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Lost properties(拾得物)①

挿絵(By みてみん)

「よし、さっさと情報を拾って帰ろうか!。私もこの格好の時に、リリィや天然騎士とやんちゃ坊主に出逢ったなら拙いしね」


「だったら、1人でいったらどーっすか?。

つか、あのアルセン様と同じ軍服?着た人、アトを保護してくれた人!。

マーガレットさんの店から出て行く時、すっげぇ怒っているの隠しもしないで、蛇みたいな眼をしてネェツアークさんの事睨んでいたけれど、本当にいいんすか?」


王都の城下街の東側の路地裏を、青いコートに衣替えをしたネェツアークの後ろを、まだ王都の道には明るくないシュトが、付いて行く。

路地裏という道筋の為か、直ぐ傍で昼下がりの人の喧騒は聞こえるのに、背の高い2人が通る道はまだ誰ともすれ違う事はなかった。


「睨まれる程度で、気持が済むなら幾らでも睨んでくださいってね。でも、あの現状で私がシュト君を連れて行って、後の事を巧く纏められるのも、ロドリーしかいないから仕方ないよ。

それに意地を張ってというか、リリィに会おうとするのをいつも拒否ではないけれども、逃げようとするんだもの。

もうそろそろ、いい加減に逢ってみてもいいと思うんだけれどもねえ」


「……あのロドリーさんも、ネェツアークさんの"奥さん"を知っている数少ない、1人って事ですか?」



自分の前を進んでいる、フワフワとしている鳶色の髪の後頭部に向かって、いつもシュトらしく、皮肉を込めてそう言葉を返していた。

鳶色の人の"極短い間"伴侶だった人の情報は、本当は繊細なもので取り扱うにしても、細心の注意を払わなければいけないのも判っている。


この状況だけで見たなら、シュトが"口達者"なネェツアーク―――"賢者"をやり返す為に、考えなしに発した一言の様にも見える。



だが、この様な発言をしても仕方がない位のやり取りが、昼食を兼ねた"打ち合わせ"が、昼休憩中のマーガレット・カノコユリの菓子屋の店内の中で行われていた。









「―――まがれっとさん!おかえりなさい!、あ、シュト兄もいます!、ネツさん、シュト兄帰ってきました!」


王都にやって来たなら、先ず再会する時は"ウサギの姿"だとばかりに考えていたのに、姿を現したこの国最高峰の賢者は、"人"の姿になっていた。



「あら、新しいお客さんかしら……でも、アト君が随分と懐いている」

マーガレットは、どうやら"人の姿のこの国の最高峰の賢者"は見た事はないらしく、シュトの横で、ポップコーンを抱えて小首を傾けている。


その菓子職人の視線に気が付いた賢者―――ネェツアーク・サクスフォーンは(初対面及び、彼の性格を知らない方限定には)爽やかさを感じさせる笑顔浮かべ、長い指の掌をあげていた。


「あ、マーガレットさん。どうも、"この姿では初めまして"。

それと2人とも、ロドリー・マインド卿については気にしなくても大丈夫。

アルセンの名前以上に、私の登場にブチ切れていらっしゃいますから~」


「シュト兄、ロドさんが頭痛い言っています!、アプリコット様から、イチゴ味のお薬もらいましょう!。風邪薬持っていると言っていました」


だが困惑している菓子職人の事は特に気にせずに眼も髪も鳶色の賢者は、どこ吹く風と飄々を兼ね合わせた調子で、アトの手を引きながらそんな事を言う。


「あー、アト、そのロドさん?の頭の痛い原因は病気じゃないから、大丈夫です。薬の話はおしまいです」


先ずは拘りだしたら、"そわそわ"と落ち付きがないのが止まらなく弟の為に、シュトはいつもの様に丁寧な言葉を使って、そう言葉をかけた。

横にいる菓子職人の"意外"という感想が伝わってくる眼差しに、心に浮かぼうとしている照れを懸命に抑えながらこれからの"流れ"を考える。


(それで、これでいくと、まだ姿も見えてもないけれども保護してくれたのがアトの言う、"ロド"さん。

ネェツアークさんの言う所の"ロドリー・マインド"が正式な名前で、……"キョウ"は、よく貴族が呼びかける時に使う奴かな。

で、マーガレットさんの情報によれば、どうやらその"ロド"さんとアルセン様と何かしらあるらしい。

個人的には、アトも懐いている、それにマーガレットさんが軽く"先生"みたいに考える程、懇意にしているみたいだし、悪い印象を与えたくない。

でも、どうしてアルセン様と、保護してくれたっていう"ロド"さんは仲が悪いんだろうな?。

あ、でも"名前をださないでください"と言われただけで、特に良くも悪くも言われてはいないか。

とりあえず、今はネェツアークさんに腹を立てているらしいっと)


そして弟に語り掛けながら、回る頭でこれまで自分で掌握できている情報を纏めていた。

シュトにしてみれば、"ロド"さんに関していうならば初めてマーガレットから力強い視線を注がれてつつ、"注意された"ので、出来れば伝えられた事はば守りたい。


「シュト兄、ロドさん、風邪じゃないですか?!」

「うん、風邪でも病気でもないから、安心して良い。……それで、"ネェツアークさん"、取りあえず俺はこの場合はどうすれば?」


弟と至って普通に手を繋いでいるこの国の賢者に、鍋を持ったままシュトが尋ねたなら、もう片方の開いている手を、自分の顎を手を当てて、左上を見ながら薄い唇を開く。


「まあ、取りあえずお店に入って、お昼を食べながら互いに自己紹介をしない?。

ロドリーったら太っ腹だから、小金貨一枚出したみたいだけれどそののスープの量は、マーガレットさんがこれから食べたのを残したとしても、ちょっと量が多すぎだろうから。

この道すがらも話しただろうけれども、シュト君の事は迷子になったアト君の保護者、それで、ロブロウでリリィと出逢って仲良しになった位の認識程度の情報しかないだろうし」


そう言って先程の笑みから"爽やかさ"を取り除いたなら、初対面のマーガレットでも感じ取れる鋭さの視線が、剽軽(ひょうきん)な印象を与える丸眼鏡の越しにある鳶色の眼から注がれる。


「―――」


ネェツアークに滑らかな口調ながらも、自分の店を了承もなしに使う旨が込められた長文を告げられた、マーガレットの心中は判らない。

けれども、シュトの見る限りまだ瑞々しい肌の眉間に縦シワまでを作り、小さく唇を噛んでいて、何かしら"悩んでいる"のが察する事が出来る表情を浮かべていた。


「それで充分、俺やアトについては、マーガレットさんが知る情報にしては間に合っている様に思うんですけれど?。

それにしても、いきなり姿を現して、飯を食わせろみたいな発言は乱暴過ぎやしませんか?」


出来れば無意識に行いたかったけれども 、確りと意識しながらマーガレットの一歩前に出て庇う様な形になってシュトが鍋を抱えたまま、そう言葉をかける。


「……"この姿では初めまして"……?」


すると背後に立っている菓子職人から、そんな言葉を発するのが聞こえてシュトは振り返る。


「マーガレットさん、そのなんだ、ネェツアークさんの事は見た事はないけれど、話した事があるとか?」

勉強は嫌いだけれども、頭の回る傭兵は思わず声にそう出して確認するように尋ねたなら、マーガレットはハッとしては、深く頷いた。


「ええ、そうなんです。私、シュトさんの言う通り、確か声だけは聴いた事というよりは、短い時間ですがお話をした事もあるんです」



そして絶妙な例えがきっかけとなって、自分が何を思い出そうしていて、何が気になっていたのかが、明瞭に判りすっきりともする。

本来なら、その事に関しては礼を述べる言葉を口にする菓子職人のマーガレットではあるけれども今は、少しばかり興奮し、考える事に集中していた。


ただ心の中で、"何か機会があった御礼は言わないと"決め、正面にいる青いコートを纏った"ネェツアーク"さんに向けて口を開く。


「えっと、その、私の記憶が間違っていないのなら―――」


随分と前というわけではないのだけれども、その声を当時一緒に聞いていた人達が、今は誰もおらず、自分だけの記憶で辿る事に少しばかり、心細さを感じる。


ただ、個性的というか、特徴的とも言うべきか、"大人なのに飄々とした口の聞き方"をする人物に彼女は、18年間の中で"思い出した人物以外"出逢った事がなかった。


なので、それを確信とする為の材料として、糸の様に細く頼りないながらも、記憶を掴み引っ張り出す事に成功した。


―――やあ、マーガレットさん。使い魔の姿で、初めまして。

―――先ずは声だけの挨拶なるけれど、リリィの上司となる、"ウサギの賢者"です。


丁度"始めまして"(フレーズ)"が同じ所もあったので、自分の中の記憶と先程のシュトが"ネェツアーク"さんと呼ぶ人物の発言を重ね、合致したので言葉にする。


「貴方はリリィちゃんの上司になる、"ウサギの賢者"様なのですよね?」

「おっ?!、取りあえず前に私の声を聞いたのは、月が一まわり以上前になるのに、記憶を巧く掘り返したねえ」


ただお道化た様な声を聞きながらも、マーガレットは胸の内では僅かに確信を揺らす要素がまだあった。


(雰囲気や口調は似ているというよりは、本当に同じとは、思うんだけれども……)


菓子職人が掘り起こした記憶の中で、親友の強気な女の子が大好きな"ウサギの賢者様"とは違う物が"2つ"と1つの疑問があった。


先ず、1つ目は声の高低だった。


(声の基本みたいなものは一緒なんだけれど、高低に差がある様に思える。

でも、それはもしかしたら"使い魔"を通してのお話だったからかもしれない)


マーガレットが、かつて"ウサギの賢者"と極僅かの短い時間ではあるけれど、会話を交わした時は、それは"金色のカエル"という使い魔を介した物でもあった。


その時には、リリィを含めて数名の"お客様"もいらっしゃったのだけれども、動揺をしていたのはマーガレットだけでもあったので、"そういうものだ"と心底驚いた物だった。


「あの、今日は賢者様の使い魔だと伺っている、金色をしたカエルさんは?。前にお話をした時に、金色のカエルさんを通してだったので声の質が少しばかり違う様に思えるのですが」


「ああ、カエルはね、ロブロウでとても活躍もしてくれたんだけれども、調子にのってちょっぴりワガママな行動を取っちゃたので、"鎮守の森"の魔法屋敷で、調整(メンテナンス)を兼ねてお留守番」


シュトも"賢者の使い魔"は知っているけれども、どうして今マーガレットがその名前を出すか判らずに眉をあげている間に、ネェツアークは朗々とそう返答する。


余りにも間を開けずに、流れる様に行われた返答は、"マーガレットがこういう質問をしてくる"と予め予測をしているのが窺がえた。


(じゃあ、私が次にしそうな質問や疑問も、このネェツアークさん、というよりも"ウサギの賢者様"は判っていそうな気もするのだけれども―――)


残りの1つの違いと疑問を今この場でするべきかどうか迷い、無意識にシュトの代わりに抱えているポップコーンを少しばかり力を入れて、握りしめる。

すると好きな者、特に"食べ物への拘り"が強いアトが、その音の正体にすぐ気が付き、いつもの調子で空気を読まずに今まで、ネェツアークと手を繋いで、後ろに隠れる様にしていたのに、前に出てきた。



「―――!まがれっとさん"ポップコーン"ですか!?。"何時買ったんですか"!?、アトね、キャラメル味が大好きです!」

「え?!おいちょっと待てよ?!。アトは"キャラメル味のポップコーン"、アプリコット様に奢って貰って、シノさんと一緒に買っただろう?!」


今度はシュトの方が、弟のその発言に驚いて、マーガレットとネェツアークが話しているのにも関わらず、言葉を挟み込んでいた。

だが、アトの方は兄の言葉に眼を丸くして頭を左右に振る。


「アト、"ポップコーン、しりません"」


それからネェツアークと繋いでいない方の手を、シュトがマーガレットに特徴として教えた"白い麻のカバン"の中に差し込んで、ゴソゴソとしながら、あるチラシを取り出した。


「アトは王都に、アプリコット様とシュト兄とシノちゃんと来ました。

それで、アプリコット様が思ったより早くついたと言っていました。

アトは、まがれっとさんのお店のチラシを見つけました、拾いました。

そうしたら、迷子になってアルスのせんせ―と同じ服を着たロドさんがいたから、チラシを見せたら"まがれっと”さんのお店につれ来てくれました」


そう言ってを鍋を抱えている兄に向ってチラシを差し出すが、今度はシュトの方が弟の差し出した物を見つめた後に、眉間にシワを寄せて頭を左右に振る。


「ちょっと待てよ、そうじゃないだろう?!。王都に着いてからは、さっき言った話の通りで、それで大きなポップコーンを買ったおまけに黒糖味のポップコーンを貰っているはずだろ?」

「……アト、ポップコーン、持っていません」


悲しそうに言う弟の表情に愕然としながらも、汁物屋の”ココノツ”でマーガレットと交わした言葉をシュトは思い出していた。


―――手にもっているか、そのカバンにいれてるか判らないけれど、ポップコーンのオマケがある思うんだけれども。

―――あのでもポップコーンについては、カバンの中を見た訳じゃないから、知りません。


(そもそも、アトの性格からして、"ポップコーンを買って貰った話をしない"のがおかしい。アトなら、嬉しかったことは打ち解けた相手に直ぐに話し出してしまう筈だし)


何より、弟は嘘をつくという考えが出来ない”。


そこで”パンパン”と、一般的に”拍手”と呼ばれる音が響き渡る。


東側の飲食街でもあるけれど、マーガレットの店を構える周辺の殆どの店や民家が、昼休みという事もあって、奇跡的とも言うべきなのか人の姿はなかった。

なので、その拍手の音の発生源であるネェツアークの方を見たのは、傭兵の兄弟と賢者と同じ様に国最高峰の菓子職人だけである。


「はいはい、じゃあ、マーガレットさんの方も、私に関してはまだ疑問みたいなものがもあるみたいだし、その前にとっても珍しい兄弟喧嘩も起こってしまいそうだし、これからどうしようか」


"場を収めよう"という雰囲気は微塵も感じさせない、ついでに言うのなら掴みどころも、抑揚を感じさせない調子で、賢者が現状を自分に注目が集まった状態でそう口にする。


ただ窘めるような口調では全くないお陰で、皮肉屋の少年も素直に聞き入れる事が出来るし、随分と久しぶりに"弟が自分に怯えている"事に気が付ける位冷静になれた。


「うう、ケンカダメです……」


そして弟の方は”ケンカ”に関しては、自分と兄の事を言われいる事も判らずにいる。


ただ怯えている為、兄に差し出していたチラシを、いつの間にか"ロックさんの作ってくれたカバン"に仕舞い込み、賢者の後ろ再び隠れるように引っ込もうとした。

だが、途中で何かを思い出した様に動きを止めて、兄の方を小さく怯えながら真っすぐ見て、口を開く。


「―――シュト兄、迷子になって、ごめんなさい」

「ああ、それは、そうだな。それでちゃんと、保護してくれた"ロドさん"にありがとうございましたって、お礼を言いにいこうか」


"迷子が終わった時の流れ"が行われた事で、アトの方は少しばかり気持ちは落ち着いて、"ポップコーンを覚えていない"という話をしている頃よりマシになっていた。


「はい、ロドさんにお礼いいます、"ありがとう"って言います」

「ふむ、やはり、シュト君とアト君では、ケンカにもならないかな」


その様子を賢者は興味深そうに眺め、そんな兄弟に微笑んでいるマーガレットに声をかけた。


「何にしても、マーガレットさんのお店で、ご飯を食べながら、これからの話をしようか。お腹空いている状態で考えても、碌な考えは浮かばないからね」


「そうですね。アト君も落ち着いたみたいですし、私も思い違いをしているというより"本当にポップコーンの事を知らない"って、話している感じから、印象を受けます。

それに、私も"ウサギの賢者さま"と呼ばれている理由と、リリィちゃんの前では一人称が"ワシ"になっている理由を、聞かせて頂けますか」


マーガレットの言葉にネェツアークは、まあまあ人の良い笑みを浮かべて頷いた。


「いいよ。それじゃあ、マーガレットさんの手作りのサンドイッチと、リリィに前に自慢された"ココノツ"さんのスープに、特上のスイーツ。

それで、私の大好きなソイソースバター味のポップコーンを食べながら話そうか。

ああ、でも甘いのとしょっぱいで止まらなくなる恐れが……」


微かに漂う芳ばしい匂いで、ポップコーンのフレーバーを見抜いて、やや大袈裟に悩む姿を見せる。

それから賢者は手の離れていたアトに、指の長い手を差し出したなら、意味が直ぐに分かった様で、幼いお兄さんは自分から確りと繋ぎなおし、2人揃って背を向けて、道を戻り始める。


そんな様子に、やや呆れを込めた視線を前耳にしたものが合っているなら、丁度自分達の2倍程の年齢である筈の賢者と、その手に惹かれるアトの後ろ姿が、緩やかな曲がり角に消えた。


「―――じゃあ、私達も戻りましょうか。私の店も、賢者様とアト君が曲がったところを行った先で、もうすぐそこですから」


マーガレットに先程賢者から、賢者が匂いだけでフレーバーを判明させたポップコーンを抱え、自分の店方向を指さし促されてたなら、シュトもそれに続くように足を進め始める。


「ああ、本当に近いんですね。じゃあ、もしかしたなら、俺達がマーガレットさんを引き留めすぎて帰ってくるのが遅かったから、アトが落ち着かなくなって、ネェツアークさんは散歩に連れ出したのかも」


緑のコートから青いコートに、季節的にどうやら衣替えをしたらしい賢者をそう語りながら、ふと思いついた事を口にする。


「アプリコット様に押し付けられたポップコーンって、あの人の好みの味だったのは、こうなる事を見越していたのかな」


それなら、"イタズラ好き"なアプリコットがやりそうな事だとも思えて、苦笑を浮かべつつ、マーガレットの抱えているポップコーンを見つめ、シュトは隣にいる菓子職人にだけ聞える程度の声で呟く。


「賢者様とシュトさんは、随分と親し気に話しているみたいですけれど……。

関係は良く判りませんが、そうやって味の好みが解っているって事は、ポップコーンを預けたアプリコット様と賢者様は、それほど仲が良いという事なんですか?。

昔からの御友人とか?」


「いや、昔からって、わけじゃないんですよ。

ほら、リリィがロブロウに農業研修に行った先で居たのが、傭兵―――というよりは、"用心棒"の俺の雇い主だったアプリコット様。

それで、2人の関係は仲が良いといういうよりも、性格が似ているというか、考え方が似ているというのが合っているかもしれません。

それで意気投合している感じがのイメージが強いですね」



一般的に言われている"仲が良い"という言葉が、ネェツアークとアプリコットには当てはまらないと思える。



「意気投合というのは、仲が良いとできないことではないのですか?」



マーガレットがシュトの説明に小首を傾けるども、その気持ちもわかる。



シュトも、自分が言いたかった"仲が良いといういうよりも、性格、考え方が似ている" という表現した意味を伝えるには、言葉が足らなかった様な気もする。



「ええっと、あれっすよ。

目標が一緒なら、そりゃあ法律を破る方法でも、それを達成するまでは協力して行うんです。

けれども、その目標を果たすまでに行う日常っていうか、食事とか行動とか全く一緒に行わなくてもいいし、片方が働いている間に断わりもなくで、休んだりする。

でも、その休むのは”目標”を果たす為に必要な休養だって事は判っているから、文句も全く言わない。

信用はしているけれど、信頼はしていない……というよりも、信じてはいるけれども、頼ってはいないんです。

目標に到達する為に、自分の行う仕事に関しては妥協は全くしない感じかな。

でも、状況で判断して目標に到達する前に失敗しそうなら、協力は行うんです。

って、話しわかりますかね?」


自分で説明していて、”判りづらい話しかもしれない”と思った頃、隣を歩くマーガレットが脚を止めてしまったので、最後にはシュトの方が確認する様に尋ねてしまう。


「……えっと、究極の役割分担が出来ているという様な感じなんでしょうか。

その、話しを聞く限り、そんな行動をとっていたなら、確かに一般的にいう"仲良し"には見えないかもしれませんが、友達ではあると思いますよ。

それでここが私のお店です―――って、あれ、店のカーテンが閉まっている?」

「あれ、本当っすね」


どうやら脚を止めたのは、店に到着をしたからであって、シュトの説明には納得が出来たらしい。

ただ、マーガレット言う通り、店の窓辺に当たる部分はカーテンが閉められていた。

その出来事に驚いている内に、店の扉を開いて―――今度はロドリー・マインドが姿を現し、先ずはマーガレットに視線を向け、口を開く。


「マーガレット・カノコユリ、店に入ってくれ。

この国最高峰の賢者が、同じく最高峰の菓子職人に敬意を払い、"ウサギ"たる所以(ゆえん)の説明及び、証明を行う」


「―――はい、畏まりました、ロドリー・マインド卿」

「―――!」


突如としたように扉を開いて現れたロドリーに簡潔にそう告げられたなら、マーガレットが恭しく礼節を以て、頭を下げた事に、傍らに立ち先程まで打ち解けた雰囲気で話していたシュトは驚く事になる。


だが俄かに発した、緊張した雰囲気は続くのかと内心身構えていたシュトだったが、続いて出てきたマーガレットの口調は先程自分と話していたような柔らかい物だった。


「ところで、店のカーテンを閉めたのは、ロドリー様でしょうか?」

「ああ、先程言ったマーガレットに賢者殿の諸事情を説明する際に、万が一があったら拙いのでな。

昼時にいきなり閉めさせてもらったが、断わりもなく悪かった。終わったなら、直ぐに開けよう」


「いえ、理由があるのなら全くかまわないです。誰かに尋ねられたなら、昼寝をしていたとでも言っておきます」


そしてマーガレットの返事を聞いた後に、よく蛇に例えられるロドリーの眼が見つめるのは互いに情報はそれなりに承知してはいるが、初対面となるシュトである。

ただ、シュトにとって想定外だった事があり、それは弟を保護し、わざわざマーガレットの店に保護してくれた"ロドさん"雰囲気のだった。


ロドリーの印象は出逢う前から、これまでの事もあって、悪いよりは"良い人"である。

だけれども、実際の彼を見たなら、どちらかと言えばアトが自分から接近して、懐くという態度を取るには、厳しい雰囲気が強すぎる人物に感じて仕方がない。


(でも、この人がマーガレットさんの身体を気遣って、こんな大量のスープを奢ってくれた人でもあるんだよな)


そう考えて、優しい人だ、良い人だと考えようと思うのだが、名前を出してはいけないと言われている親友の恩師と同じ軍服を纏う姿は、実際に接し与えられる印象は重々しい。

ブラウンのオールバックした髪の下にある蛇の様な眼は、一般的に怖いという印象を与えるには十分な力があった。

けれど見た目だけで、判断してはいけないと自分の心にシュトは言い聞かせる


"あ、その、実はそのスープはアトさんを保護してくれた方の奢りなんです。

御仕事柄、どうやら先生みたいな事もしているので、私が"1人暮らし”をしているので、身体の事を気遣ってくださって。

沢山買いなさいという事で、預かった金額の分で買えるだけ買ってきてしまったんです"。


(マーガレットさんが、"先生"と思える人って言ったのは、十中八九、この人だ。それで―――)


"私、その方の最初の出会いが、所謂"最悪”という形に近かったんですけれど、後から振り返ったなら、自分がしてしまった失敗を叱れていただけだったのも、判るんです。

でも、自分が”責められている”という気持ちであの時はいっぱいで、見当違いな気持ちを、逆恨みに変わりない気持ちを抱いてしまいました。

でも、色々あって仲直りというか、良い関係になれているというか"


"すみません、その方に前々から思っていたイメージというか、私が勝手に……、例えは悪いんですけれど、”悪い奴だ”って思っていたの自分が、恥ずかしくて。


その方には、その方の理念という物があって、例え自分の印象が悪くなったとしてもを、それを通すという覚悟があるんだって判って。

それから自分の考えの浅さや、身勝手さと向き合う事が出来たんです。

すみません、何か言葉が纏ってなくて、いきなり言いたい事だけ言って"



(多分、先生の話で盛り上がった"俺にだけ"、特別に話してくれたのは、この人のお陰でもあるわけだし。

それに、ああ、そうだ"この服"を着ているのが、アルセン様だから、"分"が悪いって事もあるかもしれない)


―――全く同じ仕立ての服を着ている、シュトの記憶にある人が、途轍もなく男性なのに"美人"で、そしてその外見と、柔らかな話し方も相俟って、途轍もなく優しそうに見える。


そんな"表に出したら物凄く失礼な考え"をして、動きが止まっている様にも見えるシュトにロドリーは口を開いていた。



「シュト・ザヘトだな。初見となる、ロドリー・マインドだ。

身に着けている服装で判別できると思うが、この国の軍属で、貴族でもある。

鍋の運搬ご苦労、取りあえず持ったままで、中に入ってくれ。

蓋もしていると言っても砂埃がはいらんとも限らん。

取りあえずは、先程言った事を優先した後で、少々話を伺いたいと思うが、よろしいか?。

君達兄弟の現在の雇い主である、アプリコット・ビネガー女子には私の上司である、ネェツアーク・サクスフォーンから連絡は飛ばしてあるという事だ。

弟君の事を含めて、双方に負担がかからない様に話を進め行く方針を決めた事も報告して置こう」


軍服姿に相応しいと思わせるだけの、きびきびとした口調で自己紹介とこれからの説明を行いつつ、マーガレットとシュトが入り易い様に店の扉を大きく開いてくれた。


その上で、今後についても面倒見の良さを感じ取らせる、滑らかで聞きとりやすい声と口調でそう告げる。

ただそこに優しさというものが感じられるかと言えば、それはない。


「わかりました。ありがとうございます」


とりあえず、報告された内容に全くの問題がないので素直に受け取り礼を口にする。


そこまでのやり取りを済ませたなら、内外どちらにも開く造りになっている扉の、今回は外開きになっている状態から、ロドリーが1度室内に戻る。

扉の前で足を止めていた2人は、再び脚を動かし始め、マーガレットから自分の店に戻り、それに続くように、シュトが薄暗くなっている菓子屋の中に入った。

店内はカーテンを閉めてはいるけれども、昼間という事もあって、閉めて重なり合っておりつつも隙間の部分から、差し込む光の筋も確認出来る。


だから夕方夜間に(とも)す、精霊の能力を閉じ込めて使っている照明器具は使われていない、薄闇状態であった。


「あら!」

「うわっ」


ただ晴れ渡った晴天の表から店内に入った、マーガレットとシュトは揃ったように、驚きの声を漏らし、ロドリーが直ぐに何かを察した様に声をかける。



「ああ、そうか。すまない、気がつけなかった。事前に注意をしておけば良かったな」


すると、店の扉を閉めながらロドリーが申し訳なさそうに、店に入った2人に声をかける。


「今日はよく晴れているから、少し暗い場所に入っても、眼が眩んじゃったかな」


「シュト兄、まがれっとさん、眼に見えるのが真っ白です。でも、ちょっとしたら大丈夫。

ネツさんが、教えてくれました。

カーテン閉じた、暗くなったまがれっとさんの店には入ったら、アトの"目"が驚いて、真っ白かモヤモヤした形が目の前に、いっぱい見えます。

最初は真っ白でしたけれども、”目"が慣れ?ます。

白いのがだんだん薄くなって、部屋の中がちゃんと見える様になってきます」


既に店の奥に座っているネェツアークと、アトにしては随分と長い、そんな言葉をかけられた。

ただアト・ザヘトの方は、語る事で"自分"に状況を改めて説明をしているのが伝わってくる。


弟の発言から考えたのなら、ネェツアークに前以て、このような流れになる事を教えられたいたのが解り、アトが動揺というものを最低限になっているのが伝わってくる。

ただ"目が慣れる"という言葉の意味を理解して使っている感じはないと、声の調子で兄であるシュトが分かった時、"パチン"と指を弾ける音がして、部屋の中に灯りが付いた。


「ふむ、アト君は突然の状況変化には弱いけれども、前以て予習手見通しがついていたなら、本当に大丈夫なんだね」


"パチン"と指を鳴らした形のまま、飲食スペースでアトと向かい合うように座っている、ネェツアークが感心しきりの声でそんな事を口にしていた。

その視線は、自分の正面に座り、麦茶が入ったカップを両手で包み込む様にしているアトに注がれている。


「ネェツアークさん、言っときますけれど、それも練習をしているからですよ。

"これから説明した通りになります"って前提を行った上で、ちゃんと言った通りの出来事を見せる、っていうのをやっていたからです」


シュトがマーガレットのいる手前、嫌味になるかもしれない、"賢者なら知っているかもしれませんけれど"という前置きを着けずにそう言った。


多分、店内に入る前に鳶色の人は、親友の新人兵士によれば、"ウサギの姿をした賢者"は、何かしら相手に説明を行う時には、丁寧で諄いと思える程行うと聞いていたので、実際にしていたのだと思う。


"説明は時間的にも長い物だから気の短い人なら、話を遮ってしまう事もあるかもしれないね"


少し困った顔で、アルスは自分の"上司"の説明の言葉を結んでいた。


(でも、アトに物事を教える時は、本当にそれ位、うっとおしいぐらい丁寧な説明が良いんだよなあ……)


そんな事を考えていたのなら、後方から思いもよらない人物の発言もあるのだが、"感心している"声が聞こえた。


「……そうか、そう言った意味での"見通し"が、成功出来たあとの訓練も必要なのだな」


菓子屋の扉を閉めたロドリーは、シュトがネェツアークに向け発言した言葉に、彼なりに感じいっているのに、驚きながらも、更に説明を求められているような気がしてシュトは続ける。


「え、はい、そうですね。失敗した後の気持ちの切り替えは大事だけれども、"成功"した時に冷静でいる、反復練習も必要だと、保護者になってくれた師匠が言っていました」

眩んでいる視界が大分慣れた頃に視界に入って来る、貴族でありながら軍服を纏った人の表情は、シュトの気のせいでなければ、感傷的になっている様に伺える。


(……このロドリー・マインドって人も、もしかしたなら"師匠(せんせい)"と面識があったのかな)


外見だけでの年齢を見たのなら、厳めしい顔つきと、確りとオールバックに纏められている髪の所為で、鳶色の賢者よりも同年、若しくは年上にも見える。



けれども、それなりに"ネェツアーク・サクスフォーン"という人と関わって知っているつもりとしては、少なくとも彼自身より"年上の存在"に、不必要に、馴れ馴れしい口のきき方をしないと思える。


今まで短いやり取りではあるけれど、アトを連れて迎えに来た時、賢者は

"それと2人とも、ロドリー・マインド卿については気にしなくても大丈夫。アルセンの名前以上に、私の登場にブチ切れていらっしゃいますから~"

とも、親し気(?)に語っていた。


(あんな言い方をネェツアークさんが、アルセン様の名前まで引き合いみたいに出すっていう事は、もしかしたなら年齢的には"そっち"の方に近いのかもしれない。

それにロドリーさんは"私の上司である、ネェツアーク・サクスフォーン"って店に入る前にも言っていたし。

何より、ネェツアークさんは年上の部下を、自分につけるって感じのタイプでもないしな)


少年向けの劇画や、異国の物語で、まだまだ未熟な主や上司に、"お目付け役"や、補佐をするように年上の配下が着くというのを、見たり読んだりすることはあったけれど、現実にはシュトはまだ見た事はなかった。


(まあ、俺には物語や劇画でくらいでしか縁のない話だわな。

ロドリーさんは、何かしら話し合いが出来る時間を作れた時や、チャンスがあったならいつか話してみてもいいし。

で、その時はアルセン様も含めて、ネェツアークさんの名前も出さない方が良いっと)


僅かに、弟を保護してくれた人以上の興味を蛇の様な眼をした抱いた時、まるで頭に名前を思い浮かべた事に、呼応する様に、弟が麦茶を飲み終えて、座っている椅子から立ち上がり、兄に呼びかける。


「シュト兄、アトはお腹が空きました。野菜スープを食べたら、アトはまがれっとさんから、チョコレートを貰ってロドさんと一緒に食べます。

約束しました、食べましょう!」


「ああ、そうだな。―――ネェツアークさん、じゃあ、さっきのロドリーさんが言っていた、"ウサギの賢者"の話は昼食を食ってからにしますか?。

えっと、そのマーガレットさんに、あの姿を”見せる”って事ですよね」


シュトの口にする”見せる”の意味が、まだ理解できないマーガレットは不安ではないけれども、落ち着かない調子で”判っている”だろう人物、ロドリー、シュト、そして最後に”ウサギの賢者”であるらしいネェツアークを見た。


するといつもは、”姪っ子”にだけに向ける笑顔を、その親友であもあるマーガレットに向けながら、シュトの抱えている青い琺瑯鍋を指さた。


「いや、食べる前の"スープを温めなおしている間"に、見せようともしよう考えているんだよね。

やっぱり、カーテンを閉じたままは、不自然だろうしね」


そう言い終える頃には、一刺し指を引っ込めてそのまま、今度は親指を細い光を差し込ませているカーテンの方に向けてそんな事を言う。

ただ、シュトもそれには大いに賛成だった。


「ああ、それはそうですね、客商売だから、変な風に見ない奴もいないとも限らないか。

それに、見せるだけで、詳しい説明とかも"戻った"後に、カーテンを開いてからしてもいいわけですから」


親しい人やマーガレットが相手ではないのでシュトが、いつもの皮肉屋の調子で言う事に菓子職人は驚きつつも、"戻った後"という、意味が判らない言葉に瞬きを繰り返す。

マーガレットの瞬きに気が付きながらも、ネェツアークの方はシュトの方にある確認を行う。


「それで、そういう方向でやっていこうとは思っているんだけれども、お兄さんで、保護者であるシュト君に尋ねよう。

アト君てさ、私が"ウサギの賢者になる所”見たなら、混乱しないかな?」


「……あーーー、そうっすね、えーと……」


鍋を抱えていなければ自然に腕を組んで、瞼を強く閉じて考え込むところであるけれどもそれが出来ず、シュトは鍋を抱えたまま、眉間に縦シワを作り、口を堅く結び、顎にを引きながら考える。


それから、"お腹空きました”と小さく繰り返している弟を見る。


「えっと、俺の考えなんですけれども……。

アトは多分、ネェツアークさんがウサギの賢者になることに"混乱"はしないと思います。

でも、その場面をみたならば、秘密を守る事は出来ないと思います」


”ウサギの賢者になら、意味は伝わる"


そう思って、極短く、シュトは思ったままを口にしたなら、賢者の方は自分の正面に座っている"姪の安全な異性のお友だち"を改めて見つめて、観察する。


「……そうか」


小さく呟き、それから、丸眼鏡を乗せた小さく鼻から息を吐き出し、まるで腕を組めない状況のシュトの代わりの様に胸の前で腕を組んだ。


「正体を知っても混乱はしない、寧ろ、その知ってしまった後の方が大変となると……。

それではアト君のストレスの種になってしまいそうって事だね。

それは、避けるに越したことはないよねえ」


椅子に座っている事で、視線の位置が下がっているネェツアークは、上目遣いにシュトを見上げると、確り深く頷いた。


「変わる際の様子を見たとしたら、そう言った絵本とか好きだから寧ろ大喜びはしても、混乱もしないで受け入れると思います。

でも、ウサギの賢者とネェツアーク・サクスフォーンが"同一"だと知ったら、この2人を見る度、"どっちに変身しないかな~"的な視線は出逢う度に注がれますね」


「うーん、無垢な瞳に期待の眼差しを、出逢う度に向けられたら、オッサンとしては困るかなあ。

それに"アレ"結構魔力を使うんだよ?」


上げていた視線を下げて、苦笑いを作っていた。


「多分、魔力を凄く使っているだろうなあっていうのは、魔法が全く使えない俺から見ても判りますよ。

物凄く、難しい魔法だって」


シュトは兄として、日々一緒に過ごしている立場として、弟の事はよく知っているつもりである。

それにストレスという言葉を賢者が使う事で、性格を元より、性質を理解をしてくれていると感じられた。


「……実際に見て"秘密にする約束"をしたなら、それを"黙っていなければいけない"っていうアトなりの責任感が出ますから。

多分もうしないでしょうけれど、アトが秘密を知る立場になって、失敗したとしても俺も全力で誤魔化したり、側に同じ様に事情を承知している方が話しを逸らしたりはします。

でも、その後で、アトはかなり落ち込むのが目に見えてます」


「うーん、そうだよねえ。アト君向けの約束をする事はできても、守る事が難しい状況を此方が作っている様な物だからね。

きっとこれからの王都での生活では、私は兎も角、ウサギの賢者の姿で出逢う事は頻発するだろう。

別々だと思わせていた方が、無難かな」


鳶色の眼と髪をした青いコートを纏った”ウサギの賢者”でもあるという、ネェツアークと呼ばれている人と、傭兵でもあるシュトとの会話がひと段落が付いたのが窺がえた。

それでも、ネェツアークとシュトの会話に割って入るのを控える為に、マーガレットは振り返って姿勢よく佇むロドリー・マインドに尋ねる。


「……あの、ロドリー様。これはいったいどういう事なんでしょうか?。

話しを聞いている限り、こちらの"ネェツアーク"様が"ウサギの賢者"様であるという事を、リリィちゃんの前では伏せている。

いえ、リリィちゃんの立場からしたなら、ウサギの賢者様がネェツアーク様だとは、知らないという事になるんでしょうか。

とにかく、ウサギの賢者様とネェツアーク様が、全くの別人という形で、シュトさんの発言を辿れば、"魔法で変身している"。

それを今回、私にははっきり同一である事を証明してくれるのも判るんですが……。

今はアト君の事で、困っているみたいですけれども」


「察しがいいな、マーガレット。全く以てその通りで、これからお前に"ウサギの賢者"の方の姿を見せるにあたり、アト・ザヘトに関してもどうしようかと、話している様だ。

ネェツアーク・サクスフォーン"卿"は出来る事なら、同一であるという事を兄と同様に、正体を暴露してしまいたいと、目論んでいたようだが、"保護者はよした方が良い"と口にする」


そこまで言うと、歩みを進めてシュトの横に並ぶように立って、白い手袋を填めた手を差し出す。


「シュト、鍋を貸しなさい、いい加減にもう台所に運んでおこう。

それから、そちらの"賢者殿"と話をつけておくと良い。

マーガレット、案内してくれ、温めなおしておこう」


殆ど有無を言わさない圧力を与え、シュトから鍋を受け取る。


「あ、どうも、すみません」

「気にするな」


貴族で軍人で弟をあ保護してくれた人は、ほんの少しだけ、口のの端を上げていて、恐らくは、気にするなという意味で微笑を浮かべている"表情"なのだとシュトは感じ取れた。

ただ、捻くれている事を自覚している少年はこの親切を違った角度から眺めていた。


(このロドリー・マインドさんって人も、悪い人というよりも、寧ろ良い人なんだろう。

でも、ある意味、同じ立場で比べられている事が多いだろう、アルセン様が相手なら、分は悪い方になるんだろうな)


どうしてもあの整い過ぎた容姿と、溢れる様に滲み出ている柔らかい優しさと比べたなら、それはアルセン・パドリックの方に惹かれる者が殆どだと思う。

決して、ロドリーという人が、劣っているわけではないし、普通を超えて優秀なのはきっと周囲も判っている。

それでも一般的に評価を取ったなら、英雄でもアルセンの方が上だろうと思える。


(それって、ロドリー・マインドって人にとって結構きつい事かもしれない)



―――アト君を保護してくれた方の前では、"決して"、アルセン様の御名前を出さないでください。



(そういった意味も込みでって事なのかな)


「ロドさん!、アトもスープ温めます、お料理好きです!お手伝いできます」


鍋や調理器具をを抱えている物が、食事を作る場において"一番偉い人"と思っているアトは、家の主ではなく鍋を兄から受け取った、"ロドさん"にそう語りかける。


今までは兄が鍋を抱えていた事で、拘りという物がありながらも、アトなりに我慢をしていた。

ただ、それが出来たのは長年の間、療育を続けた事も重なって、"大事な話をしている雰囲気"を僅かではあるけれど、考える事が出来る様になったからである。


そして、兄と話している"ネツさん"は、ロブロウで"りょーしゅさま"だったアプリコットの友達で、"えんもくとじ"という調べ物が得意だという自己紹介はしてもらったのを、確り覚えている。

それ以上の情報はない"オジサン"でもあるのだけれども、アトが言葉で思い浮かべることが出来ない雰囲気を感じさせるので、空腹でもあるのに関わらず、いつもよりも大人しい状態になってもいた。


ただ、ロドリーに鍋が手渡された事で、"ご飯を食べたい"という欲求は一気に出てきてしまった様だった。

それに加えて、少しだけ蛇みたいな眼が怖いけれども、"旅立ってしまった"せんせー"みたいに、"アトでも気が付けなかった気持ち"を拾い上げてくれる。

だから、鍋が彼に渡った直後に直ぐにアトは訴えていた。


「……マーガレットのお家だから、マーガレットに"良いですか?"と尋ねて、”良い”と言われたなら、一緒に来なさい。

それと人のお家で御店です、声は小さい"大きさ"にしましょう」

「はい、まがれっとさんに聞きます、声は小さく、2の大きさにします」


そして、"ロドさん"は、やっぱり"せんせ―"の思い出と同じ様に応えてくれるので、安心出来るというのもアトの中であった。

勿論、ロドリーのアトの接し方に、弟が感じているのと同じように、シュトも"せんせ―"の部分を感じ取っていた。


(何にしても、アトの扱い方がどうしてこんなに巧いんだろう。

声の調整についても、言い回しにしても、アトに一番馴染みのあるものを使っている。

まるで―――)


"師匠(せんせい)みたいだ"という言葉が、頭に浮かぶ前に自分でその考えを打ち消した。


(それなら、それでおかしい事もある。師匠の親友のアルセン様よりも、ロドリー様の方が詳しいって事になる)


ロブロウにいる際、アルセンが弟のような子供の扱いに慣れているのは窺えた。


けれども、それはあくまでも"精神年齢”に合わせたもので、勿論アトの拘りについては理解はしてくれているの感じとれたが、"要所"を掴めているようには見えなかった。

今、ロドリーが弟にかけている言葉は、アトがこれからしたい真直ぐ過ぎる希望を、それを一般の人に通じる形にして、的確に補助となる言葉だった。


(慣れているのと、コツを掴んだ扱えている事に違いを感じるとしたら―――多分、ロドリーさんは何らかの形で、一度確りと"学んで"いる。

それで、実際にアトみたいな障碍を抱えた人とも、関わりを持っていたか、今でも持っているのかもしれない)


そんなシュトの考えを知る由もなく、何やかんやで昼食を取るのが遅れてしまっている事を少しばかり気にしていた、店の店主でもあるマーガレットは間を置かずに快諾する。


「―――良いですよ、アト君、一緒にスープを温めましょう。

お料理好きなんですね。

今日はサンドイッチとスープがあるけれど、他に食べてみたいのとかありますか?。

今度時間があったらリリィちゃんも一緒に、作りましょう」



先程"スープを温めなおしている間に紹介する"みたいな事を賢者が語っているのは聞いてはいた。

しかし、この流れではまだ時間がかかる様に思えたので、マーガレットはアトの誘いを受ける。

一方のアトは、待ちに待ったご飯に、喜びの声を抑えつつもあげる。


「はい、アトは塩味のライスボールが一番好きです。器に塩いれてライスいれて、塩をかけて上にフタになる器して、ぶんぶん振ったらアトもライスボール作れます」

「……随分と挑戦的(アグレッシブ)な作り方だな」


マーガレットが口にした、優しい"女の子のともだち"の名前もあって、アトなりに調子にのって唯一自分で作れるライスボールの作り方を口にする。

それにロドリーが感心しつつも若干呆れながらも、マーガレットの目配せを受け、家主を筆頭に台所に脚を進め始めていた。


アトも椅子から立ち上がり、ロドリーの横に並んで歩き始めるけれども、鍋を抱えた貴族で軍人である人物の足が遅れているのにマーガレットは気が付き、振り返る。

その表情は"アトのライスボールの作り方"を聞いた時を更に上回り、眉間にシワを加える形で呆れたものになっていた。


「―――ロドリー様?、どうかしましたか?」

「……いや、じゃあ、マーガレットも昼からの店もある事だし早速スープを温めよう、こちらだな?。アトは1度外に出たから、食べる前にもう一度手を洗いなさい」

「はーい」


少々早口でロドリーが言ったなら、アトは素直に聞いて、店の備え付けである手洗い場所に向かう。

マーガレットとロドリーは菓子を作る厨房とはまた違った、個人的(プライベート)な台所に入る。


「じゃあ、こちらに鍋を置いてください、火をつけますから」

「判った」


そう言いながら、温めなおす為の支度や食器を支度しているうちに、アトが戻って来る。


「手を洗ってきました!……あれ、まがれっとさん、竃ないです。でも大きな机があります、そこに鍋が乗っています」


ただ、アトはこれまでの生活の中で、料理をする時にいつも見かけた竃が無く、少年が見た限りでは"大きな机"にしか見えない物の上に、ロドリーが運んできた琺瑯鍋が乗っていた。



「ああ、うちというよりは、王都の城下街の国支給の住居の台所の造りは、全部焜炉(こんろ)になっているから、ってアト君には、この説明じゃ判りづらいかしら」


マーガレットの方はアトの疑問に直ぐに気が付いて、説明を始めようと口を開いたが、少しばかり考えた後に、3人もはいると少々身が狭そうに見える、長身のロドリー方に視線を向けた。


「これは"百聞は一見に如かず"という奴だろう。"火"つけて、実際に使っている所を見せるとといい。

マーガレットは精霊石の方か、それとも最近は少しずつ流通を始めた"マッチ"という物で着火するのか?」


「あ、私は精霊石です、じゃあ、アトさんこちらに来てください―――」


ロドリーのアドバイスを受けて、マーガレットはアトを側に招き、焜炉を実際に使って見せていた。


元々料理の好きなアトは、直ぐに興味も持ち、マーガレットによって簡潔に行われた説明をいつもの様に口に出し繰り返し、確認していた。


「焜炉は、竃よりも小さいです。王都の城下街の、王様から"頑張ったから住んでもいいよ"と貰ったお家の台所にあります。

まがれっとさんの焜炉は、薪を使わない、精霊石や石炭を使います」


マーガレットにわかる範囲の情報で行われた説明を鸚鵡返しでしたならば、マーガレットは笑顔で微笑み、"取扱注意"のラベルが貼られている、赤い石の詰められた小瓶を取り出した。


「温めなおすぐらいなら、1つで足りるかな」


注意書きとスープの量を見比べて、瓶から赤い石を一粒摘まんで取り出し、焜炉の燃料をいれる場所の扉を開けて、慣れた手つきで手早く放り込む。


それから、直ぐに閉じたなら、直ぐに鍋を乗せた焜炉の下が、赤い光と共に発熱を始めたなら、精霊石をいつもしまう場所に直した。


「精霊石、綺麗です。でも、赤い色の精霊石は"火"の精霊だから、とっても注意をしなくてはいけません。

アトは特に注意しないといけません」


アトがマーガレットが"火の精霊石"片づけるのを眺めつつ、淡々と生真面目そうに口にするのをロドリーは視界と聴覚で、確りと捉えていた。


(多分、"銃"を取り扱うにあたって、火に関しては敏感になっているのだろうな)


「―――思えば、ロドリー様のお屋敷はまだ竃ですか?」

「余り屋敷の厨房に行った事はないが、確かまだ竃だったように思う」


マーガレットが熱くなり過ぎない内に鍋の蓋を開け、引っかける様にして置いてある"お玉"をとって、ゆっくりと鍋の中身をかき回しながら尋ねたなら、そんな返事が返って来た。


「焜炉は小さくて便利だと思うんですけれど、どちらかと言ったら竃の方が好きなんですよね。

何となく、温かみみたいなのを感じられるし、焜炉よりも魔法の才能がなくても、比較的誰でも使えますから」


「アトも竃好きです、マーサさん"竃ばん"で、ロブロウで料理作るの、とても上手です。でも、アトは1人の時は触っていけません」

穏やかに、そんな会話が進んでいる内に、台所に新たな人の気配がする。


「良い匂いだけれど、ここで俺が入ったなら、明らかに定員オーバーだな」


言葉の調子からして、その人物が誰だか全員分かり、先ずは家主のマーガレットが台所の入り口にいる人物に声をかけていた。


「そうですねえ、一応家族向けに造られている建物みたいですけれど、流石に背の高い男性の方々が、3人も入ると一杯になりますね。シュトさん、どうかしましたか?」


鍋全体に満遍なく火が通る様に、お玉で丁寧にかき回しながら、笑顔でそうた尋ねると、心なしか少しばかり顔が赤くするシュトが、ゆっくりと口を開いた。


「ああ、賢者さんがマーガレットさんに会いたいって。ほら、結局、さっき仰っていた通りにしたいみたいなんだ」

「さっき、仰っていた事……」


シュトの粗野な恰好からは、中々繋がらない丁寧な言葉遣いに内心少々驚きながらも、客人でもある賢者が、口にしていた事を思い出してみる。


"いや、食べる前の"スープを温めなおしている間"に、見せようともしよう考えているんだよね。やっぱり、カーテンを閉じたままは、不自然だろうしね"


目や髪が鳶色の青いコートを纏った人が言っていたのをマーガレットは思い出しつつ、丁度今、自分が行っている事でもあるので、その"有言実行"にお玉を手にしたまま驚いて目を丸くした。


「ああ、そうなんですね、判りました。じゃあ―――」

「まがれっとさん!、アトが料理します!、スープをかき混ぜます!、出来ます!」


邪魔にならない距離を開けて、焜炉で鍋を温めているマーガレットを見つめていたアトが、元気よく、引き継ぎを立候補をする。


「ええっと」


そう答えている内に、アトは"まがれっと"さんからお玉をニコニコとしながら笑顔で受け取り、早速鍋を混ぜを始める。

その手つきは、ややゆっくりではあるけれども丁寧で、任せても大丈夫だと思える。


"ウサギの賢者"の証明も時間がかからないと思うが、一応火を扱っているので、姿見より、心の幼いお兄さん1人では心配がないと言えば、嘘になった。


「私が、鍋もアトも一緒に見て置くから、行ってきなさい。多分、そんなに本当に時間"は"かからないと思う」


少しだけ語調の気になる所はあったけれども、鍋をかき交ぜているアトのすぐ後ろに立って

いるロドリーの姿に安心できたので、マーガレットは任せる事にする。


「ロドリー様、ありがとうございます。それじゃあ、シュトさん」

「ああ、行こう」


台所から店に繋がる短い通路は、2人並んで歩く分には十分な広さがあったので、シュトはマーガレットの横になる形で立っていた。


「"ウサギの賢者"である証明って、どんなの何でしょうか。

これまでのお話を聞く限り、シュトさんが賢者様、ネェツアークさんと呼んでいる状態から、随分と様変わりをなさるみたいですね。

あの鳶色髪や眼からは窺え切れない状態位にまで、物凄く魔力を使ってまで変身をしているみたいな感じですし」


そう言って、今は真横にいる背の高いシュトを見上げつつ、その口が親友の賢者様と交わしていた会話を思い出す。


"変わる際の様子を見たとしたら、そう言った絵本とか好きだから寧ろ大喜びはしても、混乱もしないで受け入れると思います。


でも、ウサギの賢者とネェツアーク・サクスフォーンが"同一"だと知ったら、この2人を見る度、"どっちに変身しないかな~"的な視線は出逢う度に注がれますね"


"うーん、無垢な瞳に期待の眼差しを、出逢う度に向けられたら、オッサンとしては困るかなあ。それに"アレ"結構魔力を使うんだよ?"


"多分、魔力を凄く使っているだろうなあっていうのは、魔法が全く使えない俺から見ても判りますよ。

物凄く、難しい魔法だって"


(物凄く難しい"魔法"か)

マーガレット自身は魔法はからっきしというわけではないけれども、得意という物でもない。


精々基礎の基礎程度で、使えたら便利というという部分なら出来る位である。

仲良しのリリィは、魔法は得意らしいけれども、そこは賢者の方針なのか攻撃的な魔法は、全くといって良い程教わってはいないという。


ただ"使いようによっては護身になる"という形で、威嚇になる好戦的な精霊や、相手が戦意を喪失する様な使い方を教えているらしい。

他に話しに聞いてる限り"ウサギの賢者さま"も、結構色んな魔法を使ってはいる。

でも、それは巫女と賢者の住まいとなっている魔法屋敷の、調度品や家具達が自動的に動かしてしまうといった物だった。


(難しい魔法なんだろうな)


少なくとも、マーガレットは"優秀な人材"が済むことが許されている城下街で、魔術師の知り合いや客人もいるのだけれども、そんな魔法を使っているという話を聞いた事はない。


「"様変わり"……。マーガレットさん、表現が巧いですね」

「え?」


少しばかり考え込んでいた為、シュトに自分の遣った例えが褒められた事には直ぐには気が付かなくて、マーガレットは思わず脚を止めてしまっていた。


丁度、店とプライベートな場所の区切りにある部屋の角で、"ノレン(暖簾)"という開店祝いに、"オッサン兄さん"のダン・リオンに貰った部屋の布の仕切り前である。

マーガレットが憧れる新人兵士より、背の高い傭兵の少年である為見上げると、どうしてだか少し顔が赤い様に見える。


(思えばさっき呼びに来てくれた時から赤く見えた。

ロブロウからの長旅で、それで弟さんが迷子になったから、疲れで熱が出てしまったりしているのかしら)


だがマーガレットの心配を余所に、シュトは先程の自分の言葉の意味まで伝わっていなかったと考え、改めて説明する為に口を開く。


「その、巧い例えだと思うんですよ、ネェツアークの物凄い様変わりようっていうの、何せ―――」

「おや、シュト君にマーガレットさんも、もうそこまで来ているんだねおーい、早くおいでよ。

"ワシの方"は準備が確りできてるよ~」


シュトが再びマーガレットを褒める言葉を口にした時に、そこに見事に割り込む様に、暖簾の隙間をするりと抜けて"賢者"の飄々とした声が聞こえる。


(―――チッ、折角もう少し話せそうだったのにな)


マーガレットの入る手前、舌打ちを着くことも出来ないので、胸の内側で盛大についたなら、"ウサギの賢者"に指示されたとおりに"さり気無くマーガレットの後ろ"に着く。


「あ、判りました」


一方のマーガレットは"早くおいでよ"という言葉もあって、シュトの胸の内にも、一人称が変わっている事にも全く気が付かず、暖簾を通って、先に進む。

シュトがさり気無く後ろに着く行動には気がつかずに、カーテンは閉じられていて、室内灯が灯っている店内を進んで行く。


「あら―――、賢者様?」


だが、先程まで眼も髪も鳶色をした、丸眼鏡をかけた青いコートを纏った賢者が座っていたの椅子は、空席になっている。

ただ、自分の店の中に気配があるのは、感じ取れていた。


(確か、リリィちゃんが前に賢者様について話してくれた時に―――)


"賢者様、とっても賢い御方なんですけれど、イタズラ好きなんです。

私も、ちょっとびっくりする位のイタズラをするんです!"


リスみたいに頬っぺたを膨らませて怒ってはいるけれど、楽しんでいるのも良く判ったから、マーガレットは微笑みながらその話を聞いていた。


(でも、その後で直ぐに仲直りをして、賢者様がお詫びに、うちのお菓子をなんでも一個食べて帰っても良いって、お小遣い貰ったと喜んでいたっけ。

じゃあ、今ももしかして、私はイタズラをされているのかしら?。それを含めて、ウサギの賢者という面を私に見せてくれている?)


「賢者様、もしかしてイタズラで、かくれんぼみたいな事みたいなもして、今、店内でしていらっしゃいますか?」


結構失礼な物言いになってしまうけれども、姿が見えない今は、確かめる為にはそういう風にしか尋ねるしかない。


「―――おやおや、ふっふふふふ。そんな話はリリィから、聞いたのかな?。残念ながら、今は使ってはいないかな。

”ワシ”、一歩も動いていないから、さっき"私"が座っていた所にまで来てもらってもいかな?」



(一人称を、”私”と"ワシ"の両方を使っている―――)



それが意味する事を、マーガレットはまだ意味は解らず、賢者が座っていた筈の椅子の場所に脚を進める。


"誰もいない"けれども、礼を逸しないないように、菓子職人は声をかけた。


「失礼します―――あら?」


先程賢者が座っていた場所には、やはり誰もいない。


ただ、距離が開いている時には、テーブルの影になって見えなかったけれども、椅子の座面には青いコートを纏った"ウサギのぬいぐるみ"がちょこんと座っていた。


「わあ、可愛い」


気が付いたなら、手を伸ばして抱えていた。


(とっても上等の造りのウサギのぬいぐるみ。でも、造りが本当に確りしているから、結構重たいかも。

あ、もしかしたら、いつもこのウサギのぬいぐるみを持っているから、"ウサギの賢者"なのかしら。

それでリリィちゃんはウサギが大好きだから、よく貸してあげているから、それで"ウサギの賢者"様みたいな通称にしたのかな)


「それにしても、モフモフしてて、とっても丁寧に手入れしてしているのですね、賢者様―――」

近くで、気配を感じる賢者に向かって、マーガレットはそう呼びかける。


「おや?、マーガレットさんはあんまり驚かないねえ?。

ああ、思えば、アルセンの所の御母堂とかのお客さんもいるから、"ワシ”ぐらいじゃあ、もう驚かないかな?」


抱えている腕の中で、円らな瞳を線の様に細め、"うーむ"と言った表情を作っているのにも、マーガレットは大層感心する。


(凄い、使い魔の金色のカエルは無表情だったけれども、このぬいぐるみは顔や細部まで動くのね)


余り露骨に、思った事を口に出してはいけないという分別はあるので、出さないでいるけれど、小さい頃に一度はマーガレットも"大好きなぬいぐるみが喋ったなら"と夢想したこともあった。


(ある意味で、このぬいぐるみは、ウサギが大好きなリリィちゃんの、夢そのものみたいな魔法だわ)


取りあえず、心を落ち着かせるのも兼ねていつも店を贔屓にしてくれる、可愛らしくも優しい貴婦人を立てる言葉を口に出した。


「バルサム様は、可愛らしい心を忘れてないだけで、言葉遣いこそはわざと幼くしていますけれど、振る舞いはとても落ち着きはありますよ。

それにしても本当に凄いですね、このぬいぐるみの魔法。

喋る時には小さな口を合わせて動かして、ヒゲをヒクヒクさせながら、しかも表情まで作って喋ってる!……というか、喋らせているんですよね?

これも、あの金色のカエルの使い魔君と同じ仕組みで、ぬいぐるみから賢者様の声を出させているんですか。

何にしても、こんなに上等なウサギが大好きなリリィちゃんが、この動くぬいぐるみを見たなら、賢者様に関してもそう呼びたくなっちゃうの、納得ですね。

まるで賢者様が中身で入っているみたい」


そして再び、ネェツアーク・サクスフォーンという声だけがウサギのぬいぐるみから聞こえる、この国の賢者を自分の店の中で捜す。


「ああ、そう?そういう風に捉えられちゃうのは、初めてだなあ。

とはいっても、"子ども"じゃない人に、こんな形をとるのは、アルス君を含めて2人目だからなあ。

まあ、貴重な情報として拾っておこう、うん」


「―――え?」


突如出てきた"好きな人の名前"にマーガレットの動きが止まる。

そして少しばかり、時間が止まった後に、腕に"抱っこ"する様に抱えていたの"ウサギのぬいぐるみ"の、抱え方を変更する。


青いコートの短い袖が付いている脇に両手を差し込み、"ウサギのぬいぐるみ"と正面で向かい合う。



「えっと、"ウサギのぬいぐるみ"の形を使った、使い魔的な、魔法で動かしているのでは……」


「うーん、使い魔っていうか、これがワシで、"私"でもあるんだな~。

というか、マーガレットさんのさっき言った考えで正解だよ、中身が賢者なんだよ。

ああ、でも中身が入っているというわけでもないんだよねー。

これが、"ウサギの賢者"なんだ。


思えば、そのまんまと言うべきなのか、いざ考えてみると例えるのが難しい状況だね、これって。

いつも説明は、"禁術だから~"で済ませていたし、周囲が優しいか興味ないから突っ込んでこないでくれたもんね。

具体的に説明しなくても、禁術って事で"難しい"って事は伝わってくれているから、考えなかったな~。

でも、禁術の説明を始めるまでに、先ずは魔法の基礎を完璧に仕上がっているのが前提でないと困るんだよね。


あれだよね、"初心者何だから説明優しくしろって"いうのあるけれど、その上で名前からして難しい雰囲気漂っている禁術の説明を無報酬で求めているのは、個人的に好かないんだよねえ。

説明する相手に、無償でしたくな様な魅力でもあったなら別なんだけれども、それもないのに禁術をただで説明しろっていうなら、少しぐらい知る努力をして欲しい。


それでいてこっちが簡易に纏めた説明書を提出したなら、禁術の説明の流れに不必要な事ばかりに"(あら)"を捜して、そこだけ突っ込んで余計に時間取られるし。

これはワシの独断と偏見で、時間とかその人の都合もあるんだろうけれども、識字能力(リテラシー)が低い人程そう言うんだよね。


逆に識字能力がある理解力のある人程、親切な忠告をしてはくれても、"流れ"さえつかめたなら、後は独自の解釈をしてくれて、その理屈をその方なりに消化してくれる。

だからね~、すくなくとも、魔術学校の学長をしていたシトロン・ラベル、若しくはバルサム・パドリックが編纂した"基礎魔術論"を完読して理解も出来ていてほしい。

そうでないと、説明するだけで軽く数年かかるしね。

思えば、ロブロウの最後の時、相手側が渦巻きの中で提示した禁術の説得に頷いてくれたのも、あの方が叡智だったからだもんなあ。

ああ、ごめんね、ワシ、よく話も脱線するんだけれども、でもこれは有益な脱線だった。

いやはや、ありがとうマーガレットさん」


「……!」


小さな口から"使い魔を通さない"、ネェツアークにしても低めの声が出され、本来のウサギではありえない、肉球のついた人差し指をピンと爪先と共に店の天井に向けて賢者は伸ばす。

次に円らな眼を細めて鼻をヒクヒクとさせたなら天井に向けていた指を、モフモフとフワフワした毛が密集している顎にあてる。


「それにしても、一杯喋ったから喉が渇いちゃったな。スープ飲む前に、麦茶を飲もうかな」


まるで、一度場を締める様にウサギの姿でも飄々とした一言を、抱えられたまま口にしたなら、今度は微妙な空気を伴って静寂が、1人と1ッ匹の間を包み込む。


その後方にシュトもいるのだが、今は驚きの余りに動きが止まっている菓子職人が、万が一昏倒しても良い様に身構えていた。

一応他にも、ウサギの姿に戻った賢者に注意をされた事もあったのだが、それにも対応出来きる様に心構えもしている。


(出来れば、昏倒しないで欲しいけれど……。それにしても、動かないし無言だし、大丈夫かマーガレットさん?)


後方にいるので、マーガレットの顔を見る事は出来ないが、親友の上司となるウサギの姿をした賢者は、相変わらず円らな眼を線の様に細めていた。


「……」


マーガレットは、こちらも引き続き無言で少しばかり距離を開き抱えている、"ウサギの賢者"を眺めている。


菓子屋で接客している、お話好きな奥様達に負けず劣らずの活舌と物言いを目の前で行った、"賢者"だと名乗るぬいぐるみ―――。

マーガレットの頭の内で"まさか本当に?!"と”いやいや、それはない、ないわ”いう言葉が入れ替わり立ち代わりしている中で、親友の女の子が話してくれた事を思い出す。


(えっと、そうだ!リリィちゃんは賢者様が"イタズラ好き"って、言っていたし)


"賢者様、とっても賢い御方なんですけれど、イタズラ好きなんです。私も、ちょっとびっくりする位のイタズラをするんです!"


「うん、……リリィちゃんの"ちょっと"が、私の"ちょっと"違うだけで、賢者様が私を驚かせてイタズラしようとしているだけ……。

賢者様、そろそろ勘弁してください。

私、魔法の才能は正直あまりなくて、魔法で隠れられたなら、見つける事が出来ませんから」


最初に俯いて自分に言いきかせる様にそうい言った後、菓子職人は接客もこなす"商人"の(ほこ)りでもって、笑顔を浮かべていた。


「むう、そうきたかい。でも、これくらいの根性(ガッツ)がないと、故郷を出てきて未成年ながら店を切り盛り出来ないものかもしれないねえ」


抱っこされたまま短い腕を組んで、鼻をフンフンと鳴らし感心しつつも、眉間の間に器用に縦のシワを作っていた。


「……えっと、賢者殿どうしますか?」


シュトが後ろから眺める限り、賢者を腕を伸ばして抱っこしたまま動かなくなったマーガレットを気遣いながら、遠慮がちに声をかける。


”腰を抜かした"場合の時に、昏倒した時と同じように支えるつもりだったのだが、どうやら賢者の予想は空振りに終わったらしい。

ただ、後方にシュトがいるという状態であるのも忘れる位、緊張と動揺もしているマーガレットの状態は今も続いている。


「うーん、こういう場合は、普段魔法に縁がないから逆に"一般的な魔法で、完璧に変身は出来ない"って証明が、出来ない状態になっちゃているものねえ。

でも、"本物じゃない"って感覚が判るのも、ある意味魔法の才能がないと通じないことだし。

魔法を主にしたアプローチは諦めて、もっと具体的にやっていくしかないないみたいだね」


”賢者がイタズラを辞めて、姿を現すの待っている菓子職人"の笑顔と肩越しにウサギの賢者は、糸の様に細めていた眼を円らな形に戻して、マーガレットの背後に立っているシュトに応える。

シュトも魔法が"使えない(サイド)"なので、賢者の言葉に頷いていた。


「後は、マーガレットさんが無意識に自分が言い聞かせる様に使っている、"親友リリィ情報"で、賢者様がイタズラをしていて、からかわれているって思っているみたいのもあるみたいですよ。

そこも考えて、マーガレットさんにも、魔法の理屈は一旦置いておいて、俺の時みたいに"見せてしまった"方が同じ存在だって判りますよ。

今回は結果だけ先に見せて、ウサギの賢者の事情を説明してしまった方が早いですよ」


「うむ、そうしようか。では、マーガレットさんに見せよう―――と、その前に。

マーガレットさん、これからもっと驚かせる事になる思うんだが、そのショックを少しでも和らげるために、さっきワシというよりも、私が身に着けていた服装はおぼえているかな?」


"ワシ"と"私"の2つの一人称を使いながら、賢者は未だに自分を腕を伸ばして抱えている菓子職人に尋ねる。


「賢者様がなさっていた恰好ですか?。―――あ」


これまで"上等なぬいぐるみ"という事で気にならなかったが、記憶に間違いがなければ、"ネェツアーク"と呼ばれていた人物と酷似していた。


青いコートに緑色のチョッキに、白いスカーフ。

靴はよく覚えていないけれど、茶系の革靴だったように思う。

細部までは覚えていなけれども、大まかな部分は同じだった。



「……リリィちゃんの大好きな賢者様と、同じお洋服をぬいぐるみにも、着せているんですね」


「うん、でもワシの服は、菓子職人の君に賢者のワシと同じ様に、国が最高峰と認めた仕立屋キングス・スタイナーの作品だ。


それでねえ、とても不思議な言葉で説明するには難し過ぎる、それでもとても"良く判らない凄い能力(ちから)"を持っている。

"マーガレット・カノコユリの作るお菓子と同じ様に"ね」


その時、後ろからしかマーガレットの姿を見シュトにも目に見えて判る程、菓子職人は大きく肩を一度震わせた。


「―――、あ、ああ、そうですね、賢者様なら、アルセン様が秘密にしておきましょうと言っていた話を伺っていても不思議ではありませんものね」


「うん、聞いていたよ。"マーガレット・カノコユリの作るお菓子は、美味しい事は基本的にあるのだけれども、偉く魔力を回復させてくれる能力がある"

まあ、アルセンに相談する前に気が付いて贔屓にしている、魔術師は既に数名いたみたいだけれどもね。

それでもって、ワシもその1人で、リリィを通じて利用させて貰っていた。

何せ、今使おうとしている"魔法"には、本当に魔力を大量に使うんだ。

だからね、マーガレットさんのお菓子に出会えてから本当に助かっている」



そう言った後、先程天井を指していたモフモフとした右手を再び上げたなら、それと同時に、室内の筈なのにウサギの賢者の"影"から風が舞い上がり、渦を巻く。


当然抱えている状態のマーガレットもその煽り受けて、身に着ている服の裾を始め、ゆるく纏めて入る髪がはためいた。


「―――?!」


何かしらの魔法が行われているのは判るのだけれども、それはマーガレットの見た事の無い類の物で、思わず抱えている"ぬいぐるみだと思っている物"を見つめる。

すると今まで散々賢者の声を紡ぎだした小さな口の端が、キュッと上がる。


「さて、"ワシ"が"私"に戻る前に降ろしておいた方がいいだろう」



"賢者"のその言葉に素直に無言で頷き、従い、マーガレットは身を屈めてぬいぐるみの様にしか見えないその身体を、風が発生する床においた。


"靴"も履いている、マーガレットは"ぬいぐるみ"と思いこもうとしていたにしか見えないその存在は、腰をかがめ、玩具の様な靴底を床に付けたその瞬間から、自立して立ち上がっていた。


そして足元が床と触れた瞬間から、更に風は強くなる。


マーガレットはウサギの賢者を床に置いた事で、膝を曲げたその間に服の裾を挟んでいた事で、強い風でも髪と上着に来ているカーディガンをはためかせる状態で済んでいたが、迂闊に立ち上がれない状況でもある。


「シュト君、マーガレットさんのフォローよろしく。というか、スカートだから、これ以上風が強くなったら立ち上がる時にね。

まあ、ロブロウの時にアルス君と"スカート女子がいた場合の梯子の下り方についてのミーティング"を見事に熟したから、任せたよ~」


自分の足元から吹き荒ぶ風に、ヒゲやフワフワとした毛を揺らし、"ウサギサイズ"になっている、親友仕立てたコートをはためかせながら、そんな事を言う。


直ぐにシュトは反応して、前に出て傍らに屈みこんで、支える様に手をマーガレットに差し出しながら、賢者に向かってやや不満げに口を開く。


「そん変誤解をな与えて、膨らませるような言い方をしないでくださいよ!。マーガレットさん、そのままでスカートの裾を抑えたまこっちにどうぞ」

「あ、はい」


シュトにそう声をかけられたなら、差し出された手に自分の手を重ねて、殆ど身を委ねる様に寄りかかる。


「あれ?」


それまで気丈に振る舞っていたけれども、これまで魔法の中でも"ウサギのぬいぐるみ"を含んで遭遇した事がない出来事に、今になって軽く腰が抜けていた。


「ああ、気にしなくていいっすよ。じゃあ裾を抑えたままで。

でも、布越しでちょっと腰のあたり触ってしまいますけれど、良いですか?」


シュトはどうやらマーガレットの状態に直ぐに気が付き、短く確認を取る。


「あ、はい」


確認を取ったと同時に、昔師匠(せんせい)師匠(ししょう)が教えてくれたという古武道のアレンジした動作で、大した力を使わずにマーガレットを支えて、抱えあげた。

それから数歩後退し、十分な距離を取った後に強い風を発生させている張本人に語り掛ける。



「賢者殿、さっきは最小限で出来たんですから、今回もあんまり大きな風を起こさないでくださいよ」

マーガレットが軽くではあるけれども腰の抜けた状態になってしまった原因の一部にとなる、現在の風が吹き荒ぶ状況にシュトが文句口にする。


「"風を起こさせない"で禁術を使うのも、結構と神経と魔力を使うんだよ。

さっきのは、こういう状況を作るのを含めてアト君に気が付かれない様にしたんだよ。

今はロドリーがいるし、お料理に夢中で気が付いてないってテレパシー来ているから安心しても良いよ。

あ、マーガレットさん、"戸棚にあるスープ皿を使っても構わないか"だって?」


「あ、はい、どうぞ、使ってください」


至って普通の調子でウサギの賢者が確認の為に口にしたなら、マーガレットの方もシュトに支えられたままながらも、それに乗せられるように答える。


「"ありがとう"。でも、実際に何の前置きの情報もないのに、この禁術の現場に居合わせて腰を抜かす程度だから、マーガレットさんはある意味では肝が据わっているよ。

うちの新人兵士君は、"泥"抜きをしたのと、魔法に耐性が無いのと今みたいに間近でもあったのもあったけれど、気を失ってしまったからね」



それから、普段はモフモフとした手の中にいつも潜めている固い爪を出し3度弾いたなら、風がうねる音の中でも、その間を縫うように響く。




その直後、ぬいぐるみのが立つ場所を中心に菓子店の床には、三角形を2つ重ね合わせた六芒星が白い光の粒子を伴って、線となって浮かんだ。 


「さて、さっき程までとはいかないが、マーガレットさんのお店に迷惑が掛からない程度の風の量にしないとね」


そんな言葉を続けて、仄かに輝く六芒星から、店内のカーテンの裾や、テーブルクロスがはためくぐらいの勢いで白い粒子を伴った旋風が巻い上がる。


飲食スペースに設えている、セルフサービスの食器も風の勢いを受け揺れ、小さくぶつかり合う音はするけれども、それ以上の動きは"迷惑が掛からない様”に抑えている様だった。


「うーんやっぱり、”緩んでいるから”、匣を開ける力具合のほうに、神経を使う事に魔力を割いてしまうなあ―――」


ぬいぐるみの小さな口で、そんな事を言いながらも、フワフワとした体の毛や髭は揺れながらも、六芒星の中央にたったまま不動だった。


その不動のままパチン、パチン、パチン、パチン、パチンと今度は5回指を弾くと六芒星の内側に、今度は黒く光る線で五芒星が浮かぶ。

黒い五芒星の線からは、白い六芒星の線と同じように、線の色を伴った粒子が旋風と共に舞い上がっていた。

ただ舞い上がる白と黒は決して混ざり合わずに天井までに達し、室内の照明を揺らす程になりながらも、2つの色の竜巻のその隙間にウサギの姿をまだ覗かせている。


「この白と黒の光の粒子は混ざり合うことはなく、白と黒の(しま)模様となって竜巻となり完璧にウサギの姿が見えなくなる。

そしてやがて竜巻が消えたなら、代わりに現れるさっき人の姿が、”私”の時の賢者って事だね」


その言葉と共に、ウサギの姿を覗かせていた白と黒の旋風の隙間は消え、ウサギの賢者は白と黒の渦に包み込まれる。

ただ見えなくなっても、白と黒の竜巻の内側から、”賢者の声”は続いた。


「ああでも、出来る事ならもういっそマーガレットさんには、正体を知っていた上でその姿の時は、呼び方と認識を変えて、記憶しておいて貰った方がいいのかな。

というか、人の私とウサギは一緒だけれども、”リリィが大好きな賢者様”とは別個物だと最初から考えてもらった方が良いかなあ。どう思う、シュト君?」


ウサギの姿の時に比べたなら、”低く”感じる声でマーガレットを支えているシュトに質問を向けたなら、傭兵の青年は少しだけ考え、自分の意見を口にする。


「……それなら結構今のままで構わないと思いますよ。

元々、人とウサギでは姿に差があり過ぎて、一緒の存在だなんて、先ず受けいれ難いですよ。

こうやって、"ネタバレ"されても、やっぱりマーガレットさんみたいに信じ切れなくて時間差がありましたけれど、予想が当たってしまった状況にだってなりますよ」


少しだけ、非難する感情を含んだのが感じ取れる声で、シュトが賢者に意見をしたのなら、パチンという音が響いて、白と黒の竜巻は内側から払い飛ばす様に、2色の粒子と共に飛散した。

そしてその中に、マーガレットの知っている"ウサギの賢者"と名乗っている人が、青いコートを纏って佇んでいた。


「"腰を抜かせてしまった"のは、本当に申し訳なかった、マーガレットさん」


そう言って中指で鼻の上に乗せる様にかけている、丸い眼鏡を押し上げながら鳶色の眼とフワフワとした感じの”毛"の状態は似ている賢者は詫びる。


それから薄く微笑みを浮かべたなら、青いコート翻し、脚を店の部屋の隅に向けて進み、着いた先は、開いていたなら一番店の中に光を取り込む窓がある箇所。

けれども、今は"ウサギの賢者の正体を見せる為"カーテンは閉ざされ、室内灯が点いているにも関わらず、晴天の為に尚も明るい外からは、陽の筋が白く斜線となって、部屋に差し込んでいた。


そして長い指をカーテンの端を摘まんで、支え合う様になっているシュトとマーガレットにまだ僅かな量ながらも逆光を浴びるような姿を見せる形で、振り返って声をかける。


「よくよく、"腰が抜けた"という状態は、事故や事件、自然災害などを目撃したり、"命に関わるような怖い目に遭遇すると起こる"と言うけれど―――。

そうだね、本来なら"ウサギの賢者"になったりならなかったりする、国の王様が法律で禁止している禁術の場面に居合わせるということは、"命にかかわるような"事の出来事かもしれない」


先程に比べたなら、低さに重さも加わった声でそう告げた後に少しだけ、カーテンを開いた。


「さて、今から順次カーテンを開いていこうとおもうけれども、大丈夫かな?。

恐らくまた眼は眩む事になると思うけれど、多分今度は、直ぐに慣れると思うし、片方だけ全部のカーテンを開けるまでは閉じているといい。

そうしたなら、両方の眼から入ってくる明暗調整が、眩んでいてよく見えなくなっているって認識している頭の情報が落ち付いて、比較的早く見える様になるらしい」


"イタズラ好き"という事は判っているのだけれど、それは常にこの国最高峰の"賢者"の特徴を形容する時に便利だから使われているだけの言葉でもある。


(思えば、基本的には"賢い"人でもあるんだよなあ……)


「あ、判りました」

「はい」


今聞く分にも真面目さが伝わってくる声と、知識は信頼がおけるから、シュトが代表して返事をしたなら、マーガレットもそれに続くように声を出す。

そして賢者の方も、シュトもマーガレットも揃って右眼を瞑っているのを確認した後に、今は"信頼"が置かれているというのを自覚しつつ続けて、"腰が抜けた"という状況を語り始める。


所謂(いわゆる)"腰が抜けた"状態の原因は、さっきも言った様に頭の中がの混乱を起こしているんだよね。

驚愕の瞬間に、頭の中で嗅覚以外を司る知覚野が混乱して、他の身体の機能を一時的に止めてしまっている」


そこまで言ってから、カーテンを勢いよく開けたなら、一気に店内は明るくなった。

プリーツ状のカーテンを端に纏め、タッセルを使って"ふさかけ"にかける間も滑らかに賢者の口は動いていた。


「―――混乱が体や関節などを動かす神経にも伝染し、頭の動きが止まるため、体を動かすことができなくなる。

恐怖というよりも、今回のは混乱かな、それががなくなれば、頭の機能は再開するので、普通に動けるようになる。

まあ、先ずは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた方がいいかな。

それで混乱を起こしているだろう、頭が担当する領域が大きい指先や唇を触ると、止まってしまった機能を回復が早くなる。

みたいなのを、前に医学書のレポートで読んだかなあ」


賢者―――ネェツアーク・サクスフォーンが"腰抜け状態"から回復する方法を語っている内に、マーガレットの菓子店内の閉じられていたカーテンはすっかり開かれてしまっていた。

それから最後の仕上げの様に、パチンと指を弾いたのなら、明るくなった店内では殆ど意味がなくなってしまっていた、室内灯も一斉に消える。


それから腕を組んで、マーガレットを支えているシュトの方を見たなら俄かに赤くなっており、やや戸惑いながら支えている方が口を開いていた。


「いや、その指先や唇を触るって……」

「ああ、具体的に言うなら指先で、唇や顎を強く擦るんだよ。すると、皮膚の感覚が戻ってきて、手足が動くようになるーーーん?」


最初、どうしてシュトが赤くなっている意味が判らず、滑らかに説明をしていたのが途中で止まり、ネェツアークの視線が2人に向けられ、"ああ"といった表情を作る。


30数年でそれなり内の人生経験を積み重ね、その年代に賢者ではあるけれども、正直に言って"色恋方面"の経験は乏しい方になる。


「年頃のお嬢さんの肌に触るなんてのはどちらにしても、互いに刺激が強すぎる事だったかな?」

「いや、そういう事じゃなくはないんすけれど」

「スープ、あったまりましたあ~、お店もカーテンが開いて明るくなりました~」


賢者が至って真面目な顔で尋ねるので、返ってシュトが困惑をしていたのなら、幸か不幸か実弟のアトが大きなトレーに食器と、鍋敷きを乗せて暖簾を潜ってやって来ていた。


「マーガレット、適当に食器を借りたぞ……何だ、腰を抜かしたのか?」


そう言って、続いて暖簾を潜って姿を現したのは、ロドリー・マインドであった。


スープを温めなおした為、白い手袋を填めていても握るには熱い鍋の”取っ手”となり、アトが抱えるには大いに不安なので、ロドリーが抱えている。


ただそうなると、軍服に鍋掴みという珍しい恰好に、更に青い琺瑯鍋を手にしているという珍しい姿に仕上がっているが、当人は自分の姿を全く気にはしていない状態でアトの後ろに続いていた。


「まあ、仕方ない事だろうな。シュトは、”前にみ見たことがあったから”、腰を抜かすという事はなかったみたいだな」


これまでの経緯は逐一実況に近い形(主にアトが来ないようにする為)で"報告"を受けていたが、"マーガレットの腰が抜けた"事までは情報は掌握していなかった。


ただどうやら、腰が抜ける事はある程度想定出来ていた模様で、驚く素振は微塵も見せず、シュトが支えているマーガレットの方を、僅かばかり観察する視線を送った後に、再び口を開く。


「スカートの裾は自分の力で抑えていられるのだから、そこまで重篤な状態でもないだろう。アト、テーブルに鍋敷きを置いてください」


「はい、ロドさん」


指示を出されたなら、直ぐに返事をしてアトは飲食スペースにある中でも、一番大きなテーブルにトレイを置いたなら、鍋敷きを中央に置いた。

アトが準備をしてくれた鍋敷きに鍋を置き、鍋掴みを外しながら今度は"兄"の方にロドリーは指示を出す。


「シュトはその状態で困難でなかったなら、マーガレットを―――そちらの方が椅子を引いてくれているから、座らせておきなさい」

「はい、どうぞ~」

「うわっ、何時の間に?!」

「……?!」



眉間に縦シワを刻んで"そちらの方"という言葉を聞いたと思ったなら、シュトは背後に気配を感じ振り返ると、何時の間にか椅子を一脚抱えた賢者がマーガレットの直ぐ後方にいた。


シュトがマーガレットと揃って驚いている間に、座るのに丁度良い位置に椅子を置いたのなら、テーブルで食器を並べているアトの側に行って手伝いを始めていた。

そして手伝いをしながらも視線は一切向けずに、今度はネェツアークの方が部下に指示を出していた。



「ロドリー、頼んでもいいかな?。確か"前にもやったことがあったよね”?」

「ええ、そうですね、畏まりました」


交わされる会話の穏やかさとは別に、ロドリーが蛇の様な眼で睨んだが、鳶色の人はどこ吹く風といった調子で、役目を入れ変わり、アトと一緒になって今は食器を並べ始めていた。

皿を並べる"上司"の姿に、諦める様に小さく息を吐きシュトの方を見たなら、既にマーガレットを座ららせている。

ただ、どちらかと言えばシュトの方は、マーガレットの方を気にしながらも、賢者が口にした"前にもやったことがあったよね"という言葉にも気持ちを向けているのは、ロドリーも感じ取れていた。


そして、マーガレットの方正面に片膝を床につけ座ると、僅かばかり見上げる形で"触っても良いか"と短く尋ねたなら、菓子職人は無言で頷く。

本人の承諾を受けてから、どうやら"鍋掴み"の下に律儀に嵌めていた白い手袋嵌めた手で、先程賢者が口にしていた通りの手順で、マーガレットに触れる。


「……指先や爪先には感覚は、大分戻ってきている様だな。ただ、肘や膝から先に力を入れようとすると、まだ巧くはいかないといった感じか?。

それにしても、随分とショックだった様だな」


白い手袋越しに、唇の方も軽く解す様に擦られて、随分とこわばりが解れたマーガレットはゆっくりと頷いた。


「はい、ちょっと―――じゃなくて、こんな感じなってしまったからには、"ウサギの賢者"様の言う通り、かなり驚いてしまったみたいです―――」


苦笑いを浮かべながら、長い言葉は躓きながらも、マーガレットがそう口にすると、蛇の様な眼を僅かに細める。

それなりにロドリー・マインドと付き合いがあったなら、それが微笑みと伝わる表情を浮かべ、解す為に触っていた手の甲を、まるで幼い子どもを褒める時の様に撫でた。


「―――あの大量の魔力を、"鈍感"という素質が無い中で目の当たりにして、心の方は常識と非常識の折り合いもつけて、気を失わなかっただけ上出来だ。

大概の者は昏倒して、ショックの強すぎる場合は、その記憶に心が耐えきれずにその部分だけ消失する時もある」


すると撫でられた方は、元々感受性の強い事もあって純粋に"褒められた"という事に、照れ体温が上がり血の巡りが良くなり、計らずも随分と身体の感覚を戻す事になる。




「まあ、状況によっては作為的にそうする人もいるみたいだがな―――」


多少意味深な事を口にした後には、マーガレットの方は立ち上がれる程になっていた。


そうなると、元々働き者である菓子職人は自分がじっとしていて、アトと親友の保護者が働いているというのに、自分が動かないという状況に、実に判り易く落ち着かなくなる。



誰に許可がいるとい物でもないのだけれども、マーガレットは介抱をしてくれたロドリーとシュトを見る。



シュトはマーガレットから注がれた視線をそのまま、受け流すような形でロドリーを見たなら、眉間に縦シワを刻んだのなら、”無理を絶対にしない事”という言葉を口にした。



すると”ありがとうございます”と、早速口にしたなら手伝いに加えて、鳶色の人物も加わった事もあったので、簡単なおかずをもう一品増やす事になった。




「何か保冷庫に入っている物でですけれど、何かもう一品リクエストありますか?」


「アト、ウインナー!」


「私、イナゴの佃煮!」


2つ目のリクエストは賢者を除いて、満場一致で却下(そもそも保冷庫にない)となったので、マーガレットは早速アトのリクエストに応えるべく台所に向かった。



ただ、親友の巫女の女の子が時折不満そうに言っていた、”賢者様の大好物が本当だった件"については、後日謝ろうとも心に決める。



アトがまた"手伝いたい"と口にするので、今度はネェツアークが御守りをする形で、台所に向かっていった。



そして飲食のスペースに残るのは、シュトとロドリーという、何とも会話が弾まない上に、甘く美味しい菓子店には不似合いな2人が雁首揃えて残る事になる。


ただ、2人とも朝食から色々と食べそびれてもいるので、一足先に食事を食べておくことになった。



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