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ああ、青春の日々(シュト・ザヘトさん(18)の場合)

"俺も美人見て確かに悪い気はしないんだけどさ、気持ちが休まらないんだよ。

俺はどっちかというと、安らぎを与えてくれるようなホッと出来る、家庭的な感じがいいわけ"


かつて、アルスと"好みの女性のタイプ"という話についての時、シュトはそう言っていたのでした。


挿絵(By みてみん)


王都の城下街の時計台を中心として、東側が生鮮市場や飲食の市場。

そこに日頃見かけた事のない、新参者の姿があった。


目付きは鋭く、背の高い、長めの髪を無造作にかきあげ、更に粗野な印象を与える服装をした青年が1人の少年を伴って歩いていた。

その一緒に歩き、どうやら案内を行っているのはルイ・クローバーという少年である。

こちらはある意味、東側では新参者とは逆に、知らない者の方が少ないともされる、一般的に"やんちゃ坊主"と認識される少年でもある。



だが、そのやんちゃ坊主が知らない者が少ない理由は、いつも彼を連れて歩いているのがこの国の英雄とされている、褐色の大男グランドール・マクガフィンだからでもあった。

ただ、グランドールに連れられていないルイというのも珍しいので、やはりこの2人組は目立つという状況にある。


特に、名前が知られていない青年の方はルイがやんちゃ坊主なら、胸元が大きく開いた逞しい素肌を見せている格好でもあり、俗にいう"不良"とも受け取られる格好でもあった。


というわけで、結構な野次馬的な視線もあったけれども、新参者は自身の実弟との付き合いで良くも悪くも注目される事には慣れてはいる。


その注目される新参者の青年シュトは、その原因となる、恐らく現在も迷子になっているであろう弟アトを捜す為、東側に詳しいルイと共に、産まれ初めての城下街の東側を訪れているのが現状であった。

そして話しているのは、この2人だから話せる事でもありました。


「やっぱり騎士となると握力すげえのな。俺、銃の弾で撃ち抜く以外でああいったの破裂……というかカップが粉砕されるのは初めて見た」


アトの迷子の捜索の指揮を(どういうわけだか)執っている見習いパン職人、ダン・リオンと名乗る左目を眼帯を覆った大男が、ひょんなことから話した、法王ロッツの護衛騎士、デンドロビウム・ファレノシプスの見合い話。


その"寝耳に水"的な見合い話に、彼女を心の底から慕う後輩騎士でもあるリコリス・ラベルが驚きの余りに手にしていたカプチーノのカップをその握力で粉砕していた。


「あれは状況が特殊だったと、オレは思うんすけどね……。

でも、前々から凄いと思っていたんすけれど、やっぱり美人で綺麗だけれど、王室護衛騎士って人達は強いんすねエ。

そんで、それでいて普通にお嫁さんとかもならないといけないんすかねえ……」


"ディンファレが見合いをする"


それは成人した女性なら、あっても一向におかしくない話でもあった。

しかしながら、その話が発端となり、アトを迷子にしてしまった事に落ち込んだシノに続いて、今度はリコが大好きな先輩の見合い(の支度)話に、大いに動揺して周囲に"色恋"の話しが好きな風の精霊を呼びよせてしまう程の騒ぎになる。


ただ、魔術に関しては得手とするリコの相棒ライヴ・ティンパニーと、見習いパン職人(となっている国王様)に赤面しきりのアプリコットが、ここは正気付いて巧みに落ち着かせて事なきを得た。


そして、ある意味動揺しているリコリスを物珍しそうに見ていた、主に男性陣には"親友"でもあるライから、


『余計なことくっちゃべっている時間があるなら、アトちんを捜しにとっとと行け、にゃ~』


と、彼女の個性でもある語尾を付け忘れそうな程の様相になって、これ以上更に余計な事を口にしそうな人々(主に見習いパン職人)を、喫茶店"壱-ONE-"から見送り(?)出していた。



当初の予定通り、新人兵士のアルスと見習いパン職人のダンが西側に、ルイとシュトが東側へと赴く。


そして道すがら話しているのは、やはり先程の事で、最近の穏やかな治世で職業婦人を貫く(と勝手に思い込んでいた)ディンファレが結婚に繋がる見合いについて、具体的な動きをしている事に、感慨深そうに意見を口にするやんちゃ坊主に、シュトも同調する。


「―――だよなあ。"騎士一本"で人生通すみたいには、いかねえもんなのか。

でもまあ、結婚が悪いものじゃあないなら、した方が幸せそうなのは世間を見ればそうなんだろうな」


東側の昼時ということもあるのだろうが、やんちゃ坊主と自分に視線を注がない部類である、親子連れを観察したなら、どれもシュトには良い物に見えた。


それは例え、ひっくり返って"お菓子を買ってくれ"と強請(ねだ)って、母親が冷静に置き去りにしていく様を眺めていてもである。


「……ああいうのって、最初から家族じゃないと出来ない事っすよねえ」


ルイもシュトが見ているものに気が付き、そちらに視線を向けてそんなことを口にしている。

でも特に羨ましいと思っているような気持ちも、感じられなかった。


不思議と"強がっている"という印象は全くといっていいほどせず、ルイはただの出来事としての感想を口にしている様である。


やがて義父となるというグランドール、その親友であるアルセン、仲の良いリリィやアルスに弟のアトに、自分にも、ルイは比較的心を開いてくれている様にも見える。

ふざけもするし、ムキになったり時には拗ねたり、好きな女の子―――リリィの前なら見栄も張る。


(あとウサギの賢者殿と、鳶目兎耳のネェツアークさんにも、結構素直というか、遠慮なく"子どもっぽく"している感じがするかな)


やんちゃ坊主を含めて、リリィ、アルスは"ウサギの賢者の正体"は伏せられている事を今一度思い出し、察せられない様、気持ちを引き締めながら更に考える。

そうするとシュトの中ではあっさりと答えは出てきた。


(ルイ君は、"人を選んで"心を開いているって事なんだろう。けれど―――)


でもその答えも、納まりの悪い"食い違い"の様な物を感じるのは、ルイ・クローバーがそういう”心の開く相手の選別"を、14才という年齢で行っているためだとも気が付く。


(ルイ君が成人してたなら、大人の処世術みたいなもんだとは思う事も、簡単なんだろうが)


"似合う様でいて、似合わない"

そんな支離滅裂な表現が、シュトの頭の中で貼り付いていた。


(やんちゃそうだけれど、元々は冷静というか、育ち方が貴族の英才教育みたいなの受けてたら、今まで以上に大人と対等にやり取りしそうだもんな)


それだったなら尚更、国の英雄や賢者と呼べる人を選別して心を開いているのが、逆に納得出来そうな気もした。


(それに”見習いパン職人のダン・リオン"さんにも心は開いてる風だし、それでいて正体は王様だってのはまだ知らないなら、自身の"勘"で選別している事になる。

でも、子どもの内から、そこまで鋭くなければ、国の英雄が養子にしようとも考えないか)


「―――あ、思えばアトさんは、ああいった事はしたことないんすか?。それとも、拘りみたいなものだから、対処の仕方がああいった親子の関係とは違うって感じですか?」

「へ?アト?ーーーああ、アトな」


少しばかり、頭の中で考えている話題と、現実に世間話をしていたものが逸れてしまった事に気が付いて、シュトは慌ててルイからの質問について考える。


「うーん、そう言われたなら、まだガキの頃は"拘り"も"駄々っ子"も殆ど一緒みたいなもんだったかな。お菓子とかで例えを言うなら、結局"甘い物を食べたい"って事だから」


先程目に入った"駄々をこねる"様子を、幼い頃の弟との記憶の姿と照らし合わせる。


「結局見た目はそんなに変わらないかなあ……。

これは本人の性格なんだろうけれど、アトはひっくり返って泣きわめくよりも、その場で"しくしく"みたいな感じで泣くタイプだった。

ああ、嫌なものや怖い物に遭遇したら、大きな声上げて逃げ出してしまったり、興味があるものがあったら、無言で走りだしたりもするけれど。って、それは今もか」


そんな弟を恩人で、ルイの師匠であるグランドールとは"世間向け"に婚約までいた存在でもある傭兵の師匠が、"親代わり"として引き取った責任もあったけれど、根気よく付き合ってくれていた。


アトの抱えている障碍と、単なるワガママの見極めの必要もあったのだろうけれども、側で見ている限り療育というよりも、どちらかと言えば"躾け"の延長で、欲しい物があった時は、駄々っ子も拘りも上手く治めていた。

その流れを隣にいるルイに足を止めずに簡単に話す。


「―――寧ろ、拘りの特徴さえ掴んでいたなら、アトは余計に拗ねたり、見栄を張ったりもしねえから、ある意味、扱い易い子どもだったかも。まあ、譲らない所は本当に譲らないから、両極端だな」


シュトが笑いながら言う事を、やんちゃ坊主は少しだけ口の端を上げてはいるけれど、至極真面目に聞いているのが伝わってきた。


「そうなんすね」

「……なんか悪いな。結構アトの事を考えてくれているし話も聞いてくれているのに、俺が不真面目というか、真剣には話してないから」


申し訳なさに苦笑いを浮かべると、それにはルイの方が更に申し訳なさそうにこちらは驚きの表情で反応をする。


「いや、シュトさんにとっては慣れたものみたいな流れだから、改まって話すのも面倒くさいの、何となくわかるし、構わないっすよ。

新しい場所で迷子になるのも馴れているなんてのも、普通に言えるのもある意味すげえし……って、あ、すんません」


流石に例えの言葉が過ぎたと思えたやんちゃ坊主が小さく頭を下げるけれども、そう思われても仕方がないと思う"身内"として、引き続き苦笑いを浮かべていた。


「でも、王都なら安心して迷子に出来るって、城門くぐった時から思えたよ。この"内"で暮らせたなら、少なくともアトは迷子で城下街から抜け出す事はないと思えるからな」


ただ、シュトの希望的なこれからの生活の展望に、ルイが更に申し訳なさそうに、この王都の付近に住んでいる"先輩"として、情報を提供する。


「ああ、でも、この王都って呼ばれる城下街に住居を持つには確か結構色々条件があった様な気がするっすよ」

「条件?なんか資格とか、実は金がかかるとか?」


"金"という部分には随分と真剣な物を感じ、やんちゃ坊主は鼻白むけれども、直ぐに持ち直し、ルイの知っている限りで、話す事にした。


「確かグランドールのオッサンが言うには、ある程度、国に貢献している功績が無ければダメじゃなかったかな。

まあ、貴族なんかは仕方ないにしても、居住区の住民も幹部軍人の家族や、城には欠かせない役職を勤める人だって。

軍人の独身者なんかは、軍の中に宿舎の施設があるから、その中だし。

あと本当に一般的住民とされる人達でも、年に一度行われる季節祭の品評会で優秀と認められた技術者や、勤勉な就労者が主だってこの城下街に住む許可を貰っているって。


ああ、でも、住む住まないは、あくまで本人の意志だそうですけれど」


"本人の意志"という言葉に、シュトは腕を組みながら頷く。


「そうなんだな。ああでも、確かにそれなら、英雄のグランドール様や賢者の旦那も王都の城下町の"外"に住んでいるんだもんな」


シュトが産まれた位の頃、"平定の四英雄"と称えられるこの国から1人も存在しなくなった事を皮切りに、周辺諸国からかつての宰相アングレカム・パドリックが結んだ盟約を破り、肥沃な大国セリサンセウムは狙われた。


その侵略を退けたのがグランドール・マクガフィン及びアルセン・パドリックを含む"大戦の四英雄"となっている。

ただ、世間的というよりも、"世界的評価"はその後に起こった国を超えた世界規模の天災の原因究明と"解決"を行った事の方が大きく、そちらの方が功績としても大きいとも思えるし、シュトも一般常識として学んだことでは、"そうなっている"。


「賢者の旦那は良く知らないっすけれど、オッサンは、城下街の一般居住区の手頃な一軒家を下宿にしてはいるんすよ。

何か、英雄としての仕事が立て込んだ時や、たまにですけれどアルセン様と深酒して、そのまま泊まったりとか。一応、対外的な面に関してはちゃんとしているみたいっす」

「英雄になっても、対外的な面か……」


余計なお世話だとも思いながらも、"英雄も大変なんだな"と言う感想を抱いてしまう。


(国の英雄ってくらいだから、結構好き勝手を出来るってもんでもないんだな)


寧ろ、国の役に立ち、認められれば認められる程、自由という物から遠ざかっている様にも見えてしまうような気すらする。


(まあ、俺から見たら自由が少ないかもしれないけれど、グランドール様が"それでいい"と考えているなら、デッカイお世話でしかないか)


そして、人の事よりも先ずこれからのシュトと弟の身の振り方を、急ぎではないにしても考えなければいけなかった。


「じゃあ、王都の城下街に住むにはどうしたらいいだろう?」


「オレも住める詳しい仕組みは知らないですけれど、取りあえず傭兵を休業して、国の兵士になって、官舎に住むとか?。

確かアルスさんが、独身者じゃなかったり、事情があるなら軍の中にある宿舎から出て、居住区にある官舎に兵士は家族と住めるって話してくれったすよ。

そんでもって兵士をやっている間に、国の認める功績を何かしらするっていうのも手ですよ。

ただ国が認める功績っていうのも、急には思い付かないっすけれど。

そこはオッサンやアルセン様に相談をしてもいいんじゃないっすか?。

それにそういう時こそ、賢者の旦那に手を回しても貰うとかするのも、手じゃないですかね。

リリィが言うには、"誰にも迷惑かけないズルはする"とか常々言っているらしいっすよ 」


「"誰にも迷惑かけない"というのは、俺一人ならいいけれど、アトの事となるとどうしてもな。

それこそ"ズル"って言葉には拘りを持っているところもあるから、黙っていればいいんだろうけれど、万が一知ってしまった時にアトがどんな反応するか判らない」

「ああ、それは確かに」


そしてルイも"うーん"と、腕を組む。


迷子のアトの捜索中ではあるのだが、"その後"についても真剣に考えているシュトに感心して、ルイなりに真面目な返答をしていた。

シュトもルイもどちらかと言えば、揃って"不真面目"に判断される格好や態度を好んでしてはいるけれども、ある種の"筋"は人として通している。

言葉には出していない部分ではあるけれども、通じる物を互いに感じていたので、シュトはやんちゃ坊主の年齢に拘らず、相談を続けつつ、弟を捜す為に周囲に気を向けてもいた。


「それにしても、確かに兵士になるっていうのも1つの手か。

ルイ君の言う通り別に傭兵を辞めるわけではなくて、休業しても特に問題はないし、。この前の組合(ギルド)の定期新聞も、用心棒課業は不景気だって書いてたもんな。

ただ、兵士になれたとしても、必ずしも"王都の軍隊勤務"になれる保証はないのも、決定打に欠けるんだよ。

アルスは軍学校で2番目に優秀でも、賢者殿の希望もあったわけだろうけれど、城下を離れて"賢者の護衛騎士隊"に配属になっている。そうしたら、住居は王都の中じゃなくなる」


弟の興味を持ったなら猪突猛進気味な所を考えたなら、些か広すぎるかもしれないけれども、城壁の中にいるという保証が出来る、王都の城下街の居住区は魅力的だった。


(それにアプリコット様は、というよりは"ダガー・サンフラワー陛下"はどんな手順を取るかは俺には推し量れないけれど、必ずあの人を御后様にする―――筈だよな?。

それなら、多分住む場所は城下街のどこかにさせるとは思うんだけれども……)


何にしても"銃の兄弟"としては、アプリコット・ビネガーが"嫁ぐ"までは、強い彼女には不必要かもしれないけれども、護衛として守りたいとも考えている。


(あ、でも軍学校は入校したら半年は教育隊に入って、外部とは家族以外とはまともに連絡取れないとか、アルスも言っていた。

アトの事を含めてその間をどうするかが、また問題なんだよな。

でも、傭兵よりも兵士の方が安定していると言えば、安定しているし)


シュトが"軍に入るかどうか"で迷っているのは、様子で察しているやんちゃ坊主は、取りあえず使えると思える情報を八重歯が覗ける口から、続けていた。


「軍の配属とか、そこら辺は逆に事情を話せば融通効かせて貰えるんじゃないんですか?。

ウサギの賢者殿とか、アルセン様もアトさんの事情も分かってくれるだろうし。

ズルとかじゃなくて、利用できるもの利用させて貰ってーーー」


そんな事を話している内に、それまで微かな物だった良い匂いが、時間も昼に近い為か強く漂い始める。


3時間もたてば、"腹と背中がくっつく!"と豪語するルイだけれども、本日はウサギの賢者の魔法屋敷で結構な量の朝食を食べ、喫茶店"壱-ONE-"ではジュースを一番大きなサイズで飲んでいたので、今はまだ大丈夫だった。

ただ、今回はシュトの方が腹を空かせている状態であった。


「うわ、この美味しそうな匂い、空きっ腹にきついなあ。アトを捜しながら、俺も何か適当になんか食うかな」


そう言いながら、シュトは右手で大きく開いている胸元の下にある、鍛えてもいるけれども、今は空腹の力で結構な引きしまった平らな自分の腹を撫でる。


「それなら、行きがけにアプリコット様から押し付けられた"ポップコーン”を食べたら良いんじゃないっすか?。それなら、歩きながら摘まめるし」


そう言ってルイが指さすのは、シュトが左側の小脇に抱えている、ソイソースバター味のハーフサイズのポップコーンの袋だった。


重さは全くといってもいいほどないのだけれども、膨らみは結構あって、こちらも出来たてでもあるので、結構な芳ばしい匂いが、入れ物の封をしている場所から漏れている。

シュトは腹を撫でている手でそのまま、ポップコーンが入っている袋を掴んだ。


「ああ、これな。でも、これって俺とルイ君が”腹が減ったから食べろ”みたいな意味で、アプリコット様が渡したっていう感じではないと、個人的には思うんだよなあ」


シュトにそう言われたなら、ルイも言葉が続かない。


もし渡した人物がアプリコット・ビネガーではなかったのなら、

”じゃあ、どんな意味があるんすか?気にしないで食べましょう”

ぐらい言ってのけるルイではある。


かつて、彼女がまだロブロウの領主だった頃。


農業研修で早朝に起き過ぎた新人兵士とやんちゃ坊主は、領主邸の中庭で色々とあた事で、気晴らしに、誰も起きてこない内にと、息抜きに"模擬試合"をしてしまった。


だが、どうやらそれは昨夜からの大雨で、領地の自然災害の心配をして殆ど早朝という時間に漸く仮眠を取ろうとしていたアプリコットの睡眠を妨げる音を出してしまったらしい。


軍学校で2番目の剣の腕前のアルスと、農場では大人顔負けの武芸の腕前を持つルイは途中まで互いの武器を交えていた記憶はあるのだが、それがプツリと途絶えている。


次に気が付いた時には、2人ともアプリコットの手によって、縛り上げられていた。

アルスもルイも縛り上げられたままで、信じられないといった表情を浮かべたけれども、その心を拾い読んだ、当時は仮面をつけていた領主は


―――私はあの"ウサギの賢者"と同じ位、強いわよ?。


悠然とそう言ってのけた。

それからは有無云わさぬ迫力を発するアプリコットに、アルスとルイは襟首をネコみたいに捕まれて、領主邸の廊下に正座をさせられた上で、


"ぼくたちは、調子に乗って日が昇る前に中庭で遊びました。

そして代理領主アプリコット・ビネガー様の安眠を妨害した為、反省の正座をしています。

朝食まで、そっとしてあげてください"


といった貼り紙をいつの間にかつくったのか、2人揃って胸元に貼られた。


しかも、その後、恐らくはアルスとルイが中庭で行った模擬試合の影響で早起きしてしまい、散歩を行おうとしていたリリィに発見され、大層呆れられてしまう事態となる。


それ以降も、アプリコットに"ウサギの賢者と同じ位強い"という発言も合わせ、賢いと表現するよりも、手の込んだカラクリに付き合わされた様な出来事に出くわされた。


なので、これまでのそう言ったアプリコットとの付合いの経験を踏まえ、ルイとシュトが迷子の捜索に出発する直前に渡された、ポップコーンに何らかの意味があるのではないか?。


どうしても、そう勘ぐりしてしまう状態でもあった。


ただこのポップコーンを渡す際のアプリコットは、調子が違った様に、ルイには見えた。


どこがどう違うかは言えといわれても、はっきりとは言えない。

ただ、強いて言うのなら、ウサギの賢者と同じ位強いともされるが、それと同じ位、不貞不貞しい雰囲気を携えている彼女に、今回はその部分がなかった。



「何か、いつもと調子は変な感じがあったのは何となく感じていたんすけれど。


ダンさんの"ディンファレさんが、見合いする発言から、動揺するリコさんを落ち着かせるのにてんやわんや"だったから、よく判んない内にライさんに喫茶店から叩きだされたみたいなもんだったし」



「とりあえず―――、ルイ君と俺で食べるのはよしておかないか」


シュトが再び小脇にポップコーンを挟みながらの提案に、ルイも頷く。


「そっすね。じゃあ、とりあえずポップコーンを食べるのはなしにしても、シュトさんが軽く腹が膨れそうで、ついでにアトさんの情報が手に入りそうな店に行きましょうか。

グランドールのオッサンと、オレも贔屓にしている"ココノツ"って汁物屋で、王都の色んな所からお客さんが昼時に来るから、多分何かしらの話しも聞けますよ。それに、オレとリリィが初めて出会った運命の場所でもある!」


握り拳を作って力説するやんちゃ坊主に、苦笑いを浮かべつつも、素直に羨ましいとも、皮肉屋の青年は思った。


「前から思っていたけれど、本当にリリィの事が好きなんだな」

「そうっすね、出逢った時に頭の中で運命の鐘でも鳴った様な感じすらしたっすから。あ、実際リリィの声は鈴が鳴るみたいに可愛いのもあるけれど」


好きという部分は一切否定しない所には、寧ろ潔いほどの男らすら感じる。


「もしかしたら、実際鳴っていたんじゃないか?。丁度昼時で、時計台の鐘も鳴っていただろうし」


ただシュトは本来の自分の性格も思い出し、一応皮肉を口にしつつ振り返ったなら、時計台の時計の針が昼を報せる場所で、長い針と小さい針が重なろうとしていた。


「いや、それはないっすよ。確か時計台の鐘が鳴ってから、オッサンと昼食を取るにあたって別行動になったのは覚えているっすから。

何しろ、リリィとの運命の出逢いっすからね、間違えないっすよ」


拳にしていた手を掌に変えて、これも力強く断言するので、今度は心の底からシュトは呆れる事になる。


「ルイ君は変な所で、冷静なのな……。じゃあ、その汁物屋のココノツさんに案内してくれるか。

俺としても、アトがお菓子とかを食べているんじゃなくて、ちゃんと食事をとってくれていた方がありがたい。

本当にたまになんだけれども、時々親切な人がいるとアトが"お1人様"で飯食っているときもあるから」

ルイの先導で汁物屋に向かいながら、シュトは弟についてそんな事を口にしていた。



「そう言うってことは、今まで、そんな1人で飯を食っていた事があったんすか?」


昼時になって、波の様になった人の間を縫うように進んで行きながら、やんちゃ坊主は尋ねると、ポップコーンを挟んでいない方の右手を顎に当ててシュトが頷く。


「ああ、本当にたまーにだけれども、あるんだよ。

アトがお小遣いをもってて、その店の人がアトのみたいな子に理解というか、前以て知識をもっている場合とかな。

多分知り合いか誰か、そう言った障碍を抱えた人がいいるんだろうな。

扱いも判っているみたいで、巧い具合に誘導して、飯も食わせて保護者が捜しに来るまで"引き留めて"くれることまでしてくれる」



「そうなんすか。ああ、でも”ココノツ"のオヤジさんなら出来なくもないかな。

それに、お客さんも落ち着いた人も多いからもしいたら、大丈夫っすよ」


随分と頼もしいルイの返事に、シュトの方は少しばかり脱力した感じで笑みを浮かべていた。


(セリサンセウムの王都ってのは、アトにとっても本当に住みやすい場所になりそうだな。

でも、そんだけにする為に、この"国"が頑張ったっていうのかな……、そう言った事に気が付いて、力を入れてくれたって事があったお陰なんだよな)


40数年前にこの国が傾ききったという話は、一般常識の歴史として定住しない傭兵稼業の生活の中で、師匠から渡された、国が無料に配布している教本から学んだ。


そして、それを立て直し平らに均したのは、この国の"平定の四英雄"と呼ばれる人々で、それぞれ"国王"、"王妃、"宰相"、"法王"という立場の為政者になった。


国王になった鬼神のグロリオーサ・サンフラワーこそ、先王で暗愚と恐れられた"王家"の血筋だけれども、その他の英雄達はすべて"平民"の出自と、教本には記されてある。


("平民"からの視線のままでそれぞれが為政者の役割を担ってくれたから、今の様なアトみたいな障碍を抱えた住みやすい生活が出来る様になったという事なのかな。

ああ、でも―――)



ただ、教本にも載っている事だけれども、王妃となった元英雄でもあったトレニア・ブバルディア・サンフラワーは病で、そして宰相になったアングレカム・パドリックは事故で、平定を為し終えて10年もたたずにこの世界から、"旅立ち"消えた。


(でも、居なくなったとしてもトレニア様やアングレカム様とかの意志みたいな物を、平定されたこの王都に住む人達が引継いでいるから、40年近く経ってこんな感じに暮らせているんだよな。

それに、確かアトみたいな子どもの教育に関しては、英雄で法王になったバロータ様よりもその次に法王様になった、サザンカ様の方が研究熱心だったって、師匠が教えてくれたっけ)


―――私の"友だち"がね、サザンカ様の一番若い部下で、アトみたいな発達に偏りのある人の勉強や、研究をしていたの。


(それで、その人があの"ウサギの賢者"が人だった頃、"奥さん"だったメイプルさんか。

っていうか、あの人に―――ネェツアークさんに嫁さんがいたというか、結婚するほどの恋愛をしていたっつーのも、意外というかなんというか)



「―――シュトさん、あそこです!」


ルイに呼ばれて、考え込んでいた事に気が付いて顔をあげる。

教えてくれているやんちゃ坊主の顔が、とても活き活きとしていた。


(これが恋をしているって感じなんだろうなあ)


やんちゃ坊主とされる少年がしている恋は、きっと周囲から見たなら"微笑ましい"という表現を代表として扱われる物だと思える。


(考えて見たら、この今の王都の基礎となっただろう英雄で国王様と王妃様になった2人も、平定の活動を行いながら、"恋愛"していたって事にもなるんだよな。


そんでもって、平定の仕上げ間際にあのダガー・サンフラワー陛下を授かる関係に―――夫婦になった。


多分、平定が成功しても、していなくても、その"後"で前の王様と王妃様の身分差でくっついていたなら、絶対何処からか文句は出てくる。


その事に2人で気が付いたか、もしかしたら、仲間や協力してくれた人たちから進められて、恋人の段階を超えて夫婦になったというのもあるかもしれない)


そして、その恋人の段階を超える"証"ともなった、陛下は今は"見習いパン職人"に変装して、特徴的な左目を隠し、城を抜け出し、多分わざわざ"アプリコット・ビネガー"を迎えに来ていた。


(って、その前に、わざわざロブロウにも王様としてやって来てもいるんだった。

そっちのほうが、今みたいにちょっと城を抜け出す以上に大変な事だっただろうけれど、やって来たんだよなぁ)


緊急の事だったにしても多分、本来なら国王の単独行動や、ありえない行動だとも思える。


この国の賢者に当たるネェツアークから、自分の治める国の西の領地が人外の存在にとの"陣取り合戦"に巻き込まれた報告があったから、動いたという可能性もあるかもしれない。


けれども、国が誇る英雄が2名に賢者となる人材が現地にいるのだから、委細をまかせておくことも可能だし、そちらの方が現実的だと思える。

でも、シュトの知っている情報を合わせ鑑みたなら、夜中に城を抜け出し、アプリコット・ビネガーの為に一昼夜馬に乗って駆けて西の果ての領地までやって来た。


(これが、"恋がなせる技"みたいな言い方をされるものなのか)


そうして、今更という感じで気が付いたのは、自分の周囲の人々は結構"恋"や、そこまではいかなくとも憧れと言った物をもって、日常を過ごしている事だった。


今一番に思いつくのはルイで、次に思い当たるのは喫茶店で大いに動揺していたリコリスである。

ただ彼女の場合は、多分恋というよりも、憧れの面が強いと思える。

そして、今回は別行動になった親友のアルスにも"片想い"ではあるけれど、想っている相手がいる―――。


「……すっかり忘れていた。そうだ、アルスの惚れているっぽい相手は……」


恋に関し考えを巡らしたついでに、思い出したのはアルスの女性の好みについてだった。


はっきりと聞いたわけではないけれども、シュトの勘に引っかかる発言を、過去にアルスはしている。

それは、まだロブロウで代理領主の立場だったアプリコットの用心棒を行っていた時の事。


これからの"傭兵の仕事"や、一般的な仕事に就くにしても身に着けて置けば何かと役に立つだろうからと、"執事の見習い"をしつつ行儀作法も簡単にではあるけれど、学ぶことになる。


そんな中で、アルスは時間にしても数時間ほど遅れて農業研修の一員としてロブロウに訪れていた。

本来は、客人として、礼節をもって接しなければいけないのは判ってはいる。


けれども、それ以前に"普段の恰好"の時に出逢っている事もあっったのと、周囲に人の目がある時は兎も角、"子ども達"だけの時はどうしても気が抜けて普通の口調になりがちだった。


加えてアルスと共に同行しているルイや、その時は妹と身分を偽っていたリリィも、側にいる保護者となる1人と1匹が常々"堅苦しい事は苦手だ"と 口にしていることもあってか、十分影響受け、て堅苦しい態度を望まなかった。


そういった事もあって、人前ではともかく友人同士になってからは、互いに楽な口調で話す様になる。

そんな友人同士として話せる位の間柄になった時、シュトは執事見習いとして、女性陣のエスコートの役割を(こな)す仕事の場面があった。


その女性陣というのが、(くだん)のリコリス・ラベル、ライヴ・ティンパニー、リリィ、そして、見習いパン職人が言うには、近々見合いをするらしいデンドロビウム・ファレノシプス―――略称ディンファレである。

美女3人にウサギのぬいぐるみ(のふりをした賢者)を抱えた美少女1人をエスコートという状況は、一般的に見たなら幸運な事ではあると思う。



『―――リコさんは王都の軍を代表して、軍人募集のモデルの誘いがあったぐらいの美人だよ。

考えようによったら、ある意味シュトはラッキーだったんじゃない?」』


日頃、そういう人の外見に関して興味が無さそうなアルスですら褒めた美人たちなのだから、実際有難い事だともシュトも思った。


ただ美人な事を認めつつも、シュトの中では譲れない部分があったので、


『美人に関してはラッキーだったと思うけどさ、いくら美人でも緊張する美人だったわけだろ?。


で、俺も美人見て確かに悪い気はしないんだけどさ、気持ちが休まらないんだよ。


俺はどっちかというと、安らぎを与えてくれるようなホッと出来る、家庭的な感じがいいわけ』


という持論を返していた。


すると、上司である耳の長い賢者や、恩師でもある美人な貴族で軍人からも"天然(ナチュラル)"だとお墨付き頂いている、新人兵士に


『そりゃ、リコさんやライさんに、えっと、ディンファレさんも護衛騎士の軽鎧を身に着けているから、家庭的には見えないよ』


と、返されて、暫く開いた口が塞がらないという、それまで18年間生きてきた中で中々する機会のなかった行動をとる事になる。

ただ、アルスが"ディンファレ"の名前を出す時に、言葉に詰まったのをシュトは聞き逃さなかった。


その時は先程口を丸く開けた、家庭的の意味を取り違えてもいるアルスに対し、どちらに対して突っ込もうと考えている内に、"礼節を持って接しなければならない"客人―――アルセンが来たので、話はそれまでとなる。


それから突っ込んでそう言った話をする機会はなかったけれども、その後にアルスがディンファレに介抱されるという出来事が起こる。

その後に、彼女の名前が話に出る度、少しばかり顔が赤くなっていたのは見て取れていたので、恋か憧れかは知らないけれども、そういった想いを抱いているのをシュトは確信した。


(アルスは、ディンファレさんが見合いをするって話を聞いて、どう考えたんだろうなあ)


見習いパン職人に扮した国王陛下がサラリとその事を口にした時、リコリスの動揺が余りにも激しかったので、親友に対してのに反応には失念していたとしか例え様がない。


(リコさんが落ち着かなくなっていたのもあったからだろうけれど、アルスは結構冷静だった。でも、まあ、何にしても恋とか憧れとかの気持ちを持てることは、少しばかり羨しいかな)


恋愛という物をした覚えはない。


けれど、背が高い事やその粗野な風貌もあって、弟子期間の傭兵生活中にそれなりの経験の方は済ませている分、"恋"や憧れるといった気持ちを抱ける事の方に、シュトは羨ましいとも思う。



("愛情"を知らないつもりはないんだよな)


それは寧ろ"恩師"や弟から、普通の家族として以上の物をこれまで感じ取り、培ってきたと思う。

だから、もしも伴侶となりたいと思える相手に出逢えたのなら、その人に向ける愛情は一方的なものにならないようにしたい。

シュト自身でも多少変だと思える、そんな決意を持っている。


(でもなあ、俺の好みと、俺の事を興味を持って寄って好んで側に来てくれる奴は、外見からして真逆なことが多いんだよなぁ)



恐らくは粗野な恰好が影響しているのもあるのだろうが、側に寄ってきてくれる年の近い異性はアトの様な弟がいる事や、シュトが甲斐甲斐しくその世話をやいてやっていたりすると、


"イメージが違う"


と、一方的に怒りながらそんな事を告げられたり、理由は判らないが嘲笑されたりしそうになった事もあった。

シュト自身は馬鹿らしいと、相手にもしないのだが、当時は行動を共にしていた、情に厚く何かと世話焼きで"女性として大変魅力的な姿をしてもいた、保護者でもある先代が黙っていなかった。



弟子を野次ろうとする同性の小娘にも及ばない"ガキ"を、普段なら絶対にしない身体を使った高圧的な態度と振る舞いをしたら、直ぐに逃げるように去って行った。

頼んでして貰ったことでもないのだけれど、呆れつつもらしくない事をしてまで弟子を庇ってくれるその事に感謝もしていた。


(姿見は兎も角、俺が好むタイプの影響は受けてしまったよなあ……)


孤児の兄弟を引き取り、傭兵という逞しい稼業ながらも慈しみを注いでくれた、女神みたいな恩師は本当に愛している人と"旅立ち"、シュトはそれを親友のアルスと共に見送った。


(かといって、俺も自分から積極的になれる様なきっかけというか、出会いがまずねえしなあ。

もし、この王都という場所に定住出来て、余裕が出来たなら少しぐらい、俺もそう言った事と向き合ってもいいかな)


その時シュトの足に、何かが当たるが、人の波はあるけれども目の前には誰もいないし、ルイは少し先を歩いている。

なので、"何か"あたった足元の方を見る。


「……カメ?」

シュトの記憶が確かなら、弟の持っている絵本の図鑑に載っている"陸ガメ"と呼ばれるものがいた。


「カメだよな……」

「あら、カルマンドーレ、こんなところにまできていたの?。本当にお前は飼い主に似て神出鬼没で、カメなのに足が速いのね」


青く大きな恐らくは、琺瑯(ホーロー)の鍋を抱えた、年齢は大してシュトと変わらないだろう生女性がシュトの足元にいる、大きな陸ガメに向かって話しかけていた。



その人は王族護衛騎士隊の綺麗どころには及ばない、美人と例えるまでは大袈裟になってしまうが、それを上回る愛嬌と人の良さがある。



例えは変かもしれないが、ふくよかという体型ではないのだけれども、顔からして"丸い"雰囲気はとても柔らかい感じで、緑色のカーデガンを羽織っているのが似合っていると思えた。



(うわー、まじか……)



そして簡単に言うのなら、"安らぎを与えてくれるようなホッと出来る、家庭的な感じ"というシュト・ザヘトの好みを見事に掴んでいる人物でもあった。



「初めまして、カルマンドーレ……この大きな"カメ"を知らないって事は、王都の城下街の東側には殆ど初めての方かしら?」



化粧っ気のない僅かに薄いそばかす頬の上にある、優しそうな目元を微笑みの形にして人の波の中で、足を止めながらも器用に人との衝突を避けながら、そう語り掛けられる。



その身のこなしに、この場所に慣れ親しんでいるという物を感じ取りながら、シュトは"自分の好み"の姿をした人物を前に顔が赤くならない様に意識しながら頷いた。



(アルスのこと、俺がどうこう言える立場じゃない。すっげえ、緊張するものなんだな)


ここまで自分の好みと合致する人物に出逢った事は、本当に初めてで、シュトの頭の中ではでは落ち付けという声が響く。

けれども、胸の内側から作られる血の流れの脈が刻まれる音が、落ち着けと言っている頭の声を打ち消すように、耳の裏で"ドクドク"聞こえている。


「ああ、そうなんだ初めてきた。その、なんだ、このカメって有名なんですか?」


最初は砕けた口調だったけれども、初対面という事を思い出し、相手の物腰柔らかい雰囲気を自分の喋り方で崩すのも嫌だったので、言葉遣いを改めながら、尋ねる。

シュトの口調が丁寧なものに変わった事は、青い鍋を持った女性に驚きになったが、口を一時小さく丸い形にしたけれども、直ぐに先程と同じ様に笑みの形に戻した。


「ええ、ある意味では名物―――とうよりは、このカルマンドーレ、ああ、カルマンドーレというのはカメの名前です。このカルマンドーレの飼い主さんが、東側というより、城下街でで有名人なんです」


そう言う頃には、足元を見たならカメは既に器用に人の脚の間を掻い潜る様にして、進んで行ってしまっていた。

それをシュトと鍋を抱えた女性は、見送りながら会話は続く。


「もし、暫くこちらに滞在なさるなら、多分何らかの形でその人の名前は必ず聞くと思いますし、カルマンドーレは何かと遭遇することが多いと思いますよ」

「へえ、カルマンドーレっていうのも変わった名前だけれども、何か覚えやすいですね―――」


シュトがカルマンドーレの名前を"覚えやすい"と口にした時、背の高さもあるだろうけれど、鍋を抱えた女性から見上げられる形になる。


「な、何かありましたか?」

「いえ、カルマンドーレの名前を覚えやすいのっていうのが、つい最近知った人であったので―――」


前にアルスがディンファレの名前を口に出す時に詰まった様に、シュトも言葉に詰まりながら、琺瑯の鍋を抱えている女性に尋ねたなら、そんな返事を返された。

その直後に"カチッ"とい音の波が、王都の城下町で買い物を行う人々の頭上で響いたと鳴ったと同時に、"昼"を報せる鐘の音が続く。


「―――もうお昼ですね、スープ、買って帰らないと。ロドリー様と―――君待っている」


鐘の音もあるけれど、緊張でドクドクと耳の裏側で波打つ脈の音で、鍋を抱えている女性の声が良く聞こえない、けれど、シュトよりも高い場所にある時計を見上げる視線で時間を気にしているのは伝わって来た。

それから、視線を先程まで話していたシュトに戻してにっこりと笑顔を作った。


「私、更に東側に行った所で、菓子屋をしている、――――って言います。良かったら、来てください、それじゃあ」


自己紹介と不思議と"接客用"と判る、笑顔を浮かべて、自己紹介をしてくれるのだが、まだ鐘の音と耳の奥で鳴る脈の音で良く聴きとる事が出来ない。

ただ相手は鍋を抱えながら、丁寧に会釈をするので、シュトも慌てて会釈を返す。


(……ここで呼び止めたなら、この人に迷惑が掛かるかな)


時計を気にしていたし、名前ははっきり聞こえなかったけれど、誰かを待たせてもいるのも判った。

ただ、カメのカルマンドーレを詳しく知っている事や"菓子屋をしている"という言葉で、彼女がこの城下町で生活しているのが判る。


捜そうと思えば探せるし、これからも会おうと思えば店を尋ねればいい。


(でも、名前が聞こえなかったって、改めて聞けば良かった)


会釈を返して頭をあげたなら、緑色のカーデガンの裾を膨らませて、良い匂いと共に、ブリキと思われる銀色の煙突から煙を立ち昇らせる店の1つに、女性は入って行った。


その店は軒下に、ロブロウのビネガー家の執事見習いで片づけの時、東の国の図鑑で見た、"カケジク"という物を象った、"9"の数字を藍染で白く抜いた、看板替わりらしき物が下げられている。


("9"か、何て読むんだろうな)


そう考えた時、ポップコーンを挟んでいる方の左腕を叩かれて、振り返ったならルイが苦笑いを浮かべて立っていた。


「すんません、案内の役割なのに人が多くて、目印のこと見逃して行き過ぎてしまいました。

―――ああ、シュトさん、背が高かったから、さっきの説明で判って、ここで待っていてくれたんすね、すんません。

そうです、ここですよ汁物屋のココノツ」


そう言って、ルイが"9"の文字が白く染め抜かれている看板と店を指さす。


("9"でココノツって読み方なんだな、これも異国の読み方ってことになるんだろうな)



別に判っていたというわけでもなく、足元にいた大きな陸ガメに脚を止められたから、止まっただけということの事だった。

ただ、ルイはシュトが判っていて店の前で足を止めたものだと思っているようなので、そのままにしておくことにした。


「―――店、さっき昼の鐘がなったばっかりだから、これから本格的に混みそうです。

大体店は年中無休なんで、食事はまた今度にしませんか。

ゆっくりというわけじゃないっすけれど、心配事とかない時に食った方が美味しいですよ」


ルイが先程の女性と同じ様に、時計台の鐘を見上げて提案すると、シュトは直ぐに頷いて同意する。


「そうだな、まだ、限界だっていう程腹は減ってねえし、それでいいよ」

「じゃあ、今は人が多いからオレが店の中に入って、オヤジさんに心当たりがないか聞いてきますから、入り口で待っていてもらえますか?」


その言葉に無言でシュトが頷いたなら、やんちゃ坊主は持ち前の身軽さで、今も店の中に入店しようという大人の間をすり抜けて見事に入っていった。


そしてシュトは"9"を白に染め抜かれている、店の看板らしいカケジクの下で、出入りをする客の邪魔にならない様に入り口の壁に貼り付くように立って待つ。


(別に、待ち伏せをするわけでもないんだけれども、何んというか、緊張するな)


多分、あの女性の方が先に出てくる事になる。


(迷子になったアトを捜すの必要な事だから、別に緊張する事もないのだけれども)


昼時で、人が多いから店内に図体の大きい自分が入ったなら邪魔になるから、ルイが情報だけを仕入れてくるのを待っているだけの事である。

そう自分に言い聞かせながらも、軽く緊張して、先程耳の奥から聞こえてきたような脈の音が再び聞こえ始めていた。


(でも、"俺"は、これからどうしたいんだろうな)


先程出逢った、鍋を持った女性に興味を持った事も、異性としての好みである事も認める事は出来る。

でもそこから先が、巧く考える事が出来ない。


(……とりあえず、先ずはアトの保護からだ)


巧く考える事が出来ないのを弟にするつもりはないのだけれども、もし、万が一、アトの保護が首尾よく行かなかったなら、どこかで"言い訳"を捜す自分がいるのが判っている。


その時に、笑顔でこの町のと出逢いのきっかけを与えてくれたくれたカメの事を教えてくれた先程の女性をその理由にいれたくは絶対なかった。


「あら、さっきのお兄さん。お兄さんも"ココノツ"の汁物屋さんにお昼を食べにいらしたんですか?。

だったら、中に入った方が良いですでよ、1人でも食べやすい、気楽ないい雰囲気のお店ですから」


すると予想以上に早く、先程の女性が、蓋が僅かばかりずれた、その口から湯気と食欲を刺激する匂いがする鍋を抱えて出てきて、シュトを見て少しばかり眼を丸くする。


「―――!、ああ、その、食事もいつか世話になりたいと思ってはいるんだけれど、今日来たのはそう言うのではないんだ」



当たり障りの無い言葉を捜しながら、言い訳を考える。

だが再び想定外―――彼女の抱えている琺瑯鍋から漏れる不意打ちの美味しそうな匂いは、鼻に入り込んで、刺激を与えて思い切り腹を鳴らしてしまう事態になり、一気に赤面した。

ただ腹は思い切り腹は鳴ってはいたけれども、昼時の喧騒もあって注意を払っていなければ聞こえない物だった。


ただ残念で皮肉のことながら、シュトにとっては、最も聞かれたくない相手に、腹の音は聞こえてしまっていた。

顔を赤くした上で、表情を歪めて、女性の方を見て見れば至って普通に微笑んでいる。


「おーい!"マーガレット!"」


その笑みが、優しい物なのが、かえって恥ずかしい、そう感じた時新しい声が店の奥から割って入って来ていた。


「あら、私、忘れ物でもしたかしら―――」

"名前"を呼びかけられたことで、鍋を持ったままマーガレットは振り返ったなら、そこにルイがやって来る。


マーガレットもそうだがが、いきなり側に戻って来たやんちゃ坊主にシュトも驚き、揃って瞬きを繰り返していると、ルイは振り返り店の奥の方に大きく声をかけた。


「オヤジさん!、この青い鍋を持ってる姉さんが"マーガレット"さんか?!」

「おう、そうだ!話を聞いてみな!、多分予想は当たっていると思うぞ!」


店の奥からこの店の店主らしき人物の声が返ってくると、ルイが"判った、ありがとう!"と返事を返し、店先でもあるので視線で促す様にマーガレットとシュトを見る。

まだ互いに自己紹介すら終わってもいないのだが、傭兵と菓子職人は自然に目配せをする。


稼ぎ時でもあるだろう、汁物屋の入り口付近にいるのは邪魔になると察したやんちゃ坊主が顔を小さく動かしたなら、ごく自然に残りの2人は邪魔にならない場所に移動をした。


先程の腹を鳴らした事での(シュトにしてみたら)気まずい雰囲気は、すっかり払拭され、そこにルイが加わった事で、今度は少しばかり張りつめた様な緊張感が、3人の間に満ちる。


 そして最初に口を開いたのはルイで、ある期待も込めて、丁度同じくらいの身長のマーガレットを真剣な眼差しで見つめていた。


「こんにちは、で、初めまして。オレはマクガフィン農場で世話になっている、ルイ・クローバーって言います。お姉さんが、パティシエのマーガレット・カノコユリさんですか?」



「はい、その通りですけれど、一体どうしたんですか?」

ルイのただならぬ様子に、接客用の対応ではなくて"マーガレット・カノコユリ"個人として、返事をする。


「単刀直入に訊きます、迷子を保護していませんか?。

名前はアト・ザヘトで、16歳で、えっと……シュトさん、アトさんの今日の恰好というか判り易い特徴って何ですっけ?」


一度区切り、背の高いシュトを見上げながら、ルイではわからない本日のアトの恰好を尋ねる。

シュトはこの展開に驚きながらも、今日の判り易い弟の特徴を口にする。


「今のアトの判り易い外見の特徴で言うなら、あの麻のカバンになるのかな。

斜め掛けで、白い奴。

それと、手にもっているか、そのカバンにいれてるか判らないけれど、ポップコーンのオマケがある思うんだけれども」


シュトが自分が持っているポップコーンの紙袋の方に視線を向け乍ら、答えた。


「あ、はい!。白いカバンは確かに持っています。

あのでもポップコーンについては、カバンの中を見た訳じゃないから、知りません。

ただ、アト君はうちのお店で留守番をしてくれています。えっと、じゃあルイ・クローバー君と……」


アトの名前が出てきた時点で、鍋を抱えていたマーガレットは、眼を大きく見開いて驚いていた。


ただ、それよりも迷子が幾度となく口に出していた"シュト兄"という存在が、先程から話している人物だとは流石に予想していなかったので、その事の方が驚きが大きい。

もし鍋を抱えていなかったのなら、思わず口元を抑えていた。


そして、口に出しては言えないがシュトの恰好が恰好なだけに、"可愛らしく素直な雰囲気のアト"の兄だとは、本当に結びつける事が出来なかった。


(ああ、でも、落ち着いて、見て見たなら……)


似ていると表現するのが正解かどうかわからないが"背が高い"という印象を受ける身体の作りの雰囲気に、シュトは無造作に上げているが、髪の質は良く似ていると思えた。


(それに"お兄さん"の方は目付きは、何かの癖で鋭くなっている感じで、緩めたら確かにアト君に似ているかも)


それに先程空腹の為に、腹を鳴らしていた後の無防備にも思える恥ずかしがってい赤面した顔を、思い返してみれば、無邪気に"お腹が空きました!"と訴える迷子にお兄さんに似ている。


「あなたがアト君が言っていた、お兄さんのシュト・ザヘトさんになるんですね」


マーガレットが再び笑顔を浮かべながら確認する様に尋ねたのなら、少しだけ顔を赤くしてシュトは頷いた。


一方のルイは、自分の役割を無事に達成できた事に、やや大袈裟に安堵の息を吐いていた。


「良かった、ココノツのオヤジさんが、マーガレットさんがいつもよりも大量にスープを買うから、世間話に程度に話かけたら、"お客さんと大きな迷子と食事をする事になったから"って話してくれたっていってたから。

もしかしたらと思って聞いたら、大正解だ。

オレ、ちょっとオヤジさんにお礼を言ってきます。

これ以上大声出すのも、迷惑だろうし」


やんちゃ坊主はそれだけ言って、また身軽に店内に戻って行っていくと、シュトとマーガレットだけが残される事になる。


「あ、あの、ありがとう。


弟を、保護してくれたみたいで」



何にしても、まず最初に保護をしてもらった礼を述べたなら、マーガレットが鍋を抱えたまま頭を左右に振って恐縮する。



「あ、いえ、その保護したのは私ではないんです。


えっと、私のお店を御贔屓にしてくださっている方が、迷子になっていたアト君を保護したそうで。


それでアト君が、私のお店を知っているって言っていて、チラシをもっていたそで、それで連れてきたなら、保護者の方が、うちのお店に迎えに来るかもしれないという話になりました。

それと、アト君を保護してくれた方が、どうやら保護者の方の知り合いの方に、連絡をしてくれていたみたいなんですけれど……。

こうやって、シュトさんや、マクガフィン農場のルイ君が捜しに来ている感じだと、どうやら行き違いになっている所があるみたいですね」

マーガレットの説明に、シュトも少しばかり驚いて顎に手を当てて考えながら、口を開く。


「そうすっね、それなら何にしても、保護をしてくれた人にも御礼を言わなくてはいけないっすね」


(アトの奴、一体"何時"、マーガレットさんのお店のチラシを手に入れたんだ?)


少なくとも、城下街に入って、ポップコーンを購入して鳩の事にパニックになりシュト達と離れるまでは"マーガレットの店のチラシ"を、アトが手にする機会はなかった。


("迷子"になってから、何かあったって事になるんだろうけれど……。


取りあえず、今は無事に保護してくれた人たちにお礼を言って、その人からも話しを聞いた方が良いだろうな)



「すみません、お待たせしました!。

汁物屋のオヤジにも簡単に事情を話して、礼もしてきました。

じゃあ、アトさんを迎えに行きましょうか!。

リリィも、無事だって知ったらきっと喜ぶだろうし」


先程から引き続き、ルイは自分の役目を果たせた事に機嫌良いのが、シュトにも鍋を抱えているマーガレットにも伝わってくる。


特に"リリィ"の名前を出す時に、ルイは彼の特徴となる八重歯が見える程口の端を上げて開けていた。



「―――あら、リリィちゃんの名前が出て来たって事は、ルイ君やシュトさんは、リリィちゃんと知り合いなんですか?」



「あ、そうか。


マーガレットさんて、"リリィのお姉さん"の親友なんだよな」


ルイの"リリィのお姉さんの親友"という言葉に、鍋を抱えているマーガレットは何度目かの激しい瞬きを繰り返し、ルイの言葉で考え至る事を口にする。



「えっと、ルイ君が私とリリィちゃんが"お姉さんの親友"という言い方をする事は、その関係を知っている上で、リリィちゃんとルイ君は面識があるのよね?。


それで、それならシュトさんもリリィちゃんと知り合いって事になるんでしょうか」



"王都に初めて来た、色々事情のあるお兄さんの迷子を保護をした"

"そして、無事に迷子のお兄さんを、保護者の元に返せる"


その程度の話に考えていたのだけれど、どうもマーガレットの考えていた以上の何かに縁があるかもしれない事に繋がり、軽く戸惑いの表情を浮かべた。


ただ、"嫌な予感"というものではない。


前に人の"縁"という物の延長で、マーガレット当人は心の内で抱いた感情が、大切な親友に危険な目に会わせてしまう、きっかけにもなった事を思い出していた。


自分で計り知れない、思う様にすることが出来ない流れに巻き込まれた時、自分の無自覚の行動の為に悔しくも情けない事をした経験が、小さな親友の女の子の間で強く残ってしまっている。

本来なら、年上の友人として、守るべきだった親友を、普段はよく知っているその性格を鑑みる事もせずに、自分の気持ちをバカ正直に優先をして、心の底からに後悔した。


ただパティシエのマーガレットがそんな背景は持っているなんて知らないやんちゃ坊主は、今自分が相手をしている人物が大好きな女の子が信頼を寄せる"親友"という事で、認識を改める。


「あ、そうか、オレ、マーガレットさんの名前はリリィから聞いたり、他にも何やかんやでよく聞いて知っているけれど、初対面だった。改めまして、初めましてマーガレットさん、よろしくお願いします」


そしてその時同時に、"マーガレット"という名前もあわせて、シュトはかつてロブロウで、その名前を何度も聞いた状況を思い出していた。


―――アルセン様、マジでマーガレットさんのお菓子っすか?!。


シュトが初めてその名前を初めて聞いたのは、丁度改めた"初めまして"と挨拶をしているやんちゃ坊主のルイの口からだった。


―――ロブロウに来る途中にリリィに、マーガレットさんのビスケットを貰ったんすけど、スゲーおいしかっんすよ。


―――何だか、体に染み渡るみたいに美味しくて。


やんちゃ坊主がべた褒めをするお菓子の詳細を教えてくれたのは、親友の美人の貴族で軍人で恩師で、この国では英雄ともなっている人だった。


―――国を代表する菓子職人、マーガレットさんによるガトーショコラです。


(マーガレットさんは国を代表する菓子職人、なのか)


物凄くシュトの好みの姿をした、優しい―――実際、ある意味では保護をするのも躊躇らってもおかしくはないアトを保護した、許容量の大きい本当に優しい人だというの現状から判る。

それに"リリィのお姉さんの親友"という表現は、強気な目元をした可愛い親友の妹の様な、アトも懐いている女の子の親しいという事になる。


(そういえば、ロブロウでリリィについて、マーガレットさんが心配をしてくれているって、アルセン様も仰っていたか)


―――実はマーガレットさんも、リリィさんの事を心配してくれていましてね。

―――セリサンセウム王国で、過去にはトップにもなった腕前のパティシエですからね。


そして、重ねて"菓子職人マーガレット・カノコユリ"の説明もしてくれていた。


(そうだな王都の城下街に"住む"って事は、そう言う事なんだよな)


―――年に一度行われる季節祭の品評会で優秀と認められた技術者や、勤勉な就労者が主だってこの城下街に住む許可を貰っているって。


ルイもつい先程、そう言う風に"王都の城下街"を住める事について説明をしてくれた。


(優しいだけは無くて、国にも認められる技術を持った菓子職人か)


先程"アトを保護をしてくれている"という事を、身近というべきか、距離が縮まっている事だと気持ちを勝手に持ち始めていたのを自覚しつつ、急激に減速の力がかかるのも感じていた。


ただ"芽生える"様に出来たマーガレット・カノコユリへの想いは、勢いはおちてしまったけれども、シュトの胸の内に確りと根をはり残った。

そしてシュトの胸の内は兎も角、ルイとマーガレットのやり取りは続いていく。


「えっと、じゃあルイ君もシュトさんも、リリィちゃんの事は知っているという事なのね。

じゃあ、アト君も?」


「そうすっすよ。あれー、でもアトさんは、保護されてからリリィの名前を一度も出さなかったんすか?。

ああ、でもリリィの名前を出していたなら、マーガレットさんの方が先に何か行動を起こしてくれたか。

じゃあ、どうして、アトさんはリリィの名前を出さなかったんだろう?」


ルイが至極不思議そうに腕を組みながら、仕立屋に整えて貰った髪を少し揺らしながら、マーガレットとシュトを"何か心当たりありますか?"という意味を込めた視線を向ける。


「アトが、折角王都の城下街に来たのに、友達のリリィの事を一言も口にしなかった理由……」

「アト君がリリィちゃんの名前を知っていながら、口に出さなかった理由として、考えつくことですよね」


同時に考え込む様に、俯く。

すると大した時間もおかずに"アト"という弟を兄としてよく知っているシュトと、保護をしてから"可愛らしいお兄さん"が盛んに口にしていた、"拘り"の部分を思い出すマーガレットはほぼ同時に顔をあげた。


「ルイ君、俺、アトがリリィの事を口に出さない理由について予想が着いたんだが……」


思いついたまま言った後に、リリィに若干申し訳ないと思いながら鍋を抱えるマーガレットの姿が視界に入った。

マーガレットの方も、シュトに視線を注がれる事で、彼の弟がリリィの名前を出さない"拘り"に察してくれたのだと気が付いて、申し訳なさそうな表情を続けている。


「え、何っすか?」

「まあ、単純な事なんだけれど」


(もし、思いついたアトの拘りが正解だった場合は、リリィのお姉さんのような親友"のマーガレットさんには、理由が分かっていても説明がしづらい内容だ。これは、俺が先に回って伝えておこう)


本当ならもっと丁寧に一言をなのかもしれないが、マーガレットが困っている様な表情を浮かべている所を、早く取り除いてやりたいという気持ちもあった。


("リリィ大好き"のルイ君に、アトについて嫌な印象を持たなければいいんだけれど)


そんな事を頭の隅に思い浮かべながら、"アトがリリィの名前を出さなかった"理由をやや躊躇いながら口にする。


「ええっと、リリィが大好きなルイ君にはいきなり信じ難い話しかもしれないんだけれど……。

多分アトの中では、"王都にやって来てリリィに会える"事よりも、"マーガレットさんのお菓子が食べられる"って事で頭が一杯なんだと思うんだ。

その、リリィに会える事も迷子になるまで凄い楽しみにしてはいたんだ。

けれど、多分迷子になって楽しみになっていたのが一度吹き飛んで、どこかでマーガレットさんのお店のチラシを手に入れた。

手に入れたなら、それで頭が一杯になってしまった」


シュトが一度言葉を切りながら、自分の言葉の反応を伺う様に見つめたなら、ルイが今度は数度瞬きしたなら、小さく数度納得する様に頷いた。


「ああ、何だ。そういうことっすか」

組んでいた腕を解き、多少芝居かかっている動作になるけれども、左の掌に右手の拳を"ポン"と叩いて表情を明るくした。


ルイは明快な言葉を共にそう発言して、シュトとマーガレットの期待を良い意味でやんちゃ坊主は思い切り裏切り、あっさりと説明を聞き入れている。


その反応に、伝える事に躊躇いを見せていた傭兵と菓子職人は思わず視線を交す。

そして再び揃って戸惑いの表情を浮かべ、今回も特に示し合わせた訳でもないのだけれども、シュトの方が先に口を開いた。


「ルイ君は、その怒らないというよりは、腹をたてないのか?。

その、俺の言った事を見の蓋もない言い方をしたなら、アトの中では"友達のリリィよりもマーガレットさんお菓子を選んだ"って事になっているんだけれども」


正直に言って最悪の場合


"アトさんはリリィよりも、お菓子っすか?。ロブロウで、あんなにリリィに世話になったっていうのに"


と言った様な"返し"があっても仕方がないような予想も、シュトにはしていた。


マーガレットの方もシュト程具体的ではないにしても、彼女の培ってきた"友達"という概念に当てはめ、アトがリリィと"仲良し"だというのなら、名前を一度も出さないのは"どうなのだろう"という気持ちは浮かんでいた。


けれども、やんちゃ坊主の方は、シュトの話しだけでも"それなら仕方がない"と言った様子で十分納得が出来てしまえた様子だった。

ただ"納得しているルイ・クローバー"が不思議がられているのを察したので、自分なりに説明を始める。


「不思議そうに見ているっすけれど、シュトさん言っていた事じゃないっすか。

アトさんは迷子になってしまった事……というよりは、鳩にたかられた事で、頭の中で考えていた事、"王都での楽しみになっていた予定"が一度吹き飛んでしまったってことっすよね。

それにオレ、アトさんが考え出して拘ってしまったなら、それが解消されるまではどうしても気になってしまうのは、ロブロウで身を以て体験しているんすよ。

一回全部吹き飛んでから、真っ白の中にその拘りで一杯になってしまったなら、アトさんは、それを切り替えるのは、一度それを解消するのが一番なんすよね?」


ルイは結構な長い説明を、一度も詰まる事もなく"ケロリ"とそう言ってのけると、シュトは頷きながら返事をする。


「ああ、そうだ、その通り」


シュトは呆れも含むが、殆どがその理解力に対して感嘆に占められた一言を吐き出した後、思わず感想を漏らし始める。


「俺は勉強は嫌いでも、結構頭が回る自覚はあるし、弟のアトの事で物事に柔軟と言いうか、臨機応に出来ている方だと思う。

けれど、ルイ君の方はそれの上を行っている感じだなぁ。

その勉強が出来るとかじゃなくて、ちゃんと人の話しの意味を汲み取れているし、実はすげえ頭が良いんじゃないのか」


少しばかり羨む様な気持ちも込め、そんな事を言いながら、このやんちゃ坊主が、この国の英雄の"養子"になる予定があるのも、シュトは思い出していた。


(口の聞き方や、生意気な態度は14才ってこともあってまだ仕方ないにしても……。

情報の処理っていうか、そこに個人的な感情を挟み込まない冷静さってのは、簡単に身に着けられる物でもないとは思うんだけれど。

グランドール様って、ルイ君のこういった所も見越していて、養子にしようっていうのなら、それもそれで凄く先見のあるって事だよな。

ある意味じゃ家族を作っていない事で、血が繋がっていない、優秀な信頼の出来る相手を自由に"選べる"っというのもあるかもしれない)


家族という物を肯定しつつも、ある意味ではその"縛り"にもなる存在をいつもの様に皮肉を込めて考える。

すると今度は、ルイが先程のシュトの様に顔を赤くするけれども、これは純粋に褒められて認められた事への照れだった。


「褒めて貰えて嬉しいっすけれど、オレがこうやって考えるのは"リリィ"が絡んでいるからだけっすよ。

リリィが、どうやったら"よろこぶだろう"って、ただ考えて動いている。

それに、こっちも身も蓋もない、正直な言い方をするなら、リリィって強気に見えて、人によってはお節介になるくらい優しくて世話焼きじゃないですか。

それでアトさんの事を、凄く放っておけないって考えている。

ただ、アトさんの方はリリィの事を本当に"ともだち"って思っていて、その"恋"とかの対象には絶対になり得ない。

だから、安心して2人が凄く良い友達で居られるようにオレは考えてます。

それで、ある提案がシュトさんとマーガレットさんにあるんですけれど……」


「俺と……マーガレットさんに提案?」


シュトがルイが明るい顔ですることで、多分何かしら"リリィにとっては良い事"を考えている事を察したけれども、そこに言葉を挟んだのはマーガレットだった。


「えっと、じゃあ、ちょっと待ってもらって良いかしら。

鍋を置いて持ち直したいの、そこまで重たくはないけれど、ずっと同じ場所で掴んでいるから、軽く痺れてしまって。

持つ場所を変えたいの、折角のスープだから万が一にも落としたら嫌だから」


マーガレットが苦笑いを浮かべながら、鍋を揺らさない様に注意深く指を動かし始めるとシュトが慌てて、ルイに視線で合図を送る。


ルイは意味を直ぐに理解した様で、放り投げる様に渡されたポップコーンの袋を見事にキャッチをして、シュトはマーガレットの青い琺瑯鍋の取っ手に手を伸ばしていた。


「ああ、じゃあ、俺が―鍋を持つよ――というか、気が利かなくて"ごめん"」


リリィを通しての縁があった事で親近感を抱いたのもあったけれど、少しばかり芽生えた想いの力もあって、積極的に砕けた口調と態度で言葉をかける。

それと同時に、マーガレットの返事も聞かずに取っ手を握ったなら、傭兵と菓子職人は当然指が重なり触れ合う。


人によっては、女性なら異性に触れられたのなら、驚きのあまりに直ぐに手を引っ込めてしまうかもしれない。

けれど、シュトという人は、自分の店で待っている、"幼いお兄さん"のお兄さんであると判っているし、菓子職人として食べ物を扱う身としてして食べ物が入っている鍋を離す筈がなかった。


それにマーガレットがもってきていたのが大きな鍋は、取っ手にも幅の余裕があって精々指2本程度触れるぐらいになる。

それでも"別に意識はしていない"という考えを、無意識にマーガレットに植え付けて、気持ち程度だが、マーガレットの頬を紅くしていた。


「離していいよ、俺がそのまま持つから」

「あ、その、どうもありがとう……ございます」


シュトが砕けた口調に対し、マーガレットは少しばかり硬い口調で、そう答えつつも鍋を任せ、先程のシュト程ではないのだけれども胸の内が弾むのを感じながら、ゆっくりと触れている指を離した。


「―――結構重いな……、早く言ってくれればよかったのに。というか、俺が気がつけよって、話になるのかな?」


マーガレットが少しだけ自分を意識し、そして"困っている"のが伝わってくるからルイの方を向き、シュトは振り返り、背を向け声をかける。


一方のやんちゃ坊主は、"リリィに関わる事以外は(グランドールの事は少しは気に掛けるが)無頓着"なので、その言葉を受け、自分と好きな女の子について、置き換えて考える。


「うーん、もしもリリィなら負けん気を起こして"大丈夫だから、自分で持つ!"って言うかな?。

あ、でも無理はしないと、なんか"ネェツアーク"さんと約束したとか話してくれたから、その時は自己申告してくれるかな。

でも、リリィが最初に頼るとしたなら、アルスさんがいたならアルスさんになるかも。

何て言っても、お兄さんみたいなものだから、頼り易いだろうし」


「……へえ、ネェツアークさんとリリィ、そんな事を約束をしたんだ」


ルイから"ウサギの賢者の本名と正体"が出てきて、それでいて"アルス・トラッド、リリィ、ルイ・クローバーには当分はその事は内緒"だと、申し付けられているシュトは少しばかり緊張して、そんな返事をする。


だから、自分の後方で、ルイがアルスの名前を出す事で、マーガレットの顔が目に見えて強張(こわば)らせた事には気が付けなかった。


もしその様子を正面から見たのなら、マーガレットが親友となった新人兵士にどの様な想いを抱いているのか、勉強は苦手でも頭の回る"優しくて残酷な"、シュト・ザヘトは気が付けた。


幸か不幸か、この時気が付かない事でシュトはマーガレットに対して芽吹いた気持ちを、自分で引っこ抜くはせずに、そのままにする事が出来る。

そしてこの時は"ネェツアーク・サクスフォーンの正体を微塵でもルイに気が付かせてはならない"という緊張で、そこまで気が回らなかったというのもあった。


(―――もし、俺がきっかけで"ネェツアーク"の正体がルイ君達にバレたなら、この前の用心棒の代金から請求から半額にしろーーー。

ていうのは、冗談にしても、俺が普段の生活を送る上で、健全な精神状態を奪う様な事は簡単にやられかねない)


「それで、ルイ君。ルイ君からの提案っていうのは、なんだ?。

その多分、リリィの事をすっかり忘れてしまっているアトの事を含めて、丸く巧く治める方法でも思いついたのか?」


話の筋を元に戻しただけではあるのだけれども、"隠し通さないければ"という事で、ネェツアークという話題から、遠ざける様にシュトの方から積極的に話を振った。


ルイも鍋の事で、予想外に話がずれたのを思い出した様子で、改めて自分の提案をしようと八重歯の見える口を開く。


「あ、それで、リリィもアトさんの事は良く判っているとは思うんです。

で、色々あって、アトさんが自分の事を覚えていないというのも、こうやってあった事を話したなら、"仕方ない"と考えると思うんすよ。


でも頭で判っているけれども、リリィは優しいというかその分、"情に厚い"って言うのがやっぱりある。

それで、"知ったのなら表向きには平気な振りをして、心の中では悲しくなってしまう、そしてそれがばれないように一生懸命に隠そうとする"。

リリィのそう言った所が予想着きませんか、マーガレットさん?」


傭兵が鍋を抱えた事で姿が重なって見えなくなった菓子職人に、そう語りかけると、マーガレットの方は眼に見えて"ハッ"とした様子で顔をあげる。

ただルイの話は確りと聞いていたいた様子で、頷いてもいた。


「そうね、リリィちゃんは優しい子だから……。

大人の都合からみたなら、アト君の事情を伝えて、再会をしたなら"それじゃあ、仕方ないですよね"聞き分けの良い子をしてくれると思うわ」


マーガレットの冷静な予想の声に、鍋を抱えるシュトが振り返りその姿を見たなら、ほんの僅かながらに気落ちしているのが感じられた。


(……自分のお菓子の所為で、アトがリリィの事を忘れているって事を気に病んでいるのか?)


"良い子"と言う、そのリリィが"お姉さんの親友"として懐いているマーガレットも相当に、懐の深い人物だとシュトは考えている。

ウサギの賢者―――ネェツアーク・サクスフォーンを通し、簡単にではあるけれど聞いた賢者に"保護"されるまでの、"リリィ"の生い立ちは、その小さい身体が1人で受け止めるには重過ぎるものだった。


その重さは、誰も人を信じる事が出来なくなっても仕方がないもので、それを少女が大好きな"ウサギ"の癖に肉球のある姿をした、ぬいぐるみみたいな賢者が時間をかけて、ゆっくりと丁寧に癒していく。

保護した後に、やっと人と触れ合いが出来る程持ち直した時、話を聞いて鑑みるに一番最初に"友達"となったのが、マーガレット・カノコユリという事になる。


(思えば、ウサギの賢者の旦那、"ネェツアーク・サクスフォーン"が認めているから、マーガレットさんはリリィの友達になったという面はあるのだろうな)


国が城下街に店を構える事を認める、腕前を持つ菓子職人。

改めてその事を思い出したけれども、今度は不思議と先程初めて知った時の様に距離の開く感覚に落ちる事はない。


(俺と大して年齢も変わらないだろうに、"お菓子作り"に関しては国最高峰の―――賢者殿と同じ位置にはいるという事なんだよな)


少し指先が触れた程度だけの事が、それが物理的にも心情的にもシュトの主観だけの話しだが、距離を大幅に縮めた様な気がしていた。


「じゃあ親友マーガレットさんの"リリィは平気な振りををするけれども、心の中では悲しむと思う"というお墨付きをもらったんで、それをさせない為のオレの提案を言います」


シュトの思案を他所に、ポップコーンを抱えているルイが、マーガレットの発言を受けて、キリリとした顔で、漸く提案を口にし始める。


マーガレットの方は、こちらもルイとは初対面ながらも、年下の親友に好意を抱いている事を、この必要以上気の遣い方で十分察し、それは彼女の内で浮かんでいた、複雑な想いを落ち着かせる力があった。


ただ、流石に初対面なので、"リリィちゃんの事が好きなんでしょう?"と尋ねるような事はしなかった(したなら即答で、"好きだ"とやんちゃ坊主は答えたでしょうが)。


「じゃあ、マーガレットさんとシュトさんは、このままお菓子屋さんに帰って行ってアトさんを腹いっぱいにさせてあげて、気持ちを落ち着かせてあげてください。

オレは喫茶店に戻って、アトさんがちゃんと保護されている事を報告をしてきます。


それで、腹を空かせているから、保護されたマーガレットさんのお店で、シュトさんも一緒になって食事もしているから、安心ということも、説明しておきます。

それでシュトさんは、アトさんの拘りになっているっていう"マーガレットさんのお菓子を食べる"というのを、解消させてあげてください。

そうしたら、今は王都にいるっていう事を含めて、仲良しの友達のリリィの事を思い出すと思うんです。

それで、次の拘りは"リリィと逢う"という事になると思うんです。

んでもって、その頃にはどっちになっているか判らないけれども、リリィがお菓子屋さんに行くか、それともアトさんが喫茶店に来るかになると思います」


「そうすることで、リリィがアトと再会する時に、嫌な思いをしなくてすむっていうことなのか?」


シュトがルイの提案に、少しばかり"それだけの事か?"という感情が滲みだしていたが、やんちゃ坊主は真面目な表情を浮かべ頷いて続ける。


「リリィってさ、本当に普段は強気で、基本的に"1人でもやっていく"みたいなところはあるってオレは感じているんすよ。

実際アルスさんが護衛騎士になるまでは、買い物やお使いだって1人でやっていたんすよね?」


ルイがその事を確認する様に、唯一アルスの出逢う前のリリィを知っているマーガレットに視線を向けたのなら、少し眉根を寄せながらも頷いてくれた。


本当はアルスの名前が出てきたことで、再び顔を少しばかり強張らせたけれども、それはリリィの1人の行動をとっている事を、心配をしているという風に見え、シュトはそう受け取っていた。


「そうね、最初の頃は誰か付き添ってくれていたみたいな話は、仲良くなってから教えてくれました。

ただ、私のお店に、初めてお使いに来る時はもう1人で王都の城下街には来れていたみたい。

それは私の店の斜向かいが、リリィちゃんが本当のお爺ちゃんみたいに慕っているバロータさんがいた、安心感もあったからだと思います。

私も、王都に御店を持てるようになってから、初めて挨拶をしてくれたのはバロータさんでした。

頼りにしているというか、やっぱり"お爺ちゃん"みたいに思っている所があるかも。

考えて見たなら、城下街の行動範囲も、バロータさんのお店から徐々に広げて行ったみたいな感じじゃないかしら。

それで、リリィちゃんは小さな女の子であるわけだし、城下街に来てはいたけれど、行動範囲は決まったお店に限られていたみたい。

そこから考えたのなら、城下街の東側の事はともかく、"西側"の事は、殆ど知らなかったんじゃないかしら」


マーガレットが"バロータ"という名前を出した時に、シュトは眼を大きく見開いたが、動きとしてはそれだけなので、音がしたわけでもなく、話はそのまま続く。


「それとリリィちゃんも買い出しは数日置きなんだけれども、城下街に買い物に来る時は、パン屋さんという事もあるだろうけれど、必ずバロータさんの所には行っているみたい。

そうね、リリィちゃんは確かにこれまでの事があるまでは、1人で行動している」


マーガレットがはっきりと言い切ると、ルイが頷いて続ける。


「うん、それで普通ならさ、リリィ位の年頃って集団で動いていたりするものじゃねえっすか。


集団が良いとか悪いとかじゃなくて、リリィの生活の調子(リズム)というか、流れがこれまで1人にならざる得なかっただけだったんだろうけれど。

その反動ってわけじゃないけれど、リリィって何にしても、その先で出逢った人とか、繋がりみたいなものが少しでも出来てしまったなら、凄く丁寧に、礼儀正しく対応するじゃないですか」


「―――ああ、それはあるな」


ルイの主張には鍋を抱えたシュトが頷いた。

自分の弟と初対面の時、リリィ位の年頃で女の子なら、予備知識も何もないのなら、"変な人"という印象をもって、逃げるように離れても仕方のない事だった。


それは、アトの様な障碍を抱える人の家族としては"仕方がないこと"と頭で判っている。

ただ持っていながらも、何もしてもいない内に、"気味の悪い物"でも見るような眼で見て、あからさまに距離を取られる事は、胃が少しばかり重く痛くもなった。


ただ、リリィはロブロウに向かう途中に出逢った初対面のアトにも、それは丁寧に接してくれたし、シュトの粗野な恰好にも全く怯む事はなく、丁寧に話を続けてくれた。


「それってさ、リリィの性格やら、保護者である賢者殿の教育方針みたいなのもあるとは思ったんだけれど―――。

リリィの反応ってさ、自分の気持ちの裏返しっていうか、"こうあって欲しい"って願いみたいなのもある気が最近してきてさ」


「リリィちゃんの気持ちの―――」

「裏返しというか、願いか―――」


示し合わせた訳ではないのだけれども、マーガレットもシュトも、ルイの言葉を繰り返す様に口に出していた。

そしてリリィという女の子と、ある程度の付き合いの期間がある2人でもあるので、"リリィに好意を寄せている" 、同じ位縁がある男の子が言いたいと思っている事を、何処となく察していた。


「今までの1人で行動するのは、誰かに―――っていうよりは、世話になっている"賢者殿"に、迷惑かけてはいけないっていう気持ちがあってやっていたのもあったんだと思うんだよ。

何にしても、リリィの行動の責任をとるのは、保護者の賢者殿になるから、失礼のない様に礼儀正しく振る舞うし、そもそも迷惑をかけない様に独りで行動する。

それでも、人と関わりを持つことに期待しているというか、希望を持っているというか―――」


リリィが人に希望を持っている―――"人が好き"な事は、付き合った時間はまだ浅いルイだけれども、分かっているつもりだった。

そして、それに相対する様に自覚をしたのは、"ルイ・クローバー"は基本的には、人が嫌いという事をだった。


それが露見したきっかけは、初めて長い時間を一緒に過ごせる事が出来る農業研修の間に行われた、他愛のない会話からの延長だったのは覚えている。


"リリィって結構、人に気を使う方なんだな。疲れないか、それ?"

"当たり前の事だと思うんだけれど"


その時は、言葉を交わした当事者達には判ってはいなかったが、互いに自分の主張を決して譲らず、ルイは日頃は心の奥に仕舞いこんでいる"人嫌い"の本音を浮き彫りにさせた。


"気を使うのが当たり前なんて、絶対変。そんな人生損するだけだ"


そんな場面と状況をリリィ、グランドールという人に出逢う前に、やんちゃ坊主は"忘れてしまえる"程見てきたから、言い返していた。


"自分に関わった人に嫌な思いをして欲しくないから、気を使うのはちっとも損なんかじゃないわ"


そしてその時、リリィはルイにも"気を遣って"いてくれているのを気が付けなかった。

思い返して判るのは、言い合っている間は"ムキ"にはなっているけれど、決して嫌な気持ちはしなかった。


"リリィ"は、気持ちが籠っている言葉を投げかけたなら、それを決して無碍にしたりはしない。

そしてリリィという女の子も、ルイが相手だから、普段なら"気を遣い過ぎて言えない言葉"を、小さな口を大きく開いて、気持ちを込めて言い返す。

それを各々の保護者となる、"賢者"と"農家"が側要るからという無意識の安心感の下で更に行った。


"こちらが嫌な気持ちをしないような気を使ったって、関わった奴らが気を使い返してくれる保証もないのに、無駄な気遣いでしかないだろ。そんな気遣い無駄だ"

"でもそんなんじゃ、何時までも誰とも打ち解けられないわ"


ただ、結局その口論の決着はついていない。

ルイがリリィについて、丁度今、説明をしているシュトやマーガレットと、同世代のアルス・トラッドが一般的ににいう"空気読まない"という技(?)を以て、


"あっ、すみません。夕食って宿ですか?それとも外でですか?"


という言葉で話の間に入った事で収束する。


実際には、所用で言い合い当初から場にいなかっただけで、もし最初からいたなら、アルスなりに、適切と思える場所で言葉を挟んでいたとも思える。

でも結果的には、ルイにとってはアルスが言葉を挟んだタイミングと、その内容は最良のものだった。


"空腹"を言い訳にするわけではないのだけれども、確かにその時は、実際腹が減っている事で軽く気持ちに余裕がない状況でもあった。


その旨を素直に口にしたなら、そのルイの事情をリリィもありのままに受け入れてくれる。


"ルイにとっては『気を使う』って事がとってもエネルギーがいるってわかったわ。

だったら、やたらめったら気を使ったらルイが参ってしまうのね。

自分が倒れてまで気を使うのは確かに変ね"


そうやって、ルイを気もちに寄り添ってくれた事は、本当に嬉しい事でもあったけれども、そのアトは直ぐに"いつものリリィ"に、気を遣ってばかりの状態に戻ってしまう。

保護者である賢者は、リリィの本音を巧く引き出せるのを羨ましいとも思えるけれども、それは一朝一夕で身につけられる物でもないとも1ッ匹と1人の様子で見てすぐに判った。


けれど、何時か機会があったなら、いつも人に気遣ってばかりいるだろう大好きではあるけれども、先ずは"友だち"であるリリィに想い切りルイなりの"気遣い"をしたいと考えていた。


だから、リリィが心から信頼していて、同性のルイでも安心出来る"友だち”でもある"アト・ザヘト"との再会を、最高の形に出来そうなこの機会を使いたいとルイはおもいついたのだった。



「こういう言い方をすると、家族のシュトさんにはもしかしたら怒られるかもしれないんすけれど、アトさんて良くも悪くも、感情の表現が正直すぎるっすよね」

「家族的には、そう言う風に言い切ってくれることで、ルイ君が俺の弟の事をちゃんと理解してくれていると、安心出来るけれどな」


ルイが窺うように背の高いシュトを見上げるけれども、この発言には特に嫌な思いもしている様子もないが、少しばかり苦笑いを浮かべていた。


「それに、ルイ君の言い方を使わせてもらうなら、よくも悪くも"嘘がつけない"から、変な気を遣わせなくて済むというのは、あると思うよ。

食事も終わってマーガレットさんのお菓子も食べたなら、アトの中じゃリリィとの再会が、最高の喜びになって、それがリリィにとっても嬉しい事になるってことかな?」


"頭は回る"と事あるごとに口にしている傭兵が使う言葉は、ルイが今の後口にしようと思っていた事を現してくれていた。

だからその部分を省いて、話を続ける。


「だから、ある意味でアトさんは"気を遣ってくれない"から、リリィは心から"アトさんは、私と逢えて喜んでくれている"って、安心出来ると思うんだ。

リリィは、"自分が子どもという事で気を遣われている"とか、"だから仕方なく、優しくされているだけなんだ"とか……。

変な所で自信がない感じを、一緒に行動してしてよく受けるんだよな。

賢者の旦那はリリィの事を可愛がっているとは思うんだけれども、それも"私がこどもだから"とかみたいな感じに見えるし。

もしかしたら、マーガレットさんにもそんな風に思っている所があるかもしれないっす」


「あ、確かに……それは否定出来ないかもしれないわ」


ここにきて初めて、優しい穏やかなな雰囲気のマーガレットが悩まし気な声を出し、少しだけ考えた後、やんちゃ坊主の方を見つめ意を決した様に告げる。


「私もルイ君とは初対面だけれども、とてもリリィちゃんの事を考えてくれている事が伝わってくるから、話してしまうわね。

実をいえば、この前初めてリリィちゃんと喧嘩にもならない、意見の行き違い違いみたいなことがあったの。

その喧嘩にもならないこと自体は、リリィちゃんのお世話になっている賢者様がわざわざ気を回してくださったおかげで、あっさりと解決をしたの。

でも、その解決をしたことで、その事がリリィちゃんに私と年齢差をイメージしてしまう物はあったかもしれない」


ルイにしたなら、出来れば"喧嘩にもならないこと"の詳細を尋ねたいところだけれども、どうも繊細な事情っぽいし、リリィが慕っている"お姉さんの親友"に無理強いは出来なかった。


もし、"リリィの親友"でなかったなら、少々強引に聞き出そう位の考えはあったけれども、そこは雰囲気に微塵も出さずに、潜めさせておく。


「そうなんすか……。でも実際マーガレットさんとリリィって、アルスさんやシュトさんと同じ位年の差は開いているって感じですよね?。えっと、年齢とか聞いてしまってもいいっすか?」


グランドールの側にいる事で、それなりに社会経験を積んでいるやんちゃ坊主が失礼と弁えながらも、年齢を尋ねる。

マーガレットの方は、まだ尋ねられても平気(?)で答えられるのと、思えば自己紹介でその部分はしていなかったという事もあって、話す事にする。


「私は、この前の春先に誕生日になったから18才よ」

「あれ、じゃあ、シュトさんやアルスさんマーガレットさんの中じゃあ、アルスさんが一番年下ってこと?」


少しばかり意外そうにルイが言ったなら、そこには鍋を抱えた、アルスと親友でもあるシュトが補う様に声をかける。


「確か、アルスは夏の季節に入ってから直ぐに18才になるって言っていたぞ」

「へえ、シュトさんとは、年って言うか誕生日の話しとかするんね」

ルイが何かしら思う所がある様な口調で、シュトを上目遣いで見つめながら言う。


「出逢った当初から、"年が近い"っていうのは互いに何となくわかっていたから。

で、世代が近いとかで盛んだった話題とかもあるから、早い内に年齢の話はしたかな。

まあ、中身は大したことない話だよ。

もしかしたら、アルスを護衛騎士に選んだ理由はマーガレットさんに年が近い事もあって選んだのもあったかもな」


これにはルイとマーガレットが揃って、”どういうこと"という視線を鍋を抱えているシュトに注いでいたので、更に補う様に、アルスに教えて貰った軍学校の話をはじめる。


「聴いた話しによれば、一般の兵士で志願可能になるのは、16才からなそうなんだ。

それでアルスが言うには、志願兵は16才から26才までって年齢の間なら、学科と面接を通れば、"新人兵士"になる為の訓練兵になれるそうなんだ。

で、兵士になろうというのは、国のやっている学問の学校の方で進学はしないで、手堅く働くことを選んだ、体力的に一番余裕の16才って年齢が一番多いそうなんだ。

それで何か自分を鍛える的な意味で働く事を選ぶなら軍学校で、堅苦しいのは苦手だけれども働きたいって奴―――。

そう言う奴はグランドール様のマクガフィン農場に就職するみたいなのが、最近の流れみたいだって話してくれた。

それで、アルスみたいな"17才"の新人兵士は、少なからず目立つ話というか、最初の内は同期生より年上でもあるから、少しばかり戸惑ったとも言っていた。

軍学校でも同期生と打ち解ける事は最終的には出来たけれど、やっぱり世代やら学年が違うだけで最初は難しいとも思えたそうだよ」


シュトの説明を聞いた後に、マーガレットはその話に納得する様に、小さく頷いていた。


「少し事情が違うと判っていても、気になる時はなりますからね。

思えばリリィちゃんも、事情があると言っても教会を離れて、住み込みで賢者様の"お世話"をするなんて言うのも、ない話ではないけれど、珍しい話ではあるから」


「へえ、そうなんすねー。16才からしか軍学校に入れないのは知っていたっすけれど、そんな風に結構纏っているっていうか、年齢が偏っているのも初耳だ。

それに、リリィの所も事情は詳しくは知らないけれど、一緒に暮らすのってあんまりあることじゃないんすね」


ルイが初めて話に訊くことばかりで、感心しきりで激しく瞬きを繰り返していると、シュトもその感心に"共感"して話を続ける。


「普通は孤児は国の福祉施設を兼ねている教会で、成人するか、その前に1人立ちできるまで暮らしているのが常套だからな。

俺とアトも、傭兵の師匠に引き取ってもらうまではそうだったし、アルスもまだ事情は知らないけれど、15直前までは孤児院兼ねている教会にいたみたいな話は聞いた。

まあ、リリィの場合はどっちかというと、保護者の賢者殿の方が色々手をまわしているんじゃないか?。

ほら、一応国最高峰という奴らしいから、色々融通してもらっているんじゃねえの。

何よりも賢者殿の方が"変わっている"から、頭の固いというか、常識に煩いわけではないだろうけれども、道徳(モラル)的に拘りが強い、正式な巫女さんとかだったら、日々が過ごしにくいだろうし。

それだったら、保護者の役目は熟さないといけないかもしれないけれど、懐いてくれているリリィの方が良いだろうし」


「ああ、そうっすね」


シュトが"国最高峰の賢者"をそう語り、少々意味深な眼差しでルイを見たなら、やんちゃ坊主も"変わっている"という部分で、大いに納得出来たので、とても深く頷いた。


その反応で、菓子職人ではあるけれども、それを販売する"商売人"でもあるマーガレットは、このやんちゃそうで八重歯が見える少年が、この国での生活が浅いのだと判る。


アルスの軍学校の話は兎も角、シュトが口にする"セリサンセウム王国の孤児"についての話についての話は、ルイにも"当てはまる"話でもある筈だった。

でも、やんちゃ坊主は"殆ど初めて知った"という旨の発言をしている。


(グランドール様が、子どもを引き取ったという話は、ダンさんとバロータさんがしているのは一緒にお茶をしている時に聞いていたけれど……。多分、それがルイ君なのよね)



マーガレット自身、褐色の大男の姿を城下町で見かけた事があっても、話した事がまずなかった。


それは国の英雄としても有名だけれども、その大男が大の"辛党"でその表現に違わず、"甘い物が苦手"という事もあるからだろうと思えた。

噂話によれば、"甘い匂い"がするだけでもあの逞しく厚い胸に胸やけを起こす事が出来るらしく、それなら自分の店に近づかないのも納得である。


バロータのパン屋も、取り扱いは少ないけれども菓子パンを扱っていて、焼き上げると時に窯から、甘い匂いを周囲に漂わせていた。

多忙な身でもあるだろうから好き好んで、体調を崩す匂いが醸し出されている地域に赴いてくることはないという考えは、マーガレットにも簡単に予想できた。



(思えば、リリィちゃんもロブロウに行く前に初めてグランドール様と逢ったと話していた。

マクガフィン農場は知ってはいても、グランドール様については、見た事もないみたいな感じで話してくれていたような)


それはある意味では、"リリィの活動範囲がこれまでグランドールと重ならないように過ごしていた”ようにも考えられる。


(それが、重なり始めたのは―――)


"彼"が、リリィの生活に加わったから。




”あのね、マーガレット姉さん、今度、賢者様の護衛騎士になった、「アルスくん」、アルス・トラッドっていう新人兵士さんと、お昼ご飯を食べに行ったら、あのマクガフィン農場のグランドール様と初めてあったの!。

とっても、大きな人でね、賢者さまともお知り合いだったの!”


あの時、リリィは久しぶりに会えた仲良しのマーガレット姉さんに、大好きな賢者さまの新たな一面を知った嬉しさと、”同僚”になった"お兄さん"が良い人っだった事を伝えたくて、珍しくはしゃいでいた。


そしてマーガレット自身は、商店街の道を挟んで斜向かいのパン屋の窓ガラス越しに見える"憧れの人"の姿が見えているのに、逢えない事。

それなのに"自分の気持ちばかりを口にする友達に"、かつて軽くではあるけれども、話した事もあるのに、すっかり忘れている事に、6才近くも年の差がある相手に、"大人気ない腹立ち"を抱えてしまった。


(……ごめんね、リリィちゃん)


改めて思い出し、反省する。


マーガレットが起こしてしまった"行き違い"自体については、その憧れの人が、軽く"往なしてした"。

それは彼女が起こした不手際に、小さな友達の女の子が巻き込まれたかもしれない不安で、胸が潰れそうな気持で店仕舞いを行っている時、知らされた。


起きてしまった物事の顛末は、その現場に居合わせたという、綺麗な女性の2人の王室護衛隊の騎士達が一部始終を話してくれた。


そして最も注意された事は、"気にしすぎてはいけない"という事だった。


"マーガレットさんは、私から見る限り、十分に反省も後悔もしています。

だから、かえって気にしすぎるのはいけません。

少なくとも、リリィちゃんという女の子は、微塵も貴女を責める気持ちを持っていないし、思い付きもしません。

たがら、気にし過ぎたなら、かえって貴女の"友だち"の気持を無碍にしてしまいます。

折角の収束を、貴女の罪悪感を解消したいからと、身勝手な謝罪で蒸し返したりしない様に。

最初に一度謝るぐらい、それでいいでしょう。

間違えても、自分の気持ちの為だけに謝り続ける事だけはない様にしてくださいね"


青い淵の眼鏡をかけた、銀色にも見える金色の髪をした理知的なリコリスに、別れる間際に、優しいながらも冷静で強い声で以て強くそう告げられた。

それはある意味では"マーガレットが気にしてない様に振る舞う事"が、リリィという女の子の年上の友達としての義務の様に言われている様にも受け取れた。

でも、実際にはリリィの方が余程、確りしていた。


"ごめんなさい、リリィちゃん。本当に、ごめんなさいね"


騎士との約束を守る事が出来ず、互いに無事に再会で来た時、何度も謝罪の言葉を口にした後、少女は全く責める事もせず、友達を続ける上で必要な事だったとまで口にして、許してくれた。



"ううん、私も賢者さまに教えてもらうまで、マーガレット姉さんの気持ちを少しも考えようとはしなかった。

"友だち"なのに、真面目に信じて話してくれていた事をちゃんと聞いていなかった。

だからね、賢者さまが言うには"相子(あいこ)で"済むことなんだって。

お互いに"ごめんなさい"をして"もういいよ"って思えたなら、それで大丈夫なんだって。

だから、私はもういい。

私も、もういいよって、言ってもらえる?"


("賢者さま"から、教えて貰ったこともあったのだろうけれど、私には本当に必要な言葉だった)


もしリリィにああ言って貰えなかったなら、注意を受けていたにも関わらず、間違いなく"身勝手な謝罪"を繰り返してしまっていた。


「あれ?、話がいつの間にか、年の事になってら……まあ、アルスさんの誕生日判った事は、良かったかも。

今度から、リリィにそれで話題が"ふれる"し、話としては盛り上がれる」

「ルイ君は、結構何でもリリィとの事に結び付けようとしているなあ」


マーガレットがふと思い返している間に、やんちゃ坊主と、マーガレットの代わりに鍋を持ってくれている、自分の店で待っている迷子の保護者である、自分と同い年であるというシュトが呆れた口調でそんな事を話している。


ルイはポップコーンを持っていない方の腕の先にある手を拳にし、"ガッツポーズ"という姿勢を取りながら、ルイは力強く頷いた。


「リリィは、鈍いってわけじゃないですけれど、友達以上を意識するのがまだまだ苦手みたいだから。

今の内の、オレを印象付けておこうかと思って」

「……俺もそれくらい積極的になる所は、見習った方が良いかもしれないな」


そう言いながらシュトがマーガレットに、粗野な恰好なのにも関わらず、不思議と温かみを感じさせる視線を、注いでいた。


(―――?)


接客業で幾らか、その振る舞いで人の胸の内を計り知ることが出来る様になっているとはいえ、迷子の保護者から"好意"を持たれているという事は、考える及ぶ事はは出来なかった。


「それじゃあ、シュトさんにマーガレットさん、色々そう言うわけで、リリィとアトさんの再会を良いもんにする為に、ご協力願いますか?。

その仲良しのマーガレットさんとの間でも年齢を気にする様な出来事があったというなら尚更で、きっと、リリィもアトさんとの、再会喜ぶと思うっすから」


"リリィの喜ぶこと"で話し合っていた筈が、年齢の方面に話しが脚を伸ばしている事に、主導になっているルイが気が付き、改めて協力をマーガレットとシュトに要請する。


「―――判りました、リリィちゃんが喜ぶなら、私は協力します。

それにどっちにしろ、アトさんにご飯を食べた後に、うちのお菓子をあげるって約束したんで、きっと待っていますから。

それに、お兄さんが来た方がとても安心するだろうし、どっちにとっても良い事みたいですし」

マーガレットの言葉を聞いて、ルイは決断する様に頷いた。


「じゃあ、シュトさんは折角鍋を持っている事ですし、そのままマーガレットさんの店に行って、アトさんを迎えに行ってください。

それでさっきお願いした通りの事で、お腹を一杯にしたアトさんにリリィが迎えに来るって事を教えて、誘導をお願いします。

オレはこのまま喫茶店にひとっ走りで戻って、アトさんが見つかったと報告します。

ダンさんとアルスさんが、西側にも行ってまだ戻っているかどうか分からないんでどう動くか判らないけれど、そんなに迎えに行くまでの時間はかからないだろうし。

少し遅れても、マーガレットさんのお店でシュトさんとアトさんで待っていても良いですよね?」

ルイが確認する様に尋ねたなら、マーガレットは快く頷いてくれた。


「そうね、昼からは開店してお客さんの数は増えるだろうけれど、シュトさんがいればアト君も、安心するでしょうから。

そうしている内には、リリィちゃん達ががお迎えに来てくれて、私としては、店の邪魔にさえならないのなら閉店までいてくれても、構わないわ」

「じゃあ、決まった!。……って、結局、このポップコーンはどうします?」


元はシュトが持っていた、東側に捜しに行く前に、アプリコットに押し付けられたソイソースバター味のハーフサイズのポップコーンの袋を見つめながら、尋ねると今回は余り考えもせず、ルイに返答をする。


「アプリコット様は、俺に押し付けたんだから、"シュト・ザヘト"が持っていた方が良い物なんだろう。


すみませんが、マーガレットさん、持ってもらえますか?」

踵を返す形でシュトが自分より背の低い同い年の女性にそう頼むと、マーガレットは少し驚きながらも、直ぐに頷いた。


「え、はい、鍋を持ってもらっているんで、それ位なら喜んで―――」


了承して視線を向けたなら、少々行儀は悪いけれども、ルイは放り投げる様にしてマーガレットにポップコーンを投げ渡し、菓子職人は中々機敏な動きで受け取った。


「マーガレットさん、ナイスキャッチ!それじゃあ、オレは喫茶店に戻ります!」


確りと受け止めたのをみたなら、軽口を叩いてルイは身軽に、まだまだ人混みが多い中ながらも、誰に身体をぶつけることなく、スムーズに進んで行った。


「……すげえな」


シュトが思わず呆れ切った声でそう零したなら、ポップコーンを受け取ったマーガレットは愉快そうに笑った。


「それじゃあ、シュトさん、私達も戻りましょう。

お店までそんなに距離はないですし、軽食は置いてあるんで、急いで帰らなくてもアト君や保護してくれた方が、空腹でいるという事もないでしょうけれど」


"私達も"という言葉に、少しだけ頬が紅くなる感覚を自覚しながらも、それをマーガレットに気が付かれないようにと祈りながらも、2人きりの時間という事にも気がつく。


「余裕があるなら、ゆっくり行きましょう。折角だから、マーガレットさんに城下街の東側の事を教えて貰いたいし」

「私が知っている事でしたら、良いですよ。

ああ、でも城下街の事なら、斜向かいのパン屋のバロータお爺さんが、40年前の平定から王都の城下街の立て直しについてまで、詳しいですよ」


マーガレットが何気なく出すその名前に、シュトは両方の眉をあげる事になるけれども、ある事を確認したくてその話題を続けてみる。


「そうですか、そのバロータお爺さんなら当時を現場で見てきた位詳しいのかもしれないですね」


少しばかり含みを込めて言ってみたけれども、菓子職人の御婦人はシュトなりの冗談だと感じたらしく、愛想もあるけれど楽しそうに笑ってくれる。


「ふふふ、確かにバロータさんはリリィちゃんがお爺ちゃんと呼ぶくらいお年を召してます。

けれど、当時はどうなんでしょう、知っていたなら丁度今の私達位の年齢ではないでしょうか。

それで、バロータさんは元は武芸者だったそうですよ。

確か若い頃……とはいっても、成人して壮年のは過ぎた頃でしょうけれど、道場を任せられたとかも話してくれました。

それでも、子どもの頃からのパン屋の夢を捨てきれずに、五十路前に一念発起したという話を聞きました。


なんでも武芸者をしながら、趣味の傍らで、異国の穀物を使って作ったがパンを作ってみたなら品評会で評価されて、王都で店を構える許可を得たそうです」

マーガレットが楽しそうに話してくれるにあたって、彼女が"バロータお爺さん"の正体に気が付いているという雰囲気は、少なくともシュトには全く見られない。


「ああ、でも今日何かしの用事があって、パン屋さんはお休みで、リリィちゃんも本当なら、こちらの方までは来る予定はなかったんじゃないかしら」


「そうなんですね……。ああ、思えばアトとマーガレットさんのお店で留守番してくれている方が、迷子状態の弟を保護してくれた方なんですよね。

それで昼食時期だったから、マーガレットさんは汁物屋さんでスープを買いに来た……」


少しずれた青い琺瑯鍋の蓋から、食欲をそそる匂いと共に湯気が揺れ昇るを見つめながら、そんな事を考えるつつ、話しを続けていた。


(けれど、もしアトや、保護をしてくれた人にマーガレットさんが食べるにしても、ちょっと量が多すぎやしないか?。

それとも、他に一緒に食べる人や、家族がいる……?。

いや、家族がいるのならルイ君と話してくれている間に、アトを保護してくれている時に、一緒に口に出して、教えてくれてもいいだろうし)


少しばかりというよりも、結構な想いを初対面の菓子屋に抱いている傭兵は、悶々とするが、


(別に尋ねても不自然ではないから、聞いてしまおう)


そう考えて、話しの流れが不自然ではないので、そのまま尋ねる。


「それにしても、結構な量のスープを買いましたね。その多分、保護してくれた方、弟の分もあるのでしょうけれど……」


シュトがそう言うと、少しばかり赤面をして、耳にかかった髪を掻き上げながら、俯いて説明を始めてくれる。


「あ、その、実はそのスープはアトさんを保護してくれた方の奢りなんです。

御仕事柄、どうやら先生みたいな事もしているので、私が"1人暮らし”をしているので、身体の事を気遣ってくださって。

沢山買いなさいという事で、預かった金額の分で買えるだけ買ってきてしまったんです」



”独り暮らしだと、健康を保持できれば良いと、食い合わせはともかく、栄養のバランスしか考えないからな。

こういった時ぐらい、旨くて栄養がある物を取りなさい”



アトを保護してくれた人物―――ロドリー・マインド卿を思い出しながら、マーガレットが照れるというよりも、恐縮しながら答える。

その様子が、相手に敬意を払ってはいるが、自分が菓子屋に抱いている様な想いを、マーガレットがその人物には全く抱いていないのが直ぐに感じ取れたので、安心しつつ 話を続ける。


「"先生みたい"な人というのなら、アトが頼ったのは何となくわかる様な気がします。

"先生"って雰囲気を持っている人が、正式な職業に就いていなくても関係なくいますよね」


シュトのこの話に、マーガレットは大い同意できた上に、堪えきれないものが浮かんできて、笑顔を作っていた。


「そうですよね、います、いらっしゃいます。職業的には、正確に言うなら違う方なんでしょうけれども、思わず先生と呼びたくなる方。

私、その方の最初の出会いが、所謂"最悪”という形に近かったんですけれど、後から振り返ったなら、自分がしてしまった失敗を叱れていただけだったのも、判るんです。

でも、自分が”責められている”という気持ちであの時はいっぱいで、見当違いな気持ちを、逆恨みに変わりない気持ちを抱いてしまいました。

でも、色々あって仲直りというか、良い関係になれているというか―――」


そこまで口にしてから、マーガレットはポップコーンを抱えていない方の手で、思わず口元全体を覆い隠して、先程とは違った、顔面一杯の赤面になっていた。

ただ横並びの歩みを止めず、シュトの方も“話を聞いている”という態を崩さずにいてくれるので、マーガレットは、まだ勢いが残っている内に、口元を覆う手を離し、話しを続けた。


「すみません、その方に前々から思っていたイメージというか、私が勝手に……、例えは悪いんですけれど、”悪い奴だ”って思っていたの自分が、恥ずかしくて。

その方には、その方の理念という物があって、例え自分の印象が悪くなったとしてもを、それを通すという覚悟があるんだって判って。

それから自分の考えの浅さや、身勝手さと向き合う事が出来たんです。

すみません、何か言葉が纏ってなくて、いきなり言いたい事だけ言って」


でも、こういった機会でもなければ、話す時はないと思えもしたから、粗野な恰好をしているけれども、優しい雰囲気もする"お兄さん"に、口にしていた。


多分今自分が言葉にしたことを後で振り返ったなら、恥ずかしい物かもしれないとわかる。

だけれども、でも料理を"美味しい"と感じとる時期に"温かい内"という物がある様に、気持や想いも"温かい"内に、出来る事なら誰か伝わる相手に話してみたかった。


「俺にも何となくですけれど、判りますよ。自分の中の正義っていうものでも大仰なものでもないけれど、理念という物があって、それを通す時に人に何て言われても、曲げられないものがあるっていうの。

まあ、一般常識に当てはめて、人に迷惑や不幸にしてしまったなら、どんな理念や正義にもケチが付きますけれど」


シュトのそのあっさりとしながらも、遠慮のない言い様だけれども、マーガレットの言葉を全面的に受け入れくれたの、十分伝わった。

その後で、判っていたけれども、マーガレットの顔は赤面という状態から紅潮という状態になっていた。


「ありがとうございます、いきなり何だか無駄に熱い事を話して、それなのにちゃんと話を聞いてくれて」


それでも礼儀を欠かさぬ様に言葉を口にするマーガレットに、顔には出さないが更に好印象を重ねながら、シュトは会話が途切れない様に言葉を続ける。


「いや、俺もそう思ったし、感じただけだから」


ただ、これ以上この話題だと、困るのも判るので、戻るまでにどれ程の距離があるか分からないけれども、"熱"が冷め過ぎない程度に、話題をずらす事にする。


「それにアトにしても、ちゃんと話を聞かないと、大切な事を聞き逃して、無駄な揉め事だってあったから。

自分で大事だと思える話題には、確り聞き取ろうと思っているだけです。

ああ、そう言う事で言ったなら、思えば、弟の事を保護してマーガレットさんのお店に運んでくれた人も、アトの年齢と姿の言葉遣いの違いに驚かずに、よく出来たものです。

その、その人は先生といった職業じゃないんですよね?。

王都のアトみたいな障碍を抱えた人の世話を、しているわけでもないんですよね」


「はい。ただ、その保護してくれた姿には見覚えがあっったとか。

それで、アト君の方から接近したそうですよ。

初めてだけれども、何でも、同じ服装をしていたからだとかで」


「アトの見覚えがある服装って事は、ロブロウでも見た姿?それが王都でも、見られる姿?」


それから、ふと思い当る人物が頭上に浮かび、そのまま口に出してみる。


「それって、"アルセン様”、あ、でも最初からアルセン様って名前を―――」





"出すか"と言葉を続ける前に、ここからはシュトには想定外の連続が始まる。


「アト君を保護してくれた方の前では、"決して"、アルセン様の御名前を出さないでください」

「―――まがれっとさん!おかえりなさい!、あ、シュト兄もいます!」


先ずは、マーガレットがピタリと脚を止めて、今までになく強く言われ、嬉しいのと驚きを伴って黙って頷くと同時に、弟の声がする。



「ネツさん、シュト兄帰ってきました!」

そして弟は青いコートを身に着けた、この国の賢者を引っ張って姿を現したのでした。



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