表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/180

お散歩 紳士①

久し振りに1人で散歩をするアルセンでした。


挿絵(By みてみん)


「思えば1人なのは、久しぶりですねえ」


1人で一応帯剣をしつつ、いつものように身嗜みを込みで、魔力を調整する為の白い手袋を填め、私服を身に着けアルセンは大通りを避けて、人通りの少ない道を進んでいる。

独り言となると判ってはいるのだけれども、人も少ない事もあって思わず口に出してしまっていた。


「でも、今日はグランドールは香辛料(スパイス)を買い漁る手配に忙しいでしょうし」


時間さえ合えば、何かと行動を休日も城下に借りている下宿で共に過ごしている親友の名前を、口に出しながらそんな事を言う。

先日、親友グランドール・マクガフィンが"影武者"業務だった為それに伴って"国王の護衛"がこの国の英雄のアルセンの任務だった。

グランドールが影武者業務を行う際には、"心の支え"にしているマグマカレーという、親友くらいしか食べれない、辛うじて食べ物と呼べれる物がある。



それは、"(から)い"というよりも"(つら)い"という、味覚表現が合っている食物(嘗て好奇心で食べてしまい、半日程意識失い、食べた事を全力で後悔した鳶色の人談)で、諸事情で、冷凍保存されている物が腐ってしまうという事態になっていた。


そして、親友は影武者ながらも、国王と同じ様に鍛え上げている大きな体躯を折り曲げ、心が折れるという事象となる。

勿論、アルセンはその時は親友として、心の底から感情を込め、褐色の大男に慰めの言葉をかけていた。


『時期が悪かったのです、グラン。

近年では、マクガフィン農場で半年に一度行われる慰労や団結を深める為に食事会が行われていますよね

その都度、天幕を張ってこっそりと作っている辛党の貴方ぐらいしか食べられない通称、"マグマカレー"。

それが残り一食でしか残っていなかった所で、冷凍保存の役目を担う、法王猊下の氷の精霊ニブルが不在になった為に、解凍されてしまった。

最近の温かい陽気の為に、気づいた時には痛んでいたと報告も上がってきています』


多少わざとらしいのは、共に国王の護衛で親友の直属の部下となり、セリサンセウム国に置いては剣術に置いては最高峰となる、王室護衛騎士隊・隊長キルタンサス・ルピナスには見抜かれていたと思う。



正直に言って、アルセンは"期待していた食べ物を食べれなかった事"には大いに同情をしたけれども、マグマカレーを食べる現場に場居合わせなかった事については、"幸運"だったと位は考えている。


「グランドールが美味しそうに食べているのは良いのですが、如何せん香辛料の力で眼が痛くなるのはいただけないんですよねえ。

本来は食べられる香辛料の筈なのに、グラン好みに配合すると、劇物の様に変化するのが不思議な事です」


元々グランドール・マクガフィン氏がカレーに嵌ったというか、元は一般人でも食べられるぐらいの(から)いカレーから、"マグマカレー"に到達した原因と言えば、共通の友人のせいでもある。


その人物は先述でも登場したが眼も髪の鳶色の人物で、目付きは鋭く愛嬌の良い印象を与える丸眼鏡でもかけていなければ、普通なら人から避けられるような部類の人物である。


アルセン・パドリック、グランドール・マクガフィンとその鳶色の人物が出逢った縁と言えばそれは時代の流れと世相いう物が関わっていて、もしそれが無かったなら三者共に出逢っていたかもどうもわからない。

どちらかと言えば性格と、日常の行動範囲が全く重なる事の無い3人でもあった。


ただ、出逢ってしまい各々の性格理解したのなら互い補うのに丁度良い物があって、何かと一緒に行動する事になる。

この3人の行動パターンを簡略に例えるなら、ある目的があって、鳶色の人がそこに辿りついたり達成する為の方法を編み出すか、繰り出すか、切り開くの形で提案する。


ただ鳶色の人は、必要のない限りはどうにも物事を大袈裟にするのは好まないらしく、最小限の切り開きや目的に達成に必要な分しか、切り開かない事が殆どである。


しかも、興味が無かったなら仕方なく、目の前にあり問題を打開する策や方法を口にはするけれども、動かなくなる時もある。

そんな鳶色の人が興味が無く、または"自分には不向きだ"と判断して動かない時は、何かと身軽で、細かい事に関しては得意でもあると自認しているアルセンが取り組む。


そして、鳶色の人が珍しく先手若しくは露払いするか、素早いアルセンが積極的に先陣を切り開いた後に、作ったその道を一般的に均す役割を行うのが、グランドール・マクガフィンの役割とする事が多かった。

ただいつもこのやり方が採用されるという訳でもない。


それが覆されたのが、カレー作りとなる。






始まりは、3人がまだ軍学校で学生(鳶色と褐色は教官という立場でもあったが)で確か何かの罰で上官に薬草庫の整理を命じられた事にあった。


『お腹空かない?』


そう言ったのは鳶色の人で、薬草庫の片付けも殆ど終わりかけた、夕刻ではあるけれどもまだ夕食の食堂が開くには小一時間程時間がある。


『あともう少しで終わるんじゃから、我慢せんかい。それか期限切れの薬草でも、()めばいいじゃろう。捨てるよりは、その方が薬草もその方が良いじゃろう』


期限を見極め仕分けるのは早いけれども、その後に行う整頓し直す、廃棄する為の仕訳るという面倒くさく、細かい作業をグランドールとアルセンの2人で行っていた。


整頓し直す分には良いのだけれど、廃棄する場合には中々手間取る事になるのが、薬草の厄介な所でもある。

その方法も種類によって、燃やしてはいけないやら、水に触れてはいけないやら、他の成分に触れたならあっという間に成分が変化して、毒になってしまう場合がある。


ただ、人体に摂取する分に量を考えなければいかない物があるけれども、元々人体に取り込んでしまえばそれまでである。


『ああ、そうですよね。食べてしまえば、廃棄処分する薬草をわざわざ、仕分けなくてもいいんですよね、じゃあ、はい、どうぞ!』

『……アルセン、軍学校の天使が綺麗な笑顔で、期限切れの薬草を先輩でしかも一応上官に差し出すのってどうかと思う……。

しかも、今出してるの胃腸に効果がある奴だから、活発になって更にお腹空いちゃうよね?!』


やや大袈裟に鳶色の先輩が反応していても、グランドールに呼びかけられたならアルセンはそちらの方に行ってしまっていた。

それはいつもの事なので、鳶色の人はあっさりと諦めて次の質問をしていた。


『……まあ、いいや。アルセン、今日の夕食の献立を教えて貰える?』


軍学校の少しおかしな風習みたいなもので、一番年下の下級生は命令の暗記の訓練も兼ねてその日の一日食堂で出される献立を覚えるという物もある。

アルセンは尋ねられたならスラスラ夕食の献立を応えていき、それを鳶色の先輩が薬草を仕分けながら聞き流していたのだが、最後の一品でその長い指の動きを止めた。


『ええ、アスパラガスがあるの?』


食べ物に関しては、あまり好き嫌いなどはないとしている鳶色の人が唯一苦手とする食材の名前を耳にれて、非常に不満そうに言葉を漏らした。


『それなら、いっそうの事本当に薬草を食べようかな』


そう言って振り返り、グランドールやアルセンが期限切れで廃棄処分する事になって仕分け終えている薬草でも比較的安全な方へと、鳶色の眼から丸眼鏡越しに視線を向ける。


三香子さんこうしに、カルダモン、クミン、丁子ちょうじ黒コショウに白コショウ、コリアンダー、シナモン、大茴香だいういきょう

あ、ターメリックがあるの良いねえ。

それで……、トウガラシに茴香ういきょう)肉荳騨にくずく


それぞれの名前を読み上げ、廃棄の袋から乾燥させた原形状態の薬草を次々に取り出して並べていく。

それから薬草庫の端にある調合部屋を見て、道具を見た後に片方の口の端をグイッとあげてにやりと笑う。


『うん、基本的に作るのに必要なのはあるし、薬研とか乳鉢もあるから磨り潰すやつもあるし、竃もあるから火も使える。

確か、実験的に作ったほしいも、作ったのは良いけれど、穀物として副菜にあうのがなくて、廃棄処分とか言っていたし使っても文句ないだろう。

薬草畑には、ちょっとした野菜があるし。

確か毎年茄子が、出来過ぎて困っていたとか言っていたし、ちょっともいでもいいだろう。

トマトは、文句言われたら素直に謝るとして……で、グランドール、隠して作っている干し肉少し分けてよ。

あと、アルセン、食堂に一名欠食の報告をひとっ走りしてしてきてよ。

あ、それとも良かったらだけれども、2人も私の手料理食べる?』


すっかり何かを決定してしまった調子で語り、自分の言いたい事だけをつらつらと鳶色の人は口にする。


縦社会の後輩でもあるアルセンは、緑色の眼をパチパチとしながら横にいる褐色の先輩の方を見上げる。

褐色の先輩、グランドールの方も美少年の後輩が何を言いたいかがわかるし、軍学校にいるという立場上意見し難い部分も見越して代わりに意見を口にする。


『先ずは何を作る気なのかを、言わんか。そうでないと、乗れる目論見でも乗り難いじゃろうが』

『あ、そっか、そうだねえ。まあ、簡単に言ってしまえばカレーを作ろうと考えている』

『え?!、カレーって薬草から出来ているんですか?』


当時十代半ばで、結構優秀な美少年の見習い兵士ではあったアルセンで、知識も調理の腕前も同世代に比べたなら、基本的以上のものは訓練もあって出来ている。

料理の中でも、"簡単"とされる基本的なカレーは、アルセン少年一人でも作れる。


だが流石に"カレー"の材料と言ったなら、東側の食料市場にも販売されている、基礎となる固形物でしかしらなかった。

『おや、流石のアルセンも知らなかった?』


この反応に鳶色の先輩で上官も機嫌を良くしていた。

いつも予習も復習も確りしている弟の様な後輩が、純粋に知らないといった調子で緑色の瞳を丸くしているのを興味深そうに見つめてから、簡単に説明を始める。



『今は一般的に軍でも使われている固形の材料は、さっき私が拾い上げた破棄予定の薬草―――香辛料を基本として、焙煎した小麦、食用油脂、調味料とスープをあわせて加熱した物だよ。

それを使いやすく且つ販売する為に、余計な水分を飛ばして、ペースト状になったソースを容器にいれ適当なブロックに成形した固形状の物、フレーク状にした物、ペースト状のままの物がある。

最終的には更に冷却し、梱包されて売られているんだよ。

まあ、基本的なこの仕組みを使って、最近は出汁になる肉や魚と、具材となる野菜で作るのがお手軽になった料理は多いよね』


『そうなんですね。カレーは簡単な料理だとは思っていましたけれど、考えたなら確かにあの固形調味料があるお陰です。

思えば最近じゃあ、予め味付けの配分をして混ぜ合わせた調味料とか売っていますけれど、カレーはそれの先駆けだったんですね』


鳶色の上官の説明に大いに納得しながら、興味深い感想を付け加えてアルセンはそんな返事をする。

ここまでは比較的比較的鳶色の人も予想の範疇の事だったが、続いて出された褐色の旧友の反応には、鳶色の人の方が眼を丸くすることになる。


『ほう、あの固形の奴自体に、もっと出汁というか、肉とか魚とか使っているもんかと、ワシは思っていたがのう。

作る時に加えているということなのか』

『あれ?、グランドール知らなかったっけ?』


成人する前から十分逞しかった腕を組みながら、グランドールは深く頷いていた。


『ああ、カレーに興味が無かったからのう。

皆が"辛い"とは口にするが、ワシにはいつも辛さが物足りんからのう。

かといって、辛い香辛料を後がけで足しても、それも辛いのが強くなるだけで、カレーの旨みと合っているわけではない』

『ただ辛いだけが良いという訳ではないのですね』


隣に立つ美少年の教え子で後輩がそう言ったなら、褐色の大男は深く頷いていた。


グランドールは特に食事に関しては煩くはないつもりだけれども、甘い物や、元来ある料理の旨みを強引に変えてまで食べようというのは、正直に言って好きではない。


だから一般的に言う"カレーの辛さ"に合わされて作られた、カレーに辛くないからと辛味の元になる香辛料だけを付け加えても、他の味がそれに揃っていないのは逞しい首を捻る事になる。

グランドール曰く、"味が凸凹に感じてしまう"という事らしい。



そう言った話や、褐色の大男と最初に出逢って食事を共にした時から、随分な辛党であることを知っている鳶色の人は、その主張がある程度理解出来たので、ある提案をする事にする。


『ああ、それじゃあグランドールが美味しく感じる辛さと、カレーの旨みが丁度良くなるように今回作ってみたら良いんじゃない?。

材料は今回は廃棄する奴の所から、頂戴するから量は限られているけれど、基本的な配合量の分は十分ある。

それをベースにして、欲しい味覚があったら私が助言(アドバイス)をするからさ、グランドールが旨いと感じるカレーを作ったなら良いじゃない?』


そして、鳶色の人物―――後世にこの国の賢者ともなる人物はネェツアーク・サクスフォーンは、この提案をした事を全身全霊で後悔したと、告白している。


この一番最初の時に、香辛料―――薬草をから薬研や乳鉢を使って磨り潰していき、混ぜ合わせて行く内にカレー独特の芳香がそれは和やかに広がった。


褐色の旧友や、後輩の美少年が純粋に驚き、自分の説明や手順に従ってくれて、薬草の廃棄の仕事もこなしつつ共にカレーを作るというのも、良い想い出だったと断言できる。


その時、ネェツアークとアルセンは、互いの味覚に合わせて作った、軍の食堂で出されるカレーよりはやや辛味とトマトを加えた事で酸味の強い、まあまあ旨く作れた物となった。


アルセンもプライベート的に、"友人"と調理(?)をするのは初めてという事も合ってとても楽しそうで、密かに兄の気持ちを抱いている立場として良かった。


一方、一番付き合いの長い旧友グランドールの方ではあるが、ネェツアークのカレーの薬草に関する助言を、素直に聞いてくれていた。


それは良いことだったのである。


『成る程、基本的にはこの配合とバランスを守れば、カレーの旨味を損なわずに辛くしていけるというわけだのう』



いつも自分や美少年の後輩が切り開いたその後を、文句は多少こぼすし、時には拳も飛んではくるけれども着いてきてくれる旧友が、自分がアスパラガスが食べたくが無い為に行った、適当な提案に予想以上に興味を持ってくれている。

その事が捻くれ者のネェツアークなりに、軽く何とも言えない気持ちを抱かせていた。


いつもどっしりと構えていて、泰然としている人の瞳が、ネェツアークが"これから作る時にあった方がいいだろう"と簡単に(したた)めた"カレーの配分表"を、少年の様に輝かせているのも多少影響があったと思う。

鳶色と美少年の緑色の眼にも、その様子はとても印象深く残っている。


"自分好みのカレーが作れる"


それは、辛い食べ物が大好きなグランドール・マクガフィンにとっては、これまで旨いと思えなかった食べ物に関して、仄かに輝く希望の様にも思えたのだろう。


結局その時には、薬草庫にある分で廃棄しても構わない"辛味"の味覚となる香辛料を全てを使いきる。


グランドールにとっては、まだまだ辛さは物足りないが、これまで食べた中でも、今まで一番旨いカレーとなったのだった。

ちなみに、その時興味を持ってネェツアーク、アルセンそれぞれ一口食べたのだが、鳶色の方はやせ我慢してお湯で戻した糒をかき込んで堪え、アルセンの方は白い顔が一気に赤くしたので、グランドールの方が慌てて水を出してやっていた。


それから趣味は鍛錬程度だった褐色の大男は、新たにカレー作りという趣味を獲得する事になるのだが、それはあくまでも自分が旨いと感じられる作品を作る為だった。

他のもの事に関しては、大方の事を許容してくれていていた褐色の大男もカレーに関しては、旧友親友だろうが、プライベートでなら譲らなくなる。


とは言っても、食事をする際にはそこまで拘りを発揮しないし、ある程度のマナーを守って食べるならそれで構わない3人組でもあったので揉める事もなかった。


だが、揉める事がなかったゆえに誰もグランドール・マクガフィンの"自分が食べたいカレー"への歯止めが利かなくなったとも言える。

そして"マグマカレー"は完成してしまったわけである。






「まあ、グランドールが幸せそうで、周囲に被害をだしていないなら、友人として見守るべきですね」


日頃自分の趣味や嗜好を押し付けずに、大地の様に受け止めているグランドールがする少々過激にも思える"自己主張"なら、親友として喜んで受け入れる。


「食べさせてくださいとは言えないですけれど……」


出来ることなら、一緒に楽しめた方が親友を喜ばせる事が出来ると判ってはいるけれど、もう1人の旧友が好奇心に抗えず半日意識を失うという症状で、その"効能"を実証している。


その様子をグランドール自身も見ているので、親友ではあるけれども後輩が無理をすることを嫌うので、多分食べたいと言っても食べさせて貰えないといった所が、正解だとも思える。

一通り親友とカレーに関して思い出したなら、再び間が出来て、人通りの少ない道を止まる。


「それにしても、どうしますかねえ。本当なら、手紙を持って行こうと考えていたんですけれど」


思わずそう言いながら、本日行おうとしていた事を思い出しながら、私服の懐に手を差し込み、元教え子のアルス・トラッドに届けるつもりだった書状を取り出す。


「陛下からも許可が出たし、教育隊の教官の推薦状もを貰ったから、あとはアルスの意志を確認するだけなのですが……」


春の区切りをつける季節祭の中に行われる、季節祭。

例年通りなら、新人兵士の総当たり戦と合わせて女性騎士の武闘大会が行われていた。


だが、女性騎士の武闘大会は兎も角、新人兵士の方は今年からは時間短縮と政治的方面からの圧力で、ある程度の実力がある者と本人の意志が合致して、その上で参加するという形式になるとの事だった。

それはロブロウでの思いの外長引いた出張の間にも行われていた、人攫いの法改正に加えて、ついでという形で春の季節祭の運営についても話し合いがあったのだとアルセンは報せを受けていた。


実を言えばまだ公にもなっていない、情報でもある。

その情報を知らされるのは、現在は大会の参加者となりうる新人兵士と関わりのある者だけだった。

アルセンは現在、軍学校でも一般から募った任期契約の新人兵士の教官という立場で、アルス・トラッドに伝えるという役目を担っている。


今期では、剣術の腕前だけで幹部候補生、任期契約、本採用で軍人になった全ての"新人兵士"達を含めたその中で、2番目の腕前となるアルス・トラッドに参加の有無を確認する為である。

取りあえずこの形式をとるにしても自国―――セリサンセウムの優秀な新人兵士達に、上官である立場の者から話を持っていき、参加の意志を確認してからという事になっている。


本来ならば上官である"ウサギの賢者"に通達が行くべきなのかもしれないが、"賢者"には"(まつりごと)"に関しては関わってはならないという、縛りがあった。

今回の人攫いの法改正に関しても、法に関わる形ではなくて文化的に"人攫い"が起こるという社会背景や、起こった場合の過去の記録や、民の心情などの方の"情報"を提供するに留まっている。


(まあ、王都に戻って来て"鳶目兎耳"の活動をしたなら、直ぐにでも拾いそうな情報ではありますけれど。

基本的には、リリィさんの事以外はどうでも良いというか、アルスの意志に任せるという形を取るでしょうね。

もし、リリィさんがアルスが試合とはいっても、"戦う"うという事を選択した場合が、少々どうなるか心配ですね……)


リリィが極端に"争い事嫌う"というのは、ウサギの賢者―――ネェツアークを含めグランドールからも話を聞いている。


グランドールの方は、ロブロウに向かう途中の宿場街で、彼が養子に迎えようとしているやんちゃ坊主のルイ・クローバーと勝気な女の子の、可愛らしい口喧嘩程度の物だった。

その内容や始まった事は、実に子供らしい些細なきっかけだったので、良くは覚えていないらしいが、褐色の大男も耳の長い賢者も、興味深く観察したくなるようなものだったという。


こちらは結果はアルセンの自慢の教え子アルスが、言い争っている場面に"空気読めていない"というタイミングで割り込んだことで、やんちゃ坊主も勝気な女の子のどちら軍配が上がるということなく終了したとの事だった。

ただ、冷静になった時にリリィの方が必要以上の反省をしていて、褐色の大男からすれば多少"良い子過ぎて心配"という印象を抱いたという。


(リリィさんは、勝気ではあるけれど、基本的に優しい子ですからねえ)


(おおやけ)に出来ないが、リリィとは再従兄妹の関係でもあるアルセンはどうしても贔屓な様な感情を持ってしまっているのは自覚している。


(でも、気にするとしたならネェツアークから聞いた話の方でしょうね)


ロブロウにおいては、色んな事情があったのだが、王族護衛騎士のデンドロビウム・ファレノシプスと、ロブロウの(当時)代理領主アプリコット・ビネガーが剣を交えた。


その際には、"ウサギの賢者"は人の姿へと強制的に戻されてはいたけれども、リリィは全く知らない初対面の筈なのに、鳶目兎耳のネェツアークに随分と信頼を寄せていたという。


ウサギの賢者―――ネェツアークとしては、リリィが自分を慕ってくれるのは、それはとても嬉しい事。

だけれども、絶対に知られて欲しくはない真実でもあったのだが、頼られて"嬉しい"という気持ちは正直に言えばあったと、付き合いの長い親友達に零した本音だった。


『まあ、リリィにしたなら目の前で喧嘩をしている事で、藁にもすがる思いだったんだろうけれどね。

助けて欲しいと口に出していたのは、"ウサギの賢者さま"だったし』


そんな言葉の後にその後デンドロビウム・ファレノシプス―――ディンファレと剣を交えるのは、アプリコットがある魔術を施していたルイ・クローバーへと変わる。


施した魔術の効き具合を確かめる為に、ディンファレというセリサンセウムでも女性剣士の中では、最高位なる彼女に向かわせ、恐らくは同等かそれ以上の効き目と判った。

ただ決着をつけるまでは、その戦いは続かなかった。


リリィの異常な怯え様に、結局ネェツアークの方からルイを"操演"する立場になっていたアプリコットにストップをかけて、戦いを止めた状態で終わったという。

その時も、随分な怯えようで涙をを流したほどだったというので、再従兄の自分以上に姪にあたる少女には甘い"伯父さん"なら仕方のない判断だとも思えた。


(敵対というか、気に食わない相手にならどこまでも、底意地悪くなれる性分の持ち主何ですけれどもねえ)


鳶色の人と敵対する形で接触をして、"二度と関わりたくない!"として、当時彼が行動範囲の拠点としていた王都から去っていった人物を数人ばかり目の当たりにしているので、少しばかり胸の内で苦笑いを浮かべる。

昔から全く変わらない様で、何かしら成長する意味で変わっている事は、友人として嬉しいとも思っていた。


そこから少しばかり、その親友に様に考えているで本来考えなければいけない事から脱線気味になっているのに気が付き、金髪の髪を左右に振る。


(20年近く付き合いがあると、どうも考え方にも影響を受けてしまいますね、気をつけないと)


そして本題である”リリィの喧嘩嫌い”の具合について思い出し、改めて考える。


(リリィさんも、必要があったり、"悪い事をしたからやっつける"というちゃんとした理由があったなら、戦う事に関しては”平気”という話は聞いていますし……。

確かリコさんや、ライさんの初見の時にはアルスの容赦ない攻撃を見ても、全く平気だった仰っていましたね)


アルスがウサギの賢者の"護衛部隊"に配属された翌日に、恐らくは前々から美少女で単独で行動をしていた事で、眼をつけられていたリリィは、市場からの買い物の帰路に攫われかける。


多分、護衛騎士をつけられたにしても"新人兵士"であるし、見た目だけなら強さよりも"優しそうな"という印象の方が教え子は勝っていた。

軍学校でも少々ふざけた調子、"見た目詐欺"とも言われたのでリリィを狙っていた人攫いも、3人組という事もあって、大変油断したと思われる。


その現場に"偶然居合わせた"という、王族護衛騎士隊のリコリス・ラベルとライヴ・ティンパニーによれば、自分の教え子は、先ずは防具をつけた状態で肘鉄を鳩尾に食らわせたらしい。


『アルスちん、真面目だからニャ~、相手が基本装備につける鎖帷子つけている物だと思って思いきり喰らわせていたからニャ~』

『着けていたなら、それ程苦しまなかったでしょうから、自業自得と言えばそうなんですけれども』


悪漢に同情はしないけれど、多少気の毒に思いながら、王族護衛騎士はアルセンの教え子の攻撃を話してくれた。

ただ、教え子の人攫いへの攻撃の手を緩め事は無く、鞘に剣が納まったまま投擲(とうてき)し、悪漢の喉を潰すという行動をとったという。


その話を聞いた時には、ウサギの賢者の部下になったのは1日過ぎたぐらいの筈なのに、上司となる存在が耳の長いモフリとした格好でも、眼も髪も鳶色の人の時も得意としている奇をてらった攻撃をの影響を、早速受けたのかと思ったものだった。

そして教え子の攻撃を受けて、人攫いの3人の内2人はあっさり撃退して、最後の1人はアルスの促しがあってリリィが自分で捕まえたという。


(やはり、相手が人攫いだと判っていて、明らかな悪漢だと判っているのなら、リリィさんも別に戦う事に関しては、そこまで消極的になるというわけでもない。

でも、今回の場合はどうなるのでしょうね?)


もし、アルスがこの大会の参加を受け入れたのなら、必ずウサギの賢者の耳に入り、当然リリィも知る所になる。


「先ず、アルスが黙っていないでしょうねえ。もし、今日運んだとしてもリリィさんも、私服の私の姿で何をわざわざ運んできたのか気にするでしょうし」


今回の参加の有無の確認の書状は、昨日の国王護衛の勤務を終え、グランドールと別れた後に気が付いた。

昼食にマグマカレーを食べれずに非常に落ち込むが、調味料を明日から集めると張り切る親友を更衣室から見送りだし、念のため新しい連絡事項がないかと、軍学校に立ち寄る。


そうしたなら自分の執務室の机に、判り易く目立つ位置に大判の封筒が置かれてあった。

恐らくは、自分の副官のロマサ・ピジョン曹長が、アルセンに報せる為に置いていったのだろと考え、手に取り中身を確認する。


そこには春の季節祭の”新人兵士”の大まかな変更と連絡、アルスの参加票の必要な手続きは一連の署名も済ませている物が準備されてあった。

翌日は非番という事や、アルセンの性格からして帰宅する前に執務室に寄るだろうという事は、副官のピジョン曹長なら掌握している。


気の回る副官事は定評があり、上司の親友の"マグマカレーの消失"の件も認知していると思われる。

それに以前、例年新たなマグマカレーを纏めて作る際、大農家は1人でその調味料を集めるので奔走するという話をして、非番でもアルセンが暇をしてしまうという話をした事もあった。



(多分、今度の非番はグランドールにも会えなくて、私が息抜きが出来ないと考えて、気兼ねなくアルスに逢いに行ける用事まで作って、気を回してくれたのでしょうね)


ロブロウへの出張の間は、軍学校の時と同じように弟の様に気に入っているアルスに毎日逢っていた。

だが王都に戻ってからは、報告書の仕事が例えではなく、正しく山のように執務室の自分の机に積まれてあり、とても逢いに行く暇など出来そうになかった。



『……自分もあんまりな報告書の量だと思ったんですけれど、国王陛下が"ロブロウでやった事考えろ“という直筆の付箋が貼られてあって……。

あと、アルスの配属された賢者殿と、王族護衛騎士隊のリコリス・ラベルさんも何だか凄い量の報告書の作成が国王陛下の指示であるそうなんですが……?。心当たりありますか、アルセン様?』


今までに見た事の無い、書類の量に恐る恐る尋ねるのっぽの副官に、美人の上司は少しばかり前髪を垂らしながら頷いた。


『……ええ、十分ありますので、素直に書類業務を済ませる事にします』


アルセンは委細承知という雰囲気で、母の従弟でもある国王勅命のに(珍しく)素直に応え書類業務に取り組んだ。

それがある程度片が付いた所で、前から決まっていた国王(影武者)の護衛任務となって、翌日は非番というのは、決まっていた流れでもある。

その事は副官として、上司の予定(スケジュール)を、調整する立場でもあり他の副官とも、時間調整を行うこともあり、知っていてアルスに逢いに行きやすいようにしてくれた事に感謝する。


ただ流石にピジョン曹長も、軍学校外の人物の行動に関しては掌握する事は不可能な事だった。

ピジョン曹長はアルセンに、非番の時にでも可愛がっている後輩の元に、必要な用事を作って赴き、少しばかり話でもしたなら良い息抜きになると考えたのだろう。


しかしながら、そのアルスの配属先の上司へ先客がある事を、影武者の護衛の任務を終える際に知る。

それを教えてくれたのは、既に頭の中は調味料集めで一杯になっている褐色の大男の親友だった。

どうやら自分の勤務表を確認するにあたって、一番付き合いの旧い友人の物も見つけたらしい。


『仕立屋のキングスが今日王都に戻って、直接アイツの元に向かっているようだな。

多分、キングスはそのままいつもの通り一泊した翌日に、ワシの所に寄って英雄の服の調整を行うだろう。

それにしても、アルスは何気に初対面になるから、身に付け入る面によっては驚くことになりそうだのう』


その後で、ウサギの賢者の護衛部隊であるアルスとリリィは、翌日久しぶりに城下町に出て1日時間をかけて買い物をする事になっている記されているとも、教えてくれる。


だから、グランドールを見送った後に自分の執務室でアルスの意志を確認する参加票を見つけた時に、アルセンとしては色々と一遍に考える事にもなっていた。

取りあえず翌日ではなくて、改めてウサギの賢者の魔法屋敷に赴くか、若しくは手紙を出し呼び出すかにして、アルスに会い、剣術の選抜大会の参加の意志を確認する事。

ただし、それについて話す際にリリィもいたのなら、彼女の気持ちも鑑みる事。


(ここのところが、一般的な護衛騎士と違って少しばかりややこしい所でもありますねえ)


賢者の護衛がアルスの仕事である。


だが実際に行っている事は、その賢者の"秘書"という役割になっている女の子の護衛である。

それが、護衛対象である賢者自身が望んでいる事で、部下のアルスもそれが命令なので特に拘りなく忠実に行っている。


護衛対象が安心して日々を送る為には、彼が一番大切にしている女の子を確り安全に守ってもらうことが一番なのであるのが、本来守る側、守られる側の当事者達が納得して解っている。


でも、これが一般的な部隊に配属された時に通用するかと言えばそうでもないし、寧ろ目くじらを立てて、軍の規律を乱すと責められかねない。


ウサギの賢者―――ネェツアーク・サクスフォーンが軍隊を毛嫌いしている理由の1つとして、こういう応用効かない考え方があった。


(真面目だけれども、融通が利きやすい所でアルスをウサギの所に薦めた所もありますからね)


だが、今回に限ってはアルスの本心を聞きだしたい場合、リリィには申し訳ないけれども、少しばかり彼女の存在を外し、アルス自身に考えて欲しい事になる。


(でも、実際には本心でアルスと話を聞けたとしても、参加する事でその後の生活や人間関係に関わる事になると……)


教え子の性分を考えるとなると、"上司から勧められたなら"―――特に自分で言うのも何だが"アルセン・パドリック"から勧められたなら、 先ず断るという選択はしないと思えた。


けれども、今は生活を共にしている小さな同僚で、殆ど妹の様に思っているだろう少女の気持ちを優先する事は容易に想像できる。


(ただ、リリィさんも"アルスの兵士の仕事"との一環となれば、反対しないでしょうが、好んで争う物を見ようという気にもならないでしょう。

アルスも多分、リリィさんの気持ちや様子で決めるだろうし、あの不貞不貞しい賢者にいたっては、姪っ子の意志を尊重するでしょう。

でも、そうしたら、肝心なアルスの意見が聞けたとしても、リリィさんを思い遣って自分の意見をあっさり引っ込めてしまうだろうし)


アルセンが色々と思慮に耽るのには、それなりの理由もる。


ウサギの賢者護衛部隊に配属され、アルスがリリィの意見を尊重する以前に、"軍学校で剣の腕前は2番目"という評判を得る事になった試合から、彼が必要以上に戦う事が好きではなくなったのは見て取れた。

アルスが"戦わなくて済むのならそれでいい"と納得しているのなら、アルセンもそれ以上を言おうとは思わない。


今回からの試合様式からして、アルスが参加しないというのは“軍の常識“からしたならありえないけれども、彼の意志だというならアルセンはその意思を護ろうとも考えていた。


ただ、アルスが自分の旧友の部下の護衛騎士として配属して、早々に起こった出来事。

先ず、リリィをウサギの賢者の元に連れ戻す事を決める為、この国の国教頂点となる法王ロッツの護衛騎士、デンドロビウム・ファレノシプスと決闘をし対峙した時。


『アルス君が、"私"を敵だと思う事が出来ないから』


そうはっきり言われて、恐らく剣術では教え子が、決定的に負けたのは、あの女性騎士との戦いが初めてだったと思える。

その事で、リリィを取り戻し、守るという事で軍学校の生活でも芽生える事もなかった"負けたくない"という気持ちが、アルスの内に確りと出来上がったようにも思えた。


更にウサギの姿から、人の姿に戻ってしまった教え子の上司となった存在が、唆し吹きかけた言葉はこれまで優しく大人しい少年の心に、芽生えた気持ちにを煽りをかける。


それはロブロウの出張で遭遇した出来事で、これまでの抱えていたアルス・トラッドの方針を変えようとしている事も、その両方を目の当たりにした事で、アルセンは確りと感じ取っていた。


『私は自分より弱い人に守ってもらわなくても、結構ですよ』

『――!』


(あの言葉はきっと、ディンファレさんの言葉以上にアルスの考え方に影響を及ぼしてしまっている)


まだ17年という、三十路を過ぎたアルセンにしたなら丁度半分は短いという表現を使っても悪くはないのだろう、アルスの人生には、余り"負ける"という出来事に遭遇していないと、彼を保護をした立場からして断言できる。

軍学校では、魔法が全く使えないという状況ではあったけれども、それは別に負けているという意識はなく、自然に起こる現象の様に受け入れていた。

勝ち負けの感情を、必要がないのならアルス・トラッドいう人の日常に持ち込まない様にしていた。


それでも、ロブロウで強いられた戦いには、それなりの覚悟もした上で臨んだが、教え子は負けた。

相手の強さからしたならば、仕方ないとも思えるのだけれど、その負け様は、敗北と表現をするよりも、正しく"赤子の手をひねる"と言った状況にも近い物があった。


(それにあんな言葉をかけられたなら、アルスなりに、きっと悔しいと思ったはず)



―――軍学校で2番目で、今の評価の仕方に納得がいかなくても、私は"使える人材"なら、やる気があろうがなかろうが構いません。


―――何なら軍学校でもう一度、パドリック様の元で訓練生をやり直せるように、直轄部隊の権限を使ってさしあげましょうか?。



あの時は教え子の後ろ姿を見守る形になっていたが、人の姿に戻った上司(アルスは気が付いてはいないけれども)に言葉をかけられる度に、最初は開いていたが掌が拳になっていくのをアルセンは見る。

それは、言葉をかけられる度、こみ上げる”怒り”を堪えている様にしか見えなかった。


―――いいえ、結構です。わかりました、"僕は"アルセン様の方に行きます。


何より、教え子のあんな“反抗的“にしか感じられない声を、初めて耳にした。


(と、言いますか、あの人が傷口に塩を刷り込んで、砂利を塗り込むような言葉を選ぶのが(たく)みと言うか。

言われた人にとって、一番言われたら応える単語を拾い上げて、差し出すのが(うま)いと言うべきか)


でも、そんな人だから、温厚で大人しい教え子が、絶対自分には取らないような、態度を取らせることが出来たのだという事も判っている。

でもそれは、怒りに任せてではあるけれども、教え子の本心で自分の意志を貫こうと動いている様にも見えた。




(”アルセン・パドリック”相手では、本音を出したとしても、その後で”アルス・トラッド”に結局気遣うという事を自然にさせてしまう)


別に張り合うつもりもないのだけれども、これにはアルセンの方が勝手に悔しいとも思ってしまってもいる。


「いけませんね」


そう呟きながら、腕を組む。


どうも、この件に関しては冷静に考えられないというか、考えが纏らない自分に、アルセンは少しばかりイラつきを覚える。

どこかで落ち着いて考えたいと思った時に、ある人物がアルセンの頭の中に浮かぶ。


「これは"先生"に話してみてから、それからどう話すか考えても良いかもしれませんね」



"いつでも遊びにおいで。教え子でもあるけれど、勝手に子どもの様にも思っているところもあるからね"


「こういう時でもないと、伺う事もないですし、行って見ますかね」


胸元に時計をいれてあるけれども、敢えて取り出さずに城下の中心に(そび)え立つ時計台の時刻を、緑色の眼で確認する。


「……この時間なら、手土産を買っていったなら、怒られてしまう時間ですね。またの機会に、マーガレットさんの所のお菓子でも買って行きましょう」


この時、もしもアルセンが、マーガレットの菓子店に行ったなら、大層ややこしいことになったなど、予想できる筈もなく、美人の貴族で軍人は西側に向かって歩き始めていた。




「あ、アルセン様?!」


そして西側の中程に大きく店を構えている、この国一番の工具問屋の昼には常時開いている扉を過ぎたなら、聞き覚えのある声に名前を呼ばれて激しく瞬きをする。


その瞬きの間にも、アルセンの視界にはロブロウの出張を終了してから、初めて再会するもと教え子と、国の"英雄"になるべく指導をしてくれた"先生"の姿が緑色の眼も映った。



「―――アルス、今日はリリィさんと1日一緒に買い物ではないのですか?。アザミ"さん"、お久しぶりです」


アルスがいる事で、"先生"と呼ぼうとしたところはごく自然に"さん"と置き換えて呼んでいた。

もし、アルセン・パドリックが彼女を先生と呼んだなら、極力伏せてこの城下町の西側で"工具問屋の女将さん"で落ち着いている彼女の過去を説明しなければならない。


それを"先生"が望んでいないのを知っている、数少ない教え子達は徹底している。

その当の先生―――過去に王族護衛騎士隊の隊長でもあった婦人は、店に訪れたアルセンと、その前に訪れたばかりらしい、アルスを見比べて快活に笑って、出迎えた。


「おや、アルセンが私服で、アルスがいるなんて、初めて2人うちの店に来た時みたいだねえ。

まあ、アルスは随分とお兄ちゃんになってしまっているけれど」

「ゲッココココ!」


アザミがそう言った後に、アルスの左肩に乗っている、"ウサギの賢者の使い魔"である金色のカエルが自己主張と何かしらを抗議をするように、鳴き声を上げる。


「……これは、丁度良かったというべきなんですかねえ」


リリィの姿が見えない事に対して、思わずそんな言葉を口にするけれども、勿論アルスはそんなアルセンの事情など知る筈もなく、少しばかり首を傾げていた。


「さて、アルセンは店に来たところにいきなりで何なんだけれども、こんな時間に来たって事は、腹を空かせてきているんだろうね?」


少しばかり、わざとらしく眼を輝かせてエプロン姿の女将さんは腕を組んで尋ねる。


「はい、こちらでアザミさんのお手製に御相伴に預かろうと思いまして、勿論腹を空かしています。アルスも、そうですよね?」

「あ、その、えっと……」


アザミとアルセンの間に挟まれている形になっている、アルスに確認をしたが、直ぐには返事をせずに、珍しく単独行動の新人兵士は前後にいる恩人達を見比べる。


「ゲッココ」


だが、現上司の使い魔が昼休みの休憩時間で、比較的客の少ない店内に響き渡る鳴き声を上げたなら、少しだけ困った様な表情を浮かべた後に笑って頷いた。

最初は良く判らない、掴みどころのないウサギの賢者の使い魔と思っていた金色のカエルだけれども、最近は随分慣れてくれた様な気がする。


アルスの勘でしかないのだけれども、"アルセンと一緒に御相伴に預かるべきだ"といわれていると感じるのと、店に入ってから漂う懐かしい食欲をそそる匂いに抗うのも勿体ないと素直に思えた。

そう考え、(少々大袈裟と感じながらも)決断をする。


「そうですね、多分この流れなら他の皆も今日は個々で昼食になるだろうし……。

一応、リリィに昼食をアザミさんの所で食べるって連絡をして置いた方が良いと思うので、店の通信機借りてもいいですか?。

あ、あの通信機の連絡台帳にギリギリ東側になるのかな、喫茶店"壱-ONE-"の連絡先は載っていますか?」


2年程、住み込みで働いていた店なので、店内の勝手はしているけれども女将さんに当たるアザミに断わりをいれて尋ねると、快諾される。


「ああ、城下街で出店している店は連絡台帳に全部記載されている筈だよ。

リリィちゃんが心配しそうなら、店の通信機使って良いから連絡しといて上げな。

店番は"大将"がしているから、安心してカウンターの中に入りな」


「でもアルス、軍服を着ているんですから、迅速に動くんですよ」

「はい、アザミさんありがとうございます、判りましたアルセン様、気をつけます」


アザミに続いてアルセンにも凛々しく返事をしたなら、新人兵士は慣れた調子で工具店の奥へと消えてしまった。


「先生、店を入った時から漂っていますが、今日の昼食はカレーですか?」


アルスの姿が見えなくなったと同時に、馴染みのある方の呼びかけ、昼食の内容を確認する。

教え子と同じ様に、店の中に入ったと同時に漂っていた匂いで昼食の内容は把握できていた。

美人な元教え子からの確認に、工具問屋の女将さんの笑みを浮かべ、アザミは頷いた。


「ああ、朝に昼食を何にしようかなと東側の市場に行ったなら、香辛料の売店でマクガフィン農場から大量の注文が入ったと店員さん達が騒いでいてね。

店員さんも言っていたけれども"ちょっと早いけれども、もうすぐ季節祭の準備に入る時期か"って話してるじゃないか。

それで、慌てて仕入れる注文の量を増やしていたりしていたりねえ、潤うって事は同じ商売人としては楽しいじゃあないか」


アザミの楽しそうな語り口にアルセンも対外用の澄ました笑みではなくて、親しい人にだけに見せる困った様な笑顔を作って頷いた。


「ある意味じゃあ、マクガフィン農場のカレーパーティーは春の季節祭を伴う風物詩扱いになっていますねえ。しかし、そう言ったお店にもある程度の稼ぎ時を与える位の量を仕入れている事になりますか……。

農場のカレーパーティーの分や、その前の予行練習の分を含めて注文はしているんでしょうけれども」


アルセンの言葉にアザミも頷いた。


「料理にも"勘"て言うのがあるからね。

本格的に作る前に、復習をする様に造るのは実直なグランドールらしいねえ。

でもこの話を聞けて丁度良かったよ、うちもちょっと昨日ライスを炊きすぎてしまっていたから、片付けるのにカレー丁が度良いと思ってね。

それにアスパラガスが美味しい時期に入って、安かったからそれを使って(いろどり)豊かに作ろうかと、考えたんだよ」


「おや、それならアルスにとっても良かったですね。

少なくとも、あの上司の下ではアスパラガスが使われた料理を口のする事は稀になるでしょうから」


ある意味悪食ではあるけれども食べ物の好き嫌いをしない、元教え子の上司が珍しく明瞭に余り食べたくないと口にする食材が、使われているカレーの話を聞いてアルセンがそんな返事をしていた。

それから、単独行動をとっている元教え子の不思議に今更ながらに思い出す。


「アルスが、リリィさんと離れているのにはそれなりの理由があるのでしょうけれど……。

ああ、でもカエルの使い魔がいる分には、単独ではないという事になるんですかねえ」


”ウサギの賢者の使い魔”となっている存在を思い出し、口にする。


ロブロウの一件で、あの金色のカエルの使い魔が”普通”ではないのも判っているし、それだけで済ませるべきではない存在ではないのも、アルセンもそれとなく察している。


(けれども、必要のない限り突っ込んで訊くべきで話でもある様な気も、するのですよねえ)


これに関して、完璧にアルセンの勘でしかないのだが、どうもまだこの使い魔に関しては、自分が深くかかわらない方が良いという気持ちが、胸を占める。


諸事情があってロブロウでの、一件でアルセンは記憶が(まば)らな時があるのだが、そこの所は褐色と鳶色の親友が確りと把握してくれていると、教えてくれた。


そして"普通に日常を過ごすには、アルセンの疎らになっている部分の記憶は寧ろ不要だ"とも忠告する様に告げられている。

特に褐色の大男―――グランドール・マクガフィンの方は細かく覚えており、件の"ウサギの賢者の使い魔"についての詳細も、既に掌握している様子なのも判る。


疎らになっている記憶の中でも、褐色の親友が、親友の使い魔と、結構な言い合いらしきものをしていのを見かけた記憶が、実は微かに残っている。

ただそれにも、アルセンが入り込むべきでもないのと、"知らない ふりをしておくべきだ"という、何とも表現するのに難しい直感がごく自然にアルセンの胸の内で広がり浮かんでいる。


そんな中で、アルセンが出した結論は"取りあえず今まで通りでやっていこう"という物だった。


(これまで通り、うちの国の最高峰の賢者が特別に調整した特別(スペシャル)な使い魔という事にしておきましょう。

取りあえず、アルスの事を贔屓にしてくれているみたいですし、リリィさんにも親切な様子は見せていますからね。

まあ、もし、使い魔としてではなく、自分の意志があるのなら、主であるウサギの賢者に命じられても、背中に(いぼ)ガエルになって貼り付いたりする悪戯を等は、是非ともやめて頂きたいのですが)


知らないふりをしては置くが、見逃せない事があったなら容赦なく突っ込もうと決意しつつ、アザミが歩き出したのでその後ろについて行く。

工具問屋の従業員専用の賑わう食堂を通り過ぎる際に、幾らか視線を集め小さなざわめきを起こしはしたが、古株の従業員が"アルス"という名前を伴って、アルセンの事を説明をしてくれている様だった。


「私はなんやかんやで、やっぱりアルセンの顔を見慣れているんだろうねえ。

他の子達があんなに"美形だ"って騒いでいるのに、今更ながらに驚いているよ。

ここで待ってておくれ、アルスと私の分もこちらに運んでくるからね」


そう言いながら扉を開きアザミが、アルセンを案内するのは、工具問屋の来賓室と例える程立派でもないが、客と商談する時に使われる応接室だった。


先程通り過ぎた従業員の食堂が家庭感が溢れすぎているので、少しばかりきっちりした造り程度の部屋ではあるのだが、"仕事場"という雰囲気が十分に感じられる。

幾度か来たことがあるので、アルセンは奥の方から椅子を引いて腰掛ける。



「―――見慣れたなら、アザミ先生の言う通り、綺麗と言われる顔でもそんなものですよ。

仕立屋のキングスによれば、あちらの国1000年程昔の美人は、眼が釣り眼で細くて、顔立ちがふっくらしているのが、美人の条件だったそうですし。

丁度今の流行と真逆なのだとこの前呑んだ時に、教えてくれましたよ」


「へえ、それは興味深いねえ。歴史や時間の流れで価値観がそんなにも変わる物なんだ。

ああ、そう言えばキングスと言えば、私も暫く会ってないねえ。

世界中を仕入れで旅しているから仕方がないか。

ああ、アルスが言うには、昨日セリサンセウムに帰って来ていて、賢者殿の魔法屋敷に泊まって、リリィちゃんと一緒に美味しご飯を作ったそうじゃないか。

それで案の定、あの子のお面には驚いたのと、身体は細いのに意外と力持ちな所に早速驚かれたされたそうだよ」


アザミの愉快そうに笑いながらいう事は、アルセンも判るので直ぐに頷いていた。


「ああ、そうですね。確かに、キングスと初対面だと驚くことになるでしょう。

昨日、"国王の護衛業務"が終わった後で勤務表を見たなら、賢者の所に直帰で鎮守の森の方に寄るとは書いてあるとグランドールが言っていましたから」


そこまで話した時、応接室の扉越しでも"アルス、久しぶり"や"元気だったか?"と語り掛けられるのが聞こえてくる。


「やれやれ、アルスも少しばかり掴まりそうだね」


アザミが応接室の扉の方を見ながら、苦笑いを浮かべるていると、アルセンの方が執成す様に話しかける。


「そういえば、お店の方がアルスの事で騒いでいるのは、懐かしいのと珍しのもあるのでしょう。

アルスが軍服というか、軽装備で御店を訪れた事は余りないでしょう?。

ああ、そうだ先生、武器の安置場所はどちらになるでしょうか。

食事なら、一応帯剣を外しておかないと、非礼になりますので」


自然に椅子に座っていたけれども、思いだした様にアルセンが尋ねたなら、アザミが"そうだね"と答えながら頷き、比較的応接室の奥にある方の安置場所を指さしながら話を続ける。


「思いだしてみたなら、私は賢者殿に配属された翌日にリリィちゃんを連れて、今日みたいな軽装備姿ではあったけれど、他の皆はあってはいないね。

それから数日して、アルス曰く"指導をしてもらった"とかで、打ち身が酷くて、剣を扱う事は出来るけれども、軽装備が出来なかったみたいだね」


その際のアルスを思い出しながら語る時のアザミの眼は、工具問屋の女将さんの眼ではなくて、武芸を嗜み以上で納めている武人の物だった。


(多分、先生の事だから、服の上からでもアルスの具合を見抜いていたでしょうねえ)


自分の事を観察する様な美人の元教え子の視線を察してはいるけれど、構わない調子でアルスについて話を続ける。


「外出用の軍服で腕章をつけて、リリィちゃん専用の台車の材料を買いにきて、そこからロブロウに出張に行ってしまったから。

アルスが、ここに来たのはそれ以来だね。

ああ、そうだ、思えばこちらに来て直ぐに、アルスから、アルセンについておかしな質問をされたんだよ」


そこで目元は直ぐに工具問屋の女将さんの物に戻る。


"アルセンについておかしな質問"について思いだした、アザミが自分の両掌を重ね合わせつつ、それから先に椅子に腰かけている教え子の"美人"と例えられる顔を繁々と見つめる。

たまに自分の顔をじっくりと見られる事があるけれども、そう言った意味での視線でもないので標準的な成人男性ではあるが、引き締まった小首を傾げる事になる。


「変な質問?、私についてですか」

「ああ、こっちに来てから一番細最初にされて、それから直ぐにアルセンが来たからそのままだけれどもね。

特に内緒にしてくださいとも言われていないから、言ってしまうけれども"アルセン様の肌が日に焼けた所を見た事がありますか?"って」


そのアルスがしたという質問につい聞いた時、愛用の細剣を安置場所に置いた後に、傾げた首を真直ぐにして、形の良い両眉を丸くなった眼の上で上げていた。


「少しばかり、された質問の意味が計りかねるような内容だったね。

ああ、一応アルスには"日に焼けている所は見た事はないし、アルセンは肌が赤くなるばっかりで、肌は焼けない方のはず"と答えておいたよ。確か、軍学校でもそんな感じだったよね?」


「はい、その通りです。ありがとうございます」


アザミが、元教え子について答えたアルセンの日焼けの状態にについては全く間違っていない。

正確な情報を伝えて貰った事に礼を述べると同時に、アザミと同じ様に"された質問の意味が計りかねるような内容"に瞬きを繰り返す事になる。

そこで応接室の扉がノックされ、”失礼します、入っても良いですか”というまるで軍学校の教官室に入るのに許可を得るような、アルスの声が聞こえてくる。


「軍学校じゃないんだから、普通に入って来て良いんだよ?」


どうやらアザミにも同じように聞こえていたらしく、苦笑いを含んだ物言いで扉に呼びかけたなら、アルスが入って来た。

だが、入り口で止まったままで少しばかり、先に中にいた2人に少しばかり窺うような視線を空色の眼から注いでいる。


「じゃあ、私はカレーを持ってくるから、2人で話すといい。

2人きりなんて久しぶりだろう……って、これじゃあ何だか変な言い方だね。

ああ、でも”兄弟水入らず”なら変じゃあなくなるかね?」


まるで元教え子の1人の鳶色の人の様に言いたい事だけ言ったなら、アザミの方がアルスと入れ替わる様に外へと出て行った。

ただアザミの言葉と、どうやら扉の向こう側で恩師と女将の話を聞いていたのか、肩に金色のカエルを乗せている元教え子は少しばかり顔が赤い。


(でも、いつまでもこちらに来ないのと、扉の前で固まっていたなら、食堂の方にいる怪しまれるから、仕方なくこちらに来たようですね)


なので、アルセン方から声をかける事にする。


「アルス、久しぶりです。工具問屋の皆さんとは、私以上に久しぶりみたいでしたけれども、挨拶を済ませましたか?。

まあ、何はともあれ、隣にすわりませんか。

武器の安置場所は、アルスならご存知ですね」

「あ、はい、知っています。それじゃあ、後ろ失礼します」


そう言ってアルセンの腰掛けている後ろを通り過ぎた場所にある、シンプルな金具の安置場所に軍から支給される剣をアルスは置いた。


「皆さん、お元気そうでした。あと、やっぱりこの軍服とかは珍しいみたいでからかわれました」


そう言いながら振り返り、アルスは何気なくではるけれども、自分の顔を見つめている事をアルセンは察する。


(……いや、この感じですと見つめるというよりは、"見比べる"っと言った方が近いでしょうかね)


ただ、自分の顔と比べる対象が何なのかが判らないが、そこに先程アザミが口にしていた言葉を思い出す。


―――特に内緒にしてくださいとも言われていないから、言ってしまうけれども"アルセン様の肌が日に焼けた所を見た事がありますか?"って。


(アザミ"先生"が言うには、私が日に焼けている顔を、見た事があるかどうかを、店に着いたと同時に物凄く気にしているみたいでしたけれども)


アルセンに指示された通り、その隣にアルスが座った時に金色の使い魔ははピョンと飛び降り、応接室のテーブルに着地をする。

並んで座る金髪の兄弟の様な2人の正面に、カエルの様に(カエルなのだが)ジャンプして移動をし、見上げる形になってゲコっと鳴いた。


まるで"さあ、どうぞお話しください"と2人が会話をする事を誘われている様な調子にも見えた。


(恐らく、使い魔としている金色のカエルを通じて、私とアルスの会話は"ウサギの賢者"に筒抜けるという事になるんでしょうけれども)


それに"乗る"というつもりはないが、取りあえずアルスと会ったならしようと思っていた挨拶をアルセンは口にする。


「ロブロウから戻って互いに忙しかったですけれども、アルスとリリィさんは元気でしたか?。

あの賢者は、体調崩すにしても2年に1度程度、大きな風邪をひいて寝込むぐらいですから、心配はしていませんが」


ついでに教え子が知らないだろう、耳の長い上司が"人の姿"だった頃から、慣例の様になっている事も付け加えて教えてやる。


「あ、はい。リリィも自分も、後片付けとか、いつも通りの日常を過ごせる位に落ち着きました。

賢者殿はロブロウでもやっていましたが毎日いろんな本を引っ張りだして報告書を作成していらっしゃいました。

でも、まだ引き続き書き続けてはいるみたいです」


先ずはアルスの方も、恐らくアルセンが知らないであろう、ロブロウから離れてからの事を報告する。


「賢者殿ってその、定期的に風邪をひかれるんですか?。そのアルセン様が言うには、2年に1度程……?」


そして恩師から提供された情報が、先程から気になっている事以上に、アルスにとっては大いに意外で思わず質問してしまう。


「ええ、一応あれでも他人には強要はしませんが、自分自身に関しては"体調管理も仕事"と考えている節はありますからね。

普段は小さな怪我はするかもしれませんが、病気に関しては滅多なことで風邪もひきません。

けれど、あの賢者曰く、2年単位でどうして小さな疲れが身体に蓄積しているらしくてや本人曰く、"ズレ"みたいなのを感じるらしいんですよ。

それを解消する為に、正確に言うのなら、風邪とは違うそうなんですが、症状が殆ど似ているそうなのでそう例えているそうです。

それで水分補給十分しつつ発熱して、発汗する事で一気にその"ズレ"を流しだすみたいな感じで、身体の調子が戻るんだとか。

汗を流して出すにしても、どうにも、運動やそう言った者では出すことが出来ない類なものだそうです。

まあ、精々2日、長くて3日程度の事らしいです」


アルセンが朗々と説明する間、アルスは空色の眼を丸くしていて、金色のカエルの方は"興味が無い"と言った調子で、円らな眼をとじ、喉をクツクツと動かしていた。


「……そういうのが、賢者殿は自分で自分の身体の調子の流れ(サイクル)が解っているという事なんですよね。でも、判っていても、リリィは心配をしそうですね」


用意周到な耳の長い上司の事だから、強気な目元の秘書の女の子にも、今自分の恩師から受けた様な説明を、その"発熱の時期"が訪れる前に、事前に知らされているとは思う。

でも、いざ寝込んだウサギの上司を目の当たりにしたなら、"定期的"という事が判っていてもきっと心細くて、不安になってしまうと思える。


(確か、リリィが賢者殿の所に来たのが3年くらい前だと聞いているから、その定期的の発熱には、アルセン様の説明に則ったなら、1度はあっている筈なんだよね)


日常にする話でもないし、こういった話をするにしても、誰かが病気にならないとするきっかけにもならない。

ただ、アルセンもアルスが抱いた疑問については直ぐに察して、ニコリと笑みを作り、形の良い唇を開く。


「"前回"の発熱の時は、アルスも昨日初めて逢ったでしょう?。


仕立屋のキングスがいてくれたんですよ」



「ああ、そうだったんですね」



たおやかな仕立屋の名前をを耳に入れたなら、アルスはもう過去の事なのだけれども、小さい同僚が困っていなかったという事実に安心をしてしまう。



アルスのその様子に、更に安心を重ねるように恩師が話を続ける。



「丁度、仕事も一段落ついて王都にいる時期だったので、発熱してから完治する数日の間泊まり込みで、一緒に過ごす予定だから大丈夫だと、その時期が来る前に連絡がありました。


その当時の私といえば賢者殿が"、秘書の女の子を保護して引き取った"という話までは知っています。


ですけれども、それが"リリィさんという性格の女の子"とまでは、その熱発の報告の時は知りませんでしたからね」



アルセンの言い回しに、聡い教え子は直ぐに恩師の言いたい事が判ったし言葉にしなくても、納得が出来たので、同調する様に無言で静かに頷いた。



その頷きを見てから、アルセンは更に話を続けている。



「キングスがいるなら、何にしても大丈夫でしょうと考えて、"それなら安心ですね"手紙を返す以外は、特に何もしませんでした。


聞く人が聞いたなら、薄情とも思われるかもしれませんが、賢者殿はあの仕立屋さんが大好きですし、キングスは優しのに加えて子どもの面倒を見るのも巧いですからね。


ただ、それでも、もし、リリィさんという女の子がいるのを知っていたなら、私は見舞に赴いたでしょうね」


それはウサギの賢者殿を心配の為にするというよりは、キングスと一緒に看病に頑張っているだろう少女を励ましに行く為の見舞だとも、アルスには解る。


(キングス様も優しいけれど、アルセン様も優しい……あれ?)


アルスはニコニコとしながら、兄の様に尊敬するアルセンを見ていたのだけれども、不意にそれまで優しい雰囲気の笑みに陰りのの様な物を感じた瞬間、美人な恩師は少し早口で続ける。


「最高級のメロンとマクガフィン農場のリンゴをお見舞いに持って行って、リンゴの摺り下ろしたのを食べてる横で、リリィさんとキングスを伴ってメロン食べてましたね。


あのウサギ、果肉がオレンジ色のメロンが好きなんですよ。


季節が夏なら、最高級の材料を提供して、キングスにアイスクリーム作って貰って、ウサギにはやっぱり、リンゴを摺り下したの上げていたらいいでしょう」

最後の方は、何やら変な調子が出てきた様子で、元恩師は綺麗な顔に"良い笑顔"を作りつつも、長い前髪が影になっている様子で微笑みながら口にしていた。


(アルセン様、賢者殿にこれまで本当に、どんなイタズラされたんだろうなあ……)


こういった形で饒舌になるアルセンを、数は少ないけれど遭遇していたので、アルスは取りあえず、周囲には爽やかにしか見えない笑顔を浮かべながら、聞き流していた。


今回は教え子の戸惑いも、家にいる実母の専属となる冷徹なメイドの呼びかけ(ツッコミ)もない。

美人な軍人で貴族は、自分の力で冷静さを取り戻したなら、口元に白い手袋を填めた手を寄せながら、小さくコホンと空咳をする。



「……と、まあ、互いの体調やそういった物は、ある程度親しい物同士なら、結構掌握していたりするものです。

それで、アザミさんは"アルセンは日焼けが出来ない"という事はよく知っていますよ。

未成年の頃は、真っ赤になるばっかりで、肌が日に焼けない事で恨めしく思える事がありました。

……どうして、私が日に焼けた姿を見た事があるかどうかなんて事を、アザミさんに尋ねたのですか?。

話しを先回りする様になりますが、私の顔にそっくりな日に焼けた方でも、理由はまだ分かりませんが単独行動をしていた街中で見かけましたか?」


先程、耳の長い上司に関して語っていたのとそんなに変わらない調子で、隣に座っている綺麗な顔が横にあった。


「あ、その、えっとですね―――。その、一言で説明する事がちょっと難しいのですけれども」


いきなり核心を突かれるような形になって、アルスにしては珍しくしどろもどろといった調子になって言葉に詰まっていたなら、応接室の扉がアザミの手によって開かれる。


大きなトレイを抱えていて、そこには皿の大きさは全て同じだが、カレーライスの大盛りが2つ、普通が1つ、少なめのものが1つ、計4つ。

それからこちらは全て同じ量が入った、サラダの小鉢を4つ載せていた。


「まあまあ、アルセン。

どうせなら、その綺麗な顔は教え子を威嚇する為に使わないで、可愛いお嬢さんでも口説くときにでも使ったならどうだい?。

その方が効率よく相手を落とせるよ」


「別に、アルスを口説き落とすつもりもないのですけれどもね。既に、私に懐いてくれてはいるのですから」


アザミの注意をさらりと聞き流し、軽々とトレイを抱えているけれども、紳士として夫人を手伝う為にアルセンは椅子から立ち上がったなら、アルスも慌てて習うように立ち上がる。

配膳までしようと思っていたが、立ち上がってくれたので女将は遠慮なく元教え子と従業員を使う事にして指示をきびきびと口にする。


「折角立ち上がったてくれたんなら、自分の分は取って貰おうかね。あ、勿論、大盛り2つがアルセンとアルスのだよ」


金髪の青年2人が、女将に指示された通り大盛りの他の野菜も判るが、特に緑の色が鮮やかなグリーンアスパラの具が目立つ、大盛りのカレー皿を手にして自分の席に戻る。

アザミはアルセンの正面側に座り、普通の盛りの皿を自分と、残っている量の少ないカレーをアルスの正面になる位置に置いた。


「アザミさん、誰かもう1人いらっしゃるんですか?」




工具問屋の"大将"でも来るのだろうかと、アルスは一瞬だけ考える。


けれども、彼は先程アルスが喫茶店"壱-ONE-"連絡をする際に挨拶した際に、大盛りから更に進化した特盛のカレーを昼休みの店番となるカウンター内で食べていた。

アザミはアルスからされた質問に、"ああ"と穏やかな声を出しながら今はテーブルの中央に鎮座する金色のカエルに眼を向ける。


「普通の量はあたしで、少ない量は賢者殿の使い魔だっていう、カエル君にだよ。

話によれば、普通に食事をするらしいからね。

ああ、でも、主がアスパラガスが嫌いなら、使い魔もアスパラガスが苦手になるのかねえ」


「あ、思えば、さっきは聞き流してしまったんですけれど……。

賢者殿って、アスパラガスが苦手なんですか?。

先程アルセン様が

『おや、それならアルスにとっても良かったですね。

少なくとも、あの上司の下ではアスパラガスが使われた料理を口のする事は稀になるでしょうから』

って、仰っていましたから……」


かつてアルセンから教えて貰った暗記術を使って、記憶して置いた言葉を使って、そのままをアルスが 口にすると、これにはアルセンが頷く。


「ええ、軍学校時代からの付き合いですけれども、それは明言していましたよ。

でも、好きではないだけで、決して意地でも食べないくらい嫌いという訳ではないのですがね。

細かく砕いてハンバーグ等の料理に混ぜてしまえば、それはそれで普通に食べてしまえるぐらいの"好き嫌い"ですよ」


「……何だか小さい子どもみたいですね」


思わず恩師の話を聞いたままの感想を口にした後、新人兵士はハッとして上司の"ウサギの賢者"の使い魔である金色のカエルを空色の眼で見つめる。

だが使い魔の方はそんな話よりも、"具沢山カレー"の方に興味があるらしく、ひょこひょこ移動して皿の縁に両手をかけて、彼にとっては"特盛"以上のカレーを見上げていた。


そしてその様子は、アルス以外の他2人も見つめいる。


「アスパラガスが苦手な賢者の話はこれくらいにしておいて、取りあえず昼食を頂きましょうか。ウサギの賢者の使い魔殿は、工具問屋の女将さんのお手製カレーをどうやら大変楽しみにしてくれているようです」


今度はアルセンが代表する様に言葉を口にした時に、アザミが"一応"という形で準備をしておいた、金色のティースプーンを差し出したなら、それこそ現実にいるカエルではありえない行動をする。


先ずカレーの皿の縁にかけていた楓の様な手を離し、二足で直立し工具問屋の女将が差し出したティースプーンを、身体の対比からしてまるでスコップを掴む様に、掴む。

次にカレーの皿の縁に登り、気のせいでなければ両生類の円らな瞳が、自分の前にそびえるカレーの山の前に、輝いたように、応接室にいる3人にも見えた。



「じゃあ、早速食べながらでもこれまでの経緯を話そうじゃないか―――。"いただきます"」


「いただきます」

「いただきます」

「ゲココ!」


店の女将であるアザミが、食事の挨拶をして昼食が始まる。


全員が軍隊生活の経験者(この時点ではアルスは「女将さんは、女将さんの仕事が忙しいから、早いんだろうなぁ」と思っている)なので食事のスピードは、全体的に早い、筈だったが、今回は少しばかり様子が違う。


応接室にいる3人が3人とも、金色のカエルに食べっぷりに注目をしていた。

先日、アルスは仕立屋が作った梅ゼリーを器用に食べている姿を目撃はしてはいるのだが、ゼリーなら何となく"軽い"イメージがあって体積以上の物を食べていても"変"とも思わなかった。

ただ今回は使い魔のカエルと比べたなら、見た目の比重からして重いのが判り切っているカレーライスなので、否応なしに注目を集めてしまう。

そんな中で、カレーライスの山をカエルはマイペースで金色のスプーンで掘り、食べていく。


「凄いねえ、アルスの上司の賢者殿はどういう作り方で、この使い魔を産み出したんだか……。

多分、こうやって自分で食べる事で、使い魔としての活動の熱量(エネルギー)に還元しているんだろう。

結構色んな使い魔を見てきたものだけれども、その仕組みがあったとしても実現しているのは数回した見た事がないよ」


金色のカエルの食べっぷりに感心しながら、アザミがそんな感想を口にすると、アルスは熱量に変えているという言葉を聞いて少しばかり、空色の眼をパチパチとする。

少しばかり考えながらも食事を進めつつ、今口にある物を飲み込みんだなら口を開いた。


「食べ物を口に入れて、熱量に変えるというのは、動物と同じって事なんですよね?。アルセン様?」


アルスはアザミに対しては"工具問屋の女将さん"という認識なので、魔術が得意な事でも有名である隣に座る恩師の方を見る。

アルセンの方も、行儀よく器用に食事を進めつつ頷き、教え子の質問に答えていた。


「力に変えている所は、同じと言えるでしょう。

けれど、この食べ方と量からしたなら、普通のカエルの熱量は軽く超えているでしょう。

何せ既に体積以上のカレーを食べていますからね」


3人が6割ほどカレーを食べ終えいるところにで、カエルの方は8割食べ進んでいた。


普通なら"カエルがカレーを食べている"位の程度で、感想は尽きてしまうだろう。

けれども、それを観察しているのは、国の英雄と、表向きには伏せているけれど元英雄を教育した婦人、そして魔法はからっきしではあるけれど、洞察力鋭い新人兵士である。


カエルが一応"美味しそう"ではあるけれども、"空腹になり過ぎて"というか、少しばかり焦る調子で、"食事"をしている事に気がついた。


「……それとも、こんなにエネルギーを使う事でも、この"使い魔君"にはあったという事なんでしょうかね?」


そしてその疑問を口にするのは、カエルが食事をとる事で自力で魔力を補充している姿を幾度となく見ているアルセンだった。

その疑問には、アルスが丁度カレーを飲み込みタイミングで驚いてしまったので、少しばかり恩師に背中を撫でられる事態となる。


「ありがとうございます、アルセン様。それについては、魔力というか、何だか緊張している場面にカエル君が直面したのには、心当たりがあります。

ええっと、じゃあ、何処から話せばいいでしょうか」


恩師と女将さんが知っている情報は、恐らく同じではない。

アルスとしては、出来れば正確に話したいと考えているが、そうすると自分の性格からして時間を使う事になる。

恩師の方は兎も角、女将さんの方は昼の休憩には限りがある。


そもそも工具問屋に赴いたのも、アルスは親友シュト・ザヘトに銃の(ホルスター)を新たに作る為に材料を購入する為だった。


特に材料の一部となる特殊なゴムは、アザミのお手製の物でもあるので、その交渉のしないといけない事も今更ながらに思う出す。

シュトに鞘を造る事に関しては、ロブロウの滞在中に何気なく話している記憶もある。


(思えば、そもそもアルセン様は、日報位は読んでいらっしゃるだろうから、アプリコット様達が領主を罷免されたことぐらいは知っていると思うけれど。

それでも、王都に向かっているという情報までは知っている可能性は低い。

そこの所を短く適当に纏めて良い所と、悪い所を自分の判断で決めて良いのかもわからない。

それに"あの事"も言わなければいけなくなってくるだろうし)


アルスが食事の手を止めないまでも、考えが煮詰まっている状態になっているのを恩師も女将さんも見越している様だった。


「―――取りあえず、今日のアルスが"使い魔のカエル君と一緒になった、出逢った経緯まではかい摘んで、話せば良いんじゃないかね?。

こっちの事情は良いから、今日の朝からアルスがこっちに来るまでに起こった出来事を話してくれれば、あとでこっちが質問するからさ。

多分、アルスの事だから、普通に話していたなら流れが聞く側に突拍子のない物にはならないだろうからね」


食事の合間にアザミがそう提案をしたなら、アルセンも頷いた。


「そうですね、アルスが知っている事をそのままでどうぞ話してみてください。

私やアザミさんにとって、驚いたり興味深い話もあるでしょうが、とりあえずカエル君が登場して、こうやってガツガツと食事をとる事に当て嵌りそうな部分が終わるまでは、何も口は、挟みませんから」


"口を挟まない"という言葉に、"恩師に瓜二つの褐色の人物"の事を考えながらも、時間に限りもあるのでアルスは話す決心をする。


「判りました、じゃあ、細かい所は省いて、今朝の出来事から自分の知っている事を、カエル君と出逢うまでを話そうと思います」


そこからアルスは、今朝から起きている事を話し始める。

朝食は、昨晩泊まっていった仕立屋キングスと小さな同僚のリリィが張り切ってくれて、昨夜から引き続き、美味しい物だったこと。


それから、朝食の終わり頃にマクガフィン農場から、ルイ(会った事はないが、大農家が養子にしようという話は女将はしっていた)がグランドールから、"お使い"とお土産のリンゴを伴ってやって来た。

お使いの内容は、アルセンもアザミも知るところである"マクガフィン農場のカレーパーティー"への招待状と、ロブロウ領主アプリコット・ビネガーの罷免の記事が載った日報を、ウサギの賢者に届ける事。


そのお使いを無事に済ませたルイは、朝食を軽く食べていたが、リリィの作った料理があると聞くと大喜びで食べる事になる。

その最中に昨夜遅くに、罷免されたというアプリコットから連絡があって既に王都に向かっている事が、食後のデザートを食べている賢者から連絡された。


それから、仕立屋キングス・スタイナーの弟子になる"シノ・ツヅミ"という女性と行動を共にしていて、昼過ぎには王都にやって来るという事。

ただロブロウからの一行と、王都の何処で落ち合うという約束は特にしていなかった。


『それじゃあ、もしワシの方にアプリコット殿から何かしら連絡があったなら、いつもみたいに使い魔のカエルを飛ばすから。それでいいかな?』


と、耳の長い上司が発言したなら、一同はそれで納得していた。


金色のカエルはロブロウでは結構な活躍をしていたので、その事で"使い魔なりに疲れていた"のは、ウサギの賢者一行は知る所である。


何はともあれアルス、リリィにルイが加わる形の3人で、こちらもお使いを頼まれる事になる。


ウサギの賢者のお使いは、先ずは何にしても、王都の喫茶店"壱-ONE-"で、報告書と書き物をしているという王族護衛騎士のライヴ・ティンパニーに、ある書類を届ける事だった。

このお使い自体は、何事もなく喫茶店にも無事についた事で果たされる。


ウサギの賢者が言っていた通り、ライヴ・ティンパニーと、彼女の相棒のリコリス・ラベルが、護衛対象となる貴族議員のユンフォ・クロッカスが各々の書類作業に没頭していた。


特に、リコリス・ラベルの集中力は物凄い物があって、ルイとリリィが驚いていたという。

喫茶店も初体験をしていたところに、、アルスも名前だけは聞いた事がある、城下街の東側の名物(?)オッサン兄さん、見習いパン職人ダン・リオンが喫茶店に、ロブロウの一行を率いて姿を現した。


ただロブロウ一行に必ずいる筈のアト・ザヘトが色々とあったらしく、原因はともかく王都の中で迷子になってしまったとの事だった。


ただ、迷子になったという親友シュト・ザヘトを気遣いつつも、アルスが見る限り、


"見習いパン職人が側によると、赤面してぎこちないアプリコット"

"初対面?の筈だけれども見覚えがどこかであるのだけれども、理由は判らないが激しく落ち込んでいるキングス・スタイナーの弟子となるシノ"


が結構な印象に残す事にある。


それから、直ぐに見習パン職人オッサン兄さんダン・リオンが中心となって、"迷子のアトを捜す"という捜索隊が編成される事になる。


"シュトとルイが東側へ"

"アルスとダンが西側へ"

"リリィと残りは留守番"


人選は、喫茶店にいる大人達で決定され、アルスは見習いパン職人と共に、何かと武骨な雰囲気の強い王都の西側へと向かう事になる。


そして見習いパン職人と四方山話をしながら共に西側に向かい、その地域に入ったなら直ぐにダン・リオンの知人で、リコリスやライヴ、それにディンファレの"直属の上司"という人物と遭遇する。


アルス・トラッドにしたら、上司の"ウサギの賢者"みたいな立場だと見習いパン職人が例えるのは、王室護衛騎士隊隊長のキルタンサス・ルピナスだった。

何やら、出逢った当初はダンと色々意味深な会話をしていたが、"迷子"の話をしたなら、親身になって話を聞いてくれる。


人攫いかもしれないとまで心配したが、アトの事を詳しく話したなら、少しばかり考え込んだ。


そして、比較的西側の入り口の方にて"娘の婿に"という目的があって、"若い優しそうな強いお兄さん"を日頃から観察している王室護衛騎士隊隊長殿は、


『やはり、少なくとも、私は見かけてはいませんね。

それに、アルスとそんなに変わらないというのなら、確かに簡単に攫わられたりする心配はしなくても良い"サイズ"だ。

日頃、娘と相性の良さそうな優しい感じの若者は注意チェックして見ていますから、この少年は見かけたら見逃さないと思います』


という、結論を出してくれて、西側にはアトは来ていないのではという考えが出た。


それから少しばかり、迷子の捜索から話はずれてしまうのだがキルタンサスがどうして非番で休日に当たる日に単独行動という話になる。

見習いパン職人曰く、キルタンサスは"家族大好き"だそうで、彼が1人で行動している事が先ず珍しいらしいが理由は、彼が持っている葉書にあった。


『何かしら期待しているような雰囲気ですけれど、大した理由ではないですよ。

単に新しい武器を仕入れたという贔屓にしている武器屋から葉書がきたので、"ひやかし"に行ってきたんですよ』


『武器屋ですし、むき出しで展示している所もあるんで、幾ら大好きでも娘を連れて行くのには、危ないと思いましてね。

まあ何より、やはり西側は物騒なところもありますし、それに"俺"も、仕事道具となれば手に取ってじっくりと品物を見たいですから。

―――嫁さんと娘がいたら、その可愛さと輝きに心が奪われてしまって、武器なんてどうでも良くなってしまう』

『がっははははは、確かにキルタンサスなら武器よりも、家族だろうしな』


そう言った王室護衛騎士隊隊長殿の話を聞かされている内に、何故だか夏の特別配当金(ボーナス)が入ったなら、ルピナス一家と一緒に買い物をする約束をいつの間にか取り付けられた時。


そこに、"白い紙飛行機"がふわりと舞い降りた。


『おや、こいつはウサギの賢者からだな』


直接会った事はないけれども、名前は知っているというアルスとリリィの上司を見習いパン職人が口にして、手に取った。


『えっ、賢者殿からなんですか?!。もしかしたら、アト君の事が何かしら解ったんでしょうか』


アルスが口にした通り、その場に居る迷子について知っている3人がその事を期待した様に、その連絡だった。


『……ああ、どうやら予想以上に早くアトは見つかっていて、しかも、保護していた相手が賢者の知り合いだったみたいだ。

それで、保護した相手と場所がとても"信頼しても大丈夫"だから、このまま暫く預けていても障りないという』


そして、その行動も指示されていた。


『なので、"ウサギの賢者組"の方は、本日はこのまま当初予定していた事を行う。

最終的な集合場所を城門にして時間を合わせて、各々単独行動で行うという流れにする様にと、指示されているな。

アルスは元々アザミさんの店に行く予定だったから、そのまま行くって事になる』


そこで、迷子を捜す為に行動を共にしていた見習いパン職人は、ここで離脱するという。


『よし、それじゃあ迷子の事は解決をしたみたいだから、俺は所用を思い出したので、ちょっと喫茶店"壱-ONE-"の方に戻るとしよう。

アルスは此処から、アザミさんの所まで1人でも平気だよな?』

『それでは、私も大事な家族がいますので、東側の方に戻ります。

御一緒しましょう、見習いパン職人さん』


見習いパン職人が東側に戻るというのなら王族護衛騎士隊の隊長も、ついて行くのが当たり前という調子で、キルタンサスもこの場から離れると口にしていた。


『いやあ、これ以上家族サービスを邪魔してはいかんし、俺は寄り道しながら帰るつもりだしなあ……』

『そこは寄り道しないで、御一緒しましょう』


アルスの見る限り見習いパン職人が物凄く固辞していたが、王室護衛騎士隊長殿は何とも言えない迫力を伴った笑顔を浮かべて、ダンの元武芸者という逞しい方を掴んでいた。


そこからまた、体格のいい大人が何やらごちゃごちゃと話し合いをしつつ、見習いパン職人と王室護衛騎士隊隊長は、2人で喫茶店"壱-ONE-"に戻る事は決定する。

ただ、去り際にキルタンサスに確認する様に、アルスは言葉をかけられる。


『それではアルス君、先程の葉書の店、住所は見て覚えたかね?』

『え、はい、その、アザミさんの店の途中にあったので、自分も下見がてらに少しひやかして行こうと思っています。

その、もう迷子の事も解決したみたいなんで、紙飛行機に書いている時間も、そんなに急がないで良いみたいなので』


その確認に答えたなら、キルタンサスは満足した様に頷き、


『それじゃあ、アルス、特別配当金が入る頃、何らかの形で連絡をする。じゃあ、ダン・リオンさん、行きましょうか』

『ああ、そうだな。アルス、俺とは今度はいつ出逢うか判らないけれども、元気でな!』


ある意味、見習いパン職人は王族護衛騎士隊隊長に引っ張られるようにして、その場を去ったの見送った後に、アルスは耳の長い上司が口にしていた言葉を思い出す。


―――それじゃあ、もしワシの方にアプリコット殿から何かしら連絡があったなら、いつもみたいに使い魔のカエルを飛ばすから。

―――それでいいかな?。


確かに耳の長い上司は、ヒゲを揺らしながらそう口にしていた。


『それに賢者殿、連絡をするならカエル君を使うと仰っていたのに……って、もしかしたらリリィの方に、行っているのかもしれない』


別行動になる事は耳の長い上司にとっては多分予定外だった筈だし、そこの事を考えて賢者も、アルスもそして今回どうこうしたルイも、一番に気遣うのはリリィだと自然に思える。

その時はそう考え、アルスは軍学校で教えられた通り、”国の兵士”として判る恰好をしている時は、機敏に動くという教えを思い出し、動き出す。



それまで”迷子のアトが大きな音が苦手”という事で避けていた、大通りへ向かった。

大通りを通った方がアザミの店に早くつけるし、キルタンサスの紹介してくれた店も道沿いにある。


『―――って、あれ、しまっている?。昼休みの休憩中にしては、早すぎるよね……?』


店はしまっていたことを不思議に思った事を、アルスは正確かつ丁寧に説明してから、初めて言葉に詰まる。


(……正確に言わなければ、いけないよね?)


自問自答しながら、説明を始める前の恩師の言葉を思いだす。


"そうですね、アルスが知っている事をそのままでどうぞ話してみてください。

私やアザミさんにとって、驚いたり興味深い話もあるでしょうが、とりあえずカエル君が登場して、こうやってガツガツと食事をとる事に当て嵌りそうな部分が終わるまでは、何も口は、挟みませんから"


これまで"見習いパン職人"やら、"家族が大好きすぎる王族護衛騎士隊隊長"など、アルスからしてみたなら個性が豊か過ぎる人が出てきた。


けれども、恩師も工具問屋の女将も、その言葉の通り、疑問をもってもおかしくはない行動や発言を伝えたけれども、口は挟まなかった。


(ここまで、正確にやって来たんだ。"ウサギの賢者の使い魔のカエル"が登場するまで、ちゃんと正確に説明しよう)


ちなみに、その使い魔の金色のカエルは、自分の身体よりも大きなガラスコップに注がれた、工具問屋では馴染みの、アザミ特製のレモン水(スライスしたレモンが氷水に浸したもの)をがぶ飲みしていた。




『ヒャッハー、"護衛騎士のお兄さん"、こちらの武器屋さんに御用事ですか?』



変な呼びかけの声に、剣の柄を握りながら振り返った事を話した時、アルスからしたなら恩師も工具問屋の女将さんも予想外の反応をする。


(え、どうして)


アルセンにしても、アザミにしても、少しばかり悲しみを含んだ表情を浮かべていた。

ただ新人兵士の気のせいではなければ、恩師にしても工具問屋の女将にしても"哀しみの種類"が異なるような印象を受ける。


ただ、やはりアルスが複雑な思いをしつつ再現した"呼びかけの声"にも、悲しい表情を浮かべた理由も口にはせず、話しの続きを待っていた。


(と、取りあえず、続けよう)


"ウサギの賢者の使い魔の登場"には、まだアルスにしてみたなら、まだ話し難い部分が残っているのである。


だが、寧ろここまで来て話を止める事の方が考えるのが難しい。



(アルセン様が、どういう風に捉えるかは判らないけれども、カエル君が出てくるまでの流れまでは、ちゃんと話そう)



"ヒャッハー"という不可解な呼びかけと、自分の事を、"兵士のお兄さん"ならともかく"護衛騎士のお兄さん"と呼ばれてた事を不思議に思いながら、振り返った。


そうして振り返ったなら、声をかけた人物は深緑色の随分と(ブリム)が長くて広い帽子を被っている。

襟が大きく身体全体を隠す、袖のついてないマントの様な、帽子の色と合わせた深緑の長い衣を纏ってもいた。

更にその後方に、もう1人いる事に、アルスは連続して驚いた事も正直に伝える。


(アルセン様が嫌な思いをしなければいいのだけれども―――)


それから続ける説明にどうしても、緊張と恩師に対する意識を抑える事が出来ずにアルスは口を開く。

2人の人物―――帽子こそ被ってないが一目で異国の装束を全身で纏っていて、しかも顔全体がストールの様な物で巻いており、見えるのは目元のみという事。


けれども、唯一覘き見える目元だけでも視界に入ったならその瞳の色は、顔の造りは恩師のアルセン・パドリックに見えて仕方なかった事を告げる。


そして、2人目の人物唯一違うように見えるところは肌が日に焼けている事で、例えに使う中で、最も相応しいその色は親友のグランドール・マクガフィンの様な褐色の肌だったという事話した。




「私にそっくりで、肌がグランドールみたいに日に焼けいている人物と、遭遇したという訳なのですか―――あ、すみません。言葉を挟まないと、私から口にしたのに」

「いえ、きっと話を聞いたなら、気になって仕方がないと思いますから」


アルスの価値観でしかないけれども、もし自分に顔だけそっくりな存在などがいたなら、正直に言って嫌な気持ちしか抱けない。



アルセンが綺麗な自分の顔についてどう思っているかは知らないけれども、やはり"親友の様に褐色の肌に焼けている自分とそっくりの存在"は、複雑には感じた様だった。


「―――アルセンが驚いた気持ちもわかるけれども、まあ、取りあえず、さっき言った通り、賢者殿のカエルが登場するまで、何にしても話しを進めようじゃないか」


アザミが落ち着いた声で、そう提案したなら、面する様に座っている金髪の兄弟の様な2人は、計ったわけでもないのに互いに顔を見合わせて頷き、アルセンの方が先に口を開く。


「そうですね、取りあえず、今は賢者殿の使い魔が登場してくるまで話を進めてください、アルス」

「はい、わかりました、アルセン様、アザミさん。それじゃあ、話しを進めます」


―――肌の色以外は恩師とそっくりだと感じた人物は、新人兵士が自分自身でも見つめ過ぎたと思う程視線を注いでいた為か、目元は見えないながらも不機嫌そうな表情を浮かべていたという。


アルスが"謝なければ"と考えている内に、正面に立っている帽子を被った青い髪の人物が飾りの様に首から下げている"十露盤(そろばん)"を鳴らしてから、更にアルスに語りかけてきた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ