ある小さな恋の物語⑦振り返る影⑥
「そんな物騒な物はしまいなさいな。
あんたは恐らく、アングレカム・パドリックが定めた英雄の仕組で南国で最初の英雄になる人物になるだろう、”ミルトニア・ブルースター"。
それが、そんなくだらない事の為に、綺麗な顔の眉間にシワを刻む事は無いよ。
縦も横も、シワはババアに任せてあんたはその褐色の滑らかな肌は、ぱっつんとさせときな。
それに予定よりも数十年早く人生が終わっても、このババアは困りゃしないよ」
南国の"カラカラ”というガラスの酒の容器を指で摘まむ様に持ちながら、その国の武器の切先を向けされながらも、全く恐れる様子もないサブノックの賢者が、実につまらなそうに口にします。
異国の賢者が、自分の国にいる"元賢者"と殆ど同じ返事をされた事に、ミルトニアと呼ばれる老いた南国の王の、美しい護衛は項垂れ、武器を言われた通りに納める。
ただ素直に片づけたのには、他にも重なる理由があった。
先ずはサブノックの賢者は自国の"元賢者"とは違い、同性である事。
それと賢者がサブノックでは控えよとも国王に言われながらも、改まった場ではない限りに使っている一人称である"ババア"が、剣まで抜いたミルトニアという女性騎士の心を鈍らせていた。
本当に偶然でしかないのだが、彼女の育ての親となる老女が、南国の御祖母さんという意味を表現する"オバア"を、そのまま同じ様に一人称に使っていた事もある。
ミルトニアが王の護衛の騎士となる事を喜んで、十分長い人生を全うした後に"旅立って"いったオバアを重ねる事を、失礼と弁えながらも彼女にしては珍しく感情的に口を開いた。
「自国から"賢者"がいなくなってしまった事が、どうしてくだらない事になるのですか?。
それに例え、セリサンセウム王国の宰相アングレカム・パドリック殿の提案した仕組みに則り、私が英雄になったとしても、他国に脅かされる危険は、今までと変わらずあり続ける。
それに我が国の王は相談をしたくても、自分の国の賢者が賢者を辞めてしまったから、相談をするのならこうやって、異国にまで赴かなければならない」
「だからといって、"賢者という存在になれる、この世界の理屈を教えください"と言われてもねえ」
ミルトニアを騎士というよりも、まるで将来を悩んでいる若人を見守るような気持ちで、サブノックの賢者は美しい褐色の肌の娘を見つめ溜息を吐いたのでした。