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断章5

そして掘り返したのは、セリサンセウムの国の賢者ではなく、サブノックの国の一番最初の賢者の再来とも例えられる―――女性だった。


ただ年齢的には随分と落ち着いており、こういった例えが、絵本を掘り起こした婦人の賢者に失礼になるかどうかはわからないが、子育てを終えて一段落といった表現が似合う姿でもある。


掘り返した当時、五十路を超えているのは確実で、そこまで老いた印象は無いのだが、一人称を"ババア"としている為、性別は(一応)女性ではあるのだが、艶っぽい物は全くない。


顔の作りは美形とまではいかないが、髪に白い物が多いのと目付きが鋭いのを除けば、悪くないので、敢えて"艶を消している"部分は否定できない。


ただ"国の賢者"としての役割は、確りと弁えている様子で、その容姿で他に影響など及ぼすことなく、政に関わらない事の(よろず)相談に乗っていた。


なので遠く昔の、噂の域を出ない、一番最初のサブノックの国の王と女性の賢者の間に、あったとされる密やかにあった噂など微塵も感じさせない。


ただある時、下衆の勘ぐりというべきなのか、武人を集って出来たとされる国も、日頃の鍛錬は欠かさぬが、世界は大国セリサンセウム王国を中心に長らく戦と縁遠くなり、その影響もあってか、つまらない遥か昔の噂を掘り起こしてきた御仁がいた。


その時は国の催事という事もあって、それなりに似合った装束に、化粧も気心の知れた、賢者を慕っている王宮の侍女達に施されて、まあまあ様になっている姿だったので、揶揄されたのもあったと思われる。


賢者という事で、例外という立場で女性が控えている事が当たり前とされている文化圏で、表に出ている(賢者は全くそんなつもりはない)事を面白く思われていない所が、未だにあった。


だが、賢者自身が、自分に色恋話に絡められて話を始められた瞬間に、爆笑を始め、周囲が"引く"程、正しく腹を抑えて笑い続ける。

余りに笑い続けて涙まで出てしまい、侍女達に施された目尻の化粧のラインが筋になったのも気が付かず、拭った際に漸く気が付き、そこで漸く笑いの衝動を抑える。


その頃には、賢者に揶揄う為に話題を振った方が、"嗤われている"状況になっていて、尚且つ笑ってしまっている為、注目も大いに集めてしまった。


そこに仕上げの様に笑いで何度も言葉に詰まりながら、先程の言葉―――婦人としての恋心を賢者が滲ませているような発言の"感想"が、笑い過ぎで紅が大分取れてしまった唇から出された。


『あり得ない!しかしながら、そんな面白い事を思いつくなんて、想像力が豊かな方だ!。

やはり、平和な時代が続きますと、人の思考の幅は斜め上にも下にも広がりますなあ!』


相手を決して貶しているわけでもないのだが、その発言の"俗"さに、堪えきれない調子で笑い続けていたら、相手がいつの間にかいなくなっていた。


後になって落ち着いたなら、自分も恥をかいたが相手にも書かせたという事もあって、素直に反省する。


ただ、この大笑いは、武人主体の国家でもある意味では近年に稀に見る"(おとこ)らしさ"として、語り継がれる事になり、"そういった見識"が起こる度に失笑物を起こすものとなっていた。


そして、もう1つ"国王と賢者"を結びつけない物として、サブノックという国が建国にされた時期に同じく枢機に加わった"ストラス"という一族が、まるで監視する様にその関係を"見張って"いる所がある。

これも国が始まる程昔の事で、確証はという物が無い。


建国された当時、賢者とサブノックの王が年齢的にまだ若く異性で随分と気が合っていたという事で、国王自ら"そういった見方をされない様に頼んだ"という言い伝えがあるともされている。

けれども、それはあくまでもストラス家だけに伝えられている事ともあって、根っからの武人の血筋の彼等からしたなら、知恵で世渡りをしている様にも見える賢者が面白くない―――。


だから武人を祖とするサブノックという国に対して、例え政に関わらないだろうとしても、"らしからぬ助言"をせぬ様に見張っている所もあるとされていた。

そして、世界が大国セリサンセウム王国の内政に大きな傾きが起き、それが"平定の4英雄"によって均し治められた時、武人と賢者は軍議で対立する。


『そんな過去の"お伽噺"でしか語れない話、そんな話の為に、自分の国の不利益から、眼を逸らせと言うのか!。

そんな昔話に囚われ、まともに治世も出来ていない肥沃な土地に、手を出さない方が愚かな事だ』


賢者が―――自分が口にした言葉に真っ向から反対の姿勢を向けるのは、ある意味では見慣れてもいる、王の信頼厚くサブノックという国が産まれてから傍らで武人として、ストラスの姓の代表となっている人。

現状はストラスの姓を携える一族の人々は、国の軍部の中枢の役職についている。


実際の戦が縁遠くなった世相でも、模擬戦の演習訓練を定期的に軍で行い、隣国のヘンルーダとも合同演習を、幹部の役職についている一族が筆頭なって実施させている。


サブノックという国の成立ちが、武人が集まりで始まりであることを矜持にしているのを疎かにしていないのは、この一族があってこそだと云わしめてもいた。

だからその長となる人物の怒号近い"意見"は同じ様に軍議に参加している国の名だたる武人や軍人でも、一線を画し、周囲は気圧され、黙する。



そして意見を向けられた、当人である賢者は、特に意地になっているつもりもなかったのだけれども、周囲が余りに驚き(おのの)く中では、ごく小さく肩を竦める程度の反応を行い、それが更に勘に触っていた。


『何故無反応に何も言い返しもしない!、益々腹立たしい!』

『反応していないわけではありません、ただ、私が口にしたことは、このサブノックの賢者として、政治に関われない限りの上で、忠告をしているだけです。まあ、言葉が悪かったのは反省していますがね』


その前に自分が行ってしまった発言には、ここに口に出すべきではない胸の内の諸事情がありながらも、自分でも些か軽率過ぎたと反省もしていた。



―――"セリサンセウム?あの国に手を出すの?馬鹿だな。

―――過去から何も学んでないの?。



サブノックという国が、建国された当時はある意味では世界中に"国が産まれる"という事に関しての黎明期という時代だった。

似たような環境で時勢で、世界中にいくつもの集落や部族が纏り国として、名乗りを上げてはいたのは、暦に記されていた。


けれども、世界的に国として認められた現在まで残っている国は指の数にも満たない。


それは(ひとえ)に、国に賢者という存在がいてその助言に従った国だけが"世界に名を残し"現存している―――それこそ、”御伽噺"の様に言い伝えられている事。


その御伽噺の様な助言は、この世界における最大の大国となったセリサンセウム王国には手を出さないという事。


ただ、サブノックという国の、最初の賢者の再来とされる人物は、御伽噺については、そろそろ別の例え話を―――"例題と証明"を持って来なければ、納得させる力が弱まっている事はそこはかとなく感じ取っていた。

賢者自身は、(いにしえ)の例えだとしても納得・理解ができたとしても、"今"という時代に周囲が同じ様に出来るという訳ではないのは、弁えているつもりではある。



だが相手や周囲が理解を促す為に、他の例えを使いたくても、近年という時代にはどこにも、例題に適した事象はない。

暦を探ってもヘンルーダに、離れてはいるが南国、それに一番新しく自国のサブノックが賢者を迎え、長命となっている世界的に認められる位置づけになっている。


もう、長らく"セリサンセウム王国に喧嘩を売って滅んだ国"が存在しない。

昔から言われているだけの事だけれども、そう言われるだけの理由も理屈もあるのだけれど、たった1人の賢者が語る理屈の力だけでは説明が不十分にしかならない。



(私には、納得させるだけの力がない)


『自分でもそこは素直に口に出し過ぎたなと、思ってはいるんですよ。

まあ、本音ですけれど』

『――――!』


もし、軍議に併せて会食が行われずにいたなら、ストラス家の筆頭とされる武人が武器を手にかけている様な状況になっていても、おかしくはなかった。


(刀を手にしてくれていたなら、国の発展より維持ばかりを唱える私の首など、本当は跳ねてしまいたいだろうな)


『一度、失敗を学ばないと解らない事もございましょう』


相手を怒らせつつ、内心では負け惜しみで溢れ賢者は空元気の足取りで軍議の部屋を退出して行った。

政に関わらない様にしつつ、自分の世話になっている国が傾かない様に、勤めるのが賢者の役割だと判っていながらも、熟せない自分が腹立たしかった。


『だが、過去にとらわれ過ぎて、そんな方法しか示せない"我々"に、行動力のある将軍殿が苛立ちを覚えても仕方がないか』


そんな言葉を呟き、サブノックという国の最初の賢者からの慣習でもある入り口のない自室に戻る。

思う所があって、特に書類や書物を貯め込んでいる場所に久しぶりに立つ。


『……確か、いつものように、こちらの方に”片づけておいた"覚えがあるんだけれどもねえ』


日頃、整理整頓は程遠い生活を過ごしてはいるのだけれども、"散らかし魔"には"散らかし魔"の理屈みたいなものがある。

山積みの様にでも"纏めて"置いてある時点で、賢者当人にしたなら十分片付けている気持ちとなる。


一見放置して積み上げているだけ形に見えてしまうのだが、無意識に"大切な物を置いている場所(スペース)"が出来上がっているので、大体の目星をつけて、バサリと音と腕を突っ込んだ。


『確か、この辺りで……。あの時は、何の腹積もりがあって私にあんな手紙を送りつけているんだと訝しみはしたんだけれども……。

仮に絵本を押し付ける交換条件にしても、意味が判らなかったしねえ』



大国が傾き、平定などが行われるなど予想も出来ない程前。




捜しているのは賢者独特の経由で"セリサンセウムの宰相シャルロック・トリフォリウム"によって、贈られてきた手紙だった。


バサバサと書類が崩れ落ちたり、埃も舞ったりするのも構わず、それらしい物を手に取って中身を確認していく事を続け進めて行く。

するとそこまで時間をかけず、一度封を切り、中身を確認した程度で放置していた手紙は、早く見つかった。


『―――あの国の宰相はこいつを送ってきた時点では、色々と覚悟を決めていたし、自分の国の賢者と打ち合わせでもしていたって事なのかねえ』


セリサンセウムという国に、賢者の役割を果たす為に行った自分より年上ながらも少しばかり、頼りなさげな横顔を思い出す。


ある学問を修める上で同じ師の下で学ぶ機会があり、一定の期間一緒に生活をしていたこともあった。


自分も片付けが苦手な方であったけれども、彼は自分以上で、しかも更に落ち着きはなかった。

加えて、興味をもった事への探究心への注目の仕方が少々独得な所があるのと、それを纏め、相手に伝える事がまた、困難である様に見受けられた。


賢者としての知識量は十分だと思えたけれども、"彼"の才覚を洞察し巧く引き出せる持ち主が、その国にいなければ、並々ならぬ努力で培った物ははっきりいって無駄になる様に思えた。


女性であるけれども、性差に関して全く意に介さないし、怯まない自分は"サブノック"の賢者としての役割を引き受ける事が決まっていた。


ただ、派遣先の国王とそれに付随する賢者も、老齢ながらも健在だったので、役目がくるまでは旅人と隠者を繰り返しながら、隠遁生活を気楽に行う。


そんな中でも、彼が賢者同士の繋がりと、配慮があって彼がセリサンセウム王国の賢者を勤めている事は、"風の噂"で聞いていた。


――――国が次々と産まれている時代ならともかく、世界に国として名乗りを上げ、落ち着き固定されている時代。


この頃になったなら、サブノックやヘンルーダの様な独特な文化を持った、赴く先になる"お国柄"に、似合った適性と素質を担った人物が選ばれる事が常套にもなっていた。


また、"賢者はなりたくて、なれるのものではない"とい、長い年月思われていた定義(テーゼ)もこの時期に揺らぎ始める。


賢者が初めて確認された正史にも残っている国ともされている、セリサンセウム王国。

その王国の賢者が始めたとされている、王国暦で2000年という時間にあと数十年に届こうとする時代。


その時代までに"なりたくてなれるものではない賢者"になった者達の中でも、"なりたくもないのに賢者になった"という例えも使える、偏屈な探求者で、拒否権無しで賢者になってしまった存在もいた訳である。


"被害"という言葉を使うのが適切ではないかもしれないが、そうやって否応なしに賢者になってしまった者は、少なくとも"なりたくなかったのに賢者になった"という被害を減らす様に、研究及び探求をしていた。


また、そういう"なりたくなくて、賢者になった"者達は、日頃は斜に構えたような冷めたような生き方をしながらも、"無理難題"といった形の問題を目の当たりにすると、俄然"燃え"て探求する。

そうして、幾らか賢者になってしまう仕組みに対して、賢者が研究を進めて行く内に、その"逆の理"が、予想外の副産物として構築されようとしていた。


その証明を立証するべく、ある実験が当事者となる"セリサンセウム国国王クロッサンドラ・サンフラワー"と"賢者になる資格を持った旅人"の了承を得た上で行われる。

賢者になろうというのは、サブノックの賢者(※当時はまだ隠者・旅人として隠遁中)が心配していた共に学んだ事がある、あの頼りなさ気の横顔の人物だった。


これまでセリサンセウムという国は、世界で一番の大国という事もあって賢者という集まりの中でも、特に秀でた者が赴く事になる。


その理由に"賢者となれた存在に、世界で一番勢力のある国が何かと融通を利かせてくれる"という何とも、潔癖な者にしたなら、深く眉間にシワを刻んでしまいそうな事情も含まれている。


ただ融通されるだけの理屈も確りあって、セリサンセウムという国は世界的に浸透されている、この世界を創ったとされている"大地の女神"の信仰の発祥の土地とも謳われおり、歴史的にも魔術にも研究材料が豊富にある。


例え賢者になったしても、その人物が元来携えている研究への探求心がなくなるわけではないので、そういう意味では国は最新の知識と情報を得る事となり、賢者も資料集めの手間を取ることなく、双方納得尽くという事ではある。


そんな中で新たにセリサンセウムという国で国王になるという人、クロッサンドラ・サンフラワーは、幼少の頃から文武両道で、気性も優しく穏やかで、また人を気持ちを拾い読むのも巧いと評判だった。


常套としてならそんな国王の下に、相乗となるような優秀な人物を"絵本"を携えて赴くような事となっている。

ただそこでも、やはり"なりたい者がなれるものではない"不可思議な定義が働く。


賢者となった者達で取っている連絡の網で、前以て優秀と思える探求心の深い人物をセリサンセウムという国に赴かせるが、全てがそのまま賢者として定着するという訳でもなかった。


それでも、予定外に大国の賢者となる者は、後々暦から見たならその当時でも最高峰の賢者として暦に名前を刻む事となる。


そこで今回は敢えて、その逆とまではいかないけれども、探求心は素晴らしいのだけれど、所々に置いてコミュニケーションに関しての能力は、著しく欠いている候補が派遣される事となる。


加えて"定義"を揺らがす第一の試みは、"賢者はなりたくてなれる者ではない"を"なりたい者が賢者になる"という事が、可能かどうかという所にあった。


その人は、自分の気持ちを表現する事が著しく下手ではあったけれども、"賢者になりたい"という気持ちは強く持っていた。


【賢者になったなら、研究が出来るのですよね。そして、セリサンセウムという国なら、にぶくて鈍い私でも直ぐに情報を集める事は出来るのですよね】


『……多分、自分が他の賢者の資格を持つ者よりも、"劣っている"いう事をあの人は弁えていたし、多少は悔しいとも思っていたのだろうねえ』



掘り返した手紙を手に取りながら、まだまだ自分が賢者としての役割がないからと、サブノックの隅で"自分だけが出来る研究"を堪能していた頃を思い出す。


基本的に、自分の研究や探求心以外は、どうでも良いと思っている賢者という役割を携える者にも、多少なりとも感情という物がある。


女性である事で、少しばかり過敏にその部分を感じ取っていた、当時隠者であった彼女も、この連絡、賢者の連絡網でこの決定事項を耳に入れた際、微量ながらも揶揄いの悪意が"セリサンセウム王国の賢者になりたい"という人に向けられているのが判っていた。


結果は、"なりたい者がなれるものではない"という定義を崩すとまではいかないが、"なりたい者がなれる"という一例を造りだす事には成功した。

そして予想を大きく裏切るという意味では、彼は"最高峰の賢者"と例えられる所まで研究を極めた。


その事と結果に関し、セリサンセウム王国という国と賢者にまつろう人々との間に、何やら一悶着あったのは確かだったが、その詳細は判らない。



『あの頃、私は賢者でもないし、自己責任とは言え、動けるような状況でもなかったしね』


まだ賢者になるには、時間があるからと着手した隠者である事で勧めていた"研究"に時間をとっていたので、"賢者の網"として伝わってくる連絡は全て、結果のみを聞く形を選択する。


途中経過も気にはなったが、眼を一時も離せない研究でもあったので、興味はあったけれども後悔はなかった。


一応、その大掛かりな研究に関わる前に、セリサンセウム王国に赴いた賢者がクロッサンドラ・サンフラワーという国王との相性が良く、巧く行っているいう定期伝達には、彼を直接知っているだけに、少々安堵の気持ちを抱いて眼を通していた。


しかしながら、それが変わったのは、異国の諺にいう"青天の霹靂"となる。


【この伝達以降、"賢者の網"と賢者がこの世界に現れるきっかけの道具とされる絵本の管理はセリサンセウム王国の賢者となる】


一悶着が実は水面下では結構な激しい物だったのだと、気が付くと同時に、セリサンセウム王国の賢者となった人に、何があったのだろうという疑問を抱く。


それから色々と賢者の界隈でったのだとは察する事は出来たのだけれども、未だ隠者・旅人して関わり、口を挟める立場ではなかったので、自分の研究と向き合うことでその時を過ごした。


そして心血を注いだ研究も一段落を終え、少しばかり燃え尽きたような抜け殻な状態で、数年過ごした頃、漸く賢者としてサブノックの王都から声がかかる。


伝え聞いているる通りの工程を行い、連絡と共に送られてきた絵本を"鍵"として使い"匣"の蓋を開き、賢者になることは思ったよりも難しい事にはならなかった。


そして賢者になって先代から伺っていた通り、サブノックの賢者となったと同時に、ストラスという姓を持つ一族から何かと眼をかけられる様になる。


中でも、女性と言うこともあってか更に監視を重ねるというべき存在が、つけられる。

ストラスという姓をもつ"スパイク・ストラス"という、一族の長が目にかけている息子の1人を"護衛"という名目で、日常を共にする事になる。


ただこの青年―――と、例えられるよりは、まだ年若い少年と表現した方が良い雰囲気ではあったけれども、サブノックという国で恥じぬ立派な武芸者として勘もあり、有望だという事だった。


しかしながら、性格的には武芸者にしては不向きというべきか、穏やかで飄々としており、勝負事は余り好きでもないと公言していた。

だが、そんな性格が功をそうしたというべきかわからないが、芸術や魔術の発展が特化した、隣国ヘンルーダの英雄候補という青年と年も近い事があって友人関係があると話された。


『……あんた、本当にあの将軍の息子かい?』


サブノック王との初の謁見から、色んな感情を込められた強烈視線を注いできた殿方と、顔の作りや体は全体的に似てはいるのだが、如何せん雰囲気が緩い。


『少なくとも、半分はあの苛烈な父の血を引いている筈です。それに、剣の筋が良いのは父上のお陰だと信じています。

後、この性分は母譲りだと父に伺っております。

頭も性格も顔も、悪い奴じゃあないのだけれども、事情があって縁を切らざる得なかったそうです。

でも、そのお陰で第一夫人のご兄弟の一番下の扱いで、"総合的な意味"で可愛がってもらいました』


悪びれずにそんな事を言って、ニッと笑うスパイクという自分の護衛兼監視に、賢者はフッと脱力する息をもらしていた。

そんな護衛兼監視のスパイク少年とどちらかと言えば、穏やかな数年間を過ごしたのだがサブノックで過ごしたのだが、西にある大国の不穏な空気は感じ取っていた。


この雰囲気の始まりは、考えて見たならサブノックの賢者がこの"賢者の網"を通じて、密かに送り届けられた時期を過ぎてから急激に加速をして行く。

ただ、届いた当初には、よく意味の分からない"判じ物"の文章にしか読めない物だった。


┌─────────────┐

│次の血と繋がるまで    │

│             │

│娘の事をよろしく。    │

│             │

│ 対価は絵本だ。     │

│             │

│ S・トリフォリウム    │          

└─────────────┘


『……賢者殿、セリサンセウムの宰相殿は確か独り身でしたよね?』


数年が過ぎて少年からすっかり青年になってしまったスパイクが、賢者が秘密裏受け取った手紙を"うっかり"背後から覗き込んで、内容まで把握してしまった。


ただ賢者の方も"うっかり"見られても、護衛であり監視でもあるサブノックの優秀な武芸者が、本当に必要のない限りは父親である将軍にも報告しないのは弁えていたので普通に頷いていた。


『ああ、確か独り身の筈だけれど可愛がっている、義息子にしようというのがいたのは、私も知ってはいるんだけれどねえ。ただ、個人的には血の流れを残すのには、賛成だ。

それにクロッサンドラ・サンフラワーに代わってから、少しばかりあの国は雰囲気が変わった様な気もするけれども、国としての勢いは落ちてないからねえ。

だが、念の為に一応調べておいてくれないかい、スパイク?』


『ええ、念の為に調べておきましょう賢者殿、父上には内密の上で。そして結果も、賢者殿にだけお教えいたします』


まるで父親に内緒事を楽しむ様に、護衛で監視の青年はそう口にして、丁度親子程年齢の離れている賢者と、掌を勢いよく"パンッ"と鳴らして重ねる。

しかしながら、この内密の調査は空振りに終わった。


セリサンセウムの宰相に、"娘がいる"という調査を行ったけれども、少なくとも調査を行った時期に娘がいるという情報はない。

そしてシャルロック・トリフォリウムが、養子にしようとしていた好漢の評判高い青年を自らの手で処断していたという、情報に賢者は眉間にシワを刻む事になる。

ただ、それ以上に顔色を悪くしていたのは賢者に情報を運んできた護衛で監視の青年だった。


『……大丈夫かい?』


賢者以外の人物なら強がっていただろうが、スパイクは顔色を悪くしたまま弱々しく頭を左右に振った。


随分なショックを受けたのが見て取れて、更に喉元が動いたのを見て、賢者はいつものように散らかしている周囲の中から、迅速に適当な紙袋を差し出していた。


『辛いなら、吐いちまいな。"ババア"に気遣う事なんてないんだよ?』

『……どうも、でも、何とか大丈夫です。喉元まで、苦いような酸っぱい様なのが昇ってきましたけれども。だから、一応、この紙袋は貰っておきます、お気遣いありがとうございます』


そう言って、賢者から差し出された紙袋は受け取ってもしもの時の為に、スパイクは胸元にしまう。

それから自分が賢者に頼まれて、国の偵察部隊から貰い受けた報告書を眺めて溜息の様な深呼吸をする。

義母にも吐き出した事もない弱音を賢者に向かって吐き出した。


『自分の息子にしようとしていた青年を、そこまで可愛がっていただろう存在を、自ら手をかけたというのが何とも。

父上も、厳しい方ですけれども、そこまでなされる事はないでしょうから』


その言葉には、賢者も深く頷いていた。


『あんたの父上は、本当にきついし厳格で、言葉選びも下手くそな方だけれども、"情"というのは、結構持っているからね。

後は、サブノックという武人が集って集まって出来た国に対する誇りと、その中で枢機に関わる一族の長だという自負と責任もある。

勘違いはされ易いかもしれないけれど、嫌な奴じゃあないよ。

何やかんやで、あの人の意見を、国王陛下を含めて皆が頷いている。

まあ、私は"賢者"としての役割があるから、あの人の意見に諸手を上げて賛成をしてやることは出来ないんだがね』


苦笑いをしながら、青年がこれ以上気分を悪くしてもいけないと考え報告が書かれた書面を折りたたみ、話題も序にすり替える。

賢者の目論見を察した、護衛で監視の青年も有難くそれに乗らせてもらう。


『ええ、父上もそう仰っていました。"互いに(おのれ)が間違っていない"と信じているから、引くことが出来ずにぶつかると。

でも、信じる力が弱いと、誰も付いて来てはくれないし、そんな気持ちで着いて来てくれる者に不安を与えてはいけない』


『……ババアの私も自分の事を器用貧乏だとは思うけれど、スパイクの父上の将軍殿も損な性分だよ。

さて……、まあ、このままで済めば良いと思うけれども。

それにしても、どうしようか。

"娘の情報"ならこっちの個人的な頼まれ事だし、黙っていようとも思ったんだが、"こっち"の情報は枢機に方々に報せるべきかねえ』


スパイクを気遣い、敢えて伏せてそう表現するとその折りたたんだ書面を"ひょい"とスパイクは手に取った。


『一応、これは父上に報せておこうと思います。大国の宰相が、義理でも息子に迎えようとした存在を処罰したとしても、自分の手で葬るという事は政の観念から見ても、"普通"ではないと思いますから』

『……そうだね、スパイクがそう思うなら、そうすればいい』


そうして書面をあっさりと護衛で監視の青年に渡した。


『何にしても、私の役目はサブノックという国が安泰にある様にする事だけだよ』


それから再び数年が過ぎ、異国の情勢や政、何にしても文化的屋学術的な関わりない以外に興味など持たない賢者でも、西の大国の内側で起こっている不穏な動きが気になっていた。


やはり、セリサンセウム王国宰相、シャルロック・トリフォリウムが養子にまで迎えようとうしていたという、自国の優秀な青年を自らの手で"捌いた"事は、周辺諸国にも小さな動揺をもたらしていた。


そして大国が傾いて、その国の内側にレジスタンスという物が出来、それを均そうとしているという情報が世界を巡り始める。

丁度、その頃スパイクがサブノックの賢者の護衛と監視の役目を終えて、将軍である父親の副官を勤める事になった。


『―――これは、世に言う"出世"なんだろうねえ。

ババアの監視ばかりじゃあ、武人としてのスパイクの才能が勿体ないと、私も思っていたから、丁度良い時期じゃあ、ないか』


その報告を受けた時、丁度休息中という事もあって、明日からは来ないというスパイクと向かい合って茶を飲んでいた。


『出世という風に見て貰えて嬉しいです。私の大袈裟な考えですけれども、これから、どうも世界的に歴史の流れが大きく変わり始めるような気がします。

サブノックの軍部が、父上の副官をつとめていた兄上を軍の指導者側の方に回して私がその後釜としての配置でしたので。

その、曲者の賢者殿の見張りや監視が出来たなら、女房役とも言える将軍の副官も出来るだろうと』


『何だいそりゃ、まるで私が"けったいな"性格みたいじゃあ、ないか』



口に含もうとした茶を寸前で止めて、"誠に遺憾である"とスパイクと出会った数年前に比べてシワの増えた顔の、眉間に見事な縦筋を作る。



『おや、賢者殿は自分が曲者だと気がついていらっしゃらなかったのですか?!』




賢者の振舞いが少々ふざけた芝居かかったのが判るぐらい、わざとらしかったが、付き合いの長かった護衛で監視の青年もわざとらしくそれに乗った。



それから顔を見合わせて、笑う。



『しかし、副官が女房役という例えもなんだねぇ』



賢者が改めて茶を口に含みながら、少しばかり意味を含めた様な物言いをするのをスパイクは迷った様な表情を浮かべて聞いている。

ただそれに区切りをつけるように、小さく息を吐き出してから胸の内で決断をして口を開く。


『私が賢者殿を初めて見たのは、国の催事でした。

まだ、賢者殿がこちらの賢者になられたばかりの頃で、私もヘンルーダの軍学校に入ったばかりの頃です。

ストラス家として、出てもおかしくはなかったんですが、それでもまだ早いのではないかと、義母も意見をしていたんです。

でも父が私に―――というよりは、他の兄弟には聞こえないように何か伝えたなら、直ぐに許してくれました』


『催事ってのは、まさか―――?』


それまでは不貞不貞しいものだった賢者の雰囲気が、一気払拭されてしまう。


『ええ、賢者殿が、どなたかはもう忘れましたが、"ご婦人"としてからかわれた時のお話です。大笑いをなさって、相手を退けてしまった時の事です』


―――あり得ない!しかしながら、そんな面白い事を思いつくなんて、想像力が豊かな方だ!。

―――やはり、平和な時代が続きますと、人の思考の幅は斜め上にも下にも広がりますなあ!。


サブノックという国の始まりに、妙齢で婦人だった賢者と、年若い国王が密かに恋をしていたという根も葉もない噂を、催事もあって化粧と婦人らしい移送を身につけていた事で重ねてられていた。


『いや、あれは不可抗力でというか、本当にババア相手に予想外を口になさるから、笑う以外の反応が思い付かなくて』


賢者が恥ずかしがりながら言い訳をする中で、スパイクは困ったような笑顔を浮かべる。


『父上が、見たこともない顔をして、怒っておられました。その、賢者殿に対してではなくて、絡んだ方に対してです』


その言葉で、言い訳をしながら身振り手振りを加えようとしていた動きを、賢者は止める。

それから、賢者も困った様な笑顔を浮かべたなら、スパイクが更に続ける。


『でも、賢者殿は自力で相手の事をやり込めてしまわれてしまったから―――父上は、呆れてしまった。

ただ、同時に安堵した後で、私が軍学校で基礎を学んだなら、直ぐにあの賢者が"無茶をしない様に"監視をする役目"をさせると告げられました。特に、研究を続けて行き倒れないようにと』


『監視するにしても、無茶をしない様にかい。

しかも、行き倒れに護衛って含めたら、随分と手厚く心配されていたみたいな言い方じゃあないか』


困った笑顔から、笑顔の部分を抜き落とした表情を浮かべて、喉元まで出かかっている言葉をどうしようか考える。



(スパイク、お前はどこまでを知っているの?。何処までを、父親に聞いているの?)



普段は決して使わない、女性の強く感じさせる言葉の節回しが、頭の中ではなく零れ出そうな質問の下にある胸の中で激しく揺らいでいた。



『父上は、父上なりに"賢者なりのやり方で国を護ろう"としてくれる、賢者という存在を、心から心配されていたんですよ。

初代のストラスが、まるで憎む様に賢者の行動を監視しておけという言葉に、少しばかり疑念も抱いていました。

まあ、疑念と心配を抱き始めたのは、賢者殿が賢者としてサブノックにやってきた時からだそうですけれども。

―――おっと、職場の移動の挨拶にしては、時間を使い過ぎました』


"賢者"という言葉を多用して、スパイク・ストラスという青年が話を切り上げる。


自分については、"サブノックの賢者"という線引きをしているのだと、賢者は察した。


(もしかしたら、前以て言われているのかもしれないな。私には、"賢者以上を求めるな"と)



賢者になる前に、旅人か隠者の、この"性"である自分にしか出来ない"心血を注いだ研究"を行い、その成果は"産まれた"。


そして数年は手元に置いていたけれど―――



【―――"サナンダ"、研究を続けたいのなら、この成果は今の君には枷にしかならない。

私は、厳しくはあるけれど情を父親としての経験をもって接する。

そして貴女より立派に母親に役割を熟せるし、サブノックの武芸者として育てられる婦人も国元にはいる】


その言葉が予想以上に、当時の自分にとってとても辛いものだけれども、冷静な部分が相手の言う通りだと、頭の中で響いていた。


だから、手放す。


造り出したが、折角この世界に現れてくれた"成果"が、自分の為にダメになってしまうのだけは、受け入れる事は出来なかった。


(思えば、それらしい事は護衛で監視として出逢った時に、自己紹介の様にスパイクは口にしてくれていたか)


―――少なくとも、半分はあの苛烈な父の血を引いている筈です。それに、剣の筋が良いのは父上のお陰だと信じています。

―――後、この性分は母譲りだと父に伺っております。

―――頭も性格も顔も、悪い奴じゃあないのだけれども、事情があって縁を切らざる得なかったそうです。

―――でも、そのお陰で第一夫人のご兄弟の一番下の扱いで、"総合的な意味"で可愛がってもらいました。


自分の性格が外からどう見られているなんて、全く興味がないので彼の母親となる人の事なんて流し聞いていた。


サブノックは一夫多妻の文化圏であるし、賢者である自分は"ストラスの姓"を持つ者に見張られなければいけない立場でもあるから、自分の息子の1人をつけているだとばかりに考えていた。

 

【やがてうちの国の賢者になるというのなら、そこに情など持ち込まれたなら困る。

この子は貴方と接する事がない様に、武人になるにしても賢者と縁遠い役目につかせよう】


(あんな事を言っていた癖に)


そんな事を考えている内に、挨拶に来たと口にしていた青年は立ち上がる。

出逢った当初には顔の作りや仕種程度だったけれども、今別れの挨拶として茶を共にしている、成長したサブノックの武芸者の(シルエット)は、本当に父親にそっくりだった。


『―――護衛と監視は終わりましたが、父の使いとしてこちらには、恐らくちょくちょく息抜きを兼ねて訪れると思います』


そして、父親なら決して口にしないような内容を口にするので、思わず笑ってしまっていた。


『……"誰に似たんだか知らないけれど"、不貞不貞しい物言いだねえ』


―――これ位は、良いだろう。


決してこの少年のと自分の関係を、この国では表に出す事はないと思いながらそんな事を口にする。


『ええ、少し不貞不貞しい位が頼り甲斐があると、父は常日頃口にしていますから。それでは、今日は此処で失礼します』


そうして護衛で監視だったスパイク・ストラスは、離職の挨拶の折りに発言通り、数日おきに訪れる様になる。


訪れる度に仕事の愚痴は決して語るわけではないのだが、父親の将軍に付き添うことで耳に入る事にもなる外交や、内政に関して政に関係ない箇所を話題にする事が多かった。


賢者としては、政に関する外交内政については、茶を飲み菓子を音を立てて食べながら聞き流す。


ただ政に深くかかわらない事で言えば、彼女が賢者に着く前からジワジワとどういう訳か降水量が減り、日照時間が増えたことでサブノック国内で出来ていた農作物の不作の話題には乗った。

それはサブノック王からも、よく相談に持ち掛けられ賢者としても研究の一環として取り組む。


取りあえず、先代の賢者が残しておいてくれたサブノックやヘンルーダを含む地域一帯の雨量の記録や乾燥地帯の不作具合を見比べて、これからに備えて堰堤えんていを造る事を提案していた。

堰堤を作る為には、大掛かりな軍の力が必要にもなり、生態系に関しても影響を及ぼす事にもなるのでそれについても、過去の記録を掘り返して諸注意を促す。


スパイク・ストラスが、賢者の場所に赴いて相談し交わされる堰堤についての会話はそのまま軍の枢機である父で将軍に伝わり、賢者は国王に判り易く資料を提供する。

その事で、サブノックの国に堰堤を軍の能力を使って建造する事に関しては比較的スムーズに話は進んで行った。


内政の方に関しては、比較的冷静に国の事業は進んでいた。

ただそれに相反する様に、賢者が菓子を?み砕くことで、聞き流していた外相についての政は、相変わらず大国のセリサンセウム国が傾いていく事で、落ち着かない情勢だった。


しかも、止まるという事はなく確実にゆっくりと長い時間をかけて、続いて行く。

父親の元に戻り、副官となったスパイクが訝しみ、父親に提案して更にセリサンセウムという国に探りをいれたのなら、実は随分と昔から国は傾きを始めていたらしいという情報を得ていた。


賢者が"聞き流す"という事が判っていながらも、大きな国が傾いている事への不穏と不安を思わず口にするぐらいだった。

そしてクロッサンドラ・サンフラワーの末子であるグロリオーサ・サンフラワーが、その内側でレジスタンスを起越していたという情報も流れ、周辺諸国に少なからず影響を及ぼし続けていた。


長い時間をかけて内乱を起こしている国を攻略するというのなら、戦略的に見たのなら、ごたごたとしている間に"外側"から攻めいるという形は、戦術的に"アリ"だとは、賢者は考えている。


だが、それは誇りの高い武人を祖にしたサブノックという国では、取れない戦法というのは、この国賢者として弁えている。


(もし攻めるにしても、セリサンセウムの内乱がクロッサンドラ・サンフラワーか、グロリオーサ・サンフラワーのどちらかが倒れてからでないと。

少なくとも、あの大国の内乱の決着がついてからではないと、サブノックという国の方針に反する。

将軍なら、内乱が落ち着いた所で一気に畳みという方法を選択するだろうか。

もし、戦いになるにしてもそれが一番互いの兵力を喪わなくてすむ)


将軍の方は白兵戦を行う位の気概はあるだろうけれども、兵の命を預かる者として、犠牲を最小限にしたいと考えているのは、察する事が出来る。

ならどうすれば、最も犠牲が少なくて済むのか。

そして責任を負い、命を張るにしても、自分が一番重責とるようにしたいと考えている。


(セリサンセウムという国の具合は知らないが、どちらにしても父親か息子か、片が付いたなら周辺諸国を招くか、布告かで結果を知らしめるだろう。

その際に、不利に動くと見える国の動きを、私はサブノックの賢者として止められるか、止められないか―――。いや、不利なるのなら、全力で止めなければいけない)


異国の内乱の決着がついた後、周辺諸国がどう動くかでこれからの世界の情勢が変わる。

出来る事なら、サブノックという国の賢者として、この国の役に立ちたい。

そう考えている己に気が付いた時、腕を組んで自嘲する。


『……ただひたすら、研究が続けられればそれでいいくらいの考えで、賢者になるかもしれない状況を受け入れたつもりだったのに。

いつの間にかこの国が、好きになっていたというか、執着していたというべきか』


何より、もしも、万が一にでも戦という物が始まった時に、多分"ストラス"の姓を持つ人達は真っ先に、戦場に突っ込んでいく。


(もしかしたなら、スパイクを自分の元に"引き上げた"のは、こういう情勢で戦力の方を増やしたかったからかもしれないねえ 。

それに、"あの子"もその方が恐らく、長生きが出来る)


スパイク・ストラスはサブノックの武人としての実力は、上位の位置にはいる。

けれども、上位の中では下位と中間という位の実力というのも、武芸者といかないまでも、護身で基礎を体得している賢者は感じ取っていた。


(私の護衛と監視をして、日頃訓練を欠かさないとしても、出世を視野に入れたなら武芸の腕を上げるには修練の時間と、経験が足りない。

上に行く為には軍人か武人で、政の枢機に携わっている人と接することが、やはり一番の近道だ。

まあ、あの子が"上"を望んでいるのならの話だが)


スパイクという少年から青年に成長する数年間を、夜寝る時間以外の殆どを、結構な近距離で見てきて、彼はそこまで向上心というものよりは、出世欲というものを携えてはいない様に賢者は感じ取っていたいた。


人生は、自分で選択して決めて進んで行く物だとわかっているけれども、ほんの少しだけ、そんな所が自分所為かもしれないと考えた所で、再び自嘲する。


(―――あくまでも"自分自身の為だけ"なら、"あの子"は自分がサブノックの武人ではあるけれども、必要以上の尊厳を傷つけられなければ、どう思われていようが全く構わない様子だからね)


でも、身近にいる大切に思う存在がいたのなら、それらの為に、上を望むのも(やぶさ)かではないと考えている様な、自分に似てはいない"お人好し"な部分も見てとれた。

それは周囲にどう思われようが、この武人の国が世界で名前を知らしめ、通用する為に前ばかりを見ている、彼の父親に通じているような気がした。


(取りあえず、今は、あの大国がどう傾くか、それとも均されるか眼を離してはいけないねえ)


ただ傍観するしか出来ない、政には関われない立場だが、セリサンセウムという国の詳細は知る事はできないけれども、"賢者の網"に通じて、ある程度の情報は―――経過報告を知る事は出来ていた。


どうやらクロッサンドラ・サンフラワーに仕えていた、世界の賢者の元締めとなった人は、傾きが始まる前―――例の義息子となる存在を宰相シャルロック・トリフォリウムが自分で手を下す前に、新しい賢者となれる存在を見出していた。

その人物は、セリサンセウムので西の果てにある領地、ロブロウ出身のピーン・ビネガーという名前の、その土地の領主の1人息子だという。


まだ成人にも達する前の事で、情報で把握できる限りでは性格や才能は、賢者になる素質を持つ者に共通するものを、幼い頃から色濃く持っていたという。


ただ、彼の誕生したロブロウというセリサンセウム中でも、西の果てにある領地は重要な箇所である事で、当初、その前身である隠者は兎も角、跡取りと立場上もあり、とても"旅人"にはなれる様子はなかったという。


更にピーン・ビネガーを発見当時には、西の国は傾く気配もなく、暫くは様子見で進めていくという賢者の網で報せがあった。


ピーン・ビネガーは優秀ではあるけれども、賢者よりも、先ずその土地の領主となって、行われている研究を国としては優先させているという方針が決まっていた。


彼自身も、研究や探求は好きな事として取り組んでいたけれども、あくまでも優先するのは、"ロブロウ"という土地の領主の役割。

しかしながら、その領主の役割を素直に受け入れたのは、ピーン・ビネガー自身の責任感もあっただろうけれども、成人をする前にセリサンセウムという大きな国限定ではあるが、限られた自由な時間を与えられたという事もあった。


新しく元締めの立場になっていたセリサンセウムの王都にいる賢者は、それを賢者になる為に必要な過程の時間である"旅人"に当てることにした。


賢者になるのに必要な絵本の(くだり)は、"賢者の網"にも、記されてはいなかったけれども、その"自由な時間"を利用しし、ピーン・ビネガーは無事に賢者になったという旨は事も、記されていた。


(ついで)に長らく使われていなかった"賢者の秘書"の仕組みを使い、ピーン・ビネガーは1人の少年を保護したともあった。


故郷を離れている自由な時間は行動を共にしつつ、終わった後もロブロウにそのまま連れて帰ったという事である。

保護し、拾った少年は賢者とはいかないまでも、随分有能という情報も付け加えられている。


少年はロブロウで、賢者の秘書でもあったがそのままビネガー家の使用人となり、成人した後には執事となったそうだった。


そうして賢者になる者特有の、散らかし癖も見事にカバーした上で、魔術の才能も発揮し、領主でもあるピーン・ビネガーの公私共に支えている。

やがて、その性格から"深謀遠慮の賢者"という二つ名がつけられたロブロウ領主ピーン・ビネガーに動きがあったという話はない。


ロブロウの領主の役割を熟しつつ、国から託された研究に取り組んでいる内に、大国の傾きは、静かに始まっていた。


(ああ、でも、そう言えば戻ってすぐに許嫁と結婚したとかしないとかもあったねえ。

それで、直ぐに子どもも授かったとかそんな話も、"網"で読み流したな)


補足情報によれば、ピーン・ビネガーはロブロウに戻ったと同時に、サブノックの賢者が僅かに記憶に残っている通り、幼少のころから決まっていた婚約者を娶ったという事だった。


それからの"賢者"としての動きという物が全くなく本当にロブロウの領主としての人生の指針を根差した生き方をしている様に思える。


その成果はと呼べるのかどうかはわからないが、その後セリサンセウムという国が傾きのきっかけで、内乱の原因の1つとなったと呼べる、数多くあった領地の理不尽にも見えかねない改易・取り潰しをロブロウは"生き延びた"。


セリサンセウムという国の重要な領地の領主と研究をしているという事もあって、改易の視線を向けられなかった。

そういった事も、もしかしたならあったかもしれ合いが、大国の所々で起こっている、国が傾くような弊害を自分の領地には一切及ぼさず、守る事に成功していた。


ただ、"政に関わってはいけない"という縛りがある為にか、他の領地から助けを求められたとしても、密かに助言等はしたかもしれないが、ピーン・ビネガーは特に大国の誰かにうこに助勢したという記録はなかった。


そしてもう一人の、クロッサンドラ・サンフラワーに仕え、世界中の賢者達の連絡を束ねる、"最高峰の賢者"となっていた人。

彼は実は随分と前に王都を抜け出し、王族や貴族の保養地が多くある田舎へと身を潜めていた事は、当時は知られていなかった。



┌─────────────┐

│次の血と繋がるまで    │

│             │

│娘の事をよろしく。    │

│             │

│ 対価は絵本だ。     │

│             │

│ S・トリフォリウム    │          

└─────────────┘



だから、賢者の網を使い、宰相の手紙がサブノックの賢者の所に届いた頃には、既に多くの出来事がセリサンセウムという国の中では、起こっていた後の出来事でもあったのだった。



それから程なくして、セリサンセウムという国の内乱はクロッサンドラ・サンフラワーの末子でありグロリオーサ・サンフラワーの"勝利"で以て納められた。


セリサンセウム王国の政権はグロリオーサ・サンフラワーを王として決起軍の時に参謀を務めたアングレカム・パドリックを宰相、神父のバロータを法王に据えた。


そして長い平定の集結の間に縁があり、気持ちを通い合わせて間に一子を授かった、トレニア・ブバルディアを、平民の出自ながらも正式な王妃として迎えて、傾きからの立て直しが始められる。


先ず最も変わったとされるのは、それまで


"絶対君主制(君主が統治の全権能を持ち、自由に権力を行使する政体)"


だったものを廃止し、


"制限君主制(せいげんくんしゅせい・君主制の一形態であり、憲法や法律によって君主の権力が法的に制限されている政体")


とした所で、後者に合わせる為にそれまでの法を改訂し、民意を活かした(まつりごと)を取り組む事が公布された。


因みにサブノックとヘンルーダは似通った文化圏である為もあるだろうが、双方絶対君主制ではある。

しかしながら、その2国の枢機が親類縁戚で固められているのと、そこに一夫多妻の文化が相俟って、各々妻となる婦人が国中から娶るので、民の意見がどこか国の何処か一か所に偏り無碍にされているいう雰囲気はない。


絶対君主制の文化圏として、一族としての長の力と発言力は絶対である。

ただし、その長から、出された発言が熟考や考慮をされた上でのものが殆どで、反対される事や不満を抱くという事が、最小限で済んでいた。


また長になる者の資格として、人の話を聞き取り纏めるだけではではなく、"拾える"事が出来る人物を選ぶという、暗黙の口伝のようなものが、国が建国され、産まれた時より生きていた。

そしてセリサンセウムが新たな王の元、平定をされた事は勿論、政権の形の変更もこの2国には、正式な使者を以て伝えられていた。

大国の新政権はについても、使者が運んできた書状にも詳しく簡潔に記されおり、後に閲覧を希望する者は、気楽に確認する事も出来るものとなっていた。



そこに記されていたのは、セリサンセウム王国は新しく法を作り直すとしながらも、それまで常識で慣れていた物を大きく改変したなら、漸く落ち着いた国でも民の心が落ち着かないと考慮をするという内容となっている。


『早い話が、大まかな法の骨組みは平定前のそのままではあるけれども、変える必要がある箇所は変えて様子を見つつ定めて行くって事だね。

スパイク、書状がお茶で汚れたらいけないから、片付けな』


そう言いながら、セリサンセウム王国の使者が運んできた書状の写しを渡した。


賢者という存在は、極力政に関わってはいけない。

そのはずなのだが、スパイクが副官業務の息抜きにまで"うっかり"、将軍の父親に"携行して置け"と言われて、"セリサンセウム王国の書状"を持ったままで、訪れて、茶をいつもの飲む卓の上に置いていた。


そしてお茶を出すのに、「邪魔だねえ」とその書状を賢者が持ち上げたなら、そこには文字がつらつらと(したた)められている。



文字があったなら条件反射の様に読んでしまう賢者という人種は、勿論持ち上げた瞬間に書状を読み上げて、自分の解釈を口に出していた。


『成程、簡単に言い換えるのなら、そういう事なのですね。

小難しく書かれているので、若干名の部下が、いまいち意味を理解を出来ていない様でしたので、賢者殿の言葉を拝借させて頂きます。

あ、邪魔でしたねすみません、直ぐに片づけます』


にこやかに、少しだけ不貞不貞しく言いながら、最近は新人の兵士の訓練にも携わっているという将軍の副官は賢者からの書状を受け取って、懐に直した。


『……、恐らく纏めるのは新しく宰相にになったていうアングレカム・パドリック某だろう。

細々としたものは、国の政を扱う事になるグロリオーサ・サンフラワーを筆頭とするその仲間や、平定時に決起軍を陰ながら助力してくれていた王都やその周辺に住まう貴族という、国の新しい枢機となる人々で、これから煮詰めていくんだろうね。

まあ、今は私としては他所の国より自分の国の事の方を考えたいねえ』


溜息を吐き出しながら、今は客人である元自分の護衛で監視である人物に茶を振る舞いながら、シワと白髪が幾分か増えた口元で賢者はそんな事を言葉にする。


『……人が相手なら、言葉やこれまで培ってきたもので、幾らか丸め込めるような気もするけれど、相手は自然だからね』


サブノックを含め、ヘンルーダの方と言えば、例年比べてやはり降水量の減少に農作物の生産が減少していた。

元々乾燥地帯であり、農作物にそれに合わせた品種を育ててはいたが、それでもある一定の降水量がある事で保たれている生産量でもある。


『サブノックの軍の施設部隊や、新人の基礎訓練の"穴掘り"序に、堰堤を迅速に造設してくれたから、立派なものが出来た。

そのお陰で、今はまだ旱魃までといかないけれども、堪えている事が出来ている。

それでも、あと数年してもこの降雨のペースなら、本格的にどうにもならなくなるねえ。

まあ、将軍殿が施設部隊を残して井戸を掘ろうとしてくれてもいるけれども、現状、上手く行っていないからねえ』


貴重な水を貯水する為の堰堤の計画は、軍の施設部隊の協力もあって滞りなく行われた。

だけれども、賢者が口にする通り、如何せん雨が降らなければ貯まるも物も貯まらない。


ただ、「ある」か「ない」かの状況で堰堤がある事で、少ないながらも堰堤がある事で雨水を貯水が出来ていたので、ある意味ではまだ最悪の事態を回避していた。


『もし井戸や地下の水脈が"当たれ"ば、いっそのこと乾燥農業かんそうのうぎょうから、灌漑かんがいの方に切り替えてしまえばいいんだろうけれども。

まあ、そう簡単にはいかないだろうねえ……』


かつて隣国のヘンルーダが主体となって"禁忌"ともされる大きな精霊術を使い、地下水脈を掘り起こそうとして大規模な取り組みが、行われたのは、先代から引き継いだ情報で知っていた。


サブノックと先代の賢者も幾許か協力して行われたその試みは、最終的の水を得る事には成功したけれども、大きな事故も起きてしまっていた。


その試みに参加していた、精霊術に秀でていた数名の幼い命が犠牲になり、事故に巻き込まれ生き残ったはたった1人だと聞いている。


丁度、年の頃ならスパイクと同じ位の年代の子どもが犠牲になったと、当時聞いていたので、世俗が気にならない賢者なりに心配をしていた。

その折角掘り出した水源も、十数年が過ぎたなら丁度今、サブノックが堰堤を使って堪えようという時期に、枯渇を迎えようとしているという。


(でも、過去に死傷者が出た方法で再び新しい水源を掘ろうという考えになるかと言えば、どうだろうな)


賢者は自国の水不足について考えいる内に、隣り合っており似たような状況下の隣国の事を少しばかり心配をしていたなら、実際に隣に座っているスパイクがゆっくりと口を開いた。



『賢者殿、仮にの話しなんですが、サブノックの数少ない農場に頼るよりは、肥沃なセリサンセウムという国のそう言った場所を借りる事は出来ないのでしょうか?』


物凄く躊躇いがちに語る事で、スパイク・ストラスなりに十分考え抜いた上で語り掛けている所が、感じ取れた。


『例え、仮の話しだとしても、(まつりごと)に携わってはいけない賢者に対して、外交問題の事を、直球(ストレート)で相談してくるなんてね』


考え抜いた上での相談で、随分と親しい関係ではある自覚を持ってはいるけれども、"禁忌"の話題に触れさせようとしている武人に険しい眼元で睨むと、直ぐに頭を下げられた。


『す、すみません。でも、セリサンセウムは内乱があったとしても……その、決起軍を起こした、国王の庶子の中でも末子である、現在は国王となられたグロリオーサ・サンフラワーは、圧倒的な能力を持っているとされています。

それこそ"鬼神"と呼ばれるような強さだそうです。

なので、決起"軍"とはされてはいますが、戦いになった際には単騎で敵部隊―――今回の平定の場合には旧セリサンセウム軍という事なんでしょうか。

そこで大将に当たる人物を、先ず倒して、そのあくまでも情報だけの事なんですが、戦らしい戦は最初の数回と、最後の王都制圧の時だけだったと聞いています。

"国は傾いていた"とは言いますが、どちらかと言えば、その生活の困窮の類ではなくて何というのでしょうか。

人の心の迷いで起きている不安定といいますか、一部の民の心が異様に乱れて、民が理不尽な不幸な状況にあっていたという話は聞いています。

その、国が落ち着いていなかったのは確かなんでしょう。

けれども日常の生活においては、十分な生活はおくれていたとも―――』


『長いねえ。まあ、今は賢者ではなくて、親しいババアとして聞き流すから取り合えず、言ってみな』


ズズッと音を立てて茶を啜りながら、賢者が割り込む様に言ったなら、スパイクは一度言葉を区切り、先程よりは落ち着いた様子で改めて、自分の考えを口にする。


『―――先程も言った通りです。セリサンセウムは、サブノックに土地を貸してはくれないのでしょうか。

その戦渦で、あの広大な土地が被害にあったという話は聞いていません。

寧ろ、クロッサンドラ・サンフラワーが国を傾けるまでに無駄に遊ばせている肥沃な土地がある。

開墾や開拓は、サブノックの民で行います。

その、こういった自然の出来事で人にはどうにも出来ない状態の時に、必要な穀物や食料を貯蔵―――いえ、凌ぐ為の間だけでも』


『それは、多分、仮にセリサンセウムの新しい王様や王妃や法王様が許しても、宰相殿が許さないだろうねえ』


"言ってみな"という言葉を口にしておきながらも、スパイクが全てを語り終える前に、サブノックの賢者は言葉を遮ってしまっていた。


『―――そうでしょうか?』


最後に疑問符をつけながらも、けれどその事に対して、特にサブノックの武人は不満という訳ではなさそうだった。


以前に護衛し監視間でしていた賢者と言う存在が、武器らしい武器などを手にした事がないのに、まるで鋭い刃物心地を慣れた手つきで切先を向けられたような思いをしながら、スパイクが尋ね返す。

賢者は声にも鋭さを含ませ、更に続ける。


『平定したばかりの国に異国の民の入国許したなら、折角平定した新しいセリサンセウムって国の先も、長いもんじゃないかもしれないねえ』


そう言った後、ある事をきっかけに随分と長いこと口にしていなかった煙草を無性に吸いたくなって、賢者仕様に仕立てられた、装束の袂に手を伸ばす。


煙管と詰める葉を取り出し、早速雁首と呼ばれる火皿に丸めた煙草を詰めながら、話を続けた。


『あと、そんな事をセリサンセウムに頼むくらいなら、スパイクの父上である将軍殿は、"正々堂々奇襲"をしようと国王に進言をするだろうよ。

もう、セリサンセウムという国は"平定"されいる。

今は終えたばかりで、(せわ)しいかもしれないが、周辺諸国に平定されて新政権になったと書状を送り届けてもいるんだ。

例え、内乱が起こり政権が変わったとしても、国として機能をしているとアピールしている。

なら、レジスタンスでも決起軍でもなくて、国同士としてやり取りをしあうしかない。

まあ、そのやりとりに関しては、上品か下品かなんて知らないけれどね。

"戦"に卑怯もクソもないから』


そこまで口に出したなら、漸く煙管の先にある雁首に火を点して、極僅かな小さな息で喫い、細く息を吐き出したなら、不意に気が付いたように付け加える。


『ああ、言っておくけれど、あんたの父親も"頼んでも無駄だ"とわかった上での攻めようという発言をするだろうっていうのは、あくまでも私の予測だ。

サブノックとヘンルーダ位の友好関係なら、そんな頼みごとは出来ただろうけれど、セリサンセウムには、少なくとも"今"は無理だね』

『……それは、やはり平定をしたばかりだという事だからでしょうか?』


賢者が煙草を吸うのは初めて見るけれども、2・3回でも喫ったなら直ぐに終わってしまうのは知っている。

煙管の煙草を入れ替える為に、立ち上がりスパイクが立ち上がり灰皿の代わりになりそうな物を"勝手知ったる賢者の部屋”の奥から運んできた。


『ありがとう。まあ、国を1つの家庭に例えたなら判り易いかねえ。

前以て言っておくけれども、これは極端な例えだからね?、私の中で勝手に使っている例えだ』

『ええ、承知していますからどうぞ』


いつもは不貞不貞しいのに変な所で、冷静で臆病な所は弁えているスパイクは頷きながら、賢者の言葉を待っていたなら、漸く話を始める。


『本当なら内々に済まそうと考えてもいた、内側では結構荒んでいた国の―――家の中が漸く落ち着いた。

出来れば、外には知られたくはなかったけれども、どうやら家庭内の騒動は外に少しばかり知られてしまっていたから、取りあえず落ち着いた事情説明をする』


そこまで口にすると、賢者の視線は先程読んだ書状の方に視線を向けたなら、それを預かっているスパイクは頷いた。

それら確認したなら、煙管で喫う分は一度終わってしまった雁首から詰まっている灰を取り出して、運んできてくれた器に落として、新たに葉を詰めながら続ける。


『それで、新しく住む”家”はそのままあるのだけれども、中身というか、家の中を回す保護者的な立場が一斉に、入れ替わったわけだ。

まあ家の構造自体は、前に揉めた時と大して変わらないけれども、揉め事の原因になりそうなものは変えて行こうみたいな事になったと、周囲に説明もした。

すると、外からあんまり付き合いのない家から助けを求められて助けたら、家族の方がどう思うかってことだよねえ』


『……サブノックやヘンルーダでは、父親が良いと言えばそれに従うとは思いますけれど、少なからず不満を持つことになるんでしょうね。

賢者殿の例えの場合は、家での父親の立場なら、国王陛下になるという事ですよね?』


『そうなのだけれども家庭の概念にもよるだろうが、これからのセリサンセウムは男女平等というか、公平な考え方が強くなっていきそうだからねぇ。

父親は"国王"は構わないと口にしても"母親"というべきか、女房役になる宰相としては先ずが自分の家の事を片付けてからだろう』


そう口にして新しい煙管に火を灯して、再び細く煙を吹き出した。


『家庭内の不満―――国内は平定はしただろうけれども、1度傾いた"国"の中を片付けて、普通に落ち着かせるのも始まったばかり、一段落もついてもいない。

しかも、あれだけ大きな国だ。

平定するのにしても、外に気が付かれない様にやった為に、外から見たなら推し量れないほど、年数もかかっているんじゃないかねえ。

いくら家の中を切り盛りする女房役が優秀だとしても、あれだけ広いと国土が戦渦で荒れてなかったしても、傾いた事でずれた民の"心"を元の位置に戻すのだって、ある程度の時間が必要だ。

1人でする作業ではないだろうけれども、やはり大変だろう。

元に戻す、片付けが苦手な私が心配されるのも、デッカイお世話だろうけれどもね』


そこ一息を吐いて、既に薄いシワがあるのに眉間に縦のシワをはっきりと作って続ける。


『それにねぇ、さっきスパイクが口にした"土地を貸してくれたなら"って言うのは此方に悪気はなくても、向こうは結構な警戒心を抱かせる。

国はそのままにしても、新しく出来たばかりの物を、自分でさえまだを掌握できてないものを、貸してくれと言われている様な感覚になるだろう。

また、極端な例えになるけれど"自分が使う筈だった物を、違う人物に一番最初に使われてしまった"という気持ちも持つかもしれない。

正確に言ったなら、状況は違うけれど、感覚的には伝わるかねえ』


賢者自身も例えが少しばかり珍妙だと思いつつも、口にした内容だったが、気心が知れている武人の青年には十分伝わった様子で、"ああ"と声を漏らして頷いていた。



『……確かにそれは、心情的に嫌なものになるのでしょうね。

その、独占欲とか拘りとか強くない方でも、子どもっぽいと言われても、先を越されてしまったなら、どうしても嫌な気持ちは持ってしまうかもしれません。

その、国の平定に思い入れがあって、為し終えた後であればある程……あ、これって執着や拘りになってしまいますかね?』


『いや、その捉え方であっていると思うよ』


最後に自分でスパイクは否定をしてしまっていたけれども、賢者はそれを認めていた。


『情を絡めないで考えないという方が、無理でしょうね』


同じではない、けれども似たような物はよく見てきた。

スパイク自身の生い立ちは、物心がついた頃には父親である国の将軍の正妻で、第一夫人の元にいた。

優しさと厳格を持ち合わせている義母で、他に数人いる夫人からも信頼を得て纏めている人物で、子どもの心や、夫人関係の小さな機微も見逃さない。


側室も数人いる事で、必然的に兄弟姉妹も多くなるのだが、そちらの面倒もよく見て、その関係を掌握していた。


スパイクは自身は正妻の末っ子の様な立場で、数は少ないが弟や妹はおり、兄弟が多いとやはり"おさがり"という道具の共有は行われていて、兄弟姉妹達は普通に受け入れていた。


ただ、稀にだけれども"その子の為に用意されている物"があって、それが周知とされたなら、その道具や出来事が新しい古いに関わらず、その当事者となる兄弟姉妹は執着をする。


それに、たまにイタズラ心を起こした、兄弟姉妹が"先"にそれに手を着けたなら、大体後々に響くような大喧嘩が起きてしまうか、その2人の関係はに禍根が残る。


その際に兄弟姉妹で喧嘩、喧嘩が起きてしまってどちらかが不貞腐れてしまっても、第一夫人はその当事者の2人を呼び出し、静かに宥める様に説教をする。



―――その人の為に用意されていると判っているのに、手に入れたい、触れてみたいという気持ちは、時として正しく、"イタズラ"の様に起きてしまうものでしょう。

―――"したかったからした"、"自分の気持ちに正直に"、"羨ましかった"という開き直りの様な言葉すら、言い訳で出てくるかもしれません。

―――ただ人が集団で生きる限りで、揉め事が起こらない様にするというのが先ず、無理です。

―――だからせめて揉める火種に、相手が大切にしている物や、執着している物を発端するのは、今回の様なことはしてはいけない。

―――「自分だけのもの」と思っている物を奪われて、"相手から予想以上の恨み"を被りーーー死んでしまったならそれまでですからね。


そう口にして、ストラス家の長の正妻の証として受け継がれている短刀を、揉め事を起こした"手を出した方"へと、日頃の厳格ではあるが優しい雰囲気から程遠い素早い動きで、相手の頭を鷲掴み、喉元にその刃を突きつけた。


(―――今、思いだせば、過激な喧嘩両成敗だったなあ)


その現場を幾度となく、義母の隣で見てきた。


―――貴方行った事で、"こういう恨みを買う"という事もあるというのを弁えておきなさい。

―――少なくとも、ストラス家にそういったいざこざを持ち込んだなら、"私から"恨みを買うと思い知りなさい。


義母の"喧嘩両成敗"は、本来なら被害を(こうむ)ったと思える方にも、結構な衝撃を与えていたと思う。

回数は本当に少なかったけれども、側室同士のいざこざの際にも全く躊躇わずに義母は行っていた。


正妻と将軍の父の息子である、腹違いの兄達がやはり優しく厳格ではあるけれども、他の異母兄弟と比べて群を抜いて武人として強い理由が判る。


その場面を見る度にスパイクは、思い知っていた。


『―――後は、"(ひさし)を貸して母屋を取られる"という、土地を貸す事で、そこから侵略されるだろう。

そんな一般的な懸念を、セリサンセウムの宰相殿も持っているだろうからねえ。

戦をするにしろしないしろ、あの将軍殿はめ入る拠点としてその場所を視野に入れる事は考えておかしくはない』


流石の賢者も自分が考えていることなど、思いもよらないだろうと考えながら、補助する様に付け加えられる、尤もらしく納得出来る言葉に頷いていた。


『そうですね、それが多分他国に土地を貸したくはないという一番の理由になるんでしょう』


スパイクはそう答えながら、自分の国の賢者となっている婦人の横顔を見詰める。


(思えば、賢者殿は義母上にあった事はあるのだろうか)


薄々ではあるけれど、自分の出自には気が付いている。

でも、それを口に出したとしても、誰も幸せにもならないし、不幸せにも、多分どうにもならない。

周囲は少しぐらい騒ぐかもしれないけれども、そのままになるのだろうと思えた。


(それに―――)


この人に、"母性"という部分を求めるのが間違っていると割り切れてしまえる自分の性格が、何よりも自分の由来(ルーツ)なのだとも感じている。

そして、母性の代わりに求める事が出来る物も、携えているのが判っていた。


『賢者殿、仮に、仮にです。セリサンセウムという国が、平定から大分時間が経ったとします。

そして、女房役であるセリサンセウムの宰相が自分の国が落ち着いたと感じられて、気持ちが落ちついたとします。

そうしたら、あの肥沃な大地の国は、サブノックやヘンルーダに土地を貸しても良いと思ってくれるようになるでしょうか?』


あくまでも戦をしないという方向で、意見を口にするスパイクに、取りあえずで賢者は考えを述べてみる。


『少なくとも、今の王様、グロリオーサ・サンフラワー陛下の統治から次の世代に代替わりしてもいいから、30数年は過ぎてぐらいでないとねえ。

それこそ、国が誕生したのを子どもが産まれた様に考えて、成人もしてそれから10年ぐらい過ぎて、普通の親なら、連絡手段が然りしているなら、そろそろほっとくぐらいだろう、

何にしても、争わずに穏便に済ませて、サブノックとって良くしようとしてくれるスパイクの姿勢は個人的に評価したい。

だけれども、今はサブノックの国に提案するにしても、セリサンセウムの王国に頼み込むにしても時期尚早という物だろうね。

それに、穏便も良いかもしれないが御父上にしてみたなら、やはり優し過ぎると思うだろう』


『そうですか……、やはり今ではまだ早すぎますし、私の考えは父上から見たなら、浅慮という事ですね。

では、今回の旱魃は、ヘンルーダの方から踊り手の巫女を招いて、少しでも雨が降り易くなる様に雨乞いで祈るか、それか、施設隊が運よく水脈を掘り当てられる事を期待します』


少しばかり落ち込むようにも見えた青年に、もう数度か喫った事で満足した煙草と煙管を片付けながら、話題を変えるついでに励ます様に、話しをしたことで思いついた話題を賢者は口にする。


『私は国を子どもや家庭や家族みたいに使って、例えたけれども。

そう言えば、セリサンセウムの王様には、確か、平定の戦いを共にした、幼馴染だという王妃との間に実際に後継ぎになる"子ども"がもういるのだよねえ。

詳しく良く年齢はしらないけれども、今はまさに、とても手もかかるけれども、可愛い盛りでもあるんだろうよ。

でも、その子が、このまま成長して、30過ぎたくらいのオッサンか兄さんになっていたなら、国も王様も肥沃な大地も、もうほっといて良い位に思えるだろう。

それまで気長に待ってもいいだろうさ。

もしかしたなら、明日にでもあっさりと雨が降り出すかもしれないんだからさ』


雨の事は兎も角、子どもについてはスパイクも頷いていた。


『そのかわいい盛りの王様が、オッサン兄さんの頃なら私もご縁があったならいい大人で、子どもの1人でもいるぐらいですかねえ。

と、まだ成人もまだしていない年齢で、言うのもないですかね』


何気なく口にした言葉だけれども、賢者の中では思わず動作が止まってしまえる発言となっていた。


『そうか、30数年過ぎればスパイクに子供がいても、確かにおかしくはないのだね。

それに産まれるのが十数年先だとしても、30年先なら、赤ん坊どころかやんちゃ坊主ぐらいには育っているかもしれないんだねえ』


もし、今自分の部屋に訪れている武人の青年が伴侶を迎えて子供がいたとしたなら、その子は自分にとって、どんな存在で立場になるのかは、賢者でも想像がつかなかった。



『……スパイクの子供なら、少しぐらい面倒を見せてもらえたなら嬉しいねえ。

簡単な、勉強ぐらいなら見てもらわらせたなら、どんな感じになるのだろ―――』


昔、1度だけ大きく後悔をしたことの(あがな)いが出来ると思えて、本当に滑るように気持ちが唇から零れる。


だが次の瞬間には口許を抑えたけれど、隣にいる武人は気がつかないふりをして静かに微笑んでくれていた。

それを視線の端で確認したなら、ここで途切れてしまう方が不自然だとも思えて、賢者は言葉を続ける。


『勿論スパイクの許しは当たり前だけれども、伴侶で御夫人になってくれた方の"許し"があっての上だけれどもね』


あくまでも"許してくれたなら"という姿勢を崩さずに、言葉を付け加えたなら、。


『……国の賢者殿から直々に教わる事が出来るなんて、きっと誰も反対何てできません。

寧ろ、羨ましがられるし、もしかしたら、国の賢者にそんな時間を取らせる何んて何様なんだと言われてしまいそうです』


『そんな、大層なもんじゃないよ』


謙遜しかとられない言葉を口にしながらも、世間ではそう取られる物だと思い至る。


【―――"サナンダ"、研究を続けたいのなら、この成果は今の君には枷にしかならない。

私は、厳しくはあるけれど情を父親としての経験をもって接する。

そして貴女より立派に母親に役割を熟せるし、サブノックの武芸者として育てられる婦人も国元にはいる】


賢者にはなれたけれども、夫人としても母親としては無理だと否定され、自分でもそうだと思えたから、心血を注いだ研究を幸せにしてくれるなら、引き渡した。


(いや、渡したんじゃなくて、"引き取ってくれた"んだ)


引き渡したからには、決して自分の立場を表には出さないと誓っているつもりなのに、"未来"の話を聞いたなら、"らしくもない"希望を持ってしまう。



『……そうですね、サブノックが干魃の心配から解消されて、世界中が落ち着いていたなら、私も父上か義母上に、どこかのお嬢さんを紹介してもらいましょうか』


サブノックの婚姻は先ずは親を通してからが当たり前で、自由恋愛という物が殆ど無い。

稀に、先に男女が出逢って互いに想いを通じ合う事もあるけれども、そこに必ず親が入って婚姻の話を纏める。


例えどんなに思い合っても、親が反対をしたならそれまでの事だった。

実際スパイクの腹違いの兄弟姉妹は結構な人数で、それなりに娶っていたり嫁いでいたりしている。


成人に達しない年齢でも、親さえ了承すれば結構婚姻の話は取りまとめられているので、スパイクも早めに婚約位をしていてもおかしくはなかったのだが、まだそう言った話は聞いていない。


『もしも、決まったなら、父上や義母上―――ああでも国王陛下には報告して、家族には知れ渡ってしまいますが、賢者殿にも直ぐにお知らせしますね』

『ああ、家族でもないのに報せて貰えるなんて、有難い事だねえ。ありがとうスパイク』


そんな話で、元護衛で監視をしていた騎士とサブノックの国の賢者の、セリサンセウムが平定された報せに合わせた会話は閉められた。


ただ"未来"の方は随分と、希望通りとはいかない。


旱魃が続き、ヘンルーダと協力し水の精霊をもてなす儀式を行い、何とか雨に恵まれはしたけれども、とても堰堤で貯水できる量でもなかった。

井戸の方も水は出たけれども、こちらも場所が悪かったのか、季節を一巡りまでもなく枯れてしまった。


そんな中で、セリサンセウムから国が落ち着いた事で、会食に招かれたという報告が軍議でもたらされた。

何となく、少しだけ嫌な予感がしてこの軍議には賢者は参加をしていた。


そして"嫌な予感ばかり良く当たる"という現象に遭遇する。


"平定直後で、国全体が落ち着かず疲弊しているだろう"

"まだ不惑にも届かない小童が、若さと勢いに任せて、たるんでいた平和ボケをしていた国を強引に均しただけだろう"



―――敵に回してはいけない存在、向かってはいけない場所に向かおうとしていた。


『"セリサンセウム?あの国に手を出すの?馬鹿だな。過去から何も学んでないの?』




何とかして、"サブノックの賢者"として、止めようとしたけれどもとても、賢者1人の理屈で抑えられる勢いと状況でもなかった。

隣国のヘンルーダの協力もあるという発言もあったのと、同じ様に作物への水不足の被害が大きく民の生活に影響をしているという言葉が、2国の王の心を動かしている様に思える。


隣国の方が少しばかり歴史は古いが、殆ど同時期に産まれ、助け合う兄弟の様にそれは仲睦まじく互いに育ってきた国でもある。


そこに困窮した現状で、協力したならば、打開できるかもしれない方法として、出されたのは武人のを祖とした国のサブノックでも久しく行っていない、侵略とい行為だった。


国の軍を使った戦という行為自体は、国境付近で頻発する山賊や夜盗を退治するために行われ、大がかりな訓練も日々行使されている。

それはあくまでも"国を護る為"という大義名分もあった。


そして、今回"侵略"を行おうとしている相手は大義名分などはなく、"そうしなければ自分の国が自分の国が滅んでしまうかもしれないから"という、自分達の理由しかなかった。

ただ、国として誕生して前程の昔には、"自分達の生活を良くする為"という"理由"でも、(いくさ)という選択はあった。


昔は交渉したとしても、それが決裂したのなら、互いに武器を手に取って、勝か敗れるかとする事で自分達の生活の未来に繋げていた。


今回の侵略をするという行為の選択は、ある意味では十分突き詰めての選択でもあると、国としての意見は一致する。


セリサンセウムという国は、十中八九サブノック、ヘンルーダの両国に土地を貸す事はない。

加えて長年の間周辺諸国には内乱を隠し、それを平定をしたので、新しい国の枢機となる人物達の披露目しようと考えている。


―――だから、セリサンセウムという国へ、出来る事なら国の代表となる立場に人物に赴いて欲しい。


それが書状をを送り付けた周辺諸国に、反感を買わせる為のセリサンセウムの言葉だとしたなら、それは見事に成功している事になると、サブノックの賢者は小さく息を吐く。


【紹介をしたいなら、あちらから、諸国へ鬼神と呼ばれる国王が信頼できる臣下を伴い、行脚し、赴けばよいではないのか】


そう、昔馴染みの将軍が腹立たしそうに口にしていたのを、お節介な風の精霊が賢者の耳元にまで届けてくれていた。


侵略する方針が軍部の中でも水面下で決定していたが、具体的な案はまだ出ず、2国の武人が話し合いを繰り返している間に、サブノックの賢者はヘンルーダの賢者に連絡をとってみる。


立場としては、"戰"という(まつりごと)の為に最早関われないという立場は同じ筈だった。

ヘンルーダの賢者とは、"賢者の網"を以て連絡のやり取りを数度↓覚えはあるけれども、直に話した事もない。


ある意味では、ヘンルーダという国の賢者は、これまでの一般的な国と賢者との関係とは一線を画する形で、その信頼関係を国との間に築いている。


丁度サブノックの国が産まれる程昔、ヘンルーダという国は、ある優秀な賢者を送り出してきた旅人の一族と取引を行い、臣下として、その"力"を取り込んだのだという。


詳細は(つまび)らかにはされてはいないが、本来なら全て"偶然"に合わせた出会いを以て助勢する事になる筈の"旅人"と国が邂逅し、やがて旅人はその国の賢者となる。


それは国王が"代替わり"する度に、前任の賢者が去り、"後任"の旅人がその国に訪れる事で関係が始まる―――という、ある種の手間に思われても仕方がない様な物でもある。


その手間をヘンルーダという国に付随する臣下になる事で、省略したという話を聞いている。

ただ、幾ら臣下になっとしても"賢者は(まつりごと)に関わってはいけない"という不文律は守っている。


しかしながら、ヘンルーダの賢者が行っている研究が、直接的には政には関わってはいないとしても、行っている研究はその国の"力"としての底上げに繋がっているようにサブノックの賢者には思えた。


色んな思惑を隠すつもりはなく、"賢者の網"を使って連絡を取ってみたなら、ヘンルーダの賢者から返ってくたのは、賢者同士ならなれた季節に合わせた挨拶、こちらへの気遣い。

そして、最も長く続く"自身の研究の成果"の話題となる。



【今は"どれだけ重い物を、魔術の力で移動させる"という研究を行っている。

今はまだ、台車に乗せる位の重量しか運べないが、その内大きな屋敷もその力で運べるようにしたい物だ。

あと十数年という時間と資金さえあれば、きっと実現してみせる!】


全く、今回のセリサンセウムという国への侵略には微塵も掠りもしない、返信なのだけれども"何か"が、とても不安に感じた。

でもその正体が判らぬうちに、侵略の失敗の早馬の報せが届く。


失敗した内容の詳細は,、入ってきた方向からそのまま必要な情報だけ拾って、そのまま流した。


自分の忠告が届かなくて、失敗した事に"残念"という気持ちしか晒で抑えている胸に浮かべることが出来ない。


嘗ての(おのれ)なら、事細かく聞き出して、失敗した場所をきっちりと批評するぐらいやってのけて、失敗した相手を怒らせて、"落ち込ませる"(ひま)を与えない方法も取っていたと思う。


でも、今はそんな事をしても、失態をしてしまった事以上の怒りを出させるような事が出来ないような気がした。


幸いかどうか判らないのは、セリサンセウムという国が恩に着せるかつもりなのかどうかは判らないが、サブノックとヘンルーダが行った振る舞いに関しては、何一つ言及するような事はない。




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