ある小さな恋の物語⑦振り返る影⑦
「……所で、話しはいきなりかわるんだけれども、あんたは恋をした事はあるかい?」
「話をはぐらかせないで頂きたい!」
美しい褐色の肌の護衛騎士の娘に剣の切先を向けられても怯む事はなかったのに、"恋"の話しを否定されたなら、眉毛を"ハ"の形にして、賢者は困った表情を浮かべて口を開く。
「別にふざけているつもりはないんだよ。
ただねえ、恋は経験しておけば賢者云々よりも役に立つかどうかは置いといて、自分にとっての"糧"になると思うんだよ」」
「"かて"?……栄養になるという事ですか?」
その言い方に、思わず賢者が吹き出したなら、褐色美人騎士に睨まれた。
賢者の方も睨まれても仕方ないと思いながら、その理由を口にする。
「昔ね、あんた貴女と同じ様に国を思う余りに、"賢者がいれば国が亡びる事はない"という実しやかな話を耳にして、賢者になろうって人に突っ込んできた奴がいたんだよ。
まあ、その賢者になろうって奴がこのババアさ。
それで貴女と同じではないけれども、突っ込んできた奴は国についてそれは熱く語ってくれたよ。
私は"多分自分は賢者になるんだろうな"位の立場だから、今以上に不真面目に聞いていたけれどね。
けれどねえ、不真面目ながらにどうしてだが、その人が語る言葉に深みが感じなかったんだ。
もう、成人して、家族すらいた人の言葉なのにね」
「……それが、恋と私のしている相談とどう関係あるのですか?」
この褐色の美女に色々話してやりたいとは思うけれども、残念ながら時間がないのは外の様子で察する。
「簡単に纏めて言ってしまったなら、その人はそれから、"恋"みたいなものを産まれて始めて体験したんだ。
その相手とは、両想いみたいにはなれたけれども、結果的には別れたんだけれどね。
でも、前みたいに"賢者”とかに拘らなくなったし、色々とこれまで気にしなかった事も考えるようになったみたいだった。
”見方”が変わった。
そうするとねえ、不思議と人が付いてくるんだ。
別に昔の話に拘らなくても、気をかけすぎなくても最低限の敬意さえ払っておけば、何事もスムーズに進む様になった。
……案外、あんたもそんな気がするんだけれどねえ」
―――この騎士に、恋をさせるなら、同じ様に国を想う心をもつ青年にさせたなら良い意味で視野が広がるだろう。
そんな事を思いながら、賢者はそんな話をしていた。