなが困ってしまう事"を実行しないにしても、研究している事に、アルスは純粋に疑問に思うし戸惑ってしまう。


(それに―――)


直ぐ隣にいる恩師を見あげたなら、顔立ちは違うけれど、同じ綺麗な緑色の瞳で、やはり同じ様に"ウサギの賢者"の心配をしている小さな女の子を思い出してしまう。


恩師の方は、例の"直ぐに感情が表情に出てしまう"教え子の面差しで、考えている事を察したらしく、無言で小さく口の端だけを上げていた。

恩師が敢えて沈黙を造ってくれている事が、素直な少年には感じて取れたのでそのまま考え続ける。


("魔法が世界から消えてしまう研究"を続ける事で、文句を言われたりもして、賢者殿を心配しくれているアルセン様や、リリィもいるのに、続ける意味は何だろう)


まるで底のない場所に落ち込む様に、不思議と自分の気持ちが沈んでしまいそうな感覚に、囚われそうになった。


「でも、あくまでも"私"の場合だけれども、使えなかったなら、使えないなりに何かしらで代用するかね。

凍らせるのはむずかしいけれど、火をおこすならマッチや、火打ち石があるし。

まあ、"先ずは考える"よ。

自分の目標に……は、大げさかもしれないけれど、目的に合わせて、魔法がないなら魔法以外の方法をさ、考える」


「……アザミさん?」


沈み込みそうな気持が引き上げられたわけではないけれども、自分の気持ちが落ち込むのが止められたような気がして、"工具問屋の女将"さんを見た。


その優しく、こちらの気持ちを否定しない上で、説得するような話し方に既視感をアルスは覚えていた。

そして直ぐに、思い当たる記憶は見つかって、簡単に引き出す事ができた。


(そうだ、丁度リリィを初めて連れてきた時に、話しの流れで"賢者さまの気持ちを知りたい"という風な流れになって―――)


記憶を辿って思い出されるのは、小さな同僚と工具問屋の女将さんのやり取り。

賢者の姿が"ウサギ"という事以外、特に伏せずに正直にアザミに話したなら、やはり表に出たがらないという部分が、顕著になって伝わっていたと思う。


ただそこで、工具問屋の女将さんがした反応は、これまでに"賢者さまが大好きな巫女の女の子"が見た事がない物となる。


『まあ誰にも知られず、ひっそりと静かに集中して研究したい気持ちは、判らないでもないかねぇ』


一般的に聞いたなら、引き籠っている事に否定はされないまでも、余り肯定的な意見が少ない中で、アザミが口にした事がリリィとっては大層嬉しい物となっていたのが、アルスには見て取れた。


だから、その嬉しさも相俟って俄かに興奮し、"どんな風にわかるんですか?"と、食いつく様に尋ねる。

2年程世話になっていたアルスでも、滅多に驚いた所を見た事がないアザミが激しく瞬きをする事になって、説明を求められる視線を注がれていた。


そこで、"リリィは今お世話になっている尊敬する大好きな賢者殿の気持ちを、もっと知りたい、その上で役に立ちたい"という旨を簡単に説明をする。

すると、女将さんは直ぐに納得しそれから、先ず女の子の頭を撫で、褒めた。


アルスの見ていた限り、アザミは少しだけ切なさを込めた言葉で"賢者はリリィの様な、子どもに思われて幸せ者だ"と口にする。

次の瞬間には、小さな同僚は頬を一気に染める程、眼に見えて喜んだのがアルスにも伝わってくる。


けれども、アザミが続けて口にしていたのは、少なくともリリィが求めている物とは違う"今のままでいい"という物だった。

流石に、護衛騎士も巫女の女の子も戸惑っている内に、女将さんは更に言葉を続ける。


『"賢者"ってのは、賢い人のことだろう。

そんな賢い人なら、リリィちゃんの事はよく知っているだろうし、して欲しい事があったのなら、その都度はっきり言うんじゃないかい。

今、何も言われていないなら、"今のままのリリィちゃんでいて欲しい"』


"何も言われないのなら、今のままで良い"という言葉に2人揃って驚きの為に空色と緑色の眼を丸くしている間に、更にアザミの言葉を続けられていた。


『そのままのリリィちゃんで、十分賢者様を幸せにしているんじゃないかねえ。

あたしは、そう思うけれどね。

まっ、賢者なんてお方は、そんな感じだとアタシは考えるからさ。

知って欲しい時は、きっとその賢者様も、不貞不貞しかろうと、面倒くさがろうと、きっとリリィちゃんだけには、確り言うだろうさね。

だって、こんなに別嬪で良い子だもの』


あの時、リリィに語られた時と同じ様に、今はアルスにアザミが語っているのだと感じ取ることが出来る。

そしてその上で、魔法がなくなったならというアルスの問いに、"先ずは、考える"と答えた。


巫女の女の子から幾らか年齢の上がっているアルスに対し、"そのままで良い"という物ではなくて、"便利な物がなくなったら困る"という正直で、現実的に考えた上での感想も告げてくれた。


そこで自分、アルス・トラッドは、少しでも"考えた"のかと考えてみる。


(……僕は、考えてはいないか)


最初から"魔法が使えないから”と、まるで他人ごとの様に思うか―――、寧ろ、今まであった"出来ていた事"が、"出来なくなること"に憐れみを、無自覚で持っている自分に気が着いて、少しばかり恥ずかしさで、身体が熱くなる。


それと共に恩師や小さな同僚があんなに心配して、誰かから文句を言われても、研究を続けているという"ウサギの賢者"に腹を立てているーーー怒っている自分に気が付いた。


大切に思われ心配もされている声を、きっとあの長い耳で一度や二度は聞いた事はあるのだろうけれども、ある意味ではそれらを無視を続けている賢者に怒りを覚えていた。


でも、賢者を大切に思ってくれている人からの気持ちを、無視しているように研究を続け乍らも、イタズラ好きとしながらも、十分に他を思い遣る気持ちを持っている事も、アルスは護衛騎士として、知っているつもりでもある。


そうやって、"考えて"辿り着いたのはアルスなりの答えは

"誰かが困っても、親しい人が己の事を心配していたとしても、ウサギの賢者は【魔法がなくなった世界の在り方】を研究しなければいけない理由がある"

という物だった。



「―――それで、アルスは私の考えで、納得してくれたのかね?」


落ち込み考え込んでいるところから、今度は"現実"に押し上げられる様に言葉をかけられ、新人兵士は、判り易くハッとする。


「あ、はい!、いきなり変な質問したのに、答えてくれて、ありがとうございました」


それでも自分からして置いた質問に答えてくれたアザミの確認に、アルスは慌てて礼を口にした。


礼を聞いた工具問屋の女将さんは明るく笑い頷いて、土産に持たせる言っていたパンプキンサラダと冷凍したアスパラガス入りのカレーを自作の籠の中にしまっていく。


(思えば僕が……自分がいきなり質問したのに、アザミさんは何も聞かずに答えてくれたんだよな)


初めてであった時からもそうだったけれど、改めて女将さんの懐の深さというか、器の大きさを感じいっている時、外から時計台の鐘の音が聞えてきた。


鐘の響く回数は"昼休憩終了"の物として聴き慣れたもので、もう引き上げないと邪魔になってしまう。

食事の礼を述べて、帰るという事を口にしようと思っていたけれども、またしても先に口を開いたのは工具問屋の女将さんだった。



「さて、鐘も鳴った事だし昼休憩も終わるけれども、アルスにアルセン、あんたたちこれからどうするんだい?。

それに、思ったんだけれども、アルス……あんたはさっきの迷子君を捜すにしても、最初から"西側"のうちの店に用事があったから、こっちに来たんだろう?。

その用事は良いのかい?。

アルセンの方は私服だし、散歩がてらに寄ってくれただけのなのかい?」


「あ、そうだ、自分は女将さん分けて欲しい物があったんでした」

「そうでした、私は、アザミさんに少しばかり相談したい事があったのでした」


アザミが総括を取る様にして、尋ねたなら、眼の色だけが違う兄弟の様な2人は揃って口を丸く開けた後に、各々の元々工具問屋に来た目的を思い出した様子だった。

意識をしたわけではないけれども、似ている動作をしている2人にアザミはまた笑う。

ただ、笑いながら、かつて一度だけ行動を共にした青い髪の"英雄候補”の少年と、"アザミの同期"が恐らくは何らかの情報を持っているだろう、肌以外は元教え子にそっくりだという存在を気にかける。


(……誰も嫌な思いをする事が、無ければいいのだけれどねえ)


アザミはそんな事を考えながら、元教え子と従業員が慌てて話す相談事を聞いていた。


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