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断章1

挿絵(By みてみん)


「ヒャハー、新人兵士侮り難しですねー。

こちらが先に少しばかり試そうとした矢先に、私の名前が出されるとは思いませんでした」


貸し切った店の店内で青い髪の垂れ眼の商人―――スパンコーンは鍔の広い帽子を取り、丁寧に折りたたみ、袂に大切にしまいながら、大きく息を吐く。

そのまま商談をする為、配置(セッティング)されている椅子の一脚を引いて座る。

本来なら、大きな音でもしそうな物だが、下に敷かれている絨毯に吸い込まれて"トン"と軽音しか出なかった。


「椅子も悪くもないですが、今一つ馴染めません」


出来る事なら、自分の国が誇る工芸品で、今は床に敷いている厚い絨毯に直に座してしまいたいが、それもこの国では出来ない。


(……そこまで良い想い出がある(ふるさと)でもないというのに)


再び大きく息を吐き出しながら、手入れを行ってはいるがもうすぐ履き潰してしまいそうな、靴の下にある絨毯を再び見つめる。

丁度似た様な柄の絨毯の上に直に座り、サブノックまで買い出しに赴いていたセリサンセウム王国では最高峰となる、仕立屋と交わした会話を、不意に思い出す。



普段は緊張するからと、異国の面を着けてはいるけれども、"仕事"になれば平気なのだと商談になったらあっさりと面を取る。

その下にある顔は、一目で東の国特有の肌理の細かい皮膚に、国を超えて"たおやか"という印象を与える面差しで、決して悪い物ではなかった。


寧ろ隠している方が損だとも考えたけれども、自分が完璧な"商人"になる際に被る鍔の帽子を被るのと同じ様にも思えて、少しばかり親近感を覚える。

更に頬を赤く染め、照れながらも床に直に座するという繋がりがある事で伝わる、思い出話などを商談の休憩の合間にしてくれていた。



『私の故郷の東の国も、椅子などなくて藺草で編まれた床の上に、直に腰を下ろす文化があるんです。

"ザブトン"という、四角形の綿を詰めたクッションみたいな物を敷く事もあるのですか、少し硬い位が私は落ち付いて。

あと、ほんの少しだらしないと思われてしまうかもしれませんが……。

こっそりと誰もいない時、ザブトンがあるとどうしても春の心地良い陽気の時などは、折り曲げてそのまま枕にして、身体を横にしてしまう時があります。

幼い時にほんの数える程度ですが、膝を枕にして貰った事を思い出しながら微睡ろんでしまいます』


恥らいながらも話してくれる、その思い出話にスパンコーンも垂れた眼を笑顔の為に細めながら頷いていた。



『ヒャッハー、私も似た様な思い出はありますよ。

直ぐに横になれると場所には、どうしても睡魔の誘惑も、盛れなく付いて来てしまいますからねえ』


そんな当たり障りの事を返事をしながらも、掘り起こされるのは仕立屋が、恥らいながらも大切そう紅を塗った唇からだした"膝枕"という言葉に、商人となる前の思い出だった。



―――私がこうしてあげるのは、スパンコーンだけだからね。



自分の産まれた国と、自分の価値観に"ズレ"を感じて戸惑いばかりが溢れて、息は何とか出来るけれど泳げない流れの中で、もがく様に日々を過ごしていた時分。

突然現れた、その手を引いて引き上げてくれた褐色の肌をした活発な女の子は、垂れ眼で気弱でもあった少年の心を、無理なく表現できるように手を引いて、導いてくれた。


そして生まれて初めて、勇気を持って告白をして"恋人"となってから、2人きりなった時に、(サブノック)が誇る工芸品の絨毯の上で、その身を横にして青い髪の頭をその膝に委ねる。



―――兄さんは、私のことちっとも女らしくないなんて言うけれど、"恋人"にこんな風に出来たなら、充分よね。



そんな事を誇らしげに言いながら、こっそり教えてくれた好きな歌をスパンコーンの為だけに歌ってくれた。



ここ暫く大切に仕舞い込み過ぎて、思い出すのも困難になっていたのに、仕立屋が口に出した言葉で実に瑞々しく思い出す事が出来る。



『―――ヒャッハー、かつては大きく仲違いをしていた異国サブノックにわざわざ買い付けにきてくれた 、セリサンセウム王国の最高峰の仕立屋さんには、普段より"勉強"させて頂きましょう』


そんな事を言って、いつもよりも多めに値引いて、仕立屋の求める品物との商談を終えていた。




「……でも、油断していましたねえ。あの仕立屋さんは、思えばこの国の賢者殿と、親友でした」


「……軍隊嫌いの、このだだっ広い国の賢者殿が唯一護衛として認めたイキガワラビ(少年)。

魔法が不得手だが、剣術の腕前は一般幹部候補学校を合わせて2番目。

それに見あったジンブナー(賢さ)を持っているとカンゲユー(考える)べきだ」


自嘲の為に垂れた眼を細めているスパンコーンの背後に先程、先に武器屋に入った褐色の肌に緑色の瞳をした人物が立ち、やや批判的な言葉を口にした。

垂れた眼を自分の背後の方に向けて、視界の隅に出逢った当初は内心戸惑い、最近ようやく慣れても来た褐色の肌をいれつつ、その批判を素直に受け入れる。


「確かに迂闊でした……」


わざとらしく感じる程大袈裟に、"反省"の感情を込めてそう口にしたなら、商人の背後にいた人物は、商談を交わす為に使う為に置かれている机を間に挟んで、正面に回っていた。

まだ綺麗な緑色の瞳から、厳しい視線を注がれているのを感じ取れるので、商人は眉を"ハ"の形にし、日頃から細くみられる垂れ眼を更に狭めて、申しわけなさそうな表情を作る。


「……」


商人が作った表情に、少しばかり相手の批判の気持ちは落ち付いたのか、非難の言葉と視線を向けるのは止めてくれたのも感じとる。


(溜飲を下げてはくださいましたが、客人を不快にさせてしまうとは、私もまだまだ未熟ですねえ、"ジニア")


相手の気持ちを宥めた事に軽く安堵しながらも、気が付く度に語り掛ける、今という時間の流れ中でも最愛の人の名前を胸に浮かべ、先程の起こった事から現状を省みる。


申し訳なさそうな表情は崩さないまま、"相手(セリサンセウム)側"に伝わっているだろう此方(サブノック)側の情報について、商人は考察していた。


(どうやら"仕立屋さん"は、サブノックから戻ったその足で、直ぐに親友の賢者殿に"報告"に上がった。

しかも私の事を護衛騎士アルス・トラッド君の耳にまで、記憶に残る形で既に話してくださっているとは予想外に、"嬉しい"事です。

まあ、そうでもしないと、あの嫉妬深い賢者殿が"2人きり"になった時、大人気なく拗ねてしまうでしょうからね)


表向きに、親友だとなっている賢者が随分と嫉妬深く、仕立屋に"御執心"という情報は既に商人は"買って"いる。


(取りあえず、今はセリサンセウムという国と、南国に折角出来た(わだち)が、正確な情報で埋められて戻ってしまう前に、その深さと幅を広げておきましょう。そうしておいた方が、きっと後々、"楽"ですからね)


現状の所、セリサンセウム王国の仕立屋以上に贔屓にしてくれている、褐色の肌の客人に今一度申し訳ないという表情を作り、商人は口を開く。


「南国の英雄である貴方に、セリサンセウムの情報をお高く買い上げてもらっておきながら、こちらがセリサンセウム王国側に出していた情報を、私が掌握していないとは情けない事です」


そう言いながら、鍛錬を日々欠かさず行うことで20数年間付き合いのある"タコ"のある掌を見つめながらくちを開く。


「"1人っ子"と思い込んでいる貴方の"弟"であるアルセン・パドリックが、弟の様に可愛がっている、非常に優秀な新人兵士アルス・トラッド君の事を、本当に侮っていました」

「―――サブノックのアチョウドゥ(商人)は、こちらが頼んでもいないのにオーエー(喧嘩)まで、押し売りをする様になったのか?」


顔に巻いていた布を荒々しくとり、迷子になったアト・ザヘトが"グランさまの色をしたアルセさま"と、例えた素顔が(あらわ)になった。

その腹立ちに満ちた表情に、少しだけ申しわけないと思いながらも、相手が見事に買い取って貰った事に、表情を崩さないままで再び安堵する。


(この方にとって"アルセン・パドリック"という名前は、本当に禁句だな)


この国で美人と例えられる英雄が、不快を表現する際に刻ませられる縦のシワを、それが褐色になっただけの肌に、全く同じ様に眉間に造り上げる。


"兄弟"に対し、そこまで不快な表情を浮かべる理由は知っているけれども、感覚はスパンコーンには判らない。


南国の事情はそこまで詳しくはないが、青い髪の商人の母国であるサブノックや、友好状態であるヘンルーダには一夫多妻のという文化が古くからあって、スパンコーンには多くの腹違いの兄がいた。

父親が国を代表する軍人であり、為政者としての役割を熟す立場の存在で、彼は末の息子となる。


ただ一夫多妻ということもあって、父親にとって商人の母親は"数多い妻の"1人となり、その生家は商人だった。

正直に言って、ろくに会った事もないけれど、父親の権限がとても強い国で、その意思には誰も逆らえない。


どういう縁があったか判らないが、スパンコーンは物心がついた頃には、母親の下ではなく、サブノックの賢者となる存在と日々の生活と共に教育を、世話係となる少年と共に受けていた。

不思議と親から離れても寂しいという事はなく、母親が商いでは即戦力となって国を超えて活躍をしている話を賢者から教えて貰ったなら、納得できた。


"そんな所が、自分の国の婦人としては珍しい"という事で、軍人として国の辺境地に訪れていた父親となる人の縁も出来たらしいので、スパンコーンは特に何も文句はない。


加えて、"珍しい婦人から産まれた弟"という事で、腹違いの兄からはよく構われた。

でも、数多くいた腹違いの兄達は、気にかけてくれ人も、全く(じぶん)に興味を持たなかった人も、結局一度も逢うこともなかった人も、"ストラス家"だった男は、もう今は誰もいない。


知らないだけで、もしかしたなら血の繋がった兄弟がいるかもしれないが、少なくとも"父親"となる存在が正式に認めた男児は、青い髪の"商人"となったスパンコーンを残してこの世界にはもういない。

父が国に対して軍人であり、為政者として進言して行った(まつりごと)に関して(ことごと)く失敗をした"責任"を、取った為でもあった。


その失敗の始まりは、まだ末の息子であるスパンコーンが産まれる30数年前。

暦には暗愚と記されたセリサンセウム王国のクロッサンドラ・サンフラワーを、数多くいたという寵姫に、最後に産ませた末息子のグロリオーサからなる"平定の4英雄"が、レジスタンスを以て撃ち倒した。


傾ききってしまう前に、肥沃で広大な大地を持つ大国セリサンセウムは何とか均された。

だが均され平定をされたばかりの、まだ落ち着かないこの時期に大国を内側から侵略する一手を出すべきだとスパンコーンの父親は、軍の重鎮であり将軍の立場として国の王に進言したという。


ついに最後までその話を当人から聞いた事はなかったのだけれども、その数年後スパンコーンの教育係となる賢者が”反対"をしたというのは、サブノックの為政者達の間では有名な話である。


結構な言い争いに、特に父となる将軍が、後に教育係になる自国(サブノック)の、進言の内容を反対する賢者に食って掛かったらしいのだが、国の王は"民の為に領地を広げたい"とする将軍の進言を採択した。



しかしながら


"平定直後で、国全体が落ち着かず疲弊しているだろう"、

"まだ不惑にも届かない小童が、若さと勢いに任せて、たるんでいた平和ボケをしていた国を強引に均しただけだろう"


そんな大きな油断も相俟って、これまでも何かと馴染みのある隣国のヘンルーダの軍人と目論み、臨んだセリサンセウム王国の新しい王の紹介とお披露目の晩餐は、散々に終わる。


考えは尽く見抜かれていた、先を読まれて潰されていた。

後に悪魔の宰相と呼ばれるアングレカム・パドリックと、傾き切った国の平定を手伝ったというセリサンセウム王国の、年の割りに髪が白い紅黒いコートを纏った賢者に、"とことん"裏をかかれる結末となる。


半ば脅されるのと変わらない状況で、セリサンセウム王国、周辺の諸国と何かと縁があるという、英雄の仕組と和平の盟約を結ばされる。


ただサブノックは"英雄の仕組み"を受け入れを承諾はしたけれども、何かと理由を述べて実施はせず、また、セリサンセウムという国も特にその事に対して特に文句をつける事はなかった。

最初の目論見に共謀し、失敗となったが比較的友好で関係であるヘンルーダでさえ、形だけかもしれないが、英雄候補として1人を据えたのに、それでも行わなかった。


サブノックという、武力を誇る文化を抱える国としては、セリサンセウムという大国ではあるけれども、平定を終えたばかりで、兵力も安定も落ち着きもしない相手から、まるで赤子の手を捻る様にあしらわれた事は大きな屈辱となる。

だが、考えていた以上に早く、その屈辱を(そそ)ぐ事が出来ると思惑を抱く機会は訪れる。


盟約を結ぶ際にも同席し、荊の鞭を振るい"平定の4英雄"の1人で、平民の出自ながらも、グロリオーサとの間に男児ダガーを授かった事で、王妃となっていたトレニアが病の為にこの世界から、旅立った。


セリサンセウム国の王妃が病という情報は、(おおやけ)にされていた情報だったが、そこまでの物とは正直に言って異国の軍人で為政者は思っていなかった。

英雄などという人を頼りにばかりにする様な平和ボケした国が、王妃の病が真実だとしても、大げさに口にしているだけなのだと、その情報を受け止めていた。


そしてそさらに数年も経たずに、悪魔の宰相とも呼ばれ、その高潔過ぎる執政に少なからず国の"内"にも敵がいたかもしれないと噂されるアングレカム・パドリックが、突如としてこの世界から旅立つ。


暴走した馬車から、不惑を超えて出来た最愛の"1人息子"を庇い、打ち所が悪かった事が"原因"だと公表されている。

その頃、かつて辛酸を嘗めさせられたサブノックの、商人の父となる軍人は傾きは治まったが、まだ平定されて落ち着かない大国眺め、再び肥沃な大地を侵略する機会(チャンス)が来たと考えても仕方がない状態だったかもしれない。


彼にしてみたなら続けて、平和ボケをしている大国を守る"目の上の(こぶ)"が立て続けに消えた"幸運"と、サブノックでは縁起がいいとされる青い髪の男児―――スパンコーンを授かった事もあって今一度、肥沃な大地を自分の国へという気持ちを抱く。


以前、セリサンセウム王国で受けた屈辱は忘れようとしても為政者、軍人でもあるが、武力を誇る国の人して忘れられる物でもなかった。


虎視眈々という東の国の諺に相応しく、セリサンセウムから戻ったその日から、念入りに支度を続ける。

あの頃より更に年齢を重ね戦場での第一線は退いたが、多くの妻との間に授かった息子達も、成人し武人、軍人として鍛えもしたが、"まだ"だとも思う。


平定の4英雄のうち残っている、神父であり法王となったが引退を表明したバロータ、そして国王としての鬼神のグロリオーサ・サンフラワーが存命の内は、攻めいる事は控えた方が良いという冷静な熟慮は出来ていた。

目的はあくまでも、あの肥沃な大地を少しでも自国の範疇に取り入れること。


ただ、その目的を果たす為に立ちはだかる異国の英雄という壁が、どうしても高く厚かった。

年齢的に、鬼神と例えられる異国の王の方が幾分か若く、(おのれ)の方が寿命が早く尽きるという常識的な考えが出来ていても、あの鬼神と例えられる人物がこの世界から失せるまではという気持ちは消えなかった。


しかしながら、その"強さ"を目の当たりにして、"平定の4英雄"の誰か1人でもセリサンセウムという国に残っている内は、攻める事は愚かしい事だと判断は、間違っていなかったとも"最後"まで語っていたと、息子である商人は後に聞いている。


そうして商人の父となる軍人―――武人として完璧に引退をし、自分が生きている内には機会はないかもしれない、自分の意思を息子に伝え、多くいるうちの誰かが継いでくれたならと、考えている内に巡って来た。

先ず年齢的には十分とも呼べる神父バロータが、隠居をしているセリサンセウムの田舎で静かに旅だった布告が行われる。


ついで年齢的には嘗て、自国の気に食わない、現代は末の息子を預けている賢者が口にしていた"カンレキ"という時期を過ぎた位ではあるが、セリサンセウム国の王様も旅だってしまう。


伴侶で親友でもあったという王妃トレニア、そして同じく親友であった宰相アングレカムが続けるように旅立ったというショックのあったのか、グロリオーサ・サンフラワーが病気という話は全く聞かなかったが、その分"老い"が早く回っていたのか。

詳細は判らなかったが、鬼神と謳われた国王が、この世界を旅立ったのは平均寿命と使われる齢に達して程なく、公表された。


国が丁寧な弔問の言葉を贈りながらも、陰ながら積み上げて来た、"非情"の努力を昇華させるというのなら、盟約を破る事に、罪悪感という全く気にならなかった。

肥沃な大地を持つ大国への侵略を再び、自国の王へと進言する。


元々乾燥地帯であるのに加え、天候不順の影響で不作が続き民の生活は苦しくなっていくばかりであるのと、己が健康だとしても寿命としては平均的なものは過ぎている事もあった。


似たような環境で状況下でもある隣国ヘンルーダも、その考えに一枚噛むと賛同してくれた事にも、勢いをつけ、王が侵略の軍を進める決断を行うきっかけなったと思える。


セリサンセウム王国は、悪魔の宰相が残した仕組みに則って、"英雄候補"となる成人にするにしても数年かかる若人が"3人"いるという事は、判っていた。


決して、その3人の英雄候補を侮ったつもりもない。


セリサンセウムに潜ませた斥候(スパイ)に寄れば、"鬼神のグロリオーサ・サンフラワー"が勧誘(スカウト)としたという噂と共に、優秀な人材という情報は仕入れていた。

特徴としては、褐色に巨大な身体のグランドール・マクガフィンと、そのグランドールに比べたなら身体は小柄となる、髪も眼も鳶色に、”武人"にしては似つかわしくなく、眼鏡をかけているというネェツアーク・サクスフォーン。


そしてそれを補助する様な形で、もう1人の人物ががいるというのは何とか判明はしたが、どういうわけかその詳細な情報は掴めなかった。


グランドールにしてもネェツアークにしても、斥候からまるで当事者が記した様な情報が記されているのに、もう1人は侵略の開戦となる時まで、判明しなかった。

3人目は、開戦となるグランドールとネェツアークが侵略するサブノックとヘンルーダ連合軍を迎え撃つ中で、それは見事な馬術で他の英雄2人を見事な補助をする所で確認される。


白い法院の鎧を纏い、紅い髪で恐らくは女性という事ぐらいしか当初は判明しなかった。

"恐らく女性"から女性になったのはその後、その人物の髪が伸び、身に着ける白い法院の鎧が婦の仕立ての物に変わっていったという経緯がある。


そして3人目の名前はメイプル・イベリスという物と判明したと同時期、"侵略戦"は予想とは違った形で手こずらされる事態になる。

侵略戦は想定していた以上に、"戦死者"が攻守の双方から出なかったのだが、負傷者に奇妙な偏りが出始めていた。


始めそれに気が付いたのは、商人の父だった。

流石に老齢とあって現場からは退いているものの発案と、一番の戦場の経験を持っている立場として、軍議には必ず出席する。


そこでセリサンセウム国の3人の英雄候補―――主にグランドールとネェツアークの活躍で拵えられた"負傷者"の名を知る事になる。

そもそもその負傷者を知るきっかけになったのが、息子達の中でもサブノックの軍の中で一小隊と先陣を任せられたが、英雄候補と直接対峙して負傷したと報告を受けた為だった。


『―――油断しました、誠に申し訳ありません』


国に戻って治療していると息子に見舞行ったなら、先ずそう頭を下げられた。


『無様だが、生還は運と周囲の部下が良かったのだろうな』


"気にするな、無事でよかった"という言葉を口にする事は出来ないけれど、叱咤の言葉でもその中に含まれている"気遣いと心配"を互いに汲み取れる父子ではあった。


『はい、情けない事です。それでも、少なからず、相手方の―――英雄候補の戦いの(スタイル)は掴めたと思います』


そう言ってから自分の動きを奪った、対峙したというセリサンセウムの英雄候補について語る。


不貞不貞しい笑みを浮かべて、長いコートを身につけた2振りの小刀を振るう、鳶色の髪に眼をした戦場だというのに眼鏡をかけた青年に、真っ先に利き腕の腱を斬られたという。

不足の事態に備えて、利き腕でないにしても動く様に訓練していた、もう片方の腕を使って隠し持っていた剣を一振りしようとしたなら、今度はそれを蹴り飛ばされた。


そこを同じ様に腱を切られ戦う能力を削がれた部下から、掴まれ強引に連れ戻される。

次の瞬間には辺り一面に濛々とした煙幕が広がり、間を置かずに大きな衝撃派が前線を貫く様に数発喰らい、吹き飛ばされ、そこから先陣にいた小隊を含めて、兵士の殆どは戦闘不能(リタイア)状態にされてしまう。


ただ、戦えはしないのだけれども十分逃げられる余力は残され、侵略の連合軍は主要な戦力とされていた兵士や魔術師が負傷し、初戦は進行を全くせずに引き上げる形で終了する。

セリサンセウムの優勢とも見える終わりだったけれども、連合軍の方も陣地を退いたわけでもないので、"引き分け"と戦歴には記される事になった。


そして"引き分け"はセリサンセウムを侵略する大戦に当たって戦いの終結を表現するのに、最も多く使われる言葉となる。

だがそんな戦歴になる様に、意図的にセリサンセウムの英雄候補達が行動していたという事を知る由もない、侵略の連合軍の方は"敗北でなければ良い"という構えをしていた。


『それでは、ネェツアーク・サクスフォーンが撹乱、そしてその後にグランドール・マクガフィンが後方支援という理由なのだな。

恐らくは、今回の様な正面からの攻めをしたなら、これからも使う戦法かもしれん。

それとヘンルーダが、何やら熱心に英雄候補対策に情報を求めていたから、療養の間にも話してやると良い』

『―――解りました』


仕入れていた情報から鑑みてネェツアーク・サクスフォーンという英雄候補の巧妙(トリッキー)俊敏(アジリティ)な動きに加えて、小細工を色々と仕掛けてくるという、小賢しい印象はこの頃から根付く。

ヘンルーダは対外的にかどうかは知らないが、悪魔の宰相が提案した"英雄の仕組(システム)"に従い、"英雄候補"として、1人の青年を鍛え上げていると聞いていた。


”英雄と英雄を戦わせたなら、どのようになるか?”


そんな純粋なヘンルーダというサブノックとよく似た文化を持つ、武芸を誇る国としての楽しみもあると、侵略の連合の盟約を結ぶ階段の際に自国の王は聞かされたという。


セリサンセウム侵略戦に置いて、自国とヘンルーダの"分担"が違う為に、詳しくは知らないが相手方は随分と熱心に役目に取り組んでいるらしいとの事だった。

ただ、サブノックとしても、その国を支えてきたと自負する為政者と軍人としてもここで失敗をしたならば国としての面子や、これからの世界で立場が危うい。


命を賭しても、"非情"と呼ばれる手段と方法を使ったとしても、負けられない。

"非情の一手"に、既に手を出してしまっている為に、引くに引けない状況でもある。

思いつめる様に考えていた為、負傷した息子を連れ帰った部下が何かしら言いたげに自分を見つめている事に商人の父親を見ている事に、少々時間が過ぎてから気が付く。


『ああ、そうか』


改めて見たなら、十分見知った顔で、彼がかつて自分の部下の息子であった事が漸く判り、感嘆を口にしたなら、気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべられた。


腹心とまではいかずとも機転が利いて、"使える"部下であったので、落ち着いたなら直ぐに思い出し、聞いたなら彼の父も既に老齢もあって引退しているという。

だが、思い出すと共にあの屈辱もぶり返す。


その屈辱を"部下の息子"は知っては知らずか、商人の腹違いの兄となる人物が、率いる小隊の人々について話し始める。


そうして語られて行くと共に、忘れたくても忘れられない記憶から掘り返した屈辱と、侵略の開戦となるの負傷者の偏りと繋がりについて、気が付いてしまう。


息子が長となって率いていた小隊から始まり、主な今回の開戦時の負傷者が己がセリサンセウムが平定直後に、強引に英雄の仕組と和平の盟約を結ばされる時に同行した者の関係者で固まっている。


(―――まさか、セリサンセウムを最初に侵略しようとしたと時、関わった縁者が、今回集中的に負傷している?)


己の中に産まれた不安と疑問を、"偶然"として片づける為に、見舞に来ていた部屋を出て衛生兵を呼び寄せ、今回の負傷者の名簿を出させて指をさして確める。


全ての自国の兵を勿論覚えているわけではない。


だが、サブノックの賢者に大いに反対されながらも最初の侵略を目論み、返り討ちにあった屈辱に満ちた記憶を刻まれた時、共に連れて行った兵は己に馴染みのある者達を選んだのも事実だった。


その馴染みがあるだけに覚えている者が多く、己の配下であった苗字ばかりを負傷者の名簿から見つけてしまう。


そして苦虫を噛み潰しながら、殆ど聞き流していたつもりだった内容を断片的に思い出す。


その内容は、セリサンセウムの宰相が提案する英雄の仕組みを受け入れる事を除いたのなら、一般的な国同士が盟約を結ぶ物とさして違うことはなかった。


寧ろ物資の流通に関しては、軍人であるけれども為政者の役割も担う立場をからして関税の率や、国を超えて犯した罪人の引き渡しの協定の在り方など、極々まともだったと思える。


眼に着いたと言えばセリサンセウムという国では、子どもについては比較的手厚い法の取り締まりがあるという事で、"親と子が離れて暮らす"という事を極力避ける傾向にある物があった。


そこは丁度自身の末子を母親から引き離し、賢者に預けている事もあって、偶然ではあるのだけれども皮肉られる印象を伴って記憶している部分となる。

そんな苦みを思い出したなら、引き釣り出される様に既にこの世界にはいない"悪魔の宰相"が、口にした言葉を思い出す。


『もし、万が一がの時の為に、"裏切り者が判る"と言う"(まじな)い"が、仕込まれているこの"盟約の印肉"を使っていただきます』


同性ながらも国を超え、美丈夫という印象を与え、褐色の肌をした宰相はそんな事を口にする。


『裏切り等の、”盟約を結んだ事を破りさえしなければ"、ただの印肉、インクの役割しか果たしませんからご安心ください』


"道具に魔法を仕込む"という話は、武器や防具では聞いたことがあっても、そう言った文具にまで及ぶ話などは、聞いた事がなかった。


けれど平定を助勢した、何やらその時は法王となった神父と話し込んでいた、白髪の不貞不貞しい賢者が手掛けという言葉に少しだけ躊躇ったのを覚えている。


『―――そのインクを使った影響がひろがるのは、触れて携わった当人からだけです。

しかも、その影響というのが、ただ裏切ったのが判明するというだけの事で、具体的に何が起こるという能力もありません』


けれど、"影響があるのが自分だけで、判明するすだけの事"という付け足された言葉を聞き、"王"に迷惑が掛からないのならと、そのままサインをした。


他の諸国も反発しているサブノックが、少し躊躇いながらも確りとサインをし、指先をインクで濡らして捺したら、それに続く。


"約束した事を守らず、裏切った事が、その相手に伝わる"


別にセリサンセウムに都合の良い事だけを並べ、それを守って欲しいと同調を求める国を裏切る事に、サブノックの軍人で為政者の1人として正直に言って罪悪感など、無いに等しい。


ただそのサインを行っている当時は、計画は尽く潰され、平定の4英雄の側から脅威的な能力を見せつけられた事で、一刻も早くこの場方立ち去りたいと強く考えたのは、頭の隅に無自覚にセリサンセウムという国を軽んじる思いは、ある意味では目立たなくなっていた。


その場に"心を拾い読める"能力のある王妃もいたのだが、サブノックの軍人が無自覚な事と、悉く目論見が失敗した事で


"さっさと引き上げて、国に帰って王に詫びなければ"


という情けないと恥じ入る気持ちと、失敗したことへの大きな謝罪の気持ちが"壁"になっている事で、既に抱えている裏切りの気持ちを見つけて、拾う事が出来なかった。




それが、侵略戦を開戦した今更、戦場に立つ自身の子どもの世代に影響していると、考え至った時、サブノックの軍人で為政者で、商人の父となる人物は口の端を上げる。


『―――寧ろその呪い"歓迎"するぞ』


サブノックのという国の軍人であり為政者でもあるけれど、時代に合わせてそういう"文化的"な肩書を持たざる得なかった部分もあった。


『その程度の智恵と賢者の謀りので以て、武の誇りを退けようなど片腹痛い』


老いが刻んだシワの口元で、賢者が仕組んだ"呪い"の影響で記される事になった負傷者の名簿を握り潰しながら、武人の顔で老いた軍人はそうはっきりと口にした。



―――長い歴史を遡り、元を辿れば武人の集まりで、"必要な土地"があったなら戦でもってその場所を奪ってを繰り返してきた人の集りが、サブノックという国の始まりでもある。


ただし、それを繰り返すばかりでは、多くの家族を抱える集団の生活が成り立たない。

頻繁に争いを繰り返しつつも、それなりの土地に落ち付き、相手や一族とも刃を交え、その力を認めた上で力が強い者が、それぞれの家族を差し出し血縁を結ぶことで、繋がりを強くしてきた。


また戦いに明け暮れるというばかりではなく、乾燥地帯ながらも、落ち着ける土地を定めた事で、極々僅かながらも農作を育てるという形も国として取り始める。


そして温暖乾燥地帯特有のという事もあるだろうが、男が狩って来た獣から毛皮を取り、出先で見つけた植物や色を含んだ岩を潰し、色鮮やかな顔料を作ったりもしたならそれを日常に取り込む。


それを留守を守る争い事は不得手だが、手先の器用な後に国の職人となる集団の手に渡り極彩色(ごくさいしき)の鮮やかな織物が地域"を代表する工芸品ともなり、それが異国の眼に止まり、求められる事も多くなった。


また戦を繰り返してきた地域という事もあり、鉱物含むも多い岩石をおおく保有する所もあって武器を製造する技術も自然と向上した。


そんな国特有の文化を向上させつつ、元々"武"に重きを考えは廃れる事はなかった中で、それらを纏める存在が特に中心となる集団から出てくる。


強い事は勿論、対峙した相手を冷静に判断する、自分の配下になったものへの配慮が出来き、その上で相手を惹きつける。


強さを最大限に尊重しつつも、それだけでは集団として続けて行くのには纏りが取れずに、綻びが出て、そこを他所から攻められる事もこれまでの歴史の流れで、武人の集まりも"学ぶ"。


幾度か囲まれる様に他国に攻め入られた際に、その存在が指揮を執る事で、敗戦を免れた事で、更に根付いてくる。


やがて"国"という形にして成り立たなければ、周りにある"他国"という塊に取り込まれてしまうという危機感を抱きながら、中心となる人の集まりの中で、サブノックの王は定まった。

誰を王に据えるかという時になった時、特に揉め事は起きず、"王の役割”を頼まれた存在も決して奢らずに引き受けた。


引き受けた所で、外交といった面も引き受ける事になるが、勿論王やその血筋の一族だけで補える物でもなく、中心となる集団で役割を分担する。

正に手探り状態で、"国"という物を造り上げようとしていた。


そして国としての随分基盤も確りし、武人の集まりで会った物は、為政者、軍人として呼称を変えて役職も割り振られ、国として他国にも、浸透し定着するのも間近とした時。


身分を伏せ、束の間の休息を早馬で散策をしている国王が、行き倒れている"旅人"を拾って介抱をする。

行き倒れていた旅人は、助けた相手が身分を隠しているこの国の王の役割を熟している人物とも知らずに、この世界を気ままに歩き検分していると飄々と話したとされている。


その何事も捕らわれない、一見したなら不貞不貞しくも例えられる振る舞いと会話が、王を役割として受け入れた人の日頃の気疲れを、大層軽減させる。

そして話す程に世界中を旅をしている事もあってか、随分と博識であるという事を感じ取れる。


サブノックという土地を国とする王の役割を熟す為、武芸の修練を抑えて学んだ知識の量を遥かに超えているのが、容易に感じて取れた。

その事を感心し褒めたなら、その旅人はボリボリと頭部を掻きながら、苦笑いを浮かべていたと、伝えられている。


"何、私みたいな奴は「どこの国にも必ず1人はおるような仕組み」になっていますから。

でも、貴方が私の持っている知識で聞きたいことや、必要とするなら幾らでもお話をしましょう。

行き倒れを助けて貰ったお礼が、頭の中にしまわれている話で出来るなら、私も身軽で助かりますから。

まあ、身軽にし過ぎて食料を忘れて、暫く、この地域を散策するつもりで訪れた、うっかり者でもありますが"


そこで”アッハッハッハ”と高らかに笑った後に、


”もうすぐ、国としてすっかり定着するという情報を拾ったので、そうしたなら国境の線が引かれて関所が出来る。

気楽に、旅が出来る内にしておこうと思ったのです”


ふと表情を引き締め真剣な顔してそう口にしたと伝えられている。

旅人が"気楽に旅が出来なくなるという旨を言葉にした時、サブノックの王となる人は、俯き"すまない"という言葉を口にしていた。


そして、間もなく自分がサブノックという国における王として据えられる役割と立場になるのだと、出逢ったばかりの旅人に明かした。

そうすると、今度はその話を聞いた、行き倒れを助けられた旅人が酷く恐縮し、謝罪の為に慌てて頭を慌てて大きく口を開く。


"済まない、新しい国の長としての重責を覚悟を以て抱えようという方に、好き勝手に生きている私の発言は、無神経で自分勝手そのものだ。

ただ、私は無神経な言い方をしてはいるけれど、新しい国が産まれる事を否定しているつもりはないのは、信じて欲しい。

新たな文化が根付き芽吹く事は、喜ばしい事であると心から思っている。

国としての文化や規律を守る為に、その入り口で選別や検査をする事は、必要な事だとも理解(わか)っている。

だがそうすることで、気楽で考えを縛られずに旅するということが、どうしてもやりずらくなってしまう。

それが、私の様な捕らわれない考え方や生き方を志す者には、歯痒くて仕方のない物であもある。

きっと、私みたいな生き方は一般的には無責任"ヒトデナシ"と評されても仕方がないものだろう。

私は知識は人並み以上にあるのを自覚はしているけれども、それを全く日常の生活に活かせずに、しかも人の流れに合わせる事も苦手だ"


そこで一度言葉を切って、やや大袈裟に劇を演ずる役者の様に身振り手振りを加えてさらに旅人は語り続ける。


"ただこうやって、普段口下手な私が多弁になれるのも、どちらかと言えば武骨なサブノックという武人ばかりが募った国な筈なのに、そこの王様として選ばれる様な、度量の大きな君が相手なればこそだ。

この国の民になる人々が、貴方を"サブノック"の王として選んだことは間違っていないと断言しよう!。

その、だから先程の言い方は、本当に申し訳なかった!"


真剣に謝罪する余りやや大袈裟にも見えるその旅人の振る舞いに今度は、王となる人が思わず笑いを漏らし、その旅人に語り掛ける。


"気にしないでください、寧ろ本心を聞けたは嬉しかった。

この武人から始まろうという国を、少しも恐れを抱かずに気楽に旅をしたくて、やって来たという言葉には驚きましたが、この国の民の代表となる王として喜ばしい限りです"


サブノックという国として始めるにあたって、他国から認められるのかという心配もあるのだが、先ず国として興味を持たれるかどうかという不安を抱えていると、王となる人は旅人に打ち明ける。


国を代表する工芸品や、性能の良い武器を求めて買い付けに来る商人や異国の武人がこの土地を訪れる事はあっても、わざわざ旅する楽しみの為にに寄って行く者という話は、これまで耳に入れた事がなかった。


"貴方の様にそうやって、直ぐにとは言いませんが、サブノックという国も興味を持って旅人が気楽に訪れて貰える様な国となれば良いのですが"


やがて隣国ともなる、昔から交流もありヘンルーダとして成り立っている国は、比較的似た温暖乾燥地帯という土地事情でありながらも、舞踊や芸術といった面で他国から認められている。


サブノックという国いう名前も形もない時期から、護衛として優秀であるこの地域に居住する中枢にいる武人を招き、時にもてなしを受けたり、時には姻戚の関係を結んだりと、比較的友好的な関係を昔から続けていた。

また、あちらの国に簡単な護身術として訓練を行った所作と武器の扱いを教えて欲しいと言えば、それをまた新たな演舞として取り入れ、新しい舞踊として披露を行っていたりもしている。


その事がヘンルーダという"国の収益"にも繋がっている事は確実で、そこには、世界規模の宗教の基盤となっている"大地の女神信仰"の季節の折々に行われる行事を絡めて披露する舞いや、音楽などもある。

それを目当てにサブノックという国を通り道にして、通り過ぎて行く旅行者は数多くみてきた。


仮にサブノックという国が出来る場所に、旅人が留まる事があったとしてもそれは近隣にあるヘンルーダという国に到着する前の、待ち合わせとして使われる。

または、ヘンルーダ国の宿に泊まるよりも安上がりになるからという露骨な理由は、周知の事でもあった。


"後は武人の国という事もあって、休む分には安心というう事もあって使われている事もあるみたいですね。

下手な悪行をしたなら、この土地の人は他の国の民に比べたなら武芸に秀でているだろうと言えますから。

でも、そんな物騒な国に留まりたいと考える旅人は、貴方ような考えの人でもない限りいないのかもしれない。

出来る事なら、魅力的という意味でサブノックに訪れてくれている人が増えて欲しいと思っているのですが"


"私は安全は旅をする上で、十分魅力的な要素だと思う。

こんな食料を持たずに旅をするうっかり者ではあるけれど、加えてこの手荷物を見てほしい。

武器らしい武器も、持ってはいないだろう?。

前以てこの国は、旅を楽しむに最低限な道具だけ持って行けばいい、誇り高い武人が国を造ろうとしている。

下手な悪漢などいない大丈夫、そう考えて身軽にやってこれた。

まあ、一応何かしら役に立つだろうからとナイフは入れているけれども"


そう言いながら、旅人は身体に斜めかけている鞄の回して、"口"を開いてサブノックの王様になる人に見せたなら、ごちゃごちゃと用途不明の物を含めて主に文具で占められていた。


ただ、旅人の言う通り、ごちゃごちゃした中でも直ぐに判る小さなナイフがある。

そしてもう1つ目についたのが、鞄の側面になる箇所に壁の様に入っていた何かしらの少し厚めの"絵本"の様な物が見えた。


"……安全が魅力だなんて言って貰えるなんて、これまで思ってもみなかった。

自分を守るのは自分が基本で、若しくは戦でもない限り、武人とし弱い立場の者を守るという考えの集まりの国となるだろうからな"


今までにない形で、自分の国の文化を褒められた事に嬉しかったので先ずそれについての礼を述べる。

けれども、わざわざ見せられた鞄の中身にある絵本を荷物として持っている事にも興味を持ってしまっていた。


―――旅を楽しむに最低限な道具だけ持って行けばいい。


あの冊子がどうしてこの旅人に必要なのか、そして、それ以上に自分だから雄弁に語るという存在にさらに興味を持つ。

この旅人の様に大げさで、砕けた物言いを普段から聞いた事が無い事もあって、新鮮でもあり、王になるという事で少しばかり凝り固まっていた心が解されているのを体感もしていた。


"どうだろうか?。

貴方が受け入れてくれるといのなら、こういう「王」としての権限の使い方があっているのか判らないし、私をこの国の王と認めてくれている同朋の許可を取ってからになるが、貴方を国の賓客―――王の友人として迎え入れたいと思う。

そうすれば、少なくともサブノックという国になっても、私の権限で貴方はこの国を自由に見聞することが出来るようになる。

折角興味をもっていただいたのだ、満足するまでこの国にいてくれるといい。

勿論直ぐに、また次の旅にでても構わない"


武人の潔さを喪わない様に気を付けつけながらも、王となったら今以上に自由の効かなくなる事は弁えていた人は、旅人にそう告げる。


告げられた旅人は、少しばかり興奮した様子でそれまで広げて見せていた鞄の口をやや乱暴に閉じて、背中にまわして、王様となる物の手を取った。


"それは願ったり叶ったりだ。国が誕生する瞬間にある意味、私は間近で立ち会えるかもしれないという事になる!。

それは実に、興味深い事で、そうそう出逢える物でもない。

出来る事なら、誕生してから国として落ち着く様になるまで、見ておきたいものです。


―――ああ、でも王となる貴方が仰る通り、周りの同朋の方々がその事を承ってくれてからの方がいいでしょう。

私は、どうにも争い事が苦手……というよりも不得手で仕方がない。

加えて私がいる事で、この国での不和に繋がりそうなら、何時でも立ち退きを申し付けてください。

そしてその旨を、同朋の方にもそうはっきり仰ってくださった上で大丈夫なら、是非ともお願いしたい"


最初は王となる人に留まる事を勧められた事に、喜びの余りに早口になっていたけれども、後半の方になると、まるで興奮する自分に自重する様に旅人がそう口にして、握っていた手を離した。

そしてサブノックの王となる人は、旅人が自分の提案を退けなかった事に安堵しながら、その申し出を守る事を誓うと、頷いた。


"……多分、恐らくは少しばかりの疑問や不満の声は出ると思います。

でも、私個人の話し相手として貴方を迎え入れる事は、恐らくは反対はしないと思います。

貴方のその好奇心は旺盛ながらも、"出しゃばりたくない"と鈍感でも感じ取れそうな程醸し出している雰囲気は、鋭い同朋達は感じ取る事でしょう"


それから申し訳なさそうに、苦笑いを少しだけ顔を赤くしながら口にする。


"こういう言い方をして、貴方が嫌な気持ちをするとは思いますが、前以てはっきりと言わせてもらいます。

多分、私が連れ帰った"貴女"の事を見たならば、説明を聞きつつも同朋達は少なからず毛色の変わった者に興味を持ったのだろうという表情を浮かべる事になると思います。

でも、私は貴女―――貴方の事を友人として扱う事を約束します。

変な気を回す同朋もいると思いますが、気に慣らさらずに、この土地が「国」になるのを見届けて欲しいと思っています"


そうサブノックの王になる人に言われ、旅人は改めて自分の性別を思い出した様に"ああ"と声を漏らしたと伝えられている。


"そうか、私はそう言った意味でも、この国でいる事で迷惑をかけてしまいそうなのですね。

でも一応、これまで不思議とただの旅人として扱われた事しかないのです。

まあ、こんな格好の所為でもあるのでしょうけれども"


旅人の服装は随分と長い間着込んだ、薄汚れたローブであるが生地がゆったりとしている事もあって、性別を判断する身体の線という物は随分と判り難い物でもあった。

靴も脚を疲れさせず怪我しないようにと、肉刺(まめ)できやすい部位に予め当て布をし、包帯を巻く処置をした上で、丁度男性が使用している靴と造りが良く似ていた。


"ええ、私も本当に最初はただの行き倒れだと思っていましたから。

とりあえず、この場所で悪事をしていないのなら、助けないと拙いと思って貴方を抱えて、肩に担いで初めて、そちらの方を察したぐらいです"


食料を忘れ、空腹のあまりに突っ伏して行き倒れていた旅人に声をかけ、反応もしないので取りあえず安全な場所まで肩に担ぎ、介抱しよう決意する。


"―――?、おや"


サブノックの王となる人は、既に数人の婦人を娶っていたので、抱え上げた事で流石に骨格や体の造りの違いに気が付いた。


"面倒な事にならなければいいが―――"



最悪の場合、意識を取り戻し騒がれたなら食料や水だけおいて、馬に乗って立ち去ろうと考えていた。

しかしながら旅人が意識を取り戻しても、"そういった方面で"慌てる様子もなく、ただ普通に礼を述べて、そんな事が"どうでも良い"と思えるような知識を披露し始めた。

逃げるどころか、興味を引かれ客人として迎えてでも話してみたいと考えてしまってから、改めて友人として迎えるにあたって、直面する問題として思い出したという具合になったという。


"友人としての貴方が、私に迷惑をかけたと思わない様に、今後の事は進めたいと思っています。

だが、貴方がそのような恰好で、"婦人"とは判りづらい姿でいる事は有難い。

多分、初見で貴方のそういった面に気が付くのは、殆どいないでしょうし、恐らくは、異国の小柄な"人"だと、同朋ですら思うでしょう。

私も肩に担ぐまで、そう言った事に気がつけませんでしたから。

それに、声も幸いにもどちらとも判別し辛い高さだ"


"ああ、声はそうですね。

そういう血筋なのか、うちの一族は男が高くて女が低い。

姉弟になったなら、声だけなら良く勘違いはされるぐらいでしたから"


旅人の方も、スッポリとローブの襟元で隠れている喉元を自分の手で抑えながら、再び短く頷いて、口を開く。


"じゃあ、いっそのこと貴方の同朋や周囲が気が付くまで、この事に関しては尋ねられない限り黙っている事にしましょう。

私はあくまでも、旅先で行き倒れの所を助けて貰った事で、サブノックの王となる人とのあいだに友情が芽生えた。

そして、国の建国の瞬間を見届けたいとする、そんな関係だ。

幸いにも、貴方も触れなければ気が付かなかったくらいの事だから、それも出来ない話でもないし、私が世話になるにあたっては、そちらの民族の装束は男物を用意していただきたい。

そうすれば、結構な時間は誤魔化せることになると思える。

いや、もしかしたら案外別れの来る、その事に関しては最後まで誤魔化せるかもしれない"


旅人のお道化るような様な言葉に、サブノックの王となる人も頷いた。


"ああ、誤魔化しながら、それで貴方がみたいという国が出来上がっていく様子を、是非とも眺めていくといい。

そして良ければ、その間に貴方がこれまで世界中で旅をしてきたことで知り得た知識を折りをみて、友人として話して欲しい。

勿論、この国に興味が失せたなら、先程言った通り何時旅立ってもらっても構わない"


そう言葉でサブノックの王となる人は旅人と契りを交わし、その後サブノックの"王都"となる場所に伴って連れ帰った。


"行き倒れの旅人"は、武人から軍人や為政者となった人々から、予想通り最初は何とも呆れるといった物と、自分達の王の役割を担う人の息抜きなのだろうという、感想を綯交(ないま)ぜしたような視線を注がれる。

旅人の方と言えば、サブノックの王となる人に言った通り、陽がのぼったなら簡単なこの国独特の"ナン"という穀物の粉から作られた食べ物を手にして、国として生まれ変わる場所を日々散策を繰り返していた。

そうして、程なくサブノックという国が誕生する。


国としての祝日となるその日は、武骨な国なりに王都は祝い事の雰囲気に満ちていて、関係の深い国からは祝いの書簡や贈答品などが、届けられた。

隣国となるヘンルーダからは、国王自ら楽団を率いて訪れ、武人の集まりから始まった国も一気に華やいだ。


楽団が王都を練り歩き、催事行進(カーニバルパレード)(たけなわ)が過ぎた頃。

サブノックの宮殿における祝いの宴席で、国王なる者と、それと同格の客人だけが座る為に設えられた豪勢な絨毯の上に、ヘンルーダの王は少しばかり少しばかり酒も飲んでいる為か、顔を赤くして座った。


"国の誕生おめでとう。王様仲間、いや"王様友達"として、これまでも長としての付き合いはあったけれども、精神なものとなって、私も心から嬉しいよ。

先輩面をするつもりはないけれども、何かしら相談事や愚痴でもあったなら酒を呑みながら話そう”


それから目に見えてわざとらしく周囲を見回した後に、ヘンルーダのの王は少しばかり芝居がかった所作で口元に掌を添えて、サブノックの王となった人に小声で囁く。


"まあ、王様同士が話し合うとしたら、自然と外交という事に暦刻まれてしまうから、気軽に話す事はお忍びでない敵わない。

だが、そこら辺は気心の知れたならば、近習も頻繁でなければ何かと融通をしてくれるので"


小声乍らも、良く通るヘンルーダの王の話しの内容は明らかに傍に控えている護衛となった同朋―――王を立てて国となった事で、臣下の立場になったサブノックの軍人と為政者にも聞こえている。

少し回りくどい方法ではあるけれども、王を中心とし、臣民が態勢"忠告(アドバイス)"という物をしているのだと、宮殿にまで流れてくる異国の祝いの旋律を耳にしながら気が付いた。


"気軽に話せなくなるというのは、何気に気疲れが多い立場となりますな"


忠告を有難く受け取りつつ、これから恐らくは王としての立場を自分の子どもに引き継がせるか、それに相応しい才覚を持った者を、サブノックの縁者から排出するまで続くであろう時間を考え、作り笑顔を浮かべる。

サブノックの国王を逃げ出したい、辞めてしまいたいという弱音はは微塵もなく、覚悟をもって引き受けた役割でもある。

だが、武器を手にして戦う物とは違う"戦い"が、国という形で始まりもするのだという考えが少しだけ、胃の腑を少し重くもする。


"何、そう言った時には自分の国の中に、弱音や相談できる存在を置けば良いのです"

"だが、それだと贔屓や、考えに偏りが出来るような気がするのです。

臣下であって、友であるというのは繋がりを強くするとは思いますが、それでは話す機会が少ない臣下になってくれた同朋に対し、不公平になってしまう"


ヘンルーダの王が朗らかにそう口にする中で、宴席で敢えて、自分を王としての立場を選び、頼まれた同朋に聞こえる様にそんな言葉をサブノックの王となった人は口にする。


その間も臣下の立場となってくれた同朋の様々な感情が混ざった視線を注がれているのにも気が付いていた。

王の役割をで引き受ける事が決定するまで、何度も話し合い、覚悟を尋ねられ、それには潔く承る姿勢をみせる。

ただ、自分が選ばれた理由は、一目置かれる強さをもち勇猛でありながらも、"奢らない"、その性格を突きつけられたことには、戸惑い、逆に質問を返していた。


どちらかと言えば武人を代表とする国には雄々しい性格が、王として相応しいし求められているとばかりに考え、戸惑っている内に、不公平を嫌う事も、彼を王に据えた後に国の中心となる為政者や軍人に告げられた。


強い国である為には、先ずは中身の団結も必要とされるし、万が一の時には"一枚岩"の様に強固でなければならない。


勇猛であることは求めるが、上っ面の雄々しさを誇る為に、内側に火種や虫や亀裂を入れるような人物を据えるわけにはいかない。

多少の"自分"を抑える事も出来る、臆病にも見られるくらい冷静な者が王に相応しいという事を告げられて、物凄く腑に落ちてしまった。


"―――そう言った、性分の者をお求めというのなら、この国の王としての役割、出来る限りで承りましょう"


そう返事をして、王となる覚悟をしめした。


それから直ぐ、6人程やがて国の為政者や軍人となる中でも中枢と呼ばれる役職に就く一族から、若い娘を嫁として娶らせられた。

一夫多妻は、ヘンルーダを含める一帯に昔からある風習と文化でもあるのだが、流石に驚いてしまう。


だがそれも"いざという時の為"という事なのだと、直ぐに承知して受け入れる。

幸いにも娶らせられた娘達も"一族の長となる父に逆らうことがありえない"という価値観で育っているので、誰も哀しむことなく、寧ろ喜んで嫁に来てくれた事には、王ととしてよりは、"夫"として安堵した。


それからも、新たな夫人を迎えるという話も出たが、先ずは最初に嫁いで来た娘達との間に子ど授かってからという事に落ち着いている。

この地域の文化なら、妻に対しての配慮など気にせず新たに夫人を迎えるのもあってもおかしくはないけれども、それもサブノックの王となった人は拒んだ。


"王"としての役割を振る舞う上で、自分の個人の意思が通る所は、出来る事なら通させて貰う事。


それは役目を承る時に自分という人の中で決めていた事で、同朋にも承諾を受けており、そうするのが"王"という役割を受け入れた事を後悔しない為だった。


また、表には出さないけれども王の血の引く子供が跡を継がせるとは、明言をしてはいないにも関わらず、既に6人の娘を嫁がせた一族の間では軽い、ある意味では当たり前の様な"跡継ぎ"の対抗心を抱いている所もあるのは知っている。


だが、生来的な武人の一族の競争心も併せて、子どもは授かりものという所で、妻になった婦人達からは不満を口に出されない程度に公平に接しているので、跡継ぎに関しては"蚊帳の外"的な面もあった。


もし6人の妻から男児が1人も授からなければ、新たに妻を娶るか、恐らくは生まれているだろう娘に、"王"に相応しい婿をサブノックの若者の中から、自分と同じ様に選出する事も既に決まっている。


若しくは万が一にも子どもすら授からなかったなら、それこそ今回と全く同じように、サブノックという国にいる、自分以上に勇猛で有能な若人から捜しだして、新たな王が選ばれる。

まるで戦略を考える様に、色んな場合と状況を想定をして"サブノック"という国が続く様に、思案は今でも続けられているのだと、そこまでを"王様の友達"に一気に話した。




"臣下に対しても、公にも不公平でない様に努める事は良いことだが、全てをダメだった場合に当て嵌めて考えるのは、はっきり言って好ましくないな"


不公平になるのが嫌なの事と、サブノックという国の成立ちの事情を、両方の国の臣下がいる前で包み隠さず口にする友となった王に、ヘンルーダの王はあからさまに呆れた表情を浮かべ、その表情を崩さぬままに、更に話は続けれれる。


"武人から成り立っている国の王に対し、失礼かもしれないが最初からそこまで、きっちり戦場の様な考えばかりをしていたなら、大変な負担になるとだろうという感想を持った。

だから今少し、肩の力を抜いたらどうだろうか"


先輩風を吹かすつもりなどはないが、"国"に王として関わった時間が長い分、これまで有効な関係を続けてくれている土地の王となった人に、忠告を続けていた。

そして言われた方も、国の代表になると本決まりになる前からそれなりに付き合いのあった、隣国の王に正直に、個人の気持ちを公の場という意識を忘れずに口にする。


"最初だからこそ、出来る限りに対して公平でありたいとも考えています。

私が口にしている事は、王となったこれから先に失敗した場合、それを補填するための理想論ばかりです。

だが、勿論全てを今口にしたような、失敗を最初からするつもりもない。

私の出来る限りの範囲で、誰も不満を持たない様にしようと考えている。

それには、肩の力を抜くわけにはいかないのです"


内心で失敗に対して臆病過ぎる構え方をしている頑固だと思いながらも、その考えを変えるつもりはないと、意を決する気持ちでサブノックの王は返答する。


折角建国がなされたのに、初めての王となる自分が行う振る舞いで暦にケチをつける事を刻む様になることは、どうしても避けたかった。

新しい国の王様の頑なさを、その口調で察したヘンルーダの王は酒の匂いの混じった息をやや大袈裟に息を吐いた。


"肩の力を抜くわけにいかないのなら、せめて気が抜ける時が来た時に、肩を揉んでくれる存在を拵える事だ。

まあ、最初に"自分の国の中に、弱音や相談できる存在を置けば良い"と言った意味は本来はそこにあるのだよ、サブノックの王様。

面倒くさいから、率直に言う。

国の中からが難しいのなら、"外“から身分に気兼ねなく話せる友を作ればいいと、同じ王としての立場から提案をしているんだよ。

うちには既にそういった相手がいるぞ……言っておくが、新たな寵姫を迎えろとかそういった意味ではなくて、純粋に友として話したい相手という事だ"


既に第一夫人で后との間に嫡子も恵まれ、後宮(ハレム)の側室にも子供を授かっているヘンルーダの王は、自分の現状から招きやすい誤解を取り除く様にそんな事を口にする。


"出来る事なら、賢いか物知りの者が良いだろう。王としての立場を忘れて、(まつりごと)など関係ないくだらない話をして、息抜きが出来る相手が良い。

何なら、私のその友人から、適当な人物を紹介をしてや―――"


"ああ、それなら、大丈夫です。そんな意味での友人なら、既に迎えておりますから"


ヘンルーダの王が紹介するという言葉を言い切る前に、被せる様に断わりの言葉を口にする。


"何だ、既に"賢者"を迎えているのか?"


ヘンルーダの王は両眉をグイと上に上げて驚きの表情を浮かべて、自分の申し出を実に素早く断った友人を見つめる。



よくよく見て見れば言葉だけではなく、両掌を見せて、更には頭を左右に振っている為公式の行事の為の被っているサブノックの民族衣装の帽子から、この地域では幸福の印だとされる青い髪の前髪が数本垂れて揺れる程だった。


"ケンジャ?、ああ、賢い意味での賢者ですね"


ヘンルーダの王は(そこまで紹介を拒まなくても……)と軽く凹んでいる表情を浮かべながらも、サブノックの王は勧めようとしていた予想の存在について、ここで漸く理解した様だった。


"いいえサブノックに逗留なさってくれているのは、賢者殿ではなくて、旅人殿ですよ。

確かに、賢そうな方ではありますけれども"


サブノックの王は自分が迎えているのは、詳しく話にまだは聞いてはいないけれどもこの世界を寝床を決めずに歩き回る旅人と自称する者だと告げる。

旅人の名前についても、聞いていたので口にする。

その名前も異国の物でありながらも、男女ともとれる響きであったので、そして話の流れ的にヘンルーダの王を含めて性別に関して、突っ込んでくる事はなかった。


"ほう、賢者ではなくて、“旅人“か……"


ただヘンルーダの王の方は、”旅人“という言葉に何かしら思い当たる所があったのか、自分のヒゲの生えている顎を撫でてから、自分の国の近習を呼ぶ。


”今回の祝いの席に、賢者殿は同行しているか?”


近習は"同行はしているが、サブノックの何処にいるかが分からない"という返事をされていた。


"まあ、予想通りの返事だな。あの方も、賢者と今は名乗っているが、ヘンルーダの土地が気に入ったからと、残ってくれたに過ぎない存在だ。

サブノックの王殿、宜しかったなら、貴方の国の旅人殿と、私は逢わせてはもらえないだろうか?。

賢い雰囲気の旅人いうのに、少しばかり興味を持った"


"……一応、私の客人という立場ですので、逢う逢わないはあくまでも旅人殿の判断に委ねる事になりますが"


ヘンルーダの王が、このような話の流れになったなら、自分の友人に興味を持ったのは仕方ないと思うのだけれども、紹介するという事に不思議と少しだけ、躊躇いを覚える。

だが、直ぐにサブノック側の近習から、旅人の方も今日の祝い事で調べたい事があるから、客室にはいないと報告された。


"そうか、今日は祝いの宴席が終わったら、国の行事があるからヘンルーダにとんぼ返りだから、十中八九サブノックの王“の“旅人殿には逢えないだろうなあ"


大変残念そうに言うヘンルーダの王に、旅人を逢わせなくて済んだ事を顔に出さないまでも胸の内で安堵しながら、その言葉を聞いていた。


”ヘンルーダの王の、その気楽に話せるご友人という方は、賢者というのは、そのどういう経緯でお知り合いになって、そういうご縁になったのですか?”


自分でも判らない感情と共に、少しでも旅人から話題を逸らそうという気持ちで、サブノックの王となった人は、王の友人として、してもおかしくはない質問をする。

すると今度は片方の眉だけをグイと上げて、顎に手をあてて口の端を少しばかり上げながらヘンルーダの王は口を開いた。


”私が話したなら、そちらの出会いを話してくれるのかな、してくれると言うのなら喜んで話そう?。

まあ、うちのはアレだ、昔からいるんだよ、何だか"国のしきたり"みたいでな。

物心ついた頃からいて、その時は爺さんの賢者で私の"父"、先王の友人としていた事もあったし、年齢の事もあって詳しい事を知る前に、私が10になる位前に、"旅立たれた"。

それから数年して、先王も高齢でそれでそこからは暫く賢者……というよりは、友人が不在みたいな感じで良いみたいな様子だったな。

国も安定していたし、先王陛下も寂しそうではあるけれど、それが自然の流れだった。

そんで俺が……私が王位に就くという事が国の議会で決定する前ぐらいになって、少し私より年上な感じでな、国の宰相に“うちの国の新しい賢者“ですと、紹介された。

どういう経緯なのか尋ねたなら、賢者自身が言うには「どこの国にも必ず1人はおるような仕組み」だという事らしい“


ーーーえ?


そう遠くない昔に、聞いた覚えがある言葉に、サブノックの王は少しばかり固まっていたのだが、ヘンルーダの王はその変化には気が付かないまま、楽しい友人との出会いの演説(スピーチ)を続ける。


“普通なら疑問に思う所もあるのだろうが、余りに不貞不貞しく言い切るものだから、話していて、それは博識で面白い方なんでな。

私も、王という立場から気楽に(まつりごと)抜きで、気楽に話せる立場の者がいるのが有難かった“


そこで一息をついて、ヘンルーダの王はサブノックの王を見つめる。

先程より帽子から垂れていた青い髪は更に少し増え顔に垂降り、強張った表情をしているのにも関わらず、隣国の王は実に雄弁に語りかける。


"これが、ヘンルーダという国の王と友人である賢者との出会いだ。

もし面白い事を期待をしていたなら、申し訳ない。

だが、出逢いこそ平凡なのだろうが、友人としての賢者殿は、実際に話したなら面白い人物だと感じる事は保証はしよう。

だから、サブノックの王殿が望むというのなら、うちの賢者に貴方と気の合いそうな人物を紹介しようとも考えていた。

だが貴方は自力で出逢った旅人いう方がいるのなら、余計なお節介だったようです"


それから友人となった隣国の王から向けら、"今度はそちらの番だ"という意思を含んだ視線を受け止める。

ヘンルーダの国の王とその近習も話の流れでだとしても"旅人とサブノックの王の出逢い"について興味を持っているのが察する事が出来た。


加えて自分の国の臣下も、客人として受け入れた際にそれなりの説明されていたのだが、"旅人"のより詳細な情報を求めているのが判った。


旅人が故郷だと語った場所は、以前のサブノックと同じ様に、国というのものではなくて、いくつかの部族が集落を作って暮らしているのが知られている土地だった。


実際にその土地や部族を知っている者もサブノックにいたので、旅人を紹介をされた当初は連れ帰った時刻は日も沈んだ事もあったので、そこまで突っ込まれずに訊かれなかった。


時期的にも建国間近という事もあったので、王が連れて帰った"客人"にそこまで構っていられないのもある。

ただ国王となる人が新たな友人となる人を連れて帰って来たのなら、その日の息抜きに出かける前に比べたなら、随分と雰囲気が柔らかくなっていたのは明らかだった。


元々、王として選ばれた理由の1つに、武人として勇猛なこともあるが、そんな中でも外交的に穏やかな部分が強いという所もある。

だが、建国の為に連日籠もる様に話し合いを続けており、その場所には王としての存在の彼が欠かせない。


周囲の武人が、自分達の王に据えるのに相応しいと認めた、穏やかと評される人に、ただ1人休息なしの状態にもなり、疲れが貯まっていたのだろう。


その影響で、雰囲気どころか周りの空気が荒み、加えて本人が口に出さないだけこともあって、完全に休ませる時期(タイミング)を逸してしまう。

そんな中で"休ませてあげて欲しい"という意見が、彼の伴侶となった6人の妻達から、各々の父親となる一族の長に時期を同じくして上がった事で、周囲も漸く動き始める。


"妻1人"の意見なら、話しも聞かずに一蹴をしただろうが、同時期に全員揃っての訴えだった。

更に建国の話し合いの席に同席している"6人嫁の父親"が、王となる青年の荒んだ空気を間近で体感している為、それが休息を取る為の後宮にまで及び、しかも改善されいないと判る。

休むべき場所の場所ですら、休めていないのなら、その周囲はどう自分の国の王となる青年に休む事を勧めていいのかわからない。

しかも空気や雰囲気が荒むだけであって、決して国となった時に必要とさえれる王としての振る舞いを崩さない。


責任感が強い事も王として彼を据える理由になっていたのだけれども、今度はそれを拗らせているのか、休めを進めようとする言葉には笑顔で"心配をしてくれてありがとう、でも大丈夫です"と断わりを入れる。

だが、その断りすら、顔の形は確りとした笑顔なのだが荒み具合の雰囲気と空気で、休みを進めたのはサブノックを代表する武人の集まりですら、肝が冷える状態になったのだった。


"……身体が疲れているわけではないのです。それに、眠れないというものもない。

私自身は、本当に大丈夫のつもりなのです"


ただ、普段なら建国に向けての話し合いを進める武人達から、休めを進められる程、自分の状態が気遣われた事で、漸く自分の有り様に気が付いた青年は、正直に身体も心も疲れてはいないと口にしていた。

すると、"疲れていないならば、したい事は無いのか"と尋ねられた。

そう質問される事は初めてだったので、少しばかり戸惑った後に、王となる事が決まる前によく行っていた事を思い出す。


"それでは、昔の様に馬で早駆けでもしてきても良いでしょうか。夕刻には戻ります"


そう口にしたなら、1人で行動することを若干心配する声を出されをしたが、携えている"荒んだ"から今度は"殺伐とした"と表現が切り替わりそうになったので、その心配は表に出される事はなかった。


そして王となる人は、馬を駆けて国境近くで"旅人"を拾う事になる。


旅人を保護して連れて帰った時には近習を含めて、陽が沈んでも戻らない王となる若者を心配する武人達が、建設の完了していた王宮で右往左往していた。


"遅くなって、済まない。

まだこの国の王ともなってないのに、命令みたいなことをしてしまって悪いのだが、先程の息抜きで、どうしても客人として迎え入れたい友人が出来てしまった。その、頼めないだろうか?"


戻ってすぐに、遅れた事を謝罪され、それからいきなりの願い事に大層驚き呆気に取られる。

だが、それ以上に頼み込む、いずれ王となる青年の晴れ晴れとした表情と柔らかくなった雰囲気に輪を掛けて驚くことになっていた。


そして、直ぐにこのように青年の雰囲気が和らいだのは"息抜き先"で拾ったという、薄汚れた旅人なのかと、帰りを待っていた一同は考える。


その当の旅人と言えば、


"客人としての受け入れが大丈夫なら、この国の装束を纏ってみたいのだが。

ああ、丁度あんな感じこの国特有の極彩色を、もうちょっと地味にした感じなのが着てみたい"


と不貞不貞しく、男性の近習を指さしながら一番側にいる侍女に頼み込んでいた。


はっきり言って、旅人からは怪しさは満載なのだが"危うさ"という雰囲気からは皆無で、


"ダメなら直ぐに出て行くから、安心して良いですから。

あ、でも食料と水だけ何か持ち物と交換してもらえますか?。

あんまり、価値のある物は持ってはいないけれども……"


と、あっさりと口にし、自分の鞄を漁り始めるので、"本当に食料を持たず、行き倒れていた所を助けられた旅人なのだな"という認識を強めた。


だが"直ぐに出て行く"という言葉に、戻って来たばかりで晴れやかだった青年の顔が一気に曇り、雰囲気は瞬く間に帰ってくる前の荒んだ物を通り超え、殺伐なものになろうとしていた。

これには王となる青年の事と、これからの国となるこの地域の事を含めて心配をしていた一同は、必要最低限を確認したなら、旅人の逗留を認めてしまった。


後に王となった青年が、友人となった旅人に"直ぐに出て行く"と口にしていた事を軽く責める様に口にしたなら"ごめん"と笑いながら口にしつつも


"やはり最初から信用しろというのは難しいですから、貴方が私の事をあまりにも押してくれるので「押してダメなら引いてみる」をしてみただけですよ。

効果覿面(てきめん)だったろう?"


そう言われたなら、その通りだったので少しだけ面白くなさそうな表情を浮かべると、旅人は指を"パチン"と鳴らして、友人の視線を引きつけてから注意をする。


"それに、国の王様となる貴方の事を心配している臣下で民であるのだろうが、"君"個人を心配をしてくれている人もいる事も、もうそろそろ考えてもいいんじゃないかな。

これから出来る国の、サブノックの王という立場になる君が、その上で臣下の立場やこの土地の文化が心配するする気持ちを伝える妨げになるとは思う。

けれども、君の方から"少し助けて欲しい"と手さえ伸ばしたなら、案外握り返そうとする臣下や民は、結構いると思うんだけれどなぁ"


賓客としての逗留をする手続きを行う際に、自分より1つ程ではが年上だという事が判明した、やや地味なサブノックの装束を身に着けた旅人は、"責める"友人にそう話し終えた。

だが、友人としてその言葉を受けとめつつも、招いた方は不満もあって言葉を返さないと気が済まない様子だった。


"……仮に貴方が言う様に、私が助けを求めて手を伸ばしたなら、そういう風に握り返してくれるというのは、有難い事だと思う。

だが、例え殆ど建国の支度は済んでいるとはいっても、まだ王にもなっていないし、彼らの役に立ってもいない。

それなのに、手を伸ばすというのも厚かましいと思う。

だからこそ、助けた上でこんなことを言うと恩着せがましいかもしれないが、気楽に話せる友人として貴方に、この国に逗留して欲しいと頼んだのに"


友人は何にしても"留まっていて欲しい"というという言葉を、手管にしても否定した事に怒っている。


"それは、気を悪くしたなら謝ろう。けれども、君と出逢った時に私が口にした言葉が、嘘でないのは解っているだろう?"


"それは判ってはいる。だが判っているからこそ、方便でも気を悪くしたし、面白くはない"


青年本人は気が付いてはいないが、それは随分と拗ねた様子に旅人には見受けて、思わず笑ってしまっていた。


"そこまで気を悪くしたなら、何度でも謝ろう。だが、今でもあの時口にした言葉は変わらない。

もう君に断わりもなしに、サブノックという国になったなら、勝手に出て行ったり消えたりはしないと約束するから、許してはもらえないか?"


旅人にそう言われて、漸く拗ねたような態度を引っ込める。


"約束をしてくださるなら、良いでしょう"



―――それは願ったり叶ったりだ。国が誕生する瞬間にある意味、私は間近で立ち会えるかもしれないという事になる!。

―――それは実に、興味深い事で、そうそう出逢える物でもない。

―――出来る事なら、誕生してから国として落ち着く様になるまで、見ておきたいものです。


出逢った当初は、年上とは知らなかったが、年の近い"外から"やって来た旅人が口にした言葉が、今まで王となる為に、我武者羅にやって来たことが、初めて形になっていると実感できた。


その事が、本人では自覚できずにいた焦燥しょうそうで周囲に与えていた荒んだ空気や殺伐とした雰囲気は、取り去ることが出来た。


"君が王様になろうとしている国は、内側となる部分が武人という方達が基礎となっているから、それは誇り高く潔白となるだろう。

外からやって、時々言葉で誤魔化すような生き方をしている者だからこそ、尚更思うし感じるよ。

出逢って間もない友人だけれども君が不公平になる事を、心から嫌うのは知っている。

けれど、私以上に臣下や民になる事受け入れてくれた人達は、そこは弁えてくれいると思う。

特に、君という王様が好きな人程自分から、"王様が困らない様に"自ずから必要な距離を考えて取ってくれる。

逆に、今はまだないとは思うけれども、必要と感じたなら、躊躇い、自分の印象が悪くなるのも覚悟しながら接近して、意見をしてくる方もいるかもしれないなあ。

でも、好きだと言ってもの、相手が困っているのに気が付かずに、好意や意見を押し付け来る時も無きにしも非ずだ。

……ああ、相変わらず喋りたいように喋っていたなら、最初に何が言いたかったかが迷子になる"


旅人はそう言って、自分の近くに置いてあった鞄を側に寄せて、ゴソゴソし始めながら、再び口を開く。


"何にしても、私は王様の友人として傍にいる事を約束はするけれども、もし、君の立場が悪くなりそうな時は、自分から距離を取ろうとする事は宣言して置こう。

距離を取る事が、王様と旅人が友人……友達として長く付き合う為に必要な事だと、考えているから。

それでこうやって宣言しておかないと、また友達に拗ねられそうだ"


青年はそれまでの人生で、先輩にあたる武人から、からかいの言葉をかけられた事はある。

1つだ年上のを旅人がそれと"似たようなもの"を口にしただけとも頭で処理をしながらも、何かしらの引っ掛かるものが胸元の方に感じていた。




"―――こちらは旅人という言葉通り、旅をなさっている所を偶然出会ったんです、それだけですよ"


それ以上でもそれ以下でもない関係で、客人という形で迎えた友人。


そう説明するよりほかに(すべ)が、サブノックの王にはないのだが周囲からは、今は隣にいるヘンルーダの王を除いて、"本当にそれだけしかないのか?"という思惑を含めた視線を集めていた。

しかも、どちらかと言えば"旅人の興味を持つ"視線は、自分の国の者からの方が強い。


(……建国を終えて、落ち着いた今になって、旅人殿のより詳細な素性が気になるという事か、目につきはじめたという事なのだろうな)


嘗て旅人を連れて帰った時に、友人になりたいという人に自分の臣下が向けていた、訝し気な視線を思い出し、胸の内で息を吐くような思いだった。


あの時は、旅人が不貞不貞しい発言を連発した事と、


"ダメなら直ぐに出て行くから、安心して良いですから"


という言葉を口にしたことで、サブノックの王となる青年が、一気に不穏な空気になった為にそのまま有耶無耶になってしまった。


だが、それから建国の披露目を行うこの時まで、特に臣下が不満そうに思っている雰囲気など全くなかったように思える。


サブノックの王となる青年が、その執務の合間や息抜きに訪れる程度位しかなかったけれども、旅人は口下手を自称しながらも、生活する宮殿の中では何も問題なく過ごせていた様に見えた。


(旅人殿の事を受け入れた様に、私には見えていたのだがな。取りあえず、今はヘンルーダの王殿に納得して貰えれば、この場はおさまるだろう)


少しばかり狡いとも思うが、この現状で"サブノックの王"と対等に口を聞くことが出来るのは、ヘンルーダの王しかいない。

だから、彼さえこの話題をこれ以上引っ張ろうとしなければ、もう旅人に関しての話を続けないですむ。


(晒し者の様に、旅人殿の事について話されるのは、面白くないからな―――)


無意識に目元全体に力を入れながら、隣国の王様に向かって口を開いていた。


"ただ、思えば旅人殿はヘンルーダの王殿の賢者殿と似ている所があると思います。

その不貞不貞しい所はありますが、話していて、それは博識で面白い方です。

世界中を旅していただけあって、サブノックという国から出た事が無い私には、新鮮な話ばかりです。

もしかしたら、何かしらそちらの賢者殿とご縁が旅人殿にはあるかもしれませんね。

ただ、2人ともこの場所にはいませんから、話しを進めたくても進められませんが"


極彩色の王族の装束の帽子から垂れた青い髪をなおしながら、笑顔でそう答えたたなら、サブノックの王としては、少しばかり意外な事に、ヘンルーダの王は力強く頷いた。


"……それもそうだ、こうやって話を進めるのは変な事だよなあ。それに当事者がいないのに、その人の話をするのは悪口を言っているみたいで、私は嫌だなあ"


まるで子供ような口の聞き方に加え、"悪口"という言葉に宴席にいる人々が国を関係なく、"ギョッ"とした表情を浮かべる。

それはサブノックの王も同じで、流石に"ギョッ"とはしないが、目元に入れていた力は抜けてしまい思わず口を開いた形で固まってしまっていた。


だが、そんな事はお構いなくヘンルーダの王は語り続けながら、残りの少なくなった酒の杯に手を伸ばした。

"自分の国の賢者の―――"友人の自慢話"はしたいけれども、本人がいない所ですると、本人の厭がる表現を使ってしまうかもしれない。

さて、祝いの楽団の楽曲もそろそろ終盤に入ったみたいだし、この一杯を飲んだら失礼をするとしよう。

日の方も夕刻に向けて傾き始めているみたいだしな"


そう言って自分の国の側近や近習に当たる従者に呼びかけ、サブノックの王宮にある宴席から望める大きなバルコニーから、晴天の空を見つめ、小さくスンと鼻を鳴らし、さらに口にを開く。


"ついでに、夏もまだ前だが、夕立が一雨きそうだ。確か楽団の楽器には、湿気に弱い物もあったから、これは早めに切り上げた方がいいだろう"


そう言って一口で残った酒を煽って飲み干してしまったなら、結構な量を飲んでいたと思うのだが足元をふらつく事無く、鮮やかな絨毯の上を立ち上がる。


"さて帰ろう。ああ、そうだ最後にサブノックの王に隣国として親愛の握手を交わして貰えないだろうか?"


そう言いながら、サブノックの王に手を伸ばす。

流石に、座ったままは握手は失礼になると急いで立ち上がろうとするサブノックの王の脇に、隣国の王は手を突っ込み身体を一気に引き上げる。


"スミマセン―――"


一気に引き上げられたことで、背丈はそう変わらない2つの国の王様の頭は丁度並んだ時、ヘンルーダの国の王は青い髪の生え際が見える耳元に素早く囁いた


"ちなみに私の賢者と名乗る友人に、"賢者になるその前に何をしていた?"と一度尋ねたなら何と答えたと思う?。

"旅人"だそうだ"


”旅人?”


囁かれた言葉に当惑し、思わず自分でも気が付かない内に繰り返していた。

サブノックの王が少しばかり動きが固まっているのは、急に体を持ち上げられて驚いている状態――――。

2つの国の王様達以外の誰もがそんな風に思っている内に、ヘンルーダの王は既に立ち上がっている状態のサブノックの王が、差し出す様に出している掌を地か強く握り、激しく振っていた。


"それでは、また。これからも、ヘンルーダとサブノックの友好な関係が末永く続かんことを”


そう満面の笑顔を浮かべた後、軽く痺れが残る程度握っていた友人の王の手を離した。

それからサブノックの職人の手に取っておられた色鮮やかな織物で、ヘンルーダの装束に仕立てられたを裾を翻しながら、振り返りもしないで隣国の王は自分の国へと帰るべく宴席を出て行く。


そしてその後ろを、ヘンルーダの王の近習や臣下が壁の安置場所に王や自分達の武器や、置いてある装具を手にし、挨拶もそこそこに、先に出て行ってしまった王の後ろを追っていた。





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