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断章2


”賢者という存在になる前は、「旅人」と名乗るといった話は、聞いた事はあるのだろうか、旅人殿?"



"ええ、私の故郷では有名な事です。まあ、殆どの者がある条件がそろわないので、気楽に"旅人"のままで終わるという話でもあります"


ずぶ濡れになって戻って来たサブノックの王の客人である旅人は、王宮に入る前にある程度絞って本来なら王宮の近習が纏う装束を、客室で脱ぎ、背面だけではあるけれども素肌を晒し、不貞不貞しく、けれど少しだけ寂しそうにそう語る。










ヘンルーダの王が口にした夕立の予想は的中し、夕刻に迫ろうという時、雨が降る前に漂う土の匂いが風に乗って、サブノックの宮殿が立てられている一帯を包み込む。

この世界の夕立を経験をした事がある者ならば、必ず嗅いだことがある匂いの中、建国の祝いの催事は昼の部が丁度、ヘンルーダの王が引き連れてきた楽団と共に帰った事もあり、一段落が付いた様な形になっていた。


夜の宴の支度の為に一休みというのを見計らった様に、激しい通り雨が過ぎて行く。

誰もが屋内に引っ込んで入る中で、雨に紛れるのを狙っていたように、土のレンガで整備された大通りを、王宮に向かって旅人が走り過ぎて行く姿があった。


―――通り雨だから、少し待てば直ぐに止むと判っているのに、どうして走っているのだろう?。


乾燥帯の地域でもあるサブノックという国にとっては、雨は恵みで慈悲の象徴の様にも考えられている。


だから屋内の窓際に椅子を運んできて、腰掛け雨をな拝む様に崇める人も少なくないなか、走り過ぎて行く旅人は雨に紛れながらも、少々サブノックの人々の記憶に残ってしまう事になった。


だけれども、旅人が纏っている衣服が王宮の近習の男性が纏う衣服であった為に、見かけるサブノックの民の誰もが、夕立の上がる夕刻には王宮に仕事があり、急いで戻っているのだと思い考える。

だが雨の中で走っている近習の服を着ている、この国の王様の客人扱いとなっている旅人は、国の建国の催事で賑わう街中で再会した"同郷の人物"と交わした会話の後、心の腑を握られたような思いをしていた。




再会はサブノック建国の催事という事で、色んな国から旅行者も多い事もあって、それを利用して儲けようと、キャラバンも集まり賑わう露天市となっている広場となる。

同郷に人物も旅人も、人付き合いは苦手ながらも、探求心や好奇心は人の数倍もあるので、互いに懐の事情が許せるまで買い物や遊興をして、祭りの店を巡り騒ぎを満喫していた。


そんな中で、ヘンルーダの楽団が奏でる陽気な曲に、理性を留めながらも高揚し、互いに成人した齢ながらも、同郷の人はカメの面、旅人はウサギの面を購入して、頭につける。

勿論、良く目立っていた。


しかもカメの方を身につけた同郷の人物はヘンルーダ伝統的模様を織り込まれた、あちらでは結構な役職的に高位の者が纏う装束を纏い、

サブノック旅人の方は王宮の近習が身に着ける衣服にウサギの面である意味では、注目を集めない方が難しい。


ただ互いに"同郷の人物"だと気が付いたきっかけはその面での姿であったけれども、顔が見えず、故郷の装束を身につけずにいるのに、雰囲気で判る。

思わず再会した瞬間に互いの掌を強く、乾燥した空気に"パンッ"と注目が集まるのも構わず音が響き渡る様に叩き重ね、手頃な茶屋に入った。

旅人にとっては、少しばかり先輩にあたる同郷の人は、今は隣国で"賢者"となっていると教えて貰う。


"御無事に旅を終えて、賢者になれたようで良かった。

ヘンルーダは武術や魔術の研究もあるけれど、その発端は芸術から始まった国だというから相性も良いでしょうし"


と、祝いの言葉を贈ったなら、照れながらも頷いてくれた。


"お前も―――貴女も元気そうで何よりだ"


ヘンルーダの賢者となった同郷の人は、嘗ては性差なく接していたが、”職場"での経験もあって旅人の性別を思い出し、一応呼称を改めた。

しかしながら、昔から変わらない高くも低くもない声で笑われて、結局"お前"に戻す事になって、店から出された茶をヘンルーダの賢者となった同郷の人物は飲み干した。


"それでお前はこちらの、サブノックの、どうやら王宮の近習の装束を身に着けているようだが―――。

金が尽きたから、旅を続ける為、日銭稼ぎに性別を偽って王宮の子ども達の教育でもしているのか?。

昔から、子どもに教えるのと扱いは上手だったからな"


この新しい国にはまだ賢者はいないのは知っているが、もし、この近習の姿をしている旅人が"彼女"以外なら、"賢者"になる為の来たのかと、同郷の人は尋ねていた。

彼女が"旅人"になる事は良くても、賢者にはならないとばかりに思っているからそんなに発言になる。


"まあ、色々あるのと、国が出来る―――生まれるという時を見たくて、この国にお世話になっている。

あ、それと、うちの王様は奥様方は6人いるけれども、まだお子様は授かっていないからな。

面倒を見たくてもみれないぞ"


苦笑いを浮かべながら、ウサギの面を頭から外して、サブノックに辿り着いた詳細を話し始める。




【賢者はなりたくてなれるものではない】


その理屈は、茶店で茶を飲む故郷を同じとする2人は充分知っていたし、それが世間―――世界では一般的に浸透している常識だった。


ただその理屈と常識の一部が、少しばかり形を変えようとしている。

サブノックの旅人やヘンルーダの賢者が、まだ生まれる前の故郷の集落の中で、特に探求心や好奇心の強い一族によって、少しばかりその理屈が紐解かれていた。


ただ、それはあくまでも紐解くことの出来た一族だけの口伝で、ある程度の理屈は判っているというという事は、その集落の中でも判明しているが、その内容は開示されない。

そしてその一族が、今ではヘンルーダの国で代々賢者として勤める様になっている。


それはヘンルーダの王族と、賢者を輩出する事が出来る一族との間で決められている約束というものがあるらしく、同郷であるサブノックの旅人の方も詳しくは知らなかった。

探求心や好奇心は旺盛ではあるのだが、 世に言う出世欲と顕示欲は皆無に等しい性質―――性格ばかりの人々ばかりが集まっている集落が故郷でもあったので、その一族だけがヘンルーダに召し抱えられことに"やっかみ"等はない


そしてサブノックの旅人が口にしたようにその一族はヘンルーダという国と"気質"というものと相性が(すこぶ)る良かった。


もし羨むとしたなら、自分が行いたい研究と相性の良い場所と資金の提供者(スポンサー)がついた事ぐらいである。


ただ、その一族だからヘンルーダという国が受け入れたのだという部分も弁えているので、特にその集落の中で問題になる事はなかった。

やがて、"どうせ一族の中からヘンルーダの賢者になるというのなら"という事で、集落から抜けて国の近郊に拠点を移していた。


引越しの時は互いに子どもであったのだが、既にヘンルーダの賢者となった人物の父親は、先代の王の賢者として"活躍"をしており、サブノックの旅人の方は、子どもながらに彼がなるのだろうと思っていた。





"―――でもヘンルーダの賢者を引き継いだのは、世界中を散々旅しまわった後で、親父の訃報を聞いてその数年後先代の王様が旅立った後だから、結構いい大人になってからだ"


自分よりも年下になる同郷の旅人に、ヘンルーダの賢者となった人は茶を飲みながら、そう語る。


"それでも賢者になれたんだから……いいのか、悪いのかは、私達みたいな気質には判らないか。

賢者になったなら、王の友人となって、(まつりごと)以外の相談にのらなくてはいけないし、研究とかしたくなっても、もう自由に旅をしたりは出来ない物なあ"


サブノックの旅人が悩む様に口にしながら、店の主人に飲み物に"追加"を注文していたら、ヘンルーダの賢者は、笑顔を浮かべて、自分の国の装束を撫でた。


"まあ、少なくとも私―――俺は後悔をしてはいないかなあ。

ヘンルーダの王様は何かと面白いし、お子様達も個性的だが、父親に当たる国王陛下のどこかかしらを引き継いでいて、友人として見ていて面白い。

でも、似てはいるけれど同じではないんだ。

ちゃんと独立した、自分という物を持っていて、それでいて父親である国王の元に纏っている。

賢者として、人を観察するにあたってこういった例え方は不敬になるかもしれないが、旅などしないでも、こんなに傍に本当に興味深い物がある事は運が良いと思う"


"まるで恋人の惚気話を聞かされているみたいだねえ"


少しだけ揶揄う様な調子でサブノックの旅人がそう言ったなら、ヘンルーダの賢者となった同郷の人は、至極真面目な顔で迷わずに頷いていた。


"変な印象と誤解を与えかねないのを承知で言うと、正しく恋におちたような感覚に近いのかもしれないなあ。

しかも、その相手は一族が決めたヘンルーダという国の、王となる人を含めたその国だ"


そこで少しばかり、ヘンルーダの賢者は大袈裟な動きで以て両腕を広げて、更に大きく口を開く。


"今自分が行っている研究と同じ位、もしかしたらそれよりも知りたい、これからどうなるのか観察をし続けたい国の賢者になれたのは、私にとってはとても幸せな事だ"


ただ口は大きく開いていたが、声量は至って普通であり、話された内容は抑揚があって活舌も良く、感情が豊かで聴きとり易かった。



"―――研究に夢中になれて集中出来ることに関しては、純粋に羨ましいよ。

でも、羨んだところで私が研究したい事と貴方が研究は分野が違うから、それなら昔からの馴染みがやりたい事をやれている事を、素直に羨み、喜んでおこう"


ヘンルーダの風習に随分と馴染んだいうべきか、やや大袈裟に芝居がかった表現する所にも、素直にサブノックの旅人は好意的な感想を口にする。


だが一方で、そんな素直過ぎる旅人の反応に、両腕を広げた格好をしたところで、何かしら皮肉を言ってくるばかりだと思っていた、賢者の方は拍子抜けをしていた。

上げていた腕を下し、袖口の大きいヘンルーダの装束に差し込む形で腕を組んで、同郷の旅人に視線を向ける。


"どうした?、何かしらあったか?。

いつもというか、集落を出る前のお前までしか私は知らないが、こういった言葉にはからかいや、揚げ足取りで返してきただろうに"


調子に乗った冗談の通じる馴染みの相手には、遠慮なく刃物のように鋭い皮肉を口にするのをよく覚えていた。


それに対し、今は言葉を返しもしないサブノックの旅人を見たなら、彼女の方また腕を組んでいた。

サブノックの王宮の宮殿の近習の服は、ヘンルーダの装束とは違い、袖口はきつくはないけが、手首を緩く絞める形状なので、同郷の賢者とは同じ姿とはいかなかった。


不思議と同じ腕を組んでいる状態という同じ格好の筈なのに、ヘンルーダの賢者の方が随分と余裕がある様に、サブノックの旅人には見えている。


"……何だか、急に随分と発言も態度も、余裕がなくなってしまった様に見受けられるのだが。

しかし、これまでの話しの流れで、お前にとって余裕がなくなる箇所はあったかな?"


賢者になってしまった同郷者も何か感じ取った様子で、袖口をくっつけ合う形で、腕を組んだまま、気にかけるように再び声をかけてくる。


"……そうだな、再会した事も、この国の建国の瞬間に立ち会えた事も嬉しい事なんだけれども"


そう応え乍ら、折角目出度い催事に懐かしい人にあえたのに、心配をかけてしまっている自分に、情けなくもなりつつも、気が付いていない内に落ち込んでしまっている、自分の胸の内を覗き込む。

すると、思ったより早くその答えは見つかり、その事を口にする。


"余裕がないというよりも……、期限が近くなっている事を気が付いたというべきなのかな。

そろそろ、研究の終了の時期が来ているのを、考える時間が来たんだ。

それが自分でも思っている以上に、気持が沈んでいるのに、こうやって話す事で気が付いたみたいな感じになっている"


研究の終了という言葉で、似たような環境で育った事で、共に培われた価値観でヘンルーダの賢者は、サブノックの旅人がどの様な思いを抱えているか、直ぐ察した。


"ああ、そうか。一段落ではなく、完全に研究の終わりが来ているという事はなんだな。

それは寂しい所があるよなあ"


どうやらこれまでの自分の思い出を振り返り、楽しくもあったが区切りをつけて終了してしまった研究との"別れ"の物悲しさを思い出している様子だった。

だが物悲しさはあっても、今はそれを懐かしめる余裕のある賢者の方は言葉を続ける。


"私の場合はもう、研究というより、この役割は余程の事が無い限り―――多分死ぬ時ぐらいにしか、もう終わってしまうという感覚には出逢えないんだろう。

いや、死ぬ時ぐらいにしか、終わりが来ない様にしなければいけないと考えている"


言葉だけなら、良く判らない話をしている様にしか聞こえないが、同じ集落の出身である者同士である2人には、その独特の感性で十分に意味は通じ合っていた。


"それはそうだろう、貴方はもう旅人ではなくて、ヘンルーダの王の賢者として認められたのだから、最期までそちらに世話になるのだろう?"


サブノックの旅人が極力羨ましいという気持ちを胸の内に隠し、確認する様に口にしたなら、これには直ぐにヘンルーダの賢者は眉間の間に、随分と深い縦シワを刻む。


"確かに臣下として一生世話にはなるつもりはあるが、それ以上にヘンルーダの賢者として役に立つ自負はある。一応、これからの人生は陛下の腹心、それ以外は考えてはいない"


口の形をへの字にしてそう宣言された後、シワの筋を額に残したまま組んでいた腕を解き、広がった袖口から手を出して口元を抑え、再び口を開く。


"ああ、でもうちの国王陛下が、出て行って欲しいとなったならそれに従う。

しかし、その時はその時で、私はヘンルーダの国の賢者を辞めているだろう。

と、縁起でもない話は、ここでやめておこう。それよりも、お前だ"


口元に当てていた手を外し、首を捻って並んで座っている今はどこか澄ました様子の表情を浮かべている、同郷のサブノックの旅人となっている人の横顔を見つめる。


"これまでの話を聞いていたなら、お前はこの国も、行き倒れたのを拾ってくれた王様も気に入っている。

しかしながら、状況的に国が産まれた瞬間に立ち会ったことで、"研究を終える"と見きりをつけて、この国を旅立だたなければいけない状況になっている事に気が付いた。

時間にも限りがあると知っているからこそ、目的の達成に気が付いたなら、残りは跡を綺麗に片付け、研究を纏めて極力素早く旅立たないといけない。

それが、お前にとっても、かつてない程寂しいと思っているという事みたいだな。

しかも無自覚と来たものだから、今は戸惑っているという事か……"



それから、多少わざとらしく、「ふうむ」という声を出す。


"なあ、お前、サブノックの賢者になりたいという考えはないのか?"

"……貴方の一族と一緒にしないで頂こう。それに忘れた訳ではないだろう?"


【賢者はなりたくてなれるものではない】



その理屈に、付属してついてくる"決まり事"がいくつかある。

横顔を見せていたのを正面に向けて、ヘンルーダの賢者程ではないけれども眉間にシワを拵えて、同郷の馴染みを睨んだ。


"それともヘンルーダの賢者殿は自分がなれてしまったなら、そんな理屈も忘れてしまうのか?"

"まさか、忘れはしないさ。

だが、そちらこそ【どこの国にも必ず1人はいるような仕組み】の言葉を忘れた訳ではないだろう?"


"……"

ヘンルーダの賢者の言葉に、今度は今はまだサブノックという国に旅人としてとどまっている人は押し黙ってしまう。


国という物が産まれたなら、その場所には必ず賢者に現れる。

どこの国にも必ず1人はいるような仕組み―――。


そんな昔話が、国という物が産まれる度にその中枢に関わっている人々の間にだけ伝えられている。

サブノックの旅人なっている同郷の人が、相変わらず押し黙っているので、ヘンルーダの賢者は勝手に話を進める事にした。



"【賢者はどこの国にも必ず1人はいるような仕組み】、それはうちのヘンルーダの国の王様も知っている話でもある。

それでうちの王様はな、サブノックという国というよりは、その国の王様に選ばれた青年の事が、偉く気に入っていると話してくれた。


それで相談されたんだ、

「サブノックという新しく産まれた国に、というよりは、生真面目な優しい青年の王様に相性の良さそうな賢者がいたなら、紹介をしてやりたい。


賢者の仕組みは良く知らないが、誰か良さそうな知り合いか友達でもいたなら、紹介をしてくれないか?」

という風にな。

そんな、"独り者の友達に、誰かいい人いないか?"みたいな調子で言われても、私も簡単に紹介できるものでもない。


取りあえず、

「王の友人として、良い賢者を進めたいというのは判りますけれども、先ずは今回の催事でサブノックという国の王様とお話になってから、決めたらどうでしょうか」

という言葉で、時間を稼ぎ、建国された国を観察しつつ祭りを楽しみサブノックという相応しい賢者はどんな人物か、考えていたんだよ"


"……私には祭りを楽しみつつ、観察がついでという具合に見えたがな。楽しんでいなければ、もう三十路は過ぎただろうに、頭にカメの面などつけている大人などそうそういない"


サブノックの旅人となっている人が、押し黙っていたのが漸く口を開いたのは、何とかいつもの調子を取り戻そうとする様子で少量ながら、皮肉を込めてそんな言葉だった。


"ああ、元は武人から成り立っている国としながらも、祭りになったなら民は少しばかり不器用ながらも、その建国を心から喜んでいた。

その様子が、微笑ましかった。

さらには、我が国の王様が、楽団を率いてやって来たなら、その音色を拒むことなく感謝を述べて素直に楽しんでいるのも良かった"


ヘンルーダの賢者がそう言ったなら、茶店の前の通り道にタイミング良く、数人の子ども達がやってくる。

隣り合う国の物だと一目で解る、極彩色での仕立ての装束を纏っている子ども達は、歓声をあげて走っていた。

どうやら、楽団を追いかけるのにサブノックの子どもは道案内をし、ヘンルーダの子供たちは音楽の説明をしているのが、幼い声のやり取りを聞いていて伝わってくる。


ただ全員が露店で買ったのだろう、サブノックの細長い砂糖をまぶした揚げ菓子を手にしていてた。




年齢は疎らながらも、年上が年下の子どもの手を引いて、よく纏まり、はしゃぎ、国の誕生という難しい事は解ってはいないかもしれないが、楽しい雰囲気を喜ぶ子供達を賢者と旅人は見送る。


"私もこの国にヘンルーダの賢者として赴いて、さっき言われた通り、大人気なく遊んでしまう程、気に入ったよ。

それに、ヘンルーダもまあまあそうだが、こうやって身の危険を心配せずに、安全に安心して逗留出来る国は、結構珍しい。

特に、ああやって子どもが保護者も連れずに歩きまわれるというのは、周りの大人達も互いに連絡や"見守る"という連携がとれている証拠でもあるのだろう。

だから、そんな心配のいらない国だからこそ、この国にあっていると思える賢者を私が、出来る事なら、自分の王様に推挙したいさ"


ヘンルーダの賢者の方は、茶店についてから外していたカメの面を手にして、走り去って行った小さな子ども───どうやら、集まりでも、"弟"の扱いになる幼い男の子を視線で追いかけていた視線を戻した時、久しぶりに純粋に驚いた。


サブノックの客人で旅人である人は、自分の友人となる"サブノックの王様"となった人の国が信頼する同郷者で、隣国では賢者にまでなった人が、この国は安全という言葉を口にした事に、無意識に穏やかな、とても優しい笑みを浮かべる。


これまでの付き合いの中で、性別などを意識させたことのない友人だったけれども初めて異性である事を思い出させる力が、その笑顔にはあった。

ヘンルーダの賢者は、古い馴染みが浮かべた笑みに、少しだけ眉の筋肉を動かしてしまったが、驚きを胸の内に留めた。


それから気が付かない振りをしつつ、自分の国の王に「サブノックに、新たに賢者を紹介をする必要がない」という事を伝える決心する。


そして決心をしつつも、今度は友人を説得悟と覚悟をさせる為に、頭の中にある情報を拾い選んでは話を続ける。

"似たような環境と文化だから、例え国が違うと判っていても打ち解け易い。

それでいて多少の違いは、否定をせずに受け入れる。

これからも隣り合うヘンルーダとサブノックという国は協力し、この世界でやがてその独特な文化と共に、名前を残していく国となるだろう。

そして、私の主となった芸事に長けた国の"(キング)"は、真直ぐな武人ばかりが集まり産まれたばかりのサブノックという国を、これまで付き合いから、きっと世界が一目置く頼もしい弟の様に育つと、仰られた。

この場所がサブノックという国として産まれる前から、ヘンルーダという国は勝手ながらも兄として楽しみにしていたのは、間近で見てきた。

ただ、その国を担う事になる青年が、無理をしているのではないかと、建国の前の数度の面会で感じたそうだ。

当人は自覚は無いのだけれども、雰囲気が荒んでいたらしい"


ヘンルーダの王の心配と賢者は口にしているが、その話し方の雰囲気は"新しく産まれる国の王様への評価"の様な部分を、表現をしているニュアンスをサブノックの旅人は感じ取っていた。


だが、"向き"になるという事はなく、僅かに眼を伏せた後に、友人を擁護する言葉を旅人は口にする。


"……言われてからは、自覚はしていたらしいよ。

でも、本当に体の何処も調子は悪くはなかったし、夜は眠れないなんてことはなかったと。

ただ、何にしても初めてサブノックの王様となろうと努める事で、先ずは手一杯だったそうだ。

それには、先ず自分がどうこう言われようとも国が安全である事を徹底してきたとも仰っていた"


旅人自身は、その荒んでいたというサブノックの王様になる青年の姿を1度も見てはいない。

ただ行き倒れを介抱されて、意気投合して客人として迎え入れるとなった王宮への帰り路に、一緒に馬に乗りながら、後ろに座らせた旅人にポツポツと語っていた。



―――私は嫌われていても、怖がられても、王様という仕事を頼まれたのだから、先ずはそれを熟さなければいけないと考えていた。

―――けれど無自覚でも自分を王様として臣下や妻となって纏ってくれようとしてくれている人達を、怖がらせていると知ったなら少なからずショックを受けてしまった。


物凄く申し訳なさそうに、そんな言葉を口にしていた。


―――だから、"息抜き"に馬に乗って早駆けをして国の境目まで辿りついて、空を見上げたなら、ほんの少しだけ、考えたらいけない事が頭を(よぎ)ろうとした。


―――そんな時に、行き倒れている旅人(あなた)を見つけた。


頭に浮かんでいた"考えたらいけないこと"は、それこそ本当にサブノックの王となる青年の心を通り過ぎて行ってしまったと、馬に揺られながら声だけでも判る苦笑いで告げられた。


―――倒れている人を見つけたなら「この国で倒れている人を助けなければ」という考えで頭は一杯になって、頭を(よぎ)ろうとした事は"ああ、それだけのことだったんだ"と、こうやって、友達となった貴女を帰る今になって思いだしている。


―――それでも、思ってしまった事をは違いない、だから、今のこの話は秘密でお願いします。


解ったと返事をしながらも、その時は"国の誕生を間近に見える"という、滅多に出来ない研究の期待と喜びと興奮の方が勝っていた。


それでも、行き倒れを助けてくれた青い髪の青年に頼まれた、”秘密”の事だけは確り守る事だけは、性別を判断事には余り使われない胸の内に留めていた。


やがて、王宮に着いた時に王の客人として留まる為に、少しばかり方便を使わせて貰った時は、不満そうな顔をされた後に、不満も2人の時に不満もいわれたけれども、旅人の方からの約束を口にしたなら、友人は機嫌を直してくれる。


それからは、至って”普通”だったと思う。


客人でもあった旅人と、国の王になるという青年はそれからどちらかと言えば接する時間は数えるほどでしかなかったが、互いに近状を話し合う時は、王となる青年は穏やかそのものだった。

最初の出会いの時には、荒んでいた雰囲気を治めるために、休息を無理やり取らされたという風に話されたけれど、それが寧ろ信じられなかった。

旅人などいなくても、十分立派に王様をする事が出来る人なのだと、出逢った頃からずっと思っていた。


"―――ヘンルーダは、サブノックという国を弟の様に思っていても、取り込もうとだなんて考えてはいない。

ただ、この世界で何らかの出来事があった際には、国となる前から実の兄弟の様に協力し合える、困難を乗り越えられる関係を築いて欲しいと、ヘンルーダという国の賢者として思う。

そして、それを王も望んでいる"


同郷の隣国の賢者の言葉を耳に入れながらも、今日産まれたばかりの国の王様となった友達の姿を思い出すけれど、どうしても荒んでいる姿が旅人には想像できなかった。


そんな考え込んでいる旅人の横顔を、まるで珍しい物を拝むような気持ちで見つめながら、ヘンルーダの賢者はさらに話を続けていた。


"―――そして、そんな隣国の王と賢者に"兄弟の様な関係を"と提案をされても、涼しい笑みを浮かべて受け止める位の賢者が、サブノックという産まれたばかりの国の王の傍らには必要だとも思っている。

繰り返しになるが、何せ、この前うちの王様が会った時は荒んでいたらしい。


しかしその国王陛下の友達としてのお前の様子と語り口から見たなら、どうやらサブノックの王様は、荒んではいないみたいだな。

それとも少なくとも、友人の前では荒まないでいる位の演技は出来るという判断なのだろうか?"


"……産まれたばかりの国と王様に、兄弟の様な関係だの、その為には賢者がいた方が良いだの色々と性急な期待をし過ぎではないか?。


折角産まれたんだ、"三つ子の魂百まで"とは言うけれども、産声を上げた最初位ゆっくりさせてやったらどうだ"


ヘンルーダの賢者が、揶揄うつもりで出されていた最後の方の言葉を無視して、旅人はそんな言葉を口にする。


"まあ、それもそう、お前の言う通りだ。

じゃあ、仮にゆっくりとした期間が過ぎたなら、お前は友人の旅人としてサブノックの王様になった人に、"(まつりごと)以外の相談に乗れる賢者という存在の事を話してやらんといけんな。

それに加えて、サブノックが"国"として世界に名前が広がる前に、早めに賢者を据えて、教えてやらねばならない事があるのを、覚えているか?"


旅人がそんな反応と返事をするの先回りして読んでいたたヘンルーダの賢者は、口の端をグイと上げてそんな確認する様な言葉を続けた。

そして旅人がその確認について応える前に、ヘンルーダの"賢者"としての上がったままの口角で話を続ける。



"早めに賢者を据える事の必要を教えてやらんと、"大地の女神"に勘付かれるぞ?。

若しくはあの場所は―――大地の女神に愛されているあの肥沃な大地を持つ国に、王様は自分から気が付いてしまうかもしれない。

もしかしたなら、”女神に愛された大地の国"を、武人の国に相応しく戦いで以て―――"

"―――止めて、やめてくれ"


平時の時の旅人の物にしては珍しく高く、ただ"婦人の悲鳴"と表現するには最も相応しい声を出したなら、隣国の賢者の言葉を素直にその言葉を止めた。


それから横目で、この国の異性の装束を纏っている同郷者を見てみたなら、いつの間にか左の手に先程外していたウサギの面を手にしていて、右手は自分の膝に充てていた。


そしてその膝の頭を、ゆったりとした王宮の近習が着る事になっているズボンに握りしめる形でシワを作り、やや早口に唇を開いていた。


"私が、この国を立ち去る、だからこの国に相応しい賢者を、ヘンルーダの賢者となった貴方が見つけてやってくれ。

そうしたら、このサブノックという国は―――"

"……どうしたら、これまで話した事の答えが、そうい解釈になるか皆目見当がつかない"


旅人の言葉に愕然とし、少しだけ怒りの感情が芽生えるのも感じながら賢者にしては珍しく語調荒く口を開く。


"私はこの話が始まった当初から、お前がこのままこの国に留まり、旅人から自分でこの国の賢者になろうと口にするのを待っていた。

それで、何らかの理由はあるかもしれないが、自分から賢者になりたいと口にしないみたいだから、私は友人として勧めていくつもりだ。

此処までくると、寧ろどうしてお前がそういう考えに、"私がこの国の賢者になろう"という考えにならないのが不思議だ"


正直、自分の王様からの「サブノックという国に相応しい賢者を」話を聞いた時点から、ヘンルーダの賢者にとって、旅人してこの国の王様と友人となっていた形での再会は予想外だが、幸運(ラッキー)な事だとも思っていた。


"ここは、私の都合でもあるのだが、どうせならサブノックという国の賢者がお前だったら、連携だって取り易い。

私は臣下としてもだが、ヘンルーダの王の相談役兼友人としてより一層活躍しやすい"


ある意味では良い"流れ"だとも思えるし、同郷者の旅人ならその流れを察して、自分のしたい研究のついでに、乗ってしまえる不貞不貞しさを携えているのも、幼い頃の付き合いで知っている。

だが、今はその不貞不貞しさは潜め、苦り切った表情でこれからの事を考えいるのが窺がえる。


"―――本当に、清々しい程、自分と、ヘンルーダの王にとって都合の良い考え方だな"


ただ、旅人の方は皮肉程度は口に出せるようになった様だった。

その旅人の皮肉を聞き流しつつ、膝に作っていた衣服のシワを作る力が抜けているのを確認してから、賢者は話を進める。


"そう思うなら、お前もサブノックの王の友人なのだから、隣国の王と賢者を利用するくらいの考えで、賢者になればいい。

ヘンルーダの王も、弟の様思っている産まれたばかりの国が、頼ってくるは気にはしないだろうし、サブノックという国が協力は求めても、安易に頼り縋ってくる事はしないのは解っているだろう。

それよりも、今はお前がサブノックの賢者になる方法だ。

何だったら、私の一族がヘンルーダで少しばかり研究した物があるしそれを貸してもいいし、お前の方も少しは研究はしているんだろう?"


確認をする様に尋ねたなら、旅人の方はそれには無言で頷いたの見てから新たな質問を続ける。


"それでは、《絵本》の方はどうだ?、賢者になるのに必要な道具としては判っているが、いまいち使い方が判っていない、あの絵本は?。

まさか所持をしていないという事はないよな?"


"……今回の旅に出る前に、うちの一族の長老から承ったよ。

結構、世界中がサブノックみたいに地域の集合体じゃあなくなって、"国"として形を取ろとしている。

それでもって、私達の様な者の界隈では有名な【私みたいな奴は「どこの国にも必ず1人はおるような仕組み」になっていますから】という、お決まりの台詞を覚えさせられた。

何でも、万が一にも賢者になった際に、自分が好きになったり惚れた居場所を守る為の方便だとは聞いていた。

ただ、賢者じゃないにしても中途半端に情報をを抱えている私達みたいな存在にとっては、随分と便利な言葉ではあると思った。

だから、サブノックの王様に助けて貰った時に、立場というか適当に逢わせる為に、口にしてしまった"


"―――それじゃあ、今日、丁度今頃宮殿で行われている宴席で、恐らく、うちのヘンルーダの王から、《賢者が口にした言葉》として、サブノックの王に耳に入れているだろう。

私も、かつて教えて貰った言葉だし、王に自分の役割を説明をする時には、使わせて貰った言葉だ。

それに私が、前以て『国が長続きをする方法』として、賢者を国に1人は置くべきだとは、教えておいたからな。

……それにしても、考えたならこれ以上、私が出来る事はないな"


そう言ったなら、再び頭にカメの面を取り付けていると、自国の楽団が奏でる建国を祝う囃子が、終盤の方に差し掛かっている事に気が付く。


"今日は、国の行事があるから、宴で賢者についてのアドバイスを終えたなら、うちの王様はとんぼ返りをするらしい。

それで今日連れてきた、あの楽団の楽曲が終わる頃には、サブノックの城門の方に集合をしておかなければならないから、そろそろ行こう。

ヘンルーダで待っている弟子―――というよりも秘書という扱いになる子どもがいてな、何かしら土産を買って帰る約束もしているんだ。

カメの面だけでは、あれだし、お菓子が好きだと言っていたから、先程走って行った子ども達が手にしていたの買って帰ろう。

あれなら揚げ菓子だから、日持ちもするだろうからな"


隣国の賢者はそんな事を口にしつつ、茶店の椅子に腰かけていたのを立ち上がるのを見つめながら、旅人は同郷の賢者に恐らくは一時の事となる別れの言葉をかける。


"……案外、あっさりと行ってしまうんですね"


ウサギの面を膝の上に乗せて撫でながら、そんな事を口にしたなら、ヘンルーダの賢者は直ぐに頷き、面越しに聞こえる少しくぐもった声で返事をする。


"さっきも言っただろう?。これ以上、ヘンルーダの賢者である私が出来る事はない。

ただ、応えて貰えるかどうかわからんが質問させてくれ。

どうしてお前は折角サブノックが「国」になるというのに、友達だという国王陛下に、賢者の事を教えなかった?。

そりゃあ、賢者がいないという事で直ぐに滅びるわけでもない。

それに遅かれ早かれ先に建国した国から、外交の世間話に、忠告(アドバイス)の1つとして、賢者の話は寄せられただろう。

実際、うちの国の王様は建国された今日という日に、伝えている。

別に、国が出来てから知らなければならないと、制限をされている情報でもないから、前以て知っていておかしくはない情報ではあるけれどもな"


面を着けたまま振り返られ、その唯一の視界となるカメの瞳を象る小さな穴から鋭く視線を注がれるのを感じ取りながら、口を開く。


"……判らない、です。でも強いて言うとしたら、行き倒れていた所を助けて貰った「旅人」のままの方が、良いと思った。

王様はわかりませんが、私にしたなら、それがこれからも気楽な関係を続けられると思えた"



"……お前にとっての、王様との最上の気楽な関係が続けられるのが旅人か。成程、そういう事になろうとしていたという部分もあったと可能性として無きにしも非ずか"


今はまだ、客人で旅人で"友だち"という関係をこの国の王様と保てている同郷の人物を、面の穴越しに見て、勝手に納得してヘンルーダの賢者は呟いていた。


それから面の隔たりがあっても十分判る程の大きなため息を吐き出し、少しだけずらして浮かせ、声が同郷の旅人にはっきりと伝わる様にする。


"本当なら、もっと時間をかけて色んな事があった上で気が付いて、育んでいくものだったのだろうが、どうやら今回はそうも出来ない。

だから、1つだけ私はお前に―――"貴女"に忠告をしておこう。

十中八九、貴女はサブノックという国の賢者になれるだろう"


サブノックという国の旅人となっている人の気のせいでなければ、ヘンルーダの賢者が口にした言葉には、何処となく哀しみと"残念"という感情が含まれている様に感じられた。


"そして賢者になれた時には、その役割を熟すにあたって、多分その性別を(つまび)らかにしなければいけなくなる。

そうしておかないと、"王様が拾った行き倒れの物知りな旅人”というい今まで以上に、貴女の「友達が困った事になる」。

それと、多分うちのヘンルーダの王様は私が賢者になった経緯、旅人を終えた上で賢者になった事を知っているから、それを友達の王様に話してもいるだろうから、それも覚悟して置いて欲しい"


そう言ったなら、再び面を被ってしまって歩き出した背中に、旅人は賢者になった先輩に今回は恐らく最後になるだろう質問の声をかける。


"サブノックの王様は、ヘンルーダの王様の話を聞いた事で、国が末永く続く為に、賢者としての私を求めるという事ですか?"


"……王様の立場からしたなら、その部分が無いとしたなら嘘になるだろう。

けれども、私とヘンルーダの王の関係は臣下である前に友達でもあるという事を強調させて貰おうか。

(まつりごと)を挟まないという条件の上でなら、一番気楽に言葉を交わせる相手だと、国が公認で認めくれている様な王と賢者の友人の関係だ。

誰にも、文句は言わせられないいや、「言わせない」かな"


不思議と面を着けているその下で、同郷の賢者が不敵に微笑んでいるのが想像することが出来た。

結局、同郷で隣国の賢者を茶店の椅子に座ったまま立ち去るのを見送った。


その内に、ヘンルーダの国王が引き連れてきたという楽団の音楽が聞こえなくなると、大して時間もすぐない内に、先程駆けて行った子供たちが、半数位になってそれでも賑やかしく戻って来ていた。

ただ賑やかしい中でも、1人だけ落ち込んでいるのは、ヘンルーダの賢者が最後まで見送っていた一番小さな"弟"の様に見えた子どもだった。


(おや?)


よくよく見たなら、あの時はサブノックという国で伝統的な帽子を、子ども達は皆被っていたのだが、楽団の元まで走って行った為か、それとも暑くて脱いだのか、被っている子どもの方が少ない。


その一番小さい子も帽子は取れていて、髪の長さは周りの子ども達と大して変わりはしないのだが、その子にだけ飾り物の様な物が付いていた。

それは紅く丸い2粒の飾りで特に目立つ物でもないのだけれども、不思議な物で、それだけで"女の子"であるのがはっきりと判る。


"―――様にならまた会えるから、大丈夫です。ヘンルーダから、サブノックまでは安全でだから、1人でも遊びに来易くなったとも、仰っていましたから"


その小さい子―――女の子に励ます為に、一緒に行動している子ども達の代表の様な男子が声をかける。


その声に"風の精霊"が微量に漂っているのを、それなりに魔法を嗜んでいる旅人にも判るので、そちらに視線を向けた

ただ旅人が注視しているのを気が付いたなら、慌てて数人が、その女の子の頭の飾りが見えない様に帽子を被せて、姿を隠す様に横に並んで立つ。



(ああ、成程。そういう事か、"ただの仲良し"という訳でもない子供の集団というだったのか)


旅人は特に意識をしていないが、この国の婦女子は何らかの仕事についていなければ、表に出てくる事は本当にあまり良しとしない。

更に何も事情がないのに、複数の異性の間にいる事は、十分冷ややかな視線を受ける事象となる。


(多分、何らかの理由があって、まだ身体も小さいし恰好で誤魔化せるし、ああいう行動という事なんだろうな)


男の子衣装を身に着けた女の子を庇う様に立っている子ども―――こちらは、はっきりと男子と判る―――は、随分と鋭い視線を旅人に向けていた。


(もしかしたら、結構身分の良い所の子どもがお忍びで、今日のお祭りを楽しんでいたという事なのかな)


そして、あの女の子は恐らく手を引いていたお兄さんと別れで、寂しい思いをしている。


(そこを、王宮で働いている人の姿をしている人が見つめたら、色々気まずい思いがあるかもしれない。

というか、やはりサブノックという国も纏ってはいるけれども、内部で大きな争いにならない程度に派閥などはあるんだろうな)


少女の姿を遮る様に立っている少年が、まだ鋭い視線を向けているので、思わず笑い声を漏らしてしまう。

勿論、いきなり笑い出すという奇行に子ども達の方が眼を丸くするほど驚いて、近習の恰好をしている旅人の方を見つめる。


その見つめる視線の数が十分だと感じたと同時に、


"心配しなくていいよ、私も似たようなものだ"


わざわざ口に出してそう言って、王宮の近習が身に着けている物とよく似ている帽子を取って見せた。


余り長くもない髪だが、束ねているよりは幾らかは性別は判り易くなっている(つもりである)。


ただ、旅人の方が普段から"男性近習"の恰好をしている事と、元々どちらとも判別し難い身姿で顔立ちであるので、最初は「帽子をいきなりとって、それがどうした」という感じで、殆どの子ども達の頭上に、疑問符を浮かべている。

ただ、少女とその庇っている男子は近習の帽子を取った意味が判った様子で、特に庇っている少年の方は目に見えて、安堵していた。


"さっきはもっと数が多くて一緒だった子ども達は、ヘンルーダの子ども達だったみたいだね。

それで、楽団が終わったら結構ヘンルーダの国に戻る者が多いから、それと一緒に帰る為に、現地解散みたいな感じで別れたのか?"


旅人は少女を庇っている男子が、先程の少女の手を引いていた少年と別れた後を継いでこの集団を纏めて入るのだと、見抜いて(ダイレクト)に語り掛けていた。

また男子の方も男性の近習の姿をしている女性は、日頃控えるようにしている婦人達とは違って何らかの理由があって、わざわざ男装をしてこの場所にいるのだろうぐらいは、思いついた。


"そうです、建国の催事がもうすぐ終わってしまうので、最後は子ども達だけで、軽く冒険をしようみたいな感じになって、それで"


男子は明朗に返事をする。


"そうか、それでそちらの可愛い人の好い人が、これから国に戻るだろうヘンルーダの一行の方にいらしたのかな?。聞き耳をしていたみたいで申し訳ないが、先程お兄さんが慰めているのが、聞こえてたから"


"はい、好い人といいますか、お嬢さ……この子の婚約者という事になります"


性別が判るような言葉を避けながら、男子は旅人の質問に答える。


一番小さく見えた子どもの婚約者という言葉を聞いても、サブノック―――というよりは

ヘンルーダ間での文化を承知していた旅人は、大して驚かなかった。


"そうか、今寂しそうな表情を浮かべているという事は、そちらのお子さんも、ヘンルーダのお相手の方を好いているという事なんでしょう"


旅人の言葉に、少年は少しばかり迷った後に頷く。


恐らく、保護者としてより、護衛的な役割の強いだろう男子は、旅人が王宮の近習しか身に着ける事が出来ない服を身に着けている事もあって、失礼な態度を取ってはいけない相手と判断したらしい。


"はい、この子も気に入っていますが、特に母親の方がヘンルーダの方に嫁がせた方が、苦労をしないだろうからと"


ただ、付け加えられたその男子の新たな情報に、旅人は眉間に小さくシワを作る事になる。


よく似ている環境と文化でも、特徴的に違う所はヘンルーダの嫁入りの時期が、比較的早いとされているサブノックという国よりもなお、年齢的に更に早すぎる位と感じる所がある。


嫁にしても婿にしても西の方の大国の特権階級と言われる、所謂"貴族"という階級(クラス)が行う、まるで人質の様な扱いの意味と、誤解されがちな文化でもあるが、ヘンルーダの婚姻は正しく家族として迎え入れる。


サブノックとヘンルーダは互いに一夫多妻を認めている文化圏であるのだけれども、旅人の世話になっている国の方は、最初に娶せる婦人に関しては、慎重になる所があった。


一夫多妻の文化の中で、余程の公的な役職にならない限り、殆ど表に出てくることなく、家庭に婦人達は控える事になる。


ただ家庭という言葉は小さく狭い印象を与えるが、その内情は中々忙しく、その上責任は大きい。

大きな一族の夫人ともなると、生活を支える収入や仕事や外交的なものは夫が一手として引き受けてくれてはいるが、その支えとなるのは一夫多妻の夫人達の仕事となる。


その"配下"となる婦人達もそれぞれに家庭を持っている事から、また枝分かれをする様に仕事や役割が派生して、生活の循環過程(サイクル)が出来上がっている。

その婦人達を統率し、纏め役になっているのが第一夫人となっているのが殆どである。


そうともなると夫人として魅力的な部分を求めたいのもあるが、一般的な奥向きの仕事だけという訳にはいかなくなる。


第一に支えるのは、柱となる夫ではあるのだけれど、それに続く家族、加えて一族全員を補佐する力であり、新たに家族を迎えた時に、受け入れる広い度量、更には教養と際限がない様に思える。

家庭内での不和が起こりそうな物なら、事前に察知し"煙"も出ない内に片づけてしまう事も求められる。


ただ、そこまで有能な人材は第一夫人という事に限らずになど、滅多にいない。

それでも、多妻の強みでもある夫人同士で補い合う事で、例え煙が出たとしても直ぐに鎮火をして巧く回している。


大概が、余り表にまでは漏れてはこないが、纏め役となる夫人の苦労話は本当に多いと、そう言った事に興味がない旅人でさえ、王宮の侍女達の噂伝いで聞いていた。

そうなってくると嫁を娶る際に、第一夫人に重きを置いてはいるけれども、それに続く夫人達にも、それなりの協調性を保てるものを求める事になる……という事は、旅人でも考えつく。


そして、侍女たちが話す言葉の中でもう1つ興味深い物があった。


―――もし、娘が産まれ、御縁があったなら隣国のヘンルーダへと嫁がせた方が、幸せになるだろうから、出来る事ならそうしたい。


そんな話である。


―――それでも、あちらの仕来(しきた)りに合わせたなら、嫁がせるタイミングが随分と早すぎる事にならない?。

―――それに寂しいわよ。


旅人の胸に浮かんだ疑問を、侍女の仕事仲間か達から返されていたが、返された方も引いてはいなかった。

寧ろ、その質問をされるのを待っていたかのように言葉を返していた。


―――寂しいけれども、それが良いのよ。だって―――


"女の子は嫁いだ後の方の人生の方が長くなるのだから、長く過ごす場所での仕来(しきた)りに慣れていた方が、過ごしやすい―――生き易いからと"


そして旅人はその時に"侍女"が口にした言葉には、大して気にも留めなかったのに、護衛となる男子が口にする言葉に、小さく眉間にシワを作る事になる。

けれども、直ぐにそれを潜めて笑顔を作る。


"結構年齢が離れているみたいだけれども……まあ、年頃を過ぎたならば、10才以上年が離れてもそ、そんなに意識もしなくなるか。

じゃあ、もう数年したならヘンルーダの方に嫁ぐんだね"


旅人の確認の言葉に、帰り道を急に足止めをされた事で落ち着かなくなっている、一緒に見送りに行った子供達の様子を見ながら答えてくれる。


"そうですね。何かもっと具体的に話し合いとかあるみたいです。

けれど、取りあえず数えで10才ぐらいになったなら、あちらの文化に則って、嫁ぐ事になっていると奥様から話を聞いています。

嫁ぎ先となる、ヘンルーダの方の家ではご婦人が少ないという事もあって、新しい"お義母様"になる方からも既に気にいって貰って可愛がってもらっていると聞いています。

こちらの飾りも、向こう親御さんからの贈り物です"


そう説明をして、相変わらず庇うようにしながらも、護衛をしている女の子から先程被せた帽子をとり、頭につけている飾りを見せると、旅人は眼を細めてそれを見つめる。


"そうかい、当人同士が互いに思いあって、家も了承しているのなら、それは大変な良縁だ。

サブノックとヘンルーダの文化圏内では仕方のないことだけれども、当事者の気持ちよりも親が決める縁談で、そうなることは二重に良いことだ。

そちらのお子さんも利発そうだから、ヘンルーダの方に嫁いでも、新しい家族に可愛がられる事だろう"


旅人がそう感想を口にしたなら少しばかり照れ、男児の衣装を身に着けている女の子を見つめたなら、優しい微笑みを浮かべた。


すると"良いもの"だと褒められた、護衛の男子の方も利発な声を出し、嬉しそうに頷いた。


"ええ、元々はヘンルーダの王様の御友人に当たる方が勧めてくれた御縁談だそうなんです。

この子が幼いですけれど、母親に当たる奥様と決定権をもつ旦那様が嫁ぐ事を了解したのは、そのお陰でもあるんです"


男子のその言葉に、自然とサブノックとヘンルーダという国を天秤に載せたなら相手の国の方が、秀でていく意味で傾いている形が頭に浮かぶ。


そして、去り際に同郷の異国の賢者が口にした事を思い出す。


―――私とヘンルーダの王の関係は臣下である前に友達でもあるという事を強調させて貰おうか。

―――(まつりごと)を挟まないという条件の上でなら、一番気楽に言葉を交わせる相手だと、国が公認で認めくれている様な王と賢者の友人の関係だ。


直接的な政に関わる事は出来なくても、いずれ時間が流れて、"友"にとって有効な"未来"を準備させる事に不貞不貞しい笑みを浮かべる同郷の人を思い浮かべる。


改めて、護衛の少年の影に隠れる様にしている男装をしている女の子の顔を見る。

愛らしいという事もあるけれども、よくよく見て見たなら、その瞳は一般的には魔力を多く有するという緑色の物だった。


ヘンルーダの賢者にサブノックの旅人となっている人達の、故郷とされる集落で、魔力を有するこの瞳は、高確率で次の世代に引き継ぎやすいという情報(データ)は残っている。


"確かに、一般の婚姻はこういった事は「(まつりごと)」では、ないだろうが"

"―――?"


不思議そうに見つめられるという事が判っていながらも、旅人は呟く事を止める事が出来ずにいるまま、再び隣国の賢者になった同郷の賢者を思い出していた。


―――誰にも、文句は言わせられないいや、「言わせない」かな


"それで、「文句は言わせない」という方法を早速やっているという訳なんだろうが"


そして余り性別を表現するのには余り役に立たない胸の内で、純粋な悔しさも蠢いていた。


友だちの為に"役に立ちたい"という気持ちなら、同郷者に負けているつもりはない。

"賢者になりたくない理由"も、その気持ちの前では影を潜めたなら、心はすっかり平穏を取り戻す。


そうしたなら、直ぐに自分が呼び止めた事で、少しばかり困惑している状態にもなっている子ども達にも気は付いた。


"―――帰り道にいきなり話しかけて、足を止めて悪かったね"


髪を纏めて、王宮の近習の帽子を被りなおしながらそう告げたなら、纏め役であるであろう少年は、首を激しく横に振った。


"いえ、王宮に勤める御婦人……?”


少年から一応確認する様な視線を送られたなら、もう隠すつもりなどはなくなった旅人は、無言ではあるが深く強く頷いた。

それを確認したなら、利発そうな少年は精悍な眼差しを旅人に向け、決意する様に大きく口を開く。


"御婦人で、王宮に勤めている方と話す機会などないので、言葉をかけて貰ってありがとうございました。

とても、貴重な体験をさせていただいたと、思っています。

僕は……自分はこの子の護衛の仕事というか、今は子守の仕事が終わったなら、サブノックという国になって、初めて出来た軍という物に入ろうと考えていましたから。

その、自分は身寄りがないので、普通は一族の長の方や年長の方に教わるしかないのだけれども、軍に入れば剣術を学べるという事、なんですよね?"



旅人は予想外に期待の籠められて自分を見つめる精悍な眼差しに、驚きながらも頷く。



"ああ、そういう話は王様から伺った事はある"

"―――凄い!、そう仰るという事は、王様とも直接お話になった事もあるのですか?!。

あ、すみません、興奮してしまって"


真直ぐ過ぎる瞳に、思わず零した情報に更に食いつかれる形になり、日頃不貞不貞しい旅人も少しばかりたじろぎながらも、気持ちを昂らせながらも礼儀正しく振る舞う少年に苦笑いを浮かべながら、更に口を開いた。


"その前に試験といった物があるけれど、それさえ合格できたなら軍に入って、軍人の教育の一環として、剣術を学ぶことが出来るようにすると聞いている。

その後は適正を見て、軍の中で仕事を割り振られるだろう。

その中には、今君がしている護衛が主となる部隊もあると思うよ"


今は子守に専念している少年に、旅人が知っている限りで、口に出しても障りのない情報を提供た後、今度は苦笑いから眉を潜める事を堪えている。


それは、この国の王となる前の友が、以前客人の部屋に就寝の前にと"息抜き"に赴いた時に、軍を作る時に関して口にしていた言葉を思い出したからだった。



―――国として世界に名乗りを上げるのは、自衛する為には、軍隊という部隊が必要で、何もない所から人を集め作るのはやはり時間がかかる。

―――とりあえず、最初は試験をするにしても、迎え入れた妻達の一族から紹介を優先的にし、サブノックの軍と形を整え入れる事になりそうだ。


それを、大変つまらなそうに口にしていたからよく覚えている。


【不公平が厭だ】


出逢った当初から口にしていた友人は、自分が王となってサブノックと名付けられた土地を治めるにあたって、出来る範囲では己の理念を徹底したいという想いは側で聞いていて分かった。

だが、1つの国の軍という大き過ぎる組織は、優秀な王の手腕を以てしても、徹頭徹尾管理運営を行うのは流石に無理という現実も弁えている。


内側だけではなく、外に対してもこれからは王として応対しなければならない。

だから信頼できる、一族の娘を妻として迎える程の臣下となってくれている人々に、それぞれ管理を委ねる事になる。

ここで"心配"という気持ちを表に出したなら、信用していなという事になり、それは王と臣下なるそれぞれの立場にとって不本意な事。


―――あちらは信用も信頼もしているから、自分の血縁を国の軍の兵士に進めてくれているというのに、それでも不安になるという私は、臣下にとって本当に失礼な事を考えているという事になるのだろうな。


不安になる己が不甲斐ない、そう言った様子でこの国の王となる人は、客人で友人である旅人が世話になっている来賓の部屋で、絨毯の上に座り込みに胸の内を打ち明けていた。


その時は、就寝前という事もあって帽子を脱いでいる頭の髪に指を突っ込みボリボリとかきながら、話しを聞き終えた旅人は思いつくままを口にする。


―――逆に、血縁同士だからこそ不安に思う事は無いんじゃないのかな、武人を基礎とする矜持があるなら、下手なことはしない。

―――貴方が心配するような不公平は、おきないさ。


"不公平は無い"と旅人が口にしたなら、俯き加減の顔が上がったので、更に畳み掛けるように言葉を繋いでいた。


―――それに不公平起こさない為にも6人の奥方のそれぞれ一族の推挙がかかったり、自信を持って推薦されての人材が軍人となる。


―――互いに良い意味で、牽制し合う存在が側にいるのなら、大丈夫だろう。

―――で、今日は何番目か判らないが御夫人が待っているんだろう?、さっさと寝所に戻ると言い。


"客人"として、国として成り立つ前の段階として造られていたという資料や地図を眺めながら、不公平を気にする必要が無いように、口にして国王になる青年を追い出していた。



("あの頃"は、そこまで深く考えずに、気が楽になる様にあんなことを口にしてしまったが―――)


サブノックの国王と起点として、6人の夫人からそれぞれ子どもを授かって、それがこの国"王家"の基盤にするという考えがあるのだと旅人は聞いていた。


(でも、それを更に人脈を続けるには国の中から、王家ではない、"外"からの優秀な人材を娶ったり嫁がせたり、取り入れる事で繋ぎ、続いていく事でもある)


そこまで考えた時に、旅人を見つめる少年が子守り―――護衛している幼い少女を見る。

自分のが向ける視線に、怯え、護衛となる少年の脚にしがみつく様な形になっているのに、申しわけなさそうにな笑みを作っていた。


(男性主体の文化圏であるから、跡継ぎが"産まれる"事を当たり前とする形でしか、話を進められないか)


【先ずは産まれればいい】


旅人の頭に浮かぶ言葉を、”先”に隣の国で賢者になった同郷の人が不貞不貞しい笑みを浮かべて、昔から知っている指の長い掌で握り潰し、拳にする。



そしてその言葉を握りつぶした拳を、広げたなら”賢者”が考えそうな事が、新しい考えと言葉になって作り変えられる。


【"造る"ところから、考える】


(それが、貴方が”自分の王様”に賢者として差し出した智恵の1つか)


そして隣国の賢者に最初に着目された少女を、申し訳なさそうに浮かべた笑みを、意識して優しい笑顔作り、再び見つめる。


”長らく、引き留めてしまってごめんね。それと、君は本当にこの子が嫁いだなら、サブノックの軍に入りたいと思っているのかい?”


そう言って手を伸ばして、隠れる様にしている自分と同じ様に男装をしている女の子の頭を撫でながら尋ねる。



”あ、はい。その軍の試験に受かったならですけれども”

”そうかい……、君は頭は良さそうだから、試験の学科は難なく合格できるだろう。ところで君は"片付け"とか得意かな?”


これまでの話しの流れとは全く違う事を言われて、少しばかり戸惑ったけれども少年は頷いた。


"それは良かった、私は片付けが苦手なんでね。それじゃあ最後にもう1つ質問だ、君は上司が"女"というのは嫌な方かな?"


"いえ、別に。それに、今も上司は、こちらのお屋敷で奥様の世話になっているようなものですから"


少年は即答し応えながらも、この男装をしている恐らくは宮殿で高官の仕事についていると思われている人物が考えていそうな事が、自分の頭に浮かぶが俄かには信じられなくて、激しく瞬きをする。


"……ところで、さっきも言っていたけれども、君は身寄りがないのかな?"


"はい、今はこちらのお屋敷で雇ってもらっているのですけれど、その前には日雇いとかの仕事を貰って過ごしてました"


その返答を聞いたなら、実に羨ましそうに旅人は頷いた。


"それは、「身軽」でいいことだ"

"身軽で、良いことですか……"


少年の方は、これまで身寄りがないことを哀れまれたり、訝しげに見られた事はあっても羨ましがられる事はなかったので、激しく瞬きを繰り返す事になった。


"そうだ、名前を聞いておこうか。何かの縁だ、君が軍に入ったなら君を優先的に私の部下にしたい"

"あ、はい、アルスって言います"


そこまで注視していなかったかが、見て見たなら、青と言うよりは空色の眼をした少年は、利発に自分の名前をそう名乗った。

その名前を聞いて旅人の方は、それについて知っている限りの情報を掘り返してみる。


"アルスか、確か自然の配置、技術、資格、才能とかの意味があるし、男子では西の方にある国じゃあ、"A"で始まる名前は少なくはないかねえ"


少年の方は自分の名前にそんな意味があるとは知らなかったらしく、その説明に感心して拝聴していた。


"そうなんですか?。自分は、気がついたら……というか、物心つく頃には世話をしてくれていた、教会の方からそう呼ばれていたので……。

そういった話があるのなら、多分そちらの方から適当につけられたんですね。

あ、そうだ、確かに世話になっていたのは、サブノックで主流の物ではない宗教の教会でした"


名乗った少年が今更ながらに気が付いたといった調子で、そう口にした上に、信仰心の低さが、露呈する様なあっさりとした言い様に、旅人は何度目かの苦笑いを浮かべる。


けれども、旅人の故郷の集落の人々も、宗教の背景にある歴史はとことん掘り下げるが、そこに信仰心という物は無いの等しく、子守の少年と同じ位信仰心の低さを披露する。


"ああ、昔から世界的に地味に続いて広がっている大地の女神信仰の方だね。

確かに広がり始めている当初から、孤児やらを身寄りのない子どもを保護する活動を行っている活動は有名な所だね。

でも、こちら―――サブノックを含む元々ヘンルーダとも縁づいているのは、アプロディタという女神の信仰の方が盛んだと思っていたんだけれどね。

因みに、アプロディタという女神は、美しい女神で、芸術や豊穣の植物神、植物を司る精霊の元締めみたいな役割もあるのだけれど、戦の女神としての側面もある。

多分歴史が進むうちに芸術方面がヘンルーダ、戦の方面がサブノックと別れたんだろうね"


"そうなんですね。でも、そんな話を聞いたなら確かにサブノックとヘンルーダの地域の神様はそのアプロ……"


旅人の説明を興味深く聞きながらも、少々聴き慣れない女神の名前を少年は正確に口にする事が出来ない。


"アプロディタだね。国や地域によっては、さっき言ったのと同じ役割を熟すけれども、呼称を変えるところもあるみたいだけれどもね。

確か、最初の名前はそれだったと思うよ―――って、これは一雨きそうだね"



そんな事を言いながら、旅人が鼻をスンと鳴らしたなら、まだ刺激に敏感な子ども達も次々に鼻を鳴らして、「雨の匂いがする!」と口にする。



それまでは、何とか落ち着いていた子ども達も俄かに慌てだして、勿論引率の責任者になる少年と、これ以上は幾ら興味深くても、話し続けるわけにははいかないと旅人も決断する。



"本当に済まないね、私が引き留めたばかりに"


"いいえ、それじゃあ何にしても、この子達―――特にお嬢さんは、風邪を引かせるわけにはいかないんで、失礼します。じゃあ、みんな夕立が来る前に帰ろう!。

今から急いで帰れば、ぎりぎり雨に濡れない思うから,あ、でも慌てててこけない様に、皆で手を繋いで"


その言葉に、子ども達は素直に返事を返す中で、少年は器用に自分が一番に世話をしなければいけない男の子の恰好をしている女の子の小さな頭に帽子を被せ、手を確りと繋いでいた。


女の子は小さい可愛らしい声で「アルスくん、ありがとう」と口にすると、世話係でしかない筈の少年の表情は、"兄"と例えても差し支えのない物になっていた。


"じゃあ、早く帰りなさい、風の力も弱いから多分まだ時間は大丈夫だろう"


服の袖や袂、今は帽子を脱いでいる為に髪を揺らす風の強さと冷たさからまだ雨―――夕立と呼ばれる物が降り出すには、まだ時間があるのが感じられた。


"お子さんに風邪を引かせて、仕事を(くび)になったよりは、無事に嫁がせてからの退職してからの軍に入隊試験の方が印象が良いだろうから。

それと、その雇い主に頼めるなら、推薦状の一筆でも書いてもらうといい"

"そうですね、推薦状は兎も角、「この子達」が風邪を引いてはいけませんから"


旅人が1人を指していったのに対して、少年は世話任されているだろう全ての子ども達を対してそう口にしていた。

その博愛ぶりと、自分には無い部分に"アルス"という少年を旅人は益々気に入った。


"それじゃあ、失礼します。―――皆、走るけれど、気を付けていこうね。

雨がもしも降ってきたら、雨宿りをして帰るからね"


聞き取りやすく区切って指示を出し、空色の眼を強く一度礼をするように伏せてから、殿(しんがり)を取る様に、一番後ろについて走り始める。


"もし、私が"賢者"になれたのなら、あの少年を護衛の騎士に出来たらいいな"


茶店の店主に、代金を払おうとしたなら、店に来たと同時に同郷のヘンルーダの賢者が代金と共に、支払っていると告げられる。


ついでに伝言のメモも渡されていているという事、暫くしたら夕立が降って来るだろうから、それが過ぎるまで旅人を雨宿りをさせて欲しいという事が記されていたという。


その実際に書いたとされるメモも、渡された。

覚えのある癖字で、店主に告げられた通りの内容が認められていると、引き続き声をかけられる。


"伝言通り通り雨が、夕立がきそうです。どうぞ、雨が止むまで休んで行ってください。料金は多く貰っていますから"

"そうだね、雨が降って、止んでからの方がいいかな"


そう言って、帽子を手に取り被り治して雨が降り出して、通りすぎるのを待とうかとも考えた。


"そうですよ、折角の仕事着のも濡れてしまいますよ"

"仕事、着か"


そう言いながら、この国の王宮で働く近習の装束を少しだけデザインが変更された物をその手で撫でる。

仕事という言葉が、旅人の心の琴線も弾いた上で、逆鱗とも言わないまでも、”彼女”にとって辛いと表現するしかない部分を逆撫でするという事を同時に熟していた。 

今身に着けている装束は、サブノックの来賓室に案内されて直ぐに、友人となる王自身持ってきてくれた。


―――頼まれていた物を持ってきた、貴方が言っていたように少し色を抑えた位のも丁度あったから良かったよ。


笑顔で最初にこの服を渡された時には、意味が判らなかったけれど、自分が冗談半分に口にした言葉を思い出し、その時口を丸くしてしまった。


―――客人としての受け入れが大丈夫なら、この国の装束を纏ってみたいのだが。

―――ああ、丁度あんな感じこの国特有の極彩色を、もうちょっと地味にした感じなのが着てみたい。


その事を覚えていて、直ぐにその服を用意をしたらしい。

それこそ侍女か近習が持ってくると思っていたのに、友人自ら運んで来てくれたのが、今身に着けている、近習が身に着けているのとは少しばかりデザインが変わっている物だった。



”そうだ、仕事があるのを思い出したから、やっぱり帰る事にするよ。

服も、濡れても構わない―――ああ、でもお面が濡れるのは勿体ないから、いつか取りに来るから預かっていて欲しい”



材質が紙で出来ているのが判るウサギの面を茶店の机の上に、数枚の出来たばかりのサブノックの通貨と共に置く。


御名前は?、と尋ねられたなら少しだけ首を傾けて、髪を後頭部をボリボリと掻いた。


"多分、次に来れる時は職業が、サブノックの賢者になっているだろうから、賢者で覚えておいてください"


それだけ言って、茶店の店主が旅人の口にした内容の意味も判らず呆けているのも構わずに、サブノックの王宮に向かって駆けだしていた。


すると間もなく土の匂いと冷たい風が顔を撫でるようにして、通り過ぎたと思ったと思った瞬間に、少し痛みを感じる程大きい雨粒が頬を叩く。



(あんな風に言ってしまったけれども、でもなあ……)



根拠も確証もないのに、"賢者になる"と不思議に自分の心が確信している。


【賢者はなりたくてなれるものではない】


その理屈は知っているし、その言葉が考えようによっては、


【賢者はなりたくない者でも、なってしまう】


と解釈も取れる"屁理屈"の意味を含んでいるのも、今となったなら判る。


その屁理屈を受け入れて故郷を離れてしまう人々の姿を、集落で幾人か見てきた。


そうして、賢者になってしまう、ならされてしまう者達が一度は手にしているのが、今サブノックの旅人も、故郷になる集落から旅立つ前に、食料さえいれなかった鞄に押し込まれている絵本だった。


でも、その誰もが「仕方がない」と苦笑いを浮かべながら、記憶違いでなければ嬉しそうな表情を浮かべ、あの絵本のある(ページ)を眺めて、行っていた研究を続ける為に持って行く者もいれば、もうしないとして置いて行く場合もあった。


集落を出て行くにあたって、絵本もまた研究と同じ様に、置いて行く者もいれば持って行ってしまう者もいて、その絵本のその後をどうにかしてしまうのは、賢者になってしまう"旅人"の自由になっていた。


その絵本の内容自体は、あの子供のお守りをしていた、身寄りのないアルスという名前の少年が世話になっていたという、昔から世界的に地味に続いて広がっている大地の女神信仰の宗教の絵本。


ただその絵本と表現されてはいるが、描かれているのは"絵"は子ども向けのと表現するには、語弊があり、その宗教の象徴となる"女神と天使と旅人"が様々な構図や風景の元で、描かれている。


そして、賢者になってしまう者にしか見えない、"普段は見えなくなっている"とされている、古い日に焼けた紙の、真っ(さら)な見開きの一頁(ページ)がある。


好奇心旺盛な研究者たちが集まる故郷の集落で、見えない絵本の頁の研究は勿論行われていたけれども、見えない以上はその"先"に進める事が出来なかった。


見えてしまった者は故郷である集落を旅立ち、そのきっかけを与えてくれた国でその生涯を賢者として終えてしまって、絵本については決して深く語りはしない。


ただ【賢者はなりたくてなれるものではない】という言葉に関しては、賢者になった誰もが否定しておらず、事実として残っている。

それと伴って、旅人から"賢者"になった者が留まる国は、国として"長生き"する現象も暦の中で故郷の研究者ばかりが集まる集落では記録されていた。


それは偏に、賢者になるのに必要とされる道具とされる絵本に記されているのと同一の存在とされる大地の女神と、"女神に愛された大地の国"についての伝承を、定住する事になった国の王に伝えられるかどうかにある―――。


(まつりごと)には関わらないと公言しながらも、賢者になった旅人達が揃って書き残した唯一の情報だった。


―――予想以上に冷たい夕立の中で、自身が賢者になったなら、王の友人としてしなければならないことそう言った事を頭の中で巡らせながら、胸の方は締め付けられるような想いを旅人は携えていた。


(もし、戻って"絵本"が見えてしまう理由が、私の考えている理屈が少しでも当たってしまっていたなら)


堂々巡りの考えと胸の締め付けるような想いをしたまま、ずぶ濡れの状態で王宮に辿り着く。


それで少しでも残っている、冷静な部分自分が迷惑が掛からぬ様に、近習の物と似せて仕立てた服が染み込んだ水分を払い、絞り落とす。

それから旅人にとっては幸いにも、夕刻からの建国の祝いの催事の支度の為に、使用人を始めとする従者も侍女も誰にも出逢わずに、自分の居住区となる来賓室の方に辿り着けた。


室内の精霊の能力を使った照明が、旅人の魔力に反応してほんのりと点る。

ただ、その灯りが胸の内の翳りになっていた部分を照らし出す様に、先程まで言葉を交わしていた賢者の言葉が旅人の胸に浮かび上がり、締め付けを更に強くする。


―――お前にとっての、王様との最上の気楽な関係が続けられるのが"旅人"か。


鞄から抜き取って部屋の隅に置いてある絵本に手を伸ばし、開いたページには今まで見えなかった、絵がその眼に映る。


天使と旅人の2人しか描かれていない絵だった。


(この絵が、賢者になるきっかけのなるというのか?。精々、今まで描かれている絵と違う所は……"女神がいない"所位しかないじゃないか)


見えるようになった絵と、これまで散々見てきた絵を見比べて、更に違う所を探してみるけれども、やはり違いは"女神がいない事"しかない。


サブノックやヘンルーダの地域一帯となる宗教は元より、西の方にあるという"大地の女神"という女神の抱えている背景に関しても、信仰心の低さ故にそこまで興味が持てず、精々歴史の背景ぐらいしか知らない。

ただ、その背景は『物語』のような仕立てでもあったので、結構興味深く読み込んだのを覚えている。


”―――大地の女神の方は元々は、「双子の天使」の兄の方が確か何かしらをやってしまった後で、それを引き継いで世界を守ったんだったか”


興味がある事なら、どこまでも発揮させる記憶力でかつて読んだ物語を、"女神が不在の絵"を見ながら掘り起こす。




*

ずうっと昔のお話です。

この世界を、父となる神様から与えられた1人の女神さまがいました。


女神さまには、父となる神様から世界を良くするためにお手伝いとして、男の子の天使が側にいました。

男の子の天使は双子で、弟の方でした。


お兄さんの天使の方は、とても強くて輝いていて、弟の天使にも、どんな生き物にも優しくて、弟の天使は本当にお兄さんが大好きでした。


けれど、弟の天使が世話をする女神さまと、世界が揺らいでしまうような、それは"大きなケンカ"をしてしまいました。

父となる神様は、お兄さんの天使だけを怒って、とてもとても冷たい大地の下にある氷の世界に閉じ込めてしまいました。


弟の天使は、沢山泣きました。

お兄さんと同じ空色の瞳から、ポロポロと沢山の涙を流しました。

弟の天使を心配して、優しい天使や、逞しい天使が慰めましたが、涙を止める事が出来ませんでした。

それほどお兄さんの事が、本当にとても大好きだったからです。

ただ、泣きながらも女神さまのお世話や、お手伝いはキチンとしました。

弟の天使は、《自分がしっかりしていれば、父なる神様が、ケンカをしてしまったお兄さんを許してくれて、いつか会わせてもらえる》と信じていたからです。


長い時間が過ぎました。

女神さまはいつの頃からか、世界に住む人達から『大地の女神』と呼ばれるようになっていました。


ただ、女神さまと、弟の天使の男の子はどれだけ長い時間一緒にいても、仲良しになれていませんでした。

その為かどうなのか、人間同士の(いさかい)いや争いが絶えなくて、寧ろ増えていたりしていました。


世界を形造る手伝いをしてくれる精霊達が、騒いだりして、世界は落ち着きませんでした。

そんな落ち着かない時間ばかりの世界に、1人の人間の"旅人"が、女神さまと天使の前に現れました。


天使は、とても驚きました。


その旅人は髪の色は鳶色ですが、瞳はお兄さんとそっくりな空の色に、お兄さんとそっくりな自信に溢れた「アッハッハッハッ」という笑い声を上げる人だったからです。


女神は、凄く嬉しくなりました。

旅人は明るくて優しくて、少しも押し付けがましくなく、女神に話しかけてくれました。

固く、頑なになっていた女神の気持ちを、ゆっくりと解していってくれました。

旅人は時にウサギのように跳ね回り、共に女神と大地に足をつけて歩いてくれました。


女神は旅人が共に歩いてくれている時、風に靡く旅人の鳶色の髪がフワフワした姿が、一番大好きになりました。

女神も天使も、旅人がいるときは互いに正直になる事が出来ました。

旅人を介して、女神と天使が仲良くなるにつれて、世界は平和に穏やかになっていきました。

けれども、旅人は"人"なのでやがて命はつきます。


旅人は"西の最果て"という場所に向かうと言い残し、旅立ち、辿り着いたかどうか、天使と女神にはわかりません。


けれど、旅人が命の灯を燃やし終え、穏やかに眠りについたのだけは、精霊達の囁きでしりました。

女神は旅人が"眠って"から気がつきました。

旅人を愛している事に。天使は旅人に教わりました。

兄に会いたいのなら、役目を果たし、待っているだけではダメなのだと。


―――そして、世界の人々は、旅人に感謝しました。


争いが起こる度、旅人が魔法や知恵でもって、世の中を平和になるように尽力を尽くしてくれたから。

そして、この世界から女神は姿を消します。


"――旅人に出逢う為"、と、初めて出逢った場所へ向かうと言った言葉を残して。

天使も姿を消しました。


"――兄に会うために、天使の名前を、一つ捧げて、探す糧とします"と、こちらも不思議な言葉を残して世界から姿を消しました。

そして残った人々は、旅人に『英雄』という称号を捧げました。


そうしてそれから、世を安寧に導かんと活躍する「人」を、人々は英雄と呼び続けるようになりました。


*







"サブノックの旅人"として思い出せる限り、まつろう話を思い出したなら、それに付随する様に"大地の女神に愛された西の大国の情報まで掘り返していた。



”確かセリサンセウム王国とかいう、変わった響きをもった名前の国だったねえ。

にしても、これまでよその国の事なんて殆ど興味なんて持たなかったけれども、自分が旅人何てやっていると、どうしても気になってしまう"


考えなければいけない事とずれてしまうとは判ってはいるのだが、どうしても"旅人"が"英雄"という存在に変換されてしまっている話に、引っ掛かりを感じ取ってしまう。


"「旅人」を「英雄」って捉える位の事象を、旅人が行ったとして、肥沃な事では有名な、女神に溺愛されている国の暦には、刻まれているっていう事だね。

それにしても、それならどうして「賢者になる為になるのきっかけになる絵本」の、この頁は「旅人の不在」ではなくて「女神の不在」に繋がる?。

話しの流れ的にも、居なくなったのは「旅人」で、女神は旅人を捜して旅に出た。


まあ、旅に出たという事で、この世界から"不在"になったという表現をしたなら、間違ってもいないのだろうだけれども。

双子の天使の弟の方は、多分何らかの謎かけとは思うんだが"兄を捜す為に天使の名前を、一つ捧げて探す糧とする"っていうのも、何だか意味が判らないからねえ。

何にしても伝承されている話の流れは、「この世界から消えたのは旅人」。

それなのにここに描かれているのは―――"


そこまで小さく呟いたなら、旅人にしては珍しく、気にはなるけれども思考が逸れるの引き留め、自分の見間違いではないかと、今一度丹念に見えるようなってしまった頁を含めて、絵本を何回も通し見る。

意識して自身の魔力を高め、それに反応する室内の精霊石の使った照明が明るく室内を燈す光を借りて、隅々まで確認した。


やはり例の頁以外、大地の女神信仰に代表とされる、"3人"を描かれている。

ただ、信仰している場所が大国―――広範囲ということだけあって、その表現の趣向や技巧は様々だった。


地域性や民の特性によっては、その土地で敬う存在、旅人、天使、女神をそれぞれを拡大(クローズアップ)して画いていたり、脇役のように残りの2人を添えるような宗教画すらあった。

けれどもやはり"2人きり"―――些か"雑"という扱いになりながらも、確りとその3人は描かれているのに、天使と旅人だけを描いているのは、見えるようになってしまったその1頁だけだった。



"騙し絵"といった、手法や錯覚もサブノックの旅人は勘ぐったけれども、見えるようになってしまった絵の中に、"女神"は存在していたなかった。


"取りあえずこいつを、よくよく観察をするしかない様だね"


そうしてやっと、見えてしまう様になった一頁を見つめる。


"……何の因果か、というべきなのかな"


最初見えるようになった時、多分無意識に先ずは他の頁を確認を始めたのは、そこに描かれている旅人の様子が、自分がこの国に訪れた時と酷似しているからだと気が付いた。

紅黒い長いフードのついたコートを頭から被り、俯せに倒れている"旅人”の姿。


(ああ、でも、こちらの旅人さんは随分と、身体中傷ついているみたいだね)


フードから少しばかり、赤茶けた――"鳶色"の髪が出て俯せに倒れている慢心の旅人に、金色の髪に美しい空色の瞳の天使が跪いて手を伸ばしている。


(ん?この天使、誰かに似ている?)


つい最近どこかで、見た覚えがある様な気がした。

勿論、背中に羽根の生えた知り合いなどいないし、描かれている天使は少年であるから、その世代の人物と知り合う機会もない。


だが、見たという記憶の訴えが強くて、女神に着目しなければならないのに、手を差し伸べる少年の絵の方をじっくりと見てしまう。


(しかも天使を描くにしても、随分と羽根の枚数も多いみたいだし、12枚か……。それにしても、やはり"女神"は、いないのか?)


行き倒れている、鳶色の髪をした旅人の手を伸ばす天使の少年を確認しながら、もう一度丹念に絵本を眺める。

そして、じっくりと見た事で気が付いた事はその天使の少年が、王宮に戻ってくる前に茶店で出逢った、アルスという少年と同じような面差しで、丁度絵本の中で塗られている眼の色がよく似ていからだった。


"でも、絵に描かれいる少年と眼の色だけで、似ているって騒がれたのならいい迷惑だろうねえ。

あのお嬢さんが、"嫁いだ後"に―――"


そこまで口にした時、更にはっきりと絵本の内容が浮かび上がり、"きっかけ"にサブノックの旅人は勘付いた。


"嫌な予感ばかり的中するという例え話は、本当に当たるものだね。

それに、私も大概鈍いもんだ。

人の縁談―――あんな小さな女の子ですら、そういった将来と向き合っているのを目の当たりにして、口にだして漸く己に絡めて考えて気がつく事が出来るなんてねえ"


―――お前にとっての、王様との最上の気楽な関係が続けられるのが"旅人"か。


この絵が見えしまう直前に、胸を締め付けるようにも頭に響いた同郷の、先に賢者になってしまった人の言葉が、"旅人"という役割を終えようとしている女性(ひと)頭に響く。


(先輩の賢者殿は、サブノックに辿り着いてからの私の話を聞いている内に、直ぐに気がついた事だろう)


思い返してみたなら、先に相手側のヘンルーダ話を聞いたなら、この国の"王様"になるという青年に、行き倒れを拾われ助けられた話をした。

そこから2人だけの秘密の様に、旅人は性別を隠して国が産まれるのを見届けるという話に加えて、この国の王になった友人の事を多く語った気がする。


"……やれやれ、どんな気持ちで聞いていたんだろうな"


そう呟いたなら、年甲斐いもなしにという程の年齢をとってはいないのだけれども、無自覚に行っていたその話に気恥ずかしさを感じ、赤面している自分に気がつく。

それから、自然と脱力をして部屋の中を灯す力となっていた魔力も抜けたなら、部屋は夕刻の時に合わせて薄暗くなり、絵本を閉じて、元の場所に置く。



"きっと、私と同じ様な立場で【賢者になってしまった】者は、絵本の内容が見えてしまった原因を気がつきたくもなかっただろうな。気楽な、友達の関係が一番だ"


―――本当なら、もっと時間をかけて色んな事があった上で気が付いて、育んでいくものだったのだろうが、どうやら今回はそうも出来ない。


あの時ヘンルーダの賢者となった同郷の人が口にした言葉には、何処となく哀しみと"残念"という感情が含まれている様に感じられた意味が、今になって少しだけその身に響く。


"「恋」というのは、育むという感情なのか。どちらかと言えば、育むというのなら愛の方が合っていると感じる。

それにてっきり、「堕ちる」物とばかり考えていたんだが"


そこまで口にして、夕立を吸い込んだ服の冷たさと重さに気がついた。


"(くしゃみ)"をしてしまう前に、いい加減着替えておこうかな"


そう口にして、来賓の部屋の扉のない"入り口"に背を向けながら、男性の近習が身に付けるとされている服を脱ごうと手をかけたなら、この場所に来たばかりの頃が頭を過った。


―――この来賓の部屋も、ある意味では"男性"用であるから、この部屋を使うことで疑われる要素は少しは減るのではないかな。


―――それに、ここなら私も王宮での仕事の短い休憩時間に、貴方の元に息抜きに訪れ易い。


近習の服によく似た仕立ての服を直々に運んできてくれた、やがて王様になるという友人が、どうしだか自慢気にそんな事を言いながら、王宮での旅人の住処(すみか)をそう口にしていた。


(思えば、私はあの時した返事と言えば―――)


―――成る程、武人を元とする国の部屋の特徴として、奇襲や万が一の場合の逃走経路の確保の為に、入り口はあったとしても、扉や戸つけないという文化を来賓の部屋に活かしたというわけだ!。


建国されて国となったなら、ゆっくり研究ができないとばかりに思っていた事が研究出来る事に浮かれ上がって、既に公務に合わせて日常を生活していた、友に就寝時間も近いというのに質問を重ねる。

けれども、彼も旅人からの質問を"楽しんでいた"。


出逢った当初は極力落ち着いて行動をとろうとするも、国が産まれる瞬間に立ち会い自分の方が研究に繋がる喜びから、旅人の方がどちらかと言えば落ち着きがなかったとも思った。


けれども、連日の研究の外出で資料もまとめなけばいけないし、少しばかり疲れを感じ、来賓の部屋の極彩色の絨毯の上に腰を据えて書き物をしていたなら友人は、扉のない入り口を、よく通っていた。


そして、部屋に旅人がいるのを見つけたならその足を止めて、柔らかい笑顔を向ける。

建国の日が定まり、旅人の研究の方も纏まりかける頃には、その足音と気配にすっかりなれてしまって、背を向けていても"王様"になる友人が赴いた事が判るようになった。

だから、夕刻になってこれから建国の催事の夜の晩餐もあるだろうに、旅人の部屋に赴いた友人の事も直ぐに判る。



”賢者という存在になる前は、「旅人」と名乗るといった話は、聞いた事はあるのだろうか、旅人殿?"


これまでにない、平坦な声の調子でそう訊ねられた。



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