断章4
"―――それで、ストラス殿は、どうしてそんな話を、自分になさるんですか?"
旅支度を確りと整えた、空色の眼を持った年齢的には壮年という年齢ながらも、不思議と少年の印象を与える、かつてこの国で初めて賢者の護衛騎士だった人が、追いかけてきた人物に尋ねる。
尋ねる相手はサブノックという国が建国されたその日から、国王からの信頼厚く、国王に最もよく似ているという娘を娶らされていた人物だった。
若い近衛兵の時分から王に気に入られて、数十年で国の為政に携わる、枢機の一族に加わった、ストラスの姓を持つ。
そしてそのストラスの姓を持つ者と、サブノックの初代の賢者の護衛騎士となったアルスという名前を持ち人物が、初めてじっくり話す場所となったのはサブノックとヘンルーダの国境。
天涯孤独だという賢者の護衛騎士は、サブノックを旅立った後ヘンルーダを回ってから南国に向かうつもりだという話を耳に入れた、ストラスはわざわざ早馬に乗って追いかけてきていた。
この2人が特に親しかったという事はない。
共に長い年月を、職務として宮殿ですれ違う事があっても、会釈挨拶をしあう程度で、個人的に付き合いや縁などはなかった。
だから、尚更かつては青い髪だったという、現在は白髪になってしまった、老齢ながらも健勝な国王が可愛がっている、この国一番の早馬に乗って見送りに訪れた人物に空色の眼を丸くする。
正直に言うのなら、畏れ多いかもしれないが度合いで言うのなら、"国王"の方がアルスの護衛をしていた賢者と余程親しかったので、健勝でもあられるので馬に乗って別れの挨拶に来た方が驚かない。
ただ、旅立つ前日に礼儀として既に挨拶についてはしてもいたので、王の馬を見た時には何かしらあったのかと、不安にもなった。
そして追いかけてきた、想定外の人物から語られる内容に、アルスが空色の眼を大きく見開きの驚いているのも構わず、かつてストラスという若い近衛兵が目撃した一部始終を聞かされたのだった。
"我が国の賢者殿の一番側にいたアルス殿が、賢者殿が"旅立った事"で、退役をした上でこの国に帰ってくるつもりはないという話を、陛下から聞いたなら居ても立っても居られなくなってしまって。
どうしても、この話を伝えておきたくて、陛下には何も言ってはいないんだが、アルス殿が旅立つと聞いて、落ち着かない私に「私の馬を使うといい」と言われたので、温情に甘えさせて貰った。
それで、どうして話したかったと言えば、賢者殿の側にいたアルス殿は知っていた方が良いと思えたのです。
その、賢者殿の旅立ちを見送った貴方だからこそ―――"
賢者の護衛騎士だった人物が、この国から出て行く理由は単純で、この国の賢者が、居なくなったからである。
その理由は恐らく老衰と呼ばれるもので、先日、起床時間になっても起きてこない賢者を近習が起こしに向かったなら、寝台の中で、眠り、旅立っていたという。
ただ、旅立った後の賢者の意志は、既に護衛騎士に伝えられているのと、その後の事も頼まれていた。
"気が合ったので、よく話はした方だと思うんですか"
アルスがそう語りながら、更に聞いた話は、かつてストラスが偶然ながらも居合わせ、国王が「私にしたなら、第三者の誰かに見て貰った事が幸い」とする話だった。
"そうですか、魔法が苦手な自分にはいまいちピンときませんが、そういった背景もあったんですね。
自分はこういったというか、争い事が苦手な性分な者で。
賢者殿とストラス殿が激しく口論ばかりをしていたので、てっきり賢者殿が過去に酷いイタズラでもしていたのかと思っていました"
困った様な笑顔を作り半ば信じられない心境で、ストラスの語る自分が護衛して来た人とこの国の王様の、"恋物語"と例えるしかない話に、アルスはそんな感想を漏らす。
それからこれ迄の事を振り返るように、早馬にのって追いかけてきた人の後方を仰ぐようにしてこれまで住んでいた国を眺めつつ、口を開く。
"でも確かに賢者殿は「賢者って奴は、とりあえず誰も困らない、迷惑かけないズルはしている」なんて事を仰ってもいました。
もしかしたら、そういった事を込みで言葉にされていたのかもしれませんね"
それから、先程の表情から困った部分を差し引いて、本当の笑顔を作って自分の上司とよく口論をしていた武人を見つめる。
"それで、ストラス殿ともっと話しておけばよかった。
それにそんな話を知らなかったから仕方はないですけれど、剣については、もっと交えてみたかったものです"
"―――確かに、アルス殿とは言葉で話すよりも剣を交えていた方が、意思の疎通は簡単そうだ。
争い事は嫌いと言いながら、貴方と剣を交える事が出来る相手は、この国で指の本数よりも少ないぐらいだ"
そこで図ったわけではないが、互いに壮年の良い年だが子どもの様に同じタイミングで吹き出していた。
言葉を交わす事は確かに少なかったけれども、季節の折りに余興の様に行われる御前試合ではよく決勝や、それに近い場所で必ずといっても良いほど剣を交えていた。
自分の護衛対象に何かと文句をつけてくる人物ではあったけれど、嫌という感情は持てなかったし、文句を向けられる賢者の方も飄々として聞き流している姿をよく覚えている。
ただ、互いに少しばかり境遇は似ている物があったのは、噂話で両者ともに聞いている。
後ろ楯が何もないアルス程ではないけれども、ストラスの方も剣の実力で近衛兵になった後に、国王に気に入られた事でこの国にしっかりと根を張るように居場所を得た。
アルスの方は、賢者が旅人であった時期に勧誘したとされており、護衛騎士として迎えられとなっている。
サブノックの軍で一般的な兵士や騎士としても十分やっていける実力と素質は、入隊の試験の時からわかっていたのを、賢者が「予約していた」としてやや強引に引き抜く。
しかも、賢者が"堅苦しいのは嫌いだ"と公言し、彼以外の兵士という者を身辺に置こうとしようとはしなかった。
その事で軍事に秀でた国としても、基盤を固めようしていた内政関係者達と悶着を起こしてもいた。
それと本当に極一部だが、賢者と護衛騎士が異性であると言うことで、色恋の噂もたったのだが、それは身近にいる近習や侍女達から、鼻で笑う形で否定されていた。
それはアルスの護衛対象の旅人が賢者になった事とに、関係しているのかどうかわからないが、"散らかし具合"も成長していた。
国唯一の賢者の護衛騎士は、剣の柄を訓練で手にするのと同じくらいの頻度で、清掃道具を手にして、旅人時代から賢者になって旅立つまで使っていた来賓室を片付けていた。
その様はとてもそういった関係には見えなかったし、賢者の方も夜の方が研究が捗るのか、昼夜が逆転するような生活が多かった。
勿論、アルスは夜には護衛騎士の任務は終わり、居住の場所となる幹部の兵専用の寝床に戻る。
夜は夜で、宮殿には夜通しで警備の兵士が交代でたっているので、護衛の心配はなく、研究に集中している賢者に隙というものはなかった。
1度、夜の警備の兵士が下らないイタズラ心を起こして、「婦人なのに表に出て、賢者をしている人物」の研究を盗み読みしようと覗き込んだこともあった。
だが、ほの暗い来賓の部屋を覗き込んだ同時に、耳に"ブツリ"何らかの切れた音と共に冷たさを感じ、触れたなら、掌を染め指先までに及ぶ血液が手につく。
ただ痛みは全く感じず、ただただその血の量に狼狽えていたなら、気配もなくその兵士の後ろに賢者が立ており、当て身を食らわせ気絶させ、耳に止血処置した後その場に朝ま放置する。
兵士を窘める意味もあったけれども、ついでに血液に関して―――主に採血の効率化の研究についても、賢者は纏めていた。
この事で護衛騎士の方は、日頃から隙はないとも思っていたけれども、それなりに武芸の心得も賢者にはあるのだと感心する。
ただ予想外にこの出来事は国王の逆鱗に触れてしまったらしく、軍では規律の締め直しが行われ、アルスは一言の訓告をうけ、賢者は友として長々と意見をされることになる。
主に、生活を少しばかり改めるようにと言われるのを、護衛をする傍らでアルスは耳にいれていた。
ただ、賢者は苦笑いを浮かべて受け入れながらも
"夜の方が研究が捗るのだ、すまない"
と謝りはするけれども、改める様子はなかった。
そんな日々の生活が、賢者の身体の寿命に影を落としたのかどうかわからない。
でも、そう思えてしまう程、サブノックの賢者の旅立ちの原因は"老衰"とされながらも、先日まで健康だったでもあったのだが、その齢では早過ぎるものとされた。
ただし、賢者自身が捗るからと宣言した数十年で残した研究の成果は、サブノックという国が対外に諸国と文化的交流をする際、十分な役割を果たす事になる。
まるで自分に残されていた命と時間を注ぐように、研究を行っていたとも評される賢者の姿は、出自は異国の者で、本来なら奥に控えているべき女性という文化が根付く、そんな中で敬意を集める事になった。
ただ一番近くで護衛をしていたアルスは、賢者が研究に心血を注いでいるようにしながらも、その姿がまるで嘗て世話になっていた家で、子供や夫の破れた衣服の繕い物していた奥方を思い出させるものがあった。
そういった研究自体が、好奇心の塊でもある賢者が、好んでやりたくてやっていただけと言うことも弁えている。
だけれども、賢者殿は心の隅の方で大切な誰かを思いながら、小さく唇の端を上げ、目尻に優しいシワを作って研究をしているのだろうと、護衛を行っていた数十年の間考えてもいた。
声にするのを躊躇っている内に、時間は流れ、結局言葉にすることなく賢者は旅立ってしまったけれども、ストラスが語ってくれた物語を聞きき、口にしなくて良かったと護衛の騎士は思った。
―――誰の為を、何を思って研究をしているのですか?。
何度も賢者に向けて言おうとした言葉は、きっとこの世界で"彼女"にとって一番残酷な言葉になっていたのだと気が付けた。
自分の興味にだけの感情にのせて、無神経にとれる言葉を自分が口にしなかった事が、アルスという人の中で小さな経験と誇りとなる。
"……アルス殿は、賢者殿が旅立たれたから、サブノックを離れて旅に出るのですか?"
伝えたかった話を終えて、ストラスが個人的な質問をしたなら、旅支度の為に帽子を被っている頭をアルスは左右に振るった。
"いえ、旅に出るのは賢者殿が存命中から、考えていたんです。しかも、結構早くから。
だから、家族を作らなかったというのもあるんですけれども"
そう言いながら、旅支度の整っている自分の衣服をアルスが撫でると、ストラスが納得がいったといった風に頷く。
"ああ、そうなのですか。一昔にはは枢機の一族の長達が、貴方を娘の婿に出来たならと盛んに話していましたが、全員が断られて、随分と残念がっていた話がありました懐かしい。
その頃は不思議には思っていましたが、気持ちは固まっていたのですね"
ストラスの言葉にアルスは空色の眼を伏せて頷いた。
"ええ、正直に言ったなら賢者殿の護衛騎士にならなければ、サブノックの軍で剣術の基礎を習ったなら、軍役を終えてこの国を出ていくつもりでもありました。
でも、賢者殿の護衛となって、奢るつもりはありませんがストラス殿の様な猛者と剣を交えるのが、どうにも楽しくなって―――いえ、楽しかった何かを思い出すような気がして。
それで、切りが良い所を見つけられずに、楽しかったというのが一番なんですけれども。
やはりストラス殿の言う通り、賢者殿が旅立たれた事がきっかけ何だと思います"
楽しかったと口のするアルスは、再び壮年の筈なのに少年の様な印象を与える笑顔を浮かべていたが、その剣を交えていた方は、「思い出す」という言葉に反応してしまう。
"剣を交える事で、アルス殿は一体何を、思い出すのですか?"
天涯孤独と聞いている護衛騎士が、自分の剣と剣を交えながら、何を思ったのかが気にかかるのは、武人という性分だと自分に呆れながらも口に出してしまっていた。
その言葉に笑顔をスッと引かせて、少しばかり考え込む顔をつくり、随分と使い込んだ手袋から出ている指先を唇に充てて俯いた。
"ええ、強い方と戦う程、懐かしいいような気がしていたんですよ。
だから、基本教練の時期が一番懐かしい時期ですかね。
自分の下手くそな剣が簡単に捌かれて、それが
「知っているはずなのに、知らない」、
「知らないはずなのに、知っている」
そんな変な感覚が頭の中に溢れるんです。
それで、自分がサブノックの軍に入った頃は、物珍しさで声をかけくれる武人の方達もおおくて、それも理由が判らない懐かしさを感じさせてくれたんです。
でも、流石にこの年になると、もう感じるのは無理で、どちらかと言えば声をかける側になってしまった。
この国に新たな賢者が来たとしても、自分の中での賢者殿はあの方だけなので―――そろそろ行こうと思います"
"そうですか、それでは今更ですが、忘れ物はないですか、今なら、これから向かうヘンルーダの方に御贈りしますが―――?"
ストラスがそう訊ねたなら、アルスは口元に当てていた筈の手を、彼の少ない手荷物でもある斜め掛けの鞄の方に回した。
よくよく見ると、手入れはしてあるけれど随分と古い鞄の様に見える。
"いえ、サブノックを出る前に、要る物要らない物で結構吟味して持ってきたつもりです。
必要な道具は、全てこの鞄に―――賢者殿から貰った物の中に"
アルスがわざわざ鞄の口の蓋になっている"かぶせ"を捲って、少ない持ち物を見せようとするので、思わず覗き込むと、ストラスの見覚えがある物はごく僅かだった。
"そうなのですか───あ"
薄く平らな古い書物があった。
(これは、どこかで見た事があるような気が―――)
でも、それと同時に"賢者の持ち物で自分の見覚えがあるのがおかしい"とも思った。
ストラスと、賢者の初対面はあの"現場"に出くわしたところ。
そしてその後国王に頼まれた事もあって、"傾かない様に"と言うこともあって、それからは必要があれば反発する立場を取った。
その立場もあって、賢者の部屋に近づくと言うこともあの出来事以降、なかったに等しい。
頼まれて、国王の発言に併せて見張っているような態度をとっていただけなので、別に賢者という存在が、仇というわけではない。
しかも「考えが傾かないように」という、形の見えない言葉や発言に注意を払っていた。
だから、視覚で捉える事が出来る"道具"で"賢者の持ち物"だった物で、ストラスが記憶に留めておくことが出来るの物は"あの現場"で見た物だけ。
(ああ、そうだ、あれは、書物は書物でも"絵本"の筈だ―――)
扉のない部屋の、薄暗いその中で2つ人の影が唇を重ねる形をしたその下にあった絵本。
"ストラス殿は、どれか見覚えがある物がありますか?。
この絵本なんかはもしかしたら、見た事があるかもしれないな。
賢者殿、この絵本を本当にたまに、笑顔を浮かべて眺めていましたから"
アルスがそう言いながら、絵本を取り出し、差し出したのでストラスは思わず手に触れてしまう。
"……いや、見覚えが無い。古いが絵本だ、あの不貞不貞しい賢者殿が子どもの頃読んだものかもしれない。
すまない、随分と長い間、引き留めてしまった様だな。
見送りが、足止めをしてしまっては、いけないな"
"……そうですか、見覚えは、ありませんか。それでは、失礼します。
ああ、どうぞ、先にお戻りください。
王様にこれからもサブノックの繁栄を旅先で願っておりますと、お伝え願いますか"
"わかりました。それではお言葉に甘えて、陛下の早馬を借りていますので、先に戻らせていただきます"
絵本に触れるその時まで、"あの時の事"を話したならそれなりに親し気にしてくれていた雰囲気が払拭されていた。
ただ、つい先日旅立った賢者の護衛騎士のアルスという人物が、サブノックの中でも群を抜いて優秀武芸者であって、その人物が国を離れるという一抹の寂しさくらいは持っているーーー。
そんな所は、存命中の賢者に"天然だねえ"とよく揶揄われた、空色の眼の人にも感じとれる事が出来た。
それから間もなくして、サブノックの武人は無言で一礼をしたらが王から借りたという早馬に跨り、その蹄が砂煙をあげ、国が出来て数十年の間に整備された、平原の間を通る街道に消える。
それから、見送る間手にしていた絵本をアルスは、残念そうに息を吐き出した後に、語り掛けた。
"どうして、彼からあの話の記憶をとってしまったの?"
絵本は無言で答えない。
"仕方がなかったんだよ。でも、例え結ばれなくても、青い髪の王様と賢者としてそれなりに幸せだったと思うよ……あ、まだ、王様生きているけれども"
国の境目になるこの場所に、人の姿が無い事を良いことに、壮年の姿ながらも少年の口調と"声"で絵本にそう語り掛けて、絵本を開く。
そしてそこに記されているのは、女神と天使と旅人の絵本ではなく、新たな物語が記されていた。
それを空色の眼で流し読む。
【美しい声を持っているが、小さな声しか出せない歌姫、その歌姫に恋する商人。
その歌姫に惚れ込んだ商人が狡いウサギに翻弄されながらも、最終的には《旅人》から知恵を貰って"焔の城"という場所を教え貰う。
そこから共に薬を手にいれて、商人と歌姫が添い遂げるのを見届ける話】
"……そう言えば、賢者殿は本当に小さい声で、たまに歌っていたよね"
自分が関わった旅人を思い返して、絵本を閉じ額に当てる、その姿は白と黒の粒子の旋風に包まれそれが晴れた時、そこには絵本を抱える幼い少年がいるばかりだった。
全く仕立ての合わなくなった服の袖口から、伸びる小さな手で絵本を見つめながら、今度は遡り過ぎて、高くなってしまった幼い声を出す。
"「この時間」の流れは、どうしてしまったんだろう。
旅人は英雄ではなくて、賢者になってしまう。
でも、「行っている事は変わらない」。
名前が違うだけで、何も障りはないと思うのだけれども―――"
ほんの少し心配そうに語った後に、絵本を撫でるとほんの僅かだけれども、"揺れた"。
"ゴメンね、でも一番の親友のゼブルにでさえ隠してやっていることだから、アプロ……"
幼い声で名前を呼びかけようとしたら、先程より更に激しく絵本は小さな手の中で揺れる。
"ああ、そう言えば、君は「前の名前」は嫌いだったね。
あの久しぶりの再会の時でも、名前を呼ばないであげれたのに、今になって呼んだ方が酷いって事なのかな?。
僕には相変わらず、女性の心は難しい―――"
そう言って幼い顔にそぐわない苦笑いを浮かべた。
人の時間で言う30数年前の、空色の眼を携えた少年が旅立とうとしている国が産まれたその時間。
"絵本"をこの国に運んできた旅人が、話していた相手の姿が親友に似ている(白髪ではないし、随分と若かったが)事に驚いた。
けれど"アルス"は知らない、関係もないから普通に建国の催事を楽しむ子供として、その時は走り抜ける。
ただその後の帰り道で、やはり何らかの因果あるのかその旅人に呼び止められた。
その時には旅人の話し相手はその場に居なかったから"アルス"の立場で少しばかり話し込んだなら、今は幼い手の中にある絵本に込められている、存在について語り始める。
勿論、"約束"があるので、口を挟まず"子守のアルス"の立場として旅人の語る2人の女神の話を聞くことに専念していた。
【ああ、昔から世界的に地味に続いて広がっている大地の女神信仰の方だね。
確かに広がり始めている当初から、孤児やらを身寄りのない子どもを保護する活動を行っている活動は有名な所だね。
でも、こちら―――サブノックを含む元々ヘンルーダとも縁づいているのは、アプロディタという女神の信仰の方が盛んだと思っていたんだけれどね。
因みに、アプロディタという女神は、美しい女神で、芸術や豊穣の植物神、植物を司る精霊の元締めみたいな役割もあるのだけれど、戦の女神としての側面もある。
多分歴史が進むうちに芸術方面がヘンルーダ、戦の方面がサブノックと別れたんだろうね】
旅人の説明を興味深く聞きながらも、アルスという少年にしては珍しく覚えきれないという態度をしてしまう。
【そうなんですね。でも、そんな話を聞いたなら確かにサブノックとヘンルーダの地域の神様はそのアプロ……】
もし、この旅人とアルスが申し越し長い付き合いや、何らかの関わりがあったなら「名前を覚えない」という事が、先ずない事だと気が付いた事だろうけれどもその時点で気が付くには無理があった。
【アプロディタだね。国や地域によっては、さっき言ったのと同じ役割を熟すけれども、呼称を変えるところもあるみたいだけれどもね。
確か、最初の名前はそれだったと思うよ】
でも、その短い時間のやりとりだけでも、旅人は十分アルスという存在を気に入り、確りと発音が出来ない所を補ってあげようという気持ち抱く。
そして、アルスが立ち去ってしまった後、
【"もし、私が"賢者"になれたのなら、あの少年を護衛の騎士に出来たらいいな"】
という言葉まで、引き出させていた。
そして、その言葉とおり、旅人から賢者になった人は、人としての旅を終えるまで、アルスを護衛騎士として傍に置き、また護衛騎士の方も勤め上げる。
"今回の出会いは、結構良い物だと思ったけれども、それだけに旅人があの方ではなかったのは残念だった。
でも、それはそれで、話しの流れがおかしい事になるのかな。
サブノックという国も、ゼブルに姿がよく似た人も、旅人ではあるのに、英雄ではなくて、賢者になってしまっていた。
何にせよ、多分、今もこの世界の何処かで情報を拾っているあの方に会わないと"
そんな感想を漏らして、小さな手の中でまだ少し昔の名前を呼ぼうとしたことで立腹している雰囲気を醸し出している絵本に、無邪気な笑顔を向けて撫でる。
"そろそろ機嫌を直して欲しいんだけれどもなあ。
君がストラスという人から記憶を抜きとってしまった事と公平になる様に、君からも、自分と―――僕と出逢った記憶を貰わないといけないから"
幼い声ながらも、確りとそう宣言をすると、"絵本が怯む"という珍しい現象がおこり、更に無邪気な笑顔の中に、鋭さが加わる事になる。
"でも、安心して、記憶を喪うのは僕も同じだから"
空色の眼を細めて、優しく撫でるけれど絵本の怯えと震えは止まらない。
"ふふふ、そんなに怯えるところをみるのは、貴女が弟を揶揄い過ぎて、僕が初めて怒った時以来かな。
大丈夫だよ、一緒に堕ちてくれた友達に、もうあんな事は余程の事がない限りしないし、
今の僕にはそこまで力がない。
それに記憶を喪うといっても、それは僕も一緒だから安心して。
あの小さな女神に任せられた世界で何十年か何百年か、絵本のままで放置されるだろうけれども、こんな立派な絵本だもの。
きっと誰かが拾ってくれるし、やがて君の【器】に丁度いい存在がこの世界に現れてくれるよ"
そんな事を語りながら、優しく小さな手で撫でたなら古くて立派な絵本の震えは、漸く止まった。
"……僕を信じてくれた君"達"を、簡単に歴史の中に埋もれさせたりはしないから、安心して"
そう言って、優しく絵本を抱き締めながら、初めて絵本達と出逢った頃を思い出す。
その時は、こうやって自分の側にあるのではく、数冊まとめて長い腕と小脇の間に抱えられ、その姿を現したのだった。
そして一冊、一冊の特性を説明をされながら、最後に共通する部分を絵本を造った存在は語った。
【古くて立派な絵本達は、大地の女神が守った世界が壊れるまで、決して朽ちる事はない】
自分が"アルス"になった様に、"旅人"になった人の姿で、器用で長そうな指に数冊の絵本を抱えて、指差し見せながらそう言った。
【でも、それぞれの物語の主人公達が定まったなら、もう変わる事は出来ない。
だから、君が再会出来たなら―――まあ、逢えたにしても、滅多に"アルス"の状態が抜けないままで巡り合うことは難しいだろう。
大方が、物語でその絵本の中に納まっている内容で、君は、君を慕って共に堕ちてくれた友達を、その時に携えている情報で推し量らないといけない。
しかも、アルスのままで、絵本と何かしらの縁があって折角出逢ったとしても、琴線に触れる物があっても、確信は持てないだろう。
加えて精霊には愛される特性はそのままだけれども、魔法が使えない。
そして、絵本の方も器が見つかり、大地の女神のその世界で、降臨できるまでその"器自身"が己を鍛えないといけない】
"それを考えたなら、絵本の状態で貴女に逢えたのは、何らかの意味があったのかな?"
かつて、"いろんな事を知りたい"と懇願したけれど、その時点では自分がいる場所と役割では、それ以上が叶えられないと知り、項垂れていた時。
立場上、配下ではあるけれど、世界のあらゆる情報を拾い集めている存在が、叡知を司るという、西の果てに近い高所に住むという異国の神を紹介してくれた。
そこには嘗て、自分の役割を始める前に弟と2人で挨拶に行った覚えがあったのと、"好好爺"のような姿をした異国の高所の神様が、とても記憶に残っていた。
教えてくれた配下に、「ありがとう」と礼を述べた後、早速赴き、今考えたなら唐突にだが素直に自分の気持ちを伝えたなら、最初は驚いていたようだったけれども、直ぐに了承してくれた。
"……思えば、一番最初に僕と並んでくれたのが、ゼブルだったんだ"
自分が雛形を造ったこの世界では、どの存在もが慕ってはくれるのだけれども、頂点という事で、横に並んでくれる存在はいなかった。
元いた場所は、一番親しくしてくれていたと思う、水を司る優しく綺麗な者も、一歩下がり、その横には既に褐色の土を司る者と横並びなっていた。
風と知識を司る、高所の神の事を教えてくれた者は、先ず一ヶ所にじっとしていると言う事がない。
本来なら横並びになるはずの弟は、自分の影に隠れるようにやはり、一歩下がった場所にいる。
誰も自分と横並びにはなってくれないのなら、せめて頭上で輝く"父"に、尋ねる事を願ったけれどもそれも無言で退けられた。
教えて貰ってやっと、自分の欲する知識に関しては、人の姿でいう西の果てにいる好好爺のその異国の神に当たる存在が相談相手になってくれた。
そしてある程度学問や知識に関して気持ちを満たされ来た時、その中で新たに芸術という事に関して興味を抱いた。
ただ、横並びなってくれた神様は"芸術"を語る事は出来るけれど、理解させる事は無理だと白い髪を左右に振って告げる。
【学問は知るもので、芸術は感じる物だと説明をした所で、その例えでさえ聞いて漠然としているでしょう?】
懐かしい声を思い出してみるけれど、当時はその高所の好々爺の神の言う通りだった。
【……貴方に芸術に関して、伝えるのに適任の、儂と同じ様に異国の神がいる事はいるのですが……。少々性格が……】
好々爺の髪が紹介を渋っていると、"変わり者には慣れているから"と好奇心の塊であもあった当時、頼み込んで教えて貰う。
好々爺の姿をした神が、少しばかり考え込んでいたけれど「貴方様の御気質なら、大丈夫でしょう」と、その芸術の神の場所を教えて貰った。
【見た目は美しい女神で、芸術や豊穣の植物神、植物を司る精霊の元締めみたいな役割もありますが、戦の神としての側面もあります。
だが、やはり一番は芸術を代表する女神―――結構な変わり者だから、動揺しない様に、御留意ください。
動揺をしたなら、あの女神はとことんそこを攻め込むでしょう】
穏やかにではあるけれど、確りと注意をされてその神の元に行こうとした時、珍しく弟が"ついて行きたい"と言葉をはっきり口にした。
いつも控えめな弟が積極的になっている事が嬉しくて、好々爺の神に注意をされた事が僅かに気になったけれども、連れて行く。
それを少しだけ後悔したのは、出逢ったと同時に挨拶をしようとするのを遮られ「姿はそっくりだけれども中身が全く違う」と、芸術の女神に揶揄れ、大笑いをされた時だった。
―――動揺をしたなら、あの女神はとことんそこを攻め込むでしょう。
高所の好々爺の神が言葉にした通り、女神は散々弟を揶揄う。
弟にも話しておけばよかったと、後悔した時には既に遅くて揶揄われる度に、同じ輝きを持っている筈なのに、弟の方がその光を潜めて自信をなくし、感情が萎んで行く。
それが興味深いのか、話しかける自分よりも隠れようとする弟の方にばかりに視線を向け、からかいの言葉を続けた。
最初は芸術の事を教えて貰う立場として、気持ちを抑え込んでいたけれども、その事を良いことに女神は恐らくは調子に乗ったのだろう、高笑いをして更に弟を揶揄う。
【キャハハハハハ、そっくりで同じ力を持っていても、それじゃあ"いない"のと同じ―――】
存在を否定されて、ついに弟が逃げ出して、戻ってしまった後に、怒りの力を抑え込むのが出来ないのと、逃げだした事で巻き込まないと判っていたから女神に実力行使の抗議をした。
でも、その力が自分でも予想だにしない物となり、結局心配して密かに後をつけてきていた上に、弟が逃げ帰るの目撃し、慌てて現れた高所の神の仲介によって止められる。
"―――貴女と初めて会った時。
弟を揶揄われたとはいえ、とても酷い事をしてしまったから、嫌われたとばかりに思っていたのに、友達になれたのは心底意外だったな"
弟をしつこく揶揄われたとはいえ、自分が負傷させてしまった異国の女神の方が、その後高所の神を仲介にして、赴いてきたのは驚きだった。
普通なら"あんな目に"逢わせられた存在を視界にすら入れたくないと、考えるのが普通だろうとばかりに思っていた。
だが、その普通では理解できない感覚がこそが、芸術と戦を司る神の所以なのか、自分の世界では見る事が出来なかった、大きな力に惹き付けられたと何度も感激した口調で伝えられた。
"―――貴方の輝きに、そして弟を守ろうとしただけで、私の身体の半分を削り、微塵とさせたその力にも、今でも惹かれているのです"
記憶を吸いとられる間際に絵本の方から、愛惜し気ににそう告げられても、空色の眼を持った幼い少年は薄く微笑んでいるだけであった。
もう一度、何としてでも傍で、その強さと輝きを拝みたい。
大切な物を傷つけられて、瞬く間に燃え上がる炎のような力に心を惹かれて囚われてしまった。
先に惹かれた事を告げ、配下になってしまった西の高所の神のと同じ様な立場となり、人の世界で言う、仲間や友以上の関係になって欲しいと願った。
でも、世界を創れる程大きな力を持っていて、全ての精霊を惹きつけ、その声を聞ける力を持っていながらも、"惹かれる力"の根源になる想いに対しては本当に鈍い。
吹き飛ばされたその身体を、世界を創る力で高所の神の指導を受け戻してもらいながら、綺麗な空色の眼を見上げ告げた想いをは、聞き入れはされたが、未だに受け止めてはくれる感触は味わう事が出来ずにいる。
"あの時ゼブルが止めてくれなかったなら、この世界から跡も残さず消えてしまったかもしれないのに、貴女は本当に不思議な方だ―――。
でも、貴女を酷い目に会わせてしまった僕なのに、志を共にしてくれた事は本当に感謝しているんだよ。
ただ、僕的には、こういう形で、逢うにしてもゼブルに一番に逢えると思っていたんだ"
同士でありながらも、密かに好敵手と思っている相手の名前を普通に出されたのなら、絵本の形ながらに傷心をするけれど、空色の眼を持った少年は悪びれない。
"取りあえず記憶を喪っても、ゼブルの器になりそうな存在がいた、ヘンルーダという国に僕は向かうようにしておくよ。
何かしらの旅人殿の手がかりが掴めたなら良いのだけれど……。
時間に限りがあるから気を付けないと"
―――どうせ記憶を吸い取ってしまうから、構わない。
そんな気持ちを薄く滲ませながら、意味が理解できてしまったなら、少々ややこしい事になる言葉を、言葉にしつつすっかり仕立ての合わなくなっている衣服を剥ぎとる。
次に絵本と入れ替える形で、同じ様に賢者の形見として引き継いでいた鞄から、古いナイフを取り出した。
絵本の方は、すっかり本来の姿で会った様にのただの本のように振る舞い、何も言わなくなってしまった。
その様子を空色の眼で見つめつつ、幼い姿ながらも器用に先程まで自分が身に着けてい衣服だった物を、今の自分の大きさに合わせた様に切り取り作り変えていく。
記憶を喪い、力もないその状態で万が一の時、一番動きやすい形にしてから、砂埃を顔や衣服に擦りつけた。
"今回も巧く、親と逸れたか、捨てられた程度の子ども位に見られたならいいのだけれども"
そう言いながら、サブノックという国の文化で男性が頭に被っているのが当たり前になっていた帽子も取ったなら、こしの強い鳶色の髪が風に揺れた。
"大地の女神信仰が子供を保護する働きをする様になってくれてからは、幼い姿でもそこまで怪しまれない様になったのは、有難い事。
あの女神の女の子も弟も、旅人殿の助力があったにしても、僕が下に隠れている間に、結構頑張ったんだろうなぁ"
そう言いながら、隠れる為に色々と細工を行った為に失っている自分の身体を撫でながら、それ以上に色々と仕掛けを行った存在の言葉を思い出す。
【"上"から見れない事を逆手にとってで、何とかこちらの動きを誤魔化せていますからね。
貴方も気を付けて行動してください。
事が巧く行ったなら、貴方のことはニヴルヘイムという場所で氷漬けになっているという暦の認識になっている筈です。
それで時間が稼げるはずです、ただ"ばれた"その時に、世界が傾きにそうになった場合には、それを止める為に大きな力が必要になる。
それだけは、注意をしておいてください】
そう言って"上"から確認できない様に、大きな帽子と長いコートを纏ってこの世界に、同じ様に時期をずらして同じ様に紛れ込んだ。
"……よし、今回はこんなもので良いだろうな。
それじゃあ、記憶をとってしまうから、―――変な言い方かもしれないけれども、元気でね"
あっさりとそれだけ告げられて、それでも気を使ってくれたのか、賢者から引継いだという鞄の中に納められて、優しくその上から撫でられた。
そして"再会した思い出"は互いに抜き取られる。
そこで、絵本の中に納まる存在は"眠る"という感覚を味わう事になる。
随分と長い時間が過ぎ、そこで微睡む様に絵本になった時の事を思い返す。
大地の女神と、泣いて帰ったあの方の―――堕天使となる前に主と定めた方の、泣き虫の弟が作った世界がどうなったかなんて、興味は微塵もなかった。
絵本としてこのままいれば、西の高所にいた"好々爺"の振りをした神と同じ様に、この世界に存在は保てるのだからそれで良い。
(ああ、でも絵本になる事を勧めた"旅人"の奴が何かしら言っていたような―――)
【絵本に存在を移したなら、自分で動くことは、器を見つけるまで不可能となりますがーーー。
出来る事なら、魔力や人の記憶を吸って欲しい物です。
絵本は前述したとおり、大地の女神が守った世界が壊れるまで、決して朽ちる事はないのですが、貴女という芸術と戦の女神という存在が薄れます。
しかも、女神という事もあって大地の女神に始まり、他の女神と存在が"被る"ことになってしまったなら、長い歴史の上で混同されて、貴女という個性が証明し辛くなる事でしょう。
それに気を付けて欲しいとも思うんですが―――】
高所の神の王が受け入れたからという事で、話しを持ちかけられた時、取りあえず流す様に説明を聞いていた。
そして主とした存在が堕天した事で自分もそれに従って、残った世界で宛がわれた役目を熟しながら、異国の存在と混同されるという心配されている事を鼻で笑った。
半身を微塵に吹き飛ばされても惹かれた相手は、例え氷漬けにされている場所にいるとしか聞かされていなくても、気持ちは全く揺らがない。
何より、存在を混同されるという事を心配をされるけれども、本当に大きなお世話だった。
一番覚えていて欲しい存在には、最後まで友や同士としては受け入れて貰ったけれども、最も気が付いて欲しい気持ちには、別れ時にも気が付いて貰えなかった。
(姿や存在が確りあったとしても、気が付いて貰えない想いを抱えたままなんて、私には虚しいだけだわ―――)
あの女性の賢者や青い髪の王様したような、自分の気持ちを隠し続けて側にいるとう在り方も嫌だった。
(そっちの方が、余程歪で、惨めだわ)
旅人から賢者になろうとしている存在と、その存在が惚れているだろう、当時は産まれたばかりの国の王様を、絵本の姿で見上げていた。
(……多分、あの旅人は、この世界で私が形を持つ為の、"器"になれる存在だったのだろうけれど)
自分がこの世界に姿を現すのに、ある意味では理想的な器になりそうだったのは、絵本として手渡され、触れられた時から予想は出来ていた。
何より、あの時代の時間の流れで女という性別でありながら、学問を納めた上で魔術にも精通している存在は、ある意味では奇跡的だった。
でも、少しも情熱的でないのが嫌だった。
理屈や常識、その国の文化や伝統に自分の"好き"だという想いを誤魔化し、結局最後の最期まで本当の気持ちを偽り、理性的であることを貫いた。
仮にも芸術の女神として暦に名の片鱗を刻んでいたのに、感情で心を震わせない事を選択した器に納まりたくなどなかった。
(ああ、でも、偽りとも少しばかり違うのかもしれない。
自分が賢者という立場に重ねて、あくまでもその役割を果たす為だけに心を砕いた。
相手が困ってしまうからって、綺麗な言葉を使うとしたなら"思いやった"というのかしらね。
好好爺ぶっている、ゼブルが好みそうな感情ね。
でも、本当は主にまつろう以外の物には、とことん容赦はないのよね)
その証拠で裏付けという訳ではないのだろうが、堕天をした後には"地獄の宰相"として、地獄の主の右腕の様な役割を担っていた。
そしてこちらといえば地獄という場所では、主の左腕の様な役割を宛がわれ、人に地獄の公爵のという認識を押し付けられた。
ただ、どんなにその場所での地位が高く崇められても、元の自分が司っているものとは程遠い、役割が馬鹿らしかった。
殆ど"主"が造ったとされる世界を引き継いだ、大地の女神を創造主だと思い込んでいる、人が、善悪や秩序を保つ為の役割の1つとして畏怖の存在の姿となる。
だから、非常に不真面目にその役割をこなしつつ―――地獄の宰相となってしまった、好好爺ぶっている同士が密かに行っていたのと同じ様に、地下深くにいて、氷付けになっているという主を探していた。
そうしている所に、"旅人"と宣う存在が現れ、絵本を差し出された。
【地獄の宰相殿は、私の提案―――いいえ、はっきり言うのなら唆しに一足先に乗ってくれましたよ】
地獄の宰相に、対抗するわけではないけれど、その一言で迷わず絵本という不自由な存在になる事を選ぶことで、器を得る事が出来たなら、自由に動けるようになれるという条件を受け入れた。
出会いの順番という訳ではないけれども、もし、叡智を司る西の果て高所の神よりも早く己の方が、器を手に入れ、氷漬けになっている主を助け出す。
そうすることで、自分が共に堕天しても良いと思えてその想いと気持ちに、含まれている"情熱"についても、少しでも気が付いて貰えると考えた。
でも、そんな思いを気が付かせる為に納まる人の世界での"器"が、どんなに優秀で才能を持っていたとしても、情熱を理性で抑え込むような存在なら、芸術と戦を携わる女神としての矜持が許さなかった。
(せめて、あの提案を青い髪をした人の王が受け入れて、2人が一度でも感情のままに溺れてくれたならなら、旅人だか賢者だ知らないけれども、器にしてしまおうとも思えたのにーーー)
自分が"魔法の絵本"として、初めて吸い取った人の"悲恋"の記憶は、当事者達の物ではなく、それを見守ろうと決めた人の"情"の心だった。
―――賢者殿というよりも7人目の奥方に迎えたらどうですか?
それまで武人が集って誕生した国の王様を慕う、若い真直ぐな気性をした青年の想い。
きっと、それまで武人としてそう言った感情になど眼もくれずに、ただ真直ぐに前を見て、武芸の腕を磨きつつ、歩き続けてきただろう。
そんな人の足を止めさせしまった上に、真直ぐな視線を逸らしてしまうような情景を、器になれる人と、青い髪の王様は影ながらも見せつけた。
更に"もし、何もしがらみがなかったなら、進んでもみたかった道"という言葉まで告げ、武芸に直向きに精進しようとするその心に、更なる影を射した。
その影の中に、前ばかり見ていた視界にこ、れまで抱いた事の無い安らぎとそこに相手を思い遣る優しさを見つけてもしまう。
―――どうして、彼からあの話の記憶をとってしまったの?
微睡む中で、"聞き覚えの無い声"が尋ねてくるけれども、私は芸術の女神でもあるけれども、戦の女神でもあるから応える。
それまで真っすぐ見据えてきた、武の道に中途半端に実らない情熱などをちらつかせて、惑わして、その鋭さを鈍らせるのは、側にいて見ているのに忍びなかった。
その見つめている恋が実らないというのなら、彼の武人としての剣を鈍らせる原因にしかなり得ない部分を、取り除きたい。
幸い、取り除ける能力を"絵本"になる事で、私はもっていたから、最後の機会だとも思えたから、私は気持ちの赴くままそうした。
(……でも、尋ねたこの声は誰のものだったかしら。まあ、いいわ、質問には答えたわ。
器が無い限り、私には縁のない世界の話しだし、性に合わない器に入るぐらいなら土の中で眠っていた方がまし―――)
そんな事を、長い時間放置を鞄に納められて微睡み眠ってしまうように、埋もれていたのを無理やり起こす様に掘り出された。
『凄いのう、本当にあったわい』
(……酷い訛り言葉ね。でも、どこかで聞き覚えがある様な?)
絵本は鞄に包まれたまま、埋もれたままで、表には晒されないでいるけれども陽の光の暖かさや強さを、古い布越しに感じてしまう。
『―――シャムロック・トリフォリウム様!、賢者殿が言う通り、本当に古い鞄がありました!。どうしますか!?』
先程聞こえた訛りを抜き去った言葉で、聞いた事もない名前と聞き覚えのある役割の名称を聞く。
(……どの位時間が過ぎたかはわからないけれど、まだこの世界には"英雄"は出てきていないというの?。
ああ、でも私がここに立時間の流れが判らないから、何とも言えない―――)
『よくやった、グラドール!。先程も言った通り、無暗に開けずにそのままにしておけ!。
俺が、私がそちらに行って、直接確認するから、そこで待っておきなさい』
『解りました!』
そうして間もなく直ぐに新たな足音が聞こえて、今度は埋もれた場所から、鞄事持ち上げる。
絵本の中にいる存在が眩しさに眼が眩むという事はなかった。
丁度取り出した人物2人が、図体が大きい所もあって、濃い人影の中で、絵本は取り出される。
『……この形は……本当に"賢者"になる為の原書がまだ残っていたのか』
逆光の中でも、絵本を取り出した人物が癖っ毛の長髪で、特徴的な八重歯が出ているのがそのシルエットで判る。
『ワシには良く判りませんが、それはあまりよくない物なんですかのう。
それにしても、また賢者殿が言った通り、本当に古いですが何処も痛んではいない。
その絵本が入っていた袋か鞄がか、丈夫だったということですかのう?』
そんな酷い訛りの人物は、文字にしたなら随分と年寄り臭いが、声は癖っ毛と八重歯の人物より若いのが十分若く、"良い"ものだった。
そしてこちらは逆光ながらも、肌は褐色の日に焼けているのが良く判る。
『袋が気になるなら、幾らでも見ても良いぞ、グラドール』
そう言いながら、まるでやんちゃ坊主が人を揶揄う様な物言いで絵本が納まっていた鞄を褐色の人物に、癖っ毛の人物が差し出す。
褐色の訛りのある人物は体は大きいが、年齢的には、まだ少年といった方が合っている様で、身長も癖っ毛の人物の方がまだ高い。
長い年月の間土に埋もれていた鞄の方は差し出すが、その中に入っていた絵本の方は極力見せない様にしていた。
その様子に、幾らか納得のいかないような気持ちがあったけれども、袋を捜す前から"中にあるだろう書物にはお前は触れない方がいい"とも達せられていたので、小さく息を吐く。
『……シャルロック様がそのような仰り方をするという事は、やはり古くても立派な本が、土の中に埋もれていても、少しも損傷はしていない、それはやはり、絵本自体が魔術の物体という事なんですかのう』
『ああ、人の世界に、歪な宗教という形で入り込もうってする物の、悪足掻きだ。
賢者が、まだ理屈が構築できてないからと、説明出来ないからと話してはくれないが、グラドールは才能があるからこそ、絵本には触れない方が良いらしい』
グラドールと呼びかける褐色の少年には、やんちゃで乱暴ではあるけれども親しみの籠もった声ながらも、絵本に対しては随分んと辛らつな雰囲気が込められていた。
それから流し読みをして、内容を読むことが出来る事に舌打ちをして、絵本を袋の中に再び仕舞い込み、グラドールが掘り起こした穴の中に放り込んだ。
『よし……、絵本がある事は確認できたから元の様に埋めて帰るぞ、グラドール』
『……本当に、確認するだけなんですのう。
その為だけに、国の宰相でもあるシャルロック様をこんなサブノックとヘンルーダの国境にお忍びで派遣させるとは、賢者殿はどういったつもりだったのか』
ただ、いつも執務に追われて宮殿に籠っている上司が息抜きにの様に、お忍びで国を共に出れた事は嬉しかった。
『折角来たんだ、ヘンルーダとサブノックの土産をクロッサンドラに買って帰ってやろう。お前もヨルダン嬢に何か買って帰れ』
親友であり、自分の住む国の王で、数多くいる側室との間に、その人数以上の子どもを授かったクロッサンドラ・サンフラワー。
その中でも特に美しいとされている娘ヨルダンと、自分の側近である青年グラドール・マクガフィンが良い仲というのは上司としていうよりも、保護者としてシャルロック・トリフォリウムは掌握している。
ただその関係については見張るというよりも、微笑ましく見守るに加えて揶揄う事の方が多く、今も自分の親友への土産を話を絡めて、そんな言葉をかけたなら、かけられた方も至って真面目に受け止めていた。
『ヨルダンへの土産を買うにしても、何が好きですかのぉ……。
ワシの土産は何でも嬉しいとでも言ってくれるから有難いが、美人何で贈り物は沢山貰っている様ですし、不必要なものを与えたくはないのです。
まあ、折角ここまでシャルロック様と来たのだからワシもヘンルーダとサブノックの工芸品を、買いたいのですが。
かといって、ここまで来たのに、消え物の食べ物だけを買って帰るのも味気ないですしのう。
ああでも、日持ちして美味しそうな物ならお土産のオマケ位に買って帰るのは決定していますがのぅ、ヨルダンは甘い物は好物でもありますし』
先刻自分が掘り返した箇所に、再び鞄に納められて放り込む様に置かれた物に、グラドールは褐色に日焼けした手で、自国のセリサンセウム王国軍の携帯用の小円匙を使い、丁寧に土を被せながら、そんな事を口にする。
その作業を行いつつ視線を向けるのは、"親友"でもあるセリサンセウムという国の王となっている人への土産を考えている上司で、国の宰相となっている人物の長い癖っ毛の後ろ姿だった。
それから躊躇ってはいたけれども、覚悟を決めた様にその背に語り掛ける。
『……この、今再び埋めている書物みたいな物は、もしかしてシャルロック様が大嫌いな"天使"の話でも載っていたのですかのぉ。
でも、その大嫌いな物の為に、こうやってわざわざ来られた理由は何なんですかのぉ。
その賢者殿からの指示と言われたなら、それまでなんですが。
でも私事でなら、断れるくらいの御友人でもありますよね?。
賢者殿は、政に関しては決して口にを挟んではならない規律があるから、宰相であるシャルロック様とお話しするとしたなら、友人関係の事だと考えたんですが』
大きな身体の割りには細かい事が得意な事と、農家の実家を飛び出して国の軍隊に入った青年は、先程掘り返しておいて山の様に盛っておいた土を器用に元に戻しながら尋ねる。
『―――折角私が、俺が、そこの部分を伏せておいたのに、グラドールは無粋な事を口にするな』
親しい間柄だけに見せる、独特な一人称を再び口にしながら、この"出張"に携行している異国の歴史書を読み返しながら、シャルロック・トリフォリウムは、側近に向けて片眉を上げていた。
特別美形という訳でもないのだが、日頃のやんちゃな振る舞いからは窺えない知性や、宰相としての仕事の有能さは、本人さえ拒まなければ、セリサンセウムの王都の淑女達からの昼夜問わずの誘いが、ひっきりなしに届けられている物にしている。
ただ現実的に仕事が忙しいのもあるが、それを理由に様々な誘いを断っている上司が、"今"どうしてここまで動いているのかが、グラドールと呼ばれる青年は気になっていた。
親友でもある国王のクロッサンドラの頼みなら、平気で個人的な時間を潰す方針なのは、側近として十分知っている。
けれども、"自分の為に自分の時間"を使う事を側近として召し抱えて貰ってからこれまで見た事がなかった。
それに、グラドールの勘が外れていなければ、賢者と友人同士として先日飲んでから、どうにも軽く気持ちを塞ぎこんでいる様にも見える。
『……一応、養子の話をされた立場としては、"義父"のいきなりの不可解な行動は気になりますわい。
それに仕事の質も速度も落ちてはいませんが、どうにも顔色も少しばかり優れませんからのう』
喋りながらも、グラドールは手の動きは一切止めず、追及止めない。
諸事情で"肉親を残す事を避けた方が良い"と信頼している賢者からの助言を受けて生涯独身でいるつもりであると、シャルロック・トリフォリウムはごく一部の親しい、信頼できる人物に打ち明けていた。
ただ、自分が残してしまう財産諸々が、寄付するにしても面倒くさいという事もあって、田舎を飛び出して立場的には、天涯孤独であるグラドールを養子に迎える事も最近決心した。
その事もごく親しい、一部の人達にも報告し、セリサンセウム王国宰相シャルロック・トリフォリウムは、これで心置きなく余生も親友で王であるクロッサンドラ・サンフラワーと国に捧げられると思っていたのだが―――。
それを鈍らせるような事が起きようとしているのが、その表情で、日頃身近にいるからこそ察する事がグラドールには出来ていた。
『……ワシに話し辛い事なら、別に話さないでもらわないでも、本当に構わんのですが。
ワシ自身でも、細やかな所に無粋に話しを進めているような、気がしておりますので』
そう言う頃には、書物の入った袋の部分はすっかり土を被せ終えて、最初に皮をはぐ様に表面を抉って取っていた部分を乗せて、周囲と馴染ませる程度になっていた。
まだ話の続きが始まらないようなので、小円匙に蓋になる部分を乗せて置いておいて暫く待つ事にする。
後は被せて、蓋にしたような部分の縁に、土と草を被せた物を踏んで馴染ませれば、この場所からはもういつでも、立ち去っても障りは無い状態になっていた。
(出来れば相談して欲しいとも思う。
けれども、こればかりは養子にして欲しいと打診をされている位親しくても、やはり無粋でワシが踏み込むには、早すぎるところもあるかもしれんし。
……それに仮に、"宰相"の養子にするという話がなかった事にしてくれと言われたなら、それはそれで構わない。
ただヨルダンを嫁に貰えるように、出世をするのに少し時間がかかってしまうかもしれんが、最初から自力でするくらいの気持ちも気概もまだ残っておるしのう)
尊敬する人物の側近にまでして貰えた上に、養子の話しも"頼まれる"という形だからこそ、引き受けた所もある。
俗に言う大人の事情みたいな形で、"やはりなかった事で"と話をされてショックを受けないと言えば嘘になるけれども、十分に受け入れるつもりはある。
ただ、出来る事ならこれからも変わらずに側近で、ありたいと思う。
そして"養子の話しがなかった事にという話をされたなら"といった様なされた時の覚悟を決めた心構えを持った時、まるで心を読んだ様にシャルロック・トリフォリウムの方が動いた。
(もしかしたら、密かに闇の魔法でワシの心を読まれたのかもしれんのう)
シャルロック・トリフォリウムを尊敬している所で、文武両道であるだけではなく魔術に精通しているという部分もあった。
それでいてやんちゃ坊主の様な振る舞いをしながらも、国王であるクロッサンドラ・サンフラワーへの、天地が引っ繰り返ってしまっても揺るがない忠誠を携えている。
そして、自分を養子に迎えたいと口にした時は、普通に年上が年下に頼みごとをする際に、恥ずかしそうにしている、普通の大人の様子と何ら変わりはなかった。
(何にしても、「ヨルダンと別れろ」と「側近を辞めてくれ」という意見以外は素直に従います、"お義親父"殿)
そんな事を考えながら、成人している男性は長い髪であることが根付いている文化である為に、仕方なく癖っ毛の髪を伸ばしている人を見つめる。
『心配はしないでくれ。少なくともグラドールが心配をしているような事ではないんだ』
やはり心を読む、とても魔力を消費する闇の精霊の魔術を使って既に胸の内は読まれているらしく、申しわけなさそうに前置きをされた後に、話しが漸く始まる。
『……グラドール、私は、俺は、血縁の家族を生涯つくらないと決めていたし、公言もしている。
それで、内々の信頼できる者達にはお前を養子に迎えるとも話してある。
そうしておきながらも、私が血を繋がった子孫を残したい―――いや、そうしなければならない事態や状況になったなら、それをどう思う?』
少しばかり躊躇いながら、牙の様にも見える八重歯を僅かに見せつつ腕を組んでそんな事を尋ねられる。
『は?、シャルロック様が子どもを残さなければならない事態と状況が出来たというのですかのう?』
尋ねられた内容と言葉を、グラドールが整理して受け入れるのには、それなりにセリサンセウム王国という国において優秀な人材だとしても、年齢が年齢だけに考え及ばず、難しい。
取りあえず、正直に自分のこれまでの経験で積み重ねてきた感性で、その質問の答えを考えて口にだしてみる。
『……子供を授かりたい程、誰か好きな御婦人が出来たというのなら、何にしてもお祝いの言葉を口にしようと思っていましたが……。
シャルロック様が、今、仰った言葉だけでは、お祝いの言葉をただ述べれば良いという物でもないような気がしますのう―――。
失礼というか、シャルロック様を批判するつもりもないのですが、子どもを残す理由にもよると思います。
ワシは、今までの話しだけを聞いて抱いた感想は、多分シャルロック・トリフォリウム様にとってグラドール・マクガフィンを養子にする事だけでは解消できない、問題事ができた。
それを解決する為には、シャルロック様の血を引いた方がどうしても必要である、という事なんですかのう?』
褐色の青年が取り敢えず自分の考えを纏めて述べる。
正直、不可解な気持ちで何とか聞いた話で練り上げたような感想な様なものであった。
それに対して、義理ではあるけれども、親子の縁を結ぼうとしている人を見たなら、相変わらず腕を組んでいる。
ただ先程より、幾らか力が抜けているのが、丁度交差するように組んでいる腕の先にある指先が、刻んでいるシワの深さが浅くなっている事で判る。
『……グラドールはうちの賢者が言ってもいたし、私も、俺も解っているつもりだが、やはり聡い所があるなぁ』
そう言って、義父となる人は眉の形を"ハ"の形にしながらも、口許にある印象的な八重歯を今回は確りと見せながら笑っていた。
これまでは、それなりに節度のある"馴れ馴れしさ"で接してきたけれどもついぞ、経験した事がないくらい、シャルロック・トリフォリウムが、今自分に歩み寄ってくれているのを、グラドール・マクガフィンは感じとる。
その感じ取ったのを、今度はシャルロック・トリフォリウムは察して、"ハ"の形だった物を普通の笑みの形に変えて話の続きを始める。
『まあ、行ってしまえばグラドールが言った通り。
俺は、私はどうやら、子どもを作っていた方が良いらしいんだ。
その事を、今しがたグラドールが埋め直してくれた絵本に併せて、賢者から言われてなあ―――』
そこで一度区切って、件の絵本を埋めた上から見る分には、よくよく観察しなければ一度掘り返したのも判らない様になっている箇所を見つめる。
『奴のいう事だから、俺が私が、子孫を残す事は"政"には関係ない事なんだろう。
けれど、クロッサンドラ・サンフラワー以外の事は、結構どうでもいいと考えているシャルロック・トリフォリウムーーー。
俺に、私にわざわざいうのだから、まあ、"友人関係"方面の話になるんだろうな』
それからまだ養子に迎えようと考えている、褐色の訛りの強い青年に、話しについて来れているかを確認する様に、視線を向けたなら、ゆっくりと頷いたので少々早口に話を続ける。
『これは、単純な私の、俺の予想なんだが―――。
賢者はいつもしらばくれるが、恐らく何かしらの方法で"先"を身通しているのだろう。
まあ、その見通す方法が"政"に関わっているのなら、絶対に話せない』
『ワシは余り関わりはもてませんが、政に関わりたがらない賢者殿が大層な変わり者ですが優秀であるのは、ヨルダンに窺っています。
変わっている部分は前にヨルダンが昔早朝に宮殿の廊下で行き倒れているのを、見かけて驚き助け起こしたら、それが寝不足で倒れていただけの賢者殿だったと。
でも、それだけではなく、後日後宮で揉め事があったならフラフラと現れ、揉めている内容の確認を行い、派閥や政に関係ないと判ると当事者達に、二言位を口にしたそうです。
する大した時間も使わずに、それで揉め事を治めてしまったそうですのう。
でも、そこで話を治めていなければ政に携わる方々にも諍いの影響がでただろうから、と随分感心しておりました』
―――でも、ああいった諍い事も禍根を残すことなく、丸く収めてしまえるのに、御自分の健康管理が出来ないのが不思議です。
美人の恋人がそう楽しそうに話しているのを思い出し、それを伝えたならシャルロック・トリフォリウムも少しばかり大袈裟に、深く2回ほど"うんうん"と頷いていた
『そこだけはどうしても、譲れない部分らしいが、お陰で政に影響を及ぼす前に宮殿内の些末な人間関係で、俺も、私も"クロッサンドラ陛下"も煩わされずに済んでいる。
それで今回の事なのだが、"結果が政と関係がない"のなら、結果だけは政に直に関係のある私に、俺に"友人"として話す事は出来る。
その結果も、先の事―――子孫を残すという事だから具体的に話せと言われても、逆に話せる物ではない。
けれども、ある程度流れは掴めているのだろう』
そこで再び、確認する様に義息子に迎えようとしている褐色の青年に視線を注ぐと、"承った"と言いた様子で話の続きを始める。
『その話の"シャルロック・トリフォリウムが子孫を残しておいた方が良いという流れ"でいくのならクロッサンドラ・サンフラワー陛下の血を引く誰かが、将来的に困る。
それを助ける事が出来るのがシャルロック様の御子孫。
但し、政には一切関わりを持たない助けとなる、と言った事を賢者殿はシャルロック様に提案している』
『私の、俺の基本的な性格は"クロッサンドラ以外どうでもいい"では、ある。
だが、もし"親友にとてもよく似た、気になる子孫"がいたなら、絶対気にはかけるだろう。
そして困っていたなら、やはり助けたい―――とは、考えてしまう』
ここで再び腕を組んでいる指先に刻む服のシワを深くしていた。
『……だが今の所、クロッサンドラの血縁者で似ている所がある者はいても、俺が私が、"助けたい"と思えるまでの存在はいないんだ。
まあ、ヨルダン嬢……姫は、グラドールが惚れているから、何事かあったなら融通はしてやろう位は考えているが』
『国の宰相殿が、ワシの大切な人の事をご配慮してくださるのは、有難い事ですわい』
今度はグラドールが苦笑いを浮かべながら、自分が先程自分が埋めた鞄の場所を見つめながら、頑丈な歯を見せながらゆっくり口を開く。
『―――となると、賢者殿がシャルロック様の子孫を儲けておいた方が良いというのは、残しておいた方が良い成果というか、結果が出るのが随分と先の事となるという事ですかのう。
その失礼な発言になりますが、シャルロック様が今からお相手を探して、お子さんを授かるとしますのう。
その時には、少々若いですが、シャルロック様にとっては一般的に孫と思われても仕方がない年齢の差があるでしょうしのう。
その子が成人する頃には、寿命が尽きて旅立っておられてもおかしくないですわい』
自分を養子に迎えようとしている"今"でも、シャルロック・トリフォリウムとグラドール・マクガフィンの年齢を当て嵌めて考えたなら、随分と遅くに出来た"息子"となる。
グラドールは失礼な事を言っているのは弁えているけれども、少しだけ調子に乗るような気持ちで、続ける。
『それに、シャルロック様が気にかかる陛下の御子息御息女もいないという事になりますと、次の世代という考え方になりませんかのう?』
『確かに、そうだな。クロッサンドラ陛下に至っては既に数名孫にあたるお子様もいらっしゃるけれども、陛下に似ているという方は、まだ聞いた事がない。
もしあったなら、真っ先に気にしているだろうしな』
宰相として、親友が王の役割の一つとして後継となる血族を儲けているのは掌握している。
ただ人数や名前を掌握しているが、更に細かい事や側室となる婦人達を含めた"閨房管理"する役割の「上臈」という貴婦人がいる。
少々きつい印象を与える美人ではあるが、面倒見が良くて当人は子どもを産んではいないが、実質婦人の中ではクロッサンドラからの寵愛というよりは、信頼を一番受けている貴婦人である。
シャルロック・トリフォリウムも大概クロッサンドラ・サンフラワーに心酔してはいるけれども、この上臈という貴婦人も甲乙つけ難い程惚れ込んでいる。
己のクロッサンドラ・サンフラワーへの愛が揺るがない、忠誠の証明に、敢えて子どもを作れなく薬を賢者に作らせて、躊躇いもせずに飲んだという逸話も持っている程である。
そんなクロッサンドラ・サンフラワー第一の貴婦人は、勿論彼と、側室の間に産まれた全ての子どもを掌握しているし、その性格や才能の観察も怠らない。
宰相という立場もあって、閨房を管理をしている彼女と話もするのだが、もしもクロッサンドラ・サンフラワーに似た子どもや、若しくは孫が出来たなら真っ先に報告されそうな事である。
『―――しかし、そうなると私や俺や、クロッサンドラ・サンフラワー陛下が旅立たれた後の事で助ける為に、血を残すというのも何だか地に足が付かないみたいでな。
自分達の"旅立ち"の後の事なんか、これまで考えた事もなかった。
私は、俺はただクロッサンドラ・サンフラワーの御世が素晴らしい物だと、この世界の暦に刻まれたなら、それで満足だった―――筈なんだがな』
それがシャルロック・トリフォリウムの本当に正直な気持ちなのだと、グラドールには十分伝わってくる。
そして自分の人生をかけて、国の王様でもある親友を助けたいという理念に従って、癖っ毛で八重歯のやんちゃ坊主の様な心を携えて行動していた。
それだけで良かった筈なのに、自分がどうしようも出来ない"先"―――未来という時間に、大切な人とそっくりな存在が困る事が起こるかもしれないと、先を見越す力がある賢い人が言う。
それを聞かされて助けたいと考えるし、己が宣言した事を翻して、"血"を残せば助けられるとも言われたなら、そうしようとも思う。
でも、自分の血が抱えている因縁も思い出し、そこで少しばかり躊躇いにも繋がる。
『ワシはシャルロック様の"血縁の家族を生涯つくらないと決めている"の宣言の意味も、それにまつろう因縁話も、伺って知っておるつもりです。
その話を聞いたなら、血縁の御関係を作らないのも仕方ないとも、思いました。
でも、因縁が無ければ、シャルロック様が家族を作っていた方が良いというか、貴方の血がここで途絶えてしまうのが本当に勿体ないとも、ワシは思いもしました』
信頼している人物の"勿体ない"という言葉に、いつものやんちゃ坊主の様な尖った雰囲気を潜めて穏やかな笑みを浮かべる。
『勿体ないと言われるとは、思わなかったな。
グラドール、自意識過剰ともいわれるかもしれないけれども、私は、俺はセリサンセウム王国という国にとって、そこそこ優秀な人材だとは思うんだよ。
でも、まあ、"それだけ"という気持ちもするんだ』
穏やかな笑みと共にそう言うと、これには褐色の青年の方が大笑いをしてしまう。
『それは一部の、"そこそこ"も力もない後ろ盾や血筋しか誇る者しかないもんには、皮肉になりますわい。
陛下がシャルロック様を、贔屓にしている様に見えるのはそれは宰相としてもですが、まず有能である事に他ならない。
それにワシだけでなくても、現在の政の枢機になっていらっしゃる、本当の意味で有能な貴族の方や、法王様や上臈様、何より国王陛下が知っておりますでしょう』
からりとした部下の笑い声に、引き続き穏やかな笑みを浮かべて癖っ毛の髪の頭に手を突っ込んで掻いた。
『そこまで認めて貰えていたなら、嬉しい事だ。
だが家族という存在になるの人達の存在を喰らうような形で、一族の1人だけが有能でこの世界に残っているという事と引き換えてとなっているとしたなら、それはどうなのだろうな。
家族だった者達の事を考えたならせめて、国の為に役に立つ活躍をして、漸くここにいても良い様な気すらする時もある。
そこまでしなければ、"そこそこ優秀でも"いる意味がないような気がしてな』
仕事に関わる事以外はやんちゃ坊主の様にも振る舞い、"憎まれっ子世に憚る"といったわけではないけれども、自由奔放の振る舞いは良くも悪くも注目を集めている。
でも、そこまで自由に振る舞えるのは、全て行うことが自分自身だけが背負う事になる責任という"身軽"さもあったと言われている。
『……シャルロック様の"トリフォリウム"の呪いと言いますか、
"一族の1人だけが有能で、この世界に残っているという事と引き換えに他の血縁者がいない "
という因縁は、別に証明されているわけでは、ないんですのう?』
『そうだな、証明や立証をする前に、次々と旅立ってしまっている。
賢者くらいなら、この因縁の証明や立証や、解消法を紐解く事が出来るかもしれないが、それには"私から"家族を作るしかない』
そこで笑みの表情を作ったままではあるけれど、視線も声も随分とあっさりとして話を続ける。
『だが、作ったところで訳の分からない作用で、死ぬかもしれない可能性が大きい家族を作る程、私も阿呆でもない。
それに万が一"残した方"が生き残る形になったなら、クロッサンドラの御世を支える手伝いも、私は、俺は出来なくなる。今の所、それが一番の理由で家族を作らないという事でもあるからな』
『それを言うなら、シャルロック様という人物を知っている方達は、因縁の可能性を考えたのなら、子孫云々よりは、今のクロッサンドラ・サンフラワー陛下の御世を支えるシャルロック様を選ぶでしょうしのう。
……何より、陛下自身がシャルロック様に一度も"家族を作ったらどうだ"と申した事がないというのなら、それが一番いいという事にやはりなるのでは、ないのですかのう』
シャルロックのあっさりとした視線を否定するつもりはなく、血の繋がりがないながらも、きっと必ず情をもって接しているだろう目上の人々引き合いに出し、話しを続ける。
『それに失礼な言い方かもしれませんがのう。シャルロック様自身は、血の繋がる家族がいない事に関してはそこまで辛いと言いますか、全く寂しそうには見えませんからのう』
宰相の仕事で多忙の事もあるけれども、側近として個人的な時間を共に過ごしているのも多いグラドールは、シャルロックがそういった方面で"悩んでいる"所を見た事がない。
それだけ"大人"というという事だけなのかもしれないけれども、決して気にするのが"馬鹿らしい"という風に開き直っているという風でもない。
どちらかと言えば親しい人物には情に厚い方でもあるのは、特に親友でもあるクロッサンドラ・サンフラワーへの気遣いを見る限りあると、グラドールは確信している。
(情に厚いのもあるが、何気に結構世話焼きな面もあるしのう。休憩時間に、陛下の嫌いなセロリが旨く食べれるように料理の本なんて読んでるくらいだしのう)
『―――それはそうだ、実際、寂しくも孤独でもないからな。
先ず家族がいたという、実感や思い出が私に、俺にはない。
まあ、八重歯の癖っ毛のクソガキを引き取って育ててくれた人物によれば、家族がいたかもしれないが、"記憶に残る前に、全員いなくなっていた"ということらしい。
だが、そのお陰でなんの柵なく"王子"の友達として引き取られた』
今回は心読む魔術を使うまでもなく、側近の表情からその気持ちを拾い読んだ大国の宰相は愉快そうに笑って自分の"始まり"を口にする。
『物心ついた頃には、クロッサンドラと楽しく、子供同士でそれなりにクソガキをやっていたからな。
それこそ、本当の兄弟の以上に兄弟の様に、育った自信すらある。
知ってはいるだろうが"クロッサンドラの本当の―――とはいっても腹違いにはなる兄弟"も多くは無いけれども数名いた。
だが、産みの母親が地位が一番高いのと、奴自身が優秀なのがあって全く継承権は揉めなかった。
他の兄弟は、王族が増えすぎない様にという慣例に従って、王室を抜けてそれでも地位の高い貴族となった。
ただ、その分対等に向かい合える立場と年が近い者がいなかった所に、私が、俺が来たという訳だ。
優秀な者だけが残るっていう血の因縁が、こんなところで役にたったというべきか、クロッサンドラの成長期に併せて、学問も武芸も良い具合互いの刺激になれた。
武芸じゃあ国で手合わせ出来る相手は、私か俺ぐらいだよ』
ほんの少しだけ自慢げに語ってから、西の方向にある自分の国の方角を見つめた後に更に続ける。
『それからそのまま関係で、今まで来ている。だから、寂しいだの孤独だの言ったのなら、私は、俺は最高の友達を侮辱する事になってしまうからな』
そう言って、視線を再び埋めてしまった絵本の方を向き、決して友人の前では口にしない煙草を、懐から取り出して口に咥え、指先に血液の型でも所以のある火の精霊を呼び出して点して深く吸い込んだ。
それから細く長く、器用に煙を吐き出す。
まだ成人してないグラドールに、視線で"喫うか?"と尋ねるが、恋人が嫌がるので頭を左右に振って褐色の青年の側近は断った。
ただ左右に頭を振った後に、今度はグラドールがこの場所まできてに起こった事を纏める為に口を開く。
『そして、その最高の友達の子孫が困る事になると聞かされた。
その子孫が似ていなければ、シャルロック様もそこまで助けようなんて気持ちもありはせんが、国の賢者殿が言うくらいなのだから、恐らくは凄く似ている。
話しを聞いた以上出来る事なら、手助けが出来る様にしたい。
けれど、多分助けたいと思うクロッサンドラ・サンフラワー陛下の子孫がこの世界に出てくるまでに、シャルロック様の方が寿命が来て、旅立ってしまうという』
側近がそう語り終えるまでに、咥え煙草で特徴的な八重歯を覗かせてながら喫い終え、吸い殻を指先で完璧に鎮火させてから、落として砂煙を上げる程、爪先で磨り潰して、今度は自分で話を続ける。
『それで、俺で、私は"子孫を残す事が限りなく困難な因縁"ながらも、子孫を巧い事を残す為の方法を確立する為、こんなサブノックとヘンルーダの国境にまで来て、賢者に言われた道具の有無を、グラドールを連れて確認している、というわけだな。
まあ、これで心置きなく、子孫を残す事が出来る―――と、言ったなら協力してくれると言ってくれた御婦人に失礼になるのか』
苦笑いを浮かべて、自分が磨り潰した事で、まだ少しばかり残っている小さな粉塵の後を見つめながら、そんな事を口にする。
『既に、相手がいるというのが、シャルロック様らしいというべきか、流石と言うべきか判りませんのう』
"相手がいる"という言葉に少々赤面しながら、半ば呆れる様に側近が口にしたなら、癖っ毛で八重歯の宰相は少しばかり複雑そうな表情を浮かべる。
『……言っておくが、俺が私が子孫を残すと言っても、賢者が言うには少々特殊な方法になるらしくてな。
その、一般的に言うような情を交えるような物ではないんだよ。
それで、多分、俺は私は、血縁がこの世界に産まれて現れたとしても、きっと出逢う事は出来ない。
そうすることで、俺に、私に流れている血の因縁を少しばかり誤魔化す事に繋がるらしい』
淡々と語る姿からは、いつものやんちゃ具合が抜け落ちていて、少々冷徹の印象が強すぎる中でも、グラドールは尊敬する人に勇気を出して疑問に思った事を尋ねる。
『情を交えない方向で、子どもを授かるという事が出来るのですか、のう。
ああ、でも、魔術と学術を治めた賢者殿なら可能で、その、"それ"を手助けするのが、ワシとシャルロック様が遠路遥々まで来て捜した、道具の有無ということでしたか』
そう言って、シャルロック・トリフォリウムが吸い殻を磨り潰し、自分が袋を埋め直した場所をグラドールは見つめていた。
『で、そんな方法でも俺の、私の血を残す事を引き受けてれた奇特な婦人でもあるから、何かしら会った時は、宜しく頼むぞ、グラドール。
多分、俺は、私はその時には助けてやれる状況ではないと思う、だからよろしく頼む』
疑問にはただ頷くという仕種のみで、肯定をして、側近という役割を与えてはいるけれども、ある意味では私的に踏み込ませて頼みごとをしているのと殆ど変わらなかった。
ただ相手の方は、重ねる様に、自分の血の繋がりのある存在に出逢う事が出来ないと口にする事に、無性に不安とも寂しいとも例えるのに難しい感情が出てきて、失礼な態度と解るが腕を組んでいた。
『……助けてやれる状況にないと仰りますが、例えだとしても少しばかり寂しいですのう。
それにそんな提案をする賢者殿なら、シャルロック様がご存命でも血の繋がりあったとしても、互いに残れる方法を見つけ出してくれるのでは?』
それも褐色の青年が自分を思ってくれての言葉と判るから、引き続き苦笑いを浮かべながらもう少しで追い越されてしまいそうな、肌の色よりも濃い茶の髪を頭を撫でる。
これには流石に褐色の青年の方が、肌の色を超えて赤面をしてしまったがそれでも構わずに頭を撫で続け、八重歯が覗き見える口を大きく開いていた。
『賢者殿なら、確かに出来るかもしれないが、あの方は極力"昔からの流れがあって、それを無理やり変える事"は好まない方だからな。
時に、強引にでも変えなければならない事もあるかもしれないが、余程の事が無い限りはしない。
今回の事も、"政に関わらない範囲"という前提があったからこそ、話してくれた事だ。
それと少々思い違いをしている所があるかもしれないが、血縁を繋げてくれるだろう奇特な婦人に何かしら会った時に頼むと、確かにグラドールに俺は、私は、口にはした。
けれども、御婦人とのその子どもが賢者殿が口に出していた、クロッサンドラの子孫が困った時に助ける役割になる、こちらの子孫とは限らないだろう』
思わず小さく"あ"と声を漏らし、大剣を振り回す程の逞しい組んでいた腕を解き、今度は別の意味で赤面をしている側近に、更に話を続ける。
『本当に私のオレの子孫と、困った時に助けたいと思っているクロッサンドラの子孫は、グラドールの思っている以上に後に誕生するかもしれない。
賢者も言っていたが、"子孫"であって、子どもではないんだ。
それに助けれやれる内容も、きっと、時代や子孫達の性別に年齢によっては、今の俺や私や、グラドールでは予想が出来ない物かもしれないだろう。まあ"政"とは完璧に関係ない保証はされているが』
癖っ毛を掻き上げながらそう言われたなら、グラドールの方は顎に手をあて、逞しい首を捻った。
『それは……、確かにそうですのう。
その正直に言って、政に関係ないとなるとワシは男同士というか、精々やんちゃ坊主同士の"子孫"しか考えておりませんでした。
というか、もしも異性の場合は国王陛下とシャルロック様を彷彿とさせる、御婦人や淑女、いやお嬢ちゃんという事になりすかのう。
……そちらの姿はさっぱり想像できませんわい』
先程の苦笑いが移ったようにグラドールが言ったなら、シャルロックの方は、笑みを引かせ、ただ困ったような表情を浮かべる。
『それは俺も、私も同じだ。自分のクソガキだった姿は辛うじて覚えてはいるが、それを"女の子"にするというのは、私も俺も、想像つかない。
クロッサンドラ・サンフラワー陛下の方は、まあ、御母堂の方を思い出せば少しは容易いか。と、何を笑っているんだグラドール?』
顎に当てていた手を、今は太い褐色の指先で笑ってしまっている口元を隠す様に使っていた。
『いえ、ワシはクロッサンドラ陛下は兎も角、シャルロック様の、子ども時分の姿が想像出来そうですので』
そう言って、いつも王都の宮殿で執務の為に身に付けている、王室専属の仕立屋が仕立てた豪奢気味の服ではなくて、個人的な用事の為に赴いて身につけている気楽な格好の人を見る。
幼少期の肖像画など見たこともないけれども、不思議と容易にその姿が想像出来てしまう。
今みたいに、長い髪ではなくて、栗色の短い癖っ毛に八重歯が特徴的な、やんちゃ坊主の"クソガキ"。
牙の様な特徴的な八重歯を見せて、ニッと笑うその姿が自分の胸元にも及ばない背丈でいるのが、簡単に想像できた。
それでも"クロッサンドラ・サンフラワー"を感じさせる存在には、たとえ相手が自分が叶わないと判っている相手でも、何が何でも守り通そうとする。
『……例え、先程言った通り、シャルロック様が先にこの世界を、"寿命"で旅立ってしまったとしても、その子どもの姿を見たなら、ワシは直ぐに"判る"事が出来る。そう思いますわい』
『そうか、それなら尚更安心だ。マクガフィンの血族には俺の、私の血筋が簡単に思い浮かべる事が出来るというのは、有難い事だ。
もし、何かの拍子で縁が途切れてしまっても、この調子なら見つけて、結んでくれそうだ』
信頼しきった視線を、今回の事があったにしても"息子"に迎えようと決心した褐色の青年に注いだなら、受け止めた方も臆することなく頷く。
形を残して確約をしたわけでもないのだけれども、これに関しては"もう大丈夫"だとも、シャルロック・トリフォリウムには思えた。
『……何にしても、これで安心して、この事に関しては気持ちのケリがつけられたし、これから先の事を進められる。
賢者殿から私とおれと、クロッサンドラ・サンフラワー陛下の子孫の話を唆された時には、何をまた突拍子の無い事を口にしているんだとばかりに、考えた。
だが丁度時間が出来たとはいえ、随分と久しぶりに、自分の事と向き合えたのは良かった。
やはり、己の事に関しては気持ちに誤魔化しが出来ない物だ。
ただこうやって、話して向きあい方の方向性が決まっただけでも、随分と気持ちがスッキリする。
それに、周囲を気にせずにゆっくりグラドールと話してみたかったのも、前々あからあった、ある意味、目標と希望も果たせたことになる。
今回の事は、いい機会ではあったんだろうな』
『目標や希望とまで言って貰えるとは、恐れ入りますわい』
満足そうに感想の述べるシャルロックに比べて、褐色の青年の方は引き続き苦笑いに加えて照れという表現を含んだ表情を浮かべていた。
今までは、執務の時間以外でもそれなりに腹を割って側近の青年と話してきたつもりだけれも、ここまで距離を縮めて口にする事は、正直にこの出来事が無ければなかった。
『これで俺の、私のが途中で途切れてしまっても、そこでグラドールが諦めずにいてくれる。
自分自身がどうにも出来ない事になったとしても、きっとお前が何かしら動いてくれるというという安心感が持てる。
何やかんや言いながらも、私も、俺も、本来ならお前位の息子がいても全くおかしくはない年だ。
でも、いないなら、いないなりでこうやって手筈をしておけば、自分1人の力ではどうにも出来なさそうな事でも、何とかなりそうで、よかった。
ある意味では、血が繋がっていない事で、俺に、私にしたなら逆に、私事だけれども、丁寧な”仕事”が出来た達成感すら味わっているような気分だ』
―――更に"感謝している"という言葉をつけようかなとも考えたのだけれども、今回は止めて置いた。
また、息子の様に思っているグラドール・マクガフィンとシャルロック・トリフォリウムはの間に、このような機会をいつか設けた時に、その言葉を付け加えて今以上の”感謝”の気持ちを伝えたかった。
『そうですのぅ、それならワシも、シャルロック様―――本来なら姓の方のトリフォリウム卿として御呼びならねばならないのに、御厚意で名前で呼ばせて貰っていただいておりますし。
国の宰相の仕事の為ではなくて、シャルロック・トリフォリウム様個人の為に役立てて嬉しかったですのぅ』
明らかに照れ隠しといった調子で訛り交じりの早口の言葉で、グラドールはそんな事を言ったなら、更に誤魔化す為に話題を口にする。
『あと年齢で言うのなら、男にしたなら少し早いかもしれませんが、このまま順調に出世で来たなら、何とかヨルダンと求婚の準備も始められそうですしのう。
というか、そうせんとヨルダンの方から、「待っているんだから、早くしてください」と火の精霊のサラマンダーをダーツの様に飛ばされてしまいますからのう』
少しばかり恋人の口真似をしてグラドールが言うのには、思わずシャルロックも笑ってしまう。
『ほう、日頃はツンと澄ましているが、グラドールには、その様に甘える部分をヨルダン姫は見せているのか。
だが、それはヨルダン嬢の魔術の才能、それに庶子ではあるが国王の娘という事を考えたのなら、仕方がないだろう。
何よりクロッサンドラ・サンフラワー陛下の庶子の中でも、軍を抜いての美人だからな。
幼い頃、自然の療養で田舎に赴いていた時に、グラドール・マクガフィンに出逢っていなかったなら、あっという間に他の貴族から、許嫁を望まれ、受け入れていただろう。
それを”田舎に約束した相手がいますから”という言葉と共に、一応王の娘という立場を使って、悉く突っぱねていたからな。
日頃子供には余り興味のないクロッサンドラが、珍しく娘の意見を拾ってやったと思っていたら、何の後ろ盾のない、大きな剣を持った田舎から飛び出してきた褐色の少年が軍隊に飛び入りだ。
しかも、訛り全く恥ずかしがることもなく、強制的に休ませられていた私に、俺に雇ってくれというのだから』
『―――その節には、お世話になりましたのう。
あの時ワシは、宰相のシャルロック・トリフォリウム様なんて知らないで話しかけていましたからのう』
いつの間にか最初の出会いの話をしながら、やがて"義親子"となる2人はこの場所での話が区切りがついたように、会話を続け乍ら帰り支度を始める。
支度を行いつつも、休暇中のセリサンセウムの宰相は、国の賢者に唆された所もあったけれども、同時に頼まれ事もあったのを確りと覚え、行動に移していた。
褐色の青年と話しつつも、携行していた帳面に絵本を埋め直した場所を、賢者から預かった大まかな地図と発見した場所場所の情景を具体的に記していく。
(しかし、相変わらず不可思議な物言いをする賢者殿だったな)
グラドールとの会話に的確に返事をし、地図も方位や特徴を確りと捉えて記しつつ頼まれた時の事を癖っ毛の頭の中で思い出す。
慣れた者以外には静かな、考え抜いた一家言をぽつりと語る人物だと"セリサンセウム王国の賢者"は、思われているが、その実は"やんちゃ坊主"と例えられる自分より"子ども"で、"幼い"とも思う。
知識や情報はきっと尋常ではない量を、その頭の中に保有しているのは日頃の会話で判る。
けれども、量が多すぎて伝える為に使う言葉が"溢れすぎ"、内容は豊富な言語から伝わるのだが、言葉が広がり過ぎて結果的に、受け取る内容に"散らかっている"雰囲気が拭えない。
そんな言葉を何気に巧く拾い読みが巧いのが、親友で国の王でもあるクロッサンドラ・サンフラワーであった。
今回の"シャルロック・トリフォリウムは聞いておいた良い方の話"も、賢者のよく飛び散らかる話の傍らに、王が"念の為に"と側にいてくれた中で始まった。
【その古い鞄に入って埋まっている絵本の場所は、サブノックとヘンルーダの国境の大まかなに場所は、判るけれども、具体的な所は判らない。
こんな本ばかりの部屋にいても事態は動かないから、取りあえずシャルロック・トリフォリウムは、休むを取ると枢機の方々に嘘にならない程度の誤魔化しで移動時間を?ぎ取る。
そして現場に行けば何とかなる。
しかも、君の義息子予定のグラドール・マクガフィン君を日頃の慰労を兼ねて連れていけば、高確率で判明するし、2人の間は更に親しくなる筈だ。
シャルロック君には、前にもう話したかもしれないけれど、埋まっている物を見せて重ねて話したなら、グラドール君と更に繋がりは強くなる。
でも絶対に触らせちゃあ、ダメだ。
絵本には決してグラドール君に触らせてはいけないよ?。
これもまだ巧く説明ができないんだけれどもそうしないと、シャルロック君の大嫌いな天使の話の因縁に、義息のグラドール君が巻き込まれてしまうかもしれない。
内容も聞かれたなら、詳しくは話してはダメだし、多分シャルロック君は読めたとして読んでもいいけれども、余り面白くない話だ。
その理由は多分、魔法やこれまでの歴史では説明し難い力何で、読めたならそれまでで取りあえず、それでいい。
それで万が一に本が"発見出来なかった場合"なら、また、それでいいんだ。
何にしても、絵本が埋まっている場所が判明をしたのなら必ず覚えて、無かったならそれでいいから2人で、セリサンセウム王国に帰ってきて欲しい。
最初に説明した通り、絵本がある事で子孫を残しにくいいトリフォリウム家の血が残り易くなることに繋がるん筈なんだ。
無かったなら、なかったでまた別の方法を考えるから心配はしないで。
見つからないからと、捜す事に夢中になってかえって来ないと、それはそれで厄介な事にもなるけれど、クロッサンドラ君やヨルダン嬢がいたならそれも絶対にないのだろうけれどもね。
あ!、見つからなくても良いとからと、それがどうしてなんだ、説明しろって言われても、まだ無理だからね!。
それにもし、研究した上でわかったとしたのなら、最初に話すのはクロッサンドラ君と約束しているんだ、ああ、でも、これはも言わなくて良い事だった!】
無理やりに国の宰相に休暇を取らせる手筈まで整えた上で、国の賢者は地図や必要になる情報の準備をしてくれたのだが、どうしてもごちゃごちゃとした印象を受けた。
しかも最後に至っては、本当にシャルロック・トリフォリウムには話さなくても良かったとまでも口にするので、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
恐らく絵本を確認するにあたっての諸注意や、全て必要なで情報なのだろうが、思いついた所から、感情を乗せて口にする度に言葉がそれ以上に溢れている印象を受けたものだった。
しかもその声に乗せられている感情は、シャルロックを含めてグラドールの事も純粋に心配をしているというのが伝わってくるので、無碍に出来るものでもなかった。
(だが、結局賢者殿が心配しているような事は、特になかったように思えたのだがな)
絵本を埋め直した場所に、その内容も確りと覚えたシャルロック・トリフォリウムは、グラドール・マクガフィンを伴い、それなりに義親子でこの旅を楽しみ、無事にセリサンセウム王国に戻る事になった。
再びその本が掘り返されるのは、グラドール・マクガフィン、シャルロック・トリフォリウムはがこの世界を"旅立った"後となる。